『「いるよ」』作者:叶こうえ / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
 娘の謎の行動。わたしと娘が保育園に行く途中、娘が誰もいない空間に向かって手を振ったのだ。 わたしは娘の行動に「寂しさ」を見出したのだが、真相は意外な方向へと向かう。
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原稿用紙約17.96枚
 私の子供はかわいい。真っ白くて丸みのある頬は、マシュマロのようで食べてしまいたくなる。パッチリ開いた二重瞼の瞳と、黒々とした長い睫も、お人形のように可憐で愛らしい。生後一ヵ月で外出デビューを果たしたときも、通りすがりのおじいちゃん、おばあちゃんがベビーカーを覗き込んでは「かわいいねぇ」と目を細めたり、「子供は神様だ」と拝んできたりした。四歳になり、娘には恥ずかしがり屋の気質が出てきたが、今でもお年寄りには人懐っこい。
 そんな娘が一ヵ月前から、不可解な行動をとるようになった。

 いつものように保育園へ向かう途中だった。坂道をふたりで手をつないで上っていると、突然娘が前方に向かって手を振った。娘の視線を辿ったが、そこには誰もいない。坂を下りてくる人もいない。坂の路面には、踏みつぶされた桜の花びらが張り付いているだけだ。
「理恵ちゃん、何に向かって手を振っているの?」
「おばあちゃん」
 いったん立ち止まって娘から聞きだした詳しい話はこうだ。前を歩いていた老婆が、ちらちら後ろを振り向いては娘に手を振ってきた、というのだ。背中が凄く曲がっていて、ショッピングカートを杖替わりにして歩いていたそうだ。
「でも、お母さんには見えなかったな」
「あっちの階段、今、上って行ったよ。理恵ちゃんもあの階段上りたいよ」
 娘が指さす方向には、狭くて急で段数も多い階段が、空に向かって伸びている。老人にとって、あの階段を上るのはさぞかし大変だろう。
「しょうがないなあ」
 私は娘に引っ張られるがままに、坂の途中の、向かって左側に見える階段へと歩を進めた。このまま坂道を上った方が早く保育園に着くのだ。だが、娘の意向を無視すれば機嫌を損ね、道の真ん中で癇癪を起こすかもしれない。私は会社に遅刻したくなかった。
 石造りの階段の真ん中には、手すりが設置されている。この手すりで上りと下りを分けているらしい。向かって右側の石段を先に娘に上らせ、私は後に続いた。上りきった先には、二階建ての古びたアパートが何棟か並び、その通りを突き当たって右に曲がると、保育園の正門に辿り着くはずだ。
「あ、おばあちゃんが」
 十段ほど階段を上ったところで、娘が嬉しそうに声をあげた。
「どこよ? どこにいるの?」
「いるよ。階段の上で待っててくれてるよ。おいでーって手をこうやって」
 娘の仕草に私はぞっとした。階段のてっぺんに目を凝らすが、そこには誰も立ってはいないのだ。娘に向かって手招きをする老婆――想像するだけで鳥肌が立った。嬉々として階段を上る娘を強引に抱き上げ、私は上ってきた石段を駆け下りた。

 その日を境に、娘の不可解な行動が目につくようになった。道を歩いていると宙に向かって突然手を振る、「バイバイ」「四歳だよ」等、大きな独り言を言う。娘曰く、おじいちゃんやおばあちゃんが話しかけてくるから応えているだけ、とのこと。二日に一回はそんなことがある。初めての奇行から一ヵ月が経った今、このまま放っておいていいものかと深刻に考えるようになっている。
 娘には、私には見えない何かが見えるのかもしれない。ずばり、幽霊。幽霊の存在を信じてしまえば、娘の行動に説明がつく。だけど、その考えは短絡的だし、非現実的すぎる。幽霊のせいにして、現実の問題から目を背けるのは卑怯な気がした。

「ねえ、こういう行動ってどう思う?」
 風呂上りのビールをおいしそうに飲む夫に、私は娘の奇行について意見を求めた。今日は珍しく、夫が定時で帰ってきていた。
 うーんと唸り、少し考える素振りをしてから、彼は批難するような目で私を見た。
「それって、親の関心を引きたくて起こす行動なんじゃないの? 心当たりない? 理恵の前で、スマホばかり見てちゃんと話を聞いてやらなかったとか。まずいよ、無関心は」
 そういうあなたは、理恵とたまにしか顔を合わせてないわよね?――と言ってやりたくなったが、やめた。システムエンジニアの夫は、最近仕事が忙しいらしく、定時で帰宅することが滅多にない。出向先のオフィスは自宅から一時間強かかるため、週に一度は終電に間に合わず、カプセルホテルに泊まって翌日の始発で帰ってくる。休日は友人とフットサルをすると言ってよく出かけてしまう。家にいてもソファでゴロゴロしていたりと、ひとりの時間を優先している。気が向いたときだけ娘を公園に連れて行き、その間家事をしていた私に向かって、帰宅後「ああ、疲れた」と声を大にして言う。得意気な顔をして。そんな夫から「ちゃんと理恵のことを見てやれよ」と注意されたら、私がムっとするのは至極当然なことだと思う。私だって、時短勤務だけど正社員として週休二日で働いているのだ。五年前から払っている一軒家の住宅ローンにも貢献している。ただ悔しいことに、夫の言い分を完全に否定することができなかった。言い返せずに黙っていると、夫が今度はいやらしい目つきをして、食器洗い中の私に手招きしてくる。
「あるいは、妹か弟ができれば寂しくなくなるかもな。俺らの年齢ならあとひとりはいけるし」
 たしかに今のご時世、私と同じ三十代半ばで出産する人はざらにいる。
「理恵は寝てるよな?」
「寝てるけど?」
 わざと澄ました顔をして、夫の前に立つ。彼が握っている缶ビールを奪い取り、少し温くなった液体を一気に飲んだ。酔わなければやっていられない。夫とのセックスなんて面倒だし、嫌悪感さえ覚えている。でも私の性欲を満たしてくれるのは夫だけだし、二人目を孕ます役割も夫にしかない。夫が浮気をしても、ぜったい仕返しはしない。同じ土俵に立つことは自分のレベルを落とすことになるのだから。

 娘への無関心を夫に指摘されて、私は潔くスマホを解約しネットの機能がないPHSに切り替えた。
 娘と一緒にいられるときは、できるだけ彼女の相手をした。室内で遊ぶのが私には退屈だったため、保育園から帰る途中に公園へ寄ったり、休日はふたりで電車に乗って、テーマパークや動物園に行ったりした。外出となると、自然と娘から目を離せない状況になる――するとどうだろう。スマホ断ちをして一か月後、娘の奇行はなりを潜めたのだ。
 親子の時間を大事にするようになってから、娘の表情も心なしか明るくなった。そのせいか以前にも増して、道行く人たちに声をかけられるようになった。自宅から保育園に向かう道のりで、毎朝顔を合わせる腰の曲がったおばあちゃんとは、世間話をするまでになっていた。

 上り框に座って革靴を履く夫を、私は後ろから立って眺めていた。今年の六月は、去年の六月よりも暑い。夫の半袖シャツから覗く腕毛が、余計暑苦しさを醸し出している。
「今週の土曜日、二時間ぐらい家を空けてもいいかな。病院に行きたいのよ」
 朝の忙しい時間だというのに、私は夫に話しかけた。話さずにはいられなかった。靴を履き終え立ち上がった彼がこちらを振り向き、「いいけど、どうしたの?」と聞いてくる。目を合わせるのがなんとなく恥ずかしくて、傍らにいる娘に視線を移した。口をへの字にして、黙々と自分の腕に日焼け止めを塗っている。その姿に、自然と口元が緩んだ。
「産婦人科に行きたいの。妊娠したと思う」
 昨日の夜、妊娠検査薬を使ったら陽性反応が出た。一か月前の性交で妊娠したと私は確信している。だって他に心当たりがないのだから。
「そうかあ。俺たちにもとうとう二人目ができたのか。生まれてくるのが楽しみだな」
 夫の顔がぱっと明るくなり、目は糸のように細くなった。
「丁度良かったよ。俺さ、来週から本社勤務になったんだ。一ヵ月前から本社勤務の申請を出してたんだけど、昨日やっとOKの返事がもらえたんだ」
「じゃあ、帰りも早くなるの?」
「そうだな。通勤時間は半分になるし、仕事自体も今みたいにハードじゃないよ。定時であがれると思う」
 私は心の中でガッツポーズをした。思ってもみなかった展開だ。そのうち悪阻が始まるだろうし、家事育児を夫が協力してくれるなら、これほど心強いことはない。
「これからは土日も家にいるからさ。子育て、ふたりで頑張ろうな! お前を見習ってさ、俺もスマホをやめるよ。毎月五千円以上かかるしな」
 予想以上の夫の喜びようと改心振りに、私の頭には疑問符が浮かんだ。そこまで二人目を望んでいるように見えなかったのに。
 娘もテンションの高い父親を不思議そうに見つめ、「おとうさん、どうしたの?」と私の腕を揺すってきた。

 夫が家を出てから数分後、インターホンが鳴った。居間で娘の背中に保育園のリュックを背負わせていたときだった。夫が忘れ物をして取りに帰って来たのかと思い、私が「開いてるよ」と玄関ドアに向かって声をかけると、少し間を置いてから、ガチャリとドアを開ける音がした。
「突然、すみません」
 ドアの隙間から覗いた顔は、夫のものではなかった。
「――どちら様ですか」
 私は慌てて玄関に向かった。すらりとした体つきの女性が、そのまま玄関の三和土に入ってきた。そこで佇んだまま、私の方を見て、彼女が言った。
「私、ご主人と同じ会社で働いています、田中と申します」
 張りつめた表情で、女は私に向かって会釈をした。綺麗な人だ。身にまとった茶色いシャツワンピースがとても似合っている。派手な顔立ちではないが、小ぶりな目と鼻と口がバランス良く並んでいて、整った顔だとひと目で分かる。髪は少し茶色い。重ねられた手は静脈が目立つほど白く、爪には赤いマニュキアが塗られている。年齢は私とそう変わらないかもしれない。話したときの口元の皺の出来加減で判断できる。
「田中さん、ですか。いつも主人がお世話になっております。夫はもう家を出ましたが……」
「あなたにお話があるんです」
 きっぱりとした口調、挑むような視線に、既視感を覚えた。前にもこんなシチュエーションがあった。結婚して一年目に、夫の浮気が発覚したときだ。あのときも、この家に浮気相手がやってきて、不倫関係を暴露していった。理恵がお腹にいたころで、天国から地獄に落とされた気分だった。今回で二度目だから、悲しいかな、余裕があった。落ち着いて対応しよう、なんて冷静に考えることができてしまう。
「私、ご主人とお付き合いしています」
「そうですか」
 我ながら冷静すぎる返しだな、と苦笑しながら後ろを振り返り、居間で様子を窺っている娘に手招きした。そろそろ家をでないと会社に遅刻してしまう。
「夫があなたに何を言ってるか知りませんけど、うちは円満ですから」
「ご主人に愛情がないなら別れてくれませんか。慰謝料は払いますから」
 話が咬み合っていない。というか、私のセリフは聞き流されているようだ。
「最近私、流産したんです。もちろんご主人との子です。私には彼が必要なんです」
「あら奇遇ですね。私も妊娠したんですよ、二人目。もちろん夫の子です」
 いつの間にか横に来ていた娘が、早く行こうと私の右手を引っ張ってくる。こんな修羅場を、これ以上娘に見せるわけにはいかない。
「……嘘でしょう? 妊娠なんて。そういう関係じゃなくなったって、あの人」
 田中さんは目を見開いて、頭を振る。信じられない、という風に。
「久しぶりにしたら、ね、できちゃったんですよ。これも運命でしょうね。あなたの流産も運命でしょうね」
 なんて下らない会話。うんざりする。わざと大きなため息を吐き、娘に靴を履くよう促した。
 夫がカプセルホテルに泊まると言って、週一日は帰ってこなかったことを思い出す。その日にこの女と浮気をしていたのだろう。先ほどの、夫との会話にも納得がいった。夫は田中さんの妊娠と流産で、彼女との付き合いが潮時だと感じた。そこで、一ヵ月前に本社勤務の申請を会社に出した。申請が通ったのは昨日ということだから、昨日彼女に別れ話を切り出したのかもしれない。納得できない田中さんは、こうして私に不倫を暴露しにやってきた。
「そこ、どいてもらえます? 邪魔なんですけど」
 嘘よ嘘よ、と呟く田中さんを玄関から外に押し出し、私と娘も後から外に出る。ドアの鍵を閉め、私たちが石畳の小路を歩き、エントランスを通り過ぎても、夫の不倫相手は玄関ドアの前で佇んでいる。私の妊娠が、相当ショックだったのだろう。
「お母さん、あの人だれ? なんであそこにいるの?」
 無邪気に娘が聞いてくる。
「ハウスキーパーよ。おうちを綺麗にしてくれるんだって」
 でたらめな答えを返した。本当のことなんて、とてもじゃないけど言えない。

 娘と手をつないで坂を駆け上っている途中、顔なじみの、ショッピングカートを押して歩くおばあちゃんに「どうしたの? 今日は遅いね!」と声を掛けられた。相変わらず背中が直角に曲がっていて、立っているのも大変そうだ。階段の手すりに手を置き、空いている方の手でカートを持って、のんびりした顔つきでこちらを眺めている。
「ハウスキーパーが来たから遅くなったんだよ!」
 理恵が走るのをやめ、大きな声で返事をした。無邪気な娘に、私は苦笑を漏らした。私がおばあちゃんに向かって、「急いでいるので、もう行きますね!」と大きな声を出したときだった。
「誰に向かって話してるんですか?」
 坂を下りてきたスーツ姿の女性に声を掛けられた。見覚えのある顔だった。たぶん、同じ保育園に子供を預けている母親だろう。理恵のお友達の保護者かもしれない。彼女は首を傾げ、不審そうな顔をしてこちらを見ていた。
「え、誰って、そこに、おばあちゃんが」
 彼女のちょうど隣に、朗らかな笑みを浮かべるおばあちゃんが立っているではないか。
「そこに、いるよ!」
 娘がおばあちゃんの居る場所を指でさすが、女性は気持ち悪いものでも見るような目つきをして、私たちの脇を小走りで通り過ぎて行った。――気味が悪い。擦れ違いざま、そう言われたような気がした。
 突然、前にもこんなことがあったと思い出す。そうだ、理恵が誰もいないただの空間に向かって、手を振っていたときと似ている。あのときは私が娘のことを、気味が悪いと思っていた。

 会社の昼休み、私は自分用のパソコンでインターネットに接続した。今朝の出来事が気になって仕方ない。
「霊感の強い人 影響」と検索画面に入力する。程なくして、私の知りたい情報がいとも簡単に表示された。
 ――霊感と言うのは、ラジオみたいなものです。高圧線や電波等の近くにあると、急にラジオがオンになって電波を受信することがありますが、霊感も同じようなものです。普段は出力の差や方向性が違って感じない人でも、出力の大きい人、つまり霊感の強い人から影響を受けて、その時だけ方向性が変わったり、出力が上がって見えることがあります。幽霊も出力に惹かれて寄って来ることもあるし、出力が高すぎたり方向性が違いすぎると寄ってこないこともあるのです――

 私は図書館で借りてきた本を読みながら、夫の帰りを待った。借りた十冊以上の本のタイトルは、すべて「霊感」か「心霊」の文字が入っている。ネットで調べたことと同様のことが、本にも載っていた。霊感の強い人の近くにいると、普段は霊感のない人まで見えてしまうことがある。これは、娘と私のことではないのか。娘の奇行がなくなったと喜んでいたのは間違いだったのだ。娘に声を掛けてくれる人が増えたのは、今まで見えていなかった幽霊が見えるようになったからではないのか。
 娘は隣の椅子に座り、好きなキャラクターの絵本をジッと見つめている。
 夫とは話し合わなければいけないことが山のようにある。今朝現れた田中さんこと、私たち夫婦のこと、娘の霊感のこと。
 ダイニングテーブルに置かれた時計が、二十一時を指したとき、玄関のドアが開く音がした。夫が帰ってきたようだ。
 私は立ち上がり、廊下を走って、玄関に向かった。娘もついてくる。
 玄関でドアに後ろ手で鍵をかける夫が目に入ってきた。おかえり、と声を掛けようとしたが、できなかった。息をハッと吸い込んで、そのまま私は動けなくなった。
 夫の胴体に、二本の腕が絡みついていた。見覚えのある手。赤いマニュキアが塗られた爪が、夫の贅肉だらけの腹にぐっと突き刺さっている。ぜんぜん夫は痛くなさそうだ。ふう、と疲れ切ったような溜息を吐いて、夫が上り框に座り、靴を脱いだ。彼から剥がれた田中さんが、三和土に立ったまま、私の方を見てニッと笑った。私は娘に、自分の部屋へ行くよう頼んだ。
「今日は大変だったよ。同僚がさ、会社の屋上から飛び降り自殺したんだ」
「それって、田中さん?」
 さっきまで玄関にいた田中さんは、理恵が玄関からいなくなったと同時に見えなくなった。つまり、そういうことなのだ。
夫が目を見開き、口をぽかんと開けて、私を見つめてくる。図星だったのだろう。
 彼女、幽霊になってもあなたに付き纏ってるわよ? と、言ってやりたくなったが、信じないだろうから、やめておく。
「あなたもそのうち、見られるようになるわよ」
 本社勤務になれば、理恵と一緒にいられる時間も増えるだろうし、なんといっても、こんなに田中さんに執着されているんだもの。あなたにもきっと、近いうちに彼女の存在を感じることができるはず。
2015-02-23 19:40:59公開 / 作者:叶こうえ
■この作品の著作権は叶こうえさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
UPPPIプチホラーコンテストに応募して一次落ちでした。
どうやったら怖い話になるのか、ご助言頂けると幸いです。
やっぱり恐怖シーンを要所要所入れた方が良かったのか、もっと主人公を怖がりにした方が良かったのか……
この作品に対する感想 - 昇順
 作品を読ませていただきました。
 どうやったら怖い話になるのかはただの読者に過ぎない自分からは何も言えませんが、読んで抱いた感想程度でよろしければ。賞の詳細な審査基準、貴女の手元にある寸評の内容も知らない人間の言うことなので話半分にお聞きください。

 読んで思ったのは、必要なものをしっかり書かずに、不必要なもので紙面を埋めてしまわれているなということです。この物語で読者に伝えたいエピソードは、子供に霊感があって気味が悪く感じたというものと夫の浮気相手の霊が見えるようになってしまったという二つだと思います。その他の要素は読者を物語に引き込むにあたっては雑音にしかならないわけです。例えば冒頭の五行や夫との関係が冷え切ってしまっている様子の妙に詳しい描写、他には夫の浮気相手との冷静なやり取りなど、この辺りは読者を怖がらせるために必要な情報だったのでしょうか。この辺りの事情、家庭の風景などはヴェールに包んでおいた方が、得体が知れなくて不気味だったのではないかなと。
 逆に、ねちっこいまでに濃密な描写で書くべき要素――例えば後半いきなり見知らぬ女性が訪ねてくる場面なんかで、早々に彼女に関する情報が出てしまっています。これはもったいないでしょう。見知らぬ女が家の周りをうろつき始め、そいつがちらちらとこちらを窺っている――しかも死人のような(まだ死んでいないけれど)青白い顔で――とかなら十分恐怖の感情を煽れると思います。前半の娘の霊感描写もここに活かして、娘に田中さんとのファーストコンタクトをとらせるべきでしょう。ここで愛する娘の『人外性』と言いますか、あの世を垣間見る人間の不気味さを醸し出せたら個人的にはより怖かったかなと。で、主人公はだんだんとそういう超常現象に侵蝕され、『見える』ようになってしまう。最初は娘の様子を気味悪げに見つめる『普通の人間』だった主人公が向こう側の世界に引き寄せられてしまう過程は、この作品の見せ場でしょう。『普通』→『霊に毒された状態』になる落差の濃密な描写は絶対にはずしてはいけない。ここを唐突に最後に差し込むだけではいけない。ノイローゼ気味にでもなっておかないといけないところだと思います。
 僕の勉強不足で、応募された賞の規定枚数がどのくらいかは分からないのですが、おそらくきちんと描くなら削るべきところはばっさり削らないと字数的に全然足りないのではないかと思います。この手のショートショートではいきなりメインの事件が起こった状態から入るものだと思うのですが、この作品の本番は夫の浮気相手が現れてからですからね。そう言う意味では、娘のエピソードと主人公のエピソードの二本仕立て風味にしたのは非常に難易度の高いチョイスだったのかもしれません。
 以上です。何か参考にあるものがあれば幸いです。ピンク色伯爵でした。
2015-02-25 01:14:00【☆☆☆☆☆】ピンク色伯爵
ピンク色伯爵様
 ご意見、ご感想をありがとうございます! 

 公募の詳細なのですが、規定が原稿用紙換算5枚〜20枚まででした。で、頂いた寸評は「意表を突かせる展開だったが、文章が淡々としているから怖くない。主人公が怖がらないと、読者も怖がることができない」といった旨でした。
 でも、文体や表現を変えるだけで怖さが出るとも思えず、客観的なご意見が欲しくて投稿した次第です。

 ピンク色伯爵様のご意見で、枚数制限の元、取捨選択して書くことができていなかったと痛感しました。執筆の狙いとしては、読者の方に「娘の奇行は淋しさのせい」というミスリードをさせ→「実は主人公も娘の影響のせいで幽霊が見えるようになっていた」というオチにしたかったわけで、怖さよりも意外な展開を目指して書いていました。でも幽霊を登場させたからには、やはり怖くないとダメだと思います。
 冒頭も、お年寄りには人懐っこいという設定を出すために書きました。でも枚数制限の元書くのであれば不必要でした。もっと書かなくてはいけないことがありました。

 実は、愛人は小出しにするつもりでした。(枚数が足りず、諦めましたが)
 当初の構想としては、坂の途中で、通行人として愛人を登場させ、愛人がいろいろと探りを入れてくるエピソードを入れようと思っていました。やっぱりここは端折ってはいけませんでしたね。

 もう枚数は気にせず、一からリライトしてみようと思います。詳しくアドバイスをいただけて嬉しいです。
 ありがとうございました。

 
2015-02-25 15:18:16【☆☆☆☆☆】叶こうえ
 はじめまして。読ませていただきました。賞の寸評もあるようですし、ピンク色伯爵さんの詳しい感想もすでにあるので、ぼくは読んで思ったことだけざっと書いておきますね。
 ぼくは怖いのが苦手で、ホラーはできるだけ避けている人間なのですが、この作品はけっこうサクサクと読み進めることができました。前半はあまり怖い展開がなかったからですね。文章がお上手なのももちろんあると思いますが。「私」にも腰の曲がったおばあちゃんが見えるようになった時点で「あ、主人公にも見えるようになったんだなー」ってわかったのですが、おばあちゃんが優しそうなのでここでも怖くない。このまま普通に終わるのかな……と思って油断していたら、胴体に二本の腕云々のところでキャアアアアってなりました。でも「私」が泰然としているので救われてしまったというか、ちょっと皮肉のきいた読み物、くらいの印象で終わってしまいました。読者を怖がらせるためには、やっぱりここで「私」に怖がらせるべきだったかと。そうしたらぼくにとってはかなりのトラウマ作品になっていたかもしれません。ラストの描写だけで読後感がまったく違うのではないかと思います。
 ちなみにぼくは深読みし過ぎて……訪ねてきた田中さんはすでに死んでいて、流産で亡くなった幽霊なのかなーとか思ったりしてました。流産、自殺、血――このあたりのイメージをもっと使えればさらに怖くなるのかな、とも思いますが、想像するだにおそろしいので(笑)、ここまでにさせていただきます。長々と失礼しました。また機会があれば作品を読ませてください。
2015-03-02 01:39:11【☆☆☆☆☆】ゆうら 佑
ゆうら 佑様

ご感想を下さり、ありがとうございます!

≫このまま普通に終わるのかな……と思って油断していたら、胴体に二本の腕云々のところでキャアアアアってなりました。

 ちょっと嬉しいです。多少は驚いてくれたようで。ただ、あまりにも主人公が冷静すぎて、怖くなくなってしまってました。ここは手抜きでしたね。加筆しようと思います。怖くなるように。

≫訪ねてきた田中さんはすでに死んでいて、流産で亡くなった幽霊なのかなーと

 なるほど。そういう筋書きの方が、怖くなりそうですね。実は、田中さんの登場はもっと増やす予定でした。保育園から帰る途中にただの通行人として。(田中さんは不倫相手の奥さん、娘を偵察する目的で)
 何度かあっているうちに顔見知りになって、一言二言話す間柄になって、たとえば、五回の接触のうち、最後の一回が幽霊だった、てな話も良いな、と思っていました。
 枚数が足りないので、生きている田中さんは一度しか出せなかったのですが。読者の方が「このときは生きてるんだよな、あれ、死んでる?」みたいに考えてくれるような話にしようかと。で、最後に玄関で幽霊登場。というのも良いかなと思いました。

≫流産、自殺、血――このあたりのイメージをもっと使えればさらに怖くなるのかな、

そうですね。このイメージはたしかに怖くなりそうです。映像的な描写をしてみようと思います。

 とても参考になるご意見を頂けてうれしかったです。ありがとうございました。
2015-03-03 02:05:47【☆☆☆☆☆】叶こうえ
計:0点
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