『地下鉄』作者:鋏屋 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
仕事帰りの地下鉄で見かけた見覚えのあるグレーのコート姿。あの頃と変わらない背中に、私は懐かしさと共に、こみ上げるほろ苦さを感じた。
全角2018文字
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原稿用紙約5.05枚
 丸の内線のエスカレーターを降り、ホームを歩く人を仕事疲れの頭でボンヤリと眺めていると、ふと視線を流した先に、足早に人の波を流れる、見覚えのあるグレーのコート姿を見かけた。
 私は「あ……」と小さく声を漏らしたが、そのまま言葉を飲み込んだ。続く言葉が見つからなかったからだ。
 左の襟の先が少し中側に折れているのに気が付かずに歩く。そんなあの頃と変わらない姿に目を細めつつ、私は4年ぶりに見るあの人の背中に、懐かしさを覚えると同時に、苦い思いが込み上げて来るのを自覚した。
 私はその背中を追うように、程なくホームに滑り込んで来た電車に乗り込んだ。ひとつ隣の車輌だった。
 ラッシユの混雑に流されながらも、私は優先席前のオレンジ色のつり革を捕まりながら、隣の車輌に先程のグレーのコート姿を探した。彼はドア横の席に座っていた。
 私はまるで考え事をしているかのような仕草でその姿をみつめていた。脳裏に浮かんできた記憶の中の私はまだ20代だった。

「すまん……」

 それが4年前、私が最後に聞いたあの人の言葉だった。
 別れた理由なんて、愛した理由と同じだけある。でも、強いて挙げるとするならば、お互いに『すぎた恋』だった。
 私が想う以上にあの人は優しすぎて、彼が考える以上に私は子供すぎていた。
 しかしそんなこと全部わかっていたはずだった。なのに最後はズルズルと引きずっていた。
「私、絶対都合の良い女にはなりたくないわ」
 学生時代に友人達に、当時は口癖の様に言っていた言葉だ。
 でもあの頃は本当にあの人に都合の良い女になりたいと思っていた。帰る間際のキスの余韻に浸りつつ、帰りを待つ人の居る場所に帰るべくコートを羽織る背中に胸を締め付けられながらも……
 そんなことを思い出しながら、隣の車輌に座るあの人を眺めていた。すると彼は懐からスマートフォンを取りだし、なにやら文字を打ち込んでいた。心なしか、口許が緩んでいるのが伺える。
 あんな顔するんだ……
 それは、私がはじめて見る彼の表情だった。
 あれから4年。その歳月で変わったのは、私の髪型だけではなかったようだった。そんなことを考えたていたら、思わず鼻の奥がツーンとして、私はそれを誤魔化すようにあくびをした。
 何故か今になってわかってしまったのだ。私だけが愛していたってことに……
 あの頃のあの人の気持ちが、今は痛いほどわかってしまう。それが悲しかった。
 やがて、電車が私の降りる駅に近付いたことを告げるアナウンスが響いた。私は混みあう乗客の間に体を潜り込ませながらドアへとたどり着いた。
 やがて電車は駅に到着し、私は我先に降りようとする乗客に押し流される様にホームに降りた。
 改札行きのエスカレーターに向かう人に何度かぶつかりながら、私は振り返り今降りた車輌にかつて愛した人の姿を探した。
 しかしその姿は、ホームを流れる人の群れと、混みあう車輌内の乗客に遮られ見ることができなかった。
 私は再び走り出した車輌に背を向け、改札階へ向かう人の流れに加わった。そして手提げバッグからICカードを取りだし、足早に改札を抜けて地上に出た所で、私は「あ……っ」と小さく呟いた。
 雨が降っていたのだ。
「予報じゃ何も言ってなかったのに……」
 私は記憶の中にある某番組のお天気キャスターに文句じみた言葉を呟きながら私はバッグから折り畳み傘を取りだした。
 柄を伸ばし、開こうとするが骨の1本が変なふうに重なってうまく開いてはくれなかった。
 間に合わない……
 私は溢れそうになる感情に焦りながらも、やっとの思いで傘を開き、暗い雨の降る街を歩き出す。
 そこで限界が来た。
 傘をいつもより少し前へ傾けて、すれ違う人から顔を隠しながら、私は4年前に流せなかった涙を流した。

 本当は「久し振りね」って声をかけると決めていた。
 おいしい料理とお酒のあるお店で、軽い昔話でもしながら
 「あなたが居なくても、私は元気でやってるよ」って笑顔で言うつもりだった。
 あの人に「俺も暫くは引きずったよ」って、嘘でも良いから言わせたかった……

 涙が止まらなかった。なぜ今になってと思う。
 だが、これでやっと……
 何度もしゃくりあげる私の声は、幸いにして雨音でかき消された。先程文句をいったのだが、今はこの雨を降らせた神様の気紛れに感謝しよう。
 4年分の涙をこの雨に流す様に、ただ溢れるままに任せて私は歩く。
 ほんの少しだけ、遠回りをしながら。
 それは涙が底をつくまでの……
 あの人との本当のお別れをするのに必要な時間
 だから、今だけはあの人の事で泣く私を許してね。
 私は家で私の帰りを待つ、未来の旦那様に心のなかでそう呟いた。


おしまい。
 
 
2012-04-25 11:00:12公開 / 作者:鋏屋
■この作品の著作権は鋏屋さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めての人は初めまして。
お馴染みの人は毎度どうも、鋏屋でございます。
先日仕事帰りの電車で、私の前に座っていたOL さんが、なんかやたら悲しい顔でメールを打っていまして、何がそんなに悲しいんだろう? などと想像していたら、こんなの書いてしまいました。なんつー失礼な話でしょう。
ま、まあ、妄想は自由ですよね。
完全に電車内のスマホのみで書いたおはなしなので、あまり上手くは書けてないかもしれませんね(オイ)
ただ、今期の自分の課題である背景描写と心情描写の練習って感じ。でもやっぱり難しい。説明文になってしまうんですよね。上手い人は上手いんだよなぁ……才能ってどこで売ってるのだろう。
この話に出てくる女性ですが、まあ、あくまで男が想像した女性であり、男の妄想の中だけの住人でしょうねw 現実の女性はもっとリアリストでしょうから。百歩譲って前の男の思い出で涙しても、同時に週末今の彼と行く旅行のプランを正確に立てることが可能でしょう。少なくともウチのヨメはやりますw
こんなお話ですが、誰か1人でも面白いって思ってくれたら嬉しいです。
鋏屋でした。

4月25日 ちょっと修正
この作品に対する感想 - 昇順
。+゜☆゜+。Y⌒Y⌒Y。+゜☆゜+。Y⌒Y⌒Y。+゜☆゜+。Y⌒Y⌒Y。+゜☆゜+。
読みました!ショートは読みやすくていいですね。セリフがあまりない、小説をおもしろく書くのは難しいことですね。あらすじをきっちり決めて、それにそって書いていけば、書きやすいと思います。(ちょっと書きにくそうに見えたので)
この小説のなかの情景が浮かんできます。最後の終わり方が、ビミョーな感じがよく出ていて、「これからどうなるのだろう」と、もうおわりなのに、期待してしまいます。「恋」の難しさが伝わりました。

+o。。o+゚☆゚+o。。o+
桃花でした。
*・゜゜・*:.。..。.:*・゜・*:.。. .。.:*・゜゜・**・゜゜・*:.。..。.:*・゜・*:.。.

2012-03-20 08:50:44【☆☆☆☆☆】桃花
 せ、せつねぇ……。
 どうも、湖悠です!
 これわかるなぁ。「しばらく引きずったよ」て言わせたかった、て気持ちとか凄い分かるんですよ。昔の彼女とかが無邪気に笑ってると切なくなるんだよなぁ……ああ、やばい切なくなってきたw
 と思ったらもう未来の旦那サマ居たんですね。それでも胸が苦しくなるということは、凄く良い恋をしてたんだろうなぁ……。
 久しぶりに鋏屋さんの作品を読めてよかったです^^
 それではまたっ。
2012-03-20 11:36:29【☆☆☆☆☆】湖悠
 こんばんは、鋏屋様。上野文です。
 電車の中でネタ拾って、ここまで鍛え上げられる手腕に脱帽です><
 確かに現実的なことを書くなら、情緒的というよりエゴイスティックで苦々しいものがあるのでしょうが、このえもいわれぬ暖かい雨に包まれる優しさも、いいんじゃないかなあと思いました。面白かったです!
2012-03-21 00:04:59【☆☆☆☆☆】上野文
こんばんは、作品読ませていただきました。
ふと「ナイスミドル」を思い出しました。いや、電車の中という以外には共通点ないのかも知れませんが、この話もおじさん(失礼)の願望が入ってるようで、おじさんである僕としては心惹かれるものがありました。しかし残念ながら現実の女性は、もっとドライだよなあ…。
2012-03-21 19:23:01【☆☆☆☆☆】天野橋立
おはようございます。朝から眠気とやる気が一緒くたになっている木沢井です。
 僭越ながら、私も駅や電車の中というのが、ネタの宝庫だと思っています。いつぞや、夏頃に電車内で見かけた高校生カップルをクリスマス頃に同じ電車で再び見かけた時などは、少しばかり『面白い』と思ったりしましたが…… ええ、傍から見てると怪しいオッサンに他なりませんね。
 私には才能の売り場も描写の極意もモノホンの女性の心情も存じ上げませんが、鋏屋様の熱意や工夫、人物のやるせなさが伝わってくる、とは申し上げられます。さらなる躍進と次回作、そしてあちらの方もお待ちしています。
以上、一日の八分の一以上は電車で過ごす木沢井でした。欠かせないものは音楽とネタ帳、そしてマスクです。
2012-03-22 10:29:27【☆☆☆☆☆】木沢井
〉桃花殿
感想どうもですw
私はショートが苦手でね、この短さで起承転結をきっちり書ける人は尊敬しますマジで。
でも今期の課題である情景描写と心情描写ですので、情景が浮かんでくるとの御言葉をいただけたから、まだ救われた気がしますwww
ではまた、遊んでくださいね。

〉湖悠殿
お久しぶりです。感想どうもです。
良い恋は、終わった後にわかるものなんですよw
切なさのなかに救いを入れてしまうのが私です。でもこのお話の最後はあとから付け加えた物なんですよ。女性はリアリストです。
また色々やりましょうね♪

〉文殿
感想ありがとうございます。
私もね、本気で恋すると誰しもエゴイスティックになると思いますよ。それが人間臭くて良いです。エゴのない人生なんてつまらないもんだと思います。女性はしたたかで多少エゴイスティックな方が可愛く見えますね。

〉天野殿
感想どうもです。仰る通り、リアルウーマンはもっとドライでしょう。妄想の中だけの存在ですが、妄想はただですからwww
私もオッサンです。書いてて竹内まりやさんの駅が頭の中に流れていたのは事実ですw

〉木沢井殿
感想どうもですw
眠気とヤル気が一緒くたって…… それ、拷問じゃ……?
女性の心情など、私がわかるわけありませんよ。それがわかってたら、ヨメに虐げられてないですねw 切なさが伝わるって聞くとちょっと嬉しいですね。またお付き合い下さればうれしく思います。

感想くれた皆様、感謝でございます。
鋏屋でした。
2012-03-23 19:51:52【☆☆☆☆☆】鋏屋
 どもです。読むのが遅れて申し訳ないです。
 この小説を読んで、鋏屋さんは人物観察に長けているなぁ、と素直に感心しました。その人のクセとか、動きとか、実際に見て書いたのかは分からないですが、ありありと浮かんでくるようです。しっかりと観察してないと、こういうのは書けないと思います。
 さておき、よくある話とはいえ、綺麗にまとまっているなぁと思いました。カーブも良いけどストレートもね!

 ではでは〜
2012-03-29 21:13:01【☆☆☆☆☆】rathi
遅ればせながら拝読しました。水芭蕉ですにゃん。
お久です(おい
ああああああ、切ない!! 何か切なくて良いです。この手の話好きですが、確かに現実の女は昔の恋を思い出しながら今の恋のプランを立てることが多い気がする。でもこんなピュアな人がいるって信じてたっていいじゃないか!!!
しかし、スマホで小説書くって凄いですね。キーがちっこくて凄く打ち辛かったorz
2012-03-30 22:13:21【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
羽付です♪ 拝見しました(*^_^*)
 ‘20代だった。’と書かれているので、もしかしたら20代最後の恋だったのかなと勝手に想像して、でもやっとその恋とも一つの区切りをつける事ができて、どこか前向きになれるお話で良かったです(*/▽\*)
 やっぱり引きずってしまう恋愛というのは、あるんだろうなって。彼に自然に会話できちゃうぐらい何て事なかったっよと、見せたかった気持ちが凄く分かります! でも彼を目の前にして、平気じゃなくて出来なかった彼女の気持ちも伝わってきました。
であであ( ̄(エ) ̄)ノ
2012-04-20 17:48:33【☆☆☆☆☆】羽付
〉rathi殿
感想どうもですw 他人の観察は結構好きだったりします。あと、細かな癖みたいなものを登場人物にさりげなく付け加えるとリアルになることを、この登竜門で学びましたw
『ありありと浮かんでくる』と言っていただけたのがとてもうれしいですwww 私の今期の課題が『情景描写』みたいなものを掲げていますので。ありがとうございます。おいしくいただきましたw

〉猫殿
感想どうもですw なかなか忙しいようなのに読んでくださって感謝です。少しは私、SS上手くなりましたかね?
仰るとおり現実の女性はもう少しドライでしょうね。でも3年前に別れた男に涙を見せるような女性もたぶんどっかにはいますよきっと(願望)
スマホの文字打ちは横にしてキーボードモードで打ってます。んで、PCで修正して載せてます。慣れるとちょっとした空き時間でも打てるので結構重宝してますね。

〉羽付殿
いやいやどーもお久しぶりでございます。ご復活おめでとうですw 
20代最後ってのを意識して書いてなかったですが、言われてみればそうかも(オイ!) 一応暗に『不倫』だったことをほのめかしたつもりだったのですが、あまり伝わらなかったかもしれませんですw
またおつき合いくださればうれしいです。

お三方、感想ありがとうございました。
鋏屋でした。  
2012-04-25 10:56:02【☆☆☆☆☆】鋏屋
Too many cmopmleints too little space, thanks!
2012-05-17 13:38:55【☆☆☆☆☆】Hicham
計:0点
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