『我が名はゲンさん』作者:木沢井 / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
 誰だって、第一歩を踏み出すのにはそれ相応の勇気か、それに代わる後押しが要るものさ。
全角25507文字
容量51014 bytes
原稿用紙約63.77枚

 自慢にしか聞こえないことは分かってるが、わたしは物心ついた時から周りにいる、だいたいの人よりは器用だったし、まあそこそこ利口だったと自覚している。
 その気になればおおよそのことはできたし、できなくてもできないなりに上手くやってこれた。例えば保体だったり、家庭科だったり、音楽やら図画工作やらだったり、後はまあ、細々としたところで。
 だからわたしは、小学校くらいから周りを内心では小ばかにしつつ、その『周り』に合わせるという、今にして思えば面白くも何ともない日々を送っていた。
 その最たる時期が、中学二年生の頃だった。


 放課後、クラブに向かうまでの道中を、数人の友人らと肩を並べて歩く。
「でさー、そいつがマジ最悪な奴でさー」
「ふぅん」
 まるで中身のない愚痴に合わせ、源五郎丸百合絵(げんごろうまるゆりえ)も他の少女らのように形だけの同意を返してやる。彼女が単純に愚痴を吐き出したいだけというのは傍から別の少女との会話を聞いていてよく分かっていた。
「たしかにね、そりゃあもっと空気読むべきだったよ」
「でしょー? やっぱユリちゃん分かってるねー」
「ほんとほんと」
 お前らが単純なだけだよ――そう思うことは多々あっても、決して表には出さない。するとしても、その発言が冗談として流される場合にのみ限る。
 まだまだ続いている、中身のない会話。話を聞く限りでは、君ら何だかんだで一日退屈してないじゃん、といった率直な感想は頭の片隅にのみ留めておく。代わりに口から出したのは、会話から置き去りにされない程度の相槌と、適当な話題の提供だけ。
 こんな風に上手く小賢しく立ち回ってきたおかげか、さしたる恨みも買わずにやってきた。友人知人はそれなりにいるし、彼女らとはあだ名を付け合ったり互いの家に泊まったりもした。他人と比較したことはなかったが、少なくとも順調だと思っていた。
「げ」
 誰かが、露骨に嫌そうな声を発した。
 遅れて見れば、目的の階段の手前、各教室前に設置されたゴミ箱の前に一人の男子生徒が何故かゴミ箱に手を突っ込み、掻き回している。顔までは分からないが、腕章で同学年だということは分かった。二年生か。あんな奴いただろうか。
 それはいいとして、何してるんだありゃ。
 そんな疑問に、また別の誰かが図らずも答えをくれた。
「あれ、クラオカじゃね?」
「クラオカ? あいつが?」
「うっわ、またあんなのやってんのかよ」
「ありえねー。やっぱあいつ頭おかしくね?」
 口々に、しかも遠慮なんて欠片もない言葉を交わす彼女ら。そこに悪意はない。しかし無自覚な棘のある、言葉だった。きっと誰かに刺さってるなんてこと、彼女らが気付くことはないのだろう。
「行こ、ユリちゃん」
「……ん、ああ」
 喋り尽したのだろう。彼女らは何事もなかったかのように手を差し出してきた。物理的にも。比喩的にも。
 再び中身のない会話に興じていると、必然的にクラオカは近くなっていく。
(ん?)
 クラオカは、ゴミ箱から離れると、それまで傍にいた男子生徒に、何かを渡した。
「これで、いいのかな?」
「……あ、はい、これです! ありがとうございます先輩!」
 どうやら一年生だったらしいその男子生徒は、ものすごく嬉しそうな顔でクラオカに礼を言っていた。
 ゴミ箱に紛れていたものを、拾ってあげていたのか?
(まさか、ね)
 隣近所で人が死んでても気付かないこのご時勢に、そんなおめでたい頭をした奴がいるわけなんかない。もしもいるのだとしたら、その時は彼女らの言葉が間違っていなかったということになる。
 クラオカと、すれ違う。都合よく、一瞬だけだが正面からその顔を盗み見ることができた。
 一見した限りでは、クラオカは背丈が標準を少し上回っている以外、何の変哲もなさそうな少年だったが、ただ、目の奥に言葉では表し難い、まさしく『光るもの』があった。
(……ふぅん)
 世の中、あんな奴もいるんだなと、少しだけ思った。
 思っただけで、その日はそのまますれ違った。


 夏とはいえ、朝方や夜は多少涼しさを感じるが、体育館にいると季節も昼夜もなく熱い。秋や冬になれば少しは肌寒く感じる時もあるが、それも準備運動を始めるまでのことだ。
 といっても、今みたいな春先には何の関係もないことだが。
 ほぼ垂直に押し上げられたボールは、狙った通りに(、、、、、、)ゴールの枠にぶつかって別の部員の手に渡った。
 男子よりも背が高いから、という理由から、小学校の時にバスケを始めた。最初はボールを追いかけるので精一杯だったが、四年も続けた甲斐もあって、今はそれなりに楽しめるようになった。
 ――そう、それなりに。
「惜しかったねー。もうちょっとだったのに」
「……ああ、ほんとにちょっとだった」
 どこか弾んだ口調の裏側には目も向けず、ここでも適当に流した。
 その『もうちょっと』は、おそらくずっと埋まるまいよ。
 技術が向上していく中で、最も磨かれたのは『周囲に合わせて自分の力量を調節する』こと。早い話が、上手く手抜きをすることだった。
 彼女らに試合で勝つとか腕を磨くとか、そういう類の熱意がないことは入部してからすぐに分かった。適当に集まって、適当に喋りながら運動する。場合によってはミーティングという名の駄弁りだけ。そのくせ、誰もが別の誰かがちょっとでも抜きん出たりすると気に食わない顔をする。
 やり辛いったらありゃしない。そう思ったのはここに入部した時だったか。
 だがそれも、上だろうと下だろうと、抜きん出る奴は受け容れられ難いのがこのぐらいからの年代の特徴なんだろう、と考え直していた今は、もうすっかり慣れてしまった。
 そういった意味では手の抜けないクラブ活動を終えると、クラブの連中に混じってカラオケだのファミレスだのに寄り道する。そこでもお決まりのように色恋と怨恨と不平不満の話ばかり。君ら他に関心事はないんかい、と思わないこともないが、これだけ話題が出てくるんだから大したものだと心底思う。
「ねね、ユリちゃんって好きな男子とかいる?」
「わたし?」
 お決まりのように向けられる質問。周りは雰囲気も手伝い、興味津々といった顔でこちらを覗き込んでくる。
 真面目に答えるなら、回答は『いないというか興味がない』となる。だが、ここで肝心となるのは彼女らを『どのようにして白けさせないか』ということ。
「そうだねぇ……」
 敢えて、焦らす。その場の流れに『溜め』を作り、ほぼ全員の注意を引き付けてから、わたしは名前しか知らない男子の名前を告げた。
「えー!? ユリちゃんあいつが好きなの!??」
「まあ、気になるというか何というか……」
 これ以上言葉をはぐらかす必要はなかった。意外な人物の名前を出された彼女らは、額を寄せ合って口々にその少年に関する噂や評価を喋り始めた。
 そのまま延々と続けておいてくれればいいさ。じきに話題が飛び火してわたしのことも忘れるだろう。
 その飛び火してきた話題を同じように、ただしやり方だけは微妙に変えてやり過ごす。わたしは一時間半くらい、そうやって潰していた。
 次の店に移ろうか、という話が出るのを見計らい、門限を理由に真っ直ぐ家に帰る。
 そこから先は、他の連中と大差ない。門限を少し過ぎたと過保護気味な母さん父さんのために適当な言い訳を考えて喋り、残るは入浴と就寝だ。
「ふぅ……」
 手鏡で、軽く自分の容姿を確認する。
 客観的な印象は『薄い』となるだろう。痩せてるから顔はそこそこ面長と言えるかもしれない。髪は細く、手入れは適当にしかしていないのに滑らかさはそれなりにあった。眼も糸のように細く、よく『起きてるのか寝てるのか分からない』と言われたことはある。鼻は……人と比べたことがなかったから何とも言えないが、そんなに幅ったくないとは思う。
 つまるところ、取り立てて目立つ容姿ではない。だからといって困るわけでもないが。
 簡単に顔や髪の毛のチェックを終わらせると、翌日の授業の時間割を済ませ、いよいよ就寝する。
 そんな毎日って詰まらなくないかと訊かれれば、どうでもよさげにこう答えるつもりだった。
 あんたの人生だって、そうそう変わりないだろうよ――と。
「つまらない……か」
 そういえば、あの男。クラオカだったか。何故か知らないけどあいつの顔が浮かぶ。
 損な奴だと思った。適当に手を抜いて、適当に他の連中に混じっていれば後ろ指をさされずにすむというのに。
「だけど、」
 あの時、おそらく初対面だったはずの後輩から感謝されていたあいつは――自己満足も多分に含まれていただろうが――とてもいい顔をしていた。
 あんな奴もいるんだな。この言葉に無意識に込めていた中身を、わたしの小賢しい頭は見抜いていた。
「……っはは、まさかね」
 それでもなお、『わたし』はありえないと断じた。そうであったとしても、認めるわけにはいかないのだ。
 そんな自分の臆病且つ尊大な一面に片目をつぶって、そのまま電気を消した。
 夢を見たいような見たくないような気持ちになったのは、おそらくこれが初めてだった。



 中学生になって四度目の中間試験も間近になって、ただでさえ散漫だったクラブが休みになった。
 わたしは、文理ともに苦手ではなかった。かといって得意でもないが、理解するためのコツはよく掴めていたのだろう、おかげでやたらと試験対策に追われることも、両親からも周囲からも睨まれるようなことも殆どなかったと言ってよかった。
 つまり、こうした時期になると暇をもてあまし気味になるのだ。
「ねぇねぇユリちゃ〜ん、こことここの文章ってどうなってるの?」
「あたしここ〜」
 そのせいで教室やら図書室やらで彼女らに囲まれ、教えというよりは楽して点数を取る方法を延々と尋ねられるはめになる。
「……分かったから、見せて」
 板書を適当に書き写しただけのノートを見ると、おそらく求められているだろう箇所の英文を訳して教えた。話を聞いてればなんということのない文法である。が、彼女らにそれを言うのは酷か。
 と嘯く間に、わたしは文章を訳し、その際の注意点だけを完結に教える。
「わー、こんなのよくできるね」
「だよねー」
「ほんとほんと」
「そうでもないよ」
 できる方に感嘆する彼女らに、わたしは面白みのない相槌を返しておいた。
 そんな日がしばらく続き、試験期間に突入した。
 前にも述べたとおり、テストの手応えはばっちりだったが、三日目の試験を終えた教室で、一つ問題が発生してしまった。
 問題といっても、解答欄への記入がずれていたとか名前の書き忘れだとかではない。そういった類のミスをしでかした男子生徒が実際にいたらしいが、それは隣のクラスの話で、しかもこの話題自体が全く関係のない連中が喋っていたのを偶然に拾っただけなので確証はない。とかく噂というものは尾ひれがつくもので、ましてや少し身近な他人――クラスメートの話題とくれば彼ら彼女らが放っておくわけがない。となれば、よくある作り話か風評被害か、意見の分かれるところである。
 と、こういった益体のない考えをつらつら垂れ流せるほどにわたしは暇だったのである。
 原因はいたって単純至極。いつもわたしが属している女子グループの面々が、一足早い放課後になるや否やまとめて姿を消したからだ。
「ヤバイ。テストマジヤバイ」
「あたしも。数学とかマジわけ分かんないし」
「うざい。マジやる気しないし」
「ユリちゃんテスト教えて」
 理由は概ねこんなもの。テストの手応えから自分の結果を(主として金銭的な観点から)そこはかとなく危惧した彼女らの半分くらいは、わたしが泣きつかれたので即席で作ってやった暗記用メモと携帯電話を両手に家に帰っている最中だろう。残りはどうしているか知らんが。
 閑話休題。とりあえず余ってしまった時間をどうしするかを考えるべきだろう。
 真っ直ぐ家に帰る。……帰っても特にすることがないし、華の女子中学生が何で帰宅するなり家事手伝いに従事しなければならないんだという気持ちもある。
 他の連中と遊びに行く気もしない。孤立してしまうことを避けるために友達付き合いをしてはいたが、こんな風に時間が余っている日にまで絡むのはもったいなく感じる。
 一人で寄り道。先の二つに比べて、ということもあるが、中々に魅力ある選択肢に思えた。田路町には目を惹くような娯楽施設はないが、それでも今なら気にはならないだろう。
 結論は出た。時間はたっぷり三時間はある。リンドバーグ氏よ、別に貴方を特別尊敬しているわけではないが、今だけ言葉を引用させてもらおう。
「今こそチャンスだ、か」
 まあ、単に寄り道するだけでこれは大袈裟過ぎるかなとも思ったが、わたしの気分的にはこれで問題ない。
 さて、割とすんなり予定も決まったことだし、後はさっさと教室からおさらばするだけと思い、鞄を手に廊下へと歩み出たのだが、
「わわ!?」
 そのタイミングが、非常にまずかった。
「……ん?」
 衝撃。おや、とわたしは思う。どうして視界が傾いているんだ? いや、違うな。視界は今も傾き続けていく。わたしに対して床は垂直から水平に近付くと同時に、互いの距離を――
「ごっ!?」
 二度目の衝撃。思いっきり倒れるなんてしばらくぶりだったと思ったのは、頭をさすりながら起き上がってからのことだった。
 何があったかというよりは、誰がやったかという気持ちで視線を巡らせ、当事者と思しい三人組を見定めた。
「……ん?」
「大丈夫ですか!?」
 一人は、どこかで見かけた男子生徒。抱えている茶色の塊は、段ボールか?
「おいおい、あんたでも転ぶのな」
 その横に、もう一人の男子。軽そうだと、見た瞬間に思った。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」
 そして、二人と殆ど同じくらいの背丈の、ポニーテールの女子。
「まあ、ね」
 何だかんだで見覚えのある三人と対峙すると、わたしは、ちょうど正面にいた、段ボールを抱えた男子に君がやったのかと訊いてみた。
 案の定、男子生徒は肯定した。
 横にいた男子が、代わるように話しかけてきた。
「あのすんません、こいつ一人でやるからっつってゆーずーがきかないもんだから」
「いいよ別に。どうせ悪気はないんだろう? 蔵岡貴道(くらおかたかみち)君」
「は、はい――あれ?」
 頷いてから、蔵岡は不思議そうに首を傾げた。
「? どしたのよ貴道」
「え? えっとぉ……あの、僕、貴女とどこかで会いましたっけ?」
 男子とは反対側にいたポニーテールの女子から話しかけられ、そこから蔵岡は困っているのか笑っているのかよく分からない表情を浮かべて聞いてきた。
「いや――」
 直接言葉を交わすのはこれが初めて、と正直に言いかけるが、咄嗟にわたしは言葉を選び直した。
「とりあえず、それを運び終えるべきじゃない? わたしも手伝うから、話はそれからってことで」
「あ、そうですね」
 怪しむかなと思ったが、蔵岡は意外にも頷き、すんなりと了解した。
「もう、貴道ってば……」
「ま! いーじゃんいーじゃん、人手が増えたら早く終わるしさ」
 ポニーの女子がぶつくさ洩らしている横で、頭の軽そうな男子が能天気に受け流していた。あまり深く考え事をしない人間の顔をしていた。
 まずまずの退屈しのぎにはなるんじゃないか――この時は、そう思っていた。


 資料室に段ボールの中身を運び、職員室に鍵を返すと全部の教室を回って掃除用具と蛍光灯の確認、結果を記録しつつゴミを拾うと、その足で校舎裏のゴミ捨て場に向かう。ここまでで既に、蛍光灯の廃棄などで三度も往復している。
「……これで終わり?」
「はい、ありがとうございました……ええ、と?」
 微笑みを浮かべながら、蔵岡はちょっとだけ困った表情を作った。
 ああ、そういえばまだ名前言ってなかったっけ。
「源五郎丸。信じられないでしょうけど、これが名字」
「あ、はい、ありがとうございます。えと、源五郎丸さん」
 わたしが教えると、蔵岡はさっきよりも純度の高い微笑みを浮かべた。不思議と、嫌な感じがしない。
「ていうか、すっげー名前だなぁ」
「でしょうね、日本で二番目か三番目に長い名字らしいし」
 頭の軽そうな男子に補足してやると、蔵岡とポニー女子も感嘆の声を上げていた。
 ここで一つ、話題の転換を図る。内容は、わたしの些細な疑問だった。
「そういえば、君らもこの後帰るのかな?」
「いいえ、次は外に行くんです」
 そう言って蔵岡は、慣れた様子でゴミ捨て場横の倉庫からゴミ袋と火バサミ、人数分の軍手、工具一式を持ってきた。
 おいおい、それって事務員とか校務員が使う道具じゃないのか? ていうか何でそんなに慣れているんだ?
 そんなわたしの疑問など知る由もなく、蔵岡はわたし達に軍手を配り、立てかけられている竹箒をのんびりと吟味していた。
「帰るんだったら今のうちですよ?」
 呆れているわたしに、いつの間にかポニーがやってくるとそんなことを囁いた。蔵岡に知られないようにわたしを牽制したいようだ。校舎にいた時も、何度かこっちを睨んでたし。
「……へぇ」
 早速、暇潰しをもう一つ発見。
「そんなに彼氏が心配か、ん?」
「――っな!?」
 おー赤い赤い。リトマス試験紙で言えば酸性。うん、よく溶けそうだ。……いや、溶かすんだっけ?
「あ、あたしはっ、その、まあ、幼馴染みていうか、幼稚園からの腐れ縁で……ほら、貴道って結構お人好しだし!?」
「いや、そこは知らんよ」
 こっちから振った手前、相槌くらいは打つけどさ。
「? 桜?」
 ようやく満足のいく一本を見つけたらしい蔵岡が、桜とかいう名前のポニーに近寄っていく。
「た、貴道……っ」
「どうしたの? 顔赤いけど」
 面白いくらいにうろたえるポニー桜号。そしてその原因が分からず首を傾げる蔵岡。
 なるほど、分かりやすく面白い構図だ。そう思って、都合よく近くにいた蔵岡の友達っぽい奴に話しかけてみる。
「いやぁ、愉快だねぇ」
「まーな」
「彼女らいつもあんなの?」
「んー、基本あんな風かな」
 相槌を打ちつつ、こちらにも一当てしてみた。
「で、あんたは……まあ、訊くまでもないか」
「ちょ!? おま、そりゃどーいう意味だよ!?」
 驚くほどに愉快な反応だった。このまま満足するまで弄り倒してみたかったが、蔵岡が移動し始めたので断念することにした。
「? 源五郎丸さん?」
 わたしがまだ付いてきていることに気が付いて、蔵岡が不思議そうな声を上げた。
「毒食わば皿まで――と言ったら聞こえが悪いか。折角だし、最後まで付き合わせてもらおうかと思ってね」
「つ、つきあう!?」
 背後でうろたえるポニーはとりあえず無視。相手しようとしても何もできまい。
「どうだろうかな?」
「え、でも、その、なんか申し訳ないですよ……」
 ポニーの視線が気になるのか、蔵岡は何度かそっちに目をやりながら困っていた。それでも微笑んでいるように見えるのだから不思議な話だ。
「いや、いいんだよ。わたしが邪魔なら、邪魔だとはっきり言ってくれればいい」
「え……いや、そんな……」
「わたしも、上っ面だけの笑顔は浮かべて欲しくないからね。蔵岡に嫌な顔をさせてまで同行しようとは思ってないよ」
 言葉を重ねるごとに、蔵岡の表情が揺れるのが見て取れた。
 悪いね、あんたがヘタレっぽいのは最初に見た時から確信していたんだ。
「えっと……別に邪魔だなんて、全然思ってないです、けど」
「けど?」
 もう一押しかな、とか考えていたら、横から割り込むポニーテールがあった。
「さ、桜?」
「あたし、一回警告しましたからね。先輩が後でどうなっても知りませんからね?」
 それだけ言って、桜は蔵岡から目を逸らした。あくまでも決定権が自分にあることを主張したかったのか、それとも単にわたしが蔵岡と喋っているのが気に食わなかったのか。
 気になるところではあるが、今は蔵岡の手伝いの手伝いに集中するとしよう。
 野球部のグラウンドに行って穴の空いたフェンスを応急手当し、サッカーゴールのネットの穴を塞ぎ、園芸部のもの以外の花壇の手入れをし、その傍ら空き缶やペットボトルといったゴミも回収して回る。今日はしていなかったが、他にも草むしりや落ち葉集めもやるらしい。
 そんなこんなで、ゴミ捨て場に戻った頃には空はすっかり夕焼けであった。
「君らは、毎日こんなことを?」
「はい。といっても、この二人は色々と忙しかったりしますけどね」
「ほんとよ。浩助は兎も角として、あたしは陸上部で忙しいけど……ま、まあ? 貴道を放っておくと危なっかしいし? たまには見張っとかなきゃなんないのよね!」
 や、だから力説されても困るんだって。
「……つまり、休日も?」
 おっと、そんなことより蔵岡への質問が先か。
「はい。時間があれば、学校の外でもやります」
 なんてことだ。思わずわたしは目を見開きそうになる。
 つまり、基本的に蔵岡だけで、本当に毎日やっていることになるらしい。よくあの二人は付き合えるものだ。
「どうしてまた、こんなことを?」
 単純な好奇心から出た疑問だったのだが、蔵岡は心底不思議そうな顔をした。
「ああいや、そんな難しく考えなくていいんだけどね。蔵岡みたいに色々やってる人って見たことないから、一度訊いてみたかっただけ」
「あ、そうなんですか」
 合点がいったのか、蔵岡はまた微笑んだ。
「別に、学校も道路も、きれいになったらみんなが喜ぶかな、って思っただけなんです」
 およそ迷いとは無縁の微笑みを浮かべて、蔵岡ははっきりと答えた。
 わたしは思わず、他の二人に意見を求めてしまった。
「……あれ、本当なの?」
「信じられないっしょ? だけどマジなんだよなー」
「ほんっと。いつもいつも言い出したら聞かないんだから。付き合ってあげるのも大変ですよ!」
「あ、あはは……ごめんね、ほんと」
 二人から遠慮なく集中砲火を喰らい、蔵岡は困ったような、それでいて申し訳なさそうな苦笑いを浮かべていた。
 その毒のない笑顔が、わたしには無性に眩しくて尊いもののように思えた。


 あの一件以来、わたしはテスト後に蔵岡ら三人と絡む機会が増え、それぞれがそういった人間なのか、蔵岡とどういう関係にあるのかが見えてきた。
「蔵岡ン家も久しぶりだなぁ。うっし! マリカーやろーぜマリカー!」
 猿渡浩助(さるわたりこうすけ)。二年二組。
 クラブ無所属。成績は下から数えた方が早い。それ以外に取り立てて目立つ要素なし。
 蔵岡とは、この学校で知り合ったらしい。言動や行動から推理を重ねていくと、お世辞にも頭のいい人間ではないようだ。基本的に蔵岡らからツッコまれたりしているのだが、極たまに空気を読んだ行動をとる。
「あんた何しに来てると思ってんのよ!? ほら、貴道からも言ってやりなさいよ!」
 国本桜(くにもとさくら)。一年一組。
 百メートル十三秒という中学一年の女子にしてはかなりの俊足の持ち主で、早くも他方から注目されている。頭一つ抜けた容姿と相俟って、まるでアイドルのような扱いを受けている。
 蔵岡とは幼稚園から現在に至るまでの殆どの時間を共有しており、いわゆる幼馴染と呼ばれる間柄のようだが、一方は男女の情を求めるあまり嫉妬を周囲に撒き散らし、肝心のもう一方は完全に妹扱いしている。蔵岡、浩助のまとめ役や保護者役になっている場合もある。
「う、うん。やっぱりそういうのって……後にしておいた方が、いいんじゃないかな?」
 蔵岡貴道。二年二組。
 いつも微笑んでいるばかりで、なかなか実態が見えない。分かっているのは、暇さえあれば他人人の手伝いや頼みごとを引き受けていること。賞罰なし。家庭科を除いた全科目の成績が中の下。
 本当にそれだけで、ある意味では猿渡以上に特徴と呼べるものを持たない奴。
「――な……っ」
 だと、思っていた。
 テスト対策のためにと蔵岡家に上がり、玄関に入ってすぐの部屋で仏壇を見つけてしまうまでは。
「蔵岡、これって……」
「僕の両親ですよ」
 いっそのこと、ごまかしてくれればよかったのだが、蔵岡はいつもの柔らかな表情で、声音で答えてくれた。
「僕の両親は、僕が物心ついた頃に、事故で亡くなりました」
 簡潔に答える蔵岡の声は、沈んでいるのを隠しているのか、今までと同じく純粋なものなのか、わたしには全く分からなかった。
 何故なら十分後、わたしは逃げるように蔵岡家を後にしてしまったから。


 道すがら、わたしはどうしようもない後悔の念に駆られていた。
 迂闊だった。
 このわたしともあろう者が、あんな失態をしでかすなんて。
 しかも、逃げるように、いや、真実わたしは逃げた。蔵岡の家から、あいつら三人から、
 そして何より、あの蔵岡のあの眼差しから。
 足早に蔵岡家から遠ざかりながら、わたしは漠然と考え、そして一応の理解に至る。
 蔵岡の目の奥にある光は、わたしにも推し量れない、深い深いところから来ていた。どこまでも透明な湖の底を眺めているようなものだ。見えないから湧き上がる恐怖もあれば、見えてしまうからこその恐怖もあるのだ。
 そこから、理解の枝葉が広がる。
 わたしみたいな、淡白ゆえに物事を受け入れてしまう性質とは違う。蔵岡のあれは、何もかもを積極的に包み込もうとしている。
 普通に考えれば、おっかない話だろう。底知れない危うさを持った人間が笑顔振りまいて近付いても、いや、そうじゃないにしても理解し難いと思われるだけだ。勘がいい奴なら、当然のように警戒もする。
 だけど、蔵岡にはそれが分からない。自分が人に拒まれる理由を探したとしても、『誰かのために何かをする』みたいなものが行動の大前提にあるのだろうから、結局分からないままにまた手探りで人助けをしようとするが、肝心の根っこから問題が解決していないからまた失敗の焼き直しになる。
 間違いない。蔵岡貴道、あの男は他の連中とは根っこから違う。普通の人間には清濁合わせて飲み干せる奴はいても、棘のあるものを飲める奴はいない。何故なら、まず飲もうともしないからだ。
 つまり、畑は違えど――
「……いや、何を考えているんだ」
 蔵岡の危うさに中てられたのか、わたしは頭に手を当てて不埒な考えを振り払った。
 蔵岡なら、頼まれれば快諾するだろう。あの二人――特に国本は難色を示すだろうが、それでも蔵岡が決めれば最終的には折れる。
 だとしても、わたしの身勝手さに、あの三人組を巻き込むわけにはいかない。
 源五郎丸百合絵。成績は中の上から上の下。運動神経は上々。人付き合いも手堅く煮詰めて万事順調。美味しいとこ取りで問題皆無。
 わたしの人生は、とりあえずそんな形をしていればいいのだから。


 テスト期間も終わってみれば早いもので、気がつけばいつもの日常が口を開いて待っていましたと、まあそういう次第だった。
「うわー、マジでやっばいよこれ、どうしよ」
 隣りからの、通算八回目の悲痛なぼやきと教師の冷やかしをまるっと無視して、わたしは頬杖をつきながら校庭をぼんやり眺めていた。
 蔵岡の手伝いで、学校のあちこちを回ったからなのだろう。わたしには、見下ろすだけだったこの風景を、目の前に取り寄せるように感じられた。
 あの三人は、今日も学校中を歩き回るのだろうか。意味もなく考えた。考えてどうするという気もしたが、テスト返却と採点ミス探しで潰れた授業中にすることなんか殆どないのだ。あの点数なら、親も教師も文句は言うまい。
 それなら、好きにしていた方がずっといい。
 蔵岡と国本と猿渡。奇妙な経緯で集まった三人組。この『学校』という、少数派の生き辛い環境の中で、眩しく思えた。
 不良とカテゴライズされる奴らに憧れる連中の気持ちが、少しだけ分かった今日の六限目は、結局中身もへったくれもない空想だか妄想だかで丸々潰した。
 そんな日の、放課後のことだった。
 クラブに行く途中、友人の一人が話しかけてきた。
「そういえばさ、ユリちゃん」
「何さ?」
「ユリちゃんがテスト期間の時、クラオカ達と一緒にいたってほんと?」
「――――」
 わたしは、即座に反応しかけたが、際どいところで平静な自分を装えた。
「蔵岡? 何のこと?」
「菊池さんが言ってたの。ユリちゃんがクラオカ達と学校中をうろうろしてたって」
 キクチ。その名前が出た時、わたしの中で何かが波打った。
 菊池早苗。二年二組。同級生のバスケ部員で、人望はある。特に親しくも険悪でもないが、何かとわたしに挑発的な態度をとる奴だった。
 嫌な予感しかしない。そんな奴が、何故わたしと蔵岡らのことを?
「……菊池の気のせいじゃない? だってわたしさ、テスト期間中はずっと家にいたし」
「え、そうなの?」
 他の女子達も横から顔を見上げてきた。
 下手に溜めるのは禁物。迅速且つ慎重に言葉を選び、答えなくては。
 そう思い、躍起になっていたわたしに、最悪とさえ言える事態が起きた。
「あ、源五郎丸さん」
 この一週間ですっかり聞き慣れた、間延びした男声。
 声の主は言わずもがな、ゴミ箱抱えて突っ立っている噂の張本人、蔵岡貴道であった。
「えっと、この前のことなんですけど……気にしなくても、大丈夫ですよ」
 蔵岡は気遣わしげに目を伏せつつも、唐突にそんなことを言い出した。
 言いたいことは分かる。蔵岡は、先週わたしが訪問した先でご両親の遺影を見てしまった時のことを言っている。
 だが、それを話す場所が、状況が最悪だった。
「……ユリちゃん?」
 わたしの背後と両脇には、合計五人の『友人』達。全員が蔵岡を煩わしげに見ている。
 そしてわたしの正面に、蔵岡。わたしの周りが出している雰囲気が気になるのか、首を傾げている。
 この時にわたしがとった行動は、驚くほどに迅速で、嫌になるほどだった。
「……何のこと?」
「え」
 蔵岡は、呆然とした表情でこちらを見ていた。何が起きているのか分かっていない、理解が追いついていない人間の顔だった。
「えっと、源五――」
「悪いけど、忙しいの。……行こ」
 表情の硬い蔵岡をよそに、わたしは『友人』達とその場から立ち去った。



 人は、社会の中で生きざるを得ない生き物だ。群れの中で生きなくてはならない以上、大多数に合わせて生きることが最も正しいに決まっている。
 わたしはそれを理解している。そしてそれを実行できる。「そこに在るものを在るとして受け容れ、納得する」という思想は、自分の自由と安心を保障するために編み出したものなのだから。
 窮屈に感じることは認める。蔵岡、お前のように周囲から敬遠されようとも自由闊達に個性を振る舞える人間を、それがたとえ歪な理由によるものだとしても、心の隅で羨ましく思ったことも認める。
 その上でわたしは、お前達三人組みとの関係を、絶とうと決めた。
 わたしはわたしだ。源五郎丸百合絵という人間は、お前のように生きられない。蔵岡貴道の正しさと、源五郎丸百合絵の正しさは、決して同じものにはならない。


 あれから二ヶ月と少し。夏休みも半ばを過ぎ、そろそろ進学のことも考えねばと思い立ったわたしは、田路町市立第四高等学校――通称『ヨンコー』のオープンキャンパスとやらに赴いてみた。私立でも進学校でもないのにやる意味があるのだろうか、という推測は少なからず当たっており、参加者は少なかった。もっとも、その方がわたしにも好都合だったが。
 そんなことを門の辺りでぼんやりと考えていると、背後から慌ただしい声をかけられた。
「あ! も、しかして貴女もっ、オープンキャンパス参加者だったりするっ!?」
 肩で息をしているのにもかかわらず、その人は充分過ぎるくらいの声量で問いかけてくる。
 その人は、ツインテールだとかいう髪型をしていて、この辺りでは見慣れない制服を着ていた。別の校区から来ているのだろう。息を弾ませているということは、頬の赤みの原因は夏の暑さだけではないのか。
 肯定しておくと、その人は盛大な安堵の息を漏らした。
「……っはぁ〜。そっかぁ、何とか間に合ったかにゃー」
 そう言って、その人はへたり込みそうなくらいに脱力する。先ほどまでの切羽詰まった表情といい、面白いくらいに表情の変わる人だった。
「駅で市バスに乗り遅れちゃってさぁ、もぉ必死こいてここまでダッシュだよぉ」
「……駅から?」
 まるで近所から来たような言い方をしていたので気付くのに遅れたが、その内容にわたしは呆れた。その制服でどれだけ無茶をしているんだこの人は。というかそもそも走れる距離でもないだろう。
 まあ、関係のない話か。
「それでは。時間も近いので」
 踵を返し、生徒用玄関に足を運ぶ。本当はまだ余裕があるのだが、ここで彼女といるよりは幾らかましなはずだ。
「あ、ちょっと! 待って待って!」
 彼女は大急ぎで回り込むと、
「あたし、市川秋っていうの。えんじゅーっ?」
 突然自分を指さし、その人――市川秋はまん丸な目と一緒に掌を向けてきた。えんじゅーって、もしかしてAnd you? のつもりか?
 随分馴れ馴れしい人だなと思いつつも答えるあたり、律儀なものだと自分でも思う。
「源五郎丸百合絵です。源五郎丸で、一つの苗字」
「げんごろうまるっ?」
 市川秋は「ふぇーっ」と驚いていた。既に見慣れたリアクションだったので「それじゃあ」とだけ言い残して今度こそ離れようとしたが、「ちょーっと待って!」とまたもや呼び止められる。勘弁してもらいたいね。
「げんごろうまるかぁ、それじゃあ長いなぁ……あ、そだ、ゲンさん! ゲンさんなんてどぉっ?」
「いやまあ、どうぞご自由に」
 微妙なネーミングも市川秋本人も勘弁願いたかったので、素っ気なく流して踵を返す。
「えーっ、ゲンさん的にゲンさんってNG?」
「いえ、ですから、その辺のことはどうぞ自由にしておいて下さい」
 多少無理は感じるものの、何とか振り切って足早に玄関へ。ああ、素敵な笑顔をありがとう名も知らない受付担当の方。ずり落ちかけてる眼鏡がとてもステキ。
 また変な奴が現れた。だが、あんな振る舞いをしておけば下手に関わろうとはすまい。
 ……と、思っていたのだが、
「ねえねえゲンさん、あすこクラブ棟なんだってさ。どお、後でご一緒しないっ?」
「ゲンさんゲンさんっ、ほらあの先生さ、すっごくネクタイ曲がってない?」
「わっ! ゲンさんのお弁当おいしそー。これって手作り? メイドイン・ゲンさん?」
 何故か市川秋は、ことあるごとに絡んでくるのだった。
 理由は分からない。特に悪意は感じられないが、それだけに不気味でさえあった。
(この人は、いったい何を考えてるんだ……?)
 その感覚を、二ヶ月くらい前にとある少年から感じていたことを、当時はすっかり忘れていた。


「いっやー、見所盛りだくさんだったねぇゲンさん」
 夕方。いまだに蝉は元気いっぱいに嫁さん募集の大合唱中で、わたしの気力を大いに殺いでくれていた。
 結局、彼女は終始付いて回ってきたのだった。
「あの」
 何かに憑かれたように、口を開いていた。
「どうして貴女は、わたしに付きまとうんですか?」
「うんっ?」
 市川秋は、どこか猫を連想させる、まん丸な目を瞬かせた。その向こうに、薄く目を見開いた自分の姿が確認できた。
 構わず、踏み込む。
「今日、貴女が見ず知らずの、初対面のわたしにあそこまで付きまとった理由、聞かせてもらえますか?」
 沈黙。答えは返ってこない。理由など特にないのか。それとも今の雰囲気に呑まれているのか。
「……やーっと自分から訊いてくれたかにゃー」
 彼女の反応は、わたしのどの予想とも違っていた。
 うんうんと頷いたかと思うと、市川秋は一歩進んできた。
「もーずっとずっと言いたかったんだけどね、これでやっと言えるよっ」
 市川秋は真っ直ぐにこちらの目を覗き込んできた。
「ゲンさん、何か悩み事抱えてなーいっ?」
 瞳の色は深い黒。日本人なら当たり前なはずのその色が、映したものを捕らえて放さない。
「君ってさ、何でも自分でやってきたんじゃない?」
 視線と同じ、真っ直ぐな言葉はわたしの奥に突き刺さろうとする。
 顔に物が飛んできた時と同じ心境で、反射的にごまかしの言葉を探した。
「……何でもお見通し、とでも言いたいんですか?」
「んーん! あたしにはそんな偉っそうなことなんか言えないにゃー」
 さっきまでの深さは消え、どこまでが冗談か、真意なのか量りかねる口調だけが残った。裏を読もうとしている間に、次の言葉が飛んできた。
「いっそのこと、開き直ってみたら? ――とは、言いたいかもね」
 開き直る。……開き直る?
 誰が? 何を誰に対して? ――と、とぼけてしまうのは簡単だった。
 簡単だったが、市川秋は易々とさせてはくれないだろう。おどけていながらも、目はまた真摯な光を放っている。
「お聞かせ願えますか?」
「やっ、あたしがこんなこと言っていいのか分かんないけどさ、悩みって、自分独りで何とかなっちゃうのと、自分だけじゃ何ともなんないのとがあると思うんだよね」
 何かしらの意見を求められている――直感ではあったが、ためらいがちに私見を口に出してみる。
「で、今わたしが抱えている悩みとやらが後者である、と?」
「いやいやー。いくらおねーさんでも、そこまでズビシッ! と断言はできないにゃー」
 のらりくらり。またもや市川秋から深さが消える。
「およっ、バスだよゲンさん。乗ろ乗ろ」
 校門からでた直後、そう言って市川秋はバス停に向かって走っていった。
 何なんですかあんたは――そんな疑問を口にしようかと考えたが、彼女に答える気がなければ無駄かと思い直して、頷くだけに留めた。


 バスに乗り、二人して適当な座席に落ち着くと、市川秋が口を開いた。
「あたしねっ、来年からここに通おうって決めてるの」
「? はあ……」
 またしても話に脈絡がないのはさておくとして、奇妙だな、という直感めいた疑問が持ち上がる。
「失礼ですが、市川さんはどちらにお住まいなんですか?」
「えっ? いっやー、そんな近い所じゃないんだけどさー。千手町(せんじゅまち)ってとこ。知ってる?」
「ええ、まあ」
 住所を聞いて、少しだけ驚いた。遠いなんてものじゃない。千手町は田路町市内にあるのだが、乗換えを含めて五駅ほど離れている。
(わざわざ、そんな所から?)
 田路町第四高等学校は、別に進学校ではない。優秀な実績を持ったクラブがあるわけでもない。そんな学校に、千手町なんて遠い所から通う理由なんか――
(……そうか)
 はたと、気付く。
 彼女は考えなしに、遠くにある学校を選んだのではない。
 自分のいた所から離れた場所を、敢えて選んでいたのだ。
 ――何故、そんなことを?
「……毎朝、大変でしょうね」
「ほんっと、毎日早起きしなきゃなんないからねー。お弁当作ってたら遅刻しちゃうよ」
 一番口に出したかった言葉を、全く当たり障りのないものとすり替えてしまう。
 それからは、特に会話もないまま時間が過ぎる。
 商店街前で、バスが停まった。次のバス停で降りなくてはならない。
 ボタンを押し、次のバス停で停まるようにすると、市川秋が口を開いた。
「ゲンさんは、あたしがどうしてあの学校を選んだのかって訊いてくれないんだねっ?」
「まあ、わたしには関係のないことですので」
 これは嘘偽りのない本音だった。幾らなんでも、その台詞は自意識過剰だ。
 だみ声の運転手が告げる。バスが停まった。降りなくてはならない。
「それじゃあ、わたしはこれで――」
「ほんとにいっそさ、開き直ってみたら?」
 背中に放られたのは、前にも聞かされた言葉。しかし振り返らず、バスの降り口に向かう。
「自分で決めるのって、本当怖いよ? だってだーれも責任とってくんないし、保障もしてくんないし」
 振り返らない。もう決めていた。
 決めていたのだが、
「でも、あたしはゲンさんには、今のゲンさんのままでいてほしくないかなっ! だって勿体ないもん」
「勿体ない……?」
 一瞬、言葉に引っかかりを覚えて振り返ろうとしたのだが、それは時既に遅し。
「にゃはは、それじゃーね、ゲンさん!」
 言葉の意味を問うどころか聞き直すこともできないまま、市川秋を乗せたバスは扉を閉じ、駅へと向かって排気ガスを吐き出しながら去っていった。
 バスが角を曲がって見えなくなってからもしばらくその場に残っていた。
「開き直って、ね……」
 そうそう容易く変わらせてくれるなら、わたしはもっと楽に生きていられるよ。
 そんな言葉が頭の端っこで存在感を放っていたが、何とか押さえ込むことはできていた。



 前兆は、ほんの些細なものだった。
 夏休みが明けてから、わたしにパスを回ってくる回数が目に見えて減り始めていた。
 最初は、わたしへの優先順位が低い場面が続いただけだと考えていた。
 だがその考えは、形骸化しつつある他校との練習時試合によって、二週間も経たない間に訂正せざるを得なくなった。
 試合の途中、わたしにパスが回れば得点に繋がり得る状況が何度かあった。にもかかわらず、チームメイトはわたしにパスを出そうとなかった。出せなかったのではない。出さなかったのだ。
 試合の結果は言うまでもないとして、その時からわたしは、かねてから予想していた事態が起こりつつあることだけは確信していた。
 そろそろ、潮時が近いのかもしれない。


 秋が深まりつつあった頃、蔵岡貴道は常の習慣として学校の敷地内に落ちているゴミを拾うべく、友人の浩助と一緒に歩き回っていた。
「んあ?」
 そんな折、浩助が間の抜けた声を上げる。
「? どうしたのさ、浩助?」
 気になった貴道が訊くと、浩助は真っ直ぐ指さした。その先は校門で、人影が一つ見えた。
「あ」
 その人影の正体は紛れもない。源五郎丸だった。
 おかしい。体育館からは未だにクラブに勤しむ生徒達の声が聞こえてくる。彼女がこの時間帯にいるはずがない。
 そんな日が、何日も続くはずがない。
「だよな、何であいつ――って、貴道?」
「源五郎丸さん!」
 浩助が止める間もなく、貴道は走り出し、源五郎丸を呼び止めていた。
「待って下さい、源五郎丸さん!」
「ん?」
 源五郎丸は、立ち止まる。いつもなら持っていたはずの、スポーツバッグを彼女は持っていなかった。
 息を整え、貴道はストレートに疑問を投げかけた。
「源五郎丸さん、クラブはどうしたんですか?」
「……ああ」
 貴道が尋ねると、源五郎丸は何事もなかったかのように、
「バスケ部な、辞めようと思ってるんだ」
 そう言ってのけたのだった。
 軽く扱われている内容に驚きのあまり絶句する貴道の隣で、半笑いの浩助が代わるように口を開く。
「おいおい、そりゃ嘘だろ?」
「嘘を吐く理由がどこにあるんだ? それに万が一わたしが嘘を吐いていたとしても、どうやって判断する?」
 正論だと言えば正論に聞こえる言葉だった。嘘を言っていないと主張する人間を論破できるほどの語彙も機転も持ち合わせていない浩助は、早々に俯いてしまう。
「……僕は、嘘だなんて最初から思ってません」
 だが、もう一人はそうもいかない。
「ねえ源五郎丸さん。どうしてクラブを辞めるんですか?」
「その質問の答えって、逆の質問の時と似てるな。どっちも大した理由もなく、“何となく”から始まる」
「源五郎丸さん……」
 詭弁を並べて追求をすり抜けようとする源五郎丸を相手に、しかし貴道は真っ直ぐに真意を求める。
「言わなきゃ、分かんないことってあるんですよ?」
「言っても分からんこともある。例えば今回もね」
「そんなの、言ってくれないと分かりませんよ」
「何で分かる?」
 源五郎丸の細い眼が、僅かに見開かれる。
「出会って一年にも満たない、特に接点と呼べるようなものも持ち合わせていないお前が、どうしてわたしのことを理解できる?」
 それは、拒絶を表す言葉であった。
 同時に、源五郎丸が初めて問いかける言葉でもあった。
「どうなんだ?」
「……それは」
 つかの間、貴道は言葉に迷う仕草を見せていたが、すぐに普段は見せない、凛々しい表情で真っ直ぐに答えた。
「僕にも、本当の源五郎丸さんは分かりませんよ」
 真っ直ぐに、自分を偽ることなく。
 ほらみろ。源五郎丸は声に出さずに呟いた。貴道の性格は短い付き合いの中で既に把握していた。発言さえ誘導できれば、貴道を止めることは難しくないのだ。
「ううん、源五郎丸さんだけじゃない」
「?」
 そう考えていた源五郎丸は、一つだけ見落としていた。
「僕は桜のことも、浩助のことも、父さんや母さん、他のみんなのことも、全部知ってる、分かってるだなんて、一度も思ったことはないです」
 貴道は、今までに彼女が見透かしてきた人間とは、違う。
「でも、僕は諦めたことだけはありません。どんな人だって、目を見て話せば分かり合えるようになるって、僕は信じてるから。……それに」
 深く息を吸って、貴道はどこまでも無色透明な瞳を真っ直ぐに向ける。
「そんな、寂しそうにしている源五郎丸さんを、僕は放っておきたくないんです」
 そう言って貴道は、静かに頭を下げた。傍らで一連のやりとりを見ていた浩助も、慌ててそれに倣う。
「……だから、教えて下さい」
「お、俺からも頼むぜ! なんつーか、まあアレだ――」
「余計なことはしなくていい」
 遮る言葉に、二人は思わず顔を上げていた。
「そのお節介精神には敬服するよ。だがわたしにはいらないものだね」
 どこまでも頑なな口調で、源五郎丸は言い放った。
 貴道は、悲痛な表情を浮かべることしかできなかった。理解しようとしない源五郎丸に対してではない。理解を得られなかった自分に対しての無力感から来るものである。
 そうした少年の姿から目を逸らさず、源五郎丸は胸の内に秘めていた意思を表明する決意をした。
「聞いてくれ、蔵岡」
 静かな、声だった。
「別に、お前が嫌いだからとか、悪意あってのことじゃない。おまえがそこまで入れ込んでくれてることには感謝もしている」
「で、でも……」
 懸命に言葉を探そうとして、貴道は黙って聴くことが賢明であると悟り、真剣な表情で彼女の言葉を待つ。源五郎丸はその様子に「ありがとう」と呟くと、薄く目を開いた。
「そんなお前に敬意を表したいからこそ、わたしはわたしとして、自分の中に在るものに決着をつけたい。そのことだけは、分かってくれないか?」
 真剣な表情。真摯な言葉。
 それらへの対応こそ、貴道が最も自信を持っていることであった。
「うん」
 一つ、力強く頷いて、貴道は源五郎丸を見送った。
 源五郎丸が行くのは、いつもの通い慣れた道であった。


 わたしは、体育館が見えてくると胸が高鳴るのを感じた。
 高揚感とは違う、重苦しくて嫌な気分だった。小学生の頃、初めて出た試合のことを思い出す。
 緊張と不安、この二つが一歩進むごとにわたしの中で増大しているのだ。
 耳をすました。彼女らが今、どこで何をやっているのかが手に取るように分かる。
 慣れ親しんだバスケットシューズと、床の擦れ合う音が、そこそこリズムよくボールをバウンドさせる音が、チーム同士で掛け合う声が、男子バスケ部にも負けずにわたしの鼓膜を刺激する。
 ああ、体は今何も覚えているんだなあ。
 しみじみとした気持ちになりながらも、わたしは体育館の玄関で靴を履き替え、汗で滑る掌を隠すように一度握り締めると、
「――――」
 扉を、開いた。
 一瞬だけわたしに視線が集中し、そこから半分程度に減る。
 それでよかった。
「菊池」
 大声で目当ての人物の名前を呼ぶと、要件を最小限にまとめて伝えた。
「話がある。部室に来てほしい」


 女子バスケ部の部室は、体育倉庫の一室を改装したもので、一辺が四メートルほどの小さな部屋である。
 菊池はそんな部屋の、入り口から見て奥に立ち、わたしはその入口に立つ。
「もう、ユリちゃんったらクラブ参加しないでどこ行ってたの?」
「ああ、ちょっとこいつを届けにね」
 そう言って、鞄から取り出していた茶封筒を見せる。漢字三つで『退部届』と大書されたものだ。
「……へぇ、もう辞めちゃうんだ」
 退部届けを見た途端、菊池は嗜虐的な笑みを浮かべた。
「誰かさんのお蔭でね。いや、誰かさん達のかな?」
 菊池は、「ふぅん」と鼻から抜けたような相槌を打った。そういった反応を見せることも知っていたよ。
「ま、別にどーだっていいんだけどね。あんたウザイし、てか? ぶっちゃけいない方がいーんですけどねー」
 ケラケラと、悪意のこもった笑い声を交えながら菊池は喋る。三年生の引退を境にわたしを排斥しようとし始めたことや、そのためにあちこちに手を回していたことを事細かに、まるで自分の作品を自慢するように。
 そのうち話題が、わたし自身のことに移りだした。いつも思うことだが、菊池は喋り出すと無駄に長い。
「あんたさぁ、あたしらのこと内心バカにしてたでしょ? うわ、ありえねー。何サマ? っていうかバレないっていう風に思ってるあたり相当痛くない?」
 聞く側のことも知らずに、菊池は延々とまくし立てている。どうやら彼女、入部した時からわたしのことが気に食わなかったらしい。なんというか、まあ、人に歴史ありということなんだろうか。
「あ、別に顧問にチクりたかったらチクったっていいよ? どーせこんな中学、大した罰なんかあるわけないし。ていうかそんなことしたら、分かるでしょ?」
 全員で袋叩き、か。いかにも今風の外見や口調をしている割には、随分と古典的なやり口だ。
「ま、せいぜい背中には気をつけとくよ」
「ナニソレ? わけ分かんないし」
 肩をすくめて答えておくと、菊池はわたしのそんな態度が気に入らなかったらしく、菊池は眉の片方を吊り上げて睨む。
「……とりあえず、渡すものは渡したし、今日はここで失礼するよ」
「へえ、逃げるんだ?」
 鬼の首を取ったような菊池の声音。わざわざ人が後腐れのないようにしようとしているのに。
「ま、卑怯なあんたにはお似合いか。せいぜい、あの蔵岡とかいうガ●ジらと傷でも舐め合ってれば――」
 直後、わたしの人生でも数えるほどしかない選択肢を躊躇わずにとった。
 考えるより先に、体が動いた。
 荷物を床に放り捨てた直後、わたしは四メートルかそこらの距離をあっという間に詰め、菊池の胸倉を掴み、壁に押しつける。我ながら素晴らしい瞬発力だと思った。
「わたしのことはガ●ジとでも何とでも言え。苦にもならん。だがね、蔵岡を、あの連中のことを何も知らないお前にどうこう言う資格なんかどこにもない。それだけを、忘れるな」
 吐き出したのは――いや、飛び出てきたのは、わたしが今までに言ってやりたかった、わたしの本心。
「…………っ」
 青ざめた表情で、菊池は俯いていた。薄く塗られたリップだけが、明るさの抜け落ちた顔の中で不自然なほどに浮いていた。
 ばかばかしい。そう思って手を放してやった。こんな奴に手を上げるなんて、蔵岡達への冒涜だ。
 菊池が床にへたり込む。腰抜けめと、菊池を心の中で笑う自分がいた。
 そんな自分に嫌気がさしたこともあり、わたしは捨て台詞のような別れの言葉を告げる。
「じゃあな」
 それ以来、わたしがこの部室を訪れることは二度とない。


 クラブ終わりまで十分かそこらという頃、わたしは部室を出て、玄関で靴を履き替えていた。
「……はぁ」
 思わず、息が出た。
 あんな啖呵を切って、後悔しなかったと言ったら嘘になるだろう。
 退屈だが平凡な日々への未練もあっただろうし、バスケ部に所属していたかったという気持ちだってあったさ。
 だけど、もう一線は越えてしまったんだ。わたしはバスケ部員じゃないし、あの面々とは完全におさらば、つまりこれまでよりも薄っぺらい関係しかなくなったわけだが、
 今は、まあそれはそれでいいかなと思っている。
 やり直しの利かない世の中だ。変に拘るくらいならさっさと切り替えた方がいいだろうという考えもあるしね。
 と、頭の中で混ぜっ返しながら体育館の出入り口まで来てみれば、
『あ』
「……お前ら」
 そこには、つい数十分前に口論紛いを繰り広げていた少年とその友人、おまけにジャージ姿の幼馴染まで付いていた。ご丁寧に飲み物まで買って待ち伏せか。
「あ、あはは……」
「いやまあ、貴道の奴がどーしてもって言うからさぁ」
「そ、そうなのよ! 貴道を置いて帰っちゃったら、何しでかすんじゃないかって心配で心配で……!」
 説明をどうもありがとう。
「……源五郎丸さん」
 蔵岡が、おずおずと話しかけてくる。
「その、本当によかったの?」
 ためらいがちな質問に、わたしは「いいんだよ」と返した。
「! グリーンダ――」
「はいはいあんたは黙っとく!」
 脇の方にいるバカの戯言はどうでもいいとして、わたしは胸の内を少しだけ語ることにした。
「いつかはこうなるって分かってたし、後は腹を括るだけだと思ってたけど……まさか、こんな清々しい気分になれるとは思ってなかったなぁ」
 まあ、流石にわたしも神様じゃないんだし、全てお見通し、ってわけにもいかないから当然と言えば当然か。だから蔵岡、そんなにすまなさそうにしなくていいんだぞ。
 ……と、そんなことを考えている場合じゃなかったな。
「なあ」
 キョトンとした三人組に、わたしは右手を伸ばす。対面にいる蔵岡に握手を求めている形だ。
「きっかけ、ありがとう。おかげでわたしは救われた気分だ」
 考えに考えて、結局出てきたのは短くてありきたりな言葉。だけど、しっかりと気持ちを拾ってくれると信じていた。
「……うん!」
 蔵岡は、わたしが差し出した手を固く握り返してくれた。
 日々満たされない思い。決して埋まらない幾つかのパズルのピース。
 その一つを手にすることができたわたしの気分は、とても晴れやかなものだった。
「……あのー、握手はいいんだけどさっ」
 じと目になってこちらを睨んでいた国本が、わたしの背後を指さす。
「邪魔になってるわよ?」
「ん?」
 下校時刻を幾らか過ぎた今、校舎ならまだしも、体育館にいる人間なんて限られている。となれば、誰かぐらいは推測できる。
 案の定、振り向いた先にいるのは男女バスケ部の面々だった。その中には、菊池もいた。
 あんなことがあった手前、わたしとは顔を合わせるのも嫌なのだろう。わたし達にそっぽを向いたまま、集団に紛れて校門へ足早に立ち去っていった。
「源五郎丸さん、今のって……」
「なに、お前が気にすることじゃないよ」
 もう、お互いにとって過去の人間だ。並ぶことがあっても、交わることはない。
「そ、そう?」
「ああ」
「――っん、んん!」
 突然国本が、わざとらしく咳き込んだ。あのバカは呆れた様子で眺めているということは、奴は分かっているようだ。
「ど、どうしたの桜? ま、まさか風邪?」
「え? ど、どうかしらね? 言われてみればそんな気がしなくもないけど……」
 蔵岡が自分のところに駆け寄ってくると、国本はわたしに向かって勝ち誇ったような笑みをこっそりと浮かべていた。いや、バレてるから。蔵岡以外には。
「そんな、大変じゃないか。ねえ源五郎丸さん、桜を送って行きたいから、先に帰っていいかな?」
「ああ、別にいいよ」
 なんだかんだいって、結構時間が経っていた。秋の入り口とは言っても、このままいれば肌寒くはなるだろう。折角の気分を風邪で損ねたくはない。
「その前に、一ついいか?」
「?」
 だからこそわたしは、これだけは伝えておかなくてはならない。
「今日から、わたしのことは源五郎丸じゃなくて――」
「なに!? まさか貴道にだけ下の名前を呼ばせる気!?」
「うほ!? マージで――」
「お、落ち着いて桜……ほら、浩助白目剥いてるよ?」
 貴道に触れられていることも気付かずに、桜はものすごい目付きでわたしを睨んでくる。お前は過剰反応にも程がある。
「いや違う」
「何が違うのよ?」
「蔵岡だけじゃなくて、君ら三人に言いたいことだよ」
 目を閉じる。ああ、今ほど自分の目が細いことに感謝する時はもうないんだろうなと思いながら、わたしは緊張を抑えて言葉を発する。
「わたしのことを、今日から『ゲンさん』と呼んでくれないかな?」
 今日でなくてはならない。今日であるからこそ、この言葉は意味を、力を持つ。
 なかなかどうして、わたしにもロマンチシズムというものがあるようだ。


エピローグ
 一回りして、また夏。蝉のオスどもは毎年恒例の大合唱に例年以上の力を入れているらしく、市街地のど真ん中にいるはずなのに、まるでどこかの山中にでもいるかのような錯覚を覚えてしまいそうだ。
 そんな早朝に、とある少女が「きっかけ」と出会えた校門で、三人の少女と少年らが肩で息をしていた。
「な、何とか間に合ったねぇゲンさん……」
「……ああ」
 ゲンさんと呼ばれた少女は、そこから糸のように細い眼を横にいる少年の一人に向ける。
「まったく、どこぞのバカが寝坊さえしなけりゃこんなことにはならなかったんだがなぁ?」
「っぐ……! そりゃ、あんな早くに起きるって思ってなかったから……」
「ところで蔵岡、今何時だ?」
「――っておい!? 自分から話振っといてそれかよ!??」
「いやー、今日はうっかり時計忘れてしまってねぇ」
 少年のツッコみは空しくスルーされ、蔵岡と呼ばれたもう一人の少年は腕時計を確認した結果を教える。
「えっと……あ、まだちょっとだけ余裕あるね」
「はいはい、どーせ俺は悪者ですよ。どーせ全部俺が悪いんですよーだ!」
「はっはっは、お前後でパフェ奢れよ?」
 いじける少年に更なる追い打ちをかけてから、ゲンさんは蔵岡に顎でしゃくって玄関に促す。
 歩きながら、いつもいるはずの少女の姿が見えないことについて尋ねる。
「蔵岡、そういえば国本は?」
「今日は県選抜の合宿だって。行けなくて残念がってたよ」
「だよなぁ。一緒に来てればパフェ奢ってもらえたのに」
「……うるへー」
 ぶすっとした顔で少年が洩らした負け惜しみに、ゲンさんと蔵岡は顔を見合わせて笑った。ちなみに蔵岡の方は苦笑いである。
 更に言うなら、彼らが国本と呼んでいる少女が一緒に参加できないことを残念がっていた理由は別にあるのだが、ゲンさんは何も言わないでおくことにした。
 玄関で来客用のスリッパに履き替え、少し奥へ進めば受付はすぐだった。去年と全く変わらない場所に長机があって、二人の女子生徒が並んで担当していることも。
 ゲンさんから見て、変わった点を挙げるとするなら、
「っはーい! 第四高校オープンキャンパスにようこそ!!」
 受付を担当している女子生徒の一人が、異様にテンションが高いことだろう。
「およっ? およよよよっ???」
 ゲンさんの番になると、受付担当の少女はゲンさんの顔をまじまじと見ること数秒、不意に天真爛漫な笑みから種類を変える。
「……開き直ることはできたかにゃ?」
「まあ、そこそこには」
 同じ種類の笑みで応えると、ゲンさんと少女はどちらからともなく手を伸ばし、固い握手を交わした。
「……えっと、ゲンさん?」
「っと、そうだったな」
 二人の少年のことを一時忘れていたゲンさんは、彼女のことを紹介すべく振り向いた。
おしまい
2009-11-02 00:12:39公開 / 作者:木沢井
■この作品の著作権は木沢井さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
はじめまして、もしくはTPOに則った挨拶をば。三文物書きの木沢井です。

 前回、前々回の失敗をどうにか挽回しようと躍起になった末に、需要の有無に関係なく投稿させていただきました。以前の失敗から何か学べているといいのですが。
 根本的な部分は殆ど変わっていませんが、果たして改良されていると言えるのか、正直自身はありません。なので当方は辛口も甘口も関係なく、幅広いご意見を受け付けております。
 兎に角、お読みいただきありがとうございました。

11/2 誤字脱字の修正
この作品に対する感想 - 昇順
こんにちは! 羽堕です♪
 タイトルからゲンさんの美味しい所どり処世術、みたいな話かなと思っていたら全然違ってました。今までのゲンさんよりも身近に感じられる話で、嬉しさもあるのですが、何故か寂しさ? というのを感じました。
 ゲンさんって何事にもぶれない芯の強さ(周りに影響されない我が道を行くけど、しっかり周りをフォローする)を感じていただけに、小学生の頃から続いている中二の頃の悩みなど、ちょっとしっくりこない気がしました。でもあくまで私が想っただけなので、ごめんなさい。三つ子の魂百までじゃないですが、きっかけがあるとすれば、もっと幼少期なのかなと勝手に思っていたのです。
 注目してた好きな登場人物なだけに、妄想しすぎていたようです。すいません;; でも内容は好きです! やっぱり出会いが背中を押してくれるような、主人公が一歩、前に進みという爽やかな話って良いですよね。
であ次回作と長編の続きを楽しみにしています♪
2009-09-23 17:43:11【☆☆☆☆☆】羽堕
 こんばんは、木沢井様。上野文です。
 御作を読みました。
 ……すみません。ちょっと今回、評価が辛くなります。
 木沢井様自身、話をまとめる練習と書かれましたが、今回のEP、ひとつの絵、ひとつの物語として完成していますか?
 長編と短編は書き方が違いますし、勝手が違って難しい、とも思うのですが。
 ゲンさんの根幹にある「そこに在るものを在るとして受け容れ、納得する」という誰にも変えられない思想に、貴道や浩助がどう影響を与え、”どのように変えられなかった”のか。ここを圧縮してしまったのが、たいへん勿体無く感じられました。
 次回作、また長編の更新を楽しみにお待ちしています。
2009-09-23 21:11:01【☆☆☆☆☆】上野文
木沢井様
今回の短編も拝読させていただきました。
今回はゲンさんのお話ですか、なるほど!彼女も木沢井様らしい、濃いキャラですね。ですが、濃いキャラであるからこそ、あえて一人称ではなく三人称で他目線から描いた方が面白かったのではないかなと思いました。一人称は軽いタッチで書けますが、そのぶんその人のキャラをより濃くしてしまう効果があるのではないかと私は思っています。今回の作品でもゲンさんの思考や過去などがゲンさんの口から語られているため伝わりやすいですが、あまりにも直球に伝えられてしまうため、少々退屈にも感じられました。折角ゲンさんの美味しいキャラクター性があるのですから、第三者目線で描写しても短編としてより読みやすかったのではないかな、と。
とは言え、長編の間を繋ぐ架け橋としては軽いタッチで描かれていて、読みやすく、良いものだと思いました。
それでは、次回作を楽しみにしております。
2009-09-23 23:04:41【☆☆☆☆☆】askaK
千尋です。
 そうですね……。これが『ユーレイ噺』の挿話という形で入れこまれていたら又違ったかも知れませんが、それにしても省略が多すぎて、やはり勿体ない感がありました。
 長編の背景を全く負っていない短編を書いてみる、というのも一つの方法かも知れません。私事ですが、いつ終わるとも知れぬ長編を延々と書いていると、(自分は話を完結させる能力がないのでは?)と不安に駆られ、それで短編を載せてみたことがありました。正直(新たな方にも目を通して頂けるかも)なんて色気も多少あったことも告白します^^; ま、その作品の出来不出来は思いきり棚上げさせて頂いて、でもそれによって得たものは私なりに大きかったと思います。
 また、シリーズものも難しくて、前作の背景を次作でどこまで説明するか、あまり冗長になりすぎず、さりとて省略しすぎると一つの作品として不足になってしまう……と悩ましいところであり、実のところ現在それで四苦八苦しております。
 ……なんだか自分のことばかり書いてしまいました。申し訳ありません。でも、ゲンさんの過去、本当に興味深かったです! 次回作も期待しております!
2009-09-24 07:19:59【☆☆☆☆☆】千尋
作品を読ませていただきました。最初に感じたのは「もったいないな」という感情です。せっかくしっかりしたキャラをつくっていままで物語を進めてきていたのだから、こんなに短くまとめないでもっと書きこんで欲しかったです。というかゲンさんの心内をもっと読みたかったな。ちょっと簡潔に書かれすぎていて相対的な人間関係とかの面白味がやや薄かったようにも感じられました。では、またゲンさんに再会できることを期待しつつ感想を終えましょう。
2009-09-29 09:57:49【☆☆☆☆☆】甘木
>羽堕様
 ご感想及びご指摘ありがとうございます。
 私の中では、ゲンさんはマイペースというか、淡白なようで抜け目がないというか……兎に角、掴みどころのないキャラクターなので、おそらく今の私では表しきれないところも多々あるのかもしれません。
 もしもこちらの規則に抵触しないのであれば、何とかリベンジしてみたいものです。
 貴重なご意見、改めてありがとうございます。

>上野文様
 ご感想及びご指摘ありがとうございます。図々しいかもしれませんが、その方が私としては得るものが多いので嬉しいです。
 開き直りに近いのですが、今回は「ああ、こりゃダメかも」などと自分で思うところが多々ありました。この拙作は、あまり短くすべきではなかったのでしょう。実際に下書きをしている過程で、勝手が違うなとも思いました。『凝縮』の意味を間違えたことが、今回の失敗の大きな原因であると考えました。
 もう一つ開き直りますと、大まかな枠組みだけはありました。後ほど当失敗作に新たな枠と肉付けを施し、もう少しまともな『絵』に仕上げたく思います。

>askak様
 ご感想及びご指摘ありがとうございます。
 三人称、ですか。興味深いですね。今回は軽く、書きやすい文体ばかりを考えていましたので、こうしたご意見は目から鱗でした。
 折角いただいた貴重なご意見、拙いながらも何とかものにしてみたく思います。重ね重ねありがとうございました。

>千尋様
 ご感想及びご指摘ありがとうございました。ああ、やはり勿体ないのですね……。
 長編の背景を全く負っていない、ですか……ううむ、難しいですね。昔から長編の設定にばかり力を注いでおりまして、何かしら浮かんでもすぐさま長編のどれかに結び付けたり、新たに長編を作ってきましたもので。ですが、それだけにやってみる価値はあるのでしょう。そちらにもいずれ手を伸ばしてみたく思いますが、今は当失敗作の手直しに当たりたく思います。

>甘木様
 ご感想及びご指摘ありがとうございました。
 不謹慎かもしれませんが、『勿体ない』と仰っていただけて光栄に思いました。私のような三文物書きでも期待(?)されているのかなと思いますと、次への意欲が湧いてくる思いです。
 少し時間はかかりますが、必ずや近日中には改良させていただきます。
2009-10-01 23:04:01【★★☆☆☆】木沢井
こんにちは! 羽堕です♪
 前回より、すごくゲンさんと同調できるようで入り込みやすかったです。ぶつかっての出会いの部分も暇つぶしと自分に言い訳を作りつつ、その前の振りで気にしていたというのがあるから、ちょっとした変化の兆しのような感じで良かったです。それと貴道、桜、浩助といると自然と地が出ているゲンさんが、ちょっと不思議と可愛く感じました。(それにしても貴道は、相変わらず徹底しているなw)
 ゲンさんが今までの自分を捨てるような事って簡単じゃないだろうから、貴道を拒絶してしまう気持ちも分かるなって思いました。ゲンさんの名付け親(ちょっと意味は違うけど)って、秋だったんですねw すごく軽い感じで言っているけど、ゲンさんにとったら、良い具合の押し加減だったんじゃないかなって、秋のイメージもちょっと変わりました。
 部活の退部も、きっかけに過ぎないのだろうけど、いつの間にか自分にとっての大事な物が変わっているというのは(良い方向へと)素敵だなって思えました。この話があると、ゲンさんの今までの言動も、また違ったように感じたりもします。
 子供の頃の両親が死んだ事について、浩助などが「いっていいのか」みたいな反応するのは、私は少し変かなと思いました。それと、その時点でゲンさんが知らない人物の名前を、会話の中に入れるのも貴道らしくないような気もしました。
 上のは私が勝手の思っただけですので、ごめんなさい。面白かったです!
であ長編の続きを楽しみにしています♪
2009-10-24 16:50:54【★★★★☆】羽堕
拝読しました。うぅむ。正直私は、ゲンさんのような生き方をしたいです。可も無く不可も無く、誰から怒られるでもなく、疎まれるでもなく担ぎ上げられるわけでなく、ただ静かで平穏な水面でたゆたうように生きて生きたいので、ゲンさんのようなヒトには非常に共感を覚えます。まぁ勉強面では中の上ではなくて、中の下くらいなわけですが……。ゲンさんという人となり、そして部活での対立シーンではなんだか青春っぽくて、いいなぁと思いました。貴道のことは、実は別シリーズはまだ読んでないので解らないのですが、それでもゲンさんという人物の魅力は半減しませんし、面白かったです。そしてとても読みやすかったです。
2009-10-25 21:13:00【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
 こんばんは、木沢井様。上野文です。
 御作を読みました。
 改稿前に、私が疑問に思った部分のほとんどが解決されました。これだけ大掛かりな再構成を加えるのは並大抵の努力ではなかったと思います。お疲れ様でした。
 面白かったです♪
2009-10-26 21:51:52【☆☆☆☆☆】上野文
 どうも、その節はお世話になりました。湖悠です。
 部活のシーンとかは中学の頃を思い出しました。そういえばドロドロしてたなぁ、と。ゲンさんのように、平穏な日々を望む人たちも多かったんじゃないだろうかなぁ、と。
 面白かったです。人間が変わるシーンというのは胸が躍りますね。
 それではっ。
2009-10-27 20:42:46【☆☆☆☆☆】湖悠
千尋です。
 はい、こういうゲンさんの話を読みたかったのです!
 そういえば中学時代って、こんなふうにピリピリして生きていたなって、思い出します。ある意味、やるかやられるかって感じで。みんなその中で、自分自身の個性をつかみとっていくのでしょう。
 ゲンさんの周りにいる登場人物紹介も、とても自然な形で表現されていて、良かったです。秋の洞察力と行動力はすごいですね。でも、達観しようとしつつも、きちんと自分らしさを探し当てていくゲンさんも、やっぱりすごい。
 生意気な言い方ですが、今回の再投稿分は、長編の流れを汲みつつも、きちんとひとつの短編としてまとめられていたと思います。
 面白かったです!
2009-10-28 07:46:58【☆☆☆☆☆】千尋
作品を読ませていただきました。これはいい! 前作では物足りなさ勿体なさを感じたけど、この作品は綺麗に青春物、成長譚として王道を歩んでいる。久しぶりに読後に爽快感を感じました。周りを彩るキャラもちゃんと背骨が通っていて親しみやすかったです。市川秋は好きだけど、やや便利キャラにしすぎた感もありましたが、ラストシーンで帳消しかな。とにかく楽しく読めました。面白い作品をありがとうございます。では、次回作品を期待しています。
2009-11-01 20:20:33【★★★★☆】甘木
どうも、鋏屋でございます。
私は他の作品を読んでいないのでわかりません(スイマセン)が、非常に痛快で楽しく読ませていただきました。上のかたがたのコメントを見るに、ここに出てくる「ゲンさん」は別のお話に出てくるキャラなんでしょうか? でしたらそっちも是非読んでみようと思ってます。そう思ってしまうほどこの作品に嵌りました。いや、この物語単体でも大変面白かったからなんですけどね。
文章も安定していて危なげがないし、キャラが立ってるから台詞に混乱せずに安心して読めましたよ。
最初は私もゲンさんに『人』を感じていなかったのです。たぶん私の前に現実に現れたら、あそこまで露骨ではないにしろ、菊池と同じ印象を持ったでしょうw でも倉岡邸から逃げ出すあたりから私の中で凄く人間味あるキャラになってしまって、退部のときの菊池とのシーンでメチャ気に入りました。とても面白かったです。次回作投稿もお待ちしています。
鋏屋でした。
2009-11-02 14:37:29【★★★★☆】鋏屋
こんにちは、木沢井様。噛り付く敗残兵頼家です。
作品読ませていただきました!
面白い……展開構成、そしてキャラクタに関して。やはりと言うべきか、面白い。軽快に進むストーリは読み手に非常に心地良い印象を与えますね^^ちょっとクールな源五郎丸の視点……弱冠大人びた視点かもですが、読み手がそうである以上、非常に共感が得られます^^私の得意とする作風とは180度異なるのですが、最後まで読ませるそのパワー……恐るべし!学園物のラブコメ……ちょっと今の私には(書くのは)敷居が高いですが、非常に勉強になりました!有難う御座います^^
それでは次回作その他。心よりお待ちしております!
           頼家
2009-11-02 17:58:31【☆☆☆☆☆】有馬 頼家
>羽堕様
 ご感想及びご指摘、ポイントありがとうございます。そう言っていただけると、手直しした甲斐がありました。
 ゲンさんはかなり早い段階から作中のようなスタンスを確立していましたので、貴道らだけでは彼女を動かすには力不足かと思い、市川秋を投入してみました。自分を変えるのは自分ですが、それには少なからず外からの刺激が必要かと思いましたので。
 ゲンさんの気持ちが少しずつ変わっていく過程に腐心していたつもりでしたが、まだ強引というか、至らないところはあります。その辺の失敗を次回に活かしていきたいと思います。ご指摘の箇所は、誤字脱字修正の際に可能な範囲で手直ししておきました。貴重なご意見の数々、改めてありがたく思います。

>水芭蕉猫様
 ご感想ありがとうございます。
 ゲンさんが当初抱いていた理想の生き方は、私の理想でもありました。……まあ、学業に関しましては、私も猫様と同じかそれ未満でしょうが。
 高校時代、所属していたクラブがクラブだっただけに、不備はないかと非常に気を揉んでいましたが、「青春っぽい」と言っていただけて安心しています。貴道に関しましては、別の作品を一つ仕上げてから本格的に取りかかろうと思っていますので、縁がございましたらその時にでも。現行ログの4か5にも、一応貴道を主役にしたものはあります。

>上野文様
 ご感想ありがとうございます。
 振り返ってみれば、以前のものは今回の骨組みと言いましょうか、プロットでしたね。そのようなものを投稿してしまい、誠に申し訳ありません。
 手前みそではありますが、この百枚足らずの拙作に随分と時間と手間を費やしました。おかげでエリンギ・シリーズの執筆が大幅に滞りましたが、そう言っていただけて幸いですとも。
 やはり、上野様から見れば至らない箇所はまだありましたか。何とか自力で見つけ出し、次回で改善していきたいものです。

>湖悠様
 ご感想ありがとうございます。いえいえ、私は何もしていませんよ。だいたいにおいて私は二番煎じですので。
 そんなことはさておきまして、当拙作から何か感じるもの、見出されることがございましたら、それは湖悠様の感性が磨かれておられるということでしょう。
 それでは、また近々そちらの御作にも足を運びたく思います。

>千尋様
 ご感想ありがとうございます。何とかご期待に添えられたようで、小心者の私は胸をなでおろしました。
 私は、どちらかといえば中学生のころは人を避けていることが多かったので、恥ずかしい話ではありますが、作中のような状況に遭遇したことも関わったこともありませんでした。そういうわけでして、ゲンさんや貴道らは兎も角として、菊池やゲンさんの『友人』を上手く描写できていたのか不安でした。
 ゲンさんは、『若いのに悟っちゃった人』を意識してみました。正しいことは分かるんだけど、それにどうしようもない歯痒さを感じているけど、でもそれをどうにもできないというか……その辺りを解決させる方法を、もう少し書き込んでも良かったなと今になって思っています。
 生意気だなんて滅相もない! 私など取るに足らない三文物書きです。そのような私からすれば、千尋様の最後のお言葉はとてもありがたく思いました。

>甘木様
 ご感想及びポイントありがとうございます。何とか改善できていたようで、安堵しています。
 王道を描いているのではなく、王道『しか』描けないのです……などと申していると、少し空しい気持ちになりますが、一欠けらでも爽快感を見出していただけたのなら私は幸いです。
 やはり、市川秋は活躍させ過ぎましたか。貴道らだけでは物足りないかなと思い役目を振りましたが……ううむ、主人公であるゲンさんのキャラを食いかねないのでしょか? その辺りのことは、これから勉強していきたく思います。

>鋏屋様
 ご感想及びポイントありがとうございます。楽しんでいただけて幸いです。
 ゲンさんというキャラクターは、現行ログと20081130にある二つの拙作に脇役というか、サブメインとして登場しています。どちらも割と長い上に微妙な出来ではありますが、食指が動かれたのでしたら、どうぞ。
 ゲンさんに『人』を感じない、ですか。興味深いご意見ですね。たしかに、私は彼女を仙人といいましょうか、何かを悟っているような人間として描いていたつもりなので、そうしたご意見をいただけることは三文物書き冥利に尽きます。日本語としてどこか破綻しているような気もしますが、そのあたりは平にご容赦を。
 正直なところ、テーマや主張といったものを作品に込めるのが苦手な私なので、楽しめたというご感想は何よりの幸せです。

>有馬 頼家様
 ご感想ありがとうございました。
 お褒めいただき光栄です。展開構成にはあまり自信がないのですが、ゲンさんというキャラクターは私個人としても気に入っていますので、共感が得られたと仰っていただけると嬉しく思います。
 ラブコメだなんて、私だって苦手ですよ。未経験者に何を仰るのですか!? ……いえ、失礼。有馬様が当拙作を最後まで読まれたのは、やはり有馬様にもそういったものを拾い上げられる感受性のようなものがあるということでしょうね。
 私も、有馬様の御作でどのような男女の情を描かれるのか、楽しみにしています。


皆様、貴重なご意見・ご感想、改めてありがとうございました。
2009-11-03 15:28:26【☆☆☆☆☆】木
……すみません、間違えました。上記のは私です。
2009-11-03 15:29:18【☆☆☆☆☆】木沢井
計:14点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。