『幽玄蝶』作者:えりん / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
夏の夜、夕涼みをしていた私のもとに現れた者とは?
全角2016文字
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 静かな初夏の宵。昼の暑さもようやく引いて、吹き抜ける風も肌に心地良い。
 本格的な暑さは、まだ先だが既に蛙達は精一杯、田畑を舞台にして鳴き声を響かせている。
 その頭上には、時を忘れて見上げていたい程の幾千もの星々が優しく、強く光っている。明日も暑い一日になりそうだ。

 そのとき、涼を取るために開けていた窓の所から、何者かがヒラヒラと舞い込んできた。
 星明りと、蛙の輪唱に浸っていたかった私は、それをなるべく完全に楽しむために、小さな蝋燭を灯したランプを傍らに一つ置いている
だけであった。それだから周りはまるで闇で、外に立っているような奇妙な感覚でいた。

 さて、もう少しこの雰囲気に酔っていたいところではあるが、無粋な侵入者が何者であるか、確かめなければなるまい。そうしなければ、何とも気持ちが悪い。大方それは、蚊や蛾の類であろうがハッキリとその正体を目にすれば心も落ち着くだろう。
 そう思って私は、手探りで電灯の紐を手繰り、渋々部屋の明かりを点けた。冷たく白い明かりが放たれると、先程までの余韻も一瞬で消え去ってしまった。落胆しながらも、憎々しい思いで部屋の中を見渡した。

 果たして、そこにいたのは蚊や蛾と言ってはあまりに失礼な、麗しい漆黒の一羽の蝶であった。近づくと、巧みにヒラヒラと舞い上がり、止まったかと思えば容易に手の届かない場所へ飛び行き、それはまるで、捕まえられるならやってごらんなさい、とこちらが遊ばれているようであった。私は、蝶の捕獲は諦めて、まずはできるだけ近くに寄り観察してみることにした。
 すると、先程は電灯の明るさにまだ目が慣れておらず、白熱灯の白に蝶の黒、という単純な認識だったものが、よくよく見てみれば確かに大
部分は黒色だが、羽根の先辺りに光沢のある濃紫の模様があり縁には極細い白い線が入っているのが分かった。
 アゲハやモンシロと違い、普段頻繁に見かける種ではない。新種の発見だろうか?いや、おそらく貴重種でなかなか見ることがないだけだろう。私が勝手な思考に耽っていると、その蝶が今度は不思議な動きを始めた。

 さっきまであんなに私の近くに来るのを避けていたのに、俄かに纏わりつくようにして何度もぐるぐると身体の周りを飛び始めたのである。
何かを訴えているかのようなその異様な飛び方に、さすがに私も薄気味が悪くなってきた。
 そして、こんな話を思い出したのである。

 蝶はあの世の死者からの使いである、という話しを私は幼い頃、母から聞いたことがあった。盆や彼岸など、周りに蝶など一羽もいないのに
どこからか一羽だけ家の中に入ってきたり、特定の人の周りを何度か飛んで去って行ったりしたら、それは亡くなった誰かが、あなたに会いに
来ているのかもしれないよ、という話しである。しかも、その場合の蝶は、ほとんどが黒い蝶なのだそうだ。

 今、この状態がまさにそうではないだろうか。もはや、そうとしか考えられない。はて、だがそうすると誰が会いに来てくれたものだろう。
何か伝えたいことでもあるのだろうか?私は、祖父母から知り合いに至るまで、亡くなった面々を思い浮かべてみた。
 見るともなく視線を向けた先には、祖母の好きだった紫陽花が、雨上がりの滴をその葉に乗せたまま、たっぷりとした花を揺らし、いきいき
と咲き誇っていた。

 そういえば小さな頃、祖母に紫陽花柄の浴衣を縫ってもらったことがあった。男の子だからと、黒一色だけの影模様のような紫陽花が白地に
一面染め抜かれている生地。女の子のように華やかなものではなかった。
 しかしよく見ると、その花弁の先がぼかした薄い紫や、淡い桜色になっており静かな華やぎを醸し出していた。そう今のこの蝶のように。
 決して一目で分かる派手さではなく、秘めた美しさがあった。

 普段、浴衣や着物など着ないので特別な衣装をもらった気がして、とても心が弾んだものだ。夏祭りまで待っていられず、家で着てみては母に
祭りまでに擦り切れてしまうよと小言をもらった。ああ懐かしい……。

 そのとき、ランプの蝋燭があと僅かで燃え尽きそうになり、炎が大きく揺れたかと思うと、すっと消えた。
 私は、ランプを棚へと片付けながら、これは祖母が答えてくれたのではないかと思った。蝶は、相変わらず私の周りを飛んでいる。
 部屋の電灯を消すと、再び瞬く夜空の星だけが唯一の明かりとなった。

「盆には、必ず墓参りに行くよ。好物だった西瓜も持っていくから」
 そう声に出して言うと、間もなく蝶は肩にとまってから、大きく旋回して飛び去った。

 夏とはいえ、夜風を入れ過ぎたようだ。
 私は若干の肌寒さを覚え、窓を半分閉めて寝ることにした。









2015-04-21 23:51:14公開 / 作者:えりん
■この作品の著作権はえりんさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
中途半端に書き捨てていたものを、無理やり完結しました。和風で妖しげな雰囲気が出るように、文章もレトロな感じにし、カタカナ語などは極力使用しないようにしてみました。
この作品に対する感想 - 昇順
 また読ませていただきました。
 ほかの方への感想にも書いたのですが、途中まで「私」は女性だと思ってました……。いや先入観持って読んでるぼくが悪いんですけどね。
 この作品の場合、語り手の性別はどちらでもいいと思います。なので「男の子だからと、黒一色だけの影模様のような紫陽花が白地に一面染め抜かれている生地。女の子のように華やかなものではなかった。」の文章から性別を表わす言葉を削除して、性別の判断は読者にゆだねる、という書き方でよいかなと感じました。
 内容に目新しさはありませんが、意図されたレトロな雰囲気がしっかりにじみ出ていてよかったと思います。何というか、「読ませる」文章ですね。どんどん読んでいけました。
 (変なところで改行が入っているので、直されることをおすすめします。もしかしてメモ帳から貼りつけられていますか?)
2015-04-22 23:45:30【☆☆☆☆☆】ゆうら 佑
ゆうら 佑様、また読んで頂いて有難うございます。なるほど、そういうやり方も面白そうですね!オチは、もっと何か、うすら寒いような怖さで終わりたかったのですが、何もアイディアが浮かばずベタベタな展開になってしまいました。自分でも、納得できていない出来なので、いつかもう少し加筆して書き直したいなと思っています。それとレトロな雰囲気は伝わったようで良かったです。改行は、よく分からないのですが、プレビューの画面でこうなるので、下手に直して消えたりすると怖いので(一度全消しになったことが、、)そのままにしていました。まだまだここを使いこなせてません(;'∀')
2015-04-24 00:15:04【☆☆☆☆☆】えりん
 作品を読ませていただきました。
 五月の夜に読みたい物語ですね。僕、こういう雰囲気が大好きなんです。初夏の夜、蛙の泣き声、透き通った死者の想い。
 本文、
『今、この状態がまさにそうではないだろうか。もはや、そうとしか考えられない。はて、だがそうすると誰が会いに来てくれたものだろう。
 何か伝えたいことでもあるのだろうか?私は、祖父母から知り合いに至るまで、亡くなった面々を思い浮かべてみた。』
 の部分で、『もはやそうとしか考えられない。はて、』と『何か伝えたいことでもあるのだろうか?』は、不要なのではないかと思いました(個人的に思っただけですので流してください)。あまりにはっきりとした強い思考で、ややこの場には合っていないように感じました。
 あとですね。いっそのこと、蝶を見て主人公が夢の世界に入るってのも良かったんじゃないかと思いました。蝶を見て、視界が霞んで、昔の事を幻視して。はっと目が覚めたら、蝶は主人公の鼻元から飛び立ってしまうんです。私は夢だったのかと蝶を見送りながら思い、「盆には〜」と口にする。
 この作品に文句をつけているわけではありません。ただ、蝶と来たら夢だろうと安易に思ってしまう自分がいまして(笑)。
 素敵な物語りをありがとうございました。次回作をお待ちしています。ピンク色伯爵でした。
2015-04-25 03:58:51【☆☆☆☆☆】ピンク色伯爵
ピンク色伯爵様、感想有難うございます。読み手によって、ここがちょっと、という箇所があるものですね。大変参考になります。夢の世界とは思いつきませんでした。夢なら、もっと何でもアリの非現実的な要素がOKになりますよね。うん、面白そうだぞ。そして、こういう雰囲気が好みのようで嬉しいです。私の書きたいのは、ホラーまでいかない、怪談よりの和風で怪しくて、、、な世界なので、そこを追及していきたいなと思っています。
2015-04-26 01:44:43【☆☆☆☆☆】えりん
計:0点
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