『毬』作者:えりん / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
昔から居間の隅に下げられている、毬には不思議な現象が。
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原稿用紙約8.91枚
 居間の天井の隅から、二つの飾り毬が下がっている。
 古い家だから、天井が高く、太い梁がむき出しになっており、その一端に結び付けられているのだ。
 その薄暗い天井の間から、金糸や銀糸、朱糸で縫いこまれた艶やかな毬が立派な房を付け、少しの段差をつけて垂れている。
 昔から、それはあった。私が物心ついた頃にはとうに、多少の色あせも目立ちながらも確かな存在感を放ち、そこに飾られていた。
 とはいえ、その頃の私は、元々居間に飾られていた物、という思いのみで、たまに指で揺らしてみたりすることはあるものの、取り立てて気にすることもなかった。
 
 それがこの頃、妙にこの毬が気にかかるのである。
 なぜ今か、と問われれば答えに窮するが、あの毬の鮮やかな朱色を見ていると、何とも言えぬ胸が苦しくなるような、気味の悪いような落ち着かない気分になるのだ。何か、あるのか。だがもし、そうだとしてそれを知るのも怖ろしく、また勘違いも甚だしいと友に笑われるのも嫌だ、などと考えて私は、誰にも相談できずにいた。それは、そうだろう。何か実際にあったわけでもなく、そんな気がするというだけで親身に話しを聞いてくれる者があるだろうか。

 しばらく、そのような日々をつらつらと過ごしたが、やはりこんな心持ちになっているのは私だけのようであった。両親も、普段となんら変わりなく、来客の様子などもそれとなく観察していたのだが、誰一人おかしな顏をする者もない。それどころか、隣家のおしゃべりな鈴江おばさんなど、今日はいつも以上に話題が豊富で、だいぶ長居していった。

 そうしてまた幾日か過ぎ、爽やかなある春の日。
 私は早朝から田植えに忙しく、なんとか日の落ちる前に全てを終わらせることができた夕方には、へとへとで帰宅した。
 あちこちに泥がはねた作業着を手荒に脱ぎ捨て、居間の畳にどかりと大の字で寝転がる。畳の冷やりとした感触が心地よい。そのまま、疲れに任せて目を閉じて眠ってしまいそうになったそのとき、

 ぶつり、と鈍い音がして何かがどさりと落ちた。

 はっと横を見れば、飾り毬の一つが、長い吊り糸と共に落ちて、私のすぐ隣にだらりと転がっていた。間近で見ると、思っていたより大きい。その長い房を投げ出して微動だにせずいる姿は、まるで艶めかしい女の生首のようだ。危うく叫びそうになった。こんなことが……。今まで長年吊り下げられていたけれど、糸が切れたことなど一度もないではないか。
 私の心臓は、破れてしまうのではと思えるほどに猛烈な早鐘を打った。当然のように、私は不吉な予感がして、朝から出かけた両親のことを思った。まさか何か起きたのでは?

 花々丘公園の春の花が満開らしいから、二人で見に行ってくると車で出かけたのだが 、確か夕方までには帰ると言っていたはずだ。日が長くなってきているので、まだ薄明るいが、時計を見ると間もなく七時になるところだった。
 大丈夫だろうか?さわさわと胸騒ぎがする。またそれと同時に、電話のひとつもよこせるだろうと怒りの気持ちも沸いた。一人息子に田植えを任せて、自分たちは花見とはいい御身分ですね、などと悪態をついてみる。どうせ、そのうち楽しくてつい時間を忘れたなどと言い訳しながら帰ってくるだろう。

 それから、さらに一時間ほど経って、外にようやく両親の車の音がしたかと思うと父が、勢いよく玄関の扉を開け、なぜだかすごい剣幕で、
「健彦!いるか」
と怒鳴った。私は、父がなぜこんなに怒っているのか全く分からないので、呆けた顔でとにかくも玄関まで急いで出て行き、
「いますよ。何をそんなに怒ってるの」
と訳が分からず問うと、
「お前は、小学生みたいな女の子を家に寄せて遊んでいるのか。全く、いい歳をして恥を知れ! 」
何を言い出すかと思えば、どこからそういう話が出てくるのだろう。私は、鳩が豆鉄砲を食ったような顏で、しばし次の言葉が出てこずに、固まってしまった。それを図星で何も言えない、と取った父は更に顔を真っ赤にして、
「家に誰もいないとお前は、そういう馬鹿なことをするのか。情けない。田植えは終わったのか。あの女の子は、どこから連れてきた。何と言って騙したんだ。」
と矢継ぎ早に私を罵った。

 すこしずつ、放心状態から回復してきた私は、冷静さを取り戻しつつ、話の筋を通さねばと考えた。
「ちょっとお父さん、私の話も聞いてくださいよ。まず、その女の子ってどこで見たんですか。私は今日一日中、田植えをして疲れてやっと夕方頃に帰宅したばかりなんです。そのときに家には誰もいませんでしたし、まして騙して子供を連れ込むなんてする訳ないでしょう」
 気を抜くと頭に血が上りそうになるのを抑えながら、穏やかに言った。すると、父もいくらか落ち着いてきたようで、
「まあ、怒鳴って悪かった。実は夕方頃、帰りが少し遅くなることを伝えようと家に電話したんだ。そしたら、小学生みたいな声の女の子が出て、私いまお兄ちゃんと遊んでるの。とっても楽しいよって言うんだ。だから、お前を電話に出せと言ったら、その子が、帰りが遅くなるんでしょう、分かった。って言って切っちまったんだよ」
 
 私はすっかり驚いてしまった。部屋で寝転んでいたとき、確かにうつらうつらしていたが、電話が鳴れば気づいたはずだ。電話は、鳴っていない。父が続ける。

「だから、その子を見てはいない。でもあれは間違いなく女の子の声だった。それで、仕方ないから、お前の携帯電話にかけたら、こっちは、電源が入っていないときたもんだ。肝心なときに役に立たないんだからな……」

 携帯電話?毎日充電しているのだから、よっぽど長話でもしない限り充電切れは起こらない。居間のテーブルに置いていた携帯電話を確認する。電源が入っていない。電源を入れてみるとすぐに、充電してくださいの表示が出た。
そんな馬鹿な……。一体何が起きているのだ。

 すると父が、今度は落下した毬を見て、
「健彦!お前、この毬の糸も切ったのか」 
また、じわじわと興奮してきている。早く誤解を解かなければ。
「それは、さっき居間でごろ寝しているとき、いきなりぶつっと糸が切れて落ちてきたんです。もう心臓が飛び出るかと思うほどびっくりしましたよ。気味が悪いし」
「そうか。毬に、女の子ねえ……」
父は、一時ぶつぶつと
独り言を言いながら考えていたが、やがて、
「もしかして、お志乃ちゃんかもしれないな」
と呟いた。

 父の話しを要約すれば、こうである。

 今から、もう数代前にお志乃ちゃんという女の子がいたらしい。その頃、手毬遊びが流行っていたが、彼女の家は貧しくて毬を買ってもらえなかった。それを彼女の祖母に当たる人が不憫に思い、せめてもの代わりにと飾りの毬を縫ってくれたのだそうだ。お志乃ちゃんは、それはそれは喜んで、その毬でいつも遊んでいたのだが、時の流行病にかかり亡くなってしまった。お祖母さんは、とても悲しんで彼女のために二つ、飾り毬を作って飾ってやったらしい。それこそが、今まで代々受け継がれてきたこの毬である。

 その後しばらくして、毬の房が風もないのにふわりふわりと揺れているのを見たという人や、毬がくるくると回り出したかと思うと、女の子の笑い声がした、というような不思議な体験をする者が出てきた。初めは恐ろしいと思っていた皆も、お志乃ちゃんだと分かると怖さは無くなり、微笑ましい気持ちになるのだという。
 つまり、座敷童のような存在らしい。お志乃ちゃんは、いたずら好きの活発な子供だったようだ。今もそのまま、誰かにいたずらを仕掛けては、くすくす笑っている声が聞こえることがあるそうだ。


 毬は、糸を新しく付け替えてもう一度吊るした。
 実は、あれから二度、寝入りばなに毬が落ちてきた。その度に、びくりと私が目を覚ますと、それを面白がるようにもう一つの飾り毬が、くるくる回っていたりする。
 天井の梁に吊るすのは、高くて容易でないのでもう落とさないで、と思いつつもなんだか憎めず、次のいたずらは何だろうと思ってしまう私なのである。

















 





























 














 
















2015-05-09 04:19:42公開 / 作者:えりん
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■作者からのメッセージ
段々言い回し等が、どれも同じような感じになってきているような。これを、自分らしさ(文章のクセ?)と取るか、語彙不足なのか。う〜ん。
この作品に対する感想 - 昇順
 作品を読ませていただきました。
 言い回しについて、似たようなものが並んでいるとは感じませんでした。むしろ文章のテンポに関して貴方特有のものがあって心地よいと感じます。
 毬が落ちてくるという描写の部分はぞっとしました。椿だったか、牡丹だったか、赤い花が床に落ちて、血が滴っているみたいと話しをする小説があるのですが、それ読んだ時に感じた怖さに似ていました(その話は笑い話で終わるのですがね)。
 後半、親父さんが帰ってきて怒鳴る展開は要らなかったのではないかと個人的に思いました。電話に女の子が出たという話もですね。帰ってきた親父さんからお志乃ちゃんの話を聞くだけで終わった方がちょっとした小話って感じで好きだったかな……。
 次回作をお待ちしています。ピンク色伯爵でした。
2015-05-09 15:27:18【☆☆☆☆☆】ピンク色伯爵
ピンク色伯爵様。またまた読んで頂き本当に有難うございます!嬉しいです。お父さんが怒鳴る件は、例えれば起承転結の「転」のような感じで、少しハプニング的な出来事を入れたくて書いてみたのですが、なんとなくそれまでのおどろおどろしい静けさを、ぶち壊している感がありますよね。急に現実の世界で親子喧嘩が始まったみたいな。何かもっと毬の薄気味悪さを保ったまま、うまく流す術はなかったものか。
あ、ところで感想にありました、赤い花が血の滴りに見えて最後は笑い話で終わるという話し、面白そうですね。
差し支えなければ、タイトルを教えて頂けませんか?読んでみたいです(^-^)
2015-05-09 22:26:13【☆☆☆☆☆】えりん
 実は僕も探しているのです。
 内容は、

『夜、寝室で二人の女(仲が良い友達か、血縁関係がある)が布団に入っていたところ、庭か別の部屋の赤い花(牡丹か椿)がボタリと落ちた。それに対して、一人が「血がしたたっているみたい」と言い、もう一人が「嫌だ、怖い」と怯える。しかし、どちらかが「あれはただの花だ」と言って、二人はおかしくなって大笑いをした』

 というものです。舞台の雰囲気、女性が活き活きと描かれていること、語り口などから、僕は明治生まれの女性作家が書いたものだと考えています。幸田文ではありませんでした。岡本かの子の文に似ていたような気がします。現在彼女の本を読んで探しているところです。
 せっかく興味を持ってくださったのに、タイトルを教えることが出来ずに申し訳ないです。篠川栞子のような古書に詳しい探偵さんがいたら良いのですが、あいにく僕の周りには文学とは正反対の属性の人間しかおらず……(笑)。
 自分にとって思い出の小説なので、いつか探し出したいものです。
2015-05-10 01:21:30【☆☆☆☆☆】ピンク色伯爵
そうでしたか〜残念。幸田文さんか岡本かのこさんですか、名前は聞いたことがありますが読んだことないですね。露伴は少々かじったことありますが。ちなみに私は、岡本綺堂さんを師と崇めております!(って誰も聞いてない…)

その物語、探し出せると良いですね。判明したらこっそり(なんで?)教えてください。

*()内は、完全な独り言です。
2015-05-10 07:49:52【☆☆☆☆☆】えりん
こんばんは、はじめまして。作品読ませていただきました。
なかなか良くまとまった短編だと思いました。ちょっと擬古調というか、文章にもスタイルが感じられます。
ご自身でも感じておられるように、お父さんが怒って帰ってくる部分が少々荒いのと、心臓が破れるほど動揺したという部分とその後の温度差が気になりますが、この辺りは少しの手直しで問題ないように思われます。

通常のアドバイスとしては以上ですが…何だろう、この物足りない感じは。どうも、過去にどこかで読んだ話のように感じてしまい、もったいない気がします。お志乃ちゃんが亡くなる辺りのエピソードなどに、もう一工夫でいいから印象に残る部分(できればいたずらの内容と関連するような)が欲しいと思いました。基礎はしっかりしていると思うので、あとちょっとの要素で良い作品に化けるように思われました。
2015-05-10 20:14:24【☆☆☆☆☆】天野橋立
天野橋立さま、初めまして。読んで頂けて嬉しいです。擬古調という言葉、初めて聞きました。つい検索してしまいました。さて、お志乃が亡くなる場面に付いてですが、実は、初めの考えでは病で死ぬ設定ではなかったのです。しかし、そうしてしまうと、その後の現象等がお志乃の生霊の仕業になるなどの無理やりな物語になっていき、収拾がつかず、綻び出まくりで、ああもう死んでもらうしか〜となり、なげやりにサラリと書いてしまったんです。やはり、こういうのは分かってしまうものなんですね。どこかで読んだような、のご意見も然り。
しっかり参考にして、次に活かしたいと思います。天野さんのお話も、近々読んで感想を書けたらと思います。
2015-05-10 23:59:21【☆☆☆☆☆】えりん
こんばんは、はじめまして。作品読ませていただきました。以下四行目までは天野様と同文――って、手を抜くんじゃねーよ俺。

……失礼いたしました。私も岡本綺堂先生を師と仰ぐ者です。その割に自分ではぶっ飛んだ話ばかり書いてしまうのですが、実は泉鏡花先生をはじめ、師と仰ぐ方が他にも十数名――てな話はちょっとこっちに置いときまして――綺堂先生門下、もとい同好の士として、ひとことふたこと。
お父さんいきなり激怒のくだり、やはり引っかかりを覚えました。この古風な世界の中で、いきなり主人公が平成あたりの幼女連れ込み犯扱いになってしまった、そんな気がしまして。もう少々トーンを和らげれば、突飛な話も猟奇な話もさらりと自然に流す、綺堂先生の語り口に近づけるかな、と思います。
実は先ほど、この板にあるえりん様の前作を通読させていただいたのですが、これらが創作の第一歩の産物だとすれば、今後の期待は非常に大きいです。どれも話の流れ全体や文体は問題ないように思われ、ただ一個の作品としてバランスをとるのに慣れていらっしゃらない、そんな印象でした。
あくまで私個人の話ですが、高校時代あたり、毎晩、綺堂先生の短編を、一語一句脳内朗読しながら眠りに就いたりしておりました。数作は筆写したりもしました。それによって、一席語りきるための緩急を、ほんのちょっとでも体得できた気がします。
2015-05-12 03:02:40【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
バニラダヌキ様、初めまして。読んで頂き、嬉しいです。幼女連れ込み犯。。。確かに(笑)いっそ、そっち方面のまさかの展開にいくというのは、どうでしょう。え?そっちメインなの?みたいな(笑)

泉鏡花先生も好きですよ〜。出てくる小物や情景が麗しく妖しく、ため息が出る程です。こんなふうに文章を操れるようになりたいものです。

さて、話しのバランスですか?自分では、よく分からないのですが、プロット等作らず頭に思いつくままに書いているからですかね。登場人物の名前も、書いてる途中でパッと浮かんだ名前にしたり。今回も、毬の出てくるおどろおどろしい話しが書きたい!と思っただけで、あとはPCの画面とにらめっこをしながら、その場で浮かんだことを打っていくという書き方でしたので、勢いだけの物語になってしまっているのかもしれません。
2015-05-12 15:48:35【☆☆☆☆☆】えりん
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