『桜色の風に吹かれて』作者:えりん / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
桜香る季節、卒業を迎えた実桜。母との桜の思い出が甦る。
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 冬が去り、ようやく暖かな春が訪れた。
 家から見える、土手の上の一本桜も間もなく開花を迎えそうだ。誰が名付けたか、千本桜ならぬ一本桜。私の幼い頃には、もう皆にそう呼ばれていたから、樹齢は相当なものだろう。
 毎年、この桜と共に思い出が増えていく。さて、今年はどんなことが起こるだろうか?

「お・か・あ・さ〜ん」
 ハッと我に返ると、実桜が数歩先で手を振りながら読んでいる。
「ちょっと大丈夫?なんかボケ〜っと突っ立ってたけど。私の卒業式なんだからね! 」
「分かってるわよ。ただあの桜が、卒業式に間に合わなくて残念ねって思ってたの」
 今日で最後になる中学の制服姿の実桜を、目を細めて見ながら言う。
「学校のは、半分ぐらい咲いてるけどね。あれ高い所にあるから、寒くてなかなか咲かないのかも」
 桜には、さほど興味もないらしく鼻歌を歌いながら、ジグザグに歩いたりしている。

 思えば実桜と名付けたのも、この桜のように凛とした、それでいて大きな優しさで溢れている、そんな女性になってほしいと願ったからだ。
 生まれたのは五月の末だったが、どうしても桜という字を使いたかった。だが後々それが、
「名前を見ると皆、実桜って四月生まれ?って聞くんだよ。んで一々、五月だよって訂正しないといけなくて面倒なんだよね」
と言われることになるのだが。

 そんな実桜も、今年からは高校生。学校へは電車で通うことになっているから、こんなふうに歩きながら花を愛でることもなくなるだろう。
帰りも遅くなるだろうな。

 寂しい……。

 ふっと、今まで思わなかったことが不思議なくらい、その感情でいっぱいになり胸が押しつぶされそうになった。
 ふふ、まだ式も始まっていないのに。ぐっと涙をこらえて、実桜のところまで小走りで追いついた。
「卒業証書もらうとき、失敗しないでよ〜。お母さん恥ずかしいから」
「誰かさんと違って、そういうことは、ありえませ〜ん!」

 冗談を言い合いながら笑っていると、中学校が見えてきた。
 出入口の所に、大きく『祝 若葉台中学校 27年度 卒業式』と墨書きの堂々たる看板が、花紙で作られた色とりどりのバラの花で縁どられている。そして、その脇では、今日卒業を迎える親子たちが、代わる代わる写真を撮っていた。皆、満面の笑みだ。
 実桜たちも、同じように最高の笑顔で写真を撮り終えたところに、友人の沙耶が駆けてきた。
「実桜〜。これ書いて、サイン帳。高校行ってもまた遊ぼうね! 」
「もちろんだよ。メールしてね」
 こんな微笑ましい光景が、あちらこちらで繰り広げられている。日頃の行いが良い生徒が多いとみえ、空は一点の曇りもない快晴で、まさに式日和だ。校庭に並んだ、たくさんの桜も式を盛り上げるのに一役買っている。

 卒業式は、とても和やかに進み、もちろん誰も卒業証書授与は失敗せず、最後の校歌斉唱では感極まった多くの生徒のすすり泣きが聞こえた。
実桜もこらえきれずにハンカチで目をおさえた。そして母の目にも。
 少し照れたような顏をして戻ってきた実桜が、後ろ手に隠していた、桜の一折りした小枝を差し出してきた。
「これあげる。綺麗でしょ」
「あ、ありがとう。とっても綺麗。でも学校の桜、折っちゃだめでしょう」
「ふふふ!やっぱり同じこと言った〜」
「え?同じことって?」
「覚えてないかなあ。私が小一くらいのとき、お母さんに学校の桜をプレゼントしたことがあって……」
 思い出してほしそうに、ゆっくりと少しずつ話す。
 すると、ある遠い記憶に行き着いた。
 それは、まだ実桜が小学校の低学年のとき、学校の桜を折ってティッシュにくるみ、家に持って帰ってきて、
「花束どうぞ」
 と言って渡してくれる、というものだった。キラキラした目で、お母さんに喜んでもらいたいという期待に満ちた表情をして。

 それなのに……。

「嬉しいけど、学校の桜は折っちゃだめでしょう」
と言ってしまった。実桜は確か、落胆して泣きそうな顏をして、
「そんなの分かってる! 」
と言って怒ってしまったんだ。ただ、ありがとうと受け取れば良かったかな、と少し後悔した。

「ああ、あのときね。ごめんごめん」
「謝ることないよ。本当のことだし。いや〜やっぱりお母さんはお母さんだなあ」
 晴れ晴れとした表情で、空を見上げながら言う。それを横で見ながら、実桜も実桜のまんまだよ、と心の中でつぶやいた。

 来年もまた、あの桜は元気に咲くのだろう。
 実桜は、ちょっぴり大人の女性に成長しているだろうか。
 
 そのとき、優しい春風が吹いて、桜色の風に包まれた。
 
2015-04-26 04:30:16公開 / 作者:えりん
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■作者からのメッセージ
これは、小説を時々書いている友人と「桜」のお題のときに私が書いたものです。私は、会話文と、ほのぼのした話が苦手なので敢えて挑戦してみたのですが、どうでしょうか?文章も会話も、けっこう軽い感じにしあげています。多分こういうのは、もう書かないだろうな。
この作品に対する感想 - 昇順
 もう葉桜の季節ですが作品を読ませていただきました。
 実桜ちゃんの「そんなの分かってる!」という発言に違和感がありました。分かっていて折ったのか……。いくら愛する母のためとは言え、学校に生えている物を折るものなのかな。そしてもう一回桜の枝折っているのですよね。ちょっとずれているかもしれませんが、折られた桜の事を考えてかわいそうになってきました。枝が折られたあとの木ってすごく痛々しいのです。綺麗に花を咲かせるのだから、酷い事をせずに放っておいてあげればいいのになあ。
 もう一点。ラストに風が吹いて桜の花びらが宙に舞う描写がありますが、ここで母娘の描写も入れてほしかったと個人的に思いました。実桜ちゃんははしゃいで、主人公はスカートと髪を押さえるなりなんなり。そのあと、直前の『来年もまた、〜だろうか。』の二行を挿入して終わる。テーマは母娘の情ですから、こっちの一枚絵を描写して終わらせても良いのではないかと思いました。
 次回作をお待ちしています。ピンク色伯爵でした。
2015-05-02 03:35:45【☆☆☆☆☆】ピンク色伯爵
ピンク色伯爵様、いつもこまめにコメントを有難うございます。確かに、いくら創作話とはいえ安易に桜を折る場面を書いてしまったことは悪かったなと思います。これから注意していきたいと思いました。それと、ラストの文は入れ替えてみると、ピリッと引き締まった終わり方になりますね!いろいろな意見を聞けていつも参考になります。
2015-05-03 22:52:54【☆☆☆☆☆】えりん
計:0点
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