『赤い手』作者:TAKE / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 滋賀県のとある旅館に泊まった時の事です。
 一度小学校の頃に修学旅行で来た事もあったんですが、その当時で既に築百年を超えていたんですよ。さすがにもうそろそろ潰れているんじゃないかと思ったんですが、なんとかまだ営業していました。
 二階建ての古い木造建築なんですがね、廊下を歩くとミシミシ音が鳴るんですよ。床が抜けるんじゃないかと思わず抜き足差し足になってしまいまして、泊まるだけでちょっとしたスリルが味わえます。

 これ以上のスリルなんて、求めていなかったんですがねぇ。

 夕飯をごちそうになってお風呂に入った後、湯上りに晩酌をしたいなと思いまして、近くのコンビニへ行ったんですよ。旅館には自販機はあっても、つまみなんかは売っていなかったもんですからね。
 旅館の前には水田が広がっていまして、淡い月明かりを反射していました。なかなか風情がありましてねぇ。そんな景色を横目に見ながらコンビニへ向かったんです。
 意外と距離がありまして、十分ぐらい歩きましたか。辿り着いたローソンでカリカリのチーズスナックとするめをかごに入れまして、あとチューハイに、小さめのボトルに入った焼酎も買いました。
 帰り道を歩き、そろそろ旅館が見えてきた時の事です。水田を見ながらずーっと進んでいたんですがねぇ。
 行きしには無かった、なんだかおかしなものが水田の端の方にあるんですよ。あきらかに場違いな、真っ赤な物体です。
 おかしいなーと思いながら、近づいてみたんですね。それからその物体の輪郭がはっきりした時、私びっくりしました。

 人の腕の形をしてたんですよ。

 かかしの代わりか何かなのか? と思ったんですがね。それにしても趣味が悪いじゃないですか。
 更に近づいてみたんです。

 その腕、ゆっくりと動いてるんですよ。

 ブワ―っと寒気がしたんですがね、なぜかそこから動けなくなってしまったんです。丁度金縛りみたいな感じですね。
 うわぁ何だこれ、勘弁してくれなんて思っていますとね、赤い手はこっちへ向いて、あろう事か手招きをしたんです。冗談じゃないぞと思ったんですがね、体が言う事を聞かず、私はじわじわとそれに近付いていったんです。
 このままじゃ危ないと、本能が感じていました。なんとか視線をそらそうと、首に力を込めたんですよ。
 どうにか首から上だけ動かすと、道の向こうの方からトラックが走ってきているのが目に入ったんですね。
 やばい、殺される。反射的にそう思いました。
 何か無いかと、手に力を込めてじわじわと動かした瞬間、コンビニの袋を落としてしまいました。
 中に入っていた焼酎のボトルが割れて、赤い手の方に向かって中身が流れていきました。

 すると途端に、体の自由が利くようになりましてね。私は袋を拾って、道の反対側へ走り、走ってきたトラックをギリギリのところでかわす事が出来ました。
 それから手があった方を、もう一度見てみたんですね。

 花柄の着物を着た女性が、こちらを見ていました。

 そこでまた金縛りに遭うんじゃないかと身構えていたんですがね、体の自由が失われる事はありませんでした。少しの間向かい合っていると、彼女は頭を下げて会釈したんです。なんとなく私も頭を下げ、次にそちらを見た時には、女性はいなくなっていました。

 次の日旅館の女将さんに、その事を話してみたんですがね。ここは来月で閉館し、取り壊す事になったんだそうです。なのでもしかすると先代の女将さんが、名残惜しんで出てきたんじゃないかという事だったんですね。
 流れ出た焼酎がお供えの役目を果たしたのか、ボトルが割れた瞬間に彼女もトラックに気付き、金縛りを解いたのか。その真意は分かりませんが、私は旅館を去る前にもう一度そこへ行き、手を合わせてきました。

 水田の水が朝日を浴び、キラキラと輝いていました。
2013-08-22 12:22:48公開 / 作者:TAKE
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■作者からのメッセージ
白い手、黒い手とシリーズみたいな感じになっていて面白そうだったので、僕も書いてみました(笑)
この作品に対する感想 - 昇順
 拝見しました!
 三本目の手が! と、ワクワク読んでしまいました。こう決定的な何かが、起こりそうで起こらなかったというのも良いですね。金縛りや、赤い手と着物の女性を見たりとか、心霊的なものはあっても、結局は「無事だった」……けど始まりに過ぎないかもとも思えますし。それとラストで赤い手の正体はもしかしてというのがあるけど、それが正解かは分からないって所も、ちょっと怖くてよかったです♪ 一つ上げるなら、どうして手が赤かったのかというのが、あったらなぁと思いました。
2013-08-22 21:04:51【☆☆☆☆☆】羽付
おうおう、この手は正統派なそっち系ですね
どうも、鋏屋でございます。
独特の語り調がなんとも心地よかったです。やっぱショートほこうでないととか思いましたよw
三本目の手が出て来ましたな。
このまま『HANDシリーズ』とかって続く作品が現れると面白いんですがねw
ともあれ、短いながらも面白かったです。
鋏屋でした。
2013-08-23 01:55:14【☆☆☆☆☆】鋏屋
 こんばんは。はじめまして(であってましたっけ?)テンプレ物書きの浅田です。
 導入の「これ以上のスリルなんて、求めていなかったんですがねぇ」にちょっとぐっときてしまいましたwただ個人的には「ねぇ」をこの一文だけにしといた方がもっとぐっときたかも。
 脳内で稲川ボイスで再生して楽しめました。ちょくちょく「こわいなぁーこわいなぁー」とかいうノイズが勝手に入ってきましたがw
 やっぱりこういう正統派は安心して読めるからいいですね^^
2013-08-24 20:51:08【☆☆☆☆☆】浅田明守
こんばんは。白・黒と読んだので、こちらも読ませていただきました。
いかにも夏の夜の怪談、という感じの描写がいいですね。水田の風景など、目に浮かぶようでした。
ただ、ここに「手」が出てくるということに、もう一つ説得力が欠けるような気がしました。先代の女将が出てくるのなら、最初から着物姿で出てくるんじゃないのかな? と思ってしまいました。そこに何かもう一点、プラス要素があればより良かったような気がします。
2013-08-24 22:20:54【☆☆☆☆☆】天野橋立
カラー手祭りの一環としての『赤い手』出現、それまでの古い旅館や田舎の夜の雰囲気作りが功を奏し、かなり狸腹が冷えました。
先代のおかみさんが云々、という件は、天野様もおっしゃるように、かえって幕引きに混乱を残すような気がします。といってあまり因縁を詳述しても、こうしたショート・ホラーでは興醒めになりがちなので、もうひとつ何かちょっとした『赤』の手掛かりを、あくまで曖昧に(この加減が難しいのですが)入れてみるのも、ひとつの手だと思います。
いっそ背景や因縁など、いっさいすっとばしても怖いのでしょうが、それだと稲川風味じゃなくなっちゃいますもんね。
2013-08-25 20:05:09【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
計:0点
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