『アタシとワタシと私達』作者:あかあおき / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
今と昔で、変わってしまった望みはありますか?今も望みを変えずに、貫き通せていますか?その望みは、本当に今も昔も変わっていませんか?
全角17535文字
容量35070 bytes
原稿用紙約43.84枚
 遠い昔のお話です。
 あるこぢんまりとした幼稚園の小さな広場。多彩な遊具が並ぶそこには、多くの子供達が遊んでいました。友達と鬼ごっこしたり縄跳びで遊んだり、みな楽しそうです。
 ですがその中の一人小さな女の子は、なんだかとても怒っています。
せっかくの愛らしい顔も鬼のように尖らせて、怒りを存分に撒き散らしています。笑顔があふれる広場の中で、なぜか女の子はとても機嫌が悪そうでした。
 どうやらその理由は、女の子の体制のせいでした。
乾いた地面に押さえつけられて少しも動けない現状に、女の子は歯を向きだして怒りを露わにします。まるで捕らえられた野生の狼です。
狼のように歯を剥き出しにして、女の子は押さえつけている男の子に抵抗し、憤怒の勢いで力のかぎり暴れています。しかし女の子の力では、男の子はビクとも動きません。
 大きな声で吼えながら、女の子は男の子に言いました。
「ムキーッ! どきなさいよぉ!」
「んー? いいよ〜」
 男の子はのんびりとした口調で、女の子の指示に従います。戒めから放たれた女の子はさっと立ち上がると、男の子に背を向けて体についたホコリを払う動作をしました。男の子はそれをニコニコと眺めているだけです。
 すると次の瞬間、女の子は男の子に殴りかかりました。
「食らえーっ!」
 しかし男の子はゆっくりとした動作で突き出された拳をかわすと、すれ違いざまに小さな足で女の子の足を引っ掛けました。自分の勢いで地面に転がる女の子。
 ドロに汚れた顔の女の子は、くやしそうに地面を叩きます。
「もぅっ! よけんじゃないわよー! このアンポンタン!」
「わかった、んじゃ今度はよけないでいるね」
 男の子はやはり軽い口調で女の子の要求に答えました。女の子は勢いをつけようと数歩後ろにさがり、狙いをすまして再度飛び掛ります。
「てりゃーっ!」
 男の子はそれを宣言どおりよけずに、体で受け止めました。地面に押し倒される男の子。
 しかし男の子の動作はそれだけでは止まらず、女の子の両腕をつかみ、女の子の腹部に足の裏を当てて、見事な巴投げを決めました。再度地面にずっこける女の子。
 車に轢かれたカエルのような醜態をさらす女の子に、男の子はやさしく声をかけました。
「だいじょうぶー?」
「だいじょうぶなわけないでしょ! 投げ飛ばすなっ、このバカチン!」
 女の子はそう言いながら、再度男の子に飛び掛ろうとしました。
 どこからか、軽快なチャイム音が聞こえてきました。すると外で遊んでいた他の園児達が、教室の中へと入っていきます。
 男の子も他の園児と同じように入ろうとし、女の子がそれを見て叫びます。
「逃げるのかー、この卑怯者め!」
「チャイム鳴っちゃったから、今日はここでおしまいだよ。また明日遊ぼうね」
「遊びじゃなーいっ! あたしは絶対いつかあんたにギャフンって言わせるんだから」
「うん、楽しみに待ってるね」
「そうじゃないでしょバカーッ!」
 そして女の子も男の子を追いかけるように、教室の中へと消えていきました。



 無邪気な時期の他愛もない出来事。
たとえ女の子のほうがそれを快く思っていなくても、成長すればそんな不愉快さも懐かしく思えていくでしょう。
 あの頃の自分はなにやっていたのかしら、っと。
 そうして女の子は高校生になりました。そして男の子と同じ高校に通うようになりました。身長は残念にも女子の全国平均を大きく下回る程度にしか伸びませんでしたが、それでももう女の子という呼ばれ方は適切ではなく、一人前の可憐な少女へと移り変わっていました。
 学校指定のセーラー服を着た少女は、カバンを片手に道を歩いています。
 新鮮な空気の満ちる朝の通学路は、理由もなく心を高揚させます。軽くスキップでもしたくなる衝動を抑えながら、少女は通学路を意気揚々と歩いていました。
 すると少女の前に一人の少年の姿が見えました。そしてその少年はまぎれもなくあの男の子でした。成長しても幼少時代ののんびりとした空気を漂わせながら、それでも男の子と呼べないほどに立派な高校男子へと移り変わっています。
 少女は少年の姿を視界におさめると、タッと駆けてゆきました。まるで母親を見つけた子供のように、走る少女に気づかない少年に勢いそのまま――

「死ねーっ!」

 クロスチョップを繰り出しました。
 しかし少女の体当たりが当たる瞬間、少年は滑らかな動きで体を横にスライドさせ、本来少年がいた場所を通過した少女の足元をひょいっとクツの端で引っ掛けました。野球選手顔負けのヘッドスライディングをする少女。
 毛皮の敷物のように地面にうつぶす少女に、少年はにこやかに言いました。
「んっ、おはよ」
「おはよ、じゃなーいっ!」
 爽やかな空気を乱すように、少女は叫びました。
「誰の許可を得て避けてんのよっ、ちゃんと食らいなさいよねっ!」
 少女の怒号もどこ吹く風、少年はのんびりと答えます。
「え〜、だって痛そうじゃん」
「痛めつけたいの! わかったら今度はちゃんと受けなさいよねっ!」
少女の言ったことを吟味するように、ゆっくりと首をかしげ、
「えっと――、カウンター?」
「ちがーう!! あんた全然わかってないでしょうっ!」
「そもそもなんでことあるごとに襲ってくるの? 仲良くしようよ、ねっ?」
「私はあんたなんかと仲良くする気は微塵たりともないのっ! わかった!?」
「むぅっ」
「まったく――、いっぺんくたばっちゃえばいいんだわ」
 難しい顔になった少年が唸り、少女が苛立ちと共に軽口を叩きます。そんな言い争いのようなもののひと段落がつくと、遠方から古典的なチャイムの音が響いた。二人同時に思い出します。今が高校への登校中であったことに。
「げぇっ、遅刻するーッ!」
 少年を置いて少女は走り出しました。
「あっ、待ってよー」
 こんなときにでものんびりとした口調の声が、ドップラー効果で低くなっていきます。
少年を無視して短い手足を必死に動かす少女、しかしチャイムの発信源である校舎まではけっこうな距離があります。チャイムが鳴ってから教師がくるまでのわずかなタイムラグを想定にいれても、間に合いそうにありません。軽い失望感が少女の中で生まれそうになった時、
 一陣の風が吹きました。
「だから待ってって言ってるじゃん、もうっ」
 少女の体が不意に持ち上がり、今までの全力疾走を軽く上回るほどの速度で景色が流れていきます。
少年が少女の体をサッとさらうと、その背に乗せたのです。
「ちょっと、放しなさいよ!」
「うわっ、暴れないでよ。――教室に着くまでの間だけ我慢して、ねっ?」
 少女を背負いながらも少年はかなりの速度で走っています。確かにこのスピードなら会話で失った時間を補えるかもしれません。少年に背負わされるというのは不服でしたが、やはり遅刻はしたくないので、ふくれっ面で口から出かけた反論を引っ込めました。
 そんな少女の様子に、少年はクスリと笑いました。
「なに笑ってんのよ」
「いやっ、なんでもないさ〜」
 のんびりとごまかし、少女を抱えた少年は疾駆しました。



 幼少期からの腐れ縁。ことある事に少女は少年に食って掛かりました。目があえば襲い掛かり、姿をみれば奇襲をかけ、名前を聞けば拳をつくるほどにです。
 べつに少年に恨みがあるわけじゃありません。ただ、子供のころからの習慣のようなものでした。少年イコール倒すべき相手といった方式が少女の中にあったのです。
 ですが残念にも少女の体は、それにふさわしい成長をしませんでした。女の子らしい筋肉の少ない華奢な体、あまり成長しなかった身長、戦いにはお世辞にも向かない体でしょう。
ですが少女は、そんなことは歯牙にもかけていませんでした。
 一度も勝利したことのない少女が、いまだに少年を打倒することをあきらめない精神がここにあります。彼女の強靭な精神は、もはや少年を打ち負かすことだけに燃えていました。
そう、理由もなにもなしに。
 本当に、なぜこんな関係になったんだろう。
 自室の机で少女は、そんなことを考えていました。
今日授業で習ったことの復習をしている手が、いつの間にか止まっていました。指先でクルクルとペンを回し、そしてため息一つ。
 そんなモヤモヤとした考えから視線をはずすように、窓外の景色に目をむけました。
 そこには満点の星空が浮かぶ夜空が広がっています。
 目を張るような壮大な風景に、さっきまで悩んでいた小さなことも忘れて、少女はしばし夜空の星々の鑑賞をしていました。
 すると視界の端に一筋の閃光が流れました。流れ星です。
 そのすばやい動きにあっと驚くも、流れ星と脳が理解したときにはもう星の煌きは消えていました。せっかく見られた流れ星に願いを言えずに、少女は少し残念がります。次に見つけたときの願いを考えてみようとしばし思考をめぐらせ、
 ――一度くらい、あいつを倒してみたいな。
 と、少女が考えたとき、偶然にも流れ星が再度少女の視線の先に映りました。
 その偶然に、少女の中に言葉にできない喜びができました。叶うと良いな、と夢見る少女らしいことを考えて、少女は勉強を再会すべく机に向かいました。
 満天の星空、無数に輝く星の元での出来事でした。


 少女は昨日と同じく、通学路を歩んでいました。
 ゆるゆると眠気や倦怠感と付き合いながら、少女は地面を踏みしめていきます。
 しばらく歩くと、前方にいつもの見慣れた背中を見つけました。
 その背中が少女以上にゆっくりと前進する様に内心苛立ち、その情動の赴くまま、少女は少年の背中へと走ってゆきました。
 もはや習慣じみた行動に、なんの躊躇もありません。
 後数メートルというところまで少女は近寄ると、少女の接近に気づいた少年がくるりと後ろを振り向いてしまいました。表情はもちろんいつもどおりのほがらか笑顔です。
 少女の必死さをあざ笑うような錯覚を覚えた少女は、その顔に拳をぶつけてやろうとスピードを上げ、少女が跳躍しようとした時――、
 甲高いクラクションが、横切ろうとした脇道から響きました。

 驚いた少女、その音のほうへと目をやります。
 そこには灰色の車体、少女を跳ね飛ばさんとする勢いで迫っていました。
 クラクションに驚いた少女、驚きのあまり動くことができません。
 灰色に光るバンパー、今まさに少女にぶつかろうとしています。
 恐怖に顔をひきつらせる少女、恐ろしさのあまり目をつむります。

突如視界の隅に躍る影、少女の体が大きな力で吹き飛びます。
 アスファルトに転がる音、続いて聞こえる布越しに釘を打つような鈍い音。
 道の上に転がりながら衝撃に咳き込む少女、なにごとかと辺りを見ます。
 そこには道端の壁にぶつかった一台の車、そして道にころがるぼろ雑巾のような影。
 呆然とその影を見つめる少女、影のように見えた黒は男子学生の制服でした。
 地面に転がった影、その影を中心に地面が深紅に染まります。
 なにがあったかを少女は理解し、それを拒絶するように悲鳴をあげた。
 地面に倒れた少年は、ピクリともしません。



少年はすぐさま病院に搬送されました。
緊迫した空気の中、すぐさま手術が始まります。少女は神にでも祈るかのような面持ちで、それが終わるのをじっと待ちます。
「――こちらです! 落ち着いてください!」
 あわただしい足音と、看護婦の大きな声が廊下に響いてきました。それに続いて少年の母親もかけつけてきます。よほど急いできたのか、それとも少年の容態を不安に思ったのか、少年の母親は目に見えて錯乱していました。
少年の母親は少女の姿を見つけると、すがるように聞いてきました。
「なんで……なんでこんなことにっ!」
 息子を心配する母親として、見慣れた少女に現状の説明をして欲しいだけでした。
 しかし少女には少年の母親のその必死な姿が、悲しみの元凶をさぐる復讐者のように映ります。
怯える幼子のように肩を震わせて、それでもなんとか答えようと言葉を捜そうとするが、明確な言葉が見つかりません。あうあうと呻き、虚空に瞳を漂わせ、そして少女は涙をこぼしました。
そんな少女の痛ましい姿は、少年の母親の目には少年の身に起きた惨劇におびえ立った目の涙と写ったのでしょう。少女を安心させるように肩を抱くと、背中を軽くさすってあげました。
しかしその少年の母親の優しさが、余計に少女の心を締め付けます。
自分のせいで少年を傷つけてしまったという罪悪感に。
 それからまた長い時間が過ぎました。日もすっかり傾き、夕刻ごろになって、やっと手術室の扉が開きました。中から現れた白衣姿の医師に、少女は慌てて駆け寄ります。
 手術用のマスクをはずした医師は、不安げな顔をする少女に、
「手術は成功です。命に別状はありません。おそらく今夜中には目をさますでしょう」
と、笑顔で答えてあげました。
 張り詰めた空気が、緩和していきました。その場にいた皆の表情に喜びが浮かびます。
 少年の事を一時も欠かさずに祈っていた少女も、ほっと安堵のため息をもらしました。脳裏に浮かんでいた最悪な結末への不安も、今ではすっかり消え去ってゆきます。先ほどまで祈っていた神様に、心の中で再度感謝の祈りを掲げました。
 医師が少年の母親に、少年の詳しい容態や、今後の少年の事などの説明を簡単し始めました。内容は、入院するようだからその着替えやら身辺の道具などを明日持ってきて欲しい、というものでした。
 それを聞いて彼女は思います。少年の母親は一度家に帰り、明日までこられません。そして少年は夜中に目を覚まします。そして、この惨劇を起こしてしまった私にできること。
「あ、あの――、お願いがあります!」
 少女は勇気を出して、言いました。




 深夜の病院というのは独特の不気味さが漂っています。子供が一人でいたら泣き出すこと間違いなしの不気味さです。
 そんな夜闇に抱かれて暗々とした病院、その中の一室に少女は一人で居ました。ベッドの上で眠る少年に付き添うように座っています。そして飽きることなく少年を見続けていました。
 たまにうつらうつらと眠気に誘われながら、それでもすぐさま首を振り眠気を吹き飛ばして、そしてまた眼前で眠り続ける少年を眺め続けました。
 人気の欠片もない深夜の病院、なぜ少女はこんなことをしているのでしょうか。
それは少女が手術後に言った一言のせいです。


「今晩私に彼のことを看取らせてください!」
 病院全体を震わすほどの大声に、その場に居合わせた人は呆気にとられました。
しかし少女はそんな周囲に気にもとめず、自分のせいでこんなことになったんだから私には彼を看護する義務がある、それに夜中に目を覚まして病院の中だったら彼も慌てるだろうから、などなど早口にまくし立てました。
 その場に居た人はしばし唖然とした様子で彼女の言を聞いていたが、一人の看護婦がためらいながら少女に声をかけようとしました。基本的に面会時間以外の病人の接触は禁止されており、患者以外の泊まりも禁止されていたからです。
 少女の真意な気持ちも十分にわかるが規則は規則、そのことを言おうとした時、そばに居た医師がそっとそれを押し止め、
「いいでしょう。この少年のこと、頼みましたよ」
 と、重荷を託すようにポンッと少女の肩を軽く叩いたのです。
 破顔一笑で喜びお辞儀する少女、そして任せてくださいと元気に返したのです。医者の後ろで看護婦がなにか言おうとし、そしてあきらめたように首を振りました。
 こうして少女の小さな謝罪の願いは受け入れられたのです。
 そのことで、一人の医師が看護婦にこっぴどく叱られたのは、また別のお話です。


 そんなこんなで舞台は深夜の病棟、役者は少年少女の二人きり。
しかしここまでお膳立てをしておきながら、少女は自分が何をしたいのか分かっていませんでした。
なにかしなければならない、そんな強い想いはあるのですが、それでなにをすればいいのかまったくわかっていませんでした。それでも自分は何かすべきであると少女は思い、とっさにあんなことを言ったのです。
先ほどから少女が眺めている少年に、これといった変化はありません。でも今夜中に医師は目覚めると言っていました。
彼が目を覚ましたとき、自分はなにを言えばいいのだろうか。ごめんなさいと謝るのは当たり前。けれどもそれが普通に言えるかが問題でした。いつもの調子でついつい暴言の一つでも出てきそうで怖い。幼馴染とはいえ命の恩人、ちゃんと謝礼を述べなければ。
しかし、彼はなんだってこんなに自分に尽くしてくれるのだろうかと、少女は疑問に思います。毎度毎度の攻撃を避けはするが相手にしてくれて、遅刻しそうになった時はちゃんと手助けしてくれて、そして命の危機に晒された時は命に代えても守ってくれる。
(もしかして、私は彼にとって大切な人なんじゃ――)
 その考え浮かんだ時、思わず少女は吹き出してしまいました。
「ないない。そんなわけないって」
幼いころから一緒にいるとはいえ、少年のことを異性と見たことなど一度もありません。恋愛対象などもってのほかです。そして少女にとって少年は倒すべき相手、その強い願望をライバル的な好意とみることはできても、一緒にいて嬉しいといった愛情的な好意にはどう足掻いてもそう見ることはできません。
 そこまで考えて、彼女は一つの結論にいきつきました。
「まぁ――腐れ縁かな?」
 これでいいや、と少女は結論付けることにしました。
「……?」
 そのとき、何かがふわりと少女の横を流れていきました。
何かなと思い振り向くと、その正体は開いていた窓から吹く冷たい夜風でした。開けた記憶もないのにいつのまに開いたんだろう、と不思議に感じながら窓を閉めました。
 そして振り向くと、得体の知れない何者かが立っていました。
「えっ!?」
 幻か幽霊かと思いましたが、その何者かは確かにそこにいました。
その得体のしれない何者かは全身を大きな灰色の布で包み、性別はおろか顔さえ見ることができません。そしてその何者かは驚く少女を尻目に、ズリズリと身にまとっている灰色の布を引きずりながら少年のベッドへと近づいてゆきます。
その姿にえもいえない禍々しさを感じ、少女は動くことができません。
 そしてその何者かは覗きこむように少年を見ると、一言いいました。
「……かわいそうに」
 女性の声で、けれどもおどろおどろしいその物言いに、少女の背中にいやな汗が流れました。何者かは灰色の布の中をゴソゴソとあさりながら、言葉を続けました。
「せっかく助かることができたのに、脳の中にひっそりとできた出血に気づかれず――死ぬなんて」
 言うと灰色の布の中から、大きく弧を描く大鎌を取り出しました。
唐突な死の宣告に、少女の頭が真っ白になります。しかし何者かは自分の言うことを肯定するように、ギラリと怪しく光る銀色の大鎌、その刃を少年の首にそえます。
「さて、それじゃあ逝きます――」
 このままではいけない!
「待って!」
 はじけるように少女は何者かに掴みかかりました。恐怖からか、それとも少年の死という言葉からか、掴みかかった手は震えています。それでも少女は手を緩めようとしませんでした。
「あっ、あなたいったい何者よっ! なんのつもりでこんなこと言ってるの!」
 震える声で、その何者かに食って掛かりました。この何者か知らないヤツに少年を殺させないという懸命さが、今の少女の覇気として何者かに対する恐怖に抵抗していました。
 何者かは少女に顔があるであろう部分を向けますが、大きな反応は示しません。
「私は『ワタシ』です。――まぁ死神とでも思ってくれてかまいませんよ。少年の魂を狩りにきました」
 その何者かはさらりと、自分の正体を言いました。
死神などという空想上の産物でしかないもの、普通なら容易に信用しなかったでしょう。しかし今のこの状況、手術の終わったばかりの少年、幽霊のように唐突に現れた様、そして手にもつ禍々しい大鎌。何者かの正体が死神と理由付けるのには十分でした。
 しかし少女は怯みませんでした。
「彼はちゃんと手術に成功したの! だから死神なんて誰も呼んでいないわ!」
 少年から死神を引き剥がすようにぐいっと、力強く引っ張ります。
 しかし死神はびくともせず、少女に陰っている顔を向けました。
「いえ、ちゃんと呼ばれてきましたよ。そして私はその願いを叶えにきたのです。――他ならぬ『貴方の願い』をね」
 死神はぱさりと顔にかかった灰色の布をどけました。それを見て少女の表情が凍りつきます。
 死神の顔は、少女の顔そのものだったのです。
「『少年に死を授ける。」それが貴方の願いですよね」
 少女の顔の死神はそう少女に詰め寄りました。自分とまったく同じ顔の物騒な物言いに、少女は驚きと怯えを混ぜながら、それでも自分を奮い立たせて反論しました。
「わっ、私がいつそんな願いをしたっていうのよ!」
 すると死神はやれやれと首を振り、
「忘れましたか? 昨日の晩、星に願いましたよね、『彼を倒したい』と。オブラードに包んだ言い方ですが、要約すれば『彼を殺したい』ということと同じですよね」
 微かに残る記憶がその一言で鮮明に思い出せます。それは間違いなく、昨日の夜に自分が願ったことでした。
「なっ!? そっ、それはただ普通に殴りあって勝ちたいって意味で――」
「戦いでの勝ちの判定は相手が敗北を認めるか、もしくは死ぬかのどちらかです。それなら後者のほうが楽でしょう」
「ふざけないで! そんなわけあるはずない――」
 死神のその馬鹿げた理論に、少女は憤慨して言い返します。
しかし死神は少女に顔を近づけ、少女の言葉の勢いを止めました。
「いいえ、ふざけていません。それに貴方も普段から口にしているではありませんか」
「いっ、いったい何を――」
 自分と同じ顔の射抜くような視線に、少女の心は恐怖しました。
 そして死神はきっぱりと言いました。
「忘れましたか? よく彼に言うではありませんか、――『死ね』って」
 その一言に少女は絶句します。
少年に攻撃を加えるときの掛け声、死ね、くたばれ、食らえ、どれも意味的なものでは死んでしまえと言っているのと同じでした。
「毎日のようにこの少年の死を宣言し、そして昨日少年の死を願った。この少年を殺すのは私ではありません、私の目の前の『貴方』です」
「そ、そんなつもりで……そんなつもりで言ってたんじゃないっ!」
少女は死神の責めるような言葉から、逃れるように耳を塞ぎました。それは違うんだと心の中で呟きます。
 しかし死神はそれを見透かしたように言い放ちます。
「違いませんよ、貴方の望みです。その証拠に――なぜ少年はこんな大怪我をしてしまったのでしょう?」
 聞こえた言葉に、少女の世界が暗転します。目の前のものを見たくなくて、目の前のものが受け入れなくて、少女は茫然自失と我を見失います。
少年の怪我は自分のせい、目の前の大鎌をもつ死神が自分の願望。自分で自分に絶望します。こんな最低な自分に涙が出る。そんな自責の念が、少女の中で渦巻きます。
「さてと、それでは仕上げとまいりましょうか」
 死神は無感情にそう言うと、悲しみに明け暮れる少女の手を無理に取ると、ベッドの隣へと移動しました。
「それでは、最後は『私の手』で終わらせましょうか」
 そう言って死神は少女の手に大鎌を持たせます。少女はそれを必死に拒絶しようとしますが、死神の手が少女の手の上にかぶさり逃げることを許しません。
「やめて……いや……」
 大鎌の刃がゆっくりと振り上げられます。そしてその下には眠る少年が。背後の少女の顔をした死神は楽しそうな声で宣言します。
「さぁ長年の願い、今こそ成就の時です!」
「嫌ぁっ!」
 少女の悲鳴と共に、非情な刃が振り下ろされました。

 ――なにバカなこと言ってんのよ。

 刃は振り下ろされました、しかしそれは少年の体を貫きませんでした
 ベッドの上に突如現れた小さな灰色の布の塊、それから飛び出た小さな手が少年を守るように、飛んできた大鎌の刃を掴んでいたのです。
「……なにっ?」
 驚く死神は大鎌を少女の手から取りあげると、ベッドから距離を置きました。ベッドの上の灰色の塊はモゾモゾと動くと、布の上の部分から頭が出てきました。
「ぷはーっ、暑かったー」
 それは幼少期の少女でした。
まだ少年と出会って間もない、まだあどけなさを残した天真爛漫な時期の少女です。
唐突に現れた幼少期の少女は、右左と首を振り、そして死神のほうに向かってぴしゃりと指を刺しました。
「アタシを差し置いてなに勝手なことやってんのよ! このアンポンタン!」
 言われた死神は一瞬たじろぐも、すぐに不適な笑みを作って向き直しました。
「あら『アタシ』ですか。昔の『アタシ』が今の私になんの用です?」
 挑発するように死神はアタシと呼ばれた少女に聞きました。ベッドの上の『アタシ』は小さな体躯で、大きな死神に向かってしっかりと睨むと、
「なんの用じゃなーい! 彼を殺すなんてふざけたこと許すわけないじゃない! 何考えてるのよ『ワタシ』は!」
「『アタシ』の頃から私の考えは変わっていません。『彼を倒したい』、だからこそ今こうやって私の手で叶えさせようとしているのです」
 平然とアタシに言い返す死神――否、ワタシ。すまし顔のワタシに対して、幼少の頃の自分――アタシは激昂のまま怒鳴り散らしています。
「ちがーう! アタシの倒したいって言う彼は『私に尽くして守ってくれるだけの彼』を倒したいの! いっつもおっとりと人のことを助けやがるあいつをギャフンと言わせて『私だってあんたと対等なんだからね』ってことを証明したいの! どーせ今だって彼にいろいろ助けてもらってるんでしょう? ――ねぇ、私!?」
 ビシリといきなり話を振られてたじろぐ少女。確かに遅刻するのを助けてもらったり、今回も襲い掛かってくる車から守ってもらったりと色々と尽くしてくれています。挨拶がわりの攻撃の相手をしてくれているのも、彼の優しさなのでしょう。
 何もいえない少女に、幼い顔に似合わない疲れ顔をアタシは見せました。
「ほらね、彼のその甘っちょろい所が気に食わないのよ。いっつもアタシにばっかり尽くしやがって……、たまにはアタシに尽くさせなさいよー! というわけでアタシは彼を倒したいの、『私だって色々できるんだから』という意味で!」
 アタシはそうしっかりと言い放ちました。幼い時のアタシのその姿は純粋で全力で、今の少女にはそれがとても羨ましく写りました。
頑なに我を通そうという態度をしたアタシの姿に、ワタシは鼻で嘲り笑いました。
「ふっ、そんなもの、しょせん幼い頃の話。今のワタシには関係のないことです」
「そりゃそうでしょうね。『ワタシ』も『アタシ』も、アタシ達は関係ないもん。重要なのは今そこにいる『私』なんだから!」
 アタシは掛け声と一緒にワタシに飛び掛ると、ケンカするネコのように暴れます。ぐちゃぐちゃに乱れる二つの灰色の布の中、僅かに焦燥したワタシの姿が見えかくれします。
「くっ、なんのマネです!」
「決まってるでしょう。アタシ達は『私』の考えの邪魔なだけ、ならお互い消えるのよ!」
 動きまわる灰色の布はどんどん丸まり、それと共に小さくなっていきます。
「正気ですか? 『ワタシ』のほうが『アタシ』よりも年齢が近い分考えも近い、貴方が消えたら『ワタシ』の考えを優先するにきまっています」
「それを決めるのは『私』だもんね。あんたの考えなんて知ったこっちゃないわよ。ヘヘヘノヘッ!」
 言い争いながらも灰色の布はどんどん小さくなり、ついにはビー玉サイズまで小さくなりました。そして消える前、
「「そこの私! 絶対に彼を倒しなさいよ!」」
 そう叫び、二人は消えていきました。
 そして残ったのはベッドの上で眠る少年と、傍観しかできなかった『私』のみでした。



 深夜の病院、その中の一室。中にいるのはベッドの上で眠る少年と、その傍らで見舞う少女の二人きりです。そして少女は黙々と考え事をしていました。
 先ほど出てきた死神の『ワタシ』と幼少の『アタシ』。夢のような出来事で、夢だろうと自己完結した出来事です。
ですが内容までは、夢では済みません。
 無意味に彼に掴みかかり、彼に迷惑をかけて、自分本位の考えばかりの死神の『ワタシ』は間違いなく今の私。あんなに粗暴でダメな人間だったんだと落ち込みます。最近は出会いがしらの殴りかかりの後の彼とのやりとり、彼はあんまり楽しそうではありませんでした。昔の頃はもっと楽しく殴りあっていたなと思い出します。今も昔も彼に一方的にやられていたけど、意味が違っています。
昔の『私』は有意義な攻撃、認めてもらうコミュニケーション。
 今の『私』は無意味な攻撃、ただの暴力。
 いつのまにか私は彼に頼りきっていて、そして倒したいという言葉の意味を取り違えていました。
彼を倒すとは戦って勝つのではなく、自分の強さを認めてもらうこと。
 それを再認知して、また彼に戦いを挑もう。そう少女は決心しました。
 不意に少年の体が動きました。
それに気づいた少女は思案をやめて、静かに少年の様子を見守ります。
 少年は二、三度もぞもぞと体を動かすと、やがてうっすらと目を開けました。そしてゆっくりと上体をあげて右左を確認、少女を発見、笑顔を作り、
「……おはよっ」
 そういつも通りのんびりと挨拶をしたのです。その見慣れた動作に少女は胸を撫で下ろしました。とりあえず少年の安否は無事なようです。
「あれっ、ここどこだっけ?」
「ここは病院よ、あんた車に轢かれたんだから」
「あれ、だっけ。……ケガはなかった?」
 見舞っている人を心配する病人という滑稽な風景に、少女は小さく笑みを作ります。
「ケガがあったのはあんたでしょ。私は傷一つないわ」
「そうなんだ、それはよかったなぁ」
 その見慣れたのんびりさに安堵しながら、少女はぴしりと顔を真剣にして、
「今回の件は私が悪かったわ、ごめんなさい」
 深々とお辞儀をして、謝罪します。その少女の普段とは違った様子に少年のほうが驚きます。
「そんな、誰にでもあることだし。気にしないでいいよ」
 やさしく彼は言ってくれた。そのまま彼の好意に甘えたくもあったが、それはそれ、これはこれ。しっかりとした謝罪がしたかった。
「いや、これじゃあ私の気がすまない。――だからお詫びになんでも一つ、願いを聞くわ」
「えぇっ!? いいよそんなの。別にわざとってわけじゃないんだし――」
「お願い! あなたの望むことで私にできる範囲なら、なんでもするから」
 そう言って彼は困ったような顔をしました。
彼を困らせるようなことを言ったのは、重々承知でした。だけど、この謝罪だけは譲れない。でないと気がすまないからです。
 彼が仲良くしようというなら仲良くする、攻撃してこないでといったらもう攻撃していかない、そしてもう一度気にしないでいいよといったらもう気にしない。少女はそう覚悟を決めていました。
 少女の真剣な顔に面食らった少年でありましたが、しばらくそっぽを向いてあれこれと思案をしたあげく、おずおずと手を上げて言いました。
「……それじゃ、一つだけお願いがあるけど、いいかな?」
「どうぞ、言ってちょうだい」
 覚悟はもうしている少女に死角はない。どんな願いでも聞くと決心して――


「僕と付き合ってくれませんか?」


 何を言ったのか、わかりません。
「……………………ゑ?」
「んとっ、アイ ラブ ユー」
 たどたどしい英語でも、理解ができません。
「……ダレが?」
「僕が」
「……ダレを?」
「貴方を」
「……なんだって?」
「愛してます」
 言葉を区切ってもらって、じとりと言葉の意味を感じ取ります。
「…………リアリィ?」
「イエス」
「……………………」
 少女の時が止まりました。そして、少女の思考回路がパニックを起こします。
――まさかこんな願いが来るとは思わなかった。確かに自分が恋愛対象としてみてないからといって、相手も見ていないとは限らないわけですか。あぁそうか好かれていたからあんな私のワガママに付き合ってくれたわけなのか、それじゃあ倒したいって意味は認めさせるって意味だけど愛されてるんなら別に問題ないんじゃ――あれ?
「ちょっ、ちょっとまって、今整理させるから」
 そういって落ち着こうとしますが、乱れた精神はなかなか正常には戻りません。まさに予想外の一撃でした。ここまで鮮やかな不意打ちを食らったのは初めてです。
 慌てふためく少女の様子に、少年が少し肩を落とします。
「えっと――、やっぱりダメだよね……」
「いやっ! そんなことないから!」
 とっさに出た一言です。
寂しそうにあんなことを言われたら、こう返すしか思いつきませんでした。
そして今更、はじけんばかりの笑顔の彼を目の前に「今のなし」とか言えるわけもありません。
「えっ、それじゃあいいんだね!?」
「んっ、あー――……、よろしくお願いします……」
 断る理由が思いつかず、流されるしかない状況に陥りました。
色々と手詰まりです、王手です、チェックメイトです。
 そんな心情の少女とは裏腹に、少年は嬉々としていました。
「えっと、それじゃあ目を閉じてくれるかな」
 そう言うと少年の顔が近づいてきました。少女にはもう、言われるがままに目を瞑るしかありません。もちろんこのあと起こるであろう出来事を受け入れたわけではなく、ただ単この状況から逃げ出したいという意味でのことです。
 大混乱している少女の心は、小さく震えています。
 そしてついにその時がきました。

 額にコツン。

「ひやぁっ!」
 衝撃に驚き少女が目を開けると、そこには少年が笑みを浮かべたまま、デコピンのポーズをとっていました。意味が分からず目を白黒させる少女に、少年がイタズラめいた笑みを浮かべ、
「ハハハッ、これで貸し借りはナシってことで」
 そう言ったのです。
「…………」
 唖然として声も出ません。
「ハハハハハッ」
 平然と笑う少年を前に少女は、まったく微動だにせず居続けました。まったく反応のない少女におかしそうに笑っていた少年も、不意にえも言えない不安に襲われます。
「えっと〜その――」
 少女は動きませんでした。でもそれは身体だけのことで、少年からは見えない少女の右の手は力強く拳を作り、フルフルと震えていました。導火線に火のついた状態です。
 そして起爆させる一言を、少年が言いました。
「冗談、なんだけど――」
「バカーーーーーーッ!!」
「ぐぼっ!」
 少女は思い切り少年の体を殴りました。一応手術した箇所ではないにしろ、そんなもの気休めにもなりません。殴られた箇所を押さえて思い切り身もだえします。
 しかし少女の怒りはおさまっていませんでした。
「人がせっかく心配していってたのに! 私が誠実に罪滅ぼしをしようとしてたのに! バカバカバカバカバカーーーーッ!! あんたなんか、しん――」
 と、そこで「禁句」がでそうになったのを、喉のところで押しとどめ、
「――あんたなんか知らないっ!」
 そう言って身もだえする少年を置いて、少女は病室の扉から出て行きました。
 もう倒すとか認めるとかは、少女の脳内から消えていました。



 少女はいつも通りの通学路を歩んでいました。
あれから数日、少年は無事退院しました。死神が言っていた脳の中に出血個所もないようです。少年が家に戻っているもの、すでに確認していました。
ですが少女はあれ以降、まったく少年と出会っていません。
 理由はもちろん少年を殴ったことです。なんでもしようといいながら、ちょっとした冗談を受け流すことができなかった自分がとても憎かったのでした。でもあれは少年が悪いのです。少女の乙女心をもてあそんだのですから。いやしかし、なんでもといったのは自分だし。
 などという永久ループの中で自問自答を繰り返しているうちに、なんとなく見舞いに行きづらく、そして退院後もおめでとうの一言も告げていません。
 このままずっと、避け続けれるのなら、少女はそれを選択していたでしょう。
 しかしもう避けて通ることはできないのです。なぜなら学校がある以上、通学しなくてはならなくて、そして通学路は少年と一緒。
「……はぁ」
 数メートル先に少年の姿を見つけて、ため息一つ漏らしました。
 すると少年も少女の存在に気づいたのか、手をふりながら近づいてきました。
「おはよっ、今日は早いね」
「……おはよう」
 あれこれと悩んでいる自分の心境も知らず、いつも通り何事もなく挨拶をしてくる少年に軽い殺意を抱きました。悩む原因も事件の根源も少女自身だというから、さらにやるせません。
「どうかしたの? なんか元気ないね」
「……誰のせいだと思ってるのよ」
 嫌味たっぷり含んだ口調で少女は言いました。
 しかし少年は首を右に傾けて考え、そして左に向けて、最後にぽんっと手を打って、
「えっと――、もしかして病院でのこと?」
「それ以外あるわけないでしょ!」
 とても鈍く、そして決して逡巡することのない少年の思考に、少女のイライラが募ります。なんでこんなヤツを倒せないのか本当に理解できませんでした。
「ハハハッ、病院での一件の冗談は悪かったよ。ゴメンね」
「ゴメンですませるな! 私があの一言を言うのにどれほどためらったことか――、あなたに理解できる!?」
「うん、それ無理」
「うわっ、すっごい殴りたい」
 こんないつものやり取りが始まりました。最初の奇襲こそないものの、その登校風景は事故が起きる前そのものでした。これも少年の気遣いかと少女は思いましたが、こんな阿呆にそんな器用なマネができるわけないと決め付けました。
「ハハハッ、まぁ病院で言ってくれたあの事は『貸し』ってことで。もし今度なんか困ったことがあったら助けてね」
「あーはいはい、もうそれでいいわ」
「あっ、あとそれから――」
 そう言うと少年はタッと数メートル走り、くるりと少女の方に向き直ると

「僕、昔っから君のこと大好きだからね。これは本当だよ」

 少女の歩みがぱたりと止まりました。目がまん丸になっていました。
「んじゃ、僕は先に行ってるね。それじゃあねー」
 少年は少女に背を向けると、走り去って行きました。
 残されたのは少女ただ一人です。
「あ〜あっ、なんでそう気遣ってくるかなぁ。あんニャロウ」
 少女の右肩から甲高いかわいらしい声が聞こえました。
そこにはいつの間にか手の平サイズの『アタシ』が居ました。幼少期の少女らしい言動で、ぷんぷんと怒っています。
「いたしかたありませんよ。彼は『私』のことを強く好んでいます。それが彼の強さなのですから」
 少女の左肩からキリリとした声が響きます。
そこには右肩と同じように、ペンぐらいの大きさの『ワタシ』がいたのです。大きな鎌も、この大きさではおもちゃにしか見せません。
 二人の『私』の出現に少女は驚くよりも、げんなりとしました。
「……またあんた達なのね」
「だって『私』は気づいてないじゃない、彼のやさしさに。――っというより気づいてないフリしてたでしょコンニャロウ」
「彼はバカではありませんよ。彼は『私』のことを第一に考え、それに基づいた行動をとっていますから。阿呆のフリをして『私』とのギクシャクとした空気をなごませる様など、見事ではありませんか」
 二人の罵声が耳にとても痛く聞こえます。的確に正しいことをいってきます。
 自分の双肩に乗ってあれこれ言ってくる、小さな二人の『わたし』。
「……ねぇ、彼を倒すってどういうことかな?」
 ふと尋ねると、右肩の小さな『アタシ』がころころと答えます。
「えっ? そんなの決まってるじゃん! 『彼に私の実力を認めさせる』。これが彼を倒すってことだね。――あれ、でも彼は私に魅力されてるから、これも一応倒してるのかな?」
 それに対し、左肩の小さな『ワタシ』がキッパリと、
「倒すとなると――、やはり『彼を殺す』ことですかね。――まぁ私のことをとても好んでいることから、ある意味殺してはいますね。陳腐に言いますと『ハートをズキューン』といったとこでしょう」
「わーっ、『ワタシ』ちゃん、えらく可愛いこというねー。フヒヒッ」
「うるさい『アタシ』」
 頭上でギャーギャー喚く二人の『私』、彼女らのいう『倒す』はもう実質こなせているようでした。けれども少女自身には、まったくその実感がありませんでした。
それは多分、彼女らの『倒す』と、私の『倒す』の定義が違うのでしょう。
それがどう違うかも、今の少女には分かりません。
「……私は彼を倒せるんだろうか?」
 ため息交じりの独り言に、二人の『私』は答えます。
「さーねー。どうだろ?」
「でも一つだけ言えることはありますね」
 そこで二人は一呼吸入れて、
「「諦めないでがんばって!」」
 その声援が一番少女の気力をおとします。
私の願望が成就するのはいつの日のことやら。
 少女は色々と諦めたように、ため息を一つつくと、改めて歩みはじめました。
 ちょうどその時、遠くで少女の遅刻を決定づける予鈴のチャイムが鳴りました。
 現状は、かなり不服な状態でした。
2010-07-09 00:06:12公開 / 作者:あかあおき
■この作品の著作権はあかあおきさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
お久しぶりか、もしくは初めまして、あかあおきです

これは二年前くらいに作成したもので、ここ一ヶ月間少し手直ししていました。
地の文がひどいですね、はい。もう笑っちゃうくらいに、ハハハッ。
なんでですます口調の丁重語?みたいなのにしたのか、今のボクには理解できない。
見直すたびにですますじゃない所がみつかって、いやになってきました。
慣れない書き方はするものではないですね、はい、反省します。

内容としては、願い事かなえる系のお話、になるのかな? 
『アタシ』はともかく、『ワタシ』は今の少女と一人称が同じ言い方だから、死神少女を『ワタシ』、リアル少女を『アタシ』、幼少少女をなにかいい呼び方ないかなぁと考えて、ヘボな頭で断念しました。(『アチャシ』とか『アチシ』とかにしようかと思ったけど、なんか合わない気がしてやめました)

えぇと、最後になりますが、拙い作品を読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字の指摘、また文章ミス、あるいは改良点などがありましたら教えてくださるとうれしいです。
 

この作品に対する感想 - 昇順
感想記事の投稿は現在ありません。
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。