『首飾りと奇妙な青年』作者:ミミック / z[ - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
「人助け、したいんだ」そう言って笑う謎の青年イト。少女と探し物を探す話
全角12617文字
容量25234 bytes
原稿用紙約31.54枚
 「県内のニュースをお伝えします。今日午後五時頃、○○市の交差点で一人の青年が車にはねられました。運転手によると青年が猫を追って飛び出した、と言っており青年の不注意から起こってしまったのだと考えられます。このような事件が最近多発しています。若者が自殺するために起こってしまうのでしょうか。次のニュースです。森泉高等学校での飛び降り事故です。」
 ぶつん
 テレビが切れた。


 森泉高等学校の昼下がり。
 卒業も間近でクラスはのほほんとしていた。
 私と楓はいつものように屋上でお弁当を食べていた。
 楓はやわらかそうな黒髪を肩あたりでなびかせて卵焼きを箸でつまんでいた。はむっと卵焼きを咀嚼しながら焼きウィンナーを箸でつついた。ウィンナーをつまむのに失敗し、ウィンナーがコロコロと足元まで転がった。こいつが成績学年一位、難関高校に合格しただなんてありえない。
「うぅー……」
 ウィンナーを落とした楓は涙目でそれを見つめている。たしか楓はウィンナーが大好きだったような気がする。
「楓、こっちこっち」
 私は自分のウィンナーを箸でつまみ、楓に向ける。しかも私のウィンナーはタコ型に切ってあるタコさんウィンナーだ。
「あげるよ」
 楓はうるうるした目でウィンナーを見つめ、ぱくっと箸ごとくわえた。
「はひはほぉへはぁ〜」
「日本語忘れないでよー」
 こんな平和な毎日がいつまでも続くと思ってた。
 そう、今の今まで。
「えー?ありえなぁーい」
「ホントだよぉーしかもねぇー」
「マジでぇー?」
 屋上の扉の方から女子高生のきゃぴきゃぴとした声が響いてきた。この声には聞き覚えがある。確かB組の河上美里と上野優美、それからA組の綾野亜美だ。あの三人は学校位置とうたわれるほどの不良で授業をサボるのはもちろん万引きにカツアゲ、脅迫などのいじめも頻繁に起こしている。このままここにいると目をつけられてしまう。しかし楓はそんな事には気にせずにタコさんウィンナーをハムスターのように頬張っている。何とも平和そうな顔しているが場合が場合なのでとりあえず連れようとする。
「楓、そろそろ教室に戻ろ?」
「んーぅ?」
 ごくりとウィンナーを飲み込んで楓は首をかしげた。
「なんで?」
「あれぇ?ウチらの特等席に誰かいる〜」
 遅かった。もうあの三人組は私たちの周りにいた。
「うわぁーこの子たしかゆーとーせーだよねぇ」
「うん、そーそーこぉんなにマヌケなのにねぇ」
「うっ!」
 綾野亜美が楓の髪の毛を引っ張る。楓は痛がって身をよじる。
「きゃはははっ!いーい反応っ!」
 河上美里が猿のおもちゃが手を叩くような仕草でバシバシと手を叩いて笑っている。
「や……めてよ……」
 楓を助けなきゃ。でも恐怖で足が動かない。
「あれれぇ?あなたのお友達が全く動かないよぉ〜?」
 上野優美が憎たらしい笑みを浮かべて腕を組んで丸まった楓を見下ろしている。
「どぉしちゃったのかなぁ?お友達じゃないのかなぁ?」
「うっ……ごほっ」
 楓の湿った咳が聞こえた。もともと楓は体が弱い。これ以上屋上にいるのは危険だった。そんなことは分かっている。でも足が動かない。あんなに楓が痛めつけられているのに。
 助けなきゃ。怖い。助けたい。でも、でも。
「ん〜?なぁにこれ?」
 楓の首あたりに河上美里が手を伸ばす。私はその瞬間自分の目を疑った。
 楓はずっとつけていてくれていた。私が小さいころに作ったビーズの首飾り。私があげた時に楓はとてもうれしそうな顔ですぐにつけてくれていた。でもそれからずっとつけていただなんて全く知らなかった。
「うわぁ〜だっさぁーい」
 綾野亜美が何気なくその首飾りをつまむ。
「やめてっ!!」
 誰の声かわからなかった。こんなに凛とした声は聞いたことがなかった。
「それは……大事なものだから……」
 楓だった。そしてビーズの首飾りを大事そうに撫でた。
「……へぇ」
 地獄の底から這い寄る綾野亜美の声だった。突然の大声で怯んでしまったのが悔しかったらしい。
「じゃあ無くなったらとおっても悲しいよねぇぇええっ」
 全てがゆっくりとして見えた。綾野亜美が座り込んでしまった楓の首に下がっている首飾りを素早く引きちぎりそのまま手を放した。転落防止用の柵の方へと。
 引きちぎられたビーズと鈴がばらばらと落ちる。太陽に反射してキラキラと光った。一際赤色のビーズが輝いたような気がする。そのビーズは地面に転がり、柵の向こうへと落ちて行った。金色の鈴がしゃらしゃらと音を立てて転がった。楓の目がみるみる見開いていく。大粒の涙が頬を伝う。首飾りだったものは柵の外へと消えて行った。
「いっ……やああああぁぁぁぁ!!」
 楓は狂ったように叫んだ。
「あははははぁぁっ!!いい顔だよぉ!楓ちゃあんっ」
 綾野亜美は腹を抱えて大爆笑している。河上美里と上野優美は気まずそうに顔を見合わせた。
「あ……いやぁ……なんでぇ……?」
 魂が抜けたように楓は口を開閉させている。
「今なら木に引っ掛かってるかもよ? 楓ちゃあん?」
 綾野亜美がくすくすと笑う。そんなはずはないだろう。ビーズもバラバラになってしまったんだ。たとえ引っかかっていたとしても見つけられないだろう。
「そっかぁ……そうだよねぇ」
 そうつぶやきよたよたと柵のそばまで歩いて行った。
「楓ぇっ! あるわけないでしょ? また、作ってあげるからさ、ね?」
 私は叫んで楓を止めようとした。すると楓はゆっくりと首を回した。
「こうなることがね、望まれてるんだよ」
 うっすらと微笑み楓は柵から身を乗り出した。
「楓、止まって、お願いだからあああああああ!!」
 そして楓の姿が完全に消えたころに
 ベキベキベキバキッボキッ
 しばらく枝の折れる音が聞こえてそれから
 肉の潰れる音がした。
 卒業間近に親友を亡くした。


 私は無力だ。何も出来ない駄目な人間。愚図で間抜けでドジな私に出来ることといえば勉強だけだった。誰よりも必死に勉強して難関高校にも合格した。でも私はあまり達成感を感じられなかった。ずっとふわふわしていて宙を漂っているようだった。そして勉強しかできない私の周りには誰もいなくなってしまった。
 でも、そんな私に近寄ってきてくれた人がいた。それが玲奈だ。
 玲奈とは幼稚園のころから同じだった。でもその時はクリスマスのプレゼント交換の時だけ、少しだけ話しただけだった。その時に私がもらったプレゼントが玲奈の作った首飾りだった。初めてもらったプレゼントだった。とても嬉しかった。それから私はその首飾りを毎日身につけた。玲奈とは小学校が同じだということに最近気づいた。それから時は流れて私たちは中学三年になった。偶然同じクラスになり玲奈の方から声をかけてきてくれた。
「えっと……小学校、同じだった……よね?」
 中学三年生、初めて人としゃべったような気がした。
 それからずっと玲奈と一緒にいた。首飾りのことは内緒にした。首飾りのことを玲奈はきっと忘れている。いまさら言うのも気が引けた。
 そして卒業を控えた昼休み。
 大事なものを追って私は死んだ。
 でもさあ、これが一番いい死に方でしょ? お父さん。


 楓が死んでから三日が経った。私はその時から学校に行っていない。もうあの場所は嫌でしょうがない。出席日数も十分に足りている。もう卒業式まで出なくてもいいはずだ。
 ベッドに寝ころんでもご飯を食べても瞼の裏に出てくるのは楓のはかない微笑み。
 そういえばあの首飾りはどこにいったのだろうか。まだ木に引っ掛かっているのだろうか。
 午後十時三十六分、今なら学校には誰もいない。誰にも会わない。今行こう、今しか行けないような気もする。そして私は家を出た。


 家を出てしばらく歩けばすぐにつく距離だった。毎日楓と歩いたなぁなんて思いながら学校の正門に到着した。確か西門の鍵が壊れているはずだ。そこから入ろう。西門を軽く押すと錆びついた音を立てながらゆっくりと開いた。広いグランドの向こうには高くそびえたつ校舎が覗いていた。ところどころに目立つ汚れが一層恐怖を増幅させている。
 私は楓が落ちた場所まで走って行った。一応陸上部のエースだったがさすがに三日間も動いていないととても体が重く感じる。
 楓の落ちた場所には白いユリの花束が置かれていた。心優しい人もいるもんだな、と感心した。
 ユリの花束を横にずらして桜の木を見上げた。桜の花びらが雨のように私の顔に降り注いだ。真っ白な花弁は恐ろしいほどに美しかった。はるか昔、どこかで、誰かが言っていた。
 『綺麗な桜の下には死体が埋まっている』
 と……
 この桜はとても綺麗だ。もしかしたら楓の一部が埋まっているのではないのか。
「そんなことないか」
 思わず口から独り言が零れた。軽く頭を振り邪念を振り払った。
 と、その時……
 ザワザワザワザワザワザワッザワザワザワッ
 風が激しく吹いた。前髪がふわり、と浮いた。
「やあ、お嬢さん」
 振り向くとそこには私と同じくらいの少年が立っていた。
 猫のように歪めた唇は赤く、瞳は何故か緑色に爛々と輝いていた。耳につけた和風で大きな耳飾りが動くたびにゆらゆら揺れた。
「探し物かな?」
 にやにや笑いながら首をかしげた。まるで全てを知っているかのように。
「え……あの……」
 まだよくわからない私は戸惑ってしまう。
「ふふふ、怖がらなくてもいいよ。僕は人助けがしたいだけだからさ」
 余裕たっぷりに笑っている少年。この人はもしかしたら少し変な人なのかもしれない。逃げそうな私ははっとした。
 私は気付くまでこの人がいることは知らなかった。振り向いたらいたんだ。それはつまり……
「何を考えているのか知らないけどね、僕は霊的な存在じゃないよ? ただちょっと不思議な力を持ってるだけさ」
 かなり不可解な言葉を残し、彼はくすくすと笑う。
「私の頼み、聞いてくれるの?」
 彼はにっこり笑った。
「もちろんさ」


 全てのいきさつを話し木に引っ掛かっている首飾りを取ってほしいと伝えた。
「へぇ、じゃあそれを取ったら頼み……願いが叶うんだね?」
 私は無言で頷いた。

「でもね、僕の予想だとその木には花びら以外引っ掛かってはいないよ?」

「……はっ?」
 突拍子もない言い草にいらだちを感じた。
「なんであんたにそんな」
「冷静に考えてみなよ」
 少年は無表情で囁いた。
「人が一人死んだんだ。しかもこの桜に何度もぶつかったんだろう。……枝が折れているように見えるかい?」
 考えてみればそうだった。桜の木には枝一つ折れていない、それどころか傷一つ無い。むしろ、新品のように綺麗だった。
「どうやら植え替えられたようだね。さて、本物はどこに行ったのだろう?」
 挑発的な笑みを浮かべ私を見下ろした。
 しかしどこへ行ったのか、見当もつかない。まさかもう廃棄処分へと出されてしまったのか。
「それはないんじゃないかな」
 心を読んだのか少年は微笑む。
「たとえ捨てられたとしても枝は全て切られるだろう? なら首飾りが引っ掛かっていることに誰かしら気付く」
 少年はすらすらと言葉を並べる。その表情は涼しげだ。
「そう……その首飾りは誰かが所持しているんだよ」
 決定的な一言を私に投げかけた。私の中では疑問が爆発した。
 どうして少年は分かったんだろう、一体誰が何のために首飾りを持っているのだろうか、
 そもそも、どうして少年はすんなり受け入れてくれたのだろう。
「ふふふ、君の言いたいことはよぉくわかるよ。でもね……」
 少年は囁いた。
「僕はタダでは協力しないよ? 今までのはサービスさ。ここからは有料だよ」
 猫のように目を細め悪戯っぽく笑った。
「……」
 めぐるましい事の展開に頭が混乱しそうだった。私はただ、首飾りを取り戻したいだけなのに。なぜこんなに複雑な問題になってしまったんだろう。
「さぁ、考えているのかい? いくら僕でも長くは待てないなぁ」
 今、ここで少年に助けを借りたら代償を払わなければいけない。しかも、何を支払うのかわからない。しかし助けを借りなかったら永久にもう首飾りが手に入らないような気がする。
「何を払えばいいの……?」
 少年はうっすらと笑みをたたえて囁いた。

「君の命、だよ」

 静寂が耳を打った。
「僕は助言をするだけさ、それでも君の命をもらう。……さぁ、どうする?」
 確かにこの少年は力もなさそうだ。しかしどこか強力な力を持っているような錯覚を覚えた。そしてその助言がどれだけ役に立つのかわからない。とても不平等な交渉。でもここで断れば後悔する。そんな不思議な力を持っている……気がする。それにあの首飾りは楓の物だ。私には関係のないものだ。
『こうなることがね、望まれてるんだよ』
 楓の声が聞こえた気がした。あれじゃないと、あの首飾りがないと楓が成仏出来ないんじゃないか、不安になった。楓は強情なところがある。まだこの辺りを彷徨っているのではないのか。命よりも大切な親友、楓がいなくなってしまった今、大切なものは無い。それに私は大事な親友を守れなかったんだ。これは当然の報いだろう。それにこの命を差し出して首飾りが手に入るのだからそれは楓を救うことになるのではないか。私は覚悟を決めた。
「わかった。首飾り、取り戻した後に私の命をあげる」
 少年は笑う。私も真似して笑った。久しぶりに笑ったため、顔の筋肉が引きつる。
「いいだろう。交渉成立だよ。僕はイト。よろしく玲奈君」
 少年、イトは手を差し、握手を求めた。その手を握り返しありったけの笑顔で答えた。
「よろしくっ」

 桜が狂ったように花びらを落とす。雨のように降り注ぐそれは異様に白い。
「さて、夜も更けているけれど君は大丈夫かい? 家に帰らなくても」
 イトは首をかしげた。一応心配はしてくれるらしい。
「大丈夫、どうせ気づいてないだろうし」
 そう、家には祖母と父しかいない。それに父は家にあまり帰ってこないから祖母しかいない。けれど祖母は私には興味がないらしく放置されている。
 だから心配などされない。
「へぇ、じゃあ今日のうちに首飾りを探すかい?」
 私は迷いなく頷いた。
「よし、じゃあとりあえず教室に移動するよ。もしかすると机の中に入っているかもしれないからね」

 私の教室……三年A組に入るとそこの雰囲気はがらりと変わっていた。綾野亜美の席には落書きが施されていた。覗いてみるとそれは残酷だった。
『人殺し』『バーカ』『人間のクズ』『死ね』『調子乗ってんじゃねーよ』
「……この席の人物が楓君を殺したのかい?」
 鋭いイトの一言が何故か私に突き刺さった。
「……いや、この人は違う。私が殺したの」
 そう、綾野亜美は殺していない。追いつめただけだ。その楓の背中を押したのは私だ。
 イトは微笑む。そして冷徹な一言を投げかけた。
「そういうのをねぇ……玲奈君、偽善というんだよ」
 いつの間にかイトの表情は無だった。彼は私を見下していた。
「玲奈君、君はただ安い正義を振りかざしてるだけさ。そんな嘘、つくんじゃないよ。本当は亜美君が殺したんだと思っているんだろう?」
 彼は綾野亜美の机をなでながら甘く囁いた。
 くらくらしてきた。私の見えない手が楓を押した。綾野亜美はただ追いつめただけだ。
 綾野亜美は何もしていない。
「君、自分を偽ってはいけないよ。そんなことをして僕が同情でもすると思ったのかい?」
 イトは眠そうにあくびをしながらこちらを見つめた。まるで植物を観察しているような目だ。気付いたらもう真夜中だ。窓の外からは桜の花びらが夜の闇に溶けながらも舞っている。
 同情、私はそんなことを望んでいたのだろうか。自分の気持ちが分からなくなってきた。どうして私は首飾りなんかに命を差し出しているのだろうか、あんなビーズの塊なんてどうでもいいんじゃないのか、綾野亜美に引きちぎられてしまったのだから見つけたところでただのぼろぼろの糸でしかないのだろう。
「迷っているのかい? なら君は僕に何を頼んだのか思い出してみなよ。君は覚悟を決めたはずだよ」
 その瞬間、冷水を浴びせられたようにはっとした。あの時確かに私は決めたはずだった。何を迷っていたのだろう。
「ごめん、イト」
「謝らなくてもいいさ、どうせ命はもらうからね」
 何やら不吉な言葉を発しながらやわらかく微笑んだ。
「それにしても女子というものは怖いねぇ……残りの二人はどうなったんだろう?」
 どうでもよさそうにつぶやくとイトはB組の方へと歩いて行った。

 三年B組は落ち着いた雰囲気を醸し出していた。二人の席はとても綺麗で傷一つ無かった。その上には当然のように白い花が生けられていた。
「あーあ、ストレスで押しつぶされてしまったのかな」
 彼は当然のように白い花を掴んだ。くしゃりと握りつぶした。
「なんてね」
 吐き捨てるように二人の机の花を握りつぶし終えて机の中をあさった。
「見てみなよ、こんなに学習用具が詰まっているのに死んだなんて笑ってしまうよ」
 見てみるとぎっしりと教科書やノートが詰め込まれていた。名前はもちろん河上美里と上野優美だった。
「さあ、戻ろう。まだ亜美君の机の中を見ていなかったね」

 綾野亜美の机の中に手を突っ込んだ。ガサガサと紙のこすれる音がしてから何かを引っ張り出した。
 赤いペンキのようなものに濡れたその手の中には糸の塊のようなものがあった。
「ほら、見つけた」
 無邪気な笑みを浮かべて丁寧に赤いペンキをぬぐった。
 確かにそれは首飾りだった。だがビーズがすべてなくなっていた。それはただの糸でしかなかった。だから返してもらったことにはならない。
「まだ……でしょ?」
 イトに聞いた。イトはわかっている、といった風に頷いた。
「もちろん、こんな中途半端な形で終わらせたら楓君も怒るだろう」
 悪戯っぽく笑い、イトはそのまま教室を出た。
「え……イト、どこいくの?」
 遠くなっていく背中に声を投げる。イトは振り向きもせずに呟く。耳飾りが揺れた。
「……外だよ」

 校庭に出るとすがすがしい空気が肺に入ってきた。この空気を吸うのも最後となると急に寂しくなった。
「さて、どうやって残りのビーズを探そうか……玲奈君、ビーズの色は覚えているかい?」
 必死に首飾りを引きちぎられた時を思い出した。無数にとんだビーズの中でもひときわ大きいビーズがあったはずだ。その色しか覚えていなかった。
 燃えるような、血のような、赤色。ビーズの中で真ん中に輝いていた赤。
「赤色。一個しか覚えてないけど」
「十分さ」
 一瞬イトの輪郭がぶれた気がする。
 しゃらん
 どこからともなく鈴の音が聞こえた。
 ふと顔を上げるとイトは満面の笑みで耳飾りに手を伸ばした。
 しゃらんしゃらんしゃららららららら
 鈴の音がさっきよりも激しく聞こえた。
 しゃららららららららん………………
 イトが耳飾りに触れる。すると鈴の音はピタリと止んだ。まるで目覚まし時計を止めたようだった。とても謎だ。
「イト、その耳飾りって……」
「ん? これかい?」
 イトはどうでもよさそうに答えた。
「これはただの兄さんのおさがりさ。……そうだ、すこし僕の話を聞いてくれるかい?」
 突拍子もない質問に戸惑ったがイトの真剣な表情に負けて頷いた。
「僕はね、少し前に死んだのさ。嘘をついてごめんね。道路に飛び出した猫を助ける代わりに僕がトラックに轢かれたのさ」
 まるで世間話をするような気軽さで淡々と話す。私の背筋に冷たいものが走った。
「僕はその日誕生日でね……とても残念だったよ。でも僕の両親は成績優秀、スポーツ神経も抜群な兄さんばっかりに構っていたからね……こんな変な口調の僕を疎く思っていた。一人で迎えた誕生日のちょうど午後七時に真っ白な猫が道路に飛び出したんだ。とても綺麗な猫だったよ。その時にトラックが来たんだ。あんなに綺麗な猫が死ぬのはもったいないと思って、僕はその猫を助けたんだ」
 イトはとても懐かしいものを思い出すようにうっとりと空を見上げた。
「最近、こんな事故がよくあるらしいんだ。うっかり死んでしまう人が増えてしまった。だから僕はそれを食い止めようとした。命をもらうのはその覚悟があるのかどうかを試すようなものさ。でも結果的には幽霊に遭遇しているわけだから寿命は縮むよ。さて、まずはこの世にとどまっている不幸な霊を取り除き犯人を捜そうと思ってね。首飾りを探して楓君の霊を助けるのさ」
 何とも言えない感情が湧く。イトはそんな思いでこの世にとどまっているのか。
 しかし今の発言で私は気付いてしまった。
「楓が今もいるの……?」
 楓が今もとどまっているのなら一言謝りたい。助けてあげられなくてごめんって……
「あぁ、いるよ。君のすぐそばに」
 イトは笑いながら私の背後を指差した。だが振り向いてもそこには何もなかった。
「見えないに決まっているよ。幽霊なんだからね」
 あきれてため息をつきながら首を振った。仮に私に見えたとしてもどんな反応をすればいいのかわからないし、謝ったところで楓はもう死んでしまったのだからいまさらどうなるっていうんだ。それは無駄だ。
「いや、無駄ではないさ」
 心を読んだかのように彼は囁いた。いつになく真剣な顔つきでまっすぐと私を見据える。
 彼はそれっきり喋らない。
 沈黙を守るかのように桜の花びらが舞い散る。青色の耳飾りが風に揺れる。
「無駄じゃないってどういうことなの」
この不思議な空間が嫌になり、沈黙を破った。
「そのままの意味さ。楓君は怒ってないよ。ただ、首飾りのことばかり気にしているようだけど。会話は不可能さ」
 イトは微笑んでそう言った。首飾りを見つけなければ会話は成り立たないらしい。
「じゃあ赤いビーズだけでも探そうよ」
「そのつもりさ」

 何の理由があって理科室に来なければいけないのだろう。
「イト、なんで理科室にいるの?」
 私が不満げに尋ねた。ここは楓が落ちた場所のすぐ前のすごく不愉快な所だ。
「ビーズを探すんだよ。それ以外に何があるのさ」
 彼は不思議そうに首をかしげた。本当にこの人物といると調子が狂う。
「こんなところにビーズなんてあるはずないでしょうが……」
 吐き捨てるようにつぶやくと机を小さく蹴った。
 ガコンと音がして机の裏から何か固いものが落ちてきた。
「……!!」
 冷や汗が背中を伝う。それは金属製の黒い箱だった。
「お見事だよ、玲奈君。大きな収穫さ」
 目を輝かせてイトは箱のふたを開こうとした。
 キ……キィ
 軽い金属音を立ててふたが開いた。
「どうせタイムカプセルか何かだと思うけどかなり新しいものだね、それに理科室に隠すとは相当な……ん?」
 何を言いかけたのか気になるけれど箱の中からはたくさんの手紙が入っていた。
『この手紙を読んでいる頃、私は死んでいるでしょう。私は不幸な事故で死んでしまったとされていた若者を、実は、間接的に殺していました。裏で若者に金を握らせて特定の若者を殺しました。私は普通の人々よりも秀でた天才と呼ばれる若者だけを殺しました。私は若者たちを平坦なものにしようと考えたのです。しかしそれは間違っていると自分の娘に言われてしまいました。私はとてもショックでした。私の娘は小さいころから賢かったのです。娘が一番になると私も自分のことのように嬉しかった。だから私は他の若者、主に娘と同じような年齢の異質の若者を狙いました。なんでも娘が一番になれるようにと……しかし娘は私の行為に気付いてしまったのです。ちょうど私が次の犠牲者を増やすところでした。その時にいつも笑顔だった娘が初めて私に反抗したのです。初めて私を軽蔑しました。初めて私を罵ったのです。私は全て娘のために行ってきたのに、どうして、なぜ、こんなことにならなければ……私は打ちのめされました。これはただの自白です。私は今からこの場所で娘が死んでいくのを眺めようと思っています。そろそろ金で雇った綾野亜美が娘のお気に入りの首飾りを投げる頃なのだが――今、愛しの娘が潰れました。あんなに可愛らしい自分の娘の顔が醜く潰れていきます。楓の傍らには首飾りが落ちています。私はそれを引きちぎりました。そして屋上にでも捨てておこうと思います。ああごめんなさい楓。あなたは許してはくれないでしょう。私の罪はぬぐいきれない。死んでも地獄へ直行だろう。だからせめてあなたと同じ時間に死にましょう。すぐに見つかるようにここに置いておきます。今までたくさんの若者を殺してしまいました。交通事故を装ったり、自殺に追い込んだりと非道なことを重ねてきました。最後の犠牲者になりかけてしまった山本玲奈様、もうこれでお終いです。全て終わったのです。なぜ私はたくさん若者を殺してきたのかわからなくなってしまいました。楓がお世話になりました。
森泉和義』
 支離滅裂で何を言いたいのかわからないつぎはぎだらけの文章だった。しかし楓とよく似たその字に私は体が固まった。目の前が真っ暗になり怒りが胸を満たす。わなわなと拳が震えた。血管がぶちぎれそうだった。
「もり……いずみ」
 その名前には聞き覚えがある。森泉和義は私の高校の教頭だったはずだ。森泉楓、それが楓だった。
 その父親が綾野亜美を操り、金を握らせ楓を殺した。私が黙って見ていて楓は落ちて父親は眺めていて。結局私は楓の父親に踊らされたんだ。ただ見ているだけという役を演じたのだった。
「落ち着くんだ。この人物はもう死んでいる。もう事件はこれで終わる。僕はもう役目はない。これが最初で最後の人助けさ。だから、必ず取り戻そう」
 いつになく真剣な表情でつぶやくように言った。
「もうすぐ、終わるのさ」
 ため息交じりに聞こえた声がとても悲しそうだった。
 本当は殺されたイトが一番怒っているはずなのに私よりも冷静だった。そんなところが異質だったのかもしれない。だがイトにはイトなりに生きてきたんだ。私ごときが決めていいはずがない。
 しかしこれでもう首飾りがある、というヒントがなくなってしまった。もうどこにあるのかわからない。
「ヒントならあるさ」
 また心を読んだのかイトは微笑んだ。
「鈴が答えさ」
 しゃらん
 どこかで鈴の音がした。そういえば外にいた時も聞こえていた。
 楓の首飾りには鈴もついていたような気がする。ビーズが宙に舞ったとき、鈴は音を立てて転がったのだった。まだ屋上に残っているはずだ。なぜ気付かなかったのだろう。
「屋上だねっ!」
「その通り」

 夜風が気持ちよかった。そろそろ夜が明ける。イトは霊体だから恐らく朝日にはあたりたくはないだろう。屋上には木製のベンチが四つほどおいてあり、転落防止用の柵の手前には立ち入り禁止の黄色いテープが貼り巡らされていた。
「こんなことしても無駄なのに……ここの教師の頭はどうなってるんだい? 立ち入り禁止なら入り口に貼っておけばいいのに」
 ベンチの下を覗き込みながら呆れながら力なく笑った。
「ここに鈴があるはず……その近くに赤いビーズも……」
 確信は持てないが近くにあるような気がしてならなかった。
「……あ、これかい?」
 イトは誇らしげに手をかざした。その手の中にはくすんだ色の鈴が握られていた。
「それだぁっ!!」
 嬉しすぎて私は叫んでしまった。喜びでもう死んでしまいそうだった。
 しゃらん、しゃらららららららら
 突如鈴が鳴りだした。イトも驚いている。その鈴はイトの手を離れ空中にふわりと浮かんだ。
 しゃららららららららららら、らぁん
 鈴が一瞬だけ一際輝き、鈴の周りに色とりどりのビーズが集まった。血のように赤いビーズも、空のように澄んだ青色のビーズもすべてそろった。そして私が持っていたひもも私の手を離れて浮かび上がった。一つになりやっと探し求めていた首飾りがやっと手に入ったのだった。何とも言えない感動が胸いっぱいに入り込んできた。
「ありがとう、イト」
 頬を伝った生暖かい液体は何かわからなかったけれどイトがいたからここまでたどり着けたのだろう。一瞬だけ楓の満面の笑みが見えたような気がした。
「当然のことをしたまでさ」
 イトの声はどこかうるんでいるようだった。
「さあ、お譲さん、探し物は見つかったかい? またどこかで会えるだろう。それまで僕は空の上で休憩でもしているよ。今夜は長かった。しっかり休むといい。ひとまずここでお別れさ」
 芝居のかかった口調で腰を折り、優雅に礼をした。
「私の命……いらないの?」
 それだけが心配であった。
「はははっ、そんなものもともと興味なんてないさ。お嬢さんは今を精一杯生きるんだよ。なあに、君ならやっていけるさ」
 最後に見えたイトは楓に負けないくらいに無邪気に笑っていた。
「ばいばい……とか言わないんだから」
 消えていくイトに背中を向けて小さくつぶやいた。もう後悔はしない。
「また会える日まで――さようなら」
 頬を伝う生暖かい液体はまだ乾かなかった。


「さて、今日のニュースです。今日行われた陸上競技大会では短距離走で見事優勝された山本玲奈さん、玲奈さんは三年間連続短距離走優勝されています。その優勝の秘訣とは? 独占インタビューです」
 恥ずかしいのでテレビを消した。テレビの前では笑顔が固まってしまうからちょっと苦手だ。そうこうしている間に登校時間がぎりぎりになってしまった。
「いってきまーす」
 暗い廊下に声をかけて玄関を飛び出した。
「おっはよー玲奈っ」
「テレビ見たよーすっごいねぇー」
「もうウチの高校の有名人じゃーんっ」
 たくさんの友達が声をかけてくれた。

 私はもう一人じゃないよ。
2013-05-09 18:59:20公開 / 作者:ミミック
■この作品の著作権はミミックさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初投稿です。 そして書き直しました。
初めからやり直してみたら全く原形をとどめていませんでした。
僕的にはこっちの方がいいと思うんですけれど……
評価や誤字、脱字などコメントしてくれるとうれしいです。
この作品に対する感想 - 昇順
 初めまして、コーヒーCUPと申します、以後よろししくです。作品読ませていただきました。
 うーんとですね……厳しいことを言うようですが、まず小説の書き方から色々と勉強した方がいい。というのも、物語として成ってないとか、面白くないとかそんな話しじゃなくて、何が起こってるのか完全にはこっちに伝わってこなかったというのがあるんです。大雑把には把握しております、しかし「大雑把」です。自分の読解力の問題もあるのでしょうが、ちょっと文章が荒いというか、足りないですね。たぶん、ミミックさんが書こうとしている物語を原稿用紙13枚にまとめるのは難しいですよ。
 小説の書き方については市販の本でいくらでもそういうのがありますし、なんなら好きな小説家の作品などを丸写ししてみるというのもあります。あとこのサイトの「利用規約」に小説の書き方少しだけ載ってます、それを参考にするのもいいでしょう。
 かなりうっとうしい意見でしょうが、本当に何が起こっているのかはっきりと伝わってこなかったんです。だから感想が書けない、ごめんなさい。ただ、偉そうなことを言うようですけど磨けば光るものだと思います。ですから一度文章を改めて書き直してみるのもありかと。先述したとおり、大雑把には物語を把握しております。ですから「あと少し」なんです。
 これが私の感想です。無視してくださっても聞き流してもいいのですが、このHPの利用規約の小説の書き方は色々とためになります。そこだけはチェックした方が良いです。では。
2013-04-10 02:01:52【☆☆☆☆☆】コーヒーCUP
コーヒーCUPさん
ありがとうございます。
書き方をもっと勉強しきます!!
2013-04-10 17:37:13【☆☆☆☆☆】ミミック
始めまして。浅田と申します。作品を読ませていただきました。
まず全体的な印象としては、映画の予告編みたいな作品だなと。もちろん悪い意味で。
最後まで読めばなんとなく話の流れはわかりますし、何を伝えたいのかも大まかにはわかるのですが、正直それで本編はいつやるの?といった感じで。
内容もいくつか不自然な部分がありました。例えば冒頭のシーンで女の人らしきものから逃げている途中、何の脈絡もなく突然忘れ物を思い出したりですとか。
あと生霊の解釈も若干おかしい気がします。そうした用語を使いたい場合は事前によく調べてから使うことをお勧めします。
そして最後に、利用規約にある小説の書き方をきちんと最後まで読まれましたか?そこにも書かれていることなのですが、基本小説では地の文の地頭は一段下げるものです。
以上、かなり毒を吐いた気がしますが、話の題材そのものは悪くないと思うので、いつか門にこのお話の本編が投稿されるのを心よりお待ちしております。
2013-04-13 02:11:07【☆☆☆☆☆】浅田明守
浅田明守さん
利用規約を今最後まで読みました……
これからは守るようにします。
本編が投稿するまで少しだけ待っててください。
2013-04-13 23:00:56【☆☆☆☆☆】ミミック
[簡易感想]読み易く、そして飽きなくてよかったです。
2014-05-30 02:44:06【☆☆☆☆☆】Eva
計:0点
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