『イケメンポリス』作者:弘願 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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「俺はイケメンポリスさ」
 ある男が観衆の前で、憤りながら言った。
 当然観衆はなんのことやらとざわめき始め、スポットライトが寂しげに当たっている舞台上に視線をやった。
 舞台上には、太った男が一人肩を震わせながら目を剥いている。酷く不細工な男だ。それに言動だって、全く格好よくないじゃないか、と太った男の周りにいた人々の意見は一致した。
「俺は、栄光ある、時代を担った男! なんだ!」
 遊園地にあるおざなりの、安っぽい舞台の上で何を言うか、と観衆の中に紛れていた健一(けんいち)は呆れた目で見た。
 大体、この時間にショーの予定は無かった。一時間後かに子供向けのショーをやると、それは蛍光色をふんだんに使ったポスターに書かれていた。このウィットに富んだ男の、滑稽な芸は、見ていて吐きそうになるくらい目に入れられないものだ。風采は最悪。イケメンポリスなんてほざくな。お前がイケメンについて何も語るな。健一は散々罵声を浴びせ、まだ喚いている男から離れだした観衆と共にそっと立ち去った。
「俺は! 年収がやばかったんだ! それはもう! 総理大臣くらい!」
 イケメンポリスと名乗った男の周りにはもう誰もいない。枯葉を飛ばしながら寂しく風が吹いた。
「なんで! 俺はなんでこんな溝鼠のような生活をしなきゃ駄目なんだ! くそ! くそぉぉぉぉおおおお!」


 健一はどこにでもいるような、典型的な不良であった。まさに漫画に出てくる不良で、女子にこっそりと「健一君って、まさに不良って感じだよね」と言われている。
 だが健一が不良になったのは高校一年の春からで、俗に言う高校デビューと言うやつだ。中学生時代は陰鬱な雰囲気ばかり周囲に放っており、不良たちに苛められていたのは言うまでも無い。
「おい片倉(かたくら)、ちょっと苺飴買って来いよ」
「ああ、持ってますよ」
「何で持ってんだよ」
「だって、いっつも健一さん苺飴買って来いって言うじゃないですか」
「そうだっけ」
「はいそうですよ」
 そう言って片倉は制服の裏側にあるポケットから苺柄の袋に入ってある、可愛らしい苺飴を取り出した。
「どうぞ」
「おお、お前も気が利くようになったじゃねーか」
 健一は片倉が持っている飴を奪い、袋を取った。手で直に飴本体に触ると、べたついていて、片倉の体温で少し溶けていたのが分かった。少し気持ち悪いと思った健一だったが、そこで気にすると片倉が可哀想なので止めておいた。優しい不良である。
「美味しい」
「良かった」
 片倉はほっと笑みを満面に浮かべ、そろそろと健一から離れた。
「じゃあ行きますね」
「おう。お前の仕事は終わったからな。明日も頼むぜ」
「明日は学校無いですよ」
「ああそうか。じゃあ家に持って来い」
「嫌ですよ。俺、忙しいですもん」
「な、何だよ。つれねぇな」
「俺と遊びたいなら遊びたいって言えばいいじゃないですか」
「遊びたくねぇよ勘違いすんな。俺は不良なんだ。お前みたいな暗根とは違うんだよ」
「それはすみませんでした」
 片倉は馬鹿にしたようにふっと口先だけで笑ったのだが、健一は気付かない。健一は目が悪いのだ。
 中学生時代にゲーム、パソコンばかり一日中やっていたので、視力がゼロ以下なのだ。一メートル離れた人間の顔はのっぺらぼうに見えるほどだ。
 片倉が去った後、健一は口の中にあった飴を舌で必死に転がした。甘いが、スパイシーな味が隠れている。辛い、それは凄く辛い隠し味だ。健一がこれはおかしいと眉を顰めたとき、口中で飴が爆発した。
「んんん!? 何だこれぇええええ! すげぇ辛い!」
 健一が口中で爆ぜた飴を吐き出し、胸ポケットに入れていた鏡で舌を確認すると、舌に「明日遊びに行きます」と舌よりも赤い色で書かれていた。
「あいつ……。なんてイかしたやつなんだ。全く」
 健一がにんまりと厭らしい笑みを浮かべた。漫画を読んで暮らした健一はありがちな行為がとてつもなく好きなのだ。


健一が学校を出て、商店街を歩いているときだった。どこからか聞いたことのある大きな野太い声が聞こえてきた。それはとても耳障りで、騒音おばさんよりも煩い、あの声だ。
「何でりんごただじゃないんだよぉお!」
「何でただにしなきゃならないんだよ。こっちは火の車なんだ」
「今まではただだったじゃないか! 何で急に……」
「もうあんたは家のお得意さんじゃなくなったんだよ。もうあんたは用済みなのさ。ご近所さんも言ってる。あんた、警察辞めてニートになったんだろ? しかもお金は遊びに全部使っちまったって話さ」
「ぐ、ぐ、それは……」
「ほら、帰った帰った。この町にお前さんの居場所はないね。さっさとどっか行ってしまえばいいんだ。もう誰もあんたのことなんか好きじゃないよ。デーブ」
 なんて低レベルの会話なんだ。
 デーブなんて、小学校低学年の喧嘩に用いる、相手を馬鹿にする言葉だ。それを六十を過ぎたふっくらとしたおばあちゃんが使っているのだ。
 りんごをただにしてくれ、だなんて言うデーブも充分に頭がおかしいが、おばあちゃんもそれと張り合えるくらいだ。
「……ふん。お前らなんて、もう知ったこっちゃない。お前らなんて、お前らなんて、もうテロリストにやられちゃえばいいんだ」
「何だってェ〜!? お前さん、自分が何を言っているのか分かっているんだね!?」
「分かってるさ! お前らがテロリストにやられる場面だって、すっごい鮮やかに頭に浮かぶよ!」
「わたしゃ、お前さんがテロリストにやられる場面がありありと浮かぶよ!」
「何ィ〜!?」
「何じゃとォ〜!?」
 八百屋の前でおでこをくっ付き合わせて、口を目一杯開く二人に、とうとう健一は呆れ果てた。そして、二人に向かって歩き出す。
「ちょっと」
 健一が二人のおでこを掴み引き離すと、二人は唾を飛ばしながらこちらを向いたので、健一が二人の口中に向かって唾を吐いた。
「二人とも、止めろよ。こんなところで。恥ずかしくないのかよ、いい大人が」
「なんだい、ちみは。俺はね、今、さいっこうに怒っているのだよ」
「わたしゃの台詞だよ! それは!」
「何ィ!? この野菜臭いばばァ!」
「そっちだってデブの臭いがプンプンするね! デーブ!」
「俺はデブ臭なんてしない! 俺はフローラルな香りがするんだ! 尻の穴からもな! お前みたいにアボガド臭はしない!」
「なんじゃってェ〜!? お前さん、自分の尻の穴の臭いを嗅いだことがあるのかい! どうやって嗅ぐんだい!」
「こうやってさ!」
 デーブはズボンを脱ぎ、そしておばあちゃんの顔に尻を持っていった。当然おばあちゃんは避けるかと思いきや、おばあちゃんは微動だにしない。
「ちょ、ちょっと、おばあちゃん」
「なんじゃ」
「よけないと、顔面に尻がついちゃうよ」
「いいんじゃ」
「えっ?」
「わしゃ、フローラルな香りを嗅ぎたいんじゃ」
「ええ! ちょっとおばあちゃん!」
 おばあちゃんの顔面に、デーブの汚い尻が近づいていく。勿論パンツは履いているのだが、それでも汚いと思うのは何でだろう。健一は考えた。そうか、トランクスの隙間から見える肌が、ぶつぶつとしていて、黒いのだ。
 そんな事を健一が考えている間に、おばあちゃんの顔面にデーブの尻がフィットした。
「んー。んんんんん」
「どうだい、野菜ばばァ。いい匂いだろう」
「うーん。これは……」
「ん?」
「アボガドの匂いじゃ」
 健一は付き合いきれないと、その場から離れた。

2011-04-29 19:35:41公開 / 作者:弘願
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