『拙者、お茶碗でござる』作者:木の葉のぶ / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約7.15枚
「拙者、お茶碗でござる」



 拙者、お茶碗でござる。
 祖父の代より伝わりし、100年ものの付喪神でござる。


 今の拙者のご主人様は、東京の某所に住んでいる、ご飯が大好きな男の人でござる。拙者はかれこれ20年くらい、この方に大切に使ってもらっているのである。
 拙者の、前の前のご主人様は、今のご主人のおじいさま。前のご主人様は、今のご主人のおとうさま。皆、拙者を大事に大事に使ってくれた、大切な「あるじ」でござる。
 そして現在は、ご主人と、かわいい「ヨメさん」と、二人の息子であり坊主頭の「ボウズくん」と一緒に、三人でつつましやかに暮らしているのである。

 ご主人は、ご飯をつくるのも食べるのも大好きな、お父さんでござる。
 今日の夜ご飯も、ご主人のお手製である。毎日色々な食材に挑戦して、たくさんのおかずを食卓に並べるご主人は、本職の料理人も顔負けの、凄腕の持ち主なのである。

 晩ご飯、今日も三人揃って「いただきます!」。焼き魚に、おひたしに、漬物に、お味噌汁。「すたんだーと」な、まさにこれぞ日本の和食でござるな。お父さんの茶碗である拙者の中には、炊きたての白いご飯がいっぱい詰まっている。みんないつも、美味しそうに食べるのでござる。
 食事が終わると、小学生のボウズくんと、ご主人が、台所までお皿をさげて、ヨメさんがそれを洗う。
 あっ、拙者はかなりの年代物であるからして、食洗機はちょっと苦手なのでござる……できれば優しく手で洗ってもらいたいのである。

 
 拙者、お茶碗でござる。
 季節によって、拙者の中身もずいぶんと変わるのである。炊き込みご飯も混ぜご飯も、なかなかに良いのであるが、拙者は特に、秋になったときの「栗ご飯」が大好きでござる。これが拙者の中によそわれると、ああ、秋が来たんだなーと思うのである。さらにこれに秋刀魚がついたりすると、まさに100点満点なのでござる!
 日本人……いや、日本のお茶碗たるもの、やはり四季は大切に楽しむべきなのであるな。

 拙者、お茶碗でござる。
 ご主人は料理好きであるが、ヨメさんはあんまり料理ができないのである。今日はご主人が仕事の出張でいない日でござる。すなわち、今日の晩ご飯はなんだか心配なのである……。
 お昼、ヨメさんは一人で「いんすたんと」のお茶漬けを食べながら、なにやら真剣に「ぱそこん」をやっている。ボウズくんがもうすぐ学校から帰ってくるというのに、一体何を見ているのであろうか?
 食器棚の奥から千里眼でのぞいてみると、ふむ、どうやら「いんたーねっと」で「のーと」という「さいと」を閲覧しているようである。
 なるほど、ここにはたくさんの主婦殿や料理好きの者たちが、自分の作った食事の写真を載せているのであるな。しかしまあ、毎朝の忙しい時間帯に、これだけ素敵なお弁当をつくっているこの方々も、手軽に作れる料理の「れしぴ」を百珍とやらにまとめているあの方も、本当にあっぱれでござる。 
 「のーと」はきっと、「くっくぱっど」よりもすごいところでござるよ。
 ヨメさんは、「私も少しは頑張らなくっちゃねー」と言って、台所へ向かっていった。ご主人が仕込んでいった「はらこ飯」を、今晩はつくるようである。よかった、今日の晩ご飯も無事に確保できそうであるぞ。

 拙者、お茶碗でござる。
 今日は、ボウズくんの野球の試合がある日でござる。鮭や昆布、おかかやゆかりのおにぎりを、朝早くからご主人とヨメさんが握っているのを、拙者は食器棚から眺めている。窓から見える空は青く澄み渡っているから、きっと今日は絶好の野球日和でござるな。今日の晩ご飯で、ボウズくんからいい報告が聞けるのを、拙者は楽しみに待っていよう。うむ、留守はしっかり守るでござるよ。


 こうして、月日はゆっくりと流れていったのである。
 四季折々のご飯と共に、景色は移ろいゆく。ボウズくんの背はだんだん伸びて、ご主人もヨメさんも年をとってゆく。人間とはそういうものであるからな。
 お茶碗は、年をとらないのでござる。職人さんが丹精こめてつくってくれたこの身体は、割れてこなごなになってしまわない限り、ずっと誰かと共にあり続けられるのだ。



 そう、思っていたはずなのに。
「今日で、もうこのお茶碗ともお別れだなあ」
 拙者は耳を疑った。
「最後はやっぱり、白いご飯だよな」
 
 最後?
 どうして?
 身体の内側に白いご飯がいっぱいによそわれてゆくのを、拙者は黙ったまま見つめていた。

 
 ……そうか。
 拙者はもうおんぼろだから、新しい茶碗と世代交代しなければいかんのか。

 ……。
 そうであった。こんなに長い間、人に使ってもらえた道具であったからこそ、拙者は付喪神になれたのだ。100年間、幸せな生涯であった。
 そしてこれが、道具として生きる身にいつかは必ずおとずれる、宿命なのだ。
 拙者はそう、悟ったのであった。

 ご飯が終わって、身体を洗われたあと、拙者はぷちぷちした不思議な紙に包まれて、狭くて暗い箱に入れられた。 
 ご主人が最後に何か言っていたようだが、拙者にはよく聞き取れなかった。
 ぱたん、と蓋が閉まると、何も見えなくなる。

 もうこれで、誰かとご飯を食べることも、きっとないのであろう。





 眩しい。
 目を開けると、そこは知らない場所だった。
「ねえー、この古いお茶碗はー?」
 見慣れないお嬢さんが、拙者を手に取って誰かに尋ねている。
「あっそれ! 親父からもらっためっちゃ大事なやつだから、絶対落としたりすんなよ! すげえ年代物だから、壊すなよ!」
 聞こえてきたのは、あの、ボウズくんの声であった。
 今ではもう坊主頭ではなくなり、立派な若者へと成長をとげた、ボウズくんがそこにいたのであった。
「お父様からいただいたの? すごいねー、とっても古いんだねー」
 あれ?
 そういえば、この目の前のお嬢さんは、何度かうちに遊びに来ていたような……。

(……!)
 そうか。
 拙者は全てを理解した。「結婚」という言葉を、ご主人とヨメさんがしきりに口にしていたのは、そういうわけであったか。
 今、ボウズくんとお嬢さんは、ふたり仲良くダンボールを開けながら、新居を整えている真っ最中であった。
「これから、よろしくねー」
 お嬢さんが、拙者のふちを優しく撫でる。
 その途端、あるはずもない拙者の目から、涙がこぼれ落ちそうになった。
 
 ああ。

 拙者は、最後まで、幸せ者だったのだ。

 そして、これからも。
 
 

 拙者、お茶碗でござる。
 曽祖父の代より伝わりし、100年ものの付喪神でござる。

<おわり>
2015-09-19 10:17:28公開 / 作者:木の葉のぶ
■この作品の著作権は木の葉のぶさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
短編第三弾。これで最後になります。
「ほんわかした感じの、付喪神が出てくる話を書いて欲しい」という注文を受けて書きあげたものです。

今回は少し、内輪ネタが入ってしまいました。すみません。ここにあげようか迷ったのですが、個人的に気に入っているのでアップさせてもらいました。
作中で出てくる「のーと(note)」というサイトは実在します。そっちでも(別名義でですが)活動しております。お暇な方は、もしよければ遊びに来てやってください……とかいう宣伝行為は規約違反ですかね?(´Д`;)

読んでいただき、ありがとうございました。
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして。読みました♪本当にほんわかしていて、ちょっと昔話のような感じがしました。
100年割れずに使用され、付喪神になったという設定も面白いです。
何度か訪れる危機にヒヤリとするも、温かく解決してなごみました。

お題が決まっているというのも、書いてやる!と気合が入りそうですね〜私もやってみたいなあ。
今のところ、頭の中は白紙状態なので。また、頑張ってください。
2015-10-04 12:13:43【☆☆☆☆☆】えりん
>えりんさん
はじめまして、読んでいただけて嬉しいです!
「付喪神」というお題を使って書くということになったとき、はじめはどうしたものかと思いましたが、人間ではなく、付喪神の視点で話を展開したらどうかな?と思い、このお話を書かせていただきました。書いていてとても楽しかったです♫

お題があると、書けるものは制限されてしまうところがあるかもしれませんが、モチベーションアップにはつながるような気がします。えりんさんのお話も、いつか読ませていただければと思います!
ではでは、ありがとうございました。
2015-10-04 14:19:24【☆☆☆☆☆】木の葉のぶ
ほっこりしました。

米好きなんで。栗ご飯いいなぁ。

拙者お茶碗でござる、の一文、CUTEさが好きです。
2015-10-20 04:58:23【☆☆☆☆☆】中島ゆうき
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