『夜長の姫の道化劇(仮)』作者:ぴーのん / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
3年前の事件から天倉怜二(アマクラレイジ)玖珠宮葵(クスノミヤアオイ)天倉怜乃(アマクラトキノ)を中心に動き出す一篇の“道化劇”
全角9522.5文字
容量19045 bytes
原稿用紙約23.81枚
 序

「――好奇心は猫を殺すよ。気をつけなさい、怜二君」
 完全下校時間を二時間ほど過ぎ、日も落ち切ってしまった午後八時。
 生徒が帰宅してしまった新校舎には夜の闇が降り、職員室の窓から電灯の仄白い明かりが漏れているのみだった。
「第二美術部」と看板の下げられたこの第二美術部の部室がある旧校舎も、同じく夜の闇に包まれていた。新校舎と違うのは、開け放たれた両開きの窓から入る月明かりだけが完全下校時間を過ぎた部室に許された唯一の光源である、ということだけだ。
 その中でも眩い月の光が一番入るその窓辺を後ろ手にして、寄りかかりながら彼女はそう言って静かに笑った。
 僕は月明かりを頼りに進めていた作業の手を止めて、机の向こう側に気だるげな様子で立つ彼女を見る。
 彼女は肩越しに撫でる初夏にしては少し冷たい夜風に、腰まで垂らしたきめ細やかな闇色の髪を遊ばせていた。やや長身で線は細いがメリハリのついた曲線的な体を、空から降り注ぐ冷たい月の青白で濡らしながら。
 今となっては稀有な木造二階建ての旧校舎にあるこの部室は、年を重ね、気品を伴った雰囲気を漂わせている。その空間が作りだす重厚な闇と月光の狭間に立って微笑む彼女はまるで妖精のように幻想的だった。
 白磁のような白く艶やかな肌に髪と同じ深い闇色の瞳、薄桃色の唇。彼女は、よく耳にする「綺麗」「美人」という世界にはもはや存在していないだろう。いっそその様に作られた精巧な人形だと言われた方が安心するほど彼女の容姿は浮世離れしていた。
 彼女を取り巻く風景の何もかもが語る言葉を無くし、彼女を彩る背景となり静物となり照明となる姿は、彼女の纏う震えるように儚げな情緒を一層際立たせるのだった。
 もしこの月が陰ってしまったら、彼女のその薄氷の上に保たれている歪な均衡が破れたら、その闇に溶け消えてしまうのではないか――そんな途方もない感覚が胸を灼く。
 そして彼女は笑う。歪ごとその身を抱いて、とてもとても楽しそうに。薄い硝子細工が静かに奏でるようなそれはとても澄んだ爽やかな声音をしていた。何が彼女の琴線に触れたのか僕には想像もつかないが、きっと何か彼女の心をくすぐるものがあったのだろう。
 彼女の笑顔は決して不快なものでは無く、むしろその無邪気な笑顔の中にふと見える妖艶はそこに用意された一枚の肖像画のように完成されていた。ただ、彼女の静かな湖面のような瞳はまるで心の底を見透かされているような気すらするほどに冷たく、深く、昏かった。
  鋭い痛みとじわりと広がる熱を感じて、僕は思考の世界から引き戻された。視線を落とすと弄んでいたデザインナイフが指先を突いてしまったらしい、使いこま れた刃先は僅かに血が付き、左手の親指に赤い玉がぷくりと膨らみを見せていた。目の前の石膏の塊へと目線を移す。胸像を象って大まかに削りだされたその塊 は、削りだされている部位からぼんやりと長髪の女性の像であることが分かる程度で作品と呼ぶには程遠い未完成品であることを静かに物語っていた。
 いつの間にか彼女の笑声がやみ、部室には再び粛然とした静寂が降りおちていた。
「玖珠宮先輩、何か面白いことでも?」
 彼女、「玖珠宮 葵」にそう問いかけてみる。
「聞いていなかったのかい? 言葉のままだ、過ぎた好奇心は九つの魂を持つ猫をも殺すように、あまり不用意になんでも首を突っ込んでいると、いずれどこかで痛い目を見るよということさ」
 玖珠宮先輩は僕の方をちらとも見ず、外の風景に顔をやったまま口元に笑みを浮かべてそう言った。
「しかし、何度も言うが苗字で呼び合うのはいささか他人行儀すぎやしないかい? 怜二君。トキノのように『葵姉様』と呼んでくれても――」
「トキノの話はしてないです。はぐらかさないで下さい、さっきの笑いと忠告はどんな関係があるんですか、と聞いているんです。玖珠宮先輩」
「嫌われたものだ、悲しいよ。天倉君」
 言葉とは裏腹に、肩をすくめ、まるで子供がイタズラを見とがめられたような目で楽しそうに言う。
 この人のペースに乗せられてはいけない。彼女のペースで会話を勧めると、その終着点に着くまで回り道が多すぎる。終着点に着けるのならばまだ良いが、その終着点が彼女にとって望ましくないものだった場合、巧みに煙に巻かれてしまう事もままあるからだ。
  一つ呼吸を置こう。部活用に用意した白衣のポケットから絆創膏を取り出し、左の親指に貼り付ける。チクリと痛む指先は、今朝僕の担任で、この『第二美術 部』の顧問でもある葛城先生が下校時刻について同じようにチクリと言っていた事を思い出させた。今日の今日で怒られるわけにはいかないし、少し落ち着くた め、帰る支度を始めることにした。
「それで、一応聞きますけど僕が何に首を突っ込みすぎていると?」
 と、使った彫刻用の工具を軽く布で拭いて、長年愛用してきた工具箱の中へ丁寧に仕舞ながら、先ほど途切れた会話を再開する。
「色々さ」
「それじゃいつまでたっても堂々巡りで先に進みませんよ、その「色々」の内容を聞いているんです」
  僕が帰り支度を進めるのを気にも留めず、相変わらず窓辺から外を眺めたままだった玖珠宮先輩が、月の光を浴びて艶やかに踊る髪を無造作に払いながらゆっく りと僕の方へ向き直った。夜空と同じ色をしている、深淵を湛えた闇色の双眸は、既に僕の心の中の「何か」を捉え、あたかも掌の上でその様子を楽しんでいるように 喜色を浮かべていた。
「心当たりがないのならいいさ。私の勘違いだ、謝罪しよう。もっとも、本当に心当たりが無いのであれば、だけれどね?」
「…………」
「ただ、忠告だけはしておくよ。もし君が何かを知ろうと色々なことに首を突っ込んでいるのなら、止めはしないがほどほどにしなさい。君は大事な後輩で、従弟 で、何よりトキノの兄君だからね。私の知らない所で中途半端に生傷を負って、いつの間にか絆創膏だらけになっているというのはあまり好ましくない」
 帰り支度を忘れて、無意識のうちに指先の絆創膏を強く掌に握りこんだ。傷口から血と体温が滲みでてくる感覚がする。
 彼女の言う通り、心当たりは――ある。
 だがそれは、大仰に他人に話すことではないし話すつもりも無い。たとえそれが玖珠宮先輩とはいえ、話した覚えはないはずだ。
「それなら、もし僕が『何かに首を突っ込んでいた』として、そのまま手を引きなさいと言いたいのですか?」
 静かに、ただ不機嫌さは隠さず強い口調で彼女に言った。
 それは彼女の笑顔へ精一杯の抵抗からくるものなのか、それとも図星を指されたからなのか、僕には判断が付かなかった。ただ分かったのは、僕の不機嫌そうな姿はその口元の涼しげな微笑を崩すには至らなかった、という事だけだった。
 彼女は全てを知った上で僕にやめろ、と言っているのだろうか。いや、断言できる。
 ――玖珠宮葵に限ってそれはあり得ない。
 もし、今僕の中にある心当たりと彼女の言う「首を突っ込んでいること」が同じならば尚更だ。こんな「面白そうな事」を彼女がやめろ、というわけがない。
 まだ、彼女のその無邪気な笑顔に呑まれるわけにはいかない。彼女の望む「愉快な物語」の筋書きを辿るわけにはいかない。
「あぁ、勘違いして欲しくないが私としては君の努力に水を差すのはあまり本意じゃないんだ」
「それじゃあ何故?」
「そうだね……」
 彼女は少し考え込む。相変わらず口元の笑みが消えていない所を見るとあまり良い答えは返ってきそうにないが。
「君をこのまま放っておくと私がトキノに嫌われてしまいそうだから、かな?」
 それはそれで面白そうだが、とそう言って彼女はまたいたずらっぽく笑った。しかし、笑いながらも彼女の目線は僕を捉えたまま外れない。
「なんですかそれは……」
  またはぐらかされてしまった。これ以上彼女と会話を続けても、この調子ではぐらかされ続けるのはこれまでの経験から理解している。こちらが踊らされて困惑 しているうちに切りあげられるのがオチだろう。わざわざ「トキノ」の名を出して僕の反応を見ている事からよくわかる。これ以上彼女の掌の上でピエロをやる のは勘弁願おう。
「……まぁ良いです。それよりもいい加減に下校しないとまた葛城先生にどやされますよ」
 今まで残って作業していた僕が言えたセリフではないが、さっさと話を切り上げて帰った方が良い事には変わりない。このまま彼女の戯れに付き合った結果、得られたのは葛城先生の説教だけ、というのはあまりにも笑えない。
 止めていた作業を再開し、テキパキと工具を仕舞って行く。
 僕がこの話を続ける気が無い事を知った彼女は、口元の笑みを消して退屈そうに口を開いた。
「あぁ、部室の戸締りは私がしておくから君は先に帰ると良い。私はもう少しやることがあるからね」
 そう言うと彼女はまるで興味を無くしたように、再び顔を窓の外へ向けた。
「わざわざこんな時間からですか? 一体何を……」
 クスっという聴きなれた笑声が聞こえた。
「些事さ、そんなに長居はしないよ。それともこれにも『首を突っ込む』かい?」
 そう言いながら彼女は制服のポケットから折りたたまれたプリントを取り出し、開いてひらひらと振った。プリントには生徒会の公式文書を示す印鑑と、お堅めな明朝体で「部活動予算案:申請用紙」と書かれていた。
「……遠慮します」
 僕はバッグを掴んで立ちあがる。時計を見ると、八時を優に十五分ほど回っていた。九時までには寮に着かないと寮母さんにお叱りを戴いてしまう。
「そうかい? それは残念だ」
 相変わらず食えない人だ、この人は。と苦笑しつつ部室のドアへ向かう。
「それじゃ、僕はこれで。ほどほどにしてくださいね」
  部室を出る前に、一度ドアの前で振り返る。部室の構造上、ドアの前に立つと、外を向いている彼女の頭しか見えないが、何となく彼女がどのような顔をしているかは想像がついた。彼女と初めて会ってから三ヶ月ほど経って、それくらいの事がわかるくらいには彼女を知ることが出来たのだろうか、心の中で呟く。
 遠く、潮騒を運ぶ風に波打つ髪を物憂げにかきあげながら、ああ、ともうん、とも取れる小さく曖昧な返事が返ってきた。それを確認して僕は静かな部室を後にしたのだった。


  天倉怜二がこの部室を後にして十分ほど経った後、玖珠宮葵は遠く聞こえる潮騒を名残惜しむようにゆっくりと両開きの窓を閉じ、カーテンの留め紐を解いて、 薄空色のカーテンを閉めた。カーテン越しのぼんやりとした明かりのなかにおぼろげに浮かび上がるこの青白い部室は、先ほどとは打って変わってひどく冷た い、無機質なものに見えた。
「……フフッ。我ながらつまらないウソを吐いたものだな」
 彼女は堪え切れなくなったように小さく笑いを零した。
  彼女はゆっくりと窓を離れ、先ほどまで天倉怜二が作業していた机をゆっくりと通り過ぎ、部室の隅に設置された棚に無造作に置かれている一体の胸像の前に立った。先ほどまで彼が彫っていた、机に設置された回転台の上に固定してある未完成の胸像とは違い、細部まで彫りこまれ、美しい少女を象った完成された胸像だ。
 彼女がこの胸像を見つけたのは半年前、とある市の展覧会だった。
「あれからもう三年近くになるのか……早いものだね」
 その胸像の髪を彼女はそっと撫でる。石膏の冷たい温度が掌に浸透していく感覚は、彼女に三年前を思いださせ、そのたびに彼女の内側を痛みと甘痒い感覚が走り抜けた。
「やはり怜二君は君にそっくりだ。怒るとすぐ顔に出る所なんか特にね」
 彼女は慈しむようにその像を撫で続ける。まるで恋人の髪を愛撫するかのように、優しく。
「最近私に内緒であの事を調べているようだから、私の知らない所で『あの子』にぶつかっていやしないか心配だったけれど、幸か不幸かまだ知らないようだ。あまりにも早い幕切れじゃ、味気なくて興醒めだからね。折角君がきっかけを用意してくれたんだ、心行くまで楽しまなくては」
 彼女の整った指先は髪から首筋を渡り、ゆっくりと、石膏で出来たその白い喉へと指をからめる。カーテンの隙間から漏れる光に照らされた彼女の頬には僅かに赤みが差していた。
「君の残した『傷』は彼の中にしっかりと生きているよ。『傷』……いや、あれはもう『呪い』だ。それほどに君は彼を愛していたし、彼からも愛されていたんだろうね」
 それからゆっくりとその指に力を込め、胸像の細頸を締める。彼女の微笑みから漏れる吐息に熱が混じり、その熱は冷え切った部室へ静かに溶けていく。

「――そうだろう? 天倉怜乃」

 彼女の細く白い手に締められながら、その美しい胸像はただ静かに微笑んでいた。 

 一

 帰りのショートホームルームの終了を告げる鐘が鳴る。
 溌剌とした青春を謳歌するため、部活に参加する生徒や、帰りの寄り途の相談に花を咲かせている生徒達の喧騒が廊下を賑わせている放課後。授業からの解放感から生徒の活気が一段と大きくなる、そんな時間帯。
 それぞれに校舎を後にする賑やかな足音を聴きながら、僕も部活に急ぐ彼らと同じように「第二美術部」の部室がある旧校舎へ続く渡り廊下を歩いていた。
 旧校舎と新校舎を繋ぐ渡り廊下は、今歩いているここ一か所なのにも関わらず閑散としている。
 その理由は単純明快、旧校舎の利用者が少ないのである。
 旧校舎は、新校舎が建設されたあと、部室を持っていない文化系クラブの為に部室として開放されることになった。しかし、蓋を開けてみると新設された新校舎で事足りる部活動が多く、わざわざ旧校舎まで足を伸ばす必要があるクラブというのは、実はごく少数だったのだ。
 そのため、一応旧校舎に部室を間借りしているクラブも、その部室を物置にして活動場所を別に、新校舎に確保している所が大多数であり、ここが閑散としている理由なのだった。
 とはいうものの、僕は新校舎の喧騒から少し離れた、この旧校舎を気に入っていた。
 吹奏楽部のトランペットや、金属バットがボールを打った時の気持ちのいい打球音、体育館の床とシューズが擦れる小気味のいい音。
 静かすぎるのもうるさすぎるのも作業をするには落ち着かない、我ながら面倒な性格の僕にとって、遠くでそれを聴きながら作業を出来る旧校舎の環境というのは非常に都合の良い場所なのであった。
 一つ不満を上げるなら、僕の教室から遠いのが不便だけれど。
 そんな事を考えながら歩いていると、新校舎の方から喧騒をかき分けながら廊下を走る足音と、誰かを呼ぶ声が近づいてきた。どことなく聞き覚えのある声だな、と思いながら立ち止まって耳を澄ます。
「待ってくれー! 天倉―!」
 どうやら後ろから呼ばれているのは僕のようだ。
 振り向くと、そこには先ほど教室で別れたばかりの四角いオシャレな黒縁眼鏡を掛け(余程急いできたのか若干ズレている)、小脇にプリントを纏めて綴じてあるファイルを抱えたクラスメートが立っていた。
「なんだ須藤か。何か用事? というか生徒会の活動始まってないか?」
 急いで走ってきたらしく、膝に手をつき、今にも崩れ落ちんばかりに息を荒げていた。
「あぁ――ゼェ――生徒会――ゼェ――の――」
「落ち着け、深呼吸深呼吸」
 須藤は何度か深呼吸を繰り返し、息を整え、ズレたメガネを戻した。
 仕切りなおしたように須藤はもうズレていないメガネのつるを中指で押し上げ、先ほどの話を続ける。
「あぁすまん、待たせて悪いな。その生徒会の仕事でお前を探していたんだ」
「生徒会が僕に用事?」
「天倉に、というより第二美術部に、だな」
 ギクリ、という擬音が心の内で踊る。あぁ、もしかして下校時刻が遅い事がばれたのか? まだ入学したての一年生なのに、葛城先生に加え生徒会に呼び出されて叱られるのか? 僕の背中を冷たいものが走る。
「それで……?」
「んーと……あぁ、これこれ」
 抱えていたファイルを開き、プリントを数枚捲って僕の前に差し出す。そこにはつい最近目にしたばかりの「部活動予算案:申請用紙」と書かれたプリントが挟まっていた。
「第二美術部まだ出してないみたいだから一応確認取っとこうと思って」
「なるほど、そっちか」
 内心深く安堵する。どうやら下校時間破りについての話ではないようだ。
「そっち? そっちって何だ?」
 不思議そうな顔で須藤は言った。
「あ、あぁ何でもない、こっちのことだよ。それより予算案の申請用紙ならそんなに急いで僕を追いかけなくても第二美術部の部室まで来れば玖珠宮先輩いるし、そっちの方が手っ取り早く済むんじゃないのか?」
 と、僕は須藤に聞いた。第二美術部は“色々と”有名だ。生徒会に所属する須藤が知らない筈はないのだが。
 須藤はうーん、と唸ながら頭を抱えた後「絶対誰にも言うなよと」前置きして気まずそうに渡り廊下の外へ視線を向けながら口を開いた。
「実は俺苦手なんだよ、“夜長姫”先輩と話するの」
 はぁ、とため息交じりに須藤は零した。
 須藤の言う“夜長姫”先輩とは、その浮世離れした眉目秀麗な容姿に、成績は常に学年上位に名を連ねる才女で、この学園の理事長を務める名家「玖珠宮家」の孫娘。そして謎多き「第二美術部」部長「玖珠宮葵」その人である。
 彼女がそう呼ばれる理由は、もちろんこれらの肩書きのせいでもあるが。直接的な理由は別にあった。
 それは、彼女が去年、「第二美術部」を立ち上げる際に描き、学園祭に出品した一枚の油絵にある。
 絵のタイトルは「夜長姫」。
 その絵は、夜空を背景に一人の少女が描かれているシンプルなものだ。だが、シンプルであるがゆえに、その絵が醸し出す不思議な世界観は観る人を引き付け、展示発表メインの「美術部」を差し置いて大きな話題を呼んだほどらしい。
 そして程なくこの絵のモデルが彼女であるという噂がまことしやかに囁かれはじめた。その噂に対して玖珠宮葵本人は終始我関せずの姿勢を崩さず、この絵の少女は誰なのか、という謎はついに明かされることは無かった。そして、それはいつしか彼女の持つ肩書きと結び付き、いつの間にか、彼女が“夜長姫”と呼ばれ始めたのだった。
「あぁ、それはわかるな。最初は僕もそうだった」
 入学してからの二ヶ月間を思い出して、僕は深く頷いた。
「非の打ち所が無いってあぁ言う人の事を言うんだろうなぁ。何というか違う世界に生きているよなぁ……。恐れ多くて、生徒会の仕事とはいえ声掛けるのには勇気が要るんだよ」
「話してみると割と普通の人だけどな……多分」
 良くてかなり変人寄りの普通だけど、とは言わないでおいた。
 玖珠宮葵の持つ多彩な能力の中には、「猫をかぶる」というものも存在するようで、彼女が学生生活を送る上で非常に役立っているらしく、彼女はその素の性格を表に出さないままお嬢様を演じられているようだ。中にはそれを見破っている人も居るらしいが、それは僕も含めごくごく少数らしい。
「そうだよな! 生徒会長は『あんな歪みきった変人は恐らく死ぬまで現れないと思う』とか言ってたけど、あんな清楚で綺麗な人がそんな変人なわけがない!」
 苦手という割には、玖珠宮先輩をべた褒めする須藤。これも「猫かぶり」の成功例で、恐らくこの学園の生徒の大多数が、彼女に対してこのような印象を持っているのだろう。
「そんなに言うなら部室に行って玖珠宮先輩と直接話せばいいんじゃないか?」
 今まで何かに当てられたかのよう陶酔していた須藤が一転して、何か色々な感情を内包した半目で僕を睨んだ。
「お前なぁ……」
 須藤は俯いてはぁ、と一つため息を吐くと、空いている右手でメガネを上げる。
「そんなことが言えるのはお前が『第二美術部』に入会しているからだってことにいい加減気付け……夜長姫先輩と気軽に話しているのを見たのはお前と生徒会長くらいだぞ?」
「お、おう……?」
 須藤は俯いたまま、メガネを抑えている中指がプルプルと震わせている。大丈夫か? と声をかけようとした瞬間、メガネも吹き飛ぶ勢いで顔を上げ、ファイルも投げ捨てんばかりに勢いよく両手を広げて、まるで一昔前のアニメの総帥が演説でも始めるかのように烈々とした様子で口を開いた。
「そ・も・そ・も・だ! 今まで誰一人入部を許可しなかった『第二美術部』が逆指名で新入生をスカウトだぞ!? しかもこの学園へ入学する前から彼女と面識があったときた! 夜長姫先輩と懇意にしていて、逆スカウトまで受けるなんてどこの御曹司かと思ってドキドキしながらクラスでお前と話してみたら『ただの家具屋の息子です』ってなんだそのオチ! なんだよそれ! 胸を高鳴らせて行った結果やらされたのが一人コントかよ!」
 喉も裂けよ血も吐けよとばかりに鬼の形相で叫ぶ須藤。彼は数分前に自ら言った「絶対誰にも言うなよ」という言葉なんて頭から跡形も無く吹き飛んでいるらしい。
「ひどい言い草だ……」
「あーそうさ! だがな、全国の家具屋さんの息子に謝るのは後だ! まずは夜長姫、玖珠宮葵先輩の一ファンとして言わせてもらうぞ天倉怜二!」
 須藤は砕けんばかりに握っていた拳をすっと解いて、言った。
「ぶっちゃけ羨ましい」
 僕の頭の中を須藤の言った「ぶっちゃけ羨ましい」が反響する。やりきったような彼の憎らしいほど晴れやかな笑顔の映像をちらつかせながら。
「って散々前口上語っといて言いたい事は結局それか! 誠心誠意謝れよ! 家具屋さんの息子に! というか僕に!」
 正直すまん、と頭を下げる須藤。こんな奴が生徒会運営に関わっていて大丈夫か、うちの生徒会は……と僕は心底呆れた顔をしてみせる。
 須藤は仕切りなおすようにズレたメガネを戻してこほん、と一つ咳払いをする。
「まぁ冗談はさて置いてだ、お前は一緒の部活だしそれほど意識していないみたいだけど、俺みたいな一般ピープルには雲の上のお方なんだよ」
「そんなものか……」
 あぁ言う人は遠くから眺めているのが一番なんだよ、と苦笑交じりに須藤は言った。
「話が逸れたな、それじゃあ予算案の話、夜長姫先輩に伝えておいてくれ」
 開いたままにしていたファイルのプリントを元に戻し、脇にしまいながら須藤は言った。
「あぁ、伝えておくよ。悪いな、わざわざ」
「気にすんな、これも仕事だ」
 そう言って須藤はニカッと笑う。
 あんな調子だが、生徒会に所属しているだけあって基本的に根はまじめで責任感もある男だ。なんだかんだと言って憎めない奴というのは、須藤のような奴の事を言うのだろう。
 渡り廊下に差すオレンジ色の西日を目一杯に浴びながら生徒会室へ急ぐ彼の後姿を見ながら、僕はそんなことを思ったのだった。




続く。
2013-02-08 23:23:36公開 / 作者:ぴーのん
■この作品の著作権はぴーのんさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
はじめまして、ぴーのんと申します。
小説を書くよ!と一念発起しプロットを作って、人物相関図を作って……と何もかもが初めてづくしの作品で力量不足の部分も見受けられるかと思いますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。
そして、よろしければ最後まで楽しんでいただけたら幸いです。
この作品に対する感想 - 昇順
ぴーのん様、始めまして。も、から始まる格ゲーマーともうします。御作拝読させて頂きました。
小説を書きはじめた! との事ですが、しっかりと基本を守った丁寧な文の書かれ方に凄く「書く」「読んで貰う」為の努力を惜しまれていないと感じました。というか、基本的に一文一文を大事に大事に書かれている事が伝わってきて、自分自身「初めて書いたときって、もっと言葉足りなくてあっぷあっぷだったよなー」と思い出して、その差に苦笑いであります。
さて、物語ですが・・・・・・一読した感じ、分かり辛いです。キャラクターの描写も丁寧に丁寧にその場をイメージして書かれているとは思うのですが、言葉が上滑って、むしろイメージしづらい表現が多かったです。なんでもかんでも文章に肉付けしちゃうと、贅肉になっちゃって本筋を読んで貰う筋を隠しがちになってしまいます。シンプルに収める場所、描写に力を入れる場所のメリハリをはっきりさせて文を書くことを意識してもらえればこの序章なんかは2/3位にはスリム化して読みやすくなりそうです。一文一文無駄に豪華で本当読むのにどうしても引っ掛かりを覚えてしまいました。

そしてキャラクターの台詞なんですが、妙に説明くさくて大根役者が台詞を棒読みしてるような、そんな違和感が。人物相関図を作り、キャラクターを記号化して動かすとき設定に縛られると生き生きした部分が削られ陥りやすい罠です。何度か頭の中でキャラクター同士の掛け合いをさせると堅さが削れていくと、ピンク色伯爵様という自分の大好きな書き手さんがおっしゃっていたのですがその通りかと。本当頭の中で動かしてやってください。

しかし姫はミステリアスですね。主人公君も何かしら目的を持っている。これから目を引くような展開へと移行するでしょうし、なによりもぴーのん様が苦しくも楽しく物書き去れることを応援しております!

何だか色々偉そうな事を書いてしまいすみませんでした!
いじょ、格ゲーマーでしたー
2013-02-12 12:52:45【☆☆☆☆☆】も、から始まる格ゲーマー
>も、から始まる格ゲーマー様
 感想、ご指摘ありがとうございます。自分自身誰か見てくれてるといいなぁくらいに思いつつ書いたものなので、いざ感想コメントを戴いて手をプルプルさせながら今このレスを書いている次第でございます。

>>一文一文無駄に豪華で本当読むのにどうしても引っ掛かりを覚えてしまいました。

 序章は夜長姫を引いてきている以上とにかくそれっぽい雰囲気を出したい!ださねば!という気持ちが前面に出すぎました。
 どうすれば情景を上手く描写できるかな、大味になりすぎていないかな、と思いながら書いたので、ゴテゴテしすぎたのだと思います、反省です。

>>キャラクターの台詞

 自分の中でいまいちキャラクターが固まりきれて無かったのかな、と思います。頭の中でキャラにかけ合いをさせるのは確かに良いですね!
 キャラの個性を固めるのにも役立つ気がします。ありがとうございます!

 最後になりましたが、読んでいただいてありがとうございました。遅筆ながら細々と書いておりますので、よろしければ是非お付き合いください。
2013-02-12 20:06:31【☆☆☆☆☆】ぴーのん
計:0点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。