『グレイ 0-14(終)』作者:道化師 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角15820文字
容量31640 bytes
原稿用紙約39.55枚

 箱の中での血の匂いは今も身体に染み付いている
 冷たい声の子守唄はまだ耳に響いている

-0-
 また、あの女がわらってる。あたしをみてくすくすわらう。
「汚い奴は消えちまえ」
 父という名の男がいった。ぐぅとおなかがなった。もうしばらくなにもたべていない。
「おなかすいたぁ〜」
 そういって女はあたしのあしもとにタバコをすてた。女はあたしに近づいてきた。こうすいくさいそれは、きもちがわるい。
「本当にウザイよ」
 きゃははというかんだかい声はへやの中にひびく。女の足はあたしのはらをけった。――みにくい人。
 
 血に染まった部屋に灰色の瞳をもつ少女がいた。床には男が一人、女が一人、白目をむいて死んでいた。

「きれいな、あかいろ。あたしだいすき」


-1-
 彼は今日もまた、あの箱の中の夢を見た。
 彼、宮内圭吾はケータイの着信音で目が覚めた。届いたメールは春奈からだった。圭吾はうつろな目をしてそれを見た。
“1限始まるヨ”
「やべぇ」
 圭吾は急いで制服に着替えた。靴下を履く足がよろける。両親は昨日から旅行に出ていたため、圭吾を起こす者はいなかった。
「1限数学じゃん」
 数学は厳しくて評判のハゲである。ハゲは50分の授業の中で45分説教する奴だ。ハゲの呼び出しなんてたまったもんじゃない。
 圭吾の家は割と学校に近かった。圭吾は猛ダッシュで玄関を飛び出した。

「どうだった? ハゲの説教は」
ニヤニヤとそんな質問をするのは、山田大助である。
「最高だったよ」
 結局俺は遅刻した。俺は売店で買ったパンを抱えてそう言った。
「なぁそういえばさ、2組の転校生知ってるか?」
 2組――春奈のクラスか。
「今日来たんだってよ。めちゃくちゃ美人らしいぜ」
「ふーん」
 俺はそっけなく返事をした。正直、大助の言うことはあてにならない。
「何だよ。いいよなぁ、圭吾は春奈ちゃんというカワイイ彼女がいるもんな」
 大助は少しすねた口調でそう言った。
「春奈ちゃん2組だろ? よろしく言っといてよ」
 何をだよ、俺はそう思った。大助は、楽天的でお調子者だ。だから彼女ができないのだというのが俺の考えだ。まぁそれが良いところなのだが……
「おい、きいてんのか?」
「ああ、ゴメン」
 大助はまだ何か言っていたらしく、話を聞いていなかった俺に対して文句を言った。
「だいだいな……」
 その時大助の口の動きが止まった。一瞬廊下が静まった。俺は大助が見つめる方向を見た。
「ホントに美人じゃん」
 大助が呟く。廊下を歩いているのは話題の転校生だ。彼女のいる空間はどこか他の人とは違っていた。綺麗に手入れされた髪。そして、灰色の瞳は周りの人をひきつけた。
――グレイ
 俺の横を彼女が通り過ぎた。大助はまた俺にむかってまた言った。
「彼女にしてぇな」
 俺はははっと軽く笑った。そして大助と昨日のドラマについて話し始めた。俺たちは趣味が合う。しかし俺の背中は凍り付いていた。彼女は静かに囁いていた。冷たい冷たい文字を。
「ケイゴ……」

-2-
 その日の午後は授業どころではなかった。俺の頭は教師の発する言葉どころか、窓の外の風の音すら消していた。そのうえ空は濁っていたので、俺はますますあいつに支配された。
「……い、おーい」
 やっと耳にはいってきたのは大助の声だった。
「お前大丈夫か? 具合悪いのか」
「平気だよ」
 大助はほっとしたように息を吐いた。まったくいい奴だ。
「春奈ちゃん待ってるぞ」
 俺はじゃあなと大助に別れを告げた。もうあいつのことは忘れよう。何より俺は今幸せなのだから。
「……」
――ホントウニ?
 1組という名の箱の外に春奈が立っていた。一つに結んだ茶色い髪が見えた。
「遅いよ」
 春奈は少し頬を膨らませて言った。それもまたかわいかった。
 川のそばにある通りを二人で歩く。カサカサと落ち葉が二人の間を通り抜ける。薄暗い中で春奈の銀色のブレスレットがキラリと光る。
「ねぇ、笹倉さん見た? 転校生の」
「ああ、大助がはしゃいでた」
「まったく男子ったらデレデレしちゃって」
 春奈は冗談っぽくそう言った。そして俺の唇に春奈の唇が触れた。
「圭吾はよそ見しないでよ」
 春奈は俺より一歩前を歩き出した。この通りを抜けると住宅街がある。そこに春奈の家はあった。
「じゃあ」
 俺と春奈はもう一度口づけをした。そして春奈は夕食のメニューを呟いて家に入っていった。春奈には父親がおらず母親と二人暮しである。母親の帰りが遅いため、家事のほとんどは春奈がしているそうだ。
 俺は方向を変えて今来た通りを戻った。俺と春奈が一緒に帰ることは、俺にとって遠回りだった。それもまた、楽しかったけれど。
 カサカサという落ち葉を踏む音が聞こえる。向こうから誰かが近づいてくる。うちの制服だ。俺は目を合わせないようにして通り過ぎたつもりだった。
「――アサギケイゴ」
 俺は振り返ってそいつを睨んだ。しかしそいつは動揺なんてしない。灰色の瞳のそいつは、昔からそうだった。
「俺は宮内だ」
「そうだったわね、今は」
 冷たい風を通り抜ける声。
「あの子可愛いわね。ハルナ……タカハシハルナだっけ?」
「春奈に手を出すなよ。手を出したら……」
 俺は続きを言うことができなかった。そんな俺を見て彼女はふふと微笑んだ。
「ねぇ、何で付き合ってるの? あの子の事好きなの? それとも……」
「やめろ」
 俺は静かにそう言ったつもりだったが、予想以上に声は響いた。彼女はふうとため息をついた。
「……手なんてださないわよ。あたしもフツウに暮らしたいからね」
「……」
「ただ、あたし達は共犯者。裏切りは許されない。それは自らの死を意味するのよ? 忘れないで」
「……ああ、グレイもな」 
 俺は久しぶりにその言葉を使った。そして二人は何事も無かったかのように別れた。
 二人は、重くて冷たい鎖を巻いた。いや、それはずっと前から巻かれていた。そう、赤い糸のように……

-3-
 鈴木隆は黒い手帳を見つめていた。ぷかぷかとタバコの煙が部屋に充満する。そしてぽつりと言葉をこぼした。
「俺ももう35かぁ」

 笹倉優子がこの学校に来てから、1週間がたった。あの日以来、グレイとは話していない。
「あーどうしよう。告ろうかな」
 そして大助は1週間ずっと悩んでいた。
「おい、春奈」
「あっ、圭吾だ。じゃあね真」
 春奈は友人に別れを言って俺のほうに走ってくる。いつもの帰り道である。
「――無理だと思うなぁ、大助君」
 春奈はきっぱりと言った。
「何で?」
「だって、もう10人はふってるわよ。笹倉さん」
「あの王子もふられたんだってな」
 俺は笹倉優子の話はなるべく避けたかったのだが、それができないくらいに彼女は今話題になっていた。もちろん春奈も話題にしている一人だった。
「にしても、大助もこりないよなぁ」
「ほんとにね」
 俺は、やっとあいつの話が終わったので嬉しかった。その時、向こうから車が走ってきた。そしてその車は俺たちの横に止まった。
「よぉ、春奈ちゃん」
「あっ、鈴木のおじさん」
 30代後半と思われる男が春奈に話しかけた。
「今度また夕食食べに来てください」
「ありがとう。お母さんにもよろしく言っといてよ」
 鈴木という男はちらりと俺のほうを向いて頭を下げたので、俺もそうした。
「誰?」
 彼が去った後で俺は春奈に尋ねた。
「お父さんの部下だった人。今も色々助けてくれるの」
「ふーん」
 俺たちはまた話し始めた。それは期末テストの話題だった。風は冷たかったが、繋いだ手は暖かかった。

 赤信号が青に変わるのを待ちながら、鈴木は一人呟いた。
「春奈ちゃんに彼氏かぁ。さみしいねぇ、哲さん?」

-4-
「ねぇ、ケイゴ。しあわせになろうか」
 少年と少女は背中を合わせて座っていた。
「そうだな、ふたりでたのしくくらそう。グレイ」
「うん」
 少女は笑顔でそう言った。
「あたしたちはなかまだよ」
 この箱の中では自分で光を見つける以外に方法は無いのだ。たとえそれが、何かを狂わせていたとしても。
「おう。ともだちだもんな」
 少年と少女は手を繋いで、部屋に向かった。二人は互いを信じあっていた。部屋の中から聞こえる気高い笑いは、二人の幸せを奪う。だから、二人はその笑いを消しに行くことに決めた。

 新川真もまた、灰色の瞳の転校生に目を奪われた。女の自分から見ても美しいと思った。
「いいなぁ、美人は」
 彼女とは正反対の短い髪をくしでときながら真は言った。
「何言ってんの? 真も可愛いじゃん」
 そう言ってくれるのは親友の春奈である。彼女もまた美人である。ポテトチップスをほおばる姿も美しく見える。
「春奈はいいなぁ。彼氏カッコイイし。そのブレスレットもプレゼントなんでしょ?」
「うん。いいでしょ〜」
 春奈は笑った。春奈は本当に圭吾君の事が好きで好きで仕方ないという感じだ。 
「あの…春奈、そういえばさ……」
 その時、ピンポンパンポーンと間抜けな呼び出し音が鳴った。
「各学級の委員長は今すぐ生徒会室に集まってください」
「ねぇ春奈、委員長の田中さん今日休みだよね?」
「うん、だから今日は笹倉さんが代理なんだって」
 春奈は淡々とそう答えた。
「ところでさっき真、何か言おうとしてなかった?」
「ううん。何でもないよ」
 私は言うのをやめた。春奈が傷つくと思ったからだ。私は笹倉さんが転校してきた日に圭吾君と笹倉さんが話しているのを見た。
「笹倉さんって誰ともしゃべらないよね」
 「うん、そうだね」
 私は暗かったのでよく見えなかったから、人違いだったのだと思う事にした。その時、二人でいる姿が自然に見えたということも忘れる事にした。
「あっ、これおいしいわ。圭吾にもあげてくる」
「でも圭吾君、委員長でしょ?」
「多分もう、終わってるって」
 そう言って春奈は教室を飛び出していった。
「っていうか、それ私の」
 春奈は思いついたら即行動するタイプだった。だからそれはいつもの事だった。だけど、今にして思う。私はあの時止めるべきだった。そうすれば、歯車が狂わずに済んだかもしれない。

-5-
 それは、大助との会話中だった。
「各学級の委員長は今すぐ生徒会室に集まってください」
 生徒会長の声が放送から聞こえた。
「お前、委員長だよなぁ」
 大助はパンをもごもごとほおばりながら言った。
「あーだりぃ」
 俺はのたのたと生徒会室に向かった。ガラリと戸を開けると委員長のざわめきの中に、灰色の瞳の女がいた。そいつは横目で俺を見て、何事も無かったかのようにして窓の外を見た。
「――…じゃあこれで終わります」
 生徒会長のその言葉で皆は一斉に教室を去っていった。残ったのは俺と――グレイだけだった。グレイは相変わらず窓の外を見ていた。俺が教室を出ようとした、その時だった。
「――あたしは今も、あの箱の中の夢を見る」
 俺はグレイの方を見た。
「……屋上で話そう」
 屋上は寒かった。グレイの長い髪は風でさらさらとなびいた。
「俺もまだ、夢を見る」
 あの時のナイフを握った感覚、血の匂い、女の悲鳴、恐怖に満ちた男の顔、そして――
「だけどあたしはあの瞬間、生きる喜びを感じた」
 闇に染まったあの箱の中の真実を知る者は今、俺達二人だけ。
「やっと自由だと思った。なのに……」
 黒いコートを着た男のあの温もりを覚えている。
「また新しい檻にはいるなんて嫌だった」
 彼女は後悔するわけではなく、ただ淡々と事実を述べていた。
「綺麗な赤だったよなぁ」
 俺は今でも覚えている。そして瞳は今もその色を求めている。

 春奈はポテトチップスの袋を持って廊下を歩いていた。生徒会室にも2組にも圭吾の姿は無かった。
「もう、どこいったのよ」
 廊下は寒いので出ている人は少ない。いろいろな人に尋ねたが、知らないと言う返事ばかりだった。ポテトチップスはただのおまけで、本当は圭吾に会いたいだけだった。
「仕方ない。戻るか」
 春奈は残念そうに息をついて階段を上り始めた。
「……屋上?」
 確信があったわけではなかった。ただ何となくその日はそう思ったのだ。
 春奈は階段を上り始めた。パタパタと自分の靴の音が響く。屋上の戸が少し開いていた。そこに圭吾の姿が見えた。
「け……」 
 圭吾の名前を呼ぼうとした時、春奈は見た。
(笹倉さん? どうして圭吾と?)
 春奈は、腕につけたブレスレットをぎゅっと握った。

「……黒いコートの男」
 俺はそう呟いた。俺の頭には今でも鮮明に映像が流れる。
――もう、やめなさい。君達
 真実を知る、3人目。彼の言った言葉は離れずに俺を苦しめている。
「彼女は知ってるの?」
「知るわけ無いだろ」
 俺だって自分が愛しい。いくら手が血に染まっていたとしても、うわべはいつだって平穏と美しい光の世界を求めている。自分を陥れるような事はしない。
「高橋哲郎……あたし達が殺した」
「ああ、俺たちがした失敗だ」

 春奈は目を見張った。頭の中に台詞がぐるぐると回る。今、自分の愛する彼は何と言ったのだろう?
――殺した? 失敗?
「お父さんね、死んじゃったの。悪魔がねお父さんを奪ったの」
 母はそう言っていた。母が見せた最初で最後の涙を、春奈は今も忘れていない。7年前の事だった。そして一度だけ見た、父の手帳を春奈は今も覚えている。
 春奈は静かに戸を開けた。

「じゃあ、これで」
 圭吾がそう言った時に、ギイイと扉が開く音がした。誰かがこっちに近づいてくる。
「……どういう事?」
 それは自分の彼女。愛する女性。そして、殺した男の愛した娘。
「春奈……」
「嘘よね? 性質(たち)の悪い嘘よね?」
 春奈は圭吾にそうだよと笑って欲しかった。隣にいる灰色の瞳の女は何も言わなかった。風の音だけがそこに響いた。そして春奈は言った。
「笹倉さん、圭吾に手を出すのはやめて」
 春奈の中の感情がふつふつと浮き上がってくる。彼女の灰色の瞳を見て、春奈は静かに呟く。
「……あなたがグレイなのね」
 笹倉優子という女は驚いたように春奈を見た。
「じゃあ……貴方たちが?」
 カシャンと何か音がした。春奈は何も言わず、階段へと向かった。
「どこ行くんだ!? 春奈」
「――警察」
「っおい待てよ!!」
「嫌よ。どうして? どうしてなの? 嘘つき!! なんでお父さんを殺したの!?」
「春奈、落ち着けよ! 警察って……」
 階段を下りようとする春奈を圭吾が追いかける。圭吾は春奈の手をつかんだ。春奈はそれを振り払い、圭吾を見つめて言い放った。
「人殺し!!」
 その時どんっと音がして、春奈はぐらりとよろけた。春奈はふわりと宙に浮いた。
「きゃあああああああ」
「――…赤」
 階段の下に血を流した春奈がいた。俺達はまた何かを狂わせた。俺の手は確かに春奈を押した。それをどこか喜んでいる自分がいた事に俺は気が付いた。グレイは静かに呟いた。
「また、夢を見るのね」

-6-
 少年と少女の前に黒いコートを着た男が立っていた。
「君たちはとても辛い思いをしてきたんだろう……だけどな、これは許されない事なんだ。わかるだろう?」
「あたしたちまちがってなんかいないわ」
「おれたちはごみをすてたんだ」
 少年と少女に表情は無かった。
「また、辛い思いをするんだぞ」
「じゆうだよ。おれたちはじゆうだ」
 男は静かにしゃがんだ。
「――もうやめなさい、君達」 
 それはとても優しい声だった。男はそしてぎゅっと二人を抱きしめた。二人は人の温もりを感じていた。けれども二人は、自分の中の狂った歯車を止める事はできなかった。少女の手にはキラリと光るナイフが握られていた。
 
 あれは7年前の事だったと鈴木は一人、いつもの店で思い出していた。
「哲さん……」
 高橋哲郎という男は鈴木にとって憧れであった。哲郎は頭がよく、信頼もあった。
「まだ、調べてるんですか? 事件の事」
「ああ」
 笹倉勇治という男と浅木七恵という女が殺された。部屋中血まみれで鈴木は吐きそうになった。
「哲さんもしつこいですねぇ。だってあれはクスリ使ってる奴らが狂っただけの話でしょう? 上もそう言ってますよ」
「……」
 哲郎は、酒を静かにごくりと飲んだ。それもまた格好良いと思った。黒いコートが似合う哲郎を見て鈴木は、きっともてたんだろうなぁとそんな事を思った。
「きっと、ありえないと皆言うだろうな」
「――何か情報でもつかんだんですか?」
 哲郎は手帳をじっと見つめる。
「まったく、その手帳には何が書いてあるんでしょうね。まぁ、哲さんの推理はよくあたるからなあ」
「今回は外れる事を祈るよ」
「? どうしたんですか」
 いつになく真剣な表情の哲郎を見て鈴木は少し驚いた。鈴木はまじまじと哲郎を見つめた。
「俺は、人の命が奪われるのが大嫌いだ。たとえどんな理由があろうともな」
 戸惑う鈴木を見ながらも、ゆっくりと哲郎は言った。
「君も覚えておいてくれよ」
 なにか淋しげにする哲郎を何とかして元気付けようと、鈴木は話題を変えた。
「そういえば、春奈ちゃんもうすぐ誕生日ですね。10歳でしたっけ? プレゼントもっていきますよ」
「ああ、ありがとう」
 哲郎は静かに笑った。

 携帯電話の着メロが鳴った。
「もしもし?」
 遠くから女性のすすり泣きが聞こえる。
「どうしたんですか? 落ち着いて下さい」
 それは知っている女性だった。彼女の言葉はぷつぷつと途切れていた。何とか聞き取った鈴木は何も言う事ができなかった。それは悲しい知らせだった。
――哲さん、娘さんが貴方に会いに行きましたよ。

-7-
あたしは耳に銀色のピアスをはめた。片方は無くなってしまった。あの時きっと落としたのだ。そして、黒いコートの男はそれをどこかに隠してしまった。あたしは制服を着て家を出た。

「春奈! 春奈!」
 私が何度呼んでも春奈が目覚める事は無かった。私の隣には圭吾君が頭を抱えて伏せていた。そして廊下には笹倉さんがいた。屋上にいた彼女が先生に知らせたらしい。
「俺が……俺が……」
「――圭吾君が悪いんじゃない」
 圭吾君の話によると、二人で階段で話している時春奈がうっかりと足を滑らせたらしい。これは事故だ。きっと誰のせいでもない。
 お経が静かな本堂に響き渡る。まだ実感がわかないのに、時はしっかりと春奈の死を刻んでいるようだ。友人は皆、泣いていた。圭吾君は大助君に励まされながら、やっと此処にいるという感じだ。私は泣く事ができなかった。認めたくなかったのだ、春奈の死を。

「ありがとうね、圭吾君」
 春奈の母親が泣きはらした赤い目で俺に言った。俺は何度もごめんなさいと言った。その言葉に心がない事を俺自身知っていた。
「……俺は何も。俺は守ってあげられなかったんです」
「そんな事無いわ。春奈は幸せだったのよ」
 俺はこの人を一人にしてしまったのだと思った。彼女はぽろぽろと涙をこぼした。透き通ったそれは、綺麗で切なかった。
「奥さん」
 前に会った事のある鈴木という男が春奈の母親をなだめていた。そして軽く頭を下げてその場を去っていった。それと同時に大助が俺に向かって話しかけた。
「本当に大丈夫か? 圭吾」
「ああ」
 俺はもしかすると嬉しくて泣いているのかもしれないと思った。

 鈴木は一人タバコを吸っていた。
(大丈夫かなぁ、奥さん)
 しばらくは高橋家に通う事にしようと決めた。今は奥さんが心配だ。さっきもやっとやっとの事で話しているようだった。
(彼氏かぁ……)
 哲さんが亡くなった時も鈴木はタバコを吸っていた。鈴木は普段は健康のためにタバコは吸わない。しかしどうしても吸いたくなる時がある。それは、悲しみに潰されそうなとき。
 もう一本吸おうと鈴木は箱を取り出した。
「あっ」
 力のはいらない手から箱はするりとぬけていった。そしてぐしゃっという音がして黒い靴に潰された。鈴木が見上げるとそこには春奈と同じ制服の少女がいた。彼女の瞳は灰色だった。銀色のピアスがキラリと光った。それを見て鈴木は哲郎を思い出す。
「すいません」
 単調な言い方で彼女はそう言い去っていった。

「よくもまあ、そんなに泣けるものね」
「本心だよ」
 俺はグレイにそう言い返した。
「そういえばさっき、タバコを踏んだわ」
 グレイは靴を見て眉をしかめた。
「だから?」
「まだ残ってる。あいつにつけられた痕……気持ち悪い」
 何も返す言葉は無かった。また、グレイもそれを求めていないようだった。
「……そういえばまたつけたんだな。ピアス」
「まぁね」

-8-
 私は屋上から空を眺めていた。春奈がいなくなってどれだけ時間が経ったのだろう。私は今も、苦しくて仕方が無かった。
「よく二人で話したなぁ」
 そして彼女の淋しそうな瞳も私は見た。真は愛おしそうに空を見つめた。
「もうすぐ父の日だね」
「あっそうか。面倒臭いな」
 温かい日差しが私たちを照らしていた。アンパンをたべながら私は春奈を見た。春奈の弁当はいつも手作りだった。
「私のお父さん死んじゃったんだよねぇ、昔に」
 春奈は玉子焼きを箸でつかんだまま呟いた。
「えっ……」
「私お父さん大好きだった。憧れてたの。刑事だったんだよ?」
「……」
「いっつもね、命を大事にしろとか言う人だった。それでね笑顔が格好よくてさぁ」
 春奈はとても嬉しそうに、そしてどこか切なげに話していた。
「でも殺された。誰かはわからないけど。お父さんを殺した」
 私は何も言えなかった。言葉が出なかった。春奈の瞳、声、空気には憎しみがこもっていた。
「……捕まってないの?」
 そんな言葉しか出なかった。自分が嫌で嫌で仕方が無かった。
「うん。でも……」
 春奈は少しためらっていた。そして笑ってごめんねと言った。私たちは黙々と昼食を食べて、階段を下りた。
「――多分、グレイよ」
「えっ?」
 私には何の事か理解できなかった。
 もうすぐチャイムが鳴ってしまうと思い、真は我に返った。
「はぁ……」
 カシャンと何か蹴ったような音がした。足元にはどこかで見た、ブレスレット。
「何でこんなところに?」
 チャイムが鳴った。なのに私は動けなかった。
「春奈、此処にきたの?」
 グレイ――その言葉を何度も何度も私は繰り返していた。私は背中に冷気を感じていた。

-9-
 BoXという名前だったはず、あのマンション。誰がつけたのかわからない趣味の悪い名前。今考えると、腐った奴らの隠れ家のためにつくられたモノだったのかもしれないと思う。見事にまともな奴はいなかった。管理人もなんかボケていた気がする。
「ねぇ、お父さん。お母さんは?」
 あたしは恐る恐る聞いた。
「あ? おかあさんだと? ふざけるな!! この糞ガキ」
 そう言って父はあたしに唾を吐いた。父は仕事がクビになってから変わった。母にもあたしにも八つ当たりをした。そしていつからか仲間をつれていた。
「笹倉さん、いらっしゃい」
朝だと言うのに酒臭い男たちが言った。
「おう」
 はははと笑って男たちは建物の中に入っていった。
「あっ、ナナエちゃんじゃないか」
「やっほ〜 ユージ君」
 そんな声が遠くで聞こえた。あたしは一人取り残された。仕方が無いので建物の中に入る。そして301と書いてある部屋を見つけ、戸を開けた。最初に父から言われていた。
 ガチャッと音がした。そこには少年がいた。
「おまえが、ゆうこ?」
 少年はあたしに尋ねてきた。
「ここに二人ですむらしいぜ」
 あたしは一人じゃなかった事が嬉しかった。
 少年の名は、浅木圭吾といった。圭吾はナナエという人の息子らしい。あたし達はよく二人で遊んだ。圭吾はあたしの目を見て、グレイと呼ぶようになった。いつか管理人に写真を撮ってもらったこともある。しかし管理人はボケているらしく、いつまで経っても写真を見る事はできなかった。
「おいおい、ガキ。うぜえぞ」
 あたし達はよく玩具にされた。腐った奴らはあたし達に怒りをぶつけた。どうやら、父とナナエは組織の中心だったようで、笑いながらそれを眺めていた。腐った奴らの気持ち悪い笑い声は、いつも建物中に響いた。朝も、昼も、夜も。
「もういやだよぉ」
 あたしは初め、泣いていた。圭吾はそんなあたしをいつもなだめてくれた。
「だいじょうぶだよ」
 あたしはそれに救われていた。そんな日々が何ヶ月も続いた。いつの日か涙すら枯れてしまった頃だった。
「おい、ガキ。そのピアスはずせよ。気持ち悪い。あの女の顔思い出す」
 それは、母が残してくれた唯一のものだった。
「……いやだ」
「何だ? ガキのくせに、生意気言うな!!」
 父はそう言ってあたしを殴りだした。
「……おかあさん」
「ははっ、あの女は俺がちゃんと始末してやった。残念だったな」
 あたしは耳を疑った。なんでなんでどういうこと?お母さんは死んだの?
――アアソウカ、コイツガコロシタンダ
 あたしから涙を奪ったのはお前だ。涙じゃない、出るのはお前を殺せる喜びの笑み。もう迷わない。
「ケイゴ、またきずふえた」
「あのひとさいきん、いつもよりひどい」
 痛々しいほどの赤い血が、ぽたぽたと落ちる。どこからともなく酔った、狂った奴らの声が聞こえてくる。毎晩毎晩、うっとうしい。
「ねぇケイゴ。しあわせになろうか」
 あたし達は決めた。まず、立場が低い奴らから刺していった。それは楽しかった。
「なんだ、かんたんじゃん」
 圭吾もそう言って次々と殺した。痛いのは彼らであって、あたしたちじゃない。彼らは命乞いをした。あたし達は、強かった。強くなっていた。
 そして最後に二人を殺した。彼らには最後の優越感に浸ってもらってから、何度も何度も刺した。お母さんの分もちゃんと刺してやった。一番美しい赤色だった。

「俺たちは運が悪い」
「あたしが屋上にいたの知ってる人がいたなんて」
 あたしが圭吾のそばにいた事は、できるだけ隠しておきたかった。
「――グレイ、俺は今も赤色が好きだ」
「あたしも」
 春奈という女の赤色もまた、美しかった。階段の下にいた彼女の姿を思い出す。彼女はただ純粋に圭吾を愛していた。
「――可哀相な人」
「は?」
 圭吾は首をかしげていた。

-10-
真は勇気を出してチャイムを押した。そして出てきたのは鈴木という人だった。春奈の父親の部下だと鈴木さんは言った。
「奥さん、春奈ちゃんの友達」
「こんにちわ」
「ああ真ちゃん、あがって」
 春奈の母親はやつれていた。私にはかける言葉が無かった。
「あの……春奈の部屋入っていいですか?」
「ええ、いいわよ……まだそのままにしてあるの」
 春奈の部屋は綺麗だった。私が誕生日にあげたクマが飾ってあった。そして机の上には圭吾君と映った写真がおいてあった。私はしばらく春奈を思い出していた。少し開いた引き出しがあった。私は少し戸惑いながらもその引き出しを開けた――そこには日記帳と、黒い手帳があった。
「私お父さんの手帳持ってるの。形見だから。でも見ちゃいけないってお父さん言ってたから見てない。昔、一度だけ見てコトがあって、すごく怒られた。でもお父さんは死ぬ前にそれをあたしにくれた」
 そんな春奈の言葉が聞こえた気がした。いつしか春奈が話してくれた事だった。
 私は迷った。どうしようか、見てはいけないとそう思った。その時……
「真ちゃん、だっけ? 奥さんが呼んでるよ」
「あっ、はい」
 鈴木さんは私の持っている手帳を見て、驚いていた。
「それ……哲さんの!?」
「えっ、あの」
「見せて!!」
 鈴木さんは私から手帳をひったくった。私はそれを横から除いた。ぱらぱらとメモのように何か書いてある。
「……わからないな」
 鈴木さんは困った顔をした。そして最後のページには「グレイ」と記されていた。少年と少女を守る とも書いてあった。真は息を吐いた。苦しくてしょうがなかったからだ。
「……私、グレイを知っているかも知れない」
 真はそう呟いた。ポケットの中には銀色のブレスレットが静かに光っていた。

-11-
 鈴木は事件のファイルを探していた。ガタガタとファイルが倒れた。
「あった」
 やっと見つけたその資料には、警察が来たときにまだ息が合った男の言葉が書いてあった。その男は「グレイ」と言っていたそうだ。その男も結局死んでしまったが……
「BoX……? 変な名前」
 7年前の新聞を見ながら真は言った。真は資料を見てはいけないと思い、鈴木とは背中合わせに立っていた。
「笹倉勇治には娘がいた。名は優子。彼女は親戚に預けられたらしい」
「……」
「あと、もう一人少年がいた。浅木七恵の息子、圭吾だ」
「その少年はどうなったんですか?」
 真は祈っていた。自分の予想が外れる事を。しかし返ってきた言葉は真を苦しめるだけだった。
「……宮内家にの養子になったようだ」
「そうですか」
 真はなるべく動揺を顔に出さないようにして、答えた。真の瞳には笑顔の春奈が映っていた。真の腕にはブレスレットが切ないばかりに光っていた。それを見て鈴木は何かを思い出す。
「ピアス」

 哲郎は優子と圭吾の前に立っていた。
「君たちが殺したのか?」
「さぁね、しらないわ」
「――ピアスを落としただろう? 優子……いや、グレイといったかな」
 優子ははっとしたようにして哲郎を見た。そして自分の失敗を悔やんだ。
「……そうよ、あたしがころした。」
「君はどうなの?」
 哲郎は圭吾に質問をする。それに覆いかぶさるように優子は言った。
「ピアス返して」
 優子は哲郎を鋭い瞳で睨んだが、哲郎には効かなかった。
「悪いが、今ここには無いんだ」
 そんな二人のやり取りがしばらく続いた。圭吾はその間ずっと黙っていた。圭吾にも表情は無かった。
「おれたちはごみをすてたんだ」
 圭吾がやっとそう言った時、優子は圭吾を睨んだ。圭吾がそれを恐ろしく思っていると、ふいに温もりを感じた。それは哲郎の温もりだった。優子はその時泣きそうな顔をしているように圭吾には映った。けれども、瞬きをすると優子の瞳はまた、鋭くて冷たい瞳に戻っていた。そして――哲郎を刺した。
「これでおれたちはたすかったんだな」
「きれいね」
 優子は鮮やかな赤い血を手で撫でながら、ふふと笑っていた。
「つめたいのね、血って」
 圭吾にはよくわからなかった。圭吾はその美しい赤を触った。今まで哲郎の中にあった温もりが伝わってきた。

「――ピアスだ、哲さんが渡してくれた」
 鈴木は葬式の日を思い出していた。やっぱりそうだったのかと一人納得していた。しかし、真はそんな事聞いていなかった。そして静かに口を開いた。
「BoXって今もあるんですか?」
「ああ、気味悪がって誰も近づかないんだ」
 真はそれを聞いて、部屋を飛び出した。
「おいちょっと、真ちゃん!?」

-12-
「圭吾ちょっと来て」
「何だよ、グレイ?」
 優子は少し眉をひそめたが、図書館で勉強中の圭吾を無理矢理連れ出した。
「ここじゃ駄目なのかよ」
「駄目……もう駄目」
 困惑している圭吾をよそに、優子は思っていた。やっと歯車が止まると……

 とある老人ホームからBoXへ向かう、鈴木の車の中で真は一枚の写真を見ていた。そこには少年と少女が笑顔で写っていた。背景には狂った箱があるというのに……
「あの管理人、まだ写真持ってたんだな」
「そうですね」
 穢れない瞳の二人を見ながら、真は思っていた。
「……どうして歯車が狂ったのかなぁ」
 二人は仲良く幸せそうだった。
「ついたよ」
 そこには不気味な建物があった。真が入り口に近づくと鍵が壊れているのがわかった。
「誰かいるの?」

「おいここって」
 圭吾は今も夢に見るその場所をじっと眺める。何も変わっていないような気がした、その301号室。
「あたし達が出会った場所」
「だからどうしたんだよ」
「間違いだったのよ、あたし達が出会った事は。歯車が狂ったのもそのせい」
 優子はコツコツと響く靴の音を感じていた。冷たい空気が箱の中に満ちていた。
「だから歯車を止めなきゃ」
「何を言ってるんだよ、グレイ」
「――あたしは優子よ」
 優子はもう耐えることが出来ずにいた。鎖は自分の息さえも止めそうだった。
「俺たちは間違っちゃいない。じゃなきゃ俺たちは死んでたんだ、そうだろ? それにグレイが言い出したんだろ。何を今更」
 だが、グレイが言い出さなくても自分は殺していたと圭吾は思っていた。そして仲間のグレイだって――…
「春奈は圭吾を愛していた」
 優子は圭吾の鎖を切ろうと思っていた。
「でも、殺しちゃったね。原因はあたし」
 圭吾はいずれ春奈を殺していただろう。自分自身の肩の荷を下ろすために。
「そうだな、原因はグレイだな」
 圭吾はあの頃のように無表情だった。
「歯車は、壊さなきゃ止まらない。もうそれしか方法が無い。
 グサッという鈍い音と共に圭吾は倒れた。優子は倒れた圭吾を抱きしめた。圭吾は薄れゆく意識の中で笑いあった日々を思い出していた。どれもこれも偽りだと思っていた。圭吾は優子を睨んでいたが、それも空しく息絶えた。
「ハルナ……」
 優子には圭吾が最後にそう呟いたように思えた。

-13- 
「何を思って死んだの? 圭吾」
 長い髪からぽたぽたと雫が落ちる。
「最後まで優子って呼んでくれないのね」
 いつしか圭吾に言われた言葉を思い出す。
「おまえの目、グレイだ。つめたいいろ。おれはすきだ」
 冷たいと言われてもあたしにとっては嬉しかった。けれどもそれは徐々に苦痛ともなっていった。届かない思いは苦しかった。
「――冷たいのは、圭吾」
 圭吾には感情が無かったようにも思っていた。圭吾は時々黒い瞳の奥に恐ろしさを見せた。あたしはそれを怖いと思うようになった。だからあたしも冷たく、怖くいようと思ったのだ。
「本当は、圭吾じゃなくて春奈が泣く予定だった」
 あたしは圭吾を殺すつもりでいた。そしてあたしは檻に入ろうと思っていた。春奈はあたしを恨めばいい。
「あったかすぎた。あの刑事は」
 失敗だった。彼に会わなければよかった。
「そうだったの?」
 突然の声にあたしは驚いた。そこには真という女が立っていた。
「どうしてここにいるの……」
「貴方は檻に入るべきだから」
 意味が通じていないように思える返事であった。真はあたしの前に握り締めた手を差し出した。
「これ、貴方のよね」
 あたしはそれを受け取った。銀色に光るピアス……
「――お母さん」
 あたしはそれを耳につけた。優しかった日々を思い出す。お母さんの優しい笑顔、圭吾と二人で写真も撮った。
「貴方は間違ってるから」
 あたしは何も言わなかった。
「早く、来なさい」
 真は手を差し出した。真は強く平坦な口調だった。しかしその手は震えていた。あたしは手を出した。
「きゃあっ」
 真は勢いよく部屋の外に押し出された。
「何するの!?」
 あたしはポケットからライターを取り出す。さっきぬらした髪、身体は油臭い。目の前が真っ赤に染まった。
「ありがとう」
 やっと終わった。ただそれだけだった。いつまでも自分を苦しめたグレイは消えていく。
 真は腰の痛みを抑えながら、部屋に入った。目の前には赤い赤い世界が広がっていた。

-14-
 静かな葬式だった。同級生は大助君しかいなかった。
「俺はいつだってあいつの友達でいたよ」
 大助君はそれだけ言った。目の周りは赤くはれ、何かに苦しんでいるようにも見えた。圭吾君の両親……宮内家の人々もまたそうだった。
「真ちゃん」
「どうしたんですか? 鈴木さん」
「あのマンション壊される事になったそうだ」
「そうですか……」
 真は辺りを見渡した。そこに笹倉という人はいなかった。
「彼女は本当に一人だった」
 真は一生彼らを許す事は出来ないだろう。
「ずっと一人、孤独だったんだな」
 鈴木はタバコをふぅと吐いた。
「何がここまで歯車を狂わせたんでしょうね」
 しばらくタバコを見つめて、鈴木は答えた。
「――人間だ、ただそれだけだ」
 優子という人間の瞳は冷たい色をしていた。しかし彼女は温かさを知っていたと、そう思う。
「じゃあ、これで」
 真は鈴木に別れを告げた。
「ああ……」
 真が去った後で鈴木は空を見上げた。空はどんよりと曇っていた。
「終わりましたよ……哲さん」
 悲しい風の音が響いた。

 いつもどおりの道を歩く、真の足取りは重かった。
「私、圭吾大好きだもん」
 そんな言葉が頭に流れる。春奈の声だった。真は空を見上げた、灰色の雲が一面を覆っている。
「春奈……」
 真の目から涙がこぼれた。なんだか急に実感してしまった。
「もう、会えないよぉ……」

 
 鮮やかな赤で彩られた箱には、今はただ白い灰が残るだけ
 それは空しく風に散った
2004-01-28 22:59:42公開 / 作者:道化師
■この作品の著作権は道化師さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
皆様、読んで下さってありがとうございました。
なんだか不完全燃焼です。もっと上手くなりたいです(泣
とりあえず、受験勉強がんばります……
この作品に対する感想 - 昇順
出だし続きが気になります!
2004-01-20 19:06:59【☆☆☆☆☆】葉瀬 潤
出だしの文章が読んでてこの物語に興味を持ちました〜!続きが気になります!
2004-01-20 19:09:11【★★★★☆】葉瀬 潤
とても続きが気になります!
2004-01-20 19:54:21【★★★★☆】nerv
感想ありがとうございます。うれしいです。
2004-01-22 17:49:12【☆☆☆☆☆】道化師
先が気になります☆続き頑張ってください♪
2004-01-22 18:00:26【★★★★☆】ナグ
まだ明らかになってない部分ばかりで気になります〜!続きがめちゃ気になります!!
2004-01-25 00:14:52【★★★★☆】葉瀬 潤
無駄な改行が見られて、正直読みにくかったのが本音です。ストーリーはまだ謎めいた部分があるが、欲を言わせて頂けば、もう少し展開が速い方がよかった。無駄に長いような気がしたから……展開がある事を祈りしつつ
2004-01-26 21:03:13【☆☆☆☆☆】楊海書店
春奈が圭吾に対する愛情はとても純愛だったのだと、今までの作品を読んだ中で初めてじぃ〜んと哀しくなりました。。
2004-01-26 22:18:53【★★★★☆】葉瀬 潤
感想・御指摘ありがとうございます。頑張ります。
2004-01-28 23:07:12【☆☆☆☆☆】道化師
読んでいて感動に近いモノを感じました。。最後までグレイが悲しい存在のように思えました。。感想を言葉で表すのが難しいぐらい、とてもいい物語でした!道化師さんの次回作を楽しみにしています!
2004-01-28 23:23:55【★★★★☆】葉瀬 潤
感想ありがとうございます
2004-03-21 00:33:02【☆☆☆☆☆】道化師
計:24点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。