- 『淡雪』作者:えりん / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
- 大学入学を機に、趣味が同じ読書だったことから付き合い始めた美咲と駿。が徐々に二人の関係にも暗雲が。しかし、それには予想もしなかったある人物の影が。
- 全角2268.5文字美咲は、淹れたての珈琲が冷めていくのにも気づかず、物思いにふけっていた。
容量4537 bytes
原稿用紙約5.67枚
雪どけ間近の暖かな日差しが差し込むリビング。
もう、三年が経つのだろうか。自分でも未だに信じられないのだから、誰かに話したところで頭は大丈夫かと心配されるのがオチだろう。
そのぐらい、夢か現かの出来事だったのだ。あの時も、ちょうど今頃と同じ小春日和の穏やかな日だった。
七年前。
「お〜い。美咲、これ貸すよ。読みたいって言ってただろ」
駿が、本を片手に勢いよく走ってくる。
「え?新刊?買ったんだ〜。ありがとう、わあ楽しみ! 」
駿とは大学に入って知り合い、たまたま同じ本を読んでいたことから話しが弾み、好きなジャンルも似ていたので、新刊など貸し借りするように
なったのだった。
特別恰好いいわけでもなく、少し頼りなげな感じもするが、そんな彼が本を読んでいる姿は妙に雰囲気があった。多分、どちらともなく恋愛感情が湧いていったと思う。いつも二人でいることが増え、なんとなく自然に付き合い始めた。好きな本の話題を話すのはもちろん、色々な所に出かけたりもした。楽しい思い出が、今でも鮮やかに甦る。あの頃は良かった。
そんな幸せな日々に暗雲が立ち始めたのは、そろそろ就職活動をしようかという四年の春のこと。
お互い時間を調整して会っても、話が弾まない。面接がどうだとか楽しくもない話題しか出ないのだ。おまけに二人に追い打ちをかけるように、会うたびにひどい土砂降りで益々イライラが募った。駿も、態度がそっけなくなった気がした。そうなると、事は悪い方へと加速度をつけて進み、ついには別れることになってしまったのだった。数年かけて積み上げてきたものでも、あっけなく崩れ去ってしまうものだ。
と、ここで終われば、どこにでも転がっている某恋愛話しなのだが、そこには更に続きがある。
駿と別れて、一か月程経ったある日、郵便受けに怪しげな一通の手紙が届いた。切手は貼られておらず、上質の和紙を幾重にか巻いた、まるで武士が送りそうな代物だ。表には墨で、美咲殿と重々しくしたためてある。裏を返すと、堂庵とこれまた重厚な文字で書かれていた。
堂庵?だれだろう。そんな知り合いはいない。どこかの施設かお寺か何か?
美咲は、あらゆる考えを巡らせたが、全く心当たりがないのだった。取りあえず、読んでみよう。そう思い、開けるのが少し怖かったが、開封してみた。くるくると紙を引きながら開けると、まさに武士のごとく達筆な筆文字で、
美咲殿
ご無礼仕ります。このような文を突然差し上げること、ご容赦くださいませ。
私は、京の帝にお仕えしております堂庵と申す者でございます。陰陽師として、吉方位の占いや政治の行方など多々、進言させて頂いております。
さて、そんな私が、なぜ貴方様に文を書く次第になったのかを、これから話さなければいけません。どうぞ最後まで読んで頂きたくお願い申し上げます。先程も申し上げました通り、私は帝に付いてさまざまな土地へ行き、聞かれたことを占ったりいたします。
かれこれ、一年程前の冬、新年の催事があり、私は帝と共に永楽寺へと参りました。陰ながら催事が滞りなく進むのを見ておりましたところ、参拝に訪れていた貴方様と恋人を見かけたのでございます。もうこう書けば、貴方様は察しがつくのではないでしょうか。そうなのでございます。恥ずかしながら、私は貴方様に一目惚れしたのでございます。だからといって、どうすることもできませんでした。歯痒い想いを胸にただお慕いするのみでございました。しかし、その想いは募るばかりで私はある日、陰陽道に習い、貴方様と恋人が逢う日には大雨が降るという呪術を唱えてしまったのです。自身の力をそのようなことに使用するなど、決して許されることではございません。そのときの私は、狂っていたのです。貴方様と恋人の仲が少しづつ険悪なものになっていくのを、ほくそ笑んで見ていたのですから。
ですがその後、私は激しい悔恨の念に悩まされました。私のせいで、ああなんということをしてしまったのかと。
毎晩考えあぐねた末、お詫びの文をと、このような次第でございます。どうぞ私をお責めくださいませ。罵倒なさいませ。
一言詫びずにはおれなかった哀れな男がいたのでございます。私の最後が迫ってきたようでございます。これで、思い残すこともないでしょう。
力尽きたのか、そこで文は唐突に終わっていた。
美咲が読み終わるのと同時に、ブワリと火が出て文字以外の余白部分が一瞬にして焼けて消えた。文字のみが、尚も名残り惜しそうに残り漂っていた。
だんだんとその文字が、『汝我慕候是文…… 』と漢文のように、変化していった。そして、ゆっくりと消えていった。
私が読めるように、この手紙にも呪術がかけられていたのだろう。
美咲は、キツネにでもつままれたように茫然と立ちすくんだ。あまりに突然のことで、理解するのにだいぶ時間がかかった。いや、きちんと理解などできていない。これは、本当のことなのだろうか。だとすると、駿と別れたのは、この陰陽師のせい?いや、やっぱりお互いのただのすれ違いではないのか。
美咲は、冷めた珈琲を口に運んだ。毎年この季節になると思い出す、あの手紙と不思議な現象。
何度考えても、答えは出ないのだけれど。
- 2015-04-19 20:48:10公開 / 作者:えりん
■この作品の著作権はえりんさんにあります。無断転載は禁止です。 - ■作者からのメッセージ
小説を書いてみたいと思い立ち、勢いで二編書きあげたうち、ましかなと思える方を投稿してみました。感想など頂けたら、とても嬉しいです。
初めての投稿でしたので、規約がしっかり頭に入っていませんでした。指摘して頂いた方、有難うございました。
- この作品に対する感想 - 昇順
-
作品を読ませていただきました。
なかなか味のある話をお書きになりますね。何故だろうって冷静に考えている時点で未練はなさそうですし、この主人公ならすぐに新しい恋を見つけそう。別れるのは自然の成り行きだったんじゃないかな。陰陽師はなんかやっていることが小さくて笑ってしまいました(笑)。仲たがいさせる呪術じゃなくて大雨を降らす呪いをするのね。
ところで大学四年生の春にそろそろ就活って遅くないですかね。僕の周りでは三年の年明けスタートで四月には内定貰っている人がちらほらいる状態だったような……。
面白かったです。次回作をお待ちしています。ピンク色伯爵でした。2015-04-19 22:51:00【☆☆☆☆☆】ピンク色伯爵ピンク色伯爵様、感想を有難うございます!味のある話しなんて言って頂いて嬉しいです。普段から、怪談系、奇妙な話しが好みなので、こんな感じになりました。就活のところは、実は私大学には行っていないので勝手な想像で書きました。墓穴ほりましたね。これからも色々書いていこうと思います。2015-04-20 00:24:00【☆☆☆☆☆】えりんはじめまして。
めちゃめちゃおもしろかったです。申し訳ないのですが、陰陽師からの手紙のところで笑ってしまいました。まさに衝撃のラスト。すごい発想力ですね。
就活については今年からスケジュールが変わったそうなので、四月スタートでも遅くはないようです。ただし三年前の状況とは合いませんが……。まあ、あまり気にしなくてもいいように思います。2015-04-20 23:19:38【☆☆☆☆☆】ゆうら 佑ゆうら 佑様、感想有難うございます。なんだか褒めて頂いたうえにフォロー(就活の)までしてもらい恐縮です。
陰陽師の手紙、たしかに冷静に読むと笑えるかもですね〜。狂っていたとか(笑)また俄然書く気が起きてきましたので頑張ります!2015-04-21 01:00:58【☆☆☆☆☆】えりん計:0点 - お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。