『『ならまた明日駅で会おう』』作者:コーヒーCUP / ~Xe - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
「ならまた明日駅で会おう」 そんなメールが今は疎遠となった友人から送られてきた。そこから推察されることは何か?
全角25881文字
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原稿用紙約64.7枚
『ならまた明日駅で会おう』
 そんなメールが届いたのが昨日の夕方。送り主は中学の同級生で、卒業して一年半ほどたった今となってはほとんど連絡をとっていない子だった。たぶん宛先を間違えたんだろうと思って、送り先間違ってるよと教えるために電話したのに、それに対する応答はなかった。その後にメールもしたけどやっぱり音沙汰なし。
「なんか変な感じなんだよね」
 それから丸一日たった今、私はそのことを目の前の彼に相談した。
「ふぅーん、そうっすか」
 私の相談なんて聞いてないのか、そもそも興味がないのか、彼はタッチペンで携帯ゲーム機をたんたんと叩いていた。……むかつく。
「四季君、聞いてないでしょ」
「聞いてますよ、メールが間違って送られてきたって話でしょ。よくある話じゃないですか」
 私たちは今、放課後の食堂で二人向き合って座っている。四季君が一人でいるのを見つけて、私が向かい合うように座った。部活に少し遅れていくことになるけど、その同じ部活の後輩がここまで堂々とさぼっているんだから、ちょっと遅れて行っても問題ないと主張したい。
 私と四季君はこの高校の演劇部の先輩後輩の関係。私としては数少ない男子部員であり、現在演劇部部長で、私の友達の弟である彼をかわいがっているつもりなんだけど、彼が私を先輩と見てくれているかは怪しい。というか、絶対そう見てくれてない。
 そもそも部活をさぼって堂々とゲームをしていたのに、先輩の私がきても顔色一つ変えない彼が、そんな殊勝な性格をしているはずもないか。
「しぃーきぃー君、ちょっとは先輩に優しくしてくれてもいいんじゃなぁい?」
「ちょっと今忙しいんですよ、わかってください」
 相変わらず忙しそうにタッチペンを動かしている。さっきからゲーム機ばっかり見てて、私の方には一瞥もくれていない。このゲームオタクめ……。
 むかついた私は携帯を取り出して、アドレス帳を開く。そして『東雲 季節』という名前を選択して、その画面を彼に向けた。
「あと五秒以内にゲーム終わらせないと電話するからね」
 彼はそこでようやくゲーム機から顔を上げてこちらを見た。そして携帯の画面を確認した瞬間、顔を青色にして「えっ、あっ、ちょっと」と焦りだした。
 ふふん、ざまあみろ。
「ごぉー、よぉーん」
 意地悪にカウントダウンを始めてやると、彼はゲーム画面と携帯を交互に見ながら「ああっ」とかなり迷っている。どうやらゲームがかなりいいところらしい。
「さぁーん、にぃーぃ」
 ちなみに東雲季節は私の友達で、彼のお姉さん。彼は姉が大の苦手で時々「天敵」だとか「悪魔」だと表現している。彼が部活をよくさぼるのも彼女が部長だから。そんな彼女に電話されるのは、彼にしたら死刑宣告に等しいわけだ。
「いぃーちっ、ぜろーっ」
 私のカウントダウンが終わると同時に彼はちょっと涙目になりながらゲーム機を折り畳んだ。そして恨めしそうに私を睨む。こらこら、先輩にそんな眼をむけるなんてダメなんだぞ。
「……性格悪い先輩」
「小声で言ってるつもりなのか知らないけど聞こえてるから」
「あーはいはい、ごめんなさいごめんなさい」
「季節を呼ぶわよ」
「すいませんでした」
 本当に苦手なんだなあとちょっと複雑な気持ちになる。四季君が季節を苦手にする理由はわからないでもない。彼女は根はいい子だけど、表面上はかなりアレだから。いや、値がいい子なのは間違いない、根は。
「それでなんでしたっけ?」
 四季君は当然のように最初から説明を求めてきた。
「なんでしたっけじゃない。メールが間違って送られてきたの。やっぱり聞いてないじゃん」
「確認ですよ、確認。大切なことじゃないですか。それで、どういうメールだったんですか?」
「……ずいぶんと細かい確認ね。まあいいわ。これよ、これ」
 私は携帯の画面をそのメールに切り替えて、それを四季君に見せるようにテーブルに乗せた。四季君は亀のように首をのばしてその画面をのぞき込み、書かれていたことを読み上げる。
「ならまた明日駅で会おう……ですか。別に変わってるとは思えないですけど」
「けどこれ、間違ってるよって電話してもメールしても、何の返しもないんだよ? 昨日の夕方とあと今朝。なんか変な感じがするの、ちょっとおかしいって」
「そりゃあ青山先輩、自分がメールを間違って送っちゃったことを想像してくださいよ、恥ずかしいから返信したくもなくなるでしょう」
「メールだけならね。けど電話までかけられてたらさすがに出るわよ。あと四季君、私その呼び方いやだって何回も言ってるでしょ。下の名前で呼んで」
 私の名前は青山愛。四季君はよく私のことを青山先輩と呼ぶけど、私はあまりこの呼ばれ方が好きじゃない。青山という名字が自分で好きになれない。だから友達にも後輩にも先輩に、私の関わる人全員に、愛と呼んでほしいとお願いしてる。
 だいたいの人はそうしてくれるのだけど、知り合って半年近くになるのにこの四季君はいまだにこれに従ってくれないときがあるので困る。季節にこれを報告するとクスクスと笑いながら「照れてんのね、あいつ」と言っていた。ただ私は、単なる嫌がらせじゃないかと疑っている。
「はぁ、じゃあ愛先輩……ちょっと考えてみますか」
 ちょっと頬を赤らめた後、彼はため息をついて、ようやく私はうなずける言葉を出してくれた。



「まず、このメールの送り主は誰ですか」
 私は画面の上部、差出人の欄を指さしながら説明する。
「ここに名前は書いてあるけど、結城香っていうの。私の中学のときの同級生」
「中学のときってことは、この高校の生徒じゃないんですね」
私たちの通う高校は特別頭のいい私立学校でもなければ、特別頭の悪い公立校でもない。ごくごく普通の成績の公立校。だからこの高校には多くの中学の同級生がいる。
「うん、香は別の高校。別って言ってもどこかはわからないけど」
「わからないって、同級生なのにですか?」
「薄情者みたいな言い方はやめてよね。じゃあ四季君は中学の同級生全員の進路覚えてるの? 誰がどこの高校に行ったか、ちゃんと把握してる?」
 問いつけてやると四季君はすました表情で首を左右に振った後、まるで当然のように「俺はあいつらに興味ありませんから」なんて断言する。誰一人覚えていません、なんて非常というか、非情なことまで告白されてしまった。
「もう、そんなだから周りから煙たがられるんだよ。自覚してる?」
「別に。嫌われても困りませんから、知ったことじゃないです。僕の話はいいです。その結城さんですよ。進路を把握してないってことは、先輩とはそこまで仲良くなかったんですか?」
 話題を逸らされた気がするけど、私がもちかけた議題だし、話を本筋に戻すことにした。
「そうね、友達は友達だけど特別仲が良かったわけじゃないわ。同じクラスになったのは三年生のときだけだし、それまではあんまり知らなかった。なんかあれば気軽に喋ってたけど、四季君も外から見ててわかると思うけど、女の子ってグループあるから。私と香は別だった」
「なるほど。じゃあ結城さんがどこに行ったかは知らないんですか?」
「ううん、ちょっと知ってる。かなり離れたところに行ったって聞いたわ。ただ遠くに行ったって聞いただけでどこかまでは聞かなかった。香と仲の良かった子たちも聞かされてない感じだったけど、その子たちとはメールで時々連絡とってるみたい。同窓会で言ってた」
「ふぅーん。とにかく、先輩と結城さんはそこまで連絡をとる仲じゃなかったんですね?」
「うん。たぶん高校に入ってからは初めてだと思う」
 四季君は自分の隣の席においてあった鞄を開けると、そこからルーズリーフとシャーペンを取り出して、そこに今言ったことを大まかにまとめて書き出した。
 私が四季君にこんなことを相談してるのは、彼が時々変なことに気がつくからだ。他人に興味ないってよく言うくせに、ちょっと話を聞くだけで、とんでもないことに気がついたりする。姉の季節はそういうところを「悪癖」と呼んでいるけど、私は彼のチャームポイントだと感じている。だから時々こうして彼を頼る。
 当人は嫌がるけど、それは知ったことじゃない。先輩命令は絶対なんのだ。
「じゃあ次いきましょう。このメールは間違いなく先輩あてに送られてきたんじゃないですよね?」
「うん。言ったでしょ、高校に入ってからはそれが初めてのメールだって」
「そうですか。なら、次に考えることは限られてますね。これは誰に宛てたメールだったのか」
「えっ、そんなことわかるの?」
 驚いてたずねると、四季君は「いいえ」と即座に否定した。
「大ざっぱに絞りこむだけですよ。まず、このメールは返信ですね」
 よくわからないことを言われてしまったため、思わず首をかしげてしまうと、四季君はため息混じりに説明してくれた。
「このメールは結城さんが送信したメールですけど、本来彼女が送ろうとした相手、そうですねXさんと名付けましょう。おそらくはXさんが結城さんに宛てたメールに対しての、返信メールがこれだったと考えられます」
「どうして?」
「文頭が『なら』だからですよ。自分から相手に対して送るメールなら、文頭に『なら』なんかつけません。『なら』をつけるということは、想像するにXさんから『明日会わないですか』という趣旨のメールが送られてきて、それに対して承諾のメールを送るときだけです」
 なるほど、説明されると驚くほどすんなり納得してしまう。
 四季君はルーズリーフにまた自分の考えを書き込みながら、また考えをしゃべり始める。
「そして『なら』のあとに『また』とつきます。ということは、Xさんと結城さんは最近会ったことがあるんです。しかしまた別件で用事ができた。そして会うことにした」
「うんうん、それはわかる」
「ということは……学校の知り合いじゃないですね」
 思わず「はぁ?」と声を漏らしてしまう。いきなりそんなよくわからない消去法をとられても困る。やるんならちゃんと説明してくれないと。
「わからないですか。だって『ならまた明日駅で会おう』ですよ」
「だからってなんで学校の知り合いじゃないの?」
「さっき言いましたよね? このメールは『会おう』というメールに対しする承諾です。いいですか、学校の知り合いならそんなメール送らないからですよ」
 ますますよくわからなくなってきた。たぶん私の表情は今、女子高生らしかぬ、かなり険しいものになっていると思う。
「だってそうでしょ。愛先輩、先輩がもし僕に用事ができたとして、明日会おうなんてメールをわざわざ送りますか?」
「送らないわよ。実際、今日四季君にこういう相談があったけど連絡なんてしなかったでしょ?」
「ええ、されてたら全力で帰ってます。では先輩、どうしてそうしなかったんですか?」
 何かすごく失礼なことを言われた気がするけど、今はいいか。
「だって学校に行けば会えるし……あっ」
 ようやく四季君が何をいいたいのかわかって、思わずなさけない声をあげてしまった。四季君はしてやったりという表情を浮かべたまま「そうですよ」と満足げに説明を始めた。
「学校の知り合いなら明日会える、ほぼ確実に。わざわざメールで会うことを約束する必要なんてないんです、ましてや駅でなんて場所まで指定している。学校の知り合いなら学校でいいじゃないですか」
「なるほど。けどそれは極論じゃない? たとえばそのXさんが香に何か借りたくて『何々を借りたい』ってメールを送って、香がそれに『ならまた明日駅で』って返したかもしれないよ」
 一応納得はできるもの、ちょっと深く追求してみた。
「その可能性は低いでしょうね。何か特別な事情があったとしても、学校の知り合いに『明日』なんて指定しませんよ」
「Xさんが『明日がいい』って指定してたら?」
「愛先輩、たぶんXさんはメールで日時は決めていません。たぶんとにかく会いたいという文面だけだったと思います。だから結城さんは『明日』と書いたんです。Xさんが明日と指定していたら、結城さんの返信はこうです」
 四季君はそういうとルーズリーフに『ならまた明日駅で会おう』と書いた。
「そのままじゃない」
 彼は私の言葉に左右に首を振って、その文の後に一文付け足した。『何時がいい?』と。
「ああ、なるほどね」
 確かに「明日会いたい」と言われれば、時間を聞かないといけない。けど香が送ってきたメールには日時は「明日」としか指定されていなかった。
「そもそもXさんが明日と指定していたなら、わざわざ結城さんは明日と書きませんよ。思うに、このメールは確かに返信です。けどおそらく、返信を期待しての返信ですよ。Xが『会いたい』と送り、結城さんが『明日にしよう』と送った。そして結城さんはXさんから『明日の何時がいい?』という返信を期待していたんだと思います。ないしは時間なんて記述する必要がなかったかです」
「必要がなかったっていうのはどういうこと?」
「Xさんと結城さんが定期的に会っていたと仮定した時です。二人は定期的に会っていた、それもだいたい同じ時間に。だから明日駅で会おうというメッセージだけで、何時にしようという話はする必要がなかった。つうかあの仲というやつです」
「ふぅーん。あっ、でもさ、香とそのXさんが電車通学してた場合はどう? 二人は毎朝駅で会って、一緒に通学してたんなら四季君の推理は破綻するよね」
 だってその場合なら『駅で会おう』って言葉に違和感はなくなるし、当然『明日』という指定も別に不思議じゃない。そしてこの仮定ならほぼ間違いなく、二人は学校の知り合いになる。
 けど私の推理に四季君はさめた表情でそれはないですよと前置きししゃべり出した。
「それなら余計に『明日』や『駅で』なんて言いません」
「何で?」
「だってその推理は基本的に結城さんとXさんは仲良く通学していたということになります。そして通学ですから、ほぼ毎日そうしていたはずです。先輩、そんな友達いますか?」
 私は自転車通学をしている。というか、この高校の生徒は自転車通学者が大半だ。だからその状況はちょっと想像できない。
「高校じゃなくてもいいですよ。中学の時に一緒に通学していた友達を思い出してください」
 私は中学の時のことを思い返す。小学生のときから近所で仲が良かった子たちと毎朝くだらないことをしつつ通学していた。
「あ、そうか」
 四季君が言わんとしてることが自然と理解できた。
「つまり四季君、そんなに親しい仲ならこんな長いメールは送らないってことよね?」
 四季君が満足げにそうですよと肯定してくれた。
 つまり彼は、そんなに親しい仲なからもっとメールを端折ると言いたいんだ。このメールは確かに一文だけで、普通に考えれば長くはないけど、それがもし毎日通学してる相手に対してまた明日会う約束をするメールなら長いと感じる。
 だってそんな相手なら「じゃあまたね」とか「それじゃあ明日ね」とか、そんなのでいい。わざわざ時間と場所を書くなんて面倒な文面、よっぽどのことがないと書かない。
「時間と場所、両方指定しないといけない仲なんですよ、Xと結城さんは。そしてそんな人間は学校の知り合いではないでしょうね」
 
 3

「さて、けどここまで推理してあれですけど、これ以上の絞り込みは無限大ですね。ちょっと別の角度から考えて見ましょう。メールの用件です」
「用件って、だから会いたいってことでしょ?」
「それはそうですけど、なんで会いたいかまるで記されていませんし、それを思わせる記述もないです。しかし、文面を見る限り分かることが少しだけあります。先輩だって分かるはずですよ、これがメールだということを考えれば、誰だって分かることです」
 誰だってわかるというのはおかしな話じゃないか、だって実際私には分からない。このメールについては昨日からずっと頭に残っていて色々と考えているけど、用件なんてとても推測できない。
 腕を組んで携帯の画面を凝視する。あの短い一文から用件を割り出す……。うん、やっぱり無理でしょ。
「できない」
 そう断言してやると四季君は「そんな威張られても」と少し困惑した。
「けど僕の言い方が悪かったです。用件といっても、どれくらいの用件かってことです」
「どれくらい?」
「はい、用件の重要性ですよ。Xさんは結城さんに会いたがっている。しかしながら、そこまで急ぎの用事ではないとう考えられます」
「またわかんないこと言い出すなあ。そんなのわかんないじゃん。実はすごぉく焦ってたかもしれないよ。だからこそ香もそれを考えて、明日にしようって提案したのかもしれないでしょ」
 四季君は私の反論に首を左右に振った。
「その可能性は完全に否めません。しかしそれほど急いでいるのなら、Xさんから日時の提案をすると思うんです。それこそXさんから、用件があるから明日会いたいというメールを送るはずですよ。そうするとメールに矛盾が生まれます。明日会おうというメールに対して、明日会おうと返信はしないでしょうね。普通はそうしましょうとか、そんなもんですよ。だから日時を提案したのはほぼ間違いなく結城さんです。そしてXさんは結城さんに日時を任せるほど余裕があったと見るべきでしょうね」
「納得いかないなあ。急ぎの用件があるんだ、近いうちに会えないかってメールだったらどう? それなら、このメールにつながるわ」
「ええ、文だけ見るならつながります。けどそんなこと言われたら結城さんはメールにこう付け足します」
 四季君はルーズリーフに『用件って何?』と書く。まあ確かにそんなメールが送られてきたら用件を聞き出そうとするのが普通かもしれない。
 いやいやこれもおかしいでしょ。
「用件をそのメールに書いてたら問題ないじゃん。例えばそーねぇ……。文化祭の件について急ぎの用事があるから会えないかってメールなら大丈夫じゃない。ああ、文化祭ってのいうのは例えよ、例え」
 学校の知りあいじゃないとさっき結論づけたばかりなので、そこは強調しておいた。
「分かってますよ。けどそれも無いでしょうね。さっきから根本的ところを忘れてますよ」
「は?」
「これはメールですよ。そんなに急いでいるのなら電話すればいいじゃないですか」
「ええーっ、それはさすがに極論じゃない?」
 携帯には確かに電話機能がついてるけど、電話ってそんなしょっちゅうしない。多少急ぎの用件でもメールで済ますことは普通にある。
「極論じゃないですよ。だって急ぎじゃないことは明白なんです。いいですか、Xさんが急いでいたとしたら結城さんはこんなメールを送るはずなんです」
 四季君はまたルーズリーフにつらつらと一文を書いて、それを私に見せた。
『ならまた明日駅で会おう。それでいい?』
 ……どういうことか、さっぱり分からない。
「いいですか、もしXさんが急ぎの用件があるのなら結城さんはなるだけ早い日にちを決めるでしょう。それが明日です。けど、Xさんがどのくらい急いでいるか分からないのなら、日時を決める結城さんは『明日にしたい。それでも大丈夫ですか』という確認をするはずです」
「ああ」
「けどこのメールにはそれはありません。Xさんは日時を完全に結城さんにおまかせしている状態で、それに対して結城さんも違和感を覚えることもなく、特別Xさんを気遣ってもない。そうなると、これが急ぎの用件だとはとても思えませんね」
 四季君の説明が終わって私に目を向けてくる。満足ですかと問いだけ。
 後輩相手に無言でうなずくことしかできないのは、何となく悔しい。

「そもそも、一番の疑問点はメールの文面より、先輩の連絡に応答しないことですよね。先輩、嫌われてるんじゃないですか」
 四季君がまるで遠慮なしに胸にくることを質問してくる。ひとまずチョップしておいた。
「特別親しくはなかったけど、無視されるほど嫌われてもないわよ。そもそもそんな仲だったらメアドなんて交換してないはずでしょ」
「そうですね。先輩が一方的に嫌われていたとしても、それなら一年以上会ってないんですから、メアドなんて消してるでしょうし」
 今度はテーブルの下で彼のすねを力強く蹴った。さすがに痛かったのか、彼が顔をゆがめるが、私はにこりとしてその表情を見つめていた。先輩をバカにするものじゃないんだよ。
「……とにかく、返信しないのはおかしいですよね」
 痛みに耐えながら彼はその考えを繰り返した。
「間違えて照れくさい、というか恥ずかしいのかな?」
「メールを無視するだけならまだしも、二回も電話を無視してるんでしょ? 恥ずかしくても電話までかけられたらでると思うんですよね」
 確かにメールなら無視できても電話なら無視しにくい。不思議なもので。
「かけてみてくださいよ」
「へ?」
「いや、へ? じゃなくて、今また結城さんに電話をかけてみてください。それで電話に出てくれたら、こんな雑談もおしまいです。僕は仮想世界に帰ります」
「またかけるのはなんか気がひけるなあ……けど、やってみるわ。あと、これが終わったら部活に行くから。君も行くんだよ、わかってる?」
 さぼり魔の後輩は私の注意など意に介さず、さあかけてくださいとテーブルに置いてあった携帯を差し出してくる。乗り気ではなかったけれど、話をもちかけた者の責任もあるし、ちょっと悪いなあと思いながらも香に電話をかけてみた。
 プルルルッというコール音を何度か聞かされる。昨日と同じ。そして三十秒ほどそれを聞かされた後、電話は切れた。
「だめ、やっぱり出ない」
 四季君に報告すると彼はちょっと真剣な表情をした。眉を寄せて、気むずかしい顔をしている。
「……番号が変わってる可能性も考慮しましたけど、どうやら違いますね。電源が切られているわけでもない。留守番電話サービスにつながらなかったということは、結城さんは明確に、電話に気づいていてなおかつそれを拒否したんです」
「番号が変わってないって?」
「メアドと電話番号をなんらかの理由で変えて、それを今の友人たちだけに教えたという可能性もあるかと思いましたが、それもないみたいですね。そもそもその可能性は電話をかけ直してこないということで消去してたんですけど、今ので確信しました。やっぱり結城さんは先輩を避けてるんですよ」
 おちゃらけた表情で言われるのではなく、真剣な表情で、暗い声で、熟考した考えを基にそう指摘をされるとなんだかかなり胸に刺さる。
「電話にでられないじゃない?」
「電話にでられてなくても、メールで返信できるでしょう。電話もメールも出ないんですよ。電話の用件だってわかってるはずですよ。それでも何も返してこないんですから、返したくない、ないしは返せないんです」
 四季君はさっきのルーズリーフに大きく「故意」と書いた。なんか、すっごい傷つくんだけど……。
「返せないっていうのは……」
「想定できるだけです。可能性は低いでしょうね。例えば誘拐されてるとか」
「えっ?」
 あまりに急な話に顔がひきつってしまうが、すぐさま四季君が首を振る。
「あくまで想定ですよ、しかも極端に大袈裟な。そんな驚くことじゃありません。しかもその可能性は皆無でしょうね。誘拐ならこんなにしつこく連絡をとってくる相手を無視はしないでしょう」
 すぐに腕を振りながら否定してくれたので、ほっと胸をなで下ろす。
「驚かさないでよ」
「すいません。けど今の様子を見る限り、おそらく結城さんは先輩の電話、メールに気づいてます。さっきのコールだって留守電の案内やかけなおしてくださいって放送がなかったということは、彼女は自らの意志で着信を拒否したんです。先輩、マジで嫌われるんじゃないですか?」
 もう何度目になるのかわからないしつこい追求。否定したいけど、なんだか状況がすごく私に不利。たしかにさっきの電話は拒否された。嫌われるおぼえなんかないけど、嫌われちゃったのかもしれない。
 けどそんな相手なら昨日のうちに着信拒否になり受信拒否になり設定すればいいじゃない。そうはされてないあたり、まだ希望はある……?
「そもそも私のこと嫌いだったらアドレス交換なんてしないでしょう」
「交換してから嫌いになったとか、いろいろあるでしょう」
「ないない。だって私と香がメアド交換したの、卒業式の直前だよ。仲を悪くする暇もなかったって」
 そう、自分で口に出すと自然とその時のことが思い出せた。香は自分の携帯をもっていない子だった。ちょっと珍しいけど学年に数人はそういう子はいたので目立ってはいなかったけど。
 卒業寸前にそのときの最新の携帯を買ったとみんなに自慢しながらアドレスを交換していた記憶がある。赤色のスライド型の携帯電話だった。
 私ともその時に交換して、卒業するまでの数日間はちょくちょくメールのやりとりをしていた。まだ慣れていなかったみたいで、時々打ち間違いや、無駄にデコレーションをしていた記憶がある。顔文字がおもしろいとはしゃいでいたなあ、そういえば。
 そんなことを四季君に話しながら、私はそのメールのやりとりを思い出す。何か嫌われることなんか言ったっけと記憶を一所懸命に引きづり出してみるけど、やっぱりそんなのない。当たり障りのないことしか話さないでしょう、メールでなんて。
 四季君はルーズリーフにスライド型携帯と書き込んでた。それたぶん関係ないでしょ。
「先輩が嫌われてないとすると本当に妙ですね。どうしてなんのリアクションも返さないんでしょうか」
「だからそれがわかんないんだって」
 そもそもそれがわかっていればこんな相談していない。
「うざいとかなら返信するでしょうね。もうかけてこないでとか。けど結城さんはそうもしないとなると、先輩は嫌われてるんじゃなく、避けられてると想定できます」
 なにかやんわりと言葉を変えられたけど……。
「避けられてるって、それ嫌われてるのと一緒でしょ」
「いいえ、全然違いますよ。結城さんは先輩のことが嫌いではない、けど避けなきゃいけない。先輩と今接点を持つと、何か不都合なことが起こるんじゃないかと恐れているんです。だから返答しない、一切の関わりを持ちたくないんです」
 私と連絡がつくと不都合って……。そんなことって一年半前までは普通に喋ってた仲でありえるのかしら。ましてやその間一切の連絡をとっていなかったのに。
「けどそれがなんのかまでは、このメールだけじゃ――」
 四季君がそこで言葉を区切った。いや区切ったというわけではなさそう、私の背後に視線を向けて、顔を青くして固まった。何事かなと思って振り向いて、私も思わず青くなる。
 そこにいたのは一人の女子生徒。セミロングの髪の毛で、赤ぶちのめがねをかけた長身の彼女が、こちらに向かって歩いてきていた。ちょっと殺気立っているように見えるのは、たぶん幻。お願いだからそうあって欲しい。
「二人仲良く部活をさぼるなんていい度胸してるわ。私もなめられたもんね」
 笑顔を保ちながらも、その青筋は隠れていない……。隠しきれない怒りを、彼女、東雲季節は私の横に座ると同時に眼前にいた弟に向けた。
 威圧感が半端じゃない……。
「この愚弟め、これで何回目だと思ってんの? いい加減にしなさいよ」
 四季君はさっきまでの饒舌など忘れたかのように、今は無口になって姉から目をそらしていたが、とうの姉がそれを許さない。こっちを向けと、腕をのばして彼の頭を捕まえて、無理矢理こっちを向かせる。
「あんたがさぼると私が甘やかしてるって言われるの。わかってる? わってないなら今すぐわからしてやるけど、それがお望み?」
「い、いや……」
 四季君は完全に蛇に睨まれた蛙状態。
「なめたまねしないで。一生後悔さすわよ」
 かなり怖い脅し文句でそうしめくくると、季節は今度は私に目を向けた。
「愛までさぼってるとは思わなかったわ。どうしてくれようかしら」
「季節、落ち着い」
「私、基本Sだから人が苦しむ方法とかちょくちょく考えちゃうのよ。けど考えるだけじゃおもしろくないじゃない。どう、今度実験につきあってくれない?」
 人の抑止を聞かず話をすすめる季節は、なんというか、怖いという形容詞では足りない。彼女のためだけに新しい言葉を作ってもいいと思う。笑顔は笑顔だけと目が笑ってない。いやそもそも笑っていたらもっと怖いかもしれない。どちらにしろ、季節をこうしてしまった時点で、私たちの負け。いち早く白旗を振って、許してくださいなんでもしますからと謝るのしかない。
「ごめんね、いやちょっと気になることがあってさ。ほら、お詫びになんかおごるから。ね?」
 だからどうかその笑ってない笑顔をやめてほしい、私がもう少し怖がりだったら泣いている。
 季節はしばらくの間すごい眼力で私を睨んでいたけれど、ため息を一つ吐くといつもの調子に戻ってくれた。
「……ココアとバームクーヘン。誰かさんたちのせいでいらいらしてるから甘いものが欲しいわ」
「ココアとバームクーヘンねっ。わかったわかった、すぐ買ってくるねっ」
 私は立ち上がって、逃げるように食堂の外に設置されてる自販機に向かった。立ち去るときに四季君が恨めしそうな目を向けてきたけど、見なかったことにしよう。だって仕方ないじゃない、怖いんだもん。
 ちょっとした罪悪感に苛まれながら、私は自販機で紙パックのココアと、半分にカットされたバームクーヘンを買ってテーブルに戻った。
 ちょうど、四季君が季節に何かを説明し終えたところだった。
 私がココアとバームクーヘンを季節に目の前に差し出すと、彼女はすばやく紙パックにストローを突き刺した。
「四季からだいたい話は聞いたわよ。友達から避けられてるんだって」
「言葉を選べよ」
 すごく意地悪そうな笑顔を浮かべる季節と、さっきまでにたような仕打ちをしてたくせに私に同情的なことを言う四季君。バランスのとれたいい姉弟ですね、憎たらしい。
「うぅー。避けられるようなことはしてないんだよ、私」
「わかってるわよ。愛はそんなことしないわ、というかできないのよね。基本、天然だから」
 それってフォローなんだろうか、非常に複雑な気持ちになる。
 季節はストローでココアを飲みながら、テーブルの上の携帯を見つめている。四季君はよく変なことに気づく。季節はそれを悪癖と呼ぶけど、実をいうと季節も似たようなところはある。ただ四季君ほどじゃないというだけ。
 しばらく画面を見つめていた季節が、にやりと唇を曲げて笑った。
「四季、あんたの推理はさっきので全部なわけよね?」
「ああ」
「ふーん。やっぱり、あんたってダメね。だからあれほどもっと他人と関わりをもてって言ってんのよ」
 どうやら何かに気づいた季節は、遠慮なく四季君に辛辣な言葉を投げつける。
「けどまあ、愛自身も気づいてなかったみたいだからしょうがないけどね」
「もったいぶんな、さっさと何に気づいたか言えよ」
「口の利き方に気をつけなさい、愚弟。あんたは超のつく基本を見落としてるのよ」
 季節は四季君も、当然私も気づかなかった何かを見つけたようだ。彼女は確かに四季君の姉らしく、妙なことに気づくことがある。けど彼女が認めるように、その能力は弟の四季君ほどじゃない。
 そんな季節が話を聞いただけで、気づけることって何? しかも、超のつく基本って……。
「愛、あなたが気づくべきことなのよ。四季にはちょっとその感覚がないから」
「四季君にない感覚?」
「そう。逆に言うなら私やあなた、そしてその結城香って子にもある感覚よ。いい、思い出して。私たち、日頃どんなメールしてる?」
 日頃私たちがしてるメール? そんな変わったことはしてない。たわいもない話しで、ほとんどが無駄話と愚痴。あとはちょっとしたガールズトーク。それが何?
 私は季節やほかの友人たちにしたメールの文面を思い出していく。そして、テーブルの上に置いてあった携帯に目を向ける。
「あっ」
 思わず声が漏れた。四季君はそんな私のリアクションに怪訝そうな顔をして、季節は満足そうな笑顔をうかべている。
「そうよ。気づいた?」
 私がこくこくと何度もうなずく。そう、とても単純で、すごく簡単な、超のつく基本。それを私が見落としていた。
「ちょっと、いい加減に教えてくれよ」
 四季君が苛立ちながら尋ねてくる。
「あのね四季君、このメールね、おかしいのよ、メールとして」
 私が説明しようとするけどうまくできず、四季君は余計に難しい表情をする。ただ横から季節が口を出してくれたおかげで、彼も納得がいったようだ。
 季節は、静かな声でこう指摘した。
「顔文字もデコレーションもないなんて、メールとして寂しいのよ」

 四季君にはわからないと言ったのはこういうことだった。彼の性格上、メールにそんなことはしない。簡潔に用件だけ書く。そういう人は別に珍しくはない。特に男子ならそういう装飾をしているのはむしろ少数派。
 けど私に送られてきたメールは香からで、彼女は私と同い年で同性の子だ。女子高生が送ったメールとして、これはとても寂しい。機械的で親しみがまるで感じられない。
 どうしてそれに気づかなかったのか、それさえさっぱりわからない。けどこうやって気づいてみると、違和感しかない。香はこんな味気ないメールを送る性格じゃなかったはずだ。
 四季君は季節の指摘にしばらく呆然としていた。あまりにも簡単だけど、彼にとっては親しみのないことだったから驚いたに違いない。
 季節はそんな彼に追い打ちをかける。
「メールとして見て、文面や状況でどういった意図のメールなのかと推測したのはおもしろいわ。あんたの悪癖にはもってこいでしょうね。けど、私はこれをとてもメールとは思えないのよ」
「……Xさんが結城さんより目上の人なら」
「目上の人間に対して『会おう』なんて馴れ馴れしい言葉を使うわけないでしょ、あんたじゃないんだから。会いましょう、会うことにしましょう、そんなところね。『会おう』なんて言葉を使ってる以上、Xは同い年か年下ね。そしてそんな相手に、こんな寂しいメールは送らない」
 四季君の反論は完膚なきまでに否定される。彼は悔しそうに唇を噛んで、姉はおもしろそうに笑っている。
「まあ、メールじゃないと完全否定はできないけど。そもそもこれがメールじゃないとしたら、何なのか私にはわからないわ。ただ、あんたの悪癖は、これを無視することができるのかしら」
 姉の挑戦的、いや挑発的な問いかけに彼は小声でしか答えられなかった。
「……うざい女」
「それはどうも。褒め言葉にしては物足りないわね」
 もちろん季節からすればそんなの悪口にもならない。彼女は鼻歌交じりにバームクーヘンの袋をあけて、それを食べ始めた。彼女としてはもう言いたいことは言い終わった感じなんだと思う。
 四季君は推理を振り出しに戻されたので頭を抱えている。最初は乗り気じゃなかったのに、今じゃ私より真剣だ。これじゃ悪癖と呼ばれても仕方ない。いやだけど、真剣になってるのは季節が出てきたからだろうな。
「けど季節の言うとおり、これがメールじゃないとすると何?」
 メールじゃないんじゃないかという指摘にはうなずけるけど、ならこれは一体何なのか。とうの季節もそれはわからないと投げ出した今、頼れるのは一人だけ。
 その彼はすぐに答えを出してくれた。
「メモです」
「メモ?」
「はい。メールじゃないとしたらメモが一番妥当でしょう」
 四季君はさっきのルーズリーフに「メモ」と書き足すけど、それならそれで疑問が出てくる。
「なら、どうしてそんなメモが私に送られてきたの?」
 メモが私に送られてくるって、それはどういう状況なの。ありえないでしょ。
「先輩、自分のフルネームを言ってみてください」
「は?」
「いいから、言ってみてください」
 わけがわからない要求にちょっと不機嫌になる。それでも何か意味があるんだろうと思ったから指示通りちゃんと口に出してみる。
「青山愛。知ってるでしょ」
 その途端、横に座っていた季節が「ああ」と嘆息した。そして一人で納得したように、なるほどねえと頷いている。
「ちょっと季節、何、どういうこと?」
 季節はこちらを一瞥するけど、何も言わずにっこりと笑っただけだった。この子、本当に意地が悪い。
「四季君、説明してよ」
「わかってます。今考えるとそうなんですけど、間違いメールなんて送られてくるはずないんですよね。だって先輩と結城さんはもう一年以上メールしてなかった。普通、メールに返信するときって、そのメールの画面から操作して『返信する』って項目を選びますよ。機種がいろいろありますけど、これは大きく変わることはないでしょう」
「そうね、だいたいはそうする」
「だったらメールを間違えて送るっていう状況は、メールが送られてないと起こりえないわけです。ましてや僕らはあれを『返信』だと決めつけたのに」
 確かに。あのメールが返信だとすると、どこかにもとのメールがあったはずで、間違えて送られてきたという状況は私のメールとそのメールが隣接していないと起こりえないわけだ。
 けど私は最近香にメールなんて送ってない。やっぱりあれはメールなんかじゃなかったんだ。
「いやだから、なんで私の名前が関係するわけ」
「これがメモ、ないしはそれに近いものと考えます。結城さんはまずメモを書こうとした。そして携帯を使い、文字が打ち込める画面に移動するわけです」
「うん」
「さっき先輩は言いましたよね、結城さんとアドレス交換をしたのは卒業寸前だったと。だとすると携帯はだいたい二年縛りですから、結城さんは携帯を変えていない可能性が大きい。つまり、まだスライド型のガラケーを使ってるんですよ」
 携帯電話を買うとき、だいたい機種代を二年間、つまり二十四ヶ月で分割で払う。そうした方がお得だというのが携帯電話会社の常套句だし、みんなだいたいそうする。そのせいで機種は二年間変更できないけど、そんなしょっちゅうかえるものでもないから困らない。
 私だって半年ほど前にその契約が終わって、ようやく機種変更した。卒業して一年半の今、おそらくは四季君の推理通り、香は機種を変えてないと思う。
「スマートフォンならメモのアプリケーションも豊富にありますけど、ガラケーには少ない。付属しているアプリもありますが、いざメモを書こうとしたとき、それを起動させるのが面倒だと結城さんが考えたなら、このメール、いやこのメモがどうして先輩に誤送信されたのかわかります」
 ガラケーの場合、メモのアプリケーションを開こうとすると待ち受けからメインメニューに移動して、そこからアプリ選び起動させる。それが面倒か面倒でないかと言えば、面倒じゃないはず。
 けどそれが面倒だと感じるということは、それ以上に簡単にメモを書く機能がすぐに使える方法があるということ。
 それって一体……。
 頭をかかえて悩む私の横で、バームクーヘンを食べ終えた季節が自分の携帯を操作していた。そしてすぐにその画面を私に向ける。
 液晶には『アドレス帳』が表示されていた。
「えっ、あっ――ああっ!」
 思わず大きな声をあげてしまう。私のオーバリアクションに四季君と季節は二人して笑っているが、私はどうしてこんな簡単なことに気づかなかったのかと恥ずかしくなる。
 クスクスと笑いながら、四季君が説明をし出す。
「そうですよ。わざわざメモのアプリケーションを起動させる必要なんかない。アドレス帳からメール作成の画面にいけばいい。スライド型なら画面のすぐ下にアドレス帳にとべるボタンがついていますから、そっちの方が簡単です。そして結城さんがこの方法をとったと仮定すると、わざわざメモのアプリケーションを開くことさえ省く人です、きっとアドレス帳の一番上にある名前からメール作成に入ったはずです。そして先輩の名前は」
「青山、愛」
「そう。結城さんが『青山愛』で登録してたのか『愛』だけで登録してたのかはわかりません。しかしどっちにしろ、頭二文字が五十音の『あ行』である先輩はアドレス帳では一番上にある可能性が高いです」
 だから私にメモが送られてきた。香は私のアドレスからメール作成機能を起動させて、それをメモとして使用したんだ。しかし、誤って送信してしまった。
 それが昨日の夕方の出来事。
 長いあいだ喋っていたせいか、四季君がのどが渇いたとつぶやく。姉の季節はそんなつぶやきを前に、ストローで優雅にココアを飲んでいたが、ここで久しぶりに口を開いた。
「けど、まだ謎は残ってるわね。いやむしろ増えた。一つ、結城香はどうして筆談する必要があったか。二つ、どうして彼女は愛に返信しないのか」
「筆談?」
「あら愛、これは私じゃなくてあなたと四季の推理じゃない。最初、あなたたちはこのメモをメールと思っていた。そしてそのメールが、何かの『返信』だと結論づけたんでしょう。冒頭に『なら』があるんだから、それはメモでも変わらない。Xに対する返答だったのよ、このメモは。そしてそんなメモのアプリを開く手間を省くほど急いでいたのなら、たぶん会話をしていたのでしょうね。いや、話しかけられたとみるべきだわ。Xが話しかけて、それに答えた。わざわざメモで返事するんだもの、きっとXもメモで問いかけたのよ。筆談していたと見るのが妥当でしょうね」
 季節の意見におおむね同意なんだろう、四季君も頷いている。そして彼女のあとをついでしゃべりだした。
「そしてその仮定で先輩に誤送信してしまったのなら、たわいもないミスです。先輩を避ける理由にはなりません。そして女子高生がわざわざ筆談しなきゃいけない場合っていうのはどんな状況なんでしょうか」
 四季君がさっきのルーズリーフを裏返して、その二つの疑問点を大きく書いた。

?なぜ筆談していたのか。
?なぜ結城香は返信しないのか。

 疑問点はこの二つだけ。
「ならまた明日駅で会おう。誰だったらそう言うかしら。学校の知り合いじゃないとしたら……」
「そこまで頻繁に会わなくて、でも『会おう』なんて言葉を使ってるから目上の人でもない。時間と場所をわざわざ言わなきゃいけない人……」
 四季君がルーズリーフと向き合ったまま何かを考え出してフリーズしたので私の話し相手は季節に変わった。
「私なら誰に言うかしら。こんなこと」
 季節があごに手を当てながら目を閉じて首をかしげながら考えている。
 私も少し想像を働かせてみる。Xさんと二人で、理由はわからないけど携帯を使って筆談していて、そして『会おう』と言われた。それに対してあの一文で返答する。相手が誰ならそうするのが自然だろう。
 学校の知りあいじゃないだろうという推理が前提としてある。学校の知りあいでないとすると、私たち学生なら誰に会うのか……。
「会うことには会う。駅で会おうっていうくらいだから、駅以外でも会うのよね。私たち学生が学校の外でちょくちょく会う人って、どういう人かしら」
「ふぇっ」
 思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。今の季節の台詞に、私は何か引っかかる感じがした。駅で会おうというくらいだから、駅以外でもあったことはある。しかしXさんと香はそこまで毎日のように会うわけではない。
 そしてこの、この距離感のある一文……。
 頭の中で一つのワードが自然に浮かび上がって、それによってぼやけていた視界が一気に開かれた。
「……塾」
 私の呟きに季節はココアを飲むのをやめて、四季君は驚いてこっちを見た。
「塾なら、これってあり得るんじゃないの?」
 確かめるように二人を交互に見るとこの姉弟は二人声をそろえた。
「それです」
「それね」
 思わず声を合わせてしまったことが恥ずかしかったのか、二人はすぐにお互いをにらんだ後黙ってしまったが、四季君がそれをごまかすような咳払いをしてからしゃべり出した。
「おおかた、その方向で間違いないしょうね。塾、ないしはそれに準ずるものです。学習塾と決めつけるのは無理です、もしかしたらもっと他の習い事かもしれない。先輩、結城さんは何か習い事をしてましたか?」
「はっきりとは覚えてないなあ。けど私と香が知り合ったのは中三だし、その頃なら塾行ってない子の方が少なかったから、通ってたんじゃないかな」
 というか私たちの世代の場合、中三とかそういう年齢は関係なく通っている子の方が圧倒的に多い。だから今現在も香が塾に通っていてもおかしくない。
「なら、もうXさんは大体想像がついてきました。目上の人でもないとすると、塾の生徒でしょう。まだ出会って間もない感じなら、この距離感も違和感がなくなりますXさんか結城さん、どちらかわかりませんが、片方がまだそこに入ったばかりでまだ打ち解けていないのかもしれません。そしてそれなら会おうと言われても、日と場所を指定しないといけない」
 初めて自分で納得のいく答えを出した私はかなり嬉しくてニヤニヤが止まらない。しかしそんな私のテンションをさげる悪魔がすぐ隣にいた。
「けどそれじゃあ残った二つの疑問を解決に結びつけることはできないわね」
 季節は肩肘をテーブルにつきながら、四季君のノートを指さして指摘した。そこで私のニヤニヤが止まる。そうだ、私の言ったことじゃ、この残った謎を解決に導くことはできない。
 私のニヤニヤが止まったのに対し、その反応を見た季節がニヤニヤし出す。この女本当にどうしてくれようか。
 四季君がまたルーズリーフとにらめっこを始める。人差し指でテーブルをとんとんと小さく叩きながら、何か呟きながら必死で頭を働かせる姿は、ちょっと頼れる。こういうのを日頃からできれば、彼はもっと色んな人から信頼されるだろうな。
「筆談するときってどんな時かしら」
「うーん、わかんないなあ。けど意外と難しくないかも。ようは静かにしなきゃいけない場所でしょ。ほら、映画館とか」
「映画館はないでしょ。確かに静かにしなきゃいけない場所だけど、そこでわざわざ携帯使って話さないよ。てか映画終わってから話せば済むじゃん。それこそあなたたちが推理したんでしょう、このメモは別に急ぎの用件じゃないって」
 そういえばそんな推理もしたんだった。あれは別に急ぎの用件じゃないって。だったら映画館はあり得ない。そもそも上映中に光る液晶画面なんて使うわけない。
「学校じゃないんだったら、塾の授業中とか」
「ないわねえ。塾の授業中にどういう会話してたのかしらないけど、筆談ってことは席は接してた可能性が高いわ。離れててそれ見せ合ってた講師にばれるもの。でも席が接してたら携帯よりノートの切れ端でも使うわね」
 講師にばれたくないのならそうするのが一番自然になる。ということは、塾もダメかなと思ったけど、ひらめくものがあった。
「自習室は?」
「ああ、それもないでしょうね。だって自習室自体は私語厳禁だけど出ればいいだもの」
 一蹴されてしまった。反論したいけど、何にも浮かばない。それどころか、今の理屈はかなり推理の幅を狭めてしまう。私語厳禁の場所は世の中結構ある。私だって私生活でよく出会う。
 けど筆談しなきゃいけないような場所はそうそうない。だって私語禁止の場所でも一歩出ればそれでいい。推理した通り、これは急ぎの用件じゃない。それならわざわざ私語厳禁の場所で筆談なんかしなくても、そこを出た後に話せばいいだけ。
 季節の論理は的確だけどそれはすごく私たちの考えを狭める結果になる。
「……公共交通機関ならどうかな。出られない、電車とかバスっていう降りる場所が違えば話す機会もなくなっちゃうでしょ。だから筆談したんじゃない?」
 自分で言っておいてなんだけど、これはすぐに否定されると分かっていた。案の定、季節はないないと即座に否定した。
「たしかにそういう場所は私語を控えなきゃいけないわ。けど何も黙らなきゃいけないわけじゃないから。小声でなら誰も文句なんか言わないわ。電車とかで筆談したことあるわけ?」
 そんなことしたことない。むしろ私はそういうことを気にせず話しをしてしまうタイプで子供の頃からお母さんとかに注意されてきたし、今だって時々友人から諫められてしまうときがあるくらいなんだから。
 けど声の大きさを気にしたとしても、筆談をする人なんてそうはいない。
「あぁーっ、もうっ! じゃあ何にも分からない! 筆談する状況なんて普通無いでしょ!」
 もう何も推理できなくなってしまったいらだちを、テーブルを叩くことで表現する。ばんっというにぶった音が食堂に響いて、数人の生徒がこちらを向いて、何も見なかったことしようという表情になってから目をそらした。
 四季君が止まっていたことに気づいたのはその直後だった。
 彼はテーブルを指で叩くこともやめて、目を少し大きく開けて自分のルーズリーフを凝視していた。そしてそれから私の携帯に目を向ける。その表情は驚いていると同時に、何か悲壮感が漂っている。
 さんざんルーズリーフと携帯を交互に見た後、彼は私に目を向けた。
「何よ四季君、なんか分かったの?」
「こら愚弟。気持ち悪いリアクションしてないで分かったんならさっさと教えなさい」
 四季君は私の質問にも、季節の毒舌にも何も言わなかった。しばらく固まったまま、ただじっとしていた。
 そしてようやく、ゆっくりと、まるで覚悟し終えたかのように口を開いた。
「残った疑問点を解決できる状況が一つだけあります。わざわざ筆談なんてややこしい方法をとらなくちゃいけなくて、そして先輩を避けなきゃいけない理由というのが、一つ浮かびました。ただ愛先輩、これは僕の思いついた可能性の一つでそれが答えだとは思わないでください」
 四季君がまじめな顔つきで、そんな意味深な前置きをしてくるからたじろいでしまう。
「な、何よ、急に重たくなっちゃって。言ってよ、何が分かったの?」
「結城さんは……」
 そこまで言ってから四季君は一度つばを飲み込み、意を決したようにはっきりとそれを、彼が思いついたたった一つの可能性を口にした。
「結城香さんは――耳が聞こえなくなったんです」

 4

 場が一気に静まりかえった。言った四季君も何も言葉を続けなかったし、季節も何の反応もしなかった。私も何か口にすることができなかった。それこそ、私の方こそ耳が聞こえなくなったんじゃないかと思うくらい、無音の世界に閉じ込められた。
 耳が聞こえなくなった? 香が?
「いや……えっ、いや、それはちょっと待ってよ、うん、おかしいよ」
四季君の思いも寄らない回答に思わず混乱してしまい、うまく言いたいことが言えない。どうしてか言葉が詰まる。
「だって、それはないでしょう。言ったでしょう、香は私の同級生なんだよ。まだ全然若いんだよ?」
「若くても耳が聞こえなくなる病気はあります」
「だからってそれに香がかかる?」
「病気は人を選びませんよ。あれは誰だっていいんです、無差別殺人者ですから。とにかく結城さんがそういう病気に選ばれないということは否定できません。いやむしろ、選ばれていた可能性が高いでしょうね」
なんでよと反論しようとする前に四季君が言葉を続けた。
「先輩の話だと結城さんは誰にも言わず遠くの高校に行ったんでしょう。もしかしたら中学のときからそういう兆候はあったのかもしれません。そして医者に通告されていたのかもしれません。いずれ耳が聞こえなくなると。だから結城さんは地元を去ったんです、その事実を友人に知られたくないから」
 そうだ。確かに香は急に遠くの高校へ行った。しかも彼女と仲の良かった子たちにさえどこの高校か教えてない。
でも卒業後も彼女たちは香と連絡をとっていると言っていた……メールで。携帯じゃない。メールでとっていると彼女たちは言っていた。
 メール以外、電話は使ってない。私たちの年代なら携帯で長話するなんて珍しくもないのに。
「けどそれなら携帯なんて契約しないでしょう」
「普通はしないでしょうね、言い方は悪いですが無意味です。けどそれが中学の卒業寸前だったら別です。病気のことは誰にも知られたくない、だけど卒業してしまえばしばらく会えなくなる親しい友人たちとの連絡手段は手に入れたかったというのなら。病気のことを隠したくて遠くへ行くけど、だからといって友達をなくしたいわけじゃなかったんでしょう」
 だから卒業寸前に携帯を買った……。ぎりぎりになって私たちと完全に縁が切れるのが怖くなったから。
「結城さんの耳が聞こえないとなると筆談の理由だって明白です。手話か筆談しか会話の方法はありません。さっき話していたとおり、Xさんと結城さんが知り合って間もないんだとしたら、Xさんが手話なんかできなかったのかもしれません。さっきは塾と言いましたが、それはないですね。Xさんは病院か施設か、そういったところで知り合ったんでしょう。一年半以上前から宣告を受けていたのなら結城さんは手話くらいできるはずです。ということはできないのはXさんです。だから結城さんは焦ったってしまった、手話で話しかけられると思っていたのに筆談されたから。そして相手にあわせて筆談して、ミスをした」
 私だって手話を全く知らないわけではないけど、会話できるほど使いこなせるかというと難しい。なんせ手話の知識なんて小学生のころにやった授業だけなんだから。ありがとうとか、自己紹介とか簡単なのならできるけど。
 Xさんが香と知り合って間もないのなら手話なんかできるはずない。当然筆談となるだろう。そして紙とペンを出すより、携帯で済ませた方が楽に違いない。
「筋は……通ってるわね」
 黙っていた季節がそうつぶやいた後、癪だけどと付け足した。
「通ってないでしょ……。だって、だって、それじゃあ私を避ける理由にはならないもん!」
「なるでしょう。だって耳が聞こえなくなったから遠くの高校へ行ったんでしょう。なら地元からの連絡は避けるって」
「それは季節がそういう性格だからでしょうっ。事実私は卒業寸前にアドレス交換してるんだよ、避けるんだったらそんなことしないよ。それに仲の良かった子たちは今でもメールで連絡とってるって言ってたんだよ、私にだってメールで返してくれればよかったじゃんっ!」
 思わず声を大きくしながら、季節に詰め寄ってしまう。季節は私の意見に反論することはなく、らしくもない優しい目で私を見た後、弟の方へ視線を変えた。
 四季君がため息交じり、またしゃべり出す。
「先輩、昨日このメールを受け取ってからどうしたって言いました?」
「どうしたって?」
「最初に何をしましたか?」
 そんなこと最初に説明したのに、どうしていちいち言わなくちゃいけないのかわからない。そこでまたいらだちが増したから、また声が大きくなった。
「だから言ったでしょうっ、間違ってるよって教えるために電話したのっ!」
 そうやって怒鳴った直後に、自分の頭の中が真っ白になった。思わず、あっと声をもらして、高ぶっていた感情が一気に冷めていく。そしてわずかな悪寒さえした。
 私は最初に電話をした。そうだ、そうだ……。
「わかりましたか。先輩は電話をしました、それは間違いなく良心です。しかし遠く離れた場所でその着信を受けた結城さんは非常に困ったでしょうね、電話になんか出られるはずないんですから」
 もし私の耳が聞こえなかったら……。間違ってメールを送信してしまい焦ってる最中に、さらにその相手から電話がかかってくる。きっと余計に焦る。出られないからやりすごすしかない……。
「その後にメールも送ったんですよね。もちろんメールだったら返信できます。けどタイミングが難しいじゃないですか」
 着信を拒否した後にメールが届く。なんでもないよと返信すれば済む話かもしれない。けど、どうして電話に出ないのと質問されてしまうかもしれない。それは絶対に避けたいのに。
 メールを送れるんだから携帯が手元にあって操作できる環境なのは相手に分かってる。その状況ですでに一度着信を拒否してしまえば、メールだって返信しづらくなって当然かもしれない。
「タイミングをずらしたところで、なんで電話に出なかったのかは不審がられるわね、確実に。ごまかすことはもちろんできたでしょうけど、所詮はごまかしに過ぎないのよ。それ以上突っ込まれたら困るのはわかりきってるわ。一つの嘘を隠し通すには、何個も何個も嘘を重ねなきゃいけない……。それが怖かったというなら、返信しないのもうなずけるわね。ただの嘘じゃないもの。自分が隠したくてしょうがないものを隠す嘘だもの。ほころびなんて、どこにも作りたくなかったんでしょう」
 嘘を隠すために多くの嘘が必要になる。それは、もうさすがに高校生にもなれば分かる。嘘をつくという行為はハイリスクなんだ。日頃私たちがつくような、どうでもいいことに対しての嘘なら、ハイリスクでもかまわないと思うかもしれない。
 けどそのリスクが大きすぎるとしたらどうするだろう。
 嘘なんかつかない。だからと言って正直に告白するなんて論外。ならどうするって……一つしかない。黙秘。何も語らなければリスクはない。
 お互いに出来事が風化するのを待つ。これが最善に思える。
「嘘をつくというのは気持ちいいものじゃありません。相手をだますというのは、姉貴みたいな人間なら快楽に思えても、たいていの人間は罪悪感を覚えるものです。しかもそれがもともと後ろめたいことで、しかもだます相手が友達なら、厭にもなるでしょうね」
 なんか体全体の力が抜けていく。説明されればされるほどに、反論できなくなるうえ、もうそれしかないように思えてくる。心の中では違うと叫んでも、頭の中じゃそれしかないと結論づけられてしまう。
「耳が……聞こえないの」
「可能性の一つです。断言はできませんよ」
「そうね。こいつの悪癖がどこまで信用できるかは未知数だし」
 私が蚊のなくような声で絶望したら、すかさず二人がそろってフォローしてくれた。ただ四季君がこういうことをやるのは珍しくないけど、季節にしてはかなり珍しいこと。
 それくらい、季節の中ではもう答えが決まってるんだろうな……。
「ならまた明日駅で会おう」
 四季君が問題の一文を口に出しながら、自分が色々と書き込んだルーズリーフを見つめる。季節がその様子を見て、ふんっと鼻で笑った。
「おもしろい推察だったんじゃない。まあ、部活をさぼってやることではないけど」
 季節は立ち上がるとすかさず私の背中をバシッと結構強めに叩いた。
「痛っ」
「なに沈んでんのよ。謎も解き終わったし、さっさと部活に行くわよ」
「でも」
 こんな気分じゃ行く気になれないというのが素直な気持ちなんだけど、季節がぐっと顔を近づけてくる。
「さぼりは許さない。それとも何? あなたはその友達の耳が聞こえないからって何かするの、いや、何かできるの?」
 いつもの棘のある言葉、そしてどこか冷たい視線。何もしない、何もできない。それが私の答え。それを分かってて聞いてくるんだから、本当に容赦ない。
「ほらみなさい、当たり前よ。だったらもうこんなこと忘れて普通に暮らすのがベストね。たかが中学の同級生一人のために気を病むなんて無駄よ、無駄」
「無駄って……」
 そんな言い方はないんじゃないかと反論しようとする前に彼女が言葉を挟んだ。
「何かしてあげたところでそれを相手が望むかは分からない。だったら考えても、行動しても結果は同じよ。遠く離れた人間のことでくよくよしてどうなるっていうのよ。もし今度会うときがあったとしても……そのときは今まで通りでいいじゃないの」
 最後の一言が慰めの言葉だと言うことに気がつけたのは、数秒後。私の表情が明るくなりかけると同時に、言った張本人が一気に不機嫌な顔つきになる。私から離れてから「ああっ」と悪態をつき、頭をかきむしった。
「くっさい言葉ね、吐き気がするわ。こんなの台本の中の台詞だけで勘弁して欲しいわ。やっぱり今のなしっ、取り消しっ。きれい事は大嫌いなのよっ」
 自分から言っていてらそんな罵倒をぶちまけた後、季節はずかずかと足音をたてながら食堂から出て行った。そんな姿を私と四季君が呆然と眺めた後、二人して笑った。季節には似合わない言葉だったことは間違いない。当人が一番分かってたみたいだけど。
 照れ隠しが下手なところは、彼女の数少ない可愛いところ。
「じゃあ先輩、そろそろ部活に行ってください」
 四季君はルーズリーフを折りたたんで鞄に直しながら、そう勧めてくる。
「四季君、君もでしょ」
「なんか疲れましたから、今日はパスです」
 まるでいつもはパスしてないみたいな言い方。『今日は』じゃなくて『今日も』の間違いでしょう。
「季節に怒られるわよ」
「知りません。どうせ行ったところで何かにつけて怒られるなら、行きません。それに」
 四季君は鞄からさっきまでいじっていた携帯ゲーム機を取り出した。
「いいところだったんですよ。誰かさんのせいで中断させられましたけど」
 彼は満足げに嫌みをぶつけた後、ゲーム機を開いて「それじゃあ」と別れの挨拶をして食堂から出て行った。ゲームしながら歩いてたら危ないよって注意はもうし飽きたからしない。無駄だし。
 さて、私は季節に従って部活に行こう。これ以上怒らせたら後が怖すぎる。
 立ち上がって鞄を持って、テーブルの上の携帯を手に取った。液晶画面には未だにあの一文が表示されている。
「……えいっ」
 
『このメールを削除しますか?』
 →はい
 →いいえ

 画面に表示される選択。
 私は少し迷った後片方を選んで、携帯を待ち受け画面に戻した。


2012-12-12 01:35:36公開 / 作者:コーヒーCUP
■この作品の著作権はコーヒーCUPさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 はじめまして、ないしはおひさしぶりです。コーヒーCUPです。
 めずらしく、短編ミステリを書きました。さて、少しミステリに造詣がある方、ないしは本をよく読まれる方ならこれがとる作品のパロディであることは一目瞭然だったかと思います。そうです、パロです。ぱくりです(嘘です)。
 なんのパロディかと言えばハリィ・ケルマン「九マイルは遠すぎる」という作品です。この作品では「九マイルをいくには遠すぎる、ましてや雨の中ではなおさらだ」という文からどこまでのことが推察できるかという、ちょっと変わったミステリ。歴代ミステリ名作選に名をあげるような作品です。
 最近ではアニメ「氷菓」の19話で「こころあたりのある者は」という話しがありましたね。あれもその作品のパロになります。
 今回自分もそれに挑戦してみたのがこの作品です。どうだったでしょうか。
 ちょっとでも暇つぶしになれば幸い。では。寒いのでお体にお気をつけ。
 感想、苦情、アドバイスお待ちしております。
この作品に対する感想 - 昇順
拝読しました。水芭蕉猫ですにゃん。
だからミステリは読まないんですって(おい)ついでに氷菓も見て無かったりします……orz 面白いらしいのはしってるんですが、何となく食指が動かないんですよねー……。
というわけで、ちゃんとした感想は書けないのですが、コーヒーさんの味は噛みしめましたよ。あぁ、噛みしめたというより喉ごしこってりという感じでしたね。どんなに日常でも、なぜかこってりしているんですよー。多分、ミステリ特有の理屈っぽさのせいだと思うのですが、どうなんだろう。ほかの人の意見も聞いてみたいな。結局結城さんはどのような状況にあるのか、そしてメールをどうしてしまったのかは最後まで明かされませんでしたが、個人的にはこの終わり方が凄く好きだったりします。
色々書きましたが、面白かったですよ!
それでは、妙な感想で申し訳ありませんがこれにて。
2012-12-15 22:32:32【★★★★☆】水芭蕉猫
こんにちは。簡単に感想を。
難しいですねえ…。ぼくは、理論的なことはちょっと苦手なので。
とはいえ、謎解きにはおおむね納得できました。ただ携帯の機能については想像しにくかったりなど、いくつか引っかかるところがありました。また、「ならまた…」という言い回しは全然女子高生っぽくない(書き言葉でも使わなさそう)と思うですが、意図されてのことでしょうか?
いろいろ書きましたがミステリに関してはまったくの門外漢ですので、ざれごとと受け取っていただければと思います。それから、終わり方は小説らしくてけっこう好みです(笑)
では。
2012-12-23 00:26:16【☆☆☆☆☆】ゆうら 佑
水芭蕉猫様
 感想どうもですにゃん。
 ミステリですけど、そこまでこってりしてましたか? 自分としてはもう本当に思いつきで書いたに近いもんがありますし、誰も死んでないしで、ちょっとしたスナックを食べる感覚で読んで欲しい作品でした。まあ、猫さんはミステリ苦手だって言われ続けてますもんね。けどね猫さん、自分は猫さんがミステリ書いたらおもしろいのができると思います。猫さんの心の中にあるそのブラックさを詰め込んだダークミステリを書いてみてはいかが? 絶対読みます。
 結城がどうなったのかは絶対わかりません。極端な話し、自分だってそこまで考えてません。この話しの推理は季節が言ったとおり「四季の悪癖」であってるかどうかは不明。
 メールはご想像にお任せします。本当はどっちの選択をとるか書いたんですが、ここは曖昧にした方がいいと考えたので書き直しました。
 ミステリ苦手なのに読んでくださってありがとうございました!

ゆうら佑様
 どうもです、感想ありがとうございます。
 難しいですか……猫さんの感想返信にも書きましたが、自分としてはそこまで皆さんが頭を抱えるものだとは思ってませんでしたし、あまりそうして欲しくなかったです。まあ、そうなっちゃたのはこれを書いた自分の責任なんですが。
 本当に、ちょっとした頭の体操みたいな感じで読まれるのが理想でした。
 携帯の機能についてはご指摘の通りかと。実は友人にも読んでもらったのですが、折りたたみの携帯と、スライド型の携帯を持ってた友人、感想が違ってました。自分も今はスマホですが、その前はスライド型を使ってまして、当たり前のように作品でもその仕様を書いたら折りたたみだった友人から「ちょっとわかんない」と言われました。もっと事細かに説明するべきでしたね。
 文章が硬いと言われればそうかも……まあ、そこは急いでたからってことで(汗)。
 いや戯れ言だなんてもったいない。読者の感想ですから紳士に受け取らせていただきますよ。それに、ミステリが畑違いの人間が読んでも楽しめるミステリを書くのが、こっちの義務です。貴重なご意見でした。本当にありがとうございました。
2012-12-24 03:50:38【☆☆☆☆☆】コーヒーCUP
遅くなりましたが読ませて頂きました。
氷菓で確かにこんなのあったな。あれってちゃんと技法的な名前あるんだな。
しかし氷菓の時も思ったのだが、こういうのは正直、ほとんど楽しめなかったりする。憶測で物事を進めるのは凄いし、全体を通しても出来はいいし筋も通っているのであろう。しかし神夜個人としては「だから何なんだ?」で終わってしまうのである。結論が欲しいんだよ結論が。だから何だ、というのが無いと、個人的には楽しめない。ここは神夜とカフェオレが根本的に相容れない箇所でもあるのだと思われる。
というよりいいからテメエは「天使」と「ハスミン」の続き持ってこいや。あと感想入れたかどうか忘れたけどマジシャンかなんかの学園祭のやつも一緒に耳揃えて投稿しろよ生クリーム入れて掻き混ぜるぞ。
2012-12-25 16:59:14【☆☆☆☆☆】神夜
神夜様
 過ぎちゃったけどメリークリスマス、幻さん。仕事か彼女かミクか知らんが、聖夜を幸せに過ごしてるか?
 氷菓のあの話し、原作の短編小説は推理小説の賞の候補作になるほどのものなんだぜ。自分はよく大学の仲間内での短編について話すんだ。すげぇ議論になるよ。おもしろいから原作も読んでみて。
 おもしろくないか。いや、仕方ないと思う。たぶんこれは「理屈の物語」なんだ。理屈を物語にしたもの。だからそれを楽しめる人にははまってもらえると思うんだが、幻さんのように「だから何よ?」となる人にとっては退屈だろう。
 結論が欲しい。けどこれはダメだな。なにせ結論は出せない。だってあの一文から推察されることは、作中で提示された答えだけじゃないはず。もっと筋が通った答えを出せる可能性がある。なにせ、伏線はあの一文だけなんだから。
 まあ、こればっかり本当に幻さんの言うとおり。自分とあなたの相容れないところだと思う。理屈を物語にしてる自分と、理屈抜きで物語を作ってる幻さんの。褒めてるんだよ? 理屈抜きでおもしろいの多い。
 ハスミンはさっき投稿したよ、これで満足か? あと二作は……知らん。察しろ。
2012-12-26 03:01:04【☆☆☆☆☆】コーヒーCUP
どもです。遅ればせながら読ませて頂きました。
むむむ……難しい。対象Aがこの状態の時、どのような結果を求められるか? 的な理論的な考えは苦手です。書いたことないけど、論文を書けと言われたら発狂する自身があります。変な話、感情は理屈をへし折る為に存在してる、と思ったりするタイプなもんで。
さておき、「なるほど!」と思うときもあれば、「そうか?」と首を傾げる所もあったというのが本音です。
デコメのくだりはさておき、明日が休日だった場合は、逆に学校の知り合いは普通こういうメールになるんじゃないかなぁーと思ったり。
男と女のメールの違いは「確かに!」となって楽しかったですがw
普段ミステリーを読まない自分にとっては、玄人向け過ぎる内容でした。

ではでは〜
2012-12-29 14:26:51【☆☆☆☆☆】rathi
rathi様
 どうもです。作品お読みいただきありがとうございました。
 「対象Aが〜〜」とか難しいですね。けどテスト問題みたいにするとそういう感じな小説かな。自分だってそんな論文書けって言われたら嫌ですよw。これは小説ですから書けましたけど。
 やっぱり共感を得れる部分と得られない部分があるようで、これはもう自分の力量ももちろんそうなのだろうけど、ちょっと何の携帯を使ってたか、あとちょっとだけ年代が関わってくると思います。うーん、難しい。
 「逆に学校の知り合いは普通こういうメールになるんじゃないかなぁ」という意見に関しては「それならば『また』というのはおかしい」という返しでどうでしょうか?明日が学校が休みで、会う約束をした。それで駅を指定。そらなら「なら明日駅で」となるはずです。けど本文は「ならまた」です。初めてじゃなかったと考えたら、それならそれでやっぱり「駅」とは書かない気がします、少なくとも学校の知りあいには。
 いや、きっとrathiさんもこの上記の意見に何かあるかと思います。つまり、これはそういう形式のものなんですよ。こういう掛け合いをずっと続けていったっら、何があるかというものなんです。だってこの作品だってタイトルが先に決まって、真相はその後に決まったんですから。
 玄人向けかどうかと言われれば、日頃ミステリを読まない人からみたら変わった作風だったかもしれまん。その点はもうちょっと柔らかく書けたら、よかったです。反省ですね。やっぱりもっと気軽に楽しんで欲しい謎でしたから。
 なにはともあれ、感想ありがとうございました。では。
2012-12-31 22:50:18【☆☆☆☆☆】コーヒーCUP
計:4点
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