『Peppermint Chocolate』作者:こーんぽたーじゅ / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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「ええっ!? 鷹野君って彼女いたのっ!? しかも相手は香奈ちゃん! なるほどそういうことね……ショックだわ。私の香奈ちゃんだったのにぃ……まさか鷹野君だなんて……」
 先輩は小脇に抱えた雑誌とマンガの単行本を落としてしまいそうになるほど大仰に驚いてみせた。
「そんなに大きい声で驚かないでくださいよ。他のお客さんも見てますし、それに……そんなに意外そうにされたらこっちだって少しは傷つくんですから」
「ゴメンゴメン! 鷹野君と香奈ちゃんはお似合いだと思うよ! うんベストカップルのフォーリンラブだよ!」
「訳わかんないし、そこまで言われると逆に嘘くさいっすよ」
「嘘じゃないって!」
 先輩は今にも掴みかかって来そうなほどの勢いで僕にぐいと迫った。僕が、わかってますよ、と苦笑混じりに受け答えるとようやく体を遠ざけてくれた。
 先輩はいつの間にか落としていたマンガ本を拾い、ホコリを払いながらふんふんとしきりに鼻を鳴らした。
 僕は知っている。
 こんな仕草をするときの先輩は絶対にとんでもないことを企んでいる、と。二年のブランクがあったとしても絶対に忘れようもない。
 先輩は僕たちの高校の二学年上の先輩であり、僕の所属している演劇部の元部長だ。ちなみに今の部長は僕であり、香奈も部員の一人だ。先輩の無駄に張る声は、ボールのようにふっくらとした外見と発声練習の賜である。
 今日は香奈とデートの約束があったのだが、待ち合わせまで時間があったので、普段は足を運ばない書店に立ち入ったところ偶然先輩と再会したのだ。
 むしろ先輩が鼻を鳴らした時点で不運と呼ぶべきかも知れない。僕を含めた現三年は一年の時に先輩からパシリにされたり、意味もなくコスプレをさせられたりと煮え湯を飲まされてきたのだ。れっきとした不運だ。
 今日は何を企んでいるのだろう。
 僕がじっと息を潜めて待っていると、
「ででで、どっちが告ったのよ!」
 意外にも先輩は普通の質問を投げかけてきた。
 今すぐ電話で愛を伝えなさい、とか言われると思っていた僕には拍子抜けだった。いや、馴れ初めを語らされるのも十分苦痛か。
「……僕ですけど」
「でしょうねぇ。香奈ちゃんは可愛いけど色恋沙汰には鈍感って言うか興味なさそうに見えてたもん。でもまぁそんな香奈ちゃんをよくも落とせたわね。何か気の利いたことでも言ったの? 鷹野君のルックスじゃお世辞にも一目惚れって訳にはいかないでしょうに」
 ……ああ、やっぱり悪夢だ。
 僕は一気にまくし立てた先輩を睨みつけながら、
「別に普通に、好きですって言っただけですよ」
 早く解放してほしいという念を込めながら答えた。
 ああ、恥ずかしい。なんでこんな日に出会ってしまったんだろう、この後は香奈と待ち合わせしてるのに何だか会いづらくなるじゃないか。
「それだけ?! それだけなのっ?! うそぉ! じゃあ一目惚れの線が濃いのかしら。でも、あり得ない! あり得なさすぎる。あんな可愛い香奈ちゃんがこんな普通な男にホの字だったなんて!!」
「先輩ッ!」
 耐えかねた僕は先輩に怒鳴りつけた。
 さすがに同じようなことを二度も言われては堪忍袋の緒も切れる。しかも……今度のは香奈まで馬鹿にされたような気がした。それはどうしても許せなかった。
「ええと……ごめんなさい」
 先輩はまたもや意外にも頭を深々と下げてすぐに謝ったのだ。僕は呆気にとられて怒りも急に冷めてしまった。
「じゃあ最後にこれだけ聞かせて。二人の関係はどこまで進んでるの?」
「なに最後に核心突いてるんですか!!」
 本当に反省してんのかな……
「いいじゃない。女の子は他人の恋愛話がどんなスイーツなんかよりも大好きなのよ」
「はぁ……期待させちゃって申し訳ないですけどまだ、手を繋ぐまでしかいってませんよ。っていうかもう勘弁してください」
 これで最後なら、という諦観を交えながら答えた。いつの間にか耳が異常に熱くなっている。先輩には見透かされてるんだろうなぁ。癪だ。
「やっぱり……ね」
「何がやっぱり何です」
「ううん、なんでもない。ただ純愛ねって思っただけ。今時の高校生にしてみりゃびっくりするくらいのピュア・ラヴねって思ったのよ!!」
「だから声が大きいですって」
 周りの目が正直痛い。クラスの連中が店内にいませんように、と小さく祈った。
 先輩は輪郭と同じ形のまん丸の目を急に真剣そうに引き締めて僕を見据えた。僕はとうとう訳が分からなくなった。
「女の子ってね、男の子よりも早く精神が成熟するって言うでしょ?」
「ええ、まあ」
 いきなり何を言い出すんだろう。
「だからもしかしたら香奈ちゃんは鷹野君からのキスを待ってるのかもしれないわよ」
「な、何を言い出すんですかっ!」
 僕たちはまだ付き合って三ヶ月なんだぞ。香奈は僕が初めて付き合うことになった彼女で、僕は何も知らないけれど、三ヶ月はまだ早いような気がするって言うのは朧気に分かる。
 狼狽する僕を余所に先輩は続ける。
「無頓着そうに見えても香奈ちゃんだって中身はれっきとした女の子なのよ。女の子は男の子よりも彼氏彼女の関係に敏感なの……そう、ほんのちょっとしたことでも相手に不信感を抱いて関係にヒビが入ってしまうくらいにね……いきなりキスは言い過ぎたわ。ごめんなさい。でもね、変化を恐れていては失うはずじゃなかったものまで失ってしまうかもしれないわよ――まぁあくまで例えば、の話なんだけどね。先輩からの忠告っ」
 一気に述べると、先輩はほんの少し頬を上気させて荒い呼吸を繰り返した。ほんの少し前に見た、見たこともない真面目な顔の先輩はもういなかった。
 不思議な気分だった。
 先輩が語った話は例えばの話だ。それに「あの」先輩の話なんて信じるに値しないのかもしれない。
 けど。
 先輩の表情や口調、仕草はあたかも自分が体験してきたかのようなもので、僕に嘘やら演技なんて無粋なことを思わせる隙を微塵も与えはしなかった。そう、先輩は本気なのだ。本気で僕に語ってくれたのだ。僕はそれをいつもの先輩と思いこんで聞き流すことさえ考えていた。それは何だかばつの悪いことだった。
「えっと、その、ありがとうございます」
 だから返事も何だか歯切れの悪いものになってしまった。
「いいのよ、先輩のお節介なんだから。あれ? 鷹野君ぽかんとしてどうしたの」
「いや、先輩の印象がずいぶんと変わったなぁって思ったんですよ。だからちょっとびっくりしちゃって……」
「そりゃ変わるわよ。二年も経ってるんだから。良い方にも悪い方にも、人は日々変わっていく、変えていく生き物なのよ。言ったばかりじゃない、変化を恐れちゃ駄目だって。そもそも言ってる本人が何も変わってないんじゃ説得力なんてないでしょ?」
 先輩はまたあの真面目な顔をした。これが変わった証拠よ、と示すかのように。やはりそこにいたのは高校生の先輩ではなかった。
「――それにしても香奈ちゃん、一段と可愛くなったわよね。女の私から見て羨ましくなるくらいに」
「え? 先輩、香奈と会ったんですか」
 先輩は小さく頷いた。
「つい……この前ね。その時、どこか幸せそうだったのは鷹野君とのことだったのね。やっぱり、恋すると女の子ってキレイになるんだわ」
「……」
 別に僕自身が誉められたわけじゃないのに何だか嬉しい気持ちになった。確かに香奈は可愛い。僕にはもったいないくらいだ。そんな僕を見た先輩はにやりと笑ったので、とうとう僕は恥ずかしくて顔を上げることができなかった。
「鷹野君」
 優しく名前を呼ばれたので、僕はおずおずと顔を上げた。
「これ、あげる。これからデートなんでしょ? これ食べて、がんばってね。それじゃ、またね」
 先輩は僕の手に五百円玉ほどの大きさの緑色の包みを握らせると、鼻を鳴らしながら跳ねるように店の奥まで消えてしまった。
 僕はこの包みに見覚えがあった。
 先輩が部活の時――とくに講演前などの大事なときに必ず口に含んでいたチョコレートだ。先輩のお気に入りで海外からわざわざ取り寄せてるものだそうだ。先輩は高級品だからと言う理由で僕たち後輩はおろか、友人にすら指一本触れさせることすらなかった代物なのに……それが今、僕の手の中にある。一体どういう風の吹き回しか。

――そりゃ変わるわよ。二年も経ってるんだから。

 先輩の言葉がふと蘇った。
 もしかすると僕が会わなかった二年間の間に先輩もいろんな経験をして、変わっていったのかもしれない。目に見えて変わっていた態度はその証なのだろう。
 考えてみれば当然だ。
 男だろうが女だろうが、二年も会わなければ人は簡単に変わってしまう。もちろん、変わらないものだってある。それは確かにあるけれど、僕が今日会った先輩は間違いなく別人だった。

――人は日々変わっていく、変えていく生き物なのよ

「変えていく……か」
 先輩の言葉を反芻してみると、先輩の忠告がより現実味を増してきた。
 同じ日々の繰り返しじゃなくてやはり変化させていかなければならないのかもしれない。それはもしかしたら、悪い方向への変化をもたらしてしまうかもしれないという虞も含まれている。だから僕の心の中に深刻にのしかかっているのだ。恐れているのだ。
 しかし僕には何をしていいのか全く分からない。当然だ、二年ぶりに会った高校の先輩にいきなり忠告されたことをすぐに実践できるほど僕は良くできてはいない。
 だが僕の心には確かに小さな危機感の萌芽が顔を出していた。それを摘みたくても僕には手段がない。
 手持ちぶさたになった僕は思わず先輩からもらったチョコレートを口にした。
 日本製ではあり得ない、ねっとりまとわりつくような甘さ。このチョコレート一つで牛乳が何杯でも飲めてしまいそうだ。さっそくのどの奥がひりひりと痛みだした。
「ん……?」
 違う。これはのどの渇きが生み出した痛みではない。過剰な清涼感に裏打ちされたそれは……僕は小さく息を吸ってみた。鼻から肺まで突き抜けるような感覚――間違いない、これはペパーミントが練り込まれたチョコレートなのだ。
 まったく先輩に最後までしてやられた気持ちだ。
 人体に悪そうなほどの甘さと刺激。その相乗効果が何とも口の中に居心地の悪い後味をもたらした。
 おかげでモヤモヤとした気持ちは落ち着きを取り戻していた。
 焦らなくたっていい。焦ったって良いことはないのだから。じっくりと見つめていけばいい。今のこともこれからのことも。そんな風に考える余裕さえも持ち合わせていた。我ながら単純だと思う。
 だってそうじゃないか……あんなに変わってしまった先輩でさえ今でもこんなにマズいチョコレートに心酔してるのだから。全てが一度に変わる必要なんてどこにもないんだ。
 もしかしたら先輩の目には僕が同じ場所に立ち止まっているように見えたのかもしれない。僕だって成長してるんですよ、なんて反論していてはにべもないけれど、今は心の奥にそっと先輩の忠告を受け入れようと思う。
 そしてそれが、失うはずのないものを失わずに済む未来を生むのなら、僕は人知れず頑張ってみようと思う。自信はないけれど。それでもいつか必ず自信は生まれるはずなのだ。些細なことでヒビは生まれるかもしれない。それなら逆に些細なことで成長することだってあるはずだ。きっとそうに違いない。根拠のない自信がそう語りかけた。
 時計を確認すると。遅刻ギリギリだった、やばい。
 僕は弾けるように店から出た。店から出たときに僕を包み込んだ外気が何とも言えない感慨をもたらした。冬の風は、ペパーミントの喉にはちょっと辛い。毒づいてもペパーミントの刺激は一向に収まる気配がない。気が緩めば思わず涙が浮かんでしまいそうなほどの清涼感に思わず笑みがこぼれる。
 そういえば――
 先輩はどうして僕と香奈がこれからデートだということを知っていたのだろう――


 ☆


「遅ーーい!!」
 香奈は小さく頬を膨らませた。その仕草はやっぱり可愛いと思うしかなくて、ちょっぴり幸せな気持ちになった。
 香奈はいつもいい匂いをしている。使ってるシャンプーや香水がいいのかそれとも生まれ持った彼女の香りに僕が安心しているのか――それに今日はもう一つ、僕にはっと思わせる香りを香奈は纏っていた。
 そうか、そういうことだったんだ。
 でもいじわるな気持ちになった僕はにやけそうになる口元を引き締めながら、あえてそれを口に出さなかった。
「ごめんごめん、ちょっと立て込んでてさ」
 僕が手を合わせて謝ると、香奈は目を見開いた。
 どうやら香奈も気付いたみたいだ。
 そして、
「「ペパーミント」」
 僕たちは目を合わせて笑いあった。
 大丈夫。
 僕たちはこれからも変わってゆける、変えてゆける。
 もちろん、良い方向に、だ。
 ゆっくりと、慌てず、歩んでいこう。
 ペパーミントの香りがそっと教えてくれた。

【了】
2011-04-05 01:53:55公開 / 作者:こーんぽたーじゅ
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■作者からのメッセージ
 パソコンのフォルダを漁っていたら何故か出てきた作品です。発見した時にはすでに完成していて、なんで発表しなかったんだろうと不思議なくらい。いつ書いたのかも思い出せません。2年前くらいかな……。
 ちょうど、登竜門で「アイスクリームが溶けるまで」「Candy」を発表したのでテーマがテーマなのでお菓子つながりとしてアップしてみようと画策しました。勝手に「お菓子三部作」なんて銘打っちゃおうかしら。あら可愛い!
 そういえば春休み、長編を書いてたりしましたが難しいね。まったく進まなかったや。書き慣れていないのもあるし、自分には圧倒的に何かを長期的にこなす集中力が欠けている。テスト勉強とか一夜漬け上等だったし。それでもいくつか意欲のあるアイデアはあるので今年中に形に出来たらいいなぁ。短編もそこそこ書いてるので学校が忙しくなかったらちょこちょこ上げようかな。うん、そうしよう。出来るかできないかは分からん。そうそう、輪舞曲もぼちぼち書いてます。これも形になったらいいなぁ。 
 この作品たぶん今まで上げなかったのは当時色々と理由があったのだろうけど、忘れた。それでも読んでくださった皆様には感謝です。最後になりますがありがとうございます。
ではでは、
この作品に対する感想 - 昇順
どうも、鋏屋です。御作読ませて頂きました。こんぽた殿はこういう自然体な恋愛モノが上手いなぁ…… こういうショートをさらっと書ける人は尊敬しますよ。私など絶対長々と書いてしまって中だるみしますもんw 季節柄心地良い春風に吹かれたような感じでした。
ミントチョコをくれた先輩、なんだかんだ言って良い先輩ですよね。でも、もしかしてこの主人公のことが好きだったんじゃないかな? って勝手に思ってしまいましたw
お菓子三部作、良いじゃないですかwww 私的に順位を付けると「ペパーミント……」→「アイスクリーム……」→「キャンディー」の順かなw 素敵な三部作を通しでポイントを遅らせて頂きます。うん、タイトル通り、後味がなかなかに爽快でした。次回作もお待ちしております。
鋏屋でした。 
2011-04-08 09:36:54【★★★★☆】鋏屋

初めまして、まひろと申します。自然体な上に読後感がさわやかで、素敵な作品ですね。
まさにペパーミントチョコレートを口にした後のような感覚で読めました。
私も上の方と同じようにこの先輩は主人公のことが好きだったのではと思いましたwwすごく好きです、こういうキャラクター。
お菓子三部作、私はこれしか読んでいませんが、暇があれば他のも読んでみたいと思います。
ごちそうさまでした!笑
2011-04-14 14:03:43【★★★★☆】まひろ
計:8点
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