『シークレット・ノーマッド(序章〜第六話)』作者:江保場狂壱 / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
学園スパイアクション作です。現在は序章から第六話まで掲載されています。
全角67717.5文字
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原稿用紙約169.29枚
 『序章』 

  見渡す限り、岩と砂漠しか見えない。昼はサウナのように暑く、夜は冷凍庫の中のように寒くなる。そして時折吹く風が砂を舞い上げ、視界を奪う。そこに住む獣たちは弱者の肉を虎視眈々と狙っているのだ。人が暮らすには厳しい土地だが、脛に傷のある人間には好都合な場所といえた。それに今は夜だ。空には満月が浮かんでおり、月の光が砂漠を照らしていた。
 ここは中近東にあるセッル国である。中国と国境の近い国でいつもいざこざの絶えない国であった。以前は王立制だったが王族は腐敗し、民のための政治をやめた。王族は民が干からびるまで税金を搾り取り、自身を肥やすことしか考えていなかった。民は虫けらのように干からびて死ぬ寸前だった。ところが二年前にカズブ大佐の主導による軍が革命を起こして以来民主主義の波がこの国に押し寄せてきた。特に日本企業の進出が目覚しかった。住民のために家を作り、ガス、水道、電気を配備した。そして自分たちが修理、整備できるように彼らを教育した。さらに日本の医学病院から見習い学生がやってきて無償で病人の面倒を見ていた。さらに農地も日本から最新の耕運機で整備された。   
  国民の生活は一気に向上した。国民は腐敗した王政より、民主主義を受け入れた。しかし全員それを受け入れているわけではない。特にカズブ大佐の虐殺を逃げ延びた王族たちは腐った資本主義から解放するためセッル解放戦線と名乗り、テロを起こしていた。しかし軍隊は中国から武器をもらっており、王家中心のゲリラたちはどんどん衰退していったのである。
 ある集落がある。人が住まなくなって何十年か経っているのだろう。家はボロボロになっていたがそこは最近中セッル解放戦線のゲリラたちが隠れ家として使い始めたのだ。地元の人間はマカーン・イルカー・イルケマーマ(ゴミ捨て場)と呼んでいた。ゲリラは砂漠の寒さと砂嵐から守るためにターバンとマフラー、コートで守っていた。そしてAKを片手に見張りをしていたのである。
 ゲリラたちはここピリピリしていた。彼らは自分の死を恐れない。敵対するものを一人でも多く道連れにして殺すことを信条としている。しかし人の目には限界がある。広い砂漠に落ちた小石に気づかなかったのは彼らの落ち度ではない。それは闇に隠れた影なのだ。夜という絵の具に塗られたキャンバスではさらに識別は困難だったといえる。
 影は黒い全身スーツを身にまとっていた。そして背中には迷彩色のリュックを背負っており、匍匐で進んでいた。影はゲリラの隠れ家に近づくとまず彼らが愛用しているジープにもぐりこみ、何かを仕掛けていた。ゲリラたちは懐中電灯を手にしながら見回りをしていた。そしてゲリラが去った跡にジープからジープへと移っていく。
そして幌付の大型トラックの下へ移動したが、その際ゲリラの一人が影を発見した。ゲリラはトラックの下を覗き込んだが誰もいない。もしかしたら砂漠に住むジャッカルではなかろうかと、気持ちが高まった自分を戒め、その場を去った。
 影は幌の上にしがみつき、隠れていたのだ。だが別の見張りがトラックの幌に光を当てたのだ。しかし、影は幌の上にやもりのようにすばやく上がり、幌の上に避難したのである。
 影は幌の上でやもりのように身を潜めていた。そしてポケットから小型の双眼鏡を取り出し、周りを見回した。白い二階建ての家に目を留めると、影は幌の上から立ち上がり、家の上に飛び移った。そしてサルのように音を立てず、ひょいひょいと走っていった。途中倉庫らしき建物にもぐりこみ、何か仕掛けをしていた。そしt目的の家にたどり着いた。
 影は地上に降りた。そして一階の様子を探った。一階ではゲリラたちがアラビア語で話し合いをしていた。影は彼らの話を聞き入った。そして別のゲリラが家にやってきた。なにやら緊急連絡が入ったようで仲間を呼びにきたようだ。家の中は誰もいなくなった。影はすぐに家の中に入り、二階へあがった。家の中は埃と家に住む人間の汗と体臭が染み付いていたが、影は気にもせず二階で明かりがついている部屋に入った。
 部屋は殺風景でベッド以外何もなく、その上に男がひとり座っていた。年齢は五十代を過ぎたところで頭髪はすっかりつるつるになっていた。品のよい顔立ちで右目にモノクルをかけていた。ちょび髭を生やしていたが無精ひげのほうが多くなっていた。着ているものはワイシャツと高級そうなズボンを履いていた。ベッドの上には上着が置かれており、暑さで脱いだのだろう。なれない気候とストレスのためにぐったりしているようだ。
 「イワン・イワノヴィッチ・イワノフ博士ですね?」
 影が老紳士に声をかけた。紳士は驚き、影を見た。そして影は覆面を取った。覆面の主は日本人で高校生くらいの少年であった。
「日本人……? 完璧な英語だから、政府が助けに来たのかと思ったわい」
 老紳士、イワノフが皮肉交じりにいった。見た目は高校生くらいの年代で流暢な英語を話せるとは思わないだろう。無論日系人なら最初から英語をしゃべられるだろうが。
「私が日本人でも関係ありません。私はあなたをすくうためにここにきたのです。逃げましょう」
「逃げるだって? ここまでこれたのはたいしたものだがここから私を連れて逃げ出せるわけがない」
 イワノフはためいきをついた。
「ここのゲリラたちは私を誘拐し身代金を要求してその資金でテロを起こすつもりなのだ。ここのゲリラのリーダーはアミールといって、元セッル王家の人間で、かなり過激な男だ。私がさらわれたと知れば外国人相手にテロを起こすだろう。日本人でもそれくらいはわかるだろう」
 イワノフは乗り気のない口調であった。彼はアメリカからこの国にやってきた。そして空港で迎えが来るのを待っていたが、そこへゲリラがAKを振り回し、自分を拉致したのである。ゲリラのリーダーらしき男はイワノフの写真を持っていた。初めからイワノフを狙った犯行なのだ。家族はアメリカに住んでいるが、テロに指名されていないメンバーが渡米し、家族に危害を加えるかもしれないのだ。イワノフの研究は遺伝子に関わるものだ。この研究が成功すれば近いうちに起こりうる食糧危機にも対応できるというのだ。もっともゲリラたちはイワノフの研究を知っていたとは思えない。あくまでアメリカでは有名人で難しい研究をしている科学者としか知らないだろう。セッルには生物学者や医学者がまめに入国しており、その一人を狙ったのだろう。その貧乏くじを引いたのがイワノフ博士なのだ。彼は自分の身に舞い降りた不幸を嘆いていた。
「はい。ですが私の仕事はあなたをここからすくうためです。そして彼らを無力化するのもね」
 そういって影はポケットから何かを取り出した。百円ライターほどの大きさで、ボタンを押した。その瞬間、静かな村に劈くような爆発音が響いた。イワノフは爆音がしたほうに振り向いた。
「彼らの武器庫を吹き飛ばしました。彼らは消火に夢中のすきに逃げますよ」
 イワノフは目の前の少年を見て内心驚きを隠せなかった。日本人でしかも高校生くらいの少年が自分を救いに来たのも驚きだった。そして彼は大国の植民地で飼われた奴隷ではなく、訓練された軍用犬だと知った。
 影はイワノフを連れて家を出た。影は懐から拳銃を取り出した。グロッグ十七である。携帯に優れた拳銃だが、ゲリラたちはAKのコピー品を所持しているのだ。AKは共産圏で作られたアサルトライフルだ。共産圏ゆえに構造は比較的単純なので壊れにくい。さらに砂漠など温度差で金属が膨張しても正常に使えるのでゲリラなどには重宝されていた。イワノフは元々冷戦時代に西側に亡命したロシア人だ。もっとも自身は当時母親のお腹の中だったから祖国のことは両親と学生時代に読んだ本でしか知らなかった。父親は生物学者で、当時のソビエト連邦は父親にドイツに負けない毒ガスの製造を命じられた。ジェネーブ条約に違反しない催眠ガスだ。父親は身重の妻とともに西側へ亡命したのである。
 影はまた起爆装置のボタンを押した。そのたびに爆発音が響く。彼はゲリラの足に爆弾を仕掛け、スイッチを入れるたびに爆破しているのだ。ゲリラたちは武器庫を破壊され、ジープを破壊され、大混乱になっていた。
 影はイワノフを連れて砂漠を出た。昼間は熱したフライパンの上に焼かれているのではと錯覚するが、夜になると一気に真冬並みの寒さになっている。影はイワノフに薬品を渡して飲ませた。特性の栄養剤だ。一粒飲めば三日は不眠不休でも平気という代物だ。影は平気かもしれないが、イワノフは生物学者だ。学生時代はベースボールを嗜んだが今は研究で忙しく、運動不足に悩まされていた。
 「待て!!」
 突如暗闇から光が発せられた。ゲリラたちが使うサーチライトだった。影とイワノフはAKを構えたゲリラに囲まれていた。そして真ん中にはリーダー格らしい男が拳銃を握っていた。陽動に引っかからないのはたいしたものである。
 周りの男たちは彼をアミールと連呼していた。おそらく彼がゲリラのリーダーなのだろう。四十代前半といったところで屈強な体つきをしていた。なんとなく高貴な雰囲気をかもし出していた。
 「資本主義のカルーフ(羊)をどこへ連れて行こうというのだ? そしてお前はカルーフを追い立てるカルブ・ヒサーラ(番犬)かね?」
 アミールは流暢な英語をしゃべっていた。この手のゲリラのリーダーは比較的裕福な人間が多い。かつて同時多発テロを起こしたアル・カーイダの男は裕福な家庭で育ったという。アミールは王族をリーダーとしているのだ。品の良さなら誰にも負けないだろう。
 「私は牧羊犬なら迷子の羊を連れ戻す義務があります」
 影の声を聞いて、アミールは目を丸くした。声の性質を聞いて驚いたようだ。
 「お前、日本人か? 俺はてっきりグリーンベレーが来ると思っていたが、まさか日本人がこいつを助けに来るとは思わなかった」
 アミールは部下に命じて影に銃口を向けさせた。そして彼も拳銃を影に突き出した。
 「日本人は日本に住んでいる限りは骨抜きのがりがりやせたカルーフだが、海外に出ればカルーフを狩るゼェップ(狼)がいるという。おそらくお前はゼェップなのだろう。日本というカファス(檻)では暮らせないから、海外に逃げてきたというわけか」
 「……」
 「さてイワノフ博士。あんたは自分のバイト(家)に帰ってもらおうか。あんたを人質にしてアメリカから身代金をもらうのだ。そしてにほ、いや、ニンジャよ。お前は死んでもらう。日本人の観光客など虫けらをつぶすより簡単だが、貴様は下手すれば毒を突き刺すさそりだ。確実にしとめさせてもらう」
 ゲリラたちは銃口を向け、一歩ずつ歩み寄ってきた。イワノフはおびえていたが影は平然としていた。影はポケットに手を突っ込み、ボタンを押した。その瞬間、強烈な光が発せられた。ゲリラたちの目はくらんだ。その瞬間、遠くから爆音が聞こえてきた。影はベルトを取り出しイワノフにくくりつけた。そして鉤爪を持ち上げると、何かに引っかかり、上空へ飛び立った。アミールたちは影の背中に羽が生えて飛び立ったのかと思った。
 爆音の正体はヘリであった。影とイワノフはヘリに持ち上げられ、そのまま大空へ去っていった。それにしてもヘリの爆音が聞こえなかったのはなぜか。
 すでに夜は明けており、ゲリラたちは呆然とヘリを見ているしかなかった。

 イワノフ博士が救出されて一週間が過ぎた。彼を救った影は今どこにいるのだろうか。彼は東京都の千代田区にある秋葉原にいた。彼の容姿は七三に分けた髪型に黒縁眼鏡をかけた平凡そうな高校生であった。秋葉原にはオタクやゴスロリ熟女、その他もろもろが多く、平凡な彼は人の目には映らない風景のように溶け込んでいた。すれ違っても一切気づかない、存在感がまったくない少年であった。彼は学生服を着ていた。平日なのだが誰も彼を気にするものはなく、地域を見回る警官すら彼など眼中にはなかった。
  その彼は秋葉原駅の近くにある同人誌ショップ『ユニバーサル』に足を運んだ。五階建てで、ビル丸ごとが持ちビルで最新の同人誌だけでなく、ビンテージ物の同人誌がそろえられていた。支店はなく秋葉原だけにある珍しい会社であった。
少年はエレベータに乗り、最上階を押した。そしてその階にある社長室へ入った。社長室にはほどよい広さであった。目の前にある机は高級そうなものだが、棚には美少女フィギュアが所狭しと並べられており、机の前に座っている男は年齢は四十代後半くらいで見た目は恰幅のよい、ニヒルな笑みを浮かべているが手にはスクール水着にセーラー服を着た美少女フィギュアを握り締めており、机の上にはスクール水着を着た幼女の同人誌が並べてあった。机の上には『社長:花戸利雄(はなと・としお)』と書かれていた。フィギュアをめでていた中年男性はこの会社の社長なのだ。
  ドアの近くには小さな机が置いてあり、そこには一人の女性がノートパソコンを使ってキーボードを打っていた。年齢は二十代後半で成熟した体つきで赤いスーツを着ているが、色気がスーツからにじみ出ていた。顔は飛び切りの美人で金髪に染めており、後ろにまとめていた。そして金縁眼鏡をかけており、いかにもキャリアウーマンといった感じであった。女性は来客である少年を気にも留めず、ただ自分の仕事に熱中していた。おそらくここの美人秘書であろう。
 机の前に座る男は来客に気づいたようで、フィギュアを大事そうに机に置き、立ち上がった。そして少年は彼の目の前で敬礼をした。
「丸尾虹七(まるお・こうしち)、ただいま戻りました」
「うむ。よく帰ってきてくれたな。無事任務をこなしてくれて何よりだ」
社長、花戸も敬礼した。いったい虹七と花戸はどんな関係であろうか。
「ところでイワノフ博士はどうなりましたか?」
「ああ、今は日本の病院に入院しているよ。家族のほうは心配しないでよろしい。彼らはすでに日本に旅行と称して連れてきてある。セッル解放戦線の連中にはどうにもできんよ。それにあの国に入国する外国人はセッル軍が厳重に警備するようになったからこちらも心配はいらない」
 同人誌ショップ『ユニバーサル』それは表向きの看板であった。裏の看板は内閣隠密防衛室、内防の秘密基地である。実際の本拠地は別にあるが花戸の秘密裏に行動するための支店である。ここの秘密を知るものは内防の長官しかいない。
そして丸尾虹七、彼は花戸の命令で動く特殊工作員である。彼は日本でも数少ない殺人許可証を持っており、日本国内ならば彼の独断で殺人を犯しても罪にはならず、マスコミにも一切情報を漏洩することがないのだ。
「さてさっそくで悪いが新しい任務に移ってもらいたい。まずはこれを読みたまえ」
 そういって花戸が虹七に差し出したのは机の上に置いてあった十八禁の同人誌であった。小学生に見えない少女が触手に絡まっている漫画であった。虹七は渡された同人誌をぱらぱらとめくった。
「なるほど、よくわかりました」
 虹七は本を読み終えるとそれを思いっきり破り捨てた。そしてライターに火をつけて灰皿の上で燃やしてしまったのである。
「あァ!!有名サークルの最新作なのにッ!!」
 花戸は灰になった同人誌を眺めて、涙を浮かべていた。
「いい年してどうかと思いますよ。花戸さんの年齢でロリコン同人誌を愛読していることがバレたら社会的地位を失いますよ」
「あのキャラはエルフなんだッ!小学生に見えるが三百歳なんだよ、しかも相手は人間じゃないんだ!!」
「それでも同人誌を知らない人には信じてもらえませんがね」
 美人秘書の突っ込みに花戸は嘆いた。
「まあいいか、松金(まつかね)くん、あれを渡してくれ」
花戸は泣きながら美人秘書に声をかけた。松金と呼ばれた女性は立ち上がると、ポケットからカードを取り出し、虹七に渡した。
「いつもの経費よ。あまり無駄使いはしないようにね」
「ありがとうございます。紅子(べにこ)さん」
 虹七はぺこりと頭を下げた。
「うふふ。お礼なんていいわ。ねえ、今度私とデートをしましょうよ。たまには休暇を使ってね。費用は私が出すわ」
 松金は少年を熱心に誘うが、花戸が声をかけた。
「あっはっは。君が誘ったら虹七が援助交際していると思われるだろう。最近はショタの熟女が少年を相手にいかがわしいことをするのが問題になっているからね」
「まあ、失礼だわ。私は映画を見て、高級ホテルで食事をして、予約したスイートで泊まりたいだけですわ」
 松金の告白に虹七は顔を紅潮させた。花戸は松金をからかって意趣返しをしているのだ。
「おいおい、虹七がゆでだこのように真っ赤になっているぜ。松金くん、うぶな子供をからかうのはよしたまえ。精々市民プールで一緒に泳いで、ファミレスでランチを頼んだほうが虹七も気を使わなくていいというものだ」
 なんだか自分が松金とデートすることが前提となりかけている。たまりかねた虹七はあわてて部屋を飛び出してしまった。

(新宿区公立雷丸(らいまる)学園高等学校……、か)
  虹七は秋葉原の町の中を歩いていた。あのロリコン同人誌には自分が次に行く任務地が書かれてあった。あの本には特殊インクで指令が書かれていた。虹七の持つ眼鏡がなければ読めないのである。さっと読み流したが虹七にはすでに記憶していた。工作員特有のもので、瞬間記憶能力といい、目にしたものがカメラで写したように脳裏に焼きついているのだ。そして燃やしたのは指令書を残さないためである。他国のスパイがどこで目を光らせているかわからないからだ。
  雷丸学園は新宿中央公園の近くにある高校だ。歴史は東京大空襲の際に新たに建てられた学校らしい。歴史は浅いが進学校で有名らしい。自分はその高校へ転校することになった。その手続きはすでに松金が済ませてあった。虹七の住む家も手配済みである。そして装備品の受け渡しの方法も記されているのだ。
  関係ないが近くには自分が先週任務に赴いたセッル大使館があった。こちらは二年前に設立されたそうだ。それまでは大使館などなく、日本とは縁のない国であった。
(偶然だよね。イワノフ博士を救出した先がセッル国で、次の勤務地の隣にセッル大使館があるなんて……)
 虹七は歩きながら考えていた。本当に偶然なのか?否、違う。花戸は適当に仕事を選ぶ男ではない。彼は独自のネットワークを持っている。この国の政治家や警察機構、大企業のトップの弱みを握り脅迫しているのだ。内防がたとえ無茶をしても彼らは自分たちを処罰することは出来ない。そんなことをしたら彼らは破滅してしまう。地位を失うだけならまだしも、下手すればこの後人間らしい生活などできなくなるからだ。もちろん、鞭だけではなく、あま〜い飴も忘れない。彼らが個人的に悩んでいることを内防が解決する場合があるのだ。もちろん新しい脅迫のネタになるから一石二鳥だ。さらに日本だけでなく各国の大使の脅迫のネタも揃えてある。外国に対し一線を踏みとどまらせる保険である。
 花戸が動く以上、自分がただの転校生として過ごすわけがない。何かしら日本を揺るがす大事件を防ぐ任務となるだろう。
 その予感は見事当たっていたが、おそらく虹七は今度の潜入捜査が自分にとって深いかかわりを持つことになるとは予測はしなかっただろう。

『第一話:丸尾虹七はスパイ学生』

 新宿区公立雷丸学園高等学校は進学校で有名であった。歴史は浅いが歴代の校長の熱心な運動のおかげで、東大に合格した生徒を多く輩出しており、歴史の深い他校に負けない、有名な学校になっていた。たまに政治家などのOBが全校集会でありがたい話を聞かせてくれたり、講師として授業をしたりしている。環境としては新宿中央公園の近くにあるので緑には事欠かない。排気ガスやうだるような日差しも少しは緩和していた。今は五月だが東京は大抵鍋釜のように暑くなるものだ。すぐに学生服でも蒸し暑くなるだろう。
 もっとも雷丸学園二年生猿神拳太郎(さるがみ・けんたろう)にはどうでもいい話である。
猿神は名字の如く猿のような少年であった。顔つきは猿に似ているが、醜いという意味ではなく、愛嬌のある部類に入る。短く刈り上げた髪は真っ白に抜けており、顔は浅黒いのでニホンザルに似ていた。身長は百七十五くらいの高さで、さらに彼はボクシング部に所属していたことがあり、体つきは引き締まっており、拳は何度もサンドバッグをたたきつけた証として岩のように硬くなっている。その容姿は猿よりゴリラに近いだろう。無論威圧感ではなくゴリラ特有の愛嬌のよさを兼ね備えていた。
 そして猿神の生贄として選ばれた少女は哀れな贄ではなく、大猿のたくましい腕の中で無邪気な笑みを浮かべていた。キングコングに捕らえられた悲劇の美女は、実際心優しいキングコングとじゃれあっているように。
 少女の名前は白雪小百合(しらゆき・さゆり)といい、名前に反して少女の肌の色は黒かった。いわゆる日焼けサロンでこんがり焼いた小麦色の肌である。髪の毛は金髪に染めており、ウェーブがかかっており、肩までそろってあった。目はアイラインで黒く染めていた。いわゆる昔流行ったヤマンバギャルの進化系、マンバというやつだ。雷丸学園は男子は学ランで、女子は白いブレザーで、チェック柄のスカートをはいていた。白雪の指にはネイルアートが目立っていた。
  猿神は教室で一番後ろの席に座っており、白雪を自分の膝に抱きかかえて甘い声をかけていた。そのたびに白雪はげらげら女性にふさわしくない笑い声を上げているのである。クラスメイトたちは二人を無視しており、一度も振り向こうとせず、なにやら苛々した雰囲気に満ちていた。二人はクラスでも鼻つまみ者であることは一目瞭然である。一向に注意をしても聞き入れないので、二人は日本語を話せても、その意味までは理解できない外国人という扱いを受けていた。
 やがて予鈴が鳴ると教室に担任教師が入ってきた。この学校の科学経論で大槻愛子(おおつき・あいこ)といい、年齢は二十代後半で大柄のファッションモデルのようなすらりと背の高い女性であった。腰まで伸びている黒髪に前髪を切りそろえてあり、ふちなしの眼鏡をかけていた。水色のスーツに白衣を着ており、清潔感があった。そしてあだ名はなぜか教授である。その理由はマスコミに露出した某教授と同じ苗字という理由だが、それだけではない。
「はいはーい!静粛に!! ホームルームをはじめるぞ〜」
 教授は満天の笑みを浮かべ、伝法な口調で言った。彼女は東大卒のエリートだが人を見下した態度はなく、明るく、ざっくばらんな性格で生徒に人気があった。実際に彼女は理学部を卒業しており、教授の肩書きを持っていた。その方面で活躍するかと思われたがわけあって高校教師になったという。今でも大学から戻ってくるように言われているらしいが真意はわからない。これは本人しか心うちはわからないのである。
「さて今日は諸君に新しい友達を紹介するぞ。さぁ入って来い」
  教授は人を呼んだ。教室に一人の少年が入ってきた。
「今日からお前らのお友達であり、ライバルだ。名前は丸尾虹七。親の都合でうちの学校に転校してきたわけだ。丸尾も親の都合で慣れ親しんだ学校を離れたんだ、ストレス解消のためにいじめるのはよせよ。あたしが校長に頼んで雑談室にパンチングゲームをおいてやったんだ、そいつを殴ってストレスを解消しろよ!」
 教師にしてはとんでもないことを言う人だ。クラスのみんなは乾いた笑みを浮かべていたが、これがこの教師の持ち味なのである。それが嫌味に聞こえないのも彼女の持ち味なのだ。猿神と白雪はいつもの教授節を笑っていた。猿神は転校生などどうでもよかった。ひたすら褐色の柔らかな抱き枕の感触を楽しんでいた。転校生の容姿が平凡で印象が薄いのも原因であった。他の生徒も転校生は珍しいと思っているだろうが、彼らにとって重要なのは勉強であり、テストの点数だ。
「よし。転校生の席は後ろのほうにある。猿神、白雪、あとはおまえらにまかす。校内を案内してやれ」
  とんでもないブン投げにさすがの猿神はいきり立った。立つ際に白雪をお姫様抱っこで抱きかかえた。なかなかに腕力のある男である。
「ヘイヘイヘイ!! 教授、そりゃねぇぜ。転校生の面倒なんざクラス委員長の仕事じゃありませんか? まじめで勉強の出来る委員長のほうが詳しくきっちりまじめに教えてくれると思うぜ? 」
「そーそー。ケンに学校案内なんかできないってばさ。ケンはあたいと不潔に乳くりあいたいのよね。転校生なんかにかまう時間は一秒たりともないのよさー!! 」
白雪はケタケタ笑っている。転校生虹七も呆れ顔だが、教授は不快感を示さずにやりと微笑を浮かべた。
「いいからやれ。委員長は勉強が好きだから転校生の相手なんかしたくないんだってさ。どうせおまえらはヒマだろう? 毎日二人だけで遊んでもつまらないから転校生も交えて遊ぶがいいさ。お前らなら勉強し続けなくても息継ぎを上手に出来るからな」
 教授の含みのある言葉に他のクラスメイトたちは不快感を浮かべていた。猿神たちは教授に厄介ごとを押し付けられてうんざりしたが、さりとて教授は教師の中で一番高感度の高い人だ。彼女の頼みは横柄だが不快感がない、さっぱりした口調だからだ。そう思っているのは猿神と白雪の二人だけであろう。
「ヘイヘイ。やればいいんだろう、やれば。ユリー、すまないが次の休み時間はこいつの案内で潰しちまうぜ」
「あっそう。教授に頼まれちゃあ、しょうがないわよね。あとが怖いし。代わりに今日の放課後は買い物に付き合ってよね。あたい、ほしい服があるんだ」
「ヘイヘイヘイ! お前がほしい服ならいくらでも買ってやるよ。バイト代が入って懐が暖かいからな」
「アハハッ!ありがと〜、だからケンだ〜いすき♪ 服を買ってくれたらお返しに晩飯奢ってあげる〜。ケンが好きなバナナグラタンをた〜っぷり作ってあげるからね♪ 」
  バカップルの戯れはいつ終わるとも知れず、教授は二人を無視して授業を始めた。他のクラスメイトたちも二人は最初からいないものとして授業に専念し始める。そして猿神たちも隣に座った転校生のことなど記憶の隅に追いやっていたのである。

 休み時間になった。猿神と白雪はあいもかわらずいちゃついている。そこに一人の少年が二人に声をかけた。
「あの猿神くんに白雪さん? 」
 二人は自分たちの情事を邪魔したものをにらみつけた。声の主は平凡な容姿の男子生徒であった。確か転校生だったはず。名前はなんだったっけ?まるで印象に残らないのは珍しい気がする。
「丸尾虹七だよ。丸尾虹七」
 目の前の転校生は大事なことのように名前を二度言った。あまりに念を押すのに腹が立ち、転校生をにらみつける。
「ヘイ、なんだお前。おれたちに何の用だ? 」
「あたいたちはいま忙しいの〜、用があるなら一億年後にどうぞ〜、アハハハハッ!! 」
二人はさっさと虹七を追い払いたいようだ。担任教師に転校生を案内しろといったことなどすっかり忘れているようである。虹七はこっそりため息をついた。
「ボクは一人で校舎を回れるけど、二人はそれでいいの。一応大槻先生に頼まれたよね、君たちの口調からして先生は気さくっぽいけど怒らせたら怖いんじゃないかな?」
 猿神と白雪は身を震わせた。虹七の言う通り教授は怒らせたら怖い人だ。他の教師たちはまじめにやれ、落ちこぼれと大声で罵倒するが、教授は違う。以前校内暴力を振るう不良がいたが彼女に生活指導室へ連れ込まれたそいつは小一時間ほどで真人間になってしまった。目はうつろでぶつぶつつぶやいており、肌に生気がなくなっていた。暴力の権化であった不良少年が猿回しの猿のようにおとなしくなったのである。それ以来猿神をはじめとして教授に逆らう人間はいなくなった。もちろん教師たちも同じである。自分たちが好き勝手にやっていけるのは教授が自分たちの責任を負っているからだ。二人は退学になることはどうでもいいが、教授を怒らせるのは禁忌としている。彼女の逆鱗を触れるくらいならハリセンひとつで暴力団の事務所に殴り込みをしたほうがマシであった。
「ヘイヘイ、わかったよ。俺たちがお前を案内してやる、ありがたいと思いなさいよ」
「あたいも。教授を怒らせるよりマシだからねぇ。あとで豆乳おごりなさいよ」
二人は立ち上がり、露骨に嫌な顔をした。それでも後で教授に文句を言われるよりはマシなのだ。
 校舎は三階建ての鉄筋コンクリートで出来ていた。東京大空襲であたり一面は焼け野原のときに建てられたという。築五十年以上も経っているおんぼろで、ところどころ補修はされているが、それがみっともなく見えている。
雷丸学園の創立者は日本人ではなく、アメリカ人の事業家、テレンス・サンダーボールが創立したらしい。だからいち早く鉄筋コンクリートの建物を建てられたのだ。当時は建築資材を制限するために十五坪と定められていたが、アメリカ人ではその法律も無意味である。
 彼は自分の名字を日本名にして雷丸学園と名づけたらしい。校舎の玄関の近くには創立者のサンダーボール氏の胸像が置かれてあった。屈服した体格でいかつい顔をしていた。サンダーボール氏は日本に学校を設立し、毎年アメリカにある自分の学校から留学生を交換していたのである。これは慈善業というより、いち早く日本人をアメリカの手下にしたいという願いがあったのではと言われており、事実アメリカから帰ってきた生徒たちはアメリカナイズになっていたのである。アメリカ最高、日本人は世界に迷惑をかけた恥さらしと家族の会話にあげていた。そしてアメリカからの留学生は日本人に自分たちの文化を押し付けていた。特にイルカやクジラを取るのは野蛮な行為と訴えており、日本人で捕鯨禁止運動を行っている団体は雷丸学園の卒業生であった。
 さて五十年前はサンダーボール氏の日本における別荘が近くにあった。近くといっても公園通りと都庁通りの間にある洋館であった。なかなかの広さで、ここでは毎年パーティが行われていたが、女子生徒の中にはサンダーボールの妾になったものもおり、妾漁りの宴とも呼ばれていたそうだ。もっとも女子生徒たちがサンダーボールの屋敷に入るのはパーティだけであり、妾云々はサンダーボールを中傷するためのゴシップだろうといわれている。
 サンダーボールは二十年前に亡くなった。病死といわれているが実際は不明だという。何しろサンダーボールは正室だけでなく、愛人を多く囲っていたという。そのうち財産争いに巻き込まれて殺されたのではと噂されていたが、本国ではそれほどまでに稼いでいたのである。
 屋敷は遺族が管理していたが、二年前にセッル国が屋敷を買い取り、大使館として使用している。その関係か、時々セッル国からの留学生がやってくるし、学園でもセッル国に留学生を送っていた。
 あと創立者は死に、遺族は学校経営に興味はなく、雷丸学園は私立から公立へ変わってしまったという。それでも創立者のサンダーボールの畏敬は忘れておらず、年に一度は彼を敬う祭りが開かれている。
「……とまあ、これがうちの学校の歴史なんだな」
 猿神は転校生に説明してやった。学園の歴史の暗部を薬でたとえるなら、転校生にオブラートに包むどころか、生のままに飲ませているのだ。虹七はわかったような、わからないような表情であった。白雪は虹七に奢らせた紙パックの豆乳を飲んでおり、話など聞いていなかった。
「なるほどねぇ。この学園とセッル国はそんな関係だったのか。参考になったよ」
 転校生はしきりにうなずいている。猿神としては無垢な転校生に学園にたまっている毒の味を教えてやりたかった。何も知らない人間がいきなり刺激の強いものを食べれば衝撃を受けるが、徐々に刺激の弱いものから慣れさせていけば、どんなものでも食べられるからだ。
 この学園は毒ガスのたまった洞窟だ。きれいな空気を吸ったことしかない人間が居座ればすぐに毒に犯されてしまう。毒に身体を慣らせることが重要なのだ。それが猿神のこの学園をすごすための極意である。猿神は本人が思っているほどの不良ではないが、進学校では彼は不良の類に含まれているのである。
「おい、お前ら何をしている」
 三人が廊下を歩いていると後ろから横柄な声がかかってきた。後ろを振り向くとそこには五人の男が立っている。どれも屈強な体つきで、目つきも悪く、不良と呼ばれる人種であった。
 そして彼らの真ん中にいた男はひときわ体躯が大きく丸かった。顔や身体、腕や脚がころんと丸い形をしているのだ。丸いといっても岩のような丸さであり、車が衝突しても、壊れるのは車のほうではないかと連想する体つきであった。いわゆるゴッドハンドと呼ばれている空手家は彼のように身体が丸い。蚤を入れるところがないから相手の攻撃を受けることがないのだろう。ボディビルダーのようにわかりやすい筋肉をつける必要はなく、敵の拳をつるりとかわせる体系が必要なのである。
丸刈りで肌は日焼けして黒く、団子鼻で唇は太くて丸かった。一見愛嬌のある顔に見えるが、丸い目だがその目には氷のような冷気を宿していた。そして特徴的なのは両手にはめた黒い皮の手袋である。すっかりはきつぶしているのか光沢は失われているが、なにやら黒く汚れていた。血の臭いがわずかにしているのである。
「おちこぼれの大猿と山姥が何をしているのかと聞いているんだよ! 」
 丸い男は口調を強めた。廊下を歩いていたほかの生徒たちは彼らに関わるのはごめんだと、目をそらしていた。学園にいるもので、彼らを知らない人間はいないのだ。それほど彼らは恐れられているからだ。
「生徒会副会長、乙戸帝治(おっど・ていち)」
猿神がぽつりとつぶやいた。苦虫をつぶしたような顔であった。白雪も顔をしかめており、虹七だけがおいてけぼりである。そして白雪がこっそりと虹七に乙戸の後ろにいる奴らは生徒会執行委員で、乙戸の命令を何でも聞く犬だとささやいた。
「あたいたちは転校生に校舎を案内して回っているんだよ」
答えたのは白雪であった。早く会話を切り上げてここから立ち去りたいのである。しかし乙戸は不快そうな顔になった。
「転校生だと、よそ者をご親切に我が校を案内してやっているのか? 」
そういって乙戸は白雪を平手打ちした。白雪は間一髪でかわせたが思わず腰を抜かしてしまった。あまりの無礼に猿神は激昂した。
「ヘイヘイヘイ! 女子生徒に手を上げるとはどういう了見だ。たかが転校生に校舎を案内しただけでひっぱたかれる理由はないぞ! 」
「黙れェ! 転校生は我が校にとって害虫だ!身体を腐らせる寄生虫なんだよ! われわれは転校生を認めない! 転校生に手を貸すものは裏切り者だ、この学園の敵なんだよ! 」
 めちゃくちゃな理論であった。他の四人も虹七に対して敵意をむき出しにしていた。なぜ転校生を嫌うのだろうか、確かに転校生がイジメに遭うのはよく聞くがここまで転校生を敵視するのは異常であった。
「いいか転校生! 我々はお前をこの学園の仲間と認めていない。いや、ここにお前の居場所なんかないんだよ! 出て行くならさっさと出て行け、お前の味方はこの学園には誰一人とていないんだよ! 」
乙戸は右手で指を鳴らすと後ろに控えていた四名が薄笑いを浮かべて、手の骨を鳴らした。彼らは暴力の権化なのだ。おそらく生徒会の特権を盾にやりたい放題やっている人種なのだ。
「ヘイヘイ! お待ちなさいよ。俺様の恋人に暴力を振るいかけてそのまんまスルーかね?俺様はお前らなんか怖くないんだよ、俺様にとって失うものなんかないんだからね」
 猿神はファイティングポーズを取った。なかなかさまになっている。乙戸は苦々しい表情を浮かべていた。おそらく猿神は生徒会に逆らう数少ない反乱分子なのだろう。猿神の後ろに白雪が背中にしがみついている。逃げ出さないところを見ると二人の絆は見た目に反して強いらしい。
「貴様……。ボクシング部を廃部にされただけでは物足りないというのか。そこの黒人もどきの女がどうなってもいいわけだな? 」
「ヘイ!今は俺様とお前の問題だろう? ユリーを出すのは反則だぜ。でかい図体をしているくせに人質がいないと何も出来ない腰抜け野郎め。俺様ひとりでも群れなきゃ何も出来ないんだ。お前のようなやつは女の腐ったやつって言うんだよね」
「野郎ォ……」
 乙戸の目が据わっていた。後ろの四名はポケットから警棒を取り出し、一度腕を振るうと棒が伸びた。そしてアルミの冷たい色が光り、男たちの目も冷たく光っていた。
「ヘイヘイヘイ! 複数で、しかも武器がなきゃ何も出来ないときたもんだ。腰抜けの親分は子分も腰抜けときたものだ。かかってきなよ、俺様がリンチで死んでしまえば警察も動くだろうぜ。てめぇらは少年法で守られるかもしれないが、残された家族が恥をかくんだ。人殺しの家族ってな。それでもいいならかかってこいよ」
猿神は表情を変えず乙戸たちを挑発している。そして先ほどから虹七に目を向けている。おそらく自分が囮になるからその隙に逃げろといいたいのだ。乙戸たちはちっぽけな自尊心を踏みつけられ、ゆでだこのように赤くなっていた。そして五人がかりで猿神に踊りかかろうとした。
「ごめんなさい! 」
 突如、虹七が廊下の真ん中で土下座をした。突然の土下座で走ってきた乙戸はすってんころりんと転んでしまった。ごろんごろんと前転する乙戸は見事な転びっぷりであった。突然のことに、さらに身体が回転したこともあり、頭がくらくらしたが土下座をした虹七に目を留めた乙戸はみるみる顔が紅潮していき、その怒りを虹七にぶつけてきた。
 乙戸は土下座したままの虹七に蹴りを入れた。それを見た白雪は目を覆った。乙戸の靴は工事現場で使う安全靴なのだ。つま先に金属が入っているのだ。それで蹴られたらたまったものではない。他の四人も同じであった。
乙戸に習って四人は土下座したままの虹七に蹴りを入れていた。蹴られるたびに虹七は「やめてっ! 」とか「痛いよっ! 」と泣き叫んだので、乙戸たちはげらげら高笑いしながら虹七をサッカーボールのように面白そうに楽しそうに蹴っていた。やがて蹴ることに飽きたのか乙戸たちはへらへら笑いながら去っていった。
「今日はストレス解消ができたからお前は許してやるよ。だがな、今度俺に逆らってみろ、てめぇとかわいい恋人を仲良く裸にひん剥いて大衆の面前で晒してやるからな」
 乙戸たちは高笑いをあげていた。そして土下座をしたまま少しも動かない虹七の脇腹に蹴りを入れた。鈍い音が響く。
「いいか転校生。我ら生徒会と執行委員は転校生が大嫌いだ。これから毎日お前を全員で袋叩きにするからな。それがいやならさっさと転校することだ。あっはっは!! 」
 乙戸たちはかか大笑いしながら去っていく。
 周りには生徒や教師はいたが誰も虹七に駆け寄って介抱しようとするものはいなかった。乙戸の言うとおり、彼らは転校生を嫌っているのか、それとも生徒会が恐ろしいのか。おそらく両方であろう。

 虹七は校舎裏の水道で顔を洗っていた。学生服を脱いでおり、シャツ一枚でほこりを払っていた。周りには人はいない。雷丸学園では進学校なのか、体育はやらないのか、校庭にはだれひとりおらずさびしいものである。それに校舎内も静かなものでまるで誰かの葬式のようにものを言わないのである。騒がしいのは猿神と白雪くらいだが、あの二人はどうも意図的にわざとらしく演技している傾向がある。生徒会執行委員たちに対して一歩も引かなかったのだ。おそらく彼は過去に彼らといざこざを起こしたのだ。それを深くことは虹七の頭にない。猿神たちの問題は彼らの問題だ。それこそよそ者の自分が首を突っ込んでいいわけがない。
「ヘイヘイヘイ! 転校生くん、元気かね? 」
 そこに猿神と白雪がやってきた。猿神は愛嬌のあり、ニヒルな笑みを浮かべていた。白雪は虹七に対して申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「うん元気だよ」
「そうかそうか。転校早々、生徒会にリンチを受けるとはかわいそうになぁ。お前さんはきっと前の学校でもイジメられていたんじゃないのかね? 」
 猿神の問いに虹七は答えず、そっぽを向いた。虹七にとってあんなものはイジメではない、子供のじゃれあいである。そんな虹七の考えなど猿神は知らない。猿神は白雪にあごで指示した。
 すると白雪は虹七の学生服を奪った。虹七は慌てたが、その隙に猿神が虹七に身体を絡ませてきた。左手で虹七の左腕をつかみ、右手で虹七の腹部と胸部を撫で回した。虹七は身体を撫で回され、甘い声を出した。白雪は猿神が無垢な転校生に悪い遊びを教えているように見えた。そして虹七のシャツを脱がしてしまったのである。虹七の上半身は黄金分割のように美しく、肉が引き締まっていた。白雪は男のむき出しの上半身に目を向けられずにいる。見た目に反して白雪は結構純情なのだろう。
「なあ白雪。こいつの身体を見てくれ。どう思う? 」
「すごく……、きれいです」
「すごく、きれいか。そいつはおかしいな」
 虹七は初めて猿神が暴挙を犯したことに気づいた。
「あいつらは鉄板入りの靴を履いているんだ。あいつらに蹴りを入れられた人間は特に脇や腹部にあざがあるんだよ。それであざだらけの転校生たちを俺たちは見ている。それなのにお前にはそれがない。しかも俺様が蹴られた部分を撫で回しても痛がる様子がない。なんでだ? 」
 それを言われた白雪は初めて気づいたようであった。改めて見ると虹七の身体はきれいだ。きれい過ぎるのである。
「ユリー。そいつの学生服を俺の足に巻きつけてくれ」
 そういって猿神は右足の靴を脱ぎ捨てた。白雪は言われるままに猿神の足首に巻いた。そして猿神は水飲み場に学生服を巻きつけた足で思いっきり蹴りを入れたのである。それを見た白雪は思わず目を覆ったが、猿神は平然としていた。そして虹七を開放し、右足を上げたまま学生服をはずした。
「ヘイ! ぜんぜん痛みを感じないぜ。なるほど、こいつを着ていたらどんな蹴りも平気なはずだよな」
「ケン、大丈夫なの? 」
「ああ、大丈夫だ。こいつの学生服にはある仕掛けがあるんだ。おそらくこいつにはボディアーマーに使われるケブラーで作られているんだ。しかも個人で改造したものじゃない。ユリー、お前はこいつを持っても不自然さを感じてなかったな。ボディアーマーは近年軽量化されているが、それでも普通の衣服に比べればかなり重いんだ。それなのにこいつは俺様の着る学生服と違和感がないんだ。しかも衝撃をまったく感じない。そんなものを普通の高校生が着ているわけがない。違うか? 」
 虹七は答えなかった。沈黙は肯定と同じである。猿神はそれに満足したようで、それ以上追求しなかった。
「転校生、いやさ、丸尾。この学園は生徒会によって支配されているんだ。生徒はおろか、教師すら逆らえない。まあ教授と他一名は別だがね。あとマスコミや警察だって生徒会に手を出せない。もっともお前さんには関係ない話だと思うだろうな。なにしろ袋叩きにあっても一切手を出さなかったからね」
 そういって猿神は白雪と一緒に立ち去った。残ったのは虹七だけであった。
(猿神拳太郎か。すごく鋭い人だな、最新のケブラーで作られた学生服の秘密を暴いたのだから。でも敵にはならない気がする)
 勘の鋭い人間はいる。猿神はその一人なのだ。軽い性格に見えるが正義感の強い声質であることはわかっている。人の秘密を軽々しく口にすることはないだろう。それに自分の実力も知っていると思う。いくらケブラー素材で作られた学生服を着ていてもある程度の衝撃は来る。それに耐え抜いた自分を猿神は装備の力だけで耐え抜いたと思っていないのだ。袋叩きにされて一切手を出さなかったといったのは、それに気づいていたからだ。虹七がただものではないことはわかったが、わざわざやぶをつついて蛇を出す真似はしないとけん制したのである。
 虹七はあらためて校舎を見上げた。学園を支配する生徒会。マスコミや警察すら彼らに手を出せないという。そんな組織があるのだろうか?いくら進学校とはいえ公立だ。学園を支配することなどできるのだろうか?それに乙戸の転校生に対する嫌悪感は普通ではない。何か転校生が来ては困る事情があるのではないか。
 (まずは生徒会のことを調べよう。そして今まで転校生が暴力を振るわれたことも調べなくちゃならない。忙しくなるぞ……)
 虹七はプロの顔になる。彼は仕事でここに来たのだ、そしてこの学園にある秘密を暴かなくてはならない。
 それが虹七にとって幸福であったか、不幸であったかはわからない。なぜならこの潜入捜査は虹七にとって意外な結末が待っていたからである。

『第二話サンダーボール学園』

  五月の中旬はなんとなくけだるい時期である。お楽しみであったゴールデンウィークは過ぎ、休日がない六月がくると思うと余計だるくなる。そのうえ東京は梅雨の季節に入りうっとうしくなり、二年生にもなると来年は受験が迫っているから、さらにだるくなってくる。
 さて雷丸学園の二年生のある教室では生徒全員が非常に神経を尖らせていた。それは昨日の転校生である。彼は生徒会副会長乙戸帝治(おつど・ていじ)にさっそく目をつけられ、彼を取り巻く執行委員たちに袋叩きに遭ったからだ。
 いつもなら袋叩きに遭った転校生たちは次の日から来なくなるのが普通であった。ところが転校生、丸尾虹七(まるお・こうしち)は何事もなかったかのように登校したのである。
 昨日の情事を目撃したものは数人いる。もちろん、見知らぬふりだ。厄介事に巻き込まれるのは真っ平ごめんである。他人が不幸になっても自分には関係ない。そんなことを気にするくらいなら英単語を覚えたほうが有意義だ。それがこの学園の生徒たちの考えだ。教師も自分の給料のためなら生徒会の暴挙を見逃すのはざらだ。所詮彼らは公務員、上司ににらまれて自分の出世の妨げになる真似はしない。生徒の未来などどうでもよく、自分が幸せならそれでいいのだ。
 それが今回はいつもと違った結末を見せた。虹七は袋叩きにされたのに関わらず普通に授業を受けていたのである。クラスメイトはもちろんのこと、教師たちも虹七を異様な目で見ていた。自分とかかわり、災難が降り注ぐことを恐れているのだ。人の不幸は蜜の味、他人の幸福はわが身の不幸とは言わないが、係わり合いになるのはごめんであった。
 生徒と教師。両方に腫れ物扱いされた虹七は孤立していた。誰もが彼を最初からいなかったものと扱っていた。生徒だけでなく、教師すら出席を取るときも虹七の名前をあげて、彼が返事をする前に次の生徒の名前をあげるくらいである。
 もっともクラスメイトで隣の席に座っている猿神拳太郎(さるがみ・けんたろう)とその恋人白雪小百合(しらゆき・さゆり)は普通に接している。担任教師の大槻愛子(おおつき・あいこ)愛称は教授だが、彼女も普通に接していた。他の生徒たちはそれだけでも神経という氷柱をを蚤でコツコツと削り取られる思いをしていたのである。



 昼休みになった。進学校なのか、あまり友達と集まって弁当を広げる生徒が少なかった。虹七は立ち上がると教室を出て行った。ちなみに猿神と白雪は予鈴が鳴るとすぐに教室を出て行っている。そのおかげかクラスメイトたちは安堵のため息をついた。
「ふぅ、まったく息が詰まる思いがしたぜ」
「そうだよな。丸尾のやつ、さっさと転校してくれないかな。いつもなら袋にされた転校生は次の日からこなくなるのにな」
「昨日、副会長の乙戸先輩に袋叩きにされたのを見たけど、ケロリとしていたわね。どういうからだのつくりをしているのかしら」
「でも、あの執行委員たちのリンチに遭ったのに平気の平左なんてすごくない? 」
「しぃ! そんなこと言わないほうがいい。副会長に聞かれたら殴られるぞ。あの人女子生徒でも容赦しないからな」
「普通に登校しただけでも乙戸先輩にとっては恥をかかせたものだからな。しかも転校生リンチの記録を伸ばしていたのを邪魔したわけだし、転校生のやつ、今度は殺されるだろうな」
「もうやだ、こんな学校……。実家が近いから受験したのは失敗だったかも」
「でも卒業した先輩がいっていたけど、うちが変わったのは二年前だって聞くぜ。それまでうちは進学校だったけどぱっとしないから入学生徒が定員割れしたって話だ」
「今の生徒会長が立て直したからな……。悔しいけど権力に見合った実力は持っているよな。ああいうのを天才っていうんだろうな」
 虹七は男子トイレの個室に隠れていた。そしてイヤホンを耳にしている。彼はクラスメイトの会話を盗聴していたのだ。秘密を知るには盗聴、こういった他愛ない会話こそが重要な鍵を握っている場合がある。案の定、彼らはこの学園に関する情報を日常会話に出している。
 話によれば乙戸は転校生を嫌っているようだ。そして転校生が来るたびにリンチにかけ、次の日から来なくなるという。それを自分が彼の記録を邪魔した。恨み骨髄で虹七を敵視しているという。乙戸とは再び敵対することになる。そのとき自分は彼を叩きのめすであろう。
 さてもうひとつ問題がある。この学園の生徒会長に問題があるようだ。二年前、彼のおかげで雷丸学園は立て直したものだ。これなら教師たちも彼に逆らうことが出来ないだろう。
(生徒会長か。学園を支配する生徒会……。まるで漫画だ、花戸さんが読む同人誌なら美少女の生徒会長が平凡な男子生徒に恋をして、いきなり一線を越えるだろうな)
 虹七は花戸に勧められた今流行の美少女マンガの同人誌を読まされたことを思い出す。過程をすっ飛ばし、一線を越える漫画を理解できなかった。それに有名サークル、美少女雑誌に連載を持つ作家だといわれてもピンと来なかった。売ればプレミア物だから高く売れるとそうな。
「さて生徒会のことを調べないとね」
 虹七が個室のドアを開けると目の前には猿神が立っていた。人間大のニホンザルのような少年であった。突然のことで虹七は驚きかけたが、外に気配を感じていたので、それほどでもない。
「ヘイ! 転校生くん。トイレで何をしているかな? イジメを恐れて隠れていたのかな? 」
「うん……。ボク昨日イジメられたからね……。だからここに隠れていたんだ」
「そうか? お前さんは俺様に生徒会のことを聞きたいんだろう?」
 猿神の唐突な問いに虹七は表情を固めた。
「ヘイヘイヘイ! お前は俺様がいることを気づいていた。昨日のお前の態度を見るに油断して独り言をいううっかりさんじゃないね。お前は俺様から生徒会のことを教えてもらいたいからわざとつぶやいたんだろう?」
 虹七は唖然となった。いつも授業中で白雪といちゃいちゃしている男がこうも鋭いとは思わなかった。もちろん、昨日自分の学生服の秘密を見抜いた男だ。只者ではないと思っていたが、これほどまでとは思ってなかったのである。
 猿神は虹七の心境を読んだのか、右手で親指を立て、虹七の目の前に突きつける。
「情報料は学食の日替わり定食だからな。ユリーの分と合わせて二食分ね」
 食堂はそれなりににぎわっている。もっとも自販機で食券を選んでいるときだけで、食事のときは静かにしている。虹七と猿神、白雪は空いている席に座り日替わり定職を食べていた。今日の日替わりメニューはハンバーグである。
「生徒会はな、生徒会長は三年生の満月陽氷(みつき・ようひょう)。美丈夫だが冷血漢の男だ。男の癖に総髪でさらさらの黒髪だ。実際見ればできる男と一目でわかる。
 副会長は昨日会った三年生の乙戸帝治。丸い岩のような男で、執行委員を連れて学園の方針に逆らう人間を狩っているんだ。元空手部だ。
 書記は二年生の円谷皐月(つぶらや・さつき)。日本人なのに長い銀髪の女だ。寡黙で満月を崇拝する女だ。能面のように無表情の不気味な女だ。
 最後は会計と会計監査だがこいつらは一年生の鮫泥可南夏(さめどろ・かなか)と美土里(みどり)の双子の姉妹だ。姉の可南夏は普通だが、妹は寡黙だ。こいつらの家は戦前では男爵様で貴族だったそうだ。赤毛で三つ編み、そばかすにめがねをかけ小柄で巨乳というこれでもかと萌え要素を入れた姉妹だ。
 この五人が生徒会だ。こいつらに逆らえばひどい目に合わされるのは火を見るより明らかだ。在学中はこいつらと係わり合いにならないことを薦めるね」
 猿神はハンバーグを小刻みにむしゃむしゃ食べながら説明してくれた。周りで食事をしていた生徒たちは真っ青になっていた。おそらく生徒会の話は禁忌なのだ、そして猿神は禁忌を恐れない冒険家なのだ。その冒険家は自分だけでなく、他人を巻き込まねば気がすまないのだろう。平然としているのは隣で食事をしている白雪と転校生だけである。
「学園を支配する生徒会か……。まるで漫画だよね」
「ヘイ、その通り。だがその漫画みたいなのが現実なのさ。だが事実は小説より奇なりというが、うちの学校はまさにそれさ。二年前に満月が転向してきて以来、奴はこの学園の生徒会を乗っ取った。そして生徒はおろか教師ですらありえない事業を行ったんだ。生徒会が台頭してきて以来、いろんなところから多額の寄付金は転がり込むし、その道では有名人の博士や学者先生がたまに講義に来てくれる。有名人に弱い父母たちにとってうちの学校はお菓子の家なんだろうぜ。家の主が魔女だとわかっていてもな」
 猿神は腹を抱えて笑った。食事はすでに終わっており、食器はきれいになっている。虹七も猿神の話に相槌を打ちながらもくもくと食事をしていた
「じゃあ、この学園では生徒会に逆らう人はいないんじゃないかな」
「うんうん、そんなバカはここにはいやしないよ」
 食事を終えた白雪が横から入った。彼女もきれいに平らげていた。
「でも君たちは逆らっているみたいだね。大方大槻先生が味方をしてくれるのかな」
「教授が? どうしてそう思うのさ」
「先生だけボクをあからさまに無視しなかったからね。それに他の先生たちが大槻先生を睨み付けていたから」
 そうなのだ。この学園において大槻愛子の存在は異質なのだ。教師たちは生徒会の命令をなんでもきく奴隷である。その中で自由奔放に振舞う彼女は不自然なのだ。まるでかつて豊臣に人質として送られても誇りを失わない徳川千姫である。
 生徒会に逆らえない教師たちが大槻を退職できない理由はひとつしかない。彼女の家族か、はたまた彼女自身権力のある立場にあるのではないか。もっとも彼女自身は行動を移すつもりはないと思っている。それなら昨日自分が乙戸にリンチに遭った時に何か言うはずである。それがないということはまだ行動を移すつもりはないのではないか。
「ねぇ乙戸たちがきたわよ」
 白雪がささやいた。食堂の出入り口に乙戸と執行委員たちがやってきた。虹七は食器を返却口にすばやく置くと、窓を開けて逃げてしまった。その動きは風が吹いたようにすばやく、食器を置く音、窓を開ける音を一切立てずに、周りの生徒たちもいつのまにか虹七が消えてしまい、目を丸くしていたのだ。それを直に見たのは猿神だけであった。
「あいつはボクサーになれば一流になれるな」
 猿神のつぶやきに白雪は目を丸くした。恋人が他人を褒めちぎるのは初めてだったからである。



 虹七は昼休みの廊下をポケットに手を入れながら歩いていた。廊下を歩いている生徒や教師たちは彼を見ると汚いもののようによけたのである。そして後ろからこそこそと虹七の悪口をささやくのである。
(この学園では転校生は天敵らしい。どうして転校生をいじめるのだろうか。確かに転校生を嫌う性質はどこの学校にもあるけどこの学園ではそれが極端すぎる。まず生徒会に粛清された転校生たちを調べてみるか……)
 他人の悪口など虹七には意味がない。なぜなら彼らは人を影で罵倒してストレスを解消するしか能がないからである。大声で人を陥れる人種は大声を上げることで自分を大きく見せるノミの心臓の持ち主なのだ。虹七は人の悪口など幼稚園児の悪戯としか思っていない。世界にはもっとひどい悪行があるのだ。虹七はそれを経験しているので平気なのだ。もっと言えば乙戸の暴力など子供が父親に甘えてくるのと一緒である。テレビでニュースに報道されるイジメでさえ無邪気な遊びである。遊びを理解できず真に受けて自殺したほうが悪いと思っているくらいだが、人前では絶対に話さないようにと花戸と松金に言われている。
「うんしょ、うんしょ」
 玄関の下駄箱の前に来た。壁にひとりの少女が一生懸命背を伸ばしている。少女の前には画用紙で描いた手書きのポスターが張られている。内容は『来たれ! 風紀委員会は君の情熱を望む!! 』と描いてあった。ただ上の画鋲が外れており、少女の手には画鋲が握られている。おそらく少女はこの学園の風紀委員なのだろう。ちなみにポスターの下には消火器が備え付けてある。
 少女の容姿は市松人形のように可愛らしかった。身長は百四十を超えているだろうが、中学生のように見える。おそらく一年生かもしれない。肌は白く、髪の毛は前髪を切りそろえ、腰まで伸びている。艶は烏の羽のようにきらきらしていた。先ほどは可愛らしいと書いたが、顔つきは険しいものがあり、ただ人に遊ばれる人形というより、永い時を得て命を宿した生き人形と思われた。
 目の前の少女は背が低いためか懸命に目の前のポスターの画鋲を止めようとしている。そこへ虹七が椅子を探してきて、彼女に勧めた。
「椅子があったほうが便利ですよ」
「むむっ、ありがとうございます」
 少女は椅子を勧められ、思わず頬が赤くなった。少女は素直に椅子に上がり、ポスターの画鋲を止めることが出来た。
「あなたは転校生でございますね」
「はい。二年生で丸尾虹七と申します」
「……。この学園でわたくしに椅子を勧める殿方などあなたくらいでございますわよ」
 少女は照れくさいのかそっぽを向いてしまう。口調がどうにも古臭いが、丁寧である。
「あなたが名乗ったのにわたくしが名乗らないのは不敬というものですわ。わたくしは……」
 少女が自己紹介をしようとした瞬間、後ろから大声がかかった。乙戸帝治と四名の執行委員が立っていた。
「転校生ッ! 食堂では逃げてくれたが、もう逃がさない。貴様はさっさとこの学園を出て行け!! この学園にお前の居場所などないんだ!! 」
 乙戸の銅鑼のような大声が玄関に響いた。周りには生徒や教師もいるが彼らは虹七を無視し、初めから空気のように扱っていた。
「どっ、どうして? どうしてボクをいじめるの? ボクは何も悪いことはしていないのに……」
 虹七はわざとおどけて見せた。それを見た乙戸はいよいよ残虐性をむき出しにする。
「悪いことはしていないだと? 笑わせるな、貴様が転校生というだけで罪なのだ。お前がこの学園に来ただけで吐き気がする、嫌な臭いが残るのだ。貴様がこの学園を出て行かないともっとひどい目に遭わせるぞ」
 すると執行委員の四人が前に歩み寄った。いずれも狩りを楽しむような残虐な笑みを浮かべている。
「転校生を丸裸にしろ。そしてボコボコにしてやる。昨日は少々手加減をしてしまったからな。今日は念入りに痛めつけてやろう。やれ!! 」
 乙戸の命令と同時に執行委員たちが虹七に飛び掛った。虹七は学生服を脱がされるわけにはいかないので、構えを取った。
「お待ちなさい!! 」
 乙戸に勝るとも劣らない大声であった。恫喝というより母親が子供の悪戯を叱るような口調である。
「わたくしの目の前で狼藉は許しませんわよ。生徒会とはいえ、そのような暴挙を許すわけにはまいりませんわ!! 」
 先ほどの市松人形が激昂している。身体は小さいが彼女からは怒りで陽炎が揺らいでいるように見えた。それにいも言わさぬ迫力がある。あの乙戸も彼女には強気に出られないらしく、二の足を踏んでいた。
「くッ、風紀委員長、市松水守(いちまつ・みもり)……。また我々生徒会執行委員に逆らうつもりか! 他の風紀委員たちは一掃したというのに!! 」
「例えわたくしひとりになろうとも、この学園を愛校する気持ちは変わりませんわ。あなた方こそ生徒会の名を借りて、傍若無人の振る舞い、風紀委員長、市松水守。あなた方を処罰します」
 そういって少女、市松人形に例えたのが見事当たってしまったが、市松はポケットから十手を取り出した。そして腰からは縄を引っ張り出す。
「やれッ!! 生徒会に逆らう反乱分子は叩き潰せッ!! 」
 乙戸の命令で狩りを許可された猟犬たちは警棒を取り出し、彼女に突進してきた。か弱い少女に対して四人がかりとは卑怯だ。もっとも相手が一人でも複数で叩くのは戦士として当然だが、相手は彼らより背の低い少女。これは公平ではない。虹七は彼らと事を構えようとした。それを市松が左腕で制した。手を出すなという意味だ。小さなウサギが獰猛な猟犬四匹どう相手にするというのか。
 虹七は風を切る音を聞いた。市松は突進してくる執行委員たち相手にひるむことなく、にやりと笑う。そして左手で縄を取り出すと、右から左へツバメのように一気に飛んでいった。
 市松の姿が消えたかと思うと、次には彼らの左側に立っていた。そして手にした縄を取り悪戯っぽい笑みを浮かべて引っ張る。
 その瞬間、四人の執行委員はこけた。足首に縄が巻きつき、市松が引っ張ったせいで転んだのだ。突然のことで顔を防御する間がなく、顔面を思い切り冷たい廊下に叩きつけてしまい、温かい血で染まっていく。
 虹七は何が起こったのかと思った。しかし、種明かしは簡単であった。
 市松は最初消火器に縄をくくりつけ、その後執行委員四人の足首に縄を巻いたのである。彼女はそれを引っ張っただけに過ぎない。しかしそれを瞬時でやってしまうのだからすごい。まさに神業である。
 あまりの惨事に乙戸は弱弱しく声を上げる。
「うぅ、うぅぅ……。いいのか? 我々に手をあげることは、生徒会を敵に回し、教師たちも敵に回すこと……」
「残念だけど無理ね」
 市松が乙戸の言葉を一刀両断した。
「学園の風紀はわたくし風紀委員の仕事です。彼らは校則違反の警棒を所持し、わたくしを襲おうとなさいました。わたくし先生たちには信頼は厚いですのよ。学園の生徒の服装、そして生徒たちの安全を守るのがわたくしの仕事でございます。例え生徒会でも風紀委員の仕事に口出しをなさる権限はございませんわよ」
 市松に言われて乙戸は二の次も言えずにいた。あまり頭の回転はよくないのだろう。市松の迫力に気おされ、乙戸は地べたに這い蹲った執行委員たちを起こしてその場を去っていった。
 周りの生徒たちは知らん顔をしていたが、小声でざまあみろとつぶやくものもいたから、生徒会に不満を持っている人間は多いのだろう。そして風紀委員には信頼が厚いのである。
「すみません。女子を守るのは男子の仕事なのに」
「いいえ、気になさらないでください。彼らには前からきついおしおきをする必要がありましたので」
「生徒会相手に物怖じしないのはすごいですね。風紀委員会はそれほどの権力を持っているのですか? 」
「権力……。そうかもしれません。わたくしにはある力がございます。それもわたくし自身が得た力ではないのです。その点で言えばわたくしも生徒会と大差がないのです
 市松はしょんぼりとした。現在の風紀委員会は彼女だけだと乙戸は言った。そして彼女自身が生き残っているのは彼女について回る、彼女自身が望んでいない力のおかげなのだろう。そのことにはつっこまないことにした。
「ヘイヘイヘイ! 転校生の丸尾くん、こんなところにいたんだね。さっき執行委員が覛鼻血をみっともなくたらしていたけどお前の仕業かね?」
 そこに猿神と白雪がやってきた。彼らは執行委員たちが無様な姿を晒していたので、反対方向に虹七がいると判断したのだろう。
「いや、違うよ。やったのは……」
「猿神くんに白雪さん! あなたたちまだそんな格好をしていたのですか!! 」
 突如市松が憤慨した。原因は目の前にいる二人は髪の毛は真っ白な男子と、金髪にガングロの女子。風紀委員が注意するには格好の的だ。
「ヘイヘイヘイ! 俺様の髪の毛は抜いたわけではないのだぜ。生まれつきなんだってばさ。ほら、幼稚園の写真があるから見てごらんよ」
「髪の毛のことをいっているわけではありません!! あなたたちの行為は実に子供じみたものです。わたくしは同じ生徒会と戦うにしてももっと他にやり方があると思います。あなたたちみたいに服装で不良ぶり、わざと素行不良に見せているのが許せないのです! 」
 わざと? 市松の言葉に虹七は猿神と白雪を見た。確かに服装は不良に見える。しかし彼らは授業をサボっていない。授業中は二人でいちゃついているが、きちんと授業の内容はノートに記してあった。それに彼らの口調もわざとらしい。まるで不良を演じているようであった。
「まあまあ、市松さん。それぐらいにしたほうがいいよ。いくら風紀委員でも先輩に対して横柄な口調はどうかと思うな」
 その瞬間、虹七は周りが絶体零度まで凍りついた気がした。猿神と白雪の顔は青ざめ、唇を震わせている。
「まっ、丸尾くん? この人は三年生、なんだよ。あたいたちの先輩なんだよ」
 白雪が恐る恐る口を開く。三年生? 乙戸と同じ学年なのか。
「ふふ、うふふふふ……」
 市松は空ろな笑みをあげた。そして肩をひくつかせている。猿神と白雪はおびえながら距離を開けていた。彼らは知っているのだ、彼女の沸点の低さを。そしてその禁句を口にした者の末路を知っているのである。
 そして首を曲げた市松の顔はホラー映画も真っ青な恐怖の顔を浮かべていたのだ!! その目は見開いており、血走っていた。まるで某ホラー漫画の特徴的な目つきである。
「わたくしのっ! わたくしの背が低くて悪うございましたわねっ!! 先輩に見えなくて悪うございましたわねっ!! それで人様に迷惑をかけましたか!? わたくしの背で誰かが不幸になりましたか!? 答えてくださいまし!! 」
 市松が爆発した。市松人形に悪霊が乗りうつり、生者を狩るために彼女は十手を振り回し、虹七を追い回した。虹七は放課後になるまで市松に追い回される羽目になった。敵のスパイの尾行をまくのは得意だが、彼女は逃げても隠れても追いかけてくるのである。まるで小柄の警察犬でどんな臭いもかぎ逃さないといったところか。これなら乙戸を相手にしたほうが数倍マシである。
 今日は何もできずに一日が過ぎた。しかし虹七にとって風紀委員、市松水守の出会いは彼にとって重大な出会いであったことを虹七は知らなかった。今は追いかけてくる市松を撒くことが大事だったのである。

『第参話:アイアンフィンガー』

 すでに日は落ちており、空は真っ暗になっている。もっとも新宿区は太陽の灯がなくとも自分たちが生み出した電気の光で満たされており、夜も昼もない。とはいえ、新宿中央公園は例外でぽつんと街灯が立っているだけである。徐々に蒸し暑くなっているのか、ベンチには会社帰りの会社員が暑苦しい背広を脱ぎ、ネクタイを緩めていたり、女性もハンカチで顔を拭いて冷たいジュースを飲んだりとさまざまであった。最近は浮浪者を駆除されているのか、彼らがベンチの上で寝ていることが少なくなっている。もっとも公園の奥底に青いビニールで作られたテントが張られており、地元の人間なら近づこうとしない場所だ。うっかり踏み込んでしまえば、漆黒の闇の中から黄泉の世界の人間に袖を引かれそうになる。
 さて公園の区民の森の中で一人の少年が肩で息をしている。平凡な容姿をしており、特徴を掴もうにもそれを探すのに苦労する、風景に溶け込み、誰も気づかない、そんな人間であった。
 彼の名前は丸尾虹七。内閣隠密防衛室の特殊工作員スペクターと呼ばれる人種である。彼は秘密潜入捜査のために新宿区にある公立雷丸学園高等学校の捜査をしているのだ。彼が転校してきてまだ二日しか経っていない。それなのに虹七は濃密な時間をすごしていた。
 生徒会副会長、乙戸帝治。丸い岩のような大男は虹七を毛嫌いしている。異様なまでに転校生に対し悪意をむき出しにしていた。よそ者を嫌う気持ちはわからなくもないが、乙戸の態度は度が過ぎている。いったいなぜだろうか、それは雷丸学園の秘密を探らなければならない。
 虹七が肩で息をしているのは乙戸のせいではない。今日初めて出会った市松水守が原因であった。彼女は風紀委員会の唯一の人間で、風紀委員長を勤めている女性だ。学園を牛耳る生徒会に唯一抵抗している組織である。虹七は彼女が一学年先輩だということを知らずにいたため、彼女の沸点させる禁忌の言葉を吐いてしまっている。おかげで今まで彼女に追い回されてしまい、やっと彼女を撒いたのであった。
 虹七は思った。
 彼女は普通の女子生徒ではないと。なぜなら自分はスペクターとして訓練された身である。いつもならアサルトライフルを持ったゲリラ十人を相手にしても逃げ切れたのだが、彼女の嗅覚は犬以上なのか、やすやすと虹七を追い回していたのである。追いかけてくる市松の表情は思い出したくない。例えるなら覗くなといわれたのに寝屋を覗いた僧侶を追いかける安達ヶ原の老婆ではなかろうか。向こうは市松人形のように可愛らしい少女ゆえに恐怖も倍増したといったところである。
 スペクターである自分を今の時間まで追い回したのだ。彼女自身特殊な訓練を受けていたのかもしれない。そして彼女自身特別な地位にあると思う。
 虹七の胸のポケットから振動音が聞こえた。携帯電話のメール着信音だ。虹七は携帯電話を取り出すと着信メールを読んだ。
 市松に追い回されている間、虹七は内閣隠密防衛室支部長秘書、松金紅子にメールを送り、情報を引き出してもらうよう依頼したのだ。軍用犬のような女性に追われながらメールを打っていたのだから虹七も只者ではない。
 虹七が望んだ情報は雷丸学園の転校生たちの消息である。そして生徒会役員の情報も頼んだ。あの学園はどこかおかしい。初めてあの学園を踏み出したものなら誰もが同じ感想を抱くだろうが、転校生という異物を異様なまでに嫌悪するのは極端すぎる。副会長である乙戸が転校生に抱く憎悪を真に受けている虹七は、彼らが単に弱い者イジメを楽しんでいるとは思えない。彼らは学園という名の城を守る騎士なのだ。主君のためには自分たちの手が血で穢れ、その名が口外するのも憚れるおぞましい処刑人になることを望んでいるのである。
(やはり、いままであの学園に転校してきた人たちはボクとは別口のスペクターだったようだ。合計三人、全員負傷して全治数ヶ月。三人とも特殊訓練を受け、特殊装備を所持していた。それなのに全員病院送り、しかも生徒会執行委員のしわざだ。彼らはやはりただものでは……)
 虹七はメールを読んでいる最中、後ろから何か気配を感じた。葉を踏む音はまるで猫科の肉食動物のようである。
 気配の数は四つ。自分を取り囲むように立っている。そして静かな殺気を自分に向けていた。
 こいつらは黒豹だ。それも飛びっきり凶暴で慎重な性質を持っている。虹七は気持ちを切り替える。鞄から三十センチ定規を取り出した。こいつは硬質セラミックで作られたものだ。銃弾でも壊せない特注品である。虹七は定規を構えると闇の中へ溶けていった。公園内では日が落ちて大胆になったカップルたちが増えてきている。彼らは森の中の凶事に気づくことなく、睦言をささやいていた。



 森の中の様子を一人の男が見ていた。男は乙戸帝治である。彼は無表情で森を眺めていた。時々風の音に混じり、別な音が聞こえてくる。森の中では凶暴な黒豹が獲物をなぶり殺しにしている。そのはずである。
 乙戸は腕時計に目を落とした。時刻は八時。公園には恋人とじゃれあう男女だけになっている。平和な時間を謳歌している彼らは森の中のことなど気にしない。いや、さらに大胆になって暗闇の中に入ろうとするものがいるかもしれないが、彼らでも森の中に発散されている殺意を感じているのだろう。何かはわからないが森の中に入るのは危険だと本能が察しているのだ。
 乙戸の左側に黒い塊が落ちてきた。落ちた瞬間蛙が潰れたような声が出たから相手は人間だろう。それはごろごろと転がった後、大の字に広がった。乙戸は倒れた相手を見た。それは生徒会執行委員の一人であった。右手にはサバイバルナイフが握られており、口から泡を吹いて倒れていた。
「さすがだな」
 乙戸がぽつりとつぶやいた。森の中から一人の影が現れた。それは虹七であった。肩で息をしており、左手で右腕を押さえていた。左手にはセラミック定規が握られており、所々傷がついていた。学生服も執行委員にやられたのか、腕を数箇所切られている。もっとも背中は切られていない。
「残りの三人は森の中で寝ているのだな」
 乙戸の問いに虹七は首を縦に振った。答えたくないというより四人を倒すのに苦労したため息を継ぐのがつらかったのだ。
「やはり四人目の転校生はただものではないな。もっとも前の三人も倒すのに苦労した。執行委員十二名が犠牲になったのだからな」
 乙戸は冷静な口調であった。校内の彼の言動はあくまで演技なのだ。目の前にいる乙戸は野蛮な蛮族ではなく、武人であった。丸い岩の形をした鎧武者なのだ。虹七は多くの乙戸のような人間の目を見ている。
「……アメリカの日本大使館占領事件、そして中国における日本人技師の誘拐事件を単身で解決した内防最高のスペクター。それが丸尾虹七、お前だろう」
「何を言っているの。アメリカの日本大使館が占領? そんなことが起きたらニュースにならないはずがない」
「なるはずがない。なぜならお前がニュースになる前に解決したからだ。スペクターであるお前が秘密裏に占領したテロリストたちを一人残らず無力化し、誘拐事件も無事に人質を救い出したという。俺も最初は耳を疑った。こんな漫画みたいな話が本当にあるかと。だが我が生徒会長に知らないことなどない。そして目の前にお前という現実を見た以上俺はお前を全力で叩き潰さなくてはならない」
 そういって乙戸は空手の構えを取る。彼は自分のことを知っている。自分が内防のスペクターということを、そして自分がやってきた仕事のことを知っているのだ。
(なるほど、花戸さんがボクを雷丸学園に送ったわけだ)
 一介の高校生が自分のことを知るわけがない。乙戸の情報源は生徒会長なのだ。普通の人間が内防の情報を簡単に引き出せるはずがない。目の前にいる乙戸を倒し情報を聞き出さねばならないのだ。
 虹七と乙戸は森の中に入った。二人とも森の中では音を立てなかった。二人は獣であった。闇の中から獲物を狩る肉食獣なのだ。
 乙戸は皮手袋をつけたまま突きを放つ。虹七はそれをよけるが、その横をすり抜けて木の幹をえぐった。それも間髪いれずにだ。まるでマシンガンのように連打するのである。
 虹七はセラミック定規を取り出し、構える。そして彼の首筋を燕のような速さで切り裂こうとした。
 その瞬間、虹七は信じられないものを見る。乙戸は首を守ると刀を振るうようにセラミック定規を払った。そして定規は切断されてしまったのである。
 普通の人間が硬質セラミックを切断できるわけがない。
 乙戸の両手は生身のものではない。おそらく義手だ。その証拠に皮手袋は切り裂かれ、妖しく黒光りする鉄の手が見える。乙戸の手は鉄の手、アイアンフィンガーなのだ。
 ケブラー学生服を着ていても、衝撃は防げない。当たればあばらがいかれてもおかしくないだろう。
 虹七は木の幹を蹴りながら移動している。それは乙戸も一緒だ。体格は大きいが足音ひとつ立てなかった。森の横を通る人間は風で木が揺れたと思うくらいだろう。それくらいふたりの戦いは常人では気づけないものであった。
 乙戸の拳が降り注ぐ、しかし虹七はそれらをはらいのける。名前はないが中国系拳法だ。
 乙戸の拳はまるで大口径の銃弾だ。当たればこの身は粉々に砕かれるだろうが、当たらなければ意味がない。しかしそうとわかっていても銃の恐ろしさで腰が引ける場合がある。
 虹七は顔色ひとつ変えず乙戸の拳をはらう。まるで盆踊りのように踊っているように見える。それは下手すれば死を招く踊りなのだ。
 乙戸は右足で蹴りを繰り出す。突風のような蹴りだ。木が幹ごと切断され、音を立てて倒れる。その音は通行人にも聞こえたので、なんだなんだと野次馬が集まろうとしていた。
 そして通行人はふたつの黒い風を見た。もちろん、後ろを向いても誰もいない、風が吹いただけだと思い、すぐ野次馬根性を出して音の元凶を見物に行った。
 虹七と乙戸は誰の目にも止まらず、林の中を移動していった。そしてビオトーブがある熊野神社までやってきた。
 境内には夜中なので誰もいない。静かなものだ。街灯だけがぼんやりとあたりを照らしている。そこに降り立つふたつの影。
 虹七と乙戸である。ふたりとも息が荒くなっていた。肩で息をしている。全身汗でべっしょりで汗を含んだ下着が重く感じる。さらに汗の臭いがツンとくるが、二人は互いの獲物から視線をそらさない。そらせば相手の牙がのどもとを食らいつくのだ。
「……やるな。やはり学園内でお前をリンチにするべきだった。もっともそれでも執行委員を八人病院送りにされたがな」
 乙戸は構えを取る。目は死んでいない。一度決めたら絶対変えないゆるぎない意思がある。
「……きみは、どうして生徒会に忠誠を誓うの? 」
「愚問だ。生徒会は俺が忠を尽くすにふさわしいからだ。満月生徒会長のためならこの命惜しむことはない!!」
 乙戸が突進してくる。彼は信念という鎧を身にまとっている。それは針に刺されようが、石を投げられようがゆるぎないものだ。生徒会、生徒会長を守るためならこの身を犠牲にしても厭わない。そんな人間が一番怖いのだ。
「ボクも忠を尽くしている!!」
 虹七の脳裏に内防の花戸利雄と松金紅子の笑顔が浮かんだ。虹七は内防ではない、彼らのために戦っているのだ。もちろん、この国を愛している。自分はスペクターという諜報員だ、自分の人生に幸せというものに縁はないと思っている。だからこそ人の幸せを踏みにじる人間は許さない。この男はスペクターを三人半殺しにしている。任務が果たせなければ古ぼけた雑巾のように捨てられる立場であるが、それでも虹七は同僚を傷つけたこの男が許せなかった。そして自分を痛めつけ悪役になろうとも生徒会を守ろうとするこの男に共感したのである。
「お互い、妥協はできないわけだ! 」
「不器用、だよね!! 」
 乙戸はにやりと笑い、虹七も釣られて笑った。おそらくこいつが最後の一撃となるだろう。
 乙戸の顔に血管が浮かぶ。自分の拳に力を、信念をこめているのだ。
 虹七も右手を突き出す。右手を開き、敵の攻撃を受け流す。下手をすれば腕が引きちぎられるかもしれない。しかし自分にも信念はある。それを捻じ曲げるくらいなら死んだほうがましなのだ。
 「「いくぜ!! 」」
 ふたりの声が合わさる瞬間、風が舞った。乙戸の大砲のような一撃を虹七はかわした。ケブラー学生服の胸がえぐれ、血が飛び散った。
 だが虹七は乙戸の腕を取り、彼を投げた。まるで岩が飛んだように見える。
 乙戸の頭部は石畳に叩き付けられた。そして動かなくなる。虹七の勝ちであった。
 虹七は気絶した乙戸から携帯電話を探し出した。そして電話帳を開き、電話をかけた。



 乙戸帝治が目を覚ましたのは狭い部屋であった。消毒アルコールの匂いがツンとくる、カーテンや天井がすべて真っ白な部屋である。そして自分はいつの間にか学生服から真っ白な寝巻きをつけており、右腕には点滴がされていた。そして自分の両手から手首が消えており、根元には義手を備え付ける機械がはめられていた。
 何気なく壁にかけられた時計を見ると、二時を差していた。草木も眠る丑三つ時である。
「ここは、坂田大学病院か?」
 乙戸は何気なくつぶやいた。
「そうだよ。ボクが呼んだんだ」
 乙戸のつぶやきに答えたのは虹七であった。彼は学生服を脱いでおり、胸や首に包帯が巻かれていた。直接攻撃されなかったものの、乙戸の衝撃が強かった証拠だ。一発でも食らっていたら虹七の身体は粉々に砕かれていただろう。
「なぜ、お前はこの病院の秘密を知っているんだ? 」
「君がボクの正体を知っていたからね。それに調べてみたけど君の義手は定期的なメンテナンスが必要だ。それもかなり金がかかっている。ならば君の携帯電話の電話帳から病院の名前を見つければいいんだ。それにいままで倒された執行委員たちもこの病院に入院していた。生徒会が深く関わっていると見て間違いないだろうね」
 ちなみに義手は専門医がメンテナンスしていると付け加えた。この病院は新宿区の新宿御苑の近くにある。
「……さすがだな。ところでお前の治療は誰がしたんだ? 」
「ボクだよ」
「お前が? 」
「さすがに敵地にきて治療されるわけにはいかないからね。病院の施設に忍び込んでシャワーを浴びて持参の薬品と包帯を使ったわけ。これくらいは朝飯前だよ」
 乙戸は目を丸くした。目の前の少年は自分が叩き潰した転校生とは桁が違う。
「ところで君の両手はどうしたのかな」
 虹七が訊ねる。虹七は単にその義手はどこで手に入れたのかを聞きたかったのだが、乙戸は自分の身の上話が聞きたいと勘違いした。乙戸がぽつぽつ話をし始めたとき、虹七は特に止めようとしなかった。
 乙戸は中学時代、空手部のエースだった。両親はいない。母親は乙戸の物心がつく前に家を出た。男と一緒に逃げたのだ。自分が腹を痛めた子には何の未練もなかったようだ。
父親は酒びたりで働いても給料はすべて酒代に換わるという有様であった。父親はストレス解消に幼い乙戸に暴行しており、彼の身体は暴行でできた痣だらけになっていた。母親も彼の暴力のために逃げ出した。そして自分の子供があの男の血を引いていると思うと恐ろしくて一緒に連れて行かなかったのも理解できる。
乙戸が五歳の頃、父親が通っているスナックのホステスに絡み、酔っ払ってナイフを振り回した挙句、自分がこぼした酒に足を滑らせ、持っていたナイフが自分の胸を突き刺さなければ乙戸は父親に殺されていたと本人は語っている。
 乙戸は児童福祉施設に入った。そして乙戸は自分の身体を鍛え始める。父親の暴力に対する恐怖を払うために施設の先生に鍛え方を教わっていた。施設では自分のことは自分でやるという教育方針だったが、乙戸は一人では運べない荷物を率先して自分で運ぶようにしていた。自分の身体を鍛えるためだ。食べ物も好き嫌いはせず残さず食べた。
 小学校では相撲に熱心になった。もともと父親の暴力で過度の痛みには耐性ができている。さらに乙戸自身身体が見る見るうちに成長していった。一年生の頃は施設の子供なので同級生はおろか上級生にもいじめられていた。
それらを乙戸は暴力で持って抵抗してきた。彼の父親を知るものがいたら、父親そっくりだと証言しただろう。六年生にもなると誰も彼に勝てる人間はいなかった。まるで小さな岩に命が吹き込まれて歩き出したように思える。もっとも彼は嫌われていた。いや恐れられていたのだ。野生の熊のように下手に近寄れば殺されかねないからである。
 中学校にあがると彼は空手部に入った。相撲部がなかったので仕方なく空手部を選んだのだが、こちらは彼にとってプラスとなった。岩のようなごつごつした身体は川に流れて角が取れて丸くなっていった。
乙戸は中学時代、施設の先生から紹介してもらったアルバイトで金を稼ぎ、筋肉トレーニングに関する道具などを購入し、身体を鍛えていた。一年生の時は彼に敵う同級生はおろか、上級生ですらいなかった。そして三年生になると中学の空手大会の個人戦で優勝を飾ったのである。もっとも優勝しても乙戸の評価は低いものである。獣臭が一層引き立ち、全身から殺気と闘気を身にまとっていたのである。乙戸は周りの評価など気にせず、自身が強くなることに余念がなかった。高校は空手に力を入れる学校に進学しようとしていた。
 ところが中学を卒業前に乙戸に悲劇が襲う。彼を憎む卒業した上級生たちが七人ほどで乙戸を闇討ちにし、両手首を金槌で潰したのである。乙戸は手首を切断するしかなかった。上級生たちは在学時代乙戸に敗北したことを根に持っていたのだ。彼らは傷害罪で逮捕されたが、さすがに乙戸はやられるだけではなく、蹴り一発で彼らを沈めたのだ。ある上級生はあごを砕かれ一生流動食しか口に出来なくなり、ある者は足を砕かれ、使い物にならなくなった。
 乙戸は過剰防衛で少年院に送られたが、向こうでは一種の英雄視であった。何しろ彼は両手首を失っていながら蹴りひとつで復讐を果たしたのだ。現代には廃れた蛮勇の英雄の登場である。事実彼はそこで少年たちの王となったのだから。
 乙戸は義手をつけて不便な生活をしていたが、負けず嫌いの性格の上、施設育ちなので人に弱みを見せるのが嫌いだった。過剰防衛だが情状酌量の余地があり、数ヶ月で出所した。そこに出会ったのが満月陽氷だったという。
 満月は乙戸の噂を聞きつけ、自分の野望に手を貸してくれと頼んだ。彼は当面の生活費に手が切れそうな札束をよこした。それを見た乙戸は腹を立てる。金持ちのボンボンが遊び相手を探していると思ったのだ。乙戸は義手でも足がある。満月を脅かそうと蹴りを入れようと思った。だができなかった。
 満月から計り知れないオーラを感じたのだ。まるで満月がライオンで、自分は哀れな小ねずみと錯覚したという。しかし恐怖よりも満月には包容力があった。自分が味わったことのない父親の懐のような暖かさを感じたのである。
 満月は友情の証として特製の義手を贈ってくれた。それは鉄の義手で手術をしてくっつけた。高性能の義手で自分が思った通りに動くのである。もっとも特製なので週に一度のメンテナンスが必要だが。それが坂田大学病院である。
 満月は乙戸だけでなく、少年院時代に慕っていた少年たちも引き取った。雷丸学園の執行委員たちは少年院にいた少年たちで構成されていたのである。彼らは家庭環境のせいで犯罪に走った者が多く、親を尊敬できず、頼れる人間がいなかった。自分自身が鍛えた身体のみ、しかも両手をなくしても闘志を失わない乙戸に心酔したのである。乙戸自身もいままで尊敬のまなざしで見られたことがないから、ついうれしくなり、彼らの王になったのである。
「でもなんでここの大学病院は君の義手のメンテをしているのかな。メンテにもお金はかかるよね? 」
 それに虹七が電話をかけたとき、女性看護師は最初渋ったが、雷丸学園生徒会副会長の名を出すとすぐに救急車を寄こした。もちろん執行委員たちも一緒だが、救急隊員は何も言わず彼らを車内に乗せたのである。
「俺もそう思った。前につけている義手でも生活に不便を感じなかったが、会長は遠慮するなと勧めてくれた。それにここの医者が妙な事を言っていた。おたくの生徒会長のおかげでうちは大儲けできたと……」
「大儲け、メンテナンス料のことかな? 」
「それとは違うらしい。なんでもこの大学病院では卒業間近の学生はセッル国へ研修に行かせられるという。そこの国で医療に専念するそうだ。半年以上すごして帰国するとその学生はベテラン医師も顔負けの実力者になっているという。そのおかげでここの卒業生はあちこちの病院で引っ張りだこになっているそうだ」
 セッル国!! 虹七はその名前が出て驚いた。そういえば自分がセッル国で救出したイワン・イワノヴィッチ・イワノフ博士は生理学者だ。それに日本の大学病院がセッル国民に無償で医療を施しているという話を聞いた。
 確かに坂田大学病院は人道的な行為で有名になったかもしれない。多くの命を救ったからだ。しかしそれだけで病院自身が大儲けできるのか? この話にはもっと裏があるに違いない。
「話せるのはここまでだ。俺は敗北したが生徒会を、満月生徒会長を裏切ることは出来ない。俺が怖いのは自分が死ぬことではない、会長に弊履の如く捨てられるのが怖いのだ」
 乙戸がしゃべったのは自分を倒した虹七に対する敬意だろう。それに自分を病院に運んでくれた謝礼でもあるのだ。乙戸は雷丸学園では傍若無人な副会長であったが、実際は義に厚い男だと虹七は思った。虹七はにっこりと笑う。
「だがお前は後悔するぞ。お前は俺に殺されるべきだった。昼間に俺と執行委員たちが袋叩きにして、入院させてやりたかった。俺のやっていた転校生狩りは幼稚園児の無邪気な遊びにすぎなかったことを、俺は小学生のわんぱくガキ大将であったことを思い知るだろう。生徒会を甘く見るな。以上だ」



 虹七は坂田大学病院を出た。レンガ造りのおしゃれな外見であった。玄関前は石畳でできており、街頭も彫刻を施したおしゃれなものである。庭は外国の公園を意識したあずまやや、ベンチ、噴水などがある。新宿御苑の近くにあるから病院は森に囲まれており、無機質な病院とは違っていた。
時刻が時刻なだけに学生服はボロボロのままだ。あとで電話をして新しい制服を持ってきてもらおう。それよりも今後の課題は雷丸学園生徒会だ。自分を小学生のガキ大将と卑下する乙戸に苦戦したのだ。これが生徒会長を相手にしたらどうなることだろう。
 乙戸は自分の正体を生徒会長から聞いていたという。そして自分を追い出す手段が単純な暴力であった。彼らは自分の正体を種に自分を追い出すことをしなかった。スペクターたちを再起不能にして、自分を、おそらく内閣隠密防衛室に対する警告なのだ。
(アメリカの日本大使館占領事件、中国の日本人技師救出事件、そしてセッル国のイワノフ博士救出事件。どちらも大変だったけど今回の任務はそれに輪をかけたものだ。果たしてボクに解決できるのだろうか? )
 解決するしかない。自分はスペクターなのだ。この世にはいない亡霊なのである。味方はいない。ひとりでなんとかしなくてはならないのだ。
「丸尾くん」
 闇の中から声がかかった。虹七は思わず構えを取った。まったく気配がしなかったからだ。
 声の主は森の中からであった。月明かりに照らされ、うっすらと影が現れた。その影は意外な人物であった。
「……大槻先生?」
「はぁい。少年、元気にしておったかね」
 驚愕した虹七を尻目に虹七の担当教師である大槻愛子は屈託のない笑みを浮かべている。まるで街中で偶然出会った教師と生徒のようだが、出会う場所は夜中の病院の外だ。
「先生はどうしてここに? 」
「ああ、うちの生徒がここに入院したと連絡があってね。そこで駆けつけたのさ」
 大槻はいったが、虹七は彼女がうそをついていると直感した。なぜなら彼女の担任は二年生だし、執行委員もクラスにはいない。来るなら彼らの担任が来るはずで、彼女が来るわけがなかった。それに彼女の服装は乱れたものがない。普通深夜に起こされたなら化粧や服装は乱れるものなのに。
「先生も大変ですねぇ。生徒が問題を起こせばプライベートな時間をつぶされるのですから」
 虹七はあえてつっこまないことにした。
「あらあら、スルーしちゃうわけ? 私が担当でもない生徒のためにここに来たことをあなたは訊かないわけだ」
 大槻はにやりと笑った。目は笑っていない。虹七はこの女性は気風のいい姉御肌の教師と思っていた。しかし目の前の彼女の腹がわからない。彼女は何者なのだ? それに気づいたのか大槻は手をぱちぱち叩く。
「あなたが疑問に持つのはわかるわ。私はねぇ、見ちゃったのよ。新宿中央公園であなたが副会長の乙戸くんと執行委員たちと戦っているところをね。乙戸くんはもちろんのこと、執行委員たちも相当な腕なのに、一人で倒すんだからすごいわよね」
 虹七はポケットに手を入れる。ポケットの中には削った鉛筆が三本入っている。ただの鉛筆ではなく、うまく投石すればコンクリートの壁を貫く素材でできているのだ。
 しかし虹七はポケットから手を抜け出せなかった。大槻がいつの間にか間合いをつめ、虹七の手を抑えたからである。
「反応が遅いわね。私がナイフを持っていたらあなたの喉はかき切られていたわよ」
 その通りであった。虹七は動揺していた。美人である彼女が笑みを浮かべているが、それは肉食動物が獲物を捕らえ、食らおうとしているように見えるのだ。
「安心しなさい。私はあなたの敵ではないわ。敵ならとっくの昔にあなたの命はないもの」
 恐ろしいことをさらっと言ってのけた。虚勢ではなく、本心からでた言葉だ。
「明日の放課後、風紀委員室へいらっしゃい。逃げても無駄よ、君がスペクターだろうと私は世界中のどこに逃げても探し出せる自信があるわ」
 大槻は虹七の耳元にそっとささやいた。大槻の言葉は砂糖菓子のように甘く、酒のように酔わせる衝撃であった。さらに彼女の全身から発する香水の匂いもまた虹七の身体を蕩かせる錯覚を覚えた。スペクターの訓練としてあらゆる毒薬などの耐性を身につけた虹七だが、彼女の口から出る毒に抗うすべがなかった。
 そして大槻は森の中へ消えていった。気配は感じられない。彼女は文字通りに消えたのである。
 虹七が正気に戻るまで一分かかったが、元に戻るまで無限の時間をすごしたような錯覚を覚えた。
 雷丸学園。ただの生徒会だけではなく、教師もただものではないようだ。果たして自分は生きてあの学園を出ることができるのか?
 無心論者の虹七でも神に祈らざるを得なかった。

『第四話:女教師が愛したスパイ』

 朝日が昇り、町は活気付いた。もっとも新宿という土地柄昼夜を問わず活気はあるが、やはり朝方のほうが元気になるというものだ。もっとも最近の高校生は受験勉強で徹夜をすることがステータスシンボルと勘違いしている場合があり、朝っぱらから顔色の悪い生徒がふらつきながら登校するのである。
 進学校である雷丸学園には夜中まで遊び歩く生徒は皆無である。しかし、勉強疲れとは別に寝ぼけ眼で登校する生徒が一人いた。
 三日前に転校生としてやってきた丸尾虹七である。彼は高校生だが内閣隠密防衛室お抱えの諜報員である。彼は訓練で一時間眠れば、疲労が回復する睡眠法を会得しているのだが、今朝は徹夜明けの受験生並みにまぶしい太陽を手でさえぎりながらの登校であった。
 その原因は今日の二時頃、新宿区にある坂田大学病院で生徒会副会長である乙戸帝治と彼の取り巻きである生徒会執行委員たちを入院させたあと、その帰りに自分のクラスの担任教師である大槻愛子と出会ったのである。彼女は自分が乙戸と戦っていたことを知っていたし、スペクターとういう単語も知っていた。そして今日は彼女に言われるまま風紀委員室にいかなければならないのである。
 虹七は彼女と対峙してわかったことがある。彼女はプロだ。しかも一流の。数多くの修羅場を潜ったものだけが身につくオーラを感じたのである。
 とはいえ、彼女は敵ではないと思う。敵なら自分はあっという間に殺されていたからだ。大槻愛子はあくまで自分を利用したいのだ、利用する間なら自分の秘密は守られるし、命の保障はされるだろう。テロリスト相手ではなく一介の高校教師におびえていてはさまにならない。利用されるくらいなら自分が利用してやる気概はある。
「ヘイ丸尾! 」
 後ろから声がかかった。振り向くと人間サイズのニホンザルのような少年が立っていた。そして横には山姥のような肌が黒く金髪の少女が一緒にいた。
「猿神くんに、白雪さん」
「ヘイヘイヘイ! 俺様たちはもうダチだぜ、俺のことはケンと呼びな」
「そしてあたいはユリーだよ。丸尾は他人行儀だから今度からコウちゃんと呼ぶからね」
 猿神拳太郎と白雪小百合はなれなれしく虹七のあだ名を決めてしまっている。もっとも彼らには腹に何も抱えておらず、あけっぴろげなので不快感はなかった。
「今日の朝は生徒会長の挨拶があるんだよ。早く教室に行って鞄を置いていかないと」
 白雪がいった。生徒会長、副会長の乙戸以外の生徒会役員か。この目で見る機会が早くもやってきたと虹七はあらためて気持ちを引き締めた。
「おはよう!! やあやあ、元気にしとるかね!! 」
 気持ちを引き締めた瞬間、背中に強い衝撃が走った。振り向けばモデル並みの容貌でふちなし眼鏡に白衣を着た美女が屈託のない笑みを浮かべていた。
「大槻先生……」
「ヘイ! おはよう教授、朝からテンション高いな」
「おはよー、教授。今日も一段と美人だよねぇ」
 あからさまに顔を曇らせる虹七に気づかず、猿神と白雪は自分たちの担任である大槻愛子に朝の挨拶をした。
 周りの生徒たちは小声で挨拶したが誰も大槻の顔を見て挨拶するものはいなかった。教師ですら嫌そうな顔をして挨拶する始末である。この学園では大槻は嫌われた存在なのだ。もっとも学園を支配する生徒会と関わりあうのが怖いのかもしれない。生徒や教師たちはどこか青ざめており、やせ細っている感じがする。猿神や白雪のように神経の太い人間でなければ雷丸学園で学校生活は楽しめないのかもしれない。
「そうだ、三人とも放課後は風紀委員室に集まるように」
「風紀委員室? 三人というと俺様とユリー、コウちゃんのことかね? 」
「そうだ。ホームルームが終わったら必ず行くんだぞ。こなかったら内申書にあることないこと書いてやるからな」
 教師にふさわしくない卑劣な脅しだが、大槻が言うと深刻というより冗談に聞こえるから不思議だ。本当なら生徒たちに人気の出そうな教師なのに、生徒に不人気なのは赴任した学校のせいであろう。もっとも彼女は人気など気にしてなさそうだが。
「風紀委員室か〜。市松先輩がいるってことだよねぇ。昨日コウちゃん、市松先輩に失礼なことを言っちゃったから顔を合わしせずらいんじゃあ」
 白雪が一応心配そうにいったが、顔は二人があったらどんなことになるか想像して笑みを浮かべていた。
「知らないなそんなこと。ともかく教師の命令は絶対だからな。逃げても首に縄をくくりつけてやるから覚悟しろ」
 虹七はあきらめざるを得なかった。



 体育館に全校生徒と教師たちが集まった。雷丸学園では一学年は四クラスあり、一クラス四十名ほどで、約四百八十名の生徒数である。教職員は四十八名ほどで少子化問題の影響を受けていた。
 さて朝礼では校長の挨拶は物の数分と経たずに終わってしまった。校長は五十代のくたびれた中年であった。灰色のこれまたくたびれた背広を着ており、風が吹けば飛んでしまいそうな印象がする。この学園の支配者は校長ではなく生徒会長なのである。おそらく大人としてのプライドをズタズタにされ、自身は向上することなく、生徒を恨んでいるのだろう。校長の目つきは死んだ魚の目をしていたからだ。
 さてそれとは逆に生徒会長満月陽氷の登場である。
 事前に猿神から説明を受けていたが、実際に実物を見るのとは大違いである。
 満月陽氷。身長は百八十くらいで、背筋は伸ばしており、か弱さを感じなかった。総髪で腰まで伸びており、女性のように滑らかな艶があった。
 目つきは日本刀のように鋭く、鼻はすらりと伸びており、口は頑なに閉じていた。美男子ではあるが、人間味が薄く、能面を被っているのではと錯覚するような造りであった。
 だが問題は顔ではない、この男自身がまとっているオーラだ。まるで王族のように堂々としており、ゆるぎない自信を抱いた人物に見えた。年を取っただけの大人とはわけが違う。
 さてその後ろに三人の女子生徒が立っていた。
 ひとりは小柄で銀髪の美少女であった。美少女なのだが能面に例えられたように何の感情も伺えない無機質な顔であった。しかも彼女は制服をゴスロリ系に改造しており、頭に白いリボンをつけている。彼女が生徒会書記の円谷皐月であろう。セルロイド人形みたいである。
 もうふたりは双子である。二人とも小学生と間違えそうな背丈で、赤毛で三つ編み、眼鏡にそばかす、そして背丈に不釣合いな胸の大きさが目立っていた。彼女らが鮫泥可南夏と美土里の姉妹なのだろう。ひとりは自然に笑みを浮かべているが、もう一人は無愛想な表情であった。笑みを浮かべているのは姉の可南夏で、無愛想なのが妹の美土里なのだろう。
 こうして生徒会の面子を見ると乙戸のほうが異質に見える。しかし彼は自分より他の生徒会役員こそ恐ろしいと公言していた。彼らを見た目で判断するのはおろかということだ。
「みなさん、おはようございます。私が生徒会会長、満月陽氷であります。今日はみなさんにお知らせしたいことがあります。副会長、乙戸帝治を一週間の停学処分を下しました」
 唐突な言葉に全校生徒は動揺した。乙戸は昨日、虹七によって病院に送られている。その事実を知るのは虹七と大槻だけである。さすがの猿神と白雪も意外な発表に驚いたが、周りの生徒たちのざわめきなど満月は気にもせず続ける。
「乙戸副会長は私に独断で転校生の丸尾虹七くんに暴行を加えたのです。私は昨日それを知り、乙戸くんを処罰したのです。二年生の丸尾虹七くん、ステージに上がってください」
 突然振られた虹七に全校生徒が視線を向ける。虹七は相手の出方がわからないが、断る理由はないので素直にステージに上がった。
 虹七は目の前の生徒会長を見た。ステージの上にいるだけでまるで極寒の大地に放り出された気分である。そして満月や他の生徒会役員が白熊か、サーベルタイガーのような獰猛な獣と錯覚したのである。
 先週、セッル国でゲリラにAKを突きつけられても平気だったが、この男の前ではAKが子供の水鉄砲に思えてきた。
「丸尾くん。乙戸くんの独断とはいえもうしわけありませんでした。お許しください」
 そういって満月は深々と頭を下げたのである。
 これには全校生徒も動揺した。生徒会長が自ら謝罪したのである。
「そして乙戸くんの監督不届きの責任を取り、私も停学一週間の罰を受けることにしました。その間生徒会は書記の円谷さんにまかせます」
 さらに副会長の不始末として自身も罰を受けるという。全校生徒だけでなく教師たちにも動揺が走った。
 生徒会の不始末に生徒会長自ら処罰を下すなど前代未聞である。
「さあ、謝罪の握手をしましょう」
 そういって満月は虹七に手を差し出した。虹七は満月と握手する。満月の握る手がやたらと力が入っている。手の甲を爪でえぐるように、まるで鷲が獲物を掴んでいるようだ。
 満月の握る手が不規則に動いている。虹七はそれを感じていた。
『オレ、オマエ、ユルサナイ』
 虹七は満月の心の声を聞いた。種を明かせばタップコードの要領で虹七にメッセージを送っていたのである。
『テイチ、カタキ、トル。ダガ、サツキ、トメタ』
 要約すれば、乙戸の仇は取りたいが書記の円谷が止めたようだ。満月の口元は笑っているが、目は笑っていない。猛禽類が獲物を狩るような目つきで虹七をにらんでいた。虹七も負けずに返した。
『ボク、カンタンニ、タオサレナイ』
 虹七はふてぶてしい笑みを浮かべる。それを見た満月は手を離した。
「私の謝罪の気持ちを受け取ってもらえて光栄です。学校生活楽しく過ごそうではありませんか」
 こうして朝礼は終わった。しかし全校生徒と教師たちはこれが生徒会による宣戦布告だと肌で感じていた。一匹狼と獅子の群れが戦いの火蓋を切り落としたのである。学園に戦争が起きる予感を誰もが直感していた。



 放課後になった。雷丸学園の部活は規模が小さいのか、校庭では体操服を着た生徒が走っているくらいであった。勉強だけでは体力が落ちるので鍛えているというところだ。ほとんどの生徒は塾で忙しく、文科系でも息抜きを目的としたものがほとんどであった。
 虹七たちはあいかわらず他の生徒たちや教師に無視されていた。一応教師は出席を取るが、虹七たちの返事を待たずに次の生徒を呼ぶ始末であった。大槻は相変わらずな態度を取っている。
 もっとも猿神と白雪は二人一緒なら幸せらしく、がり勉の同級生など眼中になかった。それに新しい友達として転校生の虹七を巻き込むのが楽しいらしく、三人はいつもにぎやかだった。ただし虹七は二人の睦言を聞くだけだったが。
 さて虹七は風紀委員室へ向かった。生徒会室は校舎にあるが風紀委員室は校舎の外にあるプレハブ小屋であった。それも校舎の影で日当たりの悪い場所に立てられているのだ。
 一階建てのプレハブ小屋の入り口の横に『風紀委員室』と看板がかけてある。猿神と白雪は掃除当番で虹七が先に一人でいくことになったのだ。掃除当番は猿神と白雪の二人だけで押し付けられており、虹七も手伝おうとしたが、二人は先に行けと断ったのである。
 本当は行きたくなかったが大槻には弱みを握られているし、彼女の性格からして自分が逃げても居場所をかぎ当ててしまいそうだったからだ。実際体験したわけではないが、大槻はホラなど吹かないと本能で感じ取っていた。
 さてドアを開けると鍵はかかっておらず、開いた。中には会議用の机が二つ。パイプ椅子が八脚。食器棚と本棚が置かれてあり、電気ポッドに茶碗があった。窓にはカーテンが引かれてあり、部屋はうっすらと暗かった。
虹七は部屋を見回したが誰もいない。鍵もかけず無用心だなと思った。電気のスイッチを探そうとして、右手でスイッチを探した。すると何か柔らかいものに触れた。布に包まれた温かく柔らかい餅のような感触であった。
「ほほう。大胆だね丸尾。私の胸をそんなに揉みまくるとは」
 虹七は声がしたほうへブリキのロボットのようにさび付いた音を立てていそうな感じで回した。虹七の右手はいつのまにか大槻愛子の左胸を鷲摑みにしていたのである。
 虹七はあわてて放そうとしたが、大槻は虹七の右手をつかんで放さない。仕事の関係で相手につかまれてもすぐに振りほどくのだが彼女のつかんだ手をはずすことができずにいた。
「これで二度目だな。お前が死んだのは」
 大槻がぼそりとつぶやいた。
「一度目は今日の病院。私に殺意があったらお前の喉はかき切られていた。そして今は私に腕を捉えられ、身動きひとつとれずにいる。私がナイフを持っていなかったことに感謝するのだな」
 虹七は大槻の声を聞いていた。底冷えのする声であった。彼女の言うとおりである。自分が油断したから彼女にいいようにやられたのだ。虹七は左手をポケットに入れると中には特製カーボンで作られた三角定規を取り出した。剃刀のように薄いが銃弾でも破壊できない代物だ。虹七はそれで大槻を殺そうとした。人差し指と中指で三角定規をはさみ、大槻の喉をかき切ろうとした。
「甘いな」
 大槻は虹七が振り回す左手を取ると、そのまま腕ごと引っ張った。そして虹七の後頭部を押さえつけ、虹七の唇を奪ったのである。
 虹七は突然のことで呆然となった。虹七は女性の誘惑に負けないために性欲を抑制する薬を服用している。大槻のキスは生暖かく、彼女の視線が虹七の目の前で注がれているのだ。大槻は美人だが、その眼には決意の固いものが宿っていた。
 虹七は右手に挟んだ三角定規で大槻の首を切ろうとした。しかし力が入らない。心臓の音がドラムのように激しくなっている。頭がくらくらしてきた。これはいったいどうしたことだろうか。
「三度目だな」
 大槻は虹七の唇を離した。唾液が糸を引いており、それを舌でなめとった。
「私の口の中に媚薬を入れていた。これが毒ならお前は死んでいた。内閣隠密防衛室史上最強のスペクターとは笑わせるな」
 虹七の全身から力が抜けていく。媚薬を飲まされ、息が苦しくなる。しかし彼女はいったい何がしたいのだろう。自分を殺せると称しながら実際に手をかけるわけでもない。彼女の目的はなんなのだろうか。
「さて、椅子に座ってもらおうか」
 大槻は虹七をパイプ椅子に座らせた。そして自分は虹七にまたがるように座ったのである。
「いままでのお前は相手の盲点をつき、相手に行動させないように攻めていった。だけど私みたいな人間を相手にすることについては教本には書かれていないはずだ」
 その通りだと虹七はうなずいた。意識が朦朧としている。大槻は虹七の答えに満足したのか、虹七の学生服のボタンをはずし始めた。虹七は身体を鍛えており、均等的に鍛えてあった。大槻は虹七の首筋の匂いを嗅いだ。そして首筋をなめた。
 その瞬間全身に電撃が走った衝撃を感じた。大槻の鼻息が虹七の身体をいちいちくすぐるのである。
「拷問の痛みに耐える訓練をしたことはあっても、快楽に対する尋問の対処方法は教えてもらっていないはず。これから私がじっくり教えてあげる……」
「さっ、猿神くんと、白雪さんが、きちゃう……」
「大丈夫、二人は来ない。私が昼休みに二人に断っておいたからね。ちなみに市松も来ないよ。校舎を閉めるにはまだ時間があるからね、それまでここは私たち二人だけで過ごせるのさ」
 とんでもない教師である。教え子とキャッキャウフフなことをして罪悪感がないのだろうか。もっともあったらこんなことにはならないが。
「さあ、二人で楽しみましょう。うふふ……」
 大槻が甘い笑みを浮かべた瞬間、ドアが開いた。
「ふふ、ふふふふふ……。誰もいない風紀委員室で何をやっているかと思ったら……。しっ、神聖な風紀委員室で、いっ、いかがわしい行為を……」
 それは風紀委員長である市松水守であった。小さな身体が小刻みに震えている。身体から陽炎が浮かんでいるように見えた。顔を下に向き、ブツブツつぶやいていた。
 そして市松の顔が上がった。目は見開き血走っている。負のオーラを全身にまとい、手には十手と捕縛縄が握られていた。
「覚悟なさいまし!! 二人とも捕縛して吊るして差し上げますわ!! 」
 市松は猿のように大地を蹴った。そして右手で十手を天に上げ、左手で縄を投げようとしていた。
 すると大槻は虹七の胸倉をつかみ、振り投げた。突然のことに市松は虹七をかわすことが出来ず、二人は空中で衝突してしまった。そして二人は頭をぶつけ眼から星が回っていた。
「ヘイ! 教授来たぜ〜」
 猿神が入ってきた。釣られて白雪もやってきた。
「あれぇ? なんでコウちゃんと市松先輩、床で寝ているの〜? 二人は仲良しになったのかな? 」



 風紀委員室には五人の人間が机を囲み座っている。一人は教師で残りは生徒。電気ポットでお茶をいれ、煎餅も置かれていた。
「だから誤解なのさ。私は丸尾を誘惑していたところを、水守が運悪く目撃してしまったのさ」
「それごまかしてないんですけど。ストレートすぎるんですけどぉ」
「男子生徒と女教師が密室でするといったらエローしかないだろう?それくらいわかってもらわないと困るな」
「ああ、なるほどね〜。でもあたいとしては男同士がよかったかも〜」
 大槻と白雪がのんびりと話している。その横に風紀委員長である市松水守はぶつぶつ言いながら煎餅をかじっていた。
「先生がいなかったら、わたくしが転校生を処罰するはずでしたのに……」
 目は虚ろで煎餅を小刻みに食べている。負のオーラが全身から浮き出ているが、大槻と白雪は気にしておらず、馬鹿話に花を咲かせていた。
「ヘイ! コウちゃん」
 虹七は猿神の隣に座っていた。猿神は肘で虹七の脇をつついた。
「どうせ教授から迫ったんだろう? 教授はスケベだからからかわれていたんだろう? 」
 虹七は首を縦に振り、肯定した。
「それを市松先輩に見られたのは不運だが、教授がいたのは幸運だった。市松先輩に対抗できるのは教授だけだからな」
 確かにまっすぐな旋風のような市松には、大槻のように柳のような人種はふらりと流してしまうのだろう。
「さて今日みんなに集まってもらったのは他でもありません。猿神拳太郎、白雪小百合、丸尾虹七の三名には風紀委員会に入ってもらいます」
 大槻の唐突な宣言に一同は目が丸くなった。それを聞いた市松は烈火のごとく怒鳴った。
「何ぬかしやがるのでございますか!? この三人が風紀委員会に入ったらめちゃくちゃになります。特に転校生は問題外です、風紀委員室で平気で不潔なことをするし、わたくしの身長に対して暴言を吐くし!! 」
「いいじゃないですか。ロリっこで先輩。ロリ好きにはたまりませんよ。同人ではロリババァの需要がありますから市松先輩は世の中のロリ愛好者の味方です」
「白雪さん、それはわたくしに対する暴言ですか? わたくしの中に眠る殺意の波動が今にも爆発しそうですわ」
 市松の顔に血管が浮き出て、身体が小刻みに震えている。ちょっとした刺激を与えるだけで爆発しそうな状態である。
「勝手に決めないでください。ボクは風紀委員に興味は……」
 虹七は抗議をしようとした。しかし大槻が虹七の口をふさぐ。
「だめです、拒否権はありません。もし拒否すれば水守の箍がはずれてあなたを追い回すでしょう。水守の頭の中では君は助平で不潔な人種であり、風紀委員として許しがたい存在になったからだ」
「それは先生の責任じゃないですか。ボクは……」
 尚抗議する虹七に対して大槻は耳元でささやいた。
(もうお前は生徒会に目をつけられた。これからのやつらはお前だけでなく、親しくなった猿神たちを間接的に襲うかもしれないぞ。スペクター、花戸さんは極力人を巻き込むなと教えたはずだろう? 風紀委員会に入れば少なくとも水守が猿神たちを守ってくれる。彼女にはその実力がある)
 花戸の名前まで知っている!? この女は本当に何者なのだろうか?
(私も内防の工作員のひとりだ。花戸さんとは旧知の仲でね、お前のお守を頼まれているんだ。まあ、これからの学校生活なかよくやろうじゃないか)
 大槻はにっこりと屈託のない笑みを浮かべた。
「というわけで、今日は風紀委員会に新入りが三人入った! だから記念に宴会をやるぞ! 」
「何をおっしゃいますか!! わたくしはまだ認めては……」
 市松の激昂を大槻は人差し指で彼女の唇を塞いだ。そして耳元でささやく。市松はぽつりと口を開いたが声は聞けなかった。だが虹七は読唇術で彼女の唇の動きを読んだ。
 彼がスペクター?
 市松はスペクターの意味を知っているのだ。やはり彼女も大槻と同じ権力を持つ人種なのだ。
 虹七は心強い味方を得た。しかし心中には不安しか残らなかった。
(そもそもあの指令所には雷丸学園に行けとしか書いてなかったから……)
 信じられないことだが虹七がもらった指令書には雷丸学園にいくことと、その間の住居、そして文房具型の特殊装備品の受け取り場所しか書いてなかったのである。
(転校生たちがスペクターということも教えてくれなかった。普通ならきめ細かいデータが載っていたのに……)
 ただし自分が求めればその情報は送信された。だが虹七が望んだ情報だけしか送信されず、肝心な情報は生徒会副会長の乙戸のほうが詳しい始末であった。
(大槻先生が協力者ということも書いてなかった。花戸さんにしてはこんな記述漏れなどありえない。花戸さんはボクに何をさせたいのだろうか)
 今までにない指令に虹七は不安になっていく。ただ事前にセッル国で生理学者のイワノフ博士を救出の指令を受けていた。セッル大使館が近くにある雷丸学園。無関係とは思えなかった。そして虹七は花戸を信頼していた。彼のやることに間違いがあるはずない。情報も要求すれば送られているからだ。
「ヘイヘイヘイ!! これからもよろしくなコウちゃん!!」
「そうそう、あたいもヒマだし、面白そうだしね! 」
 猿神と白雪は大槻の横暴を素直に聞いていた。彼らは不良の癖に風紀委員会に入るつもりなのか?
「生徒会と一戦交えるんだろう? 兵力は多いほうがいいからな」
「そうだよねぇ、生徒会長が全校集会でコウちゃんを名指しで呼んで壇上にあげたからね。なにかあると思うのが普通だと思うけどね」
 猿神はにやりと笑いながらシャドーボクシングを始めた。
「それに俺たちはコウちゃんと親しく話している。生徒会はコウちゃんだけでなく俺たち二人を巻き込むかもしれないからな。教授のチョイスは正解だと思うぜ」
 二人はこれから始まる生徒会と風紀委員会との対決に血沸き肉躍らせていた。よほど学校生活がつまらないのか、二人は虹七に巻き込まれた被害者だというのに彼らの脳みそには春が来たのだろうか。
 その二人を尻目に市松は深いため息をついた。
「……しかたありませんわ。ですが三人とも風紀委員会に入った以上生活態度は改めてもらいますわよ」
「ふふふ、堅苦しい挨拶はこれくらいにして買い出しにいくぞ! ちなみに酒は飲ませないからな、ノンアルコールビールで我慢しろよ」
「例えあなたが大人でもお酒は飲ませませんよ。あなたが飲めばへべれけになって醜態を晒すのが目に見えています。生徒の見本として先生もジュースで我慢してもらいますわ!! 」
 市松が突っ込んだ。彼女は大槻のことをよく知っているようだが、さっきから大槻は市松を呼び捨てにしているが、どういう関係だろうか。
「え〜。いいじゃん、水守〜。私は大人なんだよ〜、あんたの姉なんだよ〜。お姉さまの言うことが聞けないってゆうの〜? 」
 大槻はくねくねと身体をくねらせ甘えてきた。
「公私混同はしないでくださいまし!! 甘えた声を出せばいいと思っているのですか!あなたが血の繋がった姉だと思うと頭が痛くてたまりませんわ!! 」
 さらっと大事なことを口走るが、誰も聞いていなかった。虹七は目の前の乱痴気騒ぎにこめかみを押さえていた。

『第五話:寝るのは奴らだ』

「あは〜ん♪ ケンのエッチッチ〜♪ 」
「ヘイヘイヘイ。ユリーの香りも最高にエッチッチだぜぃ♪」
金髪黒ギャルの白雪小百合が恋人の猿神拳太郎のひざの上で甘い声を出していた。
 二人がいるのは校舎の外に建てられたプレハブ小屋である。そこが雷丸学園の風紀委員会室なのだ。少なくとも恋人と仲むつまじく愛を語る場所ではない。
最近まで三年生の市松水守ひとりだったが、二年生の猿神と白雪、そして転校生の丸尾虹七が新たに風紀委員となったのである。もっとも虹七たちの担任教師であり、風紀委員会の顧問である大槻愛子が強引にいれたのだが。彼らの不平不満は黙殺されている。
「白雪さん、風紀委員室でみだらな行為はやめていただけませんか?」
 市松人形のような先輩市松は潔癖症な人間だ。男女が仲良くするのは問題ないが、肌を必要以上に絡ませるのは許せなかった。先ほどから市松の頬はぴくぴくと痙攣している。怒りがいつ大爆発するかわかったものではない。煎餅を小刻みに噛み砕いている姿は怖い。
「ヘイ! 先輩こいつはみだらじゃないぜ。俺様たちはマジで愛し合っているんだ。いわば日常生活の一部なのさ」
「そーなのよん、先輩も一緒に愛さない? ケンのひざの上は最高よん♪」
「そうですね。あなた方二人を一緒に縛って差し上げましょう。二度と解けないようきっちりとね。そして芋虫のように床下に転がしてあげましょ」
 市松の目は据わっている。煎餅を力いっぱい噛み砕いた。怒りという名の空気で膨らんだ風船だ。何かの刺激で破裂しかねない状態である。ちなみに我らの主人公丸尾虹七は部屋の隅でパイプ椅子に座り番茶をすすって、傍観していた。
「おう、みんなそろったな」
 風紀委員室に一人の女性が入ってきた。顧問の大槻である。モデルのような美人で白衣を着ている。伝法な口調で気風のいい女性だ。
「ヘイ! 教授。俺様たちを風紀委員にしたのはいいが、俺様たちに何をやらせたいのかね?」
 猿神が開口一番に口をした。虹七はともかく、猿神、白雪はある意味問題児だ。とてもじゃないが風紀委員にふさわしいとは思えない。自分たちが風紀委員会に入ることには同意したが、彼女の本心を改めて確かめたいといったところだ。
「そうそう、はっきりいえばあたいらは問題児だよ。お勉強が大好きな人間には天敵なんだよ。逆に風紀が乱れるって」
 白雪は身も蓋もない発言をする。一応自分たちが問題児だと自覚しているようだ。大槻はそれにかまわず話を続けた。
「問題児だからこそいいのさ。私たちの敵は生徒会執行委員だ。副会長、乙戸帝治が少年院に入っていた時に奴を慕って集まったんだ。どいつもこいつも武闘派で腕っ節は強い。執行委員の名の下、生徒たちを暴力で支配しているんだ。その暴力からお前ら風紀委員が生徒を守るんだよ」
 大槻は乙戸の過去を調べているのだろう。そして執行委員たちは少年院を出ていることも知っている。
 暴力を暴力で解決する。突っ込み満載な発言だが大槻はまったく気にしていない。猿神ですら目が丸くなっている。
「ヘイヘイヘイ! 風紀委員が執行委員から生徒を守る、それはいいんだが、なぜ今なんだ? それ以前に俺様は執行委員に目をつけられていた。まあ、あいつらなんか屁でもないがね。それとも乙戸が停学になったことに関係があるんじゃないか? 」
 猿神の目が鋭くなった。
「もしかしてそいつはコウちゃんと関わりがあるんじゃないのか。朝礼で生徒会長はコウちゃんに対して怒りを露にしていた。もしかすると乙戸は停学ではなく、停学にしたほうが都合がよかったのでは? たとえば乙戸を病院送りにしたとか」
 猿神の予想に大槻は満足そうに笑った。乙戸の病院送りを肯定したものだ。白雪はそんなことは露知らず、目が丸くして恋人を見ていた。
「乙戸帝治を病院送りにしたですって? それは本当でございますか? 」
 市松が虹七に詰め寄った。見た目は平凡な男子生徒が乙戸を倒したとは思えない。
「本当のことよ。だって私が見ていたから」
 大槻が答えた。
「さらに執行委員四名も倒した。相当な凄腕よ」
 大槻は当時のことを暴露した。それを聞いた三人は複雑な心境で虹七を見た。
「ヘイヘイヘイ! マジで乙戸と執行委員たちを倒したのかい? 執行委員はともかく、乙戸は空手の達人だ、あいつの拳は鉄のように硬く、走行中の軽自動車のエンジンを素手でぶち抜く実力者なのだぜ」
 実際、乙戸の両手首は鉄で出来た義手である。しかしいくら義手でも走行中の軽自動車のエンジンはぶち抜けない。乙戸自身相当な実力を持っているのだろう。
「あいつは人前で転校生たちを執行委員と一緒に袋叩きにするから小物に見える。だが、実際は相当強い。前に他校の生徒が二十人ほど殴りこみをかけてきた。鉄パイプやナイフなどを持ってな。ところが乙戸はひとり一発で相手のあごを打ち抜き、気絶させた。あっという間に二十人を地べたに這わせた」
 大槻が補足した。一人で二十人、しかも凶器を持っていたのだ。どれだけ強いのだろうか。虹七が彼に勝てたのもぎりぎりの勝利であったことを虹七は思い返していた。
「今まで八人の執行委員がサボリの名を借りた休養から復帰する。あいつらは生徒会の名を借りて生徒たちを恫喝して回るだろう。これ以上あいつらの好きにさせるわけにはいかない。今日から校内の巡回を頼むぞ」
 こうして大槻は話を切り上げた。虹七は彼女の顔を見るが、その真意は計り知れなかった。



 雷丸学園の放課後は静かなものだ。進学校とはいえある程度部活はあるが、あまりそっちに力は入れていないのである。部活をするくらいなら受験勉強に力を注げ、テストの点数だけがすべてという教育方針のせいであろう。はっきりいえば全校生徒のほとんどは顔が青白く、生気が抜けていた。全員視力が落ちたのか、眼鏡をかけており、単語帳や参考書を読みながら廊下を歩いていた。
 こうしてみると猿神や白雪の服装は異質に見えるが、校則違反ではない。生徒の良識を信用し、最低限の規則があるのみだ。
「でもわたくしが入学した頃はこの学園は荒れておりました」
 市松がいった。ちなみに大槻は職員会議があるそうで、風紀委員四名で校内を練り歩いていた。
 彼女曰く、雷丸学園は自由が一人歩きし、進学校なのにド派手な服装をするものや、煙草や酒など堂々を教室で吸ったり飲んだりしていた。ラジカセを持ち込み、大音量でかけていた。教師への暴行は日常茶飯事で、彼らは自由だからといって大人の話など無視していた。
 校舎のガラスはほとんど割られており、新調してもすぐに面白半分で割られた。校舎の壁という壁はカラースプレーで落書きされ、神聖な学び舎とは思えない風貌と化していた。
入学希望者は年々減り続け、不良の投げ込み寺になりかけていたのである。
 そこに現れたのが現在の生徒会長、満月陽氷である。彼は同じく転校してきた乙戸と一緒に学園の不良たちを一掃した。全校で持ち物検査を行い、学校に関係ないものは校則に反しない限り捨てた。煙草や酒が見つかっても退学にはしなかったが、自分のものを奪われた不良たちは二人を闇討ちしようとした。しかしそいつらは満月と乙戸によってボコボコにされた。
 当時はしなびた瓜のような顔をした生徒会長を追い出し、満月が会長の座についた。そして彼は学園を支配したのである。乙戸と彼を慕ってきた男子生徒が執行委員となり、不良たちを暴力で叩きのめした。教室を出ようとしたものは執行委員の暴力をくらい、教室へ戻された。もちろん問題のある教師もいる。内申書を盾に女子生徒に関係を迫るものがいるが、生徒会はその教師をクビにしたのである。
 生徒会なのに暴力を行うのは問題ではないか? しかし不思議にマスコミは雷丸学園を問題視しなかった。生徒会はマスコミすら押さえつけ、文部省ですら彼らには逆らえないでいたのだ。
 ちなみに市松水守は風紀委員だったが、当時の風紀委員会は名ばかりで坊ちゃん刈りの黒縁眼鏡をかけた優等生だったので、学園の不良には手足も出なかった。はっきりいえば生徒会がいなくても崩壊状態であった。市松が三年生になるまで風紀委員会は彼女一人という有様だったのである。
 不良たちは一掃された。部活動もなんの成果もあげない部は廃部にされた。そして授業には有名な学者などが講師としてやってきた。美術でも有名な芸術家が彫刻や絵画を教えたし、情報処理ではこれまた有名なIT企業の社長が自らパソコンを前に生徒に教えた。さらに体育では有名体育大学のコーチが指導してくれるのだ。もちろん一回限りではなく、月に一度程度だがそれでも他校にはありえないことだ。
 世の中はミーハーな人種が多い。雷丸学園に入学すれば有名人が講師に来てくれると知った途端入学希望者が増えたのである。もちろん校舎は補修されたのはいうまでもなかった。校舎の壁がピカピカのペンキ塗りたてのように新鮮に感じたのはそのせいだ。
「話を聞けば生徒会、満月くんのおかげで雷丸学園は救われたんだよね。それなのに猿神くんたちが反発するのはどうかと思うな。まるで天邪鬼だ」
 虹七がいった。確かに不良学校になりかけた雷丸学園を救ったのだ。それに反発する猿神や市松はへそ曲がりと思われても仕方がない。
「それがここ数ヶ月で生徒会は変わってしまったのです」
 市松曰く、生徒会はあくまで学園の平和を守っていた。不良はいなくなった。部活動もそれなりににぎわっている。ところが三ヶ月前にひとりの転校生が来て以来変わったという。転校生の名前は山田太郎だという。ありそうで珍しい名前である。
 乙戸は執行委員とともに生徒たちの目前で転校生を袋叩きにしたのである。今までは乙戸がひとりで複数の相手をしていたのだが、転校生に限り彼を集団で袋叩きにしたのである。
 もっとも執行委員が五人ほど怪我で入院したという。何が起きたかはわからないが、転校生の仕業と思われた。これは市松の勘である。執行委員はひとりひとりが伊達ではない。乙戸の実力が桁外れなので目立たないだけで、彼らひとりでも学園で番を張れる実力があるという。
 転校生狩りは続いた。そして生徒会は部活道を縮小させたのである。部費を減らし始めたのだ。もちろん各部の部長たちは抗議した。しかし生徒会長は逆らえば部費削減どころか廃部にしてやると脅迫した。野球部やサッカー部は泣く泣く承諾したが、ボクシング部は猿神が徹底的に反発したため廃部にされた。そのせいで猿神はボクシング部部員に恨まれているそうだ。
「なぜ生徒会が転校生を嫌うかわかりません。ですが乙戸をはじめとする生徒会役員は転校生を嫌っておりました。そして生徒会のやり方に反発したものも粛清されました。そこの白雪さんのように」
 市松が白雪に目をやった。白雪は下にうつむいた。しかし市松は特に説明はしなかった。恐らく白雪自身が話すべきだと判断したのだろう。個人の秘密を他人が暴露するわけには行かないからだ。
 「そういえばいままで来た転校生で……」
 虹七がいおうとしたが、彼らの目の前に八人の男子生徒が立ちはだかった。どれも進学校には似つかわしくない不良と呼ぶにふさわしい体格と空気を漂わせていた。
「生徒会執行委員……」
 市松がつぶやいた。虹七が乙戸と一緒に倒した執行委員たちとは別であった。おそらく前任のスペクターによって入院させられた執行委員たちなのだろう。
「俺たちは生徒会執行委員だ。風紀委員長の市松水守さん、後ろの三人は誰ですか?」
 執行委員のひとりが話しかけた。禿頭でまぶたは岩のように硬く、肌は黒人男性のように焼けており、唇が厚い。体格はアメリカのプロレスラーのように大きかった。嫌味っぽく、市松に絡んできた。
「彼らは新しく入った風紀委員ですわ。今は校内を巡回しているところですわ」
「はっはっは!! 風紀委員だって? しかも形骸化した風紀委員会に入る馬鹿がいたとは驚きだ! はっはっは!!」
 禿頭は腹を抱えて笑っている。釣られて他の執行委員も笑い出した。
「しかも転校生まで加えているとは、そんなに話題がほしいのか? もう惨めで哀れで笑いが止まらないよ。あっはっは!! 」
 執行委員たちは笑い続けた。そしてぴたりと止めると虹七に敵意をむき出しにした。
「乙戸さんは停学中だが執行委員に休みはない。転校生、俺たちはお前が大嫌いだ。だから今すぐ全裸になれ。そして俺たちにボコボコにさせろ、いいな」
「ヘイヘイヘイ! あまりにふざけすぎて笑えない冗談だぜ!!」
「そうよそうよ! 」
 あまりに理不尽な要求に猿神と白雪は大声を上げた。
「大猿と黒人に用はないんだ。用があるのは転校生だけなんだよ。おい、今すぐ服を脱げよ。素っ裸にして、みんなが見ている前でボコってやるからさぁ」
 禿頭はにやりと笑った。悪意をむき出しにした笑いである。虹七は執行委員たちの前に出る。
「ボクだけに用があるなら好都合だ。だけどボクは素直に言うことを聞くいい子ちゃんじゃないんだ。さらば!!」
 そういうと虹七はくるりと背を向けて逃げた。廊下を走っているのに足音ひとつ立てていないのだ。
「ちくしょう、転校生め逃げやがった! 追いかけて徹底的にボコって、衆人の目の前に晒してやるぞ!」
 禿頭が叫ぶと執行委員たちは猿神たちを無視して虹七の後を追いかけた。周りには生徒が残っていたが彼らはすぐに知らん顔になった。係わり合いは勘弁といったところだ。後に残るのは猿神たちだけであった。



 虹七は校舎裏に逃げてきた。都会の喧騒から取り外されたように静かで、日の当たらない、暗くじめじめしたところで、ここに近寄る生徒は皆無であった。反対に不良が好んで近寄る場所であった。虹七は息ひとつ切らさず平然としたものである。
(この学園はなんなのだろうか。花戸さんはボクに何をさせたいのだろうか? )
 漠然とした命令しか書かれていない指令書。最初は上司である花戸利雄に質問しようと思った。しかし虹七は花戸を信頼している。何も書かれていないのは花戸に何か考えがあるからだと信じているからだ。
 今までもそうだった。
 アメリカの日本人大使館でも事前に花戸から大使館の見取り図を見せてもらい、占領したテロリストの人数や装備品、そして緻密な対処方法をもらい、それを実行した。中国での日本人技師誘拐も、イワノフ博士救出も同じであった。念密なマニュアルを記憶し、あらゆる危機にも対処できるように教育されている。
 しかし雷丸学園は違う。いったい何をすればいいのかわからない。乙戸の話からただの生徒会ではないことはわかったが、実際彼らをどうすればいいのかわからない。乙戸を殺さなかったのは花戸の教育だ。なるべく人を殺さないように訓練されていたからだ。
 さらに協力者の大槻愛子だ。今までも協力者はいたがきちんと花戸から教えてもらっている。なのに指令書には大槻の名前がなかった。
 一人でやれるなら一人でやれる。協力者と一緒にやれと言われればその通りにやる。虹七は人に言われてやるタイプだ。自主性がなく、一応スペクターのマニュアル通りに動いているに過ぎない。
 だからこそ大槻の行動がまったく読めず、虹七は彼女に振り回され、少々不機嫌になっていた。もちろん表面には出さない。そうやって教育されたから。
 気になるならなぜ花戸に聞かないのか。虹七にはできない相談だ。彼は怖いのだ。花戸のいうことに疑問を持ち、質問することが恐ろしいのである。そもそも今までの任務で花戸に質問をしたことがなかったから、質問の仕方がわからず、その先を想像することが出来ないのである。
 テロリストの持つアサルトライフルやグレネードランチャー、ブービートラップなど怖くはないが、花戸に疑問を持つことが怖いのである。それに比べれば自分を傷つけようとする執行委員など物の数ではない。
「よう、ここにいたのかね、転校生くん」
 いつの間にか禿頭を中心に八人の生徒会執行委員たちが校舎裏に集まっていた。彼らは全員息を切らしていない。そして表情も下品なものから、獲物を狙う狩人の表情に変わっていた。
「しかしお前は馬鹿だな。生徒の目の前でボコボコにされたほうが幸せだったぜ。もっともお前を逃がした時点で覚悟は決めている。お前ら転校生の仲間が公衆の面前でリンチにしてもこちらにも被害があったからな。俺たちはお前を殺す気でかかるぜ」
 禿頭を始めとした執行委員たちはポケットから三角定規を取り出した。
「こいつはお前が使う特製三角定規だ。お前を殺すのに使わせてもらう。乙戸さんを倒したお前を一対一の正々堂々と戦うわけにはいかないんでな」
 虹七もポケットから三角定規を取り出し、構える。
「俺の名前は東郷だ。乙戸さんに代わり執行委員を仕切るものだ。死ね!」
 禿頭こと、東郷が声をかけると執行委員たちは一斉に虹七に飛び掛った。全員足音を立てずに虹七を取り囲む。彼らはプロの訓練を受けている。虹七は気持ちを引き締めた。
「ヘイヘイヘイ!! 一対八は卑怯だぜ」
 大声がした。声の主は猿神であった。彼は虹七を追いかけてきたのだ。だが今の状況は不運としか言いようがない。なぜなら執行委員たちはいじめではなく、殺しを行う最中だったからだ。
「猿神。転校生と関わった不幸を神に呪うがいい」
 東郷があごで指示すると四人が猿神に襲いかかった。猿神の正面から一人が虎のように突進し、左右に二人が挟み撃ちにし、さらにもう一人は校舎の壁を蹴り、上空から鷹のように飛んできたのだ。
「南無三!! 」
 四人が同時に声を発した。猿神の運命はもう風前の灯か!?
 虹七は執行委員を相手にしているので、助けには行けない。横目で見ていても東郷の攻撃を受け止めていた。
「ヘイヘイヘイ!! 」
 猿神が叫ぶと、まず正面の敵をかわした。
 そしてそいつの腹部に槍を突き刺すような右ストレートをお見舞いする。その瞬間、そいつはトラックに衝突したように吹き飛んだ。
 左右を挟んだ執行委員は吹き飛んだ仲間を無視して、猿神を同時に攻撃する。
 しかし、彼らの目前で猿神が消えた。
猿神は瞬時で腰を落とし、瞬時に突破する。
 上空には執行委員が鷹のように襲ってくる。
 だが猿神はさらに腰を落とし、一気に大地を蹴り上げ、上空の敵のあごにアッパーカットを食らわせた。
 執行委員の身体は空中で一回転して、地面に叩きつけられる。
 挟み撃ちをしようとした執行委員は一瞬虚を突かれた。そこへ猿神は身体を回転し、瞬時に惚けている敵の腹部に左ジャブを食らわせた。
 まるで突風が来たように二人とも吹き飛んだ。
 あっという間の出来事であった。
「遺影を持って、イエーイ」
 猿神は右腕を伸ばし、ピースサインをした。
 さすがの東郷も猿神の暴挙が信じられなかった。虹七はその隙を突き、執行委員三人のあごに突きを入れた。一瞬のうちに脳を揺らされ気絶した。
 東郷はさすがに乙戸の代理だけあってあごを守り、右手で三角定規を構える。そして三角定規を虹七にブーメランのように投げつけた。そして左手でポケットから鉛筆を取り出す。スペクター用の暗殺鉛筆だ。普通に鉛筆として使えるが、特製の鉛筆削りでなければ削れない特性黒鉛でダイヤモンド並みの硬さを誇る凶器だ。
 東郷は虹七が三角定規に気を取られている隙に、鉛筆で虹七を突き刺そうとした。しかし虹七は東郷の左腕をつかみ、柔道の一本背負いのように投げ飛ばした。東郷は地べたにたたきつけられ、つぶれた蛙のような声を上げた。



「あれ〜、もう終わっちゃったの〜。すっご〜い」
 白雪たちがおっとり刀でやってきた。校舎裏には八人の執行委員たちが地べたで大の字に転がっている。
「なかなかやりますわね。この人たちは乙戸帝治に勝るとも劣らない実力を持っていましたのよ」
 市松もあまりの惨状に目を見張った。風紀委員とはいえ、執行委員たちを暴力で屈服させたことに罪悪感があるようだ。
「俺様とコウちゃん、半分ずつでやったんだぜ。ユリー、ごほうびにチューしてよ、チュー」
 猿神は誇らしげに白雪を抱き寄せた。しかし虹七はそうはいかなかった。猿神の実力に驚いたために、自分の力を見せ付けてしまったのだ。もうごまかしはきかない。彼らにどう説明すればいいか頭が痛かった。
「くっ、くくくっ!! 」
 地面に芋虫のように転がった東郷が不気味な笑みを浮かべていた。
「転校生、お前は不幸だ。俺たちに袋叩きに遭い、病院送りにされたほうが幸福だった。乙戸さんは生徒会で一番優しい人なんだ。お前らスペクターを暴力で再起不能にすることはあの人の慈悲なんだよ。俺たちの行為なんかいわばボランティアみたいなものだ。お前は地獄を見る。生徒会長は鬼だ、閻魔大王だ。お前は神を呪うだろう、自分を生んだ母親をなぜ生んだと罵倒するだろう。俺はお前に同情するぜ、お前が待ち受けるのは八大地獄よりもさらに恐ろしくおぞましい世界が待ち受けているのだからな!! 」
「ヘイ! よくもまあ、口が回るものだねぇ。そういうお前らは生徒会にこめつきバッタみたいに従う人種じゃないの」
「猿神ぃ、俺たちはなぁ、もともと乙戸さんの漢気に惚れたんだ。あの人は強い人だ、不自由な手などものともしない、世間の逆風に立ち向かえる人だ。そんなあの人が生徒会長に忠誠を誓った。なら俺たちもそれに従うってもんだ」
「それで生徒会の名を借りて暴力を振るうわけね。まったくあんたらって最低だよね」
 白雪が皮肉るが東郷は笑ったままだ。
「確かに生徒会長は恐ろしいさ。だがな、それ以上に忠誠を誓いたくなる魅力がある。あの人に従っていれば俺たちに怖いものはない。逆に見捨てられることが一番怖い。お前らにはいるのか? この人についていきたいって人間が。俺たちは乙戸さんや生徒会長のためなら命をかけられる。操り人形になってもかまわない。転校生、お前と同じだ。お前は上司の命令を忠実に聞く、犬だ。いや、思い通りに動くラジコンカーだ。自分の意思なんかありはしない。ただの生き人形だ」
 東郷は侮蔑の笑みを浮かべ気絶した。虹七は口を利かなかった。東郷の言葉は的を獲ていたからだ。自分は花戸の命令を受けて動く人形ではないか。花戸と松金紅子は優しい人だ。しかしそれは演技ではないか、自分のやる気を起こすためだけのことではないか。
 虹七が花戸に質問できないのはそのためだ。人形である自分が彼らに逆らえばどんな目に遭わされるかわかったものではない。虹七はただ言われるままに行動していればいい、人形が余計なことをいう必要はない。スペクターの訓練で受けたマニュアルで行動できるが、それ以外の行動は怖くて出来ない。
 自分が今風紀委員会に入っているのは顧問の大槻に脅迫されているからだ。そう自分に言い聞かせていた。
 そこに市松が虹七の左手をつかんだ。
「あなたは人間です。意思を持つ、人間ですわ」
 市松の手は紅葉のように小さいがとても暖かく、力強さを感じた。彼女の身体は小さいが母親のように自分を包み込んだ。そんな気がしたのである。

『第六話:丸尾虹七危機一発』

 雷丸学園二年生の丸尾虹七は奇妙なものを見た。
 それはある部屋で生徒たちが長蛇の列を作っていたのだ。部屋のプレートを見ると生徒会室と書かれてあった。それにしても生徒たちは何のために並んでいるのだろうか。
「あいつらは全員部活の部長たちだよ」
 虹七の疑問に答えたのは同級生の白雪小百合であった。典型的な黒ギャルである。彼女には猿神拳太郎という恋人がいるが、今日は休みだ。今日は父親の命日で一周忌のために休んでいる。
「あいつらは会計から部費を通告されるのさ。うちは進学校でも部活動は細々とやってるしね。一応部費を多くもらいたいのは仕方のないことだね」
 虹七はふぅんと他人事みたいである。実際他人事なのだが、虹七は学校生活が初めてな故に部活動など常人とくらべて知識が低いのだ。情報としては頭に入ってはいるが、経験がないのである。
「でも会計がわざわざ生徒一人と話しているんだ。珍しいね」
 虹七は並んでいる生徒たちを眺めていた。この学園の生徒らしくどことなくしなびた野菜を連想するが、並んでいる彼らはさらに神経をすり減らしているように見えた。生徒会のご機嫌次第で自分たちの部活動に支障が出ることを恐れているのだろう。予算が気になって胃が痛くなるのはどこも一緒である。
 スポーツ狩りの男子生徒もいれば、小太りで黒縁眼鏡の女子生徒などがいる。人さまざまだ。
「まあね。去年は書記の円谷がやっていたけど、今年は会計の鮫泥姉妹が担当しているよ。ただししゃべるのは姉の可南夏だけで妹の美土里はしゃべらないけどね」
「二人を知っているの?」
「知っているというか、一種の名物だからね。妹は無口だけど姉より運動神経がいいんだわ。小柄だけど体育じゃスーパーガールっぷりを披露しているよ」
「すごいね」
「コウちゃんてさぁ、本当にスパイなわけ。この学園のことぜんぜん知らないみたいだしさ」
 白雪が皮肉を言った。彼女は昨日虹七の正体を担任教師の大槻愛子から説明を受けている。執行委員たちを倒した後虹七たちは風紀委員室に連れて行かれた。すべて話したわけではなく、虹七がスパイであり、雷丸学園の謎を探るために転校してきたと所々端折って伝えた。
 猿神はかりんとうを食べながらなるほどなと納得した。猿神の父親は警視庁の特殊部隊SATの指揮官だったという。もっともそれを知ったのは父親が死んで葬式に出席した同僚から聞くまで、父親がSATに所属していたことに気づかなかったという。隊員は入隊すると秘密保持が義務付けられ、部隊で見たり聞いたりしたことは例え家族でも口外しないよう訓練されている。
 もっとも猿神は、SATはともかく、父親が特殊な職業についていたことは気づいていた。父親の部屋からケブラー素材で作られた服を見つけた。それで虹七のケブラー素材で作られた学生服に気づいたのである。
 無論虹七が内閣隠密防衛室所属の諜報員スペクターであることは気づいていない。猿神は必要以上に聞きだすつもりはなく、自分たちが協力できる範囲内なら聞きたいというところだ。わざわざやぶをつついて蛇を出す真似はしないつもりだろう。そして今日が父親の命日というわけだ。
 大槻の妹である市松はある程度知っていたらしい。彼女の父親は警視総監で大槻の夫は警視というキャリアだという。内防のことを知っていてもおかしくない家庭環境だったのである。
「そうなんだよね。ボクはこの学園に転校しろとしか指令を受けていないんだ。もっともこの学園の秘密が少しだけわかりかけているよ」
「そうなんだ。でもそれはあたいとかに打ち明けて大丈夫なわけ?」
「大丈夫だと思う。一応大槻先生が許可したからね。今わかりかけている部分は話しても問題ないって言われたから」
 虹七は自分がなぜここに来たのかは理解していないが、少しずつここの秘密を探っていた。
 まず生徒会副会長の乙戸帝治だ。彼の持つ義手はそこらの病院で手に入る代物ではない。さらに緻密な義手は定期的にメンテナンスが必要だ。一介の、少年院帰りの乙戸が維持費を払えるわけがない。坂田大学病院は生徒会のスポンサーの一人と思われる。あとは文部省やマスコミを抑える力を持っていると思う。でなければ学園を暴力で支配してマスコミが騒がないわけがない。
 あと坂田大学病院では卒業間近の医学生をセッル国へ送るという。そこで彼らは半年以上患者を診てきたので相当な腕を持つようになったという。それに大学側は大もうけしたという。
 大もうけ。おそらく乙戸に使った義手を使ったものだと思う。セッル国民に四肢を損失した人間はいるだろう。そんな彼らに節電義手などを取り付けたりするのだろう。その実験結果を重ねることで人工四肢の技術を向上させたのだ。さらに新薬を投与した患者の経過を報告するだけで金がもらえるのだ。病院が儲かるといえばこれだろう。もっとも証拠があるわけではない。だが松金紅子に訊けば答えてくれるだろう。しかし質問以上のことは答えてくれないのが難点だ。まるでわざと情報を制限している。虹七の勘である。それなのに突っ込んだ質問を出来ないのは虹七の性格のためだろう。テロリスト相手に英語やロシア語、各種の外国語をしゃべり、交渉したりすることはできても、上司の花戸利雄に質問できないのである。
「さぁて、さっさと帰ろうね。帰りに一緒にアイスを食べよう。女に人気がある有名店だけどあたいがいれば問題なし」
 そういって白雪は虹七の右手をつかみ、引っ張った。
「ケンがそこのアイスのファンでさぁ。あたいの分をおごってやるっていうから食べたんだけど、これがもう病みつきなわけよ。コウちゃんも病み付きになると思うから覚悟しなよ」
 虹七は乾いた笑みを浮かべた。校舎を出ると一瞬目が眩んだ。世界は夕焼けの色に染まっていた。しかし虹七の心はいまだトンネルの中の闇で、いつ出口にたどり着けるかわからないのであった。 



 異変は次の朝に起きた。虹七がいつも通りに登校し、玄関で靴を履き替えていると、後ろから叫び声がした。
「危ない!!」
 虹七はきょとんとした瞬間腰から何か強い力に引っ張られる感覚があった。例えるなら足に縄をくくりつけて崖から飛び降りるスポーツのようなものである。
 次にガラスの割れる音がした。ガラスは地吹雪のように玄関に飛び散った。朝の登校時のため近くには生徒が複数いたのだが、奇跡的に生徒たちに怪我はなかった。
 ガラスを割ったのはスポーツ刈りの男子生徒だ。サッカー部の部員で朝の練習をしていたのだがサッカーボールを玄関めがけて蹴り飛ばしたのである。部員は教師にこってりしぼられるはめになった。
「怪我はなかったですか?」
 虹七を助けたのは一年先輩であり、風紀委員長の市松水守であった。彼女は腰に巻いた縄で虹七をまきつけた。小柄な彼女が自分より体格が大きい虹七をいとも簡単に引っ張ったのだ。火事場の馬鹿力といったところか。
「ありがとうございます、先輩。おかげで助かりました」
「気をつけてくださいね。さっきサッカーボールがそちらに飛んでくるのを見たのものですから。ところであなたは気づかなかったのですか?」
 虹七は首を横に振った。虹七は相手の殺気や殺意には敏感だが、さきほどの事故にはそれを感じなかったのである。
「そうですか。でも今度から気をつけるように。それと……」
「それと?」
 周りの生徒たちが虹七と市松を見て笑いをかみ殺している。はてな、なぜ笑われているのだろうと思いきや、虹七は市松の上に乗っているからである。それもお姫様抱っこという形で。虹七が市松に抱っこされているように見えるのである。
「早く降りないと縛って蓑虫のように吊るしますよ?」
 これが朝の事件であった。しかし事件はこれで終わりではなかった。ここからが始まりだったのである。



 虹七が休み時間に一階を歩いていると、階段のふちの上に置いてあった植木鉢が虹七の頭部目掛けて落ちてきたのだ。そのとき猿神と一緒に歩いており、猿神が気づいて突き飛ばしてくれたおかげで当たらずに済んだ。
犯人は小太りの黒縁眼鏡をかけた女子生徒で友達とバレーボールを投げて遊んでいたが、狙いがはずれ植木鉢にぶつかり落ちてしまったそうだ。女子生徒は謝ったがどうにも誠意が足りない態度であった。下手をすれば虹七の命が危なかったのに、女子生徒はにやにや笑って、大事がなくてよかったねと悪びれることなく言ったのである。
 さらに別の休み時間でも廊下で脚立を立てて電灯を取り替えているところを虹七が横切ろうとしたら、男子生徒がいきなり走り出して脚立に体当たりした。そしてバランスを崩した脚立は虹七目掛けて倒れてきたのだが、事前に白雪が虹七の制服の襟を引っ張ったおかげで、脚立にぶつからずにすんだ。
 逆に脚立で作業していた生徒は廊下に叩きつけられ大怪我をした。脚立に体当たりをした男子生徒は怪我をした生徒には優しく介抱したが、虹七に対してにらみつけていたのを白雪も見ていたのである。
「いったいこれはどういうことかな?」
 虹七は理解できなかった。朝から自分の身が危うくなる事故が勃発しているのに、虹七は市松や猿神に助けてもらってばかりいるのだ。事故を起こしかけた生徒たちは虹七に対して薄ら笑みを浮かべるか、露骨に表情を悪くして謝罪するばかりであった。さらに教師たちも事故ならしょうがないねぇと当事者たちを処罰しようとせず、そんなところにいたお前が悪いんだと虹七を非難する口調で言った。
「どういうことでしょうか」
 市松が言った。ここは風紀委員室、放課後になったので風紀委員は全員ここに集まったのである。
 学園の生徒たちが一斉に虹七に対して攻撃を仕掛けてきたのである。しかし、虹七はまったく反応していなかった。これはどういうわけだろうか。
「ボクは殺気や殺意、危険予知は得意なんだ。でも今回はまったくそれが働いていないんだ」
 虹七は頭を抱えていた。こんなことは初めてであった。
「……そういえば脚立に体当たりをした男子生徒、昨日生徒会室の前に立っていたやつだった。バトミントン部所属の部長だったわ」
 白雪が言った。
「ほかに誰が問題を起こしたかわかる?」
 白雪が訊ねたので虹七は一人一人丁寧に生徒たちの名前を答えた。
「それって昨日生徒会室の前に立っていた人じゃない。あたいは全員覚えているよ」
 虹七は目を丸くした。
「ユリーは一度見た人間の顔は忘れないんだよ。名前も一度聞いたら絶対忘れないスーパーガールなのさ」
 猿神は自分の恋人を自慢げに語っていた。虹七も瞬間記憶力を会得しているが、なぜか気づかなかった。なぜだろうと虹七が悩んでいると市松が横から口を挟んだ。
「丸尾さん。あなたは今までどんな仕事をしていたのですか? 具体的に話す必要はありません。さわりの部分だけ教えてくれればよいのです」
 虹七は自分が今まで行った任務を教えた。もちろん機密の部分は伏せている。ある程度話を聞くと、猿神と白雪は「ヘイ!すごいじゃんよ」とか「ハイパー高校生だね」と絶賛していたが、市松はなるほどとうなづいた。
「おそらく丸尾くんは極端な危険状態でないと自分の能力を活用できないのでしょう。もともとそちらの世界が丸尾くんにとって日常だった。だからこそ今の状態は丸尾くんにとって異常な世界、現実にはありえない世界なのですわ」
 それを聞いた虹七は思い当たることがあった。まさか、自分がそんな状態になっていたとは気づかなかった。銃弾と爆弾、硝煙と血の混じった臭い、人を人と思わない人面獣心の輩、それが虹七の職場であった。彼自身はまだ人を殺していないが、運がよかっただけだ。
 今のこの学園での生活が非常識で、非現実なのだ。実を言えばセッル国からアメリカの生理学者イワノフ博士を救出してから一週間、学校に潜入した任務を想定した訓練を受けていた。このときは周りの生徒は大人だし、全員拳銃を所持しており、ブービートラップを仕掛けていたので緊張感は続いていた。
 しかし今は違う。生徒会の副会長、乙戸帝治と戦ったこと以外は緊張感が続かなかった。正直、この任務は緊張感が続かず逆に苛々していた。もちろん不満を表情に出さない。
「おそらく生徒会は催眠術を使って、コウちゃんの周りに殺意のない暗殺者を配置しているかもね」
 白雪の問いに虹七は首をかしげた。いきなり催眠術とはどういう意味だろう。
「いくら生徒会とはいえ事故に見せかけて人を殺せなんて命令できるはずないね。それだったらコウちゃんは何か不自然なものを感じると思うわけよ。催眠術で物を配置させ、それを間接的にコウちゃんに攻撃する。催眠術では人を殺すとか、犯罪を行うとかの命令は受け付けないけど、物を配置させ、その物をボールか何かを当てるくらいなら可能ね。コウちゃんを事故に見せかけて殺そうとしている。恐ろしいことね」
 白雪の言い分はもっともだ。猿神と市松も思うことがあって首を縦に振った。相手の殺意を感じ取るのは得意だが、殺意のない攻撃をかわす訓練はしていなかった。催眠術で自覚のない暗殺者を作る話は聞いたことはあるが、まさか自分がその標的になるとは夢にも思わなかった。あくまで生死を分ける任務地でなら油断はしなかっただろう。
「すると催眠術をかけたのは会計の双子だと思うね。だってコウちゃんの話を聞いていると昨日生徒会室で見た人間と一致しているし」
「鮫泥姉妹が? そういえば彼女らが会計になったとき、三年生のボクシング部の主将が生徒会長を殴ろうとしたら、奇声を上げて走って校内を出て、そのままトラックにはねられて全治三ヶ月の大怪我を負いましたの。その人は生徒会長に殴りかかる前に予算関係で会計二人と話をしておいででしたから」
 市松が話を補完した。それを聞いた猿神は元ボクシング部なので複雑な表情を浮かべた。
「そもそも鮫泥姉妹ってどういう人なの?」
「確か先祖は元男爵の家系だと聞いているわ。でも家柄だけでお金がないのは斜陽貴族にはよくあることですわ。金が欲しい元貴族と、家名が欲しい軍需成金。夫婦仲が冷え切るのは当然ですわ。そのくせ気位は高く、芥みたいな家名を守ろうとしております。あの双子は当主の妾の子で、生まれたときから苦労をなさっているようですわ」
 市松はハンカチを取り出し、目元を拭いた。彼女自身も警視総監の娘ということでいろいろあるだろう。
「二人は生徒会室ではあるお香を焚いているそうです。もしかしたら催眠術のネタはそれにあるかもしれません」



 虹七と市松は生徒会室にやってきた。会計の鮫泥姉妹が本当に催眠術を使っているかどうかを確かめるためだ。あのあと大槻がやってきて、白雪の話を聞いた。そして確証するために調べてこいと命じたのである。
生徒会室の鍵は事前に大槻から合鍵をもらっている。職員は知らない、自分が勝手に合鍵を作ったそうだが聞かなかったことにする。こそ泥の真似をするのは風紀委員長の名を汚すといったが、大槻には聞き入れてもらえず、逆に脅される始末であった。
 生徒会室は風紀委員室のような広さで別に贅沢な品などは置いてなかった。会議用の机とパイプ椅子、ホワイトボートに電気ポットに湯飲みが置かれていた。壁側には本棚が置かれてあり、生徒会の日誌が置かれていた。あとはコピー機にノートパソコンもあった。
 市松はすばやく部屋を見回し、目的のものを見つけた。彼女は以前ここを通ったとき、会計の鮫泥可南夏が生徒に対し早くドアを閉めろと命じたことを覚えていたのだ。
 そのとき、市松は机の上に金色の香炉が置かれていたのを覚えていた。市松はその香炉を見つけた。虹七はさっそく香炉の蓋を外し、中身を調べてみた。そして中身を少し取り出し、すぐポケットに入れる。あとでどんな成分か調べるためだ。
 市松はため息をつくと、ドアノブを回す音がした。生徒会の人間がやってきたのだ。
「うふふ。ごめんねドリーちゃん。仕事を忘れちゃって。終わったらコンビニで高級アイスを買ってあげるからね」
 入ってきたのは二人組の女子生徒であった。会計の鮫泥可南夏と妹の会計監査の美土里であった。二人とも小学生と間違えそうな背丈で、赤毛に三つ編み、そばかすで眼鏡をかけており、背丈に似合わない胸を持っていた。
 ドリーとは美土里の愛称なのだろう。
 可南夏は美土里の手を引っ張り、本棚から書類を取り出し、書き始めた。美土里は始終無口であり、可南夏が口に出して指示をしているのである。時折、美土里は可南夏の左手を握っている。愛しい姉の手を握っていると安心するのだろう。
 さて虹七と市松はどこに隠れたのだろうか。実は二人とも天井に張り付いているのである。市松が腰の縄を使い、天上に雲のように張り付いたのだ。もちろん二人とも隠形に長けており気配は感じさせていない。
 鮫泥姉妹も気づいていないのか書類の作成に没頭していた。
 作業自体はそんなに時間はかからず、ものの五分で終わったようだ。そして後片付けをして美土里を先に部屋へ出ていった。
「そうそう」
 可南夏がドアを閉める前になにやらしゃべりだした。
「香炉の中身を調べても無駄ですよ。その中身はテドロドキシンです。あたしたちは生徒会の名を使って様々な人をここに呼んで、催眠術をかけましたから。スペクターに対して学園中に無自覚の暗殺者を配置しております。殺意と悪意のない敵を相手にしたことがないスペクターにはつらいかもしれませんね。ちなみにドリーちゃんはあたしより勘が鋭いのですよ。あたしはドリーちゃんのお守りではなく、ドリーちゃんがあたしを守ってくれているのです」
 そういって可南夏はドアを閉めた。彼女は最初から二人に気づいていたのである。もっとも気づいたのは妹の美土里らしいが、おそらく手を使って教えたのだろう。時々可南夏の手を握っていたのがその証拠だ。
 テドロドキシン。可南夏が口にした言葉だ。こいつは河豚によく含まれている猛毒である。ハイチにブードゥという宗教があり、罪人に対し、ゾンビパウダーというテドロドキシンを含んだ粉を使い、ゾンビという蛇の精霊にとりつかせるため罪人を一時期仮死状態にし、埋葬された後掘り出して奴隷にするという。
 よく河豚を食べた人間が死んで、後日生き返るという話があるが、テドロドキシンには心臓を止めても、脳は生きているので、蘇生する可能性が高い。もちろん生前と同じというわけにはいかず、脳に影響が出るので身体が不自由になる可能性がある。
 鮫泥姉妹は少量のテドロドキシンを使い、生徒たちに催眠術をかけているのだろう。そして自覚のない殺し屋たちを配置したのである。
「ところで猿神くんや白雪さんはどうでしょうか?」
「さあ、わかりませんわ。ですがあの二人がおとなしく生徒会の命令を聞くとは思えませんわ。ちなみにわたくしはあの二人の目の前に座ったことは一度もありませんけど」
 虹七の質問を市松が答えた。それに対し虹七は頭をひねった。
「だけどおかしいよ。どうしてボクに近い猿神くんたちに催眠術をかけないんだろう。それにほかの生徒たちは猿神くんたちに危害を加えた様子はないし。あくまでボクだけを狙っているんだよね」
「それはそうね。本当に悪質ならわたくしたちに催眠術をかけるのが筋ではないかしら。ただ……」
 市松が口ごもった。
「先ほど鮫泥さんがおっしゃいましたが、あなたは殺意と悪意のない敵を相手にしたことはないのですか?」
 虹七は首を縦に振った。侵入者に対しては死の制裁しかしない人種と、その空気が支配する場所しかいったことがなかったのである。
「敵はあなたのことを知っている。そしてあなたに対して悪意を抱いている……、先ほどの鮫泥さんの言葉にはとげがありましたわ。それに副会長の乙戸はあくまであなたを標的にしていましたし、猿神くんは自ら執行委員に挑んでおりました。つまり生徒会の狙いはあなたひとりということですわ」
「ボクが?」
 虹七は自分で自分を指差した。そういえば生徒会長の満月陽氷も自分に対して敵意をむき出しにしていた。乙戸を倒された恨みと、個人的に何か含むものを感じていた。
 乙戸や彼を取り巻く執行委員たちは自分がスペクターであること、そして自分の今までの行為を知っていた。そして殺意を抱いていた。なぜだろう。自分が雷丸学園に来たのは初めてだし、彼らと出会ったのもここが初めてだ。
 いったいこの学園は、ここの生徒会の正体は何なのか。そして自分はどうしてここに来たのか。それを問いただす勇気はなく、ただ状況という名の川に流される流木であることを感じていた。
 スペクターにあるまじき不安を顔に出していたのだろう。市松は母親のように優しげな笑顔を向けた。
「例え相手があなた一人を狙っていたとしても、わたくしはあなたを守りますわ。そして猿神くんと白雪さん。あの二人は格好や行動はかぶいておりますが、心根はまっすぐな方たちです。一度乗りかかったトロッコにあなた一人を置いて飛び降りたりはいたしませんわ。もちろん、わたくしもです」
 そういって市松は腕を伸ばし、虹七の腰を巻くように抱いた。赤ん坊を抱くとしたらこれくらい優しく抱かれるのかもしれない。もっとも子供が母親に抱きついている感じだ。ほのかな温かさと、甘い香りで虹七の心は安らいでいった。
「なんだかお父さんに抱きついた子供みたいですね」
「……今だけは聴かなかったことにしておきますわ」
 市松の腕に少しだけ力が篭ったが、痛くはなかった。

続く
2011-08-08 15:14:20公開 / 作者:江保場狂壱
■この作品の著作権は江保場狂壱さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
スパイ高校生が活躍する学園アクション物です。長期連載を目指しております。完結を目指しがんばります。

二〇一一年七月六日:いよいよ丸尾虹七が転校してきました。果たして彼がどんな学校生活を送るか、そしてどんな敵が現れるか、乞うご期待です。

二〇一一年七月七日:主要人物と敵対する生徒会の名前を明かしました。生徒会の敵といえば風紀委員会でしょう。お約束ですが王道こそ基本だと思います。

二〇一一年七月十一日:学園外でのバトルです。虹七の実力を発揮させる回です。果たして虹七はどうなるか? 乞うご期待です。

二〇一一年七月十四日:ついに虹七が風紀委員になりました。あと残りの生徒会役員も登場しましたが、まだ彼女らの活躍はまだです。関係ないですが市松が登場するとコメディ色が強くなる気がしますが、読者の皆様にはどう映るのでしょうか。

二〇一一年七月二十七日:ここで虹七の心情を表しました。そして猿神の実力を読者の皆様に理解できるようにした話でもあります。

二〇一一年八月八日:生徒会会計の双子が本格的に活動した話です。白雪は雑学が豊富という設定です。

今回で本作は一区切りします。そろそろ長くなり読みづらくなってますので、七話は別に投稿します。
この作品に対する感想 - 昇順
 ども、初めまして。rathiと申します。読ませて頂きました。

 小言はさておき、読んで率直に思ったのがすげー濃密な描写だなぁ、と。細かく区切った説明だからこそ、重さとスピード感を感じられました。
 ハイパー高校生。テンプレながらやっぱり格好良いなぁ。ただ、前半と後半のギャップは、意見の別れる所だと思います。重さから軽さへのシフトは難しいですね、やっぱり。

 さて、ちょっとした小言です。「〜した」「〜あった」というように、た、で終わる部分が多すぎるような気がします。あと、!や?の後ろは一文字空けた方が良いかと。

 ではでは〜
2011-07-06 15:56:25【☆☆☆☆☆】rathi
rathiさま感想ありがとうございます。描写は自分ではまだ穴が多いと思っていたのですが、やはり第三者の感想を読むと違うようで勉強になります。
主人公がハイパーでも作中でその説明がなされれば問題はないと考えています。何も悩まず、ただなんでも解決する主人公はしらけるだけです。

あとはご指摘を受け入れ、直していきます。次回へご期待ください。
2011-07-06 17:08:58【☆☆☆☆☆】江保場狂壱
変わった味の話ですね。確かに漫画っぽい。
初めはスパイシリアス物かと思いきや、ちょいと懐かしい不良が登場する学園物、そして市松が出てきた辺りからコメディ風になって、うーん、これからの展開が読めないですね〜。

個人的な感じ方かも知れませんが、ところどころ文章にひっかかりがありました。
具体的に申し上げますと特に以下の部分が前後とのつながりなどからうまく入ってこなかったです。

そんな彼らは広い砂漠にひとつの影を見逃していたのだが、気づかないのも無理はなかった。
父親は生物学者で、当時のソビエト連邦は父親にドイツに負けない毒ガスを命じられた
かつて同時多発テロを起こしたアル・カーイダの男は裕福な家庭で育ったからだ。
次の任務地にセッル大使館がことは(←これはタイプミスでしょうか)
屋敷はそのまま遺族が管理しているが、二年前にセッル国が屋敷を買い取り、大使館として使っているようだ。

私の勘違いの部分もあるかも知れず、その時はご容赦ください。

とんでも学園ですが、結構いいやつもいるところがいいですね。色々これからも不思議が出てきそうで楽しみです。
2011-07-08 18:48:44【☆☆☆☆☆】玉里千尋
 玉里千尋さま感想ありがとうございます。

 スパイアクションですが、まじめなものではなく、娯楽物として書いています。最初はシリアスな部分を導入し、少しずつコメディを入れてます。

 玉里さまの指摘を修正しました。確かに読んでておかしいと思いました。ご指摘ありがとうございます。

 登場人物は二話の時点で名前が出ているキャラ以外増やしませんが、生徒会役員の描写はまだなので、こちらにご期待ください。
2011-07-09 08:40:42【☆☆☆☆☆】江保場狂壱
初めまして、鋏屋【ハサミヤ】ともうします。御作読ませて頂きました。
上のお二方も仰っておりますが、確かにとらえ方が微妙なお話しだと感じました。後半で話の流れが軽くなってくるのがその原因でしょうね。コレは好みの問題になるんでしょう。ギャグっぽい味付けからシリアスに変化するのは結構ありますが、逆ってのはなかなか難しそうですね。でもおかしくは無いと思います。
描写も漫画っぽくってスピード感がありました。私はこういう感じのタッチが結構好きですよw
今後の話の展開が見えないので「どうなるの?」って興味をそそりますからw しかしなんかとてつもない学校だなぁ…… 私的にコレ、無理にコメディ入れなくても良いんじゃないかな? とか思ったりしちゃいましたw
次回更新もお待ちしております
2011-07-12 13:55:18【☆☆☆☆☆】鋏屋
鋏屋さま感想ありがとうございます。

私としてはギャグというより、キャラの意外性を表したつもりでした。花戸がエロ同人誌を虹七に読ませるシーンは実は虹七しか読めない指令書につなげる部分でして。
市松水守の場合は背の低さを指摘されたらキレる、ステレオタイプのつもりで書きました。
ギャグも場違いな場所には入れないつもりですが、こればかりはみなさまの感想がないとわからないですね。もっとも不評というよりアドバイスですね。
今後もよろしくお願いいたします。
2011-07-12 14:47:16【☆☆☆☆☆】江保場狂壱
いや、これは完全にコメディでしょう。このチープさに腹の底がモゾモゾとくすぐられます。昔「デスペラード」という映画を見た時の感じとそっくり。……そんなふうに意図してなかったらごめんなさい。
文章はやっぱりところどころひっかかりがあるのですが、前へと読ませる力がありますね。
ところで虹七が受けた指令って、漠然と学園を探れっていうことだけなんでしょうか。
2011-07-12 20:04:08【☆☆☆☆☆】玉里千尋
玉里千尋さま感想ありがとうございます。
「デスペラード」は知らないです。
文章のひっかかりは本人では気づかないことがあるのでどんどん指摘してください。
虹七の受けた指令はまだ明かせないので。では。
2011-07-13 12:40:18【☆☆☆☆☆】江保場狂壱
大槻先生との絡みでは、うっかり乗せられ興奮してしまいました(笑)
猿神も白雪も、ますます食えないキャラになってきましたね。
すべてが漫画的ですが、そこがこの作品の味なのでしょう。
市松はかわいいですね。
指令書の中身はそうなんだろうとは思っておりましたが、虹七は単刀直入に聞いたりしないのかな?
2011-07-23 10:06:19【☆☆☆☆☆】玉里千尋
玉里さま感想ありがとうございます。
大槻との絡みは官能スレスレで規制に反しない程度で書きました。
シリアスなスパイアクションを目指してましたが、こちらはコメディパートのつもりなのですが、全編コメディになっているのかも。
市松は知らず知らずにイジラレキャラになっちゃってるんですよ。不思議です。
本編に関する質問は作品で答えるようにしますので、ご期待ください。では。
2011-07-23 17:14:05【☆☆☆☆☆】江保場狂壱
虹七の心情が分かって満足です! なるほど、そういうことだったのか。 
猿神すごい。ヘイヘイヘイ!の口癖も好きになってきちゃいました〜。
だんだんそれぞれの?人間?が見えてきていい感じですね。
風紀委員会の面々は相変わらず個性的で謎だらけではあるけれど、信頼できるっぽくてホッとします。学園ものに友情はつきものですものね。
2011-07-31 21:11:13【☆☆☆☆☆】玉里千尋
玉里さま感想ありがとうございます。
虹七はハイパー高校生ですが徐々に彼の心情を明かしていきます。
猿神は当初から強い設定でした。ひとりぼっちの虹七の協力者として足を引っ張らない実力が必要でした。
風紀委員会の設定は当初からありました。もっとも個性派になったのは私も予想がつきませんでした。いい人はいい人、いやな人は徹底にいやな人とわかりやすくしております。では。
2011-08-01 18:47:56【☆☆☆☆☆】江保場狂壱
おお、少し謎に切り込んできましたね。
白雪もただものじゃないなあ。
実力を発揮できない主人公を周りの仲間が支えるって構図はテンプレだけど感情移入しやすくていいですね。
推敲ですが、私はいつも投稿前に一度はプリントアウトしてチェックしています。画面で発見できないアラがけっこう見つかりますよ。もしやられていないのであればお勧めします。
2011-08-12 09:15:41【☆☆☆☆☆】玉里千尋
玉里さま毎回感想ありがとうございます。
構図がテンプレでも作り方次第では面白くなると思っています。お約束といいますか、基本を書くことでそこから変化をつけていけると思うのです。
虹七は生徒会と戦うけど、それを仲間が支える構図にしています。そうすれば読者も予測が読めなくなりますし。では。
2011-08-12 15:13:21【☆☆☆☆☆】江保場狂壱
計:0点
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