『蒼い髪 19話』作者:土塔 美和 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
 貨幣主義の成れの果て、飽くなき欲求はネルガル星を飲み干しただけでは物足りず、その渇きを銀河へと向け始めて久しい。その一つにボイ星があった。宇宙船の燃料となる鉱物を抱え持つこの星は、ネルガル帝国の絶好の餌食となる。ネルガルの王子として生れたルカは、ボイ王女シナカとの婚儀の意味を知っていた。彼はどうにかボイをネルガルの属国ではなく、同盟星にしようと試みるのだが。
全角55398文字
容量110796 bytes
原稿用紙約138.5枚
 ネルガル艦隊が出撃したと言う知らせを受けて、ボイの議会も忙しなくなった。
「次に、ネルガル方面からのワームホールが開くのは、何時だ?」
「今から三十日前後です」
「三十日!」
 もう悠長なことは言っていられない。否が応でも戦争は始まったのだ。
 急遽議会は、シナカの父であり今世紀のボイを代表するものでもあるコロニー5の国王ルモクークを大元帥に仰ぎ、以下のコロニー代表を元帥とし、形なりにも軍隊を編制した。宇宙連合艦隊総司令官に宰相のニキニタ、ここまでが形式、そして宇宙艦隊司令官、ここからが実戦部隊である。それにルカを始め、リンネル、レイ、ハルガン、そして治安部隊の総隊長であったキショウ、レジスタンスのリーダー格だったトウタク、ほぼルカの提案がそのまま受け入れられる形となった。
 やはり実践は経験のあるネルガル人に頼むしかない。とのことで。

 議会が終わって邸へ戻って来たルカにホルヘが言う。
「私達は、どうすればよいのですか」
「あなたがたは、それぞれの司令官に付いてください、参謀として。付き方はくじでもじゃんけんでも結構です。今後のために」
 出来れば戦争などというものは、これ一回でルカは終わらせたかった。二度戦うほどの戦力がボイにはないのもさることながら、ルカは戦争が嫌いだった。勝っても負けても犠牲は尽きないから。一勝して交渉に持ち込む。これがルカの狙い。だから今後のためなどと言うことは無いに越したことはないのだが、交渉が決裂した場合のために。だがその時はおそらくボイは。
「出来れば殿下が指示してくれたほうが」
「私が指示したらえこひいきになってしまいます。でも」と、ルカは声を小さくしてハルガンに聞こえないようにキネラオたちに耳打ちする。
「ウンコクさんはハルガンさんのところがいいでしょう。彼以外にウンコクさんをあしらえる人はおりませんから」
 これにはキネラオたちも納得した。
「それではハクキンさんはキショウさんのところがいいですね、普段から行き来があるようですし」と、ホルヘが提案。
「ではズイケイさんはトウタクさん、元レジスタンスだったということで」とキネラオ。
「では残ったのは私達三人ですか」
「後は、お好きなように」
 ルカたちが小声で話をしているのを見て、
「何、こそこそ相談しているんだ」と、ハルガン。
「参謀です」
「参謀? そんなもの、いらないだろうが」
「客分としてですよ、今後のために」
「今後? 二度目があるようじゃ、ボイも終わりだな」
 ハルガンははっきり言ってのけた。
「私も最後にしたいのですが」
 そうなるかならないかは、今後の交渉しだい。
 ハルガンはソファにゆったりと掛けると、ルイの入れてくれたお茶をすすりながら、
「ところでお前、戦争したことあるのか」
 議会で艦隊司令官に任命されたのはよいが。
「それは私に訊くより、あなたの方が詳しいのではありませんか。何しろ私が三歳の時からずっと一緒にいるのですから」
 腐れ縁だ。そもそもクリンベルク将軍から、監視してもらいたい人物がいる。とのことから始まった。将軍に借りさえなければこんなことにはならなかったのに、否、こんなおもしろい人物に会うこともなかった。
 ハルガンはソファの上で体勢をかえると、
「知らない奴が、しゃしゃり出るな」と言う。
 まだハルガンは、ルカが前線に出ることに同意できないようだ。既にボイの議会は承認したというのに。
「私は、闘うのではありません、逃げるのです。逃げるのでしたら得意ですよ、カロルさんによく教わりましたから」
 悪戯をした時のカロルの逃げ足の速さは、流星顔負けだ。これはクリンベルク家に仕えたことのある者なら誰でも知っている。特に姉シモンからの逃走劇は。
「ちなみにカロルさんから伝授された策を一つ、公開いたしましょうか」とルカは少し間をおいてから、
「ハルガンさん、あなたから逃げる時は、美しい婦人の前を駆け抜けるといいそうです」
 ケリンなどはおおいに納得したとみえ、笑い出した。
 なるほど、そういう手を使っていたのか。だからお前等を追いかけると、きれいな婦人に出くわすことが多かったのかと、今更ながらにハルガンは回想した。
 ハルガンはまたソファの上で体勢を立て直す。自分が思うように事が運ばない時の居心地の悪さ。どんな体勢を作っても落ち着かない。
「一ついいことを教えてやる。俺が夫人と付き合うのも戦略の内だ。その男の器量を知るには、夫人から聞くのが一番なのさ。男はアホだから女の手の上で踊らされているのもしらず、おお威張りしているが、女は亭主をよく見ているもので、この男ならどこまで出世できると割り切っている。そしてそれは正確だ。だから俺は、下手な情報源を使うよりもは」と言ったところで、リンネルが咳払いをする。
「殿下は、まだ九歳ですので」
 ケリンなどは背を向けて笑っていた。説得力のない言い訳、ほとんど趣味の領域を出ていないと。
 だが今ハルガンが教えてくれたことは、後々ルカには多いに役に立つことになる。
 ハルガンはまた居心地悪そうに体勢を直した。ハルガンとしてはどうしても、この戦いが終わるまでルカをこの邸に留めて置きたい。だがそれを言い出せるだけの根拠がない。子供だからということは、ルカは完全に否定している。お前だって他のコロニーの代表者のように元帥を名乗ってこの邸で昼寝でもしていればよいものを。現にネルガルの王子ですら戦場に出るのは稀だ。出てきても後方で待機しているだけ、決して敵の弾が飛んで来るような所には出て来ない。それを前線で戦うなど、王子にあるまじき行為。と思いつつも、ボイへ来てからこの日のために、暇を見てはハルガンとリンネルでルカに戦術を教えた。だが、今思えばその必要はなかったのかも知れない。ボイへ来て、一番変わったのは奴の書斎だった。ネルガルに居た頃には戦争に関する書物はほとんど無かったものの、今では戦略や戦術、過去の戦争の分析に関する書物で、書斎の四分の一は埋め尽くされていた。既にネルガルから持って来た書物の中に、その手の本がぎっしり入っていたのには、ケリンが驚いていた。
 奴はボイへ来ると決まった時から、この日が来るのを覚悟していたのだ。
 あれだけの書物を読破し、シミュレーションしていれば経験したのも同じ、頭の中は既に出来上がっている。後、こいつに足らないのは実践のみ。


 ルカが艦隊司令官に決まると同時に、オーリンとエームズとバードンが訪ねて来た。客分として乗船したいと。無論オーリンはルカの旗艦を願い出、後の二人はそちらで指名してくれた艦でよいと言うことらしい。ここら辺はこの二人のイシュタル人がオーリンをうまく丸め込んだようだ。ルカは命の保障はしないと言う条件で、快く承諾した。実際は、承諾するも何もない。この二人のイシュタル人がいなければ、今回の作戦は成り立たないのだから。そして三人が去った後暫くして、例のごとく二人のイシュタル人が現われた。
 テレポート。
「これで、私達があなた方の艦に乗るのを、誰も怪しみませんね」
「どうやって、あの人癖ありそうな奴を口説いたんだ」と、ハルガンが興味津々に訊く。
「オーリンさんは、そんなに悪い人ではありませんよ」
「お前等よりもはな」
「そうかもしれませんね」と、イシュタル人はあっさり認めた。
「ところで今日来たのは、お見せしたいものがありまして」と、エームズは時間がないとばかりに本題に入り、バードンに合図する。
 バードンは両手に抱えた箱を床の上に置くと、中からテニスボールぐらいの玉を取り出した。
「何ですか、それは?」
「コマンドです」
「コマンド?」
「思念で命令するだけで自由自在に動きます」
 ルカたちネルガル人にもシナカたちボイ人にも、その意味がわからない。よってどう反応してよいのかわからず、暫しポカンとした顔をしていると、
「百聞は一見にしかず、やってみましょうか」と、エームズが言うと、いきなり玉が動き出した。
 部屋中を縦横無尽に飛び回ると、箱の上一メートルぐらいのところで静止した。
「思念を切ると」
 ポトンと箱の中に落ちる。
「偵察艇を操縦するのもよいのですが、私達にはこちらの方が。これでしたら同時に十個ぐらいは扱えます。これに発信機を取り付ければ」
 より正確に艦隊を誘導できる。
「しかし、それはレスターには使えません」
「いや、彼なら使えるはずです。私達より力(能力)があるのですから」
「使いこなせれば、偵察艇を操縦するより遥かに楽です。おそらく彼の力なら二十個ぐらいは軽く同時に動かせるはずです」
 ルカたちは信じられないという感じにお互いの顔を見合わせた。
「彼は、自分の力の使い方を知らないだけです。訓練すれば」
「偵察艇は少なくとも三台は操縦しなければなりません」
 偵察艇でトライアングルを作り、その中を艦隊が進むという形になる。現にルカたちはそれをボイ星近郊の空域で何度も練習してきた。
「三台も操縦しながらあのベールの中を進むのは、はっきり言って私達でも至難の技です」
「これでしたら念だけで動くのです。そしてベールも念で捉えるのですから」
 ルカは考え込む。
「クリス、レスターを呼んで来てください」
「その必要はありません。彼でしたら、私達がここへ現われた時点で、その庭先に居ります」
 お互いを思念で捉えあう。
 ルカは縁の方へ走り寄ると、
「レスター、居るのですか?」
 レスターは物陰から現われた。
「話し、聞いていましたか?」
 この距離、話が聞こえるはずがない。だがレスターは地獄耳だと誰しもが言う。奴の陰口は言わない方がよいとも。ハルガンやケリンは最初、余りにもルカ邸の話がレスターに筒向けなので、彼が盗聴器でも仕掛けているのではないかと疑った。だが幾ら探しても、それらしきものはない。
「話が聞こえるはずはありませんね」と、エームズは言う。
「だが彼は、話を思念で聞くことが出来る。否、無意識でそうすることが出来る。それを意識して出来るようになれば、もっと自由に使えこなせます」
 案の定、レスターは話の内容は知っていた。
「やってみませんか」と、エームズは玉をレスターに差し出す。
 レスターは訝しげな顔をしてその玉とエームズを見る。
「この方が楽ですよ、あのベールの中、偵察艇を操縦するより」
 だがそれにはレスターは答えてこない。
 エームズの背後に居たバードンが前へ出ると、ルカを指し示して、
「彼を守りたいのだろう、なら、確実な方法を取ったほうがいい。ベールもこの玉も四次元の力だ。だが偵察艇は三次元のものだ。交互に使うとそれだけ体力を消耗する。あなたの体力がどれだけあるか知らないが、あなたの体力が尽きたとき、艦隊はベールに飲み込まれる」
 他の誰もあのベールを見ることはできない。後はケリンの作ったシミュレーションだけが頼りだ。
 レスターはバードンの言葉には反応した。彼も知っていたのだ、自分の体力が尽きた時のことを。その前にネルガル艦隊が片付いてくれれば。そう祈るしかないことを。
「どうだ、やってみないか。お前なら出来る。俺たち以上に」
 バードンはざっくばらんに話しかけた。
「どうやるんだ」
「そうこないとな。アヅマから借りて来た意味がなくなる」
「アヅマ!」
 ルカは驚いたように反応した。
「あなた方は、アヅマの一員なのですか」
「とんでもありません。私達のような能力の弱い者は、アヅマの仲間にはなれません、足手まといになりますから」
「あれだけのテレポートが出来てもですか?」
「アヅマの要塞は四次元にあるのです。まずそこへ行けることが第一条件です」
「四次元」と言って、ルカは黙り込む。
「じゃ、どうやってそれを借りたんだ」と、ハルガン。
「呼びかけたのですよ、これを貸して欲しいと。私の思念を捉えてくれたのですね、これを持って来てくれました。否、正確にはこれが私の部屋にあったと言うべきでしょうか。これだけをテレポートしてきたのです」
 バードンは箱の中から一枚のパネルを取り出した。それをテーブルの上に置くと、レスターにその前に座るように指示した。
 レスターは訝しがりながらも、バードンの指示に従った。
 彼がルカ以外の人物の指示に従うのをボイ人たちは初めて見た。
「必死なのですね、殿下を守ろうと」
 バードンがパネルの上に手を置くとパネルが光り出す。
「正三角形の図形が二つ、これを中央で重ねてください。こうやって」と、バードンは手本を示した。
 一見、図形を指でスクロールさせたようにしか見えなかったが、レスターがやったのでは動かない。
「これは、あなた方が使っているパネルとは違います」
 ボードが指からの電気刺激を受けてスイッチが入るのとは違う。
「思念で動くのです。実際手を使わずとも」
 図形は動いた。
「手は、思念を集中させるための道具にすぎません。指先の図形が真ん中に寄るのを想像するのです。そうなるように」
 レスターはじっと図形を睨める。だが図形は一向に動かない。
 暫くして、バードンはレスターの肩を軽く叩いた。
 レスターが他人に体を触れさせるのも始めて見た。それだけ集中していたということなのか。
「少し、休憩しましょう。無駄な力が入り過ぎているのです」
 レスターは額にうっすらと汗をかいていた。
 バードンはルカたちの方へ視線を向けると、
「あなた方も自分の仕事をしてください。あまり注目されるとかえって気が散るのです」
「本当に出来るのか?」と、ハルガンは疑い深げに訊く。
「出来ます。彼は私達より力があるのですから。コツを知らないだけです」
「そもそもネルガル人もイシュタル人ももとをただせば同じ人種なのですから、私達に出来てあなた方に出来ないということはないのですがね。ただ運動能力と同じで、個人差はありますが」
 レスターがまた図形に集中しようとした時、
「少し休みましょう。肩、こりませんか」
「大丈夫だ」と、レスターは投げ捨てるように言い、また始めようとすると、
「レスターさん、いいものをあげます。左手で受け取ってください。そして右手で返してくれませんか」
 何を? と考える隙もなくバードンはレスターの左手を掴む。と同時に、レスターの左手から肩にかけて何かが這い上がった。レスターは慌てて左手を振りほどく。だがそれは右手へと抜け、その右手はバードンがしっかりと握っていた。一瞬の出来事だった。
 開放された右手で、今何かが通った後を撫でる。
「どうです、肩のこりがなくなったでしょう」
 確かに体はさっぱりした。
 今のは何だったのだ。と目で訴えるレスターにバードンは答える。
「気ですよ、私の気をあなたの体の中に送り込み、返してもらったのです。集中しすぎてあなたの気が停滞していたので私の気を使って流したのです」
「気?」
「その内わかります。それより、始めますか」
 一旦気を受け入れた体は扱いやすい。
 相変わらず、図形の上に指を置いただけで一向に動こうとはしない図形。だがその指にバードンが軽く触れただけで、図形は少し動いた。
 気は充分指先まで来ている。後はそれがパネルまで行かないだけ。バードンはそれをコントロールしたのだ。
「わかりましたか、今の感覚」
 レスターはバードンを見詰める。
「もう一度、やってみますか」
「いや、いい。わかった」
「そうですか」
 もう一度レスターは指先に気を集中させた。そして指を動かした瞬間、図形が動いた。
「お見事です」と、バードン。
 バードンのその言葉を受けてルカたちが集まって来た。
「動いたのか?」
「エームズ、彼らを遠ざけてください。気が散る」
「だそうです」と、エームズはルカたちに言う。
「今が一番大事なところだから、少し集中させてやるといいですよ」
 ルカたちが遠ざかるとバードンはレスターと向かい合い、
「ではそれを中央で重ねてみてください」
 レスターが言われた通りに二つの三角形を中央で重ねた。そしてそれらがぴったり重なった時、
「飛びます」と、バードンが言う。
 見るとコマンドが一つ、宙に浮いている。
 レスターがはっと思った瞬間、気の集中が途切れたのか、それは床に落ちた。
 その音を聞きつけて、皆が駆け寄ってくる。
「嘘だろう」
「ほんとに飛んだのか?」
 ハルガンはその玉を拾い上げしげしげと眺める。何の変哲もない金属の玉。重さは中が空洞なのか、見た目より重くない。かといって推進力なしで浮き上がるほど軽くもない。
「外野は煩い」とバードン。
「エームズ」
「はいはい、だそうです」と、エームズはルカたちをさがらせる。
「今の要領ですよ」
 別に三角形が重なったからコマンドが飛んだのではない。ただそう思わせることによって、気を集中させやすくしただけだ。だがそのことは二人のイシュタル人は彼には言わなかった。まだ暫くはこのやり方のほうがベターだから。もう少し慣れてきたら、コマンドだけで操らせよう。だが時間がないのでそう悠長にも構えていられない。
「今日は、この辺にしておきましょう。続きは明日」
「明日も来られるのか」と問うヘスターに、
「どうにか抜け出して来ましょう」とバードンは答えた。

 そして三日後、レスターは完全にコマンドを操れるようになっていた。しかもその数十。池の上を縦横無尽に飛ばしている。
 それを池の辺で眺めながらハルガンは、
「イシュタル人と気が合うなんて、いよいよあいつも化け物化したな」
 イシュタル人はネルガル人の間ではその不思議な力が故に、悪魔として忌み嫌われている。
「曹長、そんな言い方あんまりです。レスターさんは艦隊を守るので必死なのですから」
「そうよ、クリスさんの言うとおりだわ」と、ルイがクリスの肩を持つ。
「艦隊じゃないだろう、ルカ殿下だろう、奴が守りたいのは」
 そう言ったのはケリン。
 ルカはレスターの操るコマンドを見ながら縁側で笛を吹き始めた。ルカの久々の笛の音にそれぞれの持ち場で守衛たちも耳を傾ける。もう直ぐ決戦だ。またここで、この笛の音がきけるだろうかと。彼らはクリスを除き、全員戦場の経験がある。行くときは肩を並べて出陣したものの、例え勝っても帰りは一人だったという。まして負け戦ともなればその犠牲は、せめて殿下だけは無事に帰還してくだされば。
「竜の子守唄ですか」
 そう言いながら近づいてきたのはエームズ。やはり彼らもこの曲を知っていた。
 バードンは最後の仕上げとばかりにレスターに付いている。
「しかし、こんな短時間で、ここまでになるとは思いも寄りませんでした。バードンなど、教え甲斐のある弟子が出来たと喜んでおります」
 一つを飛ばせるようになってから、二つ目は早かった。そして二つ同時に操れるようになると、後は一気にその数を増やした。
「彼はあなたに影のように付き従っているのですね。よほどあなたの魂に魅入られたようだ」
「そんなのではありませんよ、ただ私が彼を怖がらなかっただけのことです」
「それだけでしょうか」
 彼があなたの傍を離れないのは。
 エームズは池の辺の矢車草に目を移す。
「ご存知ですか。その花はある白竜がとても愛でている花だそうです」
「そうでしょうね。私の母の里の神の花だそうです。ちなみに私の母の里は、竜神を祀っております」
「お好きなのですか、邸のいたるところに植えられておりますから」
 気づけば何時の間にか増えていた。見た目以上に生命力の強い花なのかもしれない。
「そう言う訳でもありませんが、母に好きなはずだと言われ続けられまして、今では悪くもないかと思っております。母に洗脳されてしまいましたか」と、ルカは笑う。
 今では母と暮らした思い出の花でもある。
「この星は地軸の傾きがありませんので、一年中気候が変わりませんから、同じ花がいつまでも咲いております。レスターに言わせればこの星の一番いいところは、この花が一年中見られることだそうです。彼もこの花が好きなのだそうです」
 庭に茶席を設けたというルイの知らせ。
 それでルカたちもそっちへ移動した。
 シナカの入れてくれたお茶の香りが心を和ませる。
「久々に聞きました、あなたの笛」
「そう言えばここのところ吹きませんでしたから」
 ハルガンたちもケイトに呼ばれてやって来た。最初はイシュタル人を忌み嫌っていた守衛たちも、少しずつ言葉を交わすようになった。
 話してみれば何ら俺たちと変わりはないのだが、やはりあの特殊能力が不気味。
 ルカはイシュタル人の二人をテーブルに招き、話を始めた。聞きたいのはアヅマのこと。
 どうしてそれ程の力(能力)があるのに、アヅマの仲間になれないのか。四次元にあるアヅマの要塞に行けないからとこの二人は言ったが、ルカは信じていない。イシュタル人も三次元の生物だ。死んではいない、生きている。なら、要塞も三次元にあるはずだ。
「嘘がばれましたか」と、エームズは苦笑する。
「どうして、アヅマの要塞が四次元にあるなどと。ネルガル人に見つかると困るからですか」
「いえ、その心配はしておりません。例え数万個の艦隊を差し向けられても彼らがやられることはありませんから。ただ私達がどうしてアヅマの仲間に入れないかということを説明するのがおっくうだったからです」
 エームズのこの答えに対しネルガル人とボイ人は顔を見合わせた。
「これは失礼。おっくうと言うよりも、何度説明しても理解してもらえないというのが正直なところですか」
 そう言いながらもエームズは説明に入った。
「例えば目の前で雛が猛禽類に狙われているとします」
 これはボイを雛、大鷲を軍旗に掲げるネルガルを猛禽類に喩えたのだろう。
「私達は当然その雛を助けようとします。ですが今このテーブルの上であるバクテリアがあるバクテリアを食べようとしています。でも私達は助けてやることができません。なぜなら見えないからです。はっきり言って、今ここでそんなことが起こっていることにも気づかない。でも実際にそういう戦いはいたる所で行われております。例えばこの空気中でも。これはご理解いただけますか」
 これに対しては皆が頷いた。だがそれが何なのだ。と言う顔をハルガンなどはもろにした。
「四次元の力が強くなると、三次元が見づらくなるのです。つまりバクテリアから私達は見えても、私達にはバクテリアが見えないように、アヅマから私達は見えないのです。まして戦闘に入ると敵に集中しますから、よけいです。私達がバクテリアを避けて目の前の敵をプラスターで撃つことが出来ないのと同じように、アヅマたちは私達を避けて敵を撃つことが出来ないのです。ですから怪我をしたくなければ近づくなと言うことになります」
「つまり俺たちは、バクテリアと言うことか」と、ハルガンがむっとした顔で言う。
「アヅマから見ればそうなります。例えが悪かったですか。微生物にすればよかったですか」
 どちらでも同じようなものだ。とハルガンは心で思いながらも、
 このテーブル上でバクテリアがそれなりの艦隊を率いて戦争をしていても、俺たちにはどうすることも出来ない。見えないのだから。それを言うならば俺たちの戦争も、そんなものではないか。この惑星よりも巨大な存在(宇宙)にはどうでもよい事、気づくことすらない些細な事、なのかもしれない。
「意味がよくわかりませんが」と言うルカに対し、
「アヅマたちはものを思念で捉えるのです。魂には以前言ったように色も形もないのです。はっきり言って人も動物も植物もない。そこから敵を見分けるのは殺気だけです。殺気のある魂を敵とみなします。ある意味、殺気さえなければいくらでもアヅマに近づくことが出来ます」
「つまり、それがアヅマの弱点ですか」
 エームズは首を軽く横に振った。
「人は、元来相手に近づく時、何の感情も持たないということはないのです。否、人というより動物と言うべきでしょうか。相手を感じた時から既に無意識の内に会話が行われているのです。百メートルも先から。目の前に立たれた時には、ある程度その人に対する感情は作られております。好意を持てる人か持てない人かぐらいには。後は三次元の道具(言葉)でそれを確認するだけなのです。だからそれはアヅマの弱点にはなりません。殺気を消して相手を殺害することは出来ませんから」
 いまイチよく解からない。だがリンネルだけは解ったようだ。以前ヨウカからそのような話を聞いている。だから三次元の様子を見るには三次元の肉体に潜り込まなければならないと。
 ルカたちが理解不能という顔をしていると、
「今日はこの辺で、司令官が呼んでおりますので」
「さて、下痢でもしてトイレから出られなかったということにでもするか」とバードン。
「トイレにテレポートするつりですか」
「あそこが一番見つからないからな」と言うと、バードンは消えた。
 エームズも立ち上がると、シナカにお茶のお礼を言い、今度はイシュタルのお茶をご馳走することを約束した。それとルカに対しては、
「実践に入る前に一度、あの魔の空域を通り抜けた方がいいですよ、ボイ人たちの恐怖心を消すためにも」と、アドバイスしてくれた。
「助言、有難う御座います」



 ルカは最後の調整として、魔の空域の通過を断行した。エームズからの助言もさることながら、ルカもあの空域に対するボイ人の恐怖心を心配していた。
 案の定、ルカが魔の空域を通ると言った時のボイ人の驚きようときたら、例えようがなかった。
「俺たちを殺す気か」
「戦う前に、船がバラバラになる」
「魔の空域もワームホールと同じです。時空の壁にさえ接触しなければ、通り抜けることが出来ます。ただワームホールと違うのは、その壁が安定していないだけです」と、ルカは皆を説得し納得させ、この空域に連れて来た。
 無論イシュタル人二人も、うまくオーリンを騙してやって来た。
「無理を言ってすみません」
「いや、一度訓練しておかないと、いきなり本番では」
 実践さながらに艦隊を三つに分け、一つはルカ率いレスターが水先案内に、もう一つはリンネルが率いイシュタル人のエームズが、最後はレイが率いイシュタル人のバードンがそれぞれ水先案内人となった。
 だが案の定、ボイ人たちは落ち着きをなくしている。
 ルカは彼らに冷静さを取り戻してもらうために、
「今からスクリーンに映像を流します。これがこの空域の実体です」
 スクリーンに映し出された映像は、幾重にもベールで覆われた惑星の姿だった。
「今からあのベールの間を潜り抜けます。今まであなた方がボイ星近郊の空域で練習してきた艦隊運動は、小惑星を回避するためのものではありません。このベールを潜り抜けるためのものです。訓練と同じように、先頭の艦は今から飛ばすコマンドの間を通るようにしてください。後続の艦は、間違えなく前の艦の軌道を追いかけてきてください。間違っても前の艦より外側には出ないように。ではまず、私達の艦隊から入って行きます。私達の艦がある程度進んだところで、次にリンネル、あなたの艦隊が入ってください。ただし私達の艦隊を気にしないでください。既に私達とあなた方の艦隊の間には、ベールが下がっている可能性がありますから、あなた方はあなた方のコマンドに従って。レイも同様です。ではそれぞれの旗艦に戻ってください」
 いまから自分たちがやることをしっかりわからせるために、ルカはここでの会議はどの艦にも全て流させた。
 レスターが走行準備のためコマンドを格納庫から放出しベールの間を潜らせる。
 それを見た艦長が問う。
「あの、失礼ですが、ネルガル人の目には、このベールが見えるのですか」
 ボイ人にはただ何も無い空域にしか見えないのに。
 そんなもの、まともなネルガル人なら見えるはずがと、ハルガンが言いかけた時、
「ネルガル人には見えます」と、ルカは断定した。
 それが嘘であることは、ルカの旗艦に一緒に乗船することになったホルヘも知っている。これはルカのハッタリ、仲間の不安を取り除くための。
「ですから、この空域を無事に通過したければ、私が指示したとおりに動いてください」
 これで全艦への通信を切った。
「レスター、行きます」
 レスターは航行レーダー担当の隣に座っていた。軽く頷くと、今まで縦横無尽に飛んでいた十個コマンドが、(最終的にレスターは二十以上のコマンドを操れるようになっていた。だがここは慎重をきしてその半分にした。これで充分だから)何もない空域に大きな円を描いた。この中を潜れといわんばかりに。
「あの円の中をめがけて、全艦、前進」
 だがあくまで練習。本番とは違い後部から敵が追って来ることはない。実際は殿は大変だ、敵と応戦しながら前の船を追いかけなければならない。少しでも遅れればベールの間にさ迷うことになる。
「敵を射止めるより、前の艦に続くことに集中してください。敵は自ずと自滅します」
 どのぐらい経っていたのだろうか、ある空域に達したところで、ボイ人たちがほっと胸を撫で下ろす。彼らは経験上、この空域が安全であることを知っている。
「魔の空域から無事に抜け出せましたね」
 皆の顔に笑顔が戻る。
「しかし、後続の艦隊が」と、心配する仲間たち。
「心配はいりません。先程連絡が入っております。ベールの都合で別の方向に出るそうです」
 暫くするとリンネルから、無事に空域を通過した連絡が入る。そしてレイからも。ルカは小惑星ニクス近郊で彼らを待つことにした。左右から同時に二つの艦隊が現われた時には、ボイ人たちの歓声はひとしおだった。
「全艦、無事だったようですね」と、ルカもほっとして指揮シートに座り込んだ。
 表向きは平静を装っていたが、かなり心配していたようだ。どっと疲れが出た様子。
 ハルガンは大人の指揮シートに潜り込むルカの肩に手を置き、
「訓練はうまく行ったな、次は実戦だ」
 ルカは頷く。ここで気を抜くわけにはいかない。
 ルカはハルガンのその手に自分の手を重ねると、
「私達が失敗した時は、頼みます」
「縁起でもないこと言うな、うまくいくさ」
 ルカはさり気なくレスターに視線を移した。皆が歓声を上げている中、彼も疲れたのかシートにもたれかかっていた。
 ルカはそーと立ち上がると、
「一番の功労者にお礼を言いませんと」と、レスターのところへ歩み寄る。
「ご苦労さま」
 レスターは軽く苦笑する。
「全艦、帰艦します」


 ルカたちが帰還してから数日後、ワームホールの開く正確な時間と場所が算出された。それによって議会が開かれた。無論、ハルガンたちも同席している。
「十日後ですね」
「今から準備に入れば丁度いい」
 布陣して相手が出て来るのを待てる。
「宰相、兵士たちに言ってくれ、今夜は思い残すことがないよう妻を抱きしめて寝ろと」
 リンネルが咳払いをする。
「あの、妻のいない人はどうするのですか」
 ボイ人にもクリスのような人物がいるとみえ、ハルガンのその言葉を一種の作戦か何かと思い、真に受けて訊いてきた者がいた。
 ハルガンもそれに真面目に答える。
「そういう奴は、妻に代わる女性を早く見つけることだ」
 戦場は、どうしても帰りたいと思わない限り、生きて帰れるところではない。そう思ったところでその願いが叶う者が何人いることか。思わなければなお更の事。
 ハルガンの理屈にも一理あるのだが、リンネルは咳払いしてハルガンの言葉を制した。
 そういう事は仲間内で言うことだ。こんな公の場所で。
「わかりました曹長」と、宰相は愛想良くハルガンに笑みを浮かべると、
「今夜はゆっくり家族と過ごすように言いましょう。そして明日、昼までには乗艦するようにと」
 ハルガンは親指を立てて、それでいい。と合図を送る。
 議会は早々に解散した。
「さて、俺も女の所へ行くか」
「あれ? ハルガンさん、結婚していたのですか、何時の間に」と、ルカがからかう。
「このガキは!」と、言うが早いか、ハルガンはルカの背中をシナカめがけて突いた。
 転びそうになってシナカの方へ飛んできたルカをシナカは受け取る。
「奥方、いつまでそいつを童貞にしておくんだ。いい加減、男にしてやれ」
「まだ私は九つです」
 シナカの腕の中、振り向きざまにルカは言う。
「後二十日もすれば十歳だろうが」
 戦争のさなかにルカは十歳の誕生日を迎えようとしていた。
「まだ十歳です」
「それがどうした。おめーの脳味噌は三十過ぎているんだから、足して二で割れば二十歳だろうが」
「そんな」
 周りのボイ人たちが笑っていた。
 その夜ルカはシナカと夜遅くまで語り明かした。ネルガルのこと、仲間のこと、戦争のこと。そしてその後の処理まで。
「今回は負けない。だから心配しないで欲しい。必ず無事に戻って来る。でも、二度目はない」
 シナカはずっとルカを抱きしめていた。


 翌朝、ボイ星恒例の朝食が済むと、いよいよ乗艦の準備に入った。軍服は農作業着になった。これなら誰でも持っているし動きやすいとのこと。
 ハルガンに言わせれば、こいつら戦争を何だと思っているんだというところなのだが、ケリンに言わせれば、服が戦争する訳でもないし、というとこらしい。
 ただルカの提案で首に白いスカーフを巻いている。いざとなれば包帯にもなるし、スカーフの一辺には止血剤と鎮痛剤、抗生物質がそれぞれカプセルに入れられ縫い付けられていた。これで二、三日は医者がいなくとも。だがルカの本当の狙いは、ネルガル人に包囲されたら武器を捨ててこのスカーフを振ることだ。ネルガルでは白いスカーフは投降を意味する。ネルガル人の中にも心ある者はいる。投降してきた者たちを酷くは扱うまい。
「下着、入れた?」と言うシナカの声。
 ピクリックに行くのではないのだが。とルカは思いながらも、シナカとルイで用意してくれるのをじっと眺めていた。
 いつも馬(馬のような動物)で、遠出をする時の荷造りのようだが、時折りシナカの手が止まり、同じ物を確認しているところなど、いつものシナカらしくなかった。そのぐらいの荷物、いつもならほんの数分でまとめてしまうものを。
 ハルガンたちもルカの支度が整うのを部屋の片隅で待っていた。ハルガンたちは守衛の服を着ている。この方が慣れているということで。ただし白いスカーフは身につけていた。仲間だという目印のために。もっとも首にきちんと巻いているのはクリスぐらいなもので、後は腕だったり足だったり腰だったり、好きなようにアレンジして身に付けている。中には鉢巻代わりにしている者もいた。そして既にルカより先に宇宙港へ発っている。
 ハルガンはルカの支度を眺めながら、ケイトに声を掛ける。
 ケイトは今ではすっかりルカの執事になっていた。もともと頭が悪い奴ではない。ルカに化けるのだから、それなりの知性がなければ通用しない。
「お前、ネルガルの貴族の服を着て、奴の傍に居ろ」
 それが意味するところはケイトも理解した。
「万が一の時は、頼む」
 揚陸艦などに体当たりされ、乗り込まれた時のことを想定して。
 ネルガルでは既にルカの国葬は済んでいる。ルカに生きていられて一番困るのは参謀本部。どんな手を使っても、ルカを殺しにかかるに違いない。そして奴等が真っ先に狙うのは、貴族の恰好をしているネルガルの子供。幸いルカはボイの野良着がお気に入りのようだが。
「ネルガル人はもとより、ボイ人にも気をつけろ。買収されている可能性もあるからな」
 ケイトは頷いた。
「奥方様」と、ハルガンはシナカに声をかける。
「何でしょうか?」
「そっちが済んだら、こいつにルカのネルガルの服を幾つか持たせてくれないか」
「ネルガルの服ですか」と、問うシナカ。
「せっかく同じ物をあしらえたのに」
「どうするのですか」とルカ。
「お前な、服は着る以外に使い道があるか」
「それはそうですけど」
「こいつがお前と同じ野良着きてたら、いざという時、どっちに指示を仰いでいいのか間違えるだろう。それを避けるためだ」
 建前はそういうことにしておいた。だがこれも重要なことだ。司令官を間違えたのでは勝てる戦だって勝てなくなる。
「お前とケイトを見分けられるのはレスターだけだからな。しかし、何であいつ、間違えないんだろう」
「似ても似つかないそうですよ」と、答えたのはホルヘだった。
 ホルヘも支度が整ったとみえ、やって来た。そしてその背後には、国王夫妻。
 ハルガンも横柄な態度を改め、夫妻に席を譲る。
「では、先に行っておりますから」と、ハルガンは気を使ってネルガルの守衛たちを連れ出す。
 シナカは笑った。
「ハルガンさんって、お父様やお母様の前と私達の前では随分態度が違うのね」
「とんでもない、あなたと私の前でも違います。まるで私は主とは思われていないようだ」
「まぁ」と言って、またシナカは笑った。
「でも、彼が一番大切に思っている人は、ルカ、あなたですよ」と、王妃。
 この子のためならあの人は、自分の命すら投げ出しかねない。
「お母様」とルカ。
 ハルガンの気持ちはわかっているつもりです。
 王妃はルカを抱え込む。私達の気持ちもわかって欲しいと。
「また、こうやって抱きしめられますよね」
 ルカも王妃の背に手を回し、
「心配いりません。必ず無事に戻って来ます」
 母の香り。自分の産みの親(ナオミ)が自分を抱きしめてくれた時と同じ香りがする。
 王妃はルカの頬に、自分の頬を摺り寄せた。
 それからルカは国王にも挨拶した。
 国王はいかにも父親らしく、ルカの手をしっかり握り締める。何も言わないが、目が、無事に帰って来いと命令しているようだ。
「お父様、今回はうまく行くと思います。ですが、二度目はありません。同じ手が二度通用する相手ではありませんから。この戦いを機に、同盟星としての交渉を。少し不利な条件でも結ばれた方がよいかと思います。不利なところは時間をかけて少しずつ見直してもらうように努力しますので」
 根気強く改正していくつもりらしい。ルカは見かけによらず短気だとハルガンは思っている。だがここぞと言うときには意外に我慢強い。おもしろい奴だ。相矛盾する性格を平気で抱き合わせている。外見はひ弱でおとなしそうに見えても内面はマグマのような激しさを持っている。それはこいつと本気で付き合わなければわからない。
 大元帥としての国王は頷いた。
「それでは行って参ります」
「気をつけてね」と言うシナカの声は、少し涙が滲んでいるようだ。
 ルカがバックを持ち上げようとした時、それをホルヘが持ち上げた。
「自分の荷物は自分で、これが兵士の条件です」
 ホルヘはにっこりすると、
「ボイ人の方がネルガル人より力はあるのですよ。それにその言葉は、元服されてから言われるといいですよ」
 今のルカは十歳に満たない体つき。下手をすれば荷物の方が体より大きいぐらいだ。
 そしてケイトの荷物はキネラオが持ってくれた。子供には重いだろうということで。
 見送るシナカたちの姿が見えなくなってから、ルカはケイトに訊く。
「ハルガンさんに、何を言われました?」
 二人がこそこそと話をしているのを視野の端で捕らえていたようだ。
「あなたの傍にいるようにと」
「それだけですか」
「はい」
 ルカは少し訝しがりながらも、
「一つだけ言っておきます。戦時中の身代わりはやめて下さい。命令系統に支障をきたしますので。命令系統の混乱は、即、死を意味します。それも私達だけではなく、艦隊全ての」
 ルカはこういう事で、自分の身代わりは不要だと言った。

 既に地上港ではシャトルがいつでも離陸できるように用意され、主が来るのを待っていた。
「こちらです」と、ルカ専用のシャトルに案内される。
 次から次へと兵士たちを乗せたシャトルが飛び立っていく。そこへルカたちを乗せたシャトルも仲間に加わった。
 それをシナカたちは邸からじっと眺めていた。
 まるで魚の群れが、銀色の腹を陽光に輝かせて上空に昇って行くような、否、青い空を泳いでいるような。
「あの中に、殿下もおられるのですね」と、ルイがぽつりと言う。
 どうか、ご無事で。これは今、上空を見詰める者たち全ての願い。
 その魚の群れは、他の九つのコロニーからも立ち昇っていた。

 宇宙港に着くと、既にオーリンたちが待機していた。
「よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
 宰相の下、各コロニー代表者も踏まえて最後の作戦会議が開かれる。
 宰相が兵士たちを鼓舞し、兵士たちは艦へと乗り込む。ここらは魔の空域方面の司令官ルカと、小惑星帯方面の司令官ハルガンに全指揮権が委ねられる。
 地下組織から借り受けた三個艦隊をそのまま三つに分け、右翼をリンネル、そしてイシュタル人のエームズ、参謀としてキネラオ。左翼をレイ、イシュタル人のバードン、参謀としてサミラン。そして中央をルカがレスターと組み、参謀にホルヘ、客分将校としてオーリンが乗り込んだ。そして魔の空域のデーターを作成したケリンと、もう二人、ルカの身の回りの世話をするようにとハルガンから言い付かったクリスとケイト。これが条件で俺は小惑星帯の指揮を取る。ということだった。ルカとしてはまだ元服していないケイトを乗艦されることは同意できなかったのだが、それを言うと、お前もだ。と言われそうで言い出せなかった。その代わり、三個艦隊の内、特別足の速い巡洋艦を奇襲作戦ようにと幾つかハルガンの方に回すことに同意させた。ハルガンは要らないと言ったのだが、本当は喉から手が出るほど欲しいのはわかっていた。ルカの方の戦力が落ちるのを危惧して、ハルガンが見栄を張っていることも。だからルカはケイトと引き換えにこの条件をハルガンに呑ませた。万が一、自分の方が失敗した場合にはハルガンに頑張ってもらうしかないのだから。
『乗艦完了』
 ルカはホルヘを見て頷く。本来リンネルがいる位置に、今回はホルヘがいた。
『旗艦、発進します』
 ボイの月であり宇宙港でもあるガルダヌスを離陸すると、その近郊の空域に、既に先に出発した艦が群れをなして待機していた。その映像が艦の外に取り付けられてあるカメラによって艦橋のスクリーンに映し出される。膨大な数。ルカの代理でネルガル星へ行った時、帰路をクリンベルク将軍の艦隊によって護衛されたが、その比ではない。
 これが艦隊戦というものなのか。
 ホルヘが感心している中、ルカを乗せた旗艦は艦隊の中央前方へと入って行く。そこが指定の場所だとばかりに。
 周りを取り巻く黒い艦影。星などは一つも見えない。星の代わりに点滅しているものは、その艦の大きさを表すライト。
『全艦、準備完了』
「出撃します」
 ルカの合図で一斉に艦が動き出した。今までの訓練が功を奏し、艦列を乱すことなく。
 その様子を暫し、艦橋を取り巻く巨大スクリーンで眺めながらルカは言う。
「ホルヘさん、もう後には引けませんよ。勝たない限り、生きては戻れません」
 これだけの覚悟が、今自分が率いているボイ人のどれだけの者達にできているのか。ルカは疑問だった。なにしろここ数千年というもの、彼らは戦争をしたことがない。本当ならこんなこと、教えるべきではないのだろう。このまま素直に属星になってしまえば、殺し合うことはない。ただ永久にネルガル人の奴隷になるだけ。彼らネルガル人の大半は、自分たち以外の人間を、知性があり感性もある生物だとは思っていない。ただおとなしく属星になれば、家畜のように扱われる。それでも人殺しだけはしないで済む。どちらが幸せなのだろうか。
「どうなさいました?」
 ルカが黙り込んでしまったのを見て、ホルヘは訊く。
「あなた方に戦争を教えるべきでは」
「この期に及んで、迷われておられるのですか。もう後には引けませんよ」
 ホルヘはルカの言葉をそっくり返した。
 ルカは微かに苦笑する。
「そうですね」
 迷いが消えるとルカの行動は研ぎ澄まされてくる。
 開くワームホールの数は五つ、その内使われるのは三つ。これはマルドックの商人たちから得た情報だ。一番大きなホールから四個艦隊、二つのホールからは一個艦隊ずつ、合計六個艦隊。私達の倍だ。倍の敵を相手にするには正攻法では勝てるはずがない。だが詭弁は二度とは使えない。だからルカは義理の父でありボイ星の代表者でもあるルモクークに言った。二度目はないと。
 ルカはワームホールが開く地点へ艦隊を急行させる。昼夜休まずの走行だと言うのに、艦内はピクニック気分。艦にある酒保では連日のように休憩の者たちが集まっては飲み歌っている。この期に及んでも彼らの勤務時間は半日。夜は寝ることになっているから最低でも三交代にしなければならない。
 ケリンなどは呆れて、
「こいつら、本当に戦争をする気があるのか」と、疑った。
「お恥ずかしい」と言うホルヘに対し、
「皆、怖いのでしょう。ですからお酒で気を紛らかしているのです」
 ハルガンに言われた。部下が楽しく酒を飲んでいる時は、上官は邪魔をするなと。これほど嫌われる上官はいないと。
「そう、善意に取ってくださると、助かります」
 だがレスターだけは自室でゆっくり仮眠を取っていた。ときおり部屋の中でコマンドを飛ばしながら。
「あいつは?」
「かなり体力を消耗するようですからね」
 レスターには魔の空域に入るまで、何の職も就けていない。とにかく体調をよく整えていてくれ。と言うのがルカの望み。
 この艦隊の運命はレスターの肩にかかっている。
『指令、魔の空域が見えてきました』
 オペレーターからの連絡。
「いよいよですね」
 ここからワームホールが開く地点までは一日足らず。
「皆さんにアルコールを抜くようにお伝え下さい」



「ワームホールを抜けたら、即、ビーム砲を発射できるようにしておけ」
 相手はハルガン・キングス少尉、否、今は階級を下げられ曹長だったか。だがそんなことはどうでもいい。元は参謀本部勤務、参謀本部の中でも前途有望な若者だった。その彼が、この絶好な機会を見逃すはずはない。ホールから出るや否や、一斉掃射されるのは目に見えている。
 だが結果は意外だった。
 何故、撃ってこない?
 敵は前方に布陣したきり攻撃を仕掛けてこようとはしない。
「なっ、なんだあの布陣は」
 少ない艦隊を出来るだけ多く見せかけようとして、空域全体に布陣したのはよいが、密度が薄く、これでは直ぐ突破される。
「だっ、誰が指揮をしているのだ、キングス伯ではなかったのか」
 そう司令官に訊かれ首を傾げる参謀たち。
「ですが、教科書には忠実ですな」
「それは、敵が味方より少ない場合だろう」
 逆では包囲しょうとすること自体、無理がある。
「しかし、何時の間にあれだけの艦を」
「地下組織が売り渡したらしい」
「あの裏切りども目らが」
 ここで司令室の怒りは、目の前のボイ人たちより地下組織のほうに向けられた。
「全艦、短距離砲を用意しろ」 さっさと片付ける。
 ネルガルの艦隊も艦列が整い始めた。
「中央に火力を集中しろ。突破する」
 ボイの艦が短距離砲の射程内に入ると同時に、
「撃て!」
 ネルガル艦隊からの一斉攻撃が開始された。
 これは他の二箇所のワームホールの出口近郊でも一斉に始まったようだ。リンネルからもレイからも戦闘に入る旨の連絡があった。
 ルカは射程距離に入る寸前で中央部分だけ艦隊を後退させた。陣形がV字になる。
「奴等、本気で俺たちを包囲しようとしているのか」
 呆れてものが言えない。ボイ人たちが戦争をしたことがない星人だということは、事前の情報で得ていた。キングス伯がどんなに頑張ったところで、所詮はこんなところか。戦争のせの字も知らない奴等だ。おとなしく従えばよいものを反旗など翻すからだ。総司令官クロラも全ての情報を与えられているわけではなかった。一般人と同じく、この戦いは幼くして殺されたルカ王子の報復戦だと思っている。
「包囲されることを心配するな。それよりこのまま突き進んで、中央の旗艦を狙え。仕留めたものにはそれなりの地位と報酬を約束する」
 こう言われては、誰もが我先にとなった。
 この広い空域、何も心配することはない。数で押し捲り勝利するのみ。彼らネルガル人にはこの空域の背後に控えている暗黒惑星は見えない。ボイ人たちと同じようにただだだっ広い空域にしか。ただボイ人たちは経験上、この空域のある地点から先は危険だということを知っているだけ。
 ネルガル人もこの空域には何かがあるということは、商人から聞いてはいた。だが最新鋭の機器を総動員しても、何も捕らえることはではなかった。こうなると全て迷信で片付けたがるのがネルガル人の常。自分の操縦ミスを空域のせいにするな。現に全ての船がこの空域を通過できないわけではない。中には何の支障もなくこの空域を通過した船もある。ボイ人たちに言わせれば運がいいということになる。彼らは偶然にもベールに触れること無くその間を潜り抜けたのだから。だがルカが今からやろうとしていることは、この偶然を必然にしようということだ。



 戦争が始まったと言う知らせは、小惑星帯で待機しているハルガンの元へも届いた。
 ハルガンはネルガルから連れて来た親衛隊を全てルカの下へつけた。どうせここまで敵が来るようじゃ、ボイも終わりだからと言って。
「始まったようだな。まあレスターのことだ、相手がネルガル人だからと言って手加減などすまい」
「それは、どうでしょうか」と、ウンコクが疑わしげに言う。
 やはりネルガル人はネルガル人同士、ボイ人を殺すことには躊躇はないだろうが、同じネルガル人を殺すとなれば。
 だが案の定、彼は殺戮の最短距離を取った。その徹底振りには手加減どころか、血も涙もない。彼一人で軽く二個艦隊は片付けてしまったようだ。
「ウンコク、一つ忠告しておく。レスターはルカ以外を主だとは思っていない。ルカに危害を加えるものは、ネルガル人だろうとボイ人だろうと全て敵とみなす。俺たちですら例外ではない。気をつけた方がいいぞ」



 ルカはこのままの陣形で相手の速度に合わせて後退するように指示した。
 約一万隻の艦が、一艦も艦列を乱す事無く後退していくその姿を見て、オーリンは、
「お見事です。艦隊運動の練習の甲斐がありましたね」と、褒める。
 ボイ人たちが母星近郊の空域で、来る日も来る日も艦隊運動の練習をしていたのは知っていた。まずは船を動かすことからか。と思いつつ彼らの練習を眺めていた。軍隊というものを一から教えなければならないのだから大変だと。
 だがいくら艦隊運動が見事でも、これだけでは勝てない。何時、反撃に出るのかと待っていると、
「反撃をしても意味がないのですが、ただ後退しているだけでは、味方の士気が薄れますよね」とルカは言い、
「反撃開始の号令を発した」
 ただし適当にとは口の中で呟いただけ。
 この呟きにオーリンは首を傾げる。この少年、何を考えているのだ。
 だがその号令と前後して、敵の放ったビーム砲の幾つかが、味方の艦に命中した。完全に大破したものもあるが持ちこたえた船もある。こうなると味方の間に動揺が走る。始めてみる仲間の死。ボイ人たちの間に恐怖が沸き起こる。ルカは恐怖心により浮き足立ち総崩れするのを警戒し、前方より後方にネルガルから付いてきた自分の親衛隊を多く配置するように、リンネルやレイにも指示しておいた。それが功を奏したのか、彼らがそれぞれの殿をしっかり支えた。それで総崩れはまぬがれたが、やはり、全艦無事に連れ帰るのは無理か。ルカとしては八割帰還できれば上々だと考えている。
「もう少し、速度を速めて後退いたしましょう」
 敵は充分食いついてきている。

「敵艦隊、後退の速度を速めました」
「逃げる気か」
「おそらく魔の空域中央あたりで味方と合流するつもりではありませんか」
 現に他の二艦隊も魔の空域めがけて後退しているとの連絡が入っている。
「合流する前にかたを付ける」
 いくらこちらの方が数的に優勢だとは言え、合流されてからでは面倒だ。
 追いかける方の速度も速くなった。

 魔の空域が刻々と迫ってくる。
「レスター」
 レスターは頷く。
 後は、彼に任せるしかない。既にレイからは魔の空域に突入したとの通信があった。
 レスターがコマンドを飛ばす。それを合図に、ボイの陣形は円柱になる。
 この陣形もオーリンは何度か練習で見ていたが、何を意味しているのかはわからなかった。それにコマンド。これにオーリンの部下が関与しているということも、彼は知らない。もっともボイ人の間でも知っているのは極少数。
 何が始まるのだ。と前方のスクリーンを注視していると、そのスクリーンに何やら黒い幕が現われた。その周りをコマンドが飛び交う。
 その間にも後方では敵との応戦が続いているようだ。時折り暗闇の宇宙を明るく染めるエネルギーの放出。敵をやったのかそれとも味方がやられたのか。
 もう少しだ、持ちこたえてくれ。
 ベールの入り口を、レスターは必死で探していた。この艦隊全てが通れるだけの隙間。スクリーンに描かれているベールの隙間は、どれでもよさそうに見える。だがレスターはその先の先まで見ているようだ。入ったはいいが、先が細くなってしまっては。
 暫すると手ごろな隙間が見つかったようだ、コマンドが円を描き出した。後は何度も訓練したとおりにやればいい。
「全艦、魔の空域に突入します」
 それから間もなく、リンネルからも魔の空域に入った旨の通信があった。
 無事に出てきてください。とルカは祈りながらも、自分たちも無事に出なければと思う。
 レスターの誘導の下、艦隊は中へ中へと入って行く。スクリーンの映像は、艦がベールの中を進んで行く様子を映し出している。あくまでもこれは想像図だが、レスターの目にはこれと同じものが実際に見えているのだろう。ベールの動きに合わせて艦隊を誘導していく。
 今のところ、ケリンが計算して描いたベールの動きと実際のベールのうねりは違いがなさそうだ。コマンドはスクリーンのベールの隙間を縫うように飛んでいる。
「何ですか、あれは?」と言うオーリンに、
「この空域に実際に存在するものです」と、ホルヘが答えた。
「過去のこの空域での遭難データーから、殿下とコンピューター技師のケリンさんで計算して出したものです。おそらくあのようなものが、この空域には存在しているのではないかと。あれに触れずに走行できれば、この空域を無事に通過できます。但し、少しでも触れれば」
 後方で今まで以上のネルギーの放出があった。
 敵は我々の四倍。我々に通れる隙間でも敵には狭すぎた。敵は一気に数を減らすことになった。
 レスターはこの隙間を狙っていた。広すぎず狭すぎず自分たちの艦隊がぎりぎり通れるぐらいの。訓練は積んで来た。前の艦の軌道上を運行するぐらいできるはずだから。少しでも外れればその艦は破損する。そしてそのことによって周辺の艦が巻き込まれることも念頭にはあったが、四倍もの敵が相手では、一回で勝負を付けたかった。時間がかかればそれだけこっちの不利。
 ボイ人たちは後方の様子を見て唖然とした。この空域の恐ろしさを身をもって知ったような。
「後ろを見るな、前だけを見ろ。軌道を外すと、自分の乗っている艦もああなる」
 ルカに言われて、操縦士とオペレーターの間に緊張が走る。レスターの誘導だけが頼り。


 味方の艦が次々に自滅していくのを見て、ネルガルの艦隊に動揺が走る。
「なっ、なんだ、この空域は」
 何もない、何も無いところなのに何故?
 味方の艦は見る見る形を歪めて分解破裂して行く。
「どうしますか閣下、敵は逃げていきます」
 敵の艦隊が小さくなって行くのが見える。
 何故、奴等の艦は大丈夫なのだ?
 前進するか後退するか。だが既に退路はベールによって一部塞がれている。しかし彼らにそれは見えない。
 後退しようとして反転した艦が破裂する。まるで何かに包囲されてしまったような感じだ。
 そして停止している艦までもが破裂した時には、動揺は恐怖に変わりパニックを起こし始めていた。
「閣下、どうしますか!」
「早くこの空域から脱出しなければ、全滅してしまいます」
「後退だ、後退しろ」
 だが結果は進入した以上の損失を出す羽目になった。無事に魔の空域から脱出できた艦は最初の半分以下になっていた。


「後方、敵の艦影が見当たりません」
 全滅したか。誰しもがそう思った。ほっと胸を撫で下ろした瞬間、
「気を抜くな、まだ魔の空域を出たわけではない」
 ルカの叱咤の声。
 一隻が油断の末、幕に触れて破裂。今まで味方だと思っていた魔の空域が、敵に代わった瞬間。
「だから気を抜くなと言ったのに」
 ルカは苛立たしげに爪を噛んだ。
 レスターはじっと空域に集中している。
 ネルガル艦の自爆によるエネルギーの激しい放出。それが磁場に影響を与えたのか、ベールの動きが微かにだが変わった。
「しまった」
 レスターが軽く舌打ちした。だがそれに気づいた者はいなかった。
 ベールは風に揺らぐカーテンのよう。そのベールが思ったより上がらず、下降してきたのだ。このままでは全艦が通り抜けられない。今更軌道も変えられない。
(どうする、もう少しの間、上がっていてくれればいいのに)
 そう思った瞬間、ベールが上がり始めた。

 それを感じ取ったのはイシュタル人の二人。
「やはり、そう来ましたか」と、エームズ。
 こちらもあらまし敵を壊滅状態までに追い込んでいた。
 エームズの呟きにリンネルが反応する。
「どうしました?」
「ベールを動かした者がおります」
「ベールを? 一体誰が?」
「レスターさんですよ」
「レスターが!」
 リンネルは驚きを隠せない。
「問題は、その余波です」
「余波とは?」
 制御されていない四次元のエネルギーは回りまわって別なところへ出てくる。
「今からは、ケリンさんが計算した通りにはベールは動かないということです」
 エームズはスクリーンから目を放しリンネルを見た。だが気だけは艦隊前方の空間に集中させコマンドを操作している。
 ここら辺が常日頃気を使い慣れているイシュタル人、レスターとは違い余裕がある。
「私達が一番警戒していたのは、これなんですよ。彼の力。彼の能力は未知数ですから。彼が何もしなければ、ケリンさんの作られたこのシミュレーションは見事です。完璧なほどにベールの動きを捉えている。しかし一箇所、別な力が加わると、ベールはもうこの通りには動きません」
 彼がベールを動かすほどの力がなければ、我々は不用だった。このシミュレーションの通りに走行すればよいのだから。だが今は。
 しかし、何時になってもその余波らしき波は来ない。
 エームズが首を傾げていると、
(おいエームズ、何か受けたか?)と、バードンからのテレパシー。
「いや、私の方は。お前の方に行ったのかと思っていたが」
(いや、俺の方には何の変化もない)
「まさか、彼は、余波まで制御できるのか」
(それじゃ、化け物だ)
 バードンがぶつぶつ言っているのをレイは聞いて、
「誰と話しているのですか?」と訊く。
「エームズとだ」
「通信機がいらないのですか」
「お互い思念の波長が合っている場合はな」
 コマンドを操作しながらテレパシーで会話をする。
「化け物とは?」
「レスターとか言う奴のことだよ」
「レスターが? 彼がどうして化け物なのですか」
 それは普通の人と少し違うところはあるが、少なくともイシュタル人よりもは人間らしい。
「あいつ、ベールを引っ張ったんだよ。ベールは一枚の布のようなものだから、片方を引っ張ればもう片方にもその影響は出るだろう。だが何時になっても何の変化もない。つまり奴は、その影響力まで制御できるんだ。これってアヅマ級の力だ。俺たち雑魚では相手にならない」
 レイにはバードンが言っている意味がわからなかった。
 それより敵も殲滅したことだし、いい加減ここを出なければ。何時までも優雅に航宙を楽しむ所ではない。


「後退だ! 後退しろ!」
 クロラは怒鳴った。
 停止した状態でも艦が歪み破裂していくのを目のあたりにしたクロラは、これ以上の追跡を断念し、後退を命じた。
 罠だったのか。
「閣下、何かに包囲されているようです」
 その何かが、肉眼ではもとよりどんな科学的探知機を駆使しても捉えることができない。
「一体敵は、どのような兵器を?」
 どちらに動いても艦隊は損傷を受けないわけにはいかなかった。
「とにかく、後退しろ。この空域から抜け出すのだ」


 敵が後退したと言う知らせを受けて、ルカは呟く。
「彼ら、無事に抜け出してくれるといいですね」
 その呟きを聞いたオーリンたちは怪訝な顔をする。
「殲滅は望んでおりません。負けを認めてくれれば、それでいいのです」
 殺し合いを望んでいたわけではない。本来なら話し合いで。でもそれが通用する相手ではなかった。この銀河に自分たちより優れた人間はいないと思い込んでいるネルガル人相手では、まずその傲慢な鼻をへし折るしかなかった。
「もういいでしよう、これ以上の殺戮は」 無用だ。
 ルカの率いる艦隊が魔の空域から出る頃には、既にレイの率いる左翼艦隊は魔の空域を出、艦列を整えていた。艦の数から言って、ほとんど損傷はなかったようだ。そこへリンネル率いる右翼艦隊が合流する。こちらも損傷した艦は極僅かのようだ。そしてルカ率いる中央艦隊が加わり、決戦前と同じような陣を張った。今度はもう少し密度を厚くして。
「前方、敵艦影発見、距離」
 オペレーターたちの動きが活発になる。
 戦闘準備の警報が鳴り響く。
 だがその横で、コマンドを収納したレスターはシートの中に倒れ込む。
 ルカはレスターの所まで歩み寄ると彼の肩にそっと手を置いた。
「ご苦労様、後は私達で何とかしますので、部屋で休むといいですよ」
「目が覚めたら、あの世だったなどと言うことにならないだろうな」
 どんなに疲れていてもレスターらしい反応。
「そうならないように、努力します」
 レスターはルカの小さな手の上に自分の手を重ねると、苦笑しながらもふらふらと立ち出し自室へと向かった。
「よろしいのですか、彼を休ませて」と言ったのはオーリン。
 ホルヘがどう説明したのかは知らないが、彼がこの空域の抜け道を案内したことになっている。
「同じ手は二度とは使えません。今度は真っ向勝負か、小惑星帯まで後退してハルガンさんに任せるかのどちらかです」
 敵艦影がスクリーンに映し出されたとき、ルカはその数の少なさに唖然とした。
 レスターの作戦が功を奏したのか、彼はわざと狭い空間を選んだ。もっと余裕で通過できる空間はいくらでもあったのに。優しい人だと思っていた。だがその反面、冷徹な人だとも思っていた。こと勝負になると、その本領を発揮するようだ。
 数は少ない。だが陣形は見事に整っている。さすがはネルガル艦隊、この期に及んでまだ戦うつもりなのか。
 数は三分の一まで減っていた。今ではこちらの方が数的にも優位。ただ不利なのはルカの親衛隊以外は全員戦争の経験が無いということ。
「来るな、退却してくれ」
 ルカの祈るような呟き。
 もうこれ以上、戦う必要はないだろう。
 それを聞いたオーリンは、
「勝てないとお思いですか。敵は既にこちらの半分」
 勝てないはずはない。砲術戦も艦隊運動同様、徹底的に訓練したのだから。
 魔の空域から敵がどれだけ脱出できるかは、想定できなかった。よってその後の空域における艦隊戦も想定していた。
「いいえ、違います。これ以上の犠牲は必要ないと思うだけです」
 だが敵が陣形を整えている以上、こちらもやるしかない。
「全艦、主砲準備」
「よろしいのですか、曹長にも少しは取っておかないと」と言うケリンに対し、
「ここで後退しても、彼らは追っては来ませんよ。今度も罠だと思うでしょうから」
 初回は数的に優位だったから、勝ったと思って深追いして来た。だが今回は立場が逆だ。
 敵は艦列を整えたものの攻撃してこようとはしない。
 暫し睨み合いが続く。


 クロラの方も、ボイ艦隊の様子を伺っていた。
「迎撃する気配はなさそうです」
「逃がしてくれるとでも言うのか。随分とコケにされたものだ」
 クロラは暫し考えた。そして退却を命じた。
 このまま戦っても、それは自殺行為だ。ここは一度引いて作戦を立て直そう。ボイの艦隊に負けたとは思わない、彼らに地の利があっただけだ。覚えておれキングス伯、この雪辱は必ずはらす。
 ハルガンにすれば言われもない恨みを買う羽目になった。


「敵艦隊、後退を始めました」
 M6星系外へ脱出しようとしているようだ。
 ルカはそれを聞いてほっと胸を撫で下ろした。
 よかった、指揮官が常識ある人で。
「追わないのですか」
 今なら殲滅できるというオーリンの言葉に、
「目的は果たしましたので、これ以上の深追いは味方の犠牲を増やすことになりますから」
 完全に敵が後退するのを見届けて、ルカたちも帰路に着いた。
 まずは一勝、だが二度目はない。

「ボイ星が見えてきました」
 オペレーターからの連絡と同時に、スクリーンにボイ星が映し出される。
 艦橋内に歓声があがる。
 まだほんの三等星程度の輝きでしかない。だがその輝きは次第に大きくなり、ボイ特有の赤みを帯びた色になる。
 ルカは指揮シートにもたれながら次第に大きくなるボイ星を眺めている。
 砂地が多く水が少ないため赤茶に輝く星。水で潤い青く輝くネルガル星とは違う。だが今こそルカは思った。
「こんなにボイが愛しい星だとは、思いも寄りませんでした」と、隣に立っているホルヘに言う。
 この赤茶の星が、今は実に美しく見える。
「生きて、帰れましたね」
 ルカの初陣だった。しかも自分で作戦を立案し指揮まで取った。
 ルカはゆっくりと目をつぶる。


 帰還したルカたちを待ち構えていたのは国民たちの歓声。戦闘の様子は部分的だが衛星を使ってボイ星にも流されていた。今回の戦闘は、初めてにしてはボイにはそれだけの余裕があった。
 報道陣が取り囲む中、ルカは疲れているという理由で、さっさと邸に引きあげた。実はこれには訳があった。帰路に着くや、ケリンは今回の戦争の損害を自他共に計算し、ルカに提出したのである。それを見た瞬間から、ルカは黙り込んでしまった。自分たちの損害が少なかったのは幸いだったが、敵の損害の多さにルカは絶句した。最後に敵が布陣した時の艦数の少なさにも驚かされたが、こうやって数字を直に見ると敵の悲惨さが身に沁みて来た。まるで彼らの悲痛な叫びが聞こえるほどに。
 黙り込むルカに、
「これが戦争だ」と言ったのはレスター。
 ルカはレスターを睨み付けた、だが次第にその目が悲しみを帯びてきた。
 ここまでしなければ勝てないのか。もう少し手加減は出来なかったのかと。だがここでレスターを攻めるのは間違っていると言う事も、ルカは重々承知していた。彼は最善を尽してくれたのだ。礼こそ言え、非難すべきでないことも。
 ルカも戦争の残酷さを身をもって体験した。あの後彼らが砲撃すれば、私は彼らを殲滅するように指示したのだろう。同じネルガル人同士でありながら。

 邸に着くと、シナカが出迎えてくれた。侍女たちに交じり王妃までが居た。本来なら今、戦後処理のための議会が開かれ、それに出席しなければならないのだが、国王に言われ待っていたようだ。私も出迎えたかったと言う国王の伝言を携えながら。
 ルカはシナカの姿を見るや、その胸に飛び込んで行った。
 シナカはしゃがみ込みルカを抱え込む。十歳になったばかりのルカ、その身長差は例えようがない。増してボイ人はネルガル人より大きい。
「まるで親子だな」とハルガンは苦笑する。
 どう見ても夫婦には見えない。
「お帰りなさい、ご無事で」
 シナカはルカの耳元で囁いた。そして勝利のお祝いを述べようとした時、ルカが泣いていることに気づく。
「どうしたの?」と言うシナカに、
「寝室へ連れて行ってやれ」と言ったのはレスター。
 モリーもその意味がわかったのか、
「さぁ」とシナカを促す。
 モリーは知っていた。この戦いがどれだけ殿下の心を傷つけたか。
 止めどもなく溢れ出る涙。シナカはどうしてよいかわからず、ベッドの上でずっとルカを抱いていた。まるで母親が幼子をだっこするように。
 その内ルカは泣きつかれてシナカの腕の中で眠りに付いた。
 シナカはそっとルカをベッドの上に寝かせる。
 それを見計らってか、モリーが入って来た。
「お休みになられたようですね」
「ええ」と、シナカは少し戸惑いながら答える。
 ルカがどうして泣いているのかわからない。
 モリーはルカに毛布を掛けてやりながら話し出す。
「殿下は、心のお優しい方なのです、虫も殺せないほど」と言いつつ、テーブルの方にお茶を用意すると、シナカと相対して座り、
「害虫駆除をする時など大変でした。まず殿下を下町に誘い出してからでないと。殿下は幸い下町の散策がお好きでしたので。ですが戻って来てからが大騒動です」と、その時のことを話し始めた。
「何も彼らを全員殺すことはなかっただろう。一本、彼らの木というのを決めて、彼らをそこに移してやればよいことだ」
「じゃなんかい、彼らにこちらの御木があなた様の木ですから、お移り下さいとでも言って、彼らがこっちの木に移るか、このアホ」と、ハルガンまでがルカに影響され害虫を人間視したような言い方をし、よくルカをアホ呼ばわりしたものだ。
「そうだったのですか」と、シナカはつくづくルカを見詰めると、
「お辛かったのですね」
「殿下は元々殺生がお嫌いな方ですから、戦争など」
 シナカはやっとルカの行動を納得した。
「ですから、勝利のお祝いなど口にされない方が」と、モリーはさり気なく忠告する。
「わかりました、モリーさん。いろいろと有難う御座います」
 ルイも隣で頭を下げる。
 王妃もルイに案内されて何時の間にか入室していたようだ。
「本当に優しい子なのですね、敵のために涙が流せるなんて」

 ハルガンたちはモリーが戻って来るのを居間でじっと待っていた。
 そこへモリーが現われる。
「奴は?」
「お休みになりました」
「そうか」
「やはり、喜びませんでしたね」と、ケリン。
 国中が凱旋で有頂天になっているというのに。増してネルガル艦隊相手の凱旋だ、どこに行っても兵士たちは英雄扱い。だがその一番の功労者が。
 戦勝はルカにとって喜びではない。
 ハルガンはホルヘたちの方を見ると、
「勘違いしないでくれ。奴は、相手がネルガル人だから泣いているんじゃない。相手がボイ人でもマルドック人でもイシュタル人でも、あるいは他の星人でも同じ行動を取る。そもそもあいつは殺し合いが嫌いなんだ」
「わかっております」と、ホルヘ。
「ならいいが」と、ハルガンは顎をなでながら、
「まあ、奥方の腕の中で寝れば、少しは落ち着くだろう」
 今までその感情を微塵も見せなかったのは責務のため。ボイを守ることが最優先だったようだ。
「暫く、夜、やられますね」と、ケリン。
「ああ、奥方も大変だ」と、ハルガンは相槌を打つ。
 見せしめのため死刑を断行した時も、暫く間、夜中に叫んで飛び起きていたものだ。奥方様もよく付き合われたものだと思うほど、一晩の内に何度も。
「こうなることは解りきっているのに、どうして出張るかな、ここでおとなしく待っていればよいものを」とハルガンは、つくづくやんなったように言う。
「俺たちがそんなに信用できないのかな」
「信用はしていると思いますよ」と言ったのはキネラオだった。
「自分に万が一のことがあったら、ハルガンさんに指揮を仰いでくださいと仰せでしたから」
 ハルガンと自分にもしもの事があったら、ボイはどうにもならなくなる。そのためにハルガンを後援部隊に回したのだ。自分に万が一のことがあった時の用心に。
「おそらく、殿下がここで待機したらレスターも船には乗らなかったのではないか。奴が守るのは殿下ただ一人ですから」
「私もそう思います」と言ったのはクリス。
「レスターさんを使えるのは殿下だけですからね」
「それで船に乗ったと?」
「まあ、それだけではないと思いますが。やはり一番の動機は、自分はシナカの夫だから、ボイを守る義務があるというところですか」
 だろうな。と誰しもが頷いた。
「暫く殿下が使えないとなると」と、ハルガンは一瞬考え込み、ある人物の方に視線を移した。
「おい、ケイト」
 唐突に名前を呼ばれたケイトはびくりとする。この人に名前を呼ばれるとろくなことはない。と少し警戒しながら返事をする。
「何でしょうか」
「お前、暫く殿下の役をやれ」
 ほら、来た。とケイトは内心思った。
「式典に殿下の姿がないのは可笑しいだろう。もし奴が出られないようなら、お前代わりにな、うまくやれよ。しかしハルメンスもいい人物を見つけてきたものだ」


 次の日から連日のように戦後処理の会議が開かれた。だがそこへ戦闘員だった者の出席は見合わされた。戦闘中、休暇をとっていないということで臨時の休暇が与えられたのだ。実際はその間も三交代で休暇は取っていたのだが。ただ戦争に入った一日だけはまるまる休暇はなかった。当然のことだが。
 その間ルカは、悪夢で夜はあまり眠らずとも、負傷した兵士たちを見舞い、亡くなった家族には短いながらもルカ自筆の弔詞を贈った。
「そんなことしていたら、体がもたないぞ。少しは休みを取れ」とハルガンに言われながらも、やはり眠ることはできなかった。その内本当に疲れれば。
 そしてハルガンは、こちらこそ寿命を縮めるのではないかと思うほど毎夜のごとく、女性を取り替えてはベッドの上で、あたかも体験してきたような戦争談を繰り広げていた。せっかくの休暇だ。大いに楽しまなければ。
 だが一番の戦術の功労者であるレスターは、ブスくれた顔をして池の畔で昼寝をしている。
「彼も、殿下と同じで水が好きですね」と、ケリン。
「ああ、どうせ眺めるなら、俺なんか水より女の方がいいがな」
「曹長の女好きは箔付きですから」と、クリス。
 臆病なわりには一言多い。
「何か、文句あるのか」と、怖い顔で眩めてくるハルガンを避けるかのようにクリスは話題を替えた。
「ここの所レスターさん、一段と人当たり、悪くなりましたよね」
 普段から愛想のある男ではないが、言われればここのところ酷い。少し視線が合ったというだけで喧嘩になるような。
「殿下が、あんな調子だからではないのですか」と、ケリン。
 ルカは戦争に勝ったというのに落ち込んでいる。
「まったく解らない脳味噌の構造をしているよな、俺たちの親分は」と、ハルガンが砕けて言う。
 戦略を立てさせれば大人顔負け。そのくせ、人を殺してしまったと泣き叫ぶ。戦争なのだから当然だろうに。

 そんなおり、イシュタル人のエームズとバードンがやって来た。無論、テレポートで。近々迎えの船が来るので、それでネルガルへ帰るとのこと。後日オーリンから正式な挨拶があると思うが、自分たちが今日来たのはネルガル人としてではなく、イシュタル人として来た。そしてその内容は。
 ルカの居間にはいつものメンバーが集まっていた。
 二人のイシュタル人は開口一番、ルカに対し、
「凱旋、おめでとう御座います」
 ここでの一番のタブーだと思いシナカたちは慌てたが、ルカの態度は意外なものだった。
「有難う御座います。あなた方のお陰です」
「あまりお元気がないようですが、お疲れですか」と心配するイシュタル人に対し、ルカは軽く笑って見せただけ。
「どうか、なさいましたか。余り嬉しくない御様子ですが」
 ルカが何か答えようとした時、
「俺に文句があるなら、はっきり言ったらどうだ」と、レスター。
「腹に据えかねているから、何時までもぐじぐじしているんだ」
 ルカはぎぃっとレスターを睨み付けた。その視線の鋭さ。だがそれに対し言葉には覇気がなかった。
「お前は、悪くない」
「そうだろう、俺はお前の指示通りにやっただけだからな」
 レスターのその言葉にルカはむっと来た。レスターを攻めるのは間違っている。それは解りきっているのだが。あからさまに言われると。
「でも、あんなに殺す必要はなかった。もう少し手加減してやっても」
 要はここだ。平然と人を殺すレスター。ルカにはそれが理解できない。
「俺は、あの空域を抜けた後、艦隊戦をやる気はさらさらなかったからな。あれでも随分生き残らせてしまったと思ったぐらいだ」
 艦隊戦をやれば、犠牲はもっと出ていた。それはルカも重々承知。そういう意味においてもレスターの考えは正しい。解ってはいるのだがそれを何の躊躇もなく正当化することが、ルカには許せなかった。だが、レスターはわざとルカの怒りを買うようなことを言い続ける。
「俺はあの時、奴等をベールとベールで押しつぶしてやろうかと思った」
 そうすれば全滅だ。俺はそれが目的だったと。
「どうしてやらなかったのですか」
 ルカとレスターの会話に割り込んだのはエームズだった。
「その気になれば、お前にはできたな」とバードン。
「でも、やらなかった。どうして? 全滅できたのに」
 暫しの沈黙の後、
「これ以上の殺戮は、殿下の精神状態によくないから。殿下のことを思い、途中でやめた」
「つまり、殿下のために手加減した」
 ルカは唖然としてレスターを見る。
 レスターは今にも飛び掛りそうな怖い顔をして二人のイシュタル人を睨み付けた。
(余計なことを言うな!)とばかりに。
 俺のせいにすればいい。それでお前の気がはれるなら。俺はお前のために人を殺すことなど何とも思わない。それよりもは、お前のその苦しそうな顔を見ている方が辛い。
「俺がやらなかったのは、自分の力に自信がなかったからだ」
 手加減などしてはいない。とレスターは言いたかったのだが、レスターのその言葉をルカは聞いてはいなかった。
 居間を飛び出す。
 シナカと侍女たちが慌ててその後を追った。
 レスターは殺気だった顔で二人のイシュタル人を睨み付けた。
「余計なことを言いましたか」
「読心術か?」
「いいえ、ただ余りにもあなたの思念が強すぎたもので、頭の中に飛び込んで来ただけです」
「どうです、私達と一緒にイシュタルへ行きませんか。あなたのその能力、鍛えれば必ず」
「アヅマ級の力だ。否、アヅマですらこれだけの力を持っている者は極僅かだ。それたけの力があれば、アヅマの方から誘いがかかる。化け物だぜ、お前は」
「おいおい、イシュタル人に化け物呼ばわりされちゃ、世も末だな」と、ハルガンが冷やかす。
 イシュタル人こそ、ネルガル人から見ればその力故に、化け物だ。
 レスターはむっとした顔で、
「俺はネルガル人だ。俺は何処にも行かない」
「竜に、彼を守るように命令されているのですか」
 それを聞いた時、キネラオたちは唖然とした。
 白竜様が、殿下を守るように?
「竜? そんな奴、俺は知らない。それに俺は誰の命令もきかない。俺に命令できるのは俺だけだ、覚えておけ!」
「では何故、そこまでして彼を守ろうと」
「お前等、どうして俺たちに味方した? 竜にでも頼まれたのか?」
 二人のイシュタル人は笑う。
「何故、笑う。お前が今、俺に対して言った言葉ではないか」
「なるほど、これは失礼」
 イシュタル人は態度を改めると、
「私達など竜は相手にしません。私があなた方に味方したのは、あなたに興味があったからですよ、レスターさん」
「では俺も、奴に興味があるから傍にいるだけだ」
「どのような? ちなみに私達があなたに興味があるのはあなたのその能力ですが」
 イシュタル人にそう言われて、自分も説明しなければならなくなったレスターは、彼にしては長い会話をするはめになった。
「俺を怖がらなかったのは今までに二人だけだ。両親ですら俺をうす気味悪がった。その一人がクリンベルク将軍。まあ彼は力があるからいざとなれば俺の一人や二人。そしてもう一人は奴だ。力も何もないくせに、馬鹿としか思えん」
 これがレスターがルカのところに居る理由。実際はルカに初めて人間として扱われたためだ。
「そうですか」と、二人のイシュタル人は諦めたように言う。
 実はコマンドの礼に、レスターをアヅマに紹介しようと思っていたのだが、彼はネルガル人、イシュタル人の仲間になる気はないようだ。
 レスターは言うだけ言うとさっさと居間を後にした。ルカのいない居間に、もう居る必要はない。
 イシュタル人たちはレスターの後姿を見送りながら、完全に諦めたようだ。リンネルたちの方へ振り向くと、
「では我々もこれで失礼いたします。後日オーリン司令官と一緒に挨拶に伺うかもしれませんが、その時はこれまでのことはなかったことに」
 あくまでもネルガル人の地下組織の一員として行動するつもりらしい。
「では、殿下によろしく」と行って去ろうとした時、
「少し待ってください」と、ホルヘが呼び止めた。
「時間がまだお有りのようでしたら、一つお聞きしたいことがあるのですが」
「何でしょうか?」
「まあ、お掛け下さい」と、ホルヘはソファを勧めると、自分もその向かいに座りクリスとケイトにお茶の用意を頼んだ。
 本来ならルイに頼むところを、侍女たちはルカを追いかけて出て行ってしまったため。
 どうやら話が長くなりそうだと思ったハルガンたちは、それぞれの場所に思い思いに腰掛けたりもたれ掛かったりした。
「竜があの方を守ろうとしているのは、本当のことですか」
「それは私達にもわかりません。ただ彼ほどの力の持ち主はアヅマの中でもそうはいませんよ、竜の眷族でもなければ」
「だから、もしかしてと思ったのだが」
 どうやら違ったようだ。
「もしかして、あの方が紫竜様だということはありうるのでしょうか」
 イシュタル人たちは顔を見合わせた。一人が答える。
「いや、違うと思います」
「どうしてですか」
「紫竜様でしたら、笛を持っておられるはずだ、竜を眠らせる」
「奴も、持っている」と言ったのはハルガン。
「あれは、偽物です」
「偽物?」
 これに驚いたのはリンネルだった。そんなはずはないと思うリンネルの想いをよそに、
「ええ、ちょこっと拝見したところ、あの笛は竜木で出来ているようです」
「そうだ」と言ったのはケリン。
 ルカは何度もあの笛を分析している。材質から塗り、音色まで。
 竜が好むと言い伝えられている木。そのため名前が竜の木、略して竜木となったようだ。その木も澄んだ水を好み、イシュタルではその木が生い茂る池には竜が住んでいると言い伝えられている。
「本物は竜の骨で出来ています」
 この瞬間、竜は実在するのか? とハルガンたちは思った。
 まさかと思いながらも、竜の骨でできた笛があるのなら、竜がいなければ話があわなくなる。
「そもそも紫竜様は白竜様の魂の一部ですから、白竜様は自分の体の一部を紫竜様に持たせるのだそうです。手足の骨ではご自身が不自由なされますので、大概はあばら骨だと聞いています。あばら骨なら一本ぐらいなくとも。ですから逆に、白竜様を見つけるのは簡単なのです。髪が青く、瞳は黒、一見白痴、これは三次元に対する五感が鈍いせいです。そしてあばら骨が一つない少女を探せばよいのです。今イシュタルでは、ネルガル人による青髪狩りが行われていますが、そんなことをしても無駄です。既に彼女の近辺にはレスターさんクラスの能力者が付き、彼女が覚醒するまで守っているのですから」
 今イシュタル星で行われている悲惨な現象。五歳以下の青い髪の子供は、ネルガル人に見つかれば問答無用で殺され、その頭皮が検視所へ送られる。一枚いくらという値段が付いているからだ。狩人たちにとってはいい小遣い稼ぎになっている。
「では、あの笛では竜は眠らないと」と、今度はリンネルが訊いてきた。
 ナオミ夫人は、どうしてもこの笛を吹けるようにしなければならない。竜を眠らせるためにと言って、必死でルカに笛を教えていた。
「おそらく」と、二人のイシュタル人が頷く。
「ですが、紋章は本物です」
「紋章?」
「笛に刻まれた竜の絵ですよ。おそらく彼は竜に愛されし者」
 イシュタル人がそう言っただけで、ボイ人たちには意味が通じたようだ。キネラオたちは納得したように頷く。
「彼を、大事にされるといいですよ。必ず竜が助けに来てくださいますから。増してこの竜は竜の中の竜。その力は竜の中では一番、恒星すら破壊できると言われております。惑星の一つや二つ、赤子の手を捻るようなものでしょう」
「ネルガル人が血眼になっているようですが、彼女は既に生れております。後は覚醒を待つばかり、後十年もすれば」
「アヅマも彼女が覚醒するのを待っているのです。彼女が覚醒すれば、イシュタルの全ての能力者が彼女の配下に入ります。ネルガル艦隊などあっと言うまですよ。それどころか、ネルガル星自体、この銀河に存在できるかどうか」
「お前等、誰に向かって話していると思っているんだ」と、ハルガン。
 彼らの言葉に少しむっときたようだ。
「これは失礼。ここにはネルガル人もおられたのですね」
 今更ながらに言う。本当は彼らネルガル人にこそ言いたかったのだ。竜が覚醒する前に、お前等の行動を改めろと。さもないと本当にネルガル星はこの銀河から消えることになると。
「長居してしまいました。気を悪くしないで下さい。あなた方がイシュタル人に何もしなければ、白竜様もあなた方に手を挙げることはなさらないのです」
 そう言うと二人は消えた。


 シナカはやっとルカに追いついた。後ろからぐっと抱きしめる。まるで母親が我が子を抱くように。
「お願い、そんなに自分を責めないで。あなたのお陰でボイの人々は助かったのよ。皆、とても喜んでいるわ」
 でも、身内を亡くした者たちの悲しみは深い。別な方法がなかったのだろうか。戦わずに済ませられなかったのだろうか。
 ルカは自分の胸の前で交差されているシナカの赤茶の腕を握り、
「和議を、早く和議を結ぼう」
 これ以上の戦いを避けるために。


 星を挙げて勝利に酔いしれている中、ハルメンス公爵が公達を連れてルカの邸に来た。
 凱旋の祝いを述べたのち、預かっていた公達をかえすと。彼らの余りの礼儀のなさに辟易したようだ。実際彼らの礼儀は形式的には正しい。ただそこに精神が伴わないだけで。
 クロードなどは頭にきて口も利かない有様。余り他人に対して感情をあらわにしないクロードが、ここまでの態度を取るのも珍しい。彼は男爵だが元をただせば平民。
「これでは殿下も大変ですね」と言いつつ、
「これならギングス伯爵の方が余程ましです」と、ぼやく。
 クロードも何時ものようにハルメンスの背後に控えていたが、何時もより浮かない顔をしている。
 公達もハルメンスの館へ行き、超一流の貴族の生活を思い知らされた。自分たちがどんなに逆立ちしても決して追いつくことの出来ない生活。豪華で優雅で。自分たちが生まれ育った館と比べれば、自分たちが今まで素晴らしいと思っていた館が犬小屋のようにしか見えない。それでもここは別邸。本館ともなればその豪華さはここの数十倍、否、数百倍。それを想像しただけで公達は、自分の生い立ちの惨めさを思い知らされた。その分、自分たちよりも身分の低い者にあたる。その絶好の対象がクロードだったようだ。いつもハルメンスに付き従うクロードの姿は、傍から見ると虎の威を仮る狐のように見える。実際は、あの二人の関係はそのようなものではないのだが。
 ルカの邸に戻った公達の態度はでかくなった。身分はルカの方が遥かに上だが、血筋は自分たちの方が上。少なくとも平民の血が混じっていないだけ。
「ご無事でしたか」と、暖かく向かえ入れようとするルカに対し、
「あなたはそれでもネルガル人ですか」と、いきなり高飛車に出た。
「同僚をあんなに戦死させて」
 同僚と言うが、彼らは敵。
 ルカが一番苦しんでいるところを突いてきた。
 言いまくる公達の一人に、ハルガンはプラスターの照準を合わせ、
「黙れ!」と、一喝。
 その声で部屋は鎮まる。
「壊れた無線機のようにビィービィーと何ほざいている。このくそ暑いのに」
 ボイはネルガルより平均的に気温が高い。
「あんまり煩いと、その脳幹に風穴開けて、風通しよくしてやるぞ、二度とくだらねぇー雑音が出せねぇーようにな」
 上流伯爵家の御曹司とは思えないような言葉だ。
「ハルガン!」と言うルカの忠告を無視して、
「嘘だと思っているのか、何なら試してみるか。戦争があったんだ、一人や二人、戦死したと言えば事は済む」
 公達は固唾を呑んでハルガンを見据えた。
「ハルガン、プラスターを下ろしてください。ここは戦場ではありません」
 ハルガンの余りの口の悪さに、
「それでも貴族ですか」と、ケリンが茶化す。
「平民に言われたくないねぇー」と、言いつつも、ハルガンはプラスターを仕舞うつもりはないようだ。公達を見る目は据わっている。
 公達と同じ台詞をハルガンが言っても嫌味にはならない。それどころかククロードまでもが笑っている。
「あなたは、散々公達にあのようなことを言われて憤慨していたのに、他人が言われているのを聞くのは楽しいのですか?」
「私がそのような人間に見えますか?」
 答えはノーである。ハルメンスはクロードの性格をよく知っている。
「キングス伯のあの発言は、ケリンさんの実力を認めた上でのことです。つまり侮辱というよりもは負け惜しみですか」
「なるほど」と、ハルメンスは納得する。
 ハルガンはプラスターを振り回しながら、
「この際だから、貴族のマナーとやらを教えておこう」
 キングス伯に教わるようでは世も末だと思いつつも、ハルガンの振り回すプラスターが気になるのか、抗議をする公達はいなかった。
「そもそもマナーとは、相手に失礼のないようにすることだ」
 それはそうだ。と誰もが頷く。
「つまり相手のレベルに合わせてやるのが一番失礼がない。嫌味にもならなければ下卑にもならないからな。よって高貴な相手には高貴に対処し、下衆には下衆なりに対処すればいい」
 よって今の言葉遣いは正当だとハルガンは言いたい。
「では、私はどちらに属するのでしょうか」と、ルカが問う。
 ハルガンに敬語を使われた覚えはない。
 何でこんな時にとハルガンは舌打ちしながらも即答した。
「お前は馬鹿に属する」
 いいタイミングでルカの問い。ハルガンは公達への怒りを削がれるかたちになった。
 まったく、このクソガキは、お前のことを思えば。と、ハルガンは内心ぼやく。
 ルカは背後でシナカがくすっと笑った気配を感じた。
 ハルガンは気を取り直し、
「しかし、お前等よかったな、レスターが居なくて。奴がいちゃ今頃、お前等の脳幹はとっくに涼しくなっていたぜ。奴は俺と違って躊躇しないからな。わかったらさっさと出て行け! ここはお前等の居るような所じゃない!」
 ハルガンに怒鳴られ公達は、慌てて自分たちの与えられている邸へと向かおうとした。
 ハルガンを避けケリンの前を通り抜けようとした時、
「曹長に一言お礼を言っておいた方がいいですよ」とケリン。
「何!」
 平民の分際でなれなれしく口を利くなと言う視線でケリンを睨む。
 ここにレスターが居ないはずがない。彼は池の辺でこっちの様子をじっと伺っている。そして何か異変があれば躊躇しない。ハルガンがプラスターを抜いたのも、こうでもしなければとっくに公達の脳幹は、レスターのプラスターで焼き切られていただろう。
 だがケリンは平然として、
「ここにレスターさんが居ないはずないだろう。彼は池の辺でじっとあなた方の動きを監視しています。曹長がプラスターを抜いていなければ、今頃あなた方はあの世行きですよ。彼は唇の動きで、あなた方が何を話しているか、全部わかりますから。あまりでかい口を開けて、話をしない方がいいですよ」
 そう忠告されて慌てて公達は口を押さえたが、今頃押さえても後の祭りだ。
「ご自分の邸へ着くまで、お気を付けて」と、微笑むケリン。
 ケリンのささやかな復讐である。
 公達が逃げるように自分の邸を出て行くのを見たルカは、
「ハルガンさん、あなたのお陰で私はまた」
「どうせ奴等との仲はとっくにこじれているんだ、いまさら繕えるようなものでもなかろう。なら徹底的にしてしまった方がこれからのためだ。レスターなら、とっくに片付けていただろうよ、未練ないようにあの世に」
 ルカはハルガンへの抗議を諦め、
「ケリンさん、あなたも」と、困ったものだという顔をして見せた。
「私が、何か?」と、ケリンは惚けた顔をして、
「私は、ただ足元に気をつけてと言いたかっただけですよ。勘違いするのは向こうさんの勝手です」
 ハルメンスはルカの部下たちを見て笑った。どうしてこんな几帳面な主にこのような部下たちが従うのかと。クロードまでもが微かに笑っていたようだ。
「これだからネルガルの貴族の品位が落ちるのですよ。王女様、キングス伯爵を見て、ネルガルの貴族は全てこうだと思わないでください。彼は例外中の例外ですから」
「何が言いたいんだ、ハル公」
 このよび方はマルドク人の商人アモスから教わった。彼らですらハルメンス公爵その人の前では、そういう呼び方をしたことはないのに。
「ハル公?」と、ハルメンスが驚いたように言う。
「何だお前、マルドック人の間でそう呼ばれているの、知らなかったのか」
 ハルガンの言葉遣いはここボイへ来て、マルドック人という友を得、一段と磨きがかかったようだ。
 それはともかく、ルカはハルメンスに艦隊のお礼を言った。無論、二人のイシュタル人のことは内緒で。


 一方議会の方は、ルカの思わぬ方向へと進展して行った。
「和議を結ぶ気はないと!」
 ルカはテーブルを思いっきり両手で叩いて立ち上がる。
「あなた方は何を考えているのですか。同じ手が二度と通用する相手ではありません」
 圧勝がいけなかった。彼らは完全にネルガル艦隊を甘く見下している。
「やはり殿下は、ネルガル人なのですね」と、元レジスタンスの一人。
「はっきり仰られたらどうなのです。我々のために同僚を殺すのは、もう嫌だと」
 ルカは勝利を喜ばない。それを仲間同士の殺し合いだったからと、ボイ人の多くは取った。
「何でしたら、もうネルガルへ戻られても結構ですよ」
 ルカは最初その意味がわからず、呆然としていたが、
「シナカと離婚しろということか!」
「本来、あなたが来なければ王女様は宰相の三人のご子息の中から、婿を選ぶ御予定でした」と、ある者が言い出した時、ホルヘは立ち出した。
「そんな話は聞いていない!」
 ホルヘにすれば寝耳に水だ。否、他の二人にしても同様のようだ。
「いちいちそのようなことを言わなくとも、王女様の態度を見れば一目瞭然でした」
 それはルカも感じていた。もし、自分がこの星へ来なければ、シナカはこの三人の中から自分の夫を選んでしただろうと。だからルカは、ネルガルとの交渉がうまく行くようになったら、離縁して、この三人の中から夫を選んでもらおうと思っていた。三人ともボイの民を思う心は同じ。誰を選んでも素晴らしい国王になる。やはりボイ人はボイ人と結婚するべきだ。私ではシナカを妻として愛し続けられたとしても、母親としての幸せを与えてやることはできない。
 ボイ人とネルガル人では遺伝子の数が違う。
 ルカは黙り込む。
 そこにルカ以上に音を立ててテーブルを叩いて立ち上がったのはシナカだった。
「私の夫はルカです。何の権利があってあなたは、ルカと私の仲を裂こうというのですか。それは確かにルカという人物を知る前でしたら、三人の誰かが私の夫になってくれればと思っておりました。でも今は違います。こう言っては失礼ですが、三人よりもルカの方が上です。このボイ星でルカ以上の人に、私は未だかつて会ったことがありません」
「姫様!」
 シナカの断言に議会は騒然とする。
 つまりボイ人はネルガル人より劣るということか。
「ルカがネルガルへ戻るのでしたら、私も一緒に参ります」
 それだけ言うとシナカは走り出し、会場を後にした。
 ルカはシナカを追うべきか、議会を続けるべきか迷った。だがここはネルガルではない。ボイは何よりも家族を優先する。そう思いつつ辺りを見回すと王妃と目が合った。その目は、早く行ってやりなさい。と訴えている。ルカはその言葉に甘え、
「失礼します」と言って、シナカの後を追った。
 リンネルもその後を追おうとしたが、庭先で影が動くのを見て止める。
(後はレスターに任せるか、議会の方も気になることだし)と、追うのを止め、この場に留まることにした。
 議会はざわめき、話し合いどころではなくなった。
 それを一蹴したのは国王だった。
「あの子がどんな思いで前の戦を戦ったのか、お前たちには解かるまい」
 おとなしい国王だ、家族思いの。その国王がここまで強い態度に出るのは初めてだった。
「あの子にはボイ人もネルガル人もないのだ。皆が仲良く暮らせるなら」
「だったら、ネルガル人の方をどうにかしてくれ。俺たちはネルガル人と仲良くやろうと努力した」
 これは国王が非難されることではないと思ったリンネルは、ルカに代わって意見を述べた。
 その事は殿下も認めていた。最初の頃の彼らの態度は、ネルガル星からどんな難癖を付けられても、その内理解してもらえると、ボイ人特有の気長さで耐えてきた。それには殿下も深く感謝している。だから自然に、
「それに関しては、申し訳ないと思っております」と、リンネルは頭を下げた。
「確かに私たちはネルガル人です。ですからこそネルガル艦隊の怖さはよく存じております。あれは哨戒隊です。本体はまだネルガルを動いておりません。今度は、最低でもあの倍は来ます。それらをどう食い止めるおつもりですか」
 元レジスタンスたちは黙り込む。作戦はあった。だがそれを彼らに話してよいかどうか。下手をすれば本星へ知らされるのではないかと。
「軍船の買い付けですか」
「しっ、知っていたのか?」
 出来るだけ気づかれないようにと思っていたのだが、やはりあれだけの船、隠しきれるものではなかった。だが、国王たちは知らなかったようだ。キネラオたちも驚いた顔をしている。中心になってやっているのは元レジスタンスたち。
「そうだ、宇宙船の燃料と引き換えに、かなりの数の軍船を買い付けた。さすがはネルカル人、情報は早いな。本星へ知らせる気か?」
「私の本星は、殿下の居られるところですから」
 殿下が危惧されていたとおりになってきている。確実にボイにも貨幣経済が寝付き始めた。その内、人の命より金が大事になる時代がボイ星にも来ることになる。
「どう、戦うおつもりですか」
「それは」と、元レジスタンスの一人が言いかけた時、
「あの手は二度と使えない」と、言ったのはホルヘだった。
「魔の空域を通り抜けることが出来たのは、同じく魔の力を持つイシュタル人がいたからだ」
「イシュタル人だって!」
 驚きの声と同時に会場がざわめく。
「イシュタル人がいたから。私達の過去のデーターの分析だけでは、あれほど見事に通り抜けることはできなかった」
 悪魔の星人、それがイシュタル人。銀河の覇者であるネルガル人の思想が商人たちを通し、そのまま他の星の人々にも受け入れられ、会ったこともないのにその星の悪魔の姿と掛け合わされ、イシュタル人の姿は出来上がっていた。無論ボイ星にもボイの悪魔と掛け合わせたイシュタル人のイメージがある。ホルヘもルカにあのようなことを言われなければ、ずっとイシュタル人の姿は子供の頃に教わった絵本に出てくる悪魔の姿だと思っていた。ちなみにあのようなこととは、数千年前、ボイに水と文明をもたらせたのは、ネルガル人ではなくイシュタル人だということ。イシュタル人とネルガル人は元をただせば同じ星人。姿形は見分けが付かない。
「そうです。彼らがあの魔の空域を導いてくれたのです。あの空域と同じ魔の力を駆使して」
 誰もが顔を見合わせた。
「どうして、イシュタル人が?」
「船の、どこにいたのですか?」
「どんな姿をしているのですか?」
 それぞれの疑問が飛び交う。
「彼らはネルガル人と同じ姿をしている。はっきり言って見分けが付かない。もともとネルガル人とイシュタル人は同じ祖先を持つそうだ」
「どうしてイシュタル人が我々の味方を?」
「艦隊をネルガルの地下組織から譲り受けたのはご存知ですよね。船の説明にと残った中にイシュタル人がいたのです。無論、地下組織の人たちも彼らがイシュタル人だということは知りません。彼らは地下組織に潜り込み、ネルガルの内部からネルガル軍を切り崩すつもりです。十年後には、ネルガル軍は弱体化するだろうと言っておりました」
「つまり、十年待てと」
 ホルヘは頷く。
「十年後には、勝機がある」
「後十年も待っていたらボイは、完全にネルガルに支配される。彼らは宇宙船の燃料になる鉱石が欲しいのだ」
「しかし、姫様も姫様だ。あんな子供に騙されて」
 ホルヘは苦笑しながらも、
「あなたは殿下とお話になられたことがないから」
「いや、話した。作戦会議の時に」
「そうではなく、個人的に腹を割って。私はつくづく思いました、敵わないと」
「ホルヘさん!」
 驚いたように元レジスタンスはホルヘの顔を見る。このお方かキネラオさんが次期国王になってくだされば。誰もがそう思っていた。
「姫様の目は正しい。ご存知ですか。皆さんが戦勝で浮かれている間、あの方は身内を亡くされた家族の方々を励まし続けておられたのですよ。あの方は仰せになりました。勝って喜ぶのは生きている者だけ。死んでしまった人は、その場で自分の全ての夢を断たれてしまったのですと。そしてその家族も。あの方は、ボイ人にしろネルガル人にしろ、戦争で命を亡くすということを一番嫌っておられます」
 それは知らなかった。自分は勝った喜びにだけ浮かれていた。否、ボイ人なら誰もが喜んでいると思っていた。
 身内を亡くした者こそ不幸。戦勝で沸き立っている中、その悲しみを表に出せないのだから。
「非礼は、後で謝っておいて下さい。それにあのようなことは二度と口にしないで下さい。姫様のお心をどれほど傷つけたことか」


 ルカはシナカをやっと見つけた。自分が苦しい時に、いつもシナカがしてくれるように背後から抱きつく。だが十歳の身長ではどんなに背伸びしても、腰にまとわりつくのが関の山。
 だがルカは必死で言う。
「私はどこにも行かない。ずっとあなたの傍にいる。例え誰が何と言おうと」
 シナカは腰にまとわりついているルカをそっと抱き上げた。まるで子供を抱くように軽々と、胸の中へ。そして囁く。
「私も」
 ルカはシナカの腕の中で頷く。
「私にはあなたが必要なのです。あなただけです、私の悪夢を消せるのは」
 戦えば圧勝するような作戦を立てながら、その前夜まで戦うべきかこのまま降伏すべきかと迷い続ける姿は、憔悴しきって哀れなほどである。そのくせ人前で一旦指揮を取り始めれば、夕べの姿は微塵も見せない。まるでこれこそが正しい道だと堂々としている。しかし戦争が終われば勝ったと言うのに悪夢にうなされ怯えている。自分のしたことは本当に正しかったのかと。抱きかかえてやれば安心したように眠りに付く。私にしか見せない彼のもろさ。
 あなたは強いのだか弱いのだかわかりませんね。いつも自分の判断に自信がなさそうな。でも人前では決してそれを見せない。私だけが見ることが許されている私だけの特権。この人には私が必要。
「私、本気ですよ。あなたがネルガルへ戻るのでしたら、私も」
「ネルガルへは戻りません。ネルガルを発つ時にボイが私の星だと決めたのですから」
 ネルガルに戻る時は骨となって。それが身分の低い王子として生れた運命。


 議会が開かれるたびにルカは開戦には反対した。
 誰に何と言われようと、勝てない戦をする気はない。次期早々だ。もう少し待てと。
 それに対するボイ人たちの答えは、
「ネルガル人は我々の力を馬鹿にしている」
「お前等こそ、ネルガル艦隊を甘く見ている」
 これが巷での言い合いになっていった。
 だがボイ星の軍備は元レジスタンスの手によって確実に増強していった。ネルガル艦隊に勝ったという噂は銀河を走り、ネルガル人に虐げられている星々からも、難民と化した人々が軍船を持って集まって来る。ネルガル人に一泡吹かせることができるのなら、ここを死に場所としてもよいという覚悟で。
「見ろ、この味方を。銀河の大半の星は、ネルガルに反感を持っているのだ。これなら我々だけで」と言ったのは元レジスタンスのリーダー格だったトウタク。
「彼ら抜くきでネルガル艦隊とは戦えない」と言ったのはサミラン。
「お前までもが、ルカ王子の影響を?」
「前回の戦いだって、彼らの地道な計算があったからこそだ」
「私もそう思う」と言ったのは、前回ルカの旗艦の操縦士。
 船橋でルカの指揮ぶりをこの目で直に見た。子供とは思えない。やはりあの方が居られたからこそ、あの戦いは勝てたと確信した。
「一度、ハルガンさんにでも相談されたら」
「馬鹿なことを言うな。それでは敵に手の内を見せるようなものだ」
「俺も、彼らを抜きに戦争はできないと思う」
「それにあの魔の空域を通り抜けられたのは、イシュタル人が居たおかげだとか」
「それはどうかな」
 我々はイシュタル人を見たことないのだから、彼らの好きなようにでっちあげられる。
「いや、彼らがイシュタル人だったと言うなら、それも信じられる」と言ったのは、エームズの指示で船を動かした操縦士。
「彼にはあのスクリーンに映し出された映像と同じベールが見えているようでした」
「それを言うならレスターとか言う親衛隊も」
「レスターさんに頼んで見ますか」
 もう一度、あの魔の空域を通過してもらうように。
 だが、誰の返事もなかった。ルカの親衛隊の中で、一番とっつき辛いのがレスターだということを、誰もが知っているから。誰が行く? と言うことで一同が顔を見合わせる。
「俺が行こう」と言い出したのは、トウタク。
「下手をすると、殺されますよ」
「向こうだって、こちらが下手に出ればむやみに刃物を振り回すまい」
 結局、ふたりが護衛に付くことになった。
 だが、居場所がわからない。一旦、詰め所に寄る。
「レスターさんですか?」
 誰も知らないようで首を傾げる。すると奥の方からハルガンが出てきた。
「奴に、何の用だ?」
「少し」と言って、トウタクは用件を話さない。
 言いたくないなら聞く必要もないという感じに、ハルガンはレスターの居所を教えた。大体こいつらの用件は読める。
「奴なら村はずれの池のところに居るはずだ」
 不思議と奴もルカと同じで水が好きで、暇を見つけるとそこで泳いでいるか昼寝をしている。
「奴に何を頼むのか知らんが、奴が殿下と行動を別にすることはないぜ」

 めったに人の来ない場所。そこへ人影。レスターの方で不審に思い近づいて来た。
「何の用だ?」
 湖から上がってでも来たのだろう、全身ずぶ濡れである。
 レスターは着ているシャツを脱ぐとそれを固く縛り、バッサと広げ、そのまま着だした。
「乾かさないのですか」と言うボイ人に対し、
「この星はネルガルより乾いているからな、服も直ぐに乾く」
 そう言いながらレスターは焚き火のところへ近づく。既にそこでは魚が美味そうな香りを漂わせていた。
「俺の分しかない」
「もう食事は済ませてきましたから」
 魚は一匹、それにそこら辺から取ってきたと思われる果物が三個。こんなもので済むのかと思えるほどの粗食。
 レスターはそれらをぺろりと平らげると、三人を見る。
「昼寝の時間なんだが」
「少し、話がしたいのですが」と、ボイの特級酒を出す。
 ボイ人は酒は好きな方だ。だがよくよく考えるとレスターの好みは知らない。
 レスターは訝しげな顔で三人を睨めると、
「俺に、何の用だ?」
「単刀直入に言おう」と、トウタクはレスターの前にしゃがみ込むと、
「あなたに一個艦隊を預けます。指揮を取ってあの魔の空域を通過してもらえませんか」
 レスターはじっとトウタクをねめつけると、
「馬鹿な考え、起こしているようだな」
「馬鹿とは!」と、トウタクの護衛で付いてきた一人がその言葉に怒り出す。
 レスターはそれを無視して、
「俺がそれを引き受ければ、勝てるのか?」
「味方は銀河の格星々から集まって来ている」
「烏合の衆だ」
 護衛の一人がもう我慢できないという感じに立ち出すのをトウタクは押さえる。
 レスターはその男を横目でちらりと見ただけで視線をまたトウタクに戻すと、
「どんな餌を撒いても、もう奴等があの空域に入ることはない」
「殿下を囮にしてでもですか」と、護衛が言った瞬間、レスターの武器が彼の首筋を捉えていた。
 三人に緊張が走る。
「お前、役に立たないものを肩の上に乗せていても重たかろー。軽くしてやろうか」
 そのままレスターが剣を引けば、彼の首は落ちる。
 トウタクが慌てて謝る。
 レスターは武器を下ろすと、
「断る。俺にはそんな暇はない。ネルガルからの刺客を討つので精一杯だからな」
 ハルガンに頼まれた。戦争が終わるまでルカを生かしてくれれば、後のことは全て手を打ってあると。
「馬鹿なことはよせ、和議を結びこつこつと耐えることだな」
「我々では勝てないと」
「当然だ」
 レスターは乾きかけた服を濡らすと、焚き火の上で絞る。完全に火が消えたのを見届けるとルカの邸の方へ歩き出す。既にルカの親衛隊は動き出していた、ルカを助け出すという一点に照準を合わせて。


 ルカはここ数日、自室にこもりっきりだ。どんな作戦を立てシミュレーションにかけても、結果は同じだった。
「勝てない」
 戦力の差、兵士の訓練と経験の差、指揮官の経験と判断の差。どれを採ってもボイの劣勢は目に見えていた。しかも今のボイ人は有頂天になっていて、私の忠告すら聞こうとしない。
「これで思い当たる作戦は全て試したのですがね」とケリン。
 ルカは縫いぐるみを抱く。シモンからもらった縫いぐるみ、だが片目は新しい。目はこの間シナカが縫いつけてくれたのだ。

 先日、この縫いぐるみを抱きながら考え事をしているところにシナカがやって来て驚く。
「目、どうしたのですか」
 シモンさんから頂いた大切な縫いぐるみだということはシナカも知っていた。その縫いぐるみの片目がないのだ。その目はテーブルの上でバラバラになっていた。
「チップを収めておいたのです。シモンさんからの贈答品なら、検閲も軽くて済むと思いまして。案の定、何の検閲も受けませんでした」
「つまりあなたがこの縫いぐるみを大切にしていたのは、そのチップのため」
 ルカは頷く。
 縫いぐるみを大事そうに抱きかかえて宇宙船に乗り込むあどけない王子の姿は、誰の目にも哀愁を誘った。七つにして親元を離れ、知らない星へ嫁ぐ少年として。まさかその縫いぐるみの目に、ネルガル艦隊を壊滅させるための膨大な情報が仕込まれているとは、誰も想像だにしない。
「隠したい物ほど、人目につくところに置いておくものです」と、ルカは微かに笑う。
「シモンさんには悪いことをしましたが、こうでもしなければネルガルの極秘情報は持ち出せません。もっとも少し古くなってしまいましたが」
 情報は日々代わる。
 シナカは呆れたという顔をしながらも、目がなくては可愛そうだと言って、新しい目を付けてくれた。
「後で、シモンさんに謝らなければなりませんね」と、シナカはルカに説教口調で言う。だが、
「何と言って?」と問うルカに、シナカも答えが見つからなかった。

 ルカはその縫いぐるみを抱きながら考え込む。この日のために準備はしてきたのだが、如何せん、日数が足らない。まともな軍隊を一つ作るには四、五年は欲しい。それをネルガルと対抗できるまでにするには。
 ネルガル帝国の寿命はもう長くはないと言うのに、何故そこまで待てないのか。
 ルカはもう一度シミュレーションを開始した。今度は国王一家を逃がす方向で。
 主な指導者たちを星系外に逃がすことが出来れば、またボイ王朝を復活させることは出来る。
「やはり、この手しかないか」
 ルカは一人呟く。

 数日後、ルカはケイトだけを伴い、ハルメンスの館へ来た。
「珍しいですね、殿下の方からお見えになられるとは」
 ハルメンスは辺りを見回し、
「護衛は誰も?」
 物騒だなと思いつつ、訊く。
「ケイトが」と、ルカは背後に控えているケイトを示した。
「彼では護衛の役は務まらないでしょう」
 ケイトには貴族としての嗜み程度にしか剣術を教えていない。ルカがどの程度の実力だか知らなかったから。
「ボイは平和な星ですし、それにケイトにはレスターが直々に武術を教えているのです」
 ルカ以外、誰とも手合わせをしないレスターが、不思議とケイトに武術を教え始めた。お前が一番殿下の傍にいるのだからと言って。
「レスターさんが」と、一瞬驚いたハルメンス。
 レスターの人間嫌いはハルメンスも知っていた。まして弟子など取る性格ではない。だが、さもあらんと思いなおし、
「レスターさん直伝ですか、これは怖い」と、おどけて見せる。
「まだ、習い始めたばかりですから。あまり下手すぎて、あの方に飽きられないように努力しているところです」
 剣を交えるどころの話ではなかった。せめて殿下のように彼の剣を受け止められるようになれれば。ここへきて、ルカの剣技がかなりのものだと悟る。少なくともレスターさんの太刀筋がこの人には見えるのだ。
「まあ、ここでもなんですから、どうぞ」と、こじんまりした居間に通された。
 ケイトは知っている、ハルメンス公爵は大切な客人ほど、ひっそりとした部屋に通すことを。この人は他の貴族が思っているほど華美ではない。どちらかと言えばひっそりと落ち着いた生活を好む。絢爛豪華に振舞うのは、彼らにそう思わせておいたほうが益があるから。
 クロードがお茶を運んできた。
 ケイトは慌てて飛び上がり、
「私が」と、クロードの前へ進み出る。
「あなたはもう殿下の従者なのですから」
 そういわれてケイトは困った顔をする。
「ここに座れば」と、ルカは自分の隣の席を指し示す。
 ルカもハルメンス同様、身分にこだわらない。
 ケイトはほとほと困り果てた顔をしながらルカの横に座り、クロードからお茶を注いでもらった。
 この部屋の給仕に侍女は使わない。ハルメンス公爵自らがやるか、クロードがやるかだ。
 クロードも給仕がすめばハルメンスの横に座る。一時、世間話をしてから、
「そろそろご用件を仰られてはいかがです?」と、ハルメンスが問いかけてきた。
「あなたが用もなくここへお見えになられることはない」
「やはり、わかりましたか」
 ルカは言い辛そうに口火を切った。
「実は、船を一艘、用意してもらえないかと思いまして」
「船を?」
 直々に頼みに来たということは、その船にはハルメンス公爵家の紋章オジロワシの入っている船のことだ。
「国王ご一家を逃がしたいと思います。それと一部の文官」
「やはり、次の戦いは」
 ルカは頷く。ハルメンスはそれを受け、
「あなたもそれに同船されるのでしたら、用意して差し上げないこともないですが」
 その言葉にルカは即答できなかった。少し置いて、
「私も同船します」
 ケイトを自分に化けさせて乗せればよいと思った。
 ハルメンスはじっとルカを見ると、
「嘘が下手な方ですね」と、笑う。
 ルカは苦笑する。
「では、駄目ですか」
 真剣な眼差し。
 ハルメンスは暫し腕を組んで黙り込んでいたが、
「いいでしょう」と答えた。
「本当ですか」
 ルカの顔がぱーと明るくなった。深々と頭を下げる。
 この方は。と思いながらも、
「ただし、時間は厳守してください。こちらの指定した時間までに来ないようでしたら、発ちます」
「わかりました」


 そしてその頃、公達も大騒ぎをしていた。
「今更、奴の首を持ち帰ってもどうにもならない」
「殿下は既に亡くなられていることになっておりますからね」
「我々は、どうなるのだ?」
 最初の計画では、ボイとの和平が決裂した段階で、主の遺骸をネルガルへ持ち帰ることになっていた。だがネルガルでは既に殿下の国葬は済んでいる。
「我々はこのままボイで、ボイ人の手にかかり朽ちるのか」
 慌てる公達、ネルガルとの二回戦は、確実に準備が進められていた。



 ここはネルガルの参謀本部。
「あの馬鹿奴等、のぼせ上がって。目に物見せてやる」
「しかし、相手はキングス伯ですよ。余り甘く見ない方が」
 参謀本部の中でも前途有望視されていた。それなのにある事件を境に上流貴族なのに下士官クラスにまで降格された男。
「まったく何を考えているか解からん男だ」と、上官は彼の私生活について言ったつもりが、
「本当です、どのような奇抜な作戦を立ててくるか」と、幕僚の一人が相槌を打つ。
 現に今回も、やっと砲術をならったような者たちを使って、自分たちの倍以上もあったネルガル艦隊を壊滅状態にまで追いやった。キングス伯だから成せる業。と誰もが思っている。
「さて、次なる作戦をどうするか」
「もう一度、機会を与えてくれ」と言い出したのはクロラ。
「そうだな、あんな奴等に甘く見られたのでは」
 後々の覇権がやりづらい。
「こちらもキングス伯を少し甘く見ていたようだ」
「銀河の不平分子も集まってきているようですし、いっその事、こいつらを思いっきり叩くということで、前回の倍の艦隊を派遣しては」
「十二個艦隊ですか。これだけあれば、いくらキングス伯でも」
「今度こそは、M6星系を手中に収めてみせます」
「頼むぞ」

 スラムでは、M6星系遠征が失敗したという知らせが入るや、次の遠征のための志願兵が募られていた。食うに事欠く彼らは、ここで餓死を待つよりもは喜んで船に乗った。少なくとも船に乗れば人間らしい生活が出来る、戦死するまでは。その中にカロルもいた。一兵卒として志願したのだ。階級は一番下の二等兵。
 カロルは一人ほくそ笑む。あいつが一筋縄でいくはずがないと。だが今回の遠征は前回の倍。いくら奴が智謀に優れていようと、やはり数には勝てまい。待ってろよ、必ず助けてやるから。
「おい、そこの、何ぼーとしているんだ。さっさと乗り込め」
「名前は?」
「カロル」
 カロルは自分の名前を隠さなかった。ありふれた名前。カロルだけで俺がクリンベルクの子だと思う奴はいない。
「いい剣、持っているじゃないか」と、一級上の兵士がじろじろと見る。
 そして手を伸ばして来た瞬間、カロルはその手を反射的に叩いてしまった。
「触るな、これは親父の形見だ」
「何!」
 一触即発。
「そこ、何しているのだ」
 上官の声。
「こいつが」と、言いかけた一等兵を制し、
「名前は?」
「カロル」
 上官も剣を見るなり、
「苗字は?」と訊いてきた。
「平民に苗字などない」
「それにしては立派な剣を持っているな」
 それほど今のカロルの恰好と剣は似合わなかった。
「俺の親父は鍛冶屋だった。これは親父が作ったものだ。俺もこれに負けないぐらいのものを作りたかったのだが」
 後の言葉は言わずとも誰もが想像が付いた。戦乱に巻き込まれ全てを失ったと。
「そうか。しかし艦内での携帯は」
「わかっている。封印をしておけばよかろう。この剣で人を殺すきはない」
「規則は規則だ。艦内への武器の持ち込みは禁止されている。私が預かっておこう」と、上官が柄に手をあてた時、鞘が抜けた。だがそこにあるべき刃がない。
「なっ! 何んだ?」
 カロルですら驚いた。
「ただの見せ掛けかよ」と、兵士の一人。
 その一声で周りにいた者たちが笑い出す。
 そっそんなはずないと思いつつ、本来刃があるべきところに手を当てても何もない。
「武器ではなく、飾りものとして携帯を許された」
 皆の笑いものになにながら。
 カロルは理解できないまま一旦剣を鞘に納める。そして少しずらしてみると、そこには凍て付くような白銀に光る刃がある。やっぱりと思いつつ鞘から抜くと、そこに刀身はなかった。
「どっ、どうなっているんだ?」
 一人呟く。
 留め具が緩み、鞘の中に落ちてしまったのかと思い、鞘を振ったりのぞいたりしたが刀身が入ってるような気配はない。
「何時まで、玩具で遊んでいるのだ」と言われつつ、カロルは部屋に案内された。
 六人一部屋。真ん中に通路があり左右に三段ベッド。ベッドは大の字に寝てやっと寝返りがうてる程度の広さ、高さは座って手を伸ばせば上のベッドが触れる。クッションなどというものはなかった。足の方にはロッカーがありその中に荷物を入れて置くようだ。どの位置にするかで揉め、結局じゃんけんによりカロルは右手の真ん中のベッドになった。
 話には聞いていた。だがカロルは一兵卒たちの部屋に行ったことはなかった。カロルは貴族、それもクリンベルク将軍の息子、元服した時から将校であり、部屋には天蓋付のベッドはもとよりバス、トイレまで付いていた。
「なるほどな、前線で戦う奴等は、こういうところで寝起きしていたのか」
 これでも彼らにとっては充分すぎるほどの贅沢。今まで路上生活、ベッドの上で寝たことがないのだから。ベッドの上でしかも毛布付き。おまけに食事まで。
 ベッドの上で仰向けになって感心していると、
「何、ひとりでぶつぶつ言ってるんだ」と、上のベッドの奴が覗き込んできた。
「さっき配給された軍服と下着をロッカーにしまったら、食堂とトイレと風呂の位置、確認しておかないとな」
 日程表は配られていた。
「その時間帯に行かないと、飯食えねぇーからな。場所がわからずうろうろしていると食いそびれるぞ」
「それより自己紹介といかないか。ずっと一緒だろう」
「まあ、アパラ神が俺たちを手元に招かない限りはな」
「どうせ直ぐに死ぬんだ。お互いあまり深入りしない方がいいだろう」と言ったのは左下で寝ている奴。
 どうやら孤独が好きなようだ。
「じゃ、名前だけ」
「名前ならそこに書いてあるだろう」
 壁際、ベッドの位置が決まった段階でプレートを差し替えるようになっている。
 カロルはそこに行き、
「ええーと、俺の上がエドリスで下がロブソン、そっちの上がペレスにロベルト、そしてナラン」と言いつつ、カロルは顔を確認しつつプレートを入れ替えた。
 プレートには名前の前に数字が書いてある。実際はこれが名前になる。それは首にかけられた認識番号と同じ。そしてそこに名前は記されていない。即席で作られたプレートのため、名前を記している余裕はなかったようだ。と言うよりも貴族でない限り、将校クラス以上にならなければ記されないのだ。
 カロルはその番号を見る。裏側に名前はない。実際は別に名前の記された認識番号をもっているのだが、今回はそれは持って来なかった。
「今の俺は二等兵だ」
 こうでもしない限り、奴を助け出すことはできない。だが二等兵の俺には今のところ何の権限もない。そこのところをどうするかだ。
 エドリスがからかうつもりで寄ってきた。
「刀身がないんだって」
「そう思うか」と、カロルは剣をさっと抜き放った。
 そこには冷え入るほどのさめざめとした光を放つ刃。
「な、なんだ、あぶねぇーじゃねぇーか、取り付けたんなら取り付けたって言ってくれよ」
「違う、この刃は最初から付いていた」
「でも、あの時は」
「その説明はできない」
 カロルにすら解からないのだから。
 この剣の不思議さに気づいたのは何時のことだろうか。握った時から手にしっくりと馴染む剣だと思った。ルカからの贈り物だということもさる事ながら、その使いやすさに手放せなくなった。それが奇襲を受け、とっさにプラスターだけを握り野営地を後にし、後で剣がないことに気づいた。取りに戻ろうとした時、その剣が目の前に現われたのだ。それ以外にも敵が近づいてくるとプーンと蚊の鳴くような音を出し知らせてくれる。それで何度助けられたことか。お陰で俺は、どんな所でもこいつと一緒なら熟睡できるようになった。
 暫し剣を眺めて動かなくなっているカロルのところへロベルトが来て、その剣を取ろうとして激しい電撃に襲われる。
「痛っー」と言い、思わずその剣を放り投げたが、剣はまるでバクテンでもするかのように床で舞、壁に立てかかった。
 カロルは剣を取りに行きつつ、
「こいつ、持ち主選ぶんだよ。特に、俺に敵意があるような奴が触ろうとすると、今のような反応を起こす」
「敵意?」
「これを盗もうとでもしたんじゃないか」
 ロベルトは黙った。
 カロルはエドリスの方に柄を差し出す。握ってみるかという感じに。
「お前なら、大丈夫だと思う」
 エドリスは恐る恐る触れてみたが、何の反応もなかった。
 ロブソンもペレスもそれは同じだった。
「今のところ警戒した方がいいのは、ロベルト、お前だけだな」
 そう言いつつ、カロルは孤独を好むナランのところへ行き、柄を差し出した。
「握ってみる気はあるか?」
 ナランは微かに笑うと、
「俺は、駄目だ」
「どうして、俺に何か敵意でもあるのか」
 訳もなく気に食わないとか。
「別にお前に敵意はないが、俺の主様が彼のことが嫌いでね。いや、その逆かな。彼の方が我が主様を嫌っているのかな。まあそういうことで、俺もその剣には嫌われているんだ」
 言っている意味がわからない。
「どういうことだ」
「そういうことだ、竜に愛されし者」
「貴様、何者?」
 カロルは一気に警戒心をあげた。
「正体をバラされたくないのはお互い様だろう、カロル・クリンベルク・アプロニア」
 フルネームで呼ばれた。
「こいつ」と、カロルが剣を構えようとした時、
「心配するな、俺の声はお前にしか聞こえん」
 カロルは辺りをじろじろと見る。何か景色がおかしい、皆、動いていないような、時間が止まったような。
「彼に用があるなら、主様が直々に会いに行かれればよいものを、そういうことで俺が使わされるはめになった」
 ここら辺は彼の愚痴のようだ。
「直接会いに行ってもよかったのだが、おもしろいものを見つけたもので、この艦に乗り込んだまでさ」
「おもしろいもの?」
「お前さ」
「奴を助けに行くのか?」
「俺が?」と、ナランは自分の胸を指し示しながら、とんでもないと手を振る。
「さっきも言っただろう、俺の主様と彼とは仲が悪いんだぜ、それなのにどうして俺が彼を助けなきゃならないんだ。死にたい奴は死ねばいい」
 はっ? と思った瞬間、周りのざわめきが聞こえ始めた。
 ナランはそんな試しには乗らないという感じに、ベッドの上で仰向けになったまま片手を振る。
 こいつ、何者と思いつつ、カロルは剣を引っ込めた。



 戦争終結への和平会議がルカの努力でどうにか開かれたものの、それはボイ人たちが到底納得するようなものではなかった。
 我々は勝ったんだ。それなのになんだこの不利な条約は、損害賠償一つ請求できない、それどころか今までの通商条約と何ら変わりはないだろうが。
 これが会議に参加したボイ人たちの意見だ。
 治外法権を完全に撤廃しただけでも、ルカはやったと思ったのだが、ボイ人たちはそうは取らなかったようだ。和平条約を、彼らは完全に蹴飛ばしてしまった。
「宣戦布告のようなものです」と言うルカに、
「向こうから攻めて来ない限り、我々は戦う気はない」
 だが数日後、ネルガルは前回の倍以上の艦隊を率き連れて、ネルガル星を発ったという情報が入った。
 第二次戦は免れられない。
 ルカはキネラオを通して議会へ、公達の速やかなネルガルへの帰還を要請した。彼らが居てはこちらの情報がネルガル艦隊に筒抜けになってしまうという理由で。それに彼らが居ては、私は思うように動けない。
 いざ戦争となれば、やはりルカたちに指揮を仰がなければならないボイ人たちは、ルカの要請を速やかに認めた。
 ルカはボイ人たちに深々とあたまを下げ、公達とその従者を帰還させた。
「あなたは、どうするおつもりですか」と、キーレン。
「私は帰ったところで、居場所がありませんから」
 既に葬儀は済んでいる。ネルガルではルカはもう死んでいることになっている。
「一緒に、帰りませんか」と言うキーレンに、ルカは軽く首を横に振る。
「私は、ボイの王子ですから、彼らを見捨ててここを去るわけには参りません」
 会って三年たらず、余り話す機会はなかったが、それでもネルガルの王宮で噂されているような下卑な王子ではない。それどころか高潔な方。ボイ人のために我が身を捧げるおつもりか。
 何を言っても無駄だと悟ったキーレンは、最後に臣下の礼を取って船に乗り込む。
 もう少し早く、あなたを理解すればよかった。身分に捕らわれあなたを見ることが出来なかった私は、愚かだった。


 離れであまり親しくもなかったとは言え公達が去り、ルカの邸は寂しくなった。
 ルカは池の畔に立ち笛を吹き始めた。
 勝てない、どうやっても。だがそれをボイ人が望むなら、致仕方ない。全力を尽すだけ。ただシナカたちは守ってやりたい。
 暫し池に向かって笛を吹いていたルカは、笛を置くと、いきなり池に飛び込み泳ぎ始めた。
 リンネルカはそれをじっと畔で見ている。
(どうするつもりじゃろー、あやつ)
 リンネルは突然の声に驚いて振り向く。
 そこにはヨウカが立っていた。
(主様を呼べば、こんな戦、どっちゅーことないのにのー。じゃが、ネルガル星は銀河の藻屑になる)
「どういう意味なのでしょうか」
(イシュタル人はネルガル人が嫌いじゃきにのー)
 リンネルはルカが置いていった笛をそっと拾い上げる。
「この笛は、偽物だそうです」
(そうじゃ、本物は湖の底じゃ。あやつはネルガルを離れる気はないきに、よって笛もネルガルにある。じゃきに、あやつが死ねばまたこの笛は本物の笛があるところに戻るのじゃ)
 ヨウカは暫し池で泳ぐルカを眺めながら、
(リンネル)
「何でしょうか」
(あやつを守れ。じゃないと、本当にネルガルは銀河の藻屑になるぞ。怒れる竜を鎮められるのは、あやつだけじゃきに)
 ヨウカは突然ある方向を見ると、誰かが近づいて来る気配を感じて姿を消した。
 リンネルもその方向を見る。すると、レスターが現われた。
「お前にも、幽霊が見えるのか?」
「いや、彼女は幽霊ではない。ああいう生命体だそうだ」
「生命体?」

2010-08-23 00:24:51公開 / 作者:土塔 美和
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■作者からのメッセージ
 残暑お見舞い申し上げます。暑いですね。めげてます。仕事から帰り、風呂に入り、一杯ひっかけて(ビールは嫌いだからアイスコーヒー)パソコンを立てたまではよいが、気が付けば朝。コーヒーは超アメリカンになっているし、キーボードの上はよだれ。あっ、ショートしたのでは。と慌てる有様。それでやっと出来上がりました。コメント、お待ちしております。
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