『消えて空色』作者:あゆむ / t@^W[ - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
「お、お前は、なに者だ!」「お前がなに者だ」
全角5767文字
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原稿用紙約14.42枚
 



 安堵高校へと向かう通学路は人混みで騒がしかったが、俺の心は波一つない水面のように静かだった。その水面がコップの水であるならば、驚きに満ち満ちてもうすぐ溢れ出してしまいそうだ。しかし、その受け皿はなく、コップを割るほどの水圧となっていく驚愕の桁数はもはや幾千に等しい。
「なーにをぶつぶつ言ってんの、かー君」
 いつの間に忍び寄ったのか知らないが、背後から三宅司が能天気な顔をして現れた。
「忍び寄るって、悪者じゃないんだからさ俺、もっとフレンドリーにさ、声をかけたでいいじゃん」
「じゃあ、近寄ってきた」
「嫌なの? 俺、変態なの?」
「もうお前の言い回しには飽きたんだよ。最初だけだぞ、それが通用するのは」
「最初だけ通用すればいいの。後はどうにでもなるんだって。で、なにを一人でぶつぶつ言ってたの、かー君」
「いやな、今の俺の心をどういい表わそうかと思ってな」
「あははは、ばーかなかー君がへーんなこといってる」
 悪のお代官のようにカカカと三宅は笑いを零した。
 まったく人を逆なでするのが驚くほど上手いやつだ。語尾もムカつくし、強弱のつけかたもムカつくし顔もうざい。高校になってから金髪になったし、逆なで力にさらに磨きがかかってきたようだ。
「バカじゃねーよ。本当に驚いたんだ、今朝の出来事には。あ、へんでもないぞ」
 俺は愕然としたね。首から上は落としました、探しましたけどどこにも見当たりませんでした、ぐらいの思考停止状態だったわけよ、ついさっきまで。
「ふーん、まぁどうせ大したことないんだろ。ゴキブリが出てギャーギャーいうぐらいだもんな、かー君」
「頭が真っ白て言葉、まさにああいうときに使うんだろうな。すごいわ、この言葉を作ったやつ。天才だ。あのときの俺の気持ちを完全に代弁してくれている」
「代弁て。そのさ、誰かが言ったわけじゃなくて、かー君が自分で頭が真っ白と言ったんだからこの場合は代弁ではないねそれはね」
「しかしだ、あれほどまでに奇怪な現象は、俺が今まで生きてきた人生の中で一度も体験したことがなかった。そこまでいうなら真実を聞かせてやろう。三宅よ、たんと聞け」
 そう、あれは突拍子もない出来事だった。俺が駅のホームでストレッチをしていた時。
「ちょっと待て。ストレッチってなんだよ」
「ただの屈伸運動だよ。へんなところに噛みつくな。話が進まないだろ」
「あ、うん」
「突然、眼の前で、本当に俺の目前で人が電車に轢かれた」
「突然だな。突拍子もなにもないな。もう少し事の前後を詳しく」
「よかろう」
 俺が屈伸20回の3セット目を終えようかとするときだった。視界の端に和風な感じの女の姿が映ったんだが、別にどうでもよかったので気にしていなかったんだ。
「ちょ、ちょっといいか」
「なんだよ、騒がしいな。人の話は黙って聴けと先生に言われなかったか」
「まあ言われはしたけどな。しかし俺が宿題集めのときに必死扱いてきちんとやった算数プリントを、掃除をしていた母さんがゴミクズと間違えて捨ててしまったので持ってこれませんでしたって話をしたら、すぐに言い訳するなと大声で遮られたからな。あれはムカついたぜ。トラウマだな。まぁそういうわけで何度も話を止めてすまないが、和風っていうのは具体的になんなんだよ」
「んー、そうだな。たしか扇子を持っていたように思う」
「扇子? そりゃまたなんで」
「そりゃあ人それぞれだろう。うちわを好んで持つやつもいれば、扇子を持つ女だっている。人の価値観に疑問を持つのはみっともないぞ三宅」
「いやいや、季節を考えよう。今は冬だ。たまに雪も降る」
「雪、そうか。あの女が真っ白い着物を着ていたのは、もしやそのため」
「どのためだよ。雪という自然現象とのコーディネートか。とんだ凄いやつだな」
「いや、違う。雪が降ったときに自らの姿を惑わしやすくするためだろう」
「ちょっと想像してみたんだが、その女、とんだバカだな」
 隠れみの術。忍者の末裔。現代版クノイチ。
 考えてみればどれもこれも当てはまってくる。しかし、三宅も話の続きどうなるのか興味津津といった様子であろう。続きを聞かせてやるか。
「でな、あの女、酷いことにうっすら笑みを浮かべながらホームへ体ごとゆっくり倒れて、すっと消えたんだ」
「マジ? 自殺?」
 やっと真剣になってきたか三宅よ。その深刻そうな顔がやがて絶望に変わるぞ。その面をしっかりと拝ませるがよい。
 本当に俺は腰を抜かすほどに驚いたのだから、お前も驚きふためくのだ。ウカカカカ。
「かー君、酷く楽しそうだな。不謹慎だぞ」
「そう、酷いものだった。女の横顔は幸うすく、そして酷くこの世を恨んでいた」
 そこへ容赦なく第二の刺客が登場する。そう現代技術社会の象徴、電車だ。まさにあの女、泣きっ面に蜂。
「現代社会の象徴ね。遠からずだけどねなんかでもちょっと違うね」
「残念だが女に逃げ場はなかった。現代社会が生み出したものだとはいえ、電車も電車であれは酷い。しかも快速もいいところだ。一瞬たりともスピードを緩めることなく、これでもかというほど全力で市街地方面へと走り抜けていったんだ」
「マジか」
「ああ快速は俺の駅には止まらないからな。あの快速列車ほぼ毎日目にしているが、いつもより早かったと思う。今日に限ってたぶん車掌が遅刻をしてしまい、かなり焦っていたのだろう」
「そうか。もうなにも言うまい」
 列車は駅を通り過ぎていった。あまりの驚きで俺は思わず声をあげて、
「おお、かー君そんときはどんな声だったの?」
「なんでそんなこと聞くんだよ」
 コイツ、やっぱり怖くないのか、驚かないのか。まるで人の心がない酷いやつだ。女が一人轢かれたっていうのに。
「いやーだって、かー君が驚くところなんてなかなか想像できないし」
 ちっ、逐一むかつく言い方をするやつだ。
 おそらく、
「うわぁ! と言った」
「うわぁ! かー君にしては普通だな意外と」
「黙れ」
 でな、俺は恐る恐る電車の過ぎ去った後のホームを覗き見たわけだ。
「ほう、そしたら?」
「そしたら、誰もいなかった。どうだ、驚いただろ」
「はーはっはっは。うひひひひ」
「なにがそんなに可笑しい」
 三宅は躊躇いもなく腹を抱えなぜか笑い始めた。
「全部、本当のことだぞ」
「ははは。かー君、それは全然怖くない。怖くないって。人を怖がらせるならもっと話を捻らないと。こんな朝っぱらの登校時にそんな話をされてもダメ。まぁこの話、深夜に聞かされても怖くないと思うけどね」
 なんというやつだ。酷いやつだ。普通じゃない。狂っている。人がせっかく事の恐ろしさを教えてやろうと思っていたのに。
 同じことが三宅に起こったら、絶対にこいつは腰を抜かすであろうに。
「よーし到着。相変わらずボロイ学校だな。半年近くいてわかったけど女子のレベルも中の中。じゃ俺、ちょっくら購買行ってくるわ。はぁいないかなぁお姫様みたいなひと」
 おいおい話の脈絡が全くないぞ。というかなさ過ぎるだろそりゃ三宅。いくらお前が生粋の女子好き変態男でも、ボロイ学校から女のレベルの話、それから購買でお嬢様とは。購買にはいないよ、絶対いない。
「ははは。まぁ出会いは縁だからね。かー君とその女の人の出会いも何かの縁かもね。今度見かけたら俺にもぜひ紹介してね」
 着物忍者女よ、世を恨むならコイツを恨むがいいぞ。お前をすすら笑っている。見ろ、このはしたない笑みを。
 俺はそう考えてから、喉が渇いていることに気が付いた。日課である駅の自販機での一杯を今日はしておらず、喉が渇き気味であることを今、自覚したのだった。悔しいが、こんなやつでも話をして落ち付いた部分があるのかもしれない。
 購買の近くには自販機があったのでついでに頼んでおくか。
「三宅、購買に何を買いに行くんだ。
「ん? ホットドッグとチョコパンだけど」
「愛理が作ってくれた弁当がいつもあるんじゃないのか」
「ああ、姉さんが作ってくれたのは早弁用だから。パンは昼用。成長期って悲しいほど腹が空くのよねー」
「へーそうかい。じゃこれでコーヒー買ってきてくれ」
「おっけー、コーヒーなんて飲むようになったんだねかー君」
「おう、もちろん飲むぞ」
「ブラック、それとも微糖」
「ウカカカカ。コーヒーは全部黒いだろ。冗談も休み休み言えよ、三宅」
「あははは、かー君もね」
「?」
 なにが可笑しいのか、さっぱりわからんが、爽やかにも三宅は駆け足で購買に向かって行った。
 さて、学生の本分は学業であるところ。俺は教室1−2に向かうとしよう。
 本当に今朝の出来事には驚いたものだ。もしかしたら生きて死ぬまでで、一度あるかないかのことを目の当たりにした、珍しい朝だったのかもな。まさに奇跡の日よ。ウカカカカ。なんか調子が出てきた。




 友とささやかな世間話をする時間はあっけなく終わり、チャイムが鳴る。8時30分のことだった。
「みんな席に座れー」
 担任の女教師、担当は物理の小宮山静香は教室に入ると同時に常套句を述べる。
「じゃあ突然だけれど、転校生を紹介する。入ってきて、西野洸(ほのか)さん」
 教室のドアがゆっくりと開いた。ほうこの時期に転校生とは珍しい。
 まずは線の細い足首、黒のソックス、綺麗な白いふくらはぎが見えた。どうやら女のようだ。
 次にひらひら舞うスカート。学生なので当然だ。
 腰は細い、それから胸は、あまりない。身長はやや低めか女にしては普通。髪の毛、黒いサラサラ。艶はある。
 しかし、より重要なのはその顔の作り。さーて、どんな女がやってくるのか。
「な!?」
 驚愕した。頭は真っ白を通り越して空っぽだ。俺の心のコップ水は完全に溢れかえって受け皿はなく、いやもうそれどころではなかった。思わず、
「お、おい!」
 声を荒げて俺は立ち上がった。
 俺の怒鳴り声がそうさせたのか。教室はもう、新しい転校生を迎えるときの通常のあのそわそわドキドキした空間、ではなくなっていた。
 しかし、これは一体、なんの陰謀、誰の差し金なのか。忍者はこの現代にも生息しており、この俺をなぜか狙い定め、暗殺しようとでもいうのだろうか。
 怯えている姿をみせてしまったらやつの思うつぼか。ここは強気に前面へ出るのが吉か。俺は力の限り睨みつけ、右手人差し指を差した。
「お、お前は、なに者だ!」
「お前がなに者だ」
 小宮山静香の冷徹な切れ味鋭い言葉が胸に突き刺さった。だが、その言葉は一瞬にしてクラス中の女や男どもを見方に付けたように見える。つまり俺の反対抗勢力となったのだ。俺を中傷するみんなの笑い声がクラスに響いた。
「さぁ、気にせず、名前を黒板に。なるべく大きくね」
「……はい」
 すっと女は振り返り、背伸びをした。右腕を軽く伸ばしチョークを黒板に当てる。身のこなしは滑らかでまるでクノイチ。黒板の右寄りに大きいとはいえない文字で、しかし綺麗に名前が描かれていった。

 西野 洸

「いつまで突っ立ってるつもりなの。バカなの?」
「小宮山、しかし」
「小宮山じゃねーだろ、小宮山先生だろ」
 小宮山静香は担当が物理なだけあって、たしかに物理的に恐ろしい。机を蹴る、チョークを割る、先日は違うクラスで黒板消しを引きちぎったという噂だ。
「小宮山先生、しかし、悪の諸行をこの女はしでかした」
「は? なにをわけのわからんことをほざいてんだテメー。洸は先日引っ越してきたばかり。まぁ元々はこっちのほうに住んでたみたいだが、そんときの面識でもあるのか」
「面識? あるとも。今朝のことだ――」
「バカかー君。何を言いだすつもりなんだよ」
 うるせー横からちょっかいを出すな三宅。今、俺は殺すか殺されるかなのかもしれないのだ。
「やめとけって。洸ってやつと何があったのかしらねーけど、今は止めとけって。見ろよこのみんなの表情、お前完全にイカレ野郎に思われてるぞ」
 確かに冷静に周りを見渡せば、敵は多いようだ。多勢に無勢。ここが引き際か。しかし、これだけははっきりさせないといけない。
「おい、お前、西野なんとかさんよ。一つだけ聞くが、今朝、駅で俺と会ったな。誰の差し金だ」
「洸、運悪く今朝こいつと遭遇しちゃったのか?」
「……知らない」
「だそうだ。もう座れ。いい加減にしないとお前留年にするぞ。洸、悪いが席はあいつの後ろだ。まぁあまり関わるな」
「……はい」
 ゆっくり西野という謎女はこちらへと歩いてきた。俺はなにが起こっても対処できるように両手を挙げてファイティングポーズを取っていたが、あっけなく西野は通りすぎ、一つ後ろの席に座った。
 一限目、物理の授業がそのまま開始され、教科書を忘れた奴らが何度か鉄拳をくらっていた。
 まるで何事もなかったかのような日常が始まった。

「……ヵ」

 一度だけ、微かに後ろから声が聞こえた気がした。けれども、小さすぎて聞きとることはできなかった。もう少し聴力が良ければと悔みいるところだ。
 だが、それだけであって、授業が進んでも後ろから殺気などは感じられなかった。
 俺の疑念は積もっていく。なぜ、快速列車に轢かれた女がこの教室にいるのか。
「ま、まさか、マジック。マジシャンなのか」
 自慢の秘密トリックを公に披露して、早くこの教室に馴染んでいこうとする作戦か。いや、それならばあんなひっそりとは行うはずがない。もっと宣伝をして多くの人の前でホームへダイブするだろう。では、なぜ。
「……意味不明だ」
「お前が、意味不明だよ」
 隣の隣のそのまた隣の窓側の席に座っている三宅が、ぼそっとそう呟いた。

2012-01-17 03:57:14公開 / 作者:あゆむ
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この作品に対する感想 - 昇順
 そういやコーヒーは全部ブラックだから、ミルクはまだしも砂糖はいくら入れてもブラックだ。今まで気付かなかった。
2012-01-18 00:56:20【☆☆☆☆☆】プリウス
感想
こんにちは。ももかです。会話文が上手で、私は感動しております。私も見習い頑張ります。
2012-01-29 20:47:49【★★★★★】桃花
計:5点
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