『ねことらさんのお話』作者: / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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私の名前は山田みくです。
小学六年生の、12歳です。
「行って来ます」
私はランドセルを背負って、手荷物を持って出かけました。
本当なら小学校に行くはずだけど、これから公園に行きます。
私は、いじめられていたのです。
友達だと思っていた子達に裏切られたりされる内に、学校は嫌いになっていき、今ではこういうずる休みを繰り返しています。

公園に着くと、私は適当なベンチを捜しました。
すると、猫の座っているベンチがあります。
私はそこに座ると、猫の顔を覗き込みました。
お世辞にも可愛いとは言えない、心底迷惑そうな顔で私を見上げたので、私はそっぽを向きました。
空を見上げていると、何だか眠たくなってきます。
時計を見ると、もう12時を回っていました。
隣に座っている猫を、もう一度まじまじと見てみました。
まるまると太った体に、ぼさぼさの毛。オレンジがかった色をしていて、少し粗い縞模様。
私はこの猫に、「ねことらさん」という名前をつけました。
トラ猫だからねことらです。さんをつけるのは、何となく大人っぽい雰囲気があるからでした。

その日から、私は決まってねことらさんと同じベンチに座り、色んな事を話しました。
ねことらさんは、決して膝に乗ってきたり、喉をごろごろ鳴らしたりはしない猫で、見た目も可愛くありません。
でも、私はいつもねことらさんの隣にいる事が嬉しくなりました。
私は、ねことらさんのお陰で、毎日を楽しく過ごす事ができるようになったのです。

ある日、私に向かって女の人が近づいてきました。
「あなた、山田みくちゃん?」
私は、ゆっくり頷きました。知らない人に声をかけられて、少し怖かったのです。
女の人はにこっと笑って、こう言いました。
「隣、いいかしら」
私はまた頷きます。女の人はベンチに腰掛けました。
ねことらさんが、なんだこいつ、という目で女の人を見ます。
「学校…というか塾かしら。学習塾を経営している太田美智子です」
美智子さんはそう言って、私に名刺を渡しました。
私はその名刺を、手提げ鞄の中に入れました。
「私の塾は、あなたみたいに、学校に行くのが少し怖い子の為の塾なの」
少し間をおいて、美智子さんは続けました。
「私の所なら、隠れてあなたをいじめたりする人はいないし、私が全ての責任を持って貴方をサポートするわ。勉強が遅れていても平気、一生懸命指導する」
熱心に美智子さんは語ります。
私は少し呆然としてしまいました。
美智子さんはふふ、と笑って言いました。
「ごめんなさい、乗り気にならなかったかしら」
「…いえ、そんな事…ありません」
とてもとても小さな声で言いました。
美智子さんは嬉しそうに笑って、私の電話番号と住所を聞くと、「楽しみにしてるわよ」と言ってその場を立ち去りました。
私は何だか楽しくなってきて、一人で少し笑っていました。
ねことらさんは、今までと変わらずに、ぼんやりと空を眺めていました。

―――数ヶ月後。

今日は休日。久しぶりに、あの公園に出かける事にしよう。
私はそう決めて、公園に行きました。
ねことらさんに、とても会いたくなったのです。
ベンチをくまなく捜します。「ねことらさん!」と呼んでみたりしました。
でも、ねことらさんは現れません。
公園中のベンチの、どこにも座っていません。
「ねことらさん?」
私は、いつものあのベンチに座って、途方に暮れてしまいました。
すると、遠くの方から、オレンジ色のセーターを着た男の人が走ってきました。
まるまると太っている人で、歳は多分30歳くらい。
私の方に走ってくると、その人は息を切らしながら言いました。
「久美子ちゃん、僕、ねことらさんだよ」
私はびっくりして、おじさんの顔を見つめました。
「僕の話を聞いてもらえる?」
頷くと、おじさんはベンチの隣に座って、話し始めました。
「今夜、月の猫列車が出るんだ。僕は、本当は違う星の猫なんだけど、たまたま地球に遊びに来たんだよ」
おじさんは更に続けます。
「でも、もう猫の星に帰らなきゃいけない。何も言わないで帰るのは寂しかったから、こういう姿でやって来たんだ」
おじさんはにこにこ笑っていました。
「久美子ちゃん、さようなら」
私は信じられなかったけど、一応言いました。
「…さようなら」

その日の夜は、満月でした。


私の名前は山田みく、20歳。
今でも時々、あの公園に行くと、ねことらさんの事を思い出します。
あれ以来、ねことらさんには全く会っていませんでした。
本当に空に帰ってしまったのかな、と考えるようになっています。
今日もあのベンチに座ろうと思っていると、私の前を、見覚えのあるおじさんが通り過ぎました。
まるまると太った背中。服は違うけれど、あれは―――
「ねことらさん!ねことらさんですよね!」
振り返ったおじさんの顔。間違いなく、ねことらさんの顔です。
おじさんは困ったような顔をして笑うと、一瞬悲しげな顔をして言いました。
「久美子ちゃん」
「あのベンチの所に行きましょう!」
私はそう言って、無理矢理ベンチの方へねことらさんを引っ張っていきました。

「星に帰ったんじゃなかったんですか」
「実はね、久美子ちゃん。僕の名前は森下裕二なんだ」
私は驚いてしまって、おじさんの顔をまじまじと見つめました。
「そろそろ本当の事を話さなくちゃね」
おじさんは空を眺めながら話しました。

僕は、この公園の清掃員だった。
毎日公園に君が来ているのが不思議でね、まさかと思ったけど、僕は何もしなかった。事情が判らなくてね。
ある時、夜の公園の見回りをしている時だったかな、ある一台の車が、公園の側に止まったんだ。
その車の中からは、ちょうどその頃の君と同い年位の女の子が出てきてね、一匹の猫を、公園の中のベンチに置いて、こう言ったんだ。
「マロン、またね」
猫は一回鳴いて、また来るからねという女の子の言葉を信じて、追いかけもせずにベンチに座って居たんだ。
それが、ねことらさんだよ。
そんな時、猫の隣に、また新しい飼い主が現れた。それが君、久美子ちゃんだったんだ。
久美子ちゃんが、そのねことらさんに色んな話をするのを聞いてね、僕はまさかと思った予感が的中したから、早速太田先生の所に電話したんだ。
久美子ちゃん、僕は長い事ねことらさんを遠くから見ていたけどね、日に日にあの猫が楽しそうになっていくのが判ったよ。
でもある時、太田先生が公園に来てから、君は来なくなった。
ねことらさんは今までと変わらずに、いつまでもベンチに、平然と座っていたよ。
今までと変わらずに、飼い主の言葉を信じて待って居たんだ。

しばらくした日の夜ね、ねことらさんの様子が急におかしくなったんだ。
僕はねことらさんの側に寄って、一生懸命原因を探したけど、もうねことらさんは、亡くなろうとしていたんだ。
そんな時だよ。急に、ねことらさんが息を吹き返したんだ。
どうしたんだろう、と思ったらね、ねことらさんはベンチから立ち上がったんだ。
そして一回鳴いて、自分の隣の所に行ってね、ごろごろと喉を鳴らしたんだよ。
それはまさしく、久美子ちゃん、君の席だったよね。
そしたら、ねことらさんの見ている、いないはずの久美子ちゃんが、急に席を立ったんだ。
その後を追いかけて、ベンチから降りてね、ねことらさんは長い事楽しそうにくるくる回って、やがて眠りに付いたんだ。
本当に、楽しそうだったよ。
ねことらさんは、自分がいなくなる前に、久美子ちゃんと、最期に遊ぶ事が出来たんだ。
いつまでも、いつまでも君の事を待っていたんだよ。


私は、目から大粒の涙が溢れてきました。
おじさんは、まだ空を見つめたまま、続けました。
「でもね、ねことらさんは本当に、列車に乗って猫の星に行ったんじゃないかと思うんだ。
きっと猫の星で、いつまでも、子供の君と一緒にすごしていると思うよ」


私の名前は山田みく、35歳。
二人の男の子を産みました。私はいつも、この子達を、あの公園に連れて行きます。
ねことらさんは、今もまだ、私の隣に座っています。
2004-01-05 13:26:40公開 / 作者:棗
■この作品の著作権は棗さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
長々と書かせて頂きました。
だいぶ前に投稿した「28機目の〜」に続く実話シリーズ第二弾。
私の知人の話が基です。
この作品に対する感想 - 昇順
タイトルにひかれて読ませていただきました♪せつなくて、でもほんわかして、とてもかわいい話だなと思いました^^♪
2004-01-05 17:20:13【★★★★☆】律
切ないお話ですね感動しました(;;)とてもよかったです
2004-01-05 21:14:08【★★★★☆】紫の折り紙
いつの間にか主人公の名前が久美子ちゃんに??
2006-08-02 13:55:27【☆☆☆☆☆】ミクロ
いつの間にか名前が久美子ちゃんに??
2006-08-07 11:37:27【★★★★★】ミクロ
計:13点
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