『略して青春! 第一部完』作者:葉瀬 潤 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角18746.5文字
容量37493 bytes
原稿用紙約46.87枚
   
 (プロローグ)

  配布されたある高校のパンフレットに目を通した。
 「授業料は他校と違って安いね〜。あと、寮の設備もなかなかいいよね。あ! 通学バスとかもだしてもらえるよ!けっこういいトコなんじゃない?」 
 パンフを机に下ろし、青井春奈は友人たちの反応を待った。
 田村藍は、あまりそんな内容には興味なさそうな顔をして、こちらをみた。
 「へ〜。けっこう優遇きいてるわね」
 「でしょ? あたしの家は学校に近いからバスは必要ないけどね。藍もここ行くでしょう?」
 「行くに決まってんじゃん! あんないいところ!」
 さっきのそっけない顔が、急に輝いて、春奈はギョッとした。
 他の友達もパンフの内容など関係ない顔をしているが、その学校には行く気マンマンだった。春奈は何度もパンフを読み返し、どうしてみんなが行きたいのか、いろんな優遇項目をみた。だがみつからなかった。
 「ねぇねぇ、藍はどうしてこの学校行くの?」
 藍の制服の袖を引っ張り、春奈は困惑していた。
 それを聞いた回りのみんなはクスクスを笑っていた。よけいに不安を感じたので、春奈は訴えるような目になった。
 「春奈は知らないの? けっこう有名な話なのに」
 春奈はこくりと頷いた。
 「当たり前よ。春奈はこんなことには無頓着なんだから。教えても変わりないわよ」
 美奈が嫌味にも似た口調で、春奈に孤立感を感じさせた。ムッとして、何か言い返そうとしたが、言葉が思い浮かばず、何も言えずじまいに終わった。
 「だから、春奈はちがう高校に行ったほうがいいわ。きっとその学校行っても、得はしないわよ」
 マニキュアを塗りながら、さらに美奈は続けた。これはもう嫌味だ。そう判断した、藍はすぐに制した。
 「美奈! しつこいわよ! いっとくけど、あんたよりハルの方が頭いいんだからね。くれぐれも落ちないように気をつけることね」
 藍の口は強かった。そもそも彼女がこのグループのリーダみたいなものだから、誰も彼女に逆らおうとはしない。もちろん美奈もだ。
 藍は春奈は目を合わし、《大丈夫だよ》と視線で伝えた。
 
 本試験の日。春奈と藍、そして美奈と友人たちは、黙々とシャーペンを動かしていた。今年の試験内容はあまり難しくなかった。春奈は余裕で問題を解いていた。藍も過去に解いた問題を思い出しながら、試験用紙に答えを書いた。
 試験時間が終わった。受験生は解放された気持ちになった。安堵する声があちこちで聞こえた。ところが、教卓にいた試験官がまた白い紙を配りだした。みんなもちろん騒然として、配られた手元の紙をみた。
 「これはアンケートです。これは試験に直接関係することではないので、正直に答えてください」
 三つの選択肢から一つ選ぶというアンケート内容だった。
 そこには緊迫した空気はなく、受験生は気を楽にして、答えていた。春奈は頭をかしげながら、その質問にすべて「いいえ」と答えた。
 そして、この日の本試験は終わった。
 春奈はずっと腑に落ちない顔で、学校から出た。
 藍はルンルンしたリズムで、横を歩いていた。
 「あのアンケートおかしくなかった?」
 春奈はたずねた。
 「あれがこの学校のやり方よ! は〜楽しみだわ〜♪ ねぇ、春奈はいくつ《はい》に丸をした?」
 「え? あたしは全部《いいえ》だったよ」
 なんの遠慮もなく、春奈はストレートに答えた。驚いているのは藍だった。立ち止まった親友に気づいて、春奈も足を止めた。
 「どうしたの?」
 「・・・何でもない」
 藍はいつもの調子を取り戻し、春奈に微笑んだ。
 
 おれから数日が経った。合格発表を知らせる手紙が、春奈のポストに届いた。家族みんながその結果に喜び、母が奮発して、豪華な夕食を並べた。夜には藍に電話をかけ、自分の合格を伝えた。あっちもその手紙をもらったと報告してきた。そして、あの嫌味たっぷりなことを言っていた美奈は見事落ちたそうだ。二人はそれを聞き、大笑いした。
 「でも、まさかハルが受かるなんて・・・意外」
 「けっこう簡単だったしね」
 「やっぱりそっちのほうかな?」 
 電話越しでも、藍は、あの時の本試験の帰りと一緒の口調だった。

  成樹(ナルキ)高校に受験した人数 300名
         定員数    200名
         合格者    201名
  
  4月7日は入学式だ。

 
第一話<略して入学式!>

 成樹(ナルキ)高校は、生徒数約600人が在籍しているといわれており、本当の在籍人数は表明されていない。別にそんなどうでもいいことは、春奈さえも興味がなかった。
 その学校の制服はとにかく可愛かった。葬式には着たくない制服NO1であるほど、とにかく女の子の普段から隠されている魅力を最大限に発揮している。しかし、春奈には、どうも着にくいものがあった。
 入学式当日の朝。春奈が街を歩くたびに、すれ違う人たちの視線を集めていた。あまり注目されることが苦手な彼女は、人ごみを外れ、かなりの遠回りをしてしまった。店の窓ガラスに自分の姿を映し、ある程度の制服のチェックをする。こんな制服で大丈夫なのかという不安をなんとかかき消そうとしていた。
 藍と途中合流した。成樹高校の校門のすぐそばまで来ていた。
 「てかさ、しぶといと思わない?」
 昨夜のテレビで話が盛り上がったところで、藍が急に話題を変えた。
 「どうしたの?」
 「ほら、中学校では友達だったあの美奈がよ! 実は・・成樹高校の補欠合格にひっかかったのよ!」
 藍はあの日から美奈を嫌っている。春奈もあまりいい印象はないが、親友は顔をみるのも嫌なレベルに達していた。
 「それじゃぁ・・・合格通知をもらった人が辞退なんかしたら、美奈はこの学校にくるってこと?」
 そういう春奈はのん気だった。志望率が高い学校に受かったのに、わざわざ取り下げるなんてことはありえないと思っていた。
 「辞退する人なんていないって私は安心していたのよ。でもある噂では、必ず毎年1名もしくは2名が、入学式当日に退学届だしているのよ! だから補欠合格にもチャンスがあるってわけなの」
 「なんか、変な学校だよね。人気あるのに、自分から退学届だすなんて」
 「私もその理由がさっぱりわからないのよね」
 二人は校門をくぐり、これから三年間通うことになる、成樹高校の校舎の前で足を止めた。藍は大きく腕を伸ばし、深く呼吸をした。    
 春風が髪を揺らし、スカートの中を通り抜けた。
 そこにはたくさんの新入生がいた。確か200名が合格したって新聞に載ってたから、目の前にいる人たちが、新・一年生だってことなのか。体育館前で藍と待機していた春奈は仰天した。
 そして、10分後。中から扉が開き、新入生たちはぞろぞろと体育館に入っていった。

 静寂した体育館。席についた者から、黙って式が始まるのを待った。春奈も口を閉じ、式を進行する教頭らしき中年の先生をみていた。校長の式辞は思っていたより短かった。これも驚いた。
 横にいる藍に視線を向けた。周りのみんなもそうだが、静かにしている割には、キョロキョロしていた。誰かと目が合うとにっこりと笑顔で答えている。嫌な顔一つしないで。それを端っこで見ている先生は注意をしない。春奈は少し気にする様子でしかその場をみていなかった。
 「最後に、生徒会長からです」
 あっという間に、もうすぐで式が終わる。退屈することもなく、新入生は最後まで真面目な(?)態度でいた。進行を任されている教頭らしき先生は、古いラジカセを持って壇上に上がった。
 「もしかして、あれが生徒会長?」
 不意に口が開いてしまった。藍がわき腹に軽く肘に当てて、注意を促した。端っこの先生の痛い視線にも合ってしまい、春奈は姿勢を急いで正した。
 「生徒会長のお言葉です。しかと聞くように」
 壇上のマイクから、その声が響いた。ラジカセの再生ボタンを押し、教頭らしき先生は深く頭を下げた。他の先生もそうだ。
 『おはようございます!僕が生徒会長の鏑木 翔太です。新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます! 今日はまだ入学式ですから、フライングとかはしないように! チャンスはたくさん溢れるほどありますから、明日からでもかまいませんか〜。ではでは、3年間という長いような短いような、青春を満喫しちゃってください!』
 ここで録音した声が終わった。なんて陽気な生徒会長なのだろう。
 そして、なによりもあんなに静かだった新入生が「オォ〜!」という掛け声を一斉に出して、一気に和やかな空気が漂った。
 春奈は意味が分からないまま、体育館を後にした。

 1クラス40名。どの学年も5クラスずつあった。春奈と藍は奇跡的にも一緒の1−Aだった。二人は喜びを隠せず、お互い抱き合った。
 このクラスの担任になる先生が教室に入ってきた。出席を確認することなく、全員に視聴覚室に集まるよう指示した。
 「これから各個人の写真を撮るから、みんなイイ顔をするんだぞ!」
 気さくな感じで、春奈は一目で好感が持てた。一方、藍は隣で笑顔の練習をしていた。
 「藍、写真ってさ、生徒手帳作るのかな?」
 「ちがうわよ! 写真を撮るのわね・・・」
 藍が言いかけた瞬間、気さくな担任が春奈に声をかけた。
 「君が青井 春奈さんだね」
 「はい」
 「ちょっと呼び出しがかかっているんだ。すぐに生徒会長室に行ってくれないかな」
 「呼び出しですか・・・」
 藍はもう視聴覚室に行っていた。教室に残された春奈は心細さを感じたが、一人生徒会長室に向かった。


第二話<略して任命!>

 生徒会長室に行くようにいわれたが、学校が広すぎて、春奈は迷子になってしまった。同じ場所を何回も行き来しているうちに、不安とイライラが顔にでた。前を歩いてくる優しそうな先生に声をかけてみた。
 「あの、生徒会長室ってどこですか?」
 困った時は、誰かに聞くのが一番だった。だが、その先生は、首を傾げて答えた。
 「僕もここに来て2年経つけど、生徒会長室は行ったことないし、それがどこにあるか知らないな」
 「あっ、そうですか・・・」
 春奈はおじきして先生と別れた。この後も、通りすがりの先生や先輩にも聞いてみたが、みんなの反応はさっきの先生と同じだった。
 『生徒会長室なんてあったんだ』
 『てか、生徒会長の姿一度もみたことないよね』
 『生徒会長なんてこの学校にはいないよ』
 先輩たちは、「生徒会長室」「生徒会長」の存在を否定していた。
 先生たちが「架空の人物」を作り上げているのではないかという話も聞いた。春奈はそれでも呼び出されたのだから行くしかないという使命感があり、とりあえず適当に校内を回った。その結果が行き止まりである。校舎の白い壁にぶつかった。ただ立ち尽くして、辺りをみた。
 「この学校の七不思議の一つは《透明生徒会長》だよね」
 一人頷いて納得した。ちょうどその時チャイムが鳴った。何の合図かはわからないが、春奈はまだその場にいた。
 「帰ろうか・・・」
 ため息をつき、もと来た道に体を戻した。すると、目の前に制服姿の男の子が立っていた。こちらをみて、にっこりとした顔で近づいてきた。ワックスで髪を逆立て、懐から扇子を取り出した。
 「こんちは〜!」
 威勢のいい声。
 「あっ、どうも・・・」
 圧倒された存在に押され、春奈の体は緊張した。それを察してか、男の子は扇子を開いて、その場の緊迫した雰囲気を切った。春奈は扇子に書かれた文字をみた。
    『今日も頑張ってふんばりましょう!』
 目が点になった。男の子は扇子をパタパタさせながら言った。
 「ごめんよ〜。三日分のアレをだしてたら遅くなったんだよね!」
 「アレ?」
 「そうそう! 下品な名詞だからここでは言いにくいんだな〜。君が青井春奈くんだよね?」
 扇子で風を起こし、汗かいた顔を乾かした。春奈はこくりと頷いた。気の済んだところで扇子を閉じ、男の子は懐に仕舞った。
 「思ってた通りの生徒だ! 君なら任命できそうだ!」
 「任命?」
 「申し遅れたけど、僕が生徒会長の鏑木翔太です! 君が必死に探していた生徒会長室はここだよ」
 自己紹介をして、生徒会長・鏑木翔太は、さきほどの行き止まりだった白い壁を押しながら、ある言葉を呟いた。
 「我が校訓、ここに在り」
 ゴオーと音を立てながら、壁が内側に動いた。すごい音に春奈はまたも圧倒されてしまった。白い壁の向こうに、新たな扉があった。
 「ここが生徒会長室だよ。ようこそ、我が同士よ」
 春奈は、おそるおそる開かれた空間に一歩足を置いた。翔太は木製の扉を開け、春奈に来るように招いた。後ろを振り返ると、白い壁はもう閉まっていた。 
 「あの、どうして、こんな隠し扉みたいなものがあるんですか?」
 春奈はまだ部屋に入ろうとはしなかった。翔太はそれが当たり前のように話した。
 「ここは秘密の部屋さ。生徒会執行部しか、この場所を知らない。もちろん先生は決して見つけることができないし、ここの生徒もね。君がいくらみんなに尋ねても、僕と、あいつしか知らない秘密の隠れ家なんだよ」
 「なぜ、あたしを呼び出したりしたんですか?」
 「その答えはこの部屋にあるさ。さぁ、怖がらず入ってごらんよ」

 春奈は部屋に入った。翔太が扉を静かに閉めた。
 部屋の大きさは教室の半分ぐらいの広さだった。四隅には観葉植物が。左右には書類棚が。真ん中には二つのデスクが向き合うように。そして、奥には年代を感じる机と椅子が。彼女は一通りを見回した。翔太は、奥の椅子に腰を下ろした。
 「オフィスみたいだろ? 君の席はそこだよ」
 翔太はそういって、左右の向き合った机のうちの、書類が山済みされた机を指差した。もう片方はパソコンだけが設置されている清潔なデスクだった。
 書類を動かさないように、慎重に椅子に座った。
 「で、突然ですが! 君を《特命委員》に任命します!」
 翔太は唐突に言い放った。そして、また扇子を懐から取り出し、
  『祝・成樹高校特命委員任命!』という文字を開いた。
 「は?」
 春奈はそれしか言葉が出なかった。

第三話<略して校則!>

 成樹高校は設立して30年になる学校である。
 それまでは、みんなが真面目に勉学に励み、部活動に汗をかいて、卒業・入学を繰り返していた。
 そう、何一つ普通の学校だったのだ。10年前までは・・。

 その当時は、10名ほどの生徒会執行部が成り立っていた。生徒会長が唐突にこんな発言をした。
 「みんな、つまんなくね? 真面目に学校生活送るなんてさ」
 メンバー達は、今年度の予算案などについて話し合っていた。それをいつも退屈そうにみていた会長は、何気なく呟いた。
 書記の手が止まった。
 「今なんて言いました?」
 「だから、つまんないってって言ってるんだよ。俺は自由奔放で、厳しい規則もなく、この学校を卒業したいんだ!」
 椅子から立ち上がり、それまで溜まっていた不満をぶちまけた。
 すべての動きは止まった。みんなの視線が会長に向いた。
 「なら、会長はどうしたいんですか?」
 いつものクセのように副会長がずれたメガネをあげ直した。
 「そういうことをいうのでしたら、とっておきの提案でもあるのですか?」
 メンバーの一人も言い返した。
 その場の空気は一瞬にして、険悪になった。 
 「それはだな・・」
 あまり強いことがいえない会長は何もいえず、椅子に腰を下ろした。みんなはため息をついて、何事もなかったように話し合いを続けた。書記は新しいページを開き、会長に声をかけた。
 「会長、わたくしもその意見に賛成です」
 「え?」
 「わたくしも、毎日なにか物足りない学校だと思いましたわ。こうやって、真面目に会議をするのにも飽き飽きしてましたしね」
 「書記くん!」
 副会長が注意を促した。メンバーも一緒の反応だった。言い争いになることを予感してか、会長の体が縮んだ。だが、この勇敢な書記の一言で、みんなの態度は変わった。
 「わたくしは思いつきましたわ。この学校を楽しくさせるためのプロジェクトを! そして、来年度から入ってくる受験生たちのオアシスを作るのです!」
 ガッツポーズを掲げて、書記は立ち上がった。会長たちはその勇姿に拍手を送った。その後に、ハッとしたメンバーの一人が発言した。
 「で、そのプロジェクトって何ですか?」
 

 「それが《コミュニケーションプロジェクト》だよ!」
 現在の生徒会長である、鏑木翔太が意気高らかにそう言った。
 「・・・・・・」
 春奈はまだ分かっていなかった。その反応を知るように、翔太は話しを続けた。
 「その当時の書記が言ったんだ。『みんなが高校に入ってしたいことは何ですか』って」
 「勉強でしょ?」
 「それは学校に来る目的だよ! 分かりやすく言うとだね。こう、誰もが胸をときめかせ、ある特定の異性をみると頬を染め、またある時は愛を語り合い、情熱の炎を燃やすのさ」
 「部活ですか?」
 「君は思っていたほど無頓着だねぇ。思ってた以上だ。君なら安心して任せられるよ」
 半分イライラしながら、春奈にある紙を渡した。項目がいくつも並んであり、それはどこかでみた内容だった。
 「君のアンケート用紙だよ」
 「あぁ! あの試験の時の!」
 思い出した顔をして、もう一度その内容を見た。
  
 『初恋はしましたか?』『いいえ』
 『今まで誰かと付き合ったことありますか?』『いいえ』
 『キスはしましたか?』『いいえ』
 『それ以上のことはありましたか?』『いいえ』
 『恋愛したいと思っていますか?』『いいえ』
 
 一通り内容を見返してところで、顔を上げた。
 翔太はこれで彼女が納得したと思って胸を張った。
 「そうそう! このアンケートおかしいなって思ってたんですけど、これ何ですか?」
 まだ分かっていなかった。 
 「『はい』と答えれば、5点。『いいえ』なら0点。いくら君がみんなの中で試験の点数が高くても、このアンケートの結果で、君は最下位だ。これは、恋愛経験を聞いているんだ。その人がここで恋愛するに等しいかを判断したものだよ。君はあまりにも、恋愛に関心なさすぎる! 思春期がまだ来ないということはわかったから、この『特命委員』に任命するんだ」
 「『特命委員』って・・仕事は?」
 なるつもりはなく、初めて聞く委員に興味があった。
 こほんと軽く咳払いをし、翔太は得意げに答えた。
 「その委員は恋愛を運営するためだけに作られたのだ。コミュニケーション=恋愛という提言が、10年前に生徒会執行部から発表され、それからすべての生徒が楽しく恋愛をした。そして、その記録をするのが、君が今から任命される委員だよ」
 「私はやりません!」
 春奈ははっきりを断った。しかし、翔太の顔はまだ笑っていたので、彼女は不気味がった。
 「特命委員になる条件は、『まだ思春期が来ない人』と『恋愛に関心がない人』という、君にはぴったりの条件だよ! ただし、委員になった以上は、決して恋愛してはいけないという厳しい規則があるんだけどね」
 「嫌です! あたしは絶対しません! あたしは普通に学校生活を送りたいんです。 帰ります」
 春奈は席を立ち、扉に向かった。翔太はそれに合わせるかのように、ある薄っぺらの紙を机に叩きつけた。
 「断るのなら、君は退学! 補欠合格の子をいれるしかないようだ。確か一人いたかな? 小松美奈って子がね」
 にんまりとした顔で、春奈がこちらに振り向くのを待った。
 
 
 今日の翔太は、機嫌がよかった。自分の扇子に、墨字で文字を書いていた。
 春奈は、溜まりに溜まった書類の山を整理していた。
 『契約届』という、カップル成立を証明する紙と、『解除届』という、カップル消滅を証明する紙とを分けていた。これがまず最初の特命委員の作業だった。翔太は、優雅に紅茶を飲みながら、そろそろ弱音を吐くだろうと彼女をみていた。
 「いや〜、頑張っているね! 天晴れ!」
 先ほど扇子に書いた墨字を披露した。『負けるな若造!』を。
 「一人では大変ですけど、やりがいはありますよ」
 半ば嫌味を言いながら、書類に目を通した。
 「みんな毎回この作業で委員を辞退して学校を去っていくんだよな。『なんで人の恋愛の世話をしなくちゃいけないの』とか文句いったさ。うん! 君は優秀だ! もう少しで、君の仲間がここに来るから、楽になるよ」
 「あたしと同じ、特命委員の人が?」
 「そいつは自らなりたいと立候補してきた素晴らしい人材だ。拍手で迎えやってくれ」
 翔太は新聞を開いた。まるで我が家のようにくつろいでいる。暇人だなと内心思っていたとき、部屋の扉が開いた。
 ここの男子生徒だった。翔太とは違って落ち着いた感じで、この部屋に入ってきた。その足取りを追うと、静かに春奈の前のデスクに座った。パソコンの電源を入れて、ズボンから取り出したタバコに火をつけた。
 「ここの一服は最高においしいな」
 そう口から洩らすと、不意に春奈と目が合った。
 「誰? 君?」
 美少年は、尋ねた。


第四話<略してコンビネーション!>

 翔太が新聞から顔を上げた。美少年の存在に気づいたみたいだった。そして、煙草の煙を払いながら言った。
 「一平! ここは換気扇ないから吸うのはやめろっていっただろ? まぁ、近いうちに取り付けるけどさ」
 「しょうがないだろ。教師の前で吸ったら大事件になるんだから。いくらこの学校が自由でも、喫煙はまずいんだし」
 そういって、デスクの引き出しから銀の灰皿の取り出し、煙草をひとまず置いた。その煙が春奈の方向にたなびき、彼女は咳き込んだ。
 「おっと、ごめんよ」
 彼女の声に気づいて、素早く煙草を消した。
 翔太は気を取り直し、二人の前に立った。
 「春奈くん、紹介しよう! こいつが鏑木一平で、自ら立候補してくれた素晴らしい人材だ。そして、僕の弟でもある特命委員の一員だ」
 「あはぁ・・・。ご兄弟ですか・・・」
 「くれぐれも! 委員同士での恋愛はしないように!」
 翔太はからかうように冗談をいった。それが自分で言ってウケたのか、扇子越しで笑っていた。茫然と春奈がみていると、隣から視線を感じた。一平がじぃとこちらを観察する視線だった。
 「あの・・」
 翔太とはちがった重い印象に緊張して、声音が小さくなった。一平の目が、春奈の顔・首筋・胸・腹と順々に下におりてきた。みられていることに、春奈はさらに緊張した。
 そして、美少年、一平は言った。
 「まぁ、美人でも巨乳でもないから、一応合格」
 「それ、なんの審査ですか?」
 彼女は拍子抜けした。
 「特命委員としても審査だよ。わかる? あんたは最高にいいよ。どこも劣ってないし、勝っている部分もないし、相棒としては合格だよ」
 親指をゆっくりと立てた美少年の顔に笑顔はない。ただすべてを悟った感じの瞳と目を合わすたびに、ゾクッとくるのだった。
 その様子を見たうえで、翔太は腕を顔にあてて、泣く素振りをみせた。
 「一平の評価は厳しいからなぁ。やっと春奈くんという女の子を認めてくれたよ。昨年の女子には『美人だから整形して来い』なんて言ってさ、女の子のピュアなハートがいくつこいつによって壊されたか・・。おかげで毎年退学者が出る始末だよ!」
 翔太は泣き声をあげた。多分、嘘なきだろう。それにしてもおおげさな人だ。
 「じゃ、あなたが退学者をだしている張本人なの?」
 失礼な態度は承知で、春奈は一平を人差し指で差した。
 二つの並んだデスク越しに、二人は話した。
 「あぁ、大当たり。美人は恋愛して価値がある。そいつらはここで特命委員をやるなんて、俺は許せないね! 早く恋愛に目覚めてほしいと願うほうだよ」
 「あ、あなただって、き、綺麗じゃない!」
 「確かに俺は、カッコいい男の類に入っているが、不細工のほうがよかったよ。ギャーギャーうるさい女どもに好かれることもないしね。自分の顔がすごく嫌いだよ」
 「あんたねぇ! この世界のどこかでは、モテないまま人生終わっちゃう人もいるんだからね! その分まで恋愛してみなさいよ!」
 力強く椅子から立ち上がり、一平を見下ろした。隣で拍手をする翔太だった。「春奈くんが恋愛を語っているよ」−あいかわらず涙目のまま。
 「そういうあんたもさ、そのモテないままで人生が終わる人候補なんじゃないのかな?」
 「なっ・・」
 グサっとくるものが胸に刺さった。立場的にはあっちが上であることを、春奈は落ち着いてから知った。フッと初めて一平が笑みを浮かべた。翔太は首を振りながら、最悪のコンビだと痛感した。
 「と、とりあえず! あたしは恋愛なんかに興味がないからね! ここでは楽しい学校生活を送ることが目的よ!」
 「あっそ。まぁ、せいぜいカップルの多さに驚くことだな。この学校の半数以上がカップルで占めているんだ。友情なんてあっけなく壊れて、あんたの楽しい学校生活はあと何日で崩壊するか賭けてみたいほどだよ」
 「そ、そんなに多いの? なら、あたしがいた中学校のカップルの数は・・・」
 指折りで数えながら、中学校時代の記憶を呼び起こした。その様子をみた一平はため息交じりで言った。
 「明日からよろしく。相棒さん」
 一平が生徒会長室から静かに退室した。ゴオーという、あの白い壁が動いている音が響いた。春奈は数え終わって、顔をあげた。
 「あたしの中学校では10組いたよ、って。アレ? あいつは?」
 辺りを見回した。翔太は自分の机に戻っていた。
 「帰りましたよ。さっきね。いやぁ、君みたいな子は初めてみるよ!」
 扇子をパタパタさせながら、彼の目は輝いていた。
 「というと?」
 首をかしげた。
 「あの一平だよ! いつも人を馬鹿にして、傷つけては喜んでいるあいつが、春奈くんと二言以上喋ったよ! これはけっこういい相性かもしれない」
 近くにあったメモ用紙になにやら記入している。それもすごく気になった。
 「そうですか? あたし、ああやって女の子にひどいこという人大嫌いなんです! だから絶対アイツを許さない!」
 「多分・・そのうち意気投合するんじゃないかな?」
 「まさか」
 春奈は思いっきり頭を振った。その反応に笑う会長。
 とりあえず、最初の書類分けの(一人)作業が終わり、春奈はクラスに帰ることにした。何気にムカつくアイツのデスクをみると、パソコンが付けっぱなしの状態だった。しかたなく消してあげたが。
 「いつここにきたらいいですか?」
 「そうだな〜。放送で呼び出すか、一平と一緒にきてもらうかのどっちかかな?」
 「アイツと来るのは嫌です!」
 「まぁまぁ、そう不機嫌にならないで」
 その場の雰囲気を和ますために、翔太は扇子に新たな文字を書いて広げた。『グットコンビネーション!』 春奈のため息が聞こえた。
 「あっ! そうそう!」
 いい忘れがあったようで、慌てて春奈を引き止めた。
 「なんですか?」
 春奈は疲れきっていた。
 「そのムカつくアイツと対等に張り合ってたけど、一平は君より年上の2年生だからね」
 「・・・・・・」
 「あ〜、ちなみに僕が3年生だよ〜ん」
 付け足すように翔太は言った。聞いていないが。
 春奈は壁に手をついた。急に足がガタガタを震えて、一歩も歩けない状態だった。
 春奈は人生で初めて、年上の男と喋った驚きと、生意気な口を叩いたせいで、一平からの報復がくるのではないかと不安に駆られたのだった。

 
第五話『略してクラスメイト』

 騒がしくなっている教室の中に、こっそりと姿を現した春奈だった。ギャーギャーうるさい声が飛び交っている。その原因が大半は女子だ。あいにく注意をする担任がいないから、嫌な顔をするしかなかった。
 教室の奥の席に藍は座っていた。声をかけようと手を挙げたが、藍は見知らぬ女の子と楽しく喋っていた。とまどった顔になると、親友がこちらに気づいてくれた。
 「ハル〜。こっち、こっち!」
 手でこちらに招き、彼女を呼んだ。藍の隣に席に座ると、見知らぬ女の子が愛想よく挨拶をしてくれた。
 「こんにちは。仙頭沙織っていいます! よろしくね! 青井春奈さん!」
 活発な印象を受けた。春奈は初対面の女の子と向き合うだけで、緊張していた。
 「どうも・・・こちらこそです」
 体が硬くなっているせいか、警戒していることを相手に悟られてしまった。沙織はクスクスと笑い、机に置いてある菓子袋を彼女に差し出した。それは春奈の大好きなスナック菓子だった。
 「春奈さんはこういうお菓子は好きかしら?」
 ニコッとたずねた。
 「もちろん大好きです! あの、食べていいですか?」
 つい手が菓子袋に伸びた。すぐさま引っ込めたが。
 「いいわよ! 近くのコンビニでいっぱいお菓子買ったから、三人で食べましょうよ!」
 藍の顔色も伺いながら、沙織は机に袋から溢れ出そうなほどのお菓子を鞄からだした。
 藍と春奈は顔を見合わせ、その量に驚いた。沙織の笑顔で緊張が解けたのか、春奈は迷わずに大好物のスナック菓子に手を伸ばした。

 しばらく時間が経つと、三人の間で和やかな空気ができた。元々この教室では席は自由らしい。出席番号とかで割り当てるのではなく、みんな勝手に好きな者同士がくっついて座っていた。ということもあって、春奈と藍は初めての隣り同士の席だった。沙織は藍の前を自分の席とした。春奈からは斜め左の席にあたった。
 藍と沙織の話が盛り上がっている中、一人置いてかれた気分の春奈が教室を見渡すと、いろんなクラスメイトがいるものだった。化粧に精をだす女の子。男とばかり喋ってアピールしている子。恋愛雑誌をみて、近くにいる男を品定めしている女の群れ。目立つ行動といえばそれが一番多かった。
 どの子もイマドキの恋する女の子。 
 早速恋愛モードに入っているようだ。男の方はというと、ごく一部の男子だけが身だしなみをチェックしているだけ。あとは男同士の雑談が目立つ。 恋愛を楽しむっていう雰囲気が全く感じられなかった。
 一体、こいつらの志望動機って・・・。春奈は首を傾げた。
 「ねぇ、イイ人みつけた?」
 沙織が横から顔を覗き込んできた。もちろんびっくりした。
 「そういう人はいないけど、女の子がけっこう積極的だなって感心したの。あと、男子が女子に無関心しすぎるってとこが気になったかな」
 教室の中を一通りみて、ここのクラスメイトの第一印象を伝えた。
 沙織はふぅんと洩らし、ポッキーを口に運んだ。
 「このクラスの女は必死だからね〜。あの中で一番に彼氏ができると、リーダー決定って感じの空気ね。雷のようにビリビリしてるわよ〜」
 「同じ女としては、ああまでして焦りたくはないわね」
 沙織からもらったジュースを飲みながら、藍はうんざりした顔だった。
 「男はね、‘彼女’を作るのが目的でここにいるわけじゃないのよ。真の目的は‘モテる’実感がほしいだけ。男となら誰でも親しくなりたいっていう女がいるんだもん。複数の女子に好かれるなんて、男にとっては夢のような心地に決まってるわ」
 男女の事情を詳しくズバズバといってしまう沙織を、藍は尊敬の目でみていた。春奈はというと、クラスメイト全員の見る目が180度変わってしまった。
 「沙織はすごいね! もしかしたら、この学校の内部まで知ってそうじゃない?」
 他にも何か情報はないかと、なんとか聞き出そうとしているのがみえた。 沙織は得意げな笑みを浮かべて、藍に顔を近づけた。春奈も聞きたそうにしているのをみて、二人にこっそりと話してくれた。
 「実はね、この学校には“ある委員”が動いているの」
 「委員?」
 二人は同時にその単語だけを繰り返し聞いた。
 「なんかね、この成樹高校の恋愛を記録するのが仕事らしいの。ほら、カップルが出す書類ってあるじゃない? 『契約届』と『解除届』だと思うんだけどね。あれを収集して、学校内のカップルを管理しているのよ。さっき、写真撮りに行ったじゃない? あれどういう意味があるか知ってる?」
 見当がつかない二人は首を左右に振った。沙織の話はその後も続いた。春奈はここまで聞いたことは初めて知るわけではないので、藍とは違う反応だった。
 「あの写真と、本試験で配られたアンケート用紙の項目が載ったプロフィールみたいなものが作成されるわけ。この学校のホームページで公表しているみたいなのね。世間からみればただの学校紹介のサイトだけど、あることをしたら! 全学年生徒の顔写真と恋愛傾向がみれる仕組みなの。どう? この学校がけっこう楽しめそうじゃない?」
 藍は強く頷き、沙織のいうホームページにアクセスしてみようかなと嬉しそうに話した。間逆なのが春奈。沙織のいうことが正しければ、学年生徒全員(約600人)の名簿みたいなものを作成するという仕事があるわけだ。一気に疲れがでてきた。肩がガックリと落ちた。不気味な笑い声すらこの教室に響きそうだった。
 「でさ、沙織はこの学校で恋愛するの?」
 「実はね〜、もう狙っている人がいます!」
 「え?! 誰よ、それ?」
 春奈にはあまり興味がない話題だった。ぼぅと遠くをみていた。
 頬を紅潮させながら、沙織がその彼の名前を口に出した。
 「2年C組の鏑木一平先輩が好きなの!」
 「ほぉ〜、先輩なんだ〜」
 藍が感心していると、横から呻き声に似たものが聞こえた。
 「ハル、どうしたの?」
 「ううん、なんでもないよ」
 平常心を偽っていた。一平という名前がでただけで、年上という恐怖と、女を見下したあの態度に抵抗する気持ちが半々に滲み出てきた。沙織が惚れるのは、やはり外見か。
 「どこにキュンとかきたのよ?」
 「キュンというか・・・。あんなにカッコいい男が、誰とも付き合わないっていう有名な噂が本当かどうか、ちょっと挑戦してみようかなって思ってるの。どうしてあんなにモテるのに、美人な子も相手にしないのかが分からないの。これは男性経験のある人が一度挑戦したい男性だわ」
 「そんなにすごい先輩がいるんだ〜」
 一度も一平にお目にかかったことがないので、藍の想像は大きく膨らんだ。横の春奈はうんざりとした感じで、頭を抑えていた。
 「ここだけの話だけど・・・」
 沙織がこっそりと藍に耳打ちした。かすかな声だが、春奈にはそれがはっきり聞こえてしまった。
 「この学校の女子は、確実に狙っているわ。自分の男性の経験が試される機会だから、あの人のハートを打ち抜くため、日夜努力しているのよ。たくさんの男を付き合って、自分を磨くの」
 沙織のその一人だ。
 一平は確実に女にモテている。だが、実際彼は迷惑しているのだ。
 自分の容姿を憎んでいるほど、うんざりしているほどだ。
 だから、恋愛をしないという資格を得るために、『特命委員』にわざわざ自分から立候補したのか。
 どうやら、春奈の相棒である《鏑木一平》は、謎の美少年らしい。


第六話<略して放課後>

 放課後。春奈はまた担任に呼び止められた。
 「青井春奈、この教室で待っているようにと、連絡が入っているみたいだ」
 そういって、教室を出て行った。多分、このクラスの中で始めに名前と顔が一致した生徒は彼女だろう。
 事情を知った藍と沙織は先に帰った。イマドキの女の子たちは楽しく雑談をしながら、教室をでていった。春奈はぽつりと一人。
 時々廊下を通る生徒と目が合うと、なんだか気まずかった。机の上で退屈を感じ、足をブラブラさせていた。
 それから数分後だった。鏑木一平がひょいと顔をだした。
 「よっ! 相棒。暇人中ですか?」
 からかいながら、教室に入った。一平=先輩というのが頭の中にある以上、春奈は強いことをいえなかった。
 「待機するようにいわれたので、別に暇人ではありません」
 「・・・いやにおとなしいな。いじめにでもあったのか? 女の社会は怖いからな」
 一平は、白いチョークで黒板に小さく文字を書いた。
 『美人 巨乳 お断り』と。書き終わった後はすっきりしたように、一息を吐いた。消そうとすることなく、多分明日の朝までこのままだ。 
 「残念ですけど、いじめにはあってません。ただ、特命委員の仕事内容にキツさを感じるだけです」
 「ふーん。恋愛をしない奴がそれに相当することをするんだから、弱音なんか吐いてちゃ、退学だよ」
 「あなたは、退学とか考えたことありますか?」
 黒板に意味不明の落書きをする彼の手が止まった。コツンとチョークの音が響いた。春奈は机から下りて、教卓の前まで来た。
 「退学か。いつも他の奴を追い込んできたから、自分のことは考えてなかったわ。そうだなぁ。退学はしてやってもいいが、俺の家は厳しい家庭だから、そううまくいかないのが現実」
 「そうなんですか・・・」
 クールな少年の家庭事情は重かった。春奈は黙った。
 廊下も教室も静かになってしまった。
 「てか、午後からのお前は本当に静かだな。あのうるさい声が取り柄なのに。これじゃぁ、俺の調子が狂うわ」
 チョークを置き、一平は振り返った。ちょうど彼女を見下ろす位置にいて、じぃとみつめた。
 「もしかして、俺を先輩として意識してんの?」
 「当たり前じゃないですか」
 キッと睨みつけるように春奈は言った。一平はクスと笑って、
 「自然でいいから、俺に変な気を使うのはやめろよ。無理しているのが痛いほど伝わるから」
 「なんでわかるの?」
 「顔にでるから、わかるのは当然!」
 一平は親しみを込めてか、春奈の頭を優しく撫でた。その表情は第一印象とは違って、穏やかな感じだった。春奈の胸が一瞬動揺した。
 
 二人が来たのは、1階女子トイレ。春奈は唖然として立ち尽くしていた。 一平は躊躇することなく、女子トイレに入っていった。とまどうのは彼女のほうで、急いで追いかけた。
 「あ、あの」
 「俺はもう慣れたから、恥ずかしいなんて思ってないからな」
 「え? いつもこうやって女子トイレでアレしてるんですか?」
 「アレ?」
 「下品な名詞だからあえてここでは言えませんが」
 それを聞いた後で、一平はしばらく考えた顔をした。すぐに意味がわかると、少し照れたみたいに頬が染まった。
 「お、俺がここにくるのは、《ある物》を回収するためで、決して! お前が考えているような変態行為ではない!」
 「なるほど〜」
 納得したみたいで、春奈は頷いた。一平は軽く咳払いをした。
 金属製の箱。女子トイレの一番奥の壁に設置されていた。紙一枚入る穴が空いていた。ズボンから鍵を取り出した一平は、しゃがみこんで箱の下のガキ穴にそれを差し込んだ。床にかごみたいな入れ物置いてから、カチャという音とともに箱を開けた。
 大量の紙がかごに落ちた。春奈はびっくりして、後退りした。手馴れた作業らしく、一平は箱を閉じ、かごを手に持ち、立ち上がった。
 「これが回収作業だ。次の女子トイレ回るぞ」
 意気揚々と、一平は先に女子トイレを出て行った。
 「え、は、はい」
 何も言えず、春奈はこの次の回収現場をじっとみるしかなかった。

 一階ごとにある二ヶ所の女子トイレの箱の紙を順々に回収した。校舎は全部で五階建てだ。最後には足が疲れきっていた。
 大量の紙を入れるかごも三つに増え、春奈はその一つを持って、生徒会長室前の白い壁に着いた。
 「なんで、女子トイレにあの箱が?」
 「人が一番落ち着けるのがトイレだからじゃないの?」
 「それだけですかね?」
 一平は何も言わなかった。
 両手がふさがっていたので、一平がどうするのかと様子を伺っていたところ、白い壁に一発蹴りをかました。
 「いってぇ〜!」
 痛む足にうめき声を上げていると、壁が静かに開いた。 
 扉を開けると、鏑木翔太がいた。下校時刻だというのに、この人はいた。     
 「おかえり〜。おぉ! さすがに入学式当日とはいえ、こんなにもカップルができるとは」
 「いつものことだろう。アニキが『フライングはしないように』って呼びかけても、誰も聞いちゃいない。焦りすぎなんだよ、みんな」
 そういって、弟はかごを自分のデスクに置いた。
 特命委員の二人は椅子に腰をかけ、早速作業を開始した。まずは書類を分ける作業から始まった。
 季節が春ということもあって、この月が一番『契約届』の数が多かった。
 「『契約届』は計120枚。『解除届』は計63枚です。これを記録するんですね」
 数えた書類を一平に渡した。これの詳細をパソコンに打ち込んで、最終作業に入る。
 これで、この学校のカップルの数がわかり、フリーの子の人数もわかるようになっている。Enterボタンを押して、ホームページが更新された。作業が終わったところを見計らって、翔太がお茶を二人に出した。そして、自分もお茶を飲みながら、一息をついた。
 「一番忙しい日だ」
 一平はぐったりとした。春奈も机にもたれた。
 だが、一番この中で疲労しているのは、生徒会長みたいだった。
 「僕は、約600人分の名簿を作っていたんだよ。いや、あと約100名分が残っているけどさ。今夜は徹夜だ。一平、帰ったら手伝え」
 『遅寝早起』という文字が書いた扇子を扇ぎながら、翔太は椅子にもたれた。
 「嫌だ。帰ったら俺は寝る! 今日までに仕上げるんだろ? 頑張れ」
 「マジで?! 俺仮病使おうかな」
 「そう弱音吐くなって。しょうがない。手伝ってやるよ」
 結局は兄を助ける弟。静かになったところで、春奈の寝息が静かに聞こえてきた。顔を上げる兄弟。椅子から腰をあげた。
 春奈の寝顔を眺めながら、一平は言った。
 「女にしてはよくやったと評価する」
 「そうだね。僕も春奈くんを選んでよかったと思っているよ。一平、まさか惚れてる?」
 横腹を小突きながら、翔太はニヤケた。しかし、弟は無反応。
 壁にかけてある時計の時間を少し気にした。もう6時を回る。
 「あともう少し寝かすか」
 「誰が彼女を送っていくの?」
 「迎えの車で送る。夜道危ないから」
 「優しいねぇ、一平ちゃん」
 何かを期待するように、翔太はまだニヤニヤしている。そろそろ、うっとおしくなった一平の鋭い視線が兄にも伝わり、すぐに真顔に戻ったが。
 「初めて俺を見たとき、《男》って意識してなかったと思う。今もそういう感じだよ。こいつのイイとこは、男に媚びを売らないところ。俺はこいつの自然体が好きだ」
 「それは恋なのかい?」
 「さぁな。あれから一年経ったから、感情が狂っているかもしれない。でも、人間的には好きだな」
 春奈が目を覚ましたのは、自室のベッドだった。枕元にある時計を手に取り、時刻みた。夜の七時だった。
 体を起こし、真っ黒になった部屋をでた。台所にでてくると、彼女の母がニッコリと意味ありげに笑った。
 「あんた、入学式早々に男と知り合っちゃって」
 「え?」
 「あんたを家まで送ってくれた子よ! とてもカッコいい人だったじゃない。今度紹介しなさいよ!」
 「・・・はいはい」
 頭がぼぉーとして、会話の意味がよくわからないままソファーに滑り込んだ。

 翌日の朝。春奈が教室に入ってくると、クラスメイトたちが何やらざわざわしていた。
 「ねぇ、何があったの?」
 近くにいた藍に聞いた。答える前に沙織が先に言ってしまった。
 「なんかね、誰かが黒板に変なこと書いてたの。だからみんな犯人を突き止めようと騒いでるってわけ」
 「そうなんだ」
 気にするようなことではなかった。春奈はすっきりとした顔立ちで席についた。
 『美人 巨乳 お断り』と書いた文字が、やはりそのまま残っていたのだった。

 

 成樹高校の生徒たちにとって、毎日が出逢いであり、毎日がワクワクでもある。そして、知らないところでは、悲しみに遭遇する生徒もいるのだ。そう、毎日が楽しいだけではないのです。
 
 恋愛だけが人生ではないが、今の生徒はそれ一色なのです。
 
 特命委員は休むことなく、たくさんのいろいろな恋愛を記録するのです。


 




2004-02-16 23:17:22公開 / 作者:葉瀬 潤
■この作品の著作権は葉瀬 潤さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
今作は「恋愛一色」です!あるユニークな高校を舞台にしたストーリーです!この物語はある意味、プロローグみたいなものなので、楽しく読んでくれたら嬉しいです!
最後の話は、セリフが多いのですみません。。一応これが第一部として終了しましたが、第二部も書くのでよろくしおねがいします〜!
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