『戦場に響く鎮魂歌』作者:サル道 / ِE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
広大なバストニア大陸、大小文化の異なる国々がひしめき合う国々、幾度となく繰り返される戦乱。その中の一国、グイディシュ王国にユストニア公国が、鉱物資源の豊富なレルジアント地方に進攻を開始した。初戦を勝利で飾った王国軍の新任の大隊長リオデ・J・ネイドは、大隊の新たな任務である孤立した部隊の救出を命じられた。リオデはこの戦争の早期決着という志を持って、戦地に向かうのだが……。
全角82916.5文字
容量165833 bytes
原稿用紙約207.29枚
 空は澄みきった青一色で染め上げられ、地表を覆う雪は、真上から照らされる太陽の光をきらきらと反射していた。
 高地を覆う雪は雨期の手前にならなければ、溶けはしない。
 お粗末ではあるが気密性の高いレンガ造りの家々が、道を挟んで建ち並んでいた。
 太陽から降り注ぐ熱で溶け出した雪は、冷えきった夜に屋根の端で氷柱に姿を変えていく。その大小さまざまな氷柱は、家々の屋根にこびり付き、離れようとはしない。
 そんな中、村の少女は両手を広げて一人歩いていた。
「こんなに綺麗な青空、ひさしぶり」
 ついそんな独り言を放ってしまうほど、ここ最近は太陽と言うものを拝んではいなかった。曇り空ばかりで少女も飽き飽きしていた。
 春先の今はただやることなく、家畜のヤギと戯れることくらいが、村人の暇つぶしとなる。村の外にでることはなく、外界からは一切情報が入ってこない。
 春の終りから秋と短い期間で農作物を育てなくてはならない農民達の生活は、けして楽なものとは言いきれない。
 だが、今は特にやる事はない。一時の休息、それが冬からこの春の期間なのだ。
「今はこんな風にするのが一番かな」
 白い息と一緒に言葉を吐きながら、少女は青空を眺めた。
 まだもう暫くはこんな暇な時間が過ぎてゆくが、いずれはこの雪は溶けてまたいつかは過酷な農作業に従事するのだ。
 それもこれも全ては少女や村人たちが生きるために、必要なこと。
 村の端まで歩き終えた少女は、腕を空に向かい伸ばし背伸びをした。
「ん、あれは?」
 背伸びをする少女の目には、何かの群れがこの道に対して垂直に一列に並んでいるのが映っていた。遥か向うの丘の上、その統制された動きは野生の動物の動きではない。
 少女は目を凝らして、その何かの群れを見続けた。
「何かな……」
 丘の上から、白い雲の塊がゆっくりと現れ、その丘を影で覆う。それと同時にその何かの群れは、横一列の隊形を維持したまま丘を駆け出した。
「あれって……」
 少女は立ち止まっていたが、事態を飲み込んだ瞬間にその場を走り出した。まるで何かに脅えるようにして……。


?


 大隊の初戦を勝利に導いた隊の長、リオデ・J・ネイドは、高原に通じる道を前進していた。隊の錬度は確実に上がっている。
 岩と雪しかないこの険しい山道も、恐鳥であるグイと呼ばれる鳥を用いれば、容易に山越えができる。
 もともと高地にしか生息していなかったこの鳥は、体高はヒトより頭三つ分高い大きい鳥だ。黒い羽毛に身を包み、大きな黄色い嘴は、鉄の鎧をも噛み砕く。強靭な足はありとあらゆる道を走り抜けるだけの逞しさをもつ。
 そして何よりも一番の強みは、哺乳類にはない肺の器官の一部である気のうを持っており、高地でも長距離を走り続ける事ができることだ。馬では酸欠を起こしかねない高地でさえ、平気で走り続ける事ができるのは、この鳥の特権である。
 国土の約六〇パーセントが高地のグイディシュ王国には、グイは戦略的に見ても、とても貴重で強大な戦力となる。
 そんなグイは主人の操るとおりに足を進め続ける。
「リオデ大隊長、斥候隊の報告が入っております」
 リオデの補佐を勤めるティオ・マラドスがその銀色の髪の毛を、鬱陶しそうに首を振って掻き分けて彼女に言った。
「報告?」
 彼女は怪訝そうな表情を浮かべ、ティオを問いただす。
「はい」
「何かあったの?」
「この先に道の分岐点があると報告してきております」
 この報を聞いたリオデは、顎に手をやり考え込んだ。
 現在の目的は、国境を越えてレジルアントの高地に侵入したユストニア軍に包囲され、孤立している王国軍第1112山岳歩兵旅団所属の歩兵一個大隊の救出である。
 だが、リオデの部隊のおかれた状況は芳しくない。現地のガイドがいるわけでもなく、何より、自らの隊の正確な位置さえ手探りで探さなければならない状況なのである。
「ティオ、隊を二分して中隊にする。お前が一隊を率いて私とは反対の道に向かえ」
 当然と言えば当然の結果なのかもしれない。
 部隊を半分に分けて索敵能力をあげるが、代わりに戦闘能力の低下は免れない。
 今現在の状況を考えれば、それが最も的確な判断である。
 ガイドもなしに目的地に辿りつくことは、不可能ではないが相応の困難が伴う。
 第一に救出する部隊の位置も大まかにしか把握をしていない。
「一個の中隊の編制は四個騎兵小隊、二個歩兵小隊、装甲兵、銃兵をそれぞれ一個小隊だ」
「は、すぐに再編成を伝達します」
 リオデは考えをまとめて、すばやく行動に移した。
 この行動力こそ彼女の魅力であり、指揮官として見習われるところなのだ。
 山中で長い蛇のような隊列が足をとめ、再編成を伝達する。
 ものの数分で規則正しく並んでいた隊列は、バラバラに崩れて形をなくしていく。
「一刻も早くこの戦いを終わらせなくては……」
 兵士それぞれが上の命令で部隊を区分されていくさまを、リオデは眺めながら呟いていた。その決意に満ちた目の内には、初戦で見せた悲しみが渦巻いていたのを、ティオは見逃さなかった。
 ヘルメットからたれる赤く長い前髪から覗く青い目には、それがにじみ出ていた。
 ユストニア大公国による突然のレルジアント地方の侵攻、それは二十年前の時とはかなり違っていた。このレルジアント地方には豊富な鉱物資源が埋蔵されていて、それを目的にユストニア公国は侵攻してきている。
 ユストニア軍の兵力、戦況、どれをとっても前回行われたレルジアント戦争の時よりもユストニア軍が優勢だった。
 王国軍守備隊は次々と撃破され、敗走を余儀なくされて、ついには山岳地帯全域をユストニア軍に占領されていた。
 ユストニア軍はそこから更にレルジアントの深部に侵攻を開始し、山岳地帯の手前にあるタリボンの街を攻め落とそうと包囲していた。
 しかし、戦力を中央から増強したグイディシュ王国軍は、戦力を集中的にタリボンに向けて包囲を打ち破った。
 主戦力をタリボンに投入していたユストニア軍は、一時的に撤退、態勢を整えて平原での決戦を挑む。だが、延びきった補給線のせいで充分な状態にないまま、王国軍と決戦を迫られ、ユストニア軍は主戦力の殆どを失った。
 ユストニア軍は散り散りに敗走し、パワーバランスは逆転し、山岳にてゲリラ戦を強いられることになる。何よりもユストニア軍は侵攻スピードを上げるために、通り道にある主要都市しか占領しておらず、地方都市や小基地などは野放しとしている。
 しかし、今現在その状況も変わりつつある。
 ユストニア軍はタリボンの平原での敗走で、山岳地帯を完全に占領することに力を注ぎ始めたのだ。
 総合的な兵力では優勢な王国軍だが、山岳地帯のみでのパワーバランスは明らかにユストニア軍が上だった。
 そして、今もまだ山岳の地方守備隊はユストニア軍の猛攻を受けて疲弊していっている。
 守備隊が持ちこたえられるのも時間の問題だ。
 一刻も早くユストニア軍を王国領より追い出さなければならない。
 そのためには少なくとも、戦線を構築してユストニア軍主力の撃滅を確実なものにしなければならない。
 しかし、ユストニア軍との間には明確な戦線は張り巡らされず、小隊規模のユストニア軍と斥候部隊が、山岳の斜面で小競り合いを繰り広げる程度だ。戦況はこう着状態にある。
 その状況を打開すべく、リオデの大隊がこの山岳地帯に投入された。大隊規模での山岳地帯進入はリオデの部隊が初めてとなる。
「隊長、隊の再編成完了しました」
 ティオは彼女に対して、報告すると彼女はやんわりと答える。
「ご苦労、斥候の報告では南西に続く道と南東に続く道があったのだな?」
 ティオにそう確認すると、「はい」という元気の良い返事をする。
 彼女は少し考えてから、ティオに命令する。
「私の隊は南西に続く道を向かう、ティオは南東の道に向かえ」
 ティオはその言葉に小さく返事をし、率いる部隊に指示をだした。
 その目に迷いはなく、指揮官らしく顔付きも引き締まっている。
 だが、リオデにはそれが表面的なものと分かっていた。彼は実践を経験して間もない部隊を率いているのだ。
 いくら錬度が高くても、経験を積み重ねた隊にはとても勝ち目はない。
 もし、ユストニア軍の大部隊にでも遭遇したものならば、最悪の事態に陥る可能性も少なくはない。恐怖と言い知れぬ不安が彼らを襲っている。
 顔には決して出さないが、兵士達の出す雰囲気でリオデには全てが読み取れていた。
「全部隊、進め!」
 気迫のある号令でリオデは兵士達に命令した。
 まるで兵士達を激励するかのように……。


?


「リオデ隊長! 村です」
 一人の兵士が指を差して叫ぶ。リオデは指の指した方向に顔を向ける。その方角には道の脇に立ち並ぶ家屋が見えた。
 道を挟むようにして家屋立ち並んでいるが、丘の上からでは村の中まで見渡すことはできない。
「斥候隊を編成する。騎兵分隊は私の分隊に合流して村に向かう」
「隊長危険です。敵が占領している可能性があります」
 そばに付いていた階級の高い兵士のベルシアが、慌ててリオデを止めた。
 しかし、彼女自身、自らの目で確認しなければ気がすまない性の人間である。
「敵がいれば既に我々を発見しているはずだ。先手を取られていると考えて行動すれば、どうにかなる」
 ベルシアの忠告も聞き入れず、リオデはヘルメットを深く被り、ランスを握り締めていた。戦闘体勢は万全でいつでも出撃はできる。
 リオデの様子を見てベルシアはあきれ果てた後、全隊に戦闘隊形をとるように下命した。
 全ては彼女に何かがあってはいけないという心遣いと、もしもの時に即座に対応するためである。
 ベルシアの命令で銃兵隊は村に対して横列陣を作り、チャンバーに弾をこめた。これを使わない事を祈りつつ二列になり、一画を斥候隊が出られるように開ける。
 その間をリオデ達が駆け抜けていった。
 着々と戦闘隊形に移行していく隊は、一糸乱れぬ動きを見せている。普段の訓練と指揮系統が整備されているからこその賜物ともいえる。
 一気に迫り来る村にリオデは目を見開いて、歯を食い縛っていた。
 グイのスピードにではなく、そこに見えたモノに対してだ。
「戦線がないってのは、本当みたいね……」
 リオデはそう呟いて村の前に立つカーキ色の軍服を身につけた兵士を見つめた。
 彼女らを発見した兵士は、慌てて村の方へと駆けていく。
「隊長! あの村は……」
「分かってる! すぐに撤退したいけど、相手の戦力を見極める事に意味があるのよ」
 リオデの言葉に戸惑いつつも、横についていた兵士は、手に収まるランスの柄を握り締めた。彼女自身村に突入をするような真似はしないつもりでいる。だが、それも時と場合を選ばなければならない。
 占領された村にたった一五騎で突入したところで、結果は見えている。
 だが、今のような状況では別だ。
 村の家屋は道を挟むようにあり、敵の正確な数は分からない。その上、村の家屋の細かな配置を知っているのと、知らないのでは後の戦闘で効果は大きく違ってくる。何よりも彼女を突入に駆り立てたのは、敵兵士の配置がおかしかったからだ。
 ユストニア兵の歩哨の配置は、村の入り口に一人だけと言うものだった。
 普通なら最低でも2人を歩哨に立たせて、その後ろに戦闘要員を十名は配置して、奇襲に備えておくものだ。戦時ならばなおさらのことなのだが、村の入り口にはたった一人しか兵士が配置されていない。
(何かがおかしい……)
 リオデはそう思いつつ先頭に出て行き、三個分隊を先導し、村の中に入り込んでいった。
 村の道には数名のユストニア兵が、鎧も着けずに剣を持って闊歩していた。
 その兵士を標的としてとらえたリオデは、急速に接近しランスの刃を突き立てる。
 呆気にとられたまま横たえるユストニア兵、その側にいた兵士も次々と悲鳴を上げる間もなく倒される。
 リオデ達は周囲を見渡して、村の道を制圧したことを確認する。
 村の家屋は約70戸ほど、道には馬が繋がれてはいるものの、兵士の姿は確認できない。
 村にユストニア軍が駐留しているのは確かだが、肝心のユストニア軍の兵士が見当たらないのだ。
 しかし、あまり長居をすると、命をとられかねない。
「よし、村の配置も掴んだ。撤収!」
 男口調でリオデは分隊の人間に言い聞かせる。
 その姿に女を感じるものはおらず、素直に従って来た道を戻りだした。
 最後尾を勤めているのは、もちろんリオデだ。
 彼女は規格を逸脱した指揮官である。部隊の最高指揮官でありながら、戦場の第一線に常に立ち兵士達を先導する。そのためか、当初、隊では不思議がる兵士達で溢れていた。
 しかし、彼女の真直ぐな戦いにかける思いと部下達への気遣いを汲み取って、今では指揮官として信頼されている。
 若い女性でありながら指揮官でいられるのは、そのおかげといえる。
 リオデ達の帰りを待っていた中隊は、村から無事に帰還する一行を見て安堵の溜息をついていた。
「すぐにでも突入体制をとっておけ、ケイルは銃兵3個分隊を連れて村の西側に回れ。本隊が射撃を開始したらそれが合図だ。村から出たユストニア軍兵士を撃って撃って撃ちまくれ」
 ベルシアは命令を下し、そして素早く隊形を村の地形に合うように配置していく。
 そして銃兵隊の縦列を前にベルシアは腰にあったサーベルを抜いた。
 それと同時にリオデ達斥候部隊も中隊に帰還する。
「あんまり冷汗をかかせないでほしいもんです」
 帰還してきたリオデにベルシアは一言声をかけると、彼女はヘルメットを脱いで笑みを浮かべていた。
「指揮官が前に出なくちゃ、誰もついて来てはくれないわ」
 ベルシアに見せた笑顔は、とても爽やかなものであった。しかし、それが彼女が一時的に緊張から解き放たれ、また、すぐに緊張状態に入らなければならない一時のものであることを、ベルシアは理解していた。
「ケイル達を村の西に配置しました。必要とあれば騎兵隊も一個小隊ばかり配置しておきますが、どうします?」
「そうね。頼むわ」
 即決したリオデに、ベルシアは騎兵隊の小隊長に西側に移動するように命令を下す。
「敵の様子はどうです? 見た感じでは大したことなさそうですが」
 ベルシアの問いにリオデは真顔になって答える。
「村で歩哨を立ててはいたけど、おかしなことに敵が殆んど村に見当たらなかった」
 怪訝な表情を浮かべるベルシアは、リオデにきいた。
「敵の数はそんなに多くないってことですかね?」
「そうなるだろうね……」
 リオデはそういって西側に配置についた部隊を見てから、ベルシアに言う。
「攻撃を開始するわ」
 リオデはそう言うなり、整然と並んでいる部下たちの前を、ノヘルメットを抱えたまま颯爽とグイで駆けていく。そして、部隊の隊列中央前に来ると、グイの手綱を引いて、立ち止まる。
 その堂々たる勇姿と、戦場に似つかわしくない美しい容姿を、部下たちは息を飲んで見守っていた。
「皆聞け! 敵ユストニア軍の一団があの村を占拠している。諸君らの同胞が、あの村では助けを待っている。心してかかれ!」
 リオデはその場でサーベルを抜いて、そのサーベルを雲に届かんばかりに振り上げる。それと同時に兵士達の雄叫びが、雪原の広がる丘陵地帯に響き渡った。
 リオデは銃兵隊の後ろに待機している騎兵隊の方へとグイを進めた。
 それを見てベルシアはサーベルを抜いて、横列隊系をとる銃兵隊の横に出た。
「射撃用意!」
 ベルシアは声高らかに叫ぶ。すると横列の銃兵隊の前列に位置する兵士達は膝を付いて長銃を前に構えた。
 後列はその後ろで、直立姿勢のまま銃を突き出している。
「威嚇射撃の後、すぐに騎兵隊で突入する。騎兵隊は私に続け!」
 リオデの一言にベルシアは目で銃兵隊の横列を確認した。
 ベルシアはサーベルを空に向かって振り上げる。
「構え!」
 ベルシアの声に一斉に銃兵達は銃を構える。かちゃかちゃという銃とスリングを繋ぐ金具の音が響き、緊張感が高まる。
「撃て!」
 ベルシアは大きな声を発して、サーベルを振り下ろす。
 白色の発砲煙が一斉に舞い上がり、それと共に硝煙の匂いが立ち込める。
「次弾装填、構え」
 ベルシアの声でボルト式の銃から、一斉に空薬莢が地面に転がっていく。
 そして、再び銃兵達は銃を構えて村に向かって銃を構える。
「撃て!」
 轟音が雪原を覆い、その行為が二、三度、間を置かずに繰り返された。
「全部隊、突撃用意! 銃兵隊は着剣!」
 威嚇射撃を終えた銃兵隊は、ベルシアの号令で小銃に銃剣を装着する。
「騎兵隊の突撃を優先させろ! ベルシア!」
 リオデの怒号が響き、ベルシアはすぐに命令を下す。
「銃兵隊は、騎兵隊に道を開けろ!」
 騎兵隊の前に展開する銃兵隊が道をはけて、騎兵隊が突撃するのには充分な幅を開ける。
 そこでリオデは大声で叫んだ。
「騎兵隊は私に続け!」
 リオデは勢いよくグイの胸元に蹴りを入れて、全力でその場からグイを駆けださせた。
 高原を覆う雪は馬の蹄により抉り取られ、茶色の地面が肌蹴ていた。
 その上を恐鳥達が縦列を維持して土埃を蹴り上げて疾走していく。
 白い雲が空を覆い、雲の影の下となるこの薄暗い高原は荒れ果て、大地を露呈させていた。騎兵達はその大地の上を、ランスを片手にグイにまたがり疾走していく。
 黒い羽毛を全身にまとい、主人の騎手を乗せ全力で走るグイ達は、黄色い嘴を前に突き出して村に向かう。
 村の入り口にいるユストニア兵が弓で騎兵たちに応射してきている。先ほどの奇襲に気付いた者なのだろう。
 放たれた矢は無情にも、リオデ達のはるか手前で地に吸い込まれていた。
 リオデには最後の抵抗にしてはあまりにも虚しすぎるように感じられた。だが、感傷に浸っている暇はない。
 村の玄関口である農具を収める小さな家屋が、騎兵隊の目の前まで迫ってきていた。
 リオデの眼前にはユストニア軍の歩兵が、チェーンのついたメイスを振るい、待ち受けている。
 彼女は手に持つ鋭く尖った矛先を、皮とチェーンで編まれたレジストを着るユストニア軍兵士に向ける。
 怯むことなく兵士はメイスを振るって走ってくるが、武器のリーチは騎兵隊のランスには及ばない。
 ランスの刃がユストニア軍の兵士を貫き、その場に彼を這い蹲らせた。
 その上を騎兵達は容赦なく踏みつけて走り抜けていく。
 小屋の横を通りすぎ、騎兵達は雄叫びをあげながら、一斉に村へと雪崩れ込む。
 高原ではありふれた村の形、道沿いに家屋が並び、外れた場所に教会がたっている。
 この形態の村が騎兵隊には地獄に向かわせることを連想させた。
 家屋からはこちらの姿が丸見えだが、こちらからは相手を目視する事は限りなく困難な作業となるのだ。それによって発生するのが待ち伏せである。
 だが、この村ではその心配がなかった。
 先ほどの偵察の結果とあわせ、村の家屋からは装備の整っていない兵士が大慌てで走って出てきていたのだ。
 奇襲をかけられ、うろたえているさまがリオデ達には手に取るようにわかった。
 剣を握る事すらせずに逃げ惑うユストニア兵達を、後ろからランスで突き刺す事はいともたやすい事だ。
 村の中をまるで家畜でも殺すかのように、騎兵たちは次々とユストニア兵を突き殺していく。決着はあっさりとついた。
 ものの数分で、家屋からは逃げ遅れたユストニア兵が、戦意を喪失し肩を落として出てくる。しかし、降伏をしたわけでもない。何より相手は兵士である。
 容赦なく騎兵達は彼らに槍を突き立てた。
 その地獄のような光景を目の当たりにして、ようやく敵兵士達は降伏を表し、両手を上げる。数十名のユストニア兵の死体が道に転がり、その凄惨たる状況をものがたっていた。
 力なく横たわる兵士達の中には、瀕死の者もいるが、今は構ってはいられない。
「被害報告!」
リオデは決着がついたと見ると素早く部下に命令する。
「報告! こちらの被害はなし! 引き続き村の中の掃討に移行します」
 部下の声にゆっくりと頷くと、リオデはグイより地面に降り立った。
 辺りに響き渡る音はユストニア兵のうめき声と、王国軍兵士の、味気ない勝利に対する落胆の溜息だけだった。
 リオデはグイをおりて改めて周りを見回す。
 レンガと木を組み合わせて作られたお粗末な家、屋根には藁葺(わらぶき)が被せられ、ここが農村ということを思い起こさせられる。
 そんな家々が山道を挟み、永遠と立ち並んでいる。
 リオデはその山道の真ん中で、疑問を抱いていた。
 ここに突入してから、村の人間が全く見当たらないのだ。
 嫌な予感が彼女の頭を過ぎては消えていく。
 彼女はいても立ってもいられずに、部下にグイの手綱を渡して、身の危険を顧みず目の前の家屋に足を進めた。
 目の前の一軒の家は、ユストニア兵が服さえ着ずに飛び出てきた家屋である。
 それがどうしても彼女の頭を離れずにいた。
 なぜ兵士が剣も鎧も着ずに下着、しかも裸に近い格好で飛び出してきたのか、疑問が残る。今は昼下がりだ、それ故に休憩をとるにしても、少なくとも装備は整っているはずである。リオデは一抹の不安を抱きながら一歩家に足を踏み入れた。
 その瞬間に彼女の背筋に寒気が走った。
 嫌な空気が彼女の鼻と肌を通して漂ってきたのだ。
 かつて経験しことがないような異様な空気を漂わせるこの家は、彼女の予感が当たっていた事を証明することになる。
 一歩、また一歩と足を踏み入れるにつれて、血生臭さが濃くなってゆく。
 決して広くはない家、何室かに区分けされた防寒には強い家の一室、そこに足が吸い寄せられるように歩みだす。
 リオデの中で誰かが呼びかける「開けてはだめ」と、しかし彼女は腰のサーベルの柄を握り締め、そのドアノブに手をかけた。
 決して開けてはならない箱、それをリオデは開けた。
 部屋の中には老夫婦と中年夫婦、そしてその子供と思われる少年が、服をひん剥かれ、どす黒い赤色に染まり、倒れていた。
 薄暗い部屋は血で染まり、小さな窓からわずかに洩れ出る光を、その血で濡れた床は鈍く反射していた。
 慈悲という言葉がないというのを、この時ほど彼女は思い知らされた事はなかった。老若男女、この家に住んでいたと思われる住人は殺害されていたのだ。
 子供であろうと容赦はなく、転がる村人の死体は服を剥ぎ取られた上に、両手両足を縛られ、自由を奪われたうえで殺されている。
 体のあちらこちらにあざが残り、無造作に重なれられた死体に、安堵の表情などはない。
 苦しみに満ちた表情のまま、放置されているのだ。
 死後それほどに時間はたっていない。
 吐き気と共に怒り、憎しみ、悔しさ、悲しさ、そして苦しさが同時にリオデの胸の内には沸きあがり、全てをその場に吐き捨てたくなった。
「酷い、酷すぎる。あんまりよ……」
 リオデの中で様々な感情が渦巻き、出す言葉がなくなる。
 彼女はその部屋に背を向けて、頭を押さえながら歩き出した。
 だが、完全に探索し終わった訳ではないことを思い出し、彼女は正気を取り戻して再び残りの部屋にも足を踏み入れた。
 そう広くはない一室にはまだ温かい食事が用意され、もう一室は生活感のない薄暗い寝室が息を潜めていた。
 どの部屋にも異常はないようにも見える。
 だが、リオデが薄暗い寝室のドアを閉めようとしたとき、部屋の奥で何かの物音がした。
 何か硬いものが、ゆっくりと木の板を静かに叩く音、その僅かな音を聞き逃さずに、リオデは音の方に振り向き、素早く身構えた。
 ユストニア兵が自分の近くに潜んでいる。そう直感的に感じたのも束の間、ベッドの横の陰から何かが飛び出てきた。
 それを予期していたリオデは、目の前までせまる鈍く光る刃と人の影を確認した。
 身をかわすことなく、その刃が握られている腕をとり腹部に刃が刺さる前で受け止める。
 その時には既に互いの顔を視認できる距離になり、もみ合いとなっていた。
 相手は男のユストニア人、鍛えられているとはいえリオデも女性であり、なおかつ、華奢な体つき、揉みあいとなれば力ではどう足掻いても敵わない。
 当然のごとくリオデは力負けし、ユストニア兵の力で押し倒される。
 彼女は凄味をきかせて睨み付けるが、男は表情を変えることなく刃を持つ腕に力を入れていく。
 リオデの右腕が床に着き、足で押さえられた時に男の刃は止まり、あいたもう一方の手で、彼女の両腕を床につけるようにしていた。
 男はリオデの上に馬乗りになり、両腕を右手で押さえつけて自由を完全に奪った。
「ほほう、これが噂の女士官か……」
 今まで表情一つ変えなかった男は、不気味な笑みを浮かべた。
 意味深に唸り、そして言ったのだ。
「女士官か……」と。
 男の手に力が入り、リオデの両手首を圧迫し、彼女の表情を徐々に歪ませていく。
 その表情の変わりようを、男は笑みを浮かべて見つめている。
「この豚野郎」
 睨みを効かせてリオデは言うが、今の体勢では男を喜ばせているに過ぎなかった。
「どうしてやろうか……」
 ニヤつく男は短刀を、リオデの首筋を沿わせて、こわばるリオデの表情と反応を楽しんでいた。
「そうやって、この家の住人も殺していったの?」
 彼女の言葉に男は一瞬動きを止めたが、すぐに笑みを取り戻して言った。
「そうだな。家族一人一人を、娘の目の前で殺していったさ、両親は悶えて死ぬ直前まで懇願していたよ、子どもだけは助けてくれ……とな」
 それを聞いた瞬間に、リオデの全身に鳥肌が走っていた。
「この下衆野郎!」
 部屋に響き渡るリオデの声は、殺気と怒気を帯びていた。
 今彼女の目の前にいる男は、この惨劇を引き起こした張本人なのだ。
 リオデの内に憤怒がこみ上げてくるが、この状態ではどうする事もできない。
 彼女はそれを思うと余計に腹痒く、どうしてもこの男だけは自分の手で殺したいという思いが胸の内から湧き出してきた。
 そのせいか、彼女の表情は険しくなり、睨みつける目にも殺気が帯びてくる。この状況に男は満足しているらしく、満面の笑みを浮かべていた。
 しかし、このような状況も長くは続かなかった。
 突如、男の隠れていた所から、女性の悲鳴にも似た奇声が発せられたのだ。
 男はそれに驚き、後ろを振り向こうとしたが、それよりも早くに男の頭が何かで殴られ、衝撃で揺らいでいた。
 力を失って、男はリオデの方に倒れ込んでくる。彼女はそれを、自由になった腕で素早く支え、乱暴に押しのける。
 男をのけてリオデの視界に入ったのは、肩を大きく上下させて息をし、手に陶器の花瓶をもつ少女だった。
 下着姿の少女は、ユストニア兵に乱暴された後だったのか、前だったのかは分からない。
 ただ、この家の住人である事は分かった。
 見かけからして十四、五の少女ではあるが、陶器の花瓶には血がつき、力強く殴った事だけはリオデにも分かった。
 少女は暫く肩を激しく上下させながら息をしていた。
 だが、時間がたつにつれ、落ち着きを取り戻していく。それに伴って腕は力を失っていき、最後には手からも握力が奪われたのか、花瓶を放して床に落とした。
 花瓶は床に乾いた音を響かせて、リオデの足元に転がった。
 リオデは呆然と少女を見つめていたが、男の呻き声で自分の置かれた状況に気付いた。
 その場で立ち上がり、サーベルを拾い上げて男に止めを刺そうと、剣先を男に向ける。
「隊長! 勝手に動かないでください!」
 だが同時にベルシアが、慌てて部屋に入ってきてその行為を止める。
 彼女は口惜しそうにベルシアを見たあと、サーベルを腰にしまう。
「すまない」
 リオデは一言だけ謝ると、床に転がるシャツとパンツ姿のユストニア兵を家から出すように命令する。
 その命令に従い、ベルシアは部下を数名呼び寄せ、敵兵士を運び出していった。
「もう大丈夫よ」
 リオデは下着姿の少女にゆっくりと歩み寄り、肩に手を回して優しく言葉をかけた。
 しかし、少女はその表情を変えることなく、呆然と立ち尽くしていた。
 それも当然のことだろう。家族を皆殺しにされ、その上、それを実行した者に乱暴をされていたのだ。
 リオデは質素なベッドの上にあるシーツをとり、少女の肩にやさしくかける。
 それと同時に少女は彼女に顔を向けた。
 その目は光を失い、どこに焦点が向けられているのか分からない。
「ごめん、ごめんね……」
 リオデは自然とその言葉を口にしていた。
 もう少し自分が早く来ていていれば、こんな事にはならなかったかもしれない。リオデはそう思うと、胸が張り裂けそうになる。
 彼女はそっと少女の頭に手をのせて、綺麗な黒色の髪の毛をなでる。
 それに対して、少女は初めて反応を見せた。
 口をわなわなと震わせ、目からはすっと水滴が流れ落ちる。
 そして、少女はその場に膝を床につけて、声を押し殺して泣き始めた。
 まだ敵がここにいるかもしれないという恐怖が、少女からは抜け出ていないのだ。
 リオデはその少女を、歯を噛み締めながら強く抱きしめていた。
 強く、強く、とにかく、強く抱きしめた。


?


「ここらにいるユストニア兵を、全て生け捕りにしろ」
 そうリオデは力強く言い放った。
 村の惨状は凄惨を極めた。
 四百人近くいた村人のうち、生き残った人々は七十あまり、それも少女や少年が目立っている。
 ユストニア軍の一部隊の行いであるのは明らかだった。
 だが、捕虜にした兵士はどれも階級の低い兵士ばかりで、指揮官クラスの兵士はいない。
 そのため、村に部隊を駐留させ、騎兵隊で追撃部隊を編成、先に逃げたと思われる指揮官を捕まえに向かわせたのだ。
「この村は、もうダメね」
 村から出て行く騎兵隊を見つめながら、リオデはそっと呟いてうつむいた。
 そして、村のはずれで穴掘りに従事させられる捕虜達に視線を向けた。
「この償いはしてもらう……」
 無事、捕虜として生きながらえているユストニア兵の数も、ニ、三十人程度、高原の柔らかな土に穴を掘っている。
 その他のユストニア兵は敵前逃亡、あるいは村の中で息絶えている。
「あの……」
 グイの横に立つリオデに、小さな声がかかって彼女はその声のした方を向いた。
 そこにはこの村の少女が立ち、くもりのない瞳で彼女を見つめていた。
 リオデが顔を向けると一瞬表情を強張らせたが、すぐに表情を元に戻し、彼女を見つめ続ける。
「何か用でも?」
 優しく答えるリオデに対して、少女は真剣な面持ちになり、リオデもまたそれに答えるように真直ぐな視線を送る。
「私をガイド役として連れて行って下さい」
 少女の思いもかけない頼みに、リオデは戸惑いを隠せずに言う。
「私達がいつも戦いに勝つとは限らないのよ」
 その言葉に怯むことなく、少女はリオデに対して真っ直ぐな視線を向けて言う。
「一緒に連れて行ってください! ガイドがいないのは知っているんです」
 リオデはこの言葉に、頭を抱えたくなった。おそらくは兵士が「ガイドがいない」と愚痴をこぼしているのを聞いたのだろう。
 村に入る前に口止めをしておくべきであったと、後悔しつつリオデは少女を見つめる。
 少女の目には真直ぐと、くもりない青い瞳が煌々と輝いていた。
 その目を見て、リオデは少女を問いただす。
「あなたは、なぜ私達と行きたいというの?」
「私は……」
 リオデの問いに答えようとするが、そう言ったきりに少女は黙り込んでしまった。
「ユストニア人に対する復讐?」
 リオデの一言に肩をびくりと震わせ、少女は地面を見つめて何も喋らなくなってしまった。リオデが言った一言は、少女の真意をついていた。
 自分の村が破壊の限りを尽くされ、多くの家族同然であった村人を失ったのだ。
 当然の気持ちである。
「私は少しでも、あいつらに復讐ができるなら……なんでも協力したい」
 少女は「だから……」と語尾を弱めて言うと、今にも泣き出しそうになる。だが、目を潤ませるだけで、涙は流さなかった。
 そこからも少女の決意の固さが窺えた。
(強い娘ね)
 リオデは感心しつつも、突きつけられた現実を少女に容赦なく、突きつけることをあえて選んだ。
「私怨だけでね、あなたを選ぶわけにはいかないの。だから……あなたは連れてはいけない」
 リオデの言葉に再び下を向いて、少女は何かを考え込んだ。
「それは分かっています。ガイドは少しでもその地に詳しいほうが、危険が少なくて済むんですよね。だったら、私を連れて行ってください。幼い頃からずっと父に連れられて、この山で狩りをしてきましたから、ここらは私の庭の様なものなんです」
 少女の言葉にまたしても、リオデは頭を抱えたくなる衝動に駆られる。
 いまこの村は壊滅的被害をこうむり、男手は数少ない貴重な存在となっている。
 そんな中から、ガイドを引き抜くのも、気の引けるものであり、頼みにくいものなのだ。
 まして、ガイドは戦う前に予め用意しておくもの、軍の失態をこの村に押し付けるようで、とてもこの村からはガイドを取れるものではない。
 だが、少女の方から名乗り出てきたのだ。それでなお、ガイドとしての資質は申し分ない。要するに断る理由がないのだ。
「まずは、今の村の責任者に聞かないといけないわ、それが筋というものよ」
 リオデは真剣な面持ちで少女に言って聞かせると、少女は相変わらずの表情を顔に浮かべて言う。
「もう、許可は取っています……」
 リオデは踏み出した足を止めて、少女を見つめた。
(抜け目のない娘ね……)
 彼女はそう思わずにはいられなかった。それも仕方のない事だ。
「でも、私はその責任者に会う義務があるわ」
 リオデはそういうと、村の責任者である村長のもとに足を向けた。
 幸いな事に、この村の村長は生き残っている。村に突入した後に、リオデは村長と面会し、お礼を言われているのだ。
 その代わりに村に部隊を駐留させる事を取り付けた。村長はそれを快く受け入れてくれた。リオデは村の入り口に立つ、中年の男に話しかける。
 それに反応し、男は顔を彼女のほうへゆっくりと向けた。
 村長としては若い方だろう。初老を向かえる前に、村の長になるものは少ない。
「来ると思って待っていましたよ」
 遠くを見つめる村長は、リオデ達が来た丘の方角を見つめ続けていた。
「そう言われるのでしたら、話は早いですね……」
 リオデは後ろにいる少女を一度見た後、再び村長を見た。
 彼はリオデに背を向けたまま、喋りだす。
「アリナのことですか、彼女のことなら気にせずに連れて行ってください。今村で一番ここらの地理に詳しいのは彼女ですから……そして何より、彼女はそれを望んでいます」
 リオデの希望しない答えに三度、頭を抱えたくなる衝動に駆られた。
 彼女が予想していた返答とはいえ、一人の少女をガイドとして連れて行くのだ。
 他の成人した男のガイドを付けてくれる。悪くて、ガイドなしの答えをリオデは望んでいたのだ。だが、彼女の願いも虚しく、少女の言うとおりに、少女をガイドとして付けろというのだ。
「しかし……。それでは私達は示しがつきません。我々軍の失態を貴方がたに圧し付けているみたいじゃないですか。それに彼女は子ども、しかも女です」
 反論されるのは本より覚悟の上で、リオデは村長にありったけの意見を述べた。
「隊長さん、あなたは勘違いされておる。これは少女一人の意思だけではないのです。これは村全体の意思でもあるのです。それに先ほども述べましたが、地理に詳しい男達はもう残っておらんのです」
 彼は暗い表情を浮かべた後、リオデの方を真直ぐと見て、念を押すように言う。
「それに、あなたも女性ではありませんか……。アリナ一人を男共の中に渡すのではないのです。あなたのような美しい女性が側にいてくれるなら、アリナも安心です」
 リオデは額に手をやって、地面を見つめた。
 そして、今初めて、リオデは自分が女である事を心の底から恨んだ。
 自分が女であるがために、少女の命を危険に曝してしまったようなものである。だが、リオデのなかに反論する言葉は、何一つとして見つからなかった。
 暫く沈黙したあと、リオデは決心して、真剣な顔付きで村長を見て言う。
「分かりました。責任を持って、必ず村にお返しします」
 その顔に女を感じさせるものはなく、一人の信念を持つ人間が立っていた事を、村長は感じ取って安堵の表情を浮かべていた。
 リオデは渋々その申し入れを受け入れたことに変わりはないものの、自分の責任で少女を戦場に引き込んだことに、自責を感じずにはいられなかった。
「貴女なら、必ずこの戦いに勝ってくれましょう」
 村長は安堵の表情を浮かべたまま、リオデを見つめ続けた。
「隊長! 全ユストニア兵の確保、完了いたしました」
 部下の一人がそうリオデに報告をしてくる。リオではいつになく険しい表情をして村長に向き直ると、胸に拳を当てる王国式の敬礼をして、その場を離れていった。


?


 捕らえたユストニア兵の指揮官が口を割るのに、そう時間はかからなかった。
 ユストニア軍の一小隊であるこの部隊の長は、この惨劇が上の命令ではない事を白状した。その上で自分を処刑する代わりに、部下だけは助けてくれと、懇願してきた。
 だが、リオデもそれほど甘くはない。冷たく、冷酷な視線を送った後、その隊長を引き連れ、片付け終わっていない惨劇を目の当たりにさせた。
「これが同じ人間にする所業ですか?」
 リオデはその部隊長を見ながら、惨劇の痕を見せ付け、そして、「観念しなさい」と付け加えた。
 リオデは下をうつむいたままの指揮官を見ながら、考える。
(部下のやった事を黙認したのだから、全員処刑は当然……)
 村人達の墓穴を掘るユストニア兵には、全員処刑の意はまだ伝えておらず、リオデは墓穴に村人達を葬ってから、伝えると隊長に伝えた。
 その意にがっくりと肩を落とした部隊長は、小さな声で呟いた。
「慈悲という言葉もないのだな……」
 それを聞き逃さなかったリオデは、部隊長を睨みつけて怒鳴った。
「あなたはまだそんな事をいうのですか!? 罪のない人を殺し、女を犯し、これ以上にない悲惨な事を起こしておいて」
 感情の高ぶりを感じて、リオデは一呼吸おいた。しかし、そうそうこの怒りの感情がおさまることはなかった。
 リオデはその惨状を目の当たりにして、悲しみを通り越して憤怒を感じていた。
「私はただ、部下に……」
「命令は出されていない。と聞いています」
 リオデが遮るように言うと、部隊長は溜息をついて、その場に崩れ落ちた。
「人は間違いを犯す……。私の犯した間違いは最悪だったのかもしれん」
 リオデはその言葉を聞き、呆れてものも言えなくなっていた。
 この男がいまだになお、自分達のやった事が間違いでないと思う心があることに、あきれを通り越して絶望さえ覚えた。
「指揮官として、あなたは無能です……」
 彼女は崩れ落ちる男に対して、容赦なく言い放ったのち、背を向けて家屋から出て行った。
 胸の内に秘めたる思いを、この男に言ってもどうしようもない。それが分かったリオデは、外に出て胸一杯に空気を吸い込んだ。
 血の臭いが混じった空気は、高山の新鮮な空気を腐らせ、彼女に吐き気さえ感じさせた。
 穴を掘り終えたユストニア兵達の近くに行けば、彼らの困惑する顔が見られた。
 なんと言っても、墓穴のみならず、大きな穴を村から離れた場所に作らされたのだ。
 困惑しないほうがおかしいだろう。
 中には勘の良いユストニア兵は、その穴が何のために掘られたのか、察しがついたらしく、絶望と虚無感に襲われ、表情を硬直させている者もいる。
 結局墓穴を掘り終えたのは夜が完全にふけってからだった。
 そのあとの死んだ村人の埋葬は、村人自身の手と王国軍軍人の手によって行われた。
 最後の死人を葬ったのは、夜明け近くになってからだ。
 リオデは村人一人一人の墓を参り、無念と弔意の意を丁寧に伝える。
 だが、それだけで、村人たちの怒りが収まるわけがない。
 奇跡的に生き残っていた神父がいなければ、村人達の怒りを鎮められなかったのは明らかだ。
 最後の墓を弔問し終えたリオデは、その場を立ち上がり、登りきった太陽に目を向けた
 高原の朝日が憎らしいほど綺麗に輝き、リオデはその輝きに憎しみさえ感じた。
 朝日を睨みつけるように目を細めて見ていたリオデは、後ろに控えていたにベルシアに対して、小さな声で一言だけ告げた。
「処刑の実行を……」
 ベルシアはその言葉を耳にして無言で頷くと、その場を離れていった。


?


 目隠しをされた兵士達が、大きな穴の手前で立たされている。
 一列に整列した兵士達、彼らの表情は口元から読み取れた。
 脅えて言葉をなくし、自分たちの行った行為を後悔する者、死を覚悟して表情を引き締める者、絶望しいつ死ぬかわからない恐怖に表情をゆがませる者、だが、彼らはこうなって当然の行為を行ったのだ。
 リオデはその光景を、整列した銃兵隊の横に立って見つめていた。
 冷淡に同情などという生易しい感情を押し殺して、ただ、見つめていた。
 村人達はそれを遠くから見つめ、さまざまな感情を胸のうちに秘めていた。
 共通する感情は一つ、彼らユストニア兵に対しての憎しみである。
 銃兵隊を率いるベルシアがサーベルを抜いて、声高らかに叫ぶ。
「構え!」
 その声に合わせて整列していた兵士たちは銃のチャンバーに弾を込め、長銃を前に突き出した。
 無機質な長銃に弾を込める鉄の擦れる音は、青く広がった空と、雪で覆われた土地に響き渡り、最後のときが来たことを知らせた。
 風が耳を触り、かすかな物音を立て、寂しげな歌を歌いながら高原を駆け抜けていく。
 その静寂の中、目を隠された一人のユストニア兵が大きな声を上げた。
「我が祖国 時は来た 双頭の鷹を背に 剣を持て 汚れた血でその体を汚しながら 突き進め……」
 とても綺麗とは言い切れない歌が高原に響き渡り、その歌は段々と音を上げていく。
 となりにいた兵士もまた、声を震わせながら、歌いだし、そのとなりの者もまた口を合わせ始める。
 一人また、一人と声を合わせ、ユストニア兵達は祖国の国歌を歌いだした。
 風の音にあわせ、誇らしく、祖国の国歌を大声で叫ぶように歌いだし、いつしか大合唱となっていた。
 銃を構える兵士達はその光景を目にし、動揺を隠しきれないでいた。
 顔を見合わせ、合唱をする兵士達を見つめて、引き金から指を離す者も出てきたのだ。
 それを見かねた指揮官は、サーベルを振り上げて、声を上げようとした。
 だが、その振りあげられたサーベルに手をかけて、制止する人物がいた。
 この部隊を指揮するリオデだった。
 彼女は指揮官の行動に、手をかけてとめたのだ。指揮官は白く綺麗な手をみたあと、彼女の顔を見つめる。
 リオデは顔を左右にゆっくりと振ると、それを見た指揮官も意図を理解したらしく、サーベルをゆっくりとおろした。
 ひとしきり歌い終わった兵士達の顔に恐怖の二文字はどこかに消え去っていた。
 それを見た銃兵隊の指揮官は、不快な表情を露にしてサーベルを振り上げた。
「撃て!」
 号令が掛かり、一斉に並べられた銃口から硝煙と炎、鉛弾が放たれた。
 高原に響き渡る発砲音は、風の歌をとめた。
 罪のない村人達の命の灯火を消し去った者達は、大きく掘られた墓穴に倒れ込んでいく。
 処刑を実行した者達の胸の奥に、何かを残して……。


補給戦線


?


 雪の降り積もった高原に茶色い地表を露にした道が、雪原を二つに切り裂くようにして続いている。その上を幾人もの兵士たちが隊列をなして行軍していた。
 どの兵士たちにも憔悴の色が見られ、物資を輸送している鳥車が列をなしてその横を通り過ぎていった。漆黒の羽毛に覆われている恐鳥たちは力強い脚力で、荷車を引きながら雪道を歩いていく。黄色く鋭い嘴を前に突き出して、兵士たちを見下ろしながら道を延々と進んでいた。
「俺たちはこの戦いで生き残れるのかな?」
 物資を運ぶ鳥車の手綱を握っている兵士が、隣に座っている同僚に聞いた。
「心配するな。開戦から4ヶ月近く経っているのに、ユストニア軍の本隊がバスニア砦に現れたって報告がないんだ。やつらもそうとうに消耗しているさ」
 それをきいた兵士は手綱を強く握り締める。
「駐屯地にいた基地長がバスニア砦に兵力を移すっていうのは、砦で決戦が近いからじゃないのか?」
「馬鹿言え。念のために戦力を全て砦に移動させてるだけだ」
 鳥車の上で不吉な言い合いをする兵士二人、空の表情も心なしか雲で陰り出していた。
 ユストニア大公国がグイディシュ王国の豊富な鉄鋼資源を狙って、このレルジアント地方に侵攻してから四ヶ月が経とうとしていた。
 高原地帯を下りたところにある街「タリボン」の攻略部隊を撃破したグイディシュ王国軍は、主力部隊を集めて高原地帯手前にあるラネス平原を決戦の地として選んだ。新たに中央方面軍より派遣された王国の近衛師団もこれに加わり、ユストニア軍に決戦を挑んだ。
 ユストニア軍の延びきった補給線では、充分な装備と食料が届かない。だが、体勢を立て直せば、いくらかの勝機はあった。そのため、ラネス平原に主力部隊を集結させていた。それを見越していた王国軍はユストニア軍が充分に準備を整える前に、ラネス平原に殺到し、ユストニア軍の反攻の出鼻をくじいた。
 そのため、ユストニア軍は当初のレルジアント地方全域の占領という作戦目標を変更し、鉱脈のある高原地帯の確保という作戦方針に転換していた。
 この四ヶ月の間にタリボンを抑えてレルジアント各地に軍を展開することが不可能となったユストニア軍には、この作戦変更は当然の行為であった。
 だが、ユストニア軍はスピードを重視していた作戦を遂行していたため、道の交差点にある主要都市しか占領していなかった。そのため、主要道路の外れにある中小規模の街、村、基地、砦には手出しをしていなかった。
 ラネス平原で大敗北したユストニア軍にとっては、高原地帯を勢力下に置くことは急を要することで、王国軍からの反攻作戦を迎え撃つことができる唯一残された作戦である。
 そのため、高原地帯の中小規模の軍基地を巡って熾烈な戦いが繰り広げられていた。
 タリボン方面の南側高原に位置しているバスニア砦は、開戦当初、ユストニア軍が戦略的価値なしと見ていたため、いまだに攻撃にはさらされていない。
「物資と兵糧、兵員の移動に一ヶ月かかって、ついに俺たちが最後か。駐屯基地が空になったってのもなんだかおかしな話だなぁ」
 曇りだした空を見上げながら、兵士は荷車を引く恐鳥のグイに鞭を入れた。この先にあるバスニア砦にむかって、鳥車は速度を上げて走り出す。鳥車に乗った兵士達は実戦を経験していない。とはいえ、休みなしに砦と駐屯地を往復してきた兵士たちは、さすがに憔悴の色を隠せずにいた。もし、この状況でユストニア軍に会敵すれば、王国軍の兵士達の運命は目に見えている。
「まあな。さっさとこの戦争が終わってくれれば、気が楽なんだけどな」
 横に居た兵士も冷たい風を肌に感じながら、そう呟いていた。
 まるで他人事の様に、あたかも自らは戦闘に加わっていないと言いたげに、呟いていた。
「おい、砦が見えてきたぞ」
 暫く無言のまま二人は鳥車を走らせていたが、はるか遠くにそびえる城砦が見えてきていたことを、手綱を握る兵士は指を差して隣の兵士に知らせていた。
「まて、なんだ? 砦から煙が上がっているぞ」
 はるか遠くにそびえる城砦、いつもならば何事もなく城砦が彼らを迎えてくれるのだが、今日は違った。
 青空の下、穏やかな顔を見せていた城砦は、遠くから見てもわかるほど黒い煙で表情を曇らせている。
「おいおい、まじかよ。敵さんが来ちまってるじゃないか」
 兵士は手綱を引いてから鳥車をとめて、はるか向こうで繰り広げられる城砦の攻防を、ただ呆然と見つめていた。
「逃げるぞ!」
 横に居た兵士がすかさず手綱を持っている兵士をせかす。
「一体どこに逃げるんだ? 俺たちの駐屯地は空で、行く予定だった城砦はすでにユストニア軍の攻勢にさらされてるんだ。今更どこに逃げても、敵兵だらけに決まってる」
 その言葉を聞いた兵士はうな垂れるように肩を落として、溜息をついていた。自分たちだけはこの戦いに参加せずにすむ。補給部隊に入ったのもそのためだ。
 兵士は心の中で呟きを繰り返す。
 しかし、はるか遠くで繰り広げられている戦闘行為は、現実を物語っていた。
「じゃあ、お前にはどこか当てがあるってのか?」
 兵士は八つ当たりをするように、手綱を握る兵士を肘で小突いた。だが、明確な返事が返ってくることはない。突きつけられた現実に、二人とも動揺をしているのだ。舌打ちをしてから、兵士は手綱を握る兵士に言って聞かせる。
「確か俺たち補給部隊には二個小隊の歩兵が護衛についていたはずだ。とりあえず、部隊を全て合流させよう。このまま城砦に向かっても無駄死にして、敵に物資を垂れ流すだけになるからな」
 その言葉を聞いた兵士は、無言で来た道を引き返し始めた。彼らの後ろには数十の鳥車が続いている。引き返し始めた先頭の鳥車に続いて、まるで蟻の行列のように、鳥車たちは道を引き返すのだった。


?


 枯れ草を燃やした時にでる煙のような灰色の雲が、空一面を覆っている。空は今にも雪が降り出しそうな雰囲気で包まれていた。
 太陽が隠れれば肌を刺すような寒さが、この高原地帯を支配する。だが、その中をこの高地に住む人間は平然と暮らしている。リオデは村人と入れ替わりに入ってきた、同じ連隊に所属している大隊を出迎えていた。
 彼女たちの所属する第六近衛師団は、二個旅団から編成されている。一個旅団は二個連隊からなり、そのうちの一つの連隊の指揮下にリオデの大隊は所属している。連隊も二個大隊から構成されていて、リオデ達が足場にした村に一個大隊と、彼女の指揮下の一個中隊が駐留することになった。もちろんこの村の人間は全て高地から避難して、平地にある街のタリボンに向かった。
 リオデ達の大隊はこの村に入る前に、分岐していた道で戦力を二つに分散させているため、今は中隊規模での行動しか取れていない。とはいえ、この村を占拠していたユストニア軍歩兵一個小隊を撃破した功績を残している。彼女の部隊は実戦を経験して、着実に成長していた。
「隊長、フォリオン連隊長との作戦会議がこの後控えているとのことです」
 村人たちの墓標の前で弔意を捧げていたリオデの後ろに、彼女の補佐役のベルシアが立っていた。気配を感じなかったリオデは、驚いて後ろを振り向いていた。
「わかった。すぐ向かうと伝えてくれ」
 リオデの返事を聞いたベルシアは、一礼してからその場をあとにした。
 彼女はそれを見送ると再び墓標の前でしゃがみこむ。
 時間がなかったため、木の板に名前を書いただけの質素な墓標、それでも墓標があるだけましなほうだ。戦場では墓標さえ立てられず、身元もわからないまま総合墓地に屠られる者が大半なのだ。
(すまない。私がもっと早くに駆けつけていれば……)
 結果は変わっていたかもしれない。
 リオデは村人の墓標一つ一つを丁寧に回って、弔意を捧げていく。この村はユストニア軍の歩兵隊に占領され、略奪の限りを尽くされた。それでなお、村人達は一方的な虐待、強姦、殺人行為をなされたのだ。
 そうなる前に駆けつけてやれなかったことを、リオデは愁い後悔して自らを責め立てていた。リオデがその心情を他人に話したことはない。それでも、部下のベルシアは彼女の様子から、彼女の苦悩を察していた。だからこそ、ベルシアは墓標の前で弔意を捧げているリオデに、気を使って余計なことを言わずにその場から立ち去っていった。
 墓標に弔意を捧げ終えると、リオデは即座に立ち上がって村の家屋が集中している方角へと足早々と向かう。
(この戦い、すでに私のものだけではない……)
 リオデの顔からは誰かを愁う気持ちは読み取ることはできない。それどころか、何か強い決意を胸に秘めた、凛とした表情をしていた。
 山道を挟むようにして並びひしめく家屋たちは、主を失ってどことなく寂しげにしている。その中で多くの兵士たちが休息を取っていた。
 リオデはそんな家屋の中で、一際大きな建物の前まで向かっている。そこで同連隊の大隊長ホフマンと、連隊長のフォリオンと会うことになっているのだ。
 リオデが連隊本部として機能している建物に入った時には、すでに多くの作戦関係者が揃っていた。
彼女が入ってきたのを見て、ホフマン大隊の人間の間で、ざわめきが起こっていた。たいていリオデが作戦会議上に来るとこのような声が上がる。内容は女性ゆえに起こる、僻みと侮蔑の言葉である。
 その様子を見かねたフォリオンが一つ咳払いをすると、ざわめきも瞬く間に静まり返る。二つの大隊を取り仕切っている連隊長のフォリオンには、それだけの発言力があるのだ。
「さて諸君、我々が立たされている状況だが、ラネスの戦いで勝利したとはいえ、いまだ戦況は油断を許さない状況である」
 そう言ってフォリオンは顎に生やした髭をさすっていた。そして、息を呑んで見守る士官たちを見回した後、続けた。
「このレルジアントのガルス山脈のユストニア軍掃討に、南西方面からは第七近衛師団、南東方面からは我が第六近衛師団が尖兵として送られた。両軍の当面の目標は我が領内にのさばる敵の駆逐、掃討、撃滅、追撃である。そのため、ユストニア軍を効果的に殲滅する必要がある。そのためには地元部隊と合流が必要不可欠となる」
 連隊長のフォリオンは簡単に現状を説明していく。リオデの大隊が村を確保した後に、ティオから報告が来ていた。行軍していたティオの中隊は、ユストニア軍の部隊と出くわして、戦闘状態に陥っていた。今でこそ、その戦闘は膠着しているものの、もし、増援を受けたユストニア軍が攻撃をかけてくれば、ティオ中隊の全滅もありえるのだ。もし、ティオの部隊が全滅すれば、この村はタリボンに向かう退路を絶たれてしまう。現状はけして芳しくはない。
 二日前にはリオデが出した斥候が、村から東方向に数千人名規模のユストニア軍兵士の移動を確認している。それが、バスニア砦に向かっていることは明らかだった。だが、今彼女が指揮している部隊の数は千名程度で、なおかつ、味方大隊の到着を待たなければならなかった。それゆえに、敵勢力圏内での行動は、斥候にしても無闇な追跡行動などは取れなかった。
「大部隊を前に、震えて俺たちを待ってただけってのかよ」
ホフマン大隊の一将校が、そう言ってリオデを嘲るような目で見ていた。数千名規模の大部隊を前にしておきながら、むざむざと見過ごしたたことを、責め立てているのだ。
 リオデの部下、ベルシアはその男の一言に憤慨して、立ち上がって言葉を発していた。
「我が隊の現在の任務は敵の大部隊に察知されずに安全な拠点を確保することです。わざわざその作戦行動を放棄して、拠点も確保せずに、むざむざと敵に立ち向かって全滅しろとでもいうのですか? だいいち、あなた方の行軍が二日遅れたことによって、見過ごさねばならない事態に陥ったのですよ?」
 リオデ達の大隊は敵に感知されず拠点を確保することが第一に優先すべき任務だった。それゆえこの村に駐留していたユストニア軍歩兵小隊を一人も逃がさずに全て捕らえて処刑した。さらに、敵部隊の接近がないか、周辺の索敵も怠らず、常に気を配って斥候部隊を出していたのだ。そして、彼女は敵を見つけても攻撃をせずに見過ごして、発見されることがないよう、斥候部隊には命令を徹底していた。
 それほど、気を使って拠点の確保をしていたリオデたちからしてみると、苦労も知らないホフマン大隊の一将校にけなされることは、とても堪えられるものではなかった。
 なにより、リオデ達が拠点確保に精を尽くしているときに、彼女の大隊の報告書を信用しなかったホフマン大隊は行軍を渋っていたのだ。
 そのせいで、敵大部隊の移動を見過ごすはめになったのだ。ベルシアの反論に言葉を返せず、憎々しげにリオデに視線を送る将校、その目には明らかな軽蔑意識が見て取れた。
「味方同士で争っても仕方あるまい。双方の隊の失態が消えるわけではないのだ」
 ホフマンがそう言って二人をなだめ、場の空気を和らげる。しかし、さりげなくリオデにも失態があるということを強調していた。
 ベルシアが抗議の声をあげようとした時に、リオデが言葉を発していた。
「そうだな。今はそのような不毛な議論をしているときではない」
 リオデの意外な言葉に、ベルシアは不満げに席についていた。一応の収まりを見せた会議場を見回して,フォリオン連隊長が再び口を開いた。
「ホフマンとリオデの言うとおり、味方同士で僻みあっていては、ユストニア軍を駆逐することなどできんだろう。双方とも頭を冷やせ」
 ベルシアは不満そうにリオデを見るが、彼女は首を振ってから抑えるように示す。
「さて、本題に入ろう。我が第一連隊がこのレルジアントの最東の道を抑え、この先にあるバスニア砦までを我が軍の勢力圏に置くというのが現在の我が隊に託された任務である。しかしながら、バスニア砦が敵勢力圏に陥落していないとは言い切れない」
 フォリオンはそう言って、作戦会議の机の上に置かれている地図上のバスニア砦を指し示していた。そのあと,渋めの顔をして説明を続けた。
「そこで、リオデ大隊長、君の中隊で威力偵察を敢行し、状況を確認してきてほしい。ついでに、我が連隊の最終任務である第1112山岳歩兵師団との合流のための情報も収拾してきてくれるとありがたい」
 両手を顔の前で組み、鋭い視線でリオデを見据えるフォリオンは、有無を言わせない威圧感とそれにそぐわない包容感、両方を出して言っていた。
 リオデにとって未開の地であるこの高原を、中隊を率いて偵察行為をすることなど、無謀である以外に何でもなかった。それもこれも、全て彼女を潰すために仕組まれているのではないかと、ベルシアは思わざるをえなかった。
 これまで王国では女性兵士はいても、女性士官はまったく見られなかった。リオデはそんな中、流星のごとくこの戦地で才能を目覚めさせ、女性士官として活躍していた。それを僻む身内も多く、彼女を潰そうとする将軍さえいる。ユストニア軍のみならず、彼女は身内の敵とも戦ってきているのだ。
 とはいえ、どちらにしてもフォリオンの提案した偵察任務を、誰かがを果たさなければならない。
 それでも、ベルシアは納得がいかなかった。村に後から来たホフマン大隊が、この村を確保して、リオデ達がこの作戦に借り出されるのは、不公平と感じたのだ。
 そんなベルシアをよそに、リオデはフォリオンに向き直って、凛とした口調で言う。
「この大命、果たして見せます!」
 曇りない眼で真っ直ぐとフォリオンを捕らえ、はっきりと断言していた。そのリオデの目に何か大きな決意がみなぎっていたのを、フォリオンは見逃さなかった。
 それから数刻の時が過ぎ、作戦会議は真夜中まで続いた。リオデたち指揮官が連隊本部より出てきた時には、真っ黒い雲が夜空を覆っていた。
 外に出た指揮官たちの肌を切り裂くような冷たい風が、容赦なく吹きつけていた。
「こいつはいっちょ、荒れそうですね」
 ベルシアがリオデと共に外に出ると、そう言って彼女を見つめる。
「そうだな」
 そう言ってリオデは風でなびく、艶のある長い紅い髪の毛を手でどけていた。
 そして、彼女は夜空を見上げながら言う。
「ベルシア、この戦いどうすれば早く終わると思う?」
 軽く受け流された上に唐突な質問をされ、ベルシアは戸惑った。それでも彼は、自分なりの答えを見つけて口にしていた。
「ユストニア軍を追い出すしかないでしょう」
「だが、相手はいたるところに、部隊を拡散させている」
 リオデは厳しい表情で、ベルシアを見つめていた。その表情にベルシアは、不覚なことに胸を高鳴らせた。だが、それでも、真剣に答えていた。
「しらみつぶしに拠点を潰していく。地道ですが道はそれしかないです」
 ベルシアは思ったままのことを口にした。拠点を制圧して敵を無力化していくしか方法はない。この広大な高原地帯では、岩を隔ててその向こうに敵がいるという状況、一歩間違えれば、気づかないうちに大部隊が後方にいるという惨事が起こりかねないのだ。
 だが、活動拠点を潰されればユストニア軍は撤退を余儀なくされる。ユストニア軍もそれを重々承知しているので、重要拠点の防備は堅固なものになっている。とくに最前線に近いこの周辺域の拠点は、堅固な守りをしいている。
「一刻も早く、もっと効率的に、ユストニア軍を撤退させられる方法はないか?」
 リオデは切なげな表情を浮かべ,ベルシアに聞いていた。彼は言葉を詰まらせる。
「それは……。自分はなんにも思いつきませんよ。せいぜい思いついても、そのくらいで」
 苦笑を浮かべるベルシアに、リオデもまた苦笑を浮かべていた。
「すまない。変なことを聞いたな。私達の任務はあくまで、偵察と情報収集だ」
 彼女はそう言い、苦笑を浮かべたまま付け加えた。
「今の会話は忘れてくれ」
 ベルシアは無言で頷いて見せると、雪の降り積もった道に足を踏み出した。
 心なしかその足取りが、ベルシアには重く感じられた。


?


 翌日の早朝、村に駐留しているリオデ達のもとに、分かれて作戦行動をとっているティオの部隊から伝令の兵士がやってきていた。
 この高原に入る前にリオデは大隊を2分して、分岐した道をそれぞれ進んでいた。結果、リオデ隊はこの村を確保して、ティオ隊はその先に待ち伏せていたユストニア軍と交戦状態に陥った。そして、今現在、ティオ隊とユストニア軍の戦闘は膠着状態に陥っている。
 ティオ個人としては、同連隊に所属するホフマン大隊に戦闘を任せて、リオデの下に戻って作戦行動をとりたかった。しかし、連隊長のフォリオンがそれを許さず、タリボンで待機している予備隊がつくまで持ちこたえろという命令が出されていた。
 だが、ティオは緊急の伝令の兵士を、この連隊本部とも言うべき村に送ってきていた。
 連隊本部に駆け込んでいく伝令の兵士、その顔には疲労と焦燥感の二つが入り混じった感情があらわになっていた。
 リオデは早朝の墓参りを済ませた後、その伝令の兵士を見かけ、伝令の兵士の後を追っていた。伝令の兵士は連隊司令部に入っていたため、彼女も続いて連隊司令部に入っていく。
「連隊長! 我が隊だけではもはや抑え切れません! 敵は数を集めて、我が隊を破り、この村とタリボンとの道を遮断しようとしているんです。今すぐに援軍を送ってください。これではあと四日が関の山です」
 生き絶え絶えになり、必死で懇願する部下を、作戦指揮所の手前で覗き込んでいた。
 補給もなければろくな陣地を持っていないティオの部隊は、ユストニア軍の攻勢にさらされていて、守備をするのがやっとである。状況を打開するのは絶望的だ。そのため、ティオはこの村に駐留している本隊に、援軍を要請しに来た。
 しかし、フォリオンは腕を組んだ後、後ろで様子を見ていたリオデを一瞥してから口を開いた。
「今現在、この村ではバスニア砦へ本拠地を移動させるために、援軍を出せる状態ではない」
 フォリオンの言葉を聞いた兵士は、顔面蒼白になりつつも必死に懇願した。
「そんな、我が隊が壊滅すれば、この村は完全に敵勢力圏下に置かれるんですよ。孤立するんです! それでも援軍は出せないと!?」
 階級のことなど気にした様子も見せずに、伝令の若い兵士は叫んでいた。事態はそれだけ急を要するほど、深刻な状況に陥っているらしい。
 だが、フォリオンは冷酷な視線で、伝令の兵士を見つめて言い放った。
「あぁ、援軍はだせん。我が連隊は忙しくて、そんなことに裂ける兵士は居ない。あと四日も持ちこたえられれば、タリボンより援軍が行くはずだから、それまで持ちこたえよ」
 フォリオンは全く聞く耳を持たず、伝令の兵士を冷たくあしらった。リオデはその様子を見て、完全なる悪意を彼から感じていた。彼女の優秀な部下と兵士を潰して、それでいて、この損害に対する責任をリオデに押し付ける。
 そんな意図が見え隠れしていたのだ。
 そして、ティオたちが全滅した場合は、ホフマン大隊を展開させ、ユストニア軍を迎撃する。ティオの部隊から入る報告で敵の数も把握できており、フォリオンも対応しやすい。
 もし、大軍が押し寄せていれば、彼とて援軍は出すだろう。
 連隊司令部から肩を落として出て行く伝令の兵士、その顔は絶望に打ちひしがれていて、声の掛けようもないほどに暗かった。
 だが、リオデはそれでもその伝令の兵士を呼び止めた。
「おい、伝令!」
 肩をびくりと震わせて、恐る恐る振り返る伝令の兵士、今までリオデが後ろに居たことを、いま初めて知ったのだ。
「だ、大隊長!」
 兵士は目を丸くして、やり場のない気持ちを地面に向けていた。
「ティオが危ないんだな?」
 リオデが濁りのない青い双眸で兵士を見つめる。兵士は硬直したまま、淡々と状況説明をしだした。
「はい。敵の数は我が部隊の数の三倍はあると思われます。四日持てばといいましたが、自分が思うにはあと二日も持たないんじゃないかと……」
 伝令の兵士は地面を見た後に、敬礼もせずにそのまま自らの駆っていたグイの方へと、とぼとぼと肩を落として歩き出す。しかし、そんな兵士の肩に手を置いて、リオデは笑顔で答えた。
「私の騎馬二個小隊三百を残して、私の配下の部隊全て持っていけ」
 その言葉に伝令の兵士は、目を見開いたあとすぐに表情を曇らせて言う。
「しかし、大隊長。自分が部隊を連れて行っては、隊長の責任が……」
 リオデは柔和な笑みを浮かべて、伝令の兵士に言う。
「気にするな。ティオの隊が全滅しても、私に責任が回ってくる。一緒のことだ。だったら、お前たちが全滅しないほうを選ぶ」
 伝令の兵士はリオデの言葉を聞くと、目に涙を浮かべていた。そして、彼は深々と頭を下げていた。
「も、申し訳ありません!」
 半ば涙交じりで、言葉には嗚咽が混じっていた。しかし、それでも伝令の兵士は、大きな声でもう一度だけ叫んだ。
「あ、ありがとうございます!」
 リオデは兵士の肩に手を置いて、顔を上げるように言う。そして、顔を上げた兵士に、笑顔で答えた。
「お前は早く原隊に戻って、援軍が来ることを伝えてやれ」
 伝令の兵士はその言葉に深々と頭をさげた。そして、彼は気を付けをした状態で、胸に拳をあてる王国式の敬礼をし、その場から駆けだしていた。リオデもまた答礼をし、彼の背中を見送った。
 リオデは伝令の兵士を見送ると、即座に準備に取り掛かっていた。中隊の各指揮官を徴収したのだ。
 各隊の長にティオ隊の援軍に向かうように、準備をすることを命じていた。任務はあくまで威力偵察で、交戦することではない。ならば、足の速い騎兵のみでバスニア砦に行ったほうが、はるかに効率的であると考えたのだ。
 どちらにしろ、他の部隊はこの村に待機させておくというのが、リオデの考えだった。
 しかし、待機させるくらいならば、ティオのもとに部隊を送ったほうが、よほど頭のいい選択である。何より、フォリオンはティオの部隊が全滅することを前提に動いているようにしか、リオデには見えなかった。
「ベルシア、お前は残れ」
 リオデは眼前に並ぶ各部隊長に、ティオの配下に回って戦うように命令を下し終えると、横に居たベルシアに言っていた。
「また、なぜです?」
 怪訝な表情をしたベルシアは、リオデの顔をまじまじと見つめた。
「今回の任務に、お前は必要だ」
 真剣な表情をして言うリオデに、ベルシアは笑顔で答える。
「もしかして、自分に気でもあるんですか?」
「馬鹿をいうな」
 ベルシアの冗談に苦笑を浮かべるリオデ、彼女はそれからまた真剣な表情を浮かべていた。
「今回の任務は敵勢力圏下、生還率が低くなるだろう。そんな時、もし私が死んだら部隊を引き連れて帰れる人間はいない。お前はその時の保険だ」
 リオデの決意のみなぎる青い瞳に、ベルシアは唾を飲み込んだ。彼女からは全く死を恐れた表情が伺えないのだ。普通ならば、絶望的な表情を見え隠れさせてもおかしくない状況だ。にもかかわらず、彼女はこの状況を楽しんでいるようにも、ベルシアには見えたのだ。
「まさか。隊長を死なせるような真似はさせませんよ」
 ベルシアはいつもの軽い調子で笑顔を見せて言っていた。
 昨晩荒れていた空は、雲ひとつない快晴と晴れ渡っていた。その空がベルシアには地獄に向かう前の、冥土の土産に見えて仕方なかった。




 湧き上がる男たちの歓声、その村の隅々まで響き渡る歓声は空を震わせていた。
 兵士たちが細長い村の道を挟んで、思い思いの格好で寛いでいる。その兵士たちの視線の先には、この村で唯一残っている村人の少女、アリナに向けられていた。
 決して不埒な行いをして、男たちの歓声や視線を集めているわけではない。
 アリナは漆黒の毛並みの鳥、グイに跨って疾駆しているのだ。その手綱さばきの腕前に半端はなく、基礎がしっかりとできていて技量も騎兵達を驚嘆させるほど高い。
 村の中でアリナは巧みなグイの手綱捌きを披露し、村に駐屯している兵士たちに一目置かれているのだ。そして、今日も狭い道を、グイを巧みに操って駆け抜けていく。その様子を見ては、兵士たちは歓声を上げていた。
 これがすでに一週間ほど続けられていて、この村で兵士たちが時間を潰すための娯楽ともなっていた。
 その兵士たちの前を駆けおわると、グイを厩舎の方へと繋ぎに行く。それがアリナの日課であり、実戦に備えた練習となっていた。
 厩舎に漂う藁の匂い。アリナはグイを繋いだ後、膝を落とした。
 そして、ついこの前までここにいた村人たちのことを思い出していた。厩舎に集まって楽しそうに好きな男の子の名前を言い合って恋話に花を咲かせる少女たち、藁を出し入れする厩舎の管理人、外を駆けていた少年たち、家に帰ればささやかで質素ではあるが、温かい食事があった。そして、何よりも、家族が温かく迎え入れてくれた。
 だが、冷酷にも現実が、彼女を引き戻した。
 外から聞こえてくる音、兵士たちが訓練をするときに出す叫び声、軍靴が床を叩いて響かせるかつての我が家、何より、剣を交える耳障りな音が、アリナに突きつけられていた。
 自然と頬に伝う涙、複雑に入り混じった感情が溢れ出し、止めどなく涙が流れてきていた。
「お、父さん……。お母さん……」
 気づけば、アリナは嗚咽を漏らしながら、声を押し殺してグイにしがみ付いて泣いていた。
「大丈夫か?」
 アリナは声を聞いて、ビクリと肩を震わせていた。泣いていて気づかなかったが、誰かが厩舎に入ってきていたのだ。
 恐る恐る顔を声のしたほうへと顔を向ける。そこには一人の青年士官が立っていた。
 精悍で女受けしそうな顔立ちに、黒髪を短く切りそろえたその青年士官は、やさしくアリナを見つめていた。
「ぁ、あなたは」
 涙ぐんだ目をこすり、びしょびしょの頬を袖でぬぐっていた。それでも、彼女の涙は止めどなく流れ出してくる。
「いや、悪い。別に覗きをするわけで来たんじゃないんだ。すまん」
 そう言ってその青年士官は、その場を立ち去ろうとする。
「ま、まって……ください」
 嗚咽交じりのアリナの声に、青年士官は足を止めた。そして、彼女のほうへと向き直る。
「少しでいいです。一緒に、いてください!」
 懇願するアリナに、青年士官は動揺していた。まさか、彼女のほうから呼び止めてくるとは思ってもいなかったのだ。だが、泣いている少女が、そう言っているのだから放っておくわけにも行かない。
 青年士官はアリナに歩み寄り、グイの入れられている一室に入る。そこで、アリナは急に青年士官の胸に抱きついた。どきりとするのも柄の間、アリナはその場で悲鳴を上げるように、嗚咽を交えながら泣き出してしまった。
 途方にくれる青年士官は、仕方なく少女の頭に手を載せて、その艶やかな長い黒髪をなでてあげた。そして、空いた手を背中に回す。
 とにかく、今は泣いてもらうしかない。それ以外に彼女が落ち着く方法はない。
(しかた、ないよな)
 いくら騎乗に長けていても、まだ十四、五の子どもである。ましてや、家族とその周りの村人を一瞬にして奪われたのだ。
 それを今まで、人前で泣かずに我慢してきたこと自体、異常だったのだ。アリナが無理をしていたことに気づいた青年士官は、優しく包み込むように背中をさすり、とにかくアリナをなだめだした。そうして数刻がすぎさり、ようやくアリナは落ち着きを取り戻す。まだ、頬は涙で濡れ、目は真赤に充血している。
「おちついたか?」
 青年の声にアリナはゆっくりと頷いて見せた。
「よし、落ち着いたならそれでいい」
 青年はそういうと、彼女の背の高さまで身を屈めた。そして、彼女に目線を合わせると、ゆっくりと落ち着き払った声で言う。
「リオデ隊長が明日、この村を出ることになっている。そこで君の仕事になるんだが、できるな?」
 アリナは彼の声にゆっくりと頷いて見せた。
「よし、いい子だ。一応自己紹介しておこう。俺はベルシア・ガルアシス。リオデ隊長の補佐役だ」
「わ、私はアリナ・ベルツエン」
 涙目のアリナに、ベルシアは笑みを浮かべて、彼女に優しく言う。
「よし、アリナ。君はゆっくり休んでくれ。明日また呼びに来る」
 アリナにそう言うと、ベルシアは彼女に背を向けて歩き出した。
 ベルシアは厩舎から出ると、大きなため息を吐いていた。これから彼のガイドを担当するのが、先ほどの少女であるのだ。いくら地理に精通しているからといって、あのような精神状態の少女では、いささか頼りない。
 アリナのような問題を抱えている人間を、ガイドとして雇うのは、作戦行動に支障が出るのではないか。そんな疑問が頭によぎる。彼はその場で葛藤した。この事実をリオデに報告し、アリナのガイドを解雇するか。それとも、続けさせるか。そんな、二者択一の選択を、ベルシアは自分の中で決めようとしていた。
 だが、どちらを選ぶにしろ、アリナには精神的苦痛しか残らないだろう。今まで彼女が我慢してきたのも、全てはガイドを解雇されないためである。少しでも支障をきたすのなら、ガイドは即クビだ。
 だからこそ、ああやって頑張っているのだ。だが、その支えをなくした時、果たして彼女はどうなってしまうのか。ベルシアには想像もつかなかった。
(このことは、オレの胸の中にしまっておくか)
 ベルシアはそう心の中で呟いて、村から出て行くティオへの援軍を見つめていた。晴天の空の下、ベルシアは増援部隊を見送ると、自分に割り当てられた家屋に向かった。
 大切なアリナの思いを、胸にしまって……。


?


「あそこです!」
 雪原の広がる丘陵地帯で、少女が下方に広がる高原の一部を指差していた。
 山は雪化粧していて、朝から照らされていた太陽光でさえ、雪を溶かすことはなかった。それでも雪に覆われた丘陵地帯には、所々無骨に膨れ上がった岩の肌が見え隠れしている。
「あそこがシーリア駐屯地か」
 ベルシアが筒状の望遠鏡を目に当てて、少女が指をさした場所を見ていた。
「にしても、兵隊が一人も見当たらないな」
 そう言って呟きながら、リオデに望遠鏡を手渡した。
 早朝、リオデはすぐに二個小隊を連れて、バスニア砦を目指して足を進めていた。
 昨日はティオの援軍の件でフォリオンに呼び出しを受けた。だが、リオデは騎兵二個小隊で偵察を敢行する理由を事細かに説明すると、フォリオンも渋々それを受け入れていた。そして、村からガイドを志願してきた娘のアリナを連れて、このガルス山脈に足を踏み入れていた。
 村の娘とはいえ、グイの手綱さばきは騎兵達からも一目置かれるほど鮮やかなもので、ベルシアが冗談で「騎兵隊に入らないか?」というほどであった。もちろん、彼女はそれを丁寧に断った。
「目的地は見えた。今のところ敵に遭遇していないが、今我々が立っているこの地は、すでに敵勢力圏下にある。味方の基地がユストニア軍の手に落ちている可能性もあるから、全員警戒厳で進め!」
 リオデの言葉に騎兵達の顔は、一斉に真剣なものへと変わる。ここに居る兵たちは、リオデと共に死ぬ覚悟のある男たちばかりが集まっているのだ。
「女がてらに大隊長を務めてないってか」
 ベルシアはそれを見て、誰にも聞こえないような小声で呟いていた。
 グイの黒い羽毛は雪原の中では特に目立ち、群れになって動いていれば、黒い影が雪の中を進んでいるようにも見えるほど異質な雰囲気を放っている。その異質な一団は、駐屯地に向かい、ゆっくりと近付いていた。
 駐屯地についたリオデ達の目に一番に目に入ったのは、放棄された資機材と鳥車、そして雪に埋もれたグイと王国軍の兵士の死体だった。
 血は一晩で固まり、死体は凍り付いていて、その上から真新しい新雪が薄く被っている。
 それを見て、リオデ達一同は絶句していた。
「すでにこの基地も落ちていたのか……」
 リオデは感慨深げに呟いてから、ベルシアに視線を送った。
「全員、基地の隅々まで調べ上げろ! 二個分隊は周辺の偵察だ。敵が居るかもしれないから、十分に気をつけろ!」
 ベルシアはリオデの視線に気づくや否や、即座に二個小隊に命令を下していた。
「アリナ、俺から離れるんじゃないぞ」
 ベルシアはそう言ってガイドの娘を、横に居るように言う。アリナもそれを聞いて一度だけ頷いて見せた。
 駐屯基地はすでに綺麗さっぱり物資がなくなっているが、鳥車に積まれていた荷物はそのままになっていた。そして、よく調べ上げた結果、駐屯基地内の死体には王国の兵士のみならず、ユストニア軍の兵士の死体も多く混じっていた。
「ここでユストニア軍と王国軍の激戦が繰り広げられたと?」
 リオデが報告を受けて、ベルシアを問いただしていた。
「はい。勝敗は不明ですが、両軍の生き残った兵士は見られませんし、双方この基地をすてて退却したと見るべきでしょう」
 調査を終えた部隊の報告を、ベルシアが淡々とリオデに報告する。
 全部で鳥車は七台、いずれも積荷は銃の弾薬だけであった。それ以外の物資は、この駐屯基地から持ち出されていた。状況からして敵ではなく、味方が予め物資移動を行っていたことがわかった。
 というのも、この駐屯基地は広大な土地を、ふんだんに使用している。ユストニア軍の一部隊が戦闘の後に、全ての物資を持ち出すことなど不可能であるのだ。そうでなければ、敵が基地を放棄したということに辻褄が合わない。
「さて、どうしたものかな……」
 リオデは顎に手をやって考え込む。基地を放棄したとはいえ、ユストニア軍がここに戻ってこないとは限らない。あくまでここはユストニア軍勢力下にあるのだ。
「ここに居てはまずいんじゃないでしょうか?」
 アリナがそう言ってリオデの方へと向き直る。
「じゃあ、安全な場所でもあると?」
「いえ、それは……でもここよりはましな場所があると思うんです」
 リオデもこの位置に留まることが、危険ということは重々承知だ。だが、どこかに行くあてがあるのかといえば、そうではない。
 何より駐屯基地がこの有様では、バスニア砦は攻撃を受けている可能性が高いのだ。だからといって、彼女にバスニア砦の偵察任務を放棄することはできない。
「とにかくバスニア砦に行かなくてはならない。そのためにも、あなたの道案内は必要なの。とにかくここよりも安全な場所があるなら、案内してくれる?」
「は、はい!」
 ここでは考えをまとめようがなく、落ち着ける場所、何より周りの状況を把握するために、味方の生存者を探す必要があるのだ。
「ベルシア」
 アリナがグイを捌いて入り口に向かうのを見て、リオデはベルシアを呼び出していた。
「は! 何でしょうか。大隊長殿?」
 ベルシアはそう言って、リオデの横についた。
「お前はアリナについていてやれ。何があっても離れるんじゃないぞ」
 そういうリオデに、ベルシアは明らかに不満そうに表情を歪めた。
「そんな。俺に子守りをしろと?」
「意外だな、お前からそんな言葉が出るとは」
 笑みを浮かべるリオデに、ベルシアは目を点にしてリオデを見る。
「綺麗な女性に声をかけないことは失礼に値する。って部隊で私に最初に声をかけたのは、お前だろ?」
 含み笑いを見せるリオデに、ベルシアは苦笑していた。
「隊長、それは女性に限っての話ですよ。アリナは子どもだ。昨日だって」
 ベルシアはそういいかけて、口を噤んでいた。
「昨日だって、なんだ?」
 怪訝な表情を浮かべるリオデに、ベルシアは言葉を詰まらせたままでいた。果たして、彼女にこのことを言っていいのか。ベルシアはリオデを前にして葛藤していた。
 リオデに真剣な表情を一瞬見せたかと思うと、ベルシアはすぐに笑みを取り戻して言う。
「昨日だって、俺に騎乗技術のことを誇らしげに、自慢してきましたしね。とにかく、俺は子どもに興味はありませんよ」
 笑みを浮かべて答えるベルシアに、リオデも表情を緩めていた。
「そうか。アリナを襲う心配がないなら、なおのことお前に任せるとする。ほかの奴では安心できんからな」
「そうですか」
 リオデはそんな冗談を交えながらを言い、笑顔を貼り付けたままベルシアを観察する。ベルシアも顔に笑みを浮かべてリオデを見つめ返した。
(ばれてないな)
 心の中で嘆息するベルシアは、リオデに王国式の敬礼をする。
「それでは、アリナの護衛任務につかせてもらいます!」
 そういうなり、彼はアリナの元にグイで駆けよっていった。その後姿を見ながらリオデは、怪訝な表情を浮かべていた。
(何か臭うな)
 ベルシアは何かリオデに隠し事をしている。その隠し事が、アリナに対する物であるならば、それはけしてあってはならないことだ。
 リオデは隊長として、部下の命を預かっている身である。些細なことであれ、隊に潜む危険性は排せねばならない。一抹の不安を覚えつつ、リオデは部隊を再集結させていた。
 黒い騎兵の一団は駐屯基地を背に進みだした。山間に向かって進みだす。先頭を切って歩くアリナの横に、ベルシアがぴったりと付き添いっている。リオデはその後ろについて、一団が谷間に入っていくことに一抹の不安を抱えていた。谷間の出入り口をふさがれると、袋小路になる。最悪、敵に首を取られかねないのだ。しかし、アリナの案内する道に、文句は言えない。それが現状である。リオデはここの地理を全く知らないのだ。
 そんなリオデの心配をよそに、一団は列をなして谷間に入っていく。
 切り立った山間はお世辞にも道と言えるところではなく、リオデ達一行の進行スピードはおちていた。こんなところを敵に襲われれば、ひとたまりもない。岩陰に隠れている敵を探知する手段は、彼女たちにないのだ。だが、そんなリオデの不安が的中するような出来事が、目の前で起こることになる。
 雪が岩肌から滑り落ち、岩影から次々と兵士が姿を表したのだ。
「総員、戦闘態勢をとれ!」
 散り散りになっている二個小隊にリオデは叫んでいた。だが、個々になった騎兵ほど頼りないものはない。その上、足場は傾斜のある岩場で囲まれた地帯だ。騎兵のお家芸のである機動力を生かした戦闘もできない。
「待ってくれ! 味方だ」
 岩陰から出てきた兵士の一人がそう言って、リオデの前に近寄っていく。
 リオデはその兵士の姿を見て、安堵のため息を漏らしていた。もし、これが敵であるなら、この千載一隅のチャンスを逃すはずがない。
「驚かせてすまない」
 兵士はそう言って、王国式の敬礼をリオデにしていた。リオデは警戒感を抱きつつも、答礼をして問う。
「どこの部隊の所属だ?」
「シーリア駐屯地に駐屯していた輸送部隊の者だ。第1112師団の第二連隊指揮下、第一大隊の輸送部隊に所属している」
 リオデは思いもしない味方に遭遇して、目を見開いて男の兵士を見つめていた。目の前にいる兵士は、リオデの連隊が救出目標としている部隊の人間であったのだ。
「私は第六近衛師団第二大隊、大隊長のリオデ・J・ネイド」
 すぐに言葉を返すリオデに、その兵士は物珍しそうに彼女を見つめていた。
「あんたがあの女性士官か……。すまないことをした。敵との戦闘から時間がたっていなくてな……」
 兵士はそういって咳払いすると笑みを浮かべて毛皮の帽子をとった。そして、リオデに握手を求めてくる。リオデもグイから飛び降りると、兵士に向かって手を差し出した。
「申し遅れました。私の名前はトラーク・シュタインです」
 トラークはしっかりと彼女の手を握り締める。自分たちが今ここで生き残れていることを心のそこから歓喜しているのが、その手から伝わってくる。
「あなたの部隊はこれだけですか?」
 ふいなリオデの質問に、トラークは顔をしかめたあという。
「いえ、他にもいます。ここで立ち話もなんです。少しここの陣地を見ていってください。話は見ながらでもできますから」
 案内係を自ら申し出たトラークにたいして、リオデは一度頷いてみせる。
 その様子を見守っていたベルシアは、即座に配下の兵士に命令した。
「総員、戦闘態勢を解け、ここは味方の陣地だ」
 力んでいた兵士たちがベルシアの一言で、一気に安堵の色を表した。ある者は胸をなでおろし、ある者はため息を漏らしていた。
 そんな兵士たちの様子をみたあと、リオデはトラークの「こちらです」という言葉で、足を動かし始めた。彼女の後ろにはベルシアが周辺に気を配りながら、警戒を怠足らずについてきていた。
「私たちの部隊は当初、三小隊はありましてね。そのうちの一つは輸送部隊でした」
 雪を踏みしめて丘陵地帯を歩き回りながら、トラークは語り始める。
「その輸送部隊は、駐屯地から砦へ部隊移動をするにあたって、最後の物資を運び出していたんです。しかし、輸送部隊が駐屯地から砦へと辿り付いた時には、砦は敵の攻撃に晒されていて、我々は事実上行き場を失いました。そこでやむなく駐屯地に引き返したんです」
 トラークはそう言い、苦笑しながらリオデの方へと目をむけていた。
「そこで駐屯地を制圧しに来た敵と交戦したと?」
 リオデはその視線に答えるように、トラークに歩きながら聞いていた。
「まあ、そうなりますね。正確には、砦の攻略部隊が我々を発見して、追撃をしてきたといったほうがいいでしょうな」
 自嘲気味に笑うトラークの笑みは、谷間から入る太陽の光で影を落としていた。
「残ったのは歩兵一個小隊……か」
 リオデはそう言って、たどり着いた簡易な陣地を見回していた。
 閑散とした雪の野原の上に布を敷いて、戦傷者をそこに寝かしている。また、多くの兵士が体を傷つけて、岩にもたれかかっていた。どの兵士も戦闘と寒さで消耗しているのか、頬はこけて見るからに憔悴しきっていた。
「はい。大変な痛手を負いまして、どうにか敵を撃退しましたが、このざまです」
 トラークはそう言って、自陣を見回していた。そして、リオデに向き直ると、彼は真剣にリオデの目を見つめて言う。
「できるなら、ここから砦まで同行して、敵軍を砦の外と中から挟み撃ちにしたいと考えているんですが、ご協力願えますか?」
 苦笑を浮かべたリオデは、このトラークという男が死に場所を求めていることに気づいた。バスニア砦の戦場を見てきているのだ。なおのこと、リオデもつい先日、砦の攻略部隊を見ている。この程度の戦力で、しかも士気の低い負傷兵が多くいる部隊とともに、バスニア砦に行っても結果は知れている。
(あなたに巻き込まれて、部下を殺されてたまるものか!)
 リオデは内心そう思いつつ、あくまで表情は冷静を保ったまま言う。
「すまない。私達はあくまで偵察行動が任務でな」
 トラークはそれを聞いて、不思議そうに聞く。
「この数で……ですか?」
 偵察行動といえば、大抵は五人ほどの分隊規模で動くものだ。だが、リオデは三百人、二個小隊を引き連れているのだ。トラークが不思議がっても、おかしくはない。
「威力偵察というやつだ。私もある程度の状況が掴めてきた以上は、こんなに数は必要ないと思っている。それに数が多ければ、敵に見つかりやすくなるしな」
 そう言葉を区切って、リオデはトラークを見つめる。
「あなたは私が返す部下と共に、我が連隊が拠点としている村まで帰っていただけまいか?」
 そう言われたトラークは、リオデを見つめなおして言う。
「異論はありません。しかし、砦への救援を早急に向かわせなければ、あそこはすぐにでも落ちてしまいます。そこをお忘れなきよう、おねがいします」
 トラークはそういい終えると、少し残念そうに地面を見つめていた。そんな彼に、リオデは顔色一つ変えず、念を押すように言い聞かせる。
「そうだな。だが、連隊長は情報を欲している。常に新しい情報をな。だからこそ、あなた方にはわが拠点に戻ってほしい」
 トラークは彼女の言葉に、敬礼して無言で答えた。
「では、私は部下にもあなたの部隊と共に戻るように言ってきます」
 トラークは年下のリオデに、丁寧に礼をするとその場から駆け出して行った。その後姿が、リオデには妙に寂しく見えて仕方がなかった。
「救援を待っている側が、意地でも救援に行かなくてはならない。それだけ、戦況が煮詰まってきてるんですかね?」
 今まで後ろに控えていたベルシアが、悲哀の視線をトラークに向けながら呟いていた。リオデの横に立っているベルシアに、彼女は冷静に答えていた。
「そうともとれる。だけど、私には彼が死に場所を探しているように見えた。多くの部下を失って、絶望し、自責の念から自分に失望している。そう見えたわ」
 同じ指揮官であるベルシアとリオデ、だが、持たされている責務は、リオデのほうが確実に重い。ベルシアは元々一小隊長に過ぎない人物であるのだ。だが、隊を二分した際に副官のティオがいなくなったため、リオデが信頼しているベルシアが、その副官の地位に就いている。その二人の見解は対極的なものであった。
「その、両方、ですかね?」
 いつの間にか、アリナが声を発して、二人の間に立っていた。
「両方?」
 リオデが怪訝な表情をして、アリナを見つめる。
「ええ。部下を失って、なお、救出にも向かいたい。自分はその責任を取らなくてはならない。なんか、うまく言い表せないですけど、やっぱり、どっちの思いもあると思うんです」
 アリナはそう言って、トラークの背中を見つめていた。その中年の兵士の背中は、三人に何かを語りかけているようにも見えた。
「まあ、いいわ。それよりも休息よ。みんな疲れてるだろうし、一旦ここで休息をとるわ」
 そう言ってリオデは陣地の中へと、足を踏み入れて行った。ベルシアとアリナの二人も、それに続いて陣地に入って行く。
 空はいまだに晴れ渡っていて、憎いくらいに戦場とは対極的な美しさを、三人に感じさせるのだった。




 日は暮れだし騎兵隊は、陣地にテントを張っていた。そして、ひと時の休息を兵士たちは満喫していた。
 焚き火の周りに集まって、話をする兵士たち、ときおり笑い声も混じって聞こえてくる。リオデはその声を聞きながら、大き目の指揮官用テントの中で、ランプに火を灯して報告書をまとめていた。
「失礼します!」
 ベルシアの聞き慣れた声に、リオデは振り向いていた。
「何かようか?」
 リオデの問いにベルシアは、いつもの感情のない表情のまま答える。
「報告の者を連隊本部に向かわせましたから、明日にはここに連隊の救援部隊が来てくれると思います」
 リオデもまたそれに、淡白な口調で答える。
「そうか、ご苦労だった」
 言い終えるとリオデは、再び彼に背を向けて報告書に手をかけていた。
「隊長、少しは休まれてはどうです?」
 心配そうにベルシアは彼女に声をかけていた。この陣地を拠点として動くことを決め、テントを張ってからというものの、リオデはテントにこもっていた。普段ならば兵たちに労いの言葉をかけに見せるが、今はそういうわけにも行かなかった。
 トラークより話を聞きだして、そのことを報告書にまとめる業務に彼女は追われているのだ。
「隊長、兵たちが寂しがってますよ。顔をみせてくれと」
 ベルシアはそう言って彼女の返答を、直立不動のまま待ち続ける。
「休めといったり、動けといったり、本当に忙しいな。ベルシアの言うことは」
 背中を向けたまま、彼女は伸びをしてみせる。そして、首を押さえた後、腕を回して体をほぐしだした。
「お手伝いしましょうか?」
 ベルシアは妙な期待を抱きながら、笑みを浮かべて彼女を見ていた。
「遠慮させてもらうよ。お前に体を触られるくらいなら、アリナを呼んでしてもらうさ」
 リオデはそう言って立ち上がり、ベルシアに向き直った。そして、近づくなり彼の胸に一指し指を押しあてて言う。
「それに、下心があるのが、見え見えだぞ」
 そういわれてベルシアは動揺するようすも見せずに、から笑いして言う。
「はは、そうでありますか。見破られているとは、さすがは隊長であります!」
 特に悪びれた風もなく、ベルシアはリオデを見つめていた。彼女もまた、ベルシアを少し見上げる形で見つめる。
「で、なんで、お前はここにいる? 用事は済んだのだろう」
 リオデの言葉にベルシアは、わざとらしく元気よく返事を返した。
「はい! では、私はこれで」
 そうして、ベルシアは背中を向けてテントより出ようとしたときだ。
「待て、ベルシア」
 鋭く響くリオデの透き通った声、それがベルシアの耳をつんざいていた。彼はそのまま後ろを振り向くと、リオデが腰に手を当てて曇った表情で目を向けていた。
「アリナのことで、何か隠し事をしていないか?」
 真剣な目つきでベルシアを見つめるリオデに、彼は何も言えずにそのまま硬直していた。彼女にはアリナのことはばれていない。だが、何かあったことをリオデは感づいている。
「そのようすだと、やはり、何かあるみたいだな」
 リオデの言葉に胸をどきりと高鳴らせる。ベルシアは表情をかえずに、黙り込んでいた。
「まあ、いい。それが作戦の支障にかかわるのなら、お前から報告してくるだろうからな」
 リオデはそう言って、ベルシアから視線を外していた。その態度にベルシアは、罪悪感を感じずにはいられなかった。部隊長に重要な隠し事をしている自分にたいして、嫌悪感さえ抱いていた。
「隊長、アリナは……。アリナはかなり不安定な精神状態にあります」
 ベルシアは思い口を開いて、リオデにアリナの状態を報告した。厩舎であった彼女の情緒不安定な状況も、包み隠さずに全て話していた。
 話を聞き終えたリオデは真剣な表情のまま、ベルシアを見つめた。
「ベルシア、なぜ私がアリナの同行を許可したか、わかるか?」
 リオデの問いにベルシアはしばらく考え込んだ。村長に頼まれて断りきれなかったからか、いや、ガイドがいない今の状況を改善するためか、いずれにしても、今のアリナの状態を考えると、なぜ不安要素のある彼女の同行を許したのか、わからない。
「いえ、見当もつきません」
 ベルシアの目を、その澄んだ青いリオデの双眸が捉える。
「私は彼女が強い女だからこそ、同行を許した。けして村長に押し切られたわけでもない。アリナの芯の強さは、私が保証する」
 ベルシアはその言葉を聞いて、ほっと胸をなでおろしていた。このことをリオデに話せば、アリナはガイドを解雇されるのではないか。そんな不安を、彼女は真っ向から消し去っていた。
「だから」
そして、リオデはベルシアを見つめると、念を押して言う。
「お前が彼女の支えとなってくれ。でなければ、彼女はこの戦場ではもたない」
 リオデの言葉が重くベルシアの胸にのしかかった。それは彼女からの願い、それは少女を支えなければならない義務、それをリオデから仰せつかったのだ。
 家族を奪われ、仲間を奪われ、住む場所をなくした悲劇の少女、それを支えているのは、その小さな体の中にある大きな復讐心だ。それくらいはベルシアも察している。
 リオデはその少女の中にある復讐心ではなく、ベルシアがその代わりの支えとなれと彼に命じているのだ。
「わかりました。リオデ・ジュリア・ネイド大隊指揮官殿!」
 その意を汲み取ったベルシアは真剣な眼差しを返す。それにリオデはほっと胸をなでおろした。
「よし、いっていい」
 リオデの言葉にベルシアは、彼女のテントから出て行った。彼の背中を見送ったあと、リオデは一段落ついた報告書を、皮製のバッグに束ねていれる。そして、そのバッグをテントの隅に置いて、外の空気を吸いに出ていた。
 高原の夜の訪れは早く、先ほどまで明るかった夕空が、早くも黒く染まって星々を映し出していた。澄んだ高原の空気を、肺の中に思い切り吸い込んでから、白い息を吐き出していた。
 そんな彼女の耳に、楽しそうに談笑する声が届いていた。その声につられるように、リオデは足を運んでいた。テントとテントの間に、焚き木をくべて暖を取っている5人の部下の騎兵達、それが彼女の目に入っていた。
「で、あの賭けはどうするんだ?」
 一人の兵士がそう言って、右横の兵士を見た。
「ああ、あれか! 俺はレイヴァンがするほうにかけるぜ!」
 その答えを聞いた違う兵士が答える。
「マジかよ! 絶対無理だって、殺されるぞ!」
 そんな言葉にかかわらず、レイヴァンと思われる兵士が叫んでいた。
「俺はやって見せる。この騎兵隊に入ってから、ずっと憧れてたんだからな!」
「おう、やってくれたら俺の取り分と半分にしてくれよ」
 レイヴァンと名前を呼んだ兵士は、そう言っていた。
「だめだ。三分の一だ」
 レイヴァンはそう答えていた。
 どの顔もリオデが部隊内であまり見かけない顔だった。しかし、一度見た顔は忘れない。彼らを全く知らないわけではない。名前こそ覚えてはいないが、彼らはこのレルジアントに派遣される前に増員された兵たちだった。大隊指揮官に任官されてから、既に一年以上たっている。その中で最後に増員されたのが、今からちょうど半年前のことだ。
 その中に彼らがいたことを、リオデは覚えていた。
「何をやっているんだ?」
 リオデはそのやり取りのさなか、焚き火に当たろうと後ろから近づいていた。それを見た最初の兵士が、慌てて立ち上がって敬礼をしてみせる。他の三人も同時に敬礼して見せた。そして、彼女が後ろにいることに気づいていないレイヴァンと呼ばれていた兵士は、後ろを見てから初めてリオデがいることに気づいて、立ち上がった。
「いや、敬礼はいい。今は一緒に焚き木に当たらせてくれないか?」
「は! 喜んで!」
 レイヴァンがそう答えて敬礼しようとする。それを制止し、リオデはその横に座り込む。周りの兵士はそれでも固くなったまま、リオデを気まずそうに見ていた。
「何をやっている? お前たちの火だろう。何も立ったままでいる必要はない。楽に座れ」
 その言葉を聞いた四人の兵士は、ようやく気を落ち着けてその場に座った。
「隊長がなぜここに、わざわざ足を運んでこられたのですか?」
 レイヴァンと呼ばれていた兵士が、横のリオデに尋ねていた。
「なに、ちょっと外の空気を吸いに出ただけだ。名前はなんといった?」
 そうリオデがたずねると、兵士たちは各々で自己紹介を始めていた。王国の東部出身者、北方出身者、それぞれが違うところから志願して、王都を守る中央軍集団の近衛師団に入隊しているのがわかる。そして、最後に残ったのは、レイヴァンと呼ばれた兵士だけだった。
「レイヴァン・クレツィア伍長であります! 出身はポルターナですが、今はもう王都に移り住んでます」
「ほう。もしかして、お前はクレツィア採鉱社の社長の息子か?」
 リオデはそう言って、レイヴァンに聞いていた。彼は気恥ずかしそうに答える。
「はい。おっしゃるとおりです」
 レルジアント地方の豊富な鉄鋼資源、それを主に採掘しているのがクレツィア採鉱社である。創業からすでに百年が経とうとしているが、クレツィア家はあくまで郷土に本社を置いていた。そして、貴族としての爵位も授かってはいない。ただ、採鉱事業で莫大な富を築いている有力な家柄である。
 そんな有力な家柄にもかかわらず、レイヴァンはあえてこの道に進んでいた。
「なぜ、軍に入ったんだ?」
 リオデの問いかけに、レイヴァンはまたかと言わんばかりに、ため息を吐いて話し出す。
「故郷を守るためですよ」
 そう言って、苦笑するレイヴァンは西の空を見ていた。
「ちょっと前もここにユストニアの奴らが攻めてきたでしょう。その時に親族が大勢亡くなってるんです。だから、親父はユストニアの侵攻を恐れて、王都に移り住んだ」
 そこで言葉を区切ると、レイヴァンはリオデに顔を向けていた。
「ポルターナには、俺の幼馴染や知り合いが大勢います。だから、ここでこうやって戦える。それを自分は後悔していません!」
 レイヴァンはそう言って、真剣な眼差しをリオデに向けていた。
「隊長! あなたなら、ポルターナ、いや、このレルジアントを救ってくれると信じています! そのためなら、自分は命を捨ててもいいと思っています!」
 そう言ってレイヴァンは立ち上がり、王国式の敬礼をして見せた。それに同調して他の四人の兵士も敬礼をする。リオデもそれに答えて立ち上がって、答礼していた。
 この戦場では、万という人々の信念がひしめき合っている。それがある者は家族のため、ある者は故郷のため、ある者は金のため、ある者は国のため、挙げればきりがない。
 だが、ここにいる兵士たちの思いは一つ、ユストニア軍をこの地から追い出すことだ。
「必ず、ここにいる者たち全員で、ユストニアを追い出そう」
 リオデはそう言って、真剣な眼差しを五人に向けていた。そして、間を空けて再びその場に腰をかけていた。
「ところで、さっきちょっと小耳に挟んだんだが……」
 五人がそれに習って、座るのと同時にリオデは口を開いていた。
「その、さっき言っていた賭けというのはなんだ?」
 五人が一緒の表情を見せる。肩をびくりと震わせる者、胸を押さえる者、だが、その表情は硬く、そしてなぜか焦っているようにも見えた。
「なにか、悪いことを言ったか?」
 リオデが不思議そうに周りを見回す。
「いえ、何も! ただの兵隊の遊びであります! 賭け事をしなければ、息も抜けんと言うやつですよ!」
 レイヴァンが空かさず微妙に話をずらしていた。そのフォローに違和感はなく、リオデは「そうか」と言ったあと、他愛のない世間話をしだしていた。
 その場にいた全員が胸をほっと撫で下ろしていたのに、リオデは気づかずに話をしていた。
 それから、その場は猥談やら、他愛のない話で盛り上がっていた。彼らの声を聞きつけた兵士も、次々とテントより出てきて、いつの間にか彼女の周りには大勢の兵士たちで溢れていた。その中でも、レイヴァンは場を和ませたり、時には話を纏めたりと、気遣いのできるムードメーカーとして目立っていた。だからといって、誰からか恨まれるようなこともなく、むしろ、その場に居合わせた全員が、彼を慕っている。中年の兵士は彼を息子のように、若い兵士はよき同僚、年下の兵士は兄のように、それぞれが彼に対して、色々な想いを抱いている。
 リオデはその彼に、癒しを感じてうっとりと見つめていた。その光景を見ていた最初の四人が、ひそひそと話をしているのに、彼女は気づかなかった。
 リオデは時間がかなり経っていることに気づき、立ち上がっていた。
「今晩は楽しかった。皆、充分に休めよ。次の休息がいつになるかわからないからな」
 リオデはそう言って、話を切り上げると敬礼をしてみせる。その場に居合わせた兵士全てが、彼女に向かって揃って答礼をして見せていた。


?


「トラーク隊長がいません!」
 早朝の一声でリオデたち騎兵隊は、慌ただしく陣地の中を動き回っていた。彼女たち騎兵隊は一日の休息をとって、バスニア砦に直行することにしていたのだ。
 だが、陣地の中で騒動が起きていたため、偵察の一時見直しを行わなければならなかった。ここの部隊の指揮官であるトラークは、動けない負傷兵を残して、まるまる歩兵隊と供に消えていたのだ。
「最後に見たものはいるか!?」
 リオデがそう言って、陣地の中を駆け回っていた。トラークはここの敗残兵部隊の唯一の指揮官である。その指揮官が消えたとなれば、一体誰が連隊長に近況を報告ができるのか。この部隊には少なくとも、彼以外にいないのだ。
 戦況を把握して部隊を動かすのが、指揮官の責務である。兵隊はそれに従えばいいだけだ。そのため、最も情報を多く把握しているのは、指揮官である。そんな重要な指揮官が行方不明になっては、陣地の中が騒然とするのも当たり前のことだ。
「隊長!」
 駆け回っているリオデの元に、ベルシアがいち早く駆けつけていた。
「トラークの行き先がわかりました」
「どこだ!?」
 リオデが眉間にしわを寄せて、勢いよく振り返る。その勢いと、彼女の険相にベルシアは知らずの内に一歩下がっていた。それでも、淡々と報告する。
「バスニア砦ですよ! 動ける部下を連れて出て行ったと、負傷兵が証言しました」
 リオデはそれを聞いて、憤怒が胸のうちからこみ上げてくるのを感じた。
「くそ! 私としたことが!」
 リオデは口汚く呟いていた。彼が最初から死ぬ気なのは明白だったのだ。それでいて、ただ命令を下すだけで、何の対策もしていなかった。リオデはそんな自分に、はらわたが煮えくり返る思いを抱いていた。
「すぐに追うぞ! 騎兵隊全員に通達、全軍を持ってバスニア砦に向かう」
 リオデの言葉を聞いたベルシアは、目を点にしてリオデを見つめていた。
「ムリです! 彼らが出発したのは深夜、全力で追っても間に合いません!」
 ベルシアが必死にそう進言するが、リオデは真剣な表情でベルシアを見て強く言う。
「なんとしても、トラークを連れ戻さなくてはならない」
 にごりない瞳を向けられたベルシアは、その場で彼女を見つめたまま表情を硬直させた。トラークを追ってバスニア砦にたどり着いたとしても、彼らが無事である保障はない。なにより、バスニア砦は数千のユストニア兵に攻め立てられている。
 無闇に近づいて発見でもされれば、追撃部隊を出されて全滅しかねない。だが、リオデはそれを承知の上で言っていた。
「今は、何より司令部は情報を欲している。トラークが死ねば、その正確な情報もわからなくなる。その時は誰が情報を持ち帰る?」
 リオデの言葉にベルシアは言葉を失った。確かにリオデの言うとおり、トラークがいなくなれば、正確な敵の情報を得られなくなる。そうなった場合、必ずフォリオンは彼女の部隊をバスニア砦に向かわすだろう。そう、選択肢はないのだ。
「分かりましたよ」
 ベルシアは観念したように、首を左右に振ってみせた。
「ここにいる負傷兵はどうします? 大半が手負いで動けません」
「昨日、伝令を送ったから、救援がくるはずだ」
 リオデの言葉にベルシアは苦笑を浮かべる。
「果たして、きてくれますかね?」
 リオデはうつむいた後、表情を曇らせてベルシアを見ていた。
「本当のところは、わからん」
 ベルシアは合えて言葉を返さずに、彼女に背を向けた。
「全軍を徴集し、即時移動できるようにします」
 ベルシアの背中を見ながら、リオデは一言だけ返事をした。
「頼む」
 鷹揚のない返事に、ベルシアはそのまま歩き出した。この場を後にすることへのうしろめたさ、それは彼女のみが持っている感情ではない。
 ここを立ち去っていく兵士たち、全てがその感情を胸のうちに抱くことになる。
「総員、武装してバスニア砦にむかうぞ」
 ベルシアの声が、青空の下にある陣地に響き渡った。
 リオデはベルシアの背中を見送ると、自分のグイの元へと駆けていく。
「隊長さん」
 リオデは突然後ろから声をかけられ、その場に立ち止まる。そして、ゆっくりと振り向いた。そこには頭に包帯を巻き、腕を抱えた負傷兵が立っていた。
 負傷兵はリオデを見つめると、目に涙を浮かべて懇願する。
「トラーク隊長たちを、絶対に連れ帰ってください」
 その言葉にリオデは、うつむいてから答える。
「やることのことだけは、やってみる」
「頼みます。彼は私たち負傷した兵を、見捨てずにここまで運び上げてくれました。敵を蹴散らした後も、生存者を探して基地を見て回ってくれたんです。それで、命を拾い上げられた者もいます」
 負傷兵はそこで言葉を区切ると、リオデに近づいてから片腕で彼女の肩を強く掴んだ。
「だから、見捨てずに、連れ帰ってください!」
 リオデはうつむいたまま、何もいえなかった。トラークを連れ戻せる確率は限りなく低い。ここで、必ず連れ帰るとは言い切れないのだ。
 リオデはそのまま背を向けて、再び駆け出していた。そして、トラークをうらんだ。そこまで、部下を見捨てずにやってきた彼が、なぜ今になって無謀な突貫攻撃をかけるのか。自分の部下を押し付けて、自分のやりたいことをしようとする彼に、リオデは憤怒の思いを抑えきれずにいた。
 グイの前に立つリオデは拳を握り締め、空を見上げた。雲一つない快晴の青空、この下で何人もの兵士たちが命をかけて戦っている。そして、トラークも無謀な突撃をかけようとしている。
 無言のままリオデはグイに跨ると、颯爽とその場を駆け出した。




 アリナを先頭に、黒いグイの一団が高原をかけていた。グイの強靭な足が雪を掘り起こし、一刻も早くバスニア砦に向かわんと、忙しなく動いていた。
「リオデさん。バスニア砦の西側に、ちょっとした高台があります。そこからなら、バスニア砦とその高原を一望することもできます」
 先頭を走るアリナの横に、リオデはぴったりと離れずに走っていた。そのリオデにアリナはそう提案していた。
「わかった。そこに案内を頼む」
 リオデを見たアリナは、グイに蹴りを入れてさらに速く走らせた。暫く走っていると、遥か向こうに煙があがっているのが見えてきていた。
 その煙はか細く、今にも潰えてしまいそうにも見える。まさにその下にいる兵士たちの運命を暗示しているかのようだ。だが、それはあくまでリオデたちから見た時の話である。
 まだ形さえ見えないバスニア砦、だが、その戦場の煙は彼女たちから見えている。すなわち、その煙の大きさから、戦場は今まさに激戦のさなかであるのだ。煙の下で友軍の兵士が、命をかけて戦っている。一刻も早く、彼らの元に駆けつけてやりたい。
 リオデの胸のうちにいつの間にか、そんな焦燥感が抱かれていた。
 だが、彼女の任務はあくまで偵察である。現状を確認し、早急に本陣に情報を送り届けることこそが、彼女の任務であるのだ。そのためにも、なんとしてもトラークを連れ帰らねばならない。
「全員、急ぐぞ!」
 リオデはそう言って先導していたアリナの前に出ていた。
 雪に覆われた岩山の下にある雪原、空に舞い上がる煙、その端にある高台、リオデは高台に向かって黒い軍団をとにかく走らせた。
 その高台についた時には、すでに正午を回っていた。高台にはユストニア軍の歩兵、十名弱の死体が転がっていた。死んでから、まだ時間はたっていない。
 ユストニア軍の観測員だったのだろう。死体の傍らには黒い双眼鏡が落ちている。何より彼らは一方的に奇襲を受けたのか、誰一人として腰の剣を抜いている者はいなかった。
 リオデはその状況を見て、呟いていた。
「トラークは、ついさっきまでここにいたのか」
 部下たちをその場に待機させ、リオデは転がっている双眼鏡を手にしていた。そして、高台よりバスニア砦を見た。
 砦の周りには幾重にもユストニア軍の陣地がしかれ、その後方で無数のテントが所狭しという具合に、ひしめき合っていた。小さな砦に対して、数千の兵力を注ぎこんで、ユストニア軍は全力で攻め落とそうとしていた。
 その攻撃を必死に防いでいる砦、砦の西門の前には歩兵部隊が集結していた。上から見ればその戦況がつぶさに見て取れる。
「隊長、周辺に敵は見当たりませんでした。敵はこの高台を観測所以外に使っていなかったようです」
 ベルシアが双眼鏡を片手にもってリオデの横に立ち、周辺の安全確保ができたことを報告してきていた。彼女はそれに、戦場を見回しながら答えていた。
「無理もないだろう。ここは戦場から離れているしな。何より、この様子だとやつらは、我々が拠点にしている村が、自分たちの勢力にあると思い込んでいるんだろう」
 ベルシアは彼女の言葉に、うなずきながら言う。
「だから、こんな有用な場所にも守備隊を置いていない」
「守備隊を削ってまでも、バスニア砦を落としたいっていう焦りもあるのさ」
 リオデはそういうなり、ユストニア軍の布陣を改めて確認した。砦西門の前にはざっと歩兵一千名弱が布陣している。そこから距離を置いた北側には攻城砲と呼ばれる大型の大砲が3門配置されている。それを守るように、百名前後の部隊が、砲兵部隊の後方に二つ配置されていた。
 ユストニア軍の主力は西側に集中していて、砦の西側だけで軽く一千名を越えている。だが、主力以外の場所の南北側は、共に三百名程度しか配置されていない。
 正反対に位置する東側は、リオデの大隊が昨今見つけた攻略部隊の数と照らし合わせると、数百名程度であると考えられる。
 とはいえ、それでもユストニア軍の攻略部隊は二千名を優に超えており、今のリオデ達にとってはかなりの大部隊である。
 なにより、双眼鏡でバスニア砦の西側を見たとき、リオデは絶句した。
 石造りの城壁の一部が破壊され、そこになだれ込んだユストニア軍兵士と、王国軍の守備隊の両軍の兵士が乱戦を繰り広げていた。破壊された場所が一箇所であるため、今はまだ持ちこたえられている。だが、それも時間の問題である。
 ユストニア軍の大砲は健在であり、いずれは城壁のいたるところが破壊される。破壊された複数箇所に、同時に攻撃を受けたとき、はたしてバスニア砦は持ちこたえられるのだろうか。答えは、わかりきっていた。
「隊長、この状況だと砦は三日と持ちそうにないですね」
 ベルシアは双眼鏡を覗きながら、呟くように言っていた。
「そうだな。だからこそ、トラークを見つけなければ……」
 リオデはそう言って、双眼鏡を覗いてトラークを探していた。今なら、まだ間に合う。彼らがここを立ち去ってそう時間はたっていない。
「隊長! 砲兵隊の後方で、動きがあるようです」
 ベルシアはそう言って、砲兵の後方に位置している歩兵隊を指していた。リオデは彼の言葉に、深呼吸して感情を落ち着かせる。そして、双眼鏡を覗いていた。
 百名の歩兵隊に向かい、数十名の王国軍兵士たちが勇猛果敢に挑もうとしていた。
 彼らの狙いはあくまであの三門の大砲にあるのだろう。だが、それにしても、数が少なすぎた。
 なだれ込んでくる敵に立ち向かい、それでも数に押されて次々と討ち取られていく王国軍の兵士たち、その叫び声がリオデの耳にも遅れて届いていた。
「あれは……」
 ベルシアはそれ以降言葉を失って、何も喋ろうとはしなかった。
「トラークの部隊だ……」
 悔しさで唇をかみ締めるリオデは、それでも双眼鏡を投げ出さなかった。こうなった以上は最後まで見届ける義務がある。彼女はトラークたちの勇姿を目に焼き付けていた。数で勝る敵に勇猛果敢に挑み、そして、散っていく。その無情な光景を……。
 結果はものの数刻でついていた。王国軍の兵士は一人を残して、全滅していた。最後の一人の兵士はユストニア軍に囲まれ、身動きとれなくなっている。それが誰かは定かではない。
 包囲され、少し時間がたっていた。一行にその兵士に近づこうとする者は、誰一人としていない。戦場ではあまりに奇妙な光景が出来上がっていた。最後の兵士を包囲しつつも、一定の距離を置いている。そんな状態が双眼鏡の中に広がっていた。
「妙ですね。なぜ、最後の一人を討ち取らないんでしょうか?」
 ベルシアの問いかけに、リオデは答えずにそのまま、その光景を見守っていた。
 妙な緊張感が支配していたその戦況は、一瞬で変わった。最後の一人の兵士が、大勢の敵に向かって走り出したのだ。
 包囲していた陣形が一瞬にして、彼を中心にして崩れていた。何かが起こる。リオデは手に汗を握りながら、その光景を見ていた。




 トラークは高台を制圧した後、大砲の配置を確認していた。彼がこの戦場に来たときと、なんら変わっていないこの配置に、安堵のため息を吐いていた。
「隊長! 我々決死隊、総勢五十四名準備はできました!」
 トラークの前に整列する彼の部下たち、戦場でしか見られない死を割り切った男の澄んだ瞳が、まっすぐと彼を捉えていた。
「ここに集まってくれた諸君、私は本当に部下に恵まれている」
 トラークはその部下一人一人の顔を見て、瞳を合わせていく。屈強な王国陸軍兵士の顔を、彼はその脳裏に焼き付けていた。
「この孤立無援の状況でここまでともに戦ってこれたのは、部隊は異なっていても、私の指示を聞いてくれた諸君らのおかげだ」
 ゆっくりと全員の前を歩いて終えたトラークは、その顔を険しくして部下を叱咤する。
「諸君らは私の一番の誇りだ!」
 そう叫んだあと、トラークは部下の顔を見回して続ける。
「だからこそ、諸君らのその命、私にもう一度、預けてくれ!」
 トラークはそう言って、胸の前に拳を当てる敬礼をする。それに合わせて部下全員が、一斉に答礼を返していた。
「総員、前進だ!」
 トラークはそう叫んで、高台より踏み出していた。その後ろを部下たちが続いていく。
 彼らはとにかく大砲に向かって、前進していた。兵士たちはその胸に決意を抱き、ただただ足を進めていく。
 トラークは足を進めながら、自分の体に巻きつけた爆薬を握り締めていた。
 本来ならば砦で戦うための、備砲や鉄砲に使われるはずだった火薬だ。だが、それも一足早いユストニア軍の襲来によって、届けることはできなかった。トラークは何度か、砦に火薬を届けようとしたが、全てが失敗に終った。
 トラークが気がついたときには、鳥車二十台分はあった火薬はその半分にまで減っていた。挙句の果てには、最後の出撃で敵に潜伏場所がばれて襲撃されてしまった。命からがらそこから逃げ出し、兵を集めて回収できたのは、鳥車一台分に過ぎなかった。
 負傷者の救助をしながらの火薬回収では、それが限界だったのだ。なお、部隊で動ける兵士の数も半分を割っていた。
 事実上彼の部隊は壊滅したのだ。ユストニア軍はそれ以降、彼らを攻撃することはしなかった。だが、敵はユストニアの兵士だけではなかった。テントを張って負傷者たちを収容しても、高原の極寒と兵糧不足が彼らを襲ったのだ。日が経つにつれて、負傷兵は力尽きていき、今まで共に戦ってきたグイを泣く泣く食べることとなる。
 そんな過酷な戦いのさなか、トラークは胸のうちに決意した。バスニア砦を蝕む大砲をなんとしても葬りさることを……。
 バスニア砦の堅固な城壁も、大砲の打撃を受けていれば、いずれは破壊される。だが、その大砲さえなければ、あの砦は何ヶ月でも戦うことができるのだ。
 多くの部下を失い、退路はない。そんな状況下、彼が思いついた苦肉の策、それは火薬を体にくくりつけて、大砲に自爆攻撃を仕掛けるというものだった。
 そのことを部下に話すと、全ての部下が賛同して作業が始まった。
 火薬を筒箱に詰めて布に巻いて導火線をつける。そして、手製のマッチも作りあげる。負傷兵も総動員してその作業が続けられた。この絶望的な状況にもかかわらず、なぜか部隊の士気は高まっていく。そして、動ける兵士全員分の爆薬が出来上がったとき、リオデが来たのだ。
 彼女はトラークに部隊を、村に移動させるようにいった。そこでトラークは思いとどまった。これで負傷兵も、そうでない兵士も助かるのだ。それでいいではないか。
 そして、部隊長として、彼らを見送ったあと、自分は一人であの大砲の元へと向かうのだ。と。
 トラークは砦に火薬を運ぶという、最後の任務を果たすことができなかった。だからこそ、部下だけは助けて、自分だけは最後の責務を全うしようと決意していた。
 一日の休息をとることが決まったリオデたちと共に、部下には村に帰るように命令した。そう、それでトラークのみが、バスニア砦に向かうはずだった。
 その夜にトラークは爆薬を抱えて、陣地をあとにしようとした。だが、その後ろで声をかけて彼を止めた者たちがいた。
 それが、今、彼の後ろに従えている五十四名の部下たちだった。彼らもまたトラークと同じように、爆薬を体に巻きつけていた。そして、全員が笑顔で答えていた。
「トラーク隊長一人で行っても、何にもならんでしょう」
 トラークはその場で、全員に戻るように命令したが、誰もその命令を聞こうとはしなかった。そこで彼は初めて涙した。馬鹿な部下たちが、自分に従っている。彼らは最後までトラークと共に、歩むつもりなのだ。だからこそ、もう後には引けないのだ。
 トラークとその部下の前に、数百のユストニア兵が殺到していた。
「全員、大砲を爆破にかかるぞ!」
 トラークはその場で雄たけびを上げながら、部下を引き連れて雪原を疾駆していた。剣を抜き、迫ってくるユストニア兵を、次から次へと斬り倒していく。部下が一人、また一人と、血にまみれながら倒れていくが、今はとにかく前進あるのみだ。
 いつしか男たちの雄たけびは静まり返り、トラークの周りに幾重の兵たちが迫っていた。
「もはや、ここまでか……」
 トラークはそう言って、赤く染まった剣を雪原に放り投げる。その場にいたユストニア軍の兵士、全てが彼を拘束しにかかろうと近づいた。そのときだ。
「近づくな! そいつは爆弾を体にまいているぞ!」
 死体を確認していたユストニア兵の一人が叫んだのだ。一斉に距離をとったユストニア兵たちは、トラークを円形に囲んでいた。その様子が、トラークにはおかしくて、たまらなかった。思わず笑みを浮かべ、高らかに笑い声を上げていた。
「兵士ともあろうものが、この程度か。ユストニア軍もたいしたことはない」
 爆弾を前にして、恐怖をあらわにして慌てて逃げ出すユストニア兵、それを見てトラークは愉快でならなかった。
「この戦場で死んでいったものたちの魂は、ここで永遠に生き続ける」
 トラークはそう叫んで、ポーチからマッチを取り出していた。
「ここで死ぬことは、けして無駄死にではない!」
 そういった瞬間に、トラークは導火線に火をつける。そして、真正面のユストニア兵の群れへと向かって走り出していた。慌てて逃げ出すユストニア兵、それを見てトラークは呟いていた。
「逃げるか……。だが、もう、遅い」
 雪原に爆音が響き渡っていた。




「あれは……」
 ベルシアがそう言って壮絶な最後を遂げた、最期の王国軍兵士を見て言葉を失っていた。
「大砲を爆破する気でいたんだよ」
 双眼鏡をその場に放り捨てるリオデは、戦場に背を向けていた。
「しかし、自爆なんて!」
 ベルシアはどこにもぶつけようのない感情を吐き出すように、リオデに叫んでいた。
「最初からたどり着けるとは、思ってもいなかっただろうに」
 リオデはうつむいた後、ベルシアにまっすぐな視線を向けていた。
「隊長?」
 疑問に思って、ベルシアはリオデに向き直っていた。
「このままでは、バスニア砦は落ちる。だが、大砲さえ屠れば、本隊到着まで持ちこたえてくれるだろう」
 ベルシアは彼女の言っていることに、耳をふさぎたくなる衝動に駆られていた。彼女がこの先言い出すことが、彼には予想がついたのだ。
「まさか、そんな、無茶ですよ。敵は2千以上はいます」
 動揺するベルシアに、リオデは不敵な笑みをうかべていた。
「幸いなことにな。敵の砲兵隊は、本隊から距離があるところに配置されているんだ。それに……」
 リオデはベルシアに背を向けて、戦場に向き直る。
「グイの駿足を生かせば、砲兵の殲滅は可能だ。加えて敵の中に騎兵隊は確認していない」
 ベルシアはそんなリオデを見て思う。彼女は戦場に魅せられて動いているのだ。と。
「しかし、アリナはどうするんです?」
 最後の反論にリオデは、真剣な表情でベルシアに向き直っていた。
「お前は十人の部下と共に、アリナを連れて連隊本部に戻れ! 必ず、連隊をここに連れてくることを命じる!」
「しかし、隊長!」
 ベルシアの言葉を遮るように、リオデは真剣な表情で彼を見据える。まるで、死を覚悟した者のように、その瞳に迷いはない。
「これは命令だ。すぐに行け!」
 リオデの言葉にベルシアは奥歯をかみ締めていた。そして、彼女を睨みつけながら、何も言わずに背を向けて歩き出す。
「ベルシア!」
 リオデは彼の名前を呼んでいた。それにベルシアも足を止めていた。そして、ゆっくりと顔だけを彼女のほうへと向ける。彼女は戦場に似つかわしくない、明るい笑顔を浮かべていた。
「按ずるな。私は死ぬつもりはない。部下も無駄に死なせたりはしない。だから」
 そこで言葉を区切り、リオデは笑顔を真顔に変えてベルシアに言う。真っ直ぐな視線は、彼を捉えて離そうとしない。ベルシアはそれに答えて、リオデの正面へと向き直った。
「一刻も早く、連隊を連れてこい!」
 ベルシアはその言葉に、無言で敬礼をして見せた。そして、すぐに背を向けて走り出していた。全てはバスニア砦の友軍を救うためである。
 リオデはその背中を見つめて、答礼していた。


?


 高台に整然と整列する騎兵隊を前に、リオデはヘルメットを片手にグイを操っていた。
「総員、心して聞け!」
 彼女の横に立つ副官が、そう叫んでいた。その副官はベルシアではない。
「さきほど、我々の目標であったトラークは壮絶な戦死を遂げた。だが、彼の死は無駄ではない! 彼は我々をここまで連れてきて、砦の状況を私たちに知らせたのだ!」
 リオデは真剣な眼差しを兵たちに向けていた。今ある彼女の思いは、砦を蝕む大砲をなんとしても破壊、もしくは砲兵を殲滅することである。
「見ての通り、砦は大砲によって今まさに落とされようとしている。だからこそ、お前たちの力と命が欲しい」
 リオデの言葉に騎兵達は唾を飲み込んだ。それを見て、彼女は続ける。
「ここで散っていった兵士たちの弔い合戦だ。いかんせん、何があっても勝たねばならん!」
 リオデはヘルメットを被ると、サーベルを抜いて空高く振り上げていた。
「王国騎兵の誇りにかけて! 我々は勝利する!」
 その言葉に合わせて、騎兵達は一斉に槍を空に向けて上げていた。リオデはサーベルをしまうと、地面に突き刺していた槍を抜き取る。そして、騎兵達の前に出ていた。
「私に続け!」
 その一言で一斉に高台より騎兵達は駆け出した。その漆黒の毛並みの鳥たちに跨る騎兵達の顔に迷いはなかった。どの兵たちも、自分たち上に立つ隊長を信じて、騎兵槍を片手に疾駆している。その乱れなき統率力は、一糸乱れぬ正方形の陣形を維持させたまま、騎兵達を高台から駆け下りさせていた。
 その一直線上にあるのは、トラークたちの果てた敵歩兵隊の群れだ。更にその奥には、目標の大砲がある。
 突然現れた王国軍部隊に、ユストニア軍は混乱していた。一度目の攻撃を防いだものの、その攻撃方法があまりにも壮絶で無謀だったのだ。
 トラークの自爆攻撃は、ユストニア軍の歩兵たちを動揺させるのには充分すぎた。そして、続けて行われる騎兵の小部隊によるこの突貫攻撃である。数で明らかに劣っているにもかかわらず、騎兵隊は死を恐れずに向かってきているのだ。
 ユストニア軍のバスニア砦攻略部隊の指揮が乱れているのが、リオデには手に取るようにわかった。
 砦西門前の歩兵部隊の攻撃が、リオデたちを見た瞬間にやんだのだ。それだけではない。彼女が現れることによって、全てのユストニア軍の部隊の動きが一瞬で膠着していたのだ。
 高台を滑り落ちるように雪原に流れ込むリオデ達、そのさまは正にユストニア軍を覆わんとする黒い雪崩そのものであった。
「総員騎兵槍構え!」
 走りながらリオデは叫んでいた。その声が隊全体に届くことはない。だが、それでも、彼女は態度でそれを伝える。一糸乱れぬその騎兵隊の動きを見たユストニア歩兵は、唖然としてリオデたちを見ていた。
 リオデの目の前まで敵歩兵が迫り、彼女は槍を握り締める。呆然とする敵歩兵たちは槍の矛先を見て、慌てて逃げ出す。彼らの防衛本能が逃げ出せといっていたのだ。だが、時すでに遅し、迫りくる俊足のグイ騎兵隊の足から、逃れることは不可能だ。
 逃げ遅れた歩兵をリオデは一突きすると、次に迫ってくる歩兵の背中にまた槍を突き刺していく。その容赦ない攻撃に歩兵の集団は点でばらばらに逃げ出していた。
 本来ならば身を挺して、砲兵隊を守らなければならない。だが、その歩兵隊はなすすべなく、たった三百にも満たない騎兵隊に蹴散らされていた。
 彼女は予想外の展開に、内心驚いていた。歩兵隊はもっと強硬に抵抗してくると考えていたのだ。だが、結果はその正反対、騎兵を恐れて逃げ惑う烏合の衆に成り下がっていた。
 歩兵の群れを抜けたとき、リオデの目の前にはすでに障害はなかった。あるのは三門の巨大な攻城砲とその陣地、そして剣を抜いて動き回る砲兵たちだけだ。
 迫りくる攻城砲と、その端に詰まれた火薬の入っているであろう木箱と鉄の砲丸、リオデは唾を飲み込んで、気を落ち着かせていた。
 だが、それでも彼女の胸の鼓動は収まらなかった。砲兵たちはその騎兵の襲撃を、剣を抜いて待ち構えている。
 リオデはその待ち構えていた砲兵たちに向かって、突進していた。
 剣を振り上げてくる砲兵に槍を突き立てると、その場でグイを停止させる。
「砲兵を殲滅しろ!」
 彼女の叫びと共に、騎兵達の士気が舞いこした。雄たけびを上げて砲兵たちを切り伏せていく王国騎兵達、その様はまさに黒い悪魔の集団であった。
 果敢にも立ち向かってくる砲兵たち、だが、白兵戦を主任務とした屈強なる王国騎兵の前では、赤子同然だった。乱戦になるも、次々と討ち果てていく砲兵たち、リオデも果敢に攻勢をかけていた。
 次から次に立ち向かってくる砲兵たち、それを力でねじ伏せていく。一門の大砲を制圧するのに、時間はかからなかった。ここからが本当の戦いである。
 ユストニア軍もみすみす、このままリオデたちの攻撃を見過ごすわけがない。確実に体勢を立て直して、退路をふさいだ上に、こちらに向かってくるだろう。だが、それを許す前になんとしても残りの二門を制圧しなければならない。
「監視員! 敵に動きは!?」
 制圧を終えたリオデは、双眼鏡を持たせた騎兵に叫んでいた。
「ハ! 今はまだありません!」
 それに素早く答えるや否や、リオデは隊を次なる目標へと向かわせる。砲兵陣地の中を、次々と駆けていくグイに、砲兵たちは恐怖した。あっという間に一門を制圧し、次の砲へと足を向かわせていたのだ。その迅速さに驚嘆を隠し切れない。
 だが、ここで砲を放棄して逃げ出そうならば、確実に砲はあの統率のとれた部隊に破壊される。ここには、それだけの火薬がまだあるのだ。
「砲雷長! 敵が火薬に火を!」
 一人のユストニア兵が、制圧された砲兵陣地を見て指差していた。その先には、火薬箱の詰まった箱に、砲兵から奪った松明を投げ入れる騎兵の姿が見えていた。
 一瞬にして轟音と、爆煙が空たかくに舞い上がる。
「なんということだ。このままだと、全滅はおろか。大砲にぶち込む火薬がなくなるぞ」
 そう言ってユストニア軍の砲兵の長は立ち上がっていた。彼の胸に騎兵槍が突き刺さったのは、それと同時だった。
 目の前には大きな鳥に跨った王国騎兵の兵士、だが、それを見てなお、砲兵たちはひるまなかった。彼らはその騎兵に向かって、立ち向かったのだ。グイの太い足を斬りつけて、兵士を転倒させる。その転倒した兵士は、その勢いでヘルメットが脱げる。
 そこで、兵士たちは初めて動揺した。目の前にいるのは、女の兵隊だったのだ。長い赤髪の美女、それが彼らの長を倒したのだ。
 だが、彼らを驚嘆させたのはそれだけではない。彼女は立ち上がりざまにサーベルを抜いて、迫りくるユストニア兵を切り伏せたのだ。身のこなしも確りとしていて、隙が見当たらない。そうしている間に、次々と他の騎兵達がなだれ込んでくる。
 砲の隅で膝を抱えていた若いユストニア兵は、その一部始終を見ていた。彼女はユストニア軍に災厄をもたらす戦場の女神、黒い悪魔を率いる赤い死神、彼の眼にはそんな風に写っていた。
 グイを失ったリオデは、近くにあった指揮官用のユストニア軍の馬を奪い取って、部下たちの指揮をとっていた。
「部隊を二分し、同時に砲を制圧させるのに、時間はかかっていないか」
 馬上でそう呟いて、リオデは即座に真っ赤に染まったサーベルを振り上げていた。
 決着はほんの一瞬で決まる。二門の大砲を瞬く間に同時に制圧した。そして、兼ねてより指示を受けていた通り、リオデの部隊は迅速に火薬の集積所に松明を投げ込んでいく。
 次々と爆煙と轟音をあげていく火薬集積所、その迅速なる行動にユストニア軍はいまだに動けないでいる。
 爆破の成功を見納めると、リオデは即座に部隊を自分の元へと集結させていた。
「隊長! 敵が動き出しました!」
 観測員の騎兵がそう言って高台を指し示していた。そこからは、一条の狼煙が上がっている。それも全て、彼女の想定内のことだった。
 敵が動き出せば、高台に残してきた味方に狼煙を上げさせる。高台に敵が迫っているのならば二本の狼煙を、敵がリオデ達を包囲しようと動いたときには一本の狼煙を上げるように言っているのだ。
 一条の狼煙、すなわち敵本隊が動き出したのだ。早急に撤退を完遂しなければ、ここで全滅することになる。
 リオデは騎兵隊が集結するのを見ると、すぐに高台に向かって全速力で馬を走らせた。それに騎兵達も続いていく。幸いなことに、戦意を損失した歩兵隊が彼女らの道を塞ぐこともなかった。それも当然の結果だろう。ものの一瞬で、砲兵隊を全滅させているのだ。そんなリオデたちに一度蹴散らされたユストニア兵が、部隊を立て直して立ち向かおうという気にはならないだろう。それが真理である。
 リオデたちの目の前に敵はなく、一直線に高台に向けて帰れそうであった。
 一斉に走り出した騎兵達の動き、それは見る者を驚嘆させるのに充分であった。上から見ればそれが正に芸術といってもいい。一糸乱れぬ正方形の騎兵隊形は、まっすぐと高台に向かって進みだしていた。
「隊長! 馬の方はどうでありますか?」
「なかなか乗り心地のいいものだな! まあ、グイには小回りも劣って、少し扱いづらくもあるがな」
 横を走る部下に馬について尋ねられ、リオデは血と泥で汚れている顔に笑顔を浮かべて答えていた。ヘルメットを被っていない彼女の素顔に、部下も自然と口を緩ませていた。
 迅速な対応と行動、嵐の過ぎ去った砲兵陣地は黒煙と炎に包まれていた。それを背に、リオデたちは全速力で走っていた。騎兵の俊足を生かした一撃離脱の戦法、敵に騎兵部隊がないがためにできた作戦といえる。ユストニア、グイディシュ、両国の兵が横たわる地を、騎兵達は疾駆していく。そして、包囲をされる前に高台に登ろうと、丘陵の斜面に差し掛かった。その時だった。
 突然リオデの乗った馬がいななき、その場で前脚を空高く上げていた。そして、その場に白い泡を吹いて倒れこんだ。振り落とされないように、リオデは手綱をさばこうとしたが、一瞬の出来事に対応しきれずに馬から落ちていた。
 雪が巻き上げられ、その上にリオデが背中から落ちていた。
 彼女の横で馬が倒れこみ、苦しそうに息をしていた。その周りをグイたちが華麗に避けて走り去っていく。リオデはゆっくりと立ち上がり、息を整える。体を確認するが幸いなことに雪がクッションとなっていたおかげか、大事には至らなかった。
 馬が酸欠からか、疲労からか、それともその両方でその場に倒れたか、原因はわからない。後ろを見れば数百の歩兵たちが、迫ってきている。
「隊長、こちらへ!」
 一人の騎兵が彼女の前に現れ、リオデに手を差し出していた。後ろからは迫りくるユストニア軍歩兵隊、今は躊躇している暇はない。立ち上がった彼女はさしだされた手を掴み、その騎兵と共にグイに跨っていた。
 彼女が前に乗るなり、すぐに蹴りを入れてグイを走らせる。見る見るうちに迫っていたユストニア兵たちとの距離が広がっていく。だが、グイは二足歩行、二人を乗せて傾斜を登ることは相当な負担となる。
 高台まであと半分という距離で、グイは走るのをやめて傾斜で足を止めていた。
「隊長、やはり二人というのは、無理があったみたいですね」
 後ろから声をかけてくる兵士、リオデはその声に聞き覚えがあった。
「レイヴァンなのか?」
 リオデの言葉に騎兵は、苦笑して答えていた。
「はい! このままでは、歩兵隊に追いつかれます」
 グイの足が止まった今、ユストニア歩兵隊が後ろに迫り来ている。それをとめる兵力は、すでに彼女のもとにはない。
「でも、隊長一人なら、こいつもまだ走れます!」
 リオデはその言葉を聞いた瞬間に、レイヴァンの顔を見ようと振り向いた。
 それと同時だった。レイヴァンは突然彼女の唇を奪っていた。体をひねった状態のままの彼女の顔を、両手で包み込むようにしてあてる。そして、唇を重ねていた。
 突然の彼の行動に、リオデは困惑しながらも抵抗はできなかった。今無理に動けば、二人ともグイの上から落ちてしまう。温もりのある手と唇、それがリオデの頬と唇を伝わってくる。短いキスの時間、ホンのひと時の戦場の真っ只中にある休息がそこにあった。
「な、なにを!?」
 唇を離したレイヴァンは、振り向いたリオデに自分のヘルメットを被せていた。そして、見ているだけで快活になる爽やかな笑顔を浮かべる。
「死ぬ前くらい、憧れの女とキスしたって許されるでしょう」
「き、貴様、ま、まて……」
 リオデが止めようとしたとき、彼はグイの胸に思い切り蹴りを入れる。そして、自らはそれと同時にグイから飛び降りていた。疾駆しだすグイの上で、リオデは男の背中を見つめる。若い一兵士が、彼女を救うために自身を犠牲にするその姿を……。
「馬鹿! これでは、これでは、私は!」
 言葉にしようにない感情が彼女の胸の内に湧き出していた。レイヴァンに声をかけようにも、彼はすでに遥か後ろにいる。そして、一人、ユストニア歩兵隊に向かって走り出していた。
 今から戻っても、彼を助けることは無理である。もし、彼のところに戻ったとしても、自分も殺されるのが目に見えていた。
 だからこそ、戻りたくても戻れなかった。レイヴァンの命を無駄にしないためにも、戻ることは許されない。
 リオデは知らずのうちに視界が潤んでいることに気づき、目をこすりあげる。この戦場に入って幾度となく仲間の死を、多くの人間の死を見てきた。だが、彼女が涙を流したことはなかった。冷酷と呼ばれ、それでも涙は流せなかった。
「どう、どうすればいい。私は、上に立つ立場にあるんだ。なのに」
 部下の前ではけして涙を見せない。常に強い人物であらねばならない。そう、自分は部下の命を預かっている身だ。仲間に犠牲が出ても悲しんではいいが、涙は流さない。
 そうして、今まで耐えてきた。だが、彼女は涙を流していた。
「どうしてくれるんだ! 本当に馬鹿!」
 そう叫んでリオデは手綱を握り締めていた。唇をかみ締め、涙をぬぐいとって、潤んだ瞳を瞬いて首をふって、涙を振り払う。
 高台についたとき、待っていた騎兵隊の兵士たちの顔色は沈んでいた。こんな時に、どんな声をかければいいのか。リオデにはわからなかった。だが、そんなリオデたちに関係なく、敵は迫ってきている。
 ふと、リオデはベルシアの顔を思い出す。彼ならこう言ってくれるだろう。
「感傷に浸るのはあとだ! 死んだらそれもできなくなるぞ!」
 リオデはそう兵士を叱咤していた。一人の部下の犠牲を糧に生き残った者の言う言葉ではない。彼女はそれを重々承知してないがら、指揮官であるがために叫んでいた。今、この場を動かせるのは、彼女以外にいないのだ。
 張り裂けそうになる胸の思いを我慢して、リオデはレイヴァンのグイに蹴りを入れる。彼女に続いて騎兵隊全員がその場から駆け出していた。
 それから、どのくらい走ったのだろうか。とにかく進路を北にとって、リオデたちは走っていた。来た道をたどり、とにかくグイたちの足を進ませる。いつしか、辺りは闇に包まれていた。
 やむなく休めそうな場所を探し出し、ようやく見つかった岩場の丘陵地帯、その麓でリオデたちは休むことにした。焚き木も持ち合わせてはおらず、あるのは身に付けている防寒用のコートと少量の携帯食料だけだった。高原の夜のいてつく寒さを、これだけで過ごすのは少し心細い。
 リオデは部下に命じて、状況を確認させていた。
「報告! 未帰還者が十四名、負傷者は二十四名、いずれの者も軽傷です。残りの二百四十四名は無傷です」
 岩に腰をかけているリオデは、部下の兵士に労いの言葉をかける。
「ご苦労。負傷者の手当てが済みしだい、お前も休め」
 リオデは兵士の肩に手を置くと、そのまま歩き出していた。戦いに勝利したものの、兵士たちの士気は低く、どの兵も疲れきった表情をしていた。リオデは疲れきっているにもかかわらず、歩いて負傷者のもとにいき、労いの言葉をかけにいく。
 その姿に他の指揮官にはない、安らぎを感じる兵も少なくはなかった。
 負傷者に言葉をかけ終えると、リオデはそのまま行く当てもなく部隊の兵たちに声をかけて回っていた。兵たちは一時的な休息と、彼女からの儚い癒しを得ていた。
「リオデ隊長……」
 疲れた表情も見せず、笑顔のまま呼ばれたほうへと顔を向ける。そこには、あのレイヴァンと共にいた兵士四名がいた。それ以外にも十数名の兵士たちがそこに集まっている。
「なんだ?」
 彼女は表情を変えずに、その兵士たちの元へと足を歩めていた。そして、兵たちの前まで来ると、その場に腰をおろす。
「レイヴァンは……。あいつは、帰ってないんですね?」
 昨日の夜まで元気のよかった兵たちの顔は一変し、今では味気ない勝利と疲労で暗い表情をしていた。リオデの顔を真剣に見つめて、一人の兵士は聞いている。それに彼女は笑顔を消して、うつむいて暗く返事をしていた。
「あぁ……」
「隊長、あいつはあなたを助けるために、最前列からわざわざ離れていった。結果、隊長は助かった」
 一人の兵士がそう言ってリオデに語りかけていた。
「あいつは、隊長に惚れてたんだ。故郷に恋人がいるとか抜かしといてな」
 そう言って顔をうつむかせる若い兵士、そこに彼を普段から慕っていたことが窺い知れた。そして、その横にいた兵士もまた、その続きを語るように口を開いていた。
「貴族でもないあいつが、隊長と一緒になれるわけがない。あいつは半分は諦めていた。だから、俺たちはかけてたのさ。隊長を抱けたらあいつの勝ち、ふられりゃあ俺らの勝ちってな」
 リオデは指を唇にやっていた。あの時のレイヴァンの言葉、なぜかそれが頭から離れない。こびりつくような、男の言葉がどうしても、離れようとしない。
「だが、死んでは何も、何もできないじゃないか……。賭けだって、家族のことだって、その恋人にだって、親友にだって、私を助けるために、死ぬことはなかった」
 リオデはうつむいたまま、呟くように言葉を口にしていた。故郷のために戦えることに、後悔はしていないと言っていた。だが、死んでしまっては戦うこともできない。
「隊長、あなたはそういう立場にあるんだ。仕方ないさ」
 中年の兵士がそう言ってリオデの肩に手を乗せていた。そして、続けて語っていた。
「それに死んでしまった者のことをどうこう言っても帰ってきはせんのです。それはそいつの運命ってもんですよ。あそこで死ぬ奴、そこ以外で死ぬ奴、全部そう決められていたんです。今できることは、ここで散っていった者たちに祈りを捧げることでさあ」
 中年の兵士はそう言って、彼女を元気付けようとしていた。
「だが……」
 中年の兵士は今にも泣き出しそうなリオデの両肩に手を乗せると、力強い口調で彼女に言葉をかける。
「隊長、あんたは一兵卒の死に動揺しちゃいけねえ。何があろうが、あんたは俺たちの隊長なんだ。その隊長は、部下想いであるのはいいが、その兵の死に動揺する姿を見せちゃ、いけねえ! 今はあんただけが頼りなんだ。みんなをここまでまとめ上げて、引っ張ってきたのに、たった一人の兵士の死に動揺することはしちゃならんのだ」
 中年の語気はあらあらしく、リオデを叱咤していた。今まで我慢していたモノを全てこの場に吐き捨てたい。だが、彼女にそれをすることは許されない。
「あいつの死を無駄にしないためにも、リオデ隊長、しっかりしてください!」
 中年の兵士の声に、無言のままリオデは立ち上がっていた。唇をかみ締めて、拳を握り締める。そして、彼女は口をあけた。
「わかった。すまなかったな」
 リオデはそう言い残して、兵たちに背を向けていた。その頬に一筋の涙が、流れ落ちるのを見た者はいない。夜の闇がそれを、ひた隠しにしてくれた。


?


「カート隊長の予想通り、進路はあの岩山の麓に取られているようです」
 掘り返された雪道を見て、一人のユストニア兵が報告をしてきていた。
「そうか、やっぱりな。ここらの地図を頭に記憶しといてよかった」
 兵士の報告にユストニア軍の山岳歩兵隊の小隊長、カート・アルバーツェリンは満足そうな笑みを浮かべていた。
 彼はユストニア軍のバスニア砦攻略部隊の最高指揮官より、命令を受けていた。
「どんな手段を使ってもいい。大砲三門を奪ったツケを、やつらに払わせろ!」
 ユストニア軍攻略部隊の攻城砲は、このバスニア砦を攻略するための要であった。連日撃ち続けた砲弾により、西門の一部が崩壊していた。ユストニア軍はその崩壊した部分に戦力を集中させた。だが、一箇所からの攻撃は予想もたやすく、王国軍は冷静にその攻撃に対処していた。
 そのため、兵を下げて、攻城砲で徹底的に西門を破壊しようとしたのだ。
 だが、その矢先に少数の歩兵隊による自爆攻撃と、騎兵隊による突貫攻撃で大砲が使用不能になったのだ。とはいえ、大砲自体はなんら問題ない。
 一番の問題は砲兵と火薬の損失だった。火薬がなければ、大砲を撃つことはできない。その上、一発や二発を撃てたとしても、砲兵がいなくては正確な射撃もできないのだ。
 この三門の砲の損失は、ユストニア軍のバスニア砦攻略を難攻させていた。
 なにより、歯がゆいのは、三門を破壊した騎兵達を取り逃がしたことだった。もし、守備もせずに、逃げ回った二百の兵が、立て直して騎兵隊の前に立っていれば、戦況は一気に変わっていたかもしれない。
 だが、歩兵隊二百の指揮官は、部隊を立て直すことができなかった。あげく、本隊に逃げ帰ってくる始末であった。
 その二百の部隊が真っ先に、破壊された場所に投入されるのは言うまでもなかった。
「カート隊長、何か考え事でも?」
 なまりのひどい兵士の問いに、星が瞬く夜空を見上げながらカートは答える。
「いや、ちょっくらな。相手の指揮官を見てみたいと思ってな」
 それだけのことを少数の部隊でやり遂げた。かなりの手練れの指揮官であることに間違いはない。さらに、その指揮官は噂によれば、女であるらしいのだ。生き残った若い砲兵が、その指揮官を間近で見ているのだから、信憑性はそれなりにある。
 カートは唇を歪な形に緩めると、部下の兵士の首に腕をまわしていた。
「ぜひ! ぜひ、手合わせしてみたいものだな!」
 急なカートの行動に、兵士は狼狽して答える。
「これから、手合わせをしに行くんでねえのか?」
「おお、そうだったな!」
 カートはその兵士の言葉に、快活な笑みで答えていた。
 彼の後ろには二千名以上の中から選ばれた、夜目の効く五十名余りの兵士が続いていた。カートは夜襲を前提に、動いているのだ。
 夜襲ならば数でつく力の差を限りなく均衡にすることができる。なおかつ、大部隊で動くよりは少数の兵士を連れて動くほうが、敵にも発見される可能性は低くなる。
 それに加えて夜の闇での乱戦は、同士討ちの危険もある。その危険を下げるためにも、夜襲は少人数がいいのだ。
「ぬすても、本当にたったこれだけの人数で、かてるんですかいね?」
 カートの横にいる兵士が、不安そうに聞いていた。カートはそれに、わざとらしく大げさに声を上げて答えていた。
「まさか、お前、敵を全滅させるとでもおもってんのか?」
「え? 違げえんのですか?」
 敵の殲滅を当然と考えていた兵士は、カートの言葉に唖然としていた。
「馬鹿いえ、ツケを払わせろって命令を、俺が馬鹿正直に「はいそうですか」と聞くとでも思ってんのか?」
 横の兵士はさも当然というように、なぜかなまりをけして元気よく答える。
「はい! そう思っていたであります!」
「馬鹿いえ!」
 カートはそう叫んで、横の兵士の頭を握り拳で殴っていた。たまらず頭を押さえる兵士は、心底ヘルメットを被っていないことを後悔した。
「そんなことあるか! この俺が利権にまみれた貴族どもの言うことを聞くわけがないだろう!」
 カートはそう叫んで、後ろの部下を見渡していた。どの歩兵も皆元は平民と農民、そして根っからの軍人である。貴族の人間は、ここには含まれていなかった。それもこれも、カートが独断と偏見で選んだからである。
「もとはといえば、あの貴族どもがこの高山の利権に目が眩んで始めた戦争だ! したくもない戦争に借り出されて、死んでいくのは大半が農民と平民さ!」
「カート隊長は学があるんでづねえ。自分にはさっぱりでさぁ。農作業しでてぇ、徴収来たから来ただけで、金くれるんなら、それでいいかって。自分は!」
 横の歩兵の言葉に、カートはため息をついたあと、誰にも聞こえないような声で呟く。
「この馬鹿農民が」
「へ、何がいいました?」
 そのはずであるのに、横の兵士はしっかりとその言葉を聞き逃していなかった。だが、カートはそれにかまうことなく、すぐに話題を変える。
「そんなことより、例の部隊を本当に見てみたいもんだ。特に、指揮官を!」
「えれえ、別嬪さんやときとりますが、自分も見てみたいもんでさぁ!」
 カートの話に兵士はのってきていた。ユストニア軍の中でも、以前より王国の女性指揮官というものが噂になっていた。タリボン攻略部隊を退ける突破口を開いたり、タリボンの予備隊奇襲を未然に防いだり、ラネス平原の決戦では先頭に立ってユストニア軍の主力を打ち砕いたと言われている。
 その女性指揮官をみた兵士は、みんな口をそろえて言うのだ。「赤い死神」と。
「是非、捕まえて帰りたい! 話をしてみたい!」
 カートがそう叫ぶのを聞いた兵士は、ヘルメットを被りながら彼に質問していた。
「もしかしで、その指揮官見に行くためだけの奇襲ですか?」
 カートはそれを聞いた瞬間に、今度はその兵士の後頭部をヘルメットの上から思い切り平手打ちしていた。
「いだだ!」
「馬鹿もん! ヘルメット被ったって同じだ! ヘルメットをグーで殴る馬鹿がいるか! そうじゃなくて、捕まえるのが目的なんだよ!」
 カートの言葉を聞いた兵士は、ヘルメットを外して後頭部をさすりながら聞く。
「捕まえるも、何も、何か策があるんですかい?」
 その兵士の言葉に、カートは不気味な笑みを浮かべる。
「作戦、んなものはない。ただ、あいつは必ず戦闘では前に立ってきている。だから、今度も必ず出てくるさ。そこを捕まえる!」
「そんな、むちゃな」
 兵士は呆れて言葉を失っていた。カートは貴族を恨みすぎて、頭がおかしくなっているのではないか。兵士にはそう思えて仕方なかった。
「なんだぁ。貴様、その目は? 不快でならんわ、このボケ!」
 三度目の鉄拳が兵士に飛んでいた。




 リオデたち騎兵小隊は、岩山の麓で休息を取り続けていた。夜目のきく歩哨を周辺に立たせて、警戒も怠ってはいない。それでも、寒さとの戦いはだれも防ぎようがなく、兵士たちは肩を寄せ合って暖を取るしかなかった。
 リオデもあれから一睡もせずに、コートの中で足を抱えて岩場に腰を下ろしていた。幸いなことに彼女たちのいる岩場は、切り立った岩壁に窪みがあった。そのおかげで、雪の積もっていない岩場に腰を下ろすことができたのだ。
 それでも冷えることには違いはない。これならば、グイに乗っているほうがまだ暖かく感じられるかもしれない。
 そんな中、彼女は悩んでいた。
 自分は本当にこの部隊を率いて、戦い抜くことができるのか。それ以前に自分にこの部隊を率いる資格があるのか。それさえもわからなくなっていた。
 自分がここにいることが本当に正しいのか。その問いに答えてくれる者は、いない。寝られない以上は、考え事をして気を紛らわすしかない。だが、その考える方向は、常にうしろめたさで一杯なためか、彼女にとってマイナス面な方へしか考えられなかった。
(私は、私は本当にどうしてここにいるんだ?)
 あの時、グイを降りてレイヴァンと一緒に走っていれば、目の前で部下を失うこともなかったかもしれない。あの時、なぜ、彼はあんな行動にでてしまったのか。なぜ、なぜ、私なんかのために。
 リオデは思いつめた様子で、手元にあった短剣を出してみていた。
 鞘全体に金色のベレードと呼ばれる蔓類の植物の装飾が施され、剣の柄には小さなルビーが一つ埋め込まれている。これがリオデの軍人としての証である。
 軍学校を卒業したとき、上位五人の成績優秀者のみに送られる栄誉ある短刀、そして、指揮官として、兵の上に立つ者の証でもある。これを授かったときに、一兵の死をも恐れずに作戦を遂行していくことが義務付けられていた。
 軍学校においてもそのことは、徹底的に教育されて身にしみているはずであった。そうであるはずだった。
 軍隊では仲間の死を悲しむことはあっても、それをいつまでも悔やんでうじうじと引っ張ることは許されない。だが、それはどんなに軍の教育が徹底されていても、個人差というものが出てくる。
 戦に対する時間と経験が豊富になっていくにつれて、その感覚も麻痺していく。それがリオデには怖くてたまらなかった。自分は人を殺し、それでいて、このように平然と息をしている。そして、部下をも犠牲にして生きながらえている。
 そうなることを、彼女は軍に入ったときに覚悟していた。はずなのに、そんな自分をとても嫌悪していることに気がついていた。
「私は、一体なんのために戦っている?」
 リオデは軍学校に入ったときに、教官が言っていたことを思い出した。
「信念のない者はこの場から立ち去れ」
 上に立つ者は己の信念を突き通し、その信念のためならば部下を失うことさえ恐れるな。
 彼女の頭の中で、何度となく復唱されるその言葉、リオデは頭を抱えていた。
「なぜ、なぜなんだ!」
 短剣をその場に投げ捨て、彼女はとにかく頭を抱えてうつむいていた。その目からは涙が流れ出している。嗚咽こそ漏らさないものの、涙はとめどなく目から流れ落ちていた。
 その様子を見る兵士は、周りにはいない。
 本当ならば大声を上げて、この場で泣き出したかった。それでも、今それをすることはできなかった。この姿を部下に晒すことは、自分の弱みを部下に見せ付けることになる。そんな指揮官に、そんな女に、部下たちはついてくるのだろうか。
 現にここまで引っ張ってきたのは事実だ。そして、あの大砲の破壊も間違いではない。と、彼女は確信している。だが、はたして、今のままで部下はついてきてくれるのか。彼女の不安は最高潮に達していた。
「隊長? こんなとこにいたんですか?」
 一人の若い兵士が彼女の前に現れるなり、声をかけていた。
「隊長?」
 返事を返そうとしないリオデに、その若い兵士は彼女に近づいていく。その途中に何かを踏みつけて、彼は立ち止まる。そして、その何かを屈んで拾い上げていた。それは美しく装飾された金の柄と白い鞘の短剣だった。
 兵士は手に取った剣が、けして彼の触れるべきものでないことがわかった。それと同時にどうすべきか、彼は困惑していた。だが、これを落とした張本人は、コートに包まったまま身動きをとらない。
「寝てるのですか?」
 そう聞いたが、リオデは返事を返せない。今、口をあければ嗚咽が漏れ出してしまう。それだけは、なんとしても避けなければならない。
 若い兵士は短剣を片手に、空いた片手で頭をかきむしっていた。
「参ったなあ……。起こしていいもんか。いや、それ以前に、ここは極寒の地だ。寝てるとしたら、起こさなきゃ死んじまうしな。だが、最近ご無沙汰だし、ここで隊長触ったら、ただでさえ我慢してるのに、襲っちまういそうで、でも、そんなことしたら、隊のみんなにたこ殴りにされた挙句に、無職になっちまうよなあ」
 そんな長々とした独り言を呟く若い兵士は、短剣を片手に必死に何か一人で葛藤しているようだった。ただ、その内容がリオデに全て筒抜けていることに、兵士は気づいていない。
 そんな彼の独り言を聞いていたリオデは、妙に元気付けられていた。今なら少しは落ち着きを取り戻せる。兵士はそんなリオデをよそに、トンと自分の手の平を叩くと決心して彼女に近づいていた。
「た、隊長! 起きて、起きてください」
 彼女に近づいた兵士は、彼女の肩をゆっくりとさすっていた。そして、生唾を飲み込む。その音も全て彼女の耳に入ってきていた。リオデはその行動に胸の鼓動を早めていた。このままでは、襲われる。だからといって、この顔を見せることはできない。
「お、おきない。た、隊長が、わ、わるいんで」
 そう言いながら彼女に抱きつこうとした時、リオデはその兵士の手を掴んでいた。
「た、隊長、おきてたんですかぁ……」
 若い兵士は額に見えない汗をたらして、苦笑しながら彼女を見つめていた。近くに来て彼女の頬が濡れていることに、兵士はすぐに気がついた。
「貴様がしようとしたことは、若気の至りということで、今回は大目にみてやる」
 リオデは鼻声で、そう言っていた。兵士は体を硬直させたまま、リオデを見つめていた。
「あ! は! 申し訳ありませんでした!」
 若い兵士はすぐに気おつけをして見せると、大きな声でわめくように謝っていた。
「まったく、うちの兵士には隙も見せられんな」
 鼻をすすりながら、リオデは若い兵士を見ていた。その顔に見覚えがあった。そう、あのレイヴァンに賭けると豪語していた兵士だ。
「ウィルフィ、だったな」
 レイヴァンと一緒にいたウィルフィ、彼は北方出身ということもあってほっそりとした顔立ちに、短く切りそろえた銀髪に綺麗な白い肌をしている。そして、リオデよりも一回りも、二回りも大きな体格をもっていた。
「名前を覚えて頂いていたとは、光栄であります!」
 そう言って硬直するウィルフィ、そんな彼にリオデは立ち上がって手を差し出していた。
「さて、お前には感謝することが二つある」
「は、はぁ?」
 リオデの差し出された手の意味を、ウィルフィは考える。そして、すぐに答えを出していた。
「も、申し訳ありません!」
 ウィルフィは右手に握る短剣を、リオデに慌てて手渡していた。これは、けして下にいる兵の持つものではない。それがわかっているからこそ、ウィルフィは慌てていた。
「謝ることはない。このことで何も悪いことはしていないじゃないか?」
「は、しかし、自分は」
 そこでリオデは彼を見上げて、人差し指を彼の唇に当てていた。
「これ以上は喋るな。私が不快になる」
 リオデはそう言って、ウィルフィの顔を見つめる。そして、涙を流していたことを見られた恥ずかしさからか、リオデは目をそらして言う。
「その、褒美を、お前にやる」
 ウィルフィはその言葉に、鼻の下を伸ばしてみせる。もしかすると、もしかすれば、彼女と体を温めあえるのではないか。そんな甘い考えが彼の頭の中に広がっていた。
「ついてこい!」
 リオデは声を振り絞って、ウィルフィに向かって叫んでいた。その声にびくりと体を震わせる彼は、彼女の背中を急いで追っていた。
 幸いなことに外は吹雪くこともなく、快晴の綺麗な星空が広がっていた。その下の雪原を二人は歩いていた。歩哨はそこから見えないが、少し歩けば近くにいることは間違いなかった。
 前を歩くリオデは、足を止めるとウィルフィに向き直る。そして、命令をしていた。
「そのコートを脱げ!」
 その一言にウィルフィは、言われたとおりにコートを脱いで雪原に内側が濡れないように置いていた。そのおりに彼は思う。
(た、隊長も大胆な場所で、しようとするんだな)
 リオデもコートを脱ぎ、雪原に置いていた。二人は冬季の黒い軍服の上に、胴当てを付けた軽装の格好のままで見詰め合う。
「お前の剣を抜け」
 ウィルフィはリオデに言われ、何を勘違いしたのかズボンを脱ぎだそうとする。
「ば、ばかもの! そ、そういう意味じゃない!」
 慌ててリオデは顔を覆い隠しながら、狼狽していた。ウィルフィはズボンこそ脱がなかったものの、リオデを見つめてベルトを締めなおす。初めて見るリオデの初心な女性らしい恥じらい方、それを可愛いと思いつつウィルフィは尋ねていた。
「えっと……。褒美って言うのは?」
 呆気に取られているウィルフィを、リオデは赤面して、わざとらしく咳払いをする。
「私と真剣の稽古をすると言う意味だ!」
「な、なるほど!」
 リオデはウィルフィに呆れを通り越して、言葉をかける気にもならなかった。彼は戦友を失っているにも関わらず、このような振る舞いを平気でやってのける。しかも、その戦友が少なからず想いを寄せていた人に向かってだ。
「わかったら、さっさと腰のサーベルを抜いてかかってこい!」
 そんな彼に怒りを感じつつ、リオデはそう言っていた。ウィルフィはそんな彼女を見て、ニヤつきながら答える。
「隊長、この摸擬稽古、勝ったらご褒美を」
「好きにするがいい」
 明らかに殺意のこもった視線を向けられたウィルフィは、そこで口を噤んでいた。リオデは明らかに怒っている。だが、彼にはその理由が今ひとつわからなかった。
「じゃあ、いきますよ!」
 ウィルフィは腰のサーベルを抜き出すと、その白銀に輝く刃を夜空に掲げていた。対するリオデも、血糊のついたサーベルを抜いて彼を待ち構えていた。
 走って袈裟懸けを繰り出していた。それをリオデは身を少し引いて上段に構えて受けていた。そして、ウィルフィの目を見つめて、彼女は口を開く。
「なぜ、戦友が死んだのに、そんな態度を!? 悲しくないのか?」
 ウィルフィは彼女の問いに、力の均衡を保ったまま答える。
「悲しいですよ。でも、死んだらそれまでです!」
 リオデはサーベルを振り払うと、ウィルフィから距離をとった。そして、今度は彼女から斬りにかかる。あえて上段からの読みやすい一撃をあたえる。ウィルフィはそれを受けると、リオデと視線を交わす。
「死んだ者のことを悔やんだって、帰ってきませんから!」
「だからといって、そこまで割り切ることはないだろ!」
 リオデの一言に、ウィルフィは力強くサーベルを跳ね除ける。そして、距離をおいてから、リオデに向かって言う。
「隊長! 俺たち兵隊は捨て駒と一緒だ。だから、いつだって割り切って仲間の死も受け入れなければならない。でないと、やってられないんですよ」
 ウィルフィはそう言って構えるのをやめる。そしてサーベルを腰にしまいだす。
「どうした?」
 リオデは怪訝な表情をして、構えるのをやめていた。
「隊長。あんた、甘ちゃんだよ。指揮官には向いてない」
 上官に対する態度を急に変えたウィルフィは、リオデに鋭い視線を突きつけていた。
「私が、甘ちゃん?」
 リオデは突き刺さるウィルフィの言葉に、胸を押さえたくなる衝動を抑えていた。ずきずきと痛み出す彼女の胸の内、それを彼は容赦なく抉っていく。
「そうさ。あんたは、下の兵の中に飛び込んでいって、俺たちの気持ちをわかったつもりでいる。だけど、それは兵隊のためじゃない。あんた自身の言い訳のためだ。兵隊を死なせたときに自分を守るための鎧だよ。今、手を合わせててわかった。本当にがっかりだ」
 リオデはウィルフィの言葉に、サーベルをその場に落としていた。ぼすっという乾いた音が雪原に響いていた。彼の言っていることは、あながち間違っていなかった。だから、彼女は黙り込んで何も言い返せない。
「俺たち兵隊は、あんたの下についたことが決まった時点で、覚悟してるんだ。どんな無茶な命令でも、あんたの命令ならなんでも従うことを。死ねと言われれば、その場で死ぬ覚悟さえある。全員がそう覚悟してるんだ。なのに、あんたが、あんたがそんなに兵士を死なせるのを恐れていちゃ、俺たちの覚悟がなんなのか。分けがわからなくなる!」
 ウィルフィは怒鳴るように語気を荒げて、リオデを見据える。そして……。
「あんたは、あんたはレイヴァンの死を無駄にしている!」
 ウィルフィの叫びが、雪原にこだましていた。信念を振りかざし、兵を先導すべき立場のリオデ、そのリオデの言葉に嘘はない。だが、今の彼女はただ自分の部下の兵の死を恐れているだけの腑抜けなのだ。
 レイヴァンがリオデのような指揮官のために、女性のために命を落とした。それを考えるとウィルフィは、怒りを抑えられずにはいられなかった。よき指揮官ではなく、よき指揮官を演じてきていたリオデに、憤怒を抑えられようがなかったのだ。それも、全てはレイヴァンが親友であったがためだ。
 ウィルフィはコートを拾い上げると、彼女に背を向けて歩いて去っていく。
 呆然と何も考えられずに、リオデはその場に立ち尽くしていた。何も言い返す言葉が見つからず、考えさえまとまらない。ただ、彼女の中でウィルフィの言葉が、何度となく繰り返して響いていた。
「レイヴァンの死を無駄にしている」
 その言葉がリオデの胸を思い切り深く抉って、彼女の心をズタズタに引き裂いていた。
「私は……」
 リオデの呟きと共に彼女の涙が雪の上に落ちて、雪原に小さな穴を開けていた。
 そんな彼女を、雪原の闇が飲み込んでいた。
 



 ウィルフィは自分の持ち場に戻るなり、コートをはおってからその場に腰を下ろしていた。そして、腕を組んでどこを見るわけでもなく、ただ空を見上げていた。
「よぉ、ウィル。どこに行ってたんだ?」
 同僚の兵士が彼に声をかけてくる。それにウィルフィは不機嫌な表情をして、答えていた。
「隊長のとこだよ」
「ほほ、それはまたなんで?」
 同僚の兵士はそう言って笑みを浮かべて、ウィルフィに聞いていた。
「あぁ? いわなきゃならねのかよ?」
 首をかったるそうに同僚の兵士に向けると、ウィルフィはその兵士を睨みつけていた。その不機嫌な理由がわからない兵士は、首をかしげるとすぐにそこから離れていった。
「いいよ。お前がそんなに不機嫌なら言わなくて」
 兵士は彼が隊長に何かを言われて、機嫌を損ねていると思ったのだろう。彼に背を向けて他の兵士たちの元へと戻っていく。それを見送ったウィルフィは、夜空を見上げながらレイヴァンとの会話を思い出していた。それは数日前の夜のことだ。
 今日とはまったく正反対の吹雪く夜、二人はテントの中で風が布を叩く音を聞いていた。
「なあ、隊長のことをどう思う?」
 横から声をかけてきていたレイヴァンに、ウィルフィはまたその話か、と思いつつ答える。
「いつも言ってるだろ。女がてらに隊長やってるんだ。立派な人間にきまってらあ」
「はぁ、お前の答えはいつもそれだ」
 嘆息するレイヴァンにウィルフィは、笑みを浮かべていた。
「お前は本当に、隊長を敬愛してるんだな」
「あぁ。彼女は戦場に美しく咲いている花だ。儚く醜いこの戦場に、彼女がいるだけで兵士たちがみんな頑張ろうとする。それも、全ては彼女が美しいからさ」
 自分に陶酔するようにレイヴァンは胸の前で手を組んでいた。それを見てウィルフィは首を左右に振っていた。家柄がどんなに裕福であっても、所詮は平民にすぎない。リオデは医者の名家の出である。大陸統一戦争の時も彼女の祖父と父親は軍医としてその名を、王国に轟かせていた。
 そんな貴族の娘であるリオデに、平民のレイヴァンがどんなに手を伸ばそうとしても、届きはしない高値の花なのだ。
 だが、彼はそれでいて、全くあきらめた様子もなかった。
「おまえ、本当に隊長をその手に抱くつもりか?」
 ウィルフィの言葉にレイヴァンは顔だけを向けて、真剣な眼差しをしていた。
「あぁ、どんなきっかけがあろうと、決意している」
 ウィルフィはレイヴァンがなぜ彼女に惚れているのか。充分に理解しているつもりだ。常に兵士の前に出て兵を先導し、大隊指揮官自らが戦場に飛び込んで、戦う。
 そんな規格を逸脱した指揮官が、美しい女性であるのだ。そのギャップに惚れている兵士も少なくはない。だが、その想いを届けることを、殆どの兵士は諦めていた。
 貴族の娘という厄介な階級が、殆どの兵士の想いを打ち砕いていたのだ。
 ウィルフィ自身、リオデに女性を感じるときもある。だが、彼女が兵士の目の前に現れるときは、大概が女性を捨てた時の姿だ。そこに惚れることは、まずない。
「美しいから惚れるってのもわかるが、指揮官で貴族だぜ」
「だからだよ。それに障害があるほど、恋は燃え上がる」
 一人ニヤついてるレイヴァンを前に、ウィルフィは顔に手をやっていた。
(それは二人が相思相愛の時だけだ)
 あえてレイヴァンにそう言わずに、夢を見させることをウィルフィは選んだ。そうして、そんな二人は偵察任務に借り出され、あの夜、賭け事をして遊んでいた。
 それが、レイヴァンがふられるか、ふられないかのどちらに賭けるかだった。誰もがレイヴァンの敗北を見越して、賭けさえしない者もいる。だが、その大穴場を狙ってウィルフィは、親友のレイヴァンにかけていた。
 そんなレイヴァンの真剣な想いを、今のリオデは踏みにじっている。前に出てきたのも、部下たちと過ごしているのも、全ては自分にいい訳を作るためだ。部下を失ったときの建前、ウィルフィはそう思った。信念を失った彼女に、指揮官は務まらない。
「だからか。そう言ったのは……」
 そう呟いていたウィルフィは、彼女に言ったことを思い返す。彼女の戦いにかける思い、それは確かに真剣そのものだった。だが、摸擬稽古をしたときには、それが全く感じられなかったのだ。彼女は今、本当の苦境に立たされている。
「俺は、やっぱり馬鹿かも知れないな。レイヴァン……」
 感情的になって言ったことを今更悔やんだところで仕方ない。言ってしまった以上は、リオデが乗り切れるのか。それを見守るしかなくなっていた。
 ウィルフィは目を瞑るわけにもいかず、夜空をその淀みない青い瞳で見ていた。
「敵襲だああ!」
 突然聞こえてきた味方の声に、ウィルフィは顔を向けていた。戦場では休む暇もないのか。休息を取っていたウィルフィは、サーベルを抜いて立ち上がっていた。




 完全なる奇襲、それがカートの考ええていたことだ。だが、敵の騎兵隊も要所に騎兵の歩哨を立たせていた。雪原からの奇襲は、その動く人影を視認される可能性があるため、難しい。そこでカートは考えた。夜の闇を利用した戦術を……。
 五十人の選抜した部隊の人間は、特別に武術で秀でた者はいない。彼の選抜条件は、夜目が効いて行軍に自信のある者のみを、条件としていた。
 幸いなことにバスニア砦攻略部隊の中には結構な数の、動物を狩ることを生業としているハンターがいた。それを中心にして、彼は部隊を編成したのだ。
 その中に馬鹿農民とカートが呼んでいた兵士は、含まれていない。なぜ、彼のような人物がここにいるのか。それはただ単に体力もあり、夜目も効くという単純な理由からだ。そのため、ハンター以外にも、農民、職業軍人も含まれていた。
 その五十人を率いて、カートは迂回ルートを選んでいた。
 奇襲をかけてきた王国騎兵部隊は山を背にして、何重にも歩哨を立たせて警戒を厳重にしている。大部隊で攻めようものなら、すぐに察知して逃げ出す。万全の準備もおこたっていない証拠だ。相当に戦いなれていることを、カートはそこから察知していた。
 険しく道なき岩山を、カート達の部隊は黙々と登っていた。
「あぁ。こんなごどなら、部隊でのんびりすてりゃあよがっだぁ」
 愚痴を漏らす横の兵士に、カートは殴りたくなる衝動を抑えながら静かに言う。
「喋るな。殺すぞ! 物音立てるなって言っただろうが」
 奇襲に必要な条件、第一に敵に察知されないこと、第二に敵の意表をつくことである。そのどちらかが欠ければ、奇襲は失敗する。
 だから慎重に岩山を登っているのに、目の前の農民兵士は独り言を呟いていたのだ。これでは、奇襲も失敗してしまう。
 怒鳴りつけるのを我慢して、カートは殺意のある視線を兵士に向けて剣の柄に手をかけていた。それを見た農民兵士は、それ以降は喋らなくなった。
(どんなに馬鹿でも、一応はわかったらしいな)
 一息ついて、カートは登山を続ける。ここらの地図は、小さな農村の役場で奪った地図で大体は把握している。それに照らして、休息をしている場所を、カートを予想して足を進めていた。
 しばらく進み続け、岩山の傾斜が急になっているところを発見して、部下を待機させていた。カートはその急な傾斜の手前まで、ほふく前進で進んでいた。そして、岩陰にまぎれて頭を覗かせる。
 夜目の効くカートは、傾斜の下を見た。そこから、総勢数百名の兵士たちが休息を取っているのが見えていた。傾斜は急ではあるが、立って下れないことはない。その上、大きな岩が傾斜に無数に埋まっている。
 身を隠してばれないように進むことは、容易である。
 カートはそう確信して、部隊の配置を見ていた。
 傾斜の西側を中心にして兵が集まっており、馬鹿でかい鳥たちもその中に混じっている。反対の東側にも兵たちが点在して集まっている。
 奇襲をかけるにしても、かけた後の逃げ道を確保しなければならない。東側の傾斜は西側より急になっている。その分、逃げにくい。だが、追っ手を振り撒くのに向いているのは、東側の急な斜面である。騎兵ならば、追いかけてきても歩兵の足で充分に逃げ切れることができる。なんといっても、急な斜面である。そう簡単に騎兵が傾斜を登ることが、できるわけがない。
 どちらに向かうべきか、彼の中で答えは決まっていた。
 カートはすぐに自分の部隊の元へと帰ると、小声で手短に作戦を説明しだす。
「東側に点在している分隊を、できるだけ殲滅することが目標だ。東側の斜面は急ではあるが、岩陰もあるから、奇襲に全く徹していないわけではない。今回重要なのは、奇襲をかけたという事実、それだけだ。敵に見つかったら即時撤退をすること、これは肝に銘じておけ」
 そういい終えるとカートは、部隊に再度作戦の確認をした。作戦の概要は東側に点在している五から十人程度の兵士の集まりを、同時に襲撃することだ。部隊を二分して、それを実行する。そして、声は敵と交戦するまで絶対に出さないことを命令していた。
 全員が頷いて見せるのを確認すると、カートはその全員を連れて、東側の急斜面に向かって足を進めていた。急な斜面をできるだけ音を立てずに、下っていく。もちろん、岩場を利用して姿を隠しながら、息を押し殺して前進していた。
 点在している分隊は全てで七つだ。うち三つは斜面を背にして、休息を取っていた。
 忍び寄る気配に気づく者はおらず、敵の襲来に備えている様子もない。王国軍騎兵は完全に、カート達の存在に気づいていなかった。
 カート達歩兵隊は王国軍兵士の声が聞こえる距離まで迫っていた。岩場のすぐ向こうには、王国の兵士がいる。歩兵たちは呼吸と胸の鼓動を整え、カートをずっと見守っていた。
 彼は剣を抜くと、兵士たちに声を上げずに態度で突撃を示していた。
 カートが岩陰より飛び出していたのだ。それに続いて次々と、ユストニア軍の歩兵たちが駆け出していた。騎兵達は足音がして、即座に斜面の方へと顔を向ける。そこには迫りくる剣を抜いた歩兵たち、応戦しようと立ち上がろうとするが、運命は完全に彼らを見放していた。
 短い悲鳴と共に、雪の上に倒れこむ騎兵達、赤く滲んでいく雪原のキャンパスがそこには現れていた。
 五人いた王国の騎兵達は、完全なる奇襲によってなすすべなくその場に倒れこんでいた。
 カートは足を止めることをせずに、短く指示を出していた。幸いなことに、騎兵達はまだこの攻撃に気づいていない。カートは西側に向かって前進していた。
 最初に奇襲を掛けた分隊を中心に、残りの六つの分隊が各方向に散らばっているのだ。それに対して、カートは部隊を二分して各個撃破していく戦法をとったのだ。
 分隊はどんなに多くても、十人弱だ。だが、カートの部隊は二つに分けたとしても、二十人以上の兵士がいるのだ。
 これならば、敵の本隊にさえ気づかれないように、多くの騎兵を葬り去ることも可能だ。
 カートたちは堂々とした態度で、次の目標へと移動する。
「ん? どうした。お前たち?」
 分隊の兵士がカート達に気づいて、声を掛けてきていた。だが、それはあくまでもそこに人が存在しているということであって、敵であることには気づいていない。
「ああ、ちょっとな」
 カートはそう答えて、兵士の元へと掛けていた。彼は手にした剣を、勢いのままその兵士に向けてつきたてる。なすすべなくその場で立ち尽くす兵士、彼は自分の腹部につきたてられた剣を見た後、カートの顔を見る。兵士と顔をあわせて、カートは笑顔を浮かべる。
「ちょっと、掃除をしにきたんだ」
 カートに続いて、次々とユストニア軍の兵士たちが、休息をとる騎兵に襲い掛かっていた。声を出すまもなく、倒れていく騎兵達、それを哀れむ暇はない。
 その場で荒々しく剣を抜いて、片手で腰の短刀を取り出して兵士の首に突き立てる。止めを刺し終えると、兵士を蹴倒してからカートが次なる目標に向かおうとした。そのときだった。
「て、敵襲だああ!」
 ちょうど用をたしてきた兵士が、自分の分隊の元に帰ってきたのだろう。王国騎兵が大声を上げて叫んでいた。




 リオデは落ち着きを取戻していた。落としたサーベルを拾い上げると、自分の腰にぶら下がる柄に納める。
 彼女の頬はなみだで濡れていた。目は明らかに充血していてその無惨な状態を、とても下の兵士たちには見せられたものではない。溢れ出そうになる涙、涙がかれるほど泣いたはずにも関わらず、また視界が潤んだ目のためにうつろになってくる。
 リオデは足を踏み出して、もといた場所へと戻ろうとした。快晴の夜空に静かな夜、このまま何事もなく夜が明けてくれることを願い、雪を踏みしめる。
 ウィルフィの言ったことは、確かに的を射ていた。今のリオデは、ただ、死んだ者のことを悔やむだけで前に進めていない。それも、たった一兵の死だ。
 そう考えたとき、リオデはたった一兵の死、そう思ったことに恐怖を感じる。人が死んでいるのに、それを割り切れてしまう。そんなことは、自分にはできない。そうなることが、いやでたまらない。
「指揮官なのにな……」
 一人自身を嘲笑するリオデ、そんな彼女の耳に兵たちが騒いでいる声が届いていた。
 異変、その一言でしか、その状況を表せない。けして、悪ふざけをしているような騒ぎ方でないのは、すぐに彼女にもわかった。
「まさか」
 リオデは不安感を煽られて、その場を駆け出していた。歩哨は敵の発見を報告してきていない。発見していたら、リオデのいるところを通ってくる。それに、正面からの敵襲ならば、リオデも発見できているはずである。
 とにかく、その足で駆けていき、彼女は現状を把握しに向かっていた。そして、部隊の駐留しているとこで目にした物、それは……。
 雪のキャンパスを赤く染め上げて、倒れてその生を全うした自分の部下の兵士。リオデはそれを見て、彼女の不安を煽っていた「まさか」であることを確信した。
「私としたことが……」
 倒れている騎兵を見つめる彼女、その内なる思いが胸の中でたぎっていた。
 怒り、悲しみ、憎しみ、嫌悪、それら全てが彼女の胸を締め付ける。
 リオデは腰のサーベルを再び抜いて、駆け出していた。近くに脚を地面に下ろしているグイに跨ると、彼女はグイに力一杯に蹴りを入れる。甲高い鳴き声が山の麓に響き渡り、その巨大な体躯をいかして、グイはその場を駆け出す。
 騒がしいのは小隊員のほとんどが体を休めている西側だ。そこに向かって、無我夢中に彼女は向かった。乱戦になっているのであれば、部隊の収拾をすることはほぼ不可能。ならば一刻でもはやく、部隊の元へと駆けつけて撤退を叫ぶしかない。
 その道中だった。リオデの目に飛び込んできた光景、数名の兵が多くの兵士に囲まれている。彼女は見過ごすわけにもいかず、ユストニア兵の輪の中へと突っ込んでいた。
 突然後ろから切りつけられ、首から鮮血を出すユストニア兵、一斉に彼女の方へと全員の視線が向けられる。
「何をやっている!? 早く、この姑息な敵を殲滅せんか!」
 力強く腹のそこから叫ぶリオデは、手を休めることなく傍らの敵兵士にサーベルを振りかざしていた。彼女はあっという間に二人を屠っていた。ユストニア兵は、そんな彼女の瞳が向けられた瞬間に、後ろに足を引いていた。
 何人たりとも逃がさない。強い想いが彼女の双眸を、暗闇の中で不気味に鈍く光らせていたのだ。
「し、死神だあ! 赤い死神が出たぞお!」
 殺される。その場にいたユストニア兵の誰もが同じ思いを抱いた。一人のユストニア兵が、剣を捨てて真っ先に山に向かって走り出していた。急ぎ足でとにかく生き残るために、背を向けて必死に走る。リオデは容赦なく、その背中を追ってグイを走らせた。そして、兵士を追い抜きざまに、首を抉るようにサーベルを振るっていた。
 走っていた勢いもあって、逃げ出したユストニア兵はその場に派手に倒れこんでいた。
 光景を見ていたユストニア兵は一斉に動き出す。山に向かって逃げ出していたのだ。
「貴様ら! 何をやっている! 早く自分のグイを取ってこい!」
 呆然とリオデを見ていた兵士たちは、彼女の叫びに肩を震わせて正気に戻る。
 昼間の突撃攻撃に加え、奇襲してきた兵を一人で蹴散らしていく。
 その様に、女、否、人を感じることすら、今の兵士たちにはできなかった。
 急いで自分のグイの方へと走り去って行く兵士を見送ると、リオデは本隊の元へと駆け出していた。
 見た限りでは部隊は混乱しているものの、敵の襲撃者の数も少数と判断できる。そう判断した一番の要因は、兵たちの叫び声だった。本隊からは「敵襲!」という声は聞こえるものの、剣を交えるような音は聞こえない。聞こえてくるのは、動揺する部下の兵士たちの声と、時折聞こえてくる剣を交える音だ。
 その本隊に合流しようとしたときに、目の前に見えてきたのは乱戦を繰り広げる兵士たちだった。見た限りでは、どれが味方か敵かはわからない。だが、近づくにつれて、シルエットが明らかになっていく。尖がったヘルメットを着用している者は、王国騎兵のものではない。
 リオデはその乱戦を繰り広げている戦場へと、身を投じていた。急を要していたため、彼女はヘルメットを着用していない。風になびいた赤い髪の毛が、夜の中、鋭く光っていた。だれもが、その光景に目を奪われそうになる。
 だが、次の瞬間には、ユストニア兵の視界を奪う白銀の刃が、リオデの手から振りかざされていた。容赦のない一撃に、ユストニア兵が血飛沫を撒き散らしながら倒れていく。
「何をやっていた! 早く体勢を立て直せ!」
 ウィルフィは鍔競り合いを繰り広げていたユストニア兵を、辛うじて倒していた。そして、リオデの元へと顔を向ける。暗闇で表情こそ見えないものの、そのしっかりとした口調からは迷いは一切感じられない。
「隊長がきたんだ。みっともない姿見せんじゃねえぞ!」
 一人の中年兵士がそう叫んでいた。彼女を叱咤激励した老兵、彼の一言でその場の兵士たちの士気が瞬く間に上昇していた。
 雄たけびを上げて気迫で圧していく王国軍の騎兵達、彼らの足は今地面についている。だが、それでも彼らが、騎兵としての気高い自らの誇りにかけて叫んでいた。
「これが、赤い死神か。欲を出すとかなわねえな。全員、引くぞ!」
 敵の指揮官らしき男が、そう言って騎兵達に背を向けて走り出していた。他の者たちも、それに続いて東側の山の急な斜面に逃げ出していた。
 リオデはそれを見送ると、その場にいた全員を叱り付けるように叫んでいた。
「お前たち! すぐにグイを用意しろ! こんな舐めた真似をして、我々から無事で帰れると思わせるな!」
 彼女の怒号にウィルフィは肩を震わせていた。さっきまでめそめそと一兵の死に尾を引いていた彼女が、いまや鬼のごとく報復を叫んでいたのだ。
 それをとめられる者はいない。
 瞬く間にリオデの元に十数のグイに跨った騎兵が集まっていた。それを見まわしたあと、リオデは奇襲をかけて逃げ出したユストニア兵の後に続いた。
 ユストニア兵は王国の騎兵を、自国の騎兵と勘違いしている。王国の騎兵達の駈るグイという恐鳥は、もともと高地に生息していた生き物だ。平原を颯爽と駆け抜けることもできるが、真の強みはこの高地にこそある。
 気のうを持った鳥は、高地でもばてにくく、なによりその強靭な足腰で、急な傾斜も楽々と登ることができる。グイの能力は人が一人乗ったくらいで、落ちるようなことはない。
 馬では走れない道を、軽々と彼らはその潜在的な本能のままに、軽々と登るのだ。
 騎兵隊の奇襲にはとっておきの逃げ道だろう。だが、それは他の軍隊にのみ言えること、王国特産のこのグイに、他国の軍隊の常識は通用しない。
「誰一人として逃がすんじゃないぞ!」
 リオデは必死で這い上がる敵兵に、その手に掴んだ槍を持って突き立てていた。それに続いて次々とグイに跨った騎兵達が、ユストニア兵に迫っていた。
「こ、これが騎兵……なのか」
 ユストニア軍の指揮官は凄惨たる状況を見て、呆然と呟いていた。いくら夜目が効いて山間を登る体力のある兵士がいても、グイという反則的生物の前にはなす術がない。
「カート隊長、逃げあしょう!」
 そんな彼の腕を引いて、農民の兵隊が傾斜を登っていた。腕を引っ張られるままに、カートは惨状を背に登り続けていた。だが、そんな二人を、王国の騎兵達が見逃してくれるわけもない。
 二人の後ろに殺到する騎兵達、結果は見えていた。
「わ、わ!」
 農民の兵士がそう叫んで、傾斜の上で躓いて転がり落ちていく。カートの喉元に槍の矛先が突きつけられ、彼はその槍を握る人物を見上げた。
 紺色に染まりつつある星空と、赤く長い髪の毛のリオデが彼の目に入っていた。
「降伏しろ。悪いようには扱わない」
 リオデの鋭利な視線が彼に向けられ、カートは唾を飲み込んでいた。
「わかった」
 有無を言わせぬ視線に、カートは神妙な顔つきで答えていた。


?


 リオデは捕虜を捕まえてから、トラークの陣地に戻っていた。憔悴しきった兵たちの目に入ったのは、負傷兵のいない陣地だった。そこに少数の兵士を確認してリオデ達は安堵していた。
 それが、ここに残してきた十名と、先に帰らせたベルシアたちだったのだ。彼女の帰りを待ちわびていたのか、笑顔で歓声をあげて部隊を迎える兵士たち。
 リオデ達は生きて帰ってこられたことを、感謝していた。奇襲を受けて、あれから更に二十名余りの兵士がかえらなかったのだ。ベルシアはアリナと共に、リオデの元へと駆け寄っていた。
「だ、大丈夫ですか?」
 ベルシアが駆け寄ってまず一番にかけた言葉、それが、彼女を気遣うものだった。
「あぁ。それよりも、司令部には行ったのか?」
 血と泥で汚れた頬が、彼女の疲労感を余計に大きいものに見せた。ベルシアは心配そうに彼女を見ながら答えた。
「はい。フォリオン連隊長は報告を聞いて、ここの負傷兵を本部にまで移動させました。それに今、大隊の全戦力を再編成して、作戦の計画を立てています」
 ベルシアは表情を変えずに、彼女に告げていた。
「だから、隊長もすぐに連隊指揮所に戻るようにとのことです」
 リオデは目を見開いて、ベルシアの言葉を聞き入っていた。早急に連隊が動きを見せていることに、彼女は信じられなかったのだ。いままで、彼らはリオデが不利になるように部隊を動かしてきていたのだ。それが、今はバスニア砦のために、連隊が一丸となって動いているのだ。
 リオデはベルシアに視線を向けると、すぐに命令を下す。
「騎兵隊はここで別命あるまで待機させておいてくれ。その間、ベルシア、ここはお前に任せる。それと、部下と共に捕虜を連隊本部に連れて行く」
 リオデの凛と響く声に、彼は笑顔で答えた。
「了解です! 自分にお任せください!」
 ベルシアはあくまで彼女を気遣っていた。どのような状況に陥ったのか。それは彼の想像もつかない地獄だったに違いない。いままで苦楽を共にしていた分、彼女の表情からそれが読み取れたのだ。
 悩みや迷い、自身の感情を無理やりにでも抑えなければ、部隊は全滅する。それが指揮官の宿命というものである。
「このまま、村に向かう」
 リオデがベルシアに背を向けて、自身のグイに跨ろうとした。
「待ってください」
 それをアリナが呼び止めていた。リオデは柔和な笑みを彼女に向けていた。
「なにか?」
「その、少し休んでいかれてはどうですか?」
 アリナはそうリオデに提案していた。あの夜から夜通しユストニア軍の追撃を振り切るために、ここまでとまらずに来たのだ。その疲労を感じないはずがない。
 リオデはそこで今取るべき行動を考えた。フォリオンは彼女を早急に司令部にくるように言っている。全ては作戦を一刻も早く立てるためだ。
 なにより、フォリオンは緻密に作戦を練って、石橋を叩いて渡るほどの慎重な指揮官である。とにかく、新しい情報がほしいのは、最新の情報に基づいて作戦を立て、いかに味方の損害を少なくして勝つかを目的としているのだ。情報を整理して、刻一刻と変わっていく戦闘に合わせて、部隊を動かしていく。その点では、優秀な指揮官である。
 なにより、リオデもフォリオンも、想いは一つ、早急なるユストニア軍の駆逐である。
「アリナの気持ちはありがたい。だが、私は他の兵と共に休む暇などない」
 リオデは真摯な瞳をアリナに向けていた。彼女の言葉を聞いたアリナはうつむいたあと、それでも引き下がらずに目線を合わせていた。
「じゃあ、せめて、私の作ったヴェーリィ水を飲んでいってください」
 アリナの気遣いに、口元を緩めてリオデは答える。
「わかった。その言葉に甘えるとするよ」
 アリナはリオデの顔を見て、表情を明るくするとそこから駆けていた。そして、近くにいた兵士に飯盒と焚き木、水を調達しだしていた。
「まったく、活発な娘だな」
「でないと、ここまでやってませんよ」
 リオデの呟きに、ベルシアは温かい目をアリナに向けながら答えていた。
「そう、だな」
 それも同意しなければならない。彼女は家族を失ってもなお、この過酷なガイドに志願してきた。何百、何千という部隊を引き連れて敵の元に誘導するこの死神のような大仕事を、その小さな背中に背負っているのだ。
 アリナはしばらくすると、鼻に香ってくる独特の甘い香りを漂わせながら、二人のもとに戻ってきていた。その手には鉄のコップが二つ握られていて、ベルシアとリオデに差し出していた。
 差し出されたコップを受け取ると、二人はその中身を確認する。中身は甘い香りを漂わせているお湯だった。笑顔を浮かべて二人を見守るアリナ、それにリオデとベルシアも笑顔で返事をした。
「ありがとう」
 一口、唇に付けた瞬間に口から鼻に伝わる何かの香り、詰まっている鼻さえ通してしまうような爽やかさ、そのお湯を喉に通せば、その後に甘い甘味が口いっぱいに広がっていた。その不思議な感覚に、二人は目を見合わせていた。
「これは、美味いな。王都のハーブ水とは比べ物にならない」
 リオデの言葉にベルシアも、首を縦に振って同意する。王国の春夏秋冬、庶民、貴族、人種をとわない定番の飲み物、それがハーブ水と呼ばれる水だ。乾燥させたハーブに水を入れ、その香りを含ませた水を飲みながら、ハーブの香りを楽しむというものだ。
 だが、あくまで香りを楽しむものであって、味はそこまでおいしいというほどのものではない。
「ここでしかとれないヴェーリィといういい香りする草を使って、雪を溶かして煮込んだものです。他にも色々と手順があるんですけど、それは秘密です。これが父の教えてくれたヴェーリィ水です」
 そう言ってアリナは笑顔を青空に向ける。その顔が妙に晴れ晴れしく、切なさを二人に感じさせていた。もう一口、唇に付けた時、リオデはアリナの悲しみを、その甘さと温かさから感じていた。
「ていっても、まだまだ、父の出す味には近づけてませんけどね」
 笑みを崩さないアリナが、顔をリオデに向ける。その虚しくも明るい笑顔がリオデの胸を抉っていた。彼女の笑顔は戦場で散っていったレイヴァンと重なって見えて、彼女の涙腺を刺激する。
「隊長?」
 最後の一口を飲み干したベルシアが、怪訝な表情でリオデを見つめる。両手でコップを持って俯くようにそのコップを見つめて、彼女が動かなくなっていたのだ。
「すまない。本当にすまなかった」
 リオデはゆっくりと目を瞑ると、目に溜まっていた涙を拭い取っていた。
 両親、友人、住む場所、全てを奪われた少女が笑顔を浮かべて、彼女を労っているのだ。自分よりも遥かに悲惨な境遇の少女が目の前で頑張っているのに、自分は何をやっているのか。ただ、部下の死を恐れ、言い訳をするために、部下の中に入っていく。それを部下に指摘されて、永遠と引きずっているだけの、ダメ人間だ。
 こんなことではだめだ。死んで逝った部下たちと約束をしたはずだ。
『ともに、ユストニア軍を追い出そう』
 このままうじうじと中途半端な気持ちを引きずっていては、レイヴァンの死も、何もかもが無駄になる。
「本当にすまなかった」
 急に謝りだしたリオデに、アリナは戸惑いを隠せないでいた。謝られるようなことは、一切されていない。だが、うつむいたままのリオデを見て、アリナは彼女の立たされていた苦境というのが分かったような気がした。
 指揮官としての重圧、けしてそれだけではない何かが、この戦いで彼女の身に起こったのだ。それを悟って、アリナは柔和な笑みのまま、無言で頷いていた。
 しばらくして落ち着いたリオデは、迷いを振り払った清々しい顔をアリナに向けていた。
「このヴェーリィ水、また私のために作ってくれないか?」
「お頼みとあれば、いつでも、なんなりと申し付けください」
 リオデはアリナの言葉を聞くと、手を振って答える。
「では、また私が帰ってきたときに、作ってくれ」
「はい!」
 アリナの元気のよい返事を背に、リオデは自らのグイの元へと向かっていた。
 その胸に、既に甘えも迷いもない。ある想いは一つ、ユストニアをこの地から追い出すことだ。
 彼女の目に快晴の空が、この戦場についてから初めて希望のある青空に映っていた。



 補給戦線     ―――了―――



つづく
2010-01-21 23:04:34公開 / 作者:サル道
■この作品の著作権はサル道さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めまして、初めてここに投稿するサル道です。

あとがきなんて書いたことないので、戸惑っております。はい。

とりあえず、戦記物ってこんな感じかなと、思って自分の中で書いてみました。
凄惨さと悲惨さ、悲哀や無情などを感じていただけたら、一応の目的を達成といいましょうか。

1/11 更新!

続編を書いたので、アップします。といっても書いている途中ではありますがね。
今回はもう、戦争うんぬんというより、自分が書いていて楽しいということを重視してかいてます(爆)
どうキャラクターの成長を書けばいいのか、悩みながら書いています。それゆえ、力足りなかったりする部分もあるかもしれません。

1/14 更新しました。
補給戦線の約8割くらいまでの量です。

1/21 更新いたしました。
補給戦線はこれにておわりです。
続編も書く予定ではありますが、いつになるかはわかりません。

批評、酷評や感想、誤字指摘をしていただけたら、とてうれしく思います。駄文ではありますが、目を通していただけた方に、感謝の言葉を送らせていただきます。

本当にありがとうございます。
この作品に対する感想 - 昇順
 こんにちは。作品と関係なくて恐縮なんですが、リオデ・J・ネイドという名前を読むとどうしても頭の中で「リオデジャネイロ」に変換されてしまい、さらにはサンバカーニバルまで浮かんでしまいます。悲しい物語のはずなのに、なんだか頭の中はアホらしいことに……。
 リオデはまだ若く、直情径行にあるようですね。戦術は得意だけれど、戦略は疎いような。そしていずれ大きな決断を迫られた時に自らの弱さを露見させてしまう。正義と正義の狭間で悶え苦しみながら、自分が進むべき道を模索していくのです。……なんて妄想してみました。
2009-12-17 00:19:07【☆☆☆☆☆】プリウス
 はじめまして、コーヒーCUPと申します。以後、よろしくお願いします。
 作品、作品読ませていただきました。自分はこういった戦記ものというのをあまり読まないのですが、それでも楽しめました。設定もよくできていますし、主人公たちがいまどういう状況に置かれているのかもよくわかりました。
 ただ、あまりに心理描写が少なすぎるとかと。サル道さんが何かを伝えようというのは何となくですが、伝わってきます。しかしいわば伝える役目を果たす主人公、この作品ではリオデですね。彼女の心理描写が少ないせいでそれが伝わるものが少ないです。えぇーと、自分でもうまくいえませんが、つまるところ「感情移入ができない」。これです。
 彼女が悲しんだり、怒ったりする場面、あそこでもっと彼女の心の中を描けていれば読者にガツンと感じれるものがあるはずです。あと、改行が多いですね。あれは最低限でいいんですよ。
 すごくいい題材だし、内容もよかったです。とても楽しめました。特に男が襲ってくるあたりからの展開は非常に読まされるものがありました。非常によかったと思います、あの展開。
 これは短編で、これで終わりなんですかね? できれば長編でもっと読んでみたかったです。もしも構想がおありなら、チャレンジしてみてください。では。
2009-12-17 01:44:25【☆☆☆☆☆】コーヒーCUP
こんにちは! 羽堕です♪
 どのような戦いがあって今の戦況になったかの説明は、難しいと思うのですが分かりやすかったと思います。私が感じただけかもですが、ユストニア視点で戦況が語られているように感じました。リオデがグイディシュ側なので、少し私は違和感があったかもです。
 ユスニアの村への酷い行いと、そしてそれに怒りを覚えるリオデと同調できて、そして窮地を救ってくれたのが虐げられていた少女という展開も良かったと思います。
 ガイドを申し出たアリナの気持ちは分かる気がしました。確かに私怨だけで動くと、何らかのトラブルはついてくるかも知れないけど、リオデの傍に居る事で変われるんじゃないかなと勝ってな想像ですけど思いました。
 ユストニアの指揮官の言い訳は最悪だなって感じます。統率出来ない自分の無能さを棚に上げて、部下を庇っているようで自分自身を擁護しているように。リオデの判断が、間違っていたのか正しかったのかって、きっと誰にも分からないんじゃないかなと思いました。あの状況、立場なら処刑の決断は、当然だったのかも知れないですね。
であ続き、もしくは次回作を楽しみにしています♪
2009-12-17 11:38:37【☆☆☆☆☆】羽堕
返信遅れてすみません。

>プリウスさん

リオでカーニバルと…w
まあ、正直なとこをいいますと、リオデの名前はブラジルの首都からとりました。
リオデの指揮官としての苦悩も今後書けたらいいなとおもっています。
読んでいただきありがとうございます。

>コーヒーCUPさん

ご指摘どおり、読み直してみると感情表現の描写が少ないですね……。
このアドバイスを今後の作品にも生かしていきたいと思います。
楽しめた言って貰えるとは本当に感激です。ありがとうございます。
構想がない訳ではないので、続きも書いて見ようと思います。

>羽堕さん
確かに言われて、見直してみると視点がユストニア側からの戦況説明になってしまってますね。
貴重なアドバイス、ありがとうございます。
指揮官の言い訳をそのように感じてもらえるとは、思いもしなかったです。
狙って書いてみたのですが、まさか、それが伝わるとは……(汗
今後、続きを書いてみようと思いますので、アリナやリオデの成長がうまく書けるかわかりませんが、そのような所にも気をつけて書いてみたいと思います。
2009-12-19 16:43:58【☆☆☆☆☆】サル道
作品を読ませていただきました。これは何が書きたいのかいまひとつ図りかねました。戦闘シーンは十分書かれているし、それなりに解りやすく書かれていたと思います。しかし、戦をする者が悲惨を語るのは噴飯ものだと思います。どんなに正義を謳った戦いだろうが、戦は戦で平穏を壊すものでしかない。故に作品から悲惨さとかは感じられませんでした。視点を村人や軍人ではない誰かに置いた方が悲惨さを伝えやすかったと思いました。では、次回作品を期待しています。
2009-12-20 21:52:46【☆☆☆☆☆】甘木
>甘木さん

感想ありがとうございます。
十人十色といいますが、感じ方もまた、みんな違うようでして……。
確かに、戦をすることで平穏が崩れます。
それでも、戦をする戦人も被害者にすぎない。それも感じていただけたら、とおもったのですがね……。力不足なようでしたね。
作品に目を通していただいて、ありがとうございました。

2009-12-21 02:33:46【☆☆☆☆☆】サル道
 こんにちはプリウスです。今回は前回以上に軍事的ディテールが書き込まれていましたね。よく調べたものだなと感心しました。軍隊の指令系統なんかは僕ははしょって描いてしまっているので、素直にすごいと思います。一点だけ違和感を感じたのは金持ちの御曹司が伍長から始めているというところ。特に味方の中でも私利私欲で動くだけの規律の緩さがあることから、金持ちは確実にもう少し安全なポストに就くだろうなという気がしました。親の反対もあると思います。なんとなくすんなり伍長という役どころに収まらないんじゃないかなという気がしました。
 軍人が戦争の悲惨を語ることに僕は何の不自然も感じません。パレスチナの住民を攻撃したイスラエル兵が悲惨さを感じ取り軍隊を辞めるケースが少なからずある、という記事を昔読んだことがあります。辞めずに残っている兵の中にもイスラエルの現状を良く思わない人もいるはずだと僕は思います。戦争反対と言いながら外国に武器を売りつける、フランスや中国の政治家こそ許されざる者たちです。村上春樹がイスラエルの文学賞を受賞したときに、個とシステムの対立という話をしていました。強大なシステムが目の前にあり、個はそのシステムに飲み込まれてしまう。僕は戦争の悲惨さとはこのシステムに巻き込まれた個そのものではないかと思うのです。社会は巨大で、一人の意思では何も変えることが出来ない。だとしても一人の人間としてどう生きるのか。そういうものを物語として描けたらとても素晴らしいと思います。感想コメに固い話、失礼いたしました。
2010-01-12 10:13:21【☆☆☆☆☆】プリウス
こんにちは! 羽堕です♪
 大きく見れば王国軍が優勢なようだけど、戦力をまとめ地域を絞ったユストニア軍は侮れないだろうなとバスニア砦と補給軍は、いきなりのピンチで、この後にどうなるんだろうと。
 短い説明の中でも軍の隊の作り方や仕組みは分かって、読みやすかったです。そしてリオデの苦悩と、女性であるが故の軍内での居心地の悪さみたいな物を感じてました。何気ない一言でも、ホフマンの人となりが見える気がしました。ただでは損得をすぐに弾き出して、ただでは転ばないタイプかなと。フォリオンは、どちらかという毒にも薬にも、ならないような感じですが連隊長になっているし、威圧感と包容感との言葉もあるので、まだ本当の姿は分からない感じですね。そしてリオデの戦争を出来るだけ早く終わらせたいという気持ちは伝わってきました。
 でも結局はフォリオンも戦争に勝ちたい気持ちは同じでも、リオデの事は目障りな捨石ぐらいにしから思ってないって事なのかな、これはもう旅団長に期待するしかないかな。それにしてもリオデの即決は気持ち良かったです! そして、もう一つに任務も、しっかりとこなそうとする所がいい。あとベルシアの、ちょっと軽口を叩く所など好きですね。
 アリナが辛く思わない訳がないと思うので、リオデ達と行動する事での変化を期待してしまいます。分からないのですがアリナが村の事を思い出している時に「猥談をする少女たち」とあるのですが、そういう話もするだろうけど、なんとなく違う様なきもしました。
 トラーク達が出て来た時には、すごいピンチじゃないかと思いましたが、補給軍と護衛の生き残りでホッとしましたが、バストニア砦の戦況は芳しくないようで偵察が上手くいくか心配になりました。
 レイヴァンは親の反対を押し切って軍に入ったのかな? だとすると親の思惑としては厳しい所で、すぐ根を上げて帰って来ると思ったのかなと。あと語った理由も本心からの想いであれば良い奴だなって思うのですが、何の賭けをしていたのか気になって、イマイチ信用できない感じがしてしまったりします。
であ続きを楽しみにしています♪
2010-01-12 17:04:23【☆☆☆☆☆】羽堕
>プリウスさん
ご拝読ありがとうございます。
軍事的ディティールには結構こだわっているので、そこを褒めていただけたのはとても嬉しく思います。本やら伝記やら、wikiやら色々と参考資料を調べ上げたかいがあるというもんです。
まあ、正直いうと、それが趣味でもあるんですけどねw
この作品では語られないので、レイヴァンが伍長な理由を補足しておきましょうかね。
彼はクレツィア家の長男坊であり弟二人もち、父親の反対を押し切って軍隊に入って南部方面軍集団の騎兵隊に配属された。父親の支援なしで次期小隊長候補になりますが、根性の腐った上官を殴って降格。任意除隊を迫られたときに、中央軍集団の偉い人に拾いあげられた。そしてそのまま、リオデの部隊に配属されたという経緯です。もちろん、階級は降格してそのままです。
軍人の伝記を読んでいると、戦争を実際に体験した人だからこそいえる重みのあるメッセージがあるんですよね。なにより、とても言っていることに説得力があるんです。それにそこであった出来事、自分の知らなかった真実なんかも書いてますしね。
個人の主観が入っていることは否めませんが、悲惨な体験をしたからこそそれが書け、そんな悲惨さを繰り返してはいけないという意識を改めて教えてくれます。
戦争をしてはいけないというのは大前提ですが、現実問題はもっと複雑なんですよね……。だから、それがプリウスさんの言うとおり、個がシステムに飲み込まれていく。というものなんでしょう。固い話の中に自分が十年以上かけて探していたものがあったように思えて、ものすごく感謝の一存につきます。ありがとうございます。

>羽堕さん
指摘と感想ありがとうございます。
できるだけ部隊の仕組みは簡易に説明をしていたため、ちゃんと伝わるかどうかとても不安でした。どの程度にして書けば物語に支障なく伝えられるのかというのが、今ひとつわからなく、悩んで書いてたとこなんで(汗) そういっていただけると本当に嬉しいです。
あとご指摘いただいたように、少女たちが猥談している。というのは確かに違和感がありましたね。次回更新するときに、修正をさせていただきます。
フォリオンやホフマン、リオデたち軍人の最終的な目標が一つには変わりないのですが、それぞれの腹のうちにあることが違う腹がゆさ、微妙なまとまりのなさというものも、軍隊という組織の内情を書きたくて取り入れてみました。
ベルシアのキャラクターは結構意識して作っているので、気に入っていただけて光栄です。当初はティオがこの位置にくることになってましたが、性格はベルシアとは正反対だったので少し辛気臭くなりすぎる気がして却下しました。
レイヴァンの賭けが何か、それはのちのちわかってくるでしょうw
ドキドキな展開を書けるかどうか、自信はありませんが、続きも頑張って精進して書いていこうと思います。
お付き合いいただいて本当にありがとうございます。
2010-01-13 01:00:23【☆☆☆☆☆】サル道
こんにちは! 羽堕です♪
 トラークかっこいいなあ、そして一人での突撃をしって兵士達が自然と集まってきたり、負傷兵の言葉からも信頼と想いやりのある指揮官だったなと思えました。ただ兵の命を預かる指揮官としては、自分の行動での影響と責任などを考え自分を抑える事も大事だったのかもと感じました。でもトラークみたいな信念と熱さのある男は、嫌いじゃなくて好きです! 散り方も胸が、熱くなりました。
 トラークの死を無駄にしないリオデの迅速な行動、そして、そこには確かな勝算とその場の兵士達の気持ちを組んでいて、優秀な指揮官だなと伊達に大隊を率いてはいないなって、改めて思いました。砦も、これでまた持ち堪えられるだろうし、トラークの行動にも意味があったと結果が残るのだから。
 そしてレイヴァンですね。あのまま死んでしまったのかな、でも出来ればという想いはあります。賭けの内容は、私が思っていたものより可愛らしいというと変ですが、そんな感じで何だかホッとしました。でも、この結果は切ないですね。ちょっと思ったのが、兵士達が直接伝えに来ると言うよりは、リオデが偶然に兵士達の会話を聞いてしまう形でも良かったかなと。面白かったです!
であ続きを楽しみにしています♪
2010-01-15 18:07:01【★★★★☆】羽堕
ご拝読ありがとうございます。
まさか、加点していただけるなんて、夢にも思っていなかった。感謝の極みです。
はかなく、悲しく散り行く運命、それをわきまえて自分の信念に従って死んでいく。
そんな男が一人や二人、戦場にいてもおかしくはないですよね。
リオデの指揮の的確さを上手く表現できていたみたいで、安心しました。
賭けの内容をたまたま聞いてしまうという形も、確かに面白そうですね。全く思いつきもしませんでした。今後の作品の参考にもさせて頂こうと思います。
今後も精進して、書いていこうと思います。お付き合いいただきありがとうございます。
2010-01-16 13:36:56【☆☆☆☆☆】サル道
 こんばんは、サル道様。上野文です。
 御作を読みました。
 ……驚きました。戦記モノを書かれる方は(私も言えたものではないですが)、戦闘へ至る状況やパワーバランス、政治経済、そういった部分をすっとばし、どうしても派手な展開にもってかれることが多いのですが、資源をめぐる状況、舞台の主役となる部隊、こまごまと描かれて、しかもわかりやすい。見事なものだと感嘆しました。
 ただ、もし、「面白い戦記モノを書きつつ、戦争の悲惨さを訴えることをテーマとする」を望むなら、それは無謀だと、私は思います。序盤部分にその無茶が集中してる気がしましたので。まずは、サル道様が楽しんで書かれるのが一番ですよ。読み手も、そんな物語が一番読んでて楽しい。御作、とても面白かったです!
2010-01-16 23:35:19【☆☆☆☆☆】上野文
ご拝読ありがとうございます。
いやはや、お褒めのお言葉、ありがとうございます。
できるだけ戦いのみをかくのではなく、戦いそのもの、いわば、そこに至るまでの経緯を含めた全てを散りばめて書いていくのが戦記物を書く面白さの一つでもあると思っていますw
どうしてもそこら辺を考えて書かないと、どうも納得できない性分というのもあるんですけどね。
はい、恐縮です。
無謀であるのは、うすうす感じていました。
当初、補給戦線はなく、読みきりで終わる予定でして、あれで終らせておけば違和感はなかったのかもしれませんね。
貴重な御意見ありがとうございました。

2010-01-21 18:15:30【☆☆☆☆☆】サル道
こんにちは! 羽堕です♪
 ユストニア側のカートは、なかなか豪快そうな奴ですね。またこの戦争を望んでいるのは、ユストニアでも貴族の人間だけという戦争をしたくない者同士の戦いというのは、一番辛く悲しいです。細かいのですが「どんな手段を使ってもいい」という台詞が、私だけかもですが最初カートの言葉かと思い、読み進めて違うのかと分かりました。
 リオデの優しさは戦場で、心の弱さになってしまうのかな。ウィルフィが、その態度を自分達への侮辱だと取るのも仕方のない事なかもと。それにしても女性を襲ったら、殴られて除隊って軽い罰だなって思ってしまいました。ウィルフィ自体が、実際にどうなるか知らなかっただけかも知れないけど。軍内でもそうですし、男性優位の世界なんだな。
 敵を前にしたリオデはさすがに強いですね。カートには、逃げ切って欲しかったな。ライバルという言い方は変ですが、何度もリオデの前に立ちはだかる様な敵役になるのかなと期待していたので。
 アリナも少しずつでも、変化しているのかなって思えて良かったです。リオデもまた一歩前に進んだようで、ここからの戦況がどうなるのか楽しみです!
であ続きを楽しみにしています♪
2010-01-23 16:43:07【☆☆☆☆☆】羽堕
 こんばんは、サル道様。上野文です。
 御作を読みました。
 補給戦線の完成、おめでとうございます。
 …このEPだけですと、こう評価に困るというか、ちぐはぐな印象を受けてしまいました。キャラクターや世界観が育つ前に繰り糸が切れたような。
 とはいえ、緊迫感もあり、展開が面白かったです。
2010-01-23 22:27:46【☆☆☆☆☆】上野文
返信送れて申し訳ありません。

>羽堕さん
ご感想ありがとうございます。
テーマとしては、グイディシュ王国側の視点で見ながらも、必ずしもユストニアの兵全てが絶対悪ではない。という偏り過ぎない。というところに重点を置けたら思っていまして。
ご指摘されたところは、「」を『』にするか、どうしようか悩んだのですが、できるなら『』は使わないほうがいいかと思いまして、読み進めていく形で分かってもらおうかな。と(汗
除隊に関しては、やはり種類があるというか。まあ、この世界では除隊にしても犯罪を犯したら懲戒除隊、罰則を受けてその上で除隊と書いたほうがよかったのかな…。
女性を襲えば不名誉な除隊になるんですよね。
キャラクターの変化が上手く表せているのか、とても不安でしたが、どうやら、伝わっているみたいで安心しました。
カートはそのような役回りを持たせたかったんですがね(苦笑)流れで書いてると、こうなってしまいました(汗



>上野文さん
こんわんは、コメントありがとうございます。
読んでいただきありがとうございます。
まあ、短編の続きを前提としていますからね(汗
このEPだけでは、たしかにそのような印象にならざるをえませんね。
緊張感をだせていたといわれて、安堵していますw なによりそう言って頂けてとても嬉しいです。
今後とも精進して書いていきたいと思います。
2010-01-30 00:44:44【☆☆☆☆☆】サル道
こちらでははじめまして。三文物書きの木沢井です。
 それはさておき、ついこの前読了し、今日この時間になってようやく感想を、という次第でした。いやはや、非常に中身が濃かったもので、私の頭では読み進めるのに随分と時間を要してしまいました。
 しかし、拝読した甲斐はありました。後味の悪いユストニア軍人の処刑、自軍のために命を懸けたトラークら決死隊、強くて優しいけど、弱いところもあるリオデの心境、どれもよく頭に入りこみました。
 が、レイヴァンとの一件は違う意味で頭に残りました。彼によってリオデの心に陰影が生じていたのはよく分かりましたが、どうにも私はレイヴァンが初登場した時の印象が薄いように思われました。
 以上、楽譜の編集に悩む木沢井でした。次回作もしくは続きも楽しみにしています。
2010-02-02 14:42:09【☆☆☆☆☆】木沢井
はじめまして、木沢井さん。ご拝読ありがとうございます。そして、ここまで読んでいただき、本当にごくろうさまです。m(_ _)m
どの話も、一応は戦争というものの姿を自分なりに解釈して、書いてきたものです。リオデを中心とした人間ドラマを書けていけたらとおもっています。
それゆえ、そう言っていただけると感謝の極みです。
レイヴァンの登場は当初、違う形での登場を予定していたのですが、こっちのほうが適役かと思ってここに登場させてしまったもので……。印象が薄くなってしまいましたか……。
ここで指摘されたことも生かして、今後とも精進して書いていきたいと思います。
2010-02-16 16:45:13【☆☆☆☆☆】サル道
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。