『マジカルマジック』作者: / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約17.28枚
 ここはどこにでもある普通の中学校。
 ここは、どこにでもある普通のクラス。名は三年二組。
 彼は、どこにでもいる。普通の中学生。

 場所は三年二組。朝一番のチャイムがなると同時に、クラスの担任が、ガラガラとドアを開けて入ってくる。これもまた、どこにでもいるような教師だった。名字は鈴木。カッチリと固めたオールバックが典型的である。
 彼は告げた。
「あー。みんなも知っているとは思うが、今日からこのクラスに新しい友達が入る」
 クラスにざわめきが起こった。教師の言うとおり、知ってはいるのだろうが、だからといって何か変わる事はないのだろう。少し期待が膨らんでいるぐらいのことはあるだろうが。
 鈴木は、ドアの向こうを向いており、早く入って来いよと目で訴える。まもなく、何の変哲もない男が入ってきた。どこからどこまで平凡な男だ。たれ目と眼鏡が特徴といえば特徴だ。もし、これが女の子ならクラスの男達は少し喜んだだろう。もし、これがカッコいい男の子だったらクラスの女子は喜んだだろう。
「初めまして。僕の名前は吉田孝弘」
 名前も、まあ普通だった。ただ、
「特技は少し魔法が使えることです」
 クラスは一瞬静まり返った。

 台風の目に入ったような、クラスの一瞬の静寂。その静寂はまた、一瞬にして台風へと形を変えた。つまりは、
「……なんで笑うんですか?」
 唯一状況を理解できない孝弘を除いて、クラスのみんなが爆笑した。例外として、先生は胡散臭そうな目で孝弘を見ている。
「まあ、割と気の聞いたジョークだな」
 笑いの渦の中、一番前の真ん中の席の人物が言った。茶髪(染めているのだろう)で短髪、挑発的な目つきの人物だ。どちらかというと、一番前の席にいるような人間ではないように思える。
 とりあえず話せる人間はこの人しかいない。
「ジョークって……嘘って事ですよね?」
「そりゃそうだ」
「嘘って事は……信じてないってことですか?」
「そうだな」
「ふむ……。そういうことは、僕は嘘つきって事になってしまうじゃないですか」
 質問の回りくどさに多少イラつきながらも、
「そうだな―――いや、そうだろ。どう考えても」
 と返す。
「僕は嘘つきではありません」
 男の不快指数がだんだん溜まっていった。
「だったら、ここで証明してみろよ」
 投げやりにそうつぶやく。そして、証拠さえあればなんでもなんだろ、と促す。
 孝弘は考えた。ほんの少しの間。その間、茶髪の男は机に足をのっけてくちゃくちゃとガムを噛んでいる。その表情はニヤついていた。できないと思っているらしい。その態度に反発してではないが、孝弘は決心した。
「わかりました。証明しますよ」
 クラスにざわめきが起こる。笑いではなく。動揺。そして好奇の目に変わる。茶髪の男もその答えに多少驚いている。
孝弘は、そのまま続けた。
「危ないんで簡単にやりますね。ここに両手があります」
 あたりまえだろ、とどこかで囁く声が聞こえた。孝弘は、それを無視して両手を胸の辺りで、卵が入るくらいの空洞を作るようにして合わせた。
「ここから焔を作ります」
 孝弘が目を閉じ、精神統一をするために空気を吐く。その数秒後、合わせた手の内から洩れる光が見えてくる。それはだんだん強くなっていった。
 孝弘は左手を離し、右手を前方にゆっくり差し出す。その手には焔が乗っていた。だが、本の一瞬で掻き消えた。
 辺りは静まり返る。
 台風の目に入ったかのような一瞬の静寂。その静寂は、再び一瞬にして消えることとなった。

「なにふてくされてんだよ」
 茶髪の男のこと、満が声をかけてきた。時は放課後、場所は校内の廊下。朝のできごとは、結局笑われて終わってしまった。
「なにって、人がせっかく見せたのになんで笑われなくちゃいけないんですか」
「それはだな、あれは魔法なんかじゃなくて手品だからだ」
「手品?」
「なんだ、見たことないのか? お前のやったのと似たようなもんだよ」
「ふむ……」
 孝弘は手品を知らないらしい。ついでに、ふむ……という相槌は癖らしい。
 二人はそのまま学校を出た。放課後というだけあって、辺りは結構暗くなっている。冬だからしかたがないが、四時ごろに暗いというのも考えものだ。
「もしかしたら、世間では手品って言われてるのかもしれないなあ」
「世間て、お前ってどこの人間なんだよ」
「今まで山で生活してたんですよ」
 その言葉に満は一瞬驚くが、過疎化の進んだ地方だろうと踏んだ。
「なんにしろ、恥ずかしい目に会いたくないなら魔法なんていわないほうがいいと思うよ」
「ふむ……」
 二人はそのまま歩いて行く。満の話だと、家が結構近いらしい。
 通りがかりのコンビニに寄って、小さな公園で食べて、少し遊んでいるとすぐに真っ暗になった。コンビニの際、孝弘は結構な量を買って食べていた。意外と胃が大きいらしい。
 先の十字路で二人は立ち止まった。
「俺はこっちだから」
「わざわざ有難うございました。奢ってもらっちゃったし」
「歓迎パティーだと思えばいいさ。そういえば、今週の休み山に行くらしいんだけど、お前も来るよな?」
「山、ですか? 何をしに?」
「山っていったらスノボだろ。初めてなら俺が教えてやるから来いよ」
「分かりました。じゃあ、お願いしますね」
 そのまま二人は別れた。

「うわ〜。すごいなあ!」
 見渡す限り真っ白の世界に、孝弘は驚きを隠せなかった。見渡す限りとは大げさだが、それほど孝弘にとってはすごいものだ。
「お前、山で生活してたんだろ? 別に見慣れないことなんてないだろ」
 その驚きぶりに苦笑しつつ満が言った。友達というよりは、親が見せるようなものだった。非常識な孝弘の保護者のような感じを持っているのだろう。見かけ普通と思っていたのだが、意外と小さかったことも少しあるかもしれない。ついでに、よく見ると童顔だったりする。
「そうですけど、木とか全然ないじゃないですか」
「切ったんだろ」
「ここまで広いのは初めてですね〜」
「ふむ……」
 思わず打った相槌に満自身驚いた。自然と移っていたらしい。孝弘は全然気づいていなかったが。
 と、
「なに二人ではしゃいでんのよ」
 新たに声がかかる。これは、孝弘たちといっしょに来た綾香の声だ。ザックザックと雪を踏みしめながらこちらに歩いてくる。二つに縛っている、星の付いたゴムがいいアクセサリーになっている。
「せっかく頼まれて来てあげたってのに、仲間はずれとは寂しいもんね」
 実は、ほかの友達を満は呼んだのだが、色々と用事が入ってしまって最後の知り合いとして来てもらったのだ。それほど仲は良くなかったりもする。
「まあ、孝弘の歓迎会みたいなもんだしいいだろ」
「それで三人はないと思うけどね。実は嫌われてるとか?」
「お前みたいな手品オタクに言われたくはないねえ」
 どちらも口が悪いのだ。同じ磁石の極みたいなものか。二人はそのままにらみ合っている。
「で、結局どうやって遊ぶんですか?」
 さっきまで景色に見とれていた孝弘が割って入った。このままでは大変なことになりかねない。
「あ、ああ。そうだったな。とりあえずリフトで上るんだ。後は上から滑ればいい」
 三人はこうしてようやく普通に遊び始めた。

 孝弘を除いた面子の滑りはなかなかのものだった。ぐんぐんスピードを上げて他の人たちを追い抜いている。広大な銀世界を低空飛行する鳥のように飛びぬける様は、孝弘にとって尊敬に値するものだった。ちょっとした不満は、あまり練習に付き合ってくれていないということか。これは、しょうがないだろう。どちらも熱くなるタイプだ。今は二人で競争しているらしい。二人が競争を終えて戻ってくる頃には孝弘も少し滑れるようになっていた。体重移動がそれなりにできるようになった程度だが。
 彼らが帰る頃、急に吹雪いてきた。
「なんか、急に寒くなりましたねえ」
 孝弘がガチガチと身体を震わせながら歩いている。
「吹雪いてるからなあ。帰りどうする?」
 実は三人とも自転車で来ていたのだ。街からそれほど遠くないし、ゴンドラで上ってくるだけなので時間もかからない。
「とりあえず下りるしかないでしょう」
「そうですね」
 彼らが山を下りようと歩き出したとたん、突風が吹いた。その風は、彼らを強く撫で、雪の表面を滑らかに削り取って行った。
 その後、綾香が、あっと声を上げる。
「どうした?」
「ゴム止めが片方飛ばされちゃった……」
 綾香が珍しく動揺し、狼狽している。
「ゴム? んなもん買えばいいだろ。早くしねえと―――」
「あれはダメなの!」
 満は言いかけた言葉が出ず、口をパクパクさせた。
「何がですか?」
「あれは、大事なものなの。絶対に失くしちゃいけないの」
「ふむ……」
 得意の口癖で相槌をうった。大切なものなら何とかして見つけたいが、この状況では如何ともしがたい。最善策は。
「とりあえず、少し探してみましょうか。風はあっちから吹いてますね。方向さえわかれば何とかなるかもしれないです」
「少しだけだぞ」
 満も不満げではあるがそう言い納得した。綾香が、ありがとうというのに対しても、けっ、と悪態をつくだけであった。

 正直な話、吹雪の中での捜索は大変困難なものだった。まだ何にもない雪の場所ならなんとかなるかもしれないが、それ以上は危険だ。
「綾香……」
 結局見つからなかったのだ。残るは目の前にそびえ立つ木々の暗闇のみ。体力的にも、もう危険な状態だ。
「これ以上となると、危険ですよ」
「もう少し」
 綾香は迷いを見せずに森の中に入り込もうとする。それを満が止めた。
「死にたいのか」
 綾香は答えなかった。あの星付きのゴム止めにどんな思い出があるのだろうか。何よりも大事にしていることだけは確かだ。ただ、黙して森に入ろうと力を込める。
「おい!」
 満はとうとう怒鳴った。
「一体何を考えてるのかは知らないが、これ以上続けたら死ぬんだぞ! 戻って来れないかも知れないんだぞ!」
「だったら……だったら二人だけで帰って。私はあれがないとダメなの!」
 満の腕を振り払い、そのまま森の中へと消えていく。流石に二人ともすぐに追う気にはなれなかった。しばしの間沈黙を挟む。
 そして、孝弘は決心した。
「追わないと」
 満は、分かってるけど……と言葉を濁した。間違いなく危険だからだ。こういうとき、人は自分に対する欲と正義感に対する欲で葛藤が生じる。満はしばらく考えて、やれやれと肩をすくめた。後者の欲が勝ったのか。
「ほんの、ほんの少しの時間だけだぞ」
 彼らもまた、先の見えない森の中に足を踏み入れた。

 辺りは暗かった。夜とまでは行かないが、雲で覆われているため普段よりは暗い。ついでに森の中だ。その暗さは夜と変わらない。そして、木々を掻き分けて襲い来る突風。ビル風とは違った細い風が吹き荒れる。そんな中を二人は黙々と進んでいった。
「つーかさー。捕まえたところで戻ってくれんのかなー?」
「一人で探させるよりはマシじゃないですかー」
 そんなにかからずに後を追い始めたのだが、なかなか追い付かない。焦りと恐怖が刻々と彼らの身体を刻んでゆく。
「そうだけどさー。てか、なんでお前そんなに歩くの早いわけー?」
「山で暮らしてましたからねえー。早く見つけないと綾香さん死んじゃいますよー」
「簡単に言うなよー」
「山はそんなにやさしくありませんから。時を見計らって帰らないと僕らも天国行きです」
「途中で諦める気はあるの?」
「ありません。だから早く見つけましょう」
 決意を固めてそう言った。歩きつかれて棒になった足に力を込める。孝弘は三人で帰りたかった。どうしても。満もその考えに賛成らしく、ニヤリと笑みを浮かべている。こういうしぐさはとっても似合っていた。疲労のせいで台無し気味だったが。
 しばらく歩くと、キャーという悲鳴が上がった。紛れもなく綾香のものだ。二人は一瞬立ち止まり顔を見合わせた。方角は―――。
「こっちだ!」
 満が叫び、その方向へと走り出す。既に疲れ果てた足だったが、その時は完全に疲れが取れたかのように動いた。
 次々と襲い来る木々を避け、二人は声のするほうへと全力で走った。
「おいおい……」
 満がうめく。綾香はいた。暗くて顔はよく見えないが、多分蒼白にしているだろう。
「なんで冬に熊がいるんだよ! 冬眠してるはずだろ」
「熊は正確には冬眠しないんですよ!」
 走りながら、孝弘が端的に答える。熊というのは、孝弘の言うとおり冬眠しない。じゃあ、あの冬の間寝ているのはなんなのだというと。
「熊は冬ごもりって言って、寝てるだけなんです」
 つまり、ただ寝ているだけであって。冬眠しているわけではない。冬だろうと腹が減れば外に出て活動することもある。
「そんなことより、離れててください」
 孝弘は走る速さをさらに加速した。同じく走っている満をも追い抜く速さだ。そして、
「燃えろ!」
 そう叫び、右手を地面に突きつけた。その瞬間、突きつけた手の先に赤い閃光が現れ、地を這うようにして綾香と熊のを切り抜けた。
 一瞬熊がひるんだ。綾香も、あちちと多少被害にあっているようだがこの際仕方がない。その炎が残っている間に綾香の下へ駆け寄り、そのまま言い放つ。
「裂けろ!」
 またもや突き出した右手に赤い光が灯る。その光は孝弘の右手を離れ、熊の至近で破裂した。ドォオンという音と共に辺りが真っ赤に燃え上がった。
「綾香さん今のうちに」
「え? ああ」
 無理やり綾香を立たせ、半ば連れて行くようにして三人はその場を離れた。

 場所は変わり、森の外。当り前だが真っ暗である。孝弘は自分の腕時計で時刻を確かめた。七時三十分すぎ。吹雪が止んだため、雲が晴れたため少しだけ明るく、外にいてもそれほど問題はない。
 森の帰り道はそれほど大変ではなかった。下りだったのと、孝弘があらかじめ目印をつけておいたのだ。あまりにもさりげなかったので、満も気づかなかった。
「まったく、身の程を知れって事だな」
 満が雪に体をうずめながらそんなことを言った。
「いやいや、危ないとこでしたねえ」
「……ごめんなさい」
 意外と素直である。少し悔しがりながらも綾香は謝った。今は満と同じく雪の上に座っている。うなだれた猫のようだ。
「まあ、それなりに楽しかったわけだが。これ以上はごめんだな」
「そうですね。落し物は今度探しに行くって事でいいんじゃないですか? 危ないですし」
「いや、もう必要ないよ」
 綾香は今までずっとグーにしていた左手を開いて二人に見せた。その中に入っていたのは星付きのゴム止め。
「ははあ。あんな中でよく見つけられましたね」
「お母さんが、教えてくれたのかな」
「? どういうことだ」
綾香はふふっと笑ってから内緒、と答えた。
「まあいいか。それよりも聞きたいことがあるしな」
 満は身を起こして孝弘を見ている。綾香も似たような目で見ていた。
「お前のさっきのやつ何?」
 熊と遭遇したときのことだ。当り前だが、そんなことをできる人間は見たことも聞いたこともないのが普通だ。
 孝弘は黙っていた。ヒュウッと、風が白銀の一部を優しく削り取っていく。その削り取られた銀は中に舞い、踊るかのようにきらきらと輝く。
 それを見て、孝弘は微笑した。
「何って、ただの手品じゃないですか?」
 二人は口を開けたまま沈黙した。
「いや、あれは絶対に手品じゃないって!」
「そうよ! あんなの私にだってできないわよ!」
「だって、クラスで見せたときにはそういったじゃないですか」
 そう言われて満は、あっと思い出した。確かに言った。
「確かに言ったけど、あれとこれは全然違うんだって」
「どう違うんですか?」
「だって違うでしょ」
「手品っていうのは、鳩とか出したり火とか出したりトランプとかの事だよ。綾香! お前やってみろよ」
「無理に決まってんでしょ。仕掛けもないのにできるわけないじゃない」
「なに―! 結局ペテンなのか」
「なんだか分からないけど、いっしょって事ですね」
『絶対違う』
 なおも言い争いを続ける三人。
 こうしている間に、夜はどんどんふけていくのだった。

2004-02-06 20:22:57公開 / 作者:霜
■この作品の著作権は霜さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
続編はありません。
熊って冬眠しないんですね。
初めて知りました。
この作品に対する感想 - 昇順
ありがとうございます。文がおかしいというところは会話文ですか? それとも普通の文の方ですか? 良かったら教えていただけませんか?
2004-02-07 20:29:45【☆☆☆☆☆】霜
面白かったです^^ 転入生魔法使いっ?!って驚くと同時に、かなり意表をつれてしまいました^^; 
2004-02-07 22:54:24【☆☆☆☆☆】risun
「吹雪が止んだため、雲が晴れたため少しだけ明るく、」 「当り前だが、そんなことをできる人間は見たことも聞いたこともないのが普通だ。 ここは違和感を感じましたねー。
2004-02-08 11:31:03【☆☆☆☆☆】ぃLi
ありがとうございました。どちらもかなりおかしいですね……。risunさんも感想ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
2004-02-08 11:59:46【☆☆☆☆☆】霜
主人公が一体なぜ魔法が使えるのか、三人のその後など気になるところですね。最初は茶髪のほうが主人公をいじめちゃう方向に流れるのかと思ってましたが、意外にも仲良くなったんですね
2004-02-08 12:59:54【★★★★☆】月城里菜
すいません。追加で、「下りだったのと、孝弘があらかじめ目印をつけておいたのだ。」←ここも直すとよろしいかと。良い表現が使われてて、会話も工夫に富んでるし、よんでて楽しかったです。
2004-02-08 14:36:59【☆☆☆☆☆】ぃLi
ありがとうございます。ちなみに、満の性格をああしたのは突っ張ってる人って意外と気前がいいからです。気に入ればとことん気に入るし、気に入らなければそのままです。この例に入らない人もいるので断定できるわけではありませんが。いつか書く事があればそういった理由を書きたいですね。
2004-02-08 14:49:39【☆☆☆☆☆】霜
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。