『もろびとこぞりて』作者:甘木 / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角17232文字
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原稿用紙約43.08枚
「貴裕くん、寒いね」
「十二月も終わりなんだから暑かったら大問題だ。北半球に位置する日本が寒いということは、地球は平常運行中ということで環境的に非常にいいことだ」
「そうだね。今日は十二月二十四日だもんね」
「正確を期すならまだ二十四日じゃない。いまは二十三日午後十一時五十九分四十一秒だ」
 俺はノートパソコンのモニターに表示されている時間を告げた。
「そうなんだ。この時計少し進んでる。直しておいた方がいいよ」
 コタツに入ったシロは机の上に置いてある目覚まし時計に文句を言っている。そんなに気になるのなら自分で直せばいいのに。
「ところで明日だね」
「ああ、明日は先負だ。午後から行事式典をするにはいい日だな」
「違うよ」
「違う? ということはスケートの日のことを言っているのか? 確かに十二月二十五日はスケートの日だからスケート場の入場料が半額になるところも多いらしいぞ」
「スケートの日なんて知らないよ。じゃなくて十二月二十五日はもっと有名な日でしょう」
「台湾の憲法記念日を知ってるなんておまえもグローバルだな」
「とぼけないでよ。十二月二十五日と言ったらクリスマスでしょう!」
 シロは上半身を乗り出してコタツのテーブルを叩く。
「そうともいうな」
「そんなこと言っているとサンタさんが来てくれないよ。ボクはいい子にしていたからサンタさん来てプレゼントをくれるよね」
 俺の半纏を羽織ったシロは頬杖をついて、えへへへと気味の悪い笑みを浮かべてやがる。
「サンタって、おまえ今年で幾つになった?」
「ん〜と」
 うなりながらシロは指を折って数え始める。
「大正九年生まれだから九十三歳かな」
「九十三年も生きてきてサンタなんて信じているのか。いまどき小学生だって信じてないぜ。というか化け猫のおまえがサンタを信じていること自体が噴飯ものだ」
 そう、俺の半纏を勝手に着てコタツに入っているこいつは化け猫だ。信じられないかもしれないが、俺も信じたくはないが、残念ながら曲げようのない事実だった。


 今年の正月五日、朝っぱらからアパートのチャイムが何度も鳴らされた。宅配業者か訪問販売か知らないが近所迷惑だ。文句の一つも言ってやろうとドアを開けたら、そこにはぶ厚いコートを着て何重にもマフラーを巻いた少年が寒そうに背中を丸めて立っていた。横には大きなキャリーバッグを置いて、まるで家出少年のよう。妙に人懐こい笑みを浮かべるヤツで、ぺこっと頭を下げると「左海貴裕(さかい・たかひろ)くんですよね。初めましてボクは小野白足(おの・しろたり)っていいます。左海図書頭(さかい・ずしょのかみ)の命を救った恩を返しにもらいに来ました」とほざきやがった。
 酔っぱらいか? それとも頭の中がお花畑なのか? とにかく、こういう手合いは興奮させると危険だ。下手にでて早々にお引き取り願おう。
「あー君、小野君と言ったっけ? 間違いじゃないかな。うちの親族に図書頭なんて名前の人はいないよ」
 そう言うと思ったんだ。と言うとコートのポケットから封筒をとりだし、
「これ義一郎くんからの手紙」
 差しだした。封筒の表には『貴裕へ』『左海義一郎より』と書かれている。
「曾祖父ちゃんから? どうしたんだこれ?」
 義一郎は曾祖父ちゃんの名前だ。今年で九十一歳になるけど曾祖母ちゃん共々元気に埼玉県川越市の自宅で自家菜園作りに精をだしている。そして封筒に書かれている文字は曾祖父ちゃんの字で間違いない。つい五日前にも年賀状で見たばかりだから間違えようがない。
「義一郎くんに書いてもらったんだ。義一郎くん、おじいちゃんになっていてびっくりしたよ。でも考えてみれば義一郎くんに会ったのは昭和十六年だもんね。あれから七十年以上経ったんだ」
 こいつは何を言っているんだ? まるで七十年前に曾祖父ちゃんに会ったような口ぶりじゃないか。でもこいつはどう見ても中学生ぐらいだ。ひょっとしたら高校生かもしれないが、七十年前に曾祖父ちゃんに会うなんて無理だろう。妄想野郎なのか? それとも中二病なのか?
 とにかく、曾祖父ちゃんの見ればすべてがわかるだろう。
 曾祖父ちゃんの手紙には『貴裕へ。白足君が訪ねてきて困惑していると思う。だから、この手紙を見たら電話を下さい』としか書かれていなかった。俺はすぐに曾祖父ちゃんに電話をした。
 その結果……
 あまりにも馬鹿馬鹿しくて頭が混乱しているが、曾祖父ちゃんの説明によると目の前にいる小野白足と名乗る少年は人間ではなく化け猫だった──この後、目の前で猫に戻るのを見せられた。こんなのを見せられたら信じるしかないだろう。小野一族は化け猫の一族でふだんは長野の山奥の村でひっそり暮らしているそうだ。村には結界が張られていて普通の人間には立ち入ることも認知することもできないらしい。化け猫は妖怪らしく長生きで五百年ぐらい生き、人間に化けることができる。しかし、妖怪と言っても長生きなのを除けば少しだけ運動神経がいいことと人間に化けられる以外の能力はなかった。白足の祖父小野虎宗が八百五十年以上も前に俺の祖先の左海図書頭の命を救ったそうだ。図書頭は子孫の迷惑も考えずに「是非とも命を救ってくれたお礼をしたい。どんな願いでも構わない」と言ってしまった。虎宗の願いは「我等一族の若者は見聞を広めるため里から出て外界で数年暮らすならわしがある。しかし、外界に住む場所があるわけでもなく、また人間社会の変化はめまぐるしく外界に出るたびに戸惑い難渋するゆえ、一族の者が外界に出てきた時に手助けしてもらえると有り難い」とのことだった。図書頭は「承りました。左海一族が続くかぎり面倒をみさせていただく」と証書まで書いてしまった。
 こうして俺の左海一族は小野一族の若者が人間世界に出てくるたび、家に住まわせ生活の面倒を見続けてきていたらしい。面倒は見てきたが小野一族が人間世界に来るのは不規則で数年おきに来る時もあれば、百年近く来ない時もあった。最後に小野一族が人間世界に来たのは今から七十二年前の一九四一年。その時に来たのがシロで曾祖父ちゃんと出会ったそうだ。
「義一郎くんは男前で女学生の憧れだったんだよ。義一郎くんと一緒に浅草に行ったらカフェーの女給さんがサービスしてくれたり凄かったんだから。でも、ボクが外界に出てきて半年ぐらいで義一郎くんに赤紙が来て軍隊に召集されちゃってさ、義一郎くんもいないしつまらないから里に帰ったんだ」
 シロは予定を変更して里に戻り、もう世の中も落ち着いたろうと出てきたのが今回だった。初めは曾祖父ちゃんの家に行ったが、「若い者は若い者同士の方が話しが合うだろう。曾孫が東京で大学生をしているから紹介状を書いてあげよう」と、この手紙とシロの生活費と俺への手間賃を渡されてやって来たというわけだ。祖先の約束かもしれないが八百年も前のことなんて責任はとれない。ましてや化け猫の面倒なんて願い下げだ。さっさと帰れ! と言いたかったが、シロが来た時は壊滅的な金欠状態で手間賃二十万円の誘惑には逆らえなかった。
 ということで、俺もご先祖様の例に漏れず化け猫の面倒をみることになった。


「貴裕くんがそこまで頑固だとは思わなかったよ。だったら物知りの人に来てもらってサンタさんがいるかいないかはっきりさせてもらうからね」
 そういうと、俺のスマホを勝手に使って誰かと話し始めた。
「貴裕くんがサンタさんはいないって言うんだ……うん……えっ、いまから来てくれるの。夜なのにありがとう。じゃあ待ってる。暗いから気をつけてね」
「誰と話していたんだ?」
 通話を終えたシロに尋ねると、
「初音くんだよ。いまからサンタさんがいることを説明してくれるって」
 勝ち誇った表情で答えた。
「いまから初音が来るのか。こんな時間なのに酔狂なヤツだな」
 初音葉月(はつね・はづき)は俺と同じS大学生で、学部は違うが学年も同じ二年生。一年前の新入学生ガイダンスの日に社会行動研究会というよろずサークルに入部して初音に出会った。身長は一六〇センチそこそこだけどスタイルが良い美男子がいた。東京にはイケメンがいるなぁと感心してしまったほどだ。しかし、それが誤解であることは自己紹介の時に「文学部一年の初音葉月です。勘違いする人が多いから先に言っておきます。私は女です」と言われて初めて女だとわかった。驚いたが、話してみると男友達のようにサバサバとした性格で妙にウマが合った。それに初音の家が俺のアパートから自転車で二十分と近いこともあり、大学以外でも会うようになった。初音のことを詳しく知るにつれ、初音が家から一番近いからという理由だけでS大に入ったのであって、学力的には東大や京大も楽勝で入れたこと、親が手広く商売をやっていて金持ちであること、そして柔軟な思考の持ち主であることが知れた。
 正月七日に初音が年始の挨拶に遊びに来てくれた時、シロの正体がばれた。酒に酔ったシロがこともあろうに初音の目の前で猫に戻ってしまったのだ。普通の人なら大騒ぎするだろうに、初音は「面白いな」と言って感心するだけ。シロの正体が化け猫だとわかっても、人種の違いくらいにしか思わないようで気にする素振りがない。それどころかシロを気に入り、以前にもまして俺のアパートに遊びに来るようになった。シロも初音に懐き、いまじゃ初音の弟分のようなものだ。




「お待たせ。さすがに冷えた」
 午前一時少し過ぎ、コンビニのでかい袋にいっぱいの駄菓子を手土産にした初音が現れた。
「初音くん。遅くにゴメンね」
「いいやかまわない。眠くならないし暇だったから、かえってありがたい。ところでさっきの電話でサンタクロースがいることを証明して欲しいって言っていたけど、どういうことかな?」
 初音はコートを着たままコタツに入り、自分で買ってきた缶コーヒーを開ける。
「貴裕くんがサンタさんはいないって言うんだよ。サンタさんがいないって証明もされていないのに絶対いないって頑固なんだ。物知りの初音くんなら貴裕くんにサンタさんはいるって納得させられると思うんだ」
 シロは初音の土産のホットお汁粉缶を両手で包むように持って幸せそうに口をつける。
「サンタクロースの存在論とは時宜を得た問題だな。と同時に難問だ」
「えっ? 初音くんでもわからない問題なの?」
「初めに断っておくが、この問題に対して私は確固たる回答は持っていない」
「じゃあ貴裕くんが言うようにサンタさんはいないの」
 お汁粉から顔を上げたシロの表情はこの世の終わりと言わんばかりの情けないものだった。
「ま、そういうことだ。初音もこう言っているんだし諦めろ。しょせんサンタなんていないんだよ」
 追い打ちをかけるつもりじゃないが、シロに現実を教えるのも社会勉強だろう。というか、こいつの情けない顔を見ていたらなんだか意地悪したくなった。
 シロは無言のまま手にしたお汁粉缶を虚ろな目で眺めている。
 ちょっと意地悪が過ぎたか。
「待ってくれ左海。私はサンタクロースがいないなどと言った覚えはない。存在の確率が百パーセントであると断言できないというだけで、存在の可能性を否定するものではない。一パーセントでも存在の可能性があるのなら考察する価値はある」
「えっ?」
 なに言っているんだこいつ?
 シロは目を輝かせ顔を上げ、
「そうだよね。初音くんは誰かさんと違って柔軟な思考の持ち主だもん。やっぱり相談してよかった」
 お汁粉を一気飲み。勢いをつけすぎたのか気管に入ったらしくケホケホとえずいている。
「シロ君から電話をもらって調べただけだから、期待に添えるかどうかは解らない」
 シロに向かって小さく頭を下げた。
「どうせサンタは大昔の聖人のニコラなんとかがモデルで、サンタはもういないというオチだろう」
「初音くん、そうなの? サンタさんはもういないの? いないの?」
 噛みつかんばかりに身を乗り出すシロに、最後まで話を聞いてから判断してくれと言うと、初音は缶コーヒーで口を湿らせから話し始める。
「左海が言うようにサンタクロースのモデルは四世紀の東ローマ帝国ミラの司教ニコラウスだと言われている。ニコラウスが貧者に施しをしたという伝承があり、それが時代とともに変化してサンタクロースになったという説が有力だ。しかし、ヨーロッパではサンタクロースは二人一組だとも言うし、さらにはアイスランドでは十三人の妖精がプレゼントを配るという。つまりサンタクロースが聖者ニコラウスと決めつけるのは早計だし、ニコラウスが大昔に死んでいるからといってサンタクロースはいないという証明にはならない。なにより空想の産物と思われていた化け猫が目の前に実在するのだからサンタクロースの存在を否定することもできないだろう」
 初音の話を聞いてシロがほらボクの言った通りでしょうといった表情を向けてくる。
「実は私も以前サンタクロースの伝承について少し調べたことがあるんだ。その中であることに気がついた。それはサンタクロースと歌の関係だよ」
「サンタの歌って赤い鼻のトナカイの歌か?」
 俺の言葉を無視して話を続ける。
「私は賛美歌第百十二番にサンタクロースにまつわるヒントが隠されていると踏んでいる」
「賛美歌百十二番? なんだそりゃあ?」
「クリスマスシーズンになればよく耳にする歌『もろびとこぞりて』のことだよ」
「ね、ね、もろびとこぞりてってどんな歌?」
「もろびとこぞりて むかえまつれ……」
 初音は小声で歌いだす。女性にしてはハスキーだけど綺麗な声だった。
「聞いたことある。商店街で流れていた。でも、この歌とサンタさんがどう関係しているの?」
 シロは小首をかしげている。
 シロじゃないが意味がわからない。賛美歌になにがしかの意味があったとしてもサンタとは関係ないだろう。
「ある種の歌には隠された意味を持つものがある。例えば『かごめかごめ』には埋蔵金の隠し場所を歌いこんでいるという説もある」
「えっそうなの! かごめかごめならボクも知ってるよ。秘密を解いてみんなで埋蔵金を探しに行こうよ」
「おいシロ。サンタはいいのか?」
「あっそうだった。だったら宝探しはこんどでいいや」
「その方がいいな。お宝は芦名家の埋蔵金だから福島県だ。いまは雪があっては探せない。夏になってからみんなで行こう」
 初音は真面目な顔で妙な提案をした。頼むからバカ猫を焚きつけないでくれよ。
「いいね。山に登らなきゃいけないかもしれないから、アウトドア大好きの久我山くんも呼ぼうよ」
「なら、古文書を読む必要が出てくるかもしれないから大畑先輩はほしいな、穴を掘るだろうから工事現場のバイトで穴掘りに慣れている公儀君にも声を掛けよう。雑用はそこにいる左海に任せればいいし」
 おい、おい、マジに行くの? というか、その中に俺も入っているのかよ。遠慮したいんだけど。
「おい初音。いまは埋蔵金は関係ないだろう。サンタともろびとこぞりての関係を早く説明しろ」
「まったく童貞君は短気でいけないな」
「童貞じゃねぇ! おまえも女なら慎みをもてよ」
「ふん、女性の美徳が慎みなんて言うのは童貞君の幻想だよ」
「だから俺は童貞じゃねぇ!」
「童貞君がキャンキャン吠えるから説明しよう」
 貴裕くんって童貞なの? なんてほざきやがったから溜まった恨みを含めてシロの頭を叩いておいた。
「もろびとこぞりてはクリスマスシーズンにしか流れない。と言うことはクリスマス以外には意味を持たない歌であるとは言えないだろうか。世の中には色々な季節の歌はあるけど、特定の日時のみの歌というのは数は多くない。そして往々にしてそれらの歌には意味がこめられている。日本では正月の歌はハレの日である正月元日を言祝ぐと同時に一年の安寧が歌いこめられている。他の歌も同様だ。もちろん海外も同じだろう。ゆえに日本ではクリスマスシーズンに歌われる賛美歌第百十二番にこそサンタクロースのヒントがこめられていると思う」
 ずいぶん自信ありげに言うじゃないか。というか、どんな戯れ言を語ってくれるか興味がでてきたじゃないか。
「まずは歌詞を見てほしい」
 初音はノートにもろびとこぞりての歌詞を書いた。相変わらず読みやすい綺麗な文字だ。俺はあまり他人の才能に嫉妬したりはしないが、生まれつきの悪筆に悩まされてきただけに綺麗な文字が書ける才能には憧れる。


 もろびとこぞりて むかえまつれ ひさしくまちにし 主はきませり 主はきませり 主は、主はきませり
 悪魔のひとやを うちくだきて とりこをはなつと 主はきませり 主はきませり 主は、主はきませり


「私はこの一番と二番の歌詞にこそサンタクロースに会うためのキーワードではないかとみている」
「そうかあ。二番の意味は解らないけど、一番なんて人々が集まってキリストを待つという意味だろう。別に深い意味はないと思うが」
 俺はキリスト教徒ではないが、この歌ぐらい聞いたことはある。賛美歌なんてどれもキリストを賛辞する歌だろう。
「思った通り左海も勘違いしている。この歌詞にある『主』はキリストとは限らないんだ。英語ではセイバー、つまり救う者としか表現されていない。貧しき者を救うという意味ならサンタクロースとも考えられないか」
「主ってそんな意味があったのか。でもセイバーがサンタとは限らないだろう。主は人類の救済者としてのキリストとか父なる神とも考えられるぜ。主イコールサンタは早計というか牽強付会だろう」
 反論を予想していたのか、初音は小さく笑みをこぼした。
「実は私も左海の意見に賛成だ。主はやはりキリストないし父なる神だと思う」
「サンタさんじゃないの……」
 初音は意気消沈って言葉を全身で表現するシロの頭に軽く手を置いた。
「主はサンタクロースではないけど、この歌の中にいくつかのヒントが隠されているんだ。まずは、冒頭部分の『もろびと』に注目してほしい。一般的には『もろびと』は『諸人』つまり『たくさんの人』と解釈されている。しかし、たくさんの人というのなら歌詞は人々とか大勢という具合に表現してもよかったはずだ。なのに敢えて『もろびと』と表現したのはなぜか? 私はこれは『もろ』の『人』、すなわち固有名詞としての『もろ』に属する人々を指しているとみている。国際政治学部に在籍する左海は『もろ』と言えば政治学的に何を思い出す」
 もろ? 諸手を挙げるとか諸肌を脱ぐの『もろ』なら思いつくけど、国際政治学的な『もろ』だと……何かあったっけ……あ!
「ひょっとしてフィリピンのモロ民族解放戦線か?」
 モロ民族解放戦線はフィリピンのイスラム教徒の反政府組織で、分離独立を求めて一九七〇年代から九〇年代までゲリラ活動を続けていた。
「その通り。モロに属する人を指しているのが『モロびと』。ところで左海はモロって何を指す言葉か知っている?」
 初音は大好物だと公言している都こんぶをくわえながら尋ねてきた。
「フィリピンの少数部族の名前か地名じゃないのか」
「それが違うんだなぁ」
 都こんぶを左右に振りながら初音はにやっと笑う。
「勘違いしている人が多いけど、『もろ』は部族名でも地名でもないんだ。元々の言葉はフェニキア人の言葉で『西国の人』という意味のマウハリム、それが訛ってムーアになった。中世ヨーロッパで使われていたムーア人のムーアさ。ムーアがさらに訛ってモロになった。ムーア人はアフリカ系やアラブ系のイスラム教徒を指していたが、広い意味でアラブ人全般も指すことがある。つまりモロ人であるアラブ系の人々が集っている場所がサンタクロース探索の第一のポイントだ」
 こいつ何言ってるの……。
「うわぁ、そんな秘密があったなんて。初音くんはやっぱり物知りだね」
 バカ猫は手放しで喜んでいる。おめでたいヤツだぜ。
「じゃあ、歌詞二番の秘密は? どんな秘密があるの?」
 シロは口に運びかけたうまい棒を握ったまま催促する。
「二番の歌詞はそのまま解釈すればいいと思う。悪魔のひとやを打ち砕き囚われた人を解放すればセイバーが来るということだ。では悪魔のひとやに囚われている人物は誰だろう? このシーズンにしか歌われない歌に出てくる人物。つまりこのシーズンに関係する人物だよ」
 俺とシロの顔をゆっくり見回す。もう答えは解っているだろうとばかりにやついている。
「ひょっとしてサンタさん?」
「そう! シロ君大正解だ!!」
「やったぁ!!!」
 シロと初音はハイタッチしている。
 なんなんだか……深夜ハイってやつかよ。
「ということはなんだぁムーア人が集まっている場所にある悪魔のひとやにサンタが囚われているということか? それはいいとして悪魔のひとやってなんだよ。悪魔はデビルの悪魔だろう。でもひとやはどういう意味だ? 一晩という意味のひとやか? それとも一本の矢という意味か? どっちにしろ意味がわかんねぇ」
「ひとやは一晩でも弓矢でもないよ。ひとやは漢字で書くとこうなる」
 初音はノートに『人牢』と書いた。
「人を閉じこめる牢屋と書いてひとやって読むんだ」
「そんな読み方があるなんてボク知らなかったよ。この牢屋にサンタさんが閉じこめられているのか。だったら早く助けに行こうよ。牢屋を壊すんだからハンマーぐらい必要だよね。ねえ貴裕くんハンマーって持ってる? ホームセンターで大きいハンマー買った方がいいよね。今すぐ買いに行こうよ」
「待てバカ猫!」
 いまにも外に飛びだして行きそうな勢いのシロを押さえつけた。このバカ猫は興奮のあまりネコ耳は出ているし、スエットのズボンから尻尾まで飛びだしてる。
「落ち着け。耳と尻尾が出てるぞ」
「あっいけない」
 シロは大きく息を吸うと一拍おいて大きく吐きだす。と、同時に耳も尻尾もシュッと収納された。
 こいつの耳と尻尾は空気圧で出し入れできるのかよ。相変わらずふざけた身体だ。
「いつ見ても見事な芸だ。ビデオ録画してユーチューブに投稿したいくらいだ。それはともかく、こんな時間ではホームセンターは閉まっている。買い物があるのなら日が昇ってからにした方がいい」
「そうだった。でもドンキホーテに売っていないかなぁ。ドンキホーテなら二十四時間やっているし」
 まだ未練たらたらのシロを、時間はあるから焦る必要はないと初音が諭す。
「シロ、おまえサンタを救うって意気込んでるけど、場所がどこかわかっているのか。アラブ人やイスラム教徒が大勢いる場所なんて中近東やインドネシアのような外国だぞ。どうやって行くんだ」
「外国なの……だったらサンタさん助けに行けないね。ね、初音くん、サンタさんって外国にいるの? 日本にはいないの?」
「済まないが、場所までは私にも解らない」
「そうなの……」
 シロはコタツの横にぺたんと座りこんだ。
 楽しみにしていた家族旅行が親の都合で行けなくなった子どもようにしょげていて、さすがの俺でも少々同情したくなる。ちなみに俺も小学三年生の時に同じ目に遭ったが、急遽行き先を変更して両親の許諾を得て一人で隣の県にある祖父ちゃんの家に旅行することにしたがな。
「もともとサンタなんていないんだから外国だろうと関係ないだろう。チキンでも買ってきてやるから夜はそれでも食ってクリスマスをしようぜ」
「うん……いいね。ボク…………もう寝る」
 よろっと立ち上がると自分の部屋である四畳半に行ってしまった。
「初音、わざわざ来てもらったのに済まなかったな」
「私こそシロ君に余計な期待を持たせるような形になってしまい済まないと思っている」
 沈痛な面持ちで頭を下げた。シロが気に入っていて実の弟のようにかわいがっているから──年齢的に見るとシロの方がずっと年上なのだが──初音としても辛いのだろう。
「たいしたつまみはないけど酒でもどうだ? 安くて美味いワインを見つけたんだ」
「ありがとう。でも今日は弟のスクーターで来ているから遠慮しておく」
 初音はいつも自転車で移動していたから今日も自転車かと思っていたけど、考えてみればいくら初音でも女の子が夜中に自転車は危険だもんなぁ。
「それじゃあ私は帰るよ。シロ君には力になれなくてゴメンって伝えておいて」
「メリークリスマス初音」
 心持ちいつもより背中を丸めブーツを履く初音の背中に声を掛けると、
「メリークリスマス」
 と小さな声が返ってきた。





『見つけた!』
 珍しく興奮した初音から電話が掛かってきたのは、クリスマスイブの食事とは縁遠いカップラーメンを食べようとした昼過ぎだった。
「なにを見つけたんだ?」
『もろびとがつどる悪魔のひとやだよ。あれから気になって色々調べていたんだ。そしてこの二つの条件に合う場所を見つけた。いまからすぐ行くから詳しい話は後で』
 一方的にまくし立てると唐突に電話が切れた。
「貴裕くん誰から?」
 シロは一晩寝たら機嫌が直ったのか、普段と変わらない脳天気な表情でカップ豚骨ラーメンをズルズルすすっている。化け猫も猫だから猫舌なのかと思ったが、熱い物は全然平気だった。でも、やはり猫らしくネギは苦手のようだ。
「初音が来るってさ」
「初音くんが? だったら昨日のこと謝らなきゃ。ボクが呼びつけたのに途中で寝ちゃったしさ」
「気にしていなかったようだぞ」
 でも謝ると言うシロに勝手にすればいいさと言って食事を続けた。

 初音が来たのは小一時間後だった。
 相変わらずでっかいコンビニの袋にいっぱいの駄菓子を入れて現れた。どうやらこいつは他人の家を訪問する時は手土産を持っていかなきゃいけないと思いこんでいるようだ。俺としては差し入れは有り難いが、いい加減に駄菓子だけじゃなくって飯のオカズになる物も買ってきて欲しいぜ。シロが来てから食費がかさんで苦しいんだからさ。
「昨日は途中で寝ちゃってごめんなさい」
「私こそ中途半端な情報でシロ君に変な期待を抱かせてしまって済まなかった」
「違うよ。ボクが、」
「いや、いや、私が、」
 シロと初音が互いに謝り続けること五分。互いに納得したのか飽きたのか、やっと大人しくなってコタツに入ってくれた。
「で、本題に入ろうぜ。初音、おまえ場所を特定したって言ったよな。それはどこなんだ」
「これを見て欲しい」
 パソコンからプリントアウトしたと思われる地図をコタツの上に広げた。それは東京都の××区大原町の拡大地図だった。
「ここの建物だ」
 初音が指したものは東日本イスラム協会本部と書かれていた。
「これは日本におけるイスラム教の中心施設になっている。ここにはイスラム教の礼拝所もあるし、トルコ料理店や中近東の文物を売る店も多い」
「イスラム教徒ってムーア人だよね。ここがムーア人が集う場所なの?」
「あまり知られていないかもしれないが、日本、特に東京には多くのアラブ系やイスラム教徒が住んでいる。そしてここが日本における一番大きなイスラム教徒たちのコミュニティーなんだ」
「だから、モロ人が集う場所ということか。確かにここなら多くのイスラム教徒が集まるだろうな。でも二番の歌詞の悪魔のひとやはあったのか?」
 ぬかりはないさと言って初音は口角を上げる。
 こいつ本当に男前だなぁ。ふつう女の子が口角をにぃっと上げてもあまり似合わないのに、初音の場合は妙にマッチしている。影のある美男子がニヒルな表情を浮かべるみたいに見える。
「大原町の隣には何があると思う?」
 地理に疎いシロは初音が買ってきたコーンポタージュ缶を握ったままぽかんとした表情を浮かべている。
「大原町の隣と言ったら花園町か」
「その通り。歓楽街として有名な花園町がある」
 東京の歓楽街としては歌舞伎町が有名だが、花園町も歌舞伎町に負けない数の飲食店や風俗店が集まっている。特にオカマバーなどの同性愛者向けの店が多いのも有名だ。
「悪所という意味で悪魔のひとやということなのか?」
「それも一つの見方だと思うが、私はもっと具体的な場所を発見したんだ」
「どこ、どこ」
 シロが思いっきり身を乗り出したせいでコタツに載っていた唐揚げチキンくんが転げ落ちた。絨毯に油染みができるじゃねぇか。
 初音は新たな地図を広げる。それは花園町六丁目辺りを拡大したものだ。そして地図のほぼ中央に赤丸で囲まれた建物がある。6・6陸弟ビルと書かれている。
「この建物は花園町六丁目六番地にある陸弟ビルだ。陸貴という華僑オーナーが所有するビルで、陸弟は中国語でルディと読むそうだ。このビルの名前が悪魔なのさ。まず6・6と陸だ。陸は『りく』と読むほか『ろく』とも読む。小切手なんかでは『六』の代わりに『陸』と書く。つまりこのビルには聖書にある悪魔の数字666が付けられている。さらに『弟』は『で』と読むことができる。弟ビルはデビルなんだ。こここそ悪魔だとは思わないか」
「おい、こじつけが過ぎるぜ。6・6は六丁目六番地のことだろうし、陸はオーナーの名字じゃないか。たんなる偶然だろう」
 初音は指を左右に振り、
「この世の中には偶然なんてものはないんだ。すべては必然という結果に向け存在している。このビルが花園町六丁目六番地に建てられたのもオーナーが陸氏だったのも必然の作用なんだ」
 必然論というのは聞いたことがあるが、それが正しいというわけじゃないだろう。
「百歩譲ってこのビルが悪魔だとして、ひとやはどうなんだ? 牢屋なんて名前の店が入っているのか?」
 すぐには答えず新たな紙を出してきた。飲食店紹介サイトの6・6陸弟ビル紹介のページだった。
「地下にある『CROSS BAR HOTEL』こそが目的の場所だよ」
「ねぇ初音くん、ここが牢屋なの? なんか普通の店だよ」
 さっきまで興奮した顔つきで初音の話を聞いていたシロがプリントアウトされた紙を訝しげに見ている。俺も見てみたが、どこにでもありそうなスナックの写真があるだけでとても牢屋には見えない。
「クロスバーホテルというのはアメリカ南部の古いスラングで牢屋のことを言うんだ。モロ人が集い悪魔の人牢があるのはこの場所でしかあり得ない」
 すべてを成し遂げたといった満足げな表情で初音は都こんぶを口に放りこんだ。
 こじつけもここまで来ると妙な真実味が出てくるじゃねぇか。シロなんてさっきまでの顔と違って瞳孔を真ん丸にして、ここにサンタさんがいるのかぁとつぶやいている。
 やおら顔を上げると、
「貴裕くん、行こう! サンタさんを救いに行こう!!」
 寒がりのシロはぶ厚いダウンジャケットを着こみはじめる。
「ちょっと待ったシロ君。いま行ってもどうにもならないぞ」
 初音の言葉にどうしてって表情で振り返った。瞳孔は真ん丸のままだ。
「いいかい。CROSS BAR HOTELの営業時間は午後五時からだ。この手の店は閉店時はシャッターが降りている。鍵がなくて店に入ろうとすればシャッターを破るか、壁に穴を開けるしかない。そうなるとアーク溶接機か掘削機が必要だ」
「だったら、だったら、ホームセンターに行こうよ。あっと溶接機と屈折機買おうよ。貴裕くんも早く支度してよ。ほら、ほら、早く、早く」
 なんだそ面白機械は。
「待て、待て。そんなのを使ったら大事になってあっという間に警察が来るぞ」
「サンタさんを救うのは正しいことだから警察が来たって平気だよ。だからコタツに入ってないで着替えてよ」
「いや、器物破損に不法侵入は犯罪だ。平気じゃねぇよ」
「貴裕くん、難しいこと言って誤魔化そうとしているでしょう。そりゃあ貴裕くんはボクみたいにいい子じゃないから、サンタさんからプレゼントが貰えないからって拗ねてないでよ。サンタさんを助けたらきっとプレゼントを貰えるからさ」
「このバカ猫は……俺は犯罪者になりたくないと言っているだけだ」
「プレゼントが貰えそうにないからって意固地にならないでよ」
「だから違うって言っているだろう。警察の厄介にはなりたくねぇんだ」
「左海の言うとおりだよシロ君。警察沙汰になる可能性があるし、なにより私も左海もアーク溶接機も掘削機も使えない。だから開店してから乗りこむ方が得策だ。ただ私とシロ君と左海だけでは心許ないから、サークルのみんなにも声を掛けて正々堂々とサンタクロースを助けに行こう」
「初音くんがそう言うなら開店時間まで待つよ」
 初音に言われた途端にダウンジャケットを脱ぎだしやがった。この野郎、本気で腹立つな。
 色々準備も必要だから一度自宅に帰る。四時半に地下鉄花園3丁目駅で待ち合わせようと言う初音のそばに寄って小声で尋ねた。
「おい、具体的な店の名前まで出して大丈夫なのか? シロが暴れて警察沙汰になるのは問題だし、シロの正体がばれるのはもっと問題だ」
「大丈夫。そのあたりは抜かりないよ。私を信じてほしいな。それじゃあ後でまた会おう」
 初音が大丈夫というのなら信じてもいいんだよな……。
 俺の不安をよそにシロは首までコタツに入ってウトウトし始めている。
 ったく。暢気なヤツだ。




 花園3丁目駅に着くと社会行動研究会のメンバーが集まっていた。
 初音、社会行動研究会副会長の桜町先輩や三年生の久我山先輩、同期の青葉台と木南、一年生の公儀や和泉。だけど会長の大畑先輩や三年生の誉田先輩などはいなかった。帰省しているメンバーを除いても半分くらいの人数だ。それにしてもクリスマスイブだというのにみんな暇だなぁ。デートとか予定ないのかよ。ま、俺も予定はないけどさ。
「久しぶり小野君」
「シロ君、元気にしてた?」
 シロは里にいた時は年配者に勉強を教わっていたが、里には学校はなかったそうだ。だから学校というのが珍しいらしく俺が大学に行くと着いてくるようになった。というか俺が大学をサボった日も勝手に一人で大学に通っていた。最近の大学はセキュリティーが厳しく外部の人間が簡単に出入りできないそうだが、S大は地域に開かれた大学をうたっていて誰でも自由にキャンパスに入れる。それに初音だけでなく社会行動研究会のメンバーがシロを気に入ってくれた。もはや社会行動研究会のマスコット的な存在になっている。
「会長さんは?」
 シロがキョロキョロと辺りを見回す。
「会長は用事があって来られなかったのよ。お祭り騒ぎが大好きな会長は参加できなくって残念がっているでしょうね。うふふふ」
 シロよりも寒がりの桜町先輩はダウンジャケット、マフラー、手袋、もこもこのブーツと完全装備。いったいどこの雪山登るんですかって突っこみたくなる格好をして悪戯っぽく笑った
「さて頃合いもよし。悪魔の人牢を打ち砕きに行こう」
 初音のかけ声と共に一斉に動きだす。駅の利用客達が一瞬怪訝な表情を浮かべたが、時期が時期だけに単なるコンパに向かう大学生と思ったようだ。よもや集団で店を襲撃に行くとは思うまい。いや、俺も思いたくないけどさ。
 あらかじめ初音から説明があったらしくメンバーはさも当たり前のような顔をしている。シロや初音はともかくみんなは事の重大さを解っているのか? 下手したら営業妨害で刑事事件だぞ。まあ初音のことだからヤバイことにはならないように手は打っていると思うけど……思いたいけど。マジ手を打っていますよね初音さん?
 駅からの道すがらシロは店々のクリスマスの飾り付けにいちいち興味を示して進みが悪い。シロが言うには化け猫の里にもクリスマスの情報は入ってきていたけど、人間世界のような祝うことはないし、シロ自体はクリスマスを経験するのは初めてで珍しいらしい。
 クリスマスすら実体験したことがないヤツがサンタ云々をしたり顔で言うなよな。


 6・6陸弟ビルはどこにでもあるような三階建ての雑居ビルだった。地下一階から地上三階まで小さな飲食店が入居していた。件のCROSS BAR HOTELは地下にある三店舗のうちの一軒だった。
「この地下に悪魔の人牢はある。この先何が起こるかは解らない。危険かもしれないし、場合によっては命の危険があるかもしれない。いま戻れば家族や親しい友人と幸せなクリスマスを過ごせる」
 地下に通じる階段の前で初音は眉間にしわを寄せた厳しい表情で静かに言う。
「ここから先に進むか勇気ある撤退するかの選択はシロ君にゆだねたい。ここにいるみんなはシロ君がどんな答えを出そうが、その答えに従うことは確約する。さあシロ君、どうする?」
 シロは地下に通じる階段と社会行動研究会のメンバーを見比べ、
「サンタさんを助けに行く」
 と、はっきり答える。
「では、これより社会行動研究会によるサンタクロース救出作戦を始めるわよ」
 桜町先輩が宣言し、シロを先頭に階段を下り始める。
 まだ時間が早いせいか二店舗のシャッターは降りたままだった。薄暗い廊下の突き当たりにあるCROSS BAR HOTELはシャッターは上がっていた。けど……
「ドアに板が打ちつけられているよ」
 振り返ったシロがCROSS BAR HOTELのドアを指差す。
 言う通り四本の板がドアの前でバッテンの形を作っていた。
「シロ君。それこそが悪魔の人牢の檻だ。檻を打ち壊しサンタクロースを救うんだ。たとえ頑強な檻だろうがシロ君が満身の力をこめれば打ち破れるはず。サンタクロースを救えるのは君しかいない。さあやるんだ!」
 初音は大仰な身振りでシロに命じる。
 頭の悪い番組でも見て影響でも受けたのか? そういやこいつは宝塚のファンだったな……
「うん!」
 シロは大きく頷き板に手を掛ける。
 ペキ。
 何とも言えない情けない音と共に板が割れる。シロは次々と板を割って後ろに放り投げる。
 ん? こりゃバルサ材じゃないか。なんだこりゃあ。
「おい初音。これはいったい……」
 俺の問いかけは突然の破裂音に中断された。
 バルサ板をはがしたシロがドアを開けた途端、幾つものクラッカーが弾けたのだ。キラキラ輝くリボンと紙吹雪が降り注がれた。
 驚いたシロの頭からネコ耳が飛びだしている。
 やばっ!
「シロ、耳が出てる。早くしまえ!!」
 音に驚いて棒立ちしているシロに駆けよって、思いっきり頭をどつき耳打ちする。
「えっ? あっ! うん」
 幸いなことにみんなもクラッカーに驚いてシロには注目していなかった。
 シロの耳がしまわれるのと同時に店内から恰幅のいい真っ赤な衣装を着た白髭の人物が出てくる。
「メリークリスマス。ほっ、ほっ、ほう」
 大畑先輩、何してるんです。今日は用事があったんじゃないんですか。
 サンタのつもりなんだろうが付け髭が小さすぎたことと、大畑先輩があまりにも日本人的な顔立ちのため還暦のちゃんちゃんこを着た布袋さんにしか見えない。
「ほっ、ほっ、ほう。君が儂をこの人牢から解放してくれた英雄かね。君の英雄的行為とサンタクロースを信じてくれた純真さに対してプレゼントを贈ろう。プレゼントと儂を救ってくれた感謝の宴を用意してあるから、中に入りたまえ。さあ、英雄の従者達も入りたまえ。ほっ、ほっ、ほう!」
 ノリノリじゃないですか大畑先輩……
 赤布袋もとい和風サンタに導かれシロやみんなが店内に入っていく。廊下に残っているのは初音と俺だけ。閉められたドアの向こうからクラッカーの音と歓声が聞こえてくる。
「おい初音。この茶番はなんだ?」
「ん?」
 革ジャンのポケットに手を突っこんで壁にもたれていた初音はニヤッと口を歪める。
「今日は社会行動研究会の緊急クリスマスパーティーじゃないか。忘れたのかい?」
「は? そんな話聞いてないぞ」
「あっ、そう言えば左海に伝えるのを忘れていた」
「おまえわざとだろう」
「いいじゃないか。シロ君は憧れのサンタクロースに会えたし、みんなも楽しんでいるようだ」
「それにしたってたかが大学のサークルのコンパごときにスナックを借り切っていくらかかるんだよ。俺、そんなに金はないぞ」
「だいじょうぶ。この店は先月閉店していて、今は私の父が所有しているんだ。だから所場代はただ。飲食代は実費だけど、それだって父のツテで相当安い。ま、一人当たり三千円いくかいかないかだから心配無用」
 あらためてこいつが会社社長のご令嬢だと実感できた。が、こんなご令嬢は他にはいないだろうことも実感した。
「しかしこんな演出までして御苦労なことだ。でも、これでシロが納得してくれるかな」
「それこそ心配無用さ。シロ君はサンタクロースが実在していないことは知っている」
 店内からシロのメリークリスマスという大声が聞こえてくる。
「えっ?」
「店に着くまでは言うなと言われていたから黙っていたけど、今日のパーティーはシロ君が計画したものなんだ。日頃お世話になっている左海にプレゼントがしたいからなにか方法はないかと相談されたから、私とシロ君と大畑先輩で話し合って決めたのさ」
 シロがサンタだとか騒いでいたのは俺を欺すための狂言だったのかよ。
「さて我々もシロ君サンタクロースのプレゼントを受けようじゃないか。世界広しといえども化け猫主催のクリスマスパーティーはここにしかないからね」
「さあ早く」
 初音に背中を押されドアを開けた。
「「「メリークリスマス!!!」」」
2013-12-24 01:22:18公開 / 作者:甘木
■この作品の著作権は甘木さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
お久しぶりです。
8月以来ブラウザゲーム艦隊これくしょんに魂を奪われ廃人となっていました。
せめてクリスマスぐらいは作品を投稿しようと一念発起した次第です。
拙い作品ですが読んでいただけると幸いです。
この作品に対する感想 - 昇順
お久しぶりです。作品読ませていただきましたよ。
確か、昔の記憶ではクリスマス撲滅派だったはずの甘木さん(何か、卒塔婆を突き刺して回りたいとかおっしゃってたような)だけに、このお話もきっと最後は全部ぶち壊して終わるに違いないと思って読んでいたのですが、予想を裏切ってハートウォーミングなお話なのでびっくりしてしまいました(最後のオチよりも驚きました)。いやー、いいなあこういうパーティー。
それにしても、「モロ」とかビルの名前辺りのトンデモ系解釈が面白くて、「な、なんだって−!」と何度も懐かしいAA付きで驚いてみたくなりました。
楽しい作品をありがとうございました。甘木さんのクリスマスがメリーでありますように。(艦これのクリスマス限定イベントもあるようですし)
2013-12-24 21:44:08【☆☆☆☆☆】天野橋立
 拝見しました!
 やっぱり甘木さんの文章だなぁって、変な感想ですが懐かしくなりました。今回出てくる主要登場人物も、たぶん甘木さんの文章だからこそ活き活きとしているのかなって感じます。サンタ信じているシロの可愛さに、最初からやられてしまったかも。
 それからの部屋でのサンタクロースについての話や、賛美歌を交えてどんどんと話が膨らんでいく所など面白かったです。そして実はラストのというのも、なんだよぉーと思いながらも良かったです。シロなんだかんだで、めっちゃ人生の先輩だしなぁ。
 賛美歌といえば、「たんたん狸の金○は風もないのブラブラ」ってのも元は賛美歌なですよね。この間TVで見てびっくりしました。歌詞も地方ごとで違っていたり、とそれは置いといて。
 この話って貴裕の部屋だけで進んで、結果も部屋に戻った三人で話す感じの物語でも良かったかなって勝手に思いました。他の登場人物も、三人の会話や部屋に遊びにくる時だけ出てくる感じで「会長のサンタ、あれは酷かった」みたいな感じで。でもあくまで、こういう形も良かったなぁという私の希望ですので、ごめんなさい。
 では、メリークリスマス♪ 艦これのレア運が、続くことを願っております!
2013-12-25 20:03:56【☆☆☆☆☆】羽付
ノリノリのキャラたちがイケイケの限りを尽くす話だとばかり思って読み進めたのに……なんと、脱力オチではないですか。
積もりに積もった一年ぶんの肩凝りが、瞬時にほぐれてしまいました。どうしてくれます。
責任を取って、次回は、このメンバーによる埋蔵金探しの旅に決定ですね。しかも、思いっきり肩の凝る本格伝奇風で。
2013-12-31 01:48:23【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
いやー、ここまで強引展開だと、いっそ清々しいというか(笑)
とにかくシロ君の可愛さで、オールオッケーとなりましたね。
最後にはほんわかもできて、本当にクリスマス作品という感じで楽しめました。
2013-12-31 17:57:16【☆☆☆☆☆】狐ママン
[簡易感想]文句無しのおもしろさです。
2014-05-29 22:55:22【☆☆☆☆☆】Miichii
計:0点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。