『桜子の苗』作者: / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約14.46枚
一人で泳ぎに行った海の帰り、
高校生の私は首に水中眼鏡。肩には水玉の浮き輪をぶら下げ、
蝉の鳴く道で濡れたてのミディアムショートの髪を揺らしながら
6日後に控えた一番上の姉の薫子の23歳の誕生日プレゼントを何にするか考えていた。
おととしの誕生日は花柄の手帳をあげた。
その次の年は自分で縫った不細工な化粧ポーチ。
そのたびに姉の薫子ちゃんは「まぁ」とか「わぁ」とか喜びの声をあげた。
きっと何をあげても喜んでいただろう。
薫子ちゃんは優しいからなぁ。
今年こそは「まぁ」とか「わぁ」以外の言葉を言わせたい。
私はそう心に決めていたので1ヶ月くらいまえから、プレゼントを考えていたけど、結局まだ決まっていなかった。

昨日、扇風機がカタカタ回る畳の部屋で
私は昔のアニメの再放送を見ていた。
「あら、懐かしい」
そういって薫子ちゃんが縁側の柱に寄りかかって
読書をはじめたので、そうだ!と思って私は聞いた。
「薫子ちゃん、今欲しいものなに?」
私はもう何回もこの質問をしている。
「うーん、とくにないよ?」
薫子ちゃんも、もう何回も同じ返事をしている。
「とくにないが一番困るんだよなぁ。なんでもいいから言って!」
じゃぁー…そういって薫子ちゃんは微笑む。
「家」
「ダメ」
「犬!」
「ダメ」
「なんでもいいって言ったのは桜子なのにー」
私たちは顔を見合わせて笑いあった。
もっと現実的なものにしてと私に言われて、
薫子ちゃんはうーん…としばらく考えた。
けど「やっぱりとくにない」ニコッと笑ってそう言った。

チリンチリン。後ろから「どいて」と言うような自転車の音が聞こえる。
後ろを振り返ると「桜子?」
自転車に乗っていたのはもう一人の姉の小夜ちゃんだった。

「また海、行ってたの?」小夜ちゃんは自転車を降り、私と並んで歩いた。
「うん。小夜ちゃんは?」
「おつかい。今日の夕御飯、ちらし寿司にするって」
「ほんとう?」
「ほんと。あ、桜子にいいものあげる」
そういって小夜ちゃんは麦わらで出来た手さげバッグから
ビー玉の入ったラムネを取り出して私にくれた。
「ありがとう」
ラムネの瓶を目の高さまであげて覗いてみると、
小さな泡がユラユラ踊っている。
さっきまでいた海を思い出した。それだけで笑顔になった。

一口飲むと乾いたノドの中を心地よい刺激を持ちながら通っていく。
体の温度が一気に冷えていく感じがする。
「小夜ちゃんはさー、薫子ちゃんのプレゼント決めた?」
私は手で口元をぬぐい、聞いた。
「決めたよ」
「ウソ?!なになになになに?!」
私は誰かの誕生日プレゼントを聞くのが好きだった。
プレゼントを聞いて「私も欲しいなぁ」って思うときに幸せを感じるし、
喜ぶだろうなぁって相手の笑顔を想像するのが好きだから。

「チョウチョの刺繍が入ったハンカチ」
チョウチョのハンカチかぁ。
そういえばまえに薫子ちゃんが
「ハンカチ欲しいけど、買おうとするとやっぱいらないなって思って買うのをやめちゃう」って言ってたことを思い出す。
小夜ちゃんはちゃんとそうゆうのを聞いてて、
それでプレゼントを選んでえらいなぁ。私はつくづく思った。
でも、きっとそれが当たり前なのかな?とも思った。

「桜子はまだ決めてないんでしょ?」
小夜ちゃんは全てお見通しだよというような言い方をした。
「うん…プレゼントって選ぶの難しくない?」
飲み終わったラムネの瓶のビー玉が
私の歩調と合わせるようにカラン、カランと鳴る。
「ある意味むずかしいかもね。自分のために買うわけじゃないし」
でもわがままに考えていいんじゃん?小夜ちゃんはそう言って笑った。

わがままにか。

家に着いて台所に行くと薫子ちゃんが、おかえりと迎えてくれた。
「あんみつあるよ?」
「いらない」小夜ちゃんと私は言った。
「あら。好きじゃなかったっけ?」
「だって今日の夕御飯、お母さんのちらし寿司だよ」
「今からお腹減らしとくんだ」私と小夜ちゃんはニコニコ笑った。
ふーん。薫子ちゃんはそうやって鼻をならしたあとに
自分の食べかけのあんみつを冷蔵庫にパタリと閉まった。

私たちはお母さんのちらし寿司が大好きだ。
これといって特別なものは何も入れてないらしいんだけど、
どこのおすし屋さんで食べるものよりも美味しく感じた。

雨が降り始めたのは、
そのちらし寿司を食べ終わって居間でお茶を飲んでるときで
「夏は急に来るわね」とお母さんは縁側の窓を閉めに行った。
「締め切ったら暑いよ」
小夜ちゃんがお母さんの背中に言うと、
少しだけ窓を閉める音が聞こえた。

夏の雨はぬるい気がする。雨の持つ温度も。空気も。
でも一粒一粒が地上に弾かれたときの音は、
すごく心地の良いもので私を癒してくれる。
例えばすごく暑い日に冷蔵庫から冷え冷えの麦茶をとって
グラスに注いだときの「トクトク」ってゆう音の爽快感に似ている。

私たちは黙ってそれぞれの食後を過ごしていた。
本を読む薫子ちゃん。
お茶をすすっているお母さんと小夜ちゃん。
そしてぼんやり縁側を見つめている私。
お父さんは…お母さんと離婚したからいない。

当たり前の風景。当たり前の日常。
私が半年前に余命を宣告されたのも、ちょうどこんな雨の日だった。

私は不治の病で、もう何日も生きられないと思う。
最近は自分でも感じる。
別に体が痛いとか苦しいとか、そうゆうんじゃなくて、
逆に穏やかなくらいだった。
そうゆうときこそ、「死」はやってくるんじゃないかな?
私はなんとなくそう思っていた。

「桜子、どした?」
薫子ちゃんが不安そうな顔で私を見ている。
「ボーッとしてるよ?」
「あ。うん。平気。ちょっと考え事」
「そっか」そういって薫子ちゃんは再び本に目を落とす。

この「そっか」という返事が私は好き。
薫子ちゃんも、もちろん私の病気を知っている。
小夜ちゃんだってお母さんだってお父さんだって知っている。

でもみんな、温かすぎず、温かくなさすぎず。
私が余命を告げられるまえとなんら変わりない接し方をしてくれた。
語弊がないように言っておくが、
本当はみんな心の中では心配してくれていると思う。
けど、それを顔に出さないってゆうか、
あくまでも自然に私に接してくれている。
だから薫子ちゃんの「そっか」という返事はすごく嬉しかった。

翌日は、今年いちばんの猛暑を記録した。
そんな日に私は小夜ちゃんを連れ出して、
薫子ちゃんのプレゼント選びに付き合わせた。

「桜子、あたしもうダメ。歩けない」
「もー、しっかりしてよー」
潮の香りと蝉の声がする海沿いの道、
小夜ちゃんが私の後ろでヘトヘトになっている。
それを見て私は、
クタクタに溶けたバニラのアイスキャンディーを思い出した。
「小夜ちゃん、あそこの電信柱に先にタッチしたほうがアイスおごりね」
そう言って私は50メートルくらい先の電信柱を指差した。
…指差したんだけど、そのあいだに小夜ちゃんは走り出していて、
私を追い抜いていく。
あっ!
私もあわてて小夜ちゃんの背中を追った。

「2本で120円」
駄菓子屋のおばあちゃんが無愛想に手を広げる。
私はその手のひらに120円を落とした。
「結局、プレゼント見つかんなかったね」
私は駄菓子屋の外の赤いベンチに座っている小夜ちゃんに
ソーダアイスを渡してから隣に座った。
キラキラ光る海が見える。空は薄くオレンジになりはじめていた。
「薫子ちゃん、なにが欲しいんだろう」
私は誰に言うでもなくそうつぶやいた。アイスが口の中で溶けていく。
小夜ちゃんが遠くを見つめて言う
「何もいらないから、桜子にずっと生きててほしいんじゃん」
しばらくの沈黙。
「そんなこと言わないでよ、死ぬのが怖くなるじゃん」
私は笑った。でも小夜ちゃんは笑ってない。
「ごめん。でも…怖くないの?桜子は」
「怖くないよ」
「そっか」
「でも忘れられるのは怖い」
私がそう言うと、またしばらくの沈黙。
海が本当に綺麗だ。
「帰ろっか」小夜ちゃんは私の手を持って立ち上がる。
その手は温かくて、私はすごく安心した。

今日の夕御飯は冷奴で、
お豆腐の上にのったシソの匂いが口の中でふわぁと広がった。
風鈴もチリンチリンと響いて、涼しい感じがした。
「桜子、今日、朝顔に水あげてくれた?」
お母さんが、お味噌汁をお箸で溶きながらそう聞いた。
花に水をあげるのは私の仕事。
「あれ?今日はお母さんがやったと思って、私あげてない」
「お母さんやってないわよ。明日は気をつけて水をあげて
毎日、忘れずにあげなきゃ花は寂しくて枯れちゃうんだから」

毎日忘れずにあげなきゃ、花は寂しくて枯れちゃう

その母の言葉をきっかけに薫子ちゃんへの誕生日プレゼントが
唐突に決まった。
それはいつか小夜ちゃんの言ったとおり、
少しわがままで私にしか出来ないプレゼント。

私が薫子ちゃんをチラッと見ると、目が合った。
なんとなくお互い笑顔になる。

翌日、私は早速プレゼントを買いに行った。
小夜ちゃんにはこないだ一緒に探してもらった義理もあったが
プレゼントのことは内緒にしておいた。
私のプレゼントは、薫子ちゃんの誕生日に
みんなにあげるプレゼントだと思うから。
そして少し悲しいプレゼントだから。

帰りに蝉を見つけた。
彼らの歌は騒がしいくらいこの街に響いている

蝉は地面の下で何年も何年も地上に出るのを待って、
いざ地上に出たら約7日間しか生きられないらしい。
地上に出た瞬間に余命を宣告されるのだ。
「私と一緒だね」
それでも蝉はいつまでも鳴く。

そして私のまえで1匹の蝉がポトリと堕ちた。
「バイバイ。生まれ変わったら長生きだ」
私は蝉にそう言って空を見上げた。
青くて、広くて、雲がおいしそう。

次の日の夜、9時13分。
薫子ちゃんの誕生日をまえにして
私は眠るように息を引き取った。



「薫子、これ向こうに運んで」
「あれ?今日、私の誕生日じゃなかったっけ?」
そう軽く嫌味をいって私は母と顔を見合わせ笑い、
サンドウィッチのお皿を手にとった。
「あ。取り皿」母が私を呼び止める。
「桜子のぶんもちゃんとある?」
「あるわよ」

今週、妹の桜子が亡くなった。
最後は眠るように息をひきとって、静かな別れとなった。

本当は桜子のこともあるし、
こうゆうパーティーってどうかな?って思ったけど、
小夜の「やめたら逆に桜子は悲しむ」という言葉で
私たち家族は、いつもと同じ誕生日を迎えることにした。

穏やかなお昼どき、外では蝉が鳴いている。
「それじゃぁはじめましょうか」
私たちはその言葉をきっかけに、ささやかなパーティーをはじめた。
テーブルの上には桜子のぶんの料理もちゃんとある。
それを見ると自然と涙がこぼれた。
「ほら、薫子。桜子が見たらビックリするわ」
「うん」
「涙をふくならコレを使って」
そういって小夜が足元から、ラッピングされたプレゼントを取り出した。
私はそっとリボンをほどき空けてみる。
中からチョウチョの刺繍の入ったハンカチが出てきた。
「まぁ」私は思わず笑顔になる。「ありがとう」
そういって私がそれで涙をふいていると

ピンポーン

玄関のチャイムが鳴った。

「お届けものです」
はい、はいそういって母は玄関に走っていく。

「小夜、薫子…桜子から」
居間に戻ってきた母はたしかにそう言った。
消印をみると3日前の日付だった。
「あの子、自分がもう長くないってことわかってて、
わざわざ家に、出してたんだ」
小夜がそう言った。
「開けてみて」母も言う。
私が箱の包み紙丁寧に破き蓋を開けると、
中には小さな苗と手紙が入っていた。
私は手紙を手に取り、声をだして読む。

Dear薫子ちゃん

こんにちは。
手紙なんて普段書かないのでなにを書いていいかわかりません。
お誕生日おめでとう。23歳だね。
私は、その日にはいないかもしれない。
ごめんね。
薫子ちゃん、いつでも優しくて大人なお姉ちゃんでいてね。
薫子ちゃんには小さい頃から面倒を見てもらってすっごく嬉しかったよ。
それと小夜ちゃん、小夜ちゃんとは中学生の頃はよくケンカしたね。
小夜ちゃんがお姉ちゃんじゃなきゃよかったって言ったとき、
小夜ちゃんがすごく悲しそうな顔をしたの覚えてる。
あのときはごめん。でも私は小夜ちゃんの妹で本当によかったです!
だっていつもケンカしてたけど、大好きだもん小夜ちゃんのこと。
そして、おかあさん。
お母さんはいつもいつも優しい。理想のお母さん。
私はお母さんの背中をみながら
いつもお母さんみたいになりたいって思ってたよ。
私からのプレゼントは薫子ちゃんの誕生日にみんなにあげるプレゼント。
「桜の苗」です。
お庭に埋めて、毎日水をあげてください。
水をあげるたび、花が咲くたびに私を思い出してください。
忘れないで。
いつでもそばにいるよ。

お母さんの娘。薫子ちゃんと小夜ちゃんの妹  From桜子


「ありがとね、桜子」私はそうつぶやく。これは桜子の苗だね。
ちゃんと毎日水をあげるよ。花を咲かせるよ。
忘れたりなんてしないよ。
小夜もお母さんもそう思っていたはず。
小さな小さな苗が、なんだか笑った気がした。

2004-01-23 02:10:06公開 / 作者:律
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■作者からのメッセージ
少し長いでしょうか?
読んでくれたかたにただただ感謝です♪
この作品に対する感想 - 昇順
かなり感動しましたー!桜子さんの、「バイバイ、生まれ変わったら長生きだ」ってせりふにじーんときてしまいました。。
2004-01-23 09:07:14【★★★★☆】黒子
夏の描写が素敵です。とても静かな印象を与えられました。余命を宣告された少女から見た世界は、きっとそんなにも静かな世界なのでしょうね。次回作も期待して読ませていただきます。
2004-01-23 19:38:31【★★★★☆】藤崎
黒子さん、藤崎さんありがとうございます♪
2004-01-24 18:39:26【☆☆☆☆☆】律
計:8点
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