『世界の未来』作者:秋空 / t@^W[ - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
王が世界を創り出した世界。世界は王の心を写す鏡のようなもの。王は悪を憎み、悪を行った人間は王によって消されていく。恐怖した人々は王を幽閉し、目隠しをした。王は今、自分の心(セカイ)が見えない。
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 世界は一人の王によって治められている。
 この世界は王一人によって創造されたものであるが故に、酷く不安定で。またそれ故に、酷く美しかった。

 世界は王の心を具現化する。
 王が願えば、世界はいつまででも平和であることだろう。そしてまた、王が願えばいとも簡単に世界は滅ぶことだろう。

 ここでは、王と神は等しい。
 だが人々は王に祈りはしない。人間である王は神と違って全知全能ではなく、そしてまた平等でもないからだ。

 そして王は?悪?を憎む。
 少しでも?悪?を見せた者、つまり過ちを犯した者はみな、王に次々と世界から消されていく。 

 人々は王に恐怖し、考えた。私達が悪を隠すのではなく王が悪を見なければいいのだ、と。
 人々は王を閉じ込め、安息の地を得た。人々は王に目隠しをし、自分達の心の安息を得た。全てを消すこともできたであろう王は甘んじてそれを受け入れる。自らが作り出した人間がその結論に至ったのなら仕方がない、と。そして人々は気付かなかった。それこそが大きな過ちだと。

――目隠しをされ、城の一室に閉じ込められた王は今、自分の心(セカイ)が見えない。


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 どん、と重い音を立てて、牛の頭と馬の体を持つ人外のモノは草むらに倒れ込んだ。ソレは暫くの間ピクピクと動いていたが、自分の隣にいる男が剣を振り下ろせば完全に動きを止めた。動かなくなってから間を置かず、ソレはだんだんと端から灰になっていく。
 死んだら灰になる。
 それこそがこの世界の、魔物である証だった。
「……魔物の数が増えたな。お前もそう思うだろ、フェン?」
 その言葉にフェンは頷いた。左手に持ったままの剣を一振りし、腰に提げた鞘に戻す。そして足下の灰色に染まった草むらを見て目を細めた。

 今からちょうど二十年前に突如現れた魔物の存在は、世界中の人々を震撼させた。
 人を脅かすものなど今まで存在しなかった世界の中で、魔物は執拗に人だけを襲い始めたのだ。人は自己防衛のために戦うことを覚え、魔物と相対していく。そうしてしばらく人と魔物の小競り合いが続き、人々がどうにか落ち着き始めた矢先だ。ここ二、三年程で魔物の数は倍以上に膨れ上がった。脅威を感じた人間達は同族の争いを止め結託し、魔物の討伐に力を注ぎ始めたのである。
「王は何故、魔物を創ったのだろうな……」
「さぁ。あの王サマの考えることはまるっきり分かんねぇかんなぁ……」
 長年共に旅をしている男の言葉に、言葉には出さないがフェンも同意した。
 魔物は死ぬと全てが灰に還る。まるでそんなものなど最初からいなかったかのように跡形もなく。つまりは魔物など必要ないのだと、王は理解しているのだろう。だから消す。ならば何故、王は魔物を創るのだろうか。"悪"を許さない王が、必要ないと分かっているものをなぜ未だ創り出し、かつ存在させ続けているのか。
 この光景を見る度にフェンは不安になる。自分もまた、魔物と同じようにそもそも存在してはいけないモノではないのだろうかと――。


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 魔物の討伐を兼ねての旅から久しぶりに故郷に帰って来たフェンは、迷いなく一つの家の扉の前に立った。左肩にかけた荷を足元に下ろす。ゆっくりと深呼吸して、扉をノックしようと右手を上げた時だった。
「……おかえり、フェン」
「おかえりなさい、フェン兄さま!」
 その二つの声に、フェンは目を見開いて振り返った。そこにはフェンの大事な家族が立っている。家に帰って来たのだと実感してつい泣きそうになり、フェンは誤魔化すように微笑んだ。
「――ただいま帰りました。母さん、ヘル……待っていてくれて有難う」
 どういたしましてと、二人は同時に言って笑った。


「昔のフェンはとっても弱々しくてね……」
 まさか世界でも指折りの剣士になるとは思わなかった、と父は笑いながら言う。その話に興味津々な弟妹達を見やり、フェンは苦笑するしかない。
 フェンには三年より前の記憶がなかった。だから弱々しかった覚えもないし、父親から剣を習っていたという記憶もない。それは当時、いきなり増加した魔物の群れに襲われ、瀕死の重傷を負ったからだというが定かではなかった。なぜならその当人であるフェンは何も覚えてはいないのだから。

 五年前の、王と初めて出逢った日から。あの日から、フェンの第二の人生が始まったと言っても過言ではないだろう。
 初めて会った時、自分が何故彼の前にいたのか理由は知らない。瀕死の重傷を負い、そのせいか自分の名すら忘れてしまっていたフェンは、彼が王だと分からなかった。世界の誰もが生まれた時に創造主である王を知るはずなのに。王の目の前で"悪"をすれば消される。それすら知らなかったから、怖がることも怖れることもしなかった。
 彼はフェンの傷が癒えるまで、世界のことをたくさん教えてくれた。世界は広いのだと、世界には色んな生き物がいるのだと。だが、自分はこの城から出られないからもう見ることはできないのだろう、とも。淋しそうな顔をした彼を見て、フェンは自分が世界を見てきて、今度は自分が教えにくると約束したのだ。彼は驚いた顔をした後に、嬉しそうに微笑んだ。
 家族と再会した後に、彼が王であったと知ったのだが、フェンにとって彼は世界に一番初めに現れた人に他ならなかった。彼との約束が全てだった。だから、旅から帰って来たらその旅の話をする為に王に会いに行く。それがもう習慣になってしまっていた。だが、やはりこの優しい人達にも王は恐怖の対象らしく、未だに王に会いに行くと言うと渋い顔をされるのだ。

「……やっぱり行くのか、フェン?」
 父の言葉に苦笑しながら頷いて、フェンは荷を手に取った。その腕を思い切り掴む手がある。
「兄貴。俺も止めた方がいいと思う」
「ヨム……」
「だってそうだろ? 人々を消している張本人は王だ。その王の元へ行くなんて、死に行くようなものだろう……!」
「違うよ、ヨム。それは違う。俺は」
 フェンが口を開く前に、ヨム――ヨルムンガルドは自らの部屋へと駆け戻っていった。その背中を見送り、悲しそうな表情をするフェンに彼の父は言う。
「キミはもう、二十歳だから。キミが決めたことなら反対はしないよ。でも」
 必ず帰っておいでという言葉に、フェンはしっかりと頷いて、微笑んだ。


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「――やっと来たか、フェン。余は待ちくたびれたぞ」
 申し訳ありません、とフェンは頭を下げた。そしてゆっくりと顔を上げれば、十二・三くらいの少年が、天蓋付きのベッドに腰掛けている光景が目に飛び込んでくる。
「陛下にはご機嫌麗しく――」
「そんな堅い言葉などいらん。それで、今度は何処へ旅をして参ったのだ?」
 待ちきれないという風に、少年は跪くフェンの前に来ると、しゃがみ込んで視線を合わせた。
 この少年が紛れもなくこの世界の唯一の王であり、創造主であるバルドル・アレフガルド?世だ。彼は年を取らない。永遠に少年のままだ。姿はもちろん、心でさえも。
「今回はディオールの街まで」
「ほう? あの辺境までよく行ったものだな。良い。そこの椅子に腰掛けて、余にその話をせよ」
 そう言って、王はベッドに戻って腰掛ける。フェンは軽く目を閉じた。
 彼が動く度に鎖がこすれる音がする。それは、人々の恐怖が形作ったものだ。口元に笑みさえ浮かべている王の両手両足には鎖が、目には黒い布がつけられている。そしてまた一見素晴らしく豪奢な部屋は、実は窓一つない閉鎖的な空間だった。唯一、外との繋がりである扉は、外からしか開かないようになっており、幾つもの、執拗につけられた鍵で、頑強に鍵を掛けられている。まるで牢獄だと、フェンはここを訪れる度に思う。
 鮮やかな金の髪を持つ彼は、フェンには想像も出来ないほど永い時を生きていた。そしてその永い時を、人々に恐怖されながらも此処で確かに王は君臨している。
「その前に、今日は王に尋ねたいことがあって参りました」
 申してみよと言われ、フェンは腹をくくる。必ず帰ると約束した家族に謝りながら、存在を消されたとしても仕方のない、そんな質問をするためにフェンは口を開いた。
「魔物とは、何なのでしょうか?」
「……存在してはならないモノだ。世界から存在を望まれていないモノ。だからこそ存在を望まれた人々が彼らを壊すことは罪ではなく、?聖?とされる」
 腕を組みながら王は言う。魔物の名を出した途端に、王の機嫌が悪くなったのがフェンにも分かった。これは本当に消されるかもと自嘲しながらフェンは思う。だが、長年心の奥でくすぶっていた疑問が口をついて出てくるのは誰にも、そう、フェンにでさえも止められない。
「では人は? 貴方にとって人とは何なのです?」
「世界の全てだ。余の全てでもある。そもそも余は、人のために世界を作ったのだから」

――それは矛盾している。貴方は人をいとも簡単に世界から消し去るだろう? そして貴方が人と同様に創造した魔物は、人を襲うじゃないか。

 心の中でフェンはそう思って、そんなことを思った自分自身に愕然とした。人々がどんなに王を遠ざけても嫌っても、フェンは王を尊敬していたし、誰が否定しようとも神だと思っていた。彼の、?悪?は消えるべきだという考えに賛成すらしていた。いつからだ? いつから自分は王の、神の考えに疑問を持つようになった? 彼は自らの創造主に他ならないのに――。
 フェンはその自分の創造主という言葉に、少しだけ違和感を覚えたような気がした。
「では王よ。同じようにあなたに創られた魔物と人の違いは何なのですか。なぜ、魔物を死した後に灰にさせる必要があるのです? 魔物とて、あなたが望んだから今も生きているのでしょうに」
「…………んでなどいない」
「は……?」
「余は魔物の存在を望んでなどいない!」
 フェンはその言葉に目を見開く。
 王は感情のままに拳を振り上げ、横のクッションに振り下ろした。ぼふ、と気の抜けた音が、緊迫した雰囲気の部屋で場違いのように響く。
「何故だ? 何故、人に害をなすモノが現れる? 人は全てにおいて正しい存在だというのに……!」
「それは本気で? 貴方は本気で人は過ちを犯さない?悪?を行わないと思っておられるのか?」
 心外だ、とでも言うように王は顔をしかめる。フェンはもう王の矛盾に、その奥に潜む?悪?に気付いてしまった。
「貴方は分かっていないのですね。自分の心でさえも……!」
 世界は王の心を具現化する。
 その王が願ってもなお?悪?が消えないのなら、それは紛れもなくこの世界を創った王の心の中に?悪?があるからだ。
「王よ、今ならまだ間に合うはずです! ご改心なさいませ。そうすれば民もきっと――」
 沈黙を守っていた王が、突然腹を抱えて笑い出した。そして、ひどく楽しそうに言うのだ。
「――とうとう本性を現したな、魔物め」
「…………どういう、意味、ですか……?」
 そのままの意味だ、と王は歪んだ嗤いを浮かべる。フェンは信じられなくて、目を見開いたまま弱々しく首を振った。
「…………嘘だ」
「嘘じゃない。間違いなくお前は魔物だよ、地獄の番犬(フェンリル)よ」
 王に呼ばれた名に、フェンは目が覚めるような思いだった。違和感がない。すんなりとソレは自分の名なのだと分かってしまった。今までの全てが否定され、そして矛盾と違和感が肯定される。だというのに、フェンの心の中はむしろ一気に冷めていって冷静になっていくようで不思議だった。
 フェンは表情を消しさり、王に向き直る。
「俺は、魔物なんですね。世界に存在を望まれていないモノ――」
「そして、心を持たない虚ろの存在だ」
 王の言葉にフェンは目を伏せた。
 魔物は心がないのではないかと、薄々気付いてはいたのだ。だって彼らは痛みを感じていない。だって彼らは声を発しない。それは言葉を持っていないだけではなかったのだ。だがそれをこんな状況で、こんな形で知ることになるなど思いもしなかった。
「では今俺を動かしているモノは何なのです?」
 フェンの瞳が大きく揺れた。王はそれに気付かないのか、それとも気付かないふりをしているのか、いつの間にか目隠しを外してフェンを真っ直ぐに指差す。
 世界の創造主である彼に、目隠しや手足を縛る鎖など意味をなすはずもないのだと、フェンは今更になって気付いた。
「それはお前が?悪?の化身だからだ、フェン。お前は膨大な世界の?悪?を抱え込んでいるが故に、その?悪?を自分の心だと錯覚しているに過ぎない。――魔物であるお前に、心など在るはずもないのだから」
 そう、はっきりと言われてもフェンは何も感じない。感じることができない。
――コレは哀しいのだろうか?
 哀しい、とはどういうモノなのか判らなくなってしまった。そもそも自分は判っていたのだろうか? 怒りというモノも、楽しいというモノも自分は感じていたのか? 今浮かべている表情すら、フェンの意志ではないのかも知れない。人々の意志によって行動させられているものなのかも知れないのに。
「では、かぞ、くは……?」
 声が震える。フェンの喉は、なぜか渇き切って張り付いていた。王は、そんなフェンをあざ笑うかのように無情に言い放った。
「全て偽りのものだ。三年前のあの時、お前は記憶を無くしたのではなく、あの時にお前は?悪?から生まれたのだ。彼らはお前と、本当に亡くした息子とを重ねているだけ。そう、余が創り直した」
 足元から、フェンの今までの世界が崩れ去っていく。自分の信じていたものが偽りで、自己の存在さえ否定された今、自分が此処に今いることさえ不確かだ。自分の存在の意味も、必要性も感じることが出来ずに、なぜ自分は生きているのか。いや、意味はある。
 フェンは顔を上げた。一つだけ思い出したことがある。フェンの魔物としての記憶だ。一瞬だけ頭をよぎった、フェンの使命。
 王の、今や露わになった両瞳を見つめた。鎖に繋がれ、興奮し過ぎて息が上がっている姿は、フェンなどよりよっぽど魔物のように見える。自嘲するように唇を歪ませて嗤うフェンは、自分にたった一つだけ残された使命を実行すべく動き出した。
「魔物は貴方の?悪?から生まれたものです。そして俺は人々の?悪?から生まれた――」
 口を開こうとする王を腰に提げていた剣を抜き、刃を向けることで止める。そして言った。
「人々の?悪?はある一方向に向かっている。だから俺は貴方に惹かれたんです。これ以上ないほど、強く。とても強く」
 フェンは嗤った。王の瞳に映る自分はひどく滑稽だと思いながら。
「?悪?は、自信の大切に思うモノに向かいます。だから貴方の?悪?は魔物となって人に向かうし、人々の?悪?は俺となって貴方へと向かう」
 人は身勝手だ。自分達を創造した神を崇め、愛してすらいながらも、そのあまりの力に恐怖する。
「余を殺すか、フェン? 世界の創造主である余を。下手をすれば世界は滅ぶぞ」
「それは俺の知るところじゃありませんね。そもそも、俺に心がないと言ったのは貴方でしょう?心がない俺に命乞いしたところで意味はありませんよ?」
 王の言葉にフェンは苦笑するしかなかった。
「それに俺は貴方を殺すんじゃない、壊すんです。それが作られた俺に、一番ふさわしい表現でしょう?」
 そして、そこから生まれた自分もまた身勝手なのだろう。だって彼を他の者に壊されたくない。
「貴方を壊した後、人々が?悪?に走るのか、?聖?へと向かうのか俺は知りません。そもそも世界が存在してられるのかさえも。でも、これだけは言えます。――貴方は神なんかじゃない。身に余る玩具を得てしまったただの、そこらへんにでもいるただの子供だ」
 違う、と否定する彼の声はかすれている。それは恐怖からなのか、それとも図星を指されたからなのかは分からない。だがどちらにしても、フェンがここまで来て剣を引くという、その選択肢だけは有り得なかった。
 フェンはゆっくりと王の喉元に剣を突きつける。ひっ、と声を上げ、フェンに恐れおののくこの少年を見て、誰が永年世界の人々に恐怖を与えてきた王だと思うだろう?
 フェンは無表情でその無力な子供を見下ろした。
「知っていましたか? 貴方がいつだったかに、罪の証だから嫌いだと言っていた赤。貴方の……瞳の色だ」
 少年の目がいっぱいに見開かれる。彼の小さな唇が言葉を紡ぐが声にはならず、フェンの耳にも心にも届かない。
 フェンは最期に微笑んだ。
「この名を付けてくれたことに感謝します。俺はあんたがいない世界(地獄)の番犬だ。だから」
 剣を振り上げた。時が止まる。そしてだんだんと時間が流れ始めたと思ったら、全ては終わってしまっていた。
「――だから地獄に神は要らない」
 声もなくその子供の命は消えたが、本当の意味で彼は世界から消失はしなかった。灰にならなかったのだ。魔物や自分が最期のときになるのであろう姿に。
 世界から死を望まれた彼は、実は本当に世界から存在を望まれた者だったのだ。少しだけ期待していただけに、本当に少しだけ、残念だった。


 望まれた存在である人が、望まれない存在である魔物を殺すことが?聖?とされるならば、その反対は何とされるのだろう? 望まれない存在の自分が、望まれた存在の彼を壊したことは?
 人ではないから?悪?ではない。ならばやはり?魔?だろうか。
 そんなことを思いつつ、フェンは剣を払うことで露を飛ばし鞘に戻した。そして踵を返して部屋の外へと続く扉に手をかける。
「――さようなら光(バルドル)。人々は光(キミ)に背を向ける」

 それを置き土産に、フェンは新たな世界へと一歩を踏み出した。

 神がいない世界が消えてしまうのか、フェンは知らない。知るはずもない。フェンを創った人々の?悪?は、王を壊したことで霧散してしまった。フェンを形作るモノが消え失せた今、フェンは存在し続けることが出来ない。扉の外に出たフェンは、ゆっくりと閉まった扉に背中を預けた。フェンの身体が、指の先からだんだんと灰になっていく。
「俺は生きたまま灰になるのか」
 ぼんやりとしたまま、フェンはまるで他人事のように呟いた。そして嗤う。
「だが俺は消えない。俺は世界?悪?が満ちた時、また目覚めるだろう……」
 だから、とフェンは呟く。もう身体の半分以上が消えてしまった。足までも消え始めて、フェンは床にうつ伏せに倒れる。
「――だからどうか、俺を目覚めさせないで。俺にまた光(バルドル)を殺させないでくれ」
 たとえフェンの使命が、彼に惹かれるようにしていたのだとしても、フェンは確かに彼が好きだった。彼を尊敬していた。その想いすら偽りのものだとは思わない。思いたくない。
 心のないはずのフェンの頬を、涙が一筋流れていく。
「俺は何よりもただの人に、いつまでも貴方の傍に居られる人になりたかった……!」

――この想いだけは、強制させられたモノでも、偽物でもないことを、どうか信じさせて下さい。

 フェンの願いは神のいない世界で虚しく響いた。
 神のいない世界は今、未来(あした)が見えない。




完。
2015-03-12 11:52:43公開 / 作者:秋空
■この作品の著作権は秋空さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
昔の短編も短編ですが、発掘したので投稿。厨二病詰め込んでた当時を思い出すと笑いしか出ないです。当時北欧神話にハマっていたこともあって、安直な引用してました。
この作品に対する感想 - 昇順
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