『白猫と勇者』作者:ティア / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角2320文字
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原稿用紙約5.8枚
 小さな白猫は綺麗な河原で泣いているよ。
 親のぬくもり、飼い主の暖かさを知らない。それでも誰かにすがり泣く、たった一つの生きている証明。
 冷たい雨が打ち付けても、灼熱の太陽が身を焼いても、孤独で長い夜が寂しくても。
 その澄んだ眼は明日を見ている。
 子供に石を投げられても、何度となくエサを食べられなくても、鳥が空を自由気ままに舞っていても。
 その小さな足は明日へ進んでいく。

 助けを求める声が止まってしまったよ。
 震える足は赤一色、固まった血。体中は土色一色、泥んこまみれ。
 白猫はそれでも泣き続けたけど、少し疲れてしまったんだね。
 冷たい草のじゅうたんの上で横になった猫の体は小さく震えている。
 何を恐れているのか、何が怖いのか、猫自信にもわからなかった。
 夢の外から声がした。小高く小さな子供の声。
 また石を投げられるのかな? また尻尾を切られるのかな?
 猫は目を閉じて暗い中にいると、雨が降ったような気がした。
 ボロボロの布雑巾のような猫を担いだ男の子は、泣いていた。
 『この猫が何をしたっていうの? 誰がこんな事をしたの? どうして誰も助けてあげないの?』
 男の子の涙はそんな気持ちで詰まっていた。
 大きな青空、大きな河原に響いた小さな声は、「助けよう」。
 猫にとっては遅すぎた、待ち望んだ言葉と小さなヒーローの姿。
 そう。小さな白猫にとって、この小さな男の子は小さな勇者なんだ。
 男の子はその小さな足でひからびた土の道を走り抜けた。
 抱えられた猫は安心しちゃったのかな。不安で夜も眠れなかったのに、ぐっすり眠っているよ。

 ドタバタドタバタ。靴を投げ出し、台所へ泣きながら走り抜ける男の子。
 助けて、猫を助けて、このままだったら死んじゃうよ。
 必死で体全体でお願いしたけど、小さな命がかかっているのに、大きな親は、その小さな命を邪魔者扱い。
 早く汚いから捨ててきなさい。どこで拾ってきたんですか。
 小さな勇者の足下は涙で満ちていった。何度も何度も繰り返されるタスケテは決して届かない。
 小さな勇者は泣いたり、怒ったり。
 ドタバタドタバタ。2階にある自分の部屋へと猫を抱えてやってきた。
 ぐったりした泥まみれの白猫を座布団の上に置くと、小さな勇者は立派な机から、重たい貯金箱を床に置いた。
 床に置いたとき、また涙が一滴こぼれ落ちた。
 その涙には『誰も助けてくれないなら僕が助ける。お医者さんにつれていく。絶対に助けてみせる』と、あふれ出すような想いが詰まっていた。
 工作用の小さなハンマーを片手にして貯金箱を見つめたときに、漫画、プラモデル、ゲームソフト、次々と目の前に浮かんできた。
 それを払いのけて小さな勇者は貯金箱を割り、音を部屋中に響かせる。
 割った後は一瞬の後悔。だけど割らなかったら一生の後悔。
 考える暇なんてもったいない。小さな勇者はすぐに、貯金箱の中から出てきたお金と希望をポケットの中に詰め込んで、猫を担ぎ込んで走り出した。
 何も考えないでただひたすら走る。涙の数だけ汗も流れ、息も切れ、心臓は激しく鼓動する。
 しかし、小さな勇者は走るのをやめない。
 白猫の苦しみは僕の苦しみよりももっともっと辛いんだ!
 下唇を噛み、そう思いながら、固いアスファルトの上を風のように走り抜ける。

 転びながら、迷いながら、昇る太陽の下、ついに見つけた動物の病院。
 ドタバタドタバタ。また靴を脱ぎ捨て、駆け出して、泣きすがりながら小さな勇者は大きなお医者さんにお願いをした。
 タスケテタスケテ、この猫をタスケテ。泣き叫ぶその声は病院中に響き渡るようだった。
 ぐったりとした白猫はすぐにお医者さんにみてもらえた。
 小さな勇者は、これで助かるんだと信じて疑わなかった。ポケットに詰め込んだ希望が大きくなっていくと小さな勇者は涙を腕でぬぐった。
 が、すぐに希望が砕け散った。
 聞こえてくるのは『もう助からない。手遅れだ。どうにもならない』。そんな声ばかり。
 小さな勇者は再び泣き出して泣きすがって泣き叫んだ。タスケテタスケテタスケテ。
 しかし、小さな命がかかっているのに、大きな医者は診断が終わると何もせずに小さな勇者と小さな命を、邪魔者扱い。

 小さな勇者はまた走り出した。もう目の前は涙色でゆがみ、体中は燃えるように熱い。
 それでも小さな勇者は走るのをやめない。街のアスファルトを駆け抜け病院を必死で探し回る。
 しかし病院を見つけても返ってくる返事はどこも同じ。『もう手遅れだ』
 何度そう聞かされても、ポケットに詰め込んだ小さな希望が小さな勇者を支え、そして走らせている。
 
 街をいくつもこえた。病院をいくつも巡った。いくつもの景色を通り過ぎた。
 疲れ切った顔、震えて立てなくなった足、耐えられないほど熱い体。
 小さな勇者が誇る、買ってもらったばかりのお気に入りの靴はボロボロ。
 小さな勇者が持つ、鋼のような小さな希望はすり減ってしまった。
 
 そして小さな勇者が抱える、小さな猫の命の火はゆっくり…消えてしまったよ。 

 猫を助けたいと願う小さな勇者の小さな冒険。一つの物語が今終わった。
 この勇者の本当のエンディングはまだまだ先で、いつ終わり、どう終わるかわからない。
 だけど、今、これだけはいえる。

 この日、小さな勇者は少しだけ、大きくなった。 


 Fin
2004-01-10 22:38:16公開 / 作者:ティア
■この作品の著作権はティアさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
あけましておめでとうございます(遅)
掲示板が新しくなって初めての投稿です。

この小説は、何が言いたいのか見えてこないかもしれません。「小さな」と「大きな」のキーワード(?)が重要だったりしますが、この二つの解釈は閲覧者様自身にお任せします^^;
少し長めの短編でしたが読んでくださりありがとうございました。
感想・批判、お願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
凄く可愛い文で、その中に切なさが混じってて、ワタシはこんな可愛いお話が好きです。小さな勇者くんも立派に大きくなるはずです。
2004-01-11 10:12:35【★★★★☆】らぃむ。
皮肉屋の私としては、感動するよりも「現実なんてこんなものさ」と割り切ってしまいました。独特の語り口が面白いです。
2004-01-12 02:37:48【★★★★☆】黒男
計:8点
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