『箱庭〜ボクのちいさな世界〜』作者:黒猫1999 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角10141文字
容量20282 bytes
原稿用紙約25.35枚
箱庭
1.
 僕の世界は狭い。
 家がない。家族もいない。友人と言えるものどころか、僕という人格を認知している人すらいないのではないかと思う。
 都心の地下、タイル地で覆われた小さなコインロッカー案内所が僕が見る世界のほぼ全てだった。
 光も届かないまるで生きながらに埋められた棺桶のような世界。
 24時間管理と言えば聞こえはいいが、僕にすれば住むところがないからここに居座ってるだけのこと。
 24時間朝も昼も夜もない世界の中にただ居座り、得た僅かな賃金でオーナーに週一回日常品と食料の買出しをお願いする。
 
 ぽつぽつと人が行き来しては何も言わずにただ見送る。彼らにしたら僕の存在なんて人生の何処に置いても思い出すことのできない他愛もないモノに違いない。
 
 それがたまらなく寂しい
 
 忘れられることは悲しいというが、記憶にさえとどめてもらえない存在というのはこれほどまでに虚しいものなのだろうか。
 ただいるだけなら、狸の置物でも置いといた方がまだ受けがいいというものだ。
 
 僕の存在とは 誰にも共有されることのない世界とはなんなんだろう

 聞くのも虚しい きぃ きぃ と言う古びたロッカーの開閉音。
 かちり と響く施錠の音。
 全て 僕の心を埋葬していく訃音のような音ばかりだった。


 微かに聞こえてくる地上からの雑踏の音が静まり、聞こえるのは電灯に張り付く虫の羽音くらいになった。
 僕にとってのささやかな夜更け。すっかり閑散とした僕の世界を見つめて照明も落として寝ることにした。
 すると、かつかつと押し殺した足音とぼそぼそとした話し声が聞こえてきた。
 僕は半ば眠りに入ってたのでわざわざ起きる気はしなかった。
 よほどの馬鹿でもなければロッカーの使い方くらいは解るだろう。
 しばらくして、ロッカーの開閉音と施錠の音が連続して聞こえてきた。
 そしてあわただしそうな足音で深夜の来訪客は去っていった。
 しん と耳に詰まるような静寂が訪れると僕の意識は気だるげに沈んでいった。


 …
 ……
 ………
 かすかな刺激にゆっくりとまぶたを開く。
 寝起きで、濁った世界の中で僕はか細い音を聞いた。
 物音のような無機質なものではなく、何か粘質的というか感情があるような音だ。
 僕は気味が悪くてその音を探ってみた。
 かり…… かり……
 細かに菓子でもかじるような小さな音。それが断続的に聞こえてくる。
 かり……
           かり……
 いつしか音がする度に息をするような息苦しさの中で探索を続けた。
 息を殺して見つけたのはくるぶしの高さ程度にある一つのロッカーだった。
 普通は目の高さ程度のロッカーを選ぶはずなのに、これのように地面に面した比較的使いにくいロッカーを選んだのが不思議だった。
 しかし耳を澄ませば確かに先ほどから聞こえてくる かり という音がする。
 客がキーを紛失した時のためのマスターキーを用意して鍵穴に通してみる。
 施錠と同じ音のはずなのに不思議と違う開錠音で、ロッカーが開いた。
 四角い闇の中で見えたのは小さな足だった。
 足首をビニールテープで縛られ、さしずめ魚の尾のようになった両足をばたつかせている。音の正体はこれのようだ。
 きつくしばられてるせいで赤みがかった足を引っ張ってみる。
 もうこはんが残る赤い尻
 だぶついた脂肪
 しかしよく見ると脂肪ではなくてくっきりと浮き出たあばら骨だった。
 手は足と同様に後ろ手に縛られていて、口にはぐるりとガムテープが巻かれていた。
 目には過剰なほどに涙がたまり、次々と湧き出てくる。
 確認するまでもなく人間の幼児だった。
 
2.
 
 割と珍しいことでもない。
 僕の感想はそんなものだった。むしろ結構頻繁に起こることだ。
 ただ、生きたまま発見するのは初めてだ。大抵は死んだ後、死臭がして見つかることの方が多い。
 それは僕の仕事に対する怠慢に他ならないのだが。
 
 死んでしまっていればそれはモノに変わりないのだからどうとでも出来るがこの場合はどうすればいいんだろうか。
 逡巡に暮れて赤ん坊を抱いていると不思議と落ち着きが生まれた。
 手に抱きしめた赤ん坊の体温を暖かく感じる僕がいた。
 やわい肉の塊、そこに宿る命。
 それは間違いなく僕と同じ生命だ。
 赤ん坊の目を覗き込むと当たり前のように僕が映っている。
 涙に覆われる目の中で僕は赤ん坊にどう映ってるんだろうか。
 少なくとも僕を何とも思っていないということはないだろう
 
 ぶるり と、小便でもするような開放感に体が震えた。
 赤ん坊を取り出した四角い闇。
 そこに再び僕は赤ん坊を入れた。
 今度は足から入れて顔が僕に見えるように。
 ひたり と、赤ん坊の柔肌が冷たいロッカーの中身に触れた。
 まるで魔獣の口にでも放り込まれるかのように赤ん坊は目を見開いてかぶりを振った。
 その表情を見る度に背筋が震えた。
 体のほとんどが闇に飲み込まれ、かろうじて顔が覗ける程度まで赤ん坊を収容するとロッカーをじわり じわり と、閉めていく。
 扉の影が赤ん坊の顔にかかると涙をあふれさせて哀願の表情を作った。
 花火のように短い刹那の表情をとらえて、僕は満足して施錠をした。

 分別のつかない赤ん坊とはいえこの施錠音をどうとらえただろうか

 二度と開かない棺桶の釘打ちにで聞こえただろうか

 案内所に戻りながらも僕は口に表れる笑みを直すことができなかった
 
 小さな 小さな 僕の世界

 そこにもう一つの小さな世界が産まれました

3.

 一週間に一度のオーナーへの買出しの頼み。
 いつもと違う注文に少しオーナーは訝っていたようだ。
 
 静まった雑踏をきっかけにして知る夜の訪れ。
 誰も来ることのない静寂の夜、僕は笑みを作りながら 玩具を詰めたロッカーを開ける。
 開錠音と共に照明が差し込み、毛も生え揃わない小さな頭がのぞく。

 大切な玩具を愛でるように僕は頭を撫でた。
 震えた体を抱き寄せて温めた。寒さの中、ほのかにともるマッチの火のように赤ん坊の体は儚く、脆い。
 しばらく僕は赤ん坊をだきよせたままじっとしていた。
 ゆっくりと体に温かみが戻り、僕の胸の奥にもぽかぽかとするものが産まれていった。
 
 短いような 長いような 抱擁を終えて肌で暖めておいたミルクを赤ん坊に飲ませる。
 泣くことよりも飢えの方が重要らしく赤ん坊は一心に哺乳瓶をくわえつづけた。

 なんて卑しくて 尊い

 花を愛でるような暖かい時間が過ぎて、僕は再び赤ん坊をロッカーへと戻した。
 若干、表情には恐怖ではなく寂しさが見えた
 子犬を捨てるような胸を締め付けるような感情に僕は身悶える

 でも安心して 僕はずっとこの世界にいるから


 数日も過ぎると衛生面できついものが出てきた
 あらかじめ買っておいたオムツを着せて数日単位で取り替えることにした
 最初の内は自分で出したものが溜まるのが気持ち悪かったらしく、細く耳に届く啜り泣きがあったが、僕は心を鬼にして待遇を改善しようとはしなかった

 ここは僕の世界であって あの子の世界は僕から間借りしてるのに過ぎないのだから

 何週間もすると慣れてきて泣くこともすくなくなった。

 僕の世界に来訪者が現れて一ヶ月もした頃
 彼(調べてみると男だった)の方からコミュニケーションをとるようになってきた
 声を出すことは僕の怒りをかうと言うことを解ってくれたようで、か細い爪でかり かり と、扉を掻いて意思表現をするようになった。
 何も起こりようがない日中の暇な管理の時、かり かり と爪で擦る音がすると僕は彼と会話をしてるような穏やかな気持ちになった。
 たまに我慢が出来なくなると僕は日中でも爪先で優しくこつこつと扉を叩く。
 すると子猫がじゃれるように かり かりかりりっ と軽快な音を返す。
 何も言葉にできないのに心が深く繋がることを僕は確信していった。

 
 そんな夢のような歳月が幾月も過ぎた頃だろうか
 次第に客足は少なくなっていった
 オーナーが注意がてら僕に話した内容では、
 変な臭いがする
 気持ち悪い音がする
 管理人が意味もなくロッカーを蹴っている
 こんな具合だった。
 
 何を勘違いしているんだろう。彼が来るまでは誰も僕の世界に入りこもうとしなかったくせに、いざ僕の世界が充実を帯びるとこんな見当違いの苦情を言ってくる。
 排泄をすることも
 話をすることも
 コミュニケーションをとることも
 人にとっては当然の営みではないか。
 
 僕はめげず、彼もそんな脅しには屈さないとばかりに昼夜構わず僕らは会話を続けた。
 
 僕らの世界に入り込めない者達も自然と離れて行った。
 
4.

 僕と彼の世界は狭く だけどその分、幸せが詰まり易いと言うか実に加速的に充実していった。
 ほかに何もいらないと思ってた。

 だけど部外者は時として意外な贈り物をくれる。
 深夜、慌しく何かを置いていった忙しない足音に僕はデジャヴを覚えた。
 マスターキーでロッカーを開けるとボストンバックが一つ。その中で何かがもぞもぞと蠢いていた。
 バックを開くと、案の定赤ん坊がいた。
 ところどころ火傷を負った女の子だった。
 
 僕と彼の世界に可憐な花が一輪

 そんな気分だった

 彼女の部屋は彼の隣にしてあげた。僕がいつも慰めてあげれるわけじゃないから。
 火傷があまりに酷かったのでこまめに冷たいタオルで拭いてあげた。
 彼は自分とは大分違う待遇の差に がりっ と不快感を表した。

 ごめんね でも我慢しなきゃ 彼女は女の子なんだから

 だけど彼の聞き分けはあまりよくなく、たまにがつんっ と、隣の部屋を叩く音がした。
 調べてみると案の定、女の子は四肢を丸めて震えていた。
 
 僕が何度も言い聞かそうとしても彼は聞かずに彼女を怯えさせるような音を出した。
 僕の世界に住む二人がいがみ合う。そんな姿は見てて悲しかった。

 彼の騒音は留まることを知らず、一度確認してみると、手が擦り切れるまで大きな音を出していた。僕はついに我慢が出来ずにロッカーの扉を思い切り蹴りつけた。
 扉がへこむほどに大きな音。
 僕は怒りおさまらずに叫んだ。
 そして案内所にこもって寝た。

 すると雨音のような音が聞こえてきた
 音を探ると彼のロッカーからだった。
 意外だった。経験の浅い彼女と違い、僕とのコミュニケーションはいつも爪を擦る音だったのに。
 気になって開くと彼はロッカーの隅で四肢を丸めてすすり泣いていた。
 僕は涙が出てきた。
 
 僕がしたことは彼にとって絶交にも等しい行為だったのだろう。互いの世界の断絶に彼は暗黙の了解であった声を出さないということをやめていたのだ。
 僕はたまらずに彼を抱きしめた。
 
 解ってほしかった。
 僕にとって彼は彼女に劣るものではなく、二人とも等しく僕にとっては大切な存在なんだと。
 僕と彼は二人で声をあげて泣いていた。
 それは雨音のような静かなすすり泣きだった。

 それから彼の彼女に対する音が変わった。
 彼女の反応はないときはいたわるような かりっ という小気味のいい音。
 ここにいるよ ということを示す彼女の音が返ると はにかむような顔が浮かぶ かり かりりっ という弾む音を返した。
 二人の仲が良くなり、僕は草原で二匹の子猫がじゃれあってるような穏やかな情景を目に浮かべた。
 

 僕らのコミュニケーションの増大に反比例して客足は消えていく。
 それは悲しむことではなかった。僕らの世界の不純物のような膿が搾り出されていくようなものだから。

 そしていくつかの季節を経て花がその種を蒔いて世界を広げるように

 僕らの世界に花々が増えていく……

5.

 僕の世界は狭い だけどその分幸せが詰まっている

 そう思えるようになったのはいつからだろうか。
 かり
    かりかりかり
         かりりっ
        かりかりかりかりかり!

 かり……

                      かり かり

 今ではひっきりなしに皆がささやきかけてくる
 食事、会話、排泄
 やることはたくさんある。だけどとても充実した忙しさだった。

 もう部屋は満杯状態に近い。
 いつしかロッカーは部屋。ナンバープレートは表札に取り替えていた。
 ナンバーで呼んではとても無機質だ。それに情がない。
 ひとつひとつ、僕の手書きで皆の名前を書いている。
 
 名前も与えられなかった命 捨てられた命
 それが僕の元で 僕の世界で新たに名前を与えられて 生まれ変わり 仲間たちと共に語り合う

 これを幸せといわずになんと表現すればいいのだろう

 かり かりりりりりりっ!

 この切羽詰った音。これはもういい加減オムツが限界だと言う表示だ。忙しい忙しいと呟きながら僕は元301のロッカーの子。カツヒコのオムツを替える。
 
 かり…… かり…… かり……

 余韻が残る音。これは寂しがりやなレイナだ。彼女は内気な子で隣人たちとあまり交流を持たない。そもそも、彼女の部屋は一番端なので二面しか語り合う友人がいない。
 その内に上下左右で語り合える真ん中の部屋に移してやるべきだろうか。
 だけどレイナは甘えん坊で僕からあまり親離れが出来ないでいる。親バカとは思うがそんな彼女の向けてくる気持ちを出来れば独り占めにしたいと思ったりする。

 かっ
   かっかっかっかっ!
 かかっ!

 優しく爪先でレイナに語り掛ける僕の様子を聞いて一斉に冷やかすような音を立てる。
 なんてやつらだ。大人をからかうなよ。
 その一種、幸せな喧騒に僕の顔は緩みながらもうるさいぞと床を叩いてみる。
 しかし冷やかす音は一向に止まない。
 すると

 ばんっ
 
 手のひらで叩く大きな音。雷鳴の一喝にも似た怒号で皆は一斉に音を鎮める。
 皆が爪、掌、拳で語る音には個性があり、その一つとして同じものはない。そして僕は全ての子供たちの音を聞き分けられていた。
 そしてこんな音を出せるのは一人しかいない
 ハジメだ。
 
 僕はハジメのロッカーへと足を運ぶ。きちんと平面になっている部屋の中で一つ、扉が大きくへこんだ部屋。かつて僕が蹴りつけたものだ。
 これは僕が子供だった戒めとして、そしてハジメにとっても戒めのために残した傷跡。
 ハジメは僕の世界に初めて来てくれた最初の子であり、友人だ。
 今では最年長の先輩として僕に次ぐ存在であり、仲間内でのリーダーだ。
 ハジメが奏でる音には厳しさというものがあった。

 だけど僕は知っている。その厳しさは優しさからくるものだと。
 
 こつ…… と爪先でハジメのドアを叩く。
 かんっ と、応じるように音がした。
 まるで十年来の友人と拳を突き合わせてるような不言の信頼があった。


 もう誰も来なくなって久しい僕の世界。
 半ばくらいまで部屋が埋まった時はまるで衰えをしらない速さで部屋が埋まっていった。しかし次第に満杯に近づくとぴたりと、それは止まった。
 だから僕にとっては客の存在などは意外だった。客が来る時は話をしてはいけないと皆知っているので皆部屋の中でじっとしている。
 それは小奇麗なスーツを着た男性と、品の良さそうな婦人だった。
 久しく見ない他の世界から来た人間を見て、改めて僕自身を鑑みる。
 なんとなく視線を下げてしまった。

 「実は僕たちここに子供を捨ててしまったんです」
 二人は荷物を預けるわけでもなくそんなことを言った。
 「だけどあれから何年もして思ったんです。僕たちはなんてことをしてしまったんだって」
 「私たち、あの時以来後悔をしない日も、あの子を忘れた日はありませんでした」
 「今なら僕たちはあの子を……キヨテルを幸せにしてあげられる自信があります」
 「こちらでキヨテルが見つかったなんて事件、なかったんですもの。きっとあなたが今まで育ててくれたんでしょ?お願い、あの子を返して!」
 女は泣きながら僕の胸倉につかみかかった。
 「キ……キヨテルなんて子、ここにはいない……」
 二人の気迫に押されながら僕はそう言った。
 「なんだと、お前!僕らが知らないと思ってるのか?ここは有名な子捨て所じゃないか。それなのに一度も子供が保護されたなんてことがない。お前が知らないはずがないんだ」
 「す、捨てられたんじゃない……あの子達はみんな、みんな僕の世界に喜んで―――」
 言い終える前に僕は頬を殴られて床に伏した。
 「何て奴だ!ウチの子供をさらっておいて開き直る気か!」
 「だから私、最初から警察に通報したかったのよ。穏便に済ませようと思ったのが間違いだったわ!」
 二人が携帯電話を手に取り、番号を打ち込もうとする。
 僕は矢も盾もたまらずにタックルした。が、すぐに男に殴られて床に昏倒する。
 「……なんだよぉ……なんなんだよぉっ!僕らは僕らで幸せだったんだ!なんで今になって邪魔するんだよぉっ!」
 「言ってろ、変質者!」
 ぴ ぴ と、110へと向かう電子音が響く

 ――――――がり

 それは一際大きく憎しみがこもった爪音だった
 「な、なに……この音、ねえあなた……」
 女はその音の異様さに手を止めた。

 ―――がり
 ――――がり
 ――――――がり
 ―――――――――がりがり
          がり  がりっ
 がががががりっ     がりりっ    がががりっ
  
          がりがりがり      がりがりがり!
   ガり             ががががり

          ががががががりっ
   ガリガリガリ               ガリ  がりりっ

 一斉に広がる不協和音。肉が削げるほどに力をいれなければならない音が
 上から
 下から
 右から
 左から
 湧き出すようにその音を積み重ねて押し潰そうとしている


 ――――――どん!

 それは戦太鼓のように

 どんっ どんっ     どがっ
   ばんっ       がっ       どかっ!
        がんがんがん!
 ばきっ    びきっ       どかっどかっどっ
            ばんっ!          ばんっ!
   がんっ        ドンドンドン!
    びきききっ

 全ての部屋から扉を破らんとせんばかりに凶暴な音が、骨を砕く音を交えて響く
 「お……お前たち……」
 今や扉に鍵はつけてはいない。その必要もないし、僕は彼らに選択を与えたかった
 僕が嫌ならばいつでも出て行っていいという選択を
 一人でも僕を拒むのなら終わりだ
 それでいいと思っていた この世界は彼らと僕の信頼関係で成り立っていると僕は思っていたから

 そして一斉に部屋の扉が開き
 四角い闇の中から純粋な殺意を向けて彼らが這い出してくる
 
 うぞうぞ と、ナメクジが這うような動作で裸身の赤ん坊たちが群れをなして闇から現れる
 それは統一感を持った殺意だった
 高い位置にある部屋にいるものでさえ自分の頭が床に叩きつけられることも構わずに、向かってくる
 ごちん ぐしゃっ と、幼児の頭蓋と床が激突する生々しい音と
 ずるずる と、裸身を床に這わせる音を重奏させて

 「いや……いや……いやぁ……いやーーーーーーっ!!!!!」
 「ひっひぃっ!ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」

 個別差はあれど、彼らは全員3歳にも満たない子供に過ぎない。殺傷能力など持ち得ようもないはずなのに、大の大人二人が動けないでいた。
 いや、僕も含めて三人がだ。
 これほどまでに感情をあらわに、そして統一感をもった殺意は僕も初めて目にするものだった。子供ならではの純粋な感情。それだけで説明がつくものではない。
 それはまるで、自分たちをいらない所有物かのように捨てた産みの親への憎しみを共有してるかのようだった。
 彼らはあえて二人を攻撃しようとせず、ただはりついて拘束していた。
 何十人もの殺意が統一され、何乗にも膨れ上がった敵意に怯えた二人を拘束するのはそれで十分だった。
 そしてずる ずる と他の幼児たちとは比較にならない大きな音で床をする音が僕に近づいた。
 
 ハジメだった。
 すで五歳にもなるハジメは長年の部屋での生活に四肢は退化して小さいままに、膨れた蛇のような様相だった。
 ハジメは僕の部屋に入っていたらしく、その口にナイフをくわえていた。
 僕はおそるおそるハジメの唾液に塗れたナイフを手に取る。
 
 ―――いいのか?
 
 僕は目だけでハジメに問いかけた。
 かっ!
 ハジメは小気味よく前歯で床を叩いた。
 電灯を照り返す凶器を手にし、僕の中で明確な殺意が形取られる。
 こつこつと、殺意を確かな足取りに変えて皆に表示する。
 ナイフを見とめた二人は叫んだ。
 「いやーーーーー!キヨテル、どこなの!?キヨテルッ!?」
 「たっ、助けてくれ、お父さんとお母さんを助けてくれ!キヨテルーー!」
 ナイフを上向けた。
 「キヨテルじゃない……彼の名前はハジメだ―――!」

 暗い 暗い 地下で
 深い 深い 嘆きの声
 だけど僕らには

 待ち望んでいた開放の叫びに聞こえた

6.

 僕の世界は狭い

 あの後、色々と後始末が大変だった。少なからず怪我をした子がいるので治療を求める音にてんてこまいだ。
 しかしその彼らには怪我に対する嘆きはない。むしろ名誉の負傷とばかりに誇らしげだ。
 部屋の中でも労わるような音がいつも聞こえてくる

 がっ…… がっ……

 水を差すような音が響いた。
 その部屋にだけは例外的に鍵をかけていた。この音は僕への意思表示ではない。
 抵抗を意味するものだ。
 開錠するとそこには狭苦しげに大人が詰まっていた。
 四肢を切断し、舌を抜きながらもまだ脱走しようと外に音を出そうとしたらしい。
 僕は顔を蹴りつけた。モグラのように彼は穴倉へと縮こまる。
 「ぃぃぃぃぃぃ〜ぃぃぃ〜〜〜」
 対照的に女の方はすすり泣くばかり。
 たまに扉越しに大きな音を立てて教育しないと泣き止まない。

 やれやれと思う。
 大人だけに彼らよりよっぽど、純真さに欠ける。反抗的な内は名前もつけてやらないことにした。

 案内所に戻ると途中ハジメの部屋から かっかっかっ と快活そうな音がした。
 世話をかけるな とでも言ってるんだろう
 まあいいさ とばかりにかん と扉を叩く
 
 僕は案内所から改めて僕らの世界を見た
 命が詰まる 箱
 同じだけの世界が詰まった 小さな庭

 僕らの世界は狭い
 だからこそ、ここに詰まった幸せだけは何があったとしても奪ってほしくない

 だけどふと考えることがある
 このロッカーが全て埋まった時、僕はどうするのだろう?
 誰か新しい子が来た時は、古い人を捨てて入れたりするのだろうか?
 かつて彼らがそうして捨てられたように
 社会から、家庭から爪はじかれてここに来た命
 ここも限界が来た時、僕もまた同じような決断をしなければならないんだろうか?

 考えたくないな…… そう考えてかぶりを振る。

 僕の世界は狭い
 だからこそ…………その手に掴んだモノだけは手放したくないものだ………………



2004-01-24 18:47:58公開 / 作者:黒猫1999
■この作品の著作権は黒猫1999さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めまして。
分野としては気持ち悪いものだと思います。あまり無理して読むのは勧めませんが、読んでくださる方はよろしくお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
起承転結がはっきりわかり、構成の基礎力の高さが伺えます。喉に小骨がひっかかったようなささやかな怖さと幸せの共存というか……単にグロテスクなのではなくて、はっきりした主人公の意志や(ねじ曲がっていても)モラルが感じられて凄いと思いました。ちょっとだけ文章に推敲を入れても良い気もしますが、自分はこの作品が好きです。(得点で表したくないので点数は入れません
2004-01-11 18:51:48【☆☆☆☆☆】ねこまゆげ
どうもねこまゆげさん。主人公の性格を掘り下げて読んでもらい、素直に嬉しいです。感想ありがとうございます
2004-01-12 07:02:23【☆☆☆☆☆】黒猫1999
よかったです。うまい言葉が出ませんが……
2004-01-17 18:11:52【★★★★☆】道化師
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。