『ある夢の真似ごと  【異次元旅行】』作者:水山 虎 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
これはある夢の真似ごとだと、誰もが知っている。 知らないのは少年だけである。
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原稿用紙約6.72枚



あるところに若い少年がいて、別に彼は物真似が得意な訳ではなかったがその時は真似をしたのだ。
 


 あなたはサイボーグである。とにかくサイボーグなのである(そうとしか言いようがない)。そして、説明ができるほどサイボーグが単純な言葉ではないことをあなたは知っているはずだ。
 しかし誰もあなたがサイボーグだとは認めない。あなたの外見も能力も何もかもが人間と同じだからだ。
 あなたを見た人間は、あなたを見て「なんでもっと景気は良くならないんだ」とひどく怒った顔で言う。 
 あなたはサイボーグであることを証明するためにまず右の拳で木を殴る。
 そして何の罪もないのに殴られた木は「痛い!」と言った後泣きながら飛んで行った。「ざまあみろ! この悪魔め!」とあなたは意味なくいう。そしてあなたの周りには誰もいない。
 人間達はどこに行ったのだろう。見守られることもなく―――なんて言葉をあなたは考えてしまう。
「俺はサイボーグだぞ」
 とあなたは叫ぶが、あなたの周りには誰もいない。木もいない。木が落としていった葉っぱだけが残っている。
 それを手に拾ってみると、フランス語で何か文字が書かれている!
『あの男は自分がサイボーグだとか言ってるけどそんなのは嘘っぱちだ。本物のサイボーグはあの丘の小さな家に住んでいるんだ』
 あなたはそれを呼んでひどく落ち込む。ああ、俺は本物ではなかった! 結局誰かの真似をしているにすぎなかったんだ! そういえば、ロケットみたいに腕が飛んでいくこともないし、とりわけ運動能力も高くないし、ただの人間じゃないか。誰が一体最初に始めたんだ。サイボーグなんて。気が狂ったやつに違いない、でもそんな安易な考えで勝手に決めつけるのはよくないとあなたはわかっていて、とりあえずばしばしと自分の頭をたたく。
「あっはっは……。あっはっは……」
 これはあなたがサイボーグになろうとしている最中で、誰もその邪魔をすることは許されないし、あなたにだってこれを途中でやめたら後でどんなに罰が悪いかわかっている。
 馬鹿みたいに笑っていると、どこか遠くの方からさっきの木が戻ってきた。
 とても不機嫌な顔をしていて、あなたは何かされるんじゃないかとびくびく怯えてしまう。それでも頭はたたく。 
「さっきはよくもやってくれたな」
 木は卑猥な、そして陰鬱な、世界の全ての孤独を知っているような口調で言った。自信満々の、若さに溢れた声だ。あなたの予想を裏切って木はあなたに、黄ばんだ古い地図を渡して、それだけでどこかへまた旅をしていった。永い永い、とても永い旅になることはサイボーグになったあなたにも予想ができた。木はロケットだったのだ。歌を歌いながら木は何もない空へと向かう。しかもその歌はあなたも知っているほど有名な世界一長い歌だ。
 地図を開くとそこには丘への行き方が記されており、あなたは予想外の喜ばしきできことに嬉しくなってつい飛びはね、地図が手からするりと、髪が抜け落ちるようにするりと、殺意が芽生えるほどの美しきその地図の最後にあなたは目を奪われ、うっかり呆然としていたら地図は地面に落っこちた。当然と言えば当然だ。
 あなたはもう地図を拾わない。落ちたものは危険だ、とあなたは本能で知っているのだ。サイボーグに本能があるのかって? そんなの誰も知らないに決まってる。「そうだ、落ちたものは危険だ」とあなた自身も言う。
「落ちたものは危険だ。何をするかわからない。たとえばそれは毒虫に変身するし、美しい女にだって変身する」
 あなたはもうすっかり気分が悪くなって、もしくは無駄な時間を過ごしたことに怒り狂って、自分に対してのため息をついて、もうやめようと自分に言い聞かす。サイボーグごっこは終わりだ。
 もう家に帰ろう。今日の夜ご飯は目玉焼きがいい。あなたは自分の右目に手を伸ばす。「おっと、下品か」と気づいてやめる。いよいよあなたは孤独になってしまって、気が狂ったようだ。
 それでも家へ帰るために、丘へ向かう。そこがあなたの家だからだ。
「ただいま。今日はダメだったよ、母さん」
 あなたはそう言った途端に腰を抜かしてしまった。あなたの母親は携帯電話がトイレの水に沈んでいく時みたいにコップに頭を突っ込んで倒立している。
「母さん、何をしてるの!?」
 あなたは悲鳴に近い声で自分の実の母親に尋ねる。
「これで痩せられるのよ。安いもんでしょ」
 母の不可解な行動はあなたを苛立たせたが、あなたはこのことで気づく。
「……そうかそうだったんだ。『本物のサイボーグ』は母さんのことだったんだ! で、父さんは?」
「父さんなら永い旅に出たわよ。いつも言ってるけどね、あんたのお父さんはそりゃ大した技術者だったよ」
「そうだよね……。うん、そうだよね……」
 あなたは母の言葉に感銘を受け、子どものように泣きじゃくる。誰が父親だったのだろうか。あの木ではないことは確かなのに、どうしてもあなたの頭にはあの木のことばかり浮かぶ。
「母さん、俺、名前が欲しいんだ。サイボーグじゃない、本当の名前が」
 時間は刻々と過ぎていく。あなたの母は口を開かない。
 ちなみに『本物のサイボーグ』はあなたの母親ではない。そもそも、あなたはフランス語を読めない。




 少年は夢からやっとさめると、さっそくその夢について考え出す。結局誰がサイボーグで、誰が父親だったのか。
 しかし少年は早く朝ごはんを食べて学校に向かわなくてはいけない。これは悲劇だ。少年は夢について考えるのをやめ、あとに回す。学校から家に帰ってくる頃には夢のことはもちろん忘れている。だが、夢などというものは完全なるオリジナルのものではなくしょせん少年の記憶が混同して創りだされた海に浮かぶ雲のようなものだ。そんなものについて一体考えてどうなるのだろうか。
 この少年の名前はカイだが、それはこの物語においてなにかしら関係性が少しでもあったかというと何もない。
 少年の特殊能力。それは夢を見続けることができるということ。実は難しいことだ。
 これは、たかが若い少年の真似ごとである。これが、誰かの望んだ結末か。
 否、こんなものは二番煎じにすぎない。
 彼はまだ若い。彼の人生はまだまだ始まったばかりだ。
 少年はまだ何度でもやりなおしが効く。これ以上の喜びがあるだろうか?


2011-12-24 23:55:58公開 / 作者:水山 虎
■この作品の著作権は水山 虎さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 闇さんが企画がたまたま立てられていたので、まあいいかという感じで、参加しました。もともと作品はできていたので、それに企画設定をなじませました。
受験が終わり、バイトでお金も稼ぎ、ようやくここに戻って来れました。
短編も短編です。これで終わりです。今年は忙しすぎて、やっと色々なことに一段落ついたので、今までの頑張り、読書、色々な事象に挑戦した結果とか経験がこういう小説です。結局小説ってなんなん? というところで俺はいつもつまずいて、……しまって、初めて自分で考えてやっと納得のいく小説が最後まで気を抜かず書けた、そういう風に思いました。
この作品に対する感想 - 昇順
 こんばんは、水山 虎様。上野文です。
 御作を読みました。
 企画設定を逆手にとってうまく表現されたなあ、と思いました。
 最初の行明けがちょっとやりすぎたかもしれませんね。
 面白かったです。
2011-12-04 22:13:53【☆☆☆☆☆】上野文
こんばんは上野様ー。感想とても嬉しいです!
確かに最初の行は、やりすぎですね。そう言われて気づきました。ご指導ありがとうございます。
面白かったというお言葉、なるほどそういう意味でしたか。
厳しい意見、とてもありがたいです。
2011-12-05 21:23:53【☆☆☆☆☆】水山 虎
 こんばんはー。水山 虎様。上野文です。
 ええと、直そうか、直すまいか、ちょっと迷ったのですが、曲がりなりにも小説を書くのが趣味な以上、伝えることを怠ってはいけない、と書くことにしました。
 行明けとは無関係に、この小説は”面白かった”ですよー。
2011-12-08 21:51:48【☆☆☆☆☆】上野文
 はじめましてぺしみん様。レサシアンという者です。

 御作拝読させていただきました。
 非常に素敵な物語、楽しませていただきました!
 小気味良く繰り広げられる日常と魅力溢れる登場人物。飽きの来ないテンポと軽妙なやり取り、クスリと笑いを誘う主人公、佐藤くんの独白に同情してやみません。
 そしてダークサイドにはニヤニヤが止まりませんでした。しかし、佐藤くんは正道を行く邪道遣いですね(なんじゃそりゃ
 自分の体験では、大抵妥協が原因で暗黒面へと墜ちていきます。

 自分にはこういったイキイキとしたキャラクターの動きが描けません。それを誤魔化すために解説などに走り、茶を濁してしまいます。まさに暗黒面。
 なのでぺしみん様の描くこの登場人物たちの動きが心情が、とても魅力的であり眩しくあります。いつか自分にもこんな風に登場人物を描ける日が来ればいいなぁ…。

 駄文が過ぎました。
 魅力的な作品に出会えることはとても嬉しいです。是非また、ぺしみん様の素敵な物語と出会えることを期待しています。
 素敵な物語本当にありがとうございました!
2011-12-08 23:44:53【☆☆☆☆☆】レサシアン
 水山 虎様、すみませんっ! すみませんっ!
 改めてましてレサシアンという者です。間違えてコメントしてしまいました!! 最悪のファーストコンタクト、穴があったら埋葬されたいっ!
 企画作品に興味を持ってブラウザ開いてたらこんな事態に誠に申し訳ございません…。

2011-12-08 23:50:33【☆☆☆☆☆】レサシアン
はじめましてレサシアンさん!
誤爆・・・ってやつでしょうか。ぺしみん様って言われたときは、ぎょっとしましたww
誰だって失敗はあります! どうかお気になさらないでください

上野文様>え、本当ですか。やった!
ありがとうございます!
2011-12-09 00:27:44【☆☆☆☆☆】水山 虎
 ども、初めまして。rathiと申します。
 さてば、闇さんの企画がちょっと分からないので、この小説単体の感想とさせて頂きます。ご了承をば。
 うぅーん、夢十夜を読んだ後のような、居心地の悪さを感じました。なんていうんだろう? 理解するべきなのか、ただ感じるべきなのか。そもそも理解出来るのか? ……そんな感じです。よく分からんですが。
「落ちたものは危険だ。何をするかわからない。たとえばそれは毒虫に変身するし、美しい女にだって変身する」
この台詞が一番気に入っています。何となくシェイクスピアっぽいような気がして。

ではでは〜
2011-12-13 17:21:38【☆☆☆☆☆】rathi
はじめましてrathiさん! 感想ありがとうございます!
夢十夜、ちょうど去年の今頃読みましたよ。ふわふわどっしりとしたいい感銘を受けました。
 rathiさんの感想の中で夢十夜のようなレベルの高い作品を比喩に出してもらえただけでも、ちょっと嬉しいです。
 実はまだシェイクスピアものはあまり詳しくなくて。すみません、勉強不足ですね。出直してきます!
2011-12-18 17:20:50【☆☆☆☆☆】水山 虎
計:0点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。