『一年契約』作者:神楽 時雨 / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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序章 一日の始まり

 あの事件の後、俺は病院のベッドの上で寝ていた。夏休みも終盤だというのになんとも言えない気分である。
とりあえず自己紹介をするべきだろうか?
俺の名は神楽時雨、読めないのなら平仮名で名乗ってやろう。
《かぐら しぐれ》それが俺の名だ。
覚えておいて損はないぞ!
話は変わるが、一年は365日ある。それは全てにおいて決められた事実である。
夏休みは約30日間ある。残りの335日間も、休日祝日を合わせれば幾百日間か減少される。
つまり、いつも俺達が生活している学校生活も、言い換えればたった150日間ぐらいの割合で登校しているわけである。
 ああ…。俺は思うわけである。
『アメリカが羨ましい』と。
なぜなら約3ヶ月間の休みがあると聞いた事があるからだ。
事実なのかは知らないが、本当ならかなり羨ましい。
俺にとっては体を癒す時間が必要だからだ。
断っておくがシャレではないぞ!
またもや話は変わるが人間は醜い生き物であると言いたい。私利私欲におぼれ、政府が国を見張り、決まりを作り、それを平気で破る集団もある。
俺は、そんな世間一般の常識学校の教師から一人の少女の護衛を任された。
もちろん裏はある。授業態度が悪い俺にとっては夢のような話である。
あえてもう一度言おう。人間とは醜い生き物である。
餌に釣られて安易に人にいいように利用される。まさに俺のように…
期間は一年。365日間、うち休日を除けば200日ちょっと。
一日24時間と考えて365日間を計算すると
約8764時間である。それを半分にすると4380時間である。
俺は危険な賭けに出ているのだろうか?4380時間の間に、俺はいったい何回死ぬような目にあうのだろうか?
なにはともあれ護衛する少女を、俺はあらゆる手段を用いて守り抜く予定である。
同世代の子供がする事とはとても思えない行動が多々あるだろう。
警察への命令、電車、飛行機のタダ乗りなど、いろいろやる事だってできる。
しかし、今までの日常生活からでも悲劇は突然舞い降りる。
俺は神がいたらこう言ってやる。
「死にさらせ!」と絶対に言ってやる。
とりあえず俺は眠る事にする。
明日起きたら全てが夢であるようにと祈り、俺は眠る事にする。
病院のベッドの上で、人知れずに俺は眠りにつく事にするよ…。
なぜなら来週は始業式だからだ!
絶対に遅刻は許されない。無遅刻皆勤は俺のすばらしい自慢できる事だからだ。
明日は学校に彼女が来る。二度目の学校をしっかりと案内してやらなければならない。女子が多分やるだろうけど…。
それに備えて明日は朝一に病院から抜け出さなければならない。
だから体力温存のために俺は眠る。
おやすみなさい。


第一章 学園地獄

 今日は待ちに待った夏休みの前日、つまり終業式の日だ!
 もちろんいつものように起きてしまって時間的にも間に合わない!
いつものようにパンを片手で掴んで玄関を出る。もちろん鞄は手放さない。
「いってきます!」
そう言って家を出た。いつも通りの行動いつも通りの言葉。手には隅に神楽時雨と書いてある鞄を持ち、もう片方の手でパンを持って右足で家の扉を閉める。
いたって普通だ。学校まで徒歩で十分、校門が閉まるのは8時15分で現在時刻8時ジャスト、このままのスピードで行けば余裕で間に合うだろう。
俺の毎日はいつもこんな感じに始めるのが恒例行事だ。
しかし今日の俺は違っていた。
なんと! 今日はいつも見ているアニメの放送日! これを見逃して後悔しなかった日は無い! そして今日は週刊誌の発売日! これを読まなくして後悔しなかった日はなし!
そしてなんと! 本日初の出来事、銀髪で同じくらいの年齢の女の子に、今まさに行こうとしている自分の学校のことを聞かれてしまったのだ!
その銀髪の女の子はなにやら急いでいるようで、軽く息を弾ませている。
頬が軽く紅潮し、目には涙が溜まりそうな雰囲気だった。
「それでしたらあそこに見える巨大な時計塔がある場所がそうですよ」
俺がすばらしく親切かつ丁寧かつ迅速に道順を教えてやる(まぁ一直線なのだが)と、なにやらひどく慌てた様子で『あそこですか?』と流暢な日本語で聞き返してくる。
首を縦に上下させて『そうだ』という事をアピールすると、はたまた困った顔つきで『どうしましょう!』と言いながらオロオロしだした。
「どうかしましたか?」
またもや俺が迅速かつさりげなく聞いてみると、彼女は突然俺のほうへ歩み寄って襟首を掴み、ゆすぶりをかけてくる。
「もう二十分です。校長先生には『朝の十五分までには来るように』と言われていたのですが…」
完全に遅刻です。どうしましょう…。
 彼女の目にはすでに涙が溜まっている。
非常にマズイ!他から見れば俺が泣かしたように見られるかもしれん…。
しかし、俺は学校の時計の秘密を教えてやる。今の時計の時刻は二十分なのだが、
「あの時計は十五分進んでいるから今は五分、走れば充分に間に合います」
だから安心してください。となだめてみる。すると『ほんとに?』と聞き返すので再び首を縦に振り再アピールする。
 よかった。と胸をなでおろす彼女。
でもゆっくりしてる暇はありませんよ。と言うと「そうでした!」とさけんで、こちらへ頭を下げ「ありがとうございます!」と言い残し、嵐のように足早に去っていった。
う〜ん。俺って紳士。
 あっ、名前聞き忘れた! まぁ、あっちも言ってないからおあいこかな?
背筋を伸ばして深呼吸する。ふと、こちらもこんなことをしている場合ではないことに気がついた。
「やば無遅刻皆勤が!」
そう思い走り出そうとしたとき、何かを蹴り『チャリ』という音が聞こえ、足が止まる。拾い上げたのはエンブレムのような文様の刻まれたいかにも高そうなアクセサリーだった。
「彼女のかもしれないしとりあえず持っていこう。彼女の行き先も同じみたいだし」
そう言いながらポケットに入れて走り出す。
そして顔を上げて見ると、今まさに校門が閉じようとしている。
「その門待ったぁ!」
 言いながら走っていく時雨に対し『無理!』と断言し、扉を閉めにかかるのは同じクラスにして腐れ縁である宮崎 結城(みやざき ゆうき)である。
 風紀委員にして頭脳明晰いわゆる何でもできすぎ君なボウヤなのだ。
 ゆえに性格も真面目な筈なのだが…。
「あと1分!いや23・5秒ほど待ってくれ!」
走りながら必死に叫ぶ時雨に対して
「そいつは無理な注文だな!あきらめろ。」と冷酷無慈悲な言葉を俺に浴びせる。
 横から朝の散歩をしている爺さん達が声援を送っている。
「武田さんや。今日は何を賭けるかのう?」
「あの子は意外とやり手じゃ。食い物で釣るには少し手がいるかのう?」
 もはや声援ではなくギャンブルの話である。
しょうがないこうなったら…
「今待ってくれたらお前の好きなどら焼きを買ってやる!それでどうだ!?」
これなら食いつくはずだ!これで時間稼ぎができる。
「後でどら焼き五つ持ってくるなら見逃がしてやろう。どうだ、悪くない条件だろう?」
野郎!こっちの経済状況を把握した上での個数か…
「わかった手を打とう」
認めたくはないが無遅刻皆勤というのは勉強嫌いな俺にとっては唯一誇れるものなのでなんとしてでも死守しなければ!
「物で釣るにも数で勝負か!?」
「若いのに良く知っていなさる」
 ご老体の会話も門が閉まると同時に世間話に戻る。そんなやり取りが終わってようやく朝のHRに間に合った。
「疲れた〜。もう寝たい…深い井戸の底にでも落ちていびきを反響させたい」
そんな眠たい我が欲求はプロともいえるすさまじいチョップで現実世界に連れ戻された。「起きろ〜!朝だぞ〜」
「……」
「あれ?起きないな〜? 時雨! 朝だぞ! 寝てんじゃね〜ぞ?」
ポンポン×2と頭を叩きだした。
はっきりいってウザイ…結城め! 絶対嫌がらせだ!
「頼むからそっとしておいてくれないか? 今はコールドスリープしてでも睡魔を俺の身体に憑依させたいんだ…」
そして俺はついに本気寝モードに突入してしまった。しかし数分後、せっかく憑依することに成功した睡魔も、瞬間的に除霊されてしまった。
再び勢いよく振り下ろされた物。
それは『辞書』だった。いや、それよりもっと重い、まるで漬物石のような超重量級のものだ。いわゆる百科事典と称される物で形・大きさはさまざまだが、ただ一つ共通している点は、とにかく厚いということだ。その厚さはダブルベーコンレタスバーガーに相当する厚さである! 紙の質などにもよるが、その重さは平均しても300g以上はする。大変重い部類に入る書物である。
それをおもいっきりピンポイントで角を後頭部に直撃されたのではたまったものではない!
机の上に鼻頭をぶつける。
(まったく手で覆ってなかったら鼻の骨を折るところだった…!)
「いてぇな何するんだ!不意打ちとは卑怯だぞ!本当に永眠するとこだ…った?」
 前言撤回。
 起きた目の前にいるのは百科事典を片手に腕組みしている女教師だった。
 やばい事に頬を引きつらせて怒り浸透中だった。
「いい根性してんじゃないのさ…不意打ち食らう様な不自然な姿勢で授業してんのはどこのどいつだ! えぇ? ほら、言ってみろ!」
「ここの私でございます…」
わかってんじゃない! とその先生は百科事典を降ろしニヤリと不吉な笑みをこぼす。
その先生…もといヤー公の名前は水城茜(みなしろあかね)と言いその名の通り女性である。
「そんなに私の授業がつまらなかったのかしら? どうなの? 時雨君」
この猫撫で声が余計に時雨の恐怖心を駆り立てた。
 俺は無意識に深層心理の中の俺を叱ってしまう。
『馬鹿野郎! なんで寝てしまったんだ! よりにもよってこの授業で! なぜ結城の呼び声に耳を傾けなかったんだ? そうすればお前ももっと長生きできたはずなのに? 地球の皆、パパ、ママ。先立つ親不孝者の息子をどうかお許しください。』
そう天に祈り恐る恐る先生の方を見つめると、先生の目と目が合ってしまった。
『ふあぁ…こりゃ死んだな…』
しかし、茜はしばらくノートらしき閻魔帳をパラパラと捲っていたが、ふと何かを思いついたらしく再びニヤリと笑い時雨を見つめる。
「おい、時雨、放課後職員室に来い!かわいがってやるから」
 …っ! 最も恐れていた事態が起きた!
古来より(といってもここ数ヶ月の間だが)ヤー公もとい水城先生の授業中に以下の事 『寝ている・遊ぶ・飯(お菓子等)を食う』などの行為を行った生徒は、放課後、個人名で職員室に呼び出され、目隠しをされて未知の世界に連れて行かれるという噂がたち話題になった。今までで連れて行かれた生徒は九人、そのみんなが口をそろえて三途の川を渡ったみたいだと言う。
しかしそれ以上の追求にはだれも口を固く閉ざし開こうとしなかった。
数週間前にタブーを破ろうとした勇気ある生徒が一人、他の連れて行かれた生徒たちに囲まれリンチにされていた。
混沌の中に取り残されたままの時雨を置いて授業が終わり、先生が教室を後にしたとたん、いろんな生徒が時雨を取り囲み口々に『ファイト』『死ぬなよ』『生きて返ってきてね?』などと言い、昏迷の別れのようにはやし立てる。
そんな中、結城が時雨の肩に手を置き
「お前と一緒にいて、楽しかったよ。今までありがとう!」
と涙ぐみながら話し掛けてきた。
「いやいや。お前らなぁ、そんなに大事のように言うなよ。」
あきれ果てた俺に結城は
「けど、聞いた話によると先生は授業中にふざけた生徒がいると、その生徒を保健室に連れ込んでSMプレイをやっているとか! しかもその後、変な薬を飲ませて意識を混乱させてそういう秘密を隠蔽するんだとか!」
まじかよ! そんな行為がこの学校で繰り広げられていたのか! 男子たちはその話でその時間は夢中だった。
「普通そんな事やってりゃ誰か気づくだろうがアホ!」
だれにともなく呟く。当然だれも気づかない。
そんなことより次の授業は何だっけ? と一生懸命机の中を引っ掻きまわしている時雨に対して結城は「何やってんの?」と?顔で問い掛けてくる。
見りゃわかんだろ!と言い「次の授業の準備だよ!」
 …はぁ? 結城はそんな姿の時雨にあきれながら
「今日は終業式で今日の授業はこれで終わり後は式して帰るだけ。」と言って廊下の方に歩いていく。
「まっ、お前は放課後用事あるけどな」
余計なお世話だ! と言い放ち、隣につく。
「かったるいよなぁ。終業式なんてさぁ。いちいち体育館なんかに集まって聞きたくもない先公の話を聞いて、耳にタコができるくらい同じ話を聞かされて、休み中悪さをしないようにしろ〜だとかさぁ、マジ眠くなんだけど。」
横で毎年恒例行事のたびに毎年恒例の謳い文句を愚痴る時雨に
「確かになぁ」と結城も賛成する。
「こんな面倒くさいことなんかやめて放送で済ませばいいのにさぁ、なんでかねぇ。」
まったくもって大人の考えることはわからん!
といきなり後ろから声が聞こえてきた。
驚き振り返るといきなり肩をたたかれて、こんにちは〜という音声が聞こえてきた。
ん? ともう少し首を傾けると、声の正体が見えてきた。
「ちすです。時雨隊長殿!」と敬礼をする。
おう、と軽く敬礼し返す。
彼女の名は根室鈴(ねむろ れい)と言い、俺達の一つ下の一年生で俺にとって後輩であり従兄妹である。特徴としては短く切り揃えられたプラチナブロンドの髪の毛だろうか? 別に帰国子女と言うわけではないのだが、学校の校則では許可さえ降りれば誰でも髪を染める事は出来る。しかしそれが出来るのは一定の成績水準を上回ってなくてはならず、実際三年生の中で髪を染めている生徒は十人もいない。
…まぁ受験生だからな。
どした? と聞くと、みんな行く所は同じでしょう? と言われ一人納得した。
「それにしても隊長の言う通りですね!」
…何が?と聞き返すとため息をついて
「もう忘れたんですか?終業式の話のことですよぉ。」と言ってくる。
ああそれね。と再び一人納得。どうもこの頃物忘れが激しい。
先輩、痴呆の現れじゃないですか? と鈴がはやしたて、最近寝てばっかだかんなぁ時雨はと頷く結城。
 やかましい! と怒る俺。そんなこんなで学校最後のかったるい終業式も終わり、いざ帰宅と迫ったところで放送が入り、時雨の名前が名指しで呼ばれた。
…忘れてた。
顎が元に戻らない時雨の横で、結城が俺の方に手を置きこう囁いた。
「死ぬなよ…。」
まさに戦火の中に飛び込むときの別れの言葉のような感じに囁かれた。
瞬時に顎を元に戻してカッコよく「まかせとけ…必ず戻る。」
と軍事物のような会話を交わし教室を後にする。途中鈴に会い、同じようなことを言われた。
「何で死ななきゃならんのだ?」
そう呟きながら、職員室の前まできた。落ち着き深呼吸して中に入る。
はずだったのだが、入ろうとした瞬間に他の女の先生が出てきた。思わず突進して胸の谷間に顔を埋めるという幸運なハプニングが発生した。
「あら?どうしたの。何か御用?」
 こちらの気持ちも素知らぬ顔で、その女の教師は聞いてくる。
「いえ、あのう…茜先生はいますか?美奈子先生。」
 茜先生なら、と指を指し「保健室にいないかしら?」
 ありがとうございました。と礼を述べ、ダッシュで走る。
 慌ててたせいで胸の感触を満喫できなかったのは痛いが、今はそれどころではない。
「あの性格で時間にだけはうるさいからなあの人は。」と一人愚痴る。
放送が入ってから約二分、まだ大丈夫だと自分に言い聞かせ保健室に滑り込む。それと同時にドゴ! という音とともに腹に拳が入った。
ぐふ!という喘ぎ声とともに崩れ落ちる。見事な一撃だ。
「遅い!二分待ったぞ!時間がない、早く来い!」
そう言うが早いか教室から出て行こうとする。
「ちょっ待ってください!どこ行くんですか?」
どこって?と振り向き、「家だ!」と自信満々に言う。
「用があるから呼んだんじゃないんですか?これじゃ殴られ損だ。」
苛立った声で言うと、なに言ってんだ?と首をかしげ
「お前も来るんだよ。一緒にね」
 ……なに?
「先生…聞き違いですよね、今一緒にって?」《日本語吹き替え版の賢者の○に出てくる●ルフォイ風に》
顔が引きつりそうになりながら言葉を口にする。
んだよ、と茜は平然と言う。
脳裏に結城達の言葉がよみがえる。
「すいません腹痛がするので帰ります。」
逃げなくては! ここから逃げ出さなければ。
そそくさと教室を出ていこうとする時雨の襟首をつかみ耳元で猫撫で声で囁く
「捕まえた。具合が悪いならここは保健室だ。遠慮することはない。家が近いから私の家にくるといい、歓迎するよ。」
そう言いながらずりずりと死に向かって歩き始めた。
地獄行きごあんな〜い。さらば地球よ。
また会う日まで

そのまま先生の車に乗せられ発進した。
しかし、何か様子がおかしい。
何かにおびえているような挙動不審な態度で学校を出発したのだ。
あの性格からは想像もつかない。
あからさまだったのは生徒との接触だな。かたくなに接触を避けようとしていた。
何が始まるんだいったい?
まっどうでもいいか……どうせ余命数時間。
「ん? どうした」
 茜は努めて平常に喋ったつもりなのだろうが、少し恐ろしさが抜けていた。
そんな時、茜が出し抜けに「そうだ!」叫んで、車を急停車させる。見た目だけは綺麗な顔をこちらへと急接近させながら誰にも聞かれないように細々と呟くように語りかけてくる。
「いいか。家に着いたらちゃんと先生と呼べよ。それから…」
 さらにグイっと顔を近づけて
「家についた後の私の服装を見て笑うなよ。それともしかしたら両親が家にいるかもしれないが、家で不良関係の話題を持ち出さすな。お前は指導がてら家に招いたことにする。いいか、わかったな?」
コクン コクンと何度も首を縦に振った。
なら良し! とアクセルを踏み、車は再スタートする。
茜の話や態度からして親と一緒に暮らしているらしい。
なのになぜ不良関係の話を持ち出したりするなと言うんだろう?
「自分も不良のくせに…」
 何か言ったか? 横で煙草に火をつけた先公が横目で言う。
「別に何でも。未成年がいるのに平気で煙草ふかして運転している教師がどこにいるんでしょうね? と思っただけです」
 んだそんな事か。と笑いながら、「ここにいる」と言ってのけた。
「だめだこりゃ」
 そういう会話をしているうちに今の日本ではありえないぐらい広い土地の洋式風の建物が見えてきた。
今の世の中、縦に伸びる建物が多数を占める都市部のど真ん中にこの大きさはすごいと、結城と話していた建物だ。
ちなみにここは学校から十分ほど車で走ったところで、自転車で来ると結構時間が掛かるため、休みの日にしか来ない場所でもある。
「見えてきたぞ。あそこだ」
 指を指した場所は間違いなくあの洋風の建物を指差している。
「あの場所ってどの場所?」
 辺りに他の民家は無い。
「お前の目は義眼か? それとも盲目か? あの洋風の建物が家なんだよ」
 ……マジすか?
「あの建物が、ですか?」
 くりゃわかる。と言い棄てて門の前まできた。
インターホンを鳴らして名前を告げ、連れがいると説明した。
待つこと数秒、門が自動で開き、中に入っていく。どうやら嘘ではなさそうだ。
車を家の前で止め降りろと言う。扉がこれまた自動で開き、執事のような爺さんが出てきた。
「お帰りなさいませお嬢様」
 ただいま。と愛想よく答え、この子を応接間まで連れて行ってとお願いする。
(いつもの命令口調じゃない!)
ガクブルで怖がる時雨を他所に執事はこちらへ振り向き
「かしこまりました、こちらでございます」と先導しだした。
 その応対に困って茜を見ると首を縦に振り対応してくれた。どうやら大丈夫らしい。
あっそれと。茜は別の場所で待機していた執事と思われる爺さんに声をかけ
「あの子を私の部屋まで連れてきといて」と耳打ちし「じゃあ後でね」と言うだけ言って一人だけ立ち去った。
「さあ、こちらでございます」そう言って案内人の執事が再び歩き出した。
 とりあえず害はなさそうだと野生の勘で察知したので素直についていく。
中はやっぱり広かった。
「うわー、広い屋敷ですね!」
 素直に口から言葉が漏れる。
「土地の広さは約五千坪くらいでしょうか? もっとあったと思いましたが詳しくは存じあげられません。どうもすいません、お役に立てずに」
 申し訳なさそうに軽く首を下げる。
「いえいえ別に、そういえば部屋の数はいくつくらいあるんですか?」
 強引に話題を反らす。
「部屋は大小合わせて五十。一つ一つの部屋が用途に合わせて作られております。旦那様、奥様、それに御家族さまの部屋は一段と広くとっております。応接間は特別に広うございます。」
 そこまで言い、どうぞこちらがその応接間です。と言われて中に通された。
……声が出ない。
そこはまるで体育館のような、奥行きだった。
しばらく唖然としていると「こちらです」と執事の人に言われて我に帰り、促されるままソファに座らせられた。
まるで十四世紀フランスの貴族の屋敷にいるようなそんな気分にさせた。
「このソファ一つ売れば一年遊んで暮らせたりして…」
 そっと呟いたつもりだったが
「残念ですが、それは復元されたものであまり価値はございません」
 執事がさりげなく値段訂正を入れてきた。
えっ! 聞こえてた? あんな呟きで…
「べっ! 別に持って帰ろうってわけじゃ…ただこんな場所にこんなものが置いてあったらそれぐらいの価値はあるだろうなぁとちょっと思っただけで別に他意は!」
 慌てて、弁解する。
 すげぇ地獄耳。補聴器でもつけてんのか?
「いえいえ、いいんですよ。お嬢様のお連れになった生徒のほとんどがそう言っておられましたから、どうか気になさらないでください」
 え? 生徒ってやはり他にも連れてこられてたんだ。
「あのぉ、僕は何人目ですかね?」
 ちょうど十人目でございます。
学校で噂になった生徒の数と一致した。
「それでは、私はお嬢様に頼まれごとを言付かっておりますのでどうぞくつろいでお待ちください」
 去り際にさっと紅茶を出して去っていく。
いきなり一人ぼっち…。
「くつろげって言われてもなぁ…」
 とりあえずソファにもたれかかってみる。座り心地は最高だ! 巨大な肉まんにもたれかかっているようだ。
「なんか幸せ…」
 続いて紅茶を飲んでみる。よくはわからないがとてもいい香りがする。砂糖を入れなくても甘いようだ。
「それともすでに入れてあるのか?」
そんな素振りは見せなかったけど
「おいしいからいっか」
 アハハと笑ってごまかす。そしてしばらく紅茶で時間を潰していたが、とうとう部屋から執事がいなくなって十分になろうとしていた。
 さすがに何も無いというのも暇で、ただ座ってあくびをかみ殺している状態になった。
「まだかなぁ? 見たいアニメが始まってしまうではないか」
 席を立とうか立たないか一人で妄想花占いをやろうとした時に、突然扉が開いたので思考が停止してしまった。
入ってきたのは先程の執事ともう一人若い女の人で、見たことがあるようでない人だった。
「おまたせ! 待たせてごめんなさい。準備するのに手間取っちゃって、待っているのも退屈だったでしょう?」
 口調こそ違えとこの声は…もしかして?
「茜先…生?」
 当たり! と手を合わす。先生は豪華なドレス? の様な劇団が使用しそうな長いフリルのヒラヒラを装着した言葉では言い表せそうもない物を着ていた。
「折り入ってあなたに頼みたいことがあるの。あっ! あなたはもう下がっていいわよ。用があったらまた呼びますから待機していてください」
 かしこまりました。と執事の人は特に何も言わずに去っていった。
扉が閉まるのを目と耳で確認して茜はこちらへと振り、いきなり口調が一変した。
「私の授業を邪魔したものには、家にあるサバイバル訓練場でみっちりしごく事にしている。執事もただ家の掃除をしてればいいってもんじゃなくてね、鍛錬は怠らない。まあ一応生徒だから? 機械運動や一般レベルの訓練でみんな許してやってるけど、そのみんなが途中で泣きながら許しをこうんだよ。もうしないから許してくれって」
 わざとらしく真似をする、ほんとに性根が悪い。
「そこで、終業式当日に居眠りをしたお前は特別メニューでたっぷりといじめてやる」
 覚悟しとけ、と笑いだす。
それなら
「クリアすれば許してもらえるんですね?」
 ああ、と賛同する先生。
『…ふっふっふ!』
 時雨は心の中で含み笑いをする。
『まさかこの俺様に地獄程度のトレーニングをさせるとは、愚かな奴め! こと運動に関してこの俺様の右に出るものはいないのだ! 柔道剣道なんでも来い!』(心の声)
 さて何からはじめようか?
茜はしばらく悩み、
「よしあれでいこう! 時雨、ちょっとついてきな」
 そう言って、すたすたとドレスを翻し歩き始める。(ちょっと様になってるからズルイ!)
そのまま中庭の広い芝生の真ん中に時雨を連れて来てしばらく待っていろと言う。
少し離れた場所にある噴水に腰かけどこからかメガホンを持ってきて喋り始めた。
「これから鬼ごっこを始める」
 遂に狂ったか? しかし声高らかに
「ルールは簡単、今から十分間、鬼から逃げ延びたら勝ち。ただし芝生の中から逃げ出した時点で負けとし今年の成績は付けないから覚悟して挑め。最後に鬼に対しての暴力、及び力でねじ伏せるのは禁止、鬼は複数いるから気をつける事。受け流すのはありとする。
ただしこれは体のどこかが鬼の手に触れた場合はカウントで注意とし、三回やると失敗とする。わかったな?」
「まあ、ようは鬼に触れなきゃいいだけでしょう?」
 十分で複数の鬼と退治するのは面倒だけど体力なら自信があるしどうにかなるだろ?
それから、と茜が最後通告のように
「お前以外の九人はこれで、しかも一体のみにすら敗北してるから気をつけろ! 奴ら遠慮というもの知らんから」
 一体? 確か中には陸上部の奴もいたはずだけど、それでも負ける? 何なんだ鬼って?
「それでは始める。五、四、三、二、一、始め!」
 開始の合図と同時に飛び出した影に、時雨は猪突猛進、後方に退いていった。
これから十分間の地獄が待ち構えている。
今まだ、その最初なのだから……。

                             ●

「くそ! 開始してからいったい何分たった!?」
 鬼ごっこが始まってちょうど五分が過ぎようとしていた。
現在、鬼の数三、注意一。
戦況五分五分といった所だった。
「くそ!後何分だ!」
 飛びついてくる犬から逃げまどいながら茜に確認する。
「後四分よがんばれ」
 呑気に執事が持ってきた。紅茶をすすりながら腕時計を見て答える。
 くそ羨ましい…そして憎い! 再び飛び掛ってくる鬼達を横に回転しながら避けつつ呼吸を整える。
「最初はゴールデンレトリバー。次はシベリアンハスキーで、次はブルドッグ、何匹いるんだ一体!」
その質問に対し「安心して! 後一匹だから」と気軽に答える。
何かは見当つくんだけど考えたくない。目の前では、遂にブルドッグもあきらめたのかハスキー犬の後を追い逃げていく。
「ふざ…けんな! やべぇ…はぁ…もたねえ…かも」
 理由は簡単、次に出てきたのがお約束の軍用犬、ドーベルマンだったからである。
「気をつけて! その子は家で飼ってる現役の番犬よ。過去に二人と三匹の命が半死半生という目に追い込まれてるの」
 どうか死なないでね。と忠告しながらお茶をすすっている。
悪魔め! と吐き捨て軍用犬と向き合う。
「ヤバイ!…早く終らせないとマジで死ぬかも」
 心臓も限界に近づきつつある。オマケにさっきの三匹から逃げるときにあちこち擦り剥いて痛いのなんの、足はガクガク。これじゃいい的だ。
 そこへ天の声が聞こえてきた。
「喜べ、後二分を切ったぞ!」
 あと少し、それで終わるとなると時雨の心に再び気合の火が灯った。
「あと少しなら持つかな? いや持ってくれよ俺の体」
 頭の中であの犬から逃げる計画を考える。
依然あの犬は一定の距離を保ちこちらを睨み唸っている。
このままの状態でいけばあと少し時間稼ぎができそうだが、しかしあの先公の事だからそこまでやさしくはないだろう。
ドーベルマンは少しずつだが近づいてきている。
後は周りをグルグル回っていればどうにかなると思ったとき、甲高い雄叫びと共にさっき離れていった三匹の犬たちが一斉に駆け抜けてきた。
まるで『集え我が元へ!』のような、何かの映画のワンシーンのようにさぞかし格好良かっただろう。傷ついた仲間に駆け寄るようにも見えたに違いない。
だが今は明らかに場面の雰囲気が違っている。元気なのは犬で傷ついているのは俺!
これじゃあまるで今にも死にそうな動物の近くに群がるハイエナのようなのではないのだろうか?
例をあげるなら今の俺はシマウマ辺りかな?
作戦変更。この広場にある障害物等を利用して、必ず生き延びつつ勇敢に逃げ延びようではないか! と俺は思う
そんな時、後一分跳んで三十秒チョイというなんとも曖昧な声が聞こえてきた。
そしてこの作戦を考えたときに思ったことを聞いてみた。
「先こ…先生」
 茜の眉がピクリと動き慌てて訂正する。
「先生、壁を使うのは構わないでしょうか?」
 塀の外に行かなければ別にいいぞ! と言う返事が返ってきた。
「よし、いける!」
そう確信し飛び出していった。ついでゴールデンレトリバーとブルドックが後を追いかけてくる。
まず目標は、エリアの真ん中にあるでかい噴水だ。
豪華な家にお似合いの石像が中央についている。ロンドンあたりにありそうなやつだ。
「三、二、一いまだ!」
タイミングを見計らい、思いっきりの助走を付けて跳んだ。そのまま石像の体を踏みつけてさらにジャンプ!
吊られて跳んだブルドックとゴールデンレトリバーは、高さが足りずに水の中に落ちる。そうすることで時間稼ぎと追手の数を減らすことができた。
 残るは二匹、やるなぁあいつ。
 言葉には出さずに茜は誉めていた。
 ふと我にかえりふと時計に目をやると時間は残り一分をきっていた。
「後一分だ!がんばって逃げろ」
 後はあの作戦に賭けるしかないか。そう思い噴水から着地した瞬間シベリアンハスキーが横からよだれを垂らしながら猛然と走りよってきた。
「息つく暇も無いってか? 畜生め!」
そう毒気づき再び走り出す。次に目指すはあの高い塀。
犬が飛び掛っていく寸前に再び走り出し犬の肉球は空しく空を切る。あとこの体力でできるポイントは二ヶ所、さあこい!とばかりに走り出す。次に狙う獲物は強敵ドーベルマン! しかし、やはり十分間も走り続けたツケが回ってきたのか足に思うように力が入らず早くは走れない。それでも最後とばかりに火事場の馬鹿力が働くのか足は異常なまでに走り続ける。
「がんばりますなぁ、あの少年」
 横で執事が感心したように呟く。
「これなら、あの子をまかせても大丈夫かしら?」
 いやしかし、と執事が反論する。
「やはり同年代の子供にお嬢様の警護を任せるというのは不安で溜まりません。私達も学園にお供させていただければ精神真意お役にたてていただきとうございます。私ども執事、メイド達はそのために働き、そのためにがんばってまいりました。どうか私どもに警護するチャンスを」
「それぐらい私だってわかっています」
 茜は執事の声を遮断した
「けど教師と生徒という立場上、自分の家の者といえど常に一緒にいることはできないし彼女のためにもそんなことはしたくないの。だから生徒の中から選び、学校にいる間だけでいいから彼女のことを守ってもらえる人を探しているの。そして」
 あの少年が十人目ですか? とぼやく。
「そう、運動神経が良い子を選び抜いてきたつもりなんだけど全員が全員話にならない子ばかり。中に一人だけできるかという子もいたけど結局は最後にドーベルマンの餌食になったし、この子でだめならば学校側に相談してその時はあなた達でも配置しようかしら?」
「それしか手段の無くなった時にはぜひ我らのお力を」
 再び同じ戦法を使いたかったんだけど、さすがに二度目は無理だと思い、塀の近くまで来て助走をつけて数え始める。
いまだ! と高く跳躍し、壁から突き出しているコンクリート部分に足を乗せ壁を蹴って近場の木の枝に掴り、勢いで逆方向に走り出す。後ろについていたドーベルマンは前の二匹と同じように吊られて飛び出し目の前の壁にぶつかり泣き声を上げる。
後は逃げるだけという時になって卦躓いて転んでしまった。火事場の馬鹿力も遂に限界を突破したのかまったく動こうとしない。
あと少しというときに筋肉の神様に見放されてしまった。
仕方が無いので四隅の角に這いずって行って足を休ませることにした。犬たちは二匹はずぶ濡れで一生懸命に水を飛ばしているしドーベルマンは気絶でもしているのだろうか、ピクリとも動かない。
シベリアンハスキーはというと、牙剥き出しでこちらに走ってきている。
他の犬たちがコケにされたので怒っているのだろうか? 闘志剥き出しで迫力がある。
「こりゃ死んだな? 謝っても許してもらえそうにないしな」
 まさに後数メートルに迫ったとき、茜の終了の一言が聞こえてきた。
 その瞬間、シベリアンハスキーや他の犬達は一目散に茜のほうに走って行った。
「よしよし、よくがんばったね。えらいぞお前たち!」
みんなの頭を撫でながら笑顔で話し掛けている。
「なにやってんだろ? おれって」
酸欠になっているのか喋ることもままならない状態で芝生の上に大の字になる。
汗はダクダク、気分はダークブルー、寿命は二十〜三十年縮んだなこりゃ。
ハァハァと秋葉系の男みたいに肩で息をしながら目を瞑り、深い眠りに落ちていく。こっちに近づいてくる足音が聞こえてくるが目を開けられないほどに疲れてそのまま眠りについてしまった。
空は紅くなり最後に思ったのはアニメの結末はどうなったんだろう? と思うぐらいであった。
2011-05-05 18:54:39公開 / 作者:神楽 時雨
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■作者からのメッセージ
更新です。
●から下が今回更新分となっております。
見にくいや文法などいろいろ指摘があると思います。
どうか見て感じたことを教えて頂けたら勉強になります。
ではありがとうございました。
この作品に対する感想 - 昇順
序章ね。最後までちゃんと書きなよ?
見ててあげるから。
2011-03-04 13:47:02【☆☆☆☆☆】毒舌ウインナー
計:0点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。