『金持ちのお使い』作者:江保場狂壱 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
 太郎という金持ちそうな中年男性が買い物に行きます。ですが、世間知らずの太郎は無事買い物を終えることができるのでしょうか。
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原稿用紙約8.15枚
 にぎやかな都会の真ん中に一人の男が立っていた。
 中年くらいの男性で着ている背広は高級そうなものである。だが顔つきはどこかおっとりしており、頼りなさそうな感じがした。
 仮名として山田太郎と名付けよう。
 太郎はメモを見ながら、きょろきょろ見回している。
 メモには『大根一本・八百屋で購入』と書かれており、住所も書かれていた。
 太郎は目的の店に向かって歩いている。メモには行き方も書かれているのだ。
 だが太郎は不安そうであった。脂汗をだらだらと流しており、ハンカチでマメに拭いている。
 通行人の一人が太郎にぶつかった。見た目は乱暴そうな男である。太郎は謝らなかった。
「おい、おまえ。人にぶつかって謝らないのかよ」
「?」
 太郎は男の言っている言葉の意味が分からなかった。
「なんで謝らないといけないのですか。むしろぶつかったあなたが謝るべきでしょう」
 太郎は平然と答えた。周りの通行人の空気が一気に下がる。男は一気に頭が沸騰し、太郎の襟首を掴んだ。
「野郎。いい度胸をしているじゃないか。向こうで話を付けようじゃないか」
 そう言って太郎を引きずって行った。太郎はきょとんとしており、自分がこれからどうなるか理解していないようである。
 建物の隙間に太郎は連れてこられた。そして理不尽に殴られる。
「痛いよぉ、なんでボクを殴るんだよぉ」
 太郎は年甲斐もなく、泣き出した。男は呆然となったが、すぐにやりと笑う。こいつはいい金蔓になると。
「おい、おっさん。持ち物をみんな出せ。出さないともっと殴るぜ」
 太郎は怯えていた。暴力の恐怖に逆らう意思は失われたのだ。太郎はポケットにあるものをすべて差し出した。
 男は驚いた。太郎は手が切れそうな札束を持っていたのである。さらに金持ちしか持てない高級のカードも持っていたのだ。それとメモを見つけたが、これは理解できなかった。
「そのメモは返してください。とても大切なものなのです。それがないと大根が買えないのです。お父さんに叱られます」
 太郎は子供のように涙を流している。特にネタになりそうにないので、ぽいっと丸めて地面に捨てた。
 太郎はそれを慌てて拾い、メモを伸ばす。
「くくく。俺にも運が向いてきたぜ。こいつをネタにしてもっと強請ってやるか」
 男は薄ら笑みを浮かべている。太郎は相手が喜んでいると思って安心していた。
「今日のところは見逃してやるよ。だが後日話し合いをしようじゃないか。ゆっくりとな……」
 そう言って男は去った。残ったのはメモだけである。太郎は項垂れた。
「どうしよう。お金をすべて取られてしまった。でも逆らったらどんな目に遭うかわからない。ああ、困った」
 太郎は涙を流し、頭を抱えている。その姿はまるで子供であった。とても大人の姿とは思えない。
 だが電柱に貼ってある看板を見て、太郎はひらめいたのだ。

 *

「いらっしゃいませ」
 太郎はある店に入った。そこは質屋である。店頭には質流れになった品物が所狭しと並んでいるのだ。太郎はきょろきょろと忙しなく見回している。店員はそんな太郎を見て、いいカモだと心の中で思っていた。
「申し訳ありませんが、品物と交換してお金をもらえるというのは本当ですか? 昔お父さんから話を聞かされたもので」
 太郎の的外れな質問に、店員はほくそ笑んだ。
「本当ですとも。いかほど必要で?」
「大根一本買うお金がほしいのです。できませんか?」
「大根……ですか? まず品物を見せてもらわないと」
 太郎は背広を脱いだ。ワイシャツとパンツ一丁になっている。店員はこれを見て、こいつは世間知らずもいいところだと思ったが、おくびにも出さなかった。
 さらに店員は背広を鑑定したが、とんでもない高級品であった。高級レストランで食事しても御釣りがくるほどである。
 店員はわざと大根が買える値段を口にした。するとなんの疑いもせず太郎も同意する。
「ありがたい。これで買い物ができるというものです」
「そうですか。それではこちらが代金です。あとサービスとしてこちらの服を差し上げます」
 店員は太郎の体格に合わせて、質流れの服を差し出した。よれよれの背広である。さすがにパンツ一丁で放り出すのはまずいと良心が動いたのだろう。
「なんとサービスの良い店だろう。今後とも贔屓にさせてもらいますよ」
 そう言って太郎はホクホク顔で店を出た。店主も腹黒い笑みを浮かべている。

 *

「すみません。大根を売ってください」
 太郎は八百屋にたどり着いた。
「大根はそれだよ」
 店主の親父が説明する。豪快そうな八百屋の親父であった。
「これが大根ですか? 初めて見ました」
「初めてだって? あんたは大根を食べたことがないのかい?」
「ありますよ。ですが料理はすべて専属のコックが調理しているので実物を見たのは初めてです」
 太郎は真っ白な大根を見て、感心していた。これがおいしい料理になるのかと大根を撫でている。
 店主はそれを見て、クスっと笑った。
 太郎はそれを見ても理解できなかった。なぜ店主が自分を笑ったのかわからないのである。
 そして買い物を終えて、店を後にした。
 その後ろ姿を見て店主はつぶやいた。
「きっとどこかの御曹司だろうな。あの年まで大根を知らないなんてありえない。正直金持ちがあんな世間知らずだと貧乏人のほうがマシだと思えてくるな」
 太郎は目的地まで歩いて行った。
 そこは高級ホテルであった。太郎はホテルに入ろうとしたところをホテルのボーイに止められる。
「待ちなさい。そんなよれよれのスーツで入ることは出来ません」
「困ります。僕はこの中に入らなければならないのです」
 太郎とボーイが言い争っていると、ホテルの責任者らしい品のよさそうな男が駆け寄ってきた。
「この人はいいんだ。早く中に入れなさい。責任は私が持つ」
 そう言われてボーイは仕方なく太郎をホテルに入れた。太郎はエレベーターに乗せてもらい、最上階まで昇っていく。
 そこは大きなホールで結婚式などができる作りになっていた。そこには高級そうな服に身を包んだ老人たちが座っている。
 壁には大型のテレビが設置されていた。そこには太郎の後姿が映されていたのだ。いつの間にか太郎の後ろにはカメラを構えている黒服の男がいたのである。
 部屋の真ん中には一人の老人が座っていた。紋付き袴を着た老人で、顔つきは険しく、見た目からして百戦錬磨の猛者を想像するだろう。
 太郎はその老人の前で大根を差し出した。大根を差し出された老人は無表情のまま、目から滝のような涙を流したのである。
「みなさん。今日わしの息子が一人で買い物に行きました。与太者に殴られ、お金を取られた。しかし機転を利かせて質屋に行き、金を作る。なんとすばらしいことか。わしは一代で会社を作りました。しかし息子のことはまったく放置しており、跡取りなどにできないと思っていたのです。ですが、今回この企画のおかげで息子は決して無力でないことがわかりました。わしは会社を引退します。そして息子に跡を譲ります。最後にこの企画を立ててくれたイベント会社に感謝の意を表明します」
 周りから拍手喝采が起きた。客の中にも感動で涙を流している者がいる。太郎と老人も涙を流して抱き合っていた。
「すごくハラハラしましたぞ」
「うちの息子にも体験させてやりたいな」
「また見たいですね」
 拍手の嵐はしばらく鳴り止みそうになかった。

 あと太郎をカツアゲした男と、質屋の店員は示談させました。特にカツアゲした男は病院に入院しています。
 八百屋の親父は特に何もありません。悪口くらい聞き流すのは金持ちの器量だからです。
2015-08-26 19:11:18公開 / 作者:江保場狂壱
■この作品の著作権は江保場狂壱さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 いわゆる初めてのお使いを金持ちに替えたものです。
 お約束の物をちょっと変えるだけで、話が広がると思ったからです。
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして。読ませて頂きました。実は恐る恐るタイトルをクリックしたのですが、以外や以外、笑える&さらさらと読み進めることができました。なんとなく、イソップ物語のような童話ふうの感じがしますね。主人公がけっこう痛い目に合ってるんですけど、なぜかそれが笑えてしまって仕方なかった……。
それと少し思ったのですが、最後にいきなりお父さん登場ではなく、それこそ初めてのお使いのように、気づかれないように途中途中を親達が中継を見ているような描写があると、もっと面白かったのでは?と思いました。
2015-08-24 23:38:31【☆☆☆☆☆】えりん
 えりんさん初めまして。
 感想ありがとうございます。
 ご意見もありがとうございます。ですがあくまで初めてのお使いをイメージしただけであり、
 そのまま書くのは意外性がなくなるのです。
 ですが、ありがとうございます。次回作の参考にさせていただきます。
2015-08-26 18:53:54【☆☆☆☆☆】江保場狂壱
発想というよりテンポが良い。
日本語も知識も中高生レベルに留まりますが、展開しているしまともに喋るっていうところ、強いです。
垢抜けないのに臭くない、飄々とした語り口も軽快。それなりに自分の言葉持ってる感。
たいへん、良いと思います。教養はあとから付いてくる。
2015-08-28 23:50:20【★★★★☆】肌墓
肌墓さん感想ありがとうございます。
 嬉しかったです。これからもがんばります。
2015-08-29 15:50:24【☆☆☆☆☆】江保場狂壱
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。