『幽霊少女の方程式』作者:タキレン / t@^W[ - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角13252文字
容量26504 bytes
原稿用紙約33.13枚
 俺は自称発明家だ。
 一部親戚や友人からは『ミスター変人』略して『ミスター』と呼ばれていたりする。

 因みに俺は大学生、大学はそこそこの大学で特に説明することは無い。
 誰も使わない科学室を根城とし、アパートの一室を住処としている。

 と、まあ俺の説明はこれくらいにしよう。
 今、俺は嘘発見器なるもの作っている。経過は順調である。性能はそこそこ、今は二分の一の確立で嘘を見抜ける。
 ……そこ、当たり前とか言うな。


 正直言って発明は娯楽の一部である。来年最高学年になる身としてはそろそろ就職も考えなければいけない。


 そんな事を考えているといきなり科学室の扉が開き、教授が入ってきた。
「ミスター、そろそろ閉めるぞ」
「あ、はい」
 本名、佐川徹。彼はこの大学の先生であり科学部の顧問だ。
 生徒からは教授と呼ばれていて、俺と同じく科学室を根城としている。
 俺が自由に科学室を使えるのもこの教授のおかげだ。

 元々この科学室は機械部の部室だったのだが昨年まで部員は三年連続でゼロ、ほぼ廃部が決定していた。
 顧問として科学室を自由に使っていた教授は追い出されるのを阻止しようと俺を機械部に無理矢理入部させ、対価として俺は科学室を自由に使う権利を得た。
 つまり建前上、俺は機械部たった一人の部員という事になる。これも周りの俺に対する変人認識を上げている一つの要素なのだろう。


 この物語の主要人物は俺のみ、登場人物として教授と他生徒が少しだけ出てきて完結する。その筈だった。
 新たな主要人物が現れたのは俺が一人、科学室で昼寝をしようとしていた時の事だ。

 *

 俺が半分夢に入りかけていた時、机に置いてあった目覚まし時計が落ちて誤作動を起こした。顔を伏せたまま足で止める。
「……ん、何で落ちるんだよ」
 目覚まし時計が鳴った振動で落ちないように机の中央に置いていた。手の位置から考えて寝ぼけて叩き飛ばしたわけでもなさそうだ。
 ならば……何故?
 原因を確かめようと顔を上げると目の前に何か人型のような物が見えた。
「誰だ机の上に座っているのは……」
 多少怒りを覚えながら白衣のポケットからメガネを取り出してかける。そして改めてその人型を見る。
「……何をしている」
 そこにいたのは髪の長い少女。服装はよく見る普通の物だ。
 声をかけたが彼女は反応しない。聞こえていないのか?
「こんな所で何をしているんだ」
「……え? 私?」
 彼女は驚いたようにこちらを見た。
 いやいや……
「お前しかいないだろうが」
「え? 見えてる!?」
「見えてる? わけの分からない事を」
「だって今まで誰にも気づいて貰えなくて……感激!」
 何故喜んだのかは分からないが彼女は俺の手に手を伸ばした
「はあ? わけのわからな……」
 俺の言葉はそこで止まった。
「あっ……」
 俺も固まり彼女も固まる。二人の手は重なったままだ。
 手を繋いでいる。そういう意味で使ったのでは無い。間違いなく文字通りに手が重なったのだ。
 俺の手の中に彼女の手が入ったような……簡単に言ってしまえば彼女の手は俺の手に触れることなくすり抜けたのだ。
「な……なんと」
 驚きのあまり言葉がおかしくなる。開いた口が塞がらないまま彼女を見る。
 彼女は何処か悲しそうに、何か辛いことを思い出したように俯いている。
「君は……何者だ?」
 俺の問いに彼女は手を引っ込めて何処か他人行儀に口を開く。
「その、幽霊みたいです」
「は?」
 幽霊? なら彼女は……
「死んでいるのか?」
「はい……恐らく」
「恐らく?」
 何故分からない、いや分からないがのが普通なのか?
「はい……私、記憶喪失みたいなんです」
「記憶喪失……」
 幽霊にとって生前の記憶があるのが普通なのか、はたまた記憶喪失が普通なのかは分からない。だが彼女には記憶が無いらしいのだ。
「……いや」
 違う。前提が違う。
 俺は彼女を指差して言う。
「認めない」
「……え?」
 彼女は驚いた顔をしているが気にせず続ける
「俺は自称発明家だ、発明家として認められ無くとも科学を中心に学ぶ者だ」
 そんな俺は……否定する。
「だから俺は幽霊を信じない!」
「信じないって……じゃあ私は無視ですか?」
「いや、俺は証明する。 お前が幽霊じゃ無いことを証明してやる!」
「えー……」
 こうして、この物語に私以外の主要人物が登場したのだった。

 *

「……いない」
 翌日の放課後、科学室に入って見渡すが彼女の姿は無い。やはり夢だったか……
「さて……」
 椅子に座ってレポート用紙を取り出す。

 数分経過

「課題ですか?」
 扉が開く音も人がいる気配も感じなかったのに聞こえてきたその声に俺は飛び上がった。
 勢いよく汚い斜線が引かれてしまったレポート用紙を捨てて声のした方を見る。
「あ、邪魔しちゃいましたか?」
 彼女である。夢では無かったようだ
「何処に行っていた」
「放課後まで暇だったので少し校内を見てました」
「そうか……」
 地縛霊では無いのか……いや、学校という地に縛り付けられたのかもしれない。
 ここまで考えて俺は自分の頬を叩く。違う、地縛霊でも幽霊でも無い。幽霊などいないのだ。
 溜息をついて彼女に目を向ける
「お前、名前は?」
「えっと……わかりません」
「オームの法則、電流抵抗あと一つは?」
 いきなりの問いかけに彼女は少し戸惑って
「えと……電圧?」
 と、答えた。
「正解だ」
 俺はレポート用紙を一枚取り出して記録する。
『知識に関する記憶はある、無くなっているのは思い出に関わる物』
「何を書いてるんですか?」
「文字に書いてまとめる、研究の基本だ」
「え? 昨日の話冗談じゃ無かったんですか?」
 俺は彼女を見る。髪は胸の辺りにかかる程長く、顔は小さめ、胸も小さめ……特徴が言える程ハッキリと見えている。
 しかし、だ
「俺は幽霊なんて信じない」
「じゃあ私は何ですか?」
「それをこれから研究しようとしているのだ」
 俺はポケットからスマートフォンを取り出して画面を点ける。
 てきとうにゲームを起動して彼女を見る。
「何か変化はあるか?」
「いえ……特にはありませんよ?」
「そうか、微弱だったか……」
「え、ちょっと!」
 部屋を出ようとした俺の手を彼女が掴もうとした。
 もちろん掴めるわけもなく彼女の手は俺の手をすり抜ける。体によくわからない寒気がはしる。
「さ、寒い……あまり触れるな」
「……すいません」
 肩を落とした彼女を見て心が痛くなる。そんな顔をしないでくれ……
「……服の上から触ってみろ、理屈はわからないが緩和するかもしれん」
 寂しそうな顔は無くなり、彼女は恐る恐る手を出してきた。
「えいっ!」
 彼女が服の上から俺の腕を触ろうと、すり抜けようとした。
 しかし……
「……ん?」
「あれ?」
 俺も固まり彼女も固まる。彼女の手と俺の腕は重なったままだ。
 今回は前とは違う。彼女の手が俺の腕を掴んでいる、そういう意味で使ったのだ。
 つまり、だ。
「触れてる……な」
「触れてます……ね」
 俺は頭を動かす。この現象を見て、感じる。そして纏める、考える。
 前回と違うのは触れようとしたのが手と腕だということだ。
 手と腕の違い……触れる面積? 違うな。
 俺が考えている間に彼女は触れることが出来たのが嬉しいのかぴょんぴょん飛び跳ねている。あいもかわらず子供のようだ。
「おっと」
 飛び跳ねている彼女が着地に失敗してよろけて机に当たる。
 机が揺れて置いていた筆箱が落ちる。
「……なるほど」
 俺は呟いて白衣の内ポケットから実験用手袋を取り出して左手に手袋を着ける。
「おい、手を出せ」
 彼女は不思議そうな顔をして左手を出す。
 俺は差し出された彼女の手を手袋をつけた手で掴む。
 手はすり抜ける事なく腕と同じように触れ合う。
「わっ、手も出来た!」
「やはりか……」
 また喜びを体全体で表現する彼女をよそにレポート用紙に記録する。

『物を挟んでなら人間とも触れ合う事が出来る』

 *

 翌日、放課後。
 俺が科学室に入るとすでに彼女がいた。
「今日は散策しなくていいのか?」
「朝のうちに周りきっちゃった」
「そうか」
 俺は鞄からケースを取り出す。
「それ、何ですか?」
「俺のペットだ」
「わあ、見せてください!」
「言われんでも見せる」
 お前の為に連れてきたんだからな
 俺はケースの蓋を開けて彼女の方に向ける。
「は、ネズミですか」
「苦手か?」
「たぶん……」
「全く、誰もこの可愛さを理解しないな」
 大学のやつに見せても皆言う。
「実験に使う鼠を飼うのはな……」と。
 まあ、それはいい。
 鼠をケースから出して彼女の方に突き出す。
「苦手かもしれないが……指先でいい、少し触ってみてくれ」
「いいですけど……好きにはならないと思いますよ」
「別にいいから」
 元々それは目的じゃない。
 彼女は恐る恐る鼠に指を伸ばす。
「……あれ?」
 彼女の指はネズミの頭をすり抜けた。ネズミが寒そうにぶるりと震える。
「触れませんね」
「うむ……やはりか」
 俺は教授が飾った花を取って彼女に突き出す。
「触ってみろ」
「え? はい」
 彼女が花に手を伸ばす。
「あ、触れました!」
 彼女は花を持って嬉しそうにする。
「なるほど……仮説通りだな」
 俺はレポート用紙に記録する。
『生命のあるモノには触れない。 命を無くしたモノには触れる事が出来る』
『体温は低く、人間だけでなく他の生物も感じる』
 少し考えて追記
『なお、生命の無いモノを間に挟めば擬似的に生命のあるモノに触れる事も可能』
「……こんなもんか」
 呟いてペンを置くと彼女が何か思い出したようで、俺に顔を近づけて切り出した
「そういえば昨日のは何の意味があったんですか?」
「昨日? 何の事だ」
「スマホを私に向けて微弱だとかなんとか……」
「ああ……」
 俺とした事が忘れていた。その実験は終わっていなかった。
「それも実験の一つだ、また明日行う」
「じゃあ、明日もここで待っていますね!」
 彼女の笑顔に、胸の辺りがチクリとした。

 *

 翌日、またまた放課後。
「あ、今日は少し遅かったですね」
「レポートを出していたからな」
「今日は実験するんですか?」
「ああ……楽しそうだな」
 彼女は笑顔で頷く
「人と話せるだけで嬉しいんです」
「そうか」
 彼女の発言から彼女の姿、声は俺にしか見聞き出来てない事が予想出来る。これも実験の必要があるかもしれない。
 とりあえず今は前回の実験だ。俺は教授から借りた電磁波を発生させる機械を取り出した。
「今から少しづつ電磁波を強めていく、異変を感じたら言ってくれ」
「はい」

 幾らか強めた所で彼女は声を出した。
「何だかピリピリします」
「ピリピリ?」
「はい、何か纏わり付いているような……身体に入り込んでくるような?」
「ほう……よし、ここまでだ」
 俺はレポート用紙に記録する。
『電磁波に触れる事も可能』

「今日はもう終わりですか?」
「そうだな……」
 俺は時計を見る。夕方ではあるがそこまで遅い時間でも無いな。
「そういえば明日は休みでしたっけ?」
「日曜日だしな」
 つまりは今日帰りが遅くなっても問題は無いわけだ。ならば……
「今日はもう一つ実験をしよう、ついてきてくれ」
「はい!」

 科学室の扉に手を触れようとすると勝手に扉が開き、俺の顔に直撃した。
「いってー」
「ああ、すまんミスター」
 片手で雑に詫びを入れながら入って来たのは教授だ。
「そういえば教授、最近来てませんでしたね」
 ほぼ毎日来る教授が二日連続で来ないのは珍しい。
 教授は持っていたビニール袋から珈琲牛乳を取り出して。
「ああ、最近一人産休になってな……そいつの分の雑用がな」
「なるほど、大変ですね」
「ああ……で、お前もう帰るのか?」
「はい、今日は少し用事があるので……戸締りお願いしますね」
「おう」
 俺が軽く頭を下げて出ようとすると教授が声を出した。
「ミスター」
「何ですか?」
「えっとだな……」
 教授は気まずそうに頭を掻いて
「いや、何でも無い。 すまん」
 と珈琲牛乳を飲んだ。
「はあ……」
 不思議に思いながらも俺は科学室を出た。

 *

「どんな実験をするんですか?」
 正門の前で彼女は聞いてきた。
「その正門を通って外に出れるか?」
「そういえばどうなんでしょうね」
 彼女はごくごく自然に正門を通り、外に出た。
「この敷地に縛られているわけでは無さそうだな」
「みたいですね……これが実験ですか?」
「そうだ、お前さえ良ければまだあるのだが」
「やります! 喜んで!」
「なら俺の家に行こう」

 移動、自宅。
「一人暮らしなんですね」
「まあな、仕送りは貰ってるけどな」
 因みに学生支援の安い所である。
「で、どんな実験ですか?」
 本当に実験好きになってきたなこいつ……
「とりあえず一つ実験は終わっている」
「え?」
「お前を認識出来るのが俺一人なのかという実験だ」
 実験には近所にいる飼い犬を使った。その犬は俺と飼い主にのみ懐いており、違う人が通ると吠える癖があるのだ。
 ここに来るまでにその前を通ったが犬は吠えなかった。
 加えて教授も反応無し。俺だけが認識していると考えていいだろう。

「一つという事はまだ他に?」
「ああ、ちょっと待ってろ」
 俺は手鏡を持ってきて彼女に向ける。
「自分が見えるか?」
「はい、見えますよ」
 彼女の答えを聞いて俺も覗き込む。少し薄いようにも感じるが、確かに彼女は見えている。
 俺は手鏡を閉じて窓ガラスを見る。
 窓ガラスには俺しか映っていない。
「おい、窓ガラスでは見えないか?」
「え? ……わっ、見えません!」
 彼女は不思議そうに窓に近づいたり離れたりしている。
 俺はレポート用紙に記録する。
『俺以外の認識は無し』
『鏡には映るが他には映らない』
 二番目に追記
『光の反射が少ない為か若干薄い、鏡以外に映らないのもこれが原因と思われる』
 彼女自身も見えない事から目の構造は大体俺らと同じと仮定してよさそうだ。

「今日の実験はこれで終わりだ」
 俺が言うと彼女は不思議そうに
「この実験なら大学でも出来たんじゃ……?」
 確かにそうだ。
「お前、明日はどうするつもりだ?」
「そうですね……実験があるならしたいです」
 ならばここに連れてきた意味が出来た。
「じゃあ明日の朝……九時くらいにここに来てくれ。 今日はここを教える為にここで実験した」
「なるほど、わかりました」

 *

「これ、美味しいですね!」
「そうだな」
 目の前にはごはんとおかず、そして彼女。
 明日の実験の予定を伝えた後、彼女はここに泊まると言ったのだ。
 そして共に料理を作り、今に至る。
「この肉じゃがとか上手く出来ましたねー」
「うん、ちょうどいい柔らかさだ」
 因みにさっき知ったのだが彼女、食事が出来るようだ。
 他の人から見れば空中で食べ物が消えていくという謎の光景になっているだろう。
 実際窓ガラスの反射で見てみても食べ物は空中で消えるように見えた。
「腹は減ったりするのか?」
「いえ、特に無いですね。 味は感じますけど」
「ますます意味がわからん」

「そういえば右利きですよね?」
「そうだが……何でだ?」
「いえ、さっき料理した時左利き用のハサミがあったので」
「ああ、そういうこと」
 知り合いに何人か左利きがいるからなのだが……
「妹が左利きなんだ」
「仲がいいんですね」
「まあな」

 食事の片付けも終わり、彼女はテレビを見ていた。
 一方の俺はスマートフォンを弄っていた。
「彼女さんですか?」
「うわっ!」
 いきなりこえをかけられて飛び上がる。いつの間に後ろに……
「見ましたよー、彼女さんにメールなんでしょ」
 彼女はニヤニヤとしている。
「遠距離恋愛だ、しばらく会っていない」
「えー、つまんない」
「恋バナなら一人でやれ」
 だから左利きの話も妹にしたのに……
「全く……」
「怒ってますか?」
 ため息をついた俺を彼女が心配そうに覗き込む。顔が近くでドキリとする。
「い、いや……別にいい」
「よかったー」
 笑顔に戻った彼女を見て、また胸がチクリとした。

 *

 翌日、朝。
 今回は科学室ではなく俺の家である。
「起きてくださーい」
 大きく揺らされて目を開ける。
「起きましたか? 九時です」
 目を擦って目覚まし時計を見る。
「九時……」
 呟くと同時に目覚まし時計が鳴る。今が九時じゃねぇか。
「お前はせっかちだな」
「数分の差です」
 彼女は膨らませた頬を元に戻して「それで」と目を輝かせる。
「今日の実験は……遊びにいく」
「え?」
 まあ驚くのも無理無いだろう。
 さて、どう説明したものか……
 俺は少し考えて口を開く
「テーマパークにいく、そこでお前の体がどの程度俺と同じなのかを確かめる」
「と、いいますと?」
「風に対する耐性や触れ方、体感温度などもついでに調べておこうか」
「あ、熱いとかは感じますよ」
「そうか……」
 昨日の言動から匂いや味、五感は大体機能している事は予測済みだ。
 まあ、それはいい。
「とりあえずいこう……嫌ならば別の方法を探すが」
 彼女は目をより輝かせて前のめりに
「行きます!」
 と、声を弾ませた。

 移動、テーマパーク。

「はい、どうぞ入場してください」
 スタッフからパスを返してもらい入場する。やはり彼女の姿は俺しか見えていないようだ。
「何処に行きます?」
「そうだな……」
 待ち時間などは少し考えなければならないかもしれないが、混雑したテーマパーク内で空中に普通に話しても誰も気にかけない。
「好きなアトラクションとか無いか?」
「えと、どんなアトラクションがあるのかは分かるんですけど……乗った記憶は無くて……」
「そうか、なら西エリアでも行こうか」

「あ、私あれ乗りたいです!」
 彼女が指差したのはスパイダー男の3Dアトラクションだ。俺も中々気に入っている。
「まああれなら大丈夫だろう」
 ジェットコースターのように高い所から落ちる事は無いだろう。痛覚はまだ試して無いから危険は避けておきたい。
「とりあえずいきましょう!」
 笑顔の彼女に手を引かれて、俺は列に並んだ。

「び、びっくりしました」
「そんなにか?」
 確かに3Dの迫力は凄かったが……
「だってベルト無しですよ!」
「ああ、そうだったな」
 彼女は皆には見えないので先頭近くにある椅子の無いスペースで体験していた。そこそこ揺れたし確かに驚くかもしれない。
 因みに3Dメガネはこっそり拝借しておいた。……ちゃんと返したさ。

「次は何に乗りましょうか!」
「ちょっとまて」
 俺はいつものレポート用紙の代わりにスマートフォンを取り出して記録する。
『3Dメガネなど、物を通した時の視覚にも対応している』

 *

「さ、寒いです」
 ウォータースライダーを体験した後、彼女は体を震わせて言った。
「水は残って無いみたいだがな」
 水がかかった時の寒さだけが残っているのだろうか……
 それにしてもシートベルト無しでウォータースライダーに乗る根性には驚いた、わけがわからん。
 因みに俺は安全な席でビニールを被っていたので殆ど濡れていない。
「うう……」
 歩きながらも寒そうに震える彼女……濡れているわけでは無いから自然に乾かないから厄介だな
「……ああ」
 変温動物と似たような考えならいいのか。
 俺は自販機で熱いココアを見つけて買う。普通ならこのまま渡すのだが……
「人がいない場所は……」
 俺と彼女は施設の裏に行った。
「ほら、飲め」
「あ、ありがとうございます」
 彼女はゆっくりと缶を傾けて
「熱っ」と缶を落としかけた。
「そんなに熱かったか?」
 少し移動したから大丈夫だと思ったが……
「いえ、あったまります」
 笑顔の彼女を見るたびに、俺の胸はチクリと痛む。
 そろそろ……解を出さなければいけない。
 俺はそう、自分に言い聞かせた。

 *

 翌日、放課後。
「あー、眠い」
 科学室に入るなり俺は机に突っ伏した。
 昨日、あれから彼女がハマったと言ってスパイダー男の3Dに何度も乗ったりせいか疲れてしまった。
 基本的に科学室か部屋にいるせいか……少し寝よう。
 俺はそのまま眠りについた。

「……ん」
 ふと目を覚ました。目を擦ってふと見ると彼女が科学室の薬品を不思議そうに眺めていた。
 並ぶ薬品容器、彼女が棚に当たりその一つが揺れる。
 あれは確かドライアイス……!?
「危ない!」
 よく考えればドライアイスに当たったからといって何ともない可能性はあったのだが俺は反射で叫んでいた。
「え? あっ」
 彼女はこれまた反射的に落ちてきた容器を受けようとする。しかし容器は空中で開き、ドライアイスが一粒彼女の手に乗る。
「わっ、冷たい」
「大丈夫か! ……冷たい?」
 ドライアイスは冷たすぎる故に熱いと感じる物だと思っていたが……
「……冷たいですよ?」
 彼女は平然とドライアイスを手に乗せている。刺激が強すぎると反応しないのか?
 いや、でも熱さには反応していた……熱さには対応していても冷たさには完全に対応していないのか?
 頭の中で色々と考えながら俺は彼女に駆け寄る。
「お前、大丈夫なのか」
「はい……あっ」
 彼女は何かに気づいたように固まる。
「どうした? 異常でも出たか?」
「いえ、その、話さない方が……」
 何の事だか聞き返す前に後ろから声が聞こえた。
「異常なのはお前の方だ……どうした?」
 後ろを振り返ると教授がコーヒーカップを手に驚いたように立っていた。
「きょ、教授。 いたんですか」
「お前が寝ている時からな……で、どうした?」
 やばい、いくら変人で名の高い俺でも空中に向かって叫ぶのは……
 いや、叫ぶだけなら容器が落ちたからだと誤魔化せる。しかしその後の会話は……
「その、寝ぼけていたようで……」
 俺の言い訳を聞かないとの意思表示のように教授は言葉を被せる。
「今日だけじゃない、この前から何回かなにかに話しかけるお前を見ている……どうした?」
「いえ、その……」
 流石の俺も幽霊がいるとは言えない。いや、それ以前に彼女は幽霊じゃない、俺は幽霊を認めない。
「……今日も寝ていたし少し疲れてるんじゃ無いか? 俺の科目のレポートは待ってやるから今週の放課後は帰って寝ろ」
「は、はい……すいません」
「体調壊して単位落とすなよ、鍵はいつもの場所にあるから戸締りよろしく」
 そう言って教授は出て行った。

 少しの沈黙。

「とりあえず……帰るか」
「はい……」
 そう返事した彼女の声は、何処か元気が無いように思えた。

 *

 同日、夕方。
 家の扉の前で鍵を探していると隣の扉が開いた。
「ん、おうミスター」
「また酒飲みか? アキヒロ」
「まあな」
 隣の部屋のアキヒロ、彼は数少ない俺の友人だ。
 彼は自分の部屋の鍵を閉めて
「そうだミスター、お前最近どうした?」
 アキヒロの言葉に首を傾げる
「ん? 何のことだ?」
「最近独り言が多いように感じるぞ」
 忘れていた。ここの壁は隣のテレビの音が聞こえる程に薄いのだった。
 全部では無くとも多少大きな声でした会話は聞こえていたのだろう。
 とりあえず誤魔化そう。
「最近寝つきが悪くてな……色んな時間に寝てみるのだが悪夢を見るのだ」
 アキヒロは「ふうん」と俺を見て
「ま、何かあったら言えよ。 今度他の奴も呼んで飲み会でもしよう」
「ああ、ありがとな」
「じゃ」
 アキヒロは片手を上げて酒飲みに向かった。

「……ふう」
 溜息をつきながら鍵を見つけ、俺は部屋に入った。
「……ん?」
 扉を閉めて気づく。彼女は何処行った?
「おい、どうした」
 言いながら扉を開けると予想通り彼女はそこにいた。
 彼女は俺の存在に今気づいたように顔を上げて
「あっ……すいません、少しぼーっとしてました」
 と苦笑いを浮かべた。
「とりあえず入れ」
「……はい」
「うむ……」
 何だか様子がおかしいな……

 時間経過、夜。

「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさん」
「今日も美味しかったですねー」
 そう言いながら彼女が俺の分の皿も運ぶ
「お、すまんな」
「別にいいですよー、今日は私が洗っちゃいますね」
 返事を待たずに食器を洗い始めた彼女の後ろ姿を見て、俺はいつの間にか言っていた。
「まるで同棲みたいだな」
「えっ!?」
 彼女が驚いて食器を落としかける。彼女はゆっくりと皿を置いて俺の方を見る。
「そんな事言ったら彼女さんに怒られますよー」
「大丈夫だよ」
 怒られやしないさ。
「遠距離だからって調子に乗っていると後悔するかもしれませんよ」
「大丈夫だって」
「例えば今彼女さんが入って来たらそれこそ修羅場ですよ」
「確かに修羅場だ」
 彼女の冗談に少し笑う。

「今来たら来たで、嬉しいかもしれないな」
 小さく呟いて玄関の方を見るが、人が来る気配は微塵も感じなかった。

 *

 翌日、放課後。
 教授に休め宣告をされた俺はおとなしく家に帰る事にした。
 そういえば彼女は今日付いてこなかったな。
 まあ、来てもやる事が無いし当たり前といえば当たり前だ。

 家に付いて鍵を開ける。
 隣の部屋から聞こえるアキヒロの呻き声に苦笑い。飲みすぎたな。
「ただいまっと」
「おかえり」と予想していた返事は返ってこない。
 辺りを見回してみるが彼女の姿は無い。出かけたのか?
「……ん?」
 机の上に二つに折られた紙が置いてあった。
『ミスターさんへ』と書かれた特徴的な丸文字は彼女の物だろう。
 不思議に思いながらも俺は開いて読み進める。

『ミスターさんへ
 今までありがとうございました。お話出来たことや遊びに行った事はとても楽しかったです。
 でも私がいるとあなたは変な目で見られてしまいます。他の人から見れば空中に向かって話しかけるなんて変人そのものですよ。
 上手く言えませんが……楽しかったです。満足しました。
 最後に言ってみたかったセリフを書いてみようと思います。

  探さないでください
 
  記憶喪失の幽霊より』

「あいつ……」
 濡れた手紙を真っ二つに破ってゴミ箱に捨てる。勝手な事を……
「まだ終わっていない」
 俺は呟いて早足で玄関に向かう。
 靴を履いて、鍵も閉めずに飛び出した。
「全く……ふざけるな」
 あいつの行きそうな所ぐらい分かる。舐めるな!

 俺はある場所に向かって走り出した。

 *

「……おい」
 少し遠くにある夕陽が綺麗に見える河川敷で、彼女を見つけた。
 俺の声に彼女は振り返って呟く
「どうして……」
「お前、何故行こうとした」
「何故って……」
「何故だ」
「書いてたじゃないですか、私がいるとあなたは変人に思われる」
 俺は溜息をつく
「俺はもう変人だ、俺を理解してくれる人なんか少ないよ」
「その少ない人もいなくなるんですよ? 私がいると迷惑をかけるだけです」
「確かに」
 俺は大きく声を上げる。
「確かにお前がいると俺の数少ない理解者が減る」
「だから……」
 彼女の弱々しい声を遮るように俺は声を強める
「でも! お前がいなくなってもそれは同じだ!」
「え……?」
 彼女が固まる。意味が理解出来ないのだろう。
 仕方ない、記憶喪失なのだから。

「じゃあ、始めようか」
「な、何をですか?」
「最初から俺がしている事は変わらない」
 先延ばしに、遠回しにしていた……証明の始まりだ。
 証明への手がかりは揃っている。

 手袋を使い擬似的に触れ合う実験では彼女が左利きだという事を求めた。
 人間以外の動物に触れるかという実験では彼女がネズミ嫌いだという事を求めた。
 テーマパークでは彼女の好きなアトラクションがスパイダー男だと。
 熱いココアとドライアイスでは彼女が熱い方が苦手だという事を求めた。
 さっきの手紙では彼女が特徴的な丸文字だという事を求めた。

 どの実験も……最初に出た俺の予想を裏切りはしなかった。
 最初から分かっていた事なのだ。ただ……認めたく無かっただけだったのだ。だが、これだけの条件が揃えば認めざるを得ない。
 それでも俺は、少しの望みをかけて、彼女に解を問う。

「お前の名前は……相川 梨花か?」

 彼女は目を大きく見開いて呟く
「あいかわ……りか」
 その後彼女は俺を、俺の目を見て呟く
「翔太……くん?」
 俺は俺の名を呼ばれて頷く。

 俺の証明は……正解だった。
 彼女、相川梨花は俺の彼女……交際相手だったのだ。
「お前……死んじまったのか?」
 自分でも声が震えているのが分かる。止めようとするが涙は止まらない。
「まだだけどもうダメみたい……ごめんね」
「ごめんねじゃねぇよ……」
 俺は上着を彼女にかけて、上着越しに抱きしめる。
「……何をしに来たんだよ」
「死んじゃうみたいだから……最後に会いに来たんだよ」
「記憶はどうしたんだよ」
「事故で消えちゃってたみたい……今はあるよ」
「そうか……」

 しばらくそのまま抱き合っていると、彼女の目から涙が落ちた。
「そろそろ時間みたい」
「梨花……」
「翔太くん……ごめんね」
「もう謝るな」
 彼女が目を閉じたのを確認して俺も目を閉じる。
「俺はお前に消えて欲しいと思った事は一度も無い……また会おう」
 唇に冷たさでは無く暖かさを感じた。
 そのまま少しの間お互いに熱を感じあって……梨花は消えた。

 *

 梨花が消えた翌日、梨花の家族から電話があった。
 俺は梨花の葬式に行く為に新幹線に乗って少し遠くまで行った。
 梨花の葬式が終わり、特に目的も無く一人夕陽を眺めていた。

 梨花に告白して、梨花と別れた河川敷での夕陽によく似ている。
「幽霊……か」
 一人呟くと後ろから馴れ親しんだ声が聞こえた。

「幽霊の存在……まだ認めませんか?」
 俺は振り返らないまま涙を拭う。
「俺は自称発明家だ。 幽霊なんて荒唐無稽な者認めない、だから……」
 後ろを振り返って指を指し、俺は彼女に向かって言った。
「実験を始めよう」
2015-02-28 03:17:51公開 / 作者:タキレン
■この作品の著作権はタキレンさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
読んでくださりありがとうございます。

高校で学生生活が終わるという事で原点回帰、幽霊ヒロインです。
もちろん卒業後も創作は続けるつもりですので、また縁があればよろしくお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
 作品を読ませていただきました。
 読者なんて関係ねえ! 俺が幽霊処女といちゃいちゃできればそれでいいんや! という心意気を感じました。これきっと貴方の頭の中にあるヒロインちゃんはとってもかわいいんだろうなー。だから主人公とヒロインがいちゃいちゃしていたら、ヒロイン像を知っている貴方は満足できる。でも読者としてはヒロインがどういう子なのか、どう可愛いのか分からないから、ひたすら彼らがいちゃつくのを見ているしかない。これが非常に美麗な映像を伴ったアニメ作品であるなら、僕は絵を見てニヤニヤできていたかもしれません。
 どういう女の子が可愛いのか、その女の子のどういう言動、そして心の持ちように感動し、萌えられるのか、よく描いてほしいなあ。ただいちゃいちゃするだけというのは、萌え豚である僕としてはちょっとくやしい。
 以上です。次回もまた読ませていただきます(変な感想ばかり書いてごめんなさいね)。ピンク色伯爵でした。
2015-03-06 20:01:35【☆☆☆☆☆】ピンク色伯爵
なるほど……萌えの道は中々険しいですねww
精進します!
2015-03-06 23:10:21【☆☆☆☆☆】タキレン
計:0点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。