『瀬戸内ペアと風の道』作者:鈴木淳平 / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約43.57枚
瀬戸内ペアと風の道                         
鈴木淳平

 俺は平成元年生まれ。事実上、冷戦が終結した年で、近代と現代の境として捉えられる事があるらしい。
 平成生まれっていうのは高度経済成長とかバブル崩壊とか、東西冷戦とかが良く分からない世代で、大人たちは「バブルの頃は良かったで」なんてボヤくが、俺から言わせてもらえば「なんじゃそりゃ」って感じだよ。

 俺は岡山県倉敷市の天城という町に住んでいる。『天の城』なんて偉そうな名前だ。
 能の世界で有名な『藤戸』というお話があるが、その舞台になったのが俺の住んでる町である。確か、こんな物語だったと思う。
 源氏の佐々木盛綱という武将が、地元の漁師から浅瀬を聞き出したが、その後に漁師を殺したとか。藤戸の合戦では浅瀬を馬で渡り手柄を立てたものの、盛綱は漁師の怨念に苦しめられた。そんな怨念を鎮める為に、経ヶ島をつくって供養しました。

 これは実話で、沢山の史跡が残されている。 天城小学校の六年生は毎年、演劇でこのお話を演技する。
 俺は佐々木盛綱の弟で、佐々木高綱の役を演じた。俺が演技したのは盛綱と高綱が二人で話をする場面で、盛綱役は親友の小野だ。
 本番前の予行演習では下級生達が見てる前で劇を披露するのだが、下級生の連中はおしゃべりばかりして劇に興味を示さない。
 そんな雰囲気の中で、俺と小野だけが登場するシーンを迎えたのだが、俺と小野の演技が素晴らしかったのだろう、演技を終えて幕裏に入る頃には、おしゃべりは消えていた。
 予行演習の後、俺と小野だけが先生から褒められた。
 俺と小野が最強のコンビである事が、この劇で証明された。

 俺が小学校の時に、バス釣りが流行した。 
 岡山県で有名な釣り場は、高梁川や吉井川、旭川などの一級河川周辺を中心に沢山あって、倉敷川や六軒川などの地元の川もそのなかの一つ。川だけで無く、近所の木見池なんかは、バスプロが遠征の帰りに寄り道するくらいに良好な釣り場だ。岡山県は全国有数のバス釣り天国と紹介されているとか。
 そんな岡山に住む俺と小野は、休みの日になるとバス釣りをして遊んだ。二人だけの秘密の釣り場も開拓してある。
 最近、普及してきたインターネットは、かなり便利だ。『バス釣り』と検索しただけでも、バス釣り情報がズラズラと並ぶ。情報が沢山手に入りすぎて、きりが無いくらいだ。ネットで得たバス釣り情報は、俺と小野で共有されたものだ。

 釣りに関して面白いエピソードがある。
 倉敷川のとある場所には、美観地区から脱走したと思われる色とりどりの錦鯉が群れている。なんでこんな所に群れているのかと思っていたら、パン屋の親父がパン耳をばら蒔いて餌付けしていたのだ。
 俺と小野は「入れ食いじゃ」と叫びながら、餌付けされたコイを釣りまくっていた。そしたら、パン屋の親父に怒鳴られた。

 そんな俺と小野は中学でも最強コンビとして活躍する予定だった。しかし、小野の奴は有名私立中学へ進学しやがった。
「裏切りだ」
 俺は相当にガッカリした。
 もう、小野と一緒に釣りをする事は二度と無いだろうな。

 俺の学力レベルでは小野と同じ中学へ進学するのは不可能である。俺は天城小学校と帯江小学校の卒業生が通う市立の多津美中学校に入学するしかなかった。
 小野のいない中学校生活ってどうなるんだろうか? 俺にはサッパリ想像できん。

 今年は二〇〇一年。俺、岡山健助は半年後には十四歳になる。一月にはアメリカの大統領がブッシュ大統領に決定しており、四月末には日本でも選挙があって、新しい総理大臣が決定する。ヨーロッパではユーロがどうのこうのって……。世間は新世紀ブームで浮かれ気分だし、世の中も大きく変わってくるんだろうな。
「俺も変わらんとおえんで」
 そんな事を呟いてみるが、なにがどう変われば良いのか分からない。
 
 俺は小野と一緒にテニス部に入ってダブルスのペアになる予定だったが、小野はもう居ない。それでも俺はテニス部に入部した。ここで小野に変わる相棒を見つければ良いんだ。
 秋からはじまるテニスのアニメの影響で、今年はテニス部に入る新入部員が多い。数年前はサッカーアニメとJリーグの影響でサッカー部員が増えたらしいが、今年はテニス部員かよ!

 テニス部には腐った伝統がある。入部してから一年間は走り込みと、玉拾いなどの雑用しかしてはいけないのだ。
 この伝統のせいで、わずか一ヶ月の間に新入部員が半数になってしまうのは毎年の事だが、今年の新入部員は骨のある奴が少ない。三十人いた新入部員が、一ヶ月の間で八人にまで激減してしまった。
 先輩としては部員が多いとコートが狭くなるから、ヤル気の無い部員を淘汰出来る理由で、この馬鹿な伝統を続けているのだろう。走らされるこっちは退屈だし、去年まで走らされていた先輩は、ここぞとばかりに後輩をこき使う。
「ふざけてやがるぜ!」
 夏休みが終わるまでにダブルスのペアとしてふさわしい人間が見つからなければ、俺はテニス部を辞めるつもりだ。

 香川建徳の存在は、そんな俺にテニス部を続けさせる力を与えてくれた。
 本人はそんなつもりは無いのだろうけどな。香川の、先輩に向って露骨に舌打ちする反骨精神。俺はアイツを気に入った。だから、夏休みが終わるまではマジで頑張る。

 香川建徳は同じクラスで、出席番号は俺の一つ後ろ。アイツも俺も警戒していたんだろう、一週間はお互いに会話が無かった。
 ある日、香川が「校舎立替の後にある移動教室制ってだるいよな」とぼやいていた。
 俺は何となく「だよな」と返事をしてみた。そしたら香川が「知ってるか、移動教室をしてる玉島北中学の校舎はどっかの有名デザイナーが設計したらしいぞ」と答えた。
 これが俺と香川が交わした始めての会話になった。それ以来、俺と香川は友達になった。

日本の学校教育では、授業毎に科目を担当する先生が教室にやってくるスタイルだ。それに対して、移動教室制は西洋のシステムだ。生徒は授業の度に担当科目を教える先生の教室へ移動しなくてはいけない。そして、教科書や体操服は廊下にある自分のロッカーに入れておくのだ。
この移動教室制は教科教室型というのが正式名らしく、これを取り入れている中学校は全国で百校ほど(倉敷市では玉島北中学が取り入れている)だが、校舎建て替えにあわせて、来年から多津美中学校でも教科教室型を取り入れられる予定である。さらに、来年から週5日制までスタートする。やっぱり新世紀だからなのか? 色々と変化がありすぎて大変だぜ。

多津美中学校のボロさは県下でも有名で、教室のドアは開け閉めする度に外れてしまうほど。倉敷市は、このままの状態にしておくのはマズイと判断。建て替えが決定したのだ。

建て替え工事で運動部の活動場所が狭くなった。まあ、テニス部はもとから狭いがな。
 テニス部では部活動時間の半分以上が走り込みで、後は玉拾い。走り込みではテニスコート周辺の時だけ走って、グラウンドに差し掛かって先輩から見られないところになると歩いてお喋りをする。
「知ってるか、総理大臣は小泉純一郎って言う人がなったんだって」と俺。
「誰がなっても一緒でしょ」と冷めた表情の香川。大人たちも口を揃えて同じ事を言うが、香川も中学生なのに例外ではないな。
「もう一回、橋本総理がなるかもって期待したんだけどな」
橋本元総理大臣は倉敷市出身で、小学校の時に握手をしたこともあった。確か、背がものすごく低かったな。ちなみに、家から自転車でいける距離に犬飼毅(元総理大臣)の生家もあり、俺の生まれた地域周辺から総理大臣が二人も輩出されている。岡山はそういう人が生まれるような土地柄なのかもしれない。
「それならお前が総理大臣になってみろよ」
香川はバカな事を言うぜ。
「俺なんかが総理大臣になったら、日本は一年以内に滅ぶわ」
「確かに」
 少なくとも総理大臣になるような人間は、こんなアホらしい部活に入って走り込みなんかしていないだろう。そんな暇があったら勉強でもしてれば良いんだ。

「それより、ゴールデンウィーク、部活終わったら何する?」と聞いてみる。
「イオンでも行くか?」
 そんな事を話していると、俺と香川はテニスコートの傍まで来てしまった。二人は無言になって、ラケットを振っている先輩の横を走った。リズムを刻む香川の呼吸が聞こえる。その音に視線を移すと、香川は先輩を睨みつけていた。香川の頭の中はウザイ先輩の事で一杯だろうが、俺は連休に何をするかでいっぱいさ。

 俺が小学生の時にイオン倉敷ショッピングセンターが完成した。イオンはアメリカ式の大きなショッピングモールで、雑貨から食料品、楽器屋に本屋などなど、とにかく沢山のお店がある。その上、映画館やゲーセン、レストラン街まであるから一日じゅう遊べる。
 イオンが出来た影響によって、最近は駅前の商店街が落ちぶれてきたような印象を受ける。郊外型の大型ショッピングモールってのは、時代の流れだから仕方がないだろう。
 それでも美観地区周辺は観光客が多いからまだまだ活気がある。あそこには大原美術館などの目玉があるからな。それに、あんな街並みはあそこにしか無い。全国画一の大型ショッピングモールでは絶対に真似できない強みなんだ。
 週末は映画を見て、本屋で立ち読みかゲーセン。帰りは中央図書館の傍にある百円のソフトクリームを食べながら家に帰るって所かな?

 俺と香川はテニスコート傍の階段を駆け上がる。桜の花びらはスッカリ散っており、新緑が目立って来ている。最後の階段を上り終えると、春風がフワッと吹いて、汗をかいた体操服の中を泳いで心地よい。
(もう五月なんだな)ついでに(そう言えば去年までは連休になると小野と一緒にバス釣りしてたな)と思った。
「なぁ、香川。お前ってバス釣りとかするんか?」と俺が尋ねると。
「おお、するで。たいがい、六軒川で釣っとる。やっぱ川バスはよう引くからな」
 香川の反応は思いのほか良好だ。
「そんじゃあ、連休は二人で釣りに行くか。ちょうど、六軒川の傍に子バスがわんさか釣れる秘密の釣り場があるから、教えてやるで。マジで爆釣じゃから、普通に二桁行く――」
 俺は小野と一緒に開拓した秘密の釣り場を香川に教える事にした。この釣り場は、一度たりとも他の人に教えていない。でも、何となく香川だけには教えたくなった。
「それ、マジでおもろそうだな。そんなら俺は六軒川の攻略方法を伝授してやらぁ」
 俺の主な釣り場は倉敷川か、その周辺の野池だから、六軒川へはあまり行かない。そんなわけで、香川の情報は大いに役立つ。
 香川は小野に変わる最高の釣り仲間になりそうだ。
「そんじゃぁ、決定な」
「じゃ」
 こうして、ゴールデンウィークは部活をサボって、香川と一緒に釣り三昧だった。

 授業の合間の休み時間になると、俺と香川は廊下で語り合うのが習慣になった。
 多津美中学校の廊下は雨風が進入する作りになっていて、手すりはサビだらけで今にも折れてしまいそう。そのかわり、廊下から見える景色は格別だ。山の中を切り開いて、斜面に無理やり立てられた校舎だから、廊下は展望台みたいなものだ。視界には岡山平野が遠くまで広がっており、季節の度に衣替えしてくれる水田がある。金甲山や、児島富士と呼ばれる常山だって見える。
 戦国時代の常山には常山城があったのだが、今はTVの電波塔が聳え立っており、俺たちの家に電波を届けている。
 それを見るといつも俺は「なんでローカルニュースは岡山県と香川県で同じ内容を放送するのだろうか?」と思わずにはいられない。一級河川が三本も流れているほど水に恵まれている岡山県民が、香川県の水不足を知ってどうしろと?
 俺の一キロ程手前にある瀬戸中央自動車道は瀬戸大橋に繋がっている。この高速道路を右翼の車がスピーカーから不快な音を垂れ流して香川県方面に向って走る。
「なんか、あの右翼の車って、いつも同じ時間になると走ってるよな」
「確かに」その点については俺も以前から疑問に思っていた。香川は続けて呟く。
「小泉総理が靖国神社を参拝するかどうかで騒いでるけど、あれってなんじゃろう?」
「右翼と左翼が関わってんじゃねーのか?」
「右翼とか左翼とかよう分からんで」
「俺もよう分からん。でも、俺の親父は大学生の時に学生運動っちゅう左翼の活動をしよったらしいで。なんか、冷戦時代は日本も共産化するんじゃないかっていわれとったらしゅうて、右翼と左翼がぼっけえ闘争をしたらしいぞ。でも、俺が生まれた年に冷戦が終わって、右翼と左翼の争いも目立たなくなったんだと」
「じゃけど、なんで右翼と左翼は戦っとたんじゃろうなぁ?」
「なんでじゃろうなぁ〜」
 平成生まれの俺には、思想の事は難しい。
「ゆとり教育を言い出したのは左翼だ」
 なんて事を親父は言っていたし、このまえの森総理は『神の国発言』で退陣させられた。小泉総理だって靖国神社の事で騒がれているし、教科書問題もなんでこんなに揉めているのか俺には理解出来ないぜ。冷戦が終結したと言っても、思想闘争が続いているんだろうな。

 しばらく、俺と香川は何も言わずに景色を眺めた。俺は政治の事を考えていたが、香川は何を考えているのだろうか?
 ぼーっとしていると、遠くのほうから電車の音だけが聞こえる。瀬戸大橋線を走る快速列車か何かだろう。きっと、今も岡山県と香川県を繋いでいる。たぶん、瀬戸大橋の存在が地方のニュースで岡山県と香川県が同じ内容を放送する原因の一つなのかもしれない。 
「よおー、岡山、香川。お前らホンマに仲ええな。青春トークでもしょうたんか?」
 クラスのおしゃべり男子がやって来た。俺は何となく「なぁ、お前は香川県に行ったら何する?」と聞いてみた。
 そしたら「そりゃー、うどん食うで」と答えたので、うどんトークが始まった。
「讃岐うどんは空海っちゅう坊さんが昔の香川に持ち込んだんだ。だから、本場の香川でやってるセルフ方式が正しいんだ。他県では店員が持ってくるけど、あれは間違いだ!」
 おしゃべり男子は力説しだした。
 男は面白い生き物で、どうでも良い事を本気で語りあったりする。あんまり話が熱くなりすぎたから、俺が「ふ〜ん、そんじゃあ、うどん食うかい?」とボケを入れてたら一瞬で空気が冷めた。
 空海は歴史の教科書に載っているほどに有名な香川県出身の坊さんだ。
 そう言えば岡山県にも『一休さん』って有名なお坊さんもいたな。金光教の本部だって岡山県(金光町)にある事を考えると、岡山県ってスゲー人材が出るだけじゃなくて、宗教性もある地なんだろう。とか考えた。 

 梅雨に入った。この次期はマジで憂鬱になる。ボロ校舎の廊下は水浸しで、マジだるい。さっさと工事を終わらせて新校舎に入りたいが、アメリカ式の移動教室(教科教室型)はちょいとだるいぞ。なんか複雑な気持ちだ。
「多津美中学校が建っているこの場所は、縄文時代の土器が沢山眠っているんだぞ」
 そんな事を、本日最後の授業で社会の先生が自慢げに語っていた。あんな行動をしたのは、この話を聞いたからなのかも知れない。
「先輩マジでウゼー。今晩、テニス部の部室にいたずらしてやろうぜ」提案したのは香川。
「どげんするんじゃ?」と俺が聞いたら、香川はニヤリと笑った。
「土器をお見舞いしてやるんだよ」
「なんじゃそりゃ? 先生の影響か?」
 冗談交じりの表情で、俺と香川は本気で計画を練った。

 その日の夜十一時に、俺と香川はテニス部の部室に侵入した。コンクリートの隙間に隠されている鍵を使ったから、進入は楽勝だった。近所の不法投棄現場から頂戴した沢山の陶器の茶碗を部室内のコンクリートに投げつけた。その数、三十枚以上。
 香川は「土器の発掘現場じゃ!」と叫んでいたし、俺も「テニス下手くそなくせに威張んじゃねーよ」と叫んだ。二人には先輩に対する鬱憤が溜まっているんだ。その上、最近は雨が多くて気分も晴れないから、こうでもしないとやってらんねーぞ。
 部室の床は割れた陶器(香川は土器と言い張る)が散乱していて爽快な光景になった。
「ほんまに発掘現場みたいじゃな」と俺。
「じゃろうが、社会の先生の言う通りじゃわ。多津美中には土器が沢山眠っとる」と香川。
「先輩、どげんな顔するじゃろうか? 明日が楽しみじゃわ」
 二人は「やっほー」と叫びながら激チャ(激しく自転車のペダルを漕ぐこと。最近若者の間で使われだした岡山弁)で家に帰った。
 
 俺と香川は不信に思われない為に、いつもと同じ時間帯に登校した。
「こんな事をしたのは誰だ!」
 部室の中では、先輩達が予想通りにブチ切れていた。
「これは酷いですね。先輩、手伝いましょうか?」と俺。内心は爆笑だ。
 香川は「テニス部に喧嘩売りやがって!」と先輩以上に切れている。完璧すぎる演技だ。
 先輩は「ぜってー、犯人を捕まえる」と燃えているが、灯台下暗しなんだよ、バーカ。
 俺と香川は細かい破片まで神経質に片付けた。何も知らない先輩は俺達に「サンキュ」なんて感謝してやがる。
 俺達が片付けを手伝ったのは疑われる事を防ぐ為だけではない。こうしておけば走り込みの時間が短縮されるからだ。つまり、片付けはサボる口実なのだ。
 俺は先輩が練習を始めたのを確認して、香川をチラリと見た。香川は「マジ受ける」とニヤニヤ笑った。
「なんか、発掘調査みたいだな」
 俺が冗談を言うと、香川は先輩を睨んで、「今度はあいつらの骨を発掘してやる」なんてブラックジョーク。さすがに、ちょっと笑えなかった俺……。
「テニス部つまらんわ。俺、一年も持たんかもしれん。こげん所で頑張ってみても、さいさき暗いで」
 俺はとうとう本音をもらしてしまった。そしたら香川は眉間にシワを寄せて俺の胸ぐらを掴み「そげんな事、言うなやっ」と叫んだ。
 俺はテニスコートに視線を送り、小声で「先輩に見られるぞ」と伝えた。
 先輩は水はけの悪いコートでラケットを振っている。所々破けているネットと錆び付いたポール。ぼろいのは校舎だけじゃない。
 俺は、思いのほか冷静な自分に少し驚きつつ、香川の腕にそっと手をあてた。
 香川は「悪かった」と言って手を離し、冷静な口調で話を続ける。
「お前が辞めたら俺は誰とペアを組むんな。いいか? 俺たちのテニスコートは一面しか無いんだ。今、一年で残っているのは八人じゃろ。一年以内に半分は辞めると思う。そしたら俺たちがコートを使えるようになるんじゃ。じゃから辛抱しようで」
 多津美中学校のテニスコートは二面しか無い。片方は女子が使うから、男子はもう片方の一面しか使えないのだ。
「そりゃあ、そうじゃけど……」
 俺はそう呟きながら陶器の破片をコンクリートの床にギリギリと擦り付けた。 
 香川も「俺はお前とテニスをしたいんじゃ」と呟いてコンクリートに傷を付ける。俺よりも少しだけ強く擦り付けている。
 俺は「分かった」と返事をし、右手にありったけの力を込めた。これが俺の意思表示なんだ。
 香川は円を描いた。俺は香川の円に、自分の円を重ねた。

 技術の授業で課題が出た。
「期末テストまでにプレゼンテーションを完成させなさい」
 最近TVで話題になっている金正日。彼にそっくりの技術の先生は、人生初の期末テストを前に、ふざけた課題を出しやがる。
「フロッピーディスクとか写真二枚しか入らんし。なんでハードディスクに保存せんのんな。ってか、ウチの中学はまだウインドウズ98かよ。もうすぐXPが出るっつーのに。せめてME――」
 俺の隣に座る香川は、不満を垂れ流しながらプレゼンの製作をしている。 
「学校教育ってITの波に追いついて行くのが大変だよな。OSを変えた所で、すぐに次のOSが出て時代遅れになる。それに、設備をいくら変えてもソフトの性能が上がりすぎてハードが追いつかない、マジでキリがねーぞ」と俺。
 今年で全国の公立中学校にインターネットが繋がるとか……。メディアから強い批判を浴びまくって退陣した森総理の数少ない実績『IT革命』は、俺たちの生活を劇的に変えている。
 俺達が社会に出る頃になると、俺達は『ゆとり世代』だと馬鹿にされるだろう。その代わりに俺は「お前らはITも使いこなせないのか」と馬鹿に仕返してやる!
 これからは俺達みたいな大衆が情報を握る時代に突入するんだ! 情報収集能力のある奴等が生き残る時代に突入するんだ!
 俺は数年先の事を考えていたが、香川はもっと目の前の事を考えていたようだ。
「もうすぐ夏休みだな」
 俺は「ああ、そうだな」と空返事をした。
 梅雨明けして久しい今日この頃。窓の外を見ると「晴れの国・岡山」の太陽が眩しい。
(もう、夏なんだな……)

 夏休み最初の部活で、俺と香川は先輩に対して無謀な挑戦を挑んだ。
 香川が先輩に向って「ダブルスで勝負だ。俺が負けたらジュースをおごる」と、反骨精神むき出しで叫んだのだ。
「その挑戦、受けて立つ」と部長。
 その挑戦に、俺もダブルスのペアとして参加したが、結果は惨敗。俺と香川は先輩から一得点すら奪えなかっただけでなく、先輩のサーブを一つも拾うことが出来なかったのだ。絶対に言い訳不能な程に、見事な惨敗だった。
「約束だぞ」と笑顔の先輩。
 俺と香川は何も言い返せず、二人の財布から百二十円ずつが吐き出された。
 俺は戦争なんてこれっぽちも知らない(経験していない)くせに「戦争で負けて賠償金を払う国って、今の俺と同じ気持ちなんだろうな」と、偉そうな事を思ってみた。
 香川は何を考えているのか分からない。とりあえず、凄まじい形相をして何かに耐えている事だけは確かだ。
 そんな事もあって、俺と香川の夏休みは最悪の気持ちで出発してしまった。

 金正日そっくりのテニス部顧問(技術の先生)は、大げさなほどに汗をかいている。
「次の練習試合は下津井中学とだ。少し遠いが、事故に気を付けて行くんだぞ」
 俺は心の中で「遠すぎでしょ」と呟いた。
 香川は先輩達にも聞こえる音量で舌打ちをした。さすがの俺も少し焦ったぞ。
 
 多津美中学で練習試合はありえない。ボロボロの二面しか無いコート。狭すぎて他校の生徒の居場所すら無いコート周辺。工事の音だってうるさすぎる。むしろ、練習試合で別の学校へ行く方が遥かに設備が充実してやがるぜ。でも、ラケットを握らせてもらえない俺達には関係ないがな……。

 練習試合当日の朝になると、部員達は茶屋町駅に集合したのだが、俺と香川だけはテニスの道具を持ってこなかった。結果的に、先輩からこっ酷く怒られた。
「どう考えても先輩が悪いに決まってるだろ。なんで使いもしないラケットを持って来んとおえんのんな!」と俺に呟く香川。
 俺も香川と同感だ。先輩は「テニス部では一年もラケットを持ってくるのが伝統なんだ」と馬鹿な事を言っている。そんな非効率で生産性の無い伝統なんて守る必要は無いんだ。俺の代になったら、こんなクソみたいな伝統は即行で廃止してやる!
 集合場所に一番最後に到着したのは副部長で、この野郎は俺達よりも気が抜けているんじゃないのか?
 快速電車に乗った俺と香川は、先輩から離れた座席を確保出来た。
 車両が気持ち良い位に加速したあたりで、俺は小野に話しかけた。
「なぁ、知ってるか? 植松駅の近くに、燃えろ岡山・輝け灘崎って標語が書かれた看板があるんだぜ」
 香川が「ふぅ〜ん」と相槌を打った時、電車は植松駅を通過して稲荷山を貫くトンネルに入った。
「そしたら小野のやつ、その看板に『灘崎消防署』って落書きしやがってよ。マジで受けるわ」
「それ、マジで受けるな」
 香川はシュールなネタが大好きで、声を出し、手まで叩きながら大いに笑ってくれた。
 稲荷山を抜けるとすぐ、木見駅を通過する。木見駅の傍にはバスプロも来るという木見池がある。俺と小野は休みの日になると、よくあの池で釣りをしたものだ。
 木見駅を通過したらすぐにもう一度暗いトンネルに入る。快速マリンライナーは全国でも数少ない時速百キロを超える在来線の電車だから、木見駅付近で車内に光が差し込むのは一瞬だけ。今度のトンネルは由ヶ山周辺の山々を貫く長いトンネル。
 車窓の暗闇を見つめながら「でも、なんで俺は小野の話題を出したんだろうか?」と思うと、だんだん耳が詰まって来た。このトンネルを通過する時はいつも、気圧差でこうなってしまう。
 香川は小野に代わって俺の釣り仲間となった。テニスのペアの相手だって、本来は小野のはずだったけど、香川が小野の代わりになってくれた。
「明日の練習試合、ラケット持って来まあで」と提案して来たのは香川だった。俺は大賛成した。今日、先輩に怒られたけど、全然後悔なんてしていない。
 俺は手で鼻を押さえて耳抜きをした。すると、耳の詰まりがおさまって、さっきまで遠のいていた聴力が元通りに近付いた。その後すぐに、車内は光に包まれた。長いトンネルを抜けた。
 車内が光に包まれてすぐ、上ノ町駅に到着して一旦停止。近くに私立大学があるから、小さな駅だけど快速電車が停まるのだ。
 扉が閉まったのを確認した香川は「次が俺たちの降りる児島駅だな」と呟いた。
「そうだな、この後、もう一個トンネルを通過したら、すぐに到着するで」
 しばらくたって、俺は香川と同じ種類のエナメルバックを荷物棚から降ろして「行くぞ」と声をかけた。
 香川は「了解」と威勢の良い返事をした。その声のニュアンスが、何処と無く小野とそっくりな気がした。
 着替えと昼飯の菓子パン、タオルくらいしか入っていないエナメルバックは、投げたら風に吹き飛ばされるんじゃないかってくらいに軽い。俺みたいに中身がスカスカなんだ。

 雑用とランニング、心のこもっていない形だけの応援くらいしかやる事が無い、練習試合ほど退屈な事は無いぞ。
 クソ熱い半日は永遠のように感じられる。 
 香川の奴は、先輩が失敗する度にニヤリと笑っていやがった。あれは、彼なりの楽しみかたなのだろう。
「それじゃあ解散、気を付けて帰れよ」
 顧問の言葉で、俺達は現地解散し、中学校前のバス停でバスを待った。
「下津井中の連中、結構弱かったな」と部長。
 俺は心の中で「あれだけ苦戦しておいて良く言うよ」と毒づいた。
「ホント、弱かったですよね」
 香川の口調から、そこはかとなく先輩を馬鹿にしている感じが伝わって来るのは気のせいか?
 交通費を払ってココまで来ておいて、こんなに生産性の無い一日なんて損した気分だ。
「なんか面白い事でも起きないかなぁ」と俺は香川に呟いた。
「そんなサプライズが起こったら、ラッキーかもな」
 俺は周囲をキョロキョロとした。すると、いかにもチャリパクされて乗り捨てられたと思われる自転車が、草むらの影に横たわっていた。車両は新品で、まだ乗れる感を漂わせている。俺は香川を突いて、目で自転車を指差しながら言った。
「なぁ、香川。サプライズが起こるのを待つより、俺達でサプライズを作った方が早くないか?」
 香川は俺の考えている事を理解したらしく。
「その案、乗った」と返事をした。
 帰りの路面バスが近付いて来た。チャンスは今しか無い。
「先輩、携帯電話を忘れたので戻ります。先に帰ってください」
「先輩、俺も財布を忘れてしまったみたいです。岡山と一緒に戻ります」
「分かった、気を付けて帰れよ」と部長。
 部員達を乗せたバスが姿を消したのを確認して、俺と香川は放置自転車を起こした。
「やった、これまだ乗れるじゃん!」と香川。
「かわいそうな自転車を再利用してやらないとな」と自己正当化する俺は、既に荷台に腰掛けている。
 二人は『風の道』と呼ばれる遊歩道を自転車で突き進んだ。下り坂で加速する俺達は、文字どおり、風になった。
 瀬戸大橋開通の影響で、俺が生まれる直後に完全な廃線となった下津井鉄道。茶屋町駅を出発したトロッコ列車は俺の家の前にあった天城駅に停車していたらしい。俺の祖父はこの鉄道を良く利用していたそうだ。廃線となった跡地は遊歩道として今も面影を残している。この遊歩道をたどって行けば、遥か遠く、下津井港までたどりつくのだ。そのなかでも、下津井電鉄児島駅跡地から終点の下津井駅跡地までを結ぶ遊歩道は『風の道』と呼ばれており、今も人々から愛され続けている。 
 自転車が下津井中学校前を通過すると、左手には瀬戸内海の海賊が活躍していた下津井城跡。右手にはバブルの時期に作られた鷲羽山ハイランドと呼ばれる遊園地。夏休みが始まったばかりという事もあり、それなりに賑わっている。
 俺がはじめて鷲羽山ハイランドに行ったのは小さい頃だ。肌を露出した黒人がサンバを踊りながら俺に近付いて来た。俺は怖くて泣いてしまったのを覚えている。
 俺が黒人を見たのはそれがはじめてで、世界を知らなかった俺は、とにかく衝撃を受けた。今の俺も世界を知らないけどな。

「あそこ、幽霊出そうだよな」
 香川の視線の先にはホテルの廃墟があった。窓ガラスは割れまくっていて、コンクリートはボロボロ、露出した中の鉄筋が錆びている。
「何か、バブルで景気が良い時に立てたんだけど、バブル崩壊してからの不景気で経営が出来なくなったんだって。取り壊す金も無いからほったらかしじゃわ」
 俺がそんな解説をしてやると、香川は股を大きく開いて叫んだ。
「マジで、バブル崩壊させた奴、死ねー」
 一体誰がバブルを崩壊させたのだろうか? 
そもそも、バブルって何だ? 何となく「クソみたいな伝統を作ったテニス部の卒業生がバブルを崩壊させた」気がする。
 だから俺は香川に叫び返してやった。岡山弁で叫び返してやった。
「自転車おせーぞ、はようシネーヤ」
 岡山弁ってのは汚い言葉で、「早くしなさい」と言う意味なのに「早く死ね」と言っているように聞こえる。東京に行って岡山弁で「はようしね」と喋ってしまい、本気で怒られた人がいるらしいって話しがある。
 岡山県や広島県の人は鼻濁音が出せないらしく、ガギグゲゴなどの濁音が汚く聞こえるそうだ。でも、他県の人からいくら正しい発音を教わっても、違いが良くわからん。当然、発音も汚いまんま……らしい。そんな自覚は全然ねーぞ俺。
 岡山弁で「はようシネーヤ」と叫ぶもんだから、香川のテンションも上昇する。
「ホンマ、はようシネーヤ、じゃわ」
 二人の笑い声は、風の道を滑走路にして入道雲よりも高く飛び立った。青春の翼を広げたんだ!
 それぞれの年齢にはふさわしい生き方があるように、それぞれの場所にもふさわしい風景がある。瀬戸の海には下津井城跡の桜や、島なみに沈む夕日が似合うんだ。俺達だって、らしく生きる方が似合っているんだ!

 俺達の自転車は、山を切り抜いた一直線な道を貫くと大きな左カーブに差し掛かり、夏風の匂いに潮の香りが混じる。自転車に乗って風と一緒にずっとずっと下り、俺達は終点の下津井駅跡地に到着した。
「見ろよ、列車があるぜ」
 香川が指差す先にはフェンスがあって、その奥にトロッコ列車が三台並んでいる。赤色が二台と緑色が一台だ。
「あの車両、昔は俺の家の前まで来てたんだぜ」と自慢する俺。
「嘘やろ、ってかお前、ドコに住んどんな」
「俺は天城に住んどる。昔、天城駅があったすぐ傍じゃわ」
「でぇれぇなぁ、俺の兄貴は天城高校にかよっとるけん、すぐ傍じゃんか」
 最近はニヤニヤした笑顔ばかり見せるから、ニコニコした香川の笑顔は久しぶりに見た。
「ホンマ、でえれぇな〜それ」

 下津井港は小さな港町で、タコが有名だ。船着場にはタコ壺が並べられており、夏休み前半だけあって、魚よりも多くの釣り人が竿を垂れている。
「なあ岡山、今から瀬戸大橋に行くで!」
「おっしゃあ、そんじゃあ前交代」
 俺は香川と交代して自転車を漕いだ。太陽の位置がだいぶ低くなっている。平坦なこの道路は風の道のようにスピードが出ない。俺は汗だくになりながらペダルを漕いだ。

 瀬戸大橋にたどりついた俺達は「でっけー」と叫んだ。
 真下から見る瀬戸大橋は迫力がある。俺たちの真上を貨物列車が通過し、ダイナミックなレール音が俺のハートを揺さぶるぜ。
 防波堤から海を覗くと、下津井海峡の潮の流は凄まじく早い。こういう所で育った下津井のタコは旨いらしい。橋の重石になっているコンクリートの土台は、十階建てのビルくらいの大きさでそびえ立っている。
「なぁ、俺の兄貴が高校の課外授業で下津井岬に行ったらしいんだけどよ、今からそこ行かねーか?」と香川。
「そんじゃあ、行くか!」
 俺は香川の漕ぐ自転車の荷台に腰掛けた。
「ちょい、ギブ。マジきつい」 
 下電ホテルに続く海岸線の上り坂を、俺達は交代で自転車を押しながら歩いた。
「なぁ、香川」俺はチラリと香川を見た。
「なんじゃ?」自転車を押す香川も俺を見る。
「なんか俺達って、青春してるな」
 香川の「確かに」という返事はポツリとだけ音を立て、俺たちの間に沈黙が広がった。
 松の木が青々と茂っている。時々対向車が来る程度で、交通量は少ない。足元から熱せられたアスファルト、周囲は蝉の音。長い長い曲がりくねった道と松のかおりが、なぜだか懐かしいような心地にしてくれる。左手は急斜面の森で、右手は松林を挟んで崖があって、瀬戸内海が広がる。民家なんて一軒も無い。
 どこか遠くへ来たんだなって実感出来た。後ろから俺たちを追い越す一時間に一本あるか無いかの路面バスが、そんな思いを深めてくれる。いつもと違う時間が流れていた。
 何時間歩いたのか分からない。鷲羽山よりもさらに先端まで着いた。俺は鷲羽山ユースホステル前のバス停に自転車を置いた。
 香川は「よし、降りるで」と言って、ズカズカと松林の中に入っていった。
 俺も「おいおい、待ってくれよ」と香川の後ろを歩く。
 しばらくの間、斜面を縫うように降りていると、オレンジ色の視界が広がっている。
「もう夕方だな」と呟く香川。
「下津井の夕日は日本夕日百選に選ばれているんだぜ」
 今は干潮なのだろう。下津井岬の先端が岩場になっているのが良く分かる。目の前の潮流はかなり早い。岩場の先端には灯台が建っており、その灯台の僅か十数メートル先を、夕日に染められた大型船舶が通過している。石を投げたら届きそうな距離だ。
「デッケー、こんなにデケー船が目の前を通ってるぞ!」と叫ぶ香川。
「うおーっ」俺も叫びたくなった。いや、既に叫んでいた。
 香川は丸くて平べったい石を拾いながら「やっぱ、瀬戸内海はええな」と呟いた。
 俺は香川の手元を見つめながら「ほんま、そうじゃなぁ」と相槌を打った。
 香川は手にとった石をアンダースローで海面に投げた。石はピシャッ、ピシャッ、ピッシャッと潮流に流されながら、海面を十二段跳ねた。
「香川、水切り上手いな」と感心する俺。
「やっぱ青春は海に石を投げんと始まらんで」と、良く分からないこだわりを語る香川。
 俺も丸っこい石を拾って「そいじゃあ、俺も」と投げた。
 俺の石はピシャ、ピシャと弱弱しく二段跳ねた。
「しょべぇ〜なぁ〜岡山。俺が教えちゃる」
 香川は俺に水切りを指導した。

 俺と香川は色んな台詞を叫びながら石を海に投げ続けた。そしたら疲れてきたので大きな岩の上に腰掛けて瀬戸大橋を眺めた。
 もう数十分もすれば、瀬戸大橋をバックにして夕日が沈む。それまで二人は青春トークに花を咲かせる。
 おもむろに香川は「なぁ、岡山」と呟いた。
 俺は「なんじゃ?」と香川を見る。
「俺の名前が香川建徳で、お前の名前が岡山健助じゃろ」
「あぁ、そうだな。まるで岡山県と香川県みたいだな」
「岡山県と香川県って瀬戸大橋で固く結ばれとるよな」
 香川の言いたい事は何となくわかる。地元のニュースだって、岡山県と香川県は一くくりで放送されるんだから……。それに……。
「俺とお前がダブルスのペアを組めば最強だと思わないか?」俺が考えている事を、香川は代弁して語ってくれた。
「じゃ、それじゃあ今日から俺達は瀬戸内ペアな!」俺は言いながら右手を出した。
 香川も勢い良く「あぁ、瀬戸内ペアじゃ」と右手を出し、二人は硬い握手を交わした。
「ほら見てみ、日が沈みよるで」と香川。
 俺の視線の先……、今日は運が良い、大きな夕日が、俺たちの事を祝福してくれている。

 俺達はしばらく夕日を眺めた。
「やべ、もう夜になるで、はよう帰えろう」
 香川の言う通りで、もう太陽が沈みきっており、灯台の緑の光が目立ち始めている。
 俺は「じゃあ、帰るか」と返事をして香川とおそろいのエナメルバックを手にとった。
 
 帰り道は楽だった。自転車のブレーキが磨り減って無くなるんじゃないかって思うくらいに、長い長い下り坂を進んだ。自転車のライトは発電機の軽快な音をたてながら、薄暗くなった道路を照らして道を示す。
「やっべー、でぇれぇおもれーな!」と荷台に座る俺は叫んだ。
「岡山の言う通りじゃ。やっぱ、サプライズは自分で起こすのが一番じゃなぁ」と香川はハンドルをしっかりと握りながら叫んだ。
 しばらく下っていると、お尻に不快な振動が伝わって来た。それと同時に、自転車はガタン、ガタン、ガタンと音をたて始める。
「おい香川、チャリ、パンクしたぞ」と自転車の音に負けないように叫ぶ俺。
「かまうもんか、坂下りるまでこのまま行こう」と叫び返す香川。風が心地良いぜ。

 長い坂道を下り切った俺達は、競艇場の傍に自転車を捨てた。バスに乗ろうと思ったが、競艇が終わった時刻で、道路は長い渋滞だ。
 俺がバス停の前で「歩いたほうが早いな」と香川に提案すると。香川は「それもそうだな」と返事をした。二人は路地へと入る。
 路地を抜けると下津井電鉄琴海駅の跡地に出た。すぐ傍を瀬戸大橋線の快速列車(快速マリンライナー)が通過して、岡山県側最後のトンネルに入った。あのトンネルを抜けるとすぐ、電車は海の上を走るんだ。
 瀬戸大橋が出来た事により、下津井電鉄は廃線になった。残されたものは風の道と、駅の看板にホームのコンクリート。
 風の道は下津井駅で行き止まり、瀬戸大橋を渡れば香川県と繋がるのに……。そうだよ、瀬戸大橋が出来たから瀬戸内ペアが成立して香川建徳と繋がれたんだ!
 俺は気がついた。廃線になった私鉄の下津井電鉄が小野で、現役のJR瀬戸大橋線が香川なんだ。
 有名私立へ行っちまった小野は、鉄道跡地が風の道になったように、今でも俺の心に刻まれている。でも、これからは瀬戸内ペアとして、香川と一緒に頑張るぜ。
 そんな事を考えていると、香川が「知ってるか? 二年後の秋くらいに、快速マリンライナーは新しい車両になるんだってよ」と話してくれた。
「二年後の秋って言ったら、俺たち瀬戸内ペアが、テニス部最後の大会で活躍している時だな」

 平成生まれの俺達には、知らなくても良い事だってある。いつまでも過去にしがみ付いていたら、二年後に新しい車両になるらしい快速マリンライナーは、海を越えられないからな。その頃には、瀬戸内ペアも新しく生まれ代わって活躍しているだろうな。
 瀬戸内海の海に瀬戸大橋は似合ってると、俺は思う。俺達二人の青春も、この景色に溶け込んでいると思う。

 暗くなった風の道を歩く二人を、街灯は優しく照らしてくれる。アスファルトはまだ熱を持っていて、夜風が温かい。夏の夜はどうしてこんなに過ごしやすいのだろうか?
 俺は街灯に照らされたアスファルトを見つめながら「なあ香川、部活休みの日は一緒に釣り行こうで」と呟いた。
「ええで、なんなら夜釣りでも行くか? ルアーでナマズが釣れるで」と、耳寄り情報をくれる香川。
「ルアーでナマズが釣れるんか、スゲーな」
「おお、爆釣じゃ」
「それじゃあ、一緒に行こうぜ」
 そんな話をしていると、パン屋の裏で小野と一緒に錦鯉を釣った時の事を思い出した。今度は香川と一緒にナマズだなって考えたら、俺のすぐ上を電車が通過した。
「もう夜になりよるな、ちょい、急ごうぜ」
 俺はそう言って風の道を走った。
「待てよー」と叫びながら香川も追いかける。二人は夜風になって家に帰った。

 その日の夜。俺は部屋の窓から、暗闇を切り開いて進む快速マリンライナーを見つめた。
 瀬戸大橋を通過した快速電車は坂出駅で停車する。その後は終点の高松駅を目指す。
 高松駅の傍にある高松港は大きな港だ。世界中の客船が出入りする港にするために、知事が開発に力を入れているらしいとか。
 瀬戸内海を出た客船が太平洋みたいな大海原に出るように。俺もいつかはこの町を去るのだろう。
 でも今は、香川と一緒に青春を走り抜く。風の道みたいに、面影を残す日までな……。

「おっしゃー、瀬戸内ペアじゃ」
 俺はそう叫び、電気を消して布団に入った。
 しばらくたつと、もう一回、電車の音が近付いてきて、また離れて行く。たぶん、香川県側から岡山県側へ行く、上り電車だと思う。
 俺は電車の音に耳をすませる。そして、確かめるように一言だけ呟いて眠りについた。

「テニス部を続けようと思うわ」
            
                  『了』
2011-02-15 21:14:42公開 / 作者:鈴木淳平
■この作品の著作権は鈴木淳平さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
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作者からのメッセージを入れ忘れていたので、ここに記載します。

小説を書き始めたころの作品です。そんなわけだから、荒削りなところが目立っています。パソコンのデータを整理していたら、この作品が発掘されました。せっかく書いた小説なので、どうせなら皆さんの意見を聞いて、今後の創作の参考にしてみようと思い、この度は投稿させていただきました。感想をいただければ、うれしいです。「ここはこうした方が良いんじゃない?」みたいな意見も大歓迎です。
2011-02-15 21:36:43【☆☆☆☆☆】鈴木淳平
計:0点
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