『ライター』作者:黒みつかけ子 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
とあるフリーペーパーに掲載予定のもの、そのいち。「おれは最近、春になるにつれて胃がむかついてくる。それは、人を集めるだけ集めてだらしなく花びらを散らす、あの桜のせいなのだよ」
全角1862文字
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原稿用紙約4.66枚
 道行く人の気もどこか落ち着かない春のはじめのことだ。夕方から吹きはじめた冷たい風にコートの襟を立て、足早に僕と彼は店へ入った。その居酒屋は神社の境内のなかの参道沿いにある。あたたかくなると毎年燃えるような桜の花が参道を埋めつくす。去年まで僕達はここで花をめでながら威勢よく飲んでいた。だが、今年はちがう。
 店の壁を埋めるメニューの貼り紙に目もくれず、僕達はお通しだけで飲みはじめた。
 彼と僕は小学校の同窓生で、大学に入って偶然同じ学部になり親交を深めた。家は地元の工場主で、彼はその後つぎであった。四年間勉強して、さて卒業という時だった。彼の父親が親友に騙され土地が根こそぎ奪われたのだ。おかげで元々体の弱い父親は倒れた。母親は親友と出来ていて、その間の確執に苛まれて首をつった。
 最初にそれを聞いたとき小説のような話だと思った。しかし、彼の目の下の隈や元来の明るさが消え失せかけているのに冗談でもそう言えなかった。何にしろ、誰よりも彼がそう感じているに違いないからだ。
 夜もすっかり更けて、騒がしい店内も僕達だけとなった。煙草の煙を吹いてから、赤ら顔の彼が「ああ、これからどうしようか」と漏らした。
「いくら考えたって目ぇこらしたって、なーんにも見えやしない。お先まっくらくらだ。まあ、お前には分からないだろうけど」
 僕は四月からある企業へ就職が決まっている。そこは彼が後をつぐ会社とは比べものにならないくらい小さな会社だ。彼が皮肉を言うのに、少しばかりの失念を抱きつつも黙っていた。
「まあ、こんなこと言ったって仕方ないのはわかってるんだけどさ」
 そう言うと、彼は空になったお猪口に手しゃくで酒をついだ。それもまたすぐに飲みほしてしまった。僕には境遇に同情して仕事を紹介する余裕がない。かといって何かその場かぎりのうまい言葉さえ見つけられない。それを不甲斐なく思いながら、同時に自分よりも上にいた男の人生が崩れていくさまがひどく滑稽に見える。こうした相反する二つの感情がとぐろを巻くのを否定することも出来ない。ただ話し続けるのを聞いて、彼がうまくいくことを祈るしかないのだ。
 お猪口を持ちあげたまま彼がふと窓の外を眺めている。そこにはちょうど、硬いつぼみをつけた桜の枝がななめにはしっているのが見えた。
「去年までは、おれたちはここで陽気に飲んでたのに。一年経って、まさかこんなになるとは思わなかったもんなあ」
「ううん、まあ思い通りにはいかないもんなんかな」
 曖昧に答えると、彼は灰皿を潰すようにして火をもみ消した。それから「お会計」と場違いに大きな声で叫んで、ふらりと立ち上がる。これはいけないと思い、僕は「ちょっと待っていろ」と席に座らせて先に会計に向かった。店員が「まいど」とレジの前に来た。
「お連れ様、お疲れのようですね」と店員は憐れみを含んだ声で言った。
「はは、疲れたなんてもんじゃないけどね」
 会計を済ませて振り向くと彼は既にいない。暖簾をくぐり参道を見渡した。すると、うえのほうから僕を呼ぶ声がした。見上げると、桜の木によじ登っている彼の姿があった。
「なにやってるんだよ。はやくおりてこい」
 暗やみのなかで、街灯のほのかな灯りに照らされた横顔がほくそ笑んだ気がした。ただならぬ予感がして僕はもう一度叫んだ。
「こんなもの、咲かせる必要ないんだよ」
 すると彼は近くの細枝に何かを押し付けた。ああ、ライターで桜に火をつけようとしているのだ! 彼は笑い「こんなもの、こんなもの」と何度もライターをかざした。僕の頭のなかで枝に燃えあがる炎が咲いたのは一瞬のことだった。しかし、次の瞬間には彼の姿が視界から消え、ドスンと無様な音が辺りに響いた。
「おい、大丈夫か」
 駆けつけると、彼は仰向けのまま腕で顔を覆い「うう」と唸った。その声が震えていた。
「おれにはこんな細枝さえも燃やせないんだ。なんて駄目なんだろう」
 そのとき、奇妙な光りが僕のなかにきざしたのを感じた。僕はポケットのなかのライターと煙草を取り出して、火を付けた。
「僕たちにはこれで十分なのかもしれない」
 そうして煙が春の淀みない空に昇っていくのを黙って眺めた。足元で彼がおえつを漏らす。煙草を吸うと先が赤くくすぶり、耳の奥で葉の燃える音がした。僕は「これを吸い終えたら、もう一軒いこうか」と声をかけるのに、喉元に酒臭いげっぷが漏れるのをぐっと堪えている。

2011-03-04 03:29:51公開 / 作者:黒みつかけ子
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■作者からのメッセージ
 下手な純文学かぶれの物書き☆黒みつかけ子です!
 なんにだって黒みつかけちゃいますゥゥ!かけられるのもだいす(略)

 友達ってイイネ!特に朝まで飲んでくれる友達は大事にしようNE☆
   
この作品に対する感想 - 昇順
文章は、レベル高いんだよね。ただ、それだけっていうか。
一度おもいっきり廚二的なストーリーの作品を
書いて見たら? 新たな発見があるかもよ。
2011-03-04 10:08:05【☆☆☆☆☆】毒舌ウインナー
はじめまして黒みつかけ子様。咲かずの桜、頼家ともうします。作品を読ませていただきました!
友人はいいですね。特に馬鹿になりたいとき、一緒に馬鹿になって酒を飲んでくれる友人は天然記念物並みの価値がありますな(^^)
作品は短い文章ながら、その中に「大学」という、ふわふわとした祭りの様な生殺し期間を終え、自分の将来、仲間の未来、そして個々人の現実と向き合う苦悩、不安。友達といえども(誰しもが持つ)芽生えてしまう軽い嫉妬や羨望、優越感とそれと相反するようにある言葉にできない思いやりの様なものが出ていて、とても人間らしい良い作品に仕上がっていると思います!
ですが、個人的にはやはりもう少し物語全体に動きがあるともっと素敵だなと思います。起承転結、もっと長い物語の中にこの件が入っていると、よりこの話に迫ってくるものがあると思いますね(^^)
それと、「少しばかりの失念を抱きつつも黙っていた」の「失念」はどういった意味でつかったのかな?という点が少し気になりました。
それでは、勉強させていただきました!次回作をお待ちしております。
2011-03-04 22:30:39【☆☆☆☆☆】頼家
ウインナーさま
ぎゃっふーん、ってわたしが言ってどうするんだ。
うーんちょっと色々やってみるわ。
次はぎゃふんて言わせるから。巻舌ウインナーにすっから。
2011-03-04 23:28:44【☆☆☆☆☆】黒みつかけ子
 こんにちは。

 こちらも拝読しました。
 うまいなあ、とは思うのですが、点数を入れさせていただくことを差し控えたのは、やはりこちらの作品からも、いささか小さくまとまりすぎた感じを受けたからなのでした。「うまいなあ」という印象がだんだん「いかにも文学やなあ」という感じに変わってしまって。
 黒みつさんのお書きになった、もう少し長くて、構造を持った小説も読んでみたいなあ、と思います。差し出がましいようですけど、少々の破綻には目をつぶって冒険されても面白いものになるかもしれません。

 あと、生木にそんなに簡単に火がつくとは、普通に考えても到底思えないので、「燃え上がる桜」という凄みのあるイメージが不自然になり、説得力が足りない感じがしたのが残念でした。文学的イメージのための文学的イメージ、という感じがしてしまって。

 日本語的に少し気になったところが、二点ほど。
 まず、頼家さんもお書きですが、「失念」というのは「忘れる」という意味だと思うので、文脈に合わないと思います。
 あとひとつ、「神社の境内のなかの参道」という部分ですが、「境内のなか」というのは、「中の中」という意味になってしまうので、重複表現に思えてちょっと気になりました。
2011-03-06 01:28:45【☆☆☆☆☆】中村ケイタロウ
計:0点
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