『ある化け物達の記録』作者:六六 / ِE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
どっち?
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 コツコツ、ぺたぺた。アタシの後ろと前を挟むように歩く重い靴音と、ちょうど真下、自分の足元から聞こえるはりつくような足音だけが、耳障りになくらいに聞こえてくるんです。まァ、目を潰されてるんだ、そっちの感覚が鋭くなるのは当然のことでして。
「……よう。兄ちゃん達さ、今回はどこで、」
「黙って歩け」
 最後まで言わせてくれるわけもなく、後ろを歩く名どころか顔も知らぬ兵隊さんはそうぴしゃりと言い放つと、アタシの背骨を銃口でごりごり突きやがる。――若い声、銃口も震えてますねえ、そりゃあこんなのと一緒に歩くなんてこわいに決まってら。へいへい、わーかりましたって。ご安心くだせえ、取って喰いやしませんよ。少しスネて口を尖らせてから、アタシゃまたおにんぎょみたく黙って、腕の拘束具を引っ張る鎖に導かれるまま冷たい通路を裸足でぺたぺた歩くんです。
 ……しっかし、こういった移動は今までもいくらかありましたがね、お目目塞ぐのにぶっとい杭を二本もぶっ刺すのは、いくらアタシがそれだけ恐ろしい化けモンだったとしても酷い話だとおもうんですよ、ネエ?


 しばらくそのただただ退屈な散歩が続いていたわけですが、前を歩く靴の音が不意に止まります。それからぴ・ぽ・ぱと楽しげな音。ははあ、やあっと目的地に到着したってワケですか。もうかれこれ三時間くらいは歩かされた気がしますや、くたくただ。
「そのまま、真っ直ぐ八歩進め」
 背中のほうから声がします。前からずっと引っ張っていた鎖の感覚はいつの間にかなくなってました。うーん、やっぱりまっくろだと、あんなんでも引っ張っててもらったほうがまだ頭に余裕ができるもんなんですね、躓きそうでこわいや。……なんてもじもじしてたら、発砲音。どうやらくるぶしに弾叩き込まれて風穴あいたみたいだ。わかった、わかりましたってば。歩きゃあいいんでしょう、もう。
 いち、にぃ、さん、し、ちょっぴり痛むあしをひきずって歩いて、はぁち! その途端後ろで重いなんかが落ちてくる音がします。へえ、ここの扉はどうやら他んとこと比べて厳重なようで。
 ぴぴぴ、とまた音がして、アタシの両腕から拘束具がそのお口を離しました。床に落ちたそれはごとんと鈍い音。ああ、肩が凝る重さだったと、ぐいと伸びしてからだひねって屈伸をにい、に、さん、し。それから両目に突き立てられたその太い杭を握って、おもいきりちからこめて引き抜きました。おー、いちち。奴さん、遠慮なしに脳味噌まで打ち込むんですもの、痛いのなんの。いまのアタシはさぞやおぞましい顔してるんでしょうね。あ、そろそろ目ん玉できあがりそう。
「データナンバー、06552。試作個体R88。耐久実験及び、制度調整、データ採集。実施期間、56時間。――開始します」
 丁度瞼が再生する間にいつものようにお姉さんの声が棒読みでそう言って、びっくりするようなでかい音でサイレンが鳴ります。 もうちょっと音量落とせませんかねコレ、毎回コレだけは慣れねえ。鼓膜破れちゃいますってば、すぐ再生するんですけど。
 ううん、よし。周辺の筋肉もやっと元通りになりましたね。二、三度まばたきをして動作確認します。よしよし、へんなとこはなさそうで。しかし眩しい。まばたきすんので精一杯です。酸っぱい顔して薄目開けると、そこは白い部屋みたいでした。なあんも置いてない、殺風景なインテリア。嘘です。カメラみっけ。
「はてさて、ここでのお相手さんは、と」
 快活な返事を期待してちょっと大声で言ってみますけど、しんとしたもんです。うわ、なんか恥ずかしい。いやしかし、どっかにいるとは思うんですがね。今回のもまたお話通用しない系のヒトだったりするんでしょうか。ヤだなあ、またそんなヒトとこんな部屋で二日も二人っきりなんて。気まずい。
 まだちぃとぼやける目をぱちくりさせながら部屋を見渡すとですね、やっと見つけました。そりゃあ気づかない訳だ、そのヒトは上から下まで真っ白だったんですもの。虫とかの擬態みたいなアレです。ピントが合い始めて、ようやっと見つけました。
 女の子、ですかね。俯いてて顔はよく見えねえんですが、年端もいかない、とまではいかなくとも十六とか十七とかそのくらいの、ホントならアタシみたいなオジさんにはなかなか縁遠い生命体です。服はもちろん、肌も髪の毛も不気味なくらいまっちろけ。
「えーと、初めましてお嬢ちゃん。君が――」
 とりあえずは礼儀だと、ひとつ挨拶かまそうとしただけなんですがねえ。すぐ、胸辺りにずぐりとにぶい痛みが広がりました。はは、まぁた最後まで言わせてもらえねえでやんの。
 気づけばいつのまにやら、アタシの胸の少し下、肺の位置あたりにその子の両腕が刺さってるんだもんよ。まあ、若い女の子なんて総じてオジさんキライなもんです。アタシ知ってます。アレかね、口臭かったんですかね、ごめんよ。
 そうそう、その時にやっとお顔拝めたんですよ。やあ、可愛らしいお顔してるじゃない。血走った目は瞳孔かっぴらいてるし早速アタシの返り血で色々真っ赤っかだけども。おや、よく見りゃ目も白い。
 というかこの子の腕、アタシの肋骨へし折って背中まで貫通して……あれ、こりゃマズイ。
「あ、っぶ、ない」
 慌てて彼女の肩を力いっぱい押してやったんです。そしたらなんか思ったよりあっさりその骨っぽくて細い腕はアタシの身体から抜けちゃって、ふんわりと彼女は糸が切れたみたいに後ろ向きに倒れちゃって。
「わ、だ、大丈夫かい? すまねえ、あのままだとアタシの骨が再生する時に、嬢ちゃんの腕を砕いてたかもしれねえんだ。なあ、立てますかい? どっかケガは?」
 上手く呼吸できなくなってるもんで、ちゃんとこの声が聞こえてたかはわかりませんが。慌てて屈んで、その子にケガがないか確かめます。血まみれだけども(だって、それは大体アタシのですもの)どうやら目立ってどっか痛めちゃいなさそうです。よかった、とっさに力加減できてたみてえだ。ほっと息を吐こうと思ったけど、肺はまだ再生してる真っ最中みたいでうまくできなくって。ひゅって息を吸ったら、次はのどに穴があくんです。
 なあんだ、元気そうですねえ。
 血まみれの女の子がアタシに馬乗りになって、一心不乱にアタシの喉から顎にかけてを素手でえぐっていくのを、なんとなーくほほえましい気持ちでじぃっと観察してました。はァ、でもこれ、いつになりゃ気が済んでやめてくれるんでしょ。



「やっと落ち着きましたんで? あ、痛」
 しばらく黙って(そもそも、喉と顎がなかったので発声できねんですが)されるがまま肉と血をまき散らしてたら、急に電池でも切れたみたいに動きが止まったもんで。発声器官の再生をのんびり待ってから声をかけてみた途端、またパンチが飛んできました。咄嗟に首をひねったらなんとか耳もがれるだけで済みました。おお、こわいこわい。
 どうもこの子は目が見えないようで。目まで白いのはそういうことみたいです。途中から床をひたすら殴っていたのもそういうわけ。もうその手に付いてる血がアタシのかこの子のかわからねえくらいに、硬ェ床を殴り続けた彼女の手はぼろぼろなんです。やれやれ、奴さんがた今回のはずいぶん効率の悪いのを作りましたね。この一個前のなんて、半分サイボーグみたいな量産型だったくせに。
 まあまあ、つまりです。この子は音さえ出さなきゃこっちに攻撃してきやしないと。ホラ、現に今もなんだか上の空って顔してますからね。こっちがくたばったと思い込んでくれたか、見失ったかのどっちかでしょう。たったそれだけの条件で五十六時間ですか、なァんだ、今回はとっても楽でさね。ホトケさんのフリは得意中の得意なもんで。さ、じゃあ時間切れまでなにしてましょ。一人しりとりはだいぶ前にことばのひきだしが尽きましたし。それともさっきからあの子の全身にちらちら見える、えらい数の注射痕でもひたすら数えてりゃ、ともすれば時間もつぶれますかね、とか、まだアタシの上に乗ってぼーっとしてるあの子に悟られないように細く細く息をしながら考えてましたら。
 突然、壁一面にでっかいスピーカーみたいなのが出てきて、耳鳴りを何十倍もひどくしたみたいなひでえ音を鳴らすんです。なんだか、眼球の奥の方がじりじりと痛む、そのくらいえげつない音だ。死体ごっこなんてしてる場合じゃねえや、思わず両手で耳を塞ごうとしましたらね、アタシの上で女の子が悲鳴にならない声を上げながら転げ回り始めるんだ。頭を地面に打ち付け、血が出るほど顔中を掻き毟り、しまいにゃ何を思ったか、自分の耳をその鋭い爪で根本からそぎ落とそうとしやんです。
「いけね、え」
 咄嗟に後ろから頭ごと抱え込むように、その子の耳を塞ぎました。おかげでこっちはいくらか頭の血管が千切れちまったみたいですが、どうせすぐ再生しますでしょ。
 ――なるほど、これは新しい対アタシら専門の兵器ってワケですかい。腕の中でおおよそその歳の女の子とは思えない力で暴れまわるその子を押さえつけながら、音が止むまでぼんやりと考えてました。確かに、衝撃波なんかであれば物理的にはほぼ破壊不可能なアタシらも分解できるやもしれねえ。……だが、まぁだまだよわっちいな。こんくらいなら、まだ再生がおっつきますよ。それに、アタシ程じゃあないだろうが、他のにもそこそこ考える力くらいはあるんです。元が頭いい生き物ですからね、チャカ程度なら使いますよ、アレは。だからこんな露骨な装置だとあっちゅー間に群がられてすぐお釈迦になっちまうでしょう。隠し方とかは考えた方がいいでしょうなあ。あとでその辺、ご報告差し上げとかにゃいけませんね。被検体として。
 



 一体何時間、この頭がおかしくなりそうな音を聞き続けたことでしょうね。いつのまにか、音は止まっていたようです。耳に音が残って頭がガンガンして、止まったことにも気づきませんで。そういえばと、深いひっかき傷で血まみれになった腕の中を見やれば、彼女はぐったりとして動きません。あべ、しまった。まさか力を入れ過ぎて……。
「……て…」
 毒電波じみた音に壊された耳に、心地よいなにかがそっと流れ込んできました。細ぉい、絹糸みたいな音色。
「嬢ちゃん、声出せたんで?」
 そろりと顔を覗き込むと、耳から鼻から血を流しながら、その白くて赤い目が弱弱しくこちらを見てました。
「す……て……」
「へ?」
 あたしが素っ頓狂な声を上げたと同時に、目の前に、その子の顔がありました。ぶちぶちいう嫌な音と、か細いその声だけが、静まり返ったこの部屋で脳味噌に直に届くのがわかったんです。
「たすけて」
 口の周りを血まみれにした彼女が、だらしなく肉をこぼしながらそれだけ言うんでさ。ペットの鳥がばかみてえに覚えたことば繰り返すのとおんなじみたいに、なんども。
 アタシはほお肉を食いちぎられ歯茎をむき出しにした血まみれの顔で、呆然と血まみれのその子を見てました。
「たすけて、」
 親指で左目を突き潰されました。
「たすけて、」
 鼻を食いちぎられました。
「たすけて、」
 肩を骨ごと握りつぶされました。
「たすけて、」
 ひとだった頃心臓があったはずのそこを、その子のほそっこい腕が貫きました。
 真っ白だったはずのその子は、もうアタシの血で全身が真っ赤になっちまってました。
「たす、」
 それを遮るみたいにその細い首を掴むと、急にその両腕から力が抜けました。まるでそうされるのを待ってたかのようで、ね。
「……ははぁ、なるほどね。あの人の考えそうなこって」
 どこともなく睨みつけるように、歯を出してニタリと挑戦的に笑ってみせてやりました。どうです、削がれた肉も相まって、まるでいたいけな少女の首を今にもひねらんとする、世にも恐ろしいゾンビみたく見えるでしょう。
「ひひひ、いいでしょ。――お望みどおりに」
 親指に力を込めた次の瞬間、アタシは光に包まれました。


 きみは、こわいこわい化けモンに殺された、可哀そうなふつうの女の子。……それでいいんです。
 体中の水分が熱で沸騰していく感覚に身を任せながら、アタシはゆっくり目を閉じました。














 ■■年■の月■目 音声記録No.66561 担当/■■博士


「どうだい、身体の調子は」
「はあ、ピンピンしとりますが」
「ふうむ、あれだけ損傷を与えた上で至近距離の爆発にすら耐えるだなんてね。全く、なんて非常識な体をしているんだい、君たちは」
「散々アタシの身体で実験って名目での趣味の悪い拷問処刑三昧しといて、その言いぐさですかい」
「ふふ、これでも感謝しているんだよ。君みたいに極めてヒトに近い知識も感情も残したまま、僕らの実験に協力的である個体なんて、他にいないからね。そもそも、捕獲、収容することすら困難なくらいなのだから」
「そりゃあ、いくら化け物とはいえこんなきっつい仕打ちに耐え続けるなんて嫌でしょうや。ただでさえ死ねないからだだってのに。……もういいですから、さっさとアタシら殺す方法、見つけちゃってくださいよ。そんで、さっさと滅ぼしてやってくだせえや」
「君もつくづく変な奴だね。ウイルスに感染した化け物である立場でありながら、僕らに滅ぼされるためにこうして献身的に協力をしてくれるだなんてさ」
「は、これでも一応、アタシゃもともとはそっち側ですぜ、旦那」
「しがみつくねえ、化け物さん」
「なんですかい、プチ反抗期でココバイオハザード的なことにしたってかまわねェんですよ」
「ははは。すまない、冗談だよ。勘弁してくれ、こっちはまだ君一人殺すことすらできないんだからさ。……まだまだ試せることはある。どうかもう少しだけ協力を頼むよ」
「へいへい。できるだけ苦しまないよう、お手柔らかによろしくたのんますよ。ホントはできればワクチン作ってくれた方がずっとずっとありがたいんですがね」
「それができてれば、数十年前にはとっくにきみたちは幸せな家庭を取り戻せてただろうね。今更、そんな質の悪い希望の話なんて考えたくないだろう?」
「なるほど、それもそうだ」
「しかし、久しぶりに殺したね。今までは時間いっぱいまでズタボロにされてるだけだったのに」
「どうせ、生かして返したところで……処分っつー形で銃殺でしょう、あのこ」
「薬を入れ過ぎたんだ。気性も荒いしコントロールも効かなくてね。おまけに爆弾まで入ってる、手元においておけるもんじゃないさ。ついでに処分しようと思ってたんだ。新しい兵器の実験がてらね。君だってわかってたんだろう?」
「……じゃ、アタシは疲れたんでこれで」
「ああ、すまない最後に」
「へえ?」
「たすけて、と、ころして。アレに吹きこんどくのはどっちがいいと思うかい?」
「……………………」
「一応、今までのと同じように身寄りの無さそうな子辺りを使ったホンモノ仕様で作ろうと考えている。この国にはそういうのはいくらでもいるからね。アレはまだ試作だが、君の話だときみたちにも多少はそういった感情が残ってるのだろう? それならきっと、こういうのも効くと思うんだが、どうかな」
「……さぁね。どっちでもいいんじゃないです? どうせさいごはああやって爆発するか、アタシみたいな化け物に無残に殺される存在であるのなら、どっちだとしても何の意味もない」
「ふうん。それにしてはあの時の君、今にも泣きそうな顔をしていたけどね。僕はちょっと動きを止めるくらいなら効果が見込めそうだと思うのだけども」
「…………人間を使った生物兵器だなんて、やめといたほうがいいですってば」
「この問答も何度目かな」
「――失礼、しやした」
「ああ、お疲れ様。ゆっくり休むといい」

 ―扉の開く音―
 極めて小声で何かを呟く。

「どっちが化け物なんだか、な」

 ―扉の閉まる音―



 音声記録終了。


2015-07-26 14:22:03公開 / 作者:六六
■この作品の著作権は六六さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
随分昔、ちょっとだけこちらに投稿させて頂いておりました。六六と申します。

今回、自分が書きたいものをずらずらと並べてみました。長いシリーズの間のひとつのエピソードのような作品、というのを意識しております。
よくしゃべるゾンビ、というものになんだか楽しげな雰囲気を感じるのは私だけでしょうか。

最後のしつこさを拭うにはどうすればいいでしょう……。

ここまで読んで頂き、有難うございました。
この作品に対する感想 - 昇順
長いシリーズの間のひとつのエピソード、であるならまだましですね。

地の文が特殊口語なのに、読ませる。
これはなかなか強いと思います。ほんとに。

ただ、目新しくないのに技巧を凝らしてるので、よく頑張りました的。
展開か言葉か、何からも借りていないものがあると映える感じ。

全体としてそんなには面白くなかったです。
2015-08-09 23:10:24【☆☆☆☆☆】肌墓
計:0点
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