『-T R T 2 - 紅の人形師 第一部(最終更新版)』作者:湖悠 / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
ラフィーゼが断ち切ったはずの、殺喰による呪いの糸。しかし、その糸はいつの間にかある者によって繋がれた。――新たに紡がれる紅く悲しい糸を、彼らは今度こそ断ち切れるのだろうか。
全角124232文字
容量248464 bytes
原稿用紙約310.58枚
 

 
 
 第1部


 ◆クレナイノニンギョウシ



 彼らは知らなかった。


 紅いその糸は、二度目の悲劇を繋ぐ糸であり、



 その糸は、ある人形師の糸であったことを――。


 
 ◇アカイイト?

 
 
 プロローグ

 〜物語の始まる2か月前〜

 友人数人と遊び終わり、一人でふらふらと歩く帰り道。俺、木幡 和弘(きはた かずひろ)の足元がおぼつかないのは、最後に立ち寄ったカラオケボックスに入った時にずっと座っていたからだろう。
 友人と戯れ遊ぶ日々。当たり前の日常だ。他愛もないことで盛り上がり、笑う。少し疲れるが、その分楽しい日々だ。
 ゲーセンやカラオケボックス他、若者向けのさまざまな店が立ち並ぶ町並みは、いつの間にか辺りは畑だらけの一本道に変わっていた。結構歩いてきたんだな……。あの賑わっている所からここまでは相当離れてる。よくこの脚で歩けたものだ。さて、家までまだまだある。もう少し頑張ってもらおうか。
 畑から、住宅が広がる景色へと移り変わって行く中、適当にマナーモードにしておいた携帯がズボンのポケットで震える。ポケットから携帯を出し、確認すると、先ほど遊んだ友人の一人、佐坂 庵(ささか いおり)からのメールだった。しかし、庵からのメールは果てしなく面倒だ。あいつはメールを無視されても大丈夫だから、とりあえず放っておこう。
 携帯をしまい、何も考えずに歩いて行く。最近、こうやって心が無になる事が不思議と多かった。
 ふと、星が散らばった夜空を見つめた。
 空はいつでも目まぐるしく変化する。汚れ一つない青の時もあれば、多少汚れている時もあるし、汚れのせいで全然青が見えない日もある。涙を流し続ける日や、涙が凍る日もあったりする。イルミネーションが輝く日だってあるし、光が隠されてしまう日もある。そう、空は変化する。いつだって、空は違う顔をしているのだ。同じ日が続くことなど滅多にない。変化を恐れない。汚れる事を恐れない。空は勇気に溢れている。空は怖い者知らずなのだ。
 俺は……どうなんだろう?
 変わりゆくことを恐れている?
 汚れる事を恐れている?
 
 ――変わりゆくことのない日々を想い、俺はただ溜息をついていた。


  
  
 The Red Thread 2 

  - T R T 2 -

 『紅の人形師 〜クレナイノニンギョウシ〜』


 

 ダイ イチ ワ



 [少年-覚醒]
 
  

 1

 〜プロローグから2カ月後〜


 今日の空は、光に溢れている。大昔の人があの空を見たら、どんな一句を詠むのだろうか。そんな事をぼんやりと考えながら、いつものように遊び呆けた俺は、また一人で家路についていた。畑だった景色はいつの間にか水の引かれた田んぼとなり、その変化は俺に夏が近付くのを感じさせた。しかしその変化を見た時、時間だけがただただ過ぎて行くという、どこか焦りに近い思いを感じたのも確かだった。大きな行事は確かにあるが、終われば同じだ。また同じ日々が始まっていき、そして終わる。時間は止まらずに残酷に過ぎて行く。まだ、何も残せてないというのに。まだ、何もしていないというのに。
 って、詩人か俺は。感傷に浸るなんてどうかしてる。まったく、珍しく風邪でもひいてるのかな。……いや、これはもしかしたら本当にひいてるのかもしれない。体が鉛のように重い。簡単に言えばだるい。おかしいな、さっきまでは快調だったはずなんだが。風邪ってこんなに突然症状が出始めるもんだったっけ?
 その症状は歩く度に酷くなっていき、住宅が見えだした辺りからは強い偏頭痛に襲われ始めた。ますます不審に思えてくる。だが、だんだんと思考回路もおかしくなり、不審さは消えてしまった。道を、歩いているはずなのに、何かおかしい。一歩一歩確かに踏み出しているのに、ちっとも歩いていない感覚に襲われる。どうも景色が変わっていないように思えてしまう。風が妙に生ぬるい。辺りには何の生気も感じない。夜の暗闇を、確かに住宅街の家々が照らしているのに、その家々がまるで――カラッポだ。誰もいない。何も存在せず、呼吸していないように思えてしまう。この周囲に俺しか存在していないという空虚感が足を竦ませる。終いにはまるで生ごみが散乱したかのような腐臭が鼻を襲う。鼻を覆っても尚続く腐臭。もしかして俺の鼻が腐っているのか……? そう思った途端、息ができなくなった。鼻から空気を吸おうとすると、腐った肉の塊を突っ込まれるような気持ち悪さがするし、口呼吸をしようにも、まるで首を絞められているかのように息を深く吸えない。やっと吸う事が出来ても、すぐに吐き出されてしまう。
「あっ、うっ、あぁっ、はぁっ」
 ――助けて。そう言いたかった。だけど、中枢神経にその思いは届かない。声にならないのだ。心では何度も叫んだ。助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて……。しかし、言葉にならない。まるで悪夢の中に居るようだ。いや、もしかしたらこれは夢なんじゃないのか? 夢なら、覚めてくれ。頼む、覚めてくれっ! このままじゃ死んじまう。息が、酸素が足りなくて、このままじゃあ窒息死してしまうっ!! 助けて、誰か俺を助けてっ!!!
 心で叫び声を上げた時、どこからともかく誰かの気配を感じた。しかし、その気配は冷たくて、尖っていて……まるで画鋲のよう。
 その瞬間、まるで長い夢から目が覚めたような感覚に襲われた。
 全ての苦しみからの解放――。
「俺は……何を……?」
 気付けば汗でびっしょりだった。涼しい風が吹いていたので、すこし寒々しさも感じる。
 一体先程襲われた感覚は何だったんだろう? とても嫌な気持ちになった。全てがじめっとして……風邪をひいたときとは違う痛みが俺の頭を支配した。そう、支配だ。あの感覚は支配って言葉がまさに合っている。インフルエンザになった事が一度あるのだが、その感覚に少し似ていたような気がする。――ああ、もしかしてインフルエンザ? 今はウィルスが活動を休止しているから何も感じないだけなのか? はぁ、参ったな。高校2年生として過ごすこの6月。修学旅行やら色々なイベントが近くで待っているから、あまり休みたくないんだけどなぁ。
 しかし、どこかで強い安堵感もあった。インフルエンザであるのならそれでいい。あの錯覚が、"本当に錯覚"であるのならそれでいいんだ。
 さて、住宅街を大分歩いた。もうそろそろ家が見えてくるはずだ。薄緑色をした屋根の我が家が。――そう思って歩いていたのだが、ある事に気付く。とっくに俺は自宅を通り越していたのだ。そういえばインフルエンザのような症状に襲われていた時、妙に道を長く歩いてしまっていた。一歩一歩があまりにも不自然に感じられて……そう、例えるなら、空港などにある動く床。正式名称はよくわからんが、あの床の動く向きと逆に歩いているような気分――ああ、そうだ、それが一番近いぞ。歩いても歩いても景色が変わらないんだ。足を前に踏み出しているのに、何故か進めないんだ。とてつもない恐怖。悪夢を見ている時感じる恐怖。今まで普通にできていたことが突然できなくなる恐ろしさ。あの時のおかしな蒸し暑さ、頭痛、幻覚、息苦しさ。今思い出しただけでも冷や汗が頬を伝う。訳のわからない感覚だ。インフルエンザのような症状と言ったが、やはり訂正する。あれはインフルエンザにかかったとしても到底起きるはずのない症状だ。インフルエンザにかかり、タミフルを摂取し、そのまま違法薬物を摂取すればあんな感覚に陥るのだろうか……? 極端すぎて自分でもよくわからないけど。
 早く帰って寝よう。マジで俺は熱があるのかもしれない。さっさと帰って自分の調子を取り戻さないとな。
 今まで余分に進んでしまった道を引き返し、自宅へと向かって歩き始める。
 途中まで順調だった。
 確かに普通に歩いていた。
 しかし、いつの間にか先程と同じような蒸し暑さと、怪しい何かに犯されている空気が辺りを支配する。先程はこの空気が何なのか気付かなかったが、これは"血の臭い"だ。鉄に似て非なる、残酷で、粘着質な……クッ、息が、苦しくなっていく……ッ!? 
 体が一気に重くなった。一歩一歩が非常に苦しい。進んでいるのかわからない錯覚に襲われる。先程と同じだ……ッ。いや、違う。先程よりも更に悪化している。頭がガンガンと痛む。何かが暴れている、俺の中で、何かが――。
 全身に力を入れた。抵抗すればこの感覚から逃れられるかもしれない。単純にそう思ったから。腕に力を、脚に力を――そして俺を包む悪意に満ちた空気を振り払うように暴れてみせた。がむしゃらに腕を振り、脚をすすませていく。もがいていく。すると、だんだんと頭痛や鼻をさす血の臭い、息苦しさ、孤独感、蒸し暑さが薄れていき、そして全てが元通りになった。
「は、はははは……、ははははぁっ!」
 自然と笑っていた。もう夢としか思えない。きっと俺は悪夢を見ているのだ。そう、これは夢。夢ならどんな事をしても大丈夫だ。は、はは、夢、そう、これは夢なんだ。はは、はははは……。
「アッハハハ、は、ははは……おか、しいぜ」
 何もかもがおかしく思えた。俺は頭でも狂ってしまったのだろうか? しかしこんな非現実的なことがあれば、どんなタフな奴でも狂ってしまうだろう。
「ふぅ。さっさと夢から覚めてしまおうか」
 いや、待て。そう黒い俺が制した。せっかくこんなリアルな夢を見ているんだ。これを……利用しないなんてもったいないだろう? そんな黒い俺の言葉を皮切りに、最低な事が多く浮かんでいく。何をしてやろうか。誰を、どう……。俺は正直無理矢理ってのは好きじゃないが、しかし一種の興奮は覚える。そう、これが俺だ。煩悩の、欲望の塊。まさかこんな夢の中で汚い自分を見ることができるなんてな。
 嘲笑を浮かべつつ、俺は歩いて行く。日々色々と溜まってるからな。こういう時に発散させねぇと。さて、まずは誰を――そうだな、手始めは幼馴染でお隣さんの朱省 零夏(あけしょう れいか)だな。いっつもコケにされてるから、この機会に……くくくっ。
 
「ねぇねぇ、何がおかしいの〜?」
 
 その高い声が響いた瞬間、体が一気に重くなる。   
 とてつもない恐怖が俺の心を蝕んでいく。
「ねぇねぇ」
 遠くから聞こえていたはずの女の声。しかしいつの間にか俺の耳元で――ささやかれている。
「なんで、笑っていたの?」
 首筋に掛かる甘い吐息。色気のあるその物言いを聞いた途端、恐怖から別の感情に包まれていく。
 
 犯したい。
 後ろに居るこの女を。
 俺の手で、汚してやりたい。
 
 俺は振り向いた。女を見るために。女が果たして俺の欲望を満たせる器であるかどうかを確かめるべく。
 ――なるほど、一級品だ。バランス良く振り分けられた体。大きな胸にややくびれた腰。着ている服からもそそられるものがあった。黒く、腹の部分が切れてヘソが露出しているレオタードのような服は、俺に興奮を与えるのには十分すぎる。可愛さをまといながら整った顔。やや幼い感じが残っているな。どうやら俺と大体同じ年齢ってところのようだ。へへへ、更に丁度いいじゃねぇか。そして髪はてっぺん近くで一つに縛るというポニーテール。腰の上くらいまで伸びたその長い髪にもそそられる。
「あら……」
 女は笑う。俺の顔を見て、俺の目を見て――俺の心を……見ている?
「私に欲情でもしてるのかなぁ〜? 顔を見ればすぐにわかるよ〜」
 チッ、ばれたか。ってかそんなにわかりやすいのか? 俺の今の表情は。
「でもでも、初めて。私を見てそんな感情を抱く人」そう、どこか官能的な声で女は言う。
「へぇ、そうかい」
 俺は薄く笑みを浮かべた。我ながらよく出来た脳だ。こんな架空の登場人物を妄想できるとは。小説家に向いているのかもしれない。
 さて、おしゃべりはやめだ。俺の夢なのだから、俺の思う通りにすべて事がいくはずだ。もう我慢できん。と、いうわけでここらへんでご賞味――。
「私を見た人ってね、大体同じ顔をするんだよ」

 女の指から刀の刃のように鋭い爪が出現した。

「あれ? 君も今同じ顔をしてるよ〜?」

 先程まで茶色だった女の眼が突然血のような真っ赤に染まる。

「なんだ〜。つまんないのぉ。結局皆同じなんだ」
 俺はその時初めて気付いた。女のすぐ後ろ――住宅街に設置してあるゴミ捨て場に紅い何かが置かれていることを。
 肉? あれは……肉だ。骨が、露出している。血が、辺り一面を濡らしている。
「あれは、あ、あああ、あぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!!!!!」
 喉が痛くなるほど叫んだ。
 人間だ。既に肉の塊と化しているが、あの形状は間違いなく、人間のもの……。そこまで思考を巡らした所で限界が訪れた。その場に伏せ、口から汚物をもどしていく。地面が、俺であったモノ達で汚されていく。
「キャハハ! 吐いてる吐いてる〜! きったなぁぁ〜い!」
 女は甲高い声を響かせて笑った。何も言い返せない。俺の口は確かに汚物で満たされている。しゃべることなど到底できない。いや、汚物で満たされていなくとも、俺はしゃべることなど到底できなかったであろう。今、再び俺の心は支配されているのだ――恐怖に。
「も〜、きったないなぁ。そんなもの見せないでよぉ。食欲失せちゃうでしょぉ〜」
 女が赤い瞳を妖しく光らせ、色気に満ちた声でささやく。先程、何故俺はあんなに欲情していたのだろうか? いや、そもそもなぜ今のこの状況を夢と思い込んでしまったのだろうか。この感覚は、明らかに現実。喉の痛みも、現実のものだ。強いて言うなれば、先程の異常な程の性欲……あれこそ架空のものと言える。第一零夏をあんな風に見たことなど一度もない。ここまで獣のような感情を抱いたことなど一度もない。それに、今のこの感情。何だ? 何かが、俺の何かがおかしくなって、いる、ぞ。
「何だ……」
 黒いもやもやが心を埋める。苦しい。だが、同時に快感でもある。
「ん〜? 何〜、どうしたのぉ?」
「お前は、何なんだ。お前は……」俺の中の糸が、ぷつりと切れた。「お前は一体何だぁぁぁっ!!!」
 感情が一転する――。
 恐怖から、憎悪の念が心を覆い尽くす。
「俺を、殺す気なのかっ!?」 
 女から飛び退き、近くに落ちていた鉄パイプを握る。鉄パイプの冷たささえ、その時は感じられなかった。
「私と戦う気? 良くわからないなぁ。これ見ればわかるでしょ?」
 そう言い、近くに置かれた"人間であったもの"を掴み上げる。血まみれになったり、引き裂かれていたりしている。引き裂かれた箇所からは内臓や白骨が飛び出ている。もはや原型をとどめていない。
 ウッ! く、クソ、胸糞悪いもの見せやがって!
「この肉を食べ終わったらすぐに眠るつもりだったの。そしたら君が歩いてきた。ちょっと食欲も沸いたけど、あまり食べちゃうと太っちゃうからやめようと思って悪気を出して君を誘導してあげたのに……。また戻ってきちゃうんだもん。おかしいよねぇ。悪気を普通の人間が吸ってれば寝ちゃうはずなのに」
 何を言ってるんだこの女は!? 悪気? 普通の人間?
「お腹すいちゃったしなぁ。君を食べ――あ〜、でも君は男だからちょっと不味いんだよねぇ。よし! 変更っと! 君は少し気になる感じだから生かしてあげる!」
 そう女が言った直後、腹に強い衝撃がくわわった。
 女の拳だった。
 ぐっ……! ま、マジかよ。女とは数メートル離れてたろうが! 何がどうなってやがる!?
「君はそこでうずくまってな。その間にぃ〜、私はぁ〜」女の目が大きく開かれた。「あぁ〜! あの家凄い良い匂いがする!!」
 視線がぐらつく。体が岩のように重い。だが、そんな暗くなる視界の中、俺は見た。意識が朦朧としていて、視界が大分歪んでいたが、それでも確認する事ができた。
 女は、零夏の家へと向かっている。
 あの女は、間違いなくあの刃のように鋭い爪で誰かを殺した。そしてあんなにぐちゃぐちゃにした。夢だと思ったが、腹や喉の痛みから夢じゃない。あの女は現実に存在する。現実に存在する、"異常者"だ。その"異常者"が、次に零夏の家へと赴いている。

 零夏……俺の、幼馴染。俺の……俺の大切な……――。

 彼女を想ったその時、ある情景が浮かび上がった。
 それはたまたま、色んな物が変わる寸前の映像だった。


 それは戻る事などできない……輝いていた二ヶ月前である。



 2 ※プロローグの翌日
  

 
「和弘〜!」
 ん……。
「か〜ず〜ひ〜ろ〜!!」
 んむ……。
「こらぁぁぁ〜〜!! かずひろぉぉぉ!!」
 ふわぁ……まだ……眠い。
「おっきろぉぉぉ!!」
 突然目をさすような光が襲った。俺を包んでいた温もりが消え、少し冷たい空気が肌に触れる。どうやら布団を剥がされたようだ。――誰に? 母親? 妹? 違うんだなコレが。
 目をこすり、改めて状況を確認する。
「おはよう、和弘」
 目の前ににこやかな笑顔を浮かべる少女が一人。
「……おはよ」
 気だるく俺は返事を返した。少女は少し不満気に俺を見つめていたが、まあいいか、とでも言わんばかりに溜息をつき、
「外で待ってるからね。早く来てよ〜?」
 と言って元気に駈け出して行った。
 彼女の名前は朱省 零夏。俺の幼馴染。髪は栗色で、長さは肩につくかつかないかくらいのショートヘアー。目はぱっちりとしており、綺麗、というよりはかわいい系の顔。箇条書きになるが、語るべくことはこれくらいしかない。いや、一つあるか。よくわからないくらい、世話好きってことだ。
 まったく、何てベタなんだ。ベタすぎだろ。ベッタベタだ。なんつーか……いや、ね? どうせこういう話を聞くと「いいなぁ」とか、「俺もそういう幼馴染欲しいよ」とか言うだろうけど、これが意外と結構嫌なものだ。まず寝顔を見られるし、同時に寝起きの顔も見られる。パジャマ姿も見られるし……時に恥ずかしい姿も見られる時もある。なんつーか結構きついのよ? これ。いやほんとに。「やめてくれ」とは何度も言ったんだが……世話好きだからなぁ。彼氏でもできない限り、あいつはずっと起こしにくると思う。あいつ顔は良いんだから、彼氏の一人や二人できてもおかしくないと思うんだけどなぁ。
 あまり外で待たせるわけにもいかないので、早めに身支度をする。制服に着替え、顔を洗い、歯を磨き、パンを口に突っ込み――いざ出発! 
 
 外に出ると、零夏に膨れっ面で睨まれた。
「お〜そ〜い〜!」
 そんな事言われてもなぁ……。
「毎日こんなもんだろ? 男の朝は時間が掛かんだよ」と渋い声で言う。
「いつもより遅いって! ぜ〜ったい遅い!!」
 ん〜、困った。全く、めんどうな奴だなぁ。しかも渋い声で言った事に関しては華麗にスルーですか。
「わかったわかった。俺が遅かったよ。どうしたら許してくれるんだ?」
「んふふふ〜♪ 何してもらおうかなぁ〜」
 おいおいおい。その笑みはなんだよ。すっげぇイヤな予感バリバリなんだけど。俺の不幸予知装置の針が激しく振れているんだけど。
「言っとくが、無理なことは駄目だからな? 最低限俺ができることだ。いいか?」
「無理なことって、例えば?」
 うっ……。
 そう言われると何て言えばいいかわからなくなる。
「お前に言われた事の良し悪しを判断するから、とりあえず言ってみろよ」
 そう言っておいた。
 零夏はしばらくの間、どっかの銅像みたく眉に皺を寄せ、そこに手を当てて考えていた。
「う〜ん、とりあえず――」
「とりあえず?」
 俺が聞くと、突然元気よく走り出して、
「学校に行きながら決めるよーーっ!! と、いうわけで恒例の罰ゲーム有オニごっこ開始〜!! オニは和弘ね〜!」
 と、大声で言い残し、所属している陸上部で一番であるその脚を奮わせ、まるで馬の如く力強く、そしてしなやかに、彼女はどこかへ向かって走って行くのだった……。
「……は? 罰ゲーム?」
 ま、ず、い。あいつの考える罰ゲームにロクなもんがないのは幼稚園の頃から知っている。考えてみれば幼稚園の頃から俺達は縁があったのか……中々長い歴史ですなぁ――じゃなくて!
「お、おい!! 待てよおおおぉぉおお!!! そりゃ反則だろっっがぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」
 ちっくしょう! こうなったら意地でも追い抜かすしかねぇぇぇ!!!
 絶望の結果しか見えずとも、俺は全力で走って行った――。

 
 下崎市立下崎高等学校を前に、俺は震える足を引きずりながら歩いていた。
「ゼーーー、ハーーーーー、ウーーーーー、グーーーーウ」
「か、和弘大丈夫?」
 大丈夫な訳ねぇだろうが。俺の家からここまでは2キロほどあんだぞ? そんな距離をほぼ全力……うう、死ぬぅ……。
 ってか何でこいつは大丈夫そうなんだよ。どんな体だよ。部活で一体どんなトレーニングしてるんですか、このやろー! 
「これって和弘の負けだよね〜。っていうか、負け以外の何でもないよね〜」
 笑いながら零夏は言う。チクショウ……今お前が死神に見えたぞ!
「待て待て待て! いくらなんでもこりゃ卑怯だろうが! もっとお互いの能力を考えたゲームを考慮することがだなぁ――」 
「罰ゲームは何がいい〜? 利恵ちゃんのもってる服でコスプレがいいかなぁ〜♪ メイド? スク水? ブルマ? あ〜、ここは王道を外れたコスチュームもいいかもねぇ〜!」
 ……全く人の話を聞いちゃいねぇ。目を輝かせて、俺への羞恥プレイを妄想してやがる……。ってか利恵を罰ゲームに絡ませるなよなぁ。あいつの事だ。無駄にテンションを上げて俺の衣装を選ぶに違いない。あいつの家には悪趣味な衣装しかねぇからな……。さっき零夏が言ったみたいな、どこぞのマニアが喜びそうなもんしかねぇんだ。他の罰ゲームのほうがはるかにマシだ。どうあってもあの罰ゲームだけは回避したい!
「い、いや! 俺としてはもうコスプレには飽きたからなぁ……別の、い、いや、ってかその前にさっきの勝負は明らかに、」
 その時、俺の第六感が告げた。奴が、来た。俺の背後に居やがる! 奴来訪のBGMが俺の頭で激しく鳴り始めた!
「へ〜、また罰ゲーム談義〜? りえっちのコスプレが嫌なら、オレが別の罰ゲームを考えてあげよっかなぁ〜?」
 振り返れば、二カっと憎らしい微笑みを浮かべるドS少女、些棟 巳柚(さとう みゆ)が居た。染めたであろう明るい色の髪でお団子を頭に作り、薄い眉やら短いスカートをしている事などから、一見は普通のギャル系女子に見える――のだが、一人称が「オレ」という所からわかるように、相当男勝りだ。そして……ドSだ。いじる点が見つかった瞬間、総攻撃が始まる。そんなこいつの罰ゲームなんて、想像しただけでも寒気がするぞ。
「だっ、誰がお前の罰ゲームなんてOKするかっ!! 真冬に学校のプールに入れさせられるわ、突然大きなバッグに入れられて、運び出された先が着替え中な女子更衣室だったり……」
「それならいいじゃん。お前そういうの好きだろ?」
 サラッと、逆に何が問題なの? というふてぶてしい態度で巳柚は言いおった。
「やることが極端すぎるだろうがぁっ! あの後俺がどういう目にあったか! っていうか、まだあんだぞ!? お前の悪行は数えきれない程なぁ……」
 俺が更にカミングアウトしようとした所を、零夏が肩を叩いて制した。
「つまり、それほど和弘が勝負に負けてるってことだね」
 ――すっごい笑顔だった。


「おっ! カズじゃねーかぁ〜!」教室に入るなり、庵(いおり)が目の前に飛び込んできた。「何で昨日僕のメールシカトしたんだよぉー。寂しかったんだぞー!」
「悪いな。んじゃっ」
 さて、自分の席に――。
「ま、ま、ままままま待てぇぇぇ!! それが人に謝る態度か!? それが、返信が来ないから深夜3時までずっと漫画を読みながらケータイをチラチラとみてた男に対する態度かぁぁ!? ちげぇよ! 別に返信こないなぁ、とは思ってたさ! でももし返信きて、その時僕寝ちゃってたら、なんか悪いじゃん! なんか僕が悪い事してるみたいじゃん! 別に僕は悪くねーしさぁ、ずっと返信しないお前が悪い――とは思ってたけど、お前がもしケータイを見るのを忘れてて、慌てて『ごめんっ、返信遅れたっ!』ってメールを送ってきてさぁ、僕がシカトしちゃったら、なんかお前可愛そーじゃん! とてつもなく罪悪感を感じるじゃん僕!! だから、もしお前が返信をよこしたら、すぐに『へっ、別に気にしてないからいいぜ』って返してやろうって思ってたわけで、でも――グハァッ!」
 その時、庵の顔面に、シューズ入れが投げ込まれた。泥だらけな所から、陸上関係の靴だという事がわかる。陸上のスパイク……ああ、あいつか。
 投げ込まれた方を見ると、そいつは居た。オールバックの頭をふらふらとさせて、矢高 記章(やたか きしょう)は机の前に無表情で突っ立ち、目を薄くさせている。その細く厳つい顔の頬には跡がついている。ああ、寝てたのか。
「うるさいし、無駄に長い。っていうかカズ、せめて途中でツッコミは入れてやれよ。じゃねーと庵はいつまでもしゃべり続けるぜ」
 苦笑いを浮かべて、俺は頭を掻いた。
「いや、何一つ聞いてなかったからさ、はははっ……」
「――それが正解だな。俺もこいつの話を聞いてると眠くなっちまってなぁ」
 苦笑する俺達の後ろでは、巳柚が倒れて鼻を押さえる庵にちょっかいをだしていた。言っておくが、ちょっかいといっても小学生がやるような可愛いものではない。
「おらおら〜。庵〜、起きろ〜い」
 陸上のスパイクを何度も何度も庵の顔面に打ち付けながら、巳柚はそう言った。……言ってることとやってることがまるで逆だ。あれでは起きるどころか永遠の眠りについちゃうんじゃない? っていうか起こす気ないよねアレ。ただいたぶりたいだけだよね、アレ。
「ちょっ、ぶっ! いだだだだっ!! お前、それ、ぐぶっ、や、やめっ、いだだだだだだだだっ!」
「ちょ、ちょっと巳柚ちゃんっ」零夏が、苦しむ庵を可哀そうに思ったのか、ようやく止めに入った。「それじゃ危ないってば!」
 そう言い、零夏は庵の足から上履きを取り、巳柚に渡した。「やるとしてもこれにしなきゃ」
 その言葉に、巳柚以外のほとんどの生徒が戦慄とした。――零夏、お前やっぱずれてる。
「な……ちょ、ちょっとっ」 
 希望の光が差しこめていた庵に、次の闇が現れ始めた。顔は真っ青だ。
 さ、て。ホームルームまでに時間もあるし、寝るとするかな。
 痛々しい悲鳴を上げている庵に背を向け、自分の席についた。


 場面はすっ飛び、楽しい楽しい昼休み。
 4時限目の鐘が鳴った後、庵と記章が弁当を持って机の前に集まった。庵の顔はあらぬ所がへこんだりしている。記章は瞼が重いようで、いつも以上に細目だ。記章よ。ただでさえ人に近付かれなそうな厳つい顔してんだから、その細目は止めようぜ。誰か泣きだすぞ。
「飯食おうぜ〜!」庵が、元気に言う。「今日はパン買いにいくか〜?」
 記章は首を振った。「俺金ないからパスだわ」
「俺もだな。買うとしてもマイナス10タイムになってからだ」
 マイナス10タイムというのは、売れ残ったパンが10円引きされる時間帯の事を言う。パンは3時限目後から昼休みの最後までの間に売り出される。食堂が無いためパンは高い人気を誇っており、売りだされた直後には大勢の生徒が押し寄せる――のだが、不憫なパンはそれでも売れ残るのだ。決して不味いわけじゃないのだが……インパクトがないためであろう。俺や庵とかは腹にたまればOK、と思うタイプなのでそれでもいいのだが、記章や女子の多くは好きなパンが買えないと不満らしく、マイナス10タイムにあまり良い気持ちをもっていないとのこと。
 庵はめずらしく不満げな表情を浮かべた。
「たまにはリッチに行こうよ〜」それから、庵は見る者を不快にさせる笑みを浮かべ、皮の財布を掲げた。「あ、悪いね〜。実は僕今月は結構余裕があるからさぁ、アハハハ」
「いつも月の始まりはムカつく態度でそう言うよな。はっきり言ってうざいけどさ」と俺。
「まぁ、月末は苦しい顔してるから俺としては不満じゃないんだけどな。ホレ、さっさと買ってこいよ」と記章。
 沈みきった顔で、庵は財布をしまった。その様子に満足し、俺と記章は弁当箱を開け始める。
 そこに、どこからともなく突然女子の群れが出現した。零夏達だ。
「お弁当食べよう食べよう〜♪」
 零夏の手にはフォーク。……このやろー、つまみ食いするつもりだなぁ。
「食べよー食べよー」
 巳柚も手にナイフを――って待て待て! お前はどうするつもりだよ!? どういう食べ方をする気!? しかもそれ食用のナイフに見えないんだけどっ!!! どう見てもサヴァイヴァルヌァイフ!! 恐らく誰か料理されちゃいますよ、今この教室で!
「巳柚ー、その危なっかしいのをしまいなさいよね〜。今は昼なんだから、後にしなさいよ」
 長い髪を撫でながら木島 桜(きじま さくら)がさらりと言う。
 いやいやいや、桜さんよぉ、後にしなさいってどういうことだよ。結局それ了承してるじゃねーか。誰か後で料理されちまうじゃねーか。とてもじゃねーけどクラス委員長の言うことじゃねーぞ! 眼鏡かけてて、一見真面目そーなのに、キャラはぶっ飛んでんなほんと。
「おい木島ぁ。お前パン持ってるな? ……それも、一番人気で中々食えないと有名なダブルミックスフルーツメロンパンだ」
 記章がパンをじっと見つめた。その眼光はまるで獣。しかし、桜は屈しない。結んでいない、腰まで長く伸びた髪をさらさらと揺らして、徐々に庵と間合いをとっていく。おお始まるぞー! 永遠のライバル、『獅子の記章』と『虎の桜』の戦いが!
 最初に跳びかかったのは記章だった。机を蹴り、その反動を使って、ダブルミックスフルーツメロンパンに食らいつく。しかし、桜も負けずダブルミックスベ――長いわ!! 長くて噛んじまったよ! っていうかダブルミックスって何やねん! そしてダブルミックスフルーツメロンパンて、既にメロンパンじゃねーじゃん! ダブルミックスフルーツパンじゃねーか!  
 そ、それはともかく、桜も負けてはいなかった。勢いの掛かった記章をあっさりと退け、メロンパンの袋を開けた。そして、記章の動きを見つつ、まず一口かぶりついた。
 しかし、記章は屈さない。一口、そう、たった一口だ。まだメロンパンのほとんどは健在なのである。それだけでも彼の戦意は保たれるのだ。
「う〜ん、今回も熱いバトルですな」
 零夏が箸を口に運びながら、しみじみと言う。もはやこの戦いは昼食時の恒例であり、俺達にとってはごく普通の見世物だ。クラスの奴らも、「また始まったなぁ」程度の認識しか持っていない。
「俺記章にウィンナー一個な」
 そして、オカズの賭けごとが行われるのも恒例である。
「じゃあオレは、桜にから揚げ一個」
 巳柚が置いたから揚げに、庵が強く反応する。
「から揚げだとぉぉ!? なら僕は記章にカニクリームコロッケをいっちゃうよ!」
「私は〜……じゃあ桜ちゃんにエビフライ〜!」
 おっ! 零夏はエビフライか! こいつん家のエビフライは美味いんだよなぁ。是非いただきたい所だ。
「利恵はね、利恵はね〜、きしょっちに〜……そうだなぁ、ほとんどお弁当食べちゃったから〜……イチゴ大福〜!」
 用意した紙皿に、それぞれの賭けオカズが乗せられていった。記章派が意外と多くでたなぁ。今回は手に入るおかずが少なそうだ。俺胃袋大きいからなぁ。いっぱい欲しかったんだけど。
「っていうか、利恵弁当食べるの早くないか?」
 俺の質問に、朝言ったようにコスプレが大好きな石田 利恵(いしだ りえ)は、「にっしっしー」と奇妙な笑みを浮かべていた。ただでさえ童顔で背も低いのに、言動や仕草も子供っぽくて、ついつい年下を相手してるような気になってしまう。これでコスプレ好きなんだもんなぁ。一部のマニアに目を付けられたら恐ろしい事になりそうだ。
「りえっちの弁当って偏ってるよね〜。なんていうか、好きなものが、分け隔てもなく入れられてるっていうか……」
 今回の巳柚の意見には、何の抵抗もなく賛成できる。もう弁当箱から消えてしまっているおかずに関しては何も言えないが、今残っているものだけでも十分にバラエティーに富んでいる。焼きそば、ナポリタン、おはぎ、イチゴ、ポッキー……。なんていうか、箱を分けたほうがいいんじゃないだろうか。せめて二段にしてほしい。目に毒だ。
「利恵のお弁当箱ってそんなに変かなぁ? どう思う、れーちゃん」
 突然指名され、零夏は困惑していた。「え、私?」
「れーちゃんが一番常識人だもん。この中で」
 その言葉に納得できず、大きい咳払いを入れた。「おいおい利恵。俺を忘れるな、俺を。そこに居る奴らと俺を一緒にしないでくれ」
 俺のその言葉に、庵と巳柚が憤慨する。
「おいおい! この僕が変人だっていうのかぁっ!?」
「庵はともかく、オレはまともだろ。オレからすれば和弘の方が変人だね」
 巳柚は冷たい視線で俺を見つめる。あ? 俺が? 巳柚よりも変人だと?
「待ってくれ。まぁ、庵については説明するまでもないが、っていうか面倒くさいから省略するけど」
「おい! どういうこ――むごっ」
 利恵が、おはぎを庵の口に勢いよく詰めた。
「話がややこしくなるから、いおりんは利恵と弁当たべてよーねー」
 珍しく空気を読んだな。っていうか、想像以上に力あるな、お前。
「続けるぞ。巳柚、お前は明らかに俺よりも変人だ。何故かわかるか?」
「全くわからないよ」
 真顔でそう答えられちゃ、なんか自信が無くなってくる。
「……お、お前は人が悲痛に苦しむのを快感としてるだろ?」
「え、普通じゃないの?」
 思わずため息をついた。もう末期だ。末期な鬼畜S女だ。手の施しようがない。とても、残念です。
「はぁ、もーいいや。なぁ零夏、二人の戦況はどうなってる?」
「んー? そだね〜……あの一口以来、桜ちゃんは全然メロンパンに集中できてないね。矢高くんの猛攻がすさまじくて、避けるのに必死になってるみたい。今回は矢高くんが勝つんじゃないかなぁ」
 パンを咥えて、零夏は冷静に戦況を伝えた。なるほどなぁ。確かに今回は記章の動きが鋭い。それに対し、桜の動きにはどこか鈍さがある。空腹のせいなのだろうか。まぁ、どうにしろ、もうすぐ決着はつくだろう。この圧倒的な力量に差。軍配が上がるほうはっ――。
「はいはいは〜い、いおりんお口を大きく開けてくださぁ〜い」
 横を見ると、まるでお年寄りのカップルがピクニックにでも来ているかのような雰囲気で、庵と理恵が弁当を食べていた。おいおい、どんだけほのぼのムードだよ。全くいつもいつもこの緊迫の状況をぶち壊しにしやがるんだからよぉ、お前達は……。
「おっ、イチゴですかぁ〜! なかなかにでっかいねぇ、んじゃ、いただこっかなぁ。あ〜〜ん」
 庵の奴、あんなに口を開けやがって。その口の中にとうがらしを投げ込みたい所だ。随分と面白い絵図が――っといけないいけない。巳柚のがうつっちまったかな。
「ああっ!!」
 桜の声が響く。慌てて振り向いた。どうやら、桜の手からメロンパンが離れたようだ。記章が空を舞うメロンパンに手を伸ばす。しかし、桜がメロンパンを何とか弾き飛ばし、記章の手からメロンパンが離れて行く。
 空を舞うメロンパン。
 誰もが、息をのんだ。一体、メロンパンはどこへ向かうのか。
 空を舞うメロンパン。
 誰もが、その行方を見守った。皆、勝負の結末の予想ができていなかった。――この瞬間は。
 空を舞うメロンパン。
 誰もが、嫌な予感を感じ始めていた。メロンパンのが放物線を描いて着地しようとしている場所は、この熱い勝負を締めくくるのには明らかに場違いだったからだ。
「あ〜……んぐっ!!」
 メロンパンは、庵の口の中で収まった。
 唖然とし、皆が口をぱっくりと開けて見守る中、庵はメロンパンをもぐもぐと噛んで呑みこみ、口を開いた。
「ん〜。イッツデリィシャァス。色んな意味でオイシイね、僕」
 ――桜と記章が殴りかかったのは、言うまでもない。

 
 3

 
 放課後。
 だるい掃除をさっさと終え、俺、庵、記章の三人で廊下を歩いて行く。
「なぁ、今日はどうする? この後にどっか行くか?」
 俺がそう誘いを投げかけると、庵と記章の二人は、同じように残念そうな表情を浮かべていた。
「僕はこれからアルバイトが入ってるんだよねぇ……ごめんよぉ」
「俺も遊びたいとこなんだけど、今日は部活があるんだなぁ」
 そうか、と俺は頷いた。まぁ、いつでもまた遊べる。そこまで残念がることじゃないだろう。
「お前ら忙しいんだなぁ。俺なんていつでも暇だぜ」
 苦笑いを浮かべる。考えてみれば、ほんとに俺は何もスケジュールがないんだな。学校行って、友達とだべって、その帰りに遊んだり、遊ばなかったりとその繰り返しだ。毎日毎日、俺は大きく変わりゆくことのない日常生活を送っている。それは、幸せなんだろうなぁ。――いや、幸せなのか? 毎日毎日同じ事の繰り返しで、何の波もない。あるとしても小さな波だけ。こんな日常を、俺はこれからも毎日過ごしていくのか?
 そう思うと、身震いがした。
 庵は、時たまにバイトをしている。そうやって自分でお金を稼いで、そのお金でやりくりをしている。本人によればそれが楽しいらしい。俺はどうだ? 親からもらった金を、自分のもののように使いまわし、そして無くなったらまたせびる。いつも、そう考える度に庵が大人に見えてしまう。
 記章は、有力な陸上選手だ。部活として練習するのは一週間に4日と意外に少ないが、しかし俺達と遊んだ後に競技場へと足を運んでいるらしい。何でそんなに頑張るんだ? と聞くと、将来の夢をかなえるため、と語っていた。――将来の夢、か。俺は何もない。何も考えちゃいない。ただ毎日をゆっくりと過ごしているだけだ。記章が夢への努力をしている、そんな姿を見ると、自分がとても情けなくなってくる。とても、小さいものに見えてしまう。
「お前ら……すごいな」
 思わず口にしていた。まったく、何を言ってるんだろう、俺は。二人とも、その言葉にキョトンとしたが、しばらくして笑い始めた。
「何だよ、らしくねーぜ。お前はいっつもえばってなきゃな」
「記章の言うとーりさ。カズがそんなんじゃ、僕の調子が狂っちゃうよ」
 肩を叩き、二人はそう言った。
 ……欲しい。本当にそう思う。二人のような、いつもと違うリズムが。――刺激のある事が、したいんだ。だけど、何も浮かばない。俺には、何も、何も……。
 気付けばもう駐輪場だった。
「んじゃ、俺は部活に行くぜ」
「あ、ああ。頑張れよ」
 記章はニッと笑った。目が糸のように細くなる。
「お前らをインターハイ、いや、全国――世界まで連れてってやるさ」
 おかしくなって、俺は笑った。庵も、口元を押さえていた。
「ハハハ、まぁ、がんばって僕を連れてってくれたまえ」
「ま、庵を連れて行くかはわかんないけどな。そんじゃっ」
 羨まし気に見つめる俺と、頬をふくらます庵を置いて、記章は元気よく走り出して行った。
「っとと! やばい、急がないと!!」腕時計を見て庵は飛び上がる。「それじゃ、カズ!」
 慌ただしく自転車に飛び乗り、庵は全力でペダルを漕いで行った。……凄い速さだった。
 それにしても、俺一人ってか。何だか寂しいなぁ。まぁ、毎週こういう日はあるんだけどさぁ。……IPODで曲でも聴きながら寂しく帰りますかねぇ。
「あっ、和弘〜っ!」
 家路を歩きはじめた俺に、零夏が駆け寄ってきた。
「零夏、か。どうしたんだ? 腹でも痛いのか? 悪いがそういう薬は持ってな――」
「そんな訳ないでしょうがっ! 一緒に帰ろうよ、って言いに来ただけだって!」
「ハハハ、冗談だよ、冗談」
 頬を膨らませる零夏を尻目に、笑い声を上げた。
「む〜……。まぁ、でも一緒に帰れるのなら、それでいいや」
「そんなに俺と帰りたいか?」
 意地悪く言うと、零夏は頬を赤く染めた。
「ちょっ、ちょっと〜! 何その質問〜!」
「いやぁ〜、まぁ俺と帰りたくなる気持ちはわからないでもないけどなぁ。ナイスガイだからこそ多忙な俺と帰るなんて、なっかなかできないからなぁ」
 冗談めかしく、そして半分願望及び真実を込めたセリフを飛ばすと、冷たい視線が俺を襲った。
「……今までに一回も彼女とか居なかったくせに」
 ウグッ! い、今のは心にグサリと刺さったぞ。
「ちげぇーっての。俺が作らなかっただけだよ。俺が本気になれば、どんな奴だって攻略可能だよ」
 フフン、と鼻を鳴らす。それを見てか、零夏は溜息をついた。
「――まぁ、でも、そうなんだろうね……」
 ん? あれ? なんか、すんなりと俺の意見が通っちまったな。何だよ、張り合いがねーな。
「どうしたんだよ。そこは、否定のツッコミを入れるところだろうが」
「だって、そう思うんだもん」
 言いたいことがよくわからねぇなぁ。つまり、俺実は裏でモテてたってこと? んなわけねーか。
「ねぇ、和弘」
「ん?」
 何故か、零夏の顔に寂し気な表情が浮かんでいた。
「私ってさ。皆に比べたら、地味、な方だよね」
 しばらく沈黙する。
「……突然何言ってんだ、お前」
「いや、だって、皆面白いキャラを持ってるからさぁ。……あの輪の中に、私は入れてるのかなぁって」
 突然弱気になった零夏を、俺は物珍し気にまじまじと眺めていた。――そして我慢できず、笑った。
「ハハハッ、お前、自分が普通の奴だと思い込んでるのか? それは大きな間違いだぜ」
 俺の言葉が想定外だったのか、零夏は頬を膨らまして俺を睨んだ。
「なっ! ど、どういうことだよぉぉ〜!」
「どういうことって、だからそういうことだっての。お前だって間違いなく普通じゃねぇよ。足ははえぇ〜わ、人の話きかねーわ、人と少し――いやかなりずれてるしな」
 零夏は複雑そうな表情をしていた。全然納得できない、という顔だ。
「何か、悪いことばっか言われてるような気がするんだけど」
 それもそうだろうな。悪いことばっかしか言ってないからね。 
 何となく空を見上げると、少し赤みが差しこんでいた。そうか、もうそういう時間帯なのか……。時間が過ぎるのは早い、なんて感じるのは楽しい時間の時ばかりだ。苦しい事をしている時は、一秒一分がとても長く感じる。――ま、つまりそういうことさ。
「お前と居る時間、それは退屈しない時間だよ。オーバー気味に言えば、お前が居るからあの雰囲気がある。お前が居るから、俺達は退屈しないんだ。仲間の輪ってのは、誰か一人でも外れりゃ調子を崩しちまうよ。一人居ないだけでも、少しつまらなくなる。楽しい事には変わりないと思うのに、なのに、何か足りないって感じになっちまう……と、俺は思う。まぁ少なくともお前が居なくなっちまったら……皆悲しむよ。皆笑えなくなっちまうって。だから安心しろよ。お前はあの輪の中に入ってるどころか、輪を作ってる主成分みたいなもんだ。黒幕だ、黒幕」
 零夏が、微笑を浮かべた。
「最後が良く分かんなかったけど……でも、少し自信が出たかな」それから、小さい声で呟いた。「ありがと」
 
 それから、俺達は他愛もない事ばかり話して帰った。
 



 そうだ、失っちゃいけないんだ。


 今までの普通の日々を、失うなんて、絶対――駄目なんだ。
  



 2か月前の記憶が浮び終わった直後、意識が戻った。女はまだ俺の近くに居た。街灯に照らされ、青白く光っている。青白い光は、零夏の家に向かっていた。
 心の中で、皆の声が響く。あの楽しい日々。これからも続いていくであろうと思っていた、何もないようで、色んなものがあったあの日常。――失っていいのか? あの日々を……壊されて、いいのか?
 全身が軋む。頭が内側から叩かれているかのようにガンガンと痛む。しかし、動かないわけにはいかなかった。動かないなんて、自分で自分が許せなかった。
「やめろぉぉぉおぉぉぉぉぉおぉぉおおおおぉぉぉぉおぉおおお!!!!!」
 起き上がり、数メートル先に落ちていた鉄パイプを握った。そして、零夏の家の玄関を破壊しようとしている化け物の女に向かった。殺させない。あいつを、零夏を絶対に守る。あいつが死んだら……幸せな日々が崩れちまうっ――!
「うおおおおぉぉぉおおお!!!」
 鉄パイプを思いきり振った。しかし、女の手の平であっさりとそれを受け止められてしまう。
 クソッ! 上が使えないなら下だっ!!
 右脚を力いっぱい振り上げ、女に渾身の蹴りを入れた、はずだったのだが、女の体は鉄のように硬かった。
「それがあなたの本気?」鉄パイプをグニャリと折られ、それごと持ち上げられ、そして勢いよく投げ飛ばされた。「それがあなたの想いなの?」
 背中から地面に落ちる。その瞬間激痛が頬を襲った。殴られていたのだ。着地した途端、いつの間にか女が俺のすぐそばに瞬間移動していた。
「ふぐぁっ!!」
 そこから更に5、6メートル程横に吹っ飛ばされた。口の中が切れて、血が流れ出す。起き上がろうとするが、こめかみの痛みと共に視界が暗くなる。女に頭を握られている現状を理解するのに3秒もかからなかった。
「そんなに甘い覚悟じゃ、私には勝てないね」
 地面に、火花でも散りそうな程の勢いで頭を叩きつけられた。何回も何回も気が失いそうになるまで後頭部を地面に打ち付けられていく。
「うぐっ! がはっ! やっ、やめ……あがあぁぁっ!!」
 痛い。痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイ――。
「なーんだ。てっきり目覚めたと思ったのに人違いだったのかな?」まルで遊び飽キた玩具を見るよウな、冷たク、失望しタ目を俺に向けタ。「君はあの子を守れる器じゃなかった。残念だけど、ただそれだけ。それだけで、残酷な運命が待っている」
「何ノ……こトだ……!!」
 頭ヲ持ち上げ、彼女は言った。
「こういう、ことよ」
 まるで空き缶のよウに、オレは投げ捨てラれタ。
 
 オレハ……何モ守れなかった。

 
 オレニハ、力がナかった、


 ホシイ……。


 力が……ホシイ……。



 レ…………イ……カ…………! 

 

『力が欲しいか』 



 !!!??



 オマエハダレダ?



『私はお前の内に居る者。復讐を願う者』


 
 フクシュウヲネガウモノ?



『私としては自分で戦い所だが……。この体は私よりも貴様の魂に慣れてしまったようだ。最早、我らは共闘するしかあるまい』
 
 
 イッタイ、ドウイウ……。


『貴様に力をやろう。我が呪われた血を。そして、目覚めよ。お前自身の力に』

 
 オレジシンノチカラ?


『そうだ。全てを破壊することができ、そして、全てを守れる力』


 スベテヲ……マモルチカラ――。


『――お前が、今、守りたいものは何だ?』




 
「俺が……」軋む体を、全身の力を振り絞って奮い立たせた。「俺が守りたいものは……!!」
 全身に力が沸いた。血管の隅から隅までが燃えているように、全身が焼けるように熱くなった。筋肉が膨れ上がる。痛みが消えていく。恐怖や不安が、怒りや興奮に変わっていく。皆の笑顔、皆との思い出が浮かんでいく度に全身の筋肉が燃えあがっていく。
「化け物ぉぉぉぉおおおぉぉぉおお!!!! お前なんかにあいつは殺らせねぇぇぇぇぇぇぇぇええええ!!!!」
 近くに置いてあった鉢植えを乱暴に掴み上げ、女に向かって投げつけた。――まるで銃弾のような目で追えない程の速さで、鉢植えが空をきった。寸前のところで女はそれをかわす。
 あれを……俺がやった。俺に、こんな、こんな力が……! は、ははは、はははははははははははっ!!!!
 笑みを浮かべ、ゴミ捨て場に放置されてあったゴルフグラブを掴み上げる。
「なるほど。想像以上」
 女も笑った。爪を光らせ、俺に向ける。俺はゴルフグラブをギュッと握りしめた。緊迫し、張り詰めた空気。まるで電流が走っているように痺れる脳。
 
 そして、互いの脚が跳び――戦いが始まった。

 
 4

 ゴルフグラブを強く握り、女へ跳びかかった。力が無尽蔵に沸く感覚。今なら、何でもできる。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」
 俺としては、全力の攻撃で、避けようのない勢いでゴルフパッドを振ったつもりだった。しかし、女は機敏にそれを避ける。踊るように、舞うように、華麗に空中を跳んだ。空を切ったゴルフパッドがアスファルトを鈍い音を立てて砕く。見てみると、大きな亀裂が通っている。これを、俺が……。
 いける。今なら、俺は誰にも負けない。そんな大きな自信が全身を駆け巡る。再びゴルフパッドをぎゅっと握りしめた。
「うおりゃあああぁっ!」
 今度は当てる、と意気込んで女におどりかかった。女は表情一つ変えず俺が繰り出す攻撃をかわしていった。まるで蠅を箸で掴むかのようだった。攻撃は全く当たらず、全て空を切るばかり。女が俺を飛び越えて行った時、ふと背後の地面を見ると、まるでスポンジのように穴ぼこが幾つもできていた。それを見て驚いたのは俺だけじゃなく、女も何か所も抉れた道路を見て眉を寄せていた。
「強い。幾らなんでも腕力が強すぎる……。――そう、そうか。もしかしたら……なるほど」
 一人でぶつぶつと呟き、女は背を向けた。
「おっ、おい、どこに行くんだよ!! 一体どういうつもりだ!」
 再び女に殴りかかったが、やはりかわされてしまう。
「私は一足お先に帰るよ。だって、君にはお客様が来ているから」
 俺が疑問の言葉を上げる前に、女は跳び去った。家々を忍者のように跳び抜けて行ったのだ。その姿に少し見とれていたが、背筋に突然悪寒が走る。アスファルトを照らす月明かりの中に、一つ大きく伸びる影が見えた。影を作るそれは、明らかに人間ではなかった。身長は熊よりもあり、目は無く、体はまるで岩のようにごつごつとしていて、爪は鋭利に伸びきっており、牙は狼のように鋭くとがっている。また、口の周りや、大きな手には血液と思われる赤い斑点が幾つも見られる。誰かを……殺したのか? こいつ、さっきの奴と同じ感じがする。憎い……。見ていると、堪え用のない憎しみと恐怖に心が支配される。汗が噴き出てくる。
「いイ餌を見つケた」 化け物が笑って言う。「とテもいイ餌だ……カカカカカカ」
 餌、というのは俺のこと、だよな。やっぱり、こいつはさっきの奴と同じだ。人間を、こいつは喰ったんだ。こいつは零夏を殺しちまう。放っておいたら、零夏が……!
 力が、どっと沸いた。恐怖が消え、まるで興奮剤を打たれたかのように、全神経が燃える様に熱くなっていく。
「殺させ……ないぞ」ゴルフパッドを力強く握り、化け物にそれを向けた。「お前なんかに、誰も、殺させない!」
 化け物は笑った。その鋭い牙をむき出しにして、俺ににじり寄った。
「小童ガ……キサマなド、我ラに勝つルわケがない!!」
 長い爪を俺に向け、化け物が叫んだ。刀のようにとがった爪。その一撃を喰らえば、命はない。そう思った途端、全身に緊張が走った。息をのむ。俺は今、命を懸けた戦いをしている。そう思うと、不安という名の氷水をかけられた気分になる。先程まで燃えていたものが、消えそうになる。
 怖い。
 すごく、怖い。
 でも――、
「負けられないんだよぉぉぉっ!!」
 それが、開戦の合図となった。
 化け物が俺に迫る。その巨体を、俺はボールに見立てた。目指すは、ホールインワン。
「ぶ〜〜〜〜っ飛べええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッッ!!!」
 華麗なフルスイング。全身全霊をそこに込めた。ゴルフパッドに化け物がぶつかる――。
「ナッ!!! は、早ッ――グブエエェェェェェェェエエエエエエエエエエエエエッッッ!!」
 振りきった時、化け物は凄い勢いで飛んでいき、電柱のてっぺんを砕いても尚飛翔し、やがて勢いを失って赤い屋根の上に落ちて、動きを完全に止めた。
 やった! 俺は、あいつを倒した! 俺は、俺は皆を守ったんだ!!
 あっさり終わった戦いに少々物足りなさを感じながらも、化け物に背を向けた。が、その瞬間背筋に悪寒が走った。
「グブオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」
 化け物が、突然屋根の上で立ち上がり、雄たけびを上げた。
 ま、まだ生きてやがった!! あ、あの攻撃を受けて何で死なないんだよ!?
「小童ァァァァァッッ!!」
 ぞくっとした。機械のノイズで音声を作ったかのような濁った不自然な声が、妙な嘔吐感と恐怖を与えた。
 化け物は屋根から飛び降り、地面に着地したかと思うと、車のような速さで俺に迫った。その時、身を守るためにゴルフパッドを盾にした。しかし、勢いのついたその攻撃を、そんな鉄の棒一本で防げるわけもなかった。ゴルフパッドは爪の斬撃を防いだが、無残にも折れ、その衝撃で俺は誰かの家にぶっ飛んだ。ガラスを割り、リビングと思われる広い部屋に転がり込む。
「う、うううううぅぅぅっ! い、いつっ!」
 ガラスが体中に刺さっている。全身に酷い痛みが走る。クソ……ッ。一体何なんだアイツは! 何であの攻撃で死なない! なんであの攻撃でピンピンしてられるんだっ!! 
 立ち上がろうとしたその時、俺は自分が今居る場所を見知っているような気がして身震いがした。
「小僧ォォォォ!!」
 立ち上がり、この場を離れようとした俺を追い込むかのように、化け物が割れて散らばった窓ガラスを踏み歩き、室内に上がりこんでくる。まずい。早く、早くこの場を離れないと……! こ、この、この家は――零夏の家だ。
 立ち向かおうとしたが、武器がない。折れた鉄の棒を持っていても、奴に効かないことが分かっている今は何の意味もない。クソッ、何か武器はないのか!?
「クククク……終わリだナ。最初こソその力に驚イたものノ……手ぶラでは何もデきん。そレが人間といウものの限界ダァッ」
 絶対的絶望。逃れられない恐怖。チクショウ、何びびってんだ俺は! 死にたく、ない。死にたくない!! 生きるためにはあいつを殺さなきゃいけない、そうだろう!? なのに何で動かねぇんだ。何で、何で震えてるんだよ俺の脚は!!
「ククククク……終わりだァァァッ!!」
 気付けば化け物が爪を立て、それを俺に向けていた。


 死ぬ。映像がスローモーションに流れて行く中、俺はそう確信した。死ぬ、俺はこの爪に逃れられず……死ぬ。
 そうか、死ぬ時ってわかるんだな。まるで将棋で敗北に近い時みたいだ。何となくわかるんだ。流れと、空気でわかる。
 死にたくない。死にたくないのに……どうしようもない。皆に会いたいのに、会えない。まだ、何もしていないのに。まだ……まだ俺は――。 


「い、い、一体だれですかぁぁぁぁっっ! りょ、両親が旅行中に襲ってくるなんて……まさか、泥棒? 泥棒さんですかぁぁっ!? ならここには何もありませんよぉぉぉっ!!」
 突然、甲高い叫び声と共に、リビングのドアが開いた。思わず俺は顔を覆った。何でこのタイミングに出てきやがる。何でお前を守ろうとしているのに出てきちまうんだっ。
 ドアから入ってきたのは、物騒な日本刀を構えた零夏だった。
「せ、せいばぁぁぁ――って、あれ? 和弘? なんでこんなとこ、っていうかひどい怪我!!」
 そう言い、駆け寄ってくるが、途中でガラスの大きな破片に足を滑らせて、
「うひゃあぁっ!」
 豪快にずっこける、と同時に手に持っていた日本刀が彼女の手を離れてくるくると空中を回転していき、
「エ?」
 俺と同じように呆けていた化け物の頭部に刺さった。
 今目の前で起こった、まるで二流芸人のコントのような場面に口をあんぐりと開けていた、が……よく思えばこれはチャンスだ。化け物は頭部を刀に串刺しにされながらもぴんぴんしているが、しかし訳が分からず立ち尽くしている。思えば、ゴルフパッドでふっ飛ばしても傷がつかなかった身体なのに、何故か刀はあんなにも簡単に刺さっている。そうか、もしかして刃物であれば……よし、今なら行ける!!
 一か八か、自分の能力を信じ、化け物の頭部めがけて跳んだ。狙い通り常人ではない脚力によって、天井近くまで跳んでいく。まるで鳥になったような錯覚を覚えた。そして、化け物の頭部まで跳んだ時、天井へ飛翔しながら刺さっていた刀を引き抜いた。
「なっ! 小童、貴様ッ!?」
 勢いを失わずに、すぐ天井にぶつかる――時、体を半回転させ、足を上に向けた。足先が天井に着いた時、勢いを吸収するために膝を曲げる。そこで、俺はある事を思いついた。
 落下する時の勢いを、攻撃に利用すれば……!
 刃を化け物に向け、そのまま天井を思いきり蹴った。
「せいばぁぁぁぁい!!」
 とてつもない勢いのついた刃が、まるで豆腐でも斬るかのようにするりと化け物を一刀両断していた。地面に顔から着地したが、あの硬い体を斬ったからか、あまり強い衝撃は無かった。
「が、ガガガガガ……」
 顔を上げると、化け物が声にならない音声を上げ、血を噴き出して真っ二つに割れていく姿が見えた。
 終わった。溜息をつき、ゆっくりと立ち上がる。気付けば生温かく、何故か粘りっこい血が体中を濡らしていた。クソ、気持ち悪いな。
「アイタタタタァァ……」
 少し横では、幸運の女神とも言える零夏が、座り込みながら顔をさすっていた。
「大丈夫か?」歩み寄り、零夏の前でしゃがみこむ。「お前鼻血出てるぞ」
「え? 嘘っ?」と、最初は鼻を押さえていたが、すぐに自身の周りで起こっていた出来事に気付き、目を丸くし、体を震わせた。「え、え、え……な、何これぇぇぇぇぇ!!!? な、何で、一体――ひゃあぁん……」
「おっ、おい!?」突然倒れかかってきた零夏の体を支えた。「……気絶、したのか」
 それも当たり前だろう。こんな光景を見た後じゃなぁ。俺も、吐き気がするし。
 それにしても、この力は一体何なのだろうか。体中に駆け巡ったあの力……。今はどうだ? この力はいつでも使えるのか? 気になった俺は、零夏をそっと床に寝かせ、天井に向かってジャンプを試みた。が、数十センチ跳び上がるくらいだった。訳がわからない。一体あの力は何だったんだ? 俺は一体どうしちまったんだ? 気持ちが激しく恐怖や憎しみに揺れ動いたアレは何だったんだ? っていうかそもそもあの化け物は何だ? そして何故零夏があんな刀を? 一体――。と、思考を巡らしている内に避けようのない眠気に襲われた。なんか、体がどっと重い……いや、あれ? おかしいな、目の前が……暗く……。


 
 5

 小鳥のさえずりが微かに聞こえた。
 明るい光が視界に溢れて行く――と、同時に俺は目を覚ました。
「あ……れ?」
 頭がぼんやりとする。何か、長い夢を見ていたような……――ッ!? そっ、そうだ。昨日の夜、俺は突然変な女に襲われて! それですっげぇ力を手に入れて、そんで、突然出てきた化け物を倒して……あれ? で、その後どうなった? そ、そうだ、確か倒れて……。
何で、俺はここに居るんだ?
ここは、俺の部屋だ。それに、今は自分のベッドで寝てる。まさか、夢、だったのか? アレはマジで夢!? いや、そんな馬鹿な! あんなリアルな夢が――いや、でも待て。一回、俺は夢だって自覚してた時があった。夢でもおかしくないってこと、だよな。そうだ、あんなことが現実なわけがない。現実であってたまるもんか。人がぐっちゃぐちゃになってて、それを喰った化け物がいて、戦ったら地面がくっきり割れて、最終的家のガラスに突っ込んで、しかも俺が日本刀を振りまわして、天井を蹴って、どこぞやの必殺技みたいな事するなんて、そんな馬鹿な。は、ははは、漫画を読み過ぎちまったかな。――いや、だとしても、どこからが夢だ? 昨日カラオケ行った所までは……夢なわけがない。あれは夢じゃない。だとすると、どこからが夢だ? う〜ん、よくわからないな。
 まぁ、いいや。とりあえずさっさと学校に行こう。

 
 朝食を食い終え、身支度も完了し、家を後にした。
 外に出ると、何やら騒々しかった。一体どうしたんだろう、と思っていると、仕事に行くので車に乗る途中の父さんが、険しい顔で近寄ってきた。
「和弘、気をつけろよ。何やら交通事故がゴミ捨て場であったらしい。酷い有様で、今も血痕やらが残ってるらしい。気分を悪くすると思うから、今日はあそこを通らない方がいいぞ」
 そう言い、父さんは車に乗って仕事へと走らせて行った。
 ……偶然だ。偶然に決まってる。いや、でもゴミ捨て場って……確か、あの死体があったのも――。
 気になったが、恐怖を覚え、父さんに言われた通りにゴミ捨て場を避けて通学した。その途中の十字路で零夏と出くわした。
「あっ、おはよう、和弘〜!」
 零夏は笑顔で俺に挨拶をした。は、ははは、やっぱり考えすぎだったんだ。もし昨日の出来事が本当だったら、こんなに零夏が明るく、しかも何事もなかったかのように挨拶するわけがない。
「おう、おはよう」
 ほっと胸を撫で下ろした。昨日の出来事は、確かに俺の心に刺激を与えるものだったが、あれは刺激が強すぎた。あれは豪雨だ。青空なんかじゃない。俺がほしいのは、こう、ぱーっと晴れて……そうだなぁ、可愛い転校生が来るとか、そういうのがいいなぁ、なんて。
「あ、そういえばさぁ〜」零夏が何かを思い出したようで、手をぽんっと叩いた。「今日転校生が来るらしいよ〜!」
 え、え!? うそ、マジかよ! 軽はずみの妄想だったのに、まさか本当に転校生がくるなんて!
「しかも、うちのクラスなんだって! 女の子で〜……可愛いらしいよ〜? そういえば、ずっと前から和弘『可愛い転校生こないかなぁ』って言ってたよね! よかったじゃ〜ん」
 ……え、何か逆に理想がかないすぎて怖いんだけど。
「っていうか、お前どこでその話を聞いたんだ?」
 俺のその言葉に、一瞬零夏は口を閉ざした。そして、気まずそうに小さく言う。
「に、西君から、だよ〜。ほ、ほら、西君生徒会役員じゃない? だから先生から聞いたんだって」
 ……ああ、そうか、西の奴が、ね。
 一か月と数日前、零夏が俺を朝に起こすという、これまでずっと続いてきた習慣が終わりを迎えた。生徒会副会長の西が零夏に告白し、そして二人は付き合い始めたのだ。
 別に、そう、"別に"俺は零夏がどこの誰と付き合おうが……本当"別に"どうでもよかったんだ。ただ、西はあまり気に入らない。もともと好きじゃなかった。女好きで、すごく軽い西を、俺はいつも軽蔑のまなざしで見つめていた。
 まぁ、本当にどうでもいいんだけどな。ただ、零夏は俺が西の事を嫌いだって知ってるから、西の話になると少し気まずくなる。それが嫌だ。――そうさ、それが嫌な……だけさ。
「あ、そ、そうだっ!」明らかに話を逸らしたい様で、不自然に笑いながら零夏は続けた。「昨日ね、変な夢を見たんだよ〜!」
 その瞬間、悪寒が全身に走った。
 頼む、勘弁してくれ。
「昨日、和弘がね、刀を持って私の前に立ってたの。その後ろにはなんか怖い、熊みたいなのが居て……でもその怖い熊がもう死んじゃってるの。和弘が刀を振って倒したんだね、きっと! 私を夢で守ってくれたんだね〜、きっと!」
 汗が、どっと噴き出した。
「あれ? どうしたの、和弘。顔色悪いよ?」
「い、いや、何でもないんだ。な、なぁ、一つ聞いていいか?」首を傾げる零夏に、俺は聞いた。「お前の家のリビング……どうだった?」
 全く俺の言っている意味がわからないようで、零夏は難しい記号を見るかのように俺を見つめていたが、やがて「あ、そうだ」と呟き、
「あ〜そういえばリビングに赤い変なガラスの破片が落ちてたなぁ」
 と言った。
 身震いがした。

 
 零夏から離れ、俺は学校まで走っていた。よくわからないが、走らずにはいられなかった。
 夢じゃない? あれが、昨日のあれが、現実?
「そんな、馬鹿な……」
 同じような事件が、近所で起こっていて、しかも零夏までもが昨日の出来事を夢と認識していて……そんな偶然、普通あるか? やっぱりあれは夢じゃなかったのか? あれは……現実に起こったもの? なら何で交通事故ってことにされてるんだ? 何で、零夏の家のリビングが何も起こってないかのようになっている? やっぱり夢だ! あれは、あれは夢なんだ! で、でも零夏はあの時言っていた。『リビングに赤い変なガラスの破片が落ちてた』と。昨日、戦いによってリビングは窓ガラスの破片が床中に広がり、しかも化け物を倒した時に噴出した血液によって部屋中が血だらけになっていた。つまり、赤い破片ってのは……ああ、駄目だ。訳がわからない。一体何がどうなってるんだ?
 気付けば走っている内に学校にたどり着いていた。いつもより早いな。まぁ、あんなに走ってきたから当たり前だけど。
「あれ? カズじゃねぇか」記章だった。もの珍し気に俺を観察している。「どうした? いつもより早くて、しかも汗だく……走ってきたのか」
「あ、ああ。ちょっと運動不足の体が嫌になってな」
 軽い嘘をついた。俺でさえよくわからないで走ってたんだ。混乱を紛らわすために走ってたのかもしれないけどさ。
「へぇ、感心だな。やっぱ男は体力がないとな」
 筋肉の膨れた太い腕を見せて、爽やかな笑みを浮かべる。ほんとにスポーツマンだなぁ、コイツは。
「ふ〜ん、中々筋肉がついてるのね」
 桜だった。い、いつの間に背後にいたんだ……。
 記章はむすっとした顔で桜を見据えた。
「お前、俺の腕を見たことがなかったのか?」
「別に、興味ないし」
 桜は容赦なく、間を開けずにそう答えた。記章の顔がひくひくと震える。こいつら、本当に犬猿の仲だよなぁ。まぁ、だからこそあんなバトルをするんだろうけど。
「こんの全身筋肉女め……。スポーツウーマンの癖に頭まで良くなりやがって」
「何? 悪いの? 運動が得意だったら勉強を控えろ、なんていう事は言われないと思うけど」
 ま〜た始まったぞ。この二人の戦いが。ほんっとに仲悪いなぁ。
「けっ。時事問題に弱いくせ……」
 記章がぼそっと吐き捨てた言葉に、桜の眉がぴくりと上がった。
「何か言ったかしら?」
 記章、地雷踏みやがったな。勉強も運動もできる万能な桜の唯一の弱点を言っちまうなんて。
 桜の弱点、それは"最近"だ。桜は、ニュースや新聞をみないようで、最近の事件や、政治の動きにとてつもなく疎い。しかも、流行にもよく遅れるらしい。桜だってそれをかなり気にしてるだろうからなぁ。今の発言は聞き捨てならないはずだろう。
 しかし、記章は鼻で笑いながら言う。
「いや〜、時事問題に強い木島さまなら、今朝起こった事件について知ってるだろうって思いますがね〜」
 今朝起こった、"事件"だと? 
 桜もその事を知らなかったようで、無言で耳を傾けた。
「なんか和弘の家の近くで殺人事件があったらしいんですよー」
 え?
「ちょ、ちょ、ちょっと待て! 俺はそんな事知らないぞ!? 事故が起こったってのは聞いたけど……殺人事件だなんて!」
 俺の家の近くで殺人事件だと!? そんなこと聞いてな――ま、まさか、い、いや……そんなはずはない。あるわけがない!!
 記章が、口を開く。
「ああ、そうだったなぁ……。事故って事になってるんだっけ? でもよぉ、俺の知り合いが見たらしいんだ。変な二人組が、死体の傍らで話してた様子を、さ。普通死体の傍らで人が話すか? ありえない。つまり、そいつらが殺ったんだ。知り合いはそういう思いに至って警察に電話した。だというのに、朝にゃ事故って事にされてたらしいんだよ」
 傍らで話していた二人組……。その話を聞いて、少し頭がクラっとした。夢じゃ、ないのか? あの出来事が、あんな出来事が夢じゃない? ――馬鹿げてる!! でも、変な二人組っていうのは、恐らく俺とあの女だ。あくまで想像なのだが、いや、だけど何でこんなに自信があるんだろう。何で、今は一片の疑いもないんだろう。――いや、疑問はある。何故警察が事故と処理したか、だ。他にも多々おかしい所がある。零夏の家が良い例だ。あんな神業的な真似ができるわけがない。一日で崩れたリビングが普通直るか? ありえない。例えそれらしき破片があったとしても……ありえるわけがないんだ。
「和弘? ど、どうしたの、すごく顔色悪い……」
 桜が心配気に顔を覗き込んだ。そりゃ気分も悪くなるに決まってる。こんな不気味な体験をしてみろ。普通ならぶっ倒れてる。
「近所でそんな事件があれば、そりゃ気分も悪くなる、か。悪い、和弘。だけどきっと大丈夫だ。知り合いが見間違えたのかもしれないし。嘘をついているのかもしれない」
 そう、そうだよな! 偶然その知り合いとやらが、俺の"悪夢"と重なるような体験をしただけだ。俺は考えすぎなんだ! あんなの夢以外にあるわけないじゃないか。そう思うと、気分がすっきりと晴れた気がした。夢だ。夢だ、と思いこむ程不安がどんどんと晴れていく。
「――って、結局それ噂じゃない。時事問題とは言わない気がするけど」
「なっ……だ、だけど事故があったことだって知らなかっただろ!?」
 そこで、また二人の口論が始まった。俺は、それをいつもと同じようにただただ眺めていた。


 二人の口論は教室まで続いた。どちらかが折れればいいものの、二人とも意地っ張りなので中々その喧嘩は終わらない。
「チッ、この決着は、」
「昼食の時に決めましょう」
 休戦協定が結ばれ、ようやくその戦いに幕が下りることとなった。最近はパン戦争が起こってなかったからな。久々の戦いが少し楽しみだ。
 いつものように席に座ると、いつもの顔ぶれが集まった。
「カズ、おっはよ〜! 朝から僕の顔みれてどう思う〜!?」
「ああ、最悪だな」と即答。
 皆が笑った。
「な、何だよ〜。そんな返答を望んでたんじゃないぞぉ〜!」
 という庵を放っておき、さっさと教科書などを机につめていく。
「あ、そういえばさ」巳柚がぽんっと手をたたいた。「転校生が来るらしいよな、このクラスに」
 おっ! そうだそうだ。何か色々と考えすぎててすっかり忘れてたぜ。
「ええ〜! そうなの!?」
 利恵が目を輝かせて跳びはねた。その姿はまるで小学生のようだ。
「みゆみゆ、転校生って男子? 女子?」
「とびっきり可愛い女子だってさ〜。あれ? 桜知らなかったの? オレはてっきりもう聞いてるかと思ってたよ」 
「クラス委員長って言っても、そこまでは教えてもらえないから。みゆみゆはそれどこで聞いたの?」
 零夏、だろうな。
 案の定、巳柚は零夏の名前を口にした。
「れーと朝に会ってさぁ。まぁ、その時西と一緒だったわけだけど」西の名前を言う時に、少し声が低くなったのを俺は聞き逃さなかった。「その時に教えてもらったんだよ。転校生がくる〜って」
「……そう言えばれーちゃんいないね」
 利恵が寂しそうに呟いた。
 空気が少し重くなった気がした。
「あ、そ、そういえばさ。カズ、お前の家の近くで大きな事故があったんだっけ?」
 きっと庵は一生懸命話を逸らそうとしてその話題を出したのだろう。
「え、え、えー! 何それー! 利恵知らないよ?」
 利恵も、空気を読んでそれに乗っかったのだろう。だが、できればこの話題を広げてほしくはなかった。
「あれさ……僕実は見に行ったんだよ」
 この話題を広げるくらいなら、さっきの空気の中に居る方がマシだった。もしこの話をしていて、新しい事実が……"昨日の出来事を本当だと裏付ける"事実がもし見つかってしまったら――。
「そしたらさぁ、凄かったよ。何が凄かったと思う?」
 皆首を振った。「わかんない」「知らない」「もったいぶらずにさっさと話せ」という具合だった。その反応に庵は不満なようで、少しムスっとしたが、続けた。
「もっと興味を示してくれよなぁ、全く。それで、僕が見に行った時の事だけど、まぁ現場はグチャグチャだったんだよ。辺り中血だらけとか破損した場所だらけとか……まさに大事故! て感じだった。でもなんかおかしい所があってさぁ。そこが凄いところなんだけど、何か近くのアスファルトに大きな亀裂が入ってたんだよ。本当に大きな亀裂……何て言うか、地震でひび割れたみたいな感じ。これは写真を見ないとわかんないかな」

 そう言って、庵は携帯を取り出し、データフォルダの写真を開いた。
「ね? すごいでしょ?」
 皆が「あー……」という複雑そうなコメントをしている時、ただ一人、俺だけは言葉を発せずにいた。
 何故ならその光景は、見覚えがあるもので、それは――俺が昨日作った亀裂で……。
 この時、俺にはもう既に逃げ道が無くなっていた。そんな中、チャイムが鳴る。担任が扉を開けて入ってくる。朝のホームルームが、始まる。
「ほらー、席つけ席に〜!」
 皆、自分の席へと向かい、散っていく。皆が転校生の話に花を咲かせる中、俺はただただ心の中にある不安と闘っていた。夢か現実か。妄想か事実か。俺は……とてつもないものに巻き込まれてしまったんじゃないのか。
「ほれー、静かにしろぉ〜! 今日はな〜、お前達に新しい仲間が増えるぞ〜。つ、ま、り――コラッ、静かにしろっての! あー、転校生だ転校生! ったく、誰が噂を流したんだ……」
 零夏の席をちらっと横目で見た。いつの間にか零夏はそこに座っていて、担任と目が合わないようにしていた。
 教室は転校生への期待で、ホームルームが始まる前よりも騒がしくなっていた。担任は溜息をついている。どうやらもう静かにできない、と諦めているようだ。
「あー、それじゃ入ってきてもらおうかな。那岐、入ってこい」
 その瞬間、ざわついていた教室が一気に静かになった。皆、固唾をのんで、開くドアに視線を集中させた。
 開いたドアから細い脚が入ってくる。ストッ、ストッ、という小さな足音まで聞こえる。誰かの呼吸も聞こえる。庵の激しい鼻息も聞こえた。そして、転校生の姿が完全に皆の前に現れた時、教室が男子生徒達の熱い叫びによって妙な空気に包まれた。庵も、「すげぇぇ〜!」と声を上げていた。記章は居眠りをしている。女子生徒達も、皆口をあんぐりとさせていた。零夏は目を丸くし、利恵は「おぉぉ〜……」と言いながらずっと転校生を見つめ、巳柚はニヤニヤとし、桜は目を細くして見つめた。
 俺は凍っていた。転校生の可愛さに呆然としていたわけじゃない。俺は――その人物に、見覚えがあったのだ。その"女"の顔を……鮮明に覚えていたのだ。
「それじゃ自己紹介してもらっていいかな? ほれ、皆静かにしろ〜!」
 何で居るんだ。どういう、ことなんだ……。
「わ、たし……は」
 汗がどっと噴き出した。ふと、あの声を思い出した。絡みつくような、あの声を。
「わたしは、那岐 杏(なぎ あんな)と言います。よ、よろ……?」
 那岐が突然口ごもった。ある一点を見つめ、ただただ立ちつくしていた。担任も、クラスにいる生徒達も、何事だ、とその一点を見つめた。皆、立ち上がった俺を、見つめていた。
「何で、」
 自然に、思っていた事が言葉になっていた。
 何で、どうして……。
 どうして――。
「お前がここに居るんだ?」
 皆が目を丸くする。
 忘れるわけないんだ。あの顔を。やや童顔な所、そして頭のてっぺんから伸びたポニーテールも……忘れるわけがない。
「どうしてお前がここにいるんだよッッ!!!!!」
 転校生を指さし、俺は叫んだ。  
 
 
 彼女は、昨日俺を殺そうとした"女"と、瓜二つ――いや、"女"そのものだった


 
  

 :ダイ イチ ワ  終ワリ:




 1.5 黒き者
 
 彼はある山に居た。スコップを懸命に動かし、墓を発き続けた。彼は身体には黒いマントをまとい、腰には刀を提げている。フードから淀みのない黒い髪の毛が流れている。少年は赤くなりつつある空の下で、掘った穴を見つめて溜息をついた。汗がにきび一つない綺麗な肌に流れた。
「やはり、ない」
 それは少年の予想通りだった。例の者たちが動き始めたのを、何となく感じていたのだ。
 ――母さんは……知っているのか?
 携帯を取り出し、母親に電話を掛ける。しかし、やはり出なかった。30回目の留守電に苛立ちを覚えた彼は、穴に唾を吐きかけた。
 彼の母、九頭原 紗枝香(くずはら さえか)は、小学校へ入学した時点ですでに行方不明だった。時々母から電話は掛かってきたが、居場所は教えてもらえなかった。中学に上がる頃には、電話も掛かってこなくなった。掛けても、彼女が声を聞かせてくれることはなかった。
 実家で育った彼は、いずれ高校生となり、そして人間守護機関の本部の近くで一人暮らしを始めた。そこからは彼も祖父の手を借りず、一人で全ての調査を行っていた。今回山に来たのもその調査の一環である。彼は父が既に亡くなっており、九頭原の山で眠っているのは知っていた。父が殺喰であった事も、祖父から喧嘩をしてまで何とか聞き出した。最初こそ驚いたが、自分の能力を思うと嫌に納得がいった。
 彼は自分の腕を見た。特別何らかのトレーニングをしてるわけでもないのに太く硬い肉がついた自分の腕を。
「親父の骨があったら……砕いてやろうと思ったんだが」
 自分を体内に宿した母を残して勝手に死んでいった父を、彼は許す事ができなかった。呪われた血を自分に与えた父を、とてもじゃないが好きになんてなれない。もし何らかの形で父が残っているのなら、砕き、抹消したかった。――だが、ここに訪れたのは憎しみをぶつけるためではない。
 彼は思った。父の墓が暴かれたということは、父の“何か”を利用しようとする“誰か”が存在するということだ。
 何かとは何なのか。
 誰かとは一体誰なのか。
 ――恐らく母さんもここを訪れたはずだ。土が軟らかかったのは、誰かに一回既に掘られたからだろう。母さんもきっと一人で探しているのだ。見えない敵の動きを、たった一人で、探っているのだ。
 母の身を思いつつ、もうここには用がないと立ち上がった彼の背筋に、微かな悪寒が走った。
「こんな山奥にも居るのか」苦笑いを浮かべる。「そこまでして肉が欲しいのか、お前たちは」
 気付けば空は既に血の気を失っていた。
 振り向くと、黄色い光が四つ見えた。二匹か、と彼は思った。
「こんナ山ニ、何しに来タ?」一匹が楽しそうに言う。「ここニは何モない。誰も存在シない。皆殺されタ」
 何のことだ、と思ったが、口には出さなかった。
「我らモその一人。存在シない一人。殺されタ一人」
「我らハ肉がほしイ。食べたイ。お前ヲ、喰いタい」
 爪がぶつかる音がした。彼は、すかさず刀を抜き取った。
「俺が喰いたいか?」
 少年はは、刃さえ黒いその刀を、黄色い光に向けた。
 光が跳びかかった。彼は冷静に、その動きを窺った。一匹が、先んじてこちらに躍りかかったようだった。
「喰わセろォォォォオオオオオオオオオオッッッッ!!!!!!」
 物凄い雄たけびだった。きっとそれほど腹が減っていたのだろう、と少年は呑気にもそう考えていた。
 爪が迫る。
 少年は、瞼を下した。身体に力を加える……すると筋肉が燃えあがり、血がいつもに増して全身に駆け巡った。
 彼は刀を振り上げた。爪とぶつかり、大きい金属音が轟く――と思った時、爪が崩れ落ちていた。
「ナッ!?」
 殺喰が驚きの声を上げた時、既にその身体は切り刻まれていた。再生していく身体を眺め、少年は言った。
「……終わりだ」
 ゆっくりと、そして容赦なく、殺喰の心臓に刀を突き刺した。
 血がそこから噴水のように舞い上がった。粘り気の強い血しぶきを避けながら、彼は次の獲物を見つめる。
「貴様……何者ダッ!!!」
 爪先をこちらに向け、突進する殺喰を突っ立って彼は見つめた。そして少年から3メートル程の場所まで着いた時、彼は刀を頭上まで持っていった。
 殺喰が爪を振り上げる――。
 
 ◆
 強い風が、山中に吹き渡った。
 残された少ない動物達が、皆何か黒い物を感じ、山頂を望んだ。
 ◇
  
「キ、貴様は……」殺喰が、流れる血を舐めながら虫のように小さな声を絞りだす。「貴様は……一体――」
 声はそれから聞こえなくなった。
 強い風が吹き終わる頃、そこには真っ二つになった肉片が横たわっていた。
 少年は既に刀を鞘に戻し、山を降りようとしていた。が、ある事に気付き、肉片達に振り返った。
「俺の名前は、九頭原 黒斗だ」
 スコップを拾い上げ、マントの中にしまった。その中で自分の膨れ上がった腕を見て、溜息をもらす。
「……呪われた血を引き継いだ、悪魔の子供だ」
 苦虫を噛み潰すような表情を浮かべ、彼はそこから立ち去った。









 ダイ ニ ワ



 [守護−機関] 

 1
 
「な、何を言ってるんだ木幡!!」
 担任の怒声が響く。周りがガヤガヤとざわめき始める。しばらく、俺は呆然として立ち尽くしていた。頭がぼうっとして自分でも何をしたのかが良く分からなかった。しかし、次第に意識がはっきりとし始め、ようやく自分がどんな事をしたのかがわかった。……まずい。俺は何つーことをしちまったんだ。これじゃ頭のおかしい奴みたいじゃないか。――いや、でも似てる。似てる、というよりあの女そのものなんだ。あの女が、制服を着て立っているとしか思えないんだ!
「あ、えっと」とりあえずこの状況を打破しなければ、という結論に至り、何とか先程の発言をカバーしようとした。「ちょ、ちょっと転校生が俺の知り合いに似てて〜あ、でも違いますね〜、ははは〜……」
 苦笑いを浮かべながら、椅子に腰を下ろした。
 担任の顔を見ると、真っ赤だった。しばらくこちらを鬼の形相で睨みつけていたが、周りが静かになってきた所で大きく咳払いをした。
「木幡がおかしな事を言ったが、まぁ皆仲良くしてあげてくれ。それじゃ、各連絡について……」
 担任が連絡を告げていく。その間、俺はずっと転校生を見つめながら考え込んでいた。似すぎている。ありえないくらいに似ている。俺でなくともあんな体験をすれば立ち上がってしまうし、あんなことも言ってしまうはずだ。昨日殺されかけて、今日転校生として学校に現れる――だなんて、ドラマやアニメでやる内容だろうが。なんで……なんでそんな事が、今、現実に起こってるんだ!? おかしいだろうが! 
 そもそもおかしいことは昨日の事件から始まった。今日朝過ごすだけでも事実だという色んな証拠が集まっている。恐らく現実に昨日の事件は起こったのだろう。だが、まるでその事件を隠ぺいするかのように様々な事実が歪められている。零夏の家は修復され、死体はどう考えても喰い殺されたようにしか見えないはずなのにいつの間にか事故として処理され、記章の知人の目撃証言は全て流されている。――どう考えても誰かに隠ぺいされている。しかし、何故だ? 何のために?
「というわけだが……あ、そうだ、すまないな。立ちっぱなしで疲れただろう」担任が那岐に向かって優しい声で言った。「席はな、前から三番目。ああ、運が悪いなぁ。木幡の隣の席だ」
 なんか散々言われてるんだが。っていうか、俺の隣? おいおい……気まずいな。
 那岐はゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。彼女も気まずそうで、俺とは一切目を合わせなかった。そして俺の前を横切り、静かに席に着く。俺は少し、恐怖におびえていた。
「それじゃ、ホームルーム終わり。週番〜」
「起立!」
 俺にとっては忘れられないであろうホームルームが終わりを告げる。

「和弘大丈夫?」ホームルームが終わった直後、零夏が席まで歩いてきて真面目な顔を俺に向けた。「何かすっごい大きな声出してたけど……」
 そんな零夏の肩を巳柚が優しく叩き、首を横に振った。
「れー、気にしちゃ負けだよ。あれは和弘流の新しいのナンパ技なの。スルーしないと釣られちゃうよ?」
「ちげーわアホ。どこにあんなナンパをする奴がいんだよ」
 すると、巳柚は目を細めた。
「オレの目の前に」
 ムグググ……真顔で言いやがって。チクショウあんな事言うんじゃなかったぜ。皆に冷ややかな目で見られてる。
「あの時はびっくりした。突然立ち上がって、何だろうって思ったら大声で……ねぇ」 
 桜が溜息をつきながら、苦笑して言う。クソ、何だよその態度。何だよその溜息。
「利恵もびっくりしたぁ」
「僕も、驚いたよ〜。利恵の弁当が今日いつもの半分の大きさってのには超びっくり」
 庵は何にびっくりしてんだよ。思いっきしずれてるじゃねーか。そっちのほうがびっくりするわ。
「まったく、俺もびっくりしたよ。っていうか知人だったとしても、どんな事されてんだお前は。顔真っ青で汗ダラダラだったからなぁ。よっぽど嫌な思い出でもあんのか?」
 記章の奴、勘が鋭いな。まぁ、でもまさかその思い出が昨日焼きついたということも、そしてその内容が殺されかけたってのも考え付かないだろうな。俺だって信じられないんだから。
 ……それにしても、転校生凄い人気だな。席の周りが人に埋め尽くされちまって、中にいる転校生ご本人の姿が全然見えん。外側に居る奴の中には見慣れない顔も居る。他のクラスからもきてるんだろうか。俺も昨日あんな事がなけりゃ、あの集団の中に居たのだろうか、とか考えて、ちょっと複雑な気分になった。
「それにしても、凄い人気ねー」
 桜が俺の気持ちを代弁するかのように呟く。他の皆も頷いた。
「他のクラスからも来てるみたいだからな。人気者の誰かさんが流した噂が相当広まってたんだろう」
 記章が皮肉気に言った。零夏の顔が少し曇る。さすがに言われている人物が西だということにも気付いてるんだろう。気付いた桜が「何言ってるんだ」とでも言いたげな表情で記章を睨んだ。……西の話題はこの仲じゃ禁句だな。
 微妙に張り詰めていた空気の中、俺はちらりと転校生の方に目をやった。すると、うまい具合に隙間があいており、そこから中の様子を少し見ることができた。転校生……那岐 杏。彼女の表情には緊張が見られる。ぎこちない態度で一人一人の質問に受け答えをしている。声はとても小さく、俺の居る所までぎりぎり届くくらいだった。住んでいる所は……どうやら俺の住んでいる家に少しばかり近いようだ。趣味は……読書らしい。おとなしい性格なのだろう。見ればわかる。まるで小動物のようだ。……小動物、か。昨日の"女"にしてみれば、俺はどうだったのだろうか。力もないのに立ち向かう小動物――そうに違いない。昨日の俺は、今ここに居る彼女と何ら変わりはないのだ。突然変化した状況に戸惑いを隠せないでいる。
 後悔が心を大きく締め付けた。俺はなんつー勘違いをしてたんだ。あんな子が人を殺せるか? 人を殺して……喰うなんて、そんなことできるわけないだろうが。本当に何考えてたんだ俺は……。
「ん? どうしたよ、カズ」
 黙りこくっていたからか、庵が心配そうに俺を見つめていた。庵だけじゃなく、他の奴らも物珍し気に俺を眺めている。
「いや……ちょっと考え事をな」
 皆が無信全疑で俺を見つめた。うん、たった今造った造語だけど、無信全疑はこの状況に使うには悲しい程間違ってないな。
「お前ら……その顔はかなり失礼だぞ」
 そう言うと、それぞれ苦笑いを浮かべながら見合っていた。おいおいどういうことだそりゃ。
「いや、だって、和弘が考え事なんてねぇ」と巳柚。
「テスト前しかそういう顔はしないんじゃない?」と桜。
「違うよ違うよ〜。利恵のお弁当を見た時もあんな顔してたよ〜」と利恵。
「み、みんな、和弘も一応人間なんだから悩みの一つや――一つくらいはあるよ〜!」と、一番ひどい事を零夏が口にした。一応って何だよ、一応って。しかもなんで最後修正したんだよ。あのままいけばよかったろうが。ったく、本人が目の前に居るんだぜ? そういう態度はないよ、全く……。俺をどんな楽天家だと思ってんだっつの。
 俺が渾身のツッコミを入れようとした瞬間、チャイムが鳴り響く。くそ、何か学校全体に苛められてる気分だぜ。
 皆、席に戻って行く。那岐の周りにいた連中も、焦りの言葉を口にしながら勢い良く自分の机、教室へと戻って行く。その中に西を見かけ、俺は気分が悪くなった。――聞かれてなきゃいいんだが。
 それにしても、一気に教室の人口密度が小さくなったな。寂しさを感じるくらいだ。本当に転校生さんは人気なんですなぁ。
 那岐の方に、一瞬視線を移した。何も考えず――そう、自然と目がいっちまったんだ。別に表情を窺うとか、そういうんじゃなかった。言葉にし辛いが、空を見る時と同じ気分だ。なんとなく見上げる。そんな感じ。
 那岐と目が合った。
 

 あれから授業に集中できず、いつの間にか昼休みになっていた。結局那岐とは一言も話していない。話せるわけがないだろう。昨日に殺されかけた女にそっくりな奴に、何て話を振ればいい? 「昨日俺を殺そうとしました?」なんて言えるわけないだろう。俺は彼女を警戒しつつも、楽しい昼休みを満喫しようと思い、弁当箱を鞄から取り出した。
 零夏、巳柚を除くいつもの連中が集まり始めた。零夏は西と昼を共にしている。巳柚はよくわからんがどっかに行っちまったようだ。
 既に桜はパンを買っていたようで、記章と睨みあい、火花を散らせながらパンを握りしめている。よく飽きないなぁ、まったく。まぁ見てる方も飽きないんだけどね。
「あれあれ〜? もう二人のバトル始まっちゃってるの〜?」利恵がいがみ合う桜と記章を見つめた。「いつもいつも元気だね〜」
「本当、羨ましいくらいに元気だな」
 利恵の意見を肯定した。少しは元気を分けてもらいたいもんだ。そうすりゃ、勢いで那岐と話せるかもしれないのに。いや、別にすごく話したいわけじゃない。ただずっと気まずいのはごめんだ。多少でも話せるくらいにはなりたい。これって普通だろ?
 那岐は相変わらず色んな奴に囲まれながら、弁当を食べていた。弁当を見ることはできなかったが、周りの反応から利恵並みにおかしな事になっているか、もしくは凄く美味そうなのか、そのどちらかなのだろう。俺は後者を願っておこう。
 誰かが窓を開けたからか、涼しく心地よい風が頬を撫でた。暑いこの季節にこの風はとてもありがたい。これからこういう風は少なくなっていくが……そんな事を考えると憂鬱だ。
 利恵が弁当箱を開けたのを見て、俺も自分の弁当箱を開いた。相変わらず地味なおかず達が俺を見上げる。ゆでたまご、ウィンナー、ゆでた菜っ葉、からあげ――いつものレギュラーメンバー達だ。……一日でもいいから利恵みたいな奇抜な弁当も食いたい。最近さすがに飽きがきてる。
「カズの弁当って本当に変わらないよなぁ」
「――庵か。なんだ、居たのならもっと前になんか面白い事言っとけよ」
「いや、そもそも最初から居たんですけど。っていうか無茶振りすぎだろそれ。さて、僕も食べるかなぁ」
 そう言って庵が開いた弁当箱の中身は……ああ、やっぱり昨日とは違うよ。憎らしくなってくるぜ。庵のくせによぉ……!
「ちょ、何だよ、に、睨むなって」
 俺の視線に庵はうろたえた。――よしっ、隙ができたぜっ!!
「とりゃぁぁっ!」
 隙の出来た庵を前に、俺は勇敢にも箸を突き立てて弁当箱に特攻していく。
 俺の魂胆に気付いた庵だが、もう遅かった。庵の弁当箱から、ハンバーグが消えた。
「な、なぁぁっ! 僕のファンバァーグがぁぁっ!!」
 むぐむぐ……! う、うまい! このやろー、生意気にもこんな美味いオカズを食いやがって〜!
 怒りと憎しみで、俺の力が覚醒する。俺の箸が、煌めく……!
「なっ、カズの箸が煌めいた! ま、まさか、その技はっ!」
 構えだけで庵が恐れ慄いた。それほどこの技は強力なのだ!
「え? え? 利恵にはただ日光が反射してるだけにしか見えな――」 
「ひ、必殺! 万即箸!!」
 時さえも止めかねない速さで庵の弁当箱に迫るが、寸前で強い力に止められた。それは、庵の箸だった。
「秘技、挟み箸!」
 くそっ! いつもなら押しきれるのに……! いつの間に力を付けやがったんだ、こいつはっ。
 こうなったら最終奥義だ!!
「これを、防げるかぁぁぁっ!! 最終奥義っっ!!」
 箸の先端に光が集まって行く!
「なっ、何!? 箸の先端が気の力で光る……!? ま、まさかその技はっ!」
「え? え? 利恵には何も――」
「さ、最終奥義! 光・弾・双・神・棒!!」
 光のような速さで、獲物を捉えた。そして、狼のように襲いかかる!! その美しい姿に惑わされ、誰も俺を止めることなどできん!! 
 箸が、何かを掴んだ。庵が、固唾を飲んで箸の先を見た。
「俺の大好物、南蛮チキンだ! モグッ」
 庵が嘆きの表情を浮かべるのを尻目に、大好物の南蛮チキンを頬張った。噛む程その味が口に広がる。なんて美味いんだ! 戦いに華々しく勝利したからさらに美味く感じるぜ!
 さ〜って、俺の憂鬱も晴れたし、さっさと弁当をたいらげて……アレ? 
 弁当箱を覗きこむと、そこには何もなかった。
 文字通り何もなかった。
 残りカス一つなかった。
 え?
「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁ!!! いつの間に俺の弁当がぁぁぁぁ!!」
 その瞬間、俺は背筋に悪寒が走るのを感じた。
 奴だ。
 間違いない。奴の仕業だ。
「み〜〜〜ゆ〜〜〜〜〜!!!」
 利恵の背中から、えへへとにやける巳柚が出てきた。口の周りには、ゆでたまごを食った何よりの証拠である黄身のカスが付いていた。い、一体いつの間に戻ってきてやがったんだ……!
「弱肉強食ってやつよ。まぁ、自分の陣に気を置いてなかったお前が悪いのさ。あ、弱肉強食じゃなくて漁夫の利か」
「だっ、だからって全部食うことはないだろぉぉ!! 俺ハンバーグと南蛮チキンしか食ってないんだぞ? 腹が減ってしょうがないわっ!!」
 すると、巳柚は俺の何やら缶型の弁当箱を差しだしてきた。開けると、ぎっしりと集まった白い粒達が俺を見上げた。巳柚は親指を突き立てている。
 え? これ食えってこと? オカズが一つもないこの状況で? え? ふざけてるの? その親指へし折っていい?
「ほらほら、どんどん食ってくだせぇ」
「白米を?」
「白米を」と笑顔で即答された。
「白米だけで?」
「白米だけで」と、今度は両手の親指を突き立てて即答された。
 ……――チクショウ!! ええい!! もうこうなったらノリに任せるわ!!!
 箸を激しく動かして、ひたすら白米を口に運んでいく。幾度となく喉がつまりそうになったが、関係なく詰め込んでいく。そりゃもう、がむしゃらに。ひたすらに。
 周りから少し一歩引いたような歓声が聞こえた。俺の食いっぷりに、驚いてるような呆れてるようなひいてるような……おいおい、マイナスばっかじゃねーか。頑張ってんだぜ、こっちは。
 白米を押しこんでいく中で、那岐の視線までこちらに向いているのを見つけた。ただただ目を丸くして、何と言うか、この世にあるものなのか? という表情だった。
 二、三分経っただろうか。なんとか缶から白を消してみせた。
「ほれ……食い終わったぞこんちくしょう」
 缶を巳柚の前でちらつかせた。しかし、全く動じず、
「お、そっか」
 と言って普通に缶を取られてしまった。これは自慢話をしたにも関わらず、一言相槌を打たれただけの虚しさに等しい。俺はただただそんな虚しさを感じながら、その場に石像のように固まっていた。気付けば庵も利恵も、こっちへの関心が薄れて桜と記章のバトルをしげしげと眺めていた。虚しい。ただ一人、誰にも気にされずに立ち尽くす俺。虚しい。
 桜と記章のバトルが丁度引き分けで終わった頃、チャイムが鳴り響いた。キーンコーンカーンコーン、という学校の代名詞でもある音が鳴るその時まで、俺はずっとその場で突っ立っていた。
 席についた時、教室に急いで駆け込む零夏を見た。目が合いそうになって、思わず目を逸らしていた。
 何やってるんだろうか、俺は。
 何で……俺は……。


 
 2

 色々と考えている内に放課後となっていた。こんなに頭を抱える日が来るなんてな……。頭から煙が出ちまいそうだ。
 ――ま、悩んでるなんてらしくないよな。どうせ杞憂だ。帰って庵とか記章とかと遊んで全部忘れよう。
 そう思い、教室を見まわしたのだが……庵と記章の姿は見られなかった。どこへ行ったのだろうか。今日は部活の日じゃないはずなのだが。
「もしかして矢高くんと佐坂くんを探してるの?」
 零夏だった。
「ああ、まあ、そう」
 ぎこちなく受け答えをする。
「それだったら残念だったね〜。矢高くんはスイミングに行っちゃったし、庵くんは親戚の家に行っちゃったよ」
 ま、まじか……。なんだよ、せっかく遊べば気晴らしになると思ってたのに。いっつもタイミング悪いなぁ、ほんと。
 スクールバックを手に取り、教室のスライドドアに手を掛けた。
「あっ、ちょっと……」
「ん?」
 零夏に呼び止められ、俺は立ち止まって振り向く。その時、教室は夕陽が差しこんでいて、零夏も含めて教室にあるもの全てが朱に染まっていた。俺達は、まるで赤の画用紙に描かれた黒く細い線のようにそこに立ち尽くしている。
 しばらく、沈黙が続いた。教室には、俺と零夏しかいなかった。
「何だよ」
 彼女が俯いていて何も答えないのに業を煮やして、こっちから聞いた。だが、相も変わらず黙りこくっているばかりだった。まるで何かが喉につっかえていて……言いたくても言えない、みたいな感じだろうか。きょどきょどと視線を色んな所に移動させてるところから大分迷ってるみたいだが。
 溜息をつき、スライドドアを開いた。そこには西が居た。
「ん〜っと〜……」
 大分気まずい空気に包まれた。西は俺を睨んでいる。
「お、俺っちはか〜えろっと」
 何もなかったかのように、西の隣を通り過ぎて行った。舌打ちが聞こえたが、んなもん知るか。俺は苛立ちを覚えつつも階段を下りて行く。きっと、西にとって俺は邪魔なのだろう。零夏とは長い仲だし、昔は何かと誤解されることも多かった。西は俺の存在を良く思っていない。だが、俺だって西の存在を良く思っていないさ。何故だって? そういえば何故だろうな。俺は、いや、根本的に西が嫌いなだけだ。別に、零夏と付き合ってるから嫌いだとか……そういうんじゃない。根本的に、性格も、顔も、体系も、細胞の一つ一つも――要は全部嫌いだ。零夏は、関係ないんだ……!
 一階と二階の間の踊り場に出た時、俺の心にシャボン玉のようにふわりと疑問が浮かんだ。零夏は一体何を言おうとしたのだろうか? あそこまで迷う事なのだろうか。洞察力がある俺でも、さすがに何を言おうとしたまではわからないなぁ。
 玄関にたどり着き、自分の靴を取ろうとしたその時だった。下駄箱を開いたのだが、何もなかった。まぁ、普通なら靴があると思うだろ? あわよくば、何かこう……ピンク色の手紙が入ってたらなぁ、とも思ったが、結局なかった。靴もなかった。
 どういうこと?
 とりあえず、苛めを受けたわけじゃない事を証明するべく、同じクラスの連中の下駄箱を開けていった。上履きは零夏以外全て入っていたので、零夏以外の誰かの下駄箱に靴が入っていれば、その人物が俺の靴を間違えて履いて行ったことになる。きっと誰かが間違え――いや、でもどうだろうか。上履きならあるかもしれないけど……普通靴を間違えるか? 靴は指定されてないから、皆それぞれ多種多様な靴を履いてくる。たまに被る事もあるだろうけど、クラスじゃ同じ靴を履いてる奴はいなかったぞ。つまり、やっぱり苛め? おっかしいなぁ、そんな苛められるような事はしてねぇはずなんだけど。
 ついでに、上履きと靴を入れる所はそれぞれ別れている。俺は上履きを入れてしまったので、今靴下で行動しているということだ。ああ、コレ絶対汚れちゃうよ。溜息をつきながら下駄箱を次々に開けていく。うんざりしながらも……遂に最後の下駄箱となった。これでなかったらどうしよう、とか、ああやっぱり苛めなのか、とかネガティブな考えが浮かんでは消え、そして浮かんでいく。
 深呼吸をして、最後の扉を開いた。
「……ふぅ」
 とりあえず息を吐き出した。そこには、淡いピンクの小さくて可愛らしい靴が置かれていた。その下駄箱に貼られていた名前を見た瞬間、笑ってしまいそうになった。なんつー偶然なんだよ、コレ。神様ってやっぱ意地悪なのか? 頭をかきむしっていた時、出入り口の方から足音が聞こえた。
「あ」
 小さく、高い悲鳴。
 心が重い鉛になったような気がした。
「なんつーか、あれだ。その靴……」
 見覚えありまくりな、彼女が足に履いた靴を指さし、苦笑いを浮かべた。相手もだんだんと、自分がどのような事をしたのかがわかってきたようで、顔から血の気が引いていった。俺自身、冷や汗に飲まれていた。
「ま、まぁ人間間違えはあるよな、――那岐」
「……は、はい。その、あの、す、すいませんです……」
 光が差してるせいかはよくわからなかったが、那岐の目が少し潤んで光っているように見えた。な、何か俺が悪者みたいじゃねぇか。
「いや、何て言うか、お、俺も……あ、朝はすまんかったよ、うん」
 何て言えばいいかわからず、謝って返した。ああクソッ、どうすりゃいいんだこの空気は。とりあえず靴を返してもらって、それですぐに帰ろう! もう、気まずくてたまんねぇよ! それに……ああ、考えるなっ。多分別人だ。那岐は、あの女じゃない。でも、確信を持てない。帰ろう。とりあえず、今ここは帰っておこう。
「あ、それじゃ、これ君の」
 ピンク色の靴を手に取り、彼女に差し出した――が、どうも那岐の様子がおかしい。靴を手に取ろうとせず、困ったように俯いている。
「あの〜?」
「……ぃます」
「え?」蚊の鳴くような声だったので良く聞き取れなかった。「もう一回言ってもらっていい?」
 すると、涙が目に薄く滲んでいる顔で俺を見上げた。 
「ちがいます……」
 ん? 違う? 違うって、一体何が?
 俺の疑問に、那岐ははっきりと答えた。
「わ、私の靴は、それじゃないです」
「へ? ど、どいうこと? だってこの靴、那岐んトコに入ってたんだぜ?」
 ぷるぷる首を横に振って、那岐は否定した。
「そ、それはぁ……わ、私にも何が何だかわからなくて……でも、その靴は私のじゃないです……」
 んん? 一体どういうことだ?
「つ、つまり、この靴は那岐のじゃないって、そういうコト?」
 小さく頷いた。つまり、だ。那岐は、俺の靴を間違えて履いて行った。しかし、そもそも那岐の靴は間違えられて――いやいや、おかしいぞ? まぁ那岐が俺の靴を履き間違えたのもおかしいが、それ以上に彼女の下駄箱に変な靴が入ってるってのはおかしい。間違えじゃあり得ないはずだ。もし誰かが彼女の靴を間違えて履いて行ったとしても、何で別の靴が入っているんだ? どういう状況になったら別の靴なんてここに入れる? 普通なら俺の下駄箱みたいにカラッポになってるはずだ。もしかして、そもそも誰かが那岐さんの靴を間違えて履いて行ってしまって、更に誰かが間違えて靴を入れて……そんなバカな。下駄箱には名前だって書いてある――ん?
「……何で那岐は俺の下駄箱から靴を取ったの?」
「え? あ、えと、その」那岐の顔が赤くなる。「ぼーっとしてたら、ついつい……、す、すいませんっ」
 ぼーっとしてたらって……なんじゃそら。なんつーか、思ってたよりぶっとんでる子だな。
「まぁとりあえず、その靴は那岐のじゃないってことなんだな?」
 彼女はコクリと小さく頷いた。まだ俺を警戒しているのか、こちらを見る目が震えていたし、身も縮こまっていた。やはり朝のアレにはショックを受けたのだろう。なんて事をしてしまったんだ、という自責の思いがより強まった。どうしたら彼女の信頼を取り戻せるだろうか。――そんな時、ふとピンクの靴の中を見た。すると、何やら紙切れが入っているのを見つけた。
「何だ、これ……?」
 拾い上げてみる。メモ用紙が器用に折られ、手紙のようになっている。表には汚い字で『那岐さんへ』と書かれている。もしかしてこの靴を下駄箱に入れたのはこの手紙の持ち主か……?
 那岐が興味ありげに覗きこんでいたので、その手紙を差しだした。「那岐宛てだ。もしかしたらラブレターかもしれないぞ」
 冗談交じりに言ったのだが、那岐の頬は一瞬にしてリンゴのように赤く染まった。そして、手紙を受け取るなり俺に背を向けて、手紙を隠すような体勢を取った。てっきりそういうの慣れてると思ったんだけどなぁ。もしかして初めてなのか? いや、そんなまさか。
 数十秒経った時、那岐がこちらに振り向き、助けを求めるかのように困惑した表情でこちらを見つめ、おずおずと近寄ってきた。
「どうしたんだ?」
 彼女は手紙を渡すだけだった。読め、という事だろう。どれどれ――。

『那岐 杏さんへ。
 一目見た時から、あなたの顔が頭から離れません。
 屋上で、あなたの靴を持って待っています』

 な、なんだこりゃ……。見るからに怪しい文章じゃねぇか。こんな手紙で屋上にのこのこと歩いて行く奴なんてどこにもいないぞ。
 気持ち悪い手紙を返すのもどうかと思ったので、適当に丸めてポケットにつっこんでおいた。後で捨てとこう。
「あ、あの……」
 那岐が首をかしげつつ先程の手紙で膨らんだズボンのポケットをちらちらと見ていた。何か、嫌な予感がするんだけど。
「あの、屋上って、どうすれば行けるんですか?」
 一瞬、彼女が何を言っているのか、よくわからなかった。……この子、まさかとは思うが、あの文章を何とも思っていないの? いや、そんなまさか……ねぇ。
「よし、わかった。もう一回この手紙を良く見てごらん。よ〜く見ろよ? きちんと文の意味も考えるんだ」
 手紙を手渡した。彼女は俺の言った事を素直に受け止め、手紙を顔に近づけて注意深くなめるように読んでいた。しばらくして、那岐は読み終わって手紙から顔を離したが、さっきよりも困惑した顔で首をかしげていた。
「……ごめんなさい。どういう意味なのか、その、まったくわからなかったです」
 え? どういう事? まさかとは思うけど、俺がよく見ろって言ったのを勘違いして受け取ったの?
 慌てて説明する。
「いや、あ〜、その……別になぞなぞをしてるわけじゃなくてだな……あ〜、なんていうか、文の意味――ああぁぁ!! 説明難しい!!」
 まさか手紙の気持ち悪さを説明する日が来るなんて思いもよらなかった。だから説明できなかった。いや、っていうか普通無理でしょ。言葉を説明する程難しい事はないぜ。っていうか、説明しても那岐がまた混乱しそうだ。
 俺はこの時、とてつもないギャップに襲われていた。てっきり那岐は優等生お嬢様タイプだと思ってたんだが……どうやら優等生ではなく天然であり、お嬢様ではなくお姫様だったようだ。天然お姫様。ああ、おとぎ話に居ればぴったりその世界になじめると思うぜ、ほんとに。
「あー……なんていうか、この手紙はお前を誘い出すための、下心がバカみたいにわっかりやっす〜〜い手紙なわけさ。ん〜、わかる?」
「えと、つまり、危険っていう事ですか?」
「ああ、100%合ってる。だから行かない方がいいんだけど……靴、返してほしいんだっけ?」
 那岐は、ししおどしのように勢いよく頷いた。
 そうだなぁ。正直少しめんどくさくはあるが、ここは俺の出番かもしれないな。朝の一件を帳消しにしてもらえるかもしれねぇ。いや、っていうか俺の心の中にある罪悪感を取り除きたいだけなのかもしれないけどさ。ま、そうだとしても、そうでないとしても、このまま放ってはおけないだろう。
「そんじゃ、那岐の代わりに俺が屋上に行ってきてやるよ。んで、返してもらえるようにお願いをしてみる」
「で、でも危険なんじゃ――」
「大丈夫! 俺は那岐とは違って男だし、一応」その時、昨夜の事が頭に浮かんだ。「……喧嘩は強いつもりだ」
 もし昨日の力が現実のものなのならば、敵などいない。まぁ、でも手加減しないと死人がでるよな、あれは。
 多少緊張しつつ、屋上へと向かう。階段を一段踏む毎に不安が募っていった。相手がおっかない連中じゃない事を祈りつつ、不安を踏んで行った。気付けば少し後ろに那岐もいた。俺を心配してなのか、それとも好奇心か。まぁどちらにせよ、ついてきてくれなくとも大丈夫だったんだがな。
 緊張と不安が脚先から頭の毛先一本までに及んだ頃、屋上へと続くドアの前にたどり着いた。今更だが、後悔が心に浮かぶ。罪悪感を取り除くのならもっと別の方法もあるんじゃないのか、と決意が揺れ動きそうになる。しかし数段下に居る那岐を思えば、後戻り出来るわけがない。仕方がない……木幡 和弘、男を見せろ!!
 勢いよくドアを開いた。一瞬で背景が水彩絵の具で塗ったような朱色に変わる。少し薄暗くなった雲と烏の群れが、赤と黒のコントラストを作っていた。その景色の中に、青の短い線が一本引かれている。夏が近づき、蒸し暑くなっているというのにそこに居た生徒は青いブレザーを羽織っていた。
「那岐さん――……じゃあない、か。誰だ、お前は」
 低い声が空気を伝った。そこには眼鏡を掛け、髪が肩まで伸びた、少しエラの張った男子生徒が立っていた。こいつがあの手紙を入れた奴か。長い鼻と、顔に刻みこまれた皺や無数にあるにきびを見た時、ふと魔法使いのイメージが浮かんだ。想像通り気持ち悪い容姿だな……何でこんな暑い日にブレザーなんて着るんだか理解できん。緊張で汗がにじんだ。落ち着け、落ち着け。ただ靴を返してもらうだけなんだからな。
「那岐の代わりに靴を返してもらいにきただけだよ。彼女困ってるみたいだからさ、返してくれない?」
「『返せ』と言われて素直に返す人って、この世に果たしてどれくらい居るんだろうねぇ」
「……なるほど。素直に渡してくれる気はない、と」
 その時、俺は目の前に居る人物に見覚えがあることに気付いた。多分先輩、だよな? あー、何部の部長だっけかな。新入生歓迎会の部活紹介で、前に出て話していたような気がするんだけど。
 名前が浮かぶ。――白銀 道弘(しろがね みちひろ)。そうだ、確か文芸部の部長だった。俺この人の話し方があんまり好きじゃなかったんだっけか。
「なんだい? 人の顔をじろじろと見つめて」白銀が目を細めて言う。
「いや、何でもないさ」
 その時、生ぬるい風が通り抜けた。その風で青いブレザーがふわりと揺れる。すると、ズボンのポケットから革靴が姿を現した。
「そんなとこに入れちゃあ、良くないんじゃない?」そこで先輩だという事を思いだした。「ズボンが汚れますよ? ほら、靴は持っててあげますから拭いてくださいよ」
 彼の眉がぴくりと動いた。
「大丈夫。ボクはあまり綺麗好きじゃないからね」
「にしてはブレザーに汚れが一つもないですね。たまたまですか?」
 白銀の顔が少し歪んだ。「へぇ、随分と人を観察する力に長けてるようじゃないか」
 俺は苦笑いを浮かべ、白銀に近づく。
「それじゃ、この観察力に免じて返してくださいよ」
「……ククク」
 白銀の表情を見た時、俺はぞっとした。ひくひくと頬が痙攣し、目は怪しい眼光を俺に向け、そう――まるで蛇だ。蛙の俺は、今にもその蛇に食べられてしまいそう。
「まぁ、いい。機会はいつでもあるしな」
 そう言って、ポケットから靴を取り出し、俺に手渡した。案外あっさりと渡された事に、少し驚く。機会はいつでもあるって……これから先にまたこういう事をするかもしれないってことか?
 白銀は俺から視線を逸らし、太陽を見つめていた。もしかすると、ただ空を眺めているだけかもしれない。喜びが沈みゆく、黄昏の空に見とれているのかもしれない。 
「こういう事はこれっきりにしてくださいね」
 釘を刺しておき、白銀に背を向け、歩き始める。ドアノブに手を掛けた時、後ろから不気味な笑い声が聞こえた。その笑い声は、ベランダから立ち去った後も、頭の中でずっと響いていた。


 玄関まで来ると、ようやく那岐の姿が見えた。不安に駆られているのか、廊下で円を描くようにくるくると歩いていた。
「那岐〜」
 呼んだのだが、気付いていないようだ。
「お〜い、那岐〜?」
 ……またしても気付いていない。ちょっと近付いてみようか。
 3メートル程近くまで歩み寄った。だが、相変わらず下を向いてくるくると円を描き続ける。そこで、ちょっと面白い事を思いついた。円の中心に立ってみよう、と小学生並みの考えが浮かんだのだ。
「お〜、なかなかいいな」
 中心に立ってみると、中々面白い。俺の周りをくるくると回り続けているのだ。いやはや面白い。何ともシュールな絵だ。
 ――っていうか、もう流石に気付くよな?
「お〜い、那岐〜。那岐さ〜ん」
 その時、那岐の脚がピタッと止まった。そして顔を見た途端、なめる様に俺の全身に視線を移していった。
「ど、どうしたんだ?」
「あ、いえ……。そ、その、靴は……」
 はい、と小さな革靴を彼女の前に出した。那岐の顔がぱっと晴れる。
「あ、ありがとうございます!」
「どういたしまして。それじゃ、もう帰れるよな?」
 笑顔で頷く彼女を見て、俺も笑った。良い事したなぁ〜、まったく。
 自分の行動の余韻に浸りつつ、俺は家路についた。能天気な俺は、その頃には既に那岐が昨日の女と瓜二つでいるという恐怖をすっかり忘れていた。だってそうだろう? あんなに天然な女子だぜ? 喋り方も挙動も、とてもじゃないけど昨日の女と同一人物とは思えない。なら、どうでもいいじゃないか。普通に友達として付き合っていこう。そうじゃないと――恐怖で押しつぶされる毎日は、ごめんだ。


 
 3

 夜の9時だった。夕食と風呂を済ませた俺は、自室で勉強もせずに漫画を読んでくつろいでいた。多少の眠気を感じつつも、ここで寝ると何かもったいないような気がして、ある漫画の全30巻を今日中に読破する事を目標に掲げ、深夜まで起きていようと決意した。――それから針は目まぐるしく回っていった。いや、正確に言えば回っていたようだ。気付けば綺麗に90度だった二つの針は、重なって一本になっていた。全巻読破どころか、10巻にも到達していなかった。このペースで読むと、全巻を読み終える頃には朝の6時を迎えてしまう。そこでバカバカしくなり、同時に瞼も重くなって、眠気を誘う匂いのするベッドに飛び込んだ。天井に付いている照明から伸びた、ゆらゆらと動いている長い糸を掴み、引いた。光が眠りにつき、一気に闇に包まれた。天井を見ると、淡い光が零夏の家、それもあいつの部屋から差しこんでいた。そういえばテストが近い。柄になく勉強でもしているのだろうか。
 眠い。もう、闇に堕ちてしまいそうだ。眠い。ああ、寝させてくれ。このまま……心地よい世界へ……。
 プルル、プルル、と携帯の着信音が部屋に響いた。堕ちかけていた意識が、一気に現実へと戻ってくる。出るのは面倒くさかった。無視してこのまま寝てしまおう。そう思ったのだ。しかし、コールは止まらない。切れては鳴り、ようやく切れたと思ったら、また鳴り響いた。このままにしといたらずっと掛かってきそうだ。何より、親がこの音で起きたら面倒くさいことになる。
 渋々携帯を手に取った。知らない番号からだった。
「……もしもし、誰ですか」
 きっとこの時、俺の声は大分低かったはずだ。苛立ちと、眠さで。
『外に、出てくれないか』
 若い男の声だった。
「は? 外に出ろって……だから、誰ですか?」
『名前を言っても君はわからないだろう。だがそうだな、簡単に言えば君と同じ境遇の者だよ』
 俺と同じ境遇の者? 一体何の事だ? 俺と同じってまさか、いや、そんな事は……。
 昨日の夜の事が頭に浮かぶ。俺と同じ境遇、まさかこの電話の相手も同じ力を持っているということなのだろうか。いや、考え過ぎだ。そんなファンタジーな事があるわけがない。いや、でも……。
『ともかく、外に来てくれ。そうすれば、何の事だかきっとわかるはずだ。すまないが時間がない、急いでくれ』
 そこで電話は切れた。
 どうするべきか。ものすごく怪しいが、"同じ境遇"という言葉が気になる。行って、みるか。
 重い腰を上げ、玄関へ忍び足で向かった。そしてドアを小さく開き、出来た隙間から恐る恐る外を覗き見た。電灯に照らされ、細長い影が伸びている。影を作っている人物は……クソ、見えない。もう少し様子を――。視界を広げようとドアの隙間を大きくしようとした時だった。虫しか鳴いていなかった住宅街に、金属音がこだました。そしてその重い音が鳴り響いた瞬間、心臓が激しく鼓動した。汗が垂れ落ちる。頭が誰かに握られるッ! こ、この感覚は、昨日と同じだ!!
 反射的に辺りを探った。本能、と言うべきかもしれない。俺は、頭痛の元を消したかった。頭痛の元は……あの化け物。だから、化け物を消せばと、そう思ったのだ。だから、何故わかったかは不明だが、いつの間にか下駄箱に収められていた刀を握りしめ、鞘から解き放った。そして玄関から跳び、道路へ躍り出る。すると、二つの影が見えた。一つはとても大きく、熊のような影。そしてもう一つは、その熊のような影と比べるとちっぽけで、明らかに力負けしてるように思えた。
 熊が、その太い腕を振り上げる。
「危ないっ!!!」
 刀を化け物に向けて、突進した。目の前で人が殺されるのは――誰かがただの肉塊になるのは、もう、二度と、見たくなかった。
 間に合え!
 間に合ってくれ!!
 しかし、無情にも鈍い音が響く。まるで雨が降るかのように、紅い雫が飛び散った。鋭い何かが電灯に照らされ、アルタイルのように赤く輝いている。
 遅かった。踏み出すのも、刀を構えるのも、全てが遅かった。影が近付く。鋭い紅を引っ提げ、笑みを浮かべている。
 小さい影が、手を振って歩み寄ってきた。
「いやぁ、まさか殺喰が出てくるなんて想像してなかった。でも、俺が君と同じ存在である事を照明できたから……まぁいいかな」
 その人物の顔が電灯で照らされた。粗暴に肩まで伸びた栗色の髪が揺れる。掛かった眼鏡から覗かれる眼光は、鋭く光って見えた。体は黒いマントに覆われており、そのせいで妖しさに拍車がかかっていた。
「あんた……何者だ」
 本当に一瞬だった。あの化け物を真っ二つにするのは一秒かかったか、かからなかったくらいだ。俺が足を踏み出したその時には既に勝敗は決していた。
 その人物は笑みを浮かべ、俺を指さした。
「君と同じだよ。ただ、鍛錬と年齢を重ねているだけ。君も"人間守護機関(ディフェンダー)"に来れば同じ強さを手に入れられる」
「な、何を言ってるんだ? その、でぃふぇんだーって一体何だ?」
「ん〜、そうだなぁ……。昨日、君は殺喰(キルイート)にあっただろう? あ、あぁ〜、殺喰っていうのはあの化け物のことだ」
 混乱しながらも、俺は頷いた。
「君は殺喰と対峙し、そして生き延びた。その時不思議だとは思わなかったかい? あんな強そうな、人を軽く超えていると思われる生物を返り討ちにしてしまった自分の事を。そしてもしかしたらだけど、君は朝起きた時、殺喰と戦った事を夢だとは思わなかったかい? 戦ったはずの事実は消え、壊されたはずの建物は一晩の内に元通りになり、殺喰によって起こされた事件はまるで事故のように扱われている」
 全て合ってる。まるで脳内を覗かれたみたいだ……。
「全て、人間守護機関がやったのさ。人間に恐怖を与えないように。社会が混乱しないように、ね」
 男は俺に背を向け、歩き始めた。その先には無数の光が見える。人々が地上に造った星光が、眩しいばかりに輝いている。――あの方向は九十九市だ。九十九市……ここらで一番栄えている市街。そこに、男は向かっている。
「お、おい! どこに行くんだよ?」
 振り返った男は、白い歯を見せて笑った。
「――俺達正義の味方のアジトさ」


 それからずっと俺達は歩いていた。
 その道は、夜だというのに太陽で照らされているかのように明るかった。深夜だというのに道路は車で溢れ、歩道には虚ろな瞳の少女や、危うい表情の少年達、携帯と周囲を注意深く気にする中年男性などが見られる。昼間に見られた活発さや輝きは、妖しい橙色の煌めきに変わっていた。生きているようで死んでいる街……その言葉がぴったり当てはまるように思えた。俺と男は、周囲から睨まれ暴言を吐かれながらも化石のような街の歩道を歩いて行った。刀は男が羽織っているマントの中にしまってある。だが結局はマントを羽織ってるせいで注目を浴びているから……いいのやら悪いのやら。
 どこのビルも光が消えていたり、ぽつぽつと少し電気が付いている窓があったりするだけだった。男がその中の一つの前で立ち止まった。
「ようやくたどり着いた」
 男はそう言って、ビルの敷地内へと入って行く。
「お、おいちょっと!」
 慌てて俺も付いて行った。そのビルは有名な会社のものだ。その社名は、株式会社アカツヤ――アカツヤは10何年前から注目され始めたネット販売会社で、品ぞろえや物の安さ、サービスの良さなどが好評だ。このビルはアカツヤの本社であり、天まで届かんばかりの高さを誇っている。しかし、何故この男はこんな所に……?
 入り口まで行った所で、警備員に男が止められた。そこで追い返されると思ったのだが、男がある物を見せた途端、警備員の表情が一気に変化した。
「どうぞ」
 警備員が社内へと入るドアを開けた。訳も分からず混乱する俺を尻目に、男は何の迷いもなく社内へと足を踏み入れて行った。
「ほら、早くしないと」
 男に呼ばれ、慌てて駆け寄る。「何でアカツヤのビルに……?」
「すぐにわかるさ。さ、エレベーターに乗ろう。全てはそこから、さ」
 男の導くままに、ガラス張りのエレベーターに乗った。そこで階のボタンを押すかと思った途端、突然エレベーターのドアが閉まり、ボタンを押していないのにも関わらず、エレベーターは動き始めた。
「何がどうなっ――」 
 疑問の言葉を口にしようとした時、思わず目を覆った。機械のコードやパイプなどが通った壁が、突如として目を刺すような光へと変わったのだ。光が目に慣れ始めてから辺りを見渡すと、東京ドーム並みに広い空間が広がっていた。目を凝らすと天井のない部屋や廊下に個性的な服装をした人々が行き交っているのが見えた。白衣をまとった人もちらほらと居る。アカツヤビルの地下にこんなものが……。
「ここが俺達の砦"人間守護機関本部"さ。ここで殺喰に対する訓練、研究、作戦会議が行われている。俺達が見ているのはそのメインフロアだ。その下にもずっと階層が続いている。10〜20はあったような気がするけど」
 頭がくらくらした。こんなSFみたいなのがあと最低でも10は続いてるのか……。
 エレベーターがようやく止まり、ドアが開いた。男に続き、大理石の床を音を立てて歩いて行った。上から見るとアリの巣のように見えたフロアも、こうやって実際歩いてみるとまるで文化祭の時に行った大学の校舎内を歩いているみたいだ。ただ、文化祭とは違ってすれ違う人々の顔は随分と緊迫としたものだが。
「このメインフロアでは、主に作戦会議や物資の受け取り、研究の発表などが行われている。今日はここで君に色々と説明を――っと、この部屋だ」
 男は立ち止まり、"実村 一樹"という表札が付いたドアを開いてその部屋へと入って行った。中を覗くと、えらく物が整理整頓されている。入り口には手入れのされた観葉植物が置かれており、壁には少し汚れたホワイトボード、そして中央には横長のテーブルがいくつかおかれている。まるで塾の勉強部屋みたいな部屋だ。壁に刀やら鎧に似た服やらが掛けてなければ完璧にそうだったんだが。
「さぁ、そこに座って」促されたままに、長テーブルの前に置かれた椅子に座った。「それじゃ、まずは自己紹介をしようかな」
 男は水性ペンを握り、ホワイトボードに文字を書き始めた。実村 一樹と書かれ、横にちいさい文字でさねむら かずきと振り仮名が振られている。
「さねむら……かずき、さん」
「そうそう。っていうかようやく敬語使ってくれたね。まぁこれからは君の上司になるわけだから、敬語じゃないと困るけどさ」
 上司、だと?
 嫌な汗が額から滲み、頬を伝った。
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺はまだこの機関に属するとは……」
 テーブルの上にマントの中に隠されていた俺の刀が、重い音を立てて置かれた。
「悪いが、君がこの刀を握った時……その時にはもう君の運命は決していたんだ。君が殺喰と戦った時から、もう逃がす事の出来ない存在となっていた」一樹さんは刀を鞘から抜き取り、照明で白銀に輝いた鋼の刃を見つめた。「この刀は――業物だ。人を斬る事だってできる」
「確かにそうでしょうけど、俺はこれを悪用する気はないですよ!」
「そうだとしても、君を放置するわけにもいかないんだ。大抵力に目覚めて間もない者は殺喰に歯向かわず、逃げる手段を選ぶ。なのに君は殺喰に向かって行った。……そして生き残った。そんな例は、君が初めてなんだよ。立ち向かった者達は翌朝にはもう屍と化している。その中には殺喰に有効な刃物を持った者も居たが、力及ばずに命を落としてしまった。なのに17歳の君は、殺されるどころか返り討ちにしてしまった。そんな逸材を、何としても逃すわけにはいけないんだ。それが――人間の為なんだよ」
 重々しい口調で、一樹さんはそう言った。
「もし属したら……どんな日々が待ってるんです?」
 恐る恐る質問した。一樹さんは、何のためらいもなく、答えた。
「殺喰と戦う日々だ。人間を守る為に、ね」
 唖然とした。化け物と戦う日々、あの化け物と……。人間を守る為とそんな事言われても……。戦うんだぞ? あんな奴らと、これからずっと戦って行くんだぞ? 確かに昨日は勝ったかもしれない。でも、一時は追い詰められた。死の恐怖さえ感じた。正直、勝てたのはまぐれだと思っている。零夏があそこで刀を持って現れなかったら、確実に俺はあいつの胃袋の中だった。
 遊びじゃない。命のやり取りなんだ。
「すいません、俺は……」
 一樹さんは不服そうな顔をしていたが、そうだね、と頷いた。
「俺もこの道を選ぶ時は確かに時間を労した。君も時間をかけてたっぷり考えるといい」そう言い、部屋の入り口のドアを開けてくれた。「明後日、答えを聞かせてくれ。俺達と戦う道を選ぶか、それとも普通に生活する道を選ぶか……二つに一つだ。やはり俺達としては君みたいな逸材を放ってはおけない。君の力が欲しい。しかし……考えてみると戦意の無い戦士は、牙の無い虎と同じだ。君に戦意が無いというならば、俺達には何もできることはない」
 その言葉を深く受け止めつつ、立ち上がる。そして廊下へ出た時、一樹さんに言われた。
「俺は信じてる。君はきっと来てくれるとね。君ならわかるはずだ。何よりも守りたい日々というものが」
 ドアが閉められた。
 
 "何よりも守りたい日々"……。
 
 その言葉は、俺の心に深く刻み込まれていた。
 



 翌日はなかなか眠れず、というか帰ったのは深夜の3、4時だったので寝る時間がまずなく、一分の睡眠もとれぬまま、俺は学校へと向かった。
 学校へ行っても、やはり授業など集中できるはずもなく、俺はずっと寝遠しだった。昼休みも食欲がわかず、皆に心配されながらもずっと睡眠に費やした。学校だと、何故か安心して眠る事ができた。きっと学校という場所は陽の昇っている世界だからだと思う。ここほど陽に当たる所はない。ちょっと前まではここだけじゃなく、俺の家も、住宅街も、いや、この町の全てが陽のあたる場所だと思っていた。でも違ったのだ。陽が昇っていても、かならず後に陰が訪れる。必ず夜が訪れてしまう。だから、夜までしか開放されない学校しか安心できる所はなかった。
 帰りも一人だった。具合が悪いと言い、早退したのだ。具合は確かに悪かったが、本当の所それだけじゃない。こんな気分であいつらと話したくなかったのだ。こんな鬱屈とした心のまま、太陽のように明るいあいつらと話したくなかった。心が太陽に当たるには、まだ早い。まだ夜だ。まだ俺の考えは答えに至っていない。答え、即ち――戦うか、否か。
 夢だと思いたかった。昨日一樹さんが説明するあの時までは、本当にそれを望んでいた。……しかし、希望は去った。全ては事実だった。あんな化け物、確か殺喰と言う名前の化け物だ。あんな奴と戦う毎日だと? 人を喰うあんな化け物と……戦うだと? 俺が喰われるかもしれないのに。俺が、次の犠牲者になるかもしれないのに。
 気持ちが悪かった。身体が重い。息苦しい。……怖い。あんな化け物が世間にいるなんて、怖い。信じたくない。
 今まで、俺は人を殺す生物は人だと、そう考えてきた。アニメや特撮物に出る化け物などいない、いや、居たとしても、必ずそんな奴らから守ってくれる奴がいると、そう考えていた。
 警察然り、ヒーロー然り。だから俺は関係ない。そいつらが戦えば良い。俺達の身を守ってくれたらいい。俺達の平和は、守るべき奴らが守ればいい、とそう考えていたのに。
 俺がその役を被る?
 俺が平和を守るべき奴らの一員?
 待ってくれ。俺はそんなんじゃないんだ。俺は、変わり映えのない毎日を過ごすだけの、変わり映えのない人間なんだ。だから、そんな正義のヒーローだなんて大役を俺に押し付けないでくれ。俺は……もう昨日ので十分なんだ。
 そうだよ、もう戦ったじゃないか。俺は、零夏を守った。それで、それだけで十分じゃないか。これ以上に何がいるんだ。これ以上に何を望めばいいんだ。戦ってる時楽しそうだったって? 違う、あれは違う。俺は……おかしくなってた。楽しくなんてない。今思いだせば……怖いよ。何であんな気持ちで、あんな化け物と戦ったのか……。自分までもが怖くなるよ。
 平和に暮らせればそれでいい。好きな奴らと、好きな所で、好きに遊べればそれでいい。
 俺が、変わり映えのない日々に文句をつけたから悪いのか? なら謝る。俺は謝るよ。悪かった。俺が悪かったよ。だから――許してくれ。こんな残酷な戦いに、俺を巻きこまないでくれ。
 目の前で誰かを殺されたくなかっただけだったんだ。戦いたかったわけじゃない。それに苦しかった。戦わないと、凄く苦しかった。あいつらを殺さないと、この苦しみは消えないと思った。あのおかしな感情は消えないって、そう思ったんだ。
 俺は知らず知らずのうちに、途方もなく遠い街まで歩いていた。もう既に空は暗くなっていた。
 ……寝不足で疲れているのかもしれない。途方もない事を考えてしまった。今まで考えていたことが本当の事かも嘘の事かも、いまではわからない。頭が痛い。色々な考えが脳を駆け巡っている。だけど、一つだけ確かな感情がある。
 怖い。戦うのが、怖くて仕方がない。でも、失うのも、怖い。
 失うというのは、もちろん殺喰という化け物によって友人を奪われるという事もある。しかし、何よりも自分の感情を失ってしまうのが怖い。正気を失うのが怖いのだ。自分が消えてしまうのが……自分が獣になってしまうのが……何よりも怖い。
 一昨日、俺は自分を見失った。様々な負の感情に蝕まれ、木幡 和弘という俺自身を見失ってしまったのだ。俺は別の誰かになっていた。あれは……戦ったのは俺じゃなかった。そうだ、俺じゃない。あの時戦ったのは、"いつもの俺"ではなく、"あの場の雰囲気で豹変した俺"なのだ。あれは一時の感情だ。あれは……違うんだ。
 ふらふらと歩いている内に、俺は酷いめまいを感じた。身体から力が抜ける――。
 倒れかけた俺だったが、誰かの腕に支えられ、地面に衝突せずに済んだ。霞んでいく意識の中だったが声が聞こえた。
 やがて意識がハッキリし始め、俺を支えている人物が目に入った。
「木幡、大丈夫かっ!?」
 中学の頃の友人らだった。

 
 俺は彼らに、人通りの少ない路地裏まで連れてこられた。どうやらここが彼らの溜まり場のようだった。水をもらい、次第に頭が正常に働き始める。そこで改めて友人らの顔を見た。
 三人居た。全員中学の頃に同じ部活に入っていた面々だった。思い出の中の彼らは、三人とも頭の毛がとても短かい。そうか、野球部か……懐かしいな。
「木幡、大丈夫かぁ?」
 昔はエースだった、金髪の今岡が心配そうに言った。前は髪なんて染める感じじゃあなかったのになぁ。
「ったく、びっくりしたぜ。ヤクチュウみたいな奴がふらふら歩いてると思ったら、木幡だったんだからよ」
 体格の良いスキンヘッドが笑いながら口にした。キャッチャーの松本か。お前は髪短くしすぎだろ。
「しかも倒れたしなぁっ! 予想外も予想外だぜぇ」
 耳にハートのピアスを付けたロン毛の静山が声を張り上げる。お前ピアスもロン毛も似合わねぇ〜なぁ〜。きっもちわる!
 っていうか、
「お前ら悪くなりすぎだろ。最初は誰かわかんなかったぜ」
 皆笑った。こいつらは、中学の時のイツメンだ。よくバカして笑ってたな。懐かしいぜ。
「木幡、お前が良い子ちゃんになりすぎてんだよ。前のお前のまま高校入ってたらもっとすげぇことになってたろ」
 松本の言葉に、俺は首を傾げる。「はぁ、何でだよ。俺は今も昔も良い子ちゃんだっての」
「よく言うぜぇ。パクられた回数が一番多かったのは誰だぁ?」
 独特の喋り方の静山に、さぁ、と返してみる、が無論俺なわけである。昔はよく悪ぶってたもんだ。っていうかよくそんな体力と勇気っつーか無謀さがあったよなぁ。今じゃ他人に喧嘩売ることも、売られる事も極力っていうか絶対に避けたいもんなんだが。
「お前の伝説は語り切れねぇ。先公を何度もボコすし、先輩とは何度も衝突するし、スカウトに来た暴走族は一人で返り討ちにするし……」
「待てよ今岡。前者二つは何歩か譲って肯定するけど、最後のは俺じゃねぇっての。それは九十九市の伝説だろ? 俺じゃなく伊藤 賢治(いとうけんじ)っていうイカレが作った伝説だよ。――俺の場合は三人だ」
「ああ、そうだったな。お前、矢高、あと……ああ、東一(あずまいち)か」
 今岡の言う通り、記章も実は俺と組んでたバカの一人である。俺、記章、そして東一が下崎中学校の三バカ、もとい三悪だった。考えてみるとあの頃も充実してたなぁ。なんか充実してたわ。よくわからないけど。
「しっかしびっくりしたよなぁ。お前と記章が下崎高校に行くとは思わなかった」
 今岡の言葉に、二人とも頷いた。確かに俺だって思ってなかったさ。共学公立高校で偏差値2、3番を争う下崎高校に入学するなんて、さ。
 こいつらには理由は話してないが、全部零夏のせいだ。
 俺と記章は学校と部活をサボる事のない不良生徒だったので、そういう面ではまだ救いようのあるバカだった。問題はいっぱい起こしてたけど。まぁ、勉強に関しては言うことはない。やるわけないもんねー。だから高校なんて低くてもどこでもいいや、なんて思ってた三年の夏に現れたのが零夏だ。いや、そもそも今までずっと一緒なわけだけど。まぁ、そんなことはともかく零夏は俺と記章の前に現れた訳。そして何を言うかと思えば、これから入試まで死ぬ気で勉強しろ、だ。何でだよ、と反抗する俺達だったが、結局零夏のペースに引き込まれ、死ぬ気で勉強させられた。んで、結局ベンキョーノイローゼになる程勉強した俺らは奇跡的に高校に合格し、そのまま今に至る。もう二度とあんなに勉強はしたくないです、はい。
 しっかし、今思うと何で零夏は俺と記章をあんなにまで下崎高校に入学させたかったんだろうか。そして何故自分も下崎高校に入学したんだろうか。いや、だってあいつは凄く頭良かったんだぜ? ぶっちゃけもっと上の学校にも行けたのに……。
「っていうかさぁ」考えてる俺に、静山が声を掛けた。「東一って結局どこいったんかねぇ? 親の離婚で二年の前半で転校しちまったけど」
 東一……懐かしいぜ。眼鏡をかけて夏でもマスクをしてたし、昼食もどこかで一人で食べに行ってたから、顔はあんまし覚えてないんだよなぁ。そういやアイツとは幼馴染だったな。小学校の頃とかは俺と東一と零夏でよく遊んだっけ。でも素顔を覚えてない。声も……何故だかわからないが忘れちまった。いやはや、記憶力があるんだか無いんだかなぁ、俺は。
「っていうかよ、んな昔の事はどうでもいいわけ」今岡が声のトーンを下げて話し始めた。「お前さ、俺達の仲間に入らねぇ?」
「はぁ? 仲間ってどゆことだよ」
「決まってんだろ? 族だよ族。俺ら今度こそ全国制覇ねらってんだ。中学校の頃できなかった、な」
 “全国制覇”という言葉を聞いた時、俺の脳裏に、東一の声が響いた。
『絶対目指せよ、全国。俺の代わりに……目指してくれよ』
 アイツ……今頃何をやってるんだろうか。俺の事、覚えているんだろうか。全国制覇は……出来なかった。約束を、俺は――。
「オイオイ木幡ぁっ」
 今岡の声で我に帰る。「えっと、世界制覇が何だって?」
「全国だっての。今度こそ果たそうぜ。お前がいりゃあ百人力なわけよ」
 俺は苦笑いを浮かべて首を振った。
「待てよ今岡。俺はもう足洗ったの。今時悪は流行んねぇんだよ。今流行ってんのは草食系男子だ。俺はもう拳を振るう必要も、つもりもねぇんだよ」
「嘘つけよ。お前、今の生活に刺激が欲しいんじゃねぇのか?」
 そう言われた時、俺は気付かない内に今岡達に背を向けていた。ギクリとした。
「んな事いつ言った? っていうか昔俺が暴れてたのは別に刺激がほしかったわけじゃねぇんだよ」
 ふとその時、過去の映像が蘇った。それは、暴走族を三人で潰した日の事だった。
 

『零夏ァァァッ!!!』
 俺と記章と東一は叫びを上げ、ある廃工場の扉を開けた。その日は雨が酷く、空は怒りに溢れていた。俺達はその中を全力疾走してきたので、制服がびしょぬれだった。しかし、それでも走らなきゃいけない理由があった。
 廃工場の中に入った俺らを出迎えたのは、総勢三十は居る厳つい男たちだった。そいつらの後ろに、口をガムテープで閉じられ、制服を脱がされて下着姿で柱に縛られた零夏が居た。
『てめぇら……! 零夏に何しやがったァァァ!!』
 俺は吠えた。拳を血が出るくらい握りしめ、男たちを睨み上げる。
『安心しろぉ、何もしてねぇよ。ただ脱がしただけだ。約束は守る主義なんでね』
 剃りこみの入った短髪の男の言葉が廃工場に響いた。そいつが族の総長だという事が俺ら三人に分かった。
 前々から、俺達には暴走族に入らないか、という誘いが来ていた。しかし、ガラではないな、と感じた俺達はそれをずっと断り続けた。無理に入らされそうになった時も、返り討ちにして何とかその場をやり過ごした。しかし、今回は違った。いつどこで幼馴染と知れたのかは分からないが、零夏を人質に取られたのだ。“この女の子に何もされたくなかったら、俺達の溜まり場まで来い”という趣旨のメールが俺に送られた。そして俺達は零夏を取り戻すためにここまで来たのである。
『お前らが族に入るっていうんならこの子は何もせずにいてやるよ。でもお前らが今までと同じように俺のお誘いを断るなら……』
 無抵抗の零夏に、総長は拳を加えた。しゃべることのできない零夏が、声無き声を上げる。よく見れば、頬には殴られたと思われる傷が幾つもあった。抵抗した零夏を殴ったのだろう……。
『何もしてない、だと?』
 東一が怒りに震えた声で言い、歩きだす。俺も、そして記章も続いた。
 ――我慢の限界、というのはこういうことだったのだろう。既に俺は自我を失っていた。恐らく東一も記章もそうだ。皆、顔が鬼と化していた。
『お前らの何もしてない、というのは凌辱の事なのか?』
 記章がいつもより格段に低いトーンで言う。
 既に俺達は三十人の輪の中に入っていた。
『もし記章の言う通りならお前らはバカだ』
 俺は走った。総長めがけて、全力で駆けた。
『零夏を殴ってる時点でもう話は終わってんだよ!!!』
 総長の前に、下っ端数人が固められる。走って勢いに乗った俺は、そのまま跳び上がり、強力な膝蹴りを与えた。一人が倒れる。着地した俺は総長を囲う奴らを構うことなく殴り倒していった。その時の俺は、憎しみと怒りに支配されていた。そして、零夏をこれ以上傷つけさせないという固い決意の下、奴らと戦った。
 気付いた時、そこには4人しか立っていなかった。
 俺、東一、記章、そして――総長。
『な、何て奴らだ……お前らは……化け物かっ!!』
 逃げ腰の総長に、俺らは全員で殴りかかって行った。
 
 そう、あの日、俺は戦った。
 

 そうだ、あの時……俺は何で戦ったんだよ。どんな気持ちで戦ったんだよ。
 刺激が欲しいから戦ったんじゃない。俺は……。
「お、おい、木幡――」
「山岡、悪い」背後に居る山岡に、俺は詫びた。「俺は、よくわからな――」
 その時、あの悪寒が背筋に走った。これは、前にもあった。奴らが、近くに来た時に現れた時に感じる悪寒だ。
 山岡に警告しようと思った。まずい、逃げろ、と言い、一緒にこの場を離れようと思った。
 しかし、振り返るとそこに山岡はいなかった。
 ただ、首の無いマネキンが、血を吹きだして、倒れて行った。
「や、まおか……?」
 違う、もう、これは山岡じゃない。これは……ただの……。
「う、うわああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
 松本の悲鳴が響いた。静山は真っ青な顔でその場に立ちつくしている。
 山岡が……死んだ。
 嘘、だろ? だって、だってさっきのさっきまで、俺達は会話して、昔の事を話してたんだぜ? そんな、嘘、だろ?
「人間ドもォォォォ!!!!」
 耳をつんざくような叫び声が辺りに響く。この機械によって何重にも重ねたような声は、あの化け物、殺喰だ!!
「松本ォッ!! 静山ァッ!! 逃げろォォォォッ!!!」  
 叫んでいた。これ以上犠牲者を増やしたくなかった。しかし、松本達が逃げ出す速さよりも、殺喰が襲いかかる速度の方が何歩も上回っていた。
「ぐぎゃあああああぁぁぁあっっっ!! あ、足がァァッッ!!」
 走りだした松本の足が、殺喰に血しぶきを上げて噛み千切られる。バランスを失った松本の頸動脈を、殺喰の牙が捕らえた。
「やめろおおおおおぉぉおおおおおおおおおおお!!!!!!」
 叫びを上げ、走り寄って止めようとしたが、思い切り蹴られ、俺の身体はいとも簡単に吹き飛ばされた。地面に着地しても尚勢いを失わずに身体を擦られていく。ようやく摩擦が収まり、立ち上がる。早くあいつらを助けなきゃ……早く、早くあの化け物を殺さなきゃ……。
「松本っ、静山っ、おい! 松本!! 静山!!」
 暗くてよくわからない。あいつらはどこにいる。逃げたのか? 殺喰も去ったのか?
 ようやく先程まで俺がいた場所まで戻った。
 信じられなかった。
 
 そこには、首を失くした山岡、
 
 足を失くし、どこか遠くを見つめた松本と、

 腹部の無い静山が、何も言うことなく横たわっていた。 
 
 
「あ、ああああ……」

 涙が零れ落ちて行く。


「うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっっっ!!!!!!!!」


 俺は、守りたいものを、――守れなかった。

 一緒に青春をすごした奴らを……守れなかった。 

 心の中を、憎しみが埋めた。憎かった。殺喰が、とても……憎くてたまらなかった。あの化け物を破壊したい。細胞を一切残さず、この世から消し去りたい。痛みを与え、殺したい――。
 そう思った時、俺の全身に温かい何かが駆け巡った。
 力だ。あの化け物を殺せる、特殊な力だ。
 全身の筋肉が膨れ上がって行く。殺せ殺せと俺を掻き立てる。憎しみを晴らせ、と。これ以上犠牲者を出せるな、と。俺の心に命令していく。
 ――分かってる。
 もう分かってる。俺は……バカだった。恐怖に押しつぶされて、大事な事を忘れていた。
 今、憎しみが燃えあがっている俺も、俺だ。あの化け物をぶっ殺したいと思っているのも、俺だ。恐怖だって感じてる。そうさ、確かに怖い。でも、あの化け物を放っておくほうが……憎しみを晴らせない方が怖い。あの化け物をぶっ殺せないほうが怖いんだっ!!!
 守りたいものなんてそこら中にあった。決して俺は大きな物を守ろうとしてるわけじゃなかったんだ。俺は……身近にある平和こそ……身近にいる人々こそ守りたかったっ!! 何で、何で気付かなかったんだ。俺は、そんな大層な役割を押しつけられていたわけじゃないって! ただ近くにいる大切な人々を守れって言われているんだって、何で気がつかなかったんだぁぁ……!
 自責によって大粒の涙が零れたその時、頭上から刀が降ってきた。それに続き、血だらけの人間も落下する。もう既に、事切れていた。
 あいつだ。
 あいつが、また殺りやがった。
 落ちてきた刀を手に取り、頭上を見上げた。きっとここの周りを囲むビルの上で戦闘が行われたのだろう。そして、この人は負けたのだ……。
「後は、任せてください」俺は脚にできるだけの力を加えた。「あなたの守りたいものは、俺が守ります」
 そして、俺は空を切っていく。空へと跳び上がって行く。ビルの上に着地した時、そこには脚の肉を引きちぎって食べている殺喰が居た。
 あの野郎……呑気にお食事か。
「おい」
 低い声で呼ぶ。しかし、殺喰は振り向かない。潰れてないほうの目はただただ死肉を見つめている。
 怒りが、頂点に達した。
「おいッッ!!!!」
 刀で思い切り地面を打ちつけた。その衝撃で、殺喰がこちらに気付く。
「……人間、またイたか。ククク、食事に夢中になって気がつかなかっタわ」
「そうかいそうかい。ならその隙にその身体をみじん切りにすりゃよかった」
 殺喰はニッと笑う。「さっキ掛かっテきた人間もソう言ってイたわ」
 脚を捨て、立ち上がって赤く煌めく爪をこちらに向けた。
「我が微塵切りニしてやったタがな」  
 俺も刀を握りしめ、殺喰を睨みつけた。「俺はそんなに上手くはいかねぇぞ」
 そう言うと、殺喰は声を上げた笑い始めた。気持ちの悪い笑い方だった。憎しみを増長させる、最低最悪な笑いだ。
「何人もそう言ってキたわ。男も、女も、皆言ってキた。そうイう奴程美味イ。生意気に刀ヲ振るウ者程、弱く、美味イ。そしテ、殺しタ時の快感モひとりシきりニ大きイものダ」
「何……だと!?」
「もう一度言オう」殺喰は今までになく醜態な笑みを見せた。「叫ビ、助ケを請う人間程殺すのガ楽しイノだ!!!」
 俺の身体はもう既に自由が利かなくなっていた。憎い、許せない。ただコイツが憎い。殺したい。その想いが、その堪えようのない殺意が、細胞を熱くさせていく。
 俺は殺喰に斬りかかって行った。刀と爪が激しく、火花を散らしてぶつかり合う
「お前、人間を何だと思ってやがる!! 人間は、ただの餌じゃねぇ!! 人間は、お前らの玩具じゃねぇんだよ!!!」
 歯を全部出して笑みを浮かべる憎らしい顔に頭突きを加えてやった。のけ反った隙に、その右腕を斬り落とす。
「いいヤ、玩具だ! 貴様ラのようナ下等生物ハ、我ラに喰わレ、弄ばれル事こそフさわしイ!!」
 下等生物だと……?
「違う!! 下等な生物はテメェらのほうだ!!」
 思い切り蹴り飛ばし、転がって行く殺喰に向かって跳び上がり、刀の先を真下に向けた。そして落下するスピードを利用し、頭を串刺しにしてやった。血が吹きだしていく。
 殺った。
 そう思ったが、殺喰はにぃと笑う。
「フフフ、愚カだ。やはり人間ハ下等生物だナぁ!!」
 生きてるだと!? そんなバカなっ!
 その時、思い出した。
 マズイ、コイツの左腕はまだ叩き斬ってない――。
 すぐさま刀を抜き取り、身体の前に構えた。何とか寸前で間に合い、殺喰の斬撃を受け止めた。しかし、予想外の出来事が起こる。繰り出された攻撃は左腕からじゃなく、斬り落としたはずの右腕からだった。寸前で反応したため、衝撃を受け止めきることに考えが回らなかった。
 俺の身体は、強い衝撃でもう一つ向こうのビルまで吹っ飛んでしまう。
 鉄格子に身体を打った時、俺は見た。爪先を俺に向けて空を駆けて、突進する化け物を。
 あの攻撃を避けることはできない。そして、防ぐことなどできない。何故なら……刀が手中に無いからだ。ふっ飛ばされる過程で落としてしまった。クソッ、クソッ、クソォォッ!!


 ――死ぬ。俺は、死んでしまう。

 
 その時、俺は不思議と恐怖というものを感じなかった。ただ、何にも代えがたい悔しさを覚えていた。悔しい。とても……悔しい。
 守れなかった。俺は、結局恐怖によって戦う道を逃げようとして……そして、結局守りたい人を守れなかった。
 倒せなかった。力を持っていたのに……俺はその力を上手く使えなかった。恨みも、憎しみも……晴らせなかった。
 
 東一……記章……っ。

 あの時、俺は一人で向かうはずだった。族に立ち向かう時、あの時、本当は誰の手も借りず、奴らを片づけにいくはずだった。しかし、一緒に居た記章にバレた。きっと俺は感情を顔に出しやすい体質なのだろう。そして追及され、ついに白状した時、記章に殴られた。ああ、あの時何て言われたっけか。
 そうだ、確か――。

「一人でかっこつけようとしてんじゃねぇよ、バカ」
 
 ――え?
 恐る恐る目を開ける。
 すると、赤いパーカーのような不思議な服を着た誰かが、殺喰を胸の部分で真っ二つに斬り裂いていた。殺喰は大量の血を吹きだし、地上へと堕ちて行った。
 赤いパーカーでフードを被った男が、俺の隣に着地する。
「お、お前……」
 戸惑う俺に、フードを上げてその男は手を差し伸べた。



 刀を持った記章が、俺に笑いかけた。
  
  
 
 4

「き、記章? お、お前、な、何で……」
 驚きと、死から逃れた安心感で、上手く声が出ない。思考回路も上手く回らない。そして――。
「あ、あれ、俺……」
 一時は恐怖によってせき止められていた涙が、一気に流れ出した。大粒の涙が零れて行く。声が上手く出せないとか、そういうレベルではなく、泣き声しか上げられなかった。
「じ、じんだんだぁ……うっ、あぁぁっ」それでも伝えたかった。記章に、旧友が殺された事を。「あいづら……あいづらがぁぁ!!」
「わかってる。俺も、さっきこの目で見たさ」震える声で記章が言う。「だから、お前まで死んだんじゃないかって心配したんだぜ」
「おれは……おれはっ」
 言葉が上手く出ない。伝えたいものが多すぎて。寄りかかりたい事が多すぎて。俺の喉には色んな物が押し寄せ、つっかえていた。
 しばらく俺は記章に背中をさすられながら、滝のような激しい涙を長い時間流し続けた。もしかしたらもう止まることはないんじゃないだろうか、とも思えてしまう程である。段々何故泣いているのかも分からなくなっていった。悲しみで泣いているのか、それとも俺は――。
「悔しかったんだろう?」
 記章が優しく、まるで父のような包容力のある言葉を投げかけた。俺は、しゃっくりをあげながら頷いた。
「わかるよ。お前、今まで百戦錬磨だったもんな。――お前、今まで皆守ってきたもんな」
「えっ?」
「だってそうだろう? いつもお前は守ってきた。ま、そこにはいつも俺が居たけどな」
 記章は笑いかける。それはどこかぎこちない笑顔だった。悲しいのは俺だけじゃない、と改めて実感する。そう、コイツだって悲しいはずだ。あんなに友達が死んで……なのに俺に笑いかけてくれる。無理をしてでも、笑顔を見せてくれる。俺は尚悔しくなった。自分の弱さが、辛かった。
「……そうだった」俺は喉につっかかっていた一番大きな物を探りだした。「そうだ。いつもお前がいた。お前が居て、東一が居て……。他の皆も居た。俺は……一人じゃ何も守れなかった。俺は……弱かったんだ」
 雫がまた零れ落ちる。もしかしたらもう涙が枯れる事はないのかもしれない、とも思った。
「ああ、そうだな」記章が穏やかな口調で言う。「百戦錬磨だったのも、何だったのも、お前一人でやったことじゃねぇ。――でもお前は弱くはなかったぜ。強かった。何故ってびびらなかったからな。目の前にある事を迷わなかった。助けたければ助けに向かった。気に入らない奴がいれば制裁を加えた。それが良い事か悪い事かはわからねぇけど、でもお前は迷わなかった。自分のしたい事がわかってたからだ」
 俺の……したいこと?
 今、俺は何がしたいんだ? 俺が望んでいることはなんだ? 俺は、俺は――。
「悔しかった。とても、悔しかった……」涙が、だんだんと小さくなっていく。それと入れ替わるように、声がはっきりと言葉を告げて行く。「誰も殺されないように、自分を見失わないように、俺は強くなりたい……っ! お前が俺を守ってくれたように、俺も、俺も誰かを守りたい!! もう誰かを失うのは嫌だ。もう……もうこんな悲しくて悔しいのは嫌なんだっ!!!」
 自分の想いだった。それが、本当の想い。俺は、もう失いたくない。
 あの日々も。
 そしてこの日々も。
 セピアとなってしまった人たちも。
 カラーで映りゆく人たちも。
 誰も、失いたくない。
 全てを――守りたい。
「……記章、お前は人間守護機関って奴に入っているか?」
 記章は頷く。
「お前は、そこで強くなったのか?」
 力強くゆっくりと頷いた。
 俺は、それで腹を決めた。
 立ち上がり、刀を見た。血の付いた刀は、街の明かりで怪しく輝いていた。死への恐怖をその色が表現する。
「俺は……初めから行くべきだったんだろうな」
 刀を振り、血を払った。刀は先程とは打って変わって白く美しい姿を見せた。守る事の決心と、燃える使命感を、その美貌が代弁する。
 記章が俺の顔を見て、ふぅと溜息を吐いた。「やっぱお前は強いな」
「全然、弱いさ」
 俺はそう返す。正直心はぐちゃぐちゃだ。ただ、まっすぐな志が一つ二つ見えたくらいなのだ。まだ明るく笑えるには時間が掛かるだろう。でも――。
「行こうぜ、カズ」
 記章が手を差し伸べた。
 手を差し伸べてくれる人が俺には居る。記章だけじゃない。俺は、俺の毎日は、多くの奴らによって支えられてる。皆が、コケた俺に手を差し伸べてくれる。だから……きっと、すぐに、その日は訪れるはずだ。
「ああ」
 俺はその手を取る。とても、暖かい手だった。
 信じよう。その日を。
 信じよう。自分自身を。

 
 俺達は人間守護機関へと向かっていた。もちろんアカツヤビルの警備員に止められたのだが、記章は顔パスだった。
「覚えられてるだけだよ」
 と言っていたが、それだけで顔パスになんかなるのだろうか。
 ともかく俺達は今エレベーターの中に居る。下までたどり着くのにはまだ時間がかかりそうだ。
「なぁ記章」気にかかっていた事を聞いてみることにした。「お前はいつからここの下で戦ってるんだ?」
 記章は何のためらいもなく、すんなり答えてくれた。
「中学校の頃からだよ。二年の最後の方に、殺喰と遭遇したんだ。その時はびっくりしたよ。頭痛が酷い夜だったな。まぁ、それも殺喰のせいだって後々気付いたんだけど。まぁ驚いたわ。夜道を一人で歩いていたら、明らかに人にしてはおかしい大男が立っているんだから。素通りしようと思ったんだが、接近する前にそいつの顔が潰れてる事に気付いたんだ。衝動的ともいえる恐怖ってやつかな。そんなのが一気に沸き出して、やばいって思ったらもう俺はどっかにすっ飛んでた。それは大げさじゃなく、まさに"すっ飛んで"いたんだ。逃げている様子をここの人に見られたみたいで、その人にスカウトされた。今思えば強制的に連れてかれた気もするけどな」
「お前は迷わなかったのか?」
「んなわけねーさ。散々迷った。入ろうって決心したのは、色んな事に一生懸命なお前を見ていたからかな。お前の何でも守るっていう姿勢に動かされたんだ。だから――なんつーのかな、憧れってやつだな。お前に憧れて……って本人を前にして言うのは恥ずかしいけど」
 記章は恥ずかしそうに頬をかいた。
「俺は憧れられるようなタマじゃねぇよ」昔の事を思い出しながらも、謙遜しておく。
「そうでもねぇよ。あれだけの事がありながらも前に進もうとするのは強い証だ」
 それは前に進まないと自分が許せなかったからだ。自分で自分に許される事がなかったからだ。俺は――ちっとも強くなんかない。だから、これから強くなってやるんだ。強くなって強くなって……皆を守ってやるんだ。
 エレベーターがようやく到着する。記章の案内に従い、再び俺は一樹さんの部屋の前へとやってきた。今度は、ちゃんと答えを言わないとな。
「それじゃ、頑張れよ」と記章は俺の背中を叩いた。痛いぞ、おい。「俺は用事があるからもう消える。帰りは一人で帰ってくれ。じゃあ、また明日な」
「ああ」その言葉を言えるのが嬉しくて、声が上ずった。「また明日」
 記章を目で見送りつつ、俺は深呼吸する。そして、自分自身に問いかける。――大丈夫か? お前は、恐怖に押しつぶされないのか? これからずっと戦う日々になるのかもしれないんだぞ? これからも色んな残酷な事を目の当たりにしなければならないのかもしれないんだぞ? お前は大丈夫なのか? 耐えられるのか?
 その問いかけに、俺は笑ってみせる。無理矢理作った笑みだった。だが、笑わなければならない。臆病な俺を、力の無い俺を、今は笑ってやろう。――俺は成長する。俺は守ってみせる。それだけだ。それ以外に何か必要なのか? 必要なんてない。俺は、後悔しない選択を選ぶだけだ。今逃げ出したら……絶対に後悔する。そんなの、嫌だ。これ以上大切なものを失うのは、嫌なんだ。
 再び深呼吸をする。そしてノックの後にドアノブをひねり、室内へと足を入れた。
 
 一樹さんはそこに居た。ホワイトボードの前に置かれたパイプ椅子に腰かけている。机には俺が持ってきた刀が置かれていた。
「来てくれたんだね」一樹さんが椅子から立ち上がって俺を見据えた。「信じていたよ、来てくれると」
「俺は……浮かれていたみたいでした。ヒーローだなんだって。自分は強いんだって。だというのに、戦ってる時の自分が嫌だった。憎しみだけに翻弄される自分が嫌だったんです」
 溜息を吐き、思い返す。本当に、苦い。俺は、とんだ思い違いをしていたんだ。
「でも、友達の話を聞いて、昔を思い出して、そしてその友達が殺されて……気付きました」その時、三人の死体が横たわっている場面がフラッシュバックして、鳥肌が立った。「お、俺は……俺は、自分を認めていなかったんです。戦っている時の自分が、別の自分だと思えてしまったんです。確かに戦ってる時の俺はおかしい。色んな負の感情が倍増されてる感じで……でも、それは結局"倍増"されてるだけだって事に気付いたんです。俺はそういう感情を抱いていた。俺は、殺喰が憎くて仕方なかった。――でも、俺は殺されかけました。力が、なかったんです」
 怒りと憎しみを持ち、戦う覚悟をしても、何もできなかった。覚悟だけじゃ、何も守れはしない。
「戦う力が欲しいと、その時強く思いました」守りたい友らの顔が浮かんだ。「あいつらを守れる力が、欲しいんです……っ!」
 頭を勢いよく下げ、俺は叫ぶように言った。「お願いします。俺を、人間守護機関に入れてください! 俺に、戦う術を教えてください!!」
 大事な人を二度と失わないために。あんな悔しい思いを、二度としないように。俺は、自分の決意をぶつけた。
 数秒、沈黙が続いた、と思ったら頭に何か硬い物が触れた。顔を上げてみると、鞘に収まった刀を一樹さんが俺に向けていた。
「今日からこれが君の相棒だ。そして、今日から俺が君の上司だ」一樹さんは笑顔を浮かべる。無邪気ではなく、どこか大人びた笑みだった。「よく決心したね」
 そして刀を手渡された。刀を受け取り、刃を少し出し、白い鋼に映る自分の影を見つめた。これから俺は強くなっていかなければならない。こいつを、思うままに扱えるように。
「殺喰は硬い皮膚を持ち、そして脅威の再生力を持った化け物だ。心臓以外の箇所を傷つけても十秒と経たない内に回復してしまう。さらに殺喰は人間の肉しか消化できないという理不尽な内臓を持っている。まさに人類に差し向けられた刺客、悪魔、死神と言った所だが、負けるわけにはいかない。俺達には守りたい事があるからね。俺はもう失ってしまったが……しかし、まだ誰かの大切な人を守ることはできる」
 一樹さんはそう言って、俺に手を差し伸べた。
「君の友人も、君自身も、君だけが守るんじゃないんだよ。俺達全員が守るんだ。だから、君も俺達の守りたい人を守ってくれ。俺達で――人間を守ろう」
 そう。こういう事だったのだ。
 俺たちは人類を守るというわけじゃない。大きな物を守ろうとしてるわけじゃない。ただ、それぞれの守りたい者を、お互いに守って行くだけだ。
 その手を握った。がっしりとした大きい手は、俺に希望と責任を感じさせてくれる。
「木幡 和弘。君は俺、実村 一樹第3討隊隊長の下、人間に害を及ぼす殺喰と戦ってもらう。異存は、あるかい?」
 首を振る。「ないです。――隊長」
 一樹隊長は優しく微笑んだ。

 
 来てもらう時は連絡をするから、今日の所はとりあえず帰るように。と言われたので、俺はエレベーターに単身乗り込んでいた。帰る際に、一枚のプリントと不思議な服を渡された。
 プリントには人間守護機関の組織図が簡単に書かれていた。守護せし柱(プロテクトポーラー)という文字が一番上にあり、そこから線が下に伸び、第1討隊、第2討隊、第3……第10討隊まで書かれている。この守護せし柱というのがどうやら人間守護機関のトップのようだ。そして10の討隊がそれに従っている、と言った所か。まるで軍隊のような機関だな。まぁ人間を守る機関なのだから当たり前かもしれないが。っていうか記章はどの隊の人間なんだろうなぁ。今度聞いてみることにしよう。
 次に、渡された服を広げてみた。随分と固いが、軽い。何か質感と重みが矛盾してるっていうか……不思議な服だ。一見コートによく似ているが……所々おかしな紋章やら、武器をしまう所があったりと、何となく喰討士の戦闘服なのではないか、と想像できた。
 エレベーターはまだ着かない。その時間、俺は皆の顔を思い浮かべていた。荷物は大きく、重い。でも、絶対手放したくない。 


 何があろうとも、俺の日々を壊させはしない。そんな事、されてたまるか。


 俺が――この日常を守るんだ。


 上がって行くエレベーターの中、


 刀の柄を強く握り、俺はそう決意した。
 
 
 


      

 :ダイ ニ ワ 終ワリ:
  

 
 
 2.5 トレイン・ナイト・ゲーム

 揺れる窓から見える景色が、次々と移り変わって行き、だんだんと田んぼや畑が増えていった。それまでに流れていった大きな建物達はもう見る影もなく、平屋や二階立ての一軒家などが、電車に乗る人々を出迎える。黒斗も出迎えられた客人の一人であった。
 彼は祖父に山で起こった出来事を報告するために、山のふもとからずっと電車に揺られてきた。向かうべき町は遠く、まだ一向に着く気配はない。決して楽しい終着点が待っている旅ではないが、久しぶりに帰る故郷に、黒斗は胸を温かくさせていた。群馬のとある町。祖父と祖母が育ち、母が育った町。様々な物語が紡がれた町である。格別長くそこに居たわけではないが、母との思い出はそこにしかない。セピアの母が待っている場所は、そこしかないのだ。
 黒斗は揺れる旅をほとんどを眠って過ごした。起きた時には流れる風景を楽しみ、手提げ鞄に入った本を読みふけり、そして読み終わる頃にはまた睡眠を再開させていた。夢を見る事はない。ただただ無の世界が広がるだけ。しかし無の世界は彼にとってただ一つの安息の場所であった。彼の眠りはいつも浅い。いつ誰に襲われるかわからない現代――そこに殺喰という化け物まで加わっている昨今、気を抜いてられる時は一時たりともないのだ。その証拠に、彼の懐にはナイフが忍ばせてあり、またテニスラケットを入れるケースに刀が入っている。いつ襲われても対応できるよう、武器は四六時中持ち歩いていた。また、服の下には喰討士専用の防護服も着ている。戦う準備も万端であった。
 何度目かの起床をした黒斗。外は既に暗くなり、景色は光の玉らしか見えるものがない。大きな欠伸をし、現在地を確認する。目的の駅まであと4つだ。もうそろそろ準備をしておこう。彼は膝の上に乗せておいた本を鞄に戻し始めた――。
 その瞬間、違和感が生じる。
 空気が振動し、頭を叩いていく。
 間違いない、と彼は思った。奴だ。いや、奴らだ……!
 しかしどこにいる? と彼は思った。こんな電車の中に現れたとも思いにくい。だが外ならこんなに頭痛が持続する事なく、一瞬で過ぎ去ってしまうはずだ。一体どこにいる?
 携帯が震えた。守護機関の上司からの電話だった。手に取り、静かに出た。
『黒斗。気付いているとは思うが、お前の近くで殺喰が"発生"した』
 殺喰は不定期に突然現れる為、守護機関の一部の人間は"発生"と呼んでいる。発生する場所は、あるレーダーで探知する事が出来るのだが、何故探知できるかは次回に説明させていただこう。
 ともかく、どうやら黒斗の近くに殺喰が居るらしい。しかし、彼は全く居る場所が分からない。殺喰は不定期に様々な箇所に突然現れるが、ワープなどの類が出来るわけではない。だから、電車の中で彼らが眠らない限り、夜に発生することはないはずなのだ。電車の中で眠るというのもありえない。もし電車の中に入ったのなら、その電車のどこかは大きく破損しているはずだ。何故なら彼らは力ずくでしか入れないのだから。
 だとすればどこにいる? 車内に入りこんでいる確率も、百歩譲って考えよう。しかし、何も聞こえない。あんな化け物が現れたのなら、どこかで何らかの騒ぎが起こっているはずだ。しかし――隣の車両を覗いても、格段変わっている所はないし、車内のアナウンスも何も知らせていない。もしかしたら見える範囲外で起こっているのかもしれないが、これくらいの時間が経てば、どこからか逃げてくる人々が現れるはずだ。では……奴は一体どこにいるのだ?
「すみません。俺は今電車の車内に居ます」
 そう言うと、隊長はフッと笑った。
『マナー違反と言いたいのか? こんな時くらい電話しても構わないだろう』
「いえ、そういう意味ではなく……」
『分かっている、冗談だ。奴らが電車の車内で発生する事はありえない、と言いたいんだろう? なら教えてやる。恐らく、奴は電車の上に居るのだろう。奴らの計り知れない腕力ならしがみつくのも難しい事ではないんじゃないか?』
 そうか、と彼は思った。電車の上……しかし、そうなると何もできない。それにこのまま放っておいても、いつかは振り落とされていくのではないだろうか? そういう淡い希望も心に抱いていたのだが――。
『黒斗。やつはどうやらお前の頭上まで移動してきたようだ。つまり奴は落ちるか落ちないかというギリギリのところでしがみついているというわけではなく、ある程度の余裕を持って這って行っているようだな。恐らく奴は電車の先端……つまり運転室に向かっているのだろう』
 そんなバカな、と叫びたかった。人を喰らうことくらいしか頭になさそうな奴らが、何故運転席に向かうのだろう? 一体何故……。
『よくわからないが、まぁ恐らく生物の本能だろうな。もしお前が木に途中まで登っていて、もう少しで頂上に着きそうになったらどうする? どうせなら、と頂上まで登るだろう』
「俺は木に登るなどという愚かな真似はしません」と黒斗は迷わずに言う。
 電話の向こうで隊長の溜息が聞こえた。『例えだ例え。なら、途中まで読んだ本を放棄はしないだろう? 奴もそういう半端な真似ができない奴なんじゃないのか?』
「理解できませんが」
『別に奴の挙動を理解しろとは言っていない。ただ、このままだと運転手が喰われて大きな事故が起こる可能性があるということだ。多くの人間が死んでしまう危険性があると言っているんだ』
 だとしても、と彼は苦悩する。他の客が近くに居る手前、ましてや屋根の上に居る化け物とどう戦えばいいのだろうか。
『他の客が邪魔か?』
 黙りこくっていたので何かを察したのか、黒斗が思っていた事を的確に指摘した。
「ええ」
『ならアレを使え。お前に渡しておいたはずだ。"イタズラ爆弾セット"をな』
「なっ……!」 
 黒斗は思わずため息をついた。まさかアレを使う日が来てしまうとは。
「俺としては絶対に使いたくないのですが……」
『――命令だ。隊長命令だ』隊長は間髪も入れずにそう命令した。
 命令には逆らえない。しかしこの一瞬だけは逆らってやりたかった。電話の向こうにいるへらへらとした顔の男に、石を投げつけてやりたかった。
 深呼吸をする。
『じゃ、頑張れ』
 電話が切れた。全く無責任な人だ、と彼は頭を抱えた。
 鞄を探る。――あった。なければよかったのに。
 それには台詞が書かれたメモが貼ってあった。恥ずかしい。しかし、やらねば大きな犠牲が出る。しかし、恥ずかしい。しかし――。
「あああぁーー!」
 黒斗が突然奇声を上げた。周りの乗客はそれに反応し、全員の視線が集まった。黒斗は嫌な汗を浮かべていたが、もうここまできたら止まれない。あとはもうやり切るしかない。もう彼はいつもの冷静さを完全に失っていた。
「こ、こんな所にーーじ、時限爆弾がぁっ!」手に持った"イタズラ爆弾セット"を掲げ、ぎこちなさをごまかすために叫び声を上げた。「大変だ、次の駅が着くか着かないかで爆発するかもしれないー!!」
 明らかに不自然な様子ではあったが、ある乗客が一人大声を上げて逃げだすと、その他全員も走り去って行った。――さて、準備は整った。
 額に浮かぶ汗をぬぐい、今度会ったらあのバカ隊長のへらへらとした顔を思い切りぶん殴ってやろうと意気込み、ラケットケースから刀を取り出した。鞘から解き放った後、憎き隊長に電話を掛ける。
『おう、まだ倒していないのか。まだお前の居る車両の上で這ってるみたいだが?』
「それが聞きたかったんです。……それと気光銃使用許可をいただきたいのですが」
 隊長は驚いたようにハッと息を呑んだが、すぐに『良いだろう』と許可をしてくれた。
 黒斗は電話を切り、天井を見上げた。そして、服の内ポケットにしまってある小さな拳銃を取り出した。"気光銃"という対殺喰用の武器である。人間守護機関第7討隊が殺喰の死骸の血液から採取した、通称"生命エネルギー"を武器に転化したもので、簡単に言えば強力な光の弾を放つ事ができる。速度こそ遅いものの、強い殺傷力を持った武器であり、隊長に信頼された人物しか使用することができない。 また、人通りが多い所などでは使用に許可が必要になる。とはいえ、発射する為には目標をロックしなければならなく、人間にはロックそのものが出来ない為、発射が不可能である。安全といえば安全な武器ではあるが、黒斗はあまり使う事がなかった。今回使うのは2、3回目だ。
 照準を天井に合わせる。すると、赤いレーダーがある一点を捕らえた。どうやらそこを殺喰が今にも這っているようだ。さっさと仕事を終えよう――。彼は引き金をゆっくりと引いた。
 強い光が一瞬にして銃口から発せられた。光はサッカーボール程大きくなり、レーダーが捕らえた殺喰の影へと飛んでいった。そして、強く発光する……!
「ぐおおおおぉぉおおおお!!!!」
 天井の一部が崩れ落ち、灰色の、まるで岩のような大男が落ちてきた。髪は生えておらず、目は潰れ、歯と爪が鋭く発達している。
「まったく、お前のせいだ」黒斗は憎らし気に舌を鳴らす。「お前の野生の本能とやらのせいで、人生にそうない恥をかいた」
 気光銃を懐にしまい、刀を床でへたばっている殺喰に向けた。
「ナ、何の事ダ……ッ!」
 黒斗は足元に落ちているイタズラ爆弾セットを憎らし気に睨み、そして強く蹴りあげた。「この事だ……っ!!」
 蹴りあげられたイタズラ爆弾セットが、立ち上がろうとしていた殺喰の顎にヒットする。そして体勢を立て直させる暇を作らぬまま黒斗が殺喰の頭部に二段蹴りをお見舞いした。鼻から血を吹きだす殺喰の頭を刀で切り落とし、再生する前に心臓めがけて刀を振り落とす――が、殺喰が寸前で後退したため、心臓を斬るまでは至らなかった。
「何テ奴だ……ッ!!」再生途中にも関わらず、殺喰が苛立たそうに声を荒げる。「貴様、化け物カぁっ!」
 黒斗が静かに鼻で笑った。「まさか化け物に言われる日が来るとはな」
 殺喰から放たれる右ストレートを軽々と首を下げて避け、続けて放たれる左フックを自分の腕で受け止めた。そして互いに後退し、笑みを浮かべる。
「楽しイなぁ。楽しいゾ人間ッッ!!」
 興奮する殺喰に、黒斗は冷静に答えた。「俺はそうでもないがなっ」
「そレは何故ダッ……!!」
 質問に答えず、黒斗は刀とともに大きく踏み込む。殺喰も、右腕を高々と上げて跳び込んで行った。
 勝負は一瞬に掛かる。筋肉の筋一本さえ気が抜けない。
 ――だというのに、黒斗は笑っていた。既に、彼の力は抜けていた。殺喰はそれを見て憤りを覚えたものの、その後すぐに自分の末路が見えた。もう既に、黒斗の刀は彼の心臓を捉えていた。
「こういう――事だ!!」
 一瞬で全ての決着が着いた。殺喰の右フックをかがんでかわした黒斗は、そのまま突進し、心臓に刀を突き刺した。その勢いで電車のドアまでつき破り、殺喰は胸から血を吹きだしていき、闇へと消えて行った。黒斗は何とか手すりを掴んでその場に留まり、殺喰の行方を見守った。――試合-game-は黒斗の勝利に終わった。付着した血を振り払って刀を鞘に戻し、席に着く。気がつけば、電車は停車していた。どうやら爆弾騒ぎがあまりにも大きく広がりすぎたようだ。これはまずいと思い、彼は荷物をまとめ、鞄を肩に提げて電車から飛び降りた。線路の脇には殺喰の死体が転がっていたが、すぐに守護機関の者が片づけるだろう……とそう思い、無視して先に進んだ。線路はまだまだ長く続いている。その長さを思い、彼は溜息を吐いた。
 それにしても……と彼は思う。
 俺の力は、本当に化け物なのだろうか。俺は、奴の死を完全に捉えていた。自分が死ぬという心配は微塵も浮かばず、相手を確実に殺せるという自信しか沸かなかった。俺は化け物なのだろうか……。俺は……。
 彼の意識は朦朧としていた。しかし、歩かなければならない。
 駅まで、数百メートル。 
  



◇◆◇◆◇kazuhiro turn◆◇◆◇◆



 既に時刻は深夜の0時をとっく越していた。だというのに、俺達は夜の街を駆けていく。
「よっし! 次はカラオケだぁっ!」
 庵が調子に乗って人差し指を夜空めがけて振り上げた。お前はどこにいくつもりなんだよ。
「もう入れねっつの〜。オレ眠いなぁ。あ〜、こっからだと和弘の家が近いんだっけ? ――じゃあ和弘の家でお泊まり会しようぜ〜〜!!」
 巳柚が全開の笑みを浮かべながら、俺の右腕に絡みつく。コイツ酔ってる? っていうかお前、当たってる当たってる!
「あ〜、いいねそれ〜っ。利恵も利恵もカズッちの家にお泊まりする〜!」
 利恵まで悪ノリし、俺の左腕に絡んだ。お前の場合は何も当たらないんですね。まぁ、予想通りですよ。
「バカじゃないの全く。そんな事できるわけないでしょ」
 こういう時に桜の真面目さがありがたく思える。そうだそうだ。もっと言ってやれ言ってやれ。女の子が男の家に上がり込むなんて駄目駄目。
「じゃあ次はどこに行く? ん? カズはホテルに行きたいのか?」
 記章が白い歯をニッと見せた。お前が下ネタを言うのは中々珍し――くもねぇな。ってかアホかお前も。
 案の定女性陣のブーイングが飛び交う。その中に紛れて庵もぶーぶー言っていたのだが即刻バレて、まぁ地獄を見た。
 今一緒に歩いているのは、利恵、巳柚、桜、記章、庵の5人だ。元気がないのを察されたのか、無理矢理誘い出され、そして無理矢理夜遊びさせられている。あんな事があった後にこんな遊びふけってどうする、と思ったのだが……記章の勧めもあり、俺は文句を言わず、ここまでついてきた。
 結果、今は良かったかもしれない、と思っている。正直、バカらしくなった。俺はこんなバカな奴らを守ろうとしているのか、と。殺されても死にそうにないしぶとそうなこいつらを懸命に守ろうとしているのか、と。――少し、肩の荷がおりた。もちろん守らなければならない存在であることは確かだ。あんな事は繰り返したくない……。だが、だからと言ってずっと悩んでいるのもどうなのか、と思わされるのだ。こいつらを見ていると、悩んでいるのではなく、前進してみろ、と言われているように思えてしょうがない。お前は悩む程頭がよくないだろ? なら全力で守る事だけを考えろよ、と嘲笑われているような気がしてならない。
 要は、元気が出るのだ。こいつらといると、悩みが泡のように消えて行く。こいつらは……最高の薬なのかもしれない。




 ダイ サン ワ



 [旅行-準備]
 

 
朝。
 目覚めると、随分と部屋の中が暑かった。梅雨が明け、もう夏に頭をつっこもうとしている。そりゃ暑いのも当たり前、か。だが……何か違和感を感じる。なんか日光をいつもより強く浴びている気がするし。いつもなら……、そういつもなら太陽はもっと低い位置で――。
「え?」
 汗がどっと沸いた。これは暑いからではない。
 汗ばんだ手で時計を取り、恐る恐る目前まで運んでいく。――時計の針と針の感覚が、ものすごく狭かった。


ダッシュ、ダッシュ、ダァァァァッシュ!!!!
 全速力で通学路を駆け抜けて行く。道行く人を次々と追い越して追い越して――って人いねぇし!! チックショウ!
 人間守護機関に入ってから3日ほど経っていた。心にも身体にも傷を負った俺を気遣ってくれたのか、記章が放課後にイツメンを呼び、夜まで遊びふけったのだ。おかげで俺の精神は回復したのだが……昨日家に帰ったのは深夜の4時30分だった。あまりにも遅い時間に俺は絶望しつつも、疲労する体は正直で、すぐに眠りの世界に堕ちて行ったのだ。
 その結果が、これさ。どうしよう……こんな時間帯じゃ、トイレで奮闘してました、ていう言い訳しても"別の奮闘"だと思われるやもしれねぇ。おいおいおい、俺これどーしたらいいんだ? とりあえずダッシュ? 教室にたどり着き? そして先生に呼び出され? 別室で長い長い説教へ? いやぁぁぁぁぁぁ!!! それだけはいやぁぁぁぁぁぁぁ!!!
「ちっくしょう、俺は一体どーすりゃ……あれ?」
 ふいに後方から気配を感じた。気配、というよりは突き刺すような視線だ。誰かに見られているのか、俺は。後ろへ振り返ってみたが、やはりだれも居な――ん?
 6、7メートル後ろの電柱から濃い青色のひらひらが風になびいている、ような気が、いやあれは絶対そうだよ。あれ絶対ウチの制服のスカートだ。あそこに居る女子って隠れてるのか? つっても俺以外この道には居ないし、隠れる意味なんて……え、もしかして俺から隠れてる? いや、そんなバカな。……おっ、顔出しそうだ。
 咄嗟に俺も近くの電柱に隠れた。俺が居なくなりゃその女子も出てくるだろう、とそう考えたからだ。さて、どうなるかなぁ? 
 お、足音が近付いてきた。誰だ誰だ〜、俺を隠れてコソコソと見やがってたのは〜?
 まず初めに少し赤めな髪が見えた。そして次に整った横顔が……ん? あれ、どこかで見覚えが――あぁぁぁ!!!
「な、那岐ッ!?」
 ポニーテールの少女が目を丸くしてこちらを見つめた。
「あっ! あ……き、奇遇ですね」
 ぎこちない笑顔を見せ、那岐は少しずつ俺から離れて行く。
「奇遇、ねぇ」溜息をつく。「電柱の裏でコソコソとこっちを見ていた気がするけど。奇遇、ねぇ」
「ちっ、違います……。あの、その、私、電柱の裏に貼ってある紙を見てたんです」
「へぇ、あのポスターを?」那岐が隠れていた電柱を見やった。「あそこには"熟女"って言葉と変な電話番号しか書いてないぞ」
「そ、それを見てたんです。熟女って……美味しそうな名前だなぁって」
 思わず吹きだした。お、美味しそうな名前だと? それどういう意味だよ。いや、確かに一部の人間には"美味しい"かもしれないけど。
「あの、さ。那岐て熟女の意味わかる?」
 彼女は『ドキッ!』という効果音が聞こえそうな表情をしていた。ああ、わかってないな。これ完全にアレだ、レストランかなんかと勘違いしてるパターンだな。
「わ、わかります。熟した女の人――っていう言葉をかけたお酒みたいな……」
 まさかの新パターンに俺驚き。
「あー、えっと、とりあえず違――あ、いや、まぁそれでいいや」
 だんだん面倒になり、完全に怪しかったがそれ以上追及するのは避けておいた。
「っていうか、那岐今何時だか知ってる?」
「えっと、11時です」
 焦りも何もない真顔で彼女は答えた。
「じゃあ、学校の登校時間はいつだか知ってる?」
「さぁ」
 え……登校時間知らないのかよ。ってことは、
「もしかして、今俺達が学校に遅刻しそうになってる事、わかってない?」
「え? 遅刻? 何にですか?」
 こいつマジで言ってるのか?
「だから、学校に」
「誰がですか?」
「俺ら」
「……はぁ、そうなんですか」
 は、反応うっす!! 本当に今の状況わかってんのか?
「あのさ、遅刻したらどうなるかわかってる?」
「よくわかりませんが」
 溜息をついた。暑さで汗が全身を濡らしていく。風一つ吹かない今、俺を冷ますのは那岐の仰天発言だけだった。
「それじゃ、教えてやるよ。遅刻するってことは――」


「こういうことだぁぁぁぁ!!!!」
 生活指導の西村の野太い声が部屋中に轟く。
 結局着いた時、不運にも西村に見つかってしまい、ここまで連れてこらされたのだ。西村に捕まるという事、それは下崎高校の"4恐怖"の一つであると言われている。無理矢理引っ張られ、連れてこられた説教部屋で耳と心が壊れるくらいの罵倒を浴びる事となる……まさに恐怖。ああ、まさか俺も体験することになるとはな。
「貴様らは遅刻というものをなめている! 時間に遅れる事がどういう事かわかっていないのだ!!!!! わかるか? 時間に遅れるという事はな――」
 まだまだ西村の熱い遅刻談義は続く。はぁ……クーラーも利いてない部屋でこんな熱い談義聞かされたらぶっ倒れるぞ、マジで。俺は大丈夫だとしても、那岐はやばいんじゃないか? なんか体力なさそうだし。
 那岐の方に目をやった。すると、何やらメモ用紙を左手に持ち、右手に握っているシャーペンをすらすらと動かしている。えっと……西村の話をメモってる? 何やってるんですか、那岐さん。俺ら説教受けてるんですけど。これじゃまるでバイト前の説明みたいじゃないっすか。
「――ということでなっ、って那岐ぃぃぃ!!! お前何やってるんだ!!?」
 那岐の奇妙な行動に気付き、高揚し切った戦士のように赤い顔をしている西村が彼女に食いついた。あ〜、俺もう知らねぇ。どうなっても知らないからっ。
「え、あの、大切なお話だと思ったので……メモをとっていました」
 何が悪い事なのかわからない、とでも言いたげな顔で彼女は文章が綴られたメモ用紙を西村に見せた。
「メモとってた、だと? お前私をバカにしてるのか!!」
 うんうん、正論だよ西村。珍しく同感します。
「え? そ、そんな事ありません。素晴らしいお話をするお方だなぁ、と感心していました」
「ぬぬっ! そ、それは、まぁ、あっ、当たり前だろうが! 私達職員は皆これくらいの話を出来なければ教師になどなれん!」
 まさかの褒め言葉に照れてるよ、西村。言われ慣れてないんだろうなぁ、可哀そうに。
「ということは、教師になる為にはこれくらい素晴らしい話を延々と語れなければいけないのでしょうか?」
「い、いやそういうわけじゃ――いやっ! そうだ! その通りだ!!」
 ん? おかしいな、今一瞬否定したような気がしたんだが。
「なるほど。そうなると、教師になるには中々大変なんですね……。私、話下手だから中々長くお話できないんです。それに人見知りしてしまうので……是非先生にどうすれば大きな声で話を長く人に話せるか、教えてほしいです」
 那岐の言葉を聞いた途端、西村の言葉が詰まった。まさか説教する時に、説教の仕方を聞かれるとはとてもじゃないが想像できなかっただろう。俺だって想像つかなかったし。
「そ、それは、あ、う……人と、多く関わる事だ。まずは人見知りを直さなきゃいかん。多くの人の前で話していけば、きっと慣れていく。要は慣れだ。だから、行動を起こさなければ何も解決しない。……おい、木幡!」
 突然の指名に飛び上がりそうになった。「は、はいっ!?」
「那岐を手伝ってやれ。お前は勉強もできなくて、授業中もふざけたりしているお調子者であまり印象は良くないが、私は面倒見が良い所だけは認めている。だから、那岐が人に慣れるのを手伝ってやれ、いいな?」
「え、あ……わかりました」
 一体何がどうしたらこんなしんみりとした空気になるんだ? んで、
「それじゃ、行け。次はないと思えよ」
 どうしたらあの西村を攻略できちまうんだ?
説教部屋から退室し、携帯で時間を調べた。もう12時になろうとしている。腹減ったなぁ……そういや今は体育で皆教室に居ないんだっけ? 早弁しちまおうかなぁ〜。
「あ、あの、木幡……くん」振り向くと、那岐は下を向いて、こちらに目を合わせようとしていなかった。「あ、ありがとう、ございました」
 えっと、俺何か感謝されるような事したっけ? ってかむしろこっちが感謝する側なんだけどなぁ。
「別に、全然かまわないよ」
 とりあえずそう言っておいた。

 
教室に戻ると、やはり誰もいなかった。うん、ラッキーだ。腹も減ったし、ここで弁当を食べちまおう。
 自分の席に座ると、スライドドアが移動する音が聞こえた。誰だ、とそちらを向くと、那岐だった。
「授業に行ったんじゃないのか?」
 すると彼女は視線を落とし、「どこかわからなかったんです」と小さく言った。
「へぇ、そっか」
 言葉が見つからず、俺はただそう言った。
 あと20分程で皆帰ってくるだろう。20分か……ならあいつらが来るのを待って一緒に食べたほうがいいかな。20分……ああ、20分もあれば誰かの机に悪戯できそうだな。とりあえず庵の席に何か仕込んでおくか。つっても何仕込むかなぁ。
 悪戯心が膨張し、俺の脳がただそれだけで満たされた。もう昼食を食べることなどとうに忘れ、庵やその他仲の良いクラスメイトに対する悪戯について頭がフル回転していた。――が、結局まとまらず、今日の所はやめておくことにした。
 する事がなくなり鞄から携帯を取り出そうとした時、那岐が隣に座っている事に気付いた。
 那岐は弁当箱を机の上に出し、じっと犬のようにそれを見つめていた。
「食べないのか?」
 我慢できなくなって質問した。すると那岐は顔を赤らめて、
「一人で食べる人は寂しい人だ、って言われたので」
 と言い、また弁当箱を見つめ始めた。その時、どこからともなく腹の虫の鳴き声が。那岐の腹からだということは安易に想像できた。
「一人、ねぇ」那岐から目を逸らしつつ、鞄から弁当箱を取り出した。「俺が一緒に食べりゃ、寂しい奴じゃないよな」
「え?」
 机を動かし、那岐の机に向けた。「ほれ、那岐もこっちに机向けて向けて」
「あ……」微かに笑顔を見せ、彼女は頷いた。「はいっ」
 互いに弁当箱を開けた。俺の弁当箱は相変わらず地味な組み合わせばっかりだ。おかしいな、直談判して、改善されるはずだったんだが。何故か見送られてるぞ。これは僕に対する挑戦状ですかね、お母さん。
 見比べるように那岐の弁当を覗いた。色とりどりで何とも可愛らしいお弁当なのだが……。
「な、那岐ってこんなに食べるの? まぁ俺が言えることじゃないけど」
 あまりにも那岐とギャップがありすぎる大きさの弁当箱。まぁ大食いな俺の弁当箱ももちろんそのサイズな訳だが。その大きさは弁当箱二個分と言った所だろうか。こんな多い弁当を、女子なのに一人で平らげるっていうのか、こいつは。
 俺の指摘に、那岐は怪訝そうな顔をした。「今日は少なめなんですが……」
 これで少なめ、ねぇ。まぁ人は見かけじゃ判断できないからな。これくらいのギャップがあってもいいんじゃないか? いや良いと思うぞ、俺は。
 全て食べ終わるのに大分時間が掛かった。俺と那岐がほぼ同時に食べ終わった時、丁度チャイムの音が鳴った。辺りがざわつき始め、足音が多くなっていく。
「でさぁ、ほんとにアレ美味かっ――ん? あぁぁぁ! カズぅぅ!」
 庵か。うっさいのが帰ってきやがった。
 庵に続き、他のクラスメイトと混じって理恵、巳柚、桜、記章、零夏が教室に入ってくる。
「あなた達、一体何時に着いたのよ。少なくとも11時以降でしょうけどね。学校の登校時間きちんとわかってるの?」
 予想通り、桜の厳しいお言葉をいただいた。まるで先生のようですね、桜さん。
「おいおい、そのへんにしとけって。西村にはどうせ捕まってるんだろ?」
「ああ」記章の言葉に頷き、桜に聞こえるように大きな溜息をついた。「かなり大変だったぜ。こってり絞られた。まぁ那岐のおかげで思ったより早く終わったんだけどな」
「へぇ、"那岐"ねぇ……」
 巳柚が気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「な、なんだよ」
「いや〜、まぁプレイボーイな和弘くんだからねぇ。手を付けるまで時間はかからないと思ってたけど、まさかここまで早いとは」
「巳柚、お前は一体何の事を言ってるんだ?」
 巳柚が向かい合った机を指差す。「それの事」
 今気付けば、クラスのほとんどの連中が俺を見ていた。心なしか寒気がするんだが……。
「和弘のやつぅ、くっそぉ羨ましいぜ」
「あの美人転校生と、俺らがいない間に……くっそぉ!」
「ただでさえいつも美人にかこまれてるのによぉっ」
 お、おいおい? やめてくれよ、男子A小林、男子B石山、男子C田中。そんな目で俺を見るなって。こ、コレが悪いのか? この向かい合ってる机が悪いのか?
「カズぅぅぅ、今日は僕もお前の敵になるぞぉぉぉ」
 顔を真っ赤にした庵が、目の色が変わったしまった男子生徒達を率いて俺の前に立ちはだかった。
「い、庵っ! おまっ、俺を裏切るのかぁっ!」
「だって! だってだってだって! カズが先に裏切ったんじゃないかぁ!」
 は、はい? お前は一体何を言っているんだい? 殴られたいのかい?
「僕ら"モテない連合"が体育の際に目の保養をしている時に、会員NO2のお前はぁぁ」
「ちょっと待て!! そんな如何わしい連合に所属した覚えはないぞ!! ってか体育の時間に何やってんだお前はっ」
「うっるさぁぁい! 僕らが虚しさを感じている時に、お前は安らかな満足感に浸ってたんだろーがっ!」
「俺はただ弁当を一緒に食べてただけだっ! お前が考えてるような事はしてないっ」
 身の潔白を証明する為に言った言葉だったのだが、逆に庵達に油を注いでしまったらしい。
「弁当を一緒に食べていた"だけ"だとぉぉ!」と小林。
「お、お、俺達はぁ、女子と弁当を食べる事さえ危ういのに!」と斎藤。
「自分が幸せ者だという事を自覚していないなんてぇぇ!」と石山。
「これは、これは、これはぁぁあっ、天罰が必要だぁぁぁっ!」と田中。
 まずい。まずい空気になってきた。記章以外のほとんどのクラスメイトの目が獣のように鋭く光って俺を睨んでる。く、喰われる。このままじゃ喰われる。
「逃亡必須! 逃げるが勝――ごほぉっ」
 教室の入り口に手を伸ばしたが、巳柚による急所への蹴りが入り、その場にうずくまってしまう。
 ハッ! まずい、この隙にあの人数で来られたら……っ!
「かかれぇぇぇぇ!!」
 庵の叫び声と同時に、男子生徒が群がってきて――。
「ウアアァァァァァァァァーッ! く、くっそぉ、巳柚、覚えてろ――ぐっぎゃああああ!!!」
 断末魔が教室内に響いた。



「こ、こんばんは一樹さん……」
「ああ、よく来た――って、どうしたんだい? 随分と疲れてるようだけど」
 放課後に人間守護機関の一樹さんの部屋にやってきた俺。肉体も精神も疲労し尽くしていた。結局男共にのしかかられた俺は……うう、思いだしたくないぜ……。
「さ、て。本当は隊員を集めて紹介したかったんだが、色々と不都合があったものでね。今日は座学といこうか。さ、座って」
 長テーブル前のパイプ椅子にゆっくりと腰掛けた。
「前回は殺喰についてちょこっと触れたね。今回は、喰討士(イートハンター)と殺喰の特性についてもう少し詳しく教えよう」
 水性ペンでホワイトボードにすらすらと何かをかいていく様は、まるで学校の先生だ。
「喰討士というのは俺達の事だ。刀や銃を用いて、俺達にしかない特殊な力を駆使し、戦う。何故あり得ない程の力が出るかは殺喰の特性の所で言うとして……その復習だが、殺喰の厄介な点は何だったかな?」
「えっと……」懸命に昨日の記憶を呼び覚ましていく。「人間の肉しか消化できない器官をもっている事と、皮膚がとても硬い事、心臓以外の箇所に攻撃をしてもすぐに再生してしまう事、ですよね?」
 一樹さんは頷き、ホワイトボードに描いた殺喰の絵の隣に、俺の言った殺喰の厄介な点を書いていった。
「その通り。殺喰は俺達喰討士しか倒せないような、ある意味俺達には都合の良い特性を持っている。だから、現れる殺喰が帰って行くのを追って行けば巣であろう場所にたどり着き、そこに総攻撃をしかければ奴らを殲滅させることも可能なんだろう――が、そこまで都合の良い話はなかった」
「どういう事ですか?」
「奴らは決まって夜に出現し、日の出と共に消える。それは……言葉のままの意味だ。夜しか現れない。日が出ると、奴らはどこかへ消えてしまうんだ。後を追おうにも消えてしまう」
 消えてしまう……? よくその言葉の意味がわからず、首を傾げた。俺の挙動を見て一樹さんが苦笑いを浮かべる。
「常識をまず棄てて考えてほしいな。消える、というのは消息が途絶えるとかそういう意味じゃなく、文字通り消えるんだ。跡形も無くなる。殺喰の死骸は"死骸"として残るが、生きている殺喰は朝になると姿が分からなくなる。つまり、消える」
「透明になるって事ですか?」
「まぁ近いかな。俺達の視界から嘘のように消えてしまうから、もしかしたら透明になっているのかもしれない。実際の所真相は解明されていないんだけどね。大勢の科学者の手を借りても、どうにも説明できない。だから対処のし様がない。悪気の放出も止んでしまうしね」
「悪気?」
 初めて聞く言葉に戸惑いと興味を抱き、すぐさま質問した。「"悪気"って何ですか?」
「ああ、説明してなかったか」
 また一樹さんは水性ペンを握った。殺喰と思われる絵をホワイトボードに描き、その周りを黒く囲った。そしてその黒い枠の隣に"悪気"と大きく書いた。
「悪気というのは、簡単に言えば殺喰の臭いのようなものだ。俺達はその臭いを探知する機械を使用して殺喰を見つけ出し討伐している。だが臭いを感じる人間は数少ない。まず普通の人間は全くその臭いを感じ取ることができない。しかし、喰討士は違う。まぁそれは君自身が体験したと思うが」
「俺が、ですか?」
「初めて殺喰と対峙した時、気持ち悪くなったり、黒い気持ちが生まれたり、全身に萌える様に熱い血液が回るような感覚を覚えなかったかい?」
 記憶が鮮明に浮かび上がった。そういえば殺喰と会った時……突然インフルエンザみたいな症状に襲われたり、嫌な欲求が生まれたりした。今思うととても苦い思い出だ。とても苦しかったし、凄く嫌だった。それにあの時俺はあろうことに零夏を――ううっ、身震いがするぜ。
「ははっ、どうやら嫌と言うほど体験したみたいだね」
「ええ、とても」俯き加減で頷く。「もう、思いだしたくない事ばかりです」
 あの時は気でも狂わせたかと思った。あまりの苦しさに、現実逃避して……俺の中の欲求が暴れ始めた。しかし性欲は恐怖、憎悪、高揚感へと姿を次々に変えていった。なるほど、そういう事だったんだな。少しほっとしたぜ。俺は狂ったわけじゃなかったんだ。
 手にもっていたコーヒーカップを机に置き、一樹さんが口を開いた。
「普通の喰討士なら、悪気に威圧された後、まず恐怖を強く感じる。そしてその場からすぐに逃げ出そうとする。だから覚醒してすぐに殺喰と戦うケースは少ないんだ。まぁ一部例外も居るが同じだ。戦いの最中で恐怖の念に支配され、戦意を失い、そしてその挙句に……喰われる。悪気に慣れていない者は、感情や力の加減を図ることができない」
「戦いの最中なら、俺だって恐怖を――」
「しかし勝った。君は恐怖を超え、あの化け物を打ち倒した。まぁ、一人の少女にその場面を目撃されてしまったが」そこで一樹さんは溜息をついた。「全く、現場を修正するのには苦労したよ。悪気によって筋肉が膨張していたから仕方がないけど。窓しか壊れてなかったものの、短時間で物音をできるだけ立てずに行わなければならなかったからね。地面の穴ぼこだってそうだ。多少不自然な箇所もあったが、事故のせいと言い訳する場所以外はなんとか塞いだ」
 反省しながらそんな話を聞いている中、突然ドアが開き、肌白で口紅を塗った、長い金髪を生やした背丈の高い女性が室内に足を踏み入れた。
「あら、一樹隊長。あなたは何もしていないでしょ? せっせと働いたのは私達第6討隊よ」
 冷たい視線を一樹さんに送りながら、女性は口を尖らせてそう言った。
「おやおや、俺としたことが運が悪い。最悪のタイミングに最悪の冗談を言ってしまった」
 わざとらしく顔を隠す仕草に、女性の顔は尚険しくなった。か、一樹さん何やってるんスか……。
「まったく、あなたという人は……。現場に居合わせたというのに全く働かないんだから」
「俺が出る幕ではないと思ったんですよ、ミス・ジョーン。第6討隊の大仕事を邪魔しちゃいけないですからね」そこで一樹さんは俺に向き直った。「木幡、紹介するよ。彼女が、殺喰による被害の修繕、偽造、隠蔽専門の第6討隊の団長ジョーン・トーリスだ」
 そこでようやく彼女は俺の存在に気づいたらしく、目を丸くして俺を見つめた。
「ああ、君があの時の特殊例ね」
「と、特殊例?」少し戸惑いながらも質問した。
「そう、特殊例。殺喰との初の戦闘で初の勝利をした、初の生存者。あなたの傷は私達が治したのよ。"救護専門"だから」
 初めは特別扱いされることに複雑な思いを抱えていたが、最後の一言が強調されていた所で吹きだしそうになった。どうやら一樹さんとの折り合いはそこまでよくない、いやむしろとことん悪いようだ。
「ところでミスジョーン。俺に何のようですか?」
 コーヒーカップをいじくりながら一樹さんは質問した。
「第7討隊のピカリ隊長があなたを研究室に呼んでたのよ」
「光隊長ですよ、ミスジョーン。なる程、そうですか博士が……」
「最近あなたと博士の仲がよろしいわね。一体どういうお話をしているのかしら」
 ミスジョーンの顔を見た時、背筋が凍る思いがした。水色の瞳から注がれる冷たい視線に、見る者を威圧させる力がこもっていた。
 しかし一樹さんは相変わらずへらへらとしていた。
「武器を作ってもらっているんですよ。第7討隊は研究開発部ですからね。殺喰をより速やかに抹殺でき、尚且つ喰討士の命を守ることのできる武器……その開発の話し合いです」
 その会話の流れで、第7討隊が第6討隊と同じように、非戦闘の討隊だという事がわかった。こういうのは漫画でもよくあるしな。想像力の勝利だ。
 ミスジョーンは鼻をフンとならし、出口に向かった。
「第3討隊は銃を使用する比率が一番高い戦闘師団だったわね。決して命を捨てるような戦い方をしない。迅速且つ確実に敵を討つ。隊員の死亡率も確かに第3討隊が一番低い。その実績を守る為に、新開発された武器はどこよりも先に使用する。……だけど、覚えときなさい」ドアノブに手をかけた所で、ミスジョーンは振り向きざまにキッと一樹さんを睨みつける。「あまり動きすぎない事よ。疑われたら最後。喰討士同士の戦いなんてもう二度と見たくないものね」
 ドアが勢いよく、大きな音を立てて閉められた。最初から最後まで凄い威圧感だった。あの人が救護専門の隊長? いや違うだろ。漫画であんな人が居たら絶対戦ってるよ。絶対刀振り回して周りを圧倒させてるよ……。
 一樹さんのほうへ目をやると、資料と書かれたプリント類に目を通しながらコーヒーをすすっていた。
「あ、あの……今の方は」
「ああ、大丈夫大丈夫。いつもあんな感じだからあの人。俺も最初はびびってたけどさ。だんだん慣れちゃった」
 表情一つ変えずそう言った。大丈夫、と言われても何が大丈夫なのかまったくわからない。
「何か疑われてませんでした?」
「そうだね。怒られちゃったよ」
「そ、そんなあっさりとしたものでしたか? あれ」
「あの人はいつも俺にああ言うから。っていうかあの人はどこの隊だって疑っているんじゃないかな。あの人今年で63だからね。長い間守護機関に居ると思う所があるんだろう」
 63!? と、とてもじゃないがそこまで歳とってるようには見えなかったぞ。てっきり30代かと思ってた。
 驚きのあまり、口をあんぐり開けたまま数秒呆けていた。大人の女性だと思っては居たが、思っていた年齢より30も上だと言葉が出ない。
「あはは、驚くよなぁ」俺の反応を見て面白そうに笑う。「今でも美人なんだから、もっと若い時には男が群がってきただろうね。あの事件に関わっていなければ、もしかしたら……」
 あの事件という言葉を口にした時、一樹さんは苦虫を噛みつぶす表情を浮かべていた。
 質問しようとしたが、一樹さんが立ち上がり、忙しそうにバッグに資料を詰め始めたので、何も言えなくなってしまった。
「さて、今日はこれまでだ。明日は隊員の紹介をしようと思う。今日は帰っていいよ」
 口に出そうとするのだが、どうも喉の奥あたりでつっかえてしまっていた。結局一樹さんはさっさと部屋を出て行ってしまい、俺だけが取り残されることとなってしまった。
 今度、"あの事件"とやらについて聞いてみよう。あのミスジョーンさんとやらが疑り深い訳を是非知りたい。
 ……さて、もう帰るか。


 オレンジ色の気持ちの悪い明るさで満ちた街を歩き、家路につく。その途中、俺は記章を見た。奴は俺に気付いていないようだ。記章はこの前着ていた赤いパーカーのような不思議な服を来ている。一見何かのコスプレをしているようで、利恵が喜びそうなものだと思った。と、いうかあいつは何をしているんだろう。今は人気も少なく、あの格好をしても格段多くの視線を浴びるわけではないのだが……でも堂々とあんな服で街を歩くもんか? もしかして、この街に殺喰が……?
 何か出来たら、と記章に声を掛けようとしたのだが、その決意は一瞬にして消えてしまう。
 俺に何ができるのだろう。
 一度は勝ったものの、前回は殺されかけた。もし記章が来なかったら、確実に死んでいた。そう、記章が来なかったら……。
 俺は弱い。でも、記章は強い。あいつは、比にならないくらい強い。――そう思うと、悔しさと羨望が俺の心を黒くした。
 結局、俺は記章に背を向け、夜の街の出口へと一人歩いて行く。


  2
 
 翌日の朝は、やっほー! と叫べる程ではなかったが快調なものだった。お目覚めぱっちりで、いつもと同じ時間帯に家を出ることができた。
 人間守護機関の第3討隊に入隊したが、今のところはあまり日常生活に支障はきたしていない。学校終わりに守護機関に顔を出せばそれでいいのだ。それに昨日の夜もらったメールによれば、毎日出勤ではないらしい。毎日守護機関に顔を出すのは隊長や研究開発部だけらしく、普通の隊員は殺喰が現れたという情報を聞き次第、武器を持って戦いに行けばいいということらしい。とはいっても俺はまだ訓練などを受けていないため戦わないらしい。ホッとしたような、もどかしいような。俺も早く記章のように戦いたい。記章……か。昨日、あいつは無事任務を遂行したのだろうか。いや、したんだろうな。あんなに強いんだから。あんなに……。
 雲がほとんどない青空に溜息を吐き、通学路をのんびりと歩いて行く。今日は学校で何をする予定だっただろうか、とふと考えた時、ある事を思い出した。――今日は修学旅行の班決めだ。俺の楽しみとしている楽しい楽しい旅行の下準備の始まり、と言った所だろうか。 
 修学旅行の事を思い出してから、足が軽くなったような気がした。楽しみでしょうがない。班は男子3人女子3人で構成するらしい。好きな人同士という、一部の人には少々キツイルールだったが……俺にとっては丁度いい。いやはや、本当に楽しみですなぁ。確か京都だったっけな。皆は残念がってたけど、俺中学の時風邪で休んじゃったから京都を満喫してないんだよなぁ。だから俺にとっちゃ初めての京都であり、初めての修学旅行。いやはや、本当に本当に楽しみですなぁ。
「な〜にニヤけちゃってるのさ」
 心臓が飛び上がりそうだった。
 気付けば巳柚が目の前に立っていたのだ。
「おまっ、いつからそこにっ」
「いつも何も、キミがにやけてる時には既に居たんだけど」
 顔が熱くなるのを感じた。そんな俺を見て、巳柚は意地悪な笑みを浮かべる。
「ははは〜、かわいいなぁ、和弘は。照れちゃいましたかぁ〜」
「う、うっせぇ。そんなんじゃねぇっての」
「いやいや、大丈夫だって、オレはわかるよ。ピンクな妄想をしてついついニヤけてるときに美少女巳柚ちゃんの登場だもんな。照れるのも仕方ない仕方ない」
「だぁぁぁ!! ピンクな妄想なんてしてねぇわぁっ! 修学旅行の事考えてたんだよ、修学旅行の事をっ!」
 そう言うと、巳柚はおもむろに残念そうな、つまらなそうな、よりこちらを不快にさせる表情を浮かべた。
「な、なんだよその顔は」
「いや……予想以上につまらなく、予想以上に少年らしい事だったから……な、なんかごめんな」
「あ、謝るなよ。何か俺がかなり可哀そうな奴みてぇじゃないか」
 巳柚は信じられない、とでも叫びそうな表情を俺に見せた。
 俺はひきつった笑顔を彼女に向ける。「お〜い、今度はなんだよ〜。お前もしかして、『まさか自分が可哀そうな奴だって事知らなかったのかよ』とでも言いたいのか〜っ」
「よくわかったな」
「殴っていいか?」
 拳を握る仕草を見せると、巳柚はへらへらとした笑みを見せながら駆けて行った。
「こらぁっ、待てやぁぁぁ!!」
 腕を振り、それを追いかけた。走ってる途中で、ふと思う。――俺、何度この通学路を全力疾走したんだろう……。
 学校にたどり着く頃には、既に意気消沈し、随分前に見失った巳柚の事さえどうでもよくなっていた。
 足が痛い。汗が酷い。肺がねじれる。
 おかしいな。俺って平和を守る戦士になろうとしてるんだよな? おっかしいなぁ、何で俺こんなんで疲れ果ててんだ? 何で悪ガキと戦ってるんだ?
「あ……」
 下駄箱に着いた時、那岐と出くわした。
「おはよ」短く挨拶をした。
「あ、おはようございます……その、お疲れですか?」
 汗だくな俺の顔を見て那岐は言った。
「まぁね。無駄な運動しちゃったんだよ」巳柚の下駄箱を睨みつつ低い声でそう言った。
「もしかしてみゆみゆにまたイタズラされた〜?」
 いつの間にやら利恵が俺を見上げていた。「利恵か。おはよ」
「うん、おはよー! っていうか大変だね、毎朝。カズっちっていつも何かしらの理由で全力疾走してるもんね」
 苦笑いを浮かべる利恵に頷いて見せた。
「ほんとだよ、全く。ってかお前くらいだよ、俺を理解してくれる優しい子は、さ」
「そうでもないよー! 皆カズっちの事わかってるよ〜」と親指を立てて利恵は微笑む。
 だが俺はとても信じられる事じゃなかったので、そうかぁ? と首を傾げて見せた。しかし利恵は、うん、と笑顔で即答した。
 俺の事を理解してる、ねぇ。何か変な風に理解されてるような嫌な予感がするんだけどなぁ。
「っていうか今日修学旅行の班決めだねー! なっちゃんは誰と班を組む感じ〜?」
 "なっちゃん"というのが自分だという事に数秒経ってから気付いた那岐は、もじもじとしながら答えた。「えと、その、まだ決まっていないです……」
 っていうか、突然"なっちゃん"て……。相変わらずの利恵節だな。尊敬するぞ、そういうとこは。
「そっか! 決まってないんだ!」嬉しそうに利恵は那岐の両手を握った。「なら利恵と同じ班になろ? ね、なろなろ〜、なろ〜よ〜」
「わ、私なんかでいいんですか?」
「うん! なっちゃんがいい! だってなっちゃん可愛いもんっ」
 那岐は少し首を傾げて、にっこりと満面の笑みを浮かべる利恵を見つめた。那岐にはわからないのだろう、利恵の笑顔の理由を。きっと利恵の目には可愛らしいコスプレをした那岐が浮かんでいるのだ。今回班に誘ったのはそういうことだろう。修学旅行で仲良くなり、そしてその後家に呼びこんで――いや、もしかすると修学旅行の段階で着させてしまうのかもしれないな。那岐はどんな格好をさせられるのだろうか。メイド? ナース? ブルマ? はたまたゲームのキャラクターか……あ、何か楽しみ――げほげっほ! じゃなくて、何だかあれだな、怖い物見たさに見てみたいよな、ウン。ほんとほんと。
「おー、何だ何だー。楽しそうじゃないか、りえっち。オレもりえっちの班に入れておくれ」
 涼しい顔で笑顔を煌めかせるそいつは、我が憎き敵、巳柚魔人だったのだ。
「み、巳柚ぅぅぅ!!! てめぇぇ!!」
 鞄で殴りかかったが、あっさり避けられた上に足をかけられ、俺は前のめりに倒れてしまう。これでも一応平和守ろうとしてます。これでも一応主人公です。
「おいおい物騒だなぁ、カズは〜。一体どうしたんだい?」
 廊下に思いきりぶつけた鼻をさすった。そしてゆっくり体を起こして巳柚を睨みつけた。
「お前のせいでこっちは無駄な運動をしたんだぞコラ。何か言う事はねーのか?」
「お疲れさん」
 ンググググ……な、納得できるかそんな言葉でっ!!
「まぁ、そんなことはどうでもいいんだよ」巳柚は俺を通り越し、利恵の前に立った。「で、りえっち〜、オレも入っていいでしょ?」
「うん! いいよ〜!!」
「と、いうわけで那岐ちゃん――いや、なっちゃん! オレも一つよろしく」巳柚は那岐に親指を立てた。
「あ、はい」那岐は少し戸惑いながらも、"なっちゃん"と呼ばれたのが嬉しいのか、優しく微笑んだ。「こちらこそよろしくおねがいします」
 ……なんだろう、この気分。俺ものすごく置いてきぼりにされてる感があるような。まぁ男1に女3だからね。1:3だからね。でもまぁ1:3くらいならまだ俺も話に入れ――。
「あ、私も入れてもらっていい?」
 今度は桜の登場だった。
「あ、さっちゃーん! おはようっ!」
 挨拶と共に、利恵が桜の大きな胸に飛び込んだ。気持ちよさそうに胸に顔をうずめる姿は、まるでやわらかいクッションに夢中な小学生だった。
「ちょ、ちょっと利恵ったら! は、離れなさい〜っ!」
 顔を真っ赤にして桜は利恵を離そうとする。しかし利恵はなかなか離れようとしない。「むふー、ぬふーやわらか――むきゃっ!」
 ようやく利恵をふりほどき、桜は疲労した表情で下駄箱に寄りかかった。
「ま、まったく……。で、私も入れてもらっていいかしら?」
 そこで俺が口を挟んだ。「でもグループって女子3男子3なんじゃないのか?」
 桜は首を振った。
「二つの班は数合わせで男子女子どちらかが4になるのよ。……ほんとは部活で一緒の子と零夏と班を組もうと思ったんだけど、西くん関係でちょっと、ね」
 あぁ、そうか。修学旅行の班行動と言っても真面目に班を組み続ける人は多くない。大抵はそれぞれ勝手に他の班とくっついてくからな。西もそういうクチだろう。あいつ、俺だけじゃなく桜も嫌いだもんなぁ。ってか桜よくそれを察したな。意外と空気が読めるってことか。
「なるほど、ね」巳柚が無表情で呟いた――と思ったら、急に怪しい笑みに変わる。「むっふっふ〜、なら班に入る代わりに、その大きなバストを……とりゃっ」
 とてもじゃないが男の居ていい場所ではなくなったので、俺は逃げるように教室へ駆けて行った。まったく、俺が居る事も配慮してほしいぞ
 ……それにしても、また西――か。


 修学旅行の班決めまで、俺はいつものようにだる〜く授業を聞き流していた。だから成績が奮わないんだな。納得納得。
 授業を流しに流し、そしてついにやってきた班決めの時間である。
「よ〜し、それじゃあ修学旅行の班を決めるぞ〜。自由に組んでいいからな〜、組めたら黒板に書きに行くんだぞー」
 担任のその声を皮切りに、教室が一気にざわつき始めた。
 俺の机に、庵と記章が歩いてくる。
「いや〜、つるんでるのが丁度三人だとこういう時便利だよな〜」
 庵の言葉に、記章が頷く。「ほんとだな。誰かが余る事もない人数だからわざわざ庵をはぶかずに済む」
「俺もそう思うわ」と手を挙げて同意した。
「ちょ、ちょ、ちょ〜〜〜っ!! いくら僕の事好きだからって、そこまでツンツンしなくてもいいんじゃないのぉぉ〜〜っ!」
 とわめき散らす庵を無視しつつ、俺と記章で利恵が率いる班へと向かった。どうせなら全員いつもつるんでるメンバーの方がやりやすいだろう。
「お、やっぱり来たな、小僧共」巳柚がニッと笑って俺達を出迎えた。
「きたな〜、小僧共〜」
 巳柚に続き、利恵も同じような台詞で小さい胸を張って出迎えた。そんな利恵を庵が犯罪者の一歩手前とも言える怪しい笑みを浮かべながら見つめていた。こいつロリコン? っていうかこいつ……いや、まぁ、いいか今は。
 とりあえず巳柚と利恵はなかなか良い雰囲気で出迎えてくれた。転校してきて間もない那岐も、少々ひっこみながらも一応は上手くやってるようで、利恵の制服の裾をぎゅっと握ってくっついていた。ここまでみればさえ先が良いように思えるのだが……問題は睨み合う記章と桜。やっぱりお前らか。
「聞いてないぞ? お前朱省とくっついたんじゃなかったのか、オイ」
「別にいいでしょうが。何、子供? あんたの幼稚さには目を見張るものがあるわね」
 ――まぁ見てて楽しいからどうでもいいか。
 さて、黒板に名前を書きにいくかなぁ。
「名前書きにいくの〜? 利恵もいくいく〜。なっちゃんも行くよね?」
「はい、行きます」
 利恵と那岐はべったりくっついている。ほんとに利恵は凄い奴だな……人間はおろか小動物とでも仲良くやってけそうじゃないか?
「って、俺だけでも書きにいけるっつの。何でお前ら来るんだよ」
「利恵自分の名前かきたいもーん! なっちゃんだって書きたいよね?」
 那岐がコクリと頷く。おいおいおい……。
「利恵、お前は子供か。っていうか那岐もこいつに影響されちゃ駄目だぞ。感性が子供になって、コスプレ好きになる危険性大だ」
「えーっ!」利恵が頬を膨らます。「コスプレいいじゃん〜! なっちゃんは良い物を持ってるから絶対可愛くなるもん!」
 言っている事が予想通り危ないぞお前。っていうか感性が子供ってのはいいのかよ。
「とにかく黒板の前に三人も行っちまったら、混んで周りに迷惑掛けるからお前らは席に座ってろ」
 何とか二人をなだめて、一人で黒板に名前を書きに行った。
 その時、零夏も黒板の前に来ていたのだが、何故か俺は口を聞くことができなかった。タイミングがなかったのもそうだが……最近俺はおかしい気がする。どうも零夏と距離を感じてしまうのだ。恐らく、西のせいだろう。どうしてあんな奴のせいで距離を感じなければならないんだか……。
 黒板から班のメンバーの居る机に行くと、皆騒がしい様子で出迎えた。
「利恵ね、利恵ね〜! なっちゃんと放課後お菓子買いにいくんだ〜! 楽しみ楽しみ」
 お前今からは早すぎ――っていうか遠足気分かよっ、とツッコもうと思ったのだが、
「楽しみ楽しみ」
 と那岐が利恵の後に続いて言ったので、驚きのあまり言葉を失ってしまった。もう影響されちゃってるよこの子。コスプレの餌食になる日はもう近いな。
「あ〜、いいなぁ、僕も付いてっていい? っていうかついてっちゃうね、僕!」とよだれを飛ばしながら言う庵に、
「お前は変態か。いや、変態だ。っていうか今日バイトあんだろ、お前」と記章は言いつつ、丸めた修学旅行の資料で思い切り庵の頭を叩いた。良い音がその場に轟く。
「いってぇぇぇ!! おいおい! 何で!? 何で僕叩かれたの!? 僕お前に叩かれるような事言った? 彼女らには叩かれていいとしてもお前にはないわぁっ!」
「いや……なんかとても叩きたくなったんだ。仕方ないだろ?」
「なんでだよっ! そんな気持ちになる要素どこにもなかったでしょ!? ――って痛い痛い! 髪引っ張ってるの誰さっ!」
 まぁ、犯人は巳柚なわけで。全く、本当に騒がしい奴らだ。
 手を繋いでじゃれ合う那岐と利恵。庵をいじり続ける記章と巳柚。それを見守り、苦笑いを浮かべる桜と俺。
 はてさて、旅はどうなるやら……。


 放課後、俺は皆と別れ、一人でアカツヤビルへと向かった。記章は陸上部の練習に勤しんだ後に来るらしい。凄い奴だなぁと思いつつ、少し悔しくもあった。何故? そんなの良くわからんさ。
 アカツヤの警備員が引きとめるのは夜だけらしく、エレベーターまですんなりと向かう事ができた。エレベーター内で、一樹さんからもらったコートのような謎の衣服を羽織る。そうすると、エレベーターが自動で地下へと動き始めた。どうやらこれが人間守護機関本部に入る鍵のようなものらしい。全く、それならそうと最初から説明してほしかったものなんだが。昨日なんて実は結構エレベーターの中で戸惑ったからなぁ。言ってなかったけど、数十回間違えちゃったからなぁ。あれは恥ずかしかったぜ……。
 数分して、ようやくエレベーターが目的の場所に降りついた。そこから一樹さんの部屋に向かった。しっかし、本当に広い。道を間違えでもしたら迷ってしまいそうだ。
 一樹さんの部屋の前までたどり着いた。「失礼します」
 ドアを開けると、多くの視線が飛んできた。あ、そういえば今日は隊員の紹介をするとか言っていたっけか。そ、それにしても……何だろう、この人達は。怖い、すごい怖いんですけど。ほとんどの人の髪の毛は天然の色ではなく、染めてないとしてもスキンヘッドな人が居たり……あ〜、何かクローズな空気だよね。閉じてる閉じてる。
「思ったより早かったね」一樹さんが穏やかな表情で言った。「こっちもさっき揃った所さ」
 にしては皆さんの表情が芳しくないんですが、どういう事なんでしょうか。っていうかよくこんな空気で普通にしてられるな、あなたは。かなり浮いてるじゃないっすか。
「じゃ、俺は会議があるから。あとは頼んだよ、副隊長」
 一樹さんが金色の髪をツンツンに立たせ、耳のいたる所に金属が刺さっている、見るからに厳つい少年の肩をぽんっと叩いた。副隊長と呼ばれたその少年は一樹さんと俺を交互に見て、「うっす」と低い声で言い、頷いた。
 ……えっと、一樹さん出てっちゃうの? 俺はこの暴走族のような人々とどういうコミュニケーションを取っていけばいいのでしょうか? ってか目がチカチカしてくるな。赤とか黄とか茶とか銀とか……肌色とか。
 入口のドアが閉まった途端、室内がざわつき始めた。まずスキンヘッドの男が隣に座っていた赤髪の男にどつき始め、そこから緑、青、銀と波のように伝わっていった。困惑する俺に、副隊長の少年が声を掛ける。
「おい、新入り。ちょっと皆の前で自己紹介してくれたまえよ」
 こ、この空気でですか!? 誰一人聞きそうにないじゃん! 皆耳普通じゃないし! ようやく黒髪の人見つけたって思ったら耳銀ばっかだし、スポーツ刈りの人居ると思ったら、舌出した時やっぱり銀があるし! 舌ピアスって何でやっちゃったんですかっ。
「ほら、早く」と副隊長さんは急かす。あまり待たせても怒りを買うだけだろう、と思った俺は、諦めてホワイトボードの前まで歩いて行った。
 しっかし本当に騒がしいなぁ。まるで崩壊したクラスの授業みたいじゃねぇか。あーあー、シャーペンが飛び交ってる。あ、スキンヘッドに刺さった。――いやいや、自己紹介自己紹介。
「あー、えっとー、俺は――」
「おいテメェらぁぁっ!! 静かにしやがれよ!!!」
 副隊長さんが凄い形相と叫びで騒がしい一同をだまりこくさせた。あの、余計に話しづらいんですけど……。
「えと、俺は……――」


 自己紹介をひとしきり終えた俺は、副隊長に連れられたエレベーターで、どこかへと向かっていた。一体どこに向かうのだろう。質問したいのだが、副隊長さん怖くて……。 
 そういえばまだ名前も聞いてない。っていうか第三討隊の人で名前を知っているのは一樹さんくらいだ。自己紹介も俺だけで終わってしまった。結局隊の人々の名前などはおろか、副隊長さんの名前さえ教えられないまま、俺は連れてかれてしまったのだ。
「木幡」
 副隊長さんが俺の名前を呼ぶ。
「これからお前には防護服と武器を選んでもらう。つっても、ほとんどオレがしぼっちまうけどな」
「防護服に……武器?」
「ああ。殺喰に丸裸で挑むわけにもいかねぇからな。自分に合った防護服……まぁ俺らは戦闘服(バトルコス)って呼んでるんだが、こいつを選んで着ない事には何も始まらねぇ。武器も大事だが、身を守る防具ってのも必要ってこった。この戦闘服にも色々な種類があるんだが……まぁそれは専門の奴に話してもらった方が早い。あとは武器か。こいつは――っと、着いたな」
 エレベーターのドアが音を立てて開いた。俺の目の前には、天井が低く、壁と壁の幅も人が2、3人程という、まるで大きなパイプの中にでもいるような……そんなうす暗い通路がずっと続いている。どこか埃臭い。いや、どぶの臭いだろうか。よく見ると天井には細いパイプが何本も通っている。あれから漏れ出した臭いだろうか。……それにしても、嫌な空間だ。まさに地下室、といった感じだろうか。この通路みたいのが、本来地下に通っているものなのかもしれない。
 足音が響く。しばらくそんな狭く小さなトンネルを歩いていた。副隊長が、紅いバツ印が塗られたドアの前で立ち止まる。それまで様々なドアを見つけたが、どうも人が入ってはいけないような雰囲気を醸し出していた。それはこのドアにも当てはまる。何で紅でバツなんて書くんだよ。何かありそうじゃねぇか。
「お〜い、死の商人さんよぉ。ちょっと邪魔するぜ」
 副隊長さんはそう言って、そのドアをゆっくりと開けた。錆びた金属の擦れ合う音が耳を襲う。まったく、この施設はどんくらい前からあるんだ?
「……おお、おう、おう。おめぇさんはケンちゃんかい」
 部屋の中央の机に座る、黒マントを全身に羽織った老男が、しわくちゃの顔に笑みを浮かべた。その部屋には青や赤や黄など様々な色のランプや、針の部分がどうも牙に見えて仕方がない真っ赤なミシンが置かれており、どこか不気味な雰囲気を漂わせている。男の背には壁一面に棚が広がっており、棚の引き戸の一つ一つに紅い文字で名前が書かれていた。一体何なんだここは……。
「その呼び方はやめろっつたろジジイ。昨日話した新入りだ。戦闘服を見立ててもらいてぇんだよ」
 不機嫌そうに副隊長さんは老男を睨んだ。老男は何が楽しいのかにやにやと嫌な笑みを浮かべている。
「そうかそうか……あれが来なすったか……、ククク、運命とは残酷なものよなぁ」
 要領を得ない事をぶつぶつと口にしながらも、老男は席から立ち、棚をいじり始めた。最下層の引き戸を何度も調べている。
 副隊長が溜息をつき、俺に耳打ちした。「あんまあいつの言う事気にすんなよ。運命がどうとか言ってたが、ちょっとあいつ頭のネジが何本か外れてんだ」
「は、はぁ」ただたじろぐことしかできなかった。「っていうか、あの人は誰なんです?」
「ああ、あいつな。あいつは、人間守護機関第7討隊副隊長ボルドー・ガーデスだ。通称死の商人って言われてる。第7討隊は知ってるか? 兵器開発をやってるとこなんだけどよ。そこの防具の開発を主に担当してる。人間守護機関が開設された時以来ずっといるらしいぜ」
「ってことは結構偉いんじゃないっすか? 何でタメ口……」
「ああ、気にくわねぇからな。あんなのと同じ副隊長ってのがまず気にいらねぇし、あの物腰、言動、っていうかもー全てが気にいらねぇわけよ」
 まぁ確かにわからないでもない。正直あまり関わりを持ちたくない空気を纏ってる。それはヤンキーな副隊長さんも、違う意味では同じなんだけど。
「おお、あった、これだ」ボルドーが目を輝かせて黒い衣服を抱えてきた。「これだよ。これがな……あれに、っとと、おまえさん専――とと、おまえさんに一番合った戦闘服よ。おでが……、おでが作ったんだ。お、おめぇの為に、なぁ」
 何故かボルドーは興奮した様子だった。俺は戸惑いつつも、頭を下げて黒い衣服を受け取った。どさりと腕に重みが加わる。結構重たいんだな……。
 俺が重たそうに戦闘服を持つ様子を、副隊長さんは何故か不思議そうに眺めていた。
「おいジジイ。こいつのはこれで決まりなのか? オレとか他の奴らみてぇに数個の中から選ぶんじゃねぇの?」
 ボルドーは首を振った。「いい。おではもう言われてたのよ。この服をあれに渡せとなぁ」
 さっきから"あれ"と呼ばれてるのは俺の事だろうか? 少々腹が立つが……。それにしても、言われてたっていうのはどういうことだ? 一樹さんに言われてたとしても、俺の為に作ったって――とと、あまり気にしちゃいけないんだったか。
「……まぁ、いいや」副隊長も同じ考えにたどり着いたのか、ボルドーに背を向けた。「ちっと訓練した後ピカリ――光隊長の気光銃を見たいんだけど」
 ミスジョーンを思い出して、ついつい吹きだしそうになった。ボルドーは何もなかったように副隊長に答える。
「今日は武器の取り扱いはしてないのでなぁ。また今度きな」
 その返答に、副隊長は舌打ちをする、が仕方ないと自分を納得させたのか、
「おう、わかった」と言って頷いた。「よし、木幡、次行くぞ」
 はい、と返事をして副隊長さんの後についていく。そしてボルドーの部屋を後にしようとした時だった。
「くくく……ようやく話がはじまったはじまった。こいつは面白い事になる……くくく」
 気にはなったが、副隊長さんの後に遅れるわけにもいかなかった。
 そのまま、俺はその部屋のドアを閉めた――。


 エレベーターの中。今度は上に上がっていた。今度は1分も経たない内に目的地にたどり着く。細い廊下をしばらく進んだ後に、厳重にロックが掛けられたドアがあった。副隊長さんがカードを取り出し、差し込み口に挿入した。そして出てきたキーボードにパスワードを入力し、指紋まで確かめ、もう一回パスワードを入力し……そして眠くなった頃にようやくドアが開いた。
「うし、おい木幡。ちょっくらそれに着替えろ」
 俺が抱えた黒い衣服を指さし、副隊長はそう言った。
「え? 今、ここで、ですか?」
「ああ、今、ここで、だ。何だ? 野郎相手に恥ずかしがってんのかぁ?」
 そういうわけじゃないが……いや、ちょっとは恥ずかしいけど。しかし着替えなければ何を言われるかわかったもんじゃない。少々戸惑いながらも、制服を脱ぎ、Tシャツ&トランクス状態になってから、重たく厚い生地の黒い衣服に着替えた。前がチャックになっており、襟が高く立った長袖のコート。ズボンはジーンズのような生地で重たい。だが鋼の鎧ではない。こんな服で本当に殺喰の攻撃を防げるのだろうか。
 俺が気終わったのを確認し、副隊長が口を開いた。
「よし、似合ってる似合ってる。……そんじゃ、これからお前にはオレと戦ってもらうぜ」
 ふんふん、副隊長と戦――え? えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?
 眠気が一気に吹き飛んだ。そんなバカな。さっき訓練つってたけど、副隊長と戦うってことだったのか!? 
「い、いきなりすぎるっすよ!!」
 率直な感想を適切に述べた。副隊長は嫌な笑みを浮かべる。「大丈夫だ。最初だからな、手加減はしてやるよ」
 いや、そういう問題じゃなく……。
「よし、行くぞ。あんまりセッティングの人を待たせちゃ悪いしな」
「セッティングの人?」
「ああ。ちょっとした細工をしなきゃなんねぇからな。――って無駄話はこれくらいにしておこうぜ。さっさと訓練だ訓練」
 逃げたかったが、襟首を掴まれてしまった。そのまま俺はドアの向こうへと足を入れる。
 声をあげそうになった。そこは今まで来たどこよりも大きな空間だった。いや、そう見えただけかもしれない。辺りは砂埃が立っており、あまり遠くは見わたせない。まるで砂漠のようだが、何故か砂が俺の肌に触れる事はなかった。どういう仕組みなんだろう。と、いうかこんな場所が地下にあったのか……。
「どうだ、凄いだろ? ここは第3討隊専用の訓練所で、どの隊の訓練所よりも優れてるんだぜ」
 子供のように目を輝かせて副隊長は言った。まぁ確かに見れば凄い機能だってのは分かる。だけどこの砂嵐に一体何の意味があるんだ?
 問いかけようとしたその時、足元から柱が出現し、その柱から竹刀が飛びだしてきた。これが訓練用の武器ということだろうか。俺はその竹刀を拾い上げ――お、重い……っ!
「喰討士用の竹刀だ。これで戦わないことにゃ訓練になんねぇからな」
 副隊長は軽々とその竹刀を持ち上げて見せた。
「ちょ、待ってくださいよ。こんなんじゃまともには戦えませんって!」
「大丈夫だ。もうすぐで……おお、来たぜ」
 その瞬間、砂嵐が激しくなり、副隊長さえ見えない程になった。そして……あの時の不快感に襲われた。頭痛と、心がえぐられるかのような気持ち悪さ。だが――先程までまともに持ち上げられなかった竹刀が、急に軽くなった。まるで重みを感じない。
「この砂嵐は悪気を摸したもんらしい。だから俺達は殺喰が近くに居た時のような身体能力を得ることができる。もちろん相手が人間だから、殺喰相手程の威力ある攻撃を繰り出す事はできないが、まぁ訓練だからな。そんな攻撃はしなくても大丈夫だろう」
「……そ、そうですね」
 声が震えていた。相手は人間だ。殺喰っていう化け物を一緒に倒す仲間だ。そう自分に言い聞かす。しかし、どうしてだろう。何故なのだろう。
 憎い。
 何も理由がないのに、目の前にある影が憎い。
 殺したい。
 打倒してやりたい。
 俺の前に跪け、許しを請わせ――やめろ! やめろ……やめてくれ。何考えてるんだ。俺は、クソ、何なんだこれは!
「大丈夫か?」頭を押さえる俺に向かって、副隊長は言葉を投げかけた。「2回じゃまだ悪気には慣れないのか……。俺は一回で慣れちまったが」
「大丈夫――」
 その瞬間、俺の中の何かが切れた。 
「――じゃねぇっ!」
 竹刀をギュッと握り、影に向かって斬り込んだ。もう自我が利かなくなっていた。
 しかし、振り下した竹刀は受け止められ、そしてそのまま振り払われてしまう。心の中に憎悪の念が浮かんだ。
「おいおいおい、慣れてねぇのは許すけどよぉ。このオレにタメ口ってのぁ気にいらねぇな」
 笑みを浮かべて副隊長は言った。その顔は、より俺を苛立たせる。
「……副隊長さんよぉ。俺はあんたの名前をまだ聞いてないぜぇっ!」
 駆ける勢いを乗せ、思い切り竹刀をフルスイングする。勢いの乗った重い攻撃だった、が副隊長はそれを後方へ思い切り跳んで避ける。舌打ちをする俺に副隊長は笑って見せた。それが悔しくて、また竹刀を振る。そしてまた振る。受け止められ、流され、避けられ……俺の攻撃は中々当たらなかった。
 気がつくと俺は副隊長の姿を見失っていた。
 クソ、どこに居やがる!! 
 出てこい。
 出てきやがれっ。
 竹刀を握りしめ、辺りを警戒した。――背後から何かが迫る気配を感じる。
「後ろかァァァァッ!!!」
 振り向き様に竹刀をフルスイング。竹刀と竹刀が折れんばかりの勢いでぶつかる。だが、竹刀は双方折れる事なく、軋みながらも互いを押し合っていた。
「そういや言ってなかったなぁ、オレの名前をよぉっ!」
 竹刀を振り下そうとする俺の腹に蹴りが加わる。隙が出来た俺の頬に竹刀が迫る――。
「オレの名前は、伊藤 賢治(いとうけんじ)だっ!」
 その言葉が終わらない内に、俺の身体は宙を舞っていた。
 伊藤 賢治……っ! 九十九市に溜まっていた暴走族を、たった1人で挑んで壊滅させたっていう……。ま、まさかそんな化け物級の人が……――。
 いつの間にか俺の意識は闇へと堕ちていた。


 強い光だった。瞼を開こうとも、中々開けない。眩しい。どうしてこんな眩しいんだ。どこだ、ここは一体――?
「よぉ、起きたか」
 見ると、賢治副隊長が傍らの椅子に座って俺を見つめていた。身体を起こす。部屋を見渡すと、医療用と思われる薬品が多く棚に置かれ、ガーゼや湿布などもケースにしまってあった。どうやらここは医務室のようだ。
「わりぃな。それくらいで気絶するとは思わなかったんだ」
 頬を指さされる。腫れあがっていると思ったがそうでもなく、傍にあった鏡を見ると多少赤くなっている程度だった。
「喰討士は悪気の中で出来た傷の場合、あまりダメージは大きくない。攻撃だけでなく、身体の防御力も上がっているんだ。まぁもちろん殺喰の攻撃は脅威的な威力を持っているから、くらっちまったらひとたまりもねぇんだけどよ。だけど人間から受けるダメージなら、それに打撃ならさほどでもない。だからあれくらいの衝撃ならまだ起き上がってくると思ったんだが……」
 "あれくらいの"という言葉を聞いた時、まさか、と文句をつけたかった。もの凄い衝撃だったじゃないか。もの凄い勢い……あれ? いや、おかしいな。俺、副隊長に何をして、何をされたんだったか……?
「俺は……何したんでしょうか? 良く分からないんですけど、賢治さんと戦ってる時の記憶があんまりないんです」
 記憶は薄ら浮かぶ程度だった。戦う前までの記憶ははっきりしているのに、何故か戦闘の最中の記憶はとぎれとぎれ浮かぶくらいなのだ。まぁ、ほぼ一瞬で戦いが終わったって事は覚えてるけど。
「まだ悪気に慣れてねぇんだろう。大丈夫、これから訓練してきゃいいさ」賢治副隊長が、少し申し訳なさそうに俯く。「次回はもっと手加減する。だから許せ、な?」
 俺は頷いた。少し意外だった。こういうタイプは中々そういう態度を見せないものだと思っていたのだ。ましてや暴走族を1人で潰した男だ。もっと自分勝手で傲慢で、横暴なイメージも浮かぶというのに。だが実際そのギャップは俺に好印象を与えていた。いや、もしかしたら他の隊員もそうなのかもしれない。この人のそういうギャップに惹かれ、敬っているのかもしれない。
「立てるか?」
 俺は頷き、立ち上がった。少しクラクラする。立ちくらみだろうか。
「今日はとりあえず解散だ。だけど、明日からびしばしと訓練を再開すっからな。ま、覚悟しとけよ」
 "覚悟しとけよ"の部分での賢治副隊長の顔が鬼に見えて、俺は震えあがりそうだった。

 
 夜の道。身体の節々が痛かったが、何とか家路についていた。明るい街から一転、暗くなる田んぼ道を、のんびりと歩いて行く。明日はきちんと理性を保てたら良いな、とか、もっと強くなりたいな、などという輝かしい自分の活躍を思い浮かべていると、道のりが短く感じられた。しかし厳しそうだ。あの悪名高い賢治さんの訓練だもんなぁ。ああ、大変そうだ。身体がついていけばいいんだが。――道のりが遠く感じられた。
 住宅街に入った時、街灯に照らされて青白く見える女性を見つけた。始めは遠くに居て判断がつかなかったが、歩いて行くと巳柚だということに気付いた。おかしいな。アイツの家ってこっちだったっけ?
「お〜い、巳柚〜〜っ」
 とりあえず声を掛けることにした、のだがアイツは振り向かない。感情の無い顔でどこか一点を見つめ、ふらふらと見つめる先へと歩いて行った。不審に思ったが、きっと俺の声が聞こえなかったのだろう、と自分を納得させて自宅へと向かった。身体が疲労で悲鳴を上げていたので、あいつに構う程の体力がなかったのだ。
 でも、よくよく考えればやっぱおかしいんじゃないか?
 ――だって、5メートルくらいの所で呼んだんだぜ?


 3

 筋肉痛だらけの身体で、俺は学校へと向かう。全く、世の高校生は土曜で休みだというのに……はぁ、鬱になるぜ〜。
 我が下崎高校には、土曜日にサタデープランという模試対策の授業をするふざけた学習指導方針があり、月に二回、俺達は青春を自由に謳歌できる貴重な休日である土曜日を削られてしまうのだ。俺はそんな学習指導方針があるなんて全く知らないで入ったので、サタデープランの存在を知った時、後悔と憤怒に身体を支配された。……いや、特に何も起こしていないんだけどね。
 それにしてもサタデープランってどうよ。日本語に訳すと土曜日計画って何かちょっとあるSFアニメを思わせるクールさがあるけど、結局学校側に利用されてるだけだからね。模試で良い成績を我が校は残してますよ〜って言いたいが為に開かれてるようなもんだからね。俺らは躍らされてるの。俺らは学校側に良いように使われてるだけなんだよぉぉぉっ!!
「つっても結局オレ達は学校に向かう訳なんだがな」
 ああ、だってそれしか手がないからな。休んだら後で呼び出しくらうし、遅刻したら職員室で個人指導を受けることになるしな。
「学校の策謀から逃れる道はないってことだな」
 悔しいけどそうだ。結局俺達は糸人形。その糸を切る術なんて――ん?
「どうした?」
「いや、どうした? じゃなくてさ。お前いつの間に俺の横に居たわけ?」
 その俺の問いかけに、巳柚はにぃっと笑って答えた。「お前が学校に対する悪評を言い始めた時から」
「いやいやいや、待て待て。俺は心の中で下崎高校の土曜日計画を批判していたんだぞ? 何でお前は俺の心の声を聞く事ができるんだ? ま、まさかお前、エスパーかなんかの類じゃ……っ」
「フフフ、バレてしまったか。実はオレ、人の心の中を覗く事ができるんだ」
 や、やっぱりぃぃぃ!! 前も心を覗かれた事が何回もあった! や、やはりそういうことだったのかっ。
 巳柚は余裕の表情で俺を見つめる。何てこった、俺はどうすりゃいいんだ。こんな奴に心を覗かれちまったら、これからの日々地獄の毎日……ん? 
 巳柚がうんうんと頷いていた。俺の心の声にしたがって、だ。
「ま、またお前、俺の心の声を……っ!」
「まあね」
 巳柚が悪魔の笑みを見せた。
「だって、和弘心の声実際に口で発してるからね」  
 ――えっ。


「なんだよ〜〜、マジ焦ったぜ〜〜」自分の机に座り、立っている巳柚を前にして溜息を吐いた。「てっきり心の声を聞かれてるって思ってさぁ〜。プライバシーもクソもね〜って思っちゃった」
「和弘はほんとにおもしろいね〜バカだね〜クソアホだねぇ。ほんとに退屈しないよ」
 こ、このやろぉ……さりげなく散々言われてるぞ俺。
「う、うっせぇっての! いっつも散々コケにしやがって……」
「コケにしやすいんだからしょうがないだろ?」
 そんな言葉で納得できるかっ!
「っていうかお前昨日俺の事無視しやがったろ」コケにする、という言葉で俺は昨晩の事を思い出した。「あんな大声で呼んだのによぉっ。ったく、虚しさと寂しさと恥ずかしさを感じたわっ!」
 先程まで緩んでいた巳柚の頬が、突然元の形に戻る。「はぁ? 何の事を言ってんだよ」
 またもやコイツはしらをきりますかぁぁっ。ほんとに苛立たしいぜ。人を苛立たせる本を出させたら売上100万部突破するんじゃないか?
「昨日俺ん家の近くに一人で歩いてたろ? ぼ〜っとしながらさぁ」
 俺がそう言うと、ますます巳柚は「おまえ大丈夫か?」みたいな表情を浮かべて俺を見つめた。それはこっちがするべき表情なんですけどねぇ巳柚さん。
「和弘何言ってるの? オレは昨日外出してないってば。学校から帰った後は寂しく一人でゲームをしておりましたっと」
「いやいやいや、言い逃れしようたってそうはいかねぇぜ? 確かに俺は見たんだっての。かなり近くで見たんだから間違いねぇよ」
 ますます巳柚は眉を寄せた。全く理解できないとでも言いたげな表情だった。
 ……どうも嘘をついてるようには思えなくなってきちまった。いつもの巳柚ならここまで意地を張って嘘を吐きはしない。というか、嘘をついてるときは大体目が泳いでたり、顔には笑みが浮かんでたりするのだ。しかし今回はどうもおかしい。明らかに俺の頭を心配してるかのような生温かい目を向け、しかし何か不審だ、と眉を寄せている。
「お前……ほんとに昨日は外出してないのか?」
 巳柚は頷いた。っと同時に何かを思いついたようで、ぱっと笑って顔を上げた。
「そうか、分かったぜ!」
 俺は真面目に巳柚の導きだした返答に耳を向けた。
「和弘はオレの生霊を見たんだな、ああそうだ、そうに違いないぜ!」
 思わず椅子からずっこけていた。生まれてこの方リアルに椅子からずっこけたのは初めてだぞコンチクショウ。
「お、お、お前なぁ……そんなわけ――」
 身体を起こそうとした時、何かが俺の上にのしかかった。何だこりゃ? と思う間もなく俺の頭は急降下し、床に思い切り不時着したのだった。痛みと苦しさに声を上げる所だが、のしかかられているので思うように声も出ない。一体何なんだ、と顔を上げてのしかかっている何かを見ようとするのだが、顔に何やら柔らかいものが押しつけられていて目を開けても暗闇しか広がっていない。おまけに良い匂いまでしやがる。何だか、気持ちよくて眠りを誘われ――ん? 
 柔らかい? 
 良い匂い? 
 気持ちいい? 
 やべ、何だかエロスイベントの予感が……。
 だってよく考えたら周りから男共の悲鳴が聞こえるよ? これは間違いなくモテない連合の声ですよ? ちょっとタンマ、良い予感と嫌な予感がミックスされて複雑な味のジュースが出来る予感。って何か思考回路もやばくなってきた。
「す、すすすすいませんっ!!」
 この声は……な、那岐さん!!?? なっ、まさかこの柔らかいブツの持ち主は那岐さんなのかっ!? え? っていうか那岐の柔らかいブツってことは、この柔らかいブツはつまり……。

 アレ、決定ですねコレ。

 や、まて、考えるな。心を無にしろ。むしろ心を白にしろ。いや、決してダジャレを言ったわけじゃない。これはマジで男の信頼とプライドに関わる問題だ。男子諸君にはわかるはずだ。女子諸君にはこの状況における男子の危険がわからないだろうが、男子ならわかるはずだ。ホラ、わかるだろう? この状況やばいだろ? 意識したらやばいだろ? やばい事がバレたらやばいだろ? 落ち付け、落ちつくんだ俺。俺の顔に押し付けられているものは……クッションだ。他の何物でもない。クッションなんだ。
 よし、落ちついた。血流の流れがだんだん収まってきた。とりあえず退いてもらおう。
「なぎひゃん、ふぁずほこをふぉいていただき――」
「ひゃんっ、ちょ、しゃべらないでくだ……ひゃっ」
 あわわわわわわわわわぁぁぁぁぁぁぁあああっっ!!! ちょ、ちょやめ、そのセクシーボイスやめ、ああああぁぁっ、やばい、やばいよコレ。ちょっと血流よくなってきた。全身に温かい血液が回り始めてきたっ。そして血液がターミナルに集結し始めてきた! やばいやばいやばいやばい!! 何コレ、防ぎようないじゃん。どう動こうが駄目じゃん。ってか動いちゃだめじゃん。何一つ出来ないじゃん! マニアクスモードのルシファーにレベル1の人修羅一人で挑むようなもんじゃん! いやいや違うねコレは、ジオングにボール単騎で挑むって感じかな? え、まだわからない? 要は紙飛行機で戦闘機と空中線を繰り広げるってこと! 自転車でF1レースに参加するようなこと!
「アイタタターッ! ごめんねなっちゃん! 利恵ね、利恵ね、まさかおっぱい揉んだくらいで倒れるとは思ってなかったんだよぉ」
 利恵ぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ、犯人はてめぇぇかぁぁっ!! っていうか人二人分の重さがあるなぁと思ったらお前も乗ってやがるなぁ!! さっさとどけやぁっ!!!
 って叫びたいのに叫べない。むしろ自然の摂理に従って、このままこの柔らかい神空間を楽しむのもありかも――いやいやいや、あきらめるな俺。そんな行き当たりばったりで変な気を起こしてたらねぇ、挙句の果てには腹ぶっ刺されて首まで切られてボートで運ばれて行っちまうわ。誠の心を持って誠の男にならなきゃ駄目だわ。いや、でも名前まで誠になっちゃったら駄目ですよね。
 とりあえず俺は押しつぶされてない腕を何とか振り、「どけ、頼むからどいてくれ」というジェスチャーを送った。
「え、なになに〜? 利恵とハイタッチ? イエ〜ッイ!」 
 パアァンっと良い音を立てて俺の手と利恵の手がぶつかった。いや〜気持ちいいね。いい音が出るとより気持ちいい。ほんと良い気分になるよね。
 何か違くない?  
 俺は祝福の意を込めたジェスチャーをしたんじゃねぇよっ。これじゃ俺マジ変態じゃねぇかっ。胸の感触を喜んでるただの変態じゃねぇかよぉぉっ!!
 何とか違うという意を込めたジェスチャーをしなければ、と俺は人差し指と中指でバッテンを作ってみせた。利恵くらい単純な奴ならこれで俺の意が多少は通るはず……。
「そ、その指の形はぁぁぁぁっ!!」すると何故だかわからないけど庵という変態下等生物が反応してくださった。「や、やばいぞ! アイツ、アイツとてもじゃないけど言葉にはできない卑猥な事をする時の手をしてやがるっ!!」
 ――へ? そんなん知るかぁっ! っていうかこの指の形ってそういう事に使う手なの!? マニアックすぎるわ!! 何でお前んな事知ってやがるんだあぁぁぁっ!
「おい、お前ら! モテない連合の名にかけて、この変態から利恵と那岐ちゃんを守るぞ!」と斎藤。
 変態お前らお前ら!!
「クソ、こんな変態な奴見たことないぜ」と小林。
 鏡見ろ鏡!
「え〜、和弘変態なの〜?」と利恵。
 女性の胸を平気で揉むあなたの方が変態ですよ? っていうか原因お前ッ!
 まずいぞ、予想通りただのエロスイベントではなくなってきた。このままじゃ木幡和弘は血祭りに上げられちまう。何とか逃げださねぇと。
 逃走を決意し、那岐の胸から顔を出そうと移動するのだが……。
「――んあっ! あんっ、ちょ、動かないでくださぁいっ!」
 その声に反応し、
「「「カズゥゥゥッッ!!!」」
 これって無理ゲーじゃね?


 帰り道、精も根も尽き果てんばかりの俺だったが、賢治副隊長の特訓をさぼるわけにはいかず、ふらつきながらもアカツヤビルを目指していた。かなり不安だった。
 そんな時、小物店から出てきた桜と出くわした。
「あ、和弘、奇遇――ひ、酷い顔してるわね」同情の眼差しが贈られる。「朝は助けられなくて悪かったわね。騒ぎの中心にあなたがいるとは思わなかったのよ」
「いや……あの状況で助けられる奴はいねぇって」
 結局利恵と那岐がどいた後、俺は逃げる間もなくモテない連合のバカ達に掴まり、不当な粛清を受けてしまったのだ。おいしいイベントのはずなのに、何でこうも最悪な結末が待っているのでしょうか。まぁ最終的に那岐によって俺の罪と罰が不当であるということが証明されたのだが……。もっと早く証明されてればこんな痛い目に遭わずに済んだんだけど。
「それにしても」桜は微笑んで見せた。「和弘といると本当に退屈しないわね」
「はぁ? お前まで巳柚みたいな事言うなって」
「いや、あの子の言う事も間違ってはいないわよ。和弘って何かとハプニング起こすでしょ?」
「それは俺じゃなくてお前ね。今日はお前と記章のバトルはなかったけどよ」
「あれはハプニングじゃないわ。真剣勝負よ。それはともかく、和弘はやっぱすごいわよ。小さいことから大きいことまで、起こす事全部面白いから」
 小さい事や大きい事が何なのかも、褒められてるのかそうでないのかもわからなかったが、悪い気はしなかった。だが、それは結局繰り返されていることなんじゃないか、と思うと、どうも苦くて、でもどこか楽しくて……色んな感情が浮かんで、よくわからなかった。ただ、その繰り返される毎日を守れる事、今日みたいな騒がしい日を守れる事はとても嬉しかった。俺は大切な毎日を守っているのだ、とそう思うと、これから受けるであろう過酷な訓練も、どうにか上手くやっていけそうな気になって仕方がなかったのだ。
「それじゃ」
 桜は俺に背を向けていた。彼女は丁度夕陽に向かって歩いていて、それが何だか見事に絵になっていたもんだから思わず吹きだしてしまった。
 不思議そうに俺を見る桜に手を振り、別れの言葉を告げた。「ああ、じゃあまた月曜日な」
 その月曜日も俺が守る。明日も、明後日も、その後も……ハハ、そうするにはまず特訓だな。
 朱の世界へ消えて行く桜を見送り、俺は暗くなりゆく空に向かって歩き始める。アカツヤビルは、既にすぐそこにあった。
 俺は拳を握りしめ、深呼吸し、紫の世界に身を委ねて行く。

 

 

:ダイ サン ワ 終ワリ:







 3.5 ブラッディ・クリスマス

 駅まで何とかたどり着いた黒斗は、素早く改札を通り抜け、駅前にあるベンチに腰掛けていた。時刻は既に0時を回っており、バスはもうなかった。足が無く、また疲労も溜まっていた黒斗は荷物を枕代わりにベンチに横になった。手で内ポケットの中に入っているナイフをしっかりと掴みながら。
 仰向けで見る空。星はあまり見えなかった。雲が掛かっているからではない。人々が作る光で、星の光が霞んでしまっているのだ。人間の作った物のせいで、空に居る者達が見えない……そう思うと彼は悲しくなった。とても、寂しくなった。
 薄れゆく意識の中、彼は銀色の世界を思い出していた。暑苦しくジメジメとした今では、あまりあの時の感覚を思い出すことはできない。いや、そもそも昔過ぎて、その時どんな行動をして、どんな会話をしたかもはっきりとは思いだせない。しかし……あの時の感情は、いつになっても忘れる事などできないだろう。
 ――そう、あれは、俺が9歳の時の12月……。



 少年は、空を眺めていた。縁側から、凍った涙を、祖母が作るバースデーケーキのクリームよりも厚い雲を、ただただ言葉も発せずに。他の同年代の友達とは違って、彼はつまらなそうな顔で、はしゃぎもせず、静かに縁側に腰掛けている。やがて彼は飽きてきて、暖かい部屋の中へ引き返していった。
「空はどうだった?」
 祖母が優しい声で彼に問いかけた。黒斗はこたつに入り、小さい声で「白かった」と答えた。
「そう。雪が降っていたのね」そう祖母が言った時、電話が鳴った。「あら、誰かしら」
 黒斗は胸が大きく波打つのを感じた。期待に満ちた表情で、祖母を見つめる……が、彼の期待は裏切られた。祖母は「ウチはそういうのは断っているので……」と困った表情を浮かべている。――母ではなかった。胸の高鳴りはゆっくりと収まっていった。溜息を吐き、黒斗はふてくされたようにこたつに潜り込んでいく。
 母が居なくなってから、既に3年の時が流れていた。彼は、その3年間、過ごす全ての毎日に、心に穴でも開いたかのような空虚感を抱いていた。毎日が、つまらなかった。他の子供たちが笑う全ての事が、つまらなかった。興味なんて沸かない。どんなおもちゃもいらない。ただ母が傍に居て欲しかった。電話越しの母の声だけじゃ足りない。母を見たい。優しい母の顔を――。
 雪がやみ始めた頃、彼は外に繰り出していった。あまりあの窮屈な家には居たくなかった。祖母も祖父も優しくしてくれたが……黒斗は苦手意識を持っていたのだ。家では彼は孤独である。一人ではないが、心は独りなのだ。そんな孤独な家に、居たくなかった。それに、外を歩いていればもしかしたら、ばったり母に会えるかもしれない。そんな淡い希望を抱きつつ、とことこと雪を踏み歩いて行く。さくさくとかき氷と崩していくような音。彼はその音が嫌いだった。いや、それだけじゃない。雪が、空から降るあの白い結晶が嫌いだった。雪が降る日、決まって母は悲しい顔をしていたからだ。雪を踏みならし、はしゃぐ自分を、母はどこか寂し気に見つめていたからだ。黒斗は、母の悲しむ顔も寂しい顔も見たくなかった。だから、雪は彼にとって大敵だったのだ。
 やがて、黒斗は目的地にたどり着いた。……地獄寺。その名前の意味自体は知らない。ただ母はぞっとする名前だ、と面白い顔で彼に言っていた。母はよく冬にこの寺に通い詰めていた。黒斗もたまに連れてこられたのを覚えている。ここに来ては、二人でせっせと雪だるまを作ったものだった。――そして、雪だるまを作っては、母が泣いたものだった。
 雪をかき集め、彼はせっせと雪を握り、二つの玉を作った。それらに雪を集めていき、大きくしていく。やがて玉は最初とは見違えるほどに大きくなった。その二つを重ね合わせ、落ちていた小石を二つくっ付け、雪に埋もれた枝を取り出して下の玉にくっつけた。
 いつも、冬はこの寺に雪だるまが二つ並んでいた。仲良くその雪だるまは寄り添っていた。その二つを見る母の目は……寂しく、悲しく、しかしとても優しかった。泣いた後、よく微笑んでいた。その雪だるまに何を見たのかは、9歳の黒斗には分からないし、そもそも考えつかなかった。だけど、黒斗は好きだったのだ。その優しい眼差しが。だから、彼は雪は嫌いでも、雪だるまを作ることは好きだった。母が、微笑んでくれるから……。
 地獄寺を後にする時、不格好な雪だるまは一人ぼっちでぽつんと座っていた。

 その帰り、彼は雪に埋もれた街をたった一人でとぼとぼと歩いて行った。彼の向かった先はアカツヤビル――つまり、人間守護機関本部である。5歳の頃から通っていたので、9歳の彼でも一人で行くことができた。
 黒斗はアカツヤビルの前まで来た……が、それ以上足が前に出ることはなかった。彼はこの灰色の塔が嫌いだった。
「……帰ろう」
 彼はそう呟き、ビルに背を向けた。意味がない、と感じていたのだ。こんな所に来て、危ない訓練をして、何の意味があるのだろう。母が居た時は毎日通っていた。母が居なくなった後も、頑張っていれば帰ってくるかもしれないと淡い希望を抱いていた頃はできるだけ通っていた。しかし、最近は訓練をする理由を見失ってしまい、通う事も少なくなった。例えビルの前に来ても、今日のようにやる気を失い、帰ってしまう事が多い。殺喰の存在、喰討士の意義を教えられた頃から、疑問に思っていた。何で戦うんだろう。何のために戦うんだろう。黒斗は若すぎて、その答えには至らなかった。彼は歳の割に、ヒーロー物が好きではなかったので、少年にありがちな燃えあがる正義心もなかったのだ。
 帰り道、黒斗は地獄寺に立ち寄った。――雪だるまは一人だった。 

 翌日、黒斗の手は真っ赤に腫れた。手袋を付けずに雪に長時間触れていたので霜焼けを起こしてしまったのだ。祖母にクリームを塗ってもらったものの、彼の手はズキズキと痛んだ。しかし、どうしても地獄寺へ行きたかった。雪だるまをもう一つ作ってあげたかった。一人では、寂しすぎるから。
 放課後、黒斗は地獄寺へと向かった。今度はきちんと手袋を付け、風邪をひかないように厚着もしていった。
 相変わらず人気(ひとけ)のない境内である。が、驚くことに雪だるまは一人ではなかった。自分の作った不格好な雪だるまの隣には、ピンクの帽子を被った可愛らしい小さな雪だるまが立っていたのだ。これには黒斗も目を丸くした。
 驚きながらしばらくその雪だるまをじっと眺めていると、突然肩を叩かれた。振り向くと――そこで彼は母かと期待をしたのだが――毛編みの白い帽子を被った、自分と同じくらいの歳と思われる少女が笑顔を浮かべて立っていた。
「こんにちわ!」
 少女は大きな声でそう言った。黒斗はただただぼーっと立ち尽くし、少女を見つめている。
「この雪だるまを作ったのって君?」
「あ……」我に返り、黒斗は頷いた。「う、うん」
「そっか、下手だね!」
 少女は満弁の笑顔でそう言った。黒斗は呆けてしまった。こうも直接的に言われるのは初めて――というより、こう面と向かって女子と話すのが初めてだった。少し、緊張を覚えていたのだ。  
「ねぇ、名前教えてよ!」
 声が震えた。
「え、あ、く、黒斗……。九頭原 黒斗……」
「くずはら くろと? ヘンな名前〜〜!」
 黒斗は少しムッとした。その顔を見て、少女は慌てて謝った。「わ、ごめんごめん。ウソだよ、ウソ」
 おかしな子だ、と彼は思った。
「この雪だるまね」少女が、綺麗な雪だるまの前に座った。「わたしが作ったんだぁ。うまいでしょ?」
 黒斗は無言で彼女の隣に座り、自分の作った不器用な雪だるまを見つめた。少女が作った雪だるまの隣にあると、自分の雪だるまの下手さが一層目立つ。
「ねぇ、クロ君。わたしが雪だるまの作り方教えてあげよっか?」
「え、いや、名前……」
 黒斗は"クロ"と呼ばれた事を指して言ったのだが、少女は勘違いをしたようで、「あ、わたしの名前〜? 教えてなかったもんね。ごめんね」と言った。
「いや、そうじゃなくて……」と言うのだが、少女は聞くそぶりもみせない。
「わたしは、鈴香 美孤(すずか みこ)っていうんだ。ミコでいいよ」
 黒斗は何も言えず、口をつぐんでしまった。美孤は気にもせず、楽しそうに雪だるまを眺めている。
 不思議だった。黒斗はそもそも静かなタイプで、友人を作るタイプではなかったので、そもそも同年代の子と話す事はなかったから、周りにどういう子が居るかわからなかったが、こんなに一方的に押し付けるような形で物を喋る子が居るとはとてもじゃないが想像していなかった。
「クロ君、雪だるまつくろーよ!」美孤がふいに声を上げ、立ち上がった。
「え、あ……いや、いいよ」
「え〜〜! 作ろうよ作ろうよ〜〜!」
「でも……」
「作らなきゃやだ〜〜! クロ君と作りたい〜〜!」
 我がままな奴だ、と彼は思った。これは作らなければ帰る事ができなそうだ。
「わかったよ」
 溜息混じりに呟いた。
「ほんとう!? やったぁ!」
 彼女の喜ぶ姿を見て、やったぁも何も最初から作らせる気満々だったじゃないか、と心の中で悪態を吐きながらも、彼は雪を握り、玉を作った。そんな黒斗の様子を見て満足したように笑顔を浮かべて少女も雪を握る。
 数分後、雪だるまが出来た。一つは、ごつごつして、所々茶色が混じった、不細工な顔の雪だるま。もう一つは、全身真っ白で、身体と頭の比が上手く行っており、可愛らしい顔をした雪だるまである。
「クロ君て……」美孤が目を丸くして不細工な雪だるまを見つめる。「ほんとにブキヨーなんだね」
「う、うるさいな……」
 悔しかった。同年代なのに、これだけ違ってしまうだなんて。悔しかった。母にはいつも褒めてもらえていたのに。
 黒斗が拗ねてつまらなそうにしていると、美孤が雪玉を差し出した。
「なに?」
「つくろ! もいっかい」
 いいよ、と断るが、美孤は聞かない。仕方がなく、雪玉を受け取った。
「クロ君は深く雪を取りすぎなんだよ。こうやって、綺麗な所を……で、こうやって丸めるの。ね? こうすればごつごつしないでしょ?」
 最初こそ反抗的に聞いていたが、美孤の説明を聞いて雪玉を作っていくと確かに上手く出来あがって行くので、後半はきちんと聞いていた。抱いていた劣等感はどこへやら、すっかり最後まで聞いて作っていた。
 再び雪だるまが並ぶ。もちろん、少し不細工な所は残っている。しかし、先程から比べると格段上手くなっていた。黒斗はすっかり満足していた。
「クロ君の、コレはうまいよ!」
 美孤が笑顔で言う。先程まで不快だった笑顔も、今は素直に嬉しかった。
「あ、ありがとう……」
 少し照れながら、そう言った。同年代には初めて言う礼の言葉である。黒斗は恥ずかしくなり、顔を背けて雪玉を作る。美孤も、黒斗に続いて雪玉を作った。
 陽が落ちる頃。そこには10人程の雪だるまが立っていた。黒斗も美孤も、満足そうに彼らを眺める。
「いっぱい作ったね」美孤が息に混じって呟く。
「うん」
「また、明日来ようよ。またいっぱい作ろう? ここに、いっぱい作って……雪だるまの国を作ろうよ!」
 ばかばかしいと思いもしたが、美孤の輝く瞳を見ると、何故か胸が高鳴った。
「……うん!」
 二人の目には浮かんでいた。雪の世界が。雪の王国が。彼らにしか見えなかった。その国は彼らにしか――。

 翌日も、昼から雪が降り始めた。黒斗は学校が終わるとすぐに地獄寺に向かった。境内に入ると、既に美孤が雪だるまを作っていた。 
「も〜、クロ君遅いよ〜」
 どんだけ早くきてたんだ、と言いたい所だったが、グッと堪え、美孤の隣に座った。美孤はもう既に2体ほど作っていた。どちらも可愛らしい雪だるまである。
 黒斗も雪玉を作り、大きくしていく。その時、ふと昨日作った雪だるまを見た。気のせいか、雪だるまが一回り小さくなっているような気がした。
「気付いた?」視線に気付いたのか、美孤が悲しそうに聞いた。「昨日より小さくなってるよね……」
 黒斗は目を丸くして美孤を見た。彼女がこんな物鬱気な顔をするとは思わなかったからだ。
「知ってる? わたしたちが見たり、さわったり、おしゃべりするものって、全部、全部死んじゃうんだって」美孤は小さくなった雪だるまを見つめ、大人びた顔で呟いた。「お母さんが言ってた。だから、生きている内に、色んな物を見たり、さわったり、おしゃべりする事が大切なんだって。コーカイしないように、色んな事をするのが大切なんだって。お母さんが……そう言ってたんだ」 
 風が通り抜けた。とても冷たい風だった。黒斗は、疑問を顔に浮かべ、じっと美孤を見つめている。
「"死んじゃう"って……何?」
 何も偽らず、黒斗は問いかけた。彼はまだ、"死"がどういうものか、全く知らなかった。
 美孤は、静かに答えた。
「無くなっちゃうことだって、お母さんが言ってたよ」そして、美孤は空を見上げた。「お空に帰る事だって、お母さんが言ってたよ」
「お空に帰るの?」
 美孤は頷いた。「うん。無くなった後にお空に帰るんだって。見えなくなって、お空に帰るんだって。だから、みんなお空の上にいるんだよ」
「お空の上にいるの?」
 黒斗はまじまじと美孤を見つめた。美孤はまた頷いた。
「うん。みんないるんだよ。みんな、楽しくおしゃべりしてるんだって。だから、お空には星があるんだよ」
「お空の星は、死んじゃった人達なの?」
 黒斗は興味津々で、雪だるまを作ることを忘れていた。
「そうだよ。だから、悲しくないってお母さんが言ってた。泣かなくていいんだよって、お母さんが言ってたよ。お空の星が輝くのは、死んじゃった人達が笑いかけてるんだって」
「じゃあ……お父さんもあそこにいるんだ」
 彼はそう呟いた。
「お父さん死んじゃったの?」美孤が黒斗の顔を覗きこんだ。
「うん。でも……俺は悲しくないなぁ」
 父は彼が生まれる前に死んだので、悲しいはずもなかった。存在自体を知らないのだ。どういう父かなんて知らない。ただ、父の話になると母が悲しい顔をするので、黒斗は父が嫌いだった。母を悲しませる父が嫌いだった。
 その時黒斗は思った。さっきの話を母に聞かせてあげたいな、と。そうすれば、悲しまないで済むのに、と。
「悲しくないの? でも、わたしはお母さんとお父さんが死んじゃったとき、すごく悲しかったよ」
 彼はしばらく口を開けたまま呆けてしまった。
「二人とも……死んじゃったの?」
 美孤は小さく頷いた。黒斗はその話を聞いたことを後悔した。何でこんな暗い話をしているんだろう。何で、何で俺は、母さんが死んだ事を想像しているんだろう……。彼は俯いた。
「平気だよ」
 美孤が黒斗の頭を撫でた。雪除けのフードの上からだったが、彼は何故かそれを温かく感じた。心地よくて、安心できて、くすぐったい気分になる。
 強いな、と黒斗は思った。美孤の優しい眼差し、笑顔を見て、素直にそう思えた。俺だったら笑えない。母と二度と会えないなんて、届かない存在になるなんて、耐えられない。美孤がとても強い存在に思えた。ただへらへらしているやつだ、と思っていたが、それは間違いだった。彼女は、強い子だ。尊敬すべき、強い子だ。
 黒斗は、再び雪玉に雪を固め始めた。少女の願いを、純粋に叶えてあげたくなっていた。雪だるまの国……自分も見てみたいのだ。その国を。いや、それ以上に見せてあげたい。その綺麗な国を。綺麗な奴しかいない国を。綺麗な彼女に。
 黒斗に続き、美孤も雪を固め始めた。
 二人が別れる時、20人の雪だるまが笑顔で立っていた。
「明日は」別れ際に、美孤が嬉しそうに言った。「土曜日だから、早くこれるね」
 黒斗は頷いた。明日――明日もある。今までつまらなかった毎日。でも、明日は輝いている。彼の日常に、変化が生じつつあった。
「明日は……もっといっぱいつくろう。もっと、もっと……」
 願いをこめて。嬉しさを浮かべて。楽しさを感じて。
 黒斗は、笑顔で言った。

 次の日、黒斗の脚は軽かった。朝早く、すぐに地獄寺に向かった。やはり彼も子供だったのだ。あの境内を雪だるまでいっぱいにする、とそう考えると、やはり胸が高鳴ったのだ。美孤の喜ぶ姿を思うと、笑みがこぼれるのだ。
 しかし、境内に入った時、胸の高鳴りが突然にして止まった。
「な、何で……」
 彼は目の前の現実を信じられず、ただただ立ちつくしている。
 ――雪だるまは、一つ残らず消えていた。ただ、破壊された痕はあった。誰かが……誰かがあの優しい奴らを壊した。怒りと悲しみが、彼の心を黒くした。
 美孤はまだ来ていない。どうか、そう、どうにかして、あの笑顔が凍ってしまう前に、どうか、あの優しい顔がくすんでしまう前に……。彼は雪玉を握った。壊れた雪だるまを再生させようと思ったのだ。
 順調だった。2体、3体とすぐに出来上がって行く。多少不格好ではあったが、構ってられない。彼女が来る前に、できるだけ作っておかなければ。できるだけ、住人を復活させなければ。
 5体目に差し当たった時、背後で嫌な音がした。雪を踏む、数人の足音。
「おめーかぁ。オレらの遊び場にクソジャマなのを作ってたのは」
 振り向く。そこには、身体が横に大きい、目つきの悪い少年が仁王立ちしていた。
「まったくだよなぁ〜! ジャマでジャマでしかたがなかったぜぃ!」
 その後ろに顔の細い少年、にきびの多い少年……合計5人が黒斗を睨みつけていた。――壊したのはこいつらか。黒斗の心に怒りが沸く。しかし……構っている時間がない。
 黒斗は少年達から視線をもどし、せっせと雪だるま作りを再開した。時間がない。自分には、時間がないのだ。
「なんだよ、おめーシカトかよ! こんなの作って……きめーんだよ!!」
「――!」黒斗は振り返った。また、雪だるまが壊されたのだ。「や、やめろっ!!」
 身体が横に大きい少年に、黒斗は跳び付いた。しかし、いとも簡単に、振り払われてしまう。
「それは……それらは、俺とあいつが作ったやつなんだっ!」
「あぁ〜? 知らねーんだよそんなの!」
 作った雪だるまが、蹴り飛ばされて、跡形も残さずに崩れ散った。怒りが頂点に達し、黒斗は再び殴りかかっていく。「ふざけるなあぁぁっ!!」
 しかし、拳は届かない。相手の方が、リーチも威力も上だった。殴り飛ばされ、雪だるまを下敷きにして倒れてしまった。口が、何か所も切れている。血の味、臭いが口の中に充満した。
「や、やめてくれ……」黒斗は懇願した。「あいつを……悲しませたくない。あいつには、笑っていてほしいんだ……!」
 母には言えなかった想い。言う前に消えてしまった悔しさ。
 黒斗は立ちあがった。その時、訓練の事を思い出した。戦う時に、その戦法を使え、としつこく言われた。そうだ、今が戦う時なんだ。今こそ……この力を奮う時なんだ。
 黒斗は再び向かって行く。追い払う。何とか、あいつらを追い払うんだ。
 ――境内に、鈍い音が響いた。 

 
 雪が降っているはずだった。
 しかし、空には何もなかった。空は赤色だった。どこから雪が降っているのだろう、と不思議に思った。いや、そもそもこれは雪なのだろうか? これは……温かい。これは……溶ける様に、滑らかだ。
「うっ、ううっ……うぁぁぁっ」
 これは、何の声だ? 聞き覚えがある……。これは、ああ、美孤、美孤の声だ。
「うぁぁぁっ、クロ君……起きてよ……っ、目を開けてよぉぉっ!!」
 美孤……? 泣いているのか? 美孤が、泣いている? そんな、そんなバカな……じゃあ、この雪は、これは、雪じゃないのか?
 瞼をゆっくりと開いた。黒斗の目に、空が見えた。空は、雫を零している。空は、とても赤い顔をしている。空は、声を震わせていた――。
「……ごめん」
 それ以外の言葉が、彼には浮かばなかった。美孤は不思議そうに彼を見つめる。
「何で、謝るの?」
「守れなかったから……だから、ごめん」
 また、雫が頬に零れる。黒斗は視線を美孤から、周りの雪だるまに移した。……酷いものだった。 跡形もない。雪がただばら撒かれているだけだ。悔しさが胸に溢れた。守れなかった。必死に戦った。だけど、守れなかった。5人を相手に奮戦した。しかし、彼は負けた。足りない、と彼は思った。力が足りない。力が、ただ力が欲しい。――初めてそう思った。
「謝らないでよ……っ。もっと悲しくなっちゃうよぉ……!」涙が雪のように、黒斗の顔に降り積もる。「わたし、悲しかったんだからぁっ! クロ君起きないかと思って……悲しかったんだからぁぁぁっ!」
 その時、彼は気付いた。やはり、悲しい事なのだ。人が死ぬということは。美孤は、自分が死ぬと思って悲しんだ。母から、"悲しい事じゃない"と言われていたのにも関わらず、だ。どんな言葉があっても、人の死は正当化できることじゃない。死ぬと言うことは、どんな事にも代えられないくらい、悲しいことなのだ。
「ごめん……」
「謝らないでったらぁっ」
 黒斗は言葉を失ってしまった。自分の為に泣く人がいるなんて、想像もつかなかった。そして――。
「ごめ……っ、うぅ、うぅぅぁぁぁぁっ」
 もらい泣きすることだって、想像していなかった。
「クロ君まで、ひっぐ、泣かないでよぉぉっ。う、うぇぇぇぇぇぇっっん!!」
「ひっぐ、ごめ、うっく、んね……っ。うぅぅ」
 二人はずっと泣いていた。
 そこで、ずっと……十数年前の父母と同じように……。
 
 顔中、光の筋だらけの少年と少女が、一生懸命に雪をかき集めていた。雪は既にいくらか溶けてしまい、前のように真っ白な雪だけを集めることはできなかった。しかし、今の二人にはそんな事関係がない。彼らはせっせと茶色い雪を集め、固めて行く。形が悪くても構わない。ただ、彼らは一つでもいいから作りたかった。自分達の子供を。夢の欠片を。
 生まれた不細工な茶色い子供を、二人はじっと見つめる。しばらく無言で見つめていたが、やがて二人は笑った。泥だらけの子供と、泥だらけの互いの顔を見て、笑った。
 やがて二人は疲れ果て、寄り添って座り込んだ。互いから感じる熱。それは二人にとって、何よりも温かかった。
「俺、強くなるよ」黒斗はそっと呟いた。「もっともっと強くなる。だから……見ててね」
「……うん」
 美孤は小さく頷いた。
「ずっとずっと、見ててね。だから――死んじゃイヤだよ」
「うん、わかった」
 美孤はそう言って、口をつぐんだ。どうしたんだろう、と黒斗は思ったが、視線を雪だるまに移した。
 その瞬間。
 美孤は、黒斗の頬にキスをした。
「クロ君のお嫁さんになって、長生きしててあげるね」
 美孤の顔は、とても赤かった。頬は朱に染まり、笑顔も、いつもより輝いて見えた。黒斗は、顔がとても熱くなって、それに耐えられなくて、恥ずかしくて、そっぽを向いた。
「……か、考えとくよ」素直になれなくて、彼はそう言った。
 喉に違和感を感じた。心臓もいつもより飛び跳ねる様に鼓動している。黒斗はそれがなんなのか、まったくわからなかった。それがどういうものなのか――それは結局数十年後の彼にも思いつかないものである。
 茶色の雪だるまは笑っていた。まるで自分を生んだ母と父の姿を見て、笑っているようだった。純粋な二人の十数年後を想い、笑っているようだった。
「また明日も」
 美孤が言う。希望に満ち溢れた言葉だった。
「明後日も、明々後日も」
 黒斗は頷いた。そうなるんだろう、と信じていた。
「来年も、再来年も」
 希望が二人の周りを飛び交って行く。二人には、その言葉の先が見えていた。続く希望の道が、ずっと見えていた。
「一緒にいようね。約束だよ?」
 美孤が小指を差し出す。黒斗は、力いっぱい頷いて、自分の小指を結んだ。
 
 小さな二人の小さな約束。

 小さな町の、小さな寺で、その約束は交わされた。

 
 
 翌日。黒斗は何ヶ月ぶりかの訓練に精を出していた。昨日の事で、彼は学んだのだ。自分の非力さを。そして彼は知ったのだ。戦う理由を。母のためじゃなく、美孤の笑顔を見続けるためである。
 その日の訓練はとても充実したものだった。何せ立派な理由ができたのだ。理由のない戦い程辛いものはない。しかし、理由がある戦いは、燃える。それが、男というものだろう。
 夕暮れ。訓練を終えた黒斗は、先輩がくれた特別製のスコップを片手に地獄寺へと向かった。外に出ると、降りかう大雪が待っていた。これはいい、と彼は思った。これで明日はいっぱい雪だるまが作れる。今日みたいに、スコップでいちいちかき集めなくてもよさそうだ。黒斗は嬉しくなった。美孤もきっと喜んでいるだろう。きっと地獄寺で跳び跳ねながら待っていることだろう。もしかしたら雪だるまがいっぱい出迎えているかもしれないぞ。――想像は、いっぱいふくらんだ。
 それにしても雪が降りすぎている、と思った。こんなに降る中で美孤が一人で待っていたら、風邪でも引いてしまうかもしれない。早く行こう。早く行って、一緒に遊ぼう。これから続く輝かしい日々の一ページ。黒斗はときめいていた。
 だんだん肩に背負っているスコップが重く感じられて、引きずりながら歩いた。そしてようやく、地獄寺の前までたどり着いた。地獄でらは階段を上った先にある。扉のない門をくぐれば、楽園の登場だ。
 そして地獄寺の境内にようやくたどり着いたが、そこに美孤は居なかった。それどころか誰もいない。雪だるまさえ、居なかった。あの茶色の雪だるまも……居なかった。
 嫌な予感が脳裏に走った。それが何かはわからない。だけど――おかしい。静かすぎる。何かがおかしい。この空間に違和感を感じる。その違和感を確かめるべく、彼はそっと雪を踏み歩いて行った。
 と、その時――。
「えっ……?」
 彼は見た。
 赤色の道筋を。
 まるで血管のように細く、長く続く赤い軌跡を。
 そして、その先には……。
「……ッ!!」
 雪に覆われて気がつかなかった。
 境内の丁度真ん中辺りに、誰かが倒れていた。
 違う、違う――彼は自分を落ち着かせる。そんなはずない。そんな……美孤のわけ……。
 近寄って、“誰か”をよく見た。
 
 ――時が、止まったかに思えた。

「あ、ああぁぁぁ……っ」
 膝から彼は崩れ落ちた。
 彼の膝元に、
 
 右腕のない、


 


 美孤が倒れていた。
 
「何で、ど、どうして……」訳が分からず、黒斗は困惑した。「う、ウソだ……こんなの……ミコ、ミコォォォッ!!!!」
 ぐったりしている美孤を、黒斗は抱き上げ、何度も何度も身体を揺さぶった。しかし、栗色の髪が揺れるだけ。彼女の瞼は開くことはない――と絶望した時だった。
「ク……クロ君?」 
 瞼が微かに開く。柔らかい唇が、小さく揺れた。
「み、ミコ!!」
「あ……やっ……と、ミコて……よ……でくれた」
 彼女の口元が緩んだ。――笑っている。
「ミコ、イヤだよ……!」彼女から流れる赤い絶望を涙を浮かべて見つめ、彼は叫んだ。「死なないよね? 俺を、一人にしないよね?」
「クロ……君、ごめん、ごめ……ね」
 雪がミコの顔に降りついた。雪はゆっくりと溶け、美孤の顔を濡らす。
「わたし……星になる……よ。これから……ずっと……クロ君を、見てる……だから――」
「イヤだ!! イヤだイヤだイヤだ!!」大粒の涙が落ちて行く。「ずっと一緒だって、約束したじゃないかぁ……! 死なないって……約束、したじゃないかよぉっ!!」
 黒斗は小指を美孤に見せた。契りを結んだ、あの小指を。
「ミコが居なくなったら、俺はどうすればいいんだよぉっ」美孤を力いっぱい抱きしめた。「俺は……一人なんだっ。ずっとずっと一人だった……! でもミコが居てくれて、やっと寂しくなくなったのに……! ミコが死んだら、また一人だ……。誰も、誰も居ないんだっ。俺の傍には、誰も……俺を助けてくれないんだっ」
 そう。誰も居ない。心を満たす笑顔をくれる人は、誰も居ない。祖母も祖父も、どこかよそよそしい。友達なんて一人も居ない。母も、傍に居ない。誰も居ない。彼女が居なくなったら、誰も居ない。心を救ってくれる人は、誰も――。
「クロ君……大丈夫、だよ……」美孤の声はかなり小さくなっていた。「一人じ…ないんだよ……クロ…やさ……から……きっと、きっと良い友達……でき……」
「ミコ!? ミコォォッ!!!!」
 美孤が、そっと黒斗の細い腕を触った。とても震えていて、とても弱々しくて、とても、悲しかった。
「ク……君……だい……す…………」
 
 美孤の身体が、突然――とても重くなった。そして、腕を触っていた優しい手が、するりと垂れ落ちていった。
 黒斗は、彼女の終わりを感じた。

「い、イヤだ……起きてよ、ミコ……っ! こんな寒い中で寝たら風邪、ひいちゃうよ……っ! ミコ! 起きてよ!! お願いだよ、起きてよぉ……ミコォォォォォォォッッッ!!!!!」
 
 雪は深々と降り続く。美孤の身体にも、関係なく降り積もる。雪が、そっと彼女の頬に触れた。――しかし、雪は溶けなかった。ずっとずっと……結晶は崩れずに残り続けていた。ミコは何も言わない。泣くこともないし、笑顔をふりまくこともない。彼女はもう……そこにはいない。
 黒斗はずっと泣き続けていた。何度も何度も彼女の名前を叫びながら。
「ミコ、どうしてなんだ……! 何で死ななきゃいけなかったんだよっ!!」
 彼女をぎゅっと抱きしめながら、彼は叫ぶ。
 あんなに素直だった。
 あんなに優しかった。
 なのに、何故、どうして彼女が――。
「教えてやろうカ。小僧」
 心臓が跳び跳ねた。それと同時に、黒い何かが心に満ちていく。初めての感覚だった。これは、この感情は一体?
 声の主は目の前に居た。顔を上げ、誰かを見つめた。
「な……っ」 
 訳が分からなかった。人であると思ったら、そうじゃない。岩のような身体と、目の無い顔。鋭い爪と、赤く染まった牙。その特徴は、彼にある名前を思い出させた。人間守護機関で耳が腐る程聞かされた。――殺喰。
 まさか、と彼は思った。人を殺し、人を喰らう化け物――殺喰。まさかコイツが、ミコを……?
「ソの少女の死ノ理由。我ガ教えテやる」殺喰は長い舌を牙になぞらせた。「それハな……」
 黒斗は唾を呑んだ。それと同時に、彼の心の導火線に火がともされる。

「我ガ、その少女ノ腕を喰らっタからよ!!!」

 黒い爆弾が、一気に爆発した。
 全身に熱い何かが駆け巡る。全身に力が宿る。
 ――許せない。
 腕の筋肉が膨張した。
 ――許セなイ。
 自然に、彼はスコップを握りしめていた。
 ――ユルセナイ。
 全身全霊の憎しみをこめて殺喰を睨み、スコップの先を殺喰に向けた。
「俺は……お前を……」
 頭が何かに支配される。それは憎しみ。それは悲しみ。それは――怒り。
「絶対に許せない!!」 
 彼は、覚醒した。周りのものを圧倒させる気迫が彼の身体から波のように広がって行く。
「!? な、何だこノ童……奴ラと似てイるが、奴ラじゃなイ。この感ジは、我らに似てテいる……!?」
 殺喰が驚きを隠せない様子で黒斗を見つめた。彼の身体の筋肉は異様に膨れ上がっていた。
「ずっと一緒のはずだったのに……!!!」スコップを握り、突進する。「うおおおおおおおおおおっっっ!!!」
 避けようとしていた殺喰だったが、黒斗の突進は想像を絶するスピードだった。
「そんな、バカナァッ!!」
 叫ぶ殺喰の胸にスコップが刺さった。構わず黒斗は猛進していく。木に突撃した所で、ようやく彼の動きが止まった。厚い雪が殺喰と黒斗に降りかかる。
「グゥゥッ!!」殺喰が口から血を吹きだす。「く、ク……そこまでアの少女にホの字だったかッ」
「黙れ!!」スコップを力強く押していく。段々と、殺喰の身体に刺しこまれていき、そこから大量の血が流れていった。「お前さえいなければ、ミコはずっと笑っていれたんだ!!」
 ずっと続くかと思っていた。二人で雪だるまを作って、一緒に笑う日々が。そしてこれからはもっと違う世界が広がると思っていた。春は一緒に桜を見て、夏は一緒に海で駆けずり回って、秋は紅葉の下でいっぱい食べて、冬はまた雪だるまを作る。そんな日々が、広がって行くと思っていたのに。この化け物のせいで、生きる意味もないような化け物のせいで、美孤は……。
「ククク、我が憎いカァッ!」殺喰はニィっと笑って見せた。「だがナ、少年! 我を殺してモ、少女は蘇るこトはなイのだ。貴様ハ――」
「――黙れぇぇぇっ!!」
 ブチ、とコードが切れたような音がした。そして、その音と同時に血の雨が地獄寺に降り注ぐ。白い銀世界だった境内が、一瞬で赤い――まさに地獄へと変わった。
 黒斗は、血まみれの身体を引きずり、美孤の隣に座った。
「ミコ……」再び彼女を抱き上げる。雪まみれの彼女はもう先程まで本当に生きていたのか、疑われてしまう程冷たくなっていた。それがまた悲しくて、黒斗はぎゅっと美孤を抱きしめる。「俺、強くなったよ。いっぱい、強くなったよ。見てよ、ミコ……。褒めてよ、ミコ……」
 黒斗はずっとそこに居た。雪に埋もれても、意識が遠のいてきても、ずっとずっと彼女の傍に居た。
 
 
 
 黒斗が目覚めると、鋭い日差しに襲われた。おかしい、と彼は思った。こんなに暑かったか? あれ、今は冬なんじゃ……。
 身体を起こし、辺りを見渡す。ここは……駅前だ。ん、そう言えば……ああ、そうか――。
 苦笑いを浮かべ、空を見上げた。すっかり晴れ渡っている。明るい空だ。
「まさか……こんな真夏に真冬の夢を見るなんてな」
 荷物を確認し、腰を上げた。行き先は、もう既に決まっていた。
 
 バスを乗り継ぎ、そこからひたすらに歩いて行く。そしてその途中にある長い階段を上り終えた後、腰をおろして一休みした。
 この場所で、この町を見るのは何回目だろう。こんな気持ちで空を見上げたのは……もう、数えきれない。
 あの後、危うく凍死する所を祖父に発見され、黒斗は一命を取り留めた。しかし、美孤は……。
 あの日からだった。黒斗が、より無口になったのは。あの日からだった。毎日、人間守護機関に入り浸って訓練し、化け物と呼ばれる程の力を手にしていったのは。あの日は、その当時の彼には縁(えん)も縁(ゆかり)もない、クリスマスイブだった。
 地獄寺の境内に入り、その真ん中まで行った彼は、リュックからあるものを取り出し、そこに置いた。――菊の花だった。
 その後、寺の横にある墓地に向かった。墓地内の端まで行ったところで、彼は歩みを止めた。鈴香と刻まれた墓の前にしゃがみ、合掌する。
「最近来れなくて……ごめんな」
 そして、ポケットにずっと入れていたハート型で手のひら程の小箱を墓の前に置いた。
「去年のクリスマス来れなかったから……」
 彼は小箱を開けて、中に入っていた小さなハートが付いたネックレスを、そっと墓石の前に置いた。
 生きていれば、よく似合ったのだろう。きっと今生きていれば、俺の傍に居て、ずっと隣で笑っていてくれたのだろう。
 一緒に艶やかな桜を見たかった。人でにぎわう蒼い海を見たかった。紅葉に染まる山を見たかった。真っ白な雪をもう一度見たかった。
 胸がとても、苦しくなった。喉が痛くなり、目頭が熱くなる。しかし、彼が涙を零す事はなかった。ここで泣いてはだめだ。ミコにはもう、涙は見せられない。
 しばらくそこで立ち尽くした後、地獄寺を後にした。そして階段を下りる中、彼は空を見つめた。
 あそこに、彼女はいるのだろうか。もし、あの空に彼女がいるのなら、俺は――。
 

 彼は、充血した目で空を見つめ、にっこりと笑いかけて階段を下りて行った。



  
 


 ◆◇◆◇人物・重要語確認◆◇◆◇

 
 木幡 和弘:キハタ カズヒロ
 主人公。幼馴染や個性的な友人達など、いわゆるギャルゲー主人公のような立ち位置に居る。
 西が嫌い。零夏に複雑な感情を抱いている。観察力が鋭い。
 中学の頃は不良だったが、零夏によって強制的に勉強を強いられ、彼女の指導の下死ぬ気で勉強させられた。その甲斐あって更生(というより精も根も尽き果てた)し、高校では緩やかな日々を送っていた。 
 記章に複雑な感情を抱いている。

 
 朱省 零夏:アケショウ レイカ
 和弘の幼馴染。髪は栗色で、長さは肩につくかつかないかくらいのショートヘアー。目はぱっちりとしており、綺麗、というよりはかわいい系の顔。典型的な幼馴染キャラ。
 生徒会副会長の西と付き合っている。
 西と付き合ってから、いつものメンバーとの間に壁が生じつつある。

 
 石田 利恵:イシダ リエ
 和弘らと仲の良い女子の一人で、異常なまでのコスプレマニア。髪は二つ結び。かなりの童顔で、見た目では歳を想像できない。背も低く、胸もぺったんこ。危なっかしいロリキャラ。
 自分の事を私などではなく「利恵」と呼ぶ。また、他の人の名前も勝手に呼びやすいように呼ぶ。那岐に懐き始めた。柔らかい物が大好き。
  
 
 
 些棟 巳柚:サトウ ミユ
 和弘達と仲の良い女子の一人。男っぽい性格をしており、サバサバ系である。かなりドSで、キツイことしか考えない。お団子を頭に作っており、目が少しつりあがっている。見た目ではとてもじゃないが性格は想像できない。一応美人ではある。
 自分の事を「オレ」と呼ぶ。
 不審な行動が……?

 
 木島 桜:キジマ サクラ
 和弘達と仲の良い女子の一人。生真面目。眼鏡をかけており、髪はロングストレート。クラス委員長で、頭もよく、運動神経もいいので皆に慕われている。記章とはライバルであり、絶対に交わらない(下ネタな意味ではなく)存在だという。
 時事ネタに弱い。
 意外と空気が読める。 


 佐坂 庵:ササカ イオリ
 和弘達と仲の良い男子の一人。口うるさい。ドM。いじられ担当。モテない。(一行で十分)

 
 矢高 記章:ヤタカ キショウ 
 和弘達と仲の良い男子の一人。髪は短く、オールバックでまさにスポーツマンという風貌。負けず嫌いで、桜とはいっつも張り合っている。巳柚に劣らずSである。
 陸上で世界を目指している。
 中学の頃は和弘同様不良だったが、零夏によって強制的に勉強を強いられ、彼女の指導の下死ぬ気で勉強させられた。現在はまぁまぁ頭が良い。
 人間守護機関所属の喰討士。死を恐れない特攻的な戦闘スタイル。

 
 那岐 杏:ナギ アンナ
 転校生。頭のてっぺんから腰まで伸びたポニーテール、そして背が低く、童顔なのが特徴。その容姿に、クラスメイト達は目を奪われた。和弘が戦った謎の女に容姿がそっくり。
 小動物のようにおどおどとしており、かなりの天然である。
 最近利恵に懐き始めている。


 白銀 道弘:シロガネ ミチヒロ
 那岐のストーカー。長い髪と太い体、細い目と濃く刻まれた皺が特徴的。寒がりで、真夏でもブレザーを着る。謎が多い。
 文芸部の部長でもある。
 


 九頭原 黒斗:クズハラ クロト
 謎の少年。前作の主人公浩一郎と紗枝香の息子。父を激しく憎んでいる。
 見えざる敵を追っている。
 とある討隊の隊長を(軽く)憎んでいる。
 あまり人を寄せ付けない性格である。いわゆる一匹狼。それは初恋の相手が死んでしまったショックからであり、他人との間に壁を作るようになったから。

 
 九頭原 紗枝香:クズハラ サエカ
 黒斗の母。前作のヒロイン。
 見えざる敵を追っており、現在行方不明。


 実村 一樹:サネムラ カズキ
 前作の主人公、コーイチの親友であり、紗枝香とも親しい友。基本的に皆に好かれる人物で、友人がかなり多い。眼鏡をかけている。
 コーイチの死後、力に目覚めて喰討士となる。紗枝香と同じく速さに特化した戦闘で殺喰を翻弄する。第3討隊隊長。使用武器は小刀。和弘をスカウトし、成長を見守っていく。
 飄々としていて、不良に囲まれていても全く動じない。
 
 
 ジョーン・トーリス
 人間守護機関第6討隊の隊長。医療専門の隊に所属しているが、医療専門チームの長とは思えない威圧感を持っている。非常に厳しい人物で、人間守護機関所属員の些細な行動でも見逃さない。何者にもまず疑いの目をもって向き合う姿勢をしている。その為か人間守護機関内では恐れられる人物。また見た目と年齢が一致せず、大人の魅力を兼ね備えている為、実はファンクラブまで存在する(作中では語られていない)。現在の年齢は63歳。
 ある事件によって変わったらしいが、その事件は今は不明。喰討士同士の争いだったらしい。
 

 伊藤 賢治:イトウ ケンジ
 人間守護機関第3討隊副隊長。金髪、ツンツン、ピアスつけまくりと、中々人を寄せ付けない風貌をしているが、面倒見がよく、悪態をつきながらも最後まで付き合ってやる性格。
 風貌とは真逆に冷静な戦闘スタイル。状況を判断し、的確な攻撃を加える。
 

 殺喰:サツクイ:キラーイート
 世間を騒がす猟奇的殺人や事故の犯人。主食は、唯一消化できる人間の肉。人を殺し、喰らう。
 たまに髪を長く生やし、風貌が人間に似ている者もいるが、それは特殊例。前作のラフィーゼのような存在などがその特殊例に当たる。普通の殺喰は、毛髪が薄く、片方か、もしくは両方の目がつぶれており、歯と爪が鋭利の尖り、身体は熊のように大きく、岩のようにごつごつとして硬い。心臓以外の箇所を攻撃してもすぐに再生する。ついでに、斬り取られた腕などはすぐに腐敗して気体のようになり、斬られた箇所に戻って行くことで再生する(本編ではあまり説明する必要もないので語ってはいない)。また血はとても粘り気がある。悪気と呼ばれる臭気を発しており、喰討士にはそれによって居場所が知れる。
 殺喰の存在にはまだ多くの疑問が残っている。

 
 喰討士:クイトウシ:イートハンター
 殺喰を殺せる程の怪力を持つ者の事。殺喰に対抗できるのは彼らしかいない。殺喰の出す悪気に触れると、素質のある人間のみが覚醒する。しかし最初はコントロールが図りにくく、力と感情を暴走させてしまう場合が多い。和弘は唯一初戦で生き残った喰討士である。
 殺喰同様に、存在には多くの疑問が残っている。

 
 悪気:アクキ
 殺喰から発せられる臭気。素質をもつ者に不快感を与え、そして覚醒させる。

 
 人間守護機関:ニンゲンシュゴキカン:ディフェンダー
 和弘達が所属している、喰討士の機関。一国の軍隊レベルの力を持つ。全部で10の討隊がある。
 
 第1討隊:長:???
 第2討隊:長:???
 第3討隊:長:実村 一樹
     :副:伊藤 賢治
 第4討隊:長:???
 第5討隊:長:???
 第6討隊:長:ジョーン・トーリス
 第7討隊:長:光 軍頭
     :副:ボルドー・ガーデス
 第8討隊:長:???
 第9討隊:長:???
 第10討隊:長:???
2010-01-03 14:39:58公開 / 作者:湖悠
■この作品の著作権は湖悠さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 どうも、湖悠です。
 前作TRTアカイイトの続きです。所々に前作の設定やシナリオが登場致しますので、是非前作もご覧になってください^^
 
 最終更新です。全体の修正、加筆をしました。全体を見直してみると、「展開遅いなぁ」と思いますね。まだ作中では6月から1ヶ月も経ってませんからね。12月くらいで終盤を迎えると思うので、そう考えると……さ、先が長い^^;
 主人公としてあまりまだ活躍できてない和弘と、裏主人公なのに活躍ばっかの黒斗。メインヒロインなのにキャラが確立してない零夏と、何だか当初考えてた零夏のキャラを吸収しつつある那岐。第二部ではちゃんとキャラの役割を考えて書かなきゃなぁ……。何だか問題は山積みです。
 次回はやっと修学旅行編です。今まで名前だけで出番が少なかった西がメインに来る予定です。さて、どうなるのか。
 では、第二部もよろしくおねがいします^^
  
 10月08日:連載開始
       │(中略。約三ヶ月でした)
  1月 3日:修正、加筆(最終更新)
この作品に対する感想 - 昇順
鋏屋と申します。作品を読ませていただきました。
私は前作を読まずに読んでしまいましたが(シリーズ物とは知らなかった!汗)今のところそれほど混乱無く読ませていただきました。
淀みのない地の文章で安心して読めました。まだ始まったばかりなので物語の全体像が見えてきてないので、お話自体の感想は控えさせていただきますが、なんだろ? ダークファンタジーって言うのかな? 十分に引き込まれる感じで期待が膨らみます。
世界観などは恐らく前作を読めば理解できると思うので、読んでみようと思います。
次回更新も期待して待っております。
鋏屋でした。
2009-10-08 15:10:15【☆☆☆☆☆】鋏屋
こんにちは! 羽堕です♪
 2ヵ月前と現在をいったりする感じなのかな。今回は黒斗が主人公じゃ、なかったのですねw
 入りやすい始まり方だったと思います。謎の少女や、名前だけしかまだ出ていない友人に幼馴染と、これからどうなっていくのか期待しています。
であ続きを楽しみにしています♪
2009-10-08 17:02:24【☆☆☆☆☆】羽堕
ご感想ありがとうございます〜〜!

鋏屋さん>>
 初めまして〜^^
 とりあえず第一話は前作を読まずとも大丈夫だと思います。まぁ読んでいた方が敵などがどんな存在だかはわかりますね。しっかしそれにしても前作を読んでいただけるのは嬉しいです^^ 未熟な文章ですがよろしくおねがいしますね。
 前作を継承して、ややダークな一面と友達との青春を過ごす一面を描けていけたらなぁ、と思ってます。このままこの雰囲気を続けていけたらいいんですけどね(汗
 

羽堕さん>>
 お久しぶりです〜! 今作もどうかよろしくおねがいします^^
 あまり過去に行きすぎるとわかりにくくなる危険があるので、過去を映すのは一話だけにしようかなぁ、と思っています(汗) まだまだ未熟な身ですので。
 黒斗は前作と今作を深くつなげる糸のようなキャラなので、まだまだ色々と設定を考えて出したほうがいいなぁと思い、主人公を変えさせていただきました。後々必ず登場させるつもりなので、どうか期待してアイツを待ってやってくださいw
 この次はようやく、私の課題の一つだった学校での描写です。自分自身緊張しながら書いてます(笑) 色々と前作ではできなかった挑戦をできればなぁ、と思いつつ、テスト前なのでもう勉強しなければ(汗)


 

 それでは、これからよろしくお願いいたします^^
2009-10-08 19:42:00【☆☆☆☆☆】湖悠
こんにちは! 羽堕です♪
 和弘が何を言ったって、羨ましいでしょw その身にならないと分からないってのはあるだろうけど、これはだって、ほぼ無条件で可愛い女の子と仲良くできちゃうんだから。
 和弘、なかなかみんなに愛されてますね。学園生活は、ちょっと笑えるような感じで楽しかったです。。やっぱり友達が多いと、登場人物が多くなってしまうんですよね。でも、それぞれに個性があって良かったと思います。これから序々に馴染んでいけたらいいなぁ。
であ続きを楽しみにしています♪
2009-10-12 19:19:00【☆☆☆☆☆】羽堕
どうも、鋏屋でございます。
第1部を一気読みし、今追いつきました。イヤーおもしろかった。1部も読んで良かったです。この物語の世界観というか雰囲気をつかめました。
第1部が悲壮な終わり方だったので今回はハッピーな方がいいなぁって勝手に思ってます。(いや、前回のお話も嫌ではありませんよ)
紗枝香や黒斗は出てくるのでしょうか? つーかあれからどのくらい経っているのでしょうか?
今回の話は学園でのシーンでしたから本筋とはいささか違う気がしますがこのあたりの話や、登場キャラ達がどのように本筋と絡んでくるのか興味津々です。
次回の更新をお待ちしています。
PS。でも試験はちゃんと勉強してくださいねw
鋏屋でした。
2009-10-14 20:04:43【★★★★☆】鋏屋
羽堕さん>>
 普通に考えるとそうですよねぇw いわゆるハーレム状態な和弘は他の男子生徒に羨ましそうな目で見られてそうです(笑
 悪いようなとこがないような男ですからね。包容力があるんですかねぇw 
 前回は一樹くんしか友達が出てなかったので、なんかコーイチ友達少なすぎだなぁって思ってしまったんですが、ぶっちゃけ多くすると辛いですね(汗) でも何とか一人一人掘り下げていける様にがんばります!


鋏屋さん>>
 第一部読んでいただけましたか! 読んでくださっただけでなく、点まで下さるとは……本当にありがとうございます^^
 悲恋なアカイイトでしたからねぇ。あまり謎も解けませんでしたし。そうですねぇ……ハッピーエンドにはしたいと思ってます。ですが、まだまだ先は長いのでわかりません。ハッピーかバッドか、どうぞ最後まで見守っていてください^^
 紗枝香はどうかわかりませんが、黒斗は確実に出ると思います。前回からは……まだノーコメントにしておきます。後々さらっと出てくるとは思いますが。
 試験終わって焦りまくりの湖悠でした(笑)
 学校のシーンがんばりまっす。


 
 ご感想ありがとうございました〜〜っ!
2009-10-16 22:24:58【☆☆☆☆☆】湖悠
こんにちは! 羽堕です♪
 和弘って意外に達観してるんだなって思いました。私は高校時代の代わり映えしない普通の毎日を、もの凄く楽しく感じていてような気がするので。でも今だからか、どこか和弘の気持ちって分かる気もします。そういう不安って、ハマると抜けられなくなりそうで、怖くて考えようとしなかっただけかもなって。
 二か月前の日常があるから、より和弘の守りたいという気持ちが、よく出ていたように感じます。覚醒してしまった和弘の、今後が気になります。
であ続きを楽しみにしています♪
2009-10-18 13:10:58【☆☆☆☆☆】羽堕
どうも、鋏屋でございます。続きを読ませていただきました。
何度も修正されたとか…… その甲斐あってか覚醒シーンはなかなかの迫力だったんでは無いでしょうか? 大切な物を守ろうとする感情と、身に潜む狂気がいい感じで伝わってきたように思います。こういうシリーズ物の覚醒シーンって前作の物に似せた形で、しかもくどく感じないようにするのは難しそう。でもこの話は前作の覚醒シーンを意識しながらもくどく感じられなかったです。逆に私は『来た来たっ!』って感じで喜んじゃいましたけどw
さて、若干の戯れ言と申しますか、気になった点を少々。
コレはあくまで私の感覚なので、お気を悪くされると申し訳ないのですが、学園シーンをわざわざ『過去』にしなくても良かったのではないかと……
あの部分から覚醒シーンへの流れが、それまでリズムというかテンポが良かったのですが、『現在』と出てくるとちょっとそこでブレーキがかかってしまっているような気がして若干の不自然さを感じました。普通の回想シーンからの本筋復帰でもおかしくはない気がします。
偉そうなこと言ってる私も、このシーンの『つなぎ』が下手なんですけどねw
くだらない戯れ言を書き綴ってしまい申し訳ありませんでした。次回の更新お待ちしております。
鋏屋でした。
2009-10-19 18:00:56【☆☆☆☆☆】鋏屋
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。二ヶ月前と現在をいったりきたりなのかな? 前作は、エピローグだけ読んでなかったので、これから読んできます。とりあえず和弘の考えたりしてたことは私もよく思ってたなぁと。でも永遠にモラトリアムしてたかった私は、大人になるのが非常に恐ろしかったです。でも、可愛らしい女の子と仲良くなったり、沢山友達作ったりとかはしてなかったので、それは大変羨ましい限り。それから、覚醒シーンですが、うん。守りたい!! という気持ちはビンビンと感じました。中々の迫力。
テンポが良くて読みやすかったです。
2009-10-19 21:29:27【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
羽堕さん>>
 和弘の想いは、俺の想いでもあったりします。まだ自分に夢がない頃、「こんな毎日でいいのか?」「皆みたいに夢とか何だかを追いかけるべきじゃないのか?」「毎日楽しいけど、でも暇だ」とか、何だかシャボン玉のようにかる〜くふわりと浮かんでたんです。今はないですけどねw
 ありがとうございます! それをちょっと狙っていたので、伝えられたようで感激ですっ!


鋏屋さん>>
 いやぁ、ありがとうございます^^
 なんとか上手くやれたようで一安心でございます。
 そして、学園シーンを過去にした理由ですが、これは前作と被るのは避けたいと思ったからです。前回は学校の生活から殺喰との戦いへ移ったので、同じパターンにするのはどうかと思ったのです。
 過去と現在を分けるのは俺にとっては至難の業でしたので、あえて『現在』と『過去』と分けたのですが、見てみると、確かに『現在』の表記はいらなかったように思えました。直しておきますね^^ 指摘ありがとうございます。
 
 
 水芭蕉猫さん>>
 とりあえずこれからは現在一筋で進んでいくつもりです^^ 
 俺も今大人になるのがつらいです;; 今が一番楽しいのだとしたら、後は下がってくばかりなのかなぁ、と不安でいっぱいです(汗)
 覚醒シーンを褒めていただけると嬉しいと共に安心です。ああ良かった、やり直しを何度もして良かった(笑)
 これからも何とか頑張っていこうと思います^^



 皆さまお読みになっていただきありがとうございました!
2009-10-20 19:59:57【☆☆☆☆☆】湖悠
2.まで読みました。
登場人物に個性があって好きです!
しかも読みやすいし主人公は面白いし、すごく明るくてよかったです。
しかし題名と主人公の発作からしてシリアスな臭いがしてきます。
あの明るい世界からどう世界観が変わっていくかも気になります。
頑張ってください。

2009-10-22 23:33:40【☆☆☆☆☆】紫音
紫音さん>>
 登場人物や主人公は被らないように頑張ったので、お褒めいただいて嬉しいです^^
 できればシリアスにしたいのですが、ギャグ小説を書いてた時期もあり、少し癖みたいになっていってるので、今後どうにかシリアスさを出していければと思います。


 お読みになっていただきありがとうございましたっ。 
2009-10-23 23:29:50【☆☆☆☆☆】湖悠
こんにちは! 羽堕です♪
 えっ? 一発KOで終わり? と思い気や、ちゃんと立ちあがって襲ってきましたね(キルイートでいいのかな)。バトルには流れもあって、場面も想像しやすくって良かったです。頭に刀ささったら、さすがに何か言うんじゃないだろうか? と、ちょっと思いましたけどw
 零夏って何者なんだろう? 私には完全に狙ってやったとしか思えないのです! それとも、とてつもなくラッキーなだけなのか……というか日本刀って、お父さんの趣味か知らないけど、お父さんの職業ってまさか、や……なのかと思ってしまったりw
であ続きを楽しみにしています♪
2009-10-24 12:23:03【☆☆☆☆☆】羽堕
どうも、鋏屋でございます。
更新量少なくないですか? 物足りないです〜! もっとよませてくださよw
テンポが良すぎてあっという間に読み終わり……ああぁ
いや、失礼取り乱しました。
零夏グッジョブって感じでした。何者なんだろうな……「せいばぁぁぁ……」って叫んでたけどあれって……?
相変わらずノリの良いアクションで読むスピードが上がります。このテンポの良さがこの作品の味でもある気がします。私は読みやすいですよ。次回あたりは少し謎の開陳があるのかな?
期待して待ちたいと思います。
鋏屋でした。
2009-10-24 18:51:18【☆☆☆☆☆】鋏屋
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。スピード感ある戦闘描写等、見習う部分が沢山ありました。頭部に刃物が刺さったら、そりゃ化け物じゃなくてもビックリしますよね(というか死ぬか)戦闘中に出てきちゃった零夏とか、確かに危ないし、戦ってる側からすれば出てくるなよ。ですが、でもやっぱり家の傍でドンパチやられてたら出てきますよね。
しかし、マジで日本刀はどこから持って来たんだろう。立派な凶器になるようなものって、家の中探してもそうありませんのに、日本刀って……。そんな疑問を抱きつつフェードアウト。
2009-10-25 20:23:16【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
羽堕さん>>
 初戦だったので緊迫感をもたせようかなぁと思い、倒したと思ったのに立ちあがってくる展開っていいよな、みたいな事を考えてああしました^^ その緊迫感も零夏にぶっこわされましたが。
 零夏の挙動については覚えていただければ幸いです。一応タネ明かしはどっかでする予定なので。


鋏屋さん>>
 やっばいっすね(汗) 一話のラスト書き終えましたが、今回とセットにしたほうが良かったくらいの短さです;; 今回はどうかご勘弁をw 二話からはきっちりと長さを調節いたしますので。
 “成敗”を伸ばした感じですね。新撰組かなんかにでもハマっているのでしょう。あれは一応零夏なりのノリです。刀は謎ですが。
 アクションシーンを褒めていただき光栄です^^ 次回は謎のおさらいなのでテンポも緩くなりますが、どうかご期待を。
 PS.登場人物紹介をぱくってすいません(汗)
 登場人物が多かったので、やむ負えなくやってしまいました。


水芭蕉猫さん>>
 お褒め頂き光栄です^^ 戦闘描写は前回の反省もあり、気を使っていたのでひとまず安心しました。
 泥棒に刀を向けようとする零夏も零夏ですが(汗) あの刀は後々また説明があるので、どうかお待ちを。


 皆さまご感想ありがとうございました!
 次回もよろしくおねがいします。
2009-10-26 17:37:38【☆☆☆☆☆】湖悠
こんにちは! 羽堕です♪
 和弘が夢だと思いこみたい気持ちは分かるけど、どんどんと周りから証拠というか証言が出てきて追いつめられる感じが面白かったです。零夏は夢じゃないと分かりつつ、和弘を弄んでいるような気がするのは、ちょっと裏を読み過ぎなのかもですね。
 杏が謎の少女と同一人物(の場合でも演技か二面性は言葉使いから感じれました)なのか、それとも別人なのかなど、一話の締め方としては次へのワクワクもあって良かったです。
であ続きを楽しみにしています♪
2009-10-29 10:31:24【☆☆☆☆☆】羽堕
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。
自分では嘘だと思いたいし夢だと思いたいのに周囲から突きつけられる証拠。それならばいっそ自分の頭がおかしいほうが良かったと思う時もありますが、その後和弘がどのような結論を導き出すのか非常に興味深いところです。零夏は天然なのかそれとも狙ってワザとやっているのか解りませんが、天然であってください。マジで。天然を計算折込済みの悪女系だったら怖いですし。
そして出てきましたあの時の女子。私としては同一人物であって欲しいので、和弘が彼女と手を組むのか、それとも敵対するのか、見所ですね。
2009-10-29 21:18:43【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
羽堕さん>>
 第二話につなげやすいなぁと思い、和弘くんには追い詰められてもらいました。零夏は基本アホの子なので、何も考えないで物事を言うタイプだと思って大丈夫です(笑
 杏が加わり、どんな日々を送ることになるのか、楽しみにしていただけたら幸いです^^


水芭蕉猫さん>>
 次回ではいろいろな謎明かしをできればなぁ、と思ってます。上手くできるか心配です(汗
 零夏は天然のつもりで書いてるんですが、そのせいで裏がありそうに思えてしまいますねw 逆にそれを生かしていこうかしら(笑
 

 感想ありがとうございましたっ!
2009-11-01 10:15:45【☆☆☆☆☆】湖悠
どうも、鋏屋です。
黒斗キタ――――――(゚∀゚)―――――――!!!!!
うほぉーい! 前作登場キャラだ! しかも親父恨んでるしw
やばい、モロ好みな展開だ。――――が、またしても少な―――――いっ!!
でもしょうがないか……お祭り期間中だしw 
私の予想よりちょっと早い登場でした。私としては素直にうれしいんですが、物語の全体の構図(長さがわかりませんが)もう少し後でも良かったんではないかと思ったりもします。いや、あえて客観的に見てですけど。たとえば今回の主人公和宏に襲いかかる敵として登場させたりとか……
ゴメンナサイ。よけいなことを言ってしまいました(汗  好きな作品なのでつい自分が書くことを前提にして考えてしまう……
とはいえ、今後の期待が膨らみまくっていることは確かです。祭りもありますが、次回の更新も悶々としてお待ちしていますw
鋏屋でした。
2009-11-02 12:07:19【☆☆☆☆☆】鋏屋
こんにちは! 羽堕です♪
 おぉー! 黒斗イイ!!
 私も、めちゃくちゃキャラとしては好みです♪ 正直に言ってしまうと、和弘や今回登場した新キャラ達が、ちょっと霞んでしまうかも。でも、これからどう展開していくのか期待しています。
であ続きを楽しみにしています♪
2009-11-02 17:00:40【☆☆☆☆☆】羽堕
鋏屋さん>>
 今日の朝に後悔しまくりましたよぉっ(汗) 俺としても、少なくとも10話くらい後で出す予定だったのに、自分の中の何かに負けて、すっぱりと出してしまいました。どんな登場かは言いませんが、中々びっくりする登場のさせ方をしようと考えていたのに……。まぁ、ですが、開き直ってダブルヒーロー性みたいな感じにしようと思います。
 次回はきちんと長くさせてこうと思います!
 本編いつ書き終えるかはわかりませんが、これから頑張りますね^^
 
 
羽堕さん>>
 自分で言うのもアレですが、結構力を入れたキャラの一人です。もう一人は那岐ですかね。何か難しいです。ミスると他のキャラと被っちまうので。なので気にいっていただいて幸いです^^
 これから、本当にちょいちょいだとは思いますが、0.5話程度の長さで登場させていくつもりです。和弘達を霞ませないようにしなければっ(汗
 

 ご感想ありがとうございましたっ!
 
 
2009-11-02 17:32:21【☆☆☆☆☆】湖悠
こんにちは! 羽堕です♪
 小動物の杏は、なんだか人気者で、どんな感じでふるまっているのか、もっと読みたかったかもです。でも確かに自然なながれで「殺そうとしましたよね?」なんて聞けないですよねw 初対面かもしれないし、本物かもしれないし。うーん和弘、大変だなw それと西の事、本当に嫌いなんだなって。
 お昼の食事風景は、相変わらず賑やかでいいですね。庵のイジられっぷりと、同じように和弘もイジられてと。桜と記章のバトルなど何時もの風景、やっぱり零夏が居ないのは、やっぱり寂しいですね。でも高校生を楽しんでるなって、こういう場面を見ていると和弘が羨ましくもあります。
であ続きを楽しみにしています♪
2009-11-05 14:48:00【☆☆☆☆☆】羽堕
どうも、鋏屋です。
なんともまあにぎやかな昼食だことw 青春真っ盛りって雰囲気ですね。
しかし黒斗登場から一気に温度が…… いや、コレはコレで面白いですけどねw ただ若干お弁当のバトルでの必殺技?がくどく感じられました。ああいうギャグは瞬間的にさらっと流す方が効果的な気がします。いや嫌いじゃ無いんですけどねw 
でも那岐って何者なんだろう? 和宏を襲った女と同一人物ってことはないような気がするんだが……う〜ん。
次回更新を悶々としてお待ちしています。
鋏屋でした。
2009-11-05 17:28:59【☆☆☆☆☆】鋏屋
お久しゅうございます。肩、腰、膝の疲れが抜けきらない木沢井です。左脚なんて、もう……。
 まあ、そのような些事は兎も角として、漸く感想申し上げる機会に恵まれました。前作と同様、取っ付きやすくも湖悠様らしい展開・描写に楽しませていただきました。
 学校でもそれ以外でも悩める和弘君。彼がそれぞれの方面でどのような結末に至るのか、楽しみである一方、キーパーソンとなり得る九頭原母子の動向に注目しています。
 以上、「コーラは回復に」の木沢井でした。
 
2009-11-07 20:28:24【☆☆☆☆☆】木沢井
羽堕さん>>
 まだまだキャラの感じがつかめなくて書けませんでした(汗) 和弘相当ストレスたまるでしょうねw
 庵ってある意味超人ですよね。どんだけいじられるんだ、と。桜と記章のバトルを飽きさせないような描写をしていけるように頑張りますね^^ 零夏も早く絡ませてあげたいものです。

 
鋏屋さん>>
 実際の昼食ってもっと静かですよねw たまぁにうるさくなりますが。
 シリアスな場面がサッ…とひいちゃいましたからね(汗) そもそも作るはずじゃなかった黒斗編を作ってしまったから、違和感が出来てしまうのも仕方ないかもしれません。自分の力量の無さが憎いです^^; あの必殺技をどうしても覚えていただきたくて……。何故かは言いませんが、ある形で登場する予定です。
 

木沢井さん>>
 お久しぶりです! 前回はお世話になりましたっ。猿渡少年読ませていただきましたよ^^
 九頭原家をどうにか最後まで行かせるように頑張りたいと思います! 今回も、どうか最後までお付き合いいただければ幸いです。
 お疲れのようですなぁ。疲れた時には甘い物! と言っていつも食べ過ぎてしまう俺が居ます(汗)


 皆さまご感想ありがとうございました!!
2009-11-09 22:22:22【☆☆☆☆☆】湖悠
どうも、鋏屋です。
ニューキャラ登場ですね。白銀の屋上での意味ありげな言葉が気になります。微妙にブ男なところが面白い。まあただのストーカーじゃないだろうけど……
那岐はやはりあの女と別人だろうなぁ…… いや、もしかしたら二重人格かも……
すみません、今回で初めて零夏が西の彼女だと気が付きました(汗っ(合ってますよね?)良く読んで無いなぁ私…… 若干展開が遅く感じますが、これからでしょうね。続きを期待します!
鋏屋でした。
2009-11-10 09:54:14【☆☆☆☆☆】鋏屋
こんにちは! 羽堕です♪
 西って小っちゃいなぁ男気が。彼女の幼馴染ぐらい受け入れてやれと言いたくなりました。零夏の彼氏失格とさせて頂きましたw と勝ってにすいません。
 杏は可愛いですね。それと対照的に白銀、ピンクの靴とかイメージを押しつけすぎる事とかダメです。名前とのギャップもあるし。でもフルネーム覚えてる和弘って、物覚えがいいなw
 杏とも、ちょっと接近した感じだけど、なんだろうあのクルクルは、それにその後に態度は微妙に違うような感じもするし、まだまだ謎は多そうですね。
であ続きを楽しみにしています♪
2009-11-10 17:09:23【☆☆☆☆☆】羽堕
 返事遅れてごめんなさい><;
 ちょっとオンで色々とありまして、一喜一憂しておりました。またテストや年末も近いので、次回更新で一旦ストップです。


鋏屋さん>>
 昔の小説を読んでいたら、妙にブ男が多かったので、面白くなって自分も書いてしまいましたw 伏線がまた一つ貼られましたな。
 西は零夏の彼氏ですよ〜^^

 
羽堕さん>>
 西みたいな人が身近に居たので、ちょっと書かせていただきましたw 弱い人間なわけですが、彼もこれからどんどん掘り下げていきたいものです^^
 杏可愛いですか! よかったです〜。可愛いキャラを描くの中々難しくて(汗) 高校で見てみると、ピンクの靴の女子って結構少ないですねぇ。男子の方が多かったです。
 

 ご感想ありがとうございましたっ! 
2009-11-17 20:56:08【☆☆☆☆☆】湖悠
こんにちは! 羽堕です♪
 一樹が、そんな事になっていたとは驚きつつも、登場としては嬉しかったです。1では良い親友って形だけでの、ちょっとした登場だけでしたから。そして和弘は、今回で色々と知る事が出来て、何もしない、逃げ出すという選択をしないのは、ある意味で自分の力を認識しているからなのかなと思ったりしました。これから、どう成長していくのか楽しみです!
 「〜〜た。」で終わる部分が、連続で続いている所など、ちょっと文章が固く感じてしまうかなと思いました。
であ続きを楽しみにしています♪
2009-11-19 16:18:59【☆☆☆☆☆】羽堕
どうも、鋏屋でございます。
おお、黒斗に続き一樹まで! こういうシリーズ物の醍醐味ですよね〜 しかし一樹に何があったんだろ? 本編で語られるのか、それともサイドストリーになるのか……どっちも面白そう。
私的には本編でさらっとふれて、細かい話はサイドストーリーって方が好みかもw
今回はなんだろ、少し急いだかな? って感じました。和宏が組織に入るまでの話に少し違和感を感じてしまったのです。確かにここに至るまで非常識な経験をしてきたとはいえ、高校生がいきなり『人類を救う組織に入れ!』なんて言われたら普通に『お前大丈夫?』ってなるんじゃないかと…… それが本気と分かったら、たぶんもっと自分の中で『葛藤』があってしかるべきなんじゃないのかなぁ。そのあたりの葛藤とか悩みなんかで1〜2回更新分を消化してしまっても決して損はない気がするんですよ。物語に深みも出ますし。王道担っちゃうかもですけど、和宏の『等身大の高校生』の部分が強調され、悩み、戦う理由を探して、それを見つけて組織に入るたいな。なによりリアルさが出るように思うのです。
ぐだぐだとくだらないこと書いてすみません。好きな作品なのでつい……
次回更新もお待ちしております
鋏屋でした。
2009-11-21 13:45:19【☆☆☆☆☆】鋏屋
羽堕さま>>
 かなり設定をかえさせていただきました。もしかしたらかなりの大失敗をしてしまったかもですが、とりあえず読んでいただければ幸いです。この話で一日の勉強を無駄にしてしまった(笑)
 1を書いてる時に、どうも一樹が不憫に感じられてしまったんです。何でこんなに出番少ないんだろう、みたいな感じで。俺的には好きなキャラだったので、こんな形で出させていただきました。今作では彼にかなり活躍してもらうつもりです^^


鋏屋さん>>
 か〜なり変えさせていただきました! 和弘君には結構悩んでもらうことにしました^^ と言っても、やはり物語作りが下手な湖悠なので、あらぬ形に進んでしまってます;; まさかあの人物をああさせるとは自分でも予想外です(汗)
 そして一樹の覚醒理由ですが、これは本編で語ります。結構後になっちゃうかもですが、彼の戦う理由は今作のキーの一つなので。楽しみにしてていただければ幸いです^^

 

 それではっ!
 ご感想ありがとうございました!
2009-11-21 20:06:49【☆☆☆☆☆】湖悠
こんにちは! 羽堕です♪
 和弘に、こんな過去があるとは思っていなかったので、かなり吃驚してしまいました。それに記章まで、人間守護機関に所属しているのか、また別の組織か個人なのか分からないけど、ここにきて急展開しているなって感じです。物語の展開としては面白いと思うのですが、これは続きを待ちたいなと思いました。
であ続きを楽しみにしています♪
2009-11-22 16:18:18【☆☆☆☆☆】羽堕
どうも、鋏屋です。
改訂したらいい感じです。つーか厨二臭漂う私好みな展開♪(マテコラ!
でも厨二病ってこういうラノベっぽい作品書く書き手さんには多かれ少なかれ絶対あると思うんですよね。でもってこういう部分に心を刺激される人もきっと多い気がする。
やっぱり戦闘物の主人公は挫折や負けを根性と勇気でねじ伏せて勝利を掴む姿にわくわくするんですよ! 王道バトルさいこーっ! 使い古されるのは需要がある印だー!! いけーすすめー厨二魂ー!!!
あ、すみません、取り乱しました……
さて記章までイートハンターだったのか。コレは予想外だ。急展開に次回の更新が楽しみになって参りました。
鋏屋でした。  
2009-11-24 15:51:36【★★★★☆】鋏屋
羽堕さん>>
 和弘君ワルになっちゃいましたねw あるキャラを掘り下げるのと、あるキャラを登場させるのに、和弘がワルだと出しやすかったのと、ワル時代のサイドストーリーが書けそうだなぁ、と個人的に思ったからです^^
 記章ですが、本当は中盤あたりで正体ばらすつもりが、いつの間にか正体ばらしてましたね(汗) 記章の所属場所などは、まだまだ焦らしていこうと思いますw
 

鋏屋さん>>
 ついでに俺のHNは“みずうみ ゆう”か“コ ユー”です。要は日本人になるか中国人になるかという所ですね。俺はジャパニーズもチャイニーズも好きなのでどちらでもよろしいですよ^^
 ラインバレルとかガンダムとかを彷彿とさせる厨二病は俺も大好きですw 本当は和弘くんにはそんな熱い展開になってもらうはずではなかったのですが、もう何か思い立ったら止まりませんでした。意外と書くのも面白かったですw
 友情努力勝利って奴の大切さが身にしみました。和弘君にはもっと挫折をしてもらおう^^
 というか、点までいただいちゃってもう何と言うか何とも言えません(汗) 感謝感激で言葉が見つかりませんw ありがとうございますぅぅ!!
 
 
 いつもご感想や批評をしていただきありがとうございます!
 次回更新で今度こそ今年の更新はストップです。
 もうしばらく、今年も付き合っていただけたら幸いでございます。
 ではでは。
2009-11-29 00:07:45【☆☆☆☆☆】湖悠
めちゃ遅ればせながら拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。
あああぁぁ、なんかもう、なんかもう遅れまくってほんと申し訳ないですorz第二章から読ませていただいたのですが、那岐はやっぱり別人なのかなぁと思いました。それから白銀。名前がかっこいいのに、醜男だなんて……orzやっぱり私は美男子系が好きなんだなと思いました。個人的に厨二病展開は好きなので、というか王道展開大好きです。なんか主人公が天才とか言われたり変な施設につれていかれたり、ついでに大切な人を守るために戦ったり、そんな王道パターン大好き。でも、最後の戦闘はちょっと唐突過ぎたかなと思わないでもありませんでした。それでも、今後がどうなるか楽しみではあります。
2009-11-29 21:14:22【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
こんにちは! 羽堕です♪
 記章も人間守護機関のメンバーでしたか、少なからず和弘にもライバル心があるんじゃないかなって感じました。もちろん守りたい者の為に戦うというのが、一番の理由だとしても。引き具合は難しい所でもあるのですが、人間守護機関に入るかどうかを一人で、自問自答する場面があっても私は良かったかなと思います。でも中学時代も誰かの為に力を奮っていたような和弘なら、自分の力に溺れる事なく立派なハンターになってくれるんじゃないかと期待していますが、黒斗とは是非とも衝突して欲しい所です♪
 今回も黒斗は強くて好きです!w 任務の為なら、演技なんかも淡々とこなすタイプかなと思ったのですが、その辺は実年齢らしい可愛い所もあるのかなって感じで新鮮でもありました。黒斗の母方の祖父というと……彼ですかw あのとんでもな感じは好きなんです。
であ続きを楽しみにしています♪
2009-11-30 17:35:45【☆☆☆☆☆】羽堕
水芭蕉猫さん>>
 こちらこそ返事が遅れてしまい申し訳ありません;;
 白銀という名前がもったいないですよねw 大抵は美少年なキャラクターそうな名前なのに(汗)
 最後の戦闘は、まさにとってつけた感じであるので、確かに唐突な感じですが、これはもうどうにもできませんな^^;
 もっと腕を磨きたいものです〜っ!

 
羽堕さん>>
 あわわわわ(汗) 自問自答する場面を削除してしまってましたっ;; もう既に文章自体消しちゃったので、後で復元できたら挟みたいと思います。
 猛勉強をしたブランクをどれくらいの時間をかけて取り戻していくのか。それをどうにか上手く描写していけたらと思います。黒斗との絡みはどうなるでしょうなぁ^^;
 自分の力の無さに奮闘する和弘と対照に自分の驚異的な力に思い悩む黒斗。まさに表と裏って感じですかね。ですがやはり同年代w 高校時代は様々な恥ずかしい事を乗り越えて行く感じですよね。そしてあの人。掴みどころのない人でありましたが、今は一体どうなっているのか。どうか来年まで待っていていただけると幸いですw


 ご感想ありがとうございました!
2009-12-04 22:15:02【☆☆☆☆☆】湖悠
こんにちは! 羽堕です♪
 杏の西村教諭を天然なんだろうけど、手玉にとっているような所が可笑しくて良かったです! というか和弘を待っていたと言う事なのだろうか? なんだか和弘もスミに置けない奴だなw
 杏の大食いキャラは、なかなか可愛いですね。そして何だか男子生徒達にボコボコにされている和弘、可哀想ではあるけど、裏切りはよくないよなと思ってみたりしてw
 まだまだ本格的な訓練は始まったばかりで、記章との差を感じてしまう和弘の気持ちは、凄い分かる気がしました。何か和弘を応援したい気持ちになります! そして一樹との授業で復習も出来て良かったです。ミスジョーンのような年齢不詳の見た目のキャラとか好きだったりしますw 後は名前の響き的に、光隊長も期待しています!
であ続きを楽しみにしています♪
2009-12-07 01:05:12【☆☆☆☆☆】羽堕
羽堕さん>>
 西村のような先生が前の学校に居て、「見返してやりたいなぁ」と思い、創作の中で杏にやってもらいましたw さすがギャルゲー主人公的な和弘君ですね。これからどれくらいフラグが立ってでしょうか^^
 見た目はやせ細くて可愛げなのに大食い。ギャップ大好きな湖悠が書くヒロインには欠かせない要素ですw 庵の叫びは全国のモテない男子連合の叫びですな。
 前回の事で、和弘を等身大の高校生として描こうと決意したので、早速やらせていただきました。こういう場面で皆さまの意見を吸収、活用できると嬉しいです。ついでに光隊長ですが、もう、光ってます。俺の頭の中では完全な光キャラです。いつか出せるといいなぁ、と思いつつ。
 
 ご感想ありがとうございました!
2009-12-11 17:47:58【☆☆☆☆☆】湖悠
遅ればせながら拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。
2.5からちまちまと読ませて頂きましたが、爆弾作戦良いですね。手に持って爆弾だー!! って叫ぶより、どっかに置いて爆弾だー! って叫んだほうが臨場感があるかなぁと思いました。それにしても、ちまっとしたギャグシーンでよかったと思います。
そして今回の大喰らいな那岐が可愛かったです。まぁ、女の大喰らいって結構居るわけでして、ギャップでも何でもありませんよとここに力説。むしろ、細くて大食いの人のほうが多いです。そして庵が可愛かった。敬意を表して今後からかってにいおりんと呼ばせていただきますにゃ。がんばれいおりん! もてなくても言動が可愛いぞ!(おい
そして、組織の内部で、ミス・ジョーンズは私もだいすきです。熟女ってヤツですよね。えぇもう色気が文の間から滲み出ていて、本当に良かったです。
色んな部隊が分かれているのは、何だか漫画のブリーチみたいだなとちょっと思いました。
2009-12-11 22:30:56【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
水芭蕉猫さん>>
 どうも!
 緊張のあまり頭が働かなかったんでしょうねw ていうか俺自身そんな考えにいたりませんでした(汗)
 マジっすか! 俺の身近はやたらに弁当箱が小さいから、それが普通なのかと思ってました^^; どうやら俺の認識には大きな誤りがあるようですな。っていうか零夏株を上げようという当初の目論見が随分外れて、全然那岐の方が出番多くなってて、大分焦ってます。あとでどうにか登場させなければっ。
 庵くんがそんなありがたい言葉を受け取る日が来るとは。予想外ですw
 かなり熟してますけどね、彼女。彼女の過去話とか今後書くかもです。歳取ってると色々な事ありそうですし。
 俺も設定を書いてる時に思いました。「これブリーチやん」と。無意識って怖いです。とりあえず色んな差別化は図ってありますが、前半ではまだ死神臭さが取れないかもです。精一杯離そうとは思っていますが。

 
 ご感想ありがとうございました!
2009-12-12 00:40:57【☆☆☆☆☆】湖悠
どうも、鋏屋です。続きを読ませて頂きました。
今回は量が多いなぁって思ってたら、1回分スルーしてたみたいです。すいません。っていっても量的には私は良かったですけどw
程々にコメディ色があって読みやすかったです。部隊が色々あって、なかなかカッコイイしw 猫さんのコメにあった『ブリーチ』って名前は知ってるけど読んだこと無いので中身知らないんですが、こんな感じなのかなぁ?
熟女も出たことだし、後は私好みな、『人間くさい親父』が出てきてくれると良いなぁ、なんてww 黒斗の爆弾は驚いた。ああいうキャラじゃないと思っていたので……
なかなか面白くなってきました。気になる紗枝香の消息と、那岐の正体がいつ明らかになるかワクワクしてます。それでは次回更新もお待ちしております
鋏屋でした。 
2009-12-15 12:01:29【☆☆☆☆☆】鋏屋
鋏屋さん>>
 俺も昔アニメをちょろっと見たくらいなのですが、隊がわかれていて、異型のものを倒すという所は似ていると思います。パクッたつもりはないのですが……(汗) これ以上似る事がないように区別は付けて行こうと思います。
 ギクッ!w 人間臭いかはわかりませんが、途方もないオヤジなら結構先に出てきます^^ 黒斗はキャラが壊しにくいので、これっきりのおふざけかもです。いやぁ、扱いやすいんだか扱いにくいんだか。
 
 ご感想ありがとうございました!
2009-12-15 22:22:53【☆☆☆☆☆】湖悠
こんにちは! 羽堕です♪
 修学旅行の班決めなどから楽しい雰囲気が出ていて、学校での場面は友達との和気あいあいとした所が楽しく読めて良いです。でも西の命令か願いが分からないけど、和弘と一緒の班が嫌というのはギリギリ分かるとしても、桜とさえ班を別にしなきゃいけない理由が思いつかないから、本当に西が原因だとしたらもっと嫌いになりそうです。殺喰の生きる為という理由の方が、まだ分かる気が。
 第三討伐隊の前での自己紹介で、ざっと何人ぐらいいるかの描写があっても良かったかなと思います。それで、ざわつきの大きさも変わってくるかなと。副隊長のケンちゃんは、面度見は良さそうだなって感じました。
 ボルドーは、なかなか味があるなと、そして特殊な? バトルコスを渡されたようで、ここらへんも楽しみになりました。
 さすがに、まだまだ和弘は力をコントロールしきれないようだけど、賢治とは上手くやっていけそうで何よりです。練習所のシステムって、小型化して携帯できるようになれば追跡など殺喰と離れ過ぎた時など便利そうだなと。
 そして事件は待ってくれない様な巳柚の行動と、とても気になります!
 更新部分の始まりの方は「理恵」じゃなく「利恵」になってました。
であ続きを楽しみにしています♪
2009-12-20 10:48:25【☆☆☆☆☆】羽堕
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。
最初は楽しげな修学旅行の班決めでしたね。懐かしいなぁ修学旅行……班決めとか大嫌いだったので、あまりいい思い出はありませんが、楽しげな様子は良いなと思いました。でも、きっと波乱万丈になるんだろうな。というかなれば良いな(おい)
そして一転して組織の様子ですけれど、賢治は傲慢そうに見えて結構見えない部分で細やかな気遣いとか出来そうですね。まぁ、だからこそ副隊長なんてやってるんでしょうけれどね。強いもの同士、和弘とはなんだかんだで仲良くやっていけそうなかんじだなと思いました。
色々な複線を孕みつつ、この後はどうなるのか、わくわくしますね。
2009-12-21 21:40:02【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
羽堕さん>>
 修学旅行の所は、記憶を絞って絞って何とか書きました。あそこまでバタバタとはしてませんでしたけどね。西の所がわかりにくかったので加えておきました。まぁ彼の身勝手なんですけどね。
 討隊メンバーの描写を追加致しました^^ お世話になります。
 ボルドー書いてて楽しかったです。変人を書くのは面白い。ようやく人間守護機関の内部を書けてきて嬉しいです。小型化は正規ではされないでしょうなぁ。そこらへんも後々一樹くんが説明してくれることでしょう。
 

水芭蕉猫さん>>
 班決めって大変ですよね。気を使いまくり。和弘達がうらやましいです。旅行編は波乱万丈でいきますよっ^^ …多分(ぇ)
 お兄ちゃん的存在ですよね。ヤンキーのお兄ちゃんって憧れます。和弘も元ヤンなので、何だか良い関係を築いていけそうですよね。
 

 感想ありがとうございました!
 
2009-12-22 18:56:43【☆☆☆☆☆】湖悠
こんにちは! 羽堕です♪
 女性が女性の胸ってのは変態じゃないぞ和弘と思いつつ、なかなかどけない二人も二人だよなと思ったりw 和弘にとったら、嬉しい大半で苦しい、ちょっとのイベントだったんじゃないかなと。巳柚は記憶がないのかぁ、それとも本当に別人? でもそれは無さそうだから、とにかく気になる所です。
 桜との会話で日常があるからこそ、守りたいという気持ちも強くなるのかもなって思いました。和弘には特訓を、本当に頑張って欲しいですw
であ続きを楽しみにしています♪
2009-12-25 16:40:22【☆☆☆☆☆】羽堕
羽堕さん>>
 いやぁ、実際揉み合ってる女子見てると「おいおい」ってなりますw 全くです。どかない二人のせいで、和弘はモテない連合の餌食に……。巳柚イベントは結構引っ張ってくつもりです。っていうか巳柚ってなんだかんだで出番多いですなぁ^^; 
 あのシーン、実は桜の出番がありえないくらい少なかったので、彼女を救う為に追加しました。今では良かったなぁ、と思ってます^^
 それでは、ありがとうございました!!
2009-12-26 17:52:45【☆☆☆☆☆】湖悠
こんにちは! 羽堕です♪
 9歳の黒斗が母親を恋しがっているような所が良く出ていて、6歳までの思い出が本当に大切なんだろうなって思いました。そして美狐と出会い、淡い初恋の様な気持に自分より大きい少年達に向かっていく所など、子供ながらカッコイイなと感じました。悲しい結末で黒斗は強くなれたのかもしれないけど、憎しみは相当に深い物になっただろうなと。美狐って本当に死んでしまったのだろうか? 凄く可愛らしい女の子だなって思っただけに残念だな。
 更新された部分だけでなく、面白い作品なので来年からの更新も期待しています。
であ続きを楽しみにしています♪
2009-12-27 13:26:16【★★★★☆】羽堕
羽堕さん>>
 黒斗の母に対する愛が強すぎて、何だかマザコンみたいですね。ですがまぁ……黒斗はそれでいいと思いますw 美孤は彼の心に多大な影響を与えた人物なので、名前などはこれからも出続けると思います。ただ、死んでしまっていますが。『幸せ屋』は対照的に悲しいクリスマスでしたね。読んでいただき、本当にありがとうございました。
 ポイントまでいただきありがとうございます>< ご期待に添えるよう、精進していこうと思います! 

 それでは!
2009-12-28 22:38:04【☆☆☆☆☆】湖悠
こんばんは、久しぶりの焼き芋に大満足の木沢井です。いや、食べたのは今日の昼過ぎでしたが。
 それはさて置き、溜まっていた更新分を拝読させていただきました。黒斗はヨゴレもこなすのねなどと思っていたら、意外にもマザコンであるばかりではないことに気付かされました。雪だるまを軸にしたその辺りの流れは、流石だなと思いました。
 そして一方、その影でヤンキーのケンちゃんにあっさりと仕留められたり学校で理不尽な(いや、その途中に起きていた出来事を考えれば差し引きゼロかな?)目に遭う和弘君。顔ぶれからして修学旅行が波乱に満ちたものになりそうだなと思いつつ、次回を楽しみにしています。
 以上、焼き芋の弊害に苦しむ木沢井でした。何事も諸刃の剣ということでしょう……。
2009-12-28 23:07:14【☆☆☆☆☆】木沢井
木沢井さん>>
 お久しぶりです! 焼き芋ですかぁ。いいなぁ。俺今年食べることができませんでした><
 流石だなんて、そんなそんな(汗) もったいなきお言葉ありがとうございます^^
 よく考えると、黒斗にえこひいきしすぎじゃない? という展開が相次いでますね。和弘にももっとかっこいい役をあげなければ。修学旅行編はとにかく波乱波瀾な展開でお送りできるようにしますので、どうかお楽しみにしていてください^^
 ど、どしたのですか? 弊害て(汗)
 
 ご感想ありがとうございました!
2009-12-30 21:49:01【☆☆☆☆☆】湖悠
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。
エロスイベントー!! エロスイベントはアレですよ。男子の憧れだと思ってます。でも女子同士の乳の触りあい、スカートの捲りあいなんかは割りと普通にやってたなと思い出したり。いや、ごちそうさまでした(何が
黒斗、そうだね。まだ小さいうちは母上が恋しいですよね。うん。私も母親っ子だったから、気持ちはよく解りますよ。そしてミコちゃんと出会って、淡い恋心を知って、もう少しで彼の心が溶かされるかと思ったら一転してあんなことに……。そうですね。強くなれば色んなものを守れますものね。うん、素直に次が楽しみだなと思いました。
2010-01-02 22:00:41【★★★★☆】水芭蕉猫
水芭蕉猫さん>>
 お読みいただきありがとうございます^^ それと明けましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいいたしますね♪
 女キャラが多い中でエロスイベントをやらないわけにはいきませんものw 男子の憧れです。中学の時はよく女子がもみ合ってて困りました。目のやりどころが全然わかりませんもの。
 もしミコが生きていて、黒斗と仲良くしていたら、もしかしたらもっと柔らかい性格になっていたかもしれませんね。久々に俺の考えるアカイイトらしき悲恋を描けてよかったと思っています^^
 ポイント加算ありがとうございます! 次回からも頑張りますので、どうかよろしくお願いいたします。
 それでは。
2010-01-02 23:06:15【☆☆☆☆☆】湖悠
計:16点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。