『イン・マイ・ライフ』作者:アイ / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
友達との上辺だけの関係や、彼氏と噛みあわない価値観に辟易している、中学3年生の女の子。彼女が出会ったのは、路地裏で音楽ばかり聴いている、小動物みたいなパンク男。 狭すぎるこの日本の末端で、おびえてばかりの子供たち。 人は誰かと関わりあいを持たなければ、生きていけないのだろうか。ただしあわせになりたいと願うことは、できないのだろうか。傷つけられずに、誰も傷つけずに。
全角36191.5文字
容量72383 bytes
原稿用紙約90.48枚
あ、捨て猫の眼。
ネオンのまぶしさが届かない闇の中、とーとつにそいつに射すくめられて身をひくと、鞄の中の缶ペンが音を鳴らした。カラコロとすっとぼけた音がコンクリに反響する。
「これは、不思議な小瓶でね」
男はそう言って、あたしに手のひらに収まるサイズの透明な小瓶を見せた。
人通りの多い繁華街の裏で、その男はゴミまみれの、それこそ野良猫が闊歩して生ゴミを漁っていそうなビルの狭い間にいた。汚い地面に座り込み、小瓶をつまんであたしに差し出している。
遠くから喧騒が聞こえる。夜の闇の中できらきらと無駄に輝く電飾から逃れ、煙草の煙と酒臭さと香水の匂いも遮断されている。月の光すら届かない、ただ小汚く暗いだけの、世界の終末のような路地裏。死んだ。
整った顔立ちの青年は、その穏やかな表情に似合わないパンクファッションで、真っ白に脱色された髪に半分隠れた瞳であたしを見上げていた。
瓶の中にはちいさな紙切れが入っていて、ケビン・コスナーの映画を彷彿とさせた。海を漂流するSOS入りの瓶。
「かわいい瓶だろう?」
その男はまるで少年のようにかわいらしい笑みを浮かべ、ピアスをいくつもジャラつかせながら小首をかしげた。なぜだろう、オコジョを思い出す。ふわふわ、ぷにぷに、くりくり。
あたしは制服のまま、鞄を肩に下げたまま、呆然としていた。なんだこいつ、というのが正直な感想で、会って数秒でそんな感想を持ってしまうような、素性も知らぬチャラ男からいきなり手紙入りの小瓶なんて微妙な品物をプレゼントされても何も言えず戸惑うしかない。
「かわいいとは思わない」
朝に巻いた髪をいじりながらぶっきらぼうに答えると、男は優しく笑った。彼の長めの前髪がずるりと左に流れ、片方の目を完全に隠す。
夜が濃くなっていく。街の喧騒が一層うるさくなっていく。
ゴミ臭い路地裏の男は、「受け取ってよ」と言ってぽんと瓶をあたしに放った。反射的に手を出してそれを掴むと、思いのほか軽くて拍子抜けした。ちょっと力を加えたらあっという間にピキピキと亀裂が走りそうな、百均クオリティに近い小瓶だった。中に入っている紙は四つ折りになっていて、文字が書いてあるのかどうかは分からない。
「いらないし。こんな雑いの」
「そう? 別にあけなくてもいいからさ、とりあえずもらっといて。SOSのメッセージみたいでおしゃれじゃない。部屋にでも飾ったら?」
全然おしゃれじゃない。あたしの部屋に飾っても、きらびやかなネイルの瓶の隣にこの小瓶を並べておいてもきっと映えない。存在感が希薄になるどころかネイルのラメに圧倒されて消滅してしまう。
「捨てるよ、じゃあ」
苛立ちが抑えられない。もう夜も遅いのに、早く帰りたい。こんな意味不明な男に付き合っている暇は、あたしにはないんだ。
男は相変わらずへらへら笑っていた。それは、捨ててもいい、ということなのだろうか。
本当は目の前でこの瓶を地面に叩きつけてしまっても良かったのだが、さすがにくれた本人の前では気が引ける。仕方なくあたしは鞄の中に瓶を乱暴に放り込み、ふんっと鼻で彼を嘲笑って踵を返した。地面に無造作に捨てられた空き缶を蹴飛ばすと、軽やかな音を立てて転がっていく。つい、と空気をアーチ状に切るような転がりかた。男は追いかけてこなかった。離れてもなお、びりびりと強烈なオーラを感じてしまう。
夜空を電線が縦横無尽に走る狭い路地裏から抜け出して通りに出ると、急に熱いスポットライトのように四方から光を浴びて目を細めた。パチンコ屋やゲーセンやカラオケボックスの、イルミネーションの強い看板が目に痛い。多すぎる光たちのせいで、昼も明るいが夜なお明るい。
実に様々な種類の人間がぶつかり合いながらあっちやこっちやと忙しなく行きかう繁華街。あたしはけむたい煙草の煙をなるべく吸わないよう、ハンカチを口元に当てて俯き加減で走りだした。重い鞄が邪魔でしょうがない。後ろ髪をとめたコンコルドがずり落ちてくる。それでもあたしは、人ごみの中を駆け抜けていった。駅に着くまで、一度も顔を上げなかった。
大勢の人間が集まり、イルミネーションがまぶしく、やかましい。これだから若いもんは、なんて言われそうな中高生のカタマリ。煩悩の吐き場。鬱積したマイナスの感情を引き受けてもらう相手に飢えたJKたちが、下品に笑いながらあたしとすれ違った。ぐっと目を閉じ、彼女らの傍を早足で通り過ぎる。ゲーセンの音も、不動産屋の明るいBGMも、車の通り過ぎる音も、全部が全部、あたしの中で透明なプラスチックの翅になって粉々に砕かれた。
やっぱり、昼みたいに明るい、うるさい街は嫌いだ。
あたしを丸ごと犯していってしまいそうで。
身体の中の思考回路や血管や神経なんかがみつあみに結われて大縄跳びをされているような、目まいを起こしかねない息苦しさを感じる。いや、立ち止まっちゃダメだ。大縄跳びの真ん中で立ち止まれば、一番痛い弁慶にバチンと一発、縄の直撃を食らうから。あれはもんどり打つほど痛いから。だから、走る。
終電が近い駅に着いた時には息もすっかりあがっていて、あたしは乱れた髪を整えもせず、改札をくぐりぬけた。やたら陰鬱な街から逃れるために。すぐにホームに滑り込んできた電車に、スリーステップで飛び乗る。ホップ、ステップ、ジャンプ。ドアガシマリマースゴチュウイクダサーイ。


最初に噂を耳にしたのは、翌日、休み時間中に友達とトイレに集まって化粧直しをしているときだった。
「五組の長谷部くん、生徒会長に自薦したって」
長谷部のハの字でも見れば問答無用で色めき立つ女子たちが、ピカチュウの十万ボルトを浴びたように一斉にびくりと反応した。「えーっ」という黄色い声が小汚いトイレに響く。こりゃジャニーズオタクレベルだなと、耳に指を突っ込みながらぼんやり思った。うひー。
「マジかよ、そんなタイプに見えないって。死んでるしー」
「だよね。長谷部くんってどっちかっていうとワルっぽくない? それなのに生徒会長って、実は真面目クンだったのかなあ」
「それ超ショック。なんかイメージ崩れるし。あたし、狙ってたのにー」
「適度に真面目で誠実なのはポイント高いけど、生徒会長なんて肩書つくほど真面目すぎると逆にしけてんな」
ねー、なんて同意の声が飛ぶなか、あたしは適当に相槌を打っていた。
芸能人なみのルックスで、けれど制服はだらしない、金髪、煙草も酒もどんとこい、なんていう今どき古風で少女漫画的な不良で、慧眼を持たぬ女子からの憧れの的になっている長谷部。五組のアイドル。彼と交流はないが、恐ろしいまでの人気と知名度で名前と顔だけは知っていたし、方々で悪質な噂も聞いていた。どうして同年代の女の子たちって、ちょっと不良っぽいイケメンが好きなんだろう。まあ、どうでもいいけど。
「春菜は長谷部くんと同学じゃなかったっけ」
急に話を振られて戸惑った。うちは名実相ともなわぬ国立の中学校なので、出身小学校がかぶることは珍しい。一拍おいて、過去に数多の長谷部ファンから詰問されまくって辟易しているその質問に、同様の答えを返した。
「あたし、小学校の時は長谷部くんとコンタクトなかったから」
「は? コンタクトはめてなかったの?」
「ちげえよ、レンズじゃねえし。交流なかったって意味だよ」
「そっかあ、残念」
「何が残念?」
「いや、もし春菜が長谷部くんと親しいんだったら、こんな奇行に走る原因を本人の口から直接問いただしてくれるかなって思ったんだけど」
生徒会長に立候補することは奇行なのか。あたしは鏡に向かって唇に透明グロスを塗りながら心の中で呆れた。あたしの肩越しに左右逆にうつる友人たちは、がっくりとうなだれて絶望している。
友人たちは一生懸命、あの不良長谷部がどういった経緯をもって生徒会長なんていうトップクラスの真面目、グレイテスト真面目のふかふか椅子を狙うようになったのか、その事情について噂だけの好き勝手な考察をしている。噂だけでここまで盛り上がれるんだから女は単純だ。その女の一人であるあたしですら自嘲気味になってしまう。女はいくつになっても女で、幼女雑誌にあるちゃちいプラスチックのアクセサリーを身につけるようになれば、それがトイレに集合する噂好きの女のはじまりだ。
鉄琴の上を野球ボールが跳ねていくようなチャイムが鳴る。あたしたちは一斉にくしやグロスやあぶら取り紙をポーチに投げ入れて、きゃあきゃあ騒ぎながら競うようにトイレを走って出ていく。こういうとき、教室に入るのが一番遅かった女の子が先生の小言を聞く生贄になってしまうのは言うまでもない。
教室に駆け込み、どっかりと自分の席に座る。鞄に化粧ポーチを投げ入れた時、ジッパーと何かがぶつかり合って中でカチンと音がした。昨日、夜の繁華街の路地裏でオコジョみたいな男に押しつけられた小瓶。まだ鞄に放り込んだままだった。
どうしようか一瞬迷った末、学校のダストシュートにでも捨てておこう、と思った。それと同時に先生が入ってきて、うるさい教室が少し静かになった。
あたしは天井を見上げた。


「やだ、髪巻く時間ないじゃん!」
アラームを止めたのは、予定の時間よりもかなり遅かった。十時。やばすぎる。携帯をひらいて思わず絶叫した。朝の肌寒さなんてもうどうだっていい。
慌てて顔を洗って化粧水をつけまくり、キッチンに入ってトーストを焼く。冷蔵庫に作り置きしてあるアイスコーヒーをコップに注ぎ、ミルクを足す。なんていう流れで朝の準備をしていると、シンクを挟んだリヴィングの向こう側から姉が叫んだ。
「なに、春菜。今日はデートじゃなかったっけ? えらくのんびりじゃん」
「分かってるよ、二度寝したんだよ!」
「そりゃご苦労さん。死んだも同然だね。走れ走れー」
ソファにふんぞり返ってファッション雑誌をくっている高校生の姉に嫌味を言われてムカつき、ジャムをべたべたに塗ったトーストに力いっぱいかぶりついた。焦げた部分が苦かったので、アイスコーヒーを一気に流し込む。髪が起きぬけのままのあたしを見て、彼女がふうっとため息をつく。
「明良くんとは、何時に約束」
「十一時に駅前」
「そりゃ、髪巻く暇ないわな」姉は自分の髪を指先に巻きつけた。完全に他人事である。「朝から騒々しいことで」
「聞いてたの! だったらあたしが化粧してる間に巻いてよ。コテ貸すし」
「やだ。いっそ朝ごはん抜いたらいいのに」
「食べるもん食べないと、不健康に体重が減る。あたしはね、お姉ちゃんと違って多少は体調に気をつかってるんだよ? 朝食をきちんと食べる今どき珍しい健全な若者なの。あたしってばえらーい」
ぱくぱくとトーストを平らげると、コーヒーを飲みながらあたたかい電気カーペットの上で手早く身じまいを整えた。姉は気にすることなく隣で雑誌を読んでいる。白いニットとデニム地のジャケット、そしてミニスカート。ニーハイのソックスを履いて、ブーツ。うん、完璧なデートコーデ。あたしは残りのコーヒーを飲み干し、自分の部屋に戻って丁寧に化粧をした。ダッシュで着替えはできても、こればかりは手が抜けない。
二組の小林明良とはようやく付き合い四ヶ月目に入る。中学生でこれだけ長持ちすれば上出来だ。これまで一人としか付き合ったことのないあたしはまだまだ恋愛経験が乏しいけれど、明良とは上手くいってる。喧嘩もあまりしないし、話も合う。姉には内緒だけど、キスも、エッチもした。週末には必ずデートに行く。中学を卒業したら同じ高校に行って、高校を卒業したら結婚しよう、なんていう次元まで飛躍している。
純愛、という言葉がはやっている。ピュア、一途、切ない恋、とりあえずこんな感じの言葉がオビに書いてあればどんなに陳腐な恋愛漫画でも女子中学生に売れてしまう。そんな文字列を見るだけで、雑でありきたりな恋愛でも美しく見えてしまうし、そんな商法にすっかり踊らされている私もまた、今自分が明良と付き合っていることは純愛であり、小説や映画にしてもいいぐらい、すてきな恋をしてると自分で思ってる。溶けかけたマシュマロの海にずぶずぶもぐっていくよう。
手抜き交じりに化粧を済ませた頃、待ち合わせまでもうカウントダウンを刻んでいた。光速で髪を簡単にピンどめする。毎朝、一分一秒を争う時間帯にやっていることだから、慣れている。バッグをひっつかんでそのまま家を飛び出した。
自転車をじゃこじゃこ飛ばして駅前に行くと、すでに改札口前で明良が待っていた。彼はワックスで無造作に逆立てた髪を揺らして、こっちに手を振る。
「春菜、遅いぞ!」
うるさい、分かってる。騒ぐな叫ぶな声がでかい。
近くのコンビニの駐輪場に自転車を停めて二重ロックする。手を振って待っている明良に飛びつき、彼の腕に抱きついた。暑いからやめろよ、とさりげなく振りはらわれてしまったが。
通行人の目が痛い。でも別に気にしない。あたしたちはこんなに仲のいい彼氏彼女なんだから、誰にどう思われようと構わない。妬め妬め。さあさあ。
明良はちょっとルーズな、雑誌にいそうな男の子と同じ格好をしている。精一杯背伸びして高校生っぽく見せようとしているあたしとは違って、どこか中学生らしさが抜けていない。そのギャップに多少の不満はあるけれど、楽しいから言わない。嫌われたくないから。
電車で五駅、うるさい都心部のど真ん中で降りたあたしたちは、ゲーセン、カラオケ、ブランドショップと思いつく限りあちこちを放浪した。四か月も一緒にいるからか会話の内容がそっけなくなりつつあるが、ただ二人でいるだけで楽しいのだ。漫画のように計算された言葉や特別な裏技やテクニックなんていらない、と思い始めたのはごく最近。アクセサリーやステータス扱いなのか否かは、未知数。
流れに身を任せてただ、たんたん、たんたんと死んでいく日常の傍に立ちすくんでいるだけのあたし。命綱すらも拒んで、他人の優しい手を払いのけて、聞こえのいい言葉がたっぷり盛り込まれた音楽が公害のように溢れる中をただよっている。時代はまさにアドバンス、しかし景気は絶賛後ろ向き中。電力供給が途切れればあっさり消えてしまうような、きらきら輝く街のネオンはただむなしいだけ。
「でさー、野球中継延長されて、ドラマちゃんと録画されてなかったんだよねー。なんか三十分遅れぐらいで、ラストが入ってなかったし。バリムカつく」
「お前の友達、誰か録画してねえのかよ。貸してもらえばいいじゃん」
「そんなの、とっくにメールしまくって聞いたよ。でもみんなリアルタイムで見てるから録画の必要なし。こんな時に限って。いいよもう、ネットにアップされてるの見るから」
「多少は画質落ちるけどな」
「しょうがないじゃん。遅くまで騒いでたあたしの自業自得。あたしは光田くんが見れればそれでいいの」
がちゃがちゃ騒々しいマックの二階席で、すいていた喫煙席四人分を二人で陣取り、当たり障りのない会話を明良と交わしながら目の前のエビフィレオにかぶりついた。明良は当然のように煙草を吸っている。注意すると一気に場が冷めるので言わない。なるべく煙を吸わないように顔をそむけるだけ。
天の岩戸をぶち壊すだけの気力もなければ勇気もなく、ぴんと張ったテグス糸が切れないように、必死になって均衡を保っているだけの付き合い。だんだんと、あたしと明良の関係はそんな感じになってきて、「明良に嫌われるのが怖いからしたくない」という行動が多くなった。劣化してきて弱々しいテグスがぷつりと切れる瞬間までのカウントダウンを潰しているだけに過ぎない。
もうここまで来たら二人とも終わりなのかも知れない、という一抹の不安を必死で消し去る。見ないふり。見ない、フリ。
だって、だってさあ、ゆるんでる糸は切れないけど、ぴんと引っ張ってたら切れたとき、互いがすっころぶんじゃね?
まあ、どうでもいいけど。周辺で同じようにハンバーガーを食べながら雑談を交わしたり本を読んだり携帯をいじっていたりする見知らぬ連中は、喫煙席でたまに思いついたように会話を交わすだけの中学生カップルなんて見てやしない。明良もきっと、どうでもいいんだ。明日になったら忘れてしまう。
会話の途中で携帯をひらいたり閉じたりする明良。パチン、パコッ、パチン、パコッ、パチン、パコッ。耳障りな音。あたしは頬杖をついたまま、メールでも待ってるの? と聞いてみた。
「ん、まあ、そんな感じ」
「誰から?」
「春菜の知らねえ奴だよ」
ふーん、とそっけなくかわしてみた。詮索は嫌いだ。
「そういやさあ」あたしは今日何度目かの、そういやさあ、を繰り返した。「今度の修学旅行、五人一組じゃん。あたしと明良と、あとの三人はどうする?」
そこまで言うと、明良は面喰らったような顔をしてケータイを閉じた。
「俺とお前が組むこと前提?」
「うん。そりゃそうじゃん。あたしは最初から明良と組むつもりだったけど」
「マジかよ、聞いてねえし」
「聞くもなにも、明良もそうするつもりだと思ってた」
「俺はそんなこと、一言も言ってない」
あたしは面喰らって、どうしようもなくモヤモヤして、トレイの上にぶちまかれたポテトをつまんで真ん中で噛みちぎった。
「付き合ってるんだったら、それぐらい普通じゃない?」
ちょっとイラついたような口調になってしまった。それを過敏に感じ取ってしまったらしい明良は、怒りをこらえるような溜息をついた。その場の空気が切り裂かれてしまったような溜息。あ、しまった、と直感で思った。切れる。
「普通ってなんだよ。恋人同士だったら常に一緒にいなきゃいけないっていうルールでもあんの? そんなめんどくさいもんじゃないだろ、フツー。俺はお前のシークレットサービスじゃないんだし」
隣の席に、今どき珍しいマンバギャルが三人座った。げらげらと低い声で笑うのがひどくうるさい。あたしは無言だった。明良は再び携帯をひらき、そして何も言わずに席を立って階段付近で電話をはじめた。あたしはしばらく黙ってトレイに敷かれたスタッフ募集のチラシを見つめ、そしてヤケになって紙コップのジンジャーエールをずずずっと一気に啜り、バッグを両手で抱えて立ち上がった。階段を駆け降りるとき、明良の声が背後から聞こえた。ゴミ片づけねえのかよ、とかそんな感じのことをわめいていたが、無視した。外では小雨が降っていた。
あたしの「普通」があんたと違うことが「フツー」なのか。マジ、イミフだし。

何度人とぶつかりそうになったろうか。あたしは気がつけば薄暗い町を走って、走って、走り続けていた。あたりはすでに夕刻になってしまい、明日は月曜日だというのにアリの群れか何かのように人がごった返している。ネオンがまぶしい繁華街。行きかう人々の声も異国の言葉に聞こえてしまう。誰も、街を疾走していく女子中学生なんて見向きもしない。
あたしは無意識に、道を曲がって細い路地裏に入っていった。こんなところに女が一人で入っていくのは拉致ってくださいと言わんばかりだが、そんなことをいちいち考える余裕はなかった。あたしはただ、ポリバケツや近くの居酒屋のゴミ袋を避けながら、奥へ奥へと走っていった。胸にしっかりとバッグを抱えたまま。雨が当たらないように。雨が染みたら、携帯、壊れるし。
小汚い路地が急にT路路になり、あたしはいったん足をとめて、右側を見た。
やっぱり、いる。オコジョみたいな白髪のチャラ男。
そいつは以前のように汚い地面に座り込み、ビルの壁に背をもたせ、呑気にiPodで音楽を聴いていた。あたしの視線に気づくと顔をあげ、イヤホンをはずしながら、やあ、と笑った。
「こんばんは。何日かぶりだね」
天然キャラのようにタレ目を細めて人懐っこく笑う青年は、はたから見ればイケメンの類なんだろうが、何しろ醸し出している雰囲気のせいで形容しがたい近寄りがたさを感じる。まして服装はパンクだ。ギャップに苦しむ。身につけるものは光りかがやいているのに、そいつ自身になじんでいなかった。
あたしはふうとため息をつき、無表情のままで「ちょりーす」と片手をあげて挨拶をした。
男は外したはずしたイヤホンを二つまとめて片手で持ち、もう片手でiPodのダイヤルをくるくるまわして音量を最大まで上げた。シャカシャカと曲が聴こえる。ダンスミュージックっぽいドラムス。どこかで聞いたことがある。
「久石譲だよ。“風の通り道”知らない?」
ああ、とあたしは初めて声をあげた。「となりのトトロ」で、メイとさつきがトトロたちと一緒に、庭に埋めたどんぐりの木をぐんぐん伸ばしていく場面の音楽。ディスコ風にアレンジされていて、かっこいい。
男は笑ってiPodの電源を落としてしまった。あっ、と思った時にはもう遅い。あと少し聞いていたかったのに。彼はいたずらっぽく笑って、充電が少ないから、と言った。
「また会えて嬉しいよ」
彼はiPodをジャケットの胸ポケットにしまいながら笑った。あたしは胸に抱えたバッグをぎゅっと強く抱きしめ、唇を引き結んだ。どうしてここまで走ってきたのかよく分からない。明良を置いてきてまで、どうして。
「どうして?」
男が小首をかしげた。あたしは、何が、とそっけなく答えた。
「君がここに来た理由だよ。前に君が来た時は、もう顔も見たくない、って感じの態度で帰っていったのに。しかも今日は私服かあ。って、当然か、日曜日だし」
相変わらずの笑顔。あたしは答えられずに俯いた。都会の喧騒が遠くから聞こえてくる。光の届かない、路地裏。あたしはもしかしたら、こいつのように、ここでじっと音楽を聴いて誰かが迷い込んでくるのを待つような立場が合っているのかも知れない。その姿は、どんぐりを何度も落っことしながらも懸命に中トトロのズクを追いかける小トトロのミンのよう。そんなことを、思った。
あたしは一瞬ためらい、そしてこじ開けるように唇をひらいた。
「あんた、付き合ってる女とかいんの?」
前髪からぽたりと滴が落ちた。その向こうで、男は少し驚いたような顔であたしを見ていた。しばらくして、彼はにやりと面白そうに笑う。
「俺を狙ってるの?」
「まっさかあ、なんであんたなんか」けらけらと笑う。「あたし、カレシいるし」
「そうなんだ。俺は女の子と付き合ったことはあるけど、今はフリーかな」
男は片膝を立て、もう片足は地面にすっと伸ばした。思ったより長い。彼は両手をだらんと垂らし、何かを思い出すように天をあおいでいた。小さな水滴が落ちてくるだけで、誰も、あたしたちを見ていない。男はぐっと目を細めて、薄暗い雲の向こうを見つめていた。
そいつは今にも、のぞんで消えてしまいそうだった。
「彼女ってさあ」虚ろな目でも、声はいつもと変わらない。「正直めんどくさかったんだよ。なりゆきで付き合っても、どっちも得られるものが何もない。相手の幸せを願うよりも己の不安をぶちまけることに従事しちゃったら、互いを信じることなんか絶対にできない。恋人同士って、家族とかよりもろいもんなんだよ」
彼はそう言って寂しげに笑う。別に泣くわけじゃない。ただ男がそこにいて、地面に座って、ぼけっと空を見ているだけで、実はベッドの上には大量にぬいぐるみがあるんじゃないかと想像してしまうほど大量の寂しさを受信してしまう。どうでもいいけど。
あたしは男の隣に座りたい衝動を抑えた。別に何をするわけじゃないが。
その代わり、立ったまま、ぽつぽつと話し始める。
「あたしね、カレシいんだけど、なんか最近よく分かんなくなってきてさ。何のために付き合ってんのかとか、意味不明なことばっか考える。純愛に憧れてカレシ作ったはずなのに、不良とかかっこいいって思っちゃう。今となってはカレシ持ちのステータスを崩さないために、相手の顔色うかがいながら付き合ってるって感じでさあ。もうマジ、わけわかんねー」
言いながら、くははっ、と笑って前髪をかきあげた。視線を男から反らし、打ちっぱなしの壁を意味なく見つめた。そこにある染みすら明良に見えてしまって笑っちゃう。
あたしは唇をぎゅっと引き結んだ。自嘲気味に笑う。こんなこと、赤の他人であるオコジョ男に言ってもしょうがないのに。もう何がなんだか。
心と身体がかみ合っていない。少しずつズレて、限界を感じた歯車がパチンとはじけて壊れる感じ。
男はふうっとため息をつき、いつものさわやかな笑顔を取り戻した。すっと優しく細められた目には、憂いも悲しさも怒りも呆れもいっしょくたになって叩き込められている気がした。
「俺、きれいごとが嫌いなんだ」
人差し指をすっと立てて男は言った。
「特に嫌いなのが、思いやり。こんなもの、わざわざ口に出して言うことじゃないよ。思いやりとか、絆とか、運命の相手とか。人は誰かのために必死になれるなんてことを言っていても、それはただ恩着せがましいだけの保身だ」
そいつは、あたしと同じような笑いかたをした。立てた膝に肘を乗せ、手のひらに頬を乗せ。
「……なに、それ」
意味わかんね、と言いかけたが、しばらく息を忘れた。電線が、鳴る。胎動が、あたしを責める。急にこの路地裏の暗さを実感した。瞳が痙攣する。
ざあっと音を立てて体温が下がるような錯覚を感じて、とっさに口元を覆った。廃棄物が口からドロリと溢れてきそうな気がした。
「それでもね」ずいぶんと時間が経ってから、あたしはそう言って喉の奥でくつくつと笑った。「それでも好きでいなきゃ、あたし、何を信じたらいいのか分かんなくなんじゃん」
言葉は風に舞い、弧を描いてブーメランのようにあたしに戻ってくる。その風の中で、あたしと男の髪が同時にふわりと揺れた。
あたしは腕を組んで、ゆっくりと目を閉じた。明良は今ごろ何をしているのだろう。
急に涙が出かかって、閉じた目をさらにきつく瞑った。
男はそんなあたしを見て優しく笑い、ポケットから何かを取り出して見せた。
「これは、不思議なMDでね」
いや、見た目は何の変哲もない水色のMDだった。ケースに小雨が少しついて、つーっと伝ってゆく。小瓶の次はMDか、とあたしはため息をついて両手を腰に当てる。
「あのさ、あたしはあんたから物をもらうためにここに来たんじゃないし」
だからって、ここに来た理由なんてないんだけど。
「そうなの? でも、君はきっとこのMDを受け取ってくれると思うよ」にこにこ笑顔。「俺はもう、何も受け取らないけどね。でも君は優しいから、こんな断片でもひとつずつ、丁寧に拾い集めてくれるような気がするんだ。俺はここにいるしかないからね」
一体どこでどうやってあたしが優しいという方程式ができあがってしまったのだろうか。どうでもいいけど。
男が指先でつまんで見せているMDを、あたしはそっと手を伸ばして受け取った。本当に、なんら変わったところのないただのMDだった。生なのか録音済みなのかは分からない。インデックスも抜きとられてしまっている。
「何が入ってるの?」あたしはためらいなく尋ねた。
「良かったら聞いてみればいい」男はあたしの質問の答えとも、一方的な会話とも解釈できることを言った。「それもまた断片のひとつだ」
あたしが反論しようと口をひらくと、それすら許さないように続けて男は言った。
「安心しなよ。どんなに君が人との絆の希薄さに苦しんでも、どうせ時間の流れの中で全てが腐って淘汰されてゆく。響きが甘くてかっこいいだけの言葉を適当に唱えていれば、とりあえず安心した気になれるけど。それが怖いなら、またおいで」
彼はそれ以上、何も言わなかった。またiPodを取り出して音楽を聴き始める。最大ボリュームにしたままだったのか、突然、あたしにも聞こえるような大音量で「風のとおり道」が響いた。彼は一度びくんと跳ねて、あははびっくりしたー、と笑いながら慌てて音量を下げる。
トトロの、サツキのセリフを思い出した――メイのバカ、すぐ迷子になるくせに!
あたしは眉をひそめ、しばらく考えたあと、MDを大切にバッグの中にしまった。前に来た時は粗雑に鞄へ投げ入れてしまったが、今は捨ててしまうことが後ろめたくなった。
彼に一瞥もくれず、黙って路地裏を立ち去った。小雨がやんで、世界が壊死をはじめていた。


次の日、学校に行くとクラス内は異様な雰囲気に包まれていた。修学旅行のグループをどう分けるか。我がクラスは二十五人と少人数なので、五人一組、五組で行動する。たかだかUSJにグループ行動なんていらないと思うのだが、どうして教師という生き物は教室内の生徒全員が仲良く輪になって青春を謳歌することを理想とするのだろう。どう考えたってみんな仲良しになれるわけがないし、どこのグループにも入れてもらえないハブられてる子や、根暗、オタク、調子こき、ぶりっ子が必ずあぶれるというのに、協調性をやたらに重視しやがる。理想は、理想のままだ。
あたしが席について鞄からペンケースやポーチを出していると、仲良しの絵津子と樹里杏が喜々として話しかけてきた。
「ねえねえ、春菜は明良くんと組むんでしょ? あとの三人のところがあいてなかったら、うちらが入ってもいいかなあ」
あたしの机に手をついて乗り出してくる二人。中学の頃からの付き合いで、あたしはおもに彼女たちと三人でいつもつるんでいる。休み時間にくっちゃべったり、お弁当を一緒に食べたり、一緒に帰宅したり、という程度だが。大した友情で固められてはいないけれど、無意味におそろのストラップを持っていたりして、入れ物だけはしっかりしている。
絵津子は響きから「えっこ」、樹里杏はポニョ体型から「ジュリー」と、それぞれそんな感じで思いつき同然のあだ名がついていた。あたしには、ない。どうでもいいけど。
えっこもジュリーも最初から誘うつもりだったので遠慮なくどーぞなのだが、彼女らの口から出てきた明良の名前をあたしは手を振って否定した。
「あいつはダメ。修旅になってまであたしとぐだぐだするより、仲のいい男友達と騒ぐ方を選びました」
あながち間違ってない。
「はー、シケてんな。カノジョいんのに何してんだよ」
「明良くん、絶対春菜と一緒にいると思ったのに」
二人が揃って残念そうな顔をする。ほら、やっぱりみんな、カップルは修旅のグループ組みで一緒になるもんだって既成概念ができあがってるじゃないか。ざまーみろ、明良。
ふんっと鼻を鳴らしてふてくされたふりをしていると、ジュリーがまあまあと肩を叩いた。
「男ってそういうもんだよ。恋愛に対して冷めてるというか、なんというか」
彼氏歴ゼロの人に言われてもあまり納得がいかないが、もちろん直接そんなことは言わない。だよねー、なんて適当に相槌を打って話題を流す。
「それよりさあ、もう二人はどうするの。うちらだけで組んだら足りないし、かといって他のところもほとんどグループ組んじゃってるっぽくない? ニ人引き抜かせてこっちにドラフト入団させるってのも強引だし」
「そのうち、多いねーどうしようかーなんて話おっぱじめるとこが出てくるよ。そこにうちらが加わっていけば、上手くいけば十人つるみでUSJまわれんじゃない?」
「あ、それいい案かも」
「別にグループ人数だけでいないといけないって先生言ってないしね」
とんとん拍子で話が進み、あたしたちは他のグループの配分を調べに他のクラスメートの女子たちに次々話しかけた。が、どこもかしこも完璧な五人グループが完成されていた。飽和状態のグループなど、ない。ちょっとキツい感じの女子と男子のグループと、地味めだけど明るい女子たちのグループ。女子は十二人しかいないから、この時点ですでにあたしたちを含めて十人が徒党を組んでしまった。「マジかよ、おい」とえっこが舌打ちをする。
さて残りの二人は、と視線を巡らせると、彼女らはそれぞれ各々の席についていた。一人はおとなしくてあまり話したことのない、机に座って何をするとでもなくフランス人形のように固まっている清楚な子。もう一人は机の上に少年ジャンプを広げて熱心に読んでいる、ガチガチのキモオタで腐女子。ああまさにどこのグループにも入れてもらえなさそうなハブられタイプ。多少彼女らに同情はするが、自分のグループが人材不足だという状況をふまえれば彼女たちが余っていることは不運としか言えない。
戦慄した。
「ちょっと、どうすんだよ、春菜あ」
ジュリーが耳打ちしてきたが、あたしにも返答のしようがなかった。うーむ、と意味のない呻き声をあげて顎に手を添える。シャーロック・ホームズの真似。
人選ミスは二泊三日の地獄を意味する。なんて、中学生はそんな感じなんだ。あれこれ口あたりのいい言葉で体面をとりつくろっても、結局つるむ仲間はメリットがあるかないか。自己中だったり調子こきだったりオタクだったりすれば、容赦なく群れからはじき出される。弱肉強食の世界。人間のヒエラルキーごった煮の教室社会で徒党を組むのは一種の戦争に近い。
昨日、オコジョ男が言っていたことを思い出した。恩着せ。
普通に考えれば、あたしはオタク女は即却下だった。見ているだけで癒されるようなかわいい子を選びたいけれど彼女は本当に口数が少ないから話が合わないし、乗ってくれない。よって、場の空気が冷めることがよくある。しかしここは消去法だ。マシな方を選ぶべし、とあたしはずんずん歩み、机に座って何もしていない清楚少女、美里ちゃんとアクセスすべく前に立った。
「ねえねえ、美里ちゃん、もしまだどこのグループにも入ってないんだったら、あたしらのところに来ない? えっことジュリーもいるよ」
人数足りないからさあ、という言葉を一瞬飲み込んだ。こんなことを言えば数合わせだって分かるし、ちっちゃくて細くてすぐに傷つきそうな純粋な美里ちゃんにホイホイ言うほどあたしも無神経じゃない。彼女、かわいいし。
美里ちゃんは不思議でしょうがないし不安だし怖いしどうしようって迷ってるのが顔に出ていて、くりっとした目を見ひらいてあたしを見ていた。肌が陶器みたいに真っ白でつやつや。ファンデーションべた塗りのあたしとはえらく違う。悔しい。彼女は視線を泳がせて最低限の動きで必死に迷っていたようだったが、やがて細くてきれいな髪を揺らして、こくんとかわいらしく頷いた。
「来てくれるの? ありがとおーっ」あたしはびくんと強張った美里ちゃんの肩を掴んで喜んだ。「修旅、楽しもうね。美里ちゃんいてくれて良かったあ」
嘘じゃないけれど、百パーセント本心ではなかった。彼女がハブられていたからあたしたちが人材不足に悩まされずに済んだ。少し遠くからはオタク女が漫画から少しだけ視線をこちらに向けていたような気がしたが、無視した。かまって欲しいんだろ、ばーか。心の中で野次を飛ばす。
あたしは美里ちゃんの了解を得てすっかり上機嫌になり、さあ、ジュリーとえっこに報告せねば、と振り向いた瞬間、彼女たちを挟む形でなぜか男子の内倉英介がいるのを見た。ずんとでかい、体育会系男子。ぴしっ、とあたしはさしずめターミネーターのように動きを止めた。
えっこが嬉しそうにあたしの名前を叫んでいる。あたしは三人の元へ駆け寄り、「なんで内倉が?」と開口一番尋ねた。そりゃ、オタク女が却下となればもう女子はいないし、あと一人は男子で埋めるべきなんだろうけど。
「内倉さあ、六人になっちゃったグループでジャンケンして、つまはじきにされちゃったらしいよ。だから、こっち来ないかって誘ったんだけど」
「ごめん、峰岸さん」内倉はそのばかでかい図体であたしを上から照れくさそうに見下ろした。「絵津子が来ないかって言ってくれたから、ありがたく移籍してきたんだけど、迷惑だった?」
あたしはあわてて首を振った。くそでかいスポーツマンの体躯で、申し訳なさそうに眉をハの字にして頬を指で掻く仕草は、臆病なドーベルマンのように見えてしまう。
「ううん、全然。むしろ内倉でオッケーだし。大丈夫。ようこそいらっしゃいませ」
へらへら笑いながら彼を歓迎したが、あたしの意見を介さずに内倉を引きいれたえっことジュリーにちょっと不信感を抱いてしまった。そりゃ、あたしは美里ちゃんを勧誘してたけど。こういう余計な感情は関係や空気を壊しかねないから、絶対に口にしない。
えっこは去年から内倉に片思いしている。いつも二人で仲良くしているし、えっこが上目づかいをしたりいい匂いのする髪を揺らしたりスキンシップを試みたりかわいい声を出したりしてばんばん放つ「彼に振り向いてもらうためにアピってます」オーラは強烈だし、この修学旅行をきっかけにくっついてしまえば、と内心思った。そういう意味で学校行事は貴重な場だ。修学旅行や遠足にはどこかしら必ずカップルが成立して帰還してくるのが常である。
美里ちゃんからも許可をもらって、最終的にあたし、えっこ、ジュリー、美里ちゃん、内倉のグループになった。プリントに全員の名前を書き、決定。あとはこれを次のホームルームの時に担任の先生に提出してしまえば、無駄なヒエラルキーの元に発生した争いは終了する。あたしの周りは。
内倉は他の男子との雑談に加わり、美里ちゃんは自分の席で本を読み始めた。残されたえっことジュリーとあたしはいつもと変わらず他愛もないおしゃべりで盛り上がっていたけれど、休み時間が終わる数分前、ちょっとトイレ行ってくる、と言ってジュリーが席を立った。彼女は他の女の子とつるんでトイレに行くタイプじゃない。
あたしは無意識に明良の姿を探した。彼は他のチャラい男子に交じって、机に座ってげらげら笑っている。さほど遠くないはずなのに、机ニ十個分は離れてしまっているような錯覚を覚えて、そっと目を伏せた。
彼女が教室を出ていってすぐ、えっこが少しだけ声のトーンを下げて、不満そうな、嘲笑うような笑顔を浮かべて言った。
「さっきジュリーがさあ、男ってそういうもんだよーとか、なんか自分どんだけ恋愛経験豊富なんだっつう言い方してたけど、彼氏作ったことないくせによく言うよね」
まあね、とあたしは無感動に返事をした。
あたしは鞄の中に、オコジョの男からもらった小瓶とMDが入れっぱなしであることを思い出した。ただ純粋に、捨て忘れていただけだ。

えっこが内倉をグループにひきいれた理由を尋ねてみたらば、やはりあたしの推察そのまんまで、女の子の感情ってなんて単純なのかと呆れてしまった。
ジュリーが戻ってきてからえっこと三人で、あたしの席でセブンティーンをひらいて人気の男性俳優のインタビューページをあれこれ口出ししながら読んでいると、机の中に友達から借りっぱなしの本があることに気がついた。少女漫画。あまり面白くなかったけど、とりあえず最後まで読んだ。感想を聞かれた時、対応できるように。
「ちょっとごめん、借りてた漫画返しに行ってくる」
いてらー、とよく分かんないことを言って手を振る二人に背を向け、五人ほどで固まっている他のグループのところに割りこみに行った。
そこにいた子たちは、なんとなく、険悪な雰囲気だった。
ふんづけてかかとを潰している上靴をきゅっ、と鳴らしてあたしは足を止めた。机を四つくっつけて、みんなが少しだけ顔を寄せぎみにして、いつもと変わらない笑顔で、いつもより汚い言葉で何かを毒づいている。三メートル弱は離れているけれど、気配でそれが分かった。これに気づかなかったら、たぶん、あたしはKY決定なんだろう。
話が一区切りついたあたりを狙って、ちょっとごめーん、とあたしは笑顔で友達の肩を叩いた。
「これ、借りてた漫画。すっかり返すの忘れてた」
「ああ、いつでもよかったのに」友達は手を振りながら笑って漫画を受け取った。「どうだった? 鶴谷くん、かっこよかったでしょ」
「うん、おもろかったよ。もちょっと連載続けばいいのにね」
ああ、なんか無難にも無難すぎる答えだったかな。面接で「趣味は?」って聞かれて「読書です」って答えてるみたいだ。けれど友達は何も気にしていないような表情をして、ありがとう、と言った。
「ねえ、どうする? 結局」
同じグループにいた、ななめ向かいに座っていたギャル系の女の子が、友達に吐き捨てた。あたしは、「何があったの?」と聞いてみた。特に理由はないけれど、この場にいて「じゃあね」とスルーしてしまうのも気が引ける。
「春菜もさ、もう綾音のことシカトしといた方がいいよ」
趣旨をかっ飛ばして、そのギャルっ子がイラついた口調であたしに言う。
「だから、なんでそうなるの」
「綾音さあ」今度はすぐ隣にいた別の女の子が口をとがらせながら言う。「ちょっと前からあたしたちのグループに入るって決めてたんだけど、本格的にメンバー決めちゃおうっていう今日に限って、あっちの方に人事異動したんだよ」
その子は男子がたむろって無駄話をしている教室の隅を、振り向かず親指で指した。そこにはなるほど、あたしの友達でもある綾音が何人かの男子と話をしている。その中には、明良もいた。というか、イケメン揃いだ。そういえば男子のところも、ルックスのいい奴らばかりでグループを組んでいたっけ。
女子の中ではかわいい部類に入る、髪をふわふわに巻いた綾音が実に楽しそうに明良たちと雑談を交わすところを、呆然と見ていた。かわいいから、余計にイケメン男子たちの輪で映える。
「男子のとこで四人しかいないグループがいて、引き入れられたらしいよ。しかも見てのとおり、かっこいい男子ばっかりのグループにさ。先にあたしたちと約束してたってのに、ドタキャンされて、男子に誘われたからってホイホイついていって」
「そうそう、先約を優先しろっつの。空気読めって感じ」
「いっつもあんな感じだよね。自分がかわいいって思ってんでしょ。ホントにかわいい子はあんな風に男子に色目使わないし。男と一緒にいるときだけ、声がワントーン上がるしねー」
「キモいっつうか、いつか友達なくすよね絶対。マジ調子こいてんじゃねえよ」
「なんか完璧、純粋っ子演じてるってゆうか、あからさますぎて逆にかわいそうになるわ。どんだけ自分大好きなんですかって感じ」
「同情とかいらないいらない。女の絆よりも男子からモテることを優先するような女、恋の炎は友情の灰を残すってゆうじゃん。賞味期限切れないうちに好き放題やらせときなって」
そんなにみんなも男子にちやほやされたいのか、と言いたい衝動を必死に押さえてむずがゆかった。背中と腹を同時にバリバリと掻きむしりそうになる。
脱力。見下ろす四人の女の子たちは、もろくてつまらない安易な口約束をやぶったという事実を強調して審判者になりたいだけなんだ。
「春菜、そういうわけだから、綾音のことは無視ね。うちらと友達でしょ?」
友達が返したばかりの漫画をひらひらさせながら言った。ううん、とイエスともノーともとれる微妙なうめき声をあげて、「そんじゃ戻るね」と笑ってその場を立ち去った。息苦しい。あの繁華街と同じように、密閉された圧縮空間。
少しだけ振り向くと、女の子たちの意地悪い声が聞こえてきた。
「とりあえずさー、埋め合わせの一人は京子ってことにしとこうよ、書類上」
「えー、あのオタク? まあ名前だけってならいいけどさー」
「うん、じゃあもう綾音のところは消しとくか。もうあっちで決まっちゃったみたいだし。けってーい」
あたしに背を向けている子が、プリントのメンバー名記入欄のところから綾音の名前を消す。消しゴムで、乱雑に。力を入れすぎて紙がぐしゃりとやられていたが、そんなものは誰も気にしていない。別に消しゴムは、綾音の名前を消すことを拒否してるわけでもなんでもないんだから。あたしはセブンティーンのアイドル写真に見惚れているえっことジュリーところへ歩きだした。
もう一度、明良たちと綾音を振り返った。明良は、あたしも滅多に見ないような楽しそうな笑顔で、綾音に「それ超うけっしー」なんて言っていた。綾音が笑う。あたしは携帯をひらく。アドレス帳から明良を探そうとして、やめた。


「やあ」
昨日と同じような所作でiPodのイヤホンを耳からはずしながら、青年はふわふわの綿毛みたいな笑顔を向けた。よく晴れた夜空の下、いつもと同じ小汚い路地裏の奥のさらに奥。同じ場所で、同じように、打ちっぱなしのコンクリのビルの壁に背を預け、地面に座っている。汚いと思わないのだろうか。そりゃあたしも、コンビニの駐車場のパーキングストッパーに座って友達と喋っていたことはあるけれど、地面に直ってことはなかった。
どうしてだか、あたしは学校帰りに、家の二つ手前の駅で降りて繁華街を一目散に駆け抜け、路地裏に吸い込まれるように入った。道中、自分がどこに向かっているのかという自覚はあったけれど、策もないのに万策尽きた感じで何も考えていなかった。どうやって走る力を絞り出したのかも疑問だった。
だから、目的地である路地裏にたどり着いたとき、急に呆然としてしまった。「えっなんであたしこんなとこにいるの」なんて言いそうになった。
ソックタッチがずれて片足の靴下だけくるぶしまで落ちていた。それを引き伸ばして、汚い路地裏に似合わない、毛色の違う、新品の電化製品のように生活感のなさを感じる男を眺めた。たった今世界に産み落とされたと言われても納得がいくかも知れない。それほど浮いていて、目立って、ともすればKYだった。嫌いじゃないけれど、好きにもなれない。キモイ。
けれど、結局ここまでたどり着いてしまったんだ。
「今日もはっちゃけてるね」
「……はっちゃけてなんかないし」
むしろ暗雲が立ち込めていて上手に呼吸ができずにいた。昼間のことがあって色々気分が悪くなっていたし。しかもダブルパンチ。友達のことを悪く言うのは、えっこじゃあるまいし気が引けるけど、全くの赤の他人であるこいつには抵抗なく言えるような気がした。
「あんたの言ったとおりだった」
ため息交じりに言った。「つまんない」
「おお、そうかそうか」男は立てた膝に両手で頬杖をついて、さも嬉しそうに笑った。「それは良かった。お役に立てて何より」
「あんまし役には立ってないんですけど」
「そうなの? あれでしょ、思いやりなんて恩着せがましいってやつ」
「うーん、それとはちょっと違うんだけど」あたしはこの雰囲気にも段々慣れてきて、あごの下に手を置いて視線を上にそらした。「なんか難しいな」
あたしを楽しそうに見ていた彼はふふっと女みたいに笑い、簡単なもんだったら誰だって楽に生きてるよ、と言った。あたしを見上げる目が優しい。
「なんか、思春期電話相談室みたいになってるなあ」
「そうなるよう仕向けてるのは自分じゃね?」
今度はけらけら笑う、オコジョ。どこまでも小動物を連想させてしまう。体格はでかいし、パンクだし、ちょっと怖い感じすらするのに、どうして彼の目を見るだけで小動物に見えてしまうのだろうか。やっぱり、彼のベッドには大量にぬいぐるみがあるのかも知れない。
「何、なんか悩みでもあるの?」
本当に思春期電話相談室のノリだ。
あたしの親か仲のいい親戚のおじさんのように優しい笑顔を向けられると、ひけない。なんのためにここに来たのか分からなかったが、少しずつ、そういったおぼろげな輪郭があらわになっていくような気がした。ここには何かがあるんだ……そう確信するのは今日ではないが、早かった。
「その恩着せがましい友情だの恋愛だのっていうのを」あたしは心臓がエイトビートを刻むのを感じた。「あんたは信じてるの」
ちょっと質問の意図が分からなかったかも知れない。己の国語力のなさを嘆いた。国語、いつも寝てるけど。
男は軽く唸ったあと、昼間のあたしと同じように顎に手を添えて答えた。
「信じてない、わけじゃない」淡々とした言葉だった。「俺だって人間だよ。群を抜くわけでもなくその他大勢の一部、凡庸、凡人、通行人Aみたいな生き方をしてる。だから、恋愛もするし、友達も作るし、家族もいる」
ちょっと意外。
「それなのに、思いやりは恩着せがましいなんて言うんだ」
「うん。痛い目にはたくさん遭ってるからね」また男は自嘲気味に笑う。「信じた方が負け、好いた方が負け。夢のない話だけどね。こんなこと言えば反感買うだろうけど、愛だの絆だの永遠だの、そんなものはキタナイ幻なんだよ。俺がこう言ってることに文句言いたくなるやつは、汚い世界できれいごとに守られて夢見心地で生きてきたってことだ」
「あー、なんか納得いくね。カクテルパーティー効果とか言うんだっけ? 気持ち悪い現実は響きのいい言葉で上手く隠して、自分に都合のいいことしか聞こえないようにしてるってイメージがある」
あ、べらべら喋りすぎだ、あたし。
「カクテルパーティー効果の意味が違うけど、まあいいや。ようするにさ、みんな、きれいにコーティングされたバッタものに騙されすぎなんだよ。特に君ぐらいの年齢だとね」
反論すべきか一瞬迷った。大人だってそうじゃないのか、と聞きたかったが憚られた。無意識に、憚られた。
あたしは後ろ髪をざっとかきあげて、鞄を地面に投げ飛ばした。男がもたれている壁と地面が接しているあたりにちょうど直撃し、跳ね返らなかった。
そして、自由になった両手を胸の前で組む。
「あたしはね」思い切って言う。「嫌なんだよ、上っ面だけの関係ってやつ。つまんないことで壊れる友情とか、時間が経つごとに愛が薄れる恋とか。ってゆうか、本当の絆って、そんなものじゃ壊れないはずでしょ?」
「ほら、絆っていう言葉を使った」
男はあたしを指さし、してやったり顔で笑う。――本当のなんとか、なんていう言葉こそまさにきれい事だよ。それでも信じてるの?
言葉に詰まったが、反論は辞さない。「もちろん。世の中には、本当にかけがえのない友達やすてきな恋人を持っている人もいる」
彼はふわりと優しく笑って、けれど刺々しいことを言った。――モノゴトに嘘も本当もありゃしない。あるのはただ純粋なその存在ひとつだけ。いいものも悪いものも、幻でさえ、言葉だけでもそこに“ある”ことは真実だ。嘘本当は違うけど、美しいか醜いかの違いぐらいはあるかもね。
男はニヤリと笑った。不思議と不気味さは感じられない笑顔だった。
妙な形で言いまかされた悔しさよりも、男の意見が妥当だと一瞬思ってしまった妙なぬめったらしい感触と、爽快感の方が強かった。こういうの、もしかしたらセックスにおいて女のあそこに男のペニスを挿入する瞬間と、似たようなものかも知れない。
えっこは、ジュリーがいないところで彼女の悪口を言っていた。あたしも、あたしがいないところで誰かに悪口を叩かれているのかも知れない。内なる渦は消せっこない。
悔しいが、理論上はこいつの言うとおりだった。
「なんなのそれー」
のけぞって笑う。もうやけくそだ。
彼があたしと一緒に笑う。なんというか、形容しがたい瞬間だった。泣きそうになる。――失いそうになる。
「でもみんな、ガチなんだって」あたしはそれでも主張した。自分の意見を変えるつもりははなからなかった。
――影で愚痴ってても、卒業したらバイバイすること分かってても、手紙をすぐ失くしても、それでもちゃちくてスカった親友の言葉に騙されてないと、あたしらさあ、
そこまで言って、とうとう泣いてしまった。突っ立ったまま、バカみたいに。
するん、とステンレスの上をすべるように、涙が頬を伝って顎から落ちた。ぎゅっと目を閉じ、制服の袖で拭う。バカじゃん、あたし。だって、ホントなんだし、仕方ないじゃん、仕方ないじゃん。
男はずっと、優しい笑顔であたしを見上げていた。空の遠くで雷がゴロゴロとうなり声を上げる。それでもあたしは泣いて、男はあたしを見ていた。
卒業が、近い。
忘れられていく記憶の一部分になりたくないけど、本当のなんとかのおぼろげなイメージを真似してるだけ。いつの間にかメルアド変更をしても知らせることを横着するくせに、自分はポストマスターからのリターンを恐れている。
しばらく涙をぽろぽろこぼして泣いていたあたしだったが、いつまでもこんなカッコ悪いところは見せてらんねえ、と気合いを入れて、目元をハンカチでこすった。マスカラがとれてハンカチが黒く滲む。ポケットから小さな鏡を出して目を覗きこみ、指先でマスカラのカスを拭いながら、ごめん、と小さくつぶやいた。
「何が?」
「みっともないから」
……みっともなくないよ? てか、泣くの我慢される方が迷惑だし。
ぱちん、と鏡を閉じるのと彼がそう言うのは同時だった。なんか、負けた気分。いつ勝負になってどこで勝敗を分けたのかは不明だけど、とーとつにそう思った。そんな気分すら錯覚かも知れないと思いこむことにした。
悔しいな。ごっこ遊びは嫌だったのに。
男は笑顔を崩さないまま、ポケットから何かを取り出し、あたしに放った。あわてて両手で受け取ったそれは、ストラップだった。紫色の伸縮性のあるヒモの先に、親指ほどのサイズのかわいいウサギの人形がくっついていた。汚れて毛羽だっていたけれど、黒いビーズのくりくりした目がかわいかった。
「何これ、かわいい」
あたしは少し驚いて、口元を手で押さえた。
「でしょ? ちょっと使い古してるけど、君にあげるよ」
「これもまた、不思議なストラップだとか言いだすの」
「そうだね、それは、不思議なストラップだ」
男があたしにくれるものたちにいちいち「不思議な」と付随する意味が分からないけれど、小瓶、MDの次にたどり着いたこのかわいいストラップは、こんな男からもらったものだけど気持ち悪く、ない。汚れているけれど、ウサギのかわいさは健在だ。
こと小動物ものに弱いあたしは瞬惚れした。さっそく携帯を取り出して、ジャラづけしている大量のストラップの中から根本を掘り当て、汚れたウサギストラップを新たに加えた。
ほくほくとストラップの山を眺めて、そこで初めて疑問に思った。迷わずストレートに、くるりと振り返って訊く。
「ってか、あんた、なんであたしに毎回ものをくれるの?」
今、あたしの家には、こいつからもらった手紙入りの小瓶とMDがある。机の上に無造作に放っているだけだが、妙な存在感を感じるから部屋にいてもこの男の残像が頭に残ってしょうがない。ムカつくような、不思議なような。
男は少しだけ目を見ひらき、くっ、と顔をゆがませて笑った。
「俺も質問。どうして君は毎回俺のところに来るの?」
屈託のない瞳だった。あたしより年上に見えるのに。言葉に詰まると、男はさらにへらへら笑った。最初はその笑顔がただキモかっただけなのに、今じゃ妙に照れて、照れてしまう。
何か反論しようとしてぐわっと口を開けると、それより一歩早く男が言った。
「昨日、言ったよね。人との結びつきが腐って淘汰されていくのが怖いなら、またおいでって」
ああ、言ったね。
「つまり、そういうことだよ」
「は?」
怖いなら、またおいで。怖いなら、またおいで。怖いなら、またおいで。
昨日の彼の言葉が反芻される。
「まあいいさ。分からなくても別にいいんだし」
最後に男はそう言って、iPodを出して音楽を聴き始めた。かすかに音が漏れている。トトロの曲。今日はもうおしまい、と言いたげに。
あたしは携帯にぶらさがった新しいストラップを見た。新入りなのに、周りのどのストラップよりも汚れている。元持ち主がオコジョみたいなやつだから、こういうふわふわした小動物は妙に似合っている。外見はパンクだけど。
彼は音楽を聴きながら、何も言わずにゴテゴテした指輪が大量にはめられた手を振った。超笑顔。パンクだけど。
また泣きそうになって、あたしは手を振り返さず駈け出した。携帯を握りしめたまま、空で鳴り響く雷さまの太鼓の音から逃げるように。路地裏を抜けて繁華街に飛び出す頃には、ようやく明るい場所に出られた安心感よりも、まだダメなのか、という落胆の方が大きかった。


「とりあえずさ、入ってすぐにあるスパイダーマンじゃね?」
「えー、絶対混むってそこ。先に無難なバック・ドラフトとか、並びそうにないとこから消化していこうよ」
「それって出だしからテンション上がらなくない? やっぱドパーンとはじけていかなきゃだって」
修学旅行を来週に控えた我らが三年生。浮足立ったふわふわのムードは以前と変わらず、二時間目の公民を先生の好意でひとつ潰してもらえたあたしたちは、自由行動の話し合いとUSJでのアトラクションの順番決めにかかった。
四つくっつけた机をあたし、えっこ、ジュリー、内倉、美里ちゃんで囲み、ルーズリーフにUSJのアトラクションを全て書き、あっちに線ひきこっちに丸つけ、ああでもないこうでもないとディスカッションしていた。アトラクションの順番なんざ、その時の雰囲気で決めればいいのに。
事件を作った胡乱なメールが携帯に届いたのはそう思った時だった。
ヴーヴー、と地味に存在を主張している、スカートのポケットに入れた携帯。私は先生に見つからないように膝の上でそっとひらき、メールをチェックした。
『死ねゃブスビッチ
ヵレシかゎぃそー』
……知らないアドレス。アドレス帳には入っていない。
小学生の時、色々つまんないことでクラス中の女子から総スカンを食らい、似たようなメールをもらったことがあった。ズクンと心臓が跳ねる。私は無言で、無表情で携帯を閉じ、再びポケットにしまった。そして笑いなおし、USJのアトラクション談義に戻る。
しかし、その日の昼休みに届いた胡乱なメール、その二。
『今から屋上に来て』
差出人は、内倉。
この中学は珍しく屋上を解放しているが、あまり人は寄りつかない。学校の七不思議でもあるのかないのか。あたしはお弁当を広げることも忘れて、えっことジュリーに「ちょっと用事があるから」とことわって教室を飛び出した。
階段を三段飛ばしで駆け上がり、屋上のドアを開ける。とたん、ゴウと吹きつける強い風。ピンで軽くとめただけの髪が崩れそうになって、あたしは手で後頭部を押さえた。広く開放された屋上からは町全体が見渡せて、お昼ごはんには誰かお弁当を食べに来てもおかしくないのに生きているモノの匂いがしない。空気がなまぬるい。なまあたたかい。
あたしは屋上のフェンスに身を預けてこっちに手を上げている内倉に歩み寄った。彼の顔を目視できるようになった時、あたしは緊張で息をのんだ。
四メートルほど距離をおいて、あたしは内倉と対峙した。気まずい。相手は優しく笑ってるのに、あたしは不穏な空気を感じてそれ以上近づくことができなかった。
内倉はフェンスから背を離し、ほんの数歩前に進んで話し始めた。
「峰岸さん、急にごめんな」
「ううん、こんなのよくある話だから」あたしは必死で笑顔を作った。「それより、呼び出しといて本題ゼロってこたないっしょ? なんかあった?」
「おう」
内倉は照れ隠しのように頬を掻いて、少しだけ視線をそらした。気まずい。気まずい。気まずさマックスだ。
「……俺と、付き合ってくれねえか?」

胡乱なメール、その三。
午後の授業中に届いた、えっこからの暴言メール。
『春菜さぁ内倉に告られたってマジ?んでフったって?
調子こぃてんぢゃねぇょ 心友の好きな人ヵラの告白断るトヵどんだけゼイタクなんだょ
内倉のなにが不満なワケ??フリ逃げトヵぁたしにも内倉にも失礼だと思ゎねーの???
てか そんなんだカラ明良にもフられんぢゃんまぢ最悪!!!!』
静寂。
あたしは戦慄した。まさかずっと一緒にいた親友のえっこから、こんな罵詈雑言のメールが届くとは考えもしなかったからだ。心臓が一瞬で冷え、携帯を持つ手が小刻みに震えた。あたしは呆然とする頭を必死ではたらかせ、机の下で返信ボタンを押した。
『違うょ、内倉に馬路で失礼なコトゅゎれたカラ、ソッコーで嫌だっつったんだょ、ぁたしょりむしろ内倉が悪いんだし。ぁとでいちよう話すヵラ』
なんでこんなに刺々しいメールになったんだろう。多少なりとも腹が立っていたし、腑に落ちない部分がたくさんあるけれど、でも、あたしたちはとりあえず親友のはずなのに。もうちょっと優しい言い方をすればいいのに。
振り返るのが怖い。背後でえっこがあたしのメールを、怒りの形相で読んでいるのかと思うと。
えっこからの返信はすぐに来た。
『言ぃワヶなんか聞きたかなぃ モテ自慢トヵまぢキモぃし
タラしの心友なんかぃらなぃヵラもぉ絶交しょぅ
ケータイの裏のプリ剥がしてょ
内倉のコト悪くゆうんだったらアンタも許さなぃ
人のキモチ考えろょ裏切り者!!』
はあ、とため息をついた。最初にメールが来たときは身震いしたけど、二通目のメールを読んだら「もういいや」と脱力してしまい、携帯をぱちんと勢いよく閉じた。その音が、この空間のすべてを凌駕しているような気がする。
あたしは昼休みのことを回顧してみた。
「俺と、付き合ってくれねえか?」
内倉からの、唐突な告白。
あのあとたっぷり、互いに二十秒は固まっていたかも知れない。処理が追いつかない。言葉の解読に時間がかかる。いつからナローバンドになったんだ、あたしの頭。付き合ってくれねえか。付き合ってくれねえか。内倉の言葉が脳内でリピートされてうるさいうるさい。は? こいつ何言ってんの。
もう、完全にキョドってて何がなんだか分からなかった。つぶさに会話を想起できるのが悲しいけど。
「いや、あの、ってか、あたし彼氏いるから。知ってるでしょ? 明良」
「え、まだ?」
「はあ? まだって何、失敬な」
「だって、峰岸さんがまだ明良と付き合ってるって、知らなかった」
「ちょ、え、はあああ? 何それ超初耳すぎるんですけど」
「嘘だろ? だって、あんだけ噂になってんのに。峰岸と明良って結構仲良かったし、人脈内では知らない人いないでしょ。その二人が別れたってなれば、そりゃ情報もどんどんまわっていくって」
「ちょっとちょっと待って、どっからそんな情報リークしてきたわけ。あたしは明良と別れたつもりはないし、つーかそんな話すら出てないって」
「でも、昨日あたりから明良が自分でバラしてたぞ。峰岸さんと別れたって。そんで新しい彼女できたんだーってはしゃいでて。だから俺、当人の峰岸さんもそれを受け入れてイマダチに至るんだなーと思ってたんだけど……」
しかじか。
なっ、と変な声が口をついて出て、それ以降あたしは何も言えなくなった。明良が、あたしと別れたってみんなに吹聴してまわってんの? しかも、新しい彼女って何者? あたし、明良に別れるなんて言われてないし、言ってもないし、ついこないだまで一緒にデートしてたのに、手もつないだしキスもしたのに、エッチもしたのに、何? 何? わけわかんねえし。
混乱状態になってるあたしを、内倉は情け容赦なくたたみかけた。
「峰岸さんが、明良と別れたって聞いたからチャンスだと思って。ずっと好きだったけど、ダチの明良から彼女奪うなんてことしたくなかったから、遠くから見てただけだった。明良には新しい彼女ができたらしいけど、特に峰岸さんが別の男とひっついたっていう話は聞かないから、もしよかったら俺と付き合おうって提案したんだけど……」
その瞬間、私は内倉を叩いた。平手。バツンと思いのほかすごい音が鳴って、自分の手に鋭い痛みが走った。完全、カチキレ。全身全霊でキレていた。
「好きな女がフられたことをチャンスとか言うような脳ミソゆだった男、ソッコーで願い下げだっつーの! キモイから! マジ死ねよ!」
それ以来、内倉とは目も合わせない。同じ空気も吸いたくない。息、すんじゃねえよ。
あたしは再び携帯をひらき、どうせ読んでもらえないだろうなと思いながらえっこ宛てのメールを書いた。もう授業の内容なんてどうでもいい。今はそれどころじゃないんだ、あたしたちの青春。
『ぃぃょ、話聞く気なぃんだっタラもぅ何がぁってもぇっこの自己責任だカラ。ぁとで痛ぃ目みてもぁたしのせぃにしなぃでょね。ってヵぁんなチャラ男、二度とごめんだし。せぃぜぃ頑張ったら?』
携帯の電源を切り、机の横にかけている鞄の中に投げ入れた。
どうせ、もしあたしが内倉の告白を受け入れてたなら、えっこは「心友の好きな人だったら告白されても断るのが普通じゃない?」って言ったに違いない。
こんな疲れることが「人の気持ちを考える」とか「空気を読む」とか「普通」なら、人間やめたほうがマシです。

その日の放課後、いつものようにえっこが「一緒に帰ろう」と話しかけてくることはなかった。今日一日で数回「キモイ」「別れろ」「ビッチ」の類の差出人不明のメールが届いたが、あたしが明良に無言でフられたことをまだ知らないのだろうか。
あたしは無言で、ただ機械の作業のように淡々と鞄に荷物を詰め込み、教室を出て行った。いつの間にかクラスの女子からは総スカンを食らっていて、話しかけても誰も答えてくれなかった。深く考えれば分かることだ。クラスで数少ない彼氏持ちの女子がフられた挙句に親友の好きな人を叩いたとなれば、十分にイビリの対象になる。
ほんとに、面白くないことで盛り上がれるんだなあ。
えっこと絶交したというのに、気分はむしろ軽かった。今の現状が摩耗していくことを恐れて必死で背負っていた荷物が、ようやく肩からおろされたような感じがする。
誰もあたしを見ない。
あたしが内倉をビンタした噂はマッハで学校中を駆け巡り、それは百も千も尾ひれがついて悪いゴシップとなってあたしの友人たちにまんべんなく行き渡った。気がつけばみんな、あたしが話しかけてもふいと顔をそらし、他の子との会話に交じりに行ってしまう。えっこはもちろん、ジュリーも、内倉も、あの温厚な美里ちゃんも。文句のひとつでも言ってやろうかと思ったけど、そんなことをしても逆効果だと思うからやめた。
「てかさあ、春菜も春菜だよねー。なんで明良にふられたのか知らないけど、あんだけ毎日毎日、明良が明良がーってノロケてんの聞いてあげてたんだから、いい反省材料になったくない?」
「どうかな。春菜って失恋しても大してショック受けなさそうな感じするしさあ。真剣に付き合ってたのかどうかも微妙だし。ただ男欲しかっただけっぽいよね。別れてもすぐに吹っきれるとか、本当の恋したことないんじゃないの」
「とりま、明良を振り向かせた女ナイスじゃーん。KYカレシジマン猛々しい春菜をおとなしくさせるんだし、マジ最強みたいな」
聞こえよがしにぎゃはぎゃは笑ってあたしをイビる元友達を、一瞬だけ横目でにらんですぐにそらした。
あたしは携帯の電池パックに貼っていたえっことのプリクラをひっぺがした。粘着剤の跡がくっきり残ってしまって、それだけ長いこと貼ったままだったということがうかがえる。別に、あたしは大量のプリクラを眺めて安心したい友達中毒じゃないから、いいんだ。
靴箱でだらだらとスニーカーに履きかえ、鞄を漁って放課後用のアクセサリーケースを出す。髪を結っていたゴムをピンクのシュシュに変え、スカートを短く折る。誰を惹きたいってわけじゃないけど、どこかへ寄り道したいときはこうする。いつからスカートを折るようになったのか、記憶にないけど。
後味の悪い、鬱々した気分を抱えながら、あたしは靴箱を抜けて校舎の外へ出た。ひゅるり、と風が全身を撫でていく。なまあたたかく、夏の訪れを予感させる風。かぜ。いわかん。
……明良を、みた。
校門の近く、散ってまもない桜の下。かつて憧れたはずの背中に、別の女の子の後ろ姿が重なっていた。ふわふわに巻いた彼女の髪が消しゴムでぐしゃりと歪んだ。
下校する生徒で騒々しい校門で、綾音は明良の腕に手をまわし、楽しそうに笑っていた。他人が見ても一発でカップルだと分かるような、キモすぎる光景。誰もバカップルがイチャついてるとこなんざ見たくねえよ。
あたしは大勢の生徒でごったがえしている中を早足でくぐり抜け、明良と綾音に続いて校門を出た。若干遅い足取りで談笑しながら帰る二人。無意識に奥歯を噛みしめる。心臓が早鐘を打つ。手のひらが氷を握っているように冷たい。あたしは俯いて、何も言わず、黙ったまま明良の真後ろを歩いた。
「ねえねえ、明良あ。これからどっか行く? プリとか撮りに行こうよ」
「いいよ、どうせ帰ってもやることないし。どうせだからなんかスイーツでも食いに行こう」
「わーい! 明良だーい好きい! さっそく行こう行こう」
「つーか、いいのかよお前。最近女子にハブられてるっぽいじゃねえか。こんなことしてたら余計にイビられねえ?」
「いいのいいの。あたしが明良といるから嫉妬してるだけだって。明良モテるもんねえー。妬みだって知ってるから痛くもかゆくもないよーん! えへへ」
「立ちなおり早っ。人生楽しんでるなお前」
「てか、まだ春菜と別れてないの? 明良だけ別れたつもりでいても、春菜にちゃんと別れるって言ってなかったら、あの子はまだあんたと付き合ってるって勘違いするよ?」
「んー、いつかメールかなんかで言おうと思ってるんだけどさー、春菜も俺のことだいぶ避けてるみたいだし、もう自然消滅でもいっかなって」
「なにそれ、中途じゃなーい? さっさと別れなよ」
「どうせ春菜もあの調子じゃ俺のことなんかとっくに吹っきれてるだろうし、ほっときゃ勝手に別れることになるって」
あたしは三叉路で二人と別の方向を歩いた。歩いて、歩いて、駈け出した。

家に着くとすぐに自分の部屋に行き、鞄を床にたたきつけ、プリ帳とプリ缶を出してゴミ箱に捨て、サイン帳を捨て、携帯のアドレス帳にある同クラの女の子たちの名前をすべて削除し、プリ画を消し、写メを消し、えっことおそろのストラップを引きちぎり、ジュリーにもらったコンコルドとピアスをゴミ箱に捨て、とにかくクラスの女の子からもらったものを片っぱしから捨て、友情や恋愛を描いた少女漫画やケータイ小説をやぶり、自分のプロフサイトを退会し、友達と授業中に交換した大量の手紙をポーチごと捨て、写真のアルバムを捨て、誕生日プレゼントに明良にもらったぬいぐるみをハサミで切り裂き、明良にもらったネックレスをちぎり、明良と一緒に撮った写真をフォトスタンドごと床に叩きつけて割り、左手の薬指にはめられた明良とのペアリングを無理やりはずしてあけっぱなしの窓から豪快なスローイングで外界へ投げ捨てた。
打ちました! 打球は伸びていく伸びていくライト下がる下がる、ポール際どうだっ、入ったあ! サヨナラホームラン! 今シーズン第一号がサヨナラホームランとなりました峰岸選手!
あたしはベッドに突っ伏して、自分でも信じられないほど大きな声で泣き叫んだ。泣いちゃだめだ、泣いちゃだめだと言い聞かせても無駄だった。どうしてこんなに悲しいんだろう。最初から上っ面だけの友情で心友心友って連呼して、漫画や小説の真似をして純愛純愛って連呼して、ツヨイキズナデムスバレタユウジョウとかピュアデイチズナジュンアイとか、幻想だって分かってたのに、今になってどうして泣いてしまうんだろう。急になくしたものを求めて指先が虚空を掻いた。手持ち無沙汰。
あたしはどこにいたいんだろう。人工の光と見知らぬ通行人だらけの街と、冷え切った暗い路地裏。あたしは夕方になるまで泣き続けた。かつて空間を凌駕していた、ひだまり。


定期が改札機からぴょこんと飛び出すと、あたしはほんの一瞬だけそれを取るのをためらった。後ろがつっかえていたのですぐにそれを取って定期入れに戻す。
駅前は相変わらず赤みがかったネオンでギラギラとまぶしくて、電気代だけで総額どれぐらいだろう、なんてどうでもいいことを考えてしまった。この光がいつか、あたしをずぶずぶと奈落の底へ引きずりこむのかと考えると、全身の毛が逆立った。
あたしはゆっくりと歩き出した。繁華街のど真ん中を、大勢の人ごみにまぎれて。今までみたいに目も耳もふさいで駆け抜けていくことはしなかった。突き刺すような光。周囲からあたしを取りまく笑い声。煙草の匂い。酒の匂い。目を閉じたかったけど、我慢した。これがこの狭い世界の中心なんだと考えれば、ゲロを吐かずに済むような気がする。
ただ、歩いた。ゲーセンのうるさい音や、カラオケの勧誘の人の声、マックの強烈な匂い、酔ったおっさんたちの笑い声。じゅぷん、と一歩ずつ足がぬかるみにはまっていくよう。夜空だけが透き通っていた。真っ暗で深い海の底のような藍色をした空の下、黄土色の光が吹きだまりのように密集している繁華街。居酒屋とゲーセンとカラオケと。人ごみと人ごみと人ごみと。あたし、あたし、あたし。
――だって、あたしはもう、どこに行けばいいのか分からないし。
呼吸ができない閉塞感。あたしはグロスがかわきはじめた唇を強く噛んだ。ぴっ、と小さく唇に亀裂が走る。決して顔を上げずに、歩きながらポケットからリップを取り出して唇に塗りたくった。早足に、うつむきながら、ただひたすら歩いた。
どこまで行けば、あたしは自由になれるんだろう。
目印にしている打ちっぱなしのコンクリのビルが見えた。ちゃんと見たことがなかったので、半地下になっているライブハウスに気づかなかった。下り階段の入口にイーゼルに立てかけられた小さなキャンバスがあり、今日の出演バンドと営業時間がチョークで書かれてある。上を見上げるとおしゃれな形の窓が続き、美容院や日本料理店が入っている。
ライトアップされていないので少し薄暗く、黒く見えるそのビルと隣のまぶしいケータイショップの隙間に入った。少し歩けばもう光は届かない。散乱するゴミ袋とポリバケツと、誰かがたむろっていた跡の煙草の吸殻が転がっているだけ。空を見上げれば、夜空よりも手前に電線が立ちはだかる。あたしは無意識に「バックストリーツ・バック」を鼻歌で歌っていた。
少しずつ、少しずつ、海の底にもぐるように暗くなっていく。母親の胎内にいるような安心感と未知の世界へ踏み出す恐怖とが同居していて、怖かった。けれど、ここを抜けないとあいつに会えない。
あいつに、会えない。
誰も入らない小さな道。踏みいれられない小さな道。あたしはここにいるから、人の目に触れずにいられることに安心感を覚えるのだろうけど、光が届かないことに不安を感じてもいた。
ずんずん進んで、もう繁華街の光などひとすじも届かないほど奥まった場所まで来てしまった。そしてふと思い出す。どうして一番はじめに、あたしはこんなところに来たんだろうか。ふらふらと歩いて、歩いて、歩いた挙句たどりついたのがたまたまこの路地裏だったってことなのかな。
……そう、そこに「いる」んだ。
丁字路でくるりと曲がると、そこに、いるんだ。確かに。
ゴツい指輪やアクセサリーをジャラづけしていて、真っ白な髪で、パンクで、小動物のような目をしている男。その細く華奢な指で今日もiPodをくるくるとあやつり、音楽を食い漁る。大口をあけて、がぶりがぶりと。
打ちっぱなしのコンクリの壁に身を預け、地面に足を伸ばして座っているオコジョの青年。イヤホンを耳に突っとんで、目を閉じて音楽に没頭している。きゅっとすぼめられた唇が、今にもメロディーを奏でんとしている。
あたしに気づいた様子はない。イヤホンからはかすかにシャカシャカと音楽が漏れていて、相当な音量で聴いているのが分かる。聞こえない。聞こえていない。あたしの声が聞こえていない。気づいていない。すうっと意識が空中に溶けて核融合されそうな感じがする。いっそ原子力レベルで世界ごとドカンと一発ぶっとんでしまえばいいのに。バックミュージックはエアロスミスとかで。
音楽を聴き続ける青年に――叫びそうになった。
ここにいるんだよ、と。
「思春期お悩み相談室みたいなことは、趣味じゃないんだけどね」
あたしよりも先に、男が叫んだ。本当に、叫んだ。少し大きめのヴォリュームをもって。
男は静かにイヤホンをはずし、私を見上げて笑い「やあ」と言った。左手でiPodをとめて、シャコシャコうるさいイヤホンを黙らせる。
「いきなり叫んでごめんね。結構でかい音で聞いてたから、無意識に大声になっちゃった」
えへへ、なんて子供みたいに笑ってひらりひらりと手を振る。あたしは突っ立ったまま彼を見下ろして、見下ろして、じっと見ていた。
彼はiPodをそそくさとポケットにしまい、またいつものように笑って何か言いかけたが、その口は何かを語ろうとしてひらかれ、静止した。徐々にやわらかな笑顔がゆっくりと溶けるように消え、冷静に困惑している、という感じの不思議な表情に変わった。あたしは一瞬、硬直したまますくみあがってしまった。この男が無表情になることはあるけれど、悲哀や温情がなみなみ溜めこまれた視線で見つめられたのは初めてだった。
そして気づく。こいつははじめから、こんな目であたしを見ていたんだ、と。あたしが魯鈍だったから気づかなかったんだと。
やだ。あたしを見ないで。
蹴り飛ばしてやろうかと思ったが、その前に彼が言った。
「どうして泣いてるの?」
 ……何か、悲しいことでもあった?
しゅるり、とスカーフか何かが首元に巻きつけられたような感覚。再び冷却される心臓。無垢でまんまるな瞳を向けられると、拒否したくなる。親の優しさと同じぐらい、こいつの視線がウザい。
あたしはとっさに目元に手をやった。涙なんて流れていない。泣いてなんかいない。あたしは彼が言ってることが理解できず、何言ってんの? と口走りそうになった。が、その前に、彼がふわりとマシュマロのように笑う。
「泣くほど困惑する前に、君のその性格の悪さを露呈して、いっそ全部捨てちゃえばいいのに」
笑ったまま、そんなことを言った。無邪気だった。
残酷なこと、口走るなよ。
「あんたねえええ」あたしはとうとう叫んだ。「捨てられるなら最初から苦労しねえよ! バカ!」
「苦労? 一体なんのこと?」
「そりゃ説明してないから分からないだろうけどさ、あたしはあたしなりにあれこれ考えてどうにか現状をいいものにしようと躍起になってんのに、こんな腐った狭い世界でどれが本物でどれが嘘かも分かんないし、それでいて信じることが大事だとか誰かを思いやるとか気休め言われても全然納得いかねえんだよ。どうやったらあたしらに確かな幸せが約束されるのかとか、いつになれば本当に心から信じれる人やものが出てくるのかとか、そういうの攻略本みたいなのがあればいいのにってガチで思うし、ってかそれでも人生行き当たりばったりでも思いっきりバカやって楽しみたいっていう気持ちもあるし、もうわっけわかんねえ! 上辺だけの人間関係が嫌だけどそれが今のあたしたちにとって全てだし、すぐ壊れるようなもろい絆でも信じていかなきゃあたし自身が壊れんだよ! 矛盾してんだよ! 悪いかバーカ! 死ねよマジ! 消えろ!」
あたしはただ、アメリカ人のオーバーリアクションのように両手をばたつかせて、足が震えて倒れそうになりながら一息に訴えた。結局何が言いたいのか自分でも分からない。
分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。
えっこ。ジュリー。内倉。美里ちゃん。綾音。明良。波打ち際に作った砂の城のように、打ち寄せる海水に徐々に削りとられて崩れてゆく。最初からこうなることは分かってて砂の城を作ったのに、これまでは波が小さかったから不覚にも、錯覚していたのかも知れない。
だからって、どうして、あたしは、こんなワケの分かんないオコジョ男に文句ぶちまけてんだ、マジで。ああああ意味不明だし。何が怖いんだか何が大事なんだか何がどうでもいいんだか何が何が何が何が。一体あたしは何を信じて、何を見捨てればいいんだ、分からなさすぎる。
ぽろり、と涙がこぼれた。ぽろり。ぽろり。あとからどんどん頬を伝う涙の雫に、あたしはやけくそ交じりに手の甲で乱暴に拭った。カッコ悪い。なんであたし、泣いてんの。ほんと、どんだけ。
ひっ、としゃくりあげると同時に、男がおもむろに立ち上がった。そして、目元をこすっていたあたしの手を片手でつかみ、もう片手であたしの目元を指先でそっとなぞった。ひんやりと伝わる、彼の指の感触。
いつも地面に座っているからか、彼が立っているのを見るのは初めてだった。相変わらず鼻をすすりあげて泣くあたしを、男はやわらかい瞳で見下ろしていた。そんな目が嫌いだっていうのに、彼は視線を一瞬たりともそらさない。
ふうっ、と彼がため息をついた。息が顔にかかる。ミントのガムの匂いがした。
「君はまだ、生きてるって感じがする」
優しい瞳のまま、彼は言った。――世界から自分が消えてしまうのが怖いのは、俺も同じだよ。こんな暗い場所に居座っていながら、本当は君みたいに誰かが迷い込んできてくれることを、ね。
見上げながら話を聞くあたしの頭をぽんぽんと優しく叩く。涙はまだ止まらなかったけど、可燃物を見つけては燃え続けて絶えなかった火が、酸素を失ってゆっくりとその存在を忘れられようとしている。廃墟が、大きな川の流れに身を任せるようにすべって看過されてゆく。
――自分が嫌い。
ただ楽しければいい。今が幸せならそれでいい。そんな言葉が大好きで十五歳を謳歌しているけれど。自分で自分の目を潰してしまうより、今はまだこのままの方がマシかも知れない。
サツキのセリフが何度も繰り返される。
……メイのバカ、すぐ迷子になるくせに!
メイのバカ、すぐ迷子になるくせに!
あたしはまた泣きだしそうになるのを必死で堪えて、彼の大きな両手があたしの頬を包むのを拒まなかった。親指が頬を流れる涙を何度も拭ってくれる。
迷子になるぐらい、遠くまで走りたい。
長いことそうしていたかも知れない。あたしはそっと男の手から逃れ、指で目元をぬぐった。落ちたマスカラやアイラインが指の腹を黒く染める。多分、あたしの顔もひどいことになっているんだろう。
男はいつものにこにこ顔を取り戻し、「君に会えて嬉しかった」と言った。
「誰も来てくれないと思ってたよ。一生このままかと、怖かった」
彼は再び地面に腰を下ろし、ビルの壁にもたれかかった。静かに目を伏せたその表情は、穏やかだった。
「大事なものなんてね、誰にも分かるわけないんだよ。けど、本気になれたらどんな結末を迎えようと後悔はしないし、むしろ誇れるよ。だから、恋人にもお友達にも、素直に好きだって伝えたらいい。性格悪いなりに、好きに生きなよ。笑って死ぬために産まれたんだから」
iPodを取り出しながらそう語って、男は「以上、ありがたーい説教でございました」と締めくくった。イヤホンを耳に突っ込み、iPodの電源を入れる。会話、終了のサイン。あたしはそんな彼の動作をひとつひとつ見つめながら、立ち尽くしていた。
まだ、分からないことがたくさんある。知らないことがたくさんある。納得いかないことがたくさんある。ありすぎて、ありすぎて、潰れそうだよ、ねえちょっと。再び涙がこみあげてくるのを我慢して、あたしは震える唇でゆっくりと問いかけた。
「あんたには、大切なものがあるの」
男はiPodの画面をくるくるスクロールしていた手を止めた。オアシスのアルバムのところでカーソルが静止する。
彼はしばらく無言で微動だにせず、そしてあたしの方を向いているイヤホンを片方はずそうとして、やめた。口元が少しだけ緩んだような気がした。あたしは鞄のヒモをぎゅっと掴んだ。飛行機が上空を通過してゆく。小さくてはかない黄色い光が、僅かに点滅しながら空を滑空してゆく。大きなエンジン音がここまで聞こえてきて、あたしの鼓膜を優しく犯す。
「……帰るね」
イヤホンをはずそうとしない男にしびれを切らし、そう呟いて半歩後ろに下がった。
少しずつ、この場所が死んでゆく。路地裏ごと死んでゆく。いつかあたしの知らない土地で生まれ変わって、また別の女の子を受け入れるのだろう。そうなる前にあたしから引き下がらないと、巻きこまれてしまう。そんなわけの分からない恐怖にさいなまれ、再び半歩、下がる。
その時、男は顔をあげてあたしにいつもの笑顔を向けた。ふわっ、と。その一瞬、こいつがようやく人間らしく見えてしまった。
「しあわせになろう」


六回。
あたしはその後も、あの路地裏に足を運んだ。
メアドぐらい交換しておけばよかったと後悔することはなかった。そんなツールを使って連絡がとれるような相手に見えなかったからだ。なぜか。文明とはかけはなれた場所で生きてるようなやつだったから。それどころか、今にも猫バスに乗ってどこかへ行ってしまいそうなやつだったから。
繁華街の裏手、いつもの打ちっぱなしのビルとケータイショップの間の路地裏に駆け込んで、彼の姿を探した。けれど、場所ごと死んでしまったようにそこには生の気配がなくて、当然、彼もいなかった。まるでモノクロの写真を見ているかのように静止したままの路地裏。光の届かない、路地裏。
あたしのことなんだから、あたしなら何かを思い出せるはず。けれど、その時のあたしは、あたしのことを何も思い出せなかった。
夜の闇が町を包む頃、あたしは彼の姿を見つけられず引き返した。確かにあたしは困惑してあれこれ迷って視界が涙でにじんでいたはずだったのに、自分の見ていた景色の輪郭がはっきりしてきて、視界がクリアになった。そこにあるのは、ただ、自分とそれ以外。
真っ暗で汚い路地裏を歩いてゆくと、繁華街の光が少しずつ見えてきた。あたしが蹴った空き缶がまだ地面に転がっていた。壁と壁の間から少しだけ見える人の波をじっと見つめ、一瞬、進むのをためらった。黄色い光が僅かに差し込む、ぼんやりと明るい無秩序な路地裏。
もしかしたらあたしはここが一番呼吸しやすい場所なのかも、と思う。
あいつはいつもここにいた。ここにいて、真っ白な髪と派手な服装をして、うつろな瞳で寂しげに笑いながら、久石譲の音楽を聴いていた。そして迷い込んだあたしに向かって「やあ、また会えて嬉しいよ」とほほ笑んでいた。
卒業が、近い。
あたしはデータがからっぽの携帯を取り出し、ジャラづけしてあるストラップの中から薄汚いウサギを探り当てた。ウサギの耳を指先で優しく撫でて、小さいおなかをふにふにと押す。雑踏が近くなる。けれど、音がモノクロで聞こえる。あたしの部屋の勉強机には、手紙の入った小瓶と中身の分からないMDが放り出してある。いつか埃をかぶってしまうような小瓶やMDやウサギを手に取ってしまえばそれは、確かに、あたしが知っているものになるんだ。今はそれを確信している。
あたしはここにいるから、人の目に触れずにいられることに安心するのだろうけど、ここにも光が届いていることに気づかなかった。
雑居ビルの間で汚いウサギのストラップをいとおしそうにつつくあたしを見て、通行人がクスクス笑っている。けれどあたしは気にしなかった。携帯を鞄の中に放り込んで、あたしはまぶしくて目がくらんでしまいそうな繁華街のど真ん中に、目を閉じて飛び込んだ。
世界が、逆流をはじめていた。
2010-01-12 22:31:08公開 / 作者:アイ
■この作品の著作権はアイさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
十代の女の子の気持ちが上手に表現できれば、と思って書きました。
頭の中が15歳な20歳が書いた小説です。
この作品に対する感想 - 昇順
こんにちは! 羽堕です♪
 冒頭のオコジョみたいな男から、小瓶を渡されてどんな展開になっていくのかなと思ったら、友達との噂話、付きって四カ月の彼とは何だかすれ違ってる感じと、実際の所など私には分からないのですが、中学生女子の一つのスタイルとしては、あるんじゃないかなって思えました。そして、また出会った白髪の男からMDを受け取りと、どういう意味があるのかなって興味が出ました。
 修学旅行の班決めでは、春菜の気持ちがすごく良く出ていたように思います。少なからず口には出さなくても、そう思うんだろうなって、そして仲良くしている友達にだって、多少の不満は持つんだろうなと。そういう内面を実際の生活では、他人から感じたくないし、知りたくもないですけどねw 「友達でしょ?」って常套文句だけど、ああいう場だと、やっぱり怖いなって。
 そして自分でも分からずに、また男に会って知らない他人だからなのか、春菜は本音をだしてしまえているのかなって、ちょっと思ったり、それと強い繋がりのようなモノに憧れるのも分かる気もしました。そして、また不思議なウサギのストラップと、次は何だろう? とか想像してしまいます。やっぱり何か意味があるのかなと。
 春菜の学校での仮面のようなモノなんて、本当に一瞬で崩れ去っちゃうんだなって、だから余計に強い絆を求めていた気持ちが分かる気がしました。そして白い髪の男の前で泣いてしまうけど、男の言葉は春菜にしみたんじゃないかなと思いました。
 地の文の文頭一字分の字下げは、した方が読みやすいです。
であ次回作を楽しみにしています♪
2010-01-14 18:35:49【☆☆☆☆☆】羽堕
初めまして、こんにちは。
十代の少女の感情というものは実にストレスを感じるものです。これは個人的感慨によるもなので作品の感想になってませんが、でも、ストレスを感じた時点でそれがよく表れていたと思っていいのかな。
本来ならこんな感想書き込まないのですが、最後の方で、少女が気持ちぶちまけているところで泣いてしまったので、気持ちが分かってしまって何だかスッキリして……、それをお伝えしたかった。
所々に垣間見られる表現の良さが心地好く、最後の【世界が、逆流をはじめていた】はとても良かったです。
では、変な感想、失礼いたしました。
2010-01-15 19:21:55【☆☆☆☆☆】ミノタウロス
>羽堕さま
はじめまして!拙作読んでくださりありがとうございます。
現代の中学生の女の子が抱える悩みや問題をリアルに伝えたくて書きました。
とても繊細で傷つきやすい年ごろだからこそ書きがいがあって(笑)、同時にすごく難しかったです。
矛盾しながら揺れ動いてしまう思春期の気持ちをどう表現すべきか、そこに一番重点を置いていました。
一番嬉しい感想を本当にありがとうございました。
最初、オコジョさん(僕の中で彼はこうですw)を登場させるつもりはなかったんですが、何かの瞬間にふと入れたら結局なんだったんだあいつ?ってなキャラになってしまいました(笑)。
彼が何者だったのか吟味するのも、書き手としてとても楽しいです。
文頭の字下げはすっかり忘れていました。御指摘ありがとうございます。
今後とも精進してまいりますので、どうかよろしくお願いします!
2010-01-16 23:47:23【☆☆☆☆☆】アイ
>ミノタウロスさま
初めまして!読了頂きありがとうございました。
ストレスというか、思春期独特の感じですよね。結局は自分本位で、そのくせビビりで、けど自分が世界一の座にいるような気分でいる。
春菜が傷ついて傷ついて、それでも自分なりの生き方を模索していく姿を一生懸命書きましたので、本当に光栄です。
彼女の繊細さを感じ取っていただければ幸いです。
切磋琢磨し、また戻ってきたいと思う所存ですので、今後ともよろしくお願いいたします!
2010-01-16 23:49:34【☆☆☆☆☆】アイ
拝読しました.軽快でコミカルで,こういう文体は好きです.ただし,一点,「弁慶の泣き所」としたほうが,よいのでは?とも思いました.にっちもさっちもいかず,いろいろ抱えたこの年代特有の心情がよくでていたと思います.小瓶やMDのつかいかたもいいですね,中身が明らかにされないことに意味がある感じで.
2010-01-28 02:35:27【☆☆☆☆☆】一読者
>一読者さま
はじめまして!たいへん励みになるコメントをありがとうございます。
弁慶の泣き所については「そういえば!」と気づきました(汗)。普段「弁慶」と言ってばかりいるので、うっかり本来の言葉を忘れてしまうところでした。
日常の口癖とか、口語とか、小説では命取りですね。肝に命じて今後、じゅうぶんに注意します。
お楽しみいただければ幸いです。今後もさらに勉強してまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします!
2010-01-30 23:14:21【☆☆☆☆☆】アイ
作品を読ませていただきました。下らなくって陳腐な世界の中で些末な事柄に振り回される十代。その雰囲気を十分に堪能させていただきました。自分でも制御しきれない支離滅裂な感情を抱えた主人公が出会う世間と隔絶したようなおこじょ兄ちゃんの取り合わせが面白かったです。ただ、終わりの方は物語の展開を急ぎすぎていたような印象を受けました。もう少し溜を置いて主人公の感情が昇華されていくシーンを置いても良かったと思います。では、次回作品を期待しています。
2010-01-31 22:31:36【☆☆☆☆☆】甘木
計:0点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。