『たなばた前夜』作者:ゆうら 佑 / t@^W[ - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約12.33枚
 
「なにあれ。ばっかみたい」
 あたしは見あげてつぶやいた。男子たちが笹によじのぼって、何か白いものをつるそうとしてる。あ、健斗もいる。
 となりの佳世子を見たら、佳世子もぽかーんってして大笹を見つめてる。
 アーケードに当たる雨の音。商店街の中はいつもより暗い。
 電気屋のおじさんがもうれつな勢いで走り出てきて、こらーって大声で怒鳴った。男子たちはやべえとか急げとかいいながら、サルみたいに器用に支柱を降りてきて、そのまま走って逃げていった。
 おじさんはカンカンで、また怒鳴って追いかけようとしたけど、すぐあきらめて大笹のところに戻ってきた。浦江商店街のどまんなかに立つ、アーケードに届くくらい大きな笹。あんまり大きすぎて立たないから、電柱みたいな支柱で支えてる。カラフルな短冊とか飾りがびっしり吊るしてあって、なんかクリスマスツリーみたい。その中にやたら目立つ、白色の大きな物体。さっき男子たちがつるしてたやつ。何あれ? シーツ?
「あ、てるてるぼうず」
 って佳世子。
 いわれてみるとそんな気もする。頭っぽいのもあるし。2メートルくらいある、でっかいてるてるぼうず。
「なんで男子ってあんなばかなこと思いつくんだろー」
 ってあたしがいうと、佳世子は、「でも、明日晴れてほしいよねー」って。
 うん、まあ、ってあたしはうなずいて、アーケードを見あげる。透明の屋根のむこうには暗い空が広がってて、雨がぼたぼた落ちてきてる。
「けど、意味ないよ、てるてるぼうずとか。迷信、迷信」
「えー? 夏実は信じてないの?」
 信じないよ、って笑いながら答える。今日は七月六日、七夕の前日、でも梅雨まっさかり。
「えー、明日、晴れてほしくないの?」
 晴れてほしいけど……けど……あたしは歩きだして、笹の下を通る。下から見ると、特大てるてるぼうずは木に引っ掛かったシーツにしか見えない。
 こんなの思いつくバカって、健斗しかいないよねー、って何となくいった。
「え、なんで?」
「なんでって」
 改めてつっこまれると困る。「別に……」
 話題を変える。てかさあ、来週から保護者面談だよねえ。だっるいよねー。また親に進路のこといろいろいわれるよぉ。
 三年生になったら、急にまわりが進路進路ってうるさい。高校とかどこでもいいのにって思う。どうせどこ行ってもいっしょ。健斗とか佳世子といっしょならおもしろいかもしれないけど。
「夏実は高校決めた?」って聞かれる。
 まだ。佳世子は?
「まだ。でもたぶん浦高かなあ」
 やっぱり。たぶん、健斗もそこへ行く。
「そういえば、夏実はなにお願いしたの?」笹をふりかえりながら、佳世子はあたしに聞いた。「やっぱ学業成就?」
「いや、神社じゃないんだから」
 あはは、って佳世子はかわいく笑う。「じゃあなに?」
 ひみつ。
「なにそれー。探してやろっと」
 佳世子は立ち止まって、左右に体をゆらしながら笹に目をこらす。
 むだむだ。わかんないって、っていいながらあたしは佳世子の制服のそでをひっぱって、商店街を歩いていく。今日は金曜。やっと、一週間が終わった。

 ◆

 天気予報では、明日は雨。
 織姫と彦星の話は、だれでも一回くらいは聞いたことあると思う。一年に一回だけ会うことを許されてるっていう、あの全世界公認カップル。でも雨雲が居座っていたら、天の川はかくされちゃって、二人は会うことができない。
 だからそういうことのないように、あたしは今日、仕事をしなくちゃいけない。雨雲を追い払って、二人をちゃんと逢わせるために。

 完全に日が沈んで暗くなったあとに、また商店街に戻った。商店街のお店は全部シャッターが閉まってる。商店街の人にとって七夕は明日だから、今日はいつも通りお店を閉めちゃう。今夜が本番だってことをあたしは知ってるけど、だれにもいわない。どうせだれも信じてくれないし。
 人が少なくなった通りを走って、大笹の前まで来た。うん、今年も立派な笹。このずーっと上に天の川があるはずだけど、今は雲にかくれて全然見えない。
 そのときだれかが近づいてきて、ぶつかりそうになる。
「あ、菅原。なんでここにいるの?」
 健斗だった。おんなじクラスの男子。まださっきの制服のまんま。
「そっちこそ。なんでここに? さっきもいたくせに」
「何で知ってんの? まあいいや」健斗は上を見あげたまましばらく笹のまわりをうろうろしてから、急に支柱に飛び移った。そのままのぼっていく。
 最近やたら背が伸びて、もうあたしより10センチ以上も高くなってて、なんか悔しい。むかしはあたしのほうが高かったのに。なんか女の子にももててるみたいで、余計に腹立つ。
「何してんの?」
 危ないよ、っていったら心配してるみたいに思われるかも。
 かわりにいう。「ばっかじゃない?」
「うるさいな」
 健斗のいらいらした声が落ちてくる。健斗はさっきのシーツのあたりでごそごそやってる。位置を直して、形を整えてるみたい。
 ねえ、ってあたしは呼んでみる。「何なのそれ?」
「いや、どう見てもてるてるぼうずだろ」
「そんな迷信信じてんの? ガキっぽい」
「お前には関係ないし」
「ふーん」
 あたしはしばらく、健斗のすることを見物する。てるてるぼうずはだんだん形がよくなってきて、ちょっとサマになってきた。
「ほかの男子たちは?」
「帰ったよ。飽きたんじゃないの」
「あんたは帰らないの」返事がない。「明日、そんなに晴れてほしいんだ? 何かあるの?」
「別に」
「あ、もしかしてだれかとデート?」
「うるさいな」
 そっけなくいわれた。なんかすっごい、嫌な気分。
 帰ろうとしたら、上から何かがひらひら落ちてきた。
 赤い短冊。
 あのばか。あたしは上を向いて舌打ちする。落としてるよ、他人の短冊。
「ねえ」
「何だよ」
 あたしはちらっと、短冊を見る。見覚えのある字。

  恋が成就しますように

「おい、何だよ」
 健斗が怒鳴ってるけど、無視する。
 これ、佳世子のだ。
「ううん、何でもない。がんばってね」
 あたしは短冊を持ったまま、走って帰った、っていうか逃げた。
 ねえ佳世子。心の中で呼びかけてみる。
 恋って、だれとの恋?

 ◆

 夜中になった。
 あたしは長い笹の枝を一本折って、それにまたがる。魔女の箒みたいに。左足で地面を蹴って、ふわっ、と浮かび上がった。建物のすきまから通りの外に出て、アーケードの上に回り込む。
 どしゃぶり。笹の枝を頭の上にかざすと、笹は大きな傘に変わった。つるつる滑りやすいアーケードの上を慎重に歩いて、大笹の真上まで来た。ここが、天の川の真下になる。
「今年はとくにひどい天気だ」
 声がした。知らないうちに、となりに背の高いおじさんが立ってる。暗くてよくわからないけど、傘もささないで、スーツを濡らしっぱなしにしてる。
「西南西からもっとえげつない雲が来るぞ。明日は雷も降る」
 おじさんの声は、ごろごろって体に響いてくるみたいに太い。
「あの」あたしはびくびくしながら声をかける。
「今年はえらくかわいいお嬢さんだな」
 おじさんはあたしのほうを向いて、いった。
「あ、今年からは、あたしが……」
「代替わりか。もうそんな時期か」
 おじさんはにやにや笑ってるみたいだった。「人間はあわただしい生き物だな。まあいいや。新人、やり方はわかってるのか?」
「やり方って……」あたしは困る。
「あなたに雲を追い払ってもらうように頼むだけじゃ……」
 おじさんは笑い出した。「母親はそう言ったか。ちがうちがう、私だってただ働きはしない。あんたの心を、ちょっぴりもらうのさ」
「心?」あたしは不安になる。お母さん、そんなこと一言もいってなかったのに。
「魔女の心は濃くてうまいんだ。いや心配無用。ちょっと取ったくらいでなくなりやしない……」
 あたしは傘の柄をぎゅってにぎる。
 そのときケータイが鳴った。鳴りやまない。電話だ。
「何だ」おじさんはめんどうくさそうにいう。「早く出ろ」
 けっこう優しいんだ、ってほっとしながらケータイを開く。佳世子からだ。
「もしもし」
 ――あ、夏実、いま大丈夫?
「うん」
 ――すごい雨のおとしてるけど……大丈夫? うん。 あのさ、ちょっと話があって……
「何? こんな時間に」
 ――えっと……
 佳世子は歯切れが悪い。めずらしいな、こんなこと。しばらく待ってたら、やっとちっちゃな声でこういう。
 ――さっき、健斗くんからメールが来て
「うん」やばい。
 あたしの声、震えてる。
 ――明日会えないかって。どっか行かない?って、誘われちゃった……どうしよう? どういうふうに返事したらいいかな? あ、今まで黙ってたけど、あたし健斗くんのことちょっと気になってて、それで……ごめんね黙ってて。……夏実? 聞こえてる?
「行くって返事したら?」
 自分でもびっくりするくらい、冷静で、自然な声。笑ってるみたいに聞こえる。まるで佳世子を応援してるみたいに。「行ったらいいと思うよ。そーゆーメール送ってくるってことは、絶対あいつも佳世子に気があると思うし。佳世子にもその気あるんなら、よかったんじゃない?」
 ――あ、うん……。
 電話のむこうで、佳世子がもじもじしてるのがわかる。
「ではでは、健闘をいのります!」あたしは元気にいって、「それじゃ」って電話を切ろうとする。そこで思いだして、冗談っぽくいってみる。「あ、佳世子? もしかして、健斗に好きになってもらいたいとか、短冊に願い事したんじゃない?」
 ――しないよそんなこと!
 慌ててる。やっぱり佳世子かわいいな、って思いながら、はいはい、じゃあねっていって電話を切る。
 雨はさっきよりひどくなってる。台風みたい。
 明日、佳世子は健斗とデートするんだ。
「このまま何もしなけりゃ、明日は警報が出るぞ」
 おじさんがいった。笑ってる。
「もっと降らせてやろうか?」
 なんかこっちの心の中を見られてるみたいで、すっごい腹立つ。
「何いってんの。晴れにしないと、織姫と彦星が会えないし」
「私には関係ない。お前にも関係ないだろ」
 そうだけど。そうだけど、でも。
「会えなかったら、かわいそうだし」
 おじさんはぷって吹きだして、またこっちを見る。
「ほら早く、雨雲追い払っちゃってよ。あたしの心くらい、いくらでもあげるから。でも一個条件付けていい?」
「ふん。とりあえず聞こうか」
 そのとき雨がまた激しくなって、あたしの声がおじさんに聞こえたかどうかはわかんない。でもおじさんはもうそこにはいなくて、かわりに大きな鬼が座ってた。何十個もある太鼓をまわりに浮かばせて。
 どん、どん、どんっていう大きな音をひびかせて、雷神は太鼓を打つ。空気が震える。雲が散り散りになっていくのがわかる。
 空はあっという間に晴れた。
 ぼうっとしてると、またスーツ姿のおじさんが近づいてきた。では約束通り、っていいながらあたしの胸に手を当てる。
「セクハラ!」って手をふりはらった時にはもうおじさんは見えなくて、あたしの胸はすっと軽くなってた。
 空を見あげる。夜空に、まぶしいくらいの光の帯が広がっている。天の川だ。
 あたしは傘をたたんで、またそれにまたがってアーケードから降りた。
 真っ暗な商店街を歩きながら、健斗のことを考えると、まだ胸がうずうずした。よかった。残してくれてる。
 来年もよろしく、っておじさんに呼びかけてみる。
 そのときは、あんたに取られないくらいの大きな恋、しておいてやるから。


おわり
2013-07-07 00:22:36公開 / 作者:ゆうら 佑
■この作品の著作権はゆうら 佑さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 枯れ木も山のにぎわいということで(枯れ木なんぞいらんと言われるかもしれませんが)、短いものですが投稿させていただきます。
この作品に対する感想 - 昇順
 どうも、最近他のサイトでも投稿を始めたayahiです。とてもメルヘンチックな話ですね。(メルヘンチックってなんだっけな……)しかしところどころで読みづらい部分が。
 夏実ちゃんのセリフが地の文の時とカギカッコで閉じられてる時で2パターンあるのですが、何か意味があるのでしょうか。あとは同じ名詞がところどころ見られたのでうまく代名詞を使うと読みやすくなると思います。あとは誰が話しているのか、たまにわからなくなるのでそこら辺を整理すればもっと良くなると思います。
 内容について。なんだかとっても深い話ですね。電話のシーンと短冊が落ちてくる場面が個人的には好きです。
2013-07-11 19:21:01【★★★★☆】ayahi
>ayahiさん
 感想と評価、ありがとうございます!
 登竜門以外にもいろいろ投稿サイトはありますからねえ……。
 読みづらかったとのご指摘、ありがとうございます。セリフが地の文と「 」の中とで混在していることに、特に意味はありません。強いて言えばカギカッコが続いて単調になるのを避けるためですので、意図して区別を付けているわけではないのです。
 それも関係しているのかもしれませんが、誰が話しているのかわからなくなる、とのことで、不親切ですみません。確かに描写が少なく、セリフも短いシーンがちらほらありますね。勢いで書き進めているような所もあったかと。それから、同じ名詞というのは「笹の枝を頭の上にかざすと、笹は大きな傘に変わった」などでしょうか。これは配慮が足りていませんでした。以後気を付けます……。ご指摘ありがとうございました。
2013-07-16 17:39:14【☆☆☆☆☆】ゆうら 佑
読みましたー。
突然変な質問をしますが、ゆうらさんって女性ですか? 自分が読んだゆうらさんの作品って、どの女性もとても巧いんですよね。女性的というべきなのか。男性の書く女性とはちょっと違うような、変な生々しさがあるというか。今回の作品もそうなんですよね。あの電話の切り方は、なんかいろんなものを抑えた感じがします。それを決して口に出さないのが、寂しいですね。
だから、人間模様に文句はないんですよね。あの三人についてはあんまりいうことない。主人公かわいそう……くらいですかね。
ただ、魔女のくだり。雲を晴らすために、魔女を継承して、そして心の一部をあげる。これ自体は設定として面白かったですし、読ませるものがあったんですが、なんか「それだけだった」感が半端ない。そこはもっと文字数使ってもいいから、深く書くべきだったでしょう。
締め方もきまっていたし、短い作品ながら良かったんですが、すごく設定を無駄にしてる気がしたんです。これだけの設定があれば、もっと掘り下げれた気がします。惜しい。
などと、偉そうなことをぬかしておきます。ただ、SSくらいの作品だとこれでいいのかもしれません。長くなりすぎても蛇足になりますし。
それでは、次回作、楽しみしております。
2013-07-25 01:22:03【☆☆☆☆☆】コーヒーCUP
>コーヒーCUPさん
 お読みいただきありがとうございます!
 はい、実は……と言いたいところですが、男性です。すみません。そういう指摘をいただいたのは、初めてかなあ、どうだろう……。まあ、当の女性から見たら「こんな女いねーよ」という感じかもしれませんが(笑) もちろん、ぼくが今までに出会った女性のことをある程度投影してることもありますけど、この作品はどうだったかなあ。基本的には妄想の産物ですけどね。人間模様を描けていたのなら、ぼくの試みとしては大成功です。
 これは去年書いたものですが、おっしゃるとおり魔女のくだりが唐突なので、これじゃ雑すぎるよなあ、と思って放置していました。でもいい案が浮かばず……。なるほど、うまく設定を生かしてボリュームアップしたらよかったのでしょうね。
 ありがとうございました。春から少しずつ書き進めているものがあるので、いずれ形になれば投稿させてもらおうかなあと思っています。
2013-07-26 18:30:24【☆☆☆☆☆】ゆうら 佑
こんにちは。
読ませて頂きました。前出の感想と被るのですが、全体的に描写が少ないと思いました。そして、主人公が魔女だった、と言うのも唐突感が否めません。SSでの最後のどんでん返しで実はって言う手法にいきなり魔女でしたって有りだと思うのですが、この作品は、実は魔女でした、は驚きより唐突過ぎないかなって言うのが正直な感想です。どうせなら、最初から主人公は魔女だと解る描き方をしておいて、自分の恋心より友人の恋の応援に回るという方が読み手としてはすんなり受け入れられた様な気がします。
ゆうら 佑様も軽い文体が好みなのだろうと勝手に思い、意見させて頂くと、さらっと読める文体は良いと思います。しかし、もし描写の少なさの指摘が多い様なら、数行、意識的にプラスして描く事をお勧めします。それによって「」の連続の単調さも改善できると思います。
優しい文体に女性的な感じがして、ファンタジ作品だなって思います。次回作もふわふわした優しいお話なのかなと思いながら、次の作品をお待ちしております。
2013-07-30 13:20:05【☆☆☆☆☆】蜻蛉
>蜻蛉さん
 こんにちは。感想ありがとうございます。
 おっしゃる通り軽いものを目指しました。好みと言うより、話し言葉をどれだけ地の文にねじ込めるか……というチャレンジでもありました。ちょっと筆力が及ばなかったようで、反省しております。
 魔女のことについては、驚きは全然狙っておらず、あくまで普通に読んでいただきたかったのです。ですから最初から解る書き方を、というのは、本当にその通りですね。そうですよねえ……。
 次回はどうでしょう。ふわふわはあまりしてないような気がします。文体はいろいろ挑戦していますので、また感想など聞かせていただけると嬉しいです。
2013-08-04 22:07:12【☆☆☆☆☆】ゆうら 佑
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。