『敵意のない母』作者:本宮晃樹 / SF - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
 地球を慈しみ、丹念に育んできた母なる太陽。彼女は気まぐれだった。
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 宇宙に敵意はあるのだろうか。わたしは、あると思う。
「太陽風バーストまで、残り三分」
 ハンディ端末が、終末までのカウントダウンを告げた。
 世界は完全な狂騒状態に陥っているらしい。殺人、強姦、窃盗、自殺、なんでもござれ。もっともわたしはいま、地球にいないので、七分ほどのラグを伴って流れてくるニュースだけが頼りだ。が、それも聞き飽きた。どの局も、アーメンしか言わなくなった。
「もうすぐですね」
 若い娘がいつの間にか、となりに立っている。この宇宙船にほかにも人がいることは知っていたが、いま社交を深めてどうするというのだろう?
「あたし、実は死にたくないって思ってるんですよ。笑えますよね」
 船は水星の周回軌道に入った。敵意をむき出しにした太陽は、毒々しく煮えたぎっている。
「でも、誰だってそう思うものじゃありません?」
「そうでしょうね」
「そうよね、そう思いますよね?」
 娘の顔が輝いた。相手にしなければよかった。
「太陽風バーストまで、残り二分」
 端末がわめいた。
 水星軌道からは、すべての生命の源である太陽系の主が、強烈な光輝を放っているのが鑑賞できる。そして彼女は今般、すべての生命を終わりに導くことにした。
「天国って、信じてますか?」
「いいや」
「じゃああたしたち、どうなると思います?」
「死ぬんでしょう」
「そうじゃなくて、死後のこと」
「さてね。ぼくにはわかりません」
 幸いなことに、彼女はそれっきり黙ってくれた。わたしが哲学的な話題を論ずる相手としては、不適当であるとようやく気づいたらしい。
「太陽風バーストまで、残り一分」
 端末がわめいた。
 ニュースは世界中が静まり返り、人びとがお行儀よくしていることを驚きとともに伝えている。みんな、いよいよ観念したらしい。
 この宇宙船にいる連中は、わたしを含めてみんな変わり者にちがいない。太陽が敵意をみなぎらせ、木星軌道まで届くすさまじいフレアを噴出することが判明した三か月前、即座に乗船を決定した人びと。地球で残りの余命三か月を、めちゃくちゃな放蕩に費やさなかった人びと。最期の瞬間を、誰よりも早く体験したいと望む人びと。
「太陽風バーストまで、残り三十秒」
 われわれの文明は、ぜんたいなにを成し遂げたのだろう? たぶん、なにも成し遂げなかった。それでいいじゃないか。
「すみません」若い娘が密着してきた。「手、握ってください」
 わたしはそうした。驚くほど冷たかった。
「太陽風バーストまで、残り十秒」
 端末を切った。おなじみのテンカウントで、気分を害されたくなかったからだ。
「あの、後悔してますか?」
「静かに」
 太陽から、地球の何十倍もの大きさのプロミネンスが吹き上がる。太陽系一の、ばかでかいかんしゃく玉。この光景を見るがいい! これがわれわれを生み出し、そして同時に、滅ぼすものの姿なのだ。
 わたしはいま、猛烈に感動している。
「見てください」空いているほうの手で、窓外を指さした。「なんて美しいんだ」
 若い娘は、わたしの手をより強く握った。

2015-07-07 23:39:14公開 / 作者:本宮晃樹
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■作者からのメッセージ
 本宮晃樹と申します。
 デカダンスというか、詩的というか、そういうのに挑戦してみたつもりですが……。
 少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。
この作品に対する感想 - 昇順
自分、この頃にはきっと死んでるだろうから、ほっとします。
2015-07-11 02:34:39【☆☆☆☆☆】中島ゆうき
計:0点
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