『ゆうこちゃんと星ねこさん 第三巻』作者:バニラダヌキ / t@^W[ - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
もはや3年目に入っても依然として終わりの見えない、『たかちゃんシリーズ』の番外大長編です。自他共に驚異的な盛り上がりを見せた第一部『太陽がくれた季節』――その栄光を完膚無きまでに地べたに叩きつけぐりぐりと踏みにじり、でも作者とキャラと、ほんの一握りの読者の方だけは驚異的に細々と盛り上がり続けた第二部『眠れる星の柩』(『眠れる星の少女』から改題)――そしていよいよ最終章、『超銀河なかよし伝説』の幕が上がります。タカやクーニがそのDNAに秘める真実、そしていよいよ目覚めた優子ちゃんに託された悠久の使命――。さあ、全世界にすでに2〜3人しか現存しないと言われる良い子の皆さん、驚愕の新展開に刮目せよ! (注・この解説は四分六で嘘が多いかもしれません) 
全角83053.5文字
容量166107 bytes
原稿用紙約207.63枚
 
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 ゆうこちゃんと星ねこさん 【総合目次】


   プロローグ 〜はじめましてのお庭で〜 (約70枚)


   第一部 〜太陽がくれた季節〜

     第一章 レモンのエイジ (約50枚)
     第二章 トワイライト・メッセージ (約70枚)
     第三章 お見舞いはお静かに (約60枚)
     第四章 青春しゅわっち (約60枚)
     第五章 星空のにゃーおちゃん (約60枚)
     第六章 明日に向かって走れ (約70枚)  ●ここまで第一巻(incomp_02)に収録


   第二部 〜眠れる星の柩〜

     第一章 宇宙からのひろいもの (約80枚)
     第二章 狸の惑星 (約70枚)
     第三章 いい旅 ☆気分 (約70枚)
     第四章 お嬢様お手やわらかに (約80枚)
     第五章 今宵われら星を奪う (約70枚)
     第六章 人生いろいろ(約70枚)  ●ここまで第二巻(incomp_02)に収録
     第七章 おはようございますのお花屋さん (約70枚)  ●ここより第三巻(当ページ)に収録


   第三部 〜超銀河なかよし伝説〜

     第一章 大宇宙番外地 嵐呼ぶデコトラ仁義 (約80枚) 
     第二章 Fates 運命の三女神 (約90枚)  ●ここまで第三巻(当ページ)に収録 続きは第四巻(現行ログ)へ

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  第二部 〜眠れる星の柩〜 (第二巻より続き)



   第七章 おはようございますのお花屋さん


     1

 広壮な館の三階廊下、ふかふかのペルシャっぽい絨毯を踏みしめながら、勇者タカは意気揚々と歩を進めます。
 玄関と同じような黒っぽい扉がいくつも列をなし、いやがうえにも本格的史劇気分が高まる中、やがてその重厚な空気をふと和らげるように、清らかなミルキーホワイトの扉が見えてまいります。
「んむ」
 扉を飾る繊細な木彫もまた、傲る獅子やら古くせー紋章やらではなく、愛らしい子鹿や子栗鼠、そして森の木々、枝の葉々――。
 おひめさまのおへやとして、これ以上の演出は考えられません。
「――おじゃまむしまする」
 タカは丁重に一礼し、いきなしノブを回します。
 正しい騎士としては、いささか不作法な感じもしますが、どのみち相手は眠りっぱなしのお姫様なのですから、遠慮もノックもいりませんものね。
 母船イルマタル号の一等船室の数倍、MF号の寝室に比べればひゃくせんおくまん倍はあろうかと思われる、白い部屋――。
 シックな木地の木目を生かした家具調度も、窓に揺れる白いレースのカーテンも、その窓辺近く、今は四方の遮光カーテンを引き開けられている天蓋つきのベッドも、
「すばらしー……」
 タカが脳内で描いていたイマージュに、完璧に合致します。
 なんだかメマイをおこしたような足取りで、ふわふわとベッドに歩み寄り、
「……ほわー」
 タカは、暫時恍惚として我を忘れます。
 おひめさまとゆーものは、やっぱしやーらかでごーじゃすな、はねぶとんをかけているのではないか――そんな予想は残念ながら裏切られたのですが、おふとんの代わりに、でっかいシャボン玉はんぶんみたいな虹色のガラスに包まれて眠っている、白いドレスのお姫様とゆーのも、それはそれで、むやみに幻想的ではありませんか。
 絵本で見たお姫様よりは、ちょっと小さいおねいさん。
 しかし、その精緻を極めた西洋人形のごとき可憐な目鼻立ちは、並の高貴さではなく、どーしたって百万石のおひいさまクラスに相違ありません。
「……うつくしー」
 恍惚と見とれつつ、
「……うるうるうる」
 留めようもない滂沱の滝涙にくれながら、
「……かきかき、かき」
 なんじゃやらウロンなつぶやきと挙動にふけること、しばし――。
 ふと我に返ったタカは、
「はっ」
 無意識の内に己のとっていた行動を悟り、愕然とします。
「こ、こりは……」
 タカのお手々には、いつのまにかポシェットから取り出したらしい、お気に入りのラメペンが、しっかと握られております。
 そして、目の前のシャボン玉、いえ、正確には古典寝台型クライオニクス・ユニットの透明カバーには、でっかくてまるまっこいピンクのラメ文字が、こう躍っているではありませんか。
『たか かーた』。
 思わず姓名を記入してしまったのですね。
「なんとゆーことだ……」
 じぶんのものには、きちんと、じぶんのおなまえをかいておく。
 つ、つい、所有願望と現実を混同してしまった――。
 タカは大あわてで、お姫様の胸のあたりに燦然と輝くピンクの文字列を、革ジャンの袖口でこすります。
「こしこし! こしこし!」
 しかし、そのカバーはただのガラスではないらしく、よほどラメインクと相性のいい素材なのでしょうか、ちっとも薄れてくれません。
 ……ふくすい、ぼんにかえらず。
 タカは、居直ります。
 己のベストを尽くしても落ちないものは、仕方ありません。
 それに、もし万一、なんらかの理由で――どんな理由なのかは見当もつきませんが――この超豪華ベッドが、お姫様ごとどっかの道端で落とし物になっていた場合、落とし主は『たか かーた』である、そう信じてくれる正直な人が、いないとも限りませんものね。
 タカはとってもすなおなお子さんなので、過去のあやまちは瞬時に忘れ去り、
「きょろきょろ」
 適当な椅子を鏡台の前から調達し、ベッドの傍らに腰を据え、
「むふー」
 透明カバーに肘をついてほっぺを支え、この世ならず可憐なお姫様の安らかな寝顔を、いつまでもいつまでも、飽かずに眺め続けます。
「うふふふふー」
 するうち、ある疑問が、タカの脳裏に浮かびます。
 ――なにか、ものたりない。
 このよーな、すばらしくこーきなおひめさまのねむるくーかんとして、このへやは、なんだかひっじょーに、ものたりない――。
 昔、ママに読んでもらった絵本にあって、今、ここに欠けているものは何か。
 やがてタカは、ぽん、と手を打ちます。
「お花」
 そう、あの歴史的資料における眠りの森のお姫様は、たしか、きれいなきれいなお花さんたちに埋もれるようにして、王子様の訪れを待っていたはずです。
「おっはな〜」
 タカは、発奮します。
「とととととととととととととととと」
 お庭までのコースを一気に駆け戻り、
「ほいほい、ほいほい!」
 広大な花壇の、生垣の片隅にあったかわいい番小屋から、スコップやらバケツやら剪定バサミやら手押し車やら、園芸用品一式を無断拝借し、
「♪ ゆめをみる〜よに〜 花かごだ〜い〜て〜〜 ♪」
 主に思春期初期の純情可憐なお姫様向きと思われる、白百合やら白薔薇やらを、せっせと摘み集めます。
「あいた」
 薔薇の刺に指先をちくりんこされて、
「むー」
 いけないいけない、ばらはいけない、へたにおひめさまにちかづけると、いじょーはんしょくしてしまう――。
 あわてて白薔薇をほかって、代わりに鈴蘭や撫子を見つくろったりしながら、
「♪ 花をめし〜ませ〜 めしませ花〜を〜〜 ♪」
 まあ今んとこ、東京の花売り娘と言うよりは、その商売物の出荷作業に勤しむ房総の園芸農家の孫、そんなあんばいなんですけどね。
「たたたたたたたたたたたたたたたた」
 お花でいっぱいの手押し車を、幼いとはいえさすがはウルティメットのお子さん、
「とととととととととととととととと」
 イキオイに任せて何度も往復させたのち、
「つんつん、つんつん」
 お花になかば埋もれたシャボン玉の、お姫様のお顔のあたりや、胸の上で組まれた白魚のような指のあたりを、外からきちんと見えるように整えて、
「……かんぺき」
 再びその枕辺に頬杖をつき、思うさま眼福に淫します。
 ――さすがに、おひめさまとは、ちがったものだ――。
 タカの心中では、すでに勇者も騎士もなりをひそめ、ただ幼女として生まれたものの本能によって、『なにがなんでもお姫様』、『現実はどうあれとにかくお姫様』、そんな社会的に未分化の概念が、もーいっぱいいっぱいに溢れかえっております。
 たとえ今は愛嬌勝負の、園芸農家の孫っぽい自分でも、遠い未来、おっきーおねいさんになったときには、あんがいこのおねいさんみたく、やーらかそーな亜麻色の髪で、くるっと長ーい睫毛のお目々で、お鼻が『つん』なのにちっともきどってなくて、唇はちんまりさくらんぼ――そんなふうな、どっかのお姫様になっていないとも限りません。
 そんな見果てぬ夢を現世《うつしよ》の我が身に重ねつつ、今朝から波瀾万丈の一日を生き抜いてきたタカは、さすがにちょっとくたびれてしまい、畏れ多くもお姫様のご尊顔の横っちょに、ぺた、とほっぺたを落とします。
「……くーくー」
 うららかな春の陽差しが、ぽかぽかとお部屋をぬくめていても、星のお外の汎宇宙標準時だと、とっくにおねむの頃合いだったのですね。

     ★          ★

「――何やってるもんだか」
 ぶっきらぼうな言葉の中に、クーニは心底の安堵を湛え、
「まったく、しょーがねー奴だなあ」
 ベッドの横で眠りこけているタカをひょいとつまみ上げ、よしよしと胸に抱きかかえます。
「……むー」
 ひと眠り終えたタカは、ぽよぽよとお目々を開いて、
「うりうりうり」
 クーニの胸に、ひとしきりなついたのち、
「……おう」
 お部屋に勢揃いしているキャスト一同に気づき、いきなし覚醒します。
「おっは!」
 本来、とっても寝覚めのいいたちなのですね。
 宮小路さんもベッドに歩み寄り、優子様のご様子をうやうやしく確認しがてら、
「まあまあ、こんなにきれいに飾っていただいて」
 楽しそうにユニットのお花たちを愛でますと、お花の一部がさらさらとこぼれ落ち、なんじゃやらピンク色の文字列が露わになります。
 たか、かーた。
「……あらま」
 一同、さすがに呆れかえります。
「……おい、タカよ。先に名前書いても、おまいの物にゃならんぞ」
 ありゃ、やっぱし――。
 タカは笑ってごまかします。
「はっはっは」
 バックレつつも、無意識の内にそうせずにはおられなかった不可避の情動を、せめてクーニにだけは理解してもらいたくて、
「でもでも、すっごく、おひめさま!」
「ほう」
 クーニも身をのりだし、噂の眠り姫『ユウ』のご尊顔を、じっくりと検めます。
 無言で見つめること、しばし――。
 ぼて。
「あいた」
 クーニは、タカを足もとの絨毯に取り落とします。
 のみならず、何かに取り憑かれたような表情で、そのまんま一歩踏み出すものですから、
「ふんぎゅ」
 一般のお子さんでしたら、アンコがはみだして悶絶するところですが、幸いタカは弾力性に富んでおりますので、
「ぽこん」
 変形しても、すぐに復元します。
 あらまあなんてことを――あわててタカを回収する八千草さんを尻目に、がばりとユニットに伏したクーニは、カバーを覆う花々をばさばさと払いのけ、
「……優子……」
 べったりとカバーに張りついて、眠り姫の全身像を食い入るように睨め回すその姿は、もはや尋常とは思えません。
 クーニの後ろ頭の移動につれて、下のカバーのあちこちに、ぽたぽたと、何かの雫が滴っていきます。
「お、おい! どうした、クーニ!」
 心配したヒッポスが、脇から激しく肩をゆすりますと、
「――あれ?」
 我に返って振り向いたクーニの顔には、幾筋もの光の糸が流れております。
 しかし本人は、あくまでもきょとんとした様子で、
「あれ? あれ? 俺、何やってんだ?」
 などと首をひねりながら、かつて人前では一度も見せたことのない熱い涙を、あわてて拳で拭ったりしております。
 ――『鉄の乙女《アイアン・メイデン》』が泣いている!
 剛勇クーニの意外な側面を垣間見てしまった調査団一同は、やはりこいつも『鉄』である以前に『乙女』であったか、とか、でもこんな女々しい様をうっかり衆目に晒してしまうと、揺り返しで今後さらに凶暴化するんじゃあるまいな、とか、微妙な表情でクーニを見守ります。
 星猫さんと、自称・白百合天女隊の皆さんは、別の意味で微妙な表情――なんじゃやら思うところありげな視線を、ちらちらと交わしております。また清丘さんは、く、などと歯噛みをしたりもしております。
 そして、あっさり床にほかられてしまったタカだけは、
「んむ!」
 なんの遺恨も疑問もなく、八千草さんの腕の中で、ツナギのおなかあたりにクーニの足跡を残したまんま、きっぱりとうなずくのでした。
 ――やっぱし、クーニを飼い主に選んだ自分の目は、正しかった。こんなすばらしーお姫様をめっけてしまったら、めいっぱいとっちらかってしまうのが、正しい人の心とゆーもの。


     2

 小一時間後、館の別室、大広間――。
 と言っても、いくつもある大小の応接間の中ではいちばん小さな、しかしまばゆいばかりの彫刻や障壁画に彩られた広間で、談合が佳境に入っております。
「――貴様らが、どうしてもこの遊星型シェルターをジャポネ銀河に引いて帰りたいと言うのなら、首肯するにやぶさかではない」
 長大なテーブルの上座で、隣の小椅子にパディントン、背後に白百合隊を侍らせた星猫さんは、重々しく結論を述べます。
「しかし、それは優子の完全な蘇生を見届けてからだ」
 秋田犬団長をはじめ、列席している調査団一同は、館のあまりの荘厳さに未だ少々気後れしながら、カージに視線を集中させます。
 カージは先程まで、あの寝室だけでなく、バックルームのクライオニクス・ユニット中枢部なども視察していたのですが、
「優子さんの生物学的なデータ、そして現状のクライオニクス技術の詳細なデータを総チェックしてからでないと、百パーセントの保証はいたしかねますが――」
 即断を避け、いったん言葉を切ります。
「――『が』?」
 星猫さんは、そのひょーきんな姿形から発せられるとは思えない威圧感をもって、カージの本音を促します。
 見かねた秋田犬団長が、
「蘇生はジャポネ銀河に着いてから、それではいけないでしょうか?」
 有能な団長とはいえやはり中間管理職、できるとこまで実績出したら、後の責任は上に任せたい、そんな頭があります。
「確かに母船にも先端医療器機は一式積んでおりますが、チーバあるいはトキオのユニバーシティーなら、より高度な器機も――」
 星猫さんが、その言葉を遮ります。
「星ごと貴様らの手中に落ちて、しかも優子は寝たきり、そーゆーわけにはいかんのだよ」
 ぎろりと目を光らせ、
「吾輩たちが、なんのために五十数億年の旅に耐えてきたと思う。あの優子に健やかな余生を与える――それだけのためだ。しょせんヒューマノイドの余生、たかだか数十年の命――しかし、それでもただそれだけを夢として、無間の闇を渡って来たのだ」
 己のアイデンティティーそのものに関わる話に入ったせいか、星猫さんは、背中や二又尻尾の白毛を、つんつんと逆立てたりしております。
「ここに貴様らを招いたのも、けして茶飲み話をするためではないぞ。あくまで吾輩の望む可能性に賭けたからだ。平和ボケしたジャポネの連中のこと、契約不成立ならハイさようなら、そんな甘い気でのこのこついてきたのかも知れんが、もし、こちらになんの益もなければ――ひとり残さず、屠る」
 星猫さんの背後に控えている宮小路さんたちも、微動だにしない立ち姿から、なんじゃやら凛とした殺気を発したりします。可憐型の八千草さんや河内さんは、なぜか席を外しているので、残るはツンデレあるいはデレなしの純ツン型、かなりマジなガンつけです。
「……おもしれえ」
 末座でだらだらしていたクーニが、おもむろに腰を浮かせます。
「第三ラウンド、みんなで派手にやるか? 観光会社の出張ってっても、日和見のリーマンばっかじゃねえぞ」
 隣のトモや、なりゆきで付いてきたブルモグラ班長ら無頼派を、目線で誘ったりもします。
 それはあながち、会談の席で大人しくしているのに飽いたからだけではなく、たとえお姫様が眠ったままでもMF号で引いて帰りたい、そんな深層心理が働いたからかもしれません。
 うわあ、平和会談のはずが、またまた緊迫の展開に――秋田犬団長らリーマン一同や、穏健派のヒッポスやコウがビビっておりますと、
「うにゃ?」
 星猫さんが唐突に、気の抜けたような声を発します。
 にょっきん――毛むくじゃらのぼたもちのような下半身から、いきなし何かがはえてきたのですね。
 あ、と気づいたクーニが片隣の椅子を見ますと、案の定、タカが消えております。
「あの馬鹿」
 当然、うなあうなあと身悶える星猫さんの股間をいたぶっているのは、プラスチックの潜望鏡です。
「きょろきょろ」
 まだるっこい大人たちの会話に退屈してしまい、テーブルの下を探検していたのですね。
「おう、かーいーキン●マ」
 ま、はしたない、などと眉をひそめて挙動に窮するお嬢様方の中、ややデレっ気の多い久我さんは、思わず「ぷ」と吹きながら、椅子の下のタカを引っぱり出し、あわてて駆けつけたクーニに返却します。
「どうぞ、お納めください」
「おう、かっちけない」
 クーニはタカの襟首をつかんで、目線まで持ち上げ、
「こら」
 タカはぷらぷら揺れながら、
「はっはっは」
 もはや一同、微塵の緊張感も保てません。
 星猫さんも毒気を抜かれて、
「――ま、今さら屠りはせんよ。優子を治せないのなら、貴様らは記憶消去の上で船ごと外宇宙にポイ、こっちは別の辺境ボイドにトンズラ、そんなとこだ」
 タカが、ぷらぷらと主張します。
「おひめさま、おきるよ。かんたん」
「――ほう?」
「ちっす」
「は?」
「おうじさまの、ちっす。せっぷん」
 一同、沈黙します。
 寝たきりのお姫様を起こしてあげる手法としては、確かに古典的な定番といえますが、その発音や語彙に、かなりの疑問点があります。
「……おまいは、いったい、いつどこの生まれだ」
 クーニがあきれてつぶやきますと、
「うーんとね、んーと、いまをさること、ろくねんまえ」
 タカは、大真面目にお答えします。
「とあるにちよーびのよる。うるてぃめっとのきゃべつばたけを、ぱぱとままが、なかよくおててをつないで、おさんぽしておりました。そーすると、どっかから、おぎゃーおぎゃーと、とーってもかーいーあかんぼのなきごえが、きこえてきました。なんだろー、とおもって、あたりをさがしてみますと、きゃべつのなかから、それはそれはとーってもかーいーあかんぼがいっぴき」
「――わかった。もういい」
「んでもって、あかんぼのおなかに、ちゃあんとかいてあったの。『けっこんいわい。かみさまより』。――せいめいの、しんぴ」
「はいはい」
 そんなふたりのやりとりに、すっかり脱力してしまった星猫さんは、
「ま、いい王子様がいればの話だがなあ」
 タカはきょろきょろと一座を見渡し、それらしい人材をみつくろいます。
 戦闘力ではクーニが最も適任と思われますが、残念ながら牝型です。しかして、この場に集う面々から、最も王子様っぽい牡型を選出するとなると――これはもう、一目瞭然ですね。
 タカは、スリムなイケメン君をびしっと指さし、
「はい、カージ、おうじさま。おひめさまと、ちっす」
 クーニが苦笑して、
「どのみちおまいが起こすんだとよ、カージ」
 カージも苦笑を浮かべながら、
「――どんな疾病でも、治癒率百パーセントはありえません。しかし僕の個人的見解でよろしければ、この館でも回復可能でしょう。イルマタルの器機を持ちこめば、少なくとも、トキオ・ユニバーシティーでの処置と同じ治癒率、九十五パーまでは保証できます」
 ほう、と目を見張る一同に、
「そもそもヒューマノイド原種の脆弱な生体を、たとえ外観だけでも五十数億年維持できた時点で、現代のクライオニクス技術を遙かに凌駕しているのですよ。それがガイアの技術であるにせよウルティメットの技術であるにせよ、この遊星が旅立った時点での器機もデータも、全てここに揃っている。欠けているのは、ヒューマノイド原種のゲノム性疾患に関するデータの一部だけだ。その分野に関しては、ここ数億年が解明のピークでしたからね。そのデータならば、タキオン・ネットで瞬時に引っぱれます」
 一同、大半わけがわかりませんが、とりあえず大いに勝算あり、そーゆーことのようです。
「任せていただけますか?」
 こんなとき、カージの宗教的なまでに澄んだ瞳は、絶大な威力を発揮します。
「――ま、お互い、端っから選択肢などないのさ」
 星猫さんは、宮小路さんを振り返り、
「お嬢様方も、文句はないな?」
「……もとはといえば、この星は、ただ優子様おひとりのために、ご両親様や智宏様が遺されたユニットを、拡大発展させたものですが」
 宮小路さんは清水のような表情で、
「ウルティメットの方々のエクソダスに際し、三浦財閥の末裔の方から後を托されたのは、あくまで、にゃーお様」
「……どうせなら、あのとき、もうちっとましな名前に変えてもらえばよかったなあ」
「それは、しかたありませんわ」
 宮小路さんは懐かしげな微笑を浮かべ、
「優子様が、そう呼んでいらしたのですもの」
 星猫さんは軽くうなずいて、ぽんぽんと両の肉球を打ちます。
 すると、広間の隅の扉が開き、可憐なメイド服に身を包んだ八千草さんと河内さんが、
「お疲れさまでした、ご主人様〜〜 ♪」
 などと華やいだ声を響かせながら、ティーセットのワゴンを運んでまいります。
「それじゃ、王子様もフロクの皆さんも、一服したら、よろしくお願いするよ。吾輩が、こんどこそ立派な名前をもらえるようにな」


     3

「――水底《みなそこ》の玉石《たまいし》のごと光れるこの器、さながら神の宿せし時の繭――」
 広間での談合から、すでに数週間。
 いよいよ覚醒の目処が立った優子ちゃんの寝室で、なぜか例の舞台衣装に身を包んだヒッポスが、いかにも芝居がかった口上を述べております。
「さても奇《くす》しき運命《さだめ》なるや、麗しの乙女子、大いなる久遠の眠りより目覚し時、いかな夢路を語りたまう――」
「ただグースカ寝てただけなら、ひと晩でも億万年でも、似たようなもんじゃないのか?」
 クーニが横っちょから、きわめて即物的な意見を述べます。
「ちょっと寝過ぎて、すっげー寝疲れしてるかもな」
 違う次元の反応を期待していたヒッポスは、ちょっと鼻白んだ顔でクーニを一瞥したのち、寝台横のスツールに陣取った星猫さんに水を向けます。
「まあ確かに、同じ気の遠くなるような歳月なら、そちらの星猫様やお嬢様方のように意識を保ったままの方のほうが、その思惟するところは重くて深いのかもしれませんねえ」
 壮大な歳月に渡るドラマの中で、特にこーゆー劇的なシーンなんだから、できればもっと哲学的かつ深遠なコメントをお願いしたい――そう目線で促しているわけですが、
「吾輩は猫だからな」
 星猫さんは気もそぞろに、
「おおむね丸くなって寝ておった」
 向かい側の宮小路さんも、心ここにあらずの表情で寝台を見守りながら、
「わたくしども、すでに電脳ですから」
 居並ぶ他のお嬢様方ともども、永遠のお仕えを誓った聖母様が無事にご復活を遂げてくださるかどうか、それしか念頭にないようです。
「百億の昼も千億の夜も、データ収集分析蓄積上での、量的変化にすぎません」
「……そーですか」
 浪漫魂が空回りして気落ちしているヒッポスに、クーニが険しい目を向けて、
「ところで、おまい」
 それから同じジト目をぐるりと回し、
「んでもって、おまいら」
 寝台横から寝室の入口、そして開け放たれた廊下まで、ぎっしりと詰まった集団を見渡します。
「そーやってずらずらずらずら雁首そろえて、いったいどうしようってんだ?」
 そこには団長や発掘班の面々のみならず、その後母船イルマタルから飛来して遊星のリサーチに備えていたイベント系やデザイン系の主要団員たちも群れ集い、もはや立錐の余地もないありさまです。
「この歴史的大ロマンが満つるところの一瞬を、同じ世にある人として、見逃してどうする」
 気負って主張するヒッポスに、背後のバラエティー豊かな満艦飾の集団も、いっせいにこくこくと同意します。
「おまいらほとんど人じゃねーだろう」
「生物種差別は心外だな」
「そーゆー問題じゃねえ」
 クーニは、どっせーい、と気合いを入れて、お祭り気分の集団を、まとめてずるずると部屋から押し出します。
「そもそも、年頃の娘の寝起きなんだぞ。ちったぁ時と場所をわきまえろ」
 蝶ネクタイ姿のブルモグラさんが、ぼやきます。
「人前でもどこでも、背中が地べたに付きさえすりゃあグースカ眠っちまうような女にだけは、言われたくないもんだよなあ」
「やかましい」
「私、雌雄同体ですけど」
「部外者だ部外者」
「あ、ボクの目玉を踏まないでください」
「お? なんだおまい、目玉だけ床の隅に残しやがって。視神経引きちぎるぞ」
「暴力反対」
 もろもろの抗議を受け流しつつ、クーニは、背後で呆れているカージを振り返り、
「まあ先生は男でも仕方ないやな。しまいまで、しっかりがんばってくれたまい」
「なんかずるいよなあ」
「だから俺医者って嫌いなんだ」
 集団検診日の共学校レベルの、やくたいもないブーイングとともに、その他大勢はクーニに押されて退室していきます。
 と、急にその流れが逆流しそうになるので、
「シメるぞおまいら」
「違う違う」
「押すな押すな」
「おい、道を空けろ道を」
 集団の後方から聞こえてくる騒ぎに、クーニが首を伸ばしますと、
「はいはい、ちょうっと、おごめん、おごめん」
 なんじゃやら、きーこきーこという原始的な車輪の音とともに、タカの声が近づいてまいります。
「うんしょ、うんしょ」
 見ればタカは、モータリゼーション以前のバタヤさんさながらに大汗かきながら、お花でいっぱいのリヤカーを引いております。
 額に青筋を立ててクーニを見上げ、
「うぉはぁぬあぁ」
 お花、と主張しているのですね。幼女の美意識上、どーしても譲れない一線なのでしょう。
 それから、あーでもないこーでもない、と、納得ゆくまでお花を飾りまくったのち、お姫様のお目覚めシーンに未練を残して駄々をこねるタカに、
「おまいだって、朝、目が覚めたとき、知らねー奴が自分の顔じろじろ覗いてたら、なんか、やだろ?」
「……うん」
「あとで、きちんとあいさつすればいい」
「はーい」
 そう諭して、いっしょに出て行くクーニを、カージは微笑しながら見送ります。
「――大雑把に見えて、実は人一倍繊細なんですよねえ、あの人」
 星猫さんも、目を細めます。
「ひいひいひいひい婆さん譲りなのかな」
 異議なしでうなずく百合族の皆さんの中、清丘さんだけはちょっと抵抗があるようですが、やはり同意せざるをえません。

     ★          ★

 さて、優子ちゃんが長い長い眠りから目覚めるとき、周囲の状況はどうあるべきか――これは心理学的に見て、クーニが思いやった乙女心以上に、なかなか微妙な問題なのですね。
 覚醒の日時が確定した時点で、カージと星猫さんは、この寝室でこんな会話を交わしております。
「理論的に、覚醒時の優子さんの意識は、遙か太古、その総合病院で脳内データのスキャンが完了した時点から、唐突に再開することになりますね。それから自分が仮の死を遂げるまでの、短い晩夏の記憶も戻らないわけです」
「遠からず自分はクライオニクス処理を受けるだろう――そう理解はしている。しかし、再び目覚めるときは、脳内スキャンが終わっただけの、ただの翌日なのだろうか。あるいは、誰にも予測できない歳月を経て、自分は病を克服しているのだろうか。――そんな状況で、いきなり新しい人生を迎えることになるわけだな」
 寝台のカプセル内で、一見以前と変わらず横たわっている優子ちゃんの肉体は、これまで段階的にクライオニクスを解除されながら、それと並行してゲノムレベルでの治療や代謝加速も施され、すでにハッチンソン・ギルフォード症候群は完治しております。また、筋肉組織のコンディションなども、かつての病弱な肉体からは考えられないような、理想的レベルにチューンナップされております。
 残るは、クライオニクスの最終解除とともに、体内に残された膨大な数のナノマシンによって、すでに再生待機済みの記憶や意識を、賦活させるのみ――。
 星猫さんは、かつてなく健やかな優子ちゃんの寝顔――生来の色白ながら、そのほの白い頬の内に、妙齢の乙女の血潮を確かに宿した寝顔を、さも感慨深げに見つめながら、
「この娘は、見かけによらず、誰よりも心根がしっかりしている。現に吾輩は、かつて『ただの翌日』に目覚めた優子も、はっきり覚えているぞ。末期近い衰弱した体で、それでもけなげに、なんの動揺も見せなかった」
「しかし、今度は『ただの翌日』ではありません。また、すべてが理論的に進むとも思えない。現実として、記憶や精神の再固着がどこまで確定的なものか、また、再生にあたっての心理的な動揺が、脳のメカニズムそのものにどう反映されるか――」
「言語野に追加された汎用タキオンネット言語情報も、うまく馴染んでおればいいが、何か悪さをせんとは限らんしなあ」
「その点は大丈夫だと思います。言語という情報処理体系そのものが、いわゆる『言霊』として、多く精神性そのものに関わるのは確かですが、今回は、もともと優子さんの言語野にあった語彙のみの相互変換に留めてありますから。しかし、そもそも知的生命体特有の属性である『精神』――『感性』そして『意思』、それらばかりは、いつの時代もやはり『カオス理論』の範疇にあるわけで。と、なると――」
「むう。――五十数億年という、浦島太郎も裸足で逃げ出すほどの気の遠くなるような歳月を、目覚めてすぐに、ある程度でも予感させたほうがいいのか。それとも極力、過去と乖離感のない朝を迎えるべきなのか――」
「将来『バタフライ効果』に繋がりそうな要素は、やはり極力、避けるべきでしょうね」
 それらの会話内の用語解説は、この際ちょっとこっちに置いといて、早い話、やっぱり最初のお目覚めは可能な限り就寝時に近い環境で迎えてもらおう、と、そーゆー話になったのですね。つまり同席するのは、にゃーおちゃん&パディントンと、あの日と寸分違わない姿を保っている『ことのは』の面々だけにして、眠っているうちに経過したとんでもねー歳月や社会環境の変化に関しては、おいおい、様子を見ながら納得してもらおう――。
 就寝時の環境といえば、実はあの三浦記念総合病院も、館から数キロ離れた多摩川の岸にしっかり現存しているのですが、あくまで形骸のみの遺跡です。今さらユニットごと引っ越すわけにはまいりませんので、そこはどうしても、いきなり自宅の寝室で目覚めることになります。でも、『いつもの部屋』という意味では違和感が少ないはずですし、お医者様がシブいおじさまからイケメン君に変わっているくらいは、充分許容範囲でしょうからね。

     ★          ★

「それでは――最終解除を行います」
 カージは厳かに宣言し、寝室の隅に置かれた典雅な鏡台に向かって、
「トモさん、よろしくお願いします」
 その指示は、鏡台型モニター装置を通して、バックルームに繋がります。
「おうよ」
 隣の寝室とは別状、むき出しの先端器機で満杯の隣室では、クライオニクス・ユニット中枢計器を前にしたトモが、ちょっと離れてナノマシン関係を担当している百足技師さんと芋虫技師さんに、
「そっちのグアイは?」
「OK。不随意筋および循環系担当二千四百とんで七万、任務完了確認の上、排出回収完了」
「OK。随意筋および神経系および脳神経系担当、残り八千六百十二万八千とんでとんで二機、こっちはプログラムどおりに連動中」
 芋虫技師さんが、横のソファーで眠りこけているコウに目をやって、
「このあんちゃん、起こしてやらんでいいのかな」
「寝かしといてやったほうがいいんじゃねえか?」
 百足技師さんも、そちらをふりむいて、
「結局、オペレーション上の言語解釈だの、お姫様向きの現代語監修だの、こいつも不眠不休だったからなあ」
 科学的局面には無関係っぽい考古学者のコウですが、今回の優子ちゃん蘇生プロジェクトに関しては、立派にチームの一員だったのですね。
 ちなみに、クライオニクス・ユニットのオペレーションに不可欠な超古代ガイア言語データは、その後の光の国滞在中に、古代ウルティメット言語に完訳されております。また、そもそも光の国で追加テコ入れされたテクノロジーも、てんこもりなわけです。そして現在の汎宇宙文明共通語であるタキオンネット言語は、元をたどればその光の国、古代ウルティメット文明を中心に成立したものです。ですから星猫さんや百合族の皆さんは、現在それらすべての言語を駆使できるはずなのですが――まあ世の中、そう単純には動きません。
「何十億年生きたか知らんが、あの大将、訳知り顔で偉そうにしてるわりにゃ、実務レベルはからっきしだし」
「まあ、猫だからなあ」
「お嬢様方も、なんか、お小言ばっかりのお局《つぼね》様状態だし」
「まあ、中身が婆ぁだからなあ」
 あいかわらず息の合った技師さんたちに、トモが苦笑して、
「んでも、起こしてやらんと一生恨まれそうだ」
 ぽい、と、手元の樹脂製カップを、コウの額に命中させます。
「――あ?」
 寝惚け眼《まなこ》でとまどうコウに、
「お姫様、起きたら何語でしゃべりだすか、賭けるか?」
 コウはぐりぐりと首を回しながら、
「やめとこう。それはカージさんの腕次第だから」
 つまり、この四人――もとい一人と二匹と、一人だか一匹だか微妙なコウは、知能や汎用技術や専門知識を買われて、ずっとカージのサポートを勤めていたのですね。
「んじゃ、始めっか」
 トモが、お気楽なつぶやきとともに、ボードのキーにタッチします。
「ぽちっとな」
 もちろん、内心のなんかいろいろを、そんなおちゃらけで抑えているのでしょう。
 隣室の、寝台を覆っていた透明カプセルが、片側からゆるやかに消えていきます。いえ、そう見えるのは錯覚で、反対側の寝台下部に、するすると引きこまれているのですね。
 タカが飾り付けた白百合や鈴蘭や撫子の花々が、さらさらと、枕の横やシーツにこぼれ落ちます。
 と同時に、外部からは見えない、優子ちゃんの後頭部や首筋に接続されていた幾本もの微細なコードが、絹糸のような亜麻色の髪にからまることもなく、それ自体が絹糸のように、するすると枕の下に消えていきます。
 また同時に、体内各部に残された、カージが処方した覚醒補助用のナノマシンたちも、それぞれの行動を開始します。
 カプセルの端が、ちょうど優子ちゃんの真上あたりにさしかかり、白いレースのカーテンごしの柔らかな春の陽差しを受けて、きらりと虹色に光ったとき、白百合の花弁がひとひら、またふたひら、白いドレスの胸で軽く組まれた指の上に、ひらひらと舞い降りて――
 ――ぴくり。
 その細い指先といっしょに、それまで微動だにしなかった優子ちゃんの両の睫毛が、微かに震えます。
「優子様――」
 すでに全員涙目になっているお嬢様方を代表するように、宮小路さんがつぶやきます。
 また星猫さんも、故・天知茂ばりの苦み走った目元に、底知れぬ祈りをたたえております。
「優子……」
 それはあたかも天知さんが、江戸川乱歩原作・三島由紀夫脚色・昭和四十三年公演の舞台『黒蜥蜴』において、丸山明宏さん――若き日の美輪明宏さんですね――と共演したときのような、奥深い祈りの色です。
 そして共に見守るカージも、加療中の医師として冷静な観察眼を維持しながら、それでもやっぱり内心では、己の帰依する神に、力いっぱい祈りを捧げたりしております。
 かててくわえて、寝台の横で小山を成しているお花の中から、
「……おひめさま」
 一瞬、極限まで深まる沈黙ののち、
「――は?」
「――あ?」
「――え?」
 一同が、みごとにシンクロしながらお花の山を見下ろしますと、白百合や鈴蘭の間から、なんじゃやら見慣れたちょんちょん頭のてっぺんが、ぴこぴこと浮上しつつあるではありませんか。
「……ごっくし」
 花の中からおもちゃの潜望鏡で覗いているだけでは、がまんできなくなってしまったのですね。
 ――こんガキゃあ、公園の砂場に首まで埋めたろか!
 宮小路さんは、まあさすがに内心でもそこまでは叫びませんが、ほぼそれに近い形相を浮かべて、
「せいっ!」
 花弁を撒き散らしながら、タカの首根っこをつかみあげます。
「……やっほ」
「………………」
 そのままドアに突進するにも、なにしろ豪邸ゆえ、寝室でさえだだっ広すぎて優子様のお目覚めを見逃してしまうおそれがあり、ならばとりあえず寝台の下に蹴りこもうにもそこにはクライオニクス器機がぎっしり詰まっており、クローゼットの中も同様、かぶせて隠すのに手頃なクズカゴもなく、チェストや鏡台の引き出しに収納するには異物がでかすぎ、三階の窓から廃棄するにはナマモノすぎ――。
「ぷらぷらぷら」


     4

 ――ここはどこ? 私は誰?

 瞼を開く前のほんの一瞬、優子ちゃんは、心身が真っ白な日記帳になってしまったような、果てしない空白を感覚します。
 でも、次の瞬間には、生まれてから昨日までの十四年と九箇月に及ぶ記憶がありありと蘇るとともに、かつて一度も感じたことのない、未曾有の多幸感に満たされます。
 ――光。
 瞼越しの光だけでなく、自分の内側からも、まるで邦子ちゃんの健やかな体と貴ちゃんの澄んだ心をまるまるわけてもらったような、眩しい光が漏れている――そんな感覚です。
 まあ、それはあくまで優子ちゃんの主観、ふたりに対する盲目的羨望による錯覚の体感であって、実際に邦子ちゃんのとんでもねー肉体や、貴ちゃんの際限なく脳天気な心などをうっかりもらってしまったら、人として、大変ヤバいことになってしまうわけですが。
 ともあれ優子ちゃんは、限りなく新生に近い感覚の中で、今、瞼の外に満ちはじめた光が、ただの翌日の光ではないことを、瞬時に悟ってしまいます。
 眠りに就いた当初の、エモリー大学のクライオニクス技術だけなら、真に目覚めるためには、おそらく長期間のリハビリテーションを必要としたのでしょうが、その後のウルティメット文明によるテコ入れ、また今回カージが補填した汎宇宙最先端医療技術――体内に注入された各種ナノマシン等は、それほど完璧な朝を導いてしまったのですね。
 ――だったら……今は、いつなのだろう。
 クライオニクスを受けると承諾したその日から、何度も何度も思い悩み、しかし周囲の誰にも絶対に漏らさずにきた、大いなる畏れ――。
 ――そして……ここは、どこなのだろう。
 しかし今、身体中に満ちている羽根のような軽さ、そして清々しさは、その畏れをも遙かに凌いでいるように思われます。
 ――たとえ、今がいつでも――。
 優子ちゃんは、まだちょっと光に慣れないみたいな、でもまちがいなく軽々と開きそうな両の瞼に、そっと力をこめます。
 そこがいつのどこであれ、瞼を開けることすら辛かった昨日に比べたら、文句を言ったりしては罰が当たりますものね。

 おはよう――それとも、はじめまして? 世界さん。

     ★          ★

 くるりと長い睫毛を微かに震わせながら、おずおずとあたりを窺う優子ちゃんに、
「……おはよう、優子」
 星猫さんは、五十数億年の生の内でも初めて見せるような、うるうると潤んだ瞳で優しくうなずきます。
「優子様…………」
 宮小路さんが、はらはらと落涙します。
 他の『ことのは』の皆さんも、嬉しいんだか悲しいんだか判らないようなくしゃくしゃ顔になって、よよと泣き崩れたり、体を寄せ合って、その制服の胸や袖を、お互いの涙で濡らし合ったりもします。
 優子ちゃんは、それら旧知の人々を、しばし途惑うように見渡したのち、
「……おはようございます、皆様」
 今花開く白百合のように、つつましやかに半身を起こし、
「――にゃーおちゃん!」
 だしぬけに感極まって、枕元のスツールから、力いっぱい星猫さんを抱き上げます。
 ぎゅうううううう――。
 ……ここで念のため、星猫さんは、猫といっても常識外れの体長と究極のメタボを誇っておりますから、通常、年若き少女の腕で抱え上げられるようなシロモノではございません。いかなる歓喜の為せる技にしろ、これだけで優子ちゃんの身体状況は、理想値を振り切っているのが判ります。
「こ、こら、優子、はしたないではないか」
 髭をあっちこっちに折曲げられながら、若き血潮の涙に濡れた柔らかほっぺですりすりされて、星猫さんは照れまくります。
 くしゃくしゃ顔のお嬢様方も、少し離れて控えるカージも、その幼子キリストを慈しむ聖母マリアを描いた生誕画のような美しい光景に――まあ幼子のほうがずいぶんヒネて毛むくじゃらではありますが――限りなき祝福の瞳を向けております。
 そうして優子ちゃんが、ひとしきり星猫さんの肉質を検めたのち、おずおずと近寄る宮小路さんはじめ使徒一同とも、ひとりひとり、互いに無言のまま、嫋々とうなずきあい手に手を重ね、涙と涙、瞳と瞳で心を交わしておりますと、
「――どこか、辛いところはありませんか?」
 あまりに濃厚でくすぐったい百合族の香りに耐えかねたように、カージが声をかけます。
「……新しいお医者様ですか?」
 エモリー大学の方かしら――優子ちゃんは、その青年医師の日本人離れした面立ちに、なにかしら見覚えがあるようにも思いながら、
「ほんとうに、ありがとうございました」
 取り乱した姿では失礼と、居住まいを正し、ちまちまとお顔など整えます。
「あ、どうぞ、そのままで」
 そう制するカージに、いえ、と返しながら立ち上がった優子ちゃんは、それはそれは優雅な会釈を見せて、
「こんな素敵な朝を迎えたのは、生まれて初めてです。まるで、体が羽根になったみたいで、息をするのも、ちっとも胸が重くなくて――」
 微風にそよぐ窓のカーテンを見やり、それから自分の薄い胸に、そっと両手をあてて、
「――まるで、この中にも、あのそよ風が吹いているみたいです」
 なるほど、太古の人々は、この天使の微笑を億万年先の人々まで届けようという慈悲心から、この娘を大いなる眠りに委ねてくれたのかもしれない――カージは、思わずそんな宗教的恍惚を覚えながら、
「この部屋は、お気づきになりましたか?」
「はい。いつのまにか、お家に戻っているのですね。でも……」
 優子ちゃんは、改めて星猫さんや『ことのは』の面々をふりかえり、
「私は、どれくらい眠っていたのでしょうか。ひと月、それとも……半年くらい?」
 そりゃ当然、その程度だと思うよなあ――星猫さんは、あらかじめ予期していたこととはいいながら、暫時、次の言葉を探しあぐねます。
「……まあ、そこんとこは、話せば長いことながら」
 話さなければわからない――。
 一同の不自然な逡巡に、優子ちゃんは、ちょっととまどって、
「えと、あの……それで、お父様やお母様……貴ちゃんや邦子ちゃんは――」
 そう訊ね終わるより先に、
「はーい!」
 いきなし寝台横のお花の山から、ぽこん、と、見慣れたちょんちょん頭が突き出します。
 わーい、おひめさまにおよばれしちった――タカはヒトカケラの逡巡もなく満面に喜色を浮かべ、
「あたし、タカちゃん!」
 とどのつまり、元の潜伏場所しか、隠蔽可能なスペースがなかったのですね。
 宮小路さんが、般若の眼光を発します。
 ――お、おのれは、終いまでそこに潜っとれとゆーたろーが!
「でも、よばれた」
 えっへんと胸を張って主張するタカに、
「――たかちゃん!」
 優子ちゃんは我を忘れて駆け寄り、力の限り抱きしめます。
「たかちゃん! たかちゃん! たかちゃん!」
 そりゃ何十億年も眠ってたんだから、多少のボケは残るわなあ――見守る一同、微妙に納得しつつも、ますます反応に窮してしまいます。
 タカは、なんで初対面のお姫様がこれほどまでに自分を歓迎してくれるのか、そんな疑問はもーきれいさっぱりちょっとこっちに置いといて、
「うりうりうり〜」
 純粋な愛による激しい肉体的交歓に、ここを先途と身をゆだねます。
 そして優子ちゃんは、無我夢中でタカをうりうりしまくりながら、
「……たかちゃん……たかちゃん……」
 ただひたすら、再会の喜びに惑溺しております。
 なぜかもう涙さえ流れません。
 まあ、人の感動というものには様々な種類や段階があって、真に純粋な歓喜がMAXを越えてしまった場合、ただ胸の奥がどこまでもどこまでも、ほかほかと温もってゆくだけだったりもするのですね。
 ――ああ、このたかちゃんの笑顔、ほんとうに昔のまんま! くにこちゃんもいっしょに小学校に上がった頃の、ほんと、そのまんま――って…………あ、あれ?
 ここに至って、優子ちゃんは、ようやくフリーズします。
「………」
「にこにこ」
「……………」
「にこにこにこ」
「……………………」
 抱きしめていたタカをちょっと離し、両手でぷらぷらとためつすがめつしながら、優子ちゃんは、すっかりとっちらかります。
 ……貴ちゃんの、娘さん?
 自分が眠っている間に、本当はずいぶんと歳月が流れてしまっており、そのあいだに、貴ちゃんは結婚して――。
 しかし改めて背後を確認すれば、なんじゃやらめいっぱい反応に窮している星猫さんも『ことのは』のお仲間たちも、まったく昨日の姿のまんまです。
「……えと、あの……」
 もごもごと、誰にともなく現状解説を求めた刹那、
「あ、やっぱり、ここにいやがった!」
 そんな聞き慣れた声の叫びとともに、いきなり寝室の扉が開いて、ワインレッドの人影が飛びこんでまいります。
「しょーがねー奴だなあ。おいこらタカ、おまい、どこに失せたかと思や――」
 そう言いかけたところで、優子ちゃんの呆然視線に気がついたナイスバディーなお姉さんは、なぜだかめいっぱい頬を赤らめ、
「――あ、すまんすまん。すぐ片づける」
 優子ちゃんの手から、ひょい、と貴ちゃん(推定)を奪い取り、
「こら!」
 こっつんこ。
「あいた」
「あいた、じゃねえ」
「はっはっは」
 そんな息の合った応酬ののち、再び優子ちゃんに、
「あー、いやいや、その、なんだ。おまい、目ーさましたばっかしで、騒がしちまったな。んで、良く眠れたか? あんまし寝たんで、かったるくねえか?」
 にっ、と笑ってむき出しにする輝くばかりの健康な歯列は、どこをどう見ても、長年いっしょに過ごしてきた邦子ちゃん――いえ、その、なんかアレな姿とゆーか、近未来予想図に他なりません。
「…………」
 もはやお目々くるくる状態の優子ちゃんの脳内で、忽然と、あるひとつの言霊が、記憶の底から谺《こだま》してきます。
 その谺は、すべての現実を無に帰するように、果てしなく虚ろな反響を伴って――
 ――がちょーん。
 彫像のように固まってしまっている優子ちゃんに、
「……おい、優子」
「優子様……」
 おろおろとかかる気遣わしげな声たちを、優子ちゃんは、聞いているのかいないのか、
「―――夢」
「は?」
 首を傾げる一同の姿も、見えているのかいないのか、
「夢――なのですね」
 ああ神様、たとえこれが一場の夢に過ぎなくとも、優子は確かに幸せでした――。
 優子ちゃんは、なんじゃやら悟ってしまったような微笑を浮かべながら、しずしずと寝台に戻っていきます。
「あ、あの……」
 一同あっけにとられておりますと、優子ちゃんは寝台の直前で、何か思いついたように、ぽん、と手を打ちます。
 それからおもむろに踵を返し、しずしずとクーニの前まで引き返し、黙って両手を差し出しますので、
「……えと、これ?」
 こくり。
 困惑しているクーニの手からタカを受け取った優子ちゃんは、またしずしずと寝台に戻り、ぽふ、と布団の上にタカを据え置くと、かたわらのお花の山から百合や鈴蘭を摘み取って、タカのおつむやツナギの胸などに、あっちこっち飾りつけはじめます。
「えへへー」
 お姫様に愛玩されてゴキゲンのタカに、優子ちゃんは、すでに聖母マリアを越えて阿弥陀如来クラスまで強まった慈愛の頬笑みを、惜しみなく注ぎます。
 そして、お花まみれになったタカを優しく抱きかかえ、
「……おやすみなさい」
 鈴虫のような声で、誰にともなく囁くと、それからまあるくなって、布団に横たわります。
 まあ、どうせすべてが夢ならば、ちょっとでもシヤワセの余韻を長続きさせるのに、越したことはありませんものね。夢の中のくにこちゃんもちみっこモードだったら、いっしょにまあるくなるところなのですが、ちょっとお姉さんすぎて、恥ずかしくて抱えこめません。
 言葉を失ったままの一同を尻目に、やがてすうすうと寝息をたてはじめる優子ちゃん――。
 と、その腕の中から、
「ぶいっ」
 タカが、誇らしげにVサインを繰り出します。
 やりました! 不肖タカちゃん、なんとなんと、おひめさまのだきまくらにえらばれてしまいました!
 クーニが、得心したようにうなずきます。
「んむ、なあるほど。お姫様は、二度寝するのに、湯たんぽが欲しかったのだな」
 そーゆー問題ではなさそーな気がする――他の一同は、なにがなし、がっくしとうなだれます。
 クーニはあくまでのほほんと、
「おいタカ、当分そこであったまってろよ。人間、あんまし長く寝てると、かえってなんぼ眠っても寝足りないもんだからな」
「こっくし」
 そんな、いつにも増してなーんも深くは考えていない凸凹コンビを前に、宮小路さんは、内心、思わずここまで叫んでしまいます。
 ――こいつら公園の砂場にまるまる埋めて、上からコンダラかけたろか!


     5

「大丈夫。健やかな熟睡です」
 また眠ってしまった優子ちゃんの手首に指をあてて、カージが安堵の微笑を浮かべます。
 その手首のすぐ内側で、タカは優子ちゃんの胸にほっぺたすりすりしながら、
「とっくん、とっくん、とっくん」
 などと、神妙にお姫様の心肺状況を報告します。
 鏡台型モニターの表に浮かんだ数値や曲線にも激動はなく、隣室からトモの弾んだ声が響きます。
『おうよ。心拍も脳波も、これ以上ないってくらい安定してるぞ』
 カージは、深く長い吐息ののち、
「――急速な蘇生に、まだ心身が追いつけないだけでしょう。覚醒補助のナノマシンが、ちょっと効き過ぎたのかもしれません。神経系を半数、それから随意筋系を三割ほど、待機状態に戻していただけますか」
 状況がようやく山を越えて、久しぶりに緊張が解けたからでしょうか、その声や表情に、急に疲労の色が濃くなったようです。
『全身各所ランダムに間引いていいのかな?』
「はい、そのように」
『了解』
 隣室の百足技師さんと芋虫技師さんは、てきぱきと指示に従いながら、
「しかし、さすがに違ったもんだよなあ、お姫様って奴ぁ」
「おう。俺なんか、思わずほれぼれ見とれちまったぜ」
 感に堪えない、といった面持ちを露わにしております。
「へえ。あんたらにも、そんなふうに見えるのか?」
 トモは椅子の背にもたれて大きく伸びをしながら、
「いっつもヒューマノイドを無茶苦茶言いやがるくせに。ケナシザルだのゴリラだの」
「そこが違ったとこなんだよ」
 百足技師さんはちょっと不思議そうに、
「俺らから見りゃあ、ふつうヒューマノイドって奴は、いろんな高等生物の中でも、とりわけ妙ちくりんなイキモノに見えるわけだ。こんなひょろひょろでのっぺりした不格好な奴らが、なんの因果でここまで知的進化したやら、生物学的にも不合理の極みだろう」
 芋虫技師さんも、
「まあタカの奴なんかは、確かにめっぽうかわいいんだが、それはあくまで、なんかちっこいのが一生懸命うろちょろしてるからだもんなあ。どんなイキモノでも、幼生のうちはたいがい愛嬌があるもんだ。その愛嬌で、同じ種族のみならず他の種族の保護本能をも刺激する、そんな生存競争レベルでの話だ」
「そうそう。そうした観点で言わしてもらえば、タカあたりまでがギリギリ許容範囲なんだよ。だからトモ、おまえくらいまで育っちまうと、同じ知的生命体としてこうしていっしょになんかやるときゃ、顔にゃあ出さんが、すっげー気苦労が絶えんのよ。審美的な部分で、あんましアレなんでな。あえて己の感受性を押し殺し、理性と慣れでなんとか折り合いをつける、そんな感じだ」
「……ほっとけ」
 アレという表現は、まあ『ブサイク』とか『嘔吐を催す』とか『できれば全身に紙袋かぶせておつきあいしたい』とか、はっきり言ってしまうとなんか後が恐いので、無意識の内に伏せ字にしたわけですね。
「まして、クーニの姐御ともなれば――」
 思わず言い淀む百足技師さんを、芋虫技師さんがフォローします。
「たとえば森を散歩してて、もしあんなのが藪陰から飛びだしてきたら、俺は迷わず鉄砲ぶっ放すぞ。弾倉がカラになるまで、もう蜂の巣に」
「ほう、やってもらおうじゃねーか」
「わ!」
 いつのまにやらクーニが背後に立っており、
「俺は芋虫の躍り食いが好きでなあ」
 芋虫技師さんの、いくつもある脇腹のひとつをつっついて、
「とくに、めっぽうあらいのに目がないのだ。ぐりぐりぐり」
 上機嫌な冗談顔のわりには、ぐりぐり具合に容赦がありません。
 芋虫技師さんは辟易して、
「ったく、これが、あのお姫様とおんなしイキモノかよ」
 クーニの粗っぽい笑顔と、メイン・モニターに映る天使の寝顔を見比べながら、
「まあ正直、あのお姫様だって、起き出す前は言っちゃあなんだが、ただの痩せこけたマネキンに見えてたんだよなあ。それがどうだ。生き返ったとたんに、あの、なんつーか、天井知らずに優雅な立ち居ふるまいっつーか……」
 百足技師さんも深々とうなずき、
「それと、あれは鈴を転がすような声ってのか? あの、えも言われん声を聞いてるだけで、こっちの薄汚れた命のひとつやふたつ、喜んで張ろうって気になるぞ」
「かてて加えて、あの笑顔」
「俺の外骨格まで、思わずやーらかくなるみたいな」
「『甘美にして芳醇、しかし限りなく清透』――いつかヒッポスの奴が古臭い講釈の中で言ってたんだが、あれが神代の気品ってもんなんだろうなあ」
 優子ちゃんが他の精神体に及ぼす凶悪なまでの溶解作用は、人種も生物種も選ばないようです。
 クーニはすっかりご満悦顔で、
「ふっふっふ。あれがヒューマノイド牝型の底力なのだよ」
「ってことは、あんたはやっぱり別物、突然変異」
 すかさず半畳を入れる百足技師さんに、
「ていっ!」
 クーニはご満悦顔のまま、力いっぱい関節技をキメます。
「ぐええええ」
 そんな和やかな――もとい和やかなんだかちょっと判別しがたい雰囲気のバックルームに、寝室を引き上げたカージが顔を出します。
「あいかわらず、仲がいいのですね」
 百足技師さんは、全身を蝶結びにされながらぼやきます。
「これのどこがそう見えんだよ」
 一見めいっぱい苦しげですが、全身関節だらけですので実害はなく、あくまで馴れ合いです。
「おう先生、あっちはもういいのか?」
 トモが訊ねますと、
「はい。次のお目覚めまで、あちらはにゃーおさんとお嬢様方にお任せしましょう。こちらも長期間、ご苦労様でした。皆さん、ゆっくり休んでください。しかし万一アラートの際は、またよろしくお願いします」
「よっしゃ。んじゃ、ちょこっと一億年くらい寝かしてもらうか」
 そう言って大あくびするトモの頭を、クーニがくしゃくしゃとかき回します。
「んむ、ご苦労であった」
「へっへっへ」
 自分と入れ替わりで中枢計器の前に陣取るカージに、
「ありゃ、先生、まだ頑張んのか?」
「はい。現状、健康な睡眠状態とはいえ、それもまた数十億年ぶりの生理現象ですからね。念のためノンレムとレムの二サイクルくらいまでは、この目で確認してから休みます」
「ほう、たいしたもんだ」
「医者の鑑だなあ」
「頭が下がるわ」
 等々の眠たげな賛辞を微笑で受け流しながら、
「あ、コウさん」
 カージは、退室しようとしていたコウを呼び止め、
「お嬢様方に伺ったのですが、優子さんの過去の資料――日記や書簡やアルバムなど、現物がそちらに回っているそうですね」
「はい。ガイア言語の語彙に関して、彼女固有の精神性を考慮する必要があったので」
「お疲れのところ申し訳ありませんが、お休み前に、こちらに回していただけますか。彼女が次に目覚めてからは、身体以上に精神的なフォローが重要になりますから」
「カウンセリングの下準備ですか」
「そんなところです」
 この医者《せんせい》は、もう次の気苦労に生きているのだなあ――コウのみならずその場の誰もが、呆れに近い感服の視線で、カージの整った横顔を見つめます。
「まあ、体だけは壊すなよ」
 クーニが、ぶっきらぼうな中にも情のこもった、同期の桜らしいねぎらいの言葉をかけますと、
「シェラザードの戦場を思えば、どうってことないさ」
 カージもくだけた口調で応じ、いつもより余分に頬を弛めながら、モニター画像のひとつを目線で示します。
「癒し系のオマケもあるしね」
 そのモニターでは、ちょんちょん頭にお花を飾った生体抱き枕が、お姫様の寝姿によりフィットすべく、しきりに自律変形しております。
「もぞもぞもぞ」
 そこに宮小路さんが近づいて、復活された優子様がお風邪など召されぬよう、薄手の羽根布団を掛けてさしあげようとしますと、その胸元で、猜疑心に満ちた小動物のまん丸お目々が、四方を警戒していたりもします。
「じろりんこ」
 本来淑女の宮小路さんといたしましては、優子様さえご健勝ならばオールOK、さきほどの立腹などとうに霧消しておりますので、
「はい、ご苦労様」
 小動物のおつむを軽くぽんぽんしてから、いっしょに羽根布団を掛けてあげます。
 タカは、んむ、としかつめらしくうなずいたのち、引き続きお姫様の安眠を維持するべく、内外ともにモニタリングし続けます。
「とっくん、とっくん……きょときょと」
 でもまあ、どうで脳天気な幼児のことですから、
「ぬくぬく」
 懐かしいママやクーニの胸よりはちょっと硬めであるにしろ、そのぶん清らかな温もりに包まれて、頬をくすぐる安らかな寝息に心をゆだね、慎ましい乳房の内から響いてくるゆったりとした鼓動に耳を澄ましているうちに、
「……くーくー」
 名実共にただの抱き枕、あるいは湯たんぽへと、仕様変更してしまうんですけどね。








  第三部 〜超銀河なかよし伝説〜



   第一章 大宇宙番外地 〜嵐呼ぶデコトラ仁義〜


     1

 ……えと、マジですか?
 そこのぶよんとしてしまりのない、河馬のようなお馬のような、なんだかよくわからない作者の方、今回のタイトルは『大宇宙番外地 嵐呼ぶデコトラ仁義』などという、不良性感度バリバリの昭和四十年代後期東映映画っぽいタイトルで、間違いございませんか?
 ――はい。そーですか。よろしいのですね。
 いえいえ、わたくし先生といたしましては、『トラック野郎 御意見無用』であろうが『暴力学園大革命』であろうが、はたまた『県警対組織暴力』であろうが『暴動島根刑務所』であろうが、ギャラさえきちんといただければ、きっちり語らせていただくにやぶさかではないのですが――。
 さて、本編の内容は、と。
 ぱら。
 ぱらぱら。
 ぱらぱらぱら――。
 ……えと、大丈夫ですか?
 なんか、すっげーどっかで見たことのあるような小型宇宙船と巨大宇宙戦艦のチェイス・シーン、もっとはっきり申し上げれば、まんまブローケットランナーを追っかけるスターデストロイヤー、そんなビジュアルで始まっているようなのですが……。
 今後の展開に行き詰まったあげく、TUTAYAの半額クーポンでレンタルしてきた『スターウォーズ5 新たなる希望』のDVDをまんま違法コピーしている――なんてことはないですね?
 しまいにゃゼーハゼーハと喘息持ちのように唸りながらダース・ベイダーが登場したりはしませんね?
 削除や書類送検、くらいませんね?
 ――いえいえ、めっそうもございません。
 おエラい作者様に楯突こうなどという不心得な了見は、これっぱかりもございませんよ。
 ただ、ここまで無慮一千枚に及ぶ長丁場におつきあいいただいた上、なおこれからも果て知れぬたかちゃんトリオの真実を追い求めてくださろうという絶滅寸前の良い子の方々に、いきなり頭の腐った、いえ失礼、近頃とみに脳味噌のお疲れになった作者様の若年性痴呆状態を露呈してしまっては、あまりに失礼なのではないかと懸念してしまったものですから。
 ……ま、あんまし様子がおかしくなったら、救急車呼んで、作者はキチ●イ病院に叩っこんで、続きはいつもの三人組に任せりゃいいだけの話だしな。ぶつぶつぶつ。
 おっと、ひとりごとひとりごと、っと。

     ★          ★

 さて、遊星『ユウの柩』からいきなし所変わって、ジャポネ銀河から見ればナーラ銀河とはまったく逆方向、数多の銀河群を越えて超空洞《ボイド》さえ三つも隔てたあたり、遙か彼方の辺境宙域、通称マラコット・デプス。
「こなくそぉ! デコトラ一挺で生き急ぐ渡り鳥を、ナメるんじゃねえぞぉ!」
 武骨な星間トラックのコクピット、緑色のどでかい鉱石男が、額に青筋立てて叫びながら、航宙制限速度の百倍くらいですっ飛ばしております。
 背後の宇宙空間から、びゅんびゅんと襲いくる威嚇用プラズマ砲の光跡を、ひらりひらりと巧みにかわしつつ、
「安心してな、おまえさんがた! ここで会ったが前世の縁《えにし》、天神様のお導き。この御意見無用の男一匹、なんとしてもあんたがたを、かわいい娘に引き合わせてやるぜえ!」
 さて良い子のみなさんは、その萎縮した脳味噌の片隅に、この緑色の岩石塊のようなおじさんを、なんとかご記憶でしょうか。
 そう、タカがクーニに拾われたあの晩、白鹿亭で晩御飯をごいっしょして、タカに戦災孤児の心得など教えてくれた、あの見かけのわりにはとっても優しい鉱石男さんです。
 その彼が、すっかりハイテンションになって振り返る後部座席には、仮眠用の毛布やらジャンクフードの空箱に埋もれるようにして、ひと組の夫婦がひしと寄り添い、すがるようなまなざしで鉱石男を見つめております。
 ふたりとも、年の頃なら二十七八三十凸凹でしょうか。
 ややぶよんとしてしまりのない旦那さんのほうは、良い子のみなさんならば、あ、あの人が良いだけがとりえの貴ちゃんのパパになんとなく似てるかなあ、そんなご感想をお持ちでしょうが、もちろん鉱石男さんは、そんな趣向など知る由もありません。
 しかし美しい奥さんのほうは、その高貴な美貌の中に、あの脳天気ひと筋のタカちゃんにもなぜか相通ずる一種の庶民的な『なごみ』を備えており、これには鉱石男さんも覚えがあります。
 鉱石男さんがそれに気づいたのは、ほんの一時間ほど前、辺境宇宙のコンビニ・ステーション前で、なんじゃやら訳ありげなヒッチハイクのアベックを拾い、しげしげとバックミラー、じゃねーや、機内モニターで見さだめていたときのことでした。
 はて、男のほうはべつにどこで野垂れ死んでも一向さしつかえないタイプだが、この女のほうは、ヒューマノイドに趣味のない俺でも、なぜか奇妙に気にかかる、確かどこかで見たような――。
「……おまえさんがた、もしや、軍靴に追われる身じゃねえのかい?」
 ぎくりと身を固くするふたりに、
「あ、いや、別にあんたらの素性を詮索しようってんじゃねえ。それに、俺も奴らに恨みこそあれ、チクろうなんて気はさらさらねえ。ただ、三月ばかり前に会ったチビが、妙にあんたがたに似てる気がしてな。なんか、ヴァルガルムに追われているうちに、親とはぐれたっていってたんだが、えーと、確か名前は、カタカタとかいう――」
 アベックが同時に叫びます。
「タカに会われたのですか!」
「お、おう。えーと、そう、タカだ。タカ・カータ。じゃあ、まさか、やっぱりおまえさんがた……」
 このままならぬ世間にも、こんな僥倖が残っていたのか――男女ふたりはきつく手を握り合います。
「セイザ・カータと申します。タカの父親です」
 改まって名を告げる旦那さんの表情は、ぶよんとしてしまりがないなりに、良く見れば奥さん同様、一種の気品を湛えているようです。
「ヨシアと申します。あの子の……あの子の……」
 奥さんのほうは、感激のあまり言葉が続きません。
 鉱石男さんは、ぽかんと開けっ放しにしていた口から、ようやく驚嘆を発します。
「……へええええ!」
 あのひょうきんなガキも、でかくなったらこんな奥さんになるのかもなあ。しかし父親に似ないで、ほんとによかったよかった――そんな感想はちょっとこっちに置いといて、
「あるもんだなあ。盲亀の浮木、優曇華の花っつーか、なあ」
「それで、あの子は今どこに」
「元気にしておりますでしょうか」
「おうよ。安心しろ。元気すぎるくらい元気だったぜ」
 鉱石男さんは、胸を叩いて請け合います。
「俺のダチに、クーニって、めっぽう情に篤いドライバーがいてな、そいつに拾われたんだ。クーニも口は荒いがガキにゃ弱いからな。確か今は、そいつの仕事にくっついて、ナーラのほうに出張ってるって話だ。観光会社の調査かなんかだって言ってたから、危ねえ話じゃねえだろう」
 クーニに負けず劣らず浪花節気質の鉱石男さんは、手に手を取り合い涙にくれる夫婦を見るうち、すっかり嬉しくなってしまい、
「なんなら、このまんまナーラまですっ飛ばすかい? 俺もひと仕事終わったばっかりで、体が空いてんだ」
 夫婦は不安げに首を傾げます。
「しかし、法定ホールは……」
 少なくとも十億光年は隔たったその宙域まで速やかにたどり着くには、主要高速道路、もとい大規模法定ホールを、いくつも経由しなければなりません。
「途中で邪魔が入るってかい? 心配いらねえよ。俺ら渡り鳥にゃあ、渡り鳥なりの空があるのさ」
 鉱石男さんは、さっそく違法改造された航宙ナビを暗合回線でタキオン・ネットに繋ぎ、あっちこっちの悪仲間の固有情報を統合解析、現時点での抜け道マップを生成します。
「ほい、これなら三日も飛ばせば、その手であのかわいいちょんちょん頭を撫でてやれるぜ。でもその前に、次のコンビニで、ちょっと買いだめしとかんと――」
 言いかけた刹那、
『あーあー、こちらはヴァルガルム軍第三四〇三八二五九七警邏隊旗艦ヨルムンガンド。ヴァルガルム警邏隊旗艦ヨルムンガンド。あー、そこの趣味の悪いデコトラ、そこの趣味の悪いデコトラ、ただちに本艦船底のドッキング・ベイに寄せて停まりなさい』
 などという強引な割りこみ通信とともに、トラックの上方を、巨大な黒影が覆います。
「ちょいと出ました三角野郎」
 鉱石男さんは、舌打ちしながら侮蔑をこめて、
「でかけりゃ恐いってもんじゃねえぞ、このゴキブリが」
 どこの領宙にも属さない、いわゆる公宙域には、しばしばヴァルガルムの警邏艦が巡回し、テロリストや宇宙海賊等の不審者を取り締まる――というのはほとんど名目で、要は、ヴァルガルムが事実上全宇宙の監視者的立場であることを主張しているわけですね。各種艦載砲や小型戦闘機など飛び道具を備えるのみならず、ヴァルガルム軍の誇るハイテク軍備のひとつである空間総合迷彩機能を備えており、どでかいわりにはゴキブリのようにちょこまかと神出鬼没、確かに不審船や犯罪関係船舶の摘発に大活躍しているのですが、そのとんでもねー高燃費は、全宇宙規模のバビロン・システムにより、いうまでもなく下々の民から吸い上げているわけです。
『俺様の?大金剛?のどこが悪趣味だ三角野郎』
 鉱石男さんが、通信で毒づきます。
『大金剛号――所有者はジャポネ銀河籍のロックヘッド・コバルトヘッドだな』
『おうよ。俺って意外に有名人?』
『クーニ・ナーガに次いで、汎宇宙的に航宙違反が多いな』
『違反切符が恐くて長距離トラッカーが勤まるかい。だいたい俺らがいなくちゃ、当節の宇宙物流はなりたたねえんだ。安月給のおまえらの女房子なんぞ、晩飯に冷凍宇宙鯨も四角豚のステーキも食えめえ』
 まくしたてる鉱石男――ロックヘッド・コバルトヘッドに、通信相手も苦笑しながら、
『まあいい。少なくとも、この近辺では指名手配されておらんからな。手間はとらせん。減速して、ドッキング・ベイ前方のチェック・ロッド間を通過するだけでいい』
『ゆんべ下ろして積み荷はカラだぜ』
『先の星間ステーションから不審者目撃情報が入った。念のため、今この宙域にいる機体は、余さず生体反応分析を行う』
 後部席の夫婦と、ロックヘッドさんの視線が合います。
『……そうかい。そーゆーことならしかたがねえ。それじゃあ、少々お待ち――』
 ロックヘッドさんは通信を続けつつ、視線でふたりにベルトと固定具の確認を促し、
「――くださいねえ!!」
 いきなりフル・スロットルで加速します。
 警邏艦側でも、こうした事態は想定内だったのでしょう、ほとんどタイムラグを置かずにヨルムンガンドからプラズマ砲が雨霰と発せられ、次々に大金剛に着弾します。
「うおっとっとっとい!」
 しかし大破させる気はないらしく、無駄なデコレーションは次々に弾け飛んでも、本体にはさほどダメージがありません。
「ありがてえ! あんたらアライブ・オンリーさんらしいな!」
 なお加速する大金剛に、ヨルムンガンドから発進した小型機が数機、追いすがります。推進機関限定攻撃、あるいは追い越して前方から減速を促すつもりなのでしょう。
 明滅するプラズマビームをびゅんびゅんと交わしつつ、亜光速の敵機と巧みにもつれ合いながら、
「大丈夫! 次の小惑星ぎわに、昔クーニが掘った小穴《ワームホール》が残ってる! 奴らの質量じゃとても通れねえ! 飛びこんじまえばこっちの勝ちだ!」
 そう叫ぶロックヘッドさんの胸中では、白鹿亭であのちみっこと交わした会話が、ありありと蘇っております。
 ――名前や顔は、ちゃんと覚えてるよな。親父さんと、お袋さん――
 ――こくこく――
 ――忘れるなよ。覚えてさえいれば、探す手もある。俺なんざ、ほんの砂利んときにはぐれちまったから、もう探しようもねえ――
 ――だいじょーぶ。ママもパパも、すぐに、むかえにきてくれるの――
 彼にとってはもはや追想さえ許されない幻の父母への想いが、今、ここまで彼の血を熱く滾らせるのでしょう。
「待ってろよ、ちょんちょん頭! もうすぐママとパパが迎えに行くぜえ!!」


     2

 遙か彼方の宇宙空間で、そんな劇的な運命の歯車が、轟音とともに回り始めているとは露知らず、
「くーくー」
 タカはお姫様に抱かれたまんま、頑是なく眠りこけております。
 また、お姫様、いえ、三浦さんちの優子ちゃんも、百億の昼と千億の夜に渡って氷結していた人としての温もりを、そのたおやかな体躯の芯まで潤ませるように、やすらかな寝息をたてております。
「すやすや」
 寝室の灯はほとんど落とされ、寝台の枕元に置かれた古雅なスタンドの豆球だけが、薄靄のように微かな暖色の光で、娘たちの眠りを包みこんでおります。
 隅のソファーに控える白百合天女隊の皆様も、宇宙に優しい省エネモードとなって、一見眠るように目を閉じて緩やかに弛緩しながら、体表各部から発する外部警戒ソナーだけを、ベッドおよびその周囲に働かせ続けております。
 さきほどまで忙しく立ち働いていたバックルームのメンバーは、ひとり残らず私室に下がり、遊星『ユウの柩』全体がミッドナイト・モードに入り、永遠の夜と呼ぶにふさわしい宇宙の一面に覆い尽くされたかのような、静寂の一刻――。

     ★          ★

「――こちら、第十三使徒、カージ・サリム。第十三使徒、カージ・サリム。暗号化レベルMAXにて送信中。暗号化レベルMAXにて送信中」
 診療室兼研究室兼私室、そんな体裁に設えられた館の一室、カージだけはなにか切迫した面持ちで、ノア教団御用達の携帯通信《タキオン・ネット》端末に囁いております。
「通常の定時連絡ではありません。繰り返します。定時連絡ではありません。ノア様のご指示による緊急連絡です。ノア様の御座《みくら》に、直通交信をお願いします」
 一見、超古代ガイアの液晶携帯電話にも似たその端末に、良い子のみなさん、ご記憶がおありでしょうか。
 なんちゃって、実はわたくし先生も、さきほどあわてて第二部のシナリオを引っぱり出して冒頭を再読し、ようやく思い出したくらいですから、もしかしたらお話作りのぶよんとしてしまりのない人自身、そんなアイテムはきれいさっぱり忘れていたのかもしれません。
 何を隠そうこの端末、クーニがタカを拾ったあの晩の『白鹿亭』で、まだ名前さえ明らかではなかったカージが、謎めいた通信や報告に使用していたものなのですね。
 そして、極度に暗号化されたタキオン通信波が、あっちこっちのワームホールを経由したりしながら超光速で行き着く先は、『ユウの柩』の浮かんでいるナーラ銀河とも、クーニたちの故郷ジャポネ銀河とも、現在ロックヘッドさんが暴走しているマラコット・デプスとも、まったく別方向に無慮数十億光年を隔てたヤハウェ星雲――そう、ノア教の聖地、惑星マンディリオンのある宙域です。
『――夜分ご苦労様です、カージ』
 やがて端末から、カージよりもやや年長かと思われる、例のダンディーな声が返ります。
『お待たせして失礼いたしました。こちらは朝の礼拝中だったものですから』
 ここ数億年に渡って、汎宇宙的な帰依を恣《ほしいまま》にしている最大宗教、ノア教――その教主としてはずいぶん穏やかで謙虚な口調ですが、さすがに声質そのものに、端倪すべからざる威厳を漂わせております。
「とんでもありません。こちらこそ思い至らず、ご無礼を」
『いえ、お詫びするのはこちらです。困難な分析を急がせてしまったのも、結果が出しだいご報告いただくようお願いしたのも、すべて私の【予知《ビジョン》】によるものですから。――いかがでしょう、分析のほうは』
「はい」
 カージは、疲労の色濃い細面に、引きつるような緊張を浮かべ、
「仰せのとおり、プリンセス・ユウ――三浦優子の所蔵品として保存されていた書簡・贈答品類を選別、片桐貴子ならびに長岡邦子の接触に由来する体液毛髪等の検体を採取し、DNA解析いたしました」
『数十億年を経た残留物でも、解析可能でしたか』
「はい。これは推測ですが、どうやらこの遊星の外殻を成すスペシウム合金自体に、内部の物質の経年変化を阻害する力があるようです。そう、たとえば、いくつかの古代文明で信じられていた、いわゆるピラミッドパワー、その究極とでも申しましょうか」
『なるほど。確かにあのパワーは、けして正四角錐の形状に起因するものではなく、むしろ材質によるものであると推測されておりますね』
「はい」
『で、解析の結果は』
「それも、ノア様の仰せのとおり――」
 カージは一瞬躊躇したのち、逡巡をふりきるように、
「――完璧に合致しました。就航前の検診で採取されたタカ・カータならびにクーニ・ナーガの血液、それらのDNAは、今回の検体と、それぞれ寸分の狂いもなく重複します」
『まったく同一の固体である――そう解釈してよろしいですね』
「はい。生物学的には、他に解釈の仕様がありません」
 両者それぞれに、深い黙考が続きます。
 やがて、カージが先に沈黙を破り、
「しかし『輪廻転生《リインカーネーション》』は、主の教えに背くのでは……」
 その声に満ちる懊悩を払拭するように、
『否ですよ、カージ。この現象は、けして主の教えに背くものではありません。あってならないのは、あくまで心霊的な輪廻ですね。すべての心霊は、神がひとりひとりの民に給うた唯一無二の存在であり、肉体の死後は、主による最後の審判を待つばかり。しかし、生物学的に同一の肉体を伴う転生ならば、けして否定されてはおりません』
 ノアの声は、あくまで冷静そのものです。
『ひとつの例を挙げれば、自己クローニング胎生の連鎖で、DNAパターンを完全継承する生物種ですね。確かに稀な例ですが、それまで否定されてしまうと、そもそも、この私の存在が嘘になってしまいます』
 カージは驚愕し、
「あのふたりが、ノア様同様、『永遠人《とわびと》』であるとおっしゃるのですか!?」
 カージがそう叫ぶということは、ノアという人物も――本当に人なのかなんなのか、まだわたくし先生にも良い子のみなさんにも判らないわけですが――自分で自分を産んだりするのでしょうか。
『いえ、あくまで生物学的な輪廻の一例を挙げただけです。こちらの調査でも、彼女らには、血を分けた個性的な両親や祖父母があります。おそらく一般的な胎生ヒューマノイドでしょう。仮に女系が自己クローニング胎生の種族だったとしても、代々の母娘がすべて同じ顔や肉体を持っていたら、どんな鈍感な一族でも、己が血脈の特殊性に気づかないはずはありません。しかし――単なるヒューマノイドとなると、仮にそれぞれ血脈という要因があったにせよ、DNAが完全に一致する子孫が誕生する確率は、限りなくゼロに近い。事実上は、絶対にありえないと言っていいでしょう』
「ならば……」
『奇跡』
「は?」
「――太古のガイア、堅い友情で結びついていた三人の少女。そのひとりが不幸にも不治の病に冒され、未来での復活に賭けて、いつ目覚めるとも知れぬ氷の床に就く。残されたふたりは、友人の目覚めに心を残しつつも、それぞれの生をまっとうし、主のみもとに召される――』
 カージに話しかけているというより、自分自身に問うている、そんな口調です。
『――それから数十億年の時を経て、まったく偶然に、先立ったふたりとまったく同一のゲノムを持つ、ふたつの個体が誕生する。そして、この果てしない大宇宙の中で、まったく偶然に邂逅する。のみならず、もうひとりの親友の目覚めにまで、まったく偶然に関与する――。カージ、この奇跡の意味が解りますか?』
 ようやく教主の言葉が自分に向けられても、カージは、なお沈黙するしかありません。
 ノアも、しばしの沈黙ののち、
『……神ならぬ身の我々が、軽々しく結論すべき問題ではありませんね。今夜の祈りの刻に、私が、主に【教え《ビジョン》】を乞いましょう』
 敬虔な物言いの中に、盤石の自信も窺え、カージはあらためて教主に対する帰依の念を強くします。
『ほんとうにご苦労様でした、カージ。今夜は心安らかに、存分にお休みください。それはもうぐっすりと、目玉が溶けてしまうほど。明日の朝のお勤めは――そうですね、私が主に代返しておきましょう』
 一転、友人口調になったノアの言葉に、カージの凝り固まっていた緊張が、まるで潮が引くように和らいでいきます。威厳に溢れ、しかも傲らない声というものは、聴く者に限りない癒しをもたらすのですね。
『そう、その前に、もうひとつだけ』
「はい?」
『あなたは以前の報告で、そのお嬢さんの寝顔を「天使のようだ」とおっしゃいましたね?』
「はい……不心得だったでしょうか」
『いえいえ、純粋な印象批評でしたら、不敬でもなんでもありませんよ。ところで、いざ蘇ったお嬢さんの姿は、いかがなものでしたか。いえ、これも改まった質問ではありません。旧友が旧友に、冗談めかして、その実、興味津々で訊いているのです。あくまで審美的な興味――もとい、煩悩上の興味からですね』
 さらに気安い口調なので、かつてノアとふたり連れの旅なども経験しているカージは、思わず頬を緩ませます。
「ノア様のお眼鏡にも、きっとかなうかと存じます。それはもう、あたかも聖母様のような――いえ、そう断言するには、あと何年か待たねばなりませんが」
 端末の彼方の軽やかな笑い声とともに、通信が途絶えます。
「……ふう」
 ようやく自分の仕事に、二重の意味で区切りがつき、カージは深々と吐息します。
 と、そのとき、
「なにやら暗躍しておるな、青年」
 どこからか、ノアの声に輪を掛けてダンディーな、しかし一種禍々しい声が響いてきます。
「何事もメール一本のご時世に、深夜こっそり電話で内緒話とは、ご苦労様なことだ。それもノア教、数億年の伝統か」


     3

 はっとして、カージが声の方向を見さだめますと、部屋の隅の天井近い暗がりに、星猫さんのまあるい顔だけが、うすぼんやりと浮かんでおります。
 驚愕するカージ――といいたいところですが、いつもながら、声のシブさとメタボ顔に落差がありすぎて、驚くより先にウケてしまいます。といって、思わず吹いたりしてはあまりに失礼ですので、カージはかろうじて微笑するにとどめ、
「ノア様は、肉声での対話を好まれるのです。巧言や寡言に関わりなく、魂が見えるとの仰せで」
「確かに打ちっぱなしのテキスト情報よりは、成りすましも誤解も避けられるだろうな」
 おぼろげな星猫さんの顔は、にやにやと笑っているようです。
「まあいい。貴様の信教を聞いたときから、この程度のことは予想しておった。貴様も、そのノアとやらも、敵でなければ、それでいい」
 にやにやにやにや。
「……なぜ今夜は、そんな暗がりに首だけ出して、薄気味悪く笑っているのですか? 失礼ながら、なにか場末の見世物小屋の、因果物のようだ」
 星猫さんは、うにい、と眉をひそめます。
「……ユーモアやウィットを感じないかな? そこはかとなく」
「正直、あまり上品では」
「『猫のないにやにや笑い』――そんなふうに見えんかな?」
「なんでしょう、それは」
「ふうむ、やりそこねたか。一度やってみたかったんだがなあ、チェシャ猫」
 星猫さんは、いささか気落ちした様子で、
「チェシャ猫名物『猫のないにやにや笑い』」
「チェシャ猫……あなたのお仲間ですか」
「いや、古代ガイアの童話に出てくる猫だ」
「童話、ですか?」
「ああ、ロリコンのくせに生真面目な数学者が、己の情欲と知性の拮抗に遊戯性で折り合いをつけた、そんな童話だ」
「ほう、面白そうなお話ですね」
「もういい。忘れてくれ」
 星猫さんはもぞもぞと顔をうごめかせます。
 どうやら天井近くの空間にマイクロ・ワームホールを開け、そこから首だけ出していたようです。
 で、用事が済んだので撤退――そんな算段らしいのですが、
「……寸法を間違えた」
 星猫さんは、顎から首筋にかけて、ぶよぶよとお肉の輪っかを作りながら、
「……ちょっと、そっちに引っぱってくれまいか」
 ぶよんとしてしまりのない首回りが、穴につっかえてしまったのですね。もはや、猫皮の浮き袋から顔だけ出している、そんなありさまです。
 カージは苦笑しながら椅子の上に乗り、うんとこしょ、と、背伸びして、
「失礼ながら、もう少しダイエットなすったほうが……よっ、と」
「むぐぐぐぐう」
「そちらに押しこんだほうが、いいのではありませんか?」
「あおあううえうおいあ」
 頭がつぶれるよりは体が伸びたほうがいい、そう言っているみたいです。
「あいたたた、ご立派な髭が、目に……これはたまらない」
「うなんうなん」
 ホールにはいくぶん伸縮性があるようですし、詰まっているのはほとんど無駄なお肉なので、見た目ほど苦しくはないのでしょう。
「息は大丈夫ですか?」
「ごろごろごろ」
 カージの指が顎にかかると、思わず喉を鳴らしたりもします。
「よっ」
 すっぽん。

     ★          ★

 引き続き、館の一室、深夜――。
 星猫さんは、来客用のソファーにぼってりと腰掛け、毛づくろいに余念がありません。器用にポーズを変えながら、乱れてしまった白い毛並みをくまなくぺろぺろと舌で整える様は、どんなに巨体でも、やっぱりただの猫です。
 カージは、テーブルのサイフォンでコーヒーを淹れております。額や手の甲に絆創膏が貼ってあるのは、さきほど空中から星猫さんを救出した際、あまりの重量に耐えきれず、椅子ごと転倒してしまったのですね。ちなみに星猫さんのほうは、どんなにメタボでもやっぱり猫ですので、キャット空中三回転に横二回半ひねりを併用し、自分だけちゃっかり難を逃れております。
「まあ、話から察するかぎり、ノアとやら、まんざら欲太りの似非教主でもなさそうだ」
「ノア様は、真に主の御声を伝えたまう血筋の方です。主の御加護によって、自ら数々の奇跡も起こされる」
「吾輩も長く生きておるから、たいがいの教祖様の噂は聞いておるよ。いずれ、触れるだけで病人を治しただの、山を消しただの海を割っただの、心理的あるいは物理的に解釈できるトリックばかりだ」
 カージはサイフォンの火力を整えながら、
「そんないかがわしいイリュージョンではありません。あなたも目の当たりにすれば、きっと信じられます」
 気負いなく澄んだ、静かな知の色を湛えるカージの瞳の奥を、星猫さんは射るような視線で計ります。
「――貴様が信じるなら、それでいいさ。古代のガイアにも、有象無象の妄想教祖や欲ボケ自称神を、信じたがる者が山ほどおった。これがまた、みんな奇妙に澄んだ眼をしておるのだな。己を忘れ、ただ偉ブツに従って己を磨いた気になる奴らは、おおむね明るく澄んだ眼をしているものだ。なにせ悩みの根幹を失うからな」
「はい。それは、いつの時代にもあることですね。自分自身がそうだとは思いませんが」
「確かに、おまえは違うようだ」
 カージは愉快そうに、
「おや、では私の目は、そんなに濁っておりますか?」
「いんや」
 なぜか星猫さんは、どこか田舎の村の、隠居した古老のような微笑を浮かべ、
「とてつもなく哀しく澄んでおるな」
 カージは、内心息を飲んで、黙りこみます。
 星猫さんは、そんなカージを優しげに見つめ、
「水清きがゆえに魚棲まず――瞳も水も、ただ澄んでいればいいというものではない」
 それから、なにか遠い過去に想いを馳せるように宙を仰ぎ、
「ズブドロの懊悩や愛憎の澱《おり》も、水底《みなそこ》深く秘めてしまえば、それは美しい湖水の滋養となる。そこに魚が遊び獣が集う。そんな山の湖を見ると、吾輩は、なぜか無性に哀しくなるのさ」
 この大猫は、私の過去を見抜いているのか――カージは一瞬、戦慄します。
「そんな化け物を見るような顔をするな。って、つらつら鑑みるに、吾輩も立派な化け猫だわなあ。すでにノアとやらの十倍は生きてる勘定だ」
 星猫さんは、いつもの渋顔に戻り、
「ま、そのうち、その【永遠人《とわびと》】とやらの奇跡も、じっくり見せてもらおうさ」
 カージも気をとりなおし、そろそろ程良く抽出されたコーヒーを、ふたつのカップに注ぎます。
「――はい、どうぞ」
「かっちけない。おう、これはいい香りだ」
 カージが勧めるシロップやクリームを、星猫さんは、いやけっこう、と手振りで制します。カージもブラック派なので、ふたり仲良く、いえ、ひとりと一匹仲良く、渋い好みのコーヒーを味わいながら、
「明日の朝は、貴様、優子の件は忘れて、ゆっくり寝ていろ」
 星猫さんは、ノアと同じようなことを言いだします。
 甘露を吸うようにカップを抱えていたカージは、星猫さんの渋面が、どうやら自分の顔色を案じているのに気づき、
「私はそんなにひどい顔をしておりますか?」
「おう。三日前に橋の下で息絶えたホームレスのようだ」
「優子さんは、すでに肉体的には問題ないのですが……やはり心理的な面を考えると、私も、真のお目覚めに立ち会いたいものですね」
「しかし、さっきの様子なら、過去の脳内情報も新たに補填した言語情報も、脳にしっかり馴染んでいると見ていいのではないか?」
「はい」
「ならば、吾輩は優子を信じるよ。あれは、どんな時にも自分を見失わない子だった。だけではない。他人をも見失わない子だった。ならば、今がいつのどこであれ、それをしっかり受け止める度量はある」
 星猫さんの言葉には、実の親にも勝る自信が感じられます。
「……お任せしましょう」
 星猫さんは、うむ、とうなずき、
「初めから、それで良かったのかもしれんな。吾輩は、あいつの強さを誰よりも知っている気でいたが、あまりに長く寝顔を見守るうち、いささか過保護に傾いていたようだ」
「数十億年――でしたか」
「おう。正確に言えば、五十六億二千とんでとんで七万八千三百四十と三年半、そんなとこだな」
「私は、てっきりあなたも、ノア様のような生命をお持ちなのかと思っておりました。しかし、お嬢様方に伺ったところ、あなたの長命はウルティメットの医学によるものだそうですね」
「おう、奇跡でもなんでもないぞ。ほらほら、ここんとこで、今でもほわほわ光っとる。なんでも『越中富山の反魂丹』とかいう丸薬らしいんだがな」
「エッチュウトヤマノハンゴンタン――なんだかロマンチックな響きですね。神秘的な呪文のようだ」
「あくまで科学技術の産物さ。自己クローン胎生なんてのも、確かに珍しいこた珍しいが、単なる生物学的特徴に過ぎん」
「そのことは、確かにノア様の奇跡には数えられません。高次の存在に至るための、優れた資質のひとつではありますが」
「奇跡ねえ」
 星猫さんは、なんじゃやら意地の悪い目つきになって、
「たとえば古代ガイアだと、いわゆる『奇跡』というやつは、神や仏を定義する重要な属性というか、不可分の現象なわけだが」
「それも、いつの時代、どの宙域でも同じですね。主の、あるいはノア様のように主の御心を伝えたまうお方の、正統を証すものです。それこそ淫祠邪教の用いるトリックやイリュージョンとは、根本的に異なる――」
 カージの言葉を、星猫さんは、ちょとまて、と肉球で遮り、
「もし『奇跡』というものが神の属性なら」
 意味深に繰り返したのち、
「ならばタカやクーニ、すなわち貴子や邦子も、すでに神の領域にいるのではないか?」
 カージは当惑します。
「あいつらは、神の声なんぞちっとも聴かない。手前勝手に気の向くまま、とんでもない奇跡を起こしまくる。論理的に言えば、それはすでに、神そのものではないか。今の状況そのものを『奇跡』と言うなら、優子だって神だ」
 言葉に詰まるカージに、星猫さんは畳みかけます。
「吾輩の聴いた限りじゃ、貴様のお師匠さんも、確かに『奇跡』と言っとったぞ。さっきのモシモシ電話でな」
 カージは、詰まれかけた棋士のようにたじたじとなりますが、そのうち、ふと笑顔をとりもどし、
「それらすべての事どもが、主の御心、主による奇跡の一部――そうとも解釈できますね。論理的に」
 そう来たか――。
「……ふむ。ものは言いようだな青年」
 星猫さんは、肉球のある手で器用にコーヒーカップを掲げ、
「まあ、いいさ。どこのどなたかは知らんが、この馥郁《ふくいく》たる琥珀色の至福を、現世に給いし者に幸いあれ」
 カージも腹蔵なく微笑んで、
「あなたは、猫なのに猫舌ではないのですね」
「これだけ長く死に損なえば、舌の皮も厚くなるさ」
 星猫さんは、しみじみとコーヒーをすすり、
「面の皮と同じだ」
 目を糸のように細めております。


     4

 さて、それから小一時間。
 イルマタルからの来訪者たちが、それぞれの私室で眠りこけておりますと――。
 ぴか。
 突然、窓が閃光を発し――いえ、いきなり真っ昼間のように景気よく明るくなって、鎧戸を閉めておかなかった方々は、皆さん寝惚け眼をこすりながら、窓に歩みよります。
「なんだなんだなんだ」
 室内でそんな具合ですから、昨夜、仕事明けから庭で飲んだくれ、そのまんま焚き火を囲んで雑魚寝してしまった荒くれ様御一行などは、
「わ!」
「うひゃあ」
「……ぴか……って『ぴか』? ひええええ!」
 百足技師さんが泡を食って叫びながら、庭石の陰にわさわさと這いこんだりします。
「みんなシーツをかぶれ! 物陰に隠れろ! 『どん』が来たらお陀仏だぞ!」
 いったいいつの戦中派なのでしょう。
 まもなく、中空に燦々と輝く太陽のちょっと下あたりに、
『たいへん失礼いたしました。まだ昼ではありません。どうぞ引き続き、ごゆるりとお休みください』
 などというお詫びのスーパーインポーズが、整然と浮かび上がったりします。
 そして――すとん。
 太陽がいきなし都心方向の森に落下し、また深夜が訪れます。
 トモが、立ちすくんだまま、呆れてつぶやきます。
「……なんなんだよ、おい」
 しかし横のクーニは、
「くかー、くかー」
 いっさいを感知せず、MF号の接地脚を枕に、一升瓶を抱いて眠りこけております。野性動物級の本能が、あえて危険を察知しなかったのでしょう。あるいは、単にニブいだけなのかもしれません。
 ちなみに、ただ今の椿事は、館の一室で仮想天体ホログラフィーシステムを担当していた八千草さんの、うっかりミスに起因しております。
「す、すみません。タイムコードを間違えました」
 宮小路さんが、きらりん、と、鋭く眼鏡を光らせます。
「皆さん、しっかり気合いを入れてお願いいたしますね。今後は優子様のバイオリズムに合わせ、季節天候日時の経過、諸式万端、二十一世紀初頭の青梅を再現いたしますから」
 これまでは、遊星各部の機能チェックを兼ねて、かなりいいかげんに月日が流れていたのですね。
 てなわけで、夜明け前に起きだした天女隊一同は、遊星運行システムのみならず炊事洗濯箒雑巾はたきがけ等々、なんかいろいろ気合いを入れて、朝の準備に励みます。
 するうち、夜の静寂《しじま》は彼は誰の刻を迎え、やがて奥多摩の峰々が朝焼けに染まり、館の広大な庭園を清々しい木々の緑が彩りはじめ、大噴水は華麗な水の戯れを描き、早起きの小鳥さんたちが、ちゅんちゅくちゅんちゅくと、最上階の寝室の窓にも元気な影を落とす頃――。

     ★          ★

 小鳥の声が、部屋の中まで、ちゅんちゅくちゅんと響いております。
 鎧戸の隙間から漏れる朝日が、寝台でタカを胸に抱えたまんま丸くなっている優子ちゃんのほっぺたに、レースのカーテン越しの、淡い縞々を落とします。
「…………」
 うっすらと瞼を開いた優子ちゃんは、しばらくの間、物思わしく半眼のままで瞬きをくりかえしたのち、そろそろと指を動かし、胸元で息づいているタカのほっぺたを、そっと突っついてみます。
 ふにふに。
 タカは眠りこけたまんま、うりうりと優子ちゃんの薄い胸になついて、
「……ゆう……ちゃん……」
 は、と優子ちゃんは、目を見張ります。
「……ずうっと、いっしょ……」
 そんな寝言の続きに、優子ちゃんは、思わず泣き笑いの表情を浮かべ、力いっぱいタカを抱きしめます。
 夢じゃなかったんだ――夢じゃないんだ――。
 最初の寝言が、自分の名を呼んだとは確信できません。
 この女の子が、たかちゃん本人であるはずもありません。
 でも、何がどうなっているにしろ、こんなに柔らかくて温かい朝は、幸せ以外の何物でもありませんものね。
 いきなりシメられてしまったタカは、
「……おう」
 ひょうたん型に変形しつつ、なんぼか覚醒したらしく、
「……ひめよ……ゆーしゃにしてちゅーじつなるないとがひとり、ただいまけんざんむにゃむにゃむにゃ……」
 寝惚け眼をぽしょぽしょしながら、勇者タカとしてのキメ科白を、口中でもぐもぐします。
「……いいのよ」
 優子ちゃんは、タカのおでこを軽くつっついて、
「ゆっくり、寝てらっしゃい」
 まだ半睡のタカは、目の前の、お砂糖をめいっぱい入れたミルクみたいな笑顔が、もうお姫様だかママだか、それとも夢の中で遊んでいたどこかの誰かさんだかわからなくなってしまい、
「……くーくー」
 誰であるにしろOKが出たのですから、心おきなく勇者の眠りを続行します。
 なんだかこのところ、ずっと寝てばっかしのタカですが、実は優子ちゃんが目覚めるまでの数日間、わくわくうろちょろちょこまかと、ほとんど夜も眠れない日々を送っていたのですね。
 ふう、と、微笑の吐息をついた優子ちゃんに、
「――おはよう」
 枕元のスツールから、耳慣れた声が響きます。
 星猫さんは、パディントンにぼってりとからんだ巨大なぼた餅のような丸みから、のっそりと丸い顔を上げて、
「……訊きたいこと、言いたいことは山ほどあろうが、まず、顔を洗え」
 あわてて半身を起こし、自分の目元をちょこちょこと検めますと、お嬢様にははしたなく、ちょっぴりかぴかぴしていたりするので、優子ちゃんは「ぽ」と頬を染め、おろおろと枕元のティッシュに手を伸ばします。
 いかなる懐疑や当惑よりも淑女の身だしなみを優先する――そんな昔ながらの優子ちゃんの様子に、星猫さんは、ことことと微笑します。
 そこに間合い良く、とんとん、とノックの音がして、
「おはようございます、優子様」
 メイド服に身を包んだ宮小路さんが、洗面具一式を小脇にかかえて、しずしずと入室してまいります。
 その他の天女隊の皆さんも、同じ言葉と同じ衣装を連ねながら、モーニングティーや軽い朝食の乗ったワゴンを押してまいります。
 手ぶらだった八千草さんや河内さんは、すすすすすと窓辺に寄り、お上品な仕草で鎧戸を開きます。
 涙のご対面は昨夜済んでいるわけですから、今朝はもう皆さん、すっかりおすまし屋さんモードです。
「……おはようございます」
 優子ちゃんは、ちょっと照れ臭そうに、小首をかしげるような会釈を返して、
「いい朝ですね。それに、いいお天気。小鳥さんたちの声も、とっても嬉しそう」
 それはもう優子様がお望みになるのでしたら永遠の快晴でも百万羽の脳天気な雀でも――というような気合いは胸に抑えて、宮小路さんは優子ちゃんの胸元あたりに、てきぱきと寝台用の小卓を設えます。
「おっと」
 横で眠りこけている小動物をくいくいと横にずらし、かいがいしく優子ちゃんの洗面を手伝いながら、
「よくお休みになれましたか?」
「はい、それはもう――刻も所も忘れてしまうくらいに」
 ちょっと悪戯っぽい優子ちゃんの笑顔は、もう何を聞いても大丈夫ですよ、そう言っているようで、星猫さんも天女隊の皆さんも、今さらながら、その華奢な体に秘められた芯の強さに思い至ります。
「このぶんなら、何をもったいぶることもなかろう」
 星猫さんは、なんじゃやら宮小路さんに、くいくいと顎で促します。
 宮小路さんは、軽くうなずくと、メイド服の腕をちょっとまくり上げ、
「失礼します。お気をしっかりお持ちくださいね」
 念のため、そう言い置いて、自分のたおやかな下腕の内側を――ぱか。
 さしもの優子ちゃんも、一瞬、息を飲みます。
 宮小路さんたちの機械体は、何度もバージョンアップを繰り返した、いわゆる『練れた』状態ですので、内部構造も複雑ながらに整然としており、けしてグロテスクではありません。むしろ、メカフェチのおたく野郎などなら思わず萌え上がってしまいそうな、機能美と精緻さを誇っております。
 それでも、やっぱり優子ちゃんのお顔からは、瞬時に血の気が引きます。
「…………」
 絶句して、おずおずと他のお嬢様方を見回しますと、皆さん、お互い微妙に顔を見合わせながら――こくこく。
「…………」
 優子ちゃんにとって、天女隊の皆さんから漂う情の気は、あやまたず以前と同じ人の気、いえ、以前にも勝る人肌の温もりです。しかしその体内は、すでに眠りに就いたときのままではない。この朝もまた夢でないならば、おそらくは『昨日』や『昔』といった概念では計れないほど、遙か高度な次元の――。
 困惑のまなざしを、ふたたび宮小路さんに向けますと、宮小路さんは、お見苦しい姿をお見せしてしまって、と言うように頭を下げ、
「この日を信じ、ただお待ちしておりました」
 穏やかに、それだけを口にいたします。
 優子ちゃんは、無言のままうつむいて、
「……ずいぶん、お待たせしてしまったのですね……ずいぶん、ご苦労をおかけしてしまったのですね……」
 両手で顔を覆い、消え入るように、涙声を漏らします。
 宮小路さんは、優子ちゃんの震える肩をしっかと抱き、
「優子様がお気に病むことではございません。わたくしども、ひとり残らず、自ら選んだ道なのですから」
 その凛とした声は、宮小路さんの内なる百合心による、揺るぎない矜持の発露です。そろってうなずく他のお嬢様方も、そしてことさらに歯を食いしばる清丘さんも、それぞれに決意の固さは同じです。
 そんなお嬢様方の心がしっかり伝わればこそ、優子ちゃんの肩の震えは、なかなか治まりません。
「……やれやれ、やはり愁嘆場は避けられんか」
 星猫さんは、のっそりと寝台に上がりこみ、新しいタオルを遠慮がちにさしだします。
 うつむいたまま顔にタオルを当てて、なお言葉の出ない優子ちゃんに、
「これでもつっついて、気を鎮めろ」
 横に転がっているタカのほっぺたを、自分もふにふにと肉球でこねまわしながら、お勧めします。
「……むにゃ」
「これは無論、貴子ではないが、同じウルティメットの子だ。おまえが目を覚ます前から、えらくご執心でな。片時もそばを離れようとせん。もしかしたら、あいつとどこかで血が繋がっているのかもしれんな」
 それ以上の事実は、あえて伏せておく星猫さんです。
 貴ちゃんと同一のゲノムを持つということが、果たして何を意味しどんな意義があるのか、星猫さん自身、まだ解りません。仮に正真のクローンだとしても、環境によってまったく別人に育ってしまうのが知的生物の宿命であることは、この時代、すでに歴史が証明しております。
 涙を拭いた優子ちゃんは、まだ赤い目を、優しくタカのお顔に落とし、
「……そっとしておいてあげましょう」
 やはり昔のままの優子だ――星猫さんは意を強くして、
「よし。じゃあ、とりあえず優子、おまえは何か腹に入れろ。ここんとこ輸液ばっかりだったから、腹ぺこのはずだ」
 お説のとおり、おなかが、ぐう。
 ぽ。
 宮小路さんたちは、安堵して紅茶の準備にとりかかります。
 星猫さんは、自らパンとバターナイフに手を伸ばし、
「いつもの朝と同じでいいな。ちまちまバターとちまちまマーマレードの、トーストちまちま」
 などと言いながら、器用にちまちまとバターナイフを操ります。
「朝飯が済んだら、多摩川べりを散歩しよう。おまえの聞きたいことも、こっちの積もる話も、ゆっくり散歩しながら、な」
 そこで星猫さんは、なぜか自分に集中している、乙女たちの熱い視線に気づきます。
「……なんだ?」
 見れば優子ちゃんもお嬢様方も、なんじゃやら、今にも両の拳を顎にくっつけてブリッコポーズでくねくねと身をよじりそうな、ああもうこの猫ちゃんのこんなしぐさを見せられてしまってはどーしていーやらこーしていーやら、そんなお顔で星猫さんの挙動を見守っております。
 つまり、お布団の上にぺたりと座って、肉球のある前足で一所懸命トーストにバターやマーマレードを塗っている猫というのは、たとえどんなメタボであれ、いえ、子パンダのようにころころ太っていればこそ、動物好きの乙女たちにとって、なんとも抗しがたいビジュアルなのですね。
 しかし当人、いえ当猫としては、あくまで天知茂級の、渋いナイスミドルのつもりでおりますから、
「……だから、なんだ?」
 ふるふるふる。
 うるうるうる。


     5

 そんな、和やかな朝の情景から、話変わって再び遙か大宇宙の彼方、辺境宙域マラコット・デプス――。
「オラオラオラぁ! なんぼでもついてきやがれこの金魚の糞野郎ども!」
 追いすがるヴァルガルム機の群れと熾烈なチェイスを繰り広げることすでに数時間、外見上はズタボロになりつつある大金剛号、しかしそのコクピットで景気よく啖呵を切るロックヘッド・コバルトヘッドさんの心意気は、いささかも衰えておりません。
 年季の入った長距離トラックのオーナー・ドライバーともなれば、制限速度完璧無視の徹夜飛行など文字どおり朝飯前、シャブになど頼らずとも、自前の脳内麻薬の噴出で、胸は高鳴るばかりです。
「おうし! 見えてきたぜ。あれが天国の門よ」
 やがて前方に視認可能となった小惑星は、『ユウの柩』と同程度の、しかしジャガイモのごとくゴツゴツとした巨大岩石塊です。
 バックシートで身を寄せ合うカータ夫妻は、同乗しているだけで疲労困憊といったありさまですが、ロックヘッドさんの弾んだ声に身をのりだして、急接近するその岩石塊を注視します。
「いや、別に門は建ってないがな」
 巧みなホイール操作で背後からの攻撃をかわしながら、ロックヘッドさんはにやりと笑って、
「真ん中あたりに、虫食い穴が見えるだろう」
 確かにジャガイモの表面の一部に、ただの凹部ではないらしい、小穴のような黒点が見えます。同時にフロントウィンドーにダブるようにして、ジャガイモの3Dワイヤーフレーム画像が浮かび上がり、
「これこのとおり、通常のレーダーにゃ、すっぽ抜けの洞窟しか見えねえ。ま、重力探査されりゃ、中の隠しホールも見つかっちまうんだが、この土壇場でそこまでやる奴ぁいねえ」
 つまり、宇宙空間に掘った違法ワームホールを、小惑星の洞窟でカモフラージュしてあるのですね。
「ひゃっほう!」
 ロックヘッドさんはフル・スロットルのまんま、その直径1キロはあるかと思われる洞窟に向かって突進します。
 後続する敵機も数機、果敢に突入します。
 それ以外の敵機は小惑星を迂回し、瞬時に反対側から出てくるはずの、逃亡トラックと僚機を探しますが――。
 ぺ。
「!?」
 ぺぺぺのぺ。
 穴からは、なんじゃやら鉄くずをこねて団子にしたような代物が数粒ほど、無造作に吐き出されてきただけです。
 呆然とする敵パイロットに、旗艦ヨルムンガンドから、ようやく指令が届きます。
『追跡中止。小惑星内部に違法ワームホール確認。危険。追跡中止』
 敵パイロットは、
「……おせーよ」
 などと思わずつぶやきながら、宙空の彼方に去ってゆく僚機のお団子たちを、憮然として見送ります。
 そして肝腎の大金剛号は、僻地マラコット・デプスからいっきに銀河群をふたつもみっつも飛び越えて、歴史的ハイソを誇るエウローペ銀河が遠望できるあたり、御意見無用トラック野郎御用達の隠れワープアウト・ポイントに、いきなり出現したりするわけです。
「――てなわけだ。飛びこむ奴が重すぎると、なんでだか入口ごとぶっつぶれちまうんだな、これが。なんせ素人の手掘りホールだから」
 ロックヘッドさんは、オートパイロットのスイッチを、ぽん、と押してから、おもむろに葉巻に火をつけます。
「こっちにゃ天国の門、あっちにゃ地獄の門。神様って奴ぁ、結局善人の味方なのさ」
 そ、そーだろーか――根っから平和主義のカータ夫妻は、一抹の疑問も覚えつつ、やっぱり神に感謝します。
 まあ、鉄くずに一体化してしまった敵パイロットも多数存在するわけですが、彼らはあくまで職務に忠実な軍人=善人でもあるわけで、必ずしも地獄行きとは限りませんものね。
「さあて、ナーラ銀河までは、まだなんべんもスイスイ抜け道ワープせんとな。その前にちょっとコンビニを――」
 ロックヘッドさんがのんきに言いかけたとき、
「どわ!」
 大金剛号が急停止し、シートベルトが張りつめる間もあらばこそ、四方八方のエアバッグが、ぼぼぼぼぼと同時に膨張して、ロックヘッドさんも夫妻も、ほとんどアクロバット状態で固定されてしまいます。
「うげげげげ」
 ぎゅうぎゅう詰めのコクピット、ロックヘッドさんが必死にもがいて事態を確認しますと、まずフロントウインドーから目視できるあたりに、先ほど振りきった旗艦ヨルムンガンドに輪を掛けて巨大な、宇宙空母が浮かび上がります。
『あーあー、こちらはヴァルガルム警邏軍六五三〇八五六七七方面隊空母フェンリル。ヴァルガルム警邏軍空母フェンリル。あー、そこの逃走政治犯を乗せた趣味の悪い廃機寸前のトラック、そこのズタボロの貧相なトラック、ただちに逃走を諦め帰順しなさい』
「だからそーゆー言い方はやめろってんだ」
 いちおう言い返しながらも、さすがにロックヘッドさんの気勢は上がりません。船外モニターを確認すれば、空母から発進したとおぼしき獰猛そうな軍用攻撃機が、遠巻きにびっしりと四方八方を固めております。
『念のため、貴様ら無法ドライバーが隠蔽しているつもりの違法ホールなど、全路、とうの昔に当局が把握している。黙認しているのは、宇宙物流の現状を鑑みての温情にすぎない』
「そりゃまたお情け深いこってすなあ、お奉行様」
 まだぶつくさ言いかえすロックヘッドさんに、
『うむ。今後は神妙にいたせよ、車夫馬丁の輩』
 余裕綽々なぶん、ノリのいい相手です。
 ロックヘッドさんは後部座席を振り返り、岩石顔でぎゅうぎゅうとエアバッグを押し分け、押しくら饅頭状態のカータ夫妻に頭を下げます。
「……すまねえ。俺が甘かった」
 夫妻は哀しい目で頭を振ります。
 夫のセイザは、なお深々と頭を下げ、
「とんでもありません。私どものために、あなたまでこのような……」
「しかし、あらかじめステルス状態で張ってたってこたあ、はなっから読まれてたんだなあ」
 セイザは声に沈鬱の色を増して、
「ならば、あの消えた追撃機の人たちは、なんのために」
 ロックヘッドさんは目を丸くして、
「おいおい、この期に及んで、敵の雑魚《ざこ》の心配かよ」
 もはや感心しているのか情けないのか判らないような笑顔を浮かべ、
「あんたら、どこまでお人好しなんだかなあ。ま、そんな親だから、あんな天真爛漫な子が育ったのかもなあ」
 一転、前方の空母に嫌悪の目を向けて、
「俺らだってまんざら馬鹿でもねえことは、あいつらも知ってやがんのさ。何機かマジに追っかけて来なかったら、こっちが気を回すだろう。出来レースだって解りゃ、念のためワープ中に無理矢理枝穴ぁ掘って、あさっての穴に繋いじまう手がある。クーニなんぞの得意技だ。あんまり荒技なんで俺はやったことねえが、ヴァルガルム相手なら話は別だ」
 それは、かつてクーニがエウローペ銀河の永世中立星団から、シェラザード星雲の難民惑星まで支援物資を運んだとき、帰り道に使った手ですね。前例も事前分析もなしのマニュアル・ワープ、勘が狂うと何十年先何百年先まで飛んでしまうか解らない、そんな危険な技です。もっともクーニの本能は野生動物級ですから、三年程度の誤差ですみ、またそのおかげで、タカとも出会えたわけですが。
「つまり、奴らは雑兵の何人かを捨て駒にして、俺という脳たりんを、ここまで直行させたのさ。その気になりゃ、不都合な民族まるまる潰す奴らだ。仲間の五六人くらい屁でもねえ」
 ロックヘッドさんは、再びカータ夫妻を見返り、
「で、ぶっちゃけ俺はただの無鉄砲な車夫馬丁、捕まったって、何年か臭い飯食ってただ働き、そんなとこだが……あんたらは、そうも行かんだろうなあ」
 この夫婦がアライブ限定の捕虜だとしても、下手をするとタカは一生、両親に再会できない――ロックヘッドさんの胸は、きりきりと痛みます。
「頼みの綱も、ないこたないが……」
 違法改造された航宙ナビの下部に隠蔽されている、とある非常用スイッチ――。
 しかし、煎じつめれば、しょせん自分というしがない戦災孤児の感傷ひとつが招いたこの事態に、これ以上、他人を巻きこんでもいいものだろうか。そもそも、こんな感傷に命を張ってくれる仲間など、この果てしない大宇宙に、何人いるのだろうか。
「――ままよ」
 ロックヘッドさんは、いざとなるとあんがい楽な気分で、そのスイッチに指を触れます。もともと人生自体がスチャラカでダメモト、そんな浮き草稼業なのですね。
 瞬間、現在知られている限りの全宇宙で裏仕事に従事する計数不能のカミカゼ車輌の内、同型の違法改造ナビを備えた数百万のコクピットで、同時にこんな歌が鳴り響きます。
『♪ お暇な〜ら〜来てよネ〜〜 私淋しいのォ〜〜〜 ♪』
 ……えと、念のため。
 あくまでこのメロディーと歌詞は、未開の原始時代に生きる良い子のみなさんにも、未来の流行歌のニュアンスを共有していただくために以下略。


     6

 ロックヘッドさんがヤケクソで発信した違法タキオン信号は、当然、遙か彼方の遊星『ユウの柩』、三浦さんちの前庭に停車中のMF号にも届いたわけで、それにクーニが気づいていれば、何かと話も違ったのでしょうが、
「くかー、くかー」
 なにせ車外でこんなありさまですので、残念ながら、館の最上階のベッドの幼い娘にも、ご両親の所在および危機的状況は伝わりません。
「すぴー、すぴー」
 しかし、その時点で、五月みどりさんの艶っぽいお声、じゃねーや、あくまでそんなようなニュアンスのお誘いに気づいてしまった全宇宙のトラック野郎たちは、顔色を変えて――まあ、毛むくじゃらで顔色の見えない熊男さんとか、半透明の軟体生物さんとか、そもそも顔のないピンク色のガス状生物さんとか、なんかいろいろなのですが――とにかく血相を変えて大金剛号に連絡を入れます。
『どうした石地蔵』
『どうした猿岩石』
『どうした漬物石』
 あの白鹿亭の常連以外にも、通信が混みすぎてとりあえず傍受にまわったカミカゼ野郎、無慮数百万――。
 これこれこうこう、かくかくしかじか、そんなロックヘッドさんの説明に応じて、
『あのチビ助の?』
『そりゃ大変だ』
『相手はマッポじゃねえんだな』
 そういえば、数年前に仲間に呼ばれてエウローペ銀河に出張ったとき、お祭の相手は宇宙パトの大群だったなあ――ロックヘッドさんは往事の血気を懐かしみながら、
「おう、今度は兵隊だ。無理は言わねえ。明日の朝日を拝みたい奴は、黙って仕事を続けてくれ」
『明日の心配しながら、雲助やってる奴がいるかい』
 熊男さんが苦笑します。
『けど、その座標だと、どうしても小一時間かかる。持ちこたえられるか?』
「おう、かっちけねえ。がんばってみる」
 そんな通信に割りこんで、
『こっちは三十分』
『俺なら五分』
『くそ、半日かかるぜ』
 次々に援助表明が重なる中、
『ほーい、ロックの兄貴、オイラ今着きまーす!』
「へ?」
 それはなんぼなんでも早すぎだろう、とロックヘッドさんが言い返すより早く――ぐわわわわわわわ!! ――と、ゆーよーな大迫力の爆発音は、真空の宇宙空間のことゆえちっとも響き渡らないわけですが、ともあれそんなインパクトの超豪華花火大会が、大金剛号の眼前に展開します。
 どこぞのトラックが一機、いきなしヴァルガルム機群の一角に違法ワームホールをぶち抜いてきたため、周囲の敵機が重力場に弾き飛ばされ、もののみごとに爆発散華してしまったのですね。
 思わず「た〜まや〜!」と叫びまくりたくなるような大小連続花火の真ん中あたりに、なんじゃやらギンギンにヘヴィメタっぽいデコトラが出現し、そのコクピットで、あっちこっちの毛並みをメッシュに染め上げつんつんと尖らせた若い狼男が、なかばラリったように気勢を上げます。
『呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ〜ん!』
 ロックヘッドさんは、たらありと冷や汗を流します。
「うわあ……やっちまった」
『兄貴、これみんなツブしますかあ?』
「……だから、シャブはやめとけってばよう、キー坊」
 まあ、そのキー坊さんのほうでも、けして面白半分でヤクに手を出したわけではありません。若い身空で大した稼ぎもないのに先月できちゃった婚をしたばかりだとか、その新妻のウッフン力に負けて身分不相応な愛の巣を三十六年ローンで買ったばかりだとか、とにかくもーシャブでもキメて不眠不休で稼ぎまくるしかない状況だったのですね。
 しばし沈黙を守っていたヴァルガルム軍の空母フェンリルから、やがて、押し殺したような声が届きます。
『――そちらの意思は、とっくりと了解した』
 絶対零度の慇懃無礼な響きです。
 これこのように、一見便利な違法ワープでも、入口まわりや出口まわりをよっくと分析してから行わないと、しばしば時空や人生を誤ります。良い子のみなさんも、下校や人生の途中でアヤしげな脇道に逸れるときには、じゅうぶんお気をつけくださいね。
「ちょ、ちょい待ち!」
 ロックヘッドさんは、慌てふためきます。
 もともと全面交戦に持ちこむつもりではなく、仲間を集めて数に物を言わせ敵を攪乱しみんなでトンズラ――そんな、いつものお祭を企画していたのですが、さっきの遊星のときとは違い、現状は明らかに、こちらから宣戦布告してしまっております。
「えーと、今つっこんだ奴、確か故郷《くに》はあんたらと同じテュール銀河群なんだけども、まあ狼仲間ってことで、そこんとこ、なんかよろしくちょこっと……」
『ほう。同郷の無法者とな』
 相手は声に陰険さを増して、
『ならば遠慮なく対処させていただこう』
 たちまち蜂の巣にされるキー坊さんのヘヴィメタ調デコトラ――と思いきや、
『オラオラオラオラぁ!』
『死にてえマッポはどいつだあ!』
 キー坊さんのデコトラに続くように、無数のヘヴィメタ調スペースバイクが、ぐぉんぐぉんとはた迷惑な排気音をまき散らしながら――いえ、しつこいようですが宇宙空間ですので、あくまでそんな感じのビジュアルをキメながら、群れをなして出現します。
『テュール銀河群南房総暴走連合参上!』
 ラフなスペースウェアをビスやらチェーンやらでギンギンに飾り立て、メットも着けずにいかついマスクユニットのみでバイクにまたがっているのは、キー坊さんに負けず劣らず派手派手な、金銀瑠璃色茜色の毛並みをつんつんととんがらせた、年若き狼青少年たちです。
『オラオラオラオラぁ!』
『死にてえマッポ――じゃねーなあ、兵隊かあ?』
『兵隊上等! 安保反対!』
 いってることが無茶苦茶です。
 キー坊さんのデコトラを中心に雲霞のごとく飛び交い、わらわらと敵機にまとわりついて挑発行為をくりひろげるゾク連中に、
「……おまいら、なに?」
 ロックヘッドさんが呆然と訊ねますと、
『いや、なんか、先代の頭《ヘッド》から招集かかったんでよう』
「しかしおまいら、よく生身で飛べるなあ、外」
『生体武甲は狼の紋章よ』
『おっさん、のいてな。怪我するぜえ』
 そんな荒っぽい交信に、キー坊さんが割りこみます。
『ロックの兄貴にタメ口きくんじゃねえ』
 修羅場の緊張で、なんぼか正気が戻ったようです。
『兄貴は俺のお師匠様だ』
『うっす、お頭!』
『失礼しやした、お師匠!』
 キー坊さんは、ヴァルガルムのゾクの頭《ヘッド》あがりだったのですね。きちんとしたゾクやヘヴィメタ系の方々は、あんがい体育会系のノリで礼儀正しく、上下関係を重んじたりします。
『で、兄貴、ツブしますかい? フケますかい?』
 ゾクの先導で強行突破するにしても、あのナリじゃ、すぐに全滅だろうなあ。今んとこ、あっちも呆れて撃ってこねえみたいだけど――等々、ロックヘッドさんが逡巡しておりますと、
『よう』
『これはこれは』
『もう盛り上がってるじゃねえか』
 新たに大人声が加わります。
 騒動の渦中にいる大金剛号、それを取り巻く戦闘機群、その一角でキー坊機を中心に暴走行為を繰り広げるゾク連中、そして背後にどーんと控えている空母フェンリル――それらすべての現況を遠望できるあたりに、ぽわ、ぽわ、ぽわ、と、なんじゃやらどでかいピンクの雲のような物件が三つばかり、てんでに出現します。
 まだ大金剛号の視界には入っておりませんが、それぞれ雲の中にコンテナを包みこんでおり、コンテナの側面には『まかせて安心ふわふわ三兄弟 (有)ぽわぽわ運送』などと、まるまっこいロゴが躍っております。当然あの気体生物のトリオさんが運転しているのでしょうが、機体までガス状なので、どのあたりがドライバーさん本人なのか判然としません。
『久方ぶりのお誘いに』
『喜び勇んで駆けつけりゃ』
『なんとお前が一番のりかよ、キー坊』
『やっほー、桃色雲のおっちゃんがた』
『しかし一体全体』
『どこをどうやって』
『そんなとこまで飛びこんだ』
『うふ。ひ・み・つ』
 助っ人同士ののんきなご挨拶に、ロックヘッドさんが割りこみます。
「おう、ありがてえ、ふわふわの。なんかガキばっかしで往生してたんだ。あんたらなら見かけのわりに、とことんタフだからなあ」
『ガキばっかしはひでえなあ』
 キー坊さんのブーイングに、
「そーゆー意味じゃねえ。死に急ぐには若すぎるって言ってんだ」
 すると、ふわふわ三兄弟から、
『いやいやいや』
『あんがい俺らより』
『ここは、こいつら使えるかもしれんぞ』
「へ?」
『へ?』
 キー坊さんまで、いっしょになって首をひねります。
『確かヴァルガルムのゾク連中にゃ』
『オエライさんの馬鹿息子が』
『ずいぶん混ざってたはずだよな』
「そーなのか? キー坊」
『う、うん。あいつらけっこう根性あるし、単コロもテクもハンパじゃねえし』
「なあるほど、そうか!」
 ロックヘッドさんは、ぽん、と手を打ち、
「どうりで撃たれねえわけだ」
 それから目を輝かせて、後部座席の不安げな夫婦をふり返ります。
「こりゃマジにイケるかもしんねえ!」





   第二章 Fates 運命の三女神


     1

 さて、引っぱりやすい派手な局面はちょこちょこと小出しにしといて、貧相な洟垂れガキどもから、いえ、もとい良い子のみなさんたちから一日でも長く駄菓子代を巻き上げ続けるのは、ビンボな紙芝居屋さんの常套手段。
 お話の舞台は、またまた青梅の朝に移り――。
「おうりゃあ!」
「せいっ!」
 遠く大噴水を望む爽風の庭園で、起き出した荒くれ連中が、朝飯前の体操を兼ねて、飽きもせず組み手に勤しんでおります。
「おまえとこうして遊ぶのも、そろそろ潮時だなあ」
 ブルモグラさんは、名残惜しさもあってか、いつもより致命的な鯖折りをクーニに仕掛けます。
「しゃーねえわな」
 クーニは常人なら即死しそうな鯖折りをものともせず、岩も砕けよと頭突きをかまします。
「俺はもともと、この星をチーバまでヒッパるのが仕事だ」
 やっぱりちょっと名残惜しそうな口調なのですが、一瞬生死の境をさまようブルモグラさんには聞こえません。
 その横でもつれあっている百足技師さんと芋虫技師さんの擬闘に関しましては、うっかり動画サイトに投稿したりすると削除必至の超グロ画像そのものですので、詳説を省かせていただきます。
 さらにその背後、今朝こそはクーニより攻略難易度の低そうなこの小娘を地に這わせてやろう、そんなイキオイで、徒党を組んで四方八方からトモに襲いかかったその他大勢の荒くれが、闘志も虚しく次々と宙に舞う中、
「朝っぱらからよくやるなあ」
 ヒッポスをはじめとする古典芸能関係者が数名、朝の散歩に出てまいります。中には這ったり飛んだりぶよんぶよんとくねったりしている方もおりますので、正しくは、数名ではなく数体でしょうか。
「おう、宵っぱりの芸人さんたちも、早いじゃねえか」
「俺たちは、これからが本番なんだ。今まではお客様扱いで、ここいらのほんの上っ面を見せてもらってただけだ。お姫様が無事に目覚めたら、総ての階層にあるガイア遺跡を、くまなく見聞できる約束だからな」
 つまり、これまではあくまで仮契約状態であり、カージが優子ちゃんをすっかり復活させた時点で、はじめてUWCと星猫さんのあいだに、遊星『ユウの柩』の貸借契約が成立するわけです。
 しかしカージたちがクライオニクス・ユニットを相手に四苦八苦しているあいだにも、惑星チーバに建設中のアミューズメント・パーク『三丁目の夕日』において、『ユウの柩』をどうイベント化するかは様々な試案が出されており、とりあえず『ユウの柩』をチーバの静止衛星軌道上に据えて、軌道エレベーターで直接パークに繋げてしまおう、そこまでは刑部《ぎょうぶ》会長の決裁が下りております。
 したがって、これまで三浦邸を拠点にうろついたり暇をもてあましたり母船イルマタルと行ったり来たりしていた調査団員たちは、以降の帰途、遊星内部に残って学術的調査をしたりイベント企画を立てたりする学芸班、軌道エレベーター設置に向けて外殻のゲート周りを整地補強する土木班、それらをひっくるめてチーバまで引っぱるMF号、全体を統括指揮する母船イルマタル――以上、おおむね四班に分かれて行動することになります。
「今日あたり、女房もこっちに移る予定なんだ」
 ずっと母船で待機していたケイが、ようやく合流するのですね。
「久々のチョンガー暮らしを満喫してたんだが、また窮屈になるなあ」
 などとぼやきつつ、やっぱり嬉しそうなヒッポスに、
「いいじゃねえか。男所帯だと、なんか蛆が涌きそうでいけねえ」
 クーニは、自分も女であることをきれいさっぱり忘れて祝福します。
 そんな、朝っぱらから汗っくせー前庭に、背後の館から、ふと、爽やかな初夏の微風を想わせる気配が近づいてまいります。
「……おはようございます」
 おずおずと、しかしあくまで清明に、鈴のような声が響き渡ります。
 調査団の面々が、ざわ、と、いっせいに動きを止めてふり返りますと、
「……なにかとお世話になりまして、ほんとうにありがとうございました」
 館から庭園へと下る白亜の階段の途中で、飾り気のない白のサマードレスに身を包んだお姫様が、しずしずと頭を下げたりしております。
 うわあ、出た――。
 と言っても、お岩様や貞子さんや伽椰子さんとは方向において百八十度、距離において無慮ひゃくまん光年は乖離した『清冽萌え』なインパクトに、調査団一同、返す言葉も忘れてしゃっちょこばっておりますと、
「これこれ優子、そんなにへりくだることはない」
 優子ちゃんの足元から、星猫さんがたしなめます。
「こっちの連中は、ただのオマケだ」
 背後に続いていた白百合天女隊一同も、ツン顔でこくこくと同調します。
 ちなみに今回は、天女隊の皆様もいつものジャンスカ姿やメイドコスプレではなく、優子ちゃんのいでたちに準じて、シックな白の高級姫ワンピ等に身を包んでおりますから、元来の気品や可憐さが際立って、なかなかに端倪すべからざるセレブろりパワーを発散しております。
 オマケたあ、またエラい言われようだわなあ、この不細工なメタボ猫め――そんな不平不満はおくびにも出さず、ヒッポスはそそくさと階段の下に歩み出て、
「これはこれは、プリンセス・ユウ様」
 最大級にかしこまった古代風の会釈を披露しながら、
「古代ガイアの高貴なる名門ミウラ一族の末裔にして、伝説の眠り姫ユウ様のお目覚めに非力ながら助力させていただいたうえ、また直々に謁見を許されるとは、この不肖ヒポポタマホス・オキノめ、一介の吟遊詩人として末代までの光栄にございます」
 どこで聞きかじったものやら、蕩々と持ち上げます。
 はて、この方も、なにやらそこはかとなく見覚えが――優子ちゃんは内心首を傾げながらも、さすがに人間の愛称としての『かばうまさん』と、マジに河馬馬っぽい生物を同一視するには至らず、
「あの……えと……ただの『優子』と呼んでいただけますか」
 調査団の面々から、おう、と、驚嘆が重なります。
「あ、そうか」
 足元の星猫さんは、
「これこれ優子。実はこのあたり、いや、この時代、まあなんでもいいが、ともかく今使っている言語で『ユーコ』と発音してしまうと、ちょっとばかりアレなのだ」
 何か恥ずかしい意味でもあるのかしら――心配そうな優子ちゃんに、
「そのものズバリ、雌雄別性種において、雄がもっとも尊重する雌の象徴的表現」
「?」
「人間で言えば、クレオパトラか楊貴妃か、ってとこかな」
 つまり優子ちゃんは、野郎どもを前に、いきなり「プリンセスじゃ足んない! 女王様とお呼び!!」とカマしてしまったわけですね。
 優子ちゃんはたちまち全身赤面し、
「あ、あの……その……」
 ぽ。
 その様を凝視していた調査団の面々の、過半数の脳味噌が瞬時にトロけます。中には、文字どおり全身が溶解してしまっている、半液体系の方もいらっしゃるようです。
「……それでは、ただ、ユウ様とお呼びしましょう」
 古代の呪術的な巫女に関してなんぼか心得のあるヒッポスは、『理力《フォース》』ならぬ『ぽ力《ポース》』とでも呼ぶべきその破壊力を真っ向から受けつつも、かろうじて正気を保ち、
「今後とも、よろしくお見知りおきを……」
 内心のメマイを隠してぎくしゃくと後ずさり、後ろの仲間たちには、余裕ですよ余裕、そんな虚栄を目顔で押し通します。
 このまんまでは、おちおち散歩にも出られない――いらだった宮小路さん率いる天女隊の面々が先に立ち、「しっしっ」「のけのけ下郎ども」「見るだけよ、見るだけ」と言うように前途の露を払いながら、MF号のあたりまで歩を進めますと、
「うーっす」
 唯一ふだんのままのクーニが、軽く優子ちゃんに声をかけます。
「いい朝だな。チビのゆたんぽ、役に立ったか?」
 優子ちゃんは、既視感と懐疑、そして抑えきれない好ましさにちょっぴり気後れしながら、
「――はい、とっても。ありがとうございました」
 姿形だけなら、むしろクーニの後ろでしゃっちょこばっているトモのほうが似ているわけですが、あえて年長のクーニが気にかかるのは、この懐かしい自然体が由縁なのでしょう。
「そういえば、ゆたんぽが見えねえな。てっきり、おまいにしがみついたまんま出てくると思ったんだが」
 優子ちゃんの頬が、すなおにほころびます。
「おチビさんは、まだベッドなんです。気持ちよさそうに、すやすや眠ってたものですから」
「おう。そりゃいい。おまいは知らんだろうが、あのチビ、ここんとこ、ろくに寝てなかったんだよ。口を開けば『お姫様お姫様』、寝言まで『お姫様〜』なんてな」
 クーニの浮かべた苦笑と優子ちゃんの笑顔は、もうすっかり歳の差や立場を超えて、タメに達しております。
「――まいりましょう、優子様」
 宮小路さんの言葉、そして主に清丘さんのうなずきに促され、クーニに軽く会釈して歩を進めた優子ちゃんは、ふと、傍らのMF号のペイントに目を止めます。
 たまたま朝日の照り返しで、それまで気づかなかったのですが、こうして横から眺めてみますと、金色《こんじき》に屹立するその憤怒相の巨人は、幼い頃、邦子ちゃんや貴ちゃんといっしょに何度も遊んでもらった、あの恐いようでいて、実はとっても優しい明王様の絵姿に他なりません。
 呆然と立ち止まる優子ちゃんを、クーニは見とれているものと勘違いして、
「お、こいつが気にいったか? どうだ、すっげー強そうだろう。俺んちの守り神だ。なんつって、実はなんだかよくわからん」
「……お不動様」
「おまい、こいつを知ってんのか?」
「……は、はい。日本の仏様です」
「ニホン? ホトケサマ?」
「えーと、地球の神様です。不動明王様」
 いつのまにかふたりに近づいていたヒッポスが、ぽん、と手を打って、
「なんと、何か気にかかる気にかかると思っていたら、これは古代ガイア多神教の神だったのか!」
 さすがは辺境伝説に青年期を捧げた古代おたく、名前だけは知っていたのですね。
「フドーと言えば、あの神曲バンド、シチフクジンのマネージャー!」
 名前以外は、ちっとも知らないようです。
「ほう、そんな大昔の奴だったのか」
 クーニは単純に感服して、
「なんか、けっこう縁があるのかもな。もしか、俺ら」
「……はい」
 そんなふたりの親密化を、星猫さんと天女隊の皆様は、複雑な面持ちで窺っております。
 実は宮小路さんたちも、優子ちゃん同様、クーニと邦子ちゃんの生物学的な相似、いえ、全き同一性を、まだ知らされておりません。その奇跡の意味が明らかになるまで、娘たちに妙な先入観や期待を抱かせないほうがいい――星猫さんは、そう判断していたのですね。
 そして星猫さんも天女隊のお嬢様方も、これまでクーニと仏画との相関関係には何かと思うところがあったものの、幼時の邦子ちゃんがモノホンの不動様をタメ口で呼び出していたことまでは、知る由もなかったのです。


     2

 いっぽう、その頃、館の寝室――。
 窓辺でちゅんちゅんとさえずる小鳥さんたちの声も、いやいや今朝も朝飯たらふく食った食った、んじゃ今日もいちんちみんなで遊びほうけるか、そんな午前のニュアンスにすっかり落ち着いたころ、
「……んみゅ」
 いさましいチビのゆたんぽが、ようやく眠りの国から帰還します。
 といって、あくまでまだ帰還の途についたばかりなので、お目々を開くふんぎりがつかないまま、
「……おひめさま」
 うりうりうり。
 むにむにむに。
 などと、しばしほっぺた触りやお手々触りを楽しむうち、
 ――おや?
 おかしー。
 なにかが、ちがう。
 この全身に密生している柔軟かつ豊穣な毛並みにも、なかなか捨てがたい味があるのは確かだが、そもそもおひめさまとゆーものは、こんなに毛むくじゃらなシロモノだったろーか。
「……ぱっちし」
 お目々を開いて、現状確認。
「……おう」
 おひめさまが、くまになっている。
「……おはよーございまする」
 なるほど、さすがに、ちがったものだ。おひめさまとゆーものは、朝になるとちっこい熊に――なるわきゃねーだろ、おい。
「……ぽん、ぽん」
 ぽふ、ぽふ。
「………………」
 そう、やーらかいお姫様だとばかり思いこみ、心地よいまどろみの中で真心こめて愛撫し続けていたもの――それは星猫さんが気を利かして置いていった、小熊のパディントンだったのですね。
「……ぐす」
 底知れぬ喪失感にとらわれたタカの顔面が、みるみる崩壊していきます。
 べしょ。
 べしょべしょ。
 べしょべしょべしょべしょ――。
 そして、数瞬の忌まわしき沈黙ののち、
「びええええええええ!!」
 広壮な洋館を構造する無慮数の煉瓦や大理石のすべてが、もー超音波域やら低周波域やら判然としない錯乱幼児特有の号泣に、びりびりと共振しまくります。
「びえ、びえ、びえええ!」
 なんの罪も落ち度もないパディントンを、ヤケクソでぶんまわしたりもします。
「おびべざばがいないよおお!!」
 なお、この場合フォント上の制約でやむをえず省略しておりますが、正しくは「え」や「お」も、さらに「い」「な」「よ」も、すべて濁点がふられるべき音韻なわけですね。
 朝食の後、それぞれの部屋に引っこんで本来の研究活動に没頭していたトモやコウ、そして朝食をパスして積もりに積もった睡眠不足の解消に余念のなかったカージなど、邸内に残っていた面々は、物理的に微振動する家具調度に仰天して、次々と廊下に顔を出します。
「こんどはなんだなんだなんだ」
 そこに、最上階に続く奥階段方向から、
「びえええええええ!」
 ちっこい疾風怒濤が、パディントンをぶんまわしながらどどどどどと駆けてきて、
「わ」
「げ」
「どわっ」
 細身インテリのカージやコウのみならず、猛者トモさえ木っ端のごとく跳ね飛ばし、
「おびべざばおびべざばおびべざばあ!!」
 多数ある客室を、まんべんなく竜巻のように蹂躙しながら、階下に続く中央階段へと駆け去ります。
「……いでででで」
 トモは、いかに不意打ちとはいえ、たかが幼児に気合い負けした事実に困惑しつつ、前庭を見下ろす窓によろよろと歩み寄り、
「おーい! とんでもねーのが、そっちに行くぞーい!」
「あー?」
 MF号を洗車していたクーニが、やや間の抜けた声を返しながら館方向を見さだめますと、
「びえ、びえええええ!」
 正面玄関から飛びだしたとんでもねーのが、庭木の植え込みをばりばりばりと粉砕しながら、
「うぉびべざばああぁ!」
 クーニは思わず額に手を当てて、
「あちゃー」
 あんな駄々っ子じゃないはずなんだがなあ、と舌打ちしつつ、豆台風の襲来に備えます。
「びえええええええ!」
「どっせーい!!」
 さすがは大宇宙に名を轟かす『鉄の乙女《アイアン・メイデン》』、トモでさえ屈した螺旋状衝撃波を軽々と受け止め、
「おいこら、もちつけ!」
「おびべざばがいないようう!」
 じたばたじたばた。
「だからおちつけ。ちょっと散歩に出ただけだ」
 などと説得しようとしても、良い子のみなさんもご存知のとおり、すでにむずかってしまった幼児とゆー凶悪なケダモノには、人間の理屈など通用しません。
「おびべざばおびべざばおびべざばああ!!」
 盛大に涙の雨をまき散らし続けるタカと、満身創痍のパディントンをしょって、クーニは仕方なくお姫様御一行の後を追います。
「あだだだだ。おいこら髪むしるんじゃねえ!」
 ぶちぶちぶちぶち。
「あだだだだだだだ。だから、すぐに見つけてやるってばよう」
 さしものクーニも、もはや半泣きです。
 そしてタカ自身、
「うぉびぃべえええ!!」
 もはや自分が何を欲し何を絶叫しているやら、ちっともわかっておりません。
 ただ底知れぬ喪失感――。
 自我、そしてその自我を確固たる存在として認識させてくれる相対者、のみならず、その両者を含んだ世界のすべての『実存』そのもの――そうした森羅万象に対する現状認識を、いっとき一切合切見失えばこそ、人というものは幼児に限らず『むずかって』、しばしば破綻してしまうのですね。


     3

 数週間前にタカと天女隊の皆様が出会った、あの旧青梅街道の商店街を、優子ちゃんは、星猫さんたちといっしょにそぞろ歩いております。
 街並みのあちこちに掲げられた古い映画の絵看板も、瓦屋根の昭和レトロ商品博物館も、そして長岡履物店も、優子ちゃんにとっては、あの最後の発作で倒れる直前まで、貴ちゃんや邦子ちゃんと並んで歩いていた帰り道のまんまです。
 星猫さんが、感慨深げにつぶやきます。
「お前が目を覚ましたら、ああもしようこうもしよう――そんな想いから、親父さんやお袋さんや智宏が残した形見は、いくつもあったのだよ。いっしょに星を渡る白い船、なんてのもあったな。お袋さんの遺言で、智宏の孫の孫の孫の子が、ウルティメットに渡ってから仕立てあげた。なかなか美しい宇宙帆船だったぞ。――しかし今となっては、この人工遊星だけが形見だ」
 懐かしく、また嬉しいはずなのに、なぜか優子ちゃんの心は弾みません。
「お前が望むなら、あの頃の通行人も呼び出せるぞ」
 しかし、それはあくまでバーチャル・リアリティー――。
「挨拶も交わせるし、触感だって再現できるし……」
 優子ちゃんの浮かべる曖昧な表情を気遣い、語尾のトーンが鈍る星猫さんに、優子ちゃんは、あわてて健気な笑顔を返します。
 そんな優子ちゃんの心の襞を、悟れない星猫さんやお嬢様方ではありません。
「……こんなことを申し上げて、もしお気に障ったらお許しくださいね、優子様」
 宮小路さんが、おずおずと切りだします。
「こんな空疎な、思い出の形骸だけを今さら遺されても、ただ哀しくなるばかり――今の優子様は、きっと、そう思っていらっしゃる」
 でも、それがパパやママや智宏お兄様の遺志であり、星猫さんや『ことのは』の皆さんが、大事に守ってきてくだすったものなのだから――優子ちゃんは、無言でうつむきます。
「けれど優子様、優子様もやがてお歳を召されたら、きっとご両親や智宏様に、心から感謝できる日がきます」
 宮小路さんの言葉に、白百合隊の皆様も、こくこくとうなずきます。
「たとえそれが形骸であっても、ただの箱庭であっても、生まれ育った故郷の山河がいつまでも思い出のままに存在し続ける、ただそのことの、計り知れない『ありがたさ』を、きっと悟れる日がきます」
 あの頃と寸分違わぬ少女のおもざしに、臈長けた老夫人の艶と慈愛をも湛えた宮小路さんの言葉には、柔らかいがゆえにけして拒めない、確固たる説得力が漂っております。
 こくり、とうなずく優子ちゃんに、
「綾だけに、年寄りの繰り言を任せるわけにもいくまいな」
 星猫さんは、ちょうど横にさしかかっていた長岡履物店の、薄暗い店土間に目をやりながら、
「あそこから陽気な声をかけてくるはずの邦子も、お前が望むなら再現できる。あっちの駅方向から、とたぱた駆けてくる貴子の姿もな。しかし、お前が眠りについてからのあのふたりの痕跡、つまり十四歳以降の記録は、いっさい残っていない。吾輩らの記憶に残っているだけだ」
 それは、自室にあったアルバムなどを通して、すでに優子ちゃんも朧気ながら気づいており、散策中も、ずっと気になっていたことです。
「なんとなれば、奴ら自身が、晩年それを望んだからなのだ」
 怪訝そうな優子ちゃんに、
「ま、それもまた、婆《ばばあ》らしい気の回しようだったのだろうよ。これ見よがしにそれを残せば、死んでゆく己の未練は確かに薄らぐだろう。しかし目覚めたのちの優子にとって、それは懐旧ですらないのだ。むしろ『その場にいなかったこと』を悔やみ、悲しむだけなのではないか――とか、な」
 確かに、そうかもしれません。
 たとえば、生まれてから幼稚園に上がるまでの大半を病院で過ごした優子ちゃんが、いつも最上階の病室から淋しく見下ろしていた、多摩川の河原で遊ぶ元気な子供たちの姿。
 また同じ頃、テレビのブラウン管越しに、食い入るように見つめながら密かに恋いこがれていた、素敵なバレリーナさんたちや、女子体操の健やかなおねいさんたち。
 あるいは、いつかみた哀しい夢の中、すでに廃園となり、堅く門の閉ざされた遊園地の柵越しに垣間見えたメリーゴーランドの、美しい、しかし二度と華やぐことのない残滓――。
 しかし、それらのことを、まだ若い優子ちゃんが心から『割り切る』には、まだまだ長い時間が必要でしょう。
 それでも優子ちゃんは、自分が眠っていた長い歳月、家族や友達がずっと抱いてくれていた優子ちゃんへの『想い』の重さに、おのずと目頭が熱くなります。
 そんな優子ちゃんの、儚く潤む瞳を見つめるうち、他の天女隊の皆様から一歩離れるように従っていた清丘さんが、何かを決意したように歩を進め、口を開きます。
「――わたくしが最初にこの体を得たとき、貴子様は、まだ地球にいらっしゃいました。邦子様も御存命中でした。邦子様は、とうとう一度もアトランタにはおいでになりませんでしたが、貴子様はしばしばおみえでしたので、わたくし、さしでがましいとは思いながら、一度、遠回しにお伺いしたことがあるのです。それは、つまり――貴子様もわたくしのように、永遠に優子様を見守る道を考えてくださらないか。そして邦子様にも、それとなく伺っていただけないか」
 優子ちゃんは、ちょっと身をこわばらせます。
 もちろん、あのふたりにそんな道を望みはしません。いえ、『ことのは』の皆様にだって、ほんとうはそんな過酷な道を選んでほしくなかったのです。でも、しかし――。
「結句、おふたりは、それぞれの生をまっとうする道を選ばれました。それでわたくし、いっとき、なんて不人情なことだろうなどと、おふたりを恨んだりしたものでしたが……」
 種々の想いに惑う優子ちゃんに、清丘さんは、宮小路さんをも凌ぐ慈顔を向けて、
「ですが今なら、あのおふたりの真心が、はっきりとわかります。もしわたくしどもと同じ道を選んでしまえば、いつか目覚められた優子様と、共に老いることができません。真の意味で、共に生きることができません」
 それも、そのとおりなのですね。
「わたくしどもは、ただ優子様にお仕えするために、こうした形での生を選んだのです。お仕えするだけなら、ずっと同じ姿のままでも、さしつかえございませんから」
 そぞろ歩く道筋は、いつしか多摩川の河原へと下り、昔日のままの奥多摩山塊を見晴るかす渓谷の崖上遙か、かつて優子ちゃんが貴ちゃんや邦子ちゃん、そして『ことのは』の皆様と勉学を共にした××中学の鄙びた校舎が、うららかな初夏の日差しを受けながら、眠るようにたたずんでおります。
 清丘さんは、諄々と続けます。
「――その後、天寿をまっとうされた邦子様も、その最期を看取ってから母方の御実家に帰られた貴子様も、とうとう優子様には伝言ひとつ残されませんでしたけれど――きっとそれは、優子様のお目覚めがいつになろうと、自分たちは優子様と共に生きた時代を心の中で確かに共有しており、自分たちが消えても優子様が生きている限り、その友情は消えはしない――そんな自信と余裕の表れだったのではないでしょうか。たぶん、あの方々は、自分自身を信じるのと同じほど、優子様を信じておられたのです」
 それはそれでなんかすっげームカついてしまうこともあるのだけれど――などという本音は、きっちり胸に秘めて生きられる清丘さんです。
「いつぞや、晩年の智宏様からうかがったのですが、貴子様と邦子様は、毎日アメリカまで、お電話で、こう訊ね続けておられたと。日によって時刻は様々でも、数十年間、ただの一日も欠かさずに――『優子ちゃん、ちゃんと眠ってますか?』『優子の奴に、変わりはないか?』」
 思わず立ち止まり、両の掌で顔を覆った優子ちゃんの頬を、ふたすじの涙がつたいます。それは、喜びと悲しみのないまぜになった、真心であるがゆえにまとまりのつかない、でも、とっても熱い涙です。
 星猫さんは、そんな優子ちゃんに何か言いかけますが、ふと思いとどまり、黙ってハンカチをさしだします。
 いかに肥大化していても猫は猫、なんぼお手々を伸ばしても優子ちゃんの腰までしか届きませんので、すかさず宮小路さんが、どっこいしょと抱え上げてあげます。
 受け取ったハンカチに刺繍されている、くりくりお目々のキティーちゃんに気づき、涙顔のまま微笑んでしまう優子ちゃん――そんな、化猫と聖処女様の交情をしみじみと見守りながら、『ことのは』の方々も、皆さん瞳を潤ませております。
 もっとも、冷静沈着タイプの白洲さんあたりは、ついついこんなことを思ったりもしております。――しかしこの猫、どっからサンリオのハンカチ引っぱり出したんだろうなあ。
 やがて、ちまちまと涙を拭き終えた優子ちゃんは、
「……浮かない顔ばかりしていて、ごめんなさいね」
 頬に残る涙の跡を爽風に晒すように、思いきって顔を上げ、
「でも、あんまり心配なさらないでください」
 かつてその場の誰もが見たことのないような――優子ちゃん自身さえも、自分がそんな笑顔を浮かべられる日が来ようとは想像もできなかったような、まるで貴ちゃん級の笑顔を浮かべ、
「――見ていてくださいね」
 ちょっと恥ずかしそうに、ふう、と深呼吸したのち、なんじゃやら青空に向かって大きく両腕を広げ、しっかりと胸を張って、
「ナディア・コマネチ!」
 は?
 な、何事?
 目を白黒させる一同を尻目に、優子ちゃんはだしぬけにたたたたと、それはもう軽やかに河原の草を蹴って駆けだします。
 そして、まずは手堅いタンブリングをキメたのち、短い再助走を経て、
「はっ!」
 いきなし大技、前方かかえ込み二回宙返り!
 おう、と、宮小路さんが息を飲みます。
 他の天女隊の皆様も、あるひとつの奇跡の実現に思いあたり、一抹の不安を抱きつつも、奔流のような希望に胸をときめかせます。

     ★          ★

 ……えと、ここで、念のため。
 けして、ビートたけしさんの一発芸《コマネチ》が始まったわけではありませんよ、念のため。
 それはあくまで、かつて女子体操界の『白い妖精』と謳われたナディア・コマネチさん本人――昔日のモントリオール・オリンピックにおいて、弱冠十四歳の身で近代オリンピック史上初の十点満点に輝いた栄光の美少女――その姿を想起しているのですね。


     4

 さて、それから優子ちゃんが青梅の空を背景に展開した、華麗にして完璧なムーンサルトやら、幻の後方伸身二回宙返り二回ひねりなどは、コマネチさんの得意とした金メダル級の段違い平行棒や平均台の演技ではありませんし、銅メダルに終わった床運動演技とも違うのですが、きっとそれは、病弱だった優子ちゃんが幼時から密かに憧れていたブラウン管上の健やかな妖精たち、そのイマージュの集大成に他ならず、また天女隊の皆様も『優子様おたく』として密かに把握していた、蒲柳のごとき聖処女様の見果てぬ『希望《ナディア》』に他ならなかったのでしょう。
「優子様…………」
 お嬢様方は、すでに恍惚状態です。
 ニヒルな星猫さんさえも、驚愕と感動に自失しております。
 あの清丘さんなどは、目前で白衣を翻す風の妖精の姿に滝涙を滂沱と垂れ流しながら、改めて『神性』の実在を、その百合心の根幹にまでしっかり焼き付けたりもしております。
 ――ああ、このお姿こそが、優子様という天使の本態なのだわ。野暮で窮屈な物理法則だの、一見もっともらしい『清』を装いながら実は俗塵にまみれた似非モラルの傀儡でしかない社会規範だの、そんなわずらわしい軛《くびき》から完全に解き放たれ、ありとあらゆる天衣無縫なポージングを次々と展開しながらも、クサレろり野郎や欲の亡者どもへの迎合などは微塵もなく、DVDコマ送り映像のワン・フレームたりとも、愛くるしい膝小僧さえけして余人の目に晒さない完璧なサマードレスの裾さばき! ああ、このお姿こそが、乙女の『聖』そのものなのだわ――。
 ――等々、見守る一同の尽きぬ思いを知るや知らずや、飛鳥のごとき連続技を終えて、すた、と美事な着地をキメた優子ちゃんは、はあはあと息を整えながら、
「心配してくださる皆様には、なんだか申し訳ないのですけれど」
 紅潮した頬に、朝露のような汗が光ります。
「こんなに素敵な朝を迎えたのですもの、もう昔のことなんて、ちっとも気になりません。これからの一日が、明日からの毎日が、もうなんだかとっても楽しみで!」
 それは、確かに偽らざる本心なのだろう――星猫さんやお嬢様方は、深々とうなずきます。
 しかし本心というものは、いつだって、あえて露わにしないもう半分の心を、その奥に秘めているもの――そんな、限りない優しさゆえに哀愁と不可分の快活さもまた、乙女の『聖』に他ならないのでしょう。
 にっこしと、盛夏のひまわりをも凌ぐ、天真爛漫な笑顔を浮かべきる優子ちゃん。
 それに応えて、やはりにっこしの極限に挑む、『ことのは』の皆様。
 そして、にっこしのつもりでもイマイチ純度の足りない星猫さん――。
 と、そのとき、
「あ、いたいた! うおおーい!」
「びえ、びえ、びええええ!」
 背後の彼方から、半泣きになったクーニの声と、発狂した幼い蝦蟇蛙とでも表現するしかない絶叫が、しだいに近づいてまいります。
「ひい、ひい、ひい」
「うぉびぃべぇざぁばぁあ!!」
 ぶちぶちぶちぶち。
「あだだだだだだ! だ、誰か、なんとかしてくれーい!」
 などと、頭髪を撒き散らしながら疾走してくる凸凹コンビ物件を、千倍ズームの機械眼で一瞬に捕捉分析した宮小路さんは、
「フォーメーションα、紅炎の陣!」
 配下のお嬢様方に、すかさず警戒態勢を命じます。
 でも、ありゃあ単なる脳天気なオンブ物件に過ぎないのではないか――とまどっているお嬢様方を、宮小路さんは般若の形相で睨みつけ、
「ウルティメットのお子様を、侮ってはいけません! むずかってわけわかんなくなると、大悪獣ギロンのアバラさえへし折ります! あの悪名高いキングギドラさえ、三つ頭を地べたにこすりつけて許しを乞うと言います!」
 そ、そんなにか――お嬢様方は、逡巡を捨てて加速します。
 びゅびゅびゅびゅびゅん!
 所はあたかも多摩川の渓流を見下ろす小高い草叢、あっけにとられている優子ちゃんと星猫さんの直前を、宮小路さんと久我さんがすかさずがっちりとディフェンス、八千草さんと河内さんはやや前方左右に飛んで二重ディフェンス、コワモテの白洲さんと清丘さんはむしろオフェンスのイキオイで、どどどどどと迫り来るバケモノたちに、もといクーニ&タカの凸凹コンビに、斜め左右から突進します。
「うおうりゃあああ!!」
「通すかああ!!」
 もとより闘志もなんにもないクーニは、わけがわからずとっちらかります。
「え? な、何?」
 しかし背中のタカは、
「――きらりんこ!」
 幼いとはいえ限りなくうるとらな眼力をもって、クーニの肩越しに、彼方の岸辺のお姫様を捕捉します。
 ついに再び巡り会ったお姫様、その胸に思うさますりすりするとゆー使命のためには、他のいかなる事象もわけわかんなくて当然です。
 タカはパディントンを抱えたまんま、クーニの背中から肩へと駆け上がり、おつむを踏み台にして、力のかぎり中天高く舞い上がります。
「しゅわっち!」
「ぐえ」
 首のひんまがった『鉄の乙女《アイアン・メイデン》』に、
「お」
「わ」
 ちゅどーん!!
 二機の少女型最強機械体が勢い余って激突し、おびただしい土砂とともに四散、いえ、幸い誰もバラけてはいないので、三散します。
 なんぼ超加速による衝撃波が生じたとはいえ、跡に残ったクレーターが巨大すぎはしまいか、などと感心しているバヤイではありません。
 続く八千草さんと河内さんは、あえて人としての理性や情を捨て、三散するズタボロの人型たちをも顧みず、あくまでその中央から発射された幼女型テポドンおよび小熊の縫いぐるみを迎撃します。
「とうっ!」
 宙空に弧を描くちみっこいテポドンの軌跡に交わるように、もう二つのやや大柄な軌跡が、可憐型の外観からは想像もつかぬ鷹のような獰猛さで襲いかかります。
「てやあっ!」
 しかし、欲望の権化と化した幼児は、電脳による軌道予測などすでに超越しており、
「じゅわっ!」
「きゃん」
「ひん」
 空中において、げし、げし、と、ふたつのおつむを見事に蹴り下げホップ・ステップそしてジャンプ、さらに高度と速度を稼ぎながら、お姫様の懐めざして驀進します。
 我々の加速に生身で対応している――宮小路さんは焦ります。
 クーニといいタカといい、やはり邦子様や貴子様と同クラスの生体バケモノ。ならばナマモノにはナマモノの弾力性が効果的なのではないか――瞬時にそんな判断をくだし、
「失礼!」
 背後の足下から、むに、と星猫さんの首根っこをつかみ上げ、
「お願いします!」
「にゃあ?」
「ぬおおおおっ!」
 姫ワンピのお嬢様にははしたなく、大リーグボールを繰り出す星飛雄馬のイキオイで、片脚がほぼ垂直に上がるほど力の限り振りかぶります。
 ♪ じゃん、じゃん、じゃん。じゃ、じゃじゃじゃじゃ〜ん ♪
 そして――びゅん!
「うにゃあああ!」
 不意を突かれながらも、さすがは百戦錬磨の星猫さん、ひゅるるるると風を切りつつ、己が迎撃ミサイルとして発進したことをすぐさま自覚、
「キャット空中三回転!」
 お得意の、ニャンコ先生(誰?)仕込みの大技を駆使して体勢を整え、急接近するちょんちょん頭に備えます。
 しかし、対するうるとら幼児は、わけわかんないなりに研ぎ澄まされた本能をもって、
「でゅあっ!」
 遺伝子記憶に刷りこまれたセブンおじさんの必殺技、アイ・スラッガーを繰り出します。
 もっとも、タカのおつむには投擲可能なトサカがありませんので、代わりにパディントンをぶん回し、星猫さんめがけて投げつけたわけですね。
「おわ?」
 星猫さんは、とっちらかります。
 あの入園式の夜に、幼い優子ちゃんから託された、盟友パディントン。以来、無慮数十億年に渡って毎晩いっしょにおねんねしたり、仲良くダンスしたり、お散歩のときにはしょって歩いたりしてきた無二の『おともだち』を無視することは、星猫さんにとって不可能です。
 ぼふ!
「むぎゅ」
 反射的にしっかと抱きとめたパディントンと共に、星猫さんはあえなくタカのちょんちょん頭に弾き飛ばされ、青梅の空の星と消えます。
「あーれー」
 ひゅるるるる。
 ちっ、使えねー猫――宮小路さんは舌打ちします。優子様が目覚められた今となっては、『にゃーお様』の存在価値も推定半額処分なのですね。
「久我様!」
「宮小路様!」
 残されたふたりの機械娘は、きりりと見合って眥《まなじり》を決し、
「X攻撃!」
 だん、だん、と大地を蹴って、優子ちゃんの左右から化鳥のごとく宙に飛翔、迫りくるちょんちょん頭の直前で、ぎゅううううん、と交差します。
 それはもー、岡田可愛か范文雀か、もとい朝岡ユミかジュン・サンダースか、そんな『サインはV』の気合いです。
 タカは、ふたりのおねいさんに同時に行く手を阻まれてしまい、
「だんごむし!」
 とっさにまんまる団子虫と化し、きたるべき衝撃に備えます。
 そして――べん!!
 どっちのおねいさんにアタックされたものやら、
「きゅう」
 ついにタカは空中で失神します。
 こうして、一見成功したかに見えたX攻撃でしたが、
「ぐえ」
「あう」
 宮小路さんと久我さんは空中でバランスを崩し、あっちゃこっちゃの体勢で地べたに叩きつけられます。
 両者、手首から先が、あっちゃこっちゃのぶらんぶらん状態になってしまっており、
「優子様!」
「優子様!」
 悲鳴のような叫びを重ねて後方を確認しますと、制御を失った幼児型テポドンが、その先でとっちらかっている可憐な標的を、いましも直撃しつつあるではありませんか。
 ああ、なんてこと! あのとんでもねーイキオイでは、スレンダーな優子様のお体など、ひとたまりもなく――。
 ちなみに天女隊の皆様が超加速を開始してからここまで、テキストによる描写は長々とあったわけですが、常人の時間軸においては、ほんの一瞬の出来事です。
 草葉の陰からようやく起きあがったズタボロの白洲さんと清丘さんや、亀さん状に引っこんでしまった首をようやくぽこんと肩から復帰させた八千草さんと河内さんも、彼方の岸辺に惨劇を予感し、超加速のままの思考速度で絶望します。
 と、そのとき遅くかのとき早く、
「たたたたたたたた!」
 どこからか復帰したズタボロのクーニが、下半身を半透明にブラしながら弾よりも速く駆け寄ると、
「キャーッチ!」
 うるとら団子虫に飛びつきながら瞬時に反転、エイトマン級の鋼鉄の胸をもって、ずど、と捕獲します。
 ああ、よかった。このチビを人殺しにしないで済んだ――。
 しかし、一難去ってまた一難。
 気の早いクーニが安堵したのもつかのま、そこまでのタカ&クーニ双方のトンデモなイキオイは、すでに慣性の法則を超越しており、
「あわわわわわわわ」
 ずざざざざざざざ!
 なんぼ両足先を地べたに突っ張っても、一向に後退が止まりません。
「どけどけどけーい!」
 いっぽう優子ちゃんは、加速非対応の生身ゆえ、事態を把握する暇もないまま、迫り来るクーニの背中に真っ向から対峙します。
「む!」
 背後の眼下は多摩川の渓流ですから、うるとら物件だの鉄の乙女などは、ひょいと身を交わして落っこちてもらえば良さそうなものですが、優子ちゃんにしてみれば、たかちゃんや邦子ちゃんにそっくしの物件を邪険に振り払うなど思いもよりません。
「どぅおすこいっっ!!」
 宇宙開闢より無慮二百億年、有史以来初の『優子どすこい』が、直径百キロに及ぶ遊星『ユウの柩』の人工大気に響き渡ります。
 ずざざざざ――ざ!
 身長わずか百四十五センチの優子ちゃんが、百八十を越える屈強なクーニを胸中のタカごと丸々支え、崖端ぎりぎりでふんばります。
 一見蒲柳の細腕に、熟視すればきりきりと纏わる細鋼のごとき筋肉網――もはや天使にあらず、ある意味クーニをも越えた、美しき戦女神《ヴァルキュリア》。
『ことのは』の皆様は、遠巻きに呆然と立ちすくみながら、精神的には、もはや平伏しております。
 それらの熱い視線に気づいて、
「……ぽ」
 根っから恥ずかしがり屋の優子ちゃんは、
「あ」
 くらり、と膝小僧が遊んだりして、
「あうあう」
 緊張していた二の腕も、一度気が抜けてしまうと、やっぱりなまっちろいお嬢様仕様に逆戻り。
「あうあうあうあう」
「おっとっとっと」
「……ふみゅ?」
 あわててバランスを取り合うクーニや、ようやく息を吹き返したタカもろとも、イナバウアー状にそっくりかえって――――どっぽーん!
 ……まあ、ぶっちゃけ崖といっても実はたかだか二メートルちょっと、水深も一メートルに満たない浅瀞ですから、始めっから落っこちといたほうが楽だったのかもしれませんね。

 ほどなく優子ちゃんに抱き上げられ、川面に顔を出したタカは、
「うりうりうり」
 超粘度の強力ダッコちゃんと化し、その胸にひっつきます。
 びしょぬれのお顔をべしょべしょと歪め、
「ずうっと、いっしょ……」
 ぽしょぽしょと潤むお目々を上げて、懸命に、優子ちゃんのまなざしを求めます。
「……いっしょに、いようね?」
 お目々ぽしょぽしょ、涙の雫がぽろぽろぽろ――。
 優子ちゃんは、やっぱりぽしょぽしょとなかばべそをかきつつも、こっくし、と笑顔でうなずき、力の限り抱きしめます。
 ぎゅうううう。
「――ぎぶ、ぎぶ」
 そんなふたりの睦み合いを、クーニは傍らに立って軽く支えながら、いつもながらの爽やかな笑顔で見守っております。
 そして、満身創痍となった天女隊の皆様も、なんだかよくわからないうちに世代混淆で再結成されつつあるっぽい新たかちゃんトリオを、岸の上から、なしくずしに恩讐を忘れて祝福していたりするのでした。

     ★          ★

 ちなみに同時刻、遙か上流の、鳩の巣渓谷ガーデンキャンプ場あたりに着水してしまった星猫さんは、盟友パディントンを浮き袋にして、ヤケクソのように多摩川を下っていたとゆーことです。


     5

 ――はい、タッチ。硬派モードにチェ〜ンジ。
 これまでの長丁場、あえて頻繁なチェンジ告知などは省いておりますが、これこのように今回の大長編は臨機応変、しばしばナレーターが交替しているわけですね。
 こうして貧しい女ふたり、恩讐を越えて、乏しいギャラを分け合わなければ生きていけないこの低迷日本――なーにが政権交代だなーにが事業仕分けだ億単位の闇金《やみがね》まみれのクソ野郎どもがよう。ぐちぐちぐちぐち。

 ……こほん。

 ここでまたまた舞台は移り――。
 といって、ロックヘッドさんたちがタカの両親を巡って大騒ぎしている、あのエウローペ銀河の端っこではなく、さらに遙かな宇宙の彼方、ヤハゥエ星雲。
 そう、良い子のみなさんが、これまで何度か耳にしつつ一度も目にしたことのなかった、ノア教の聖地ですね。
 その宙域に知的文明が興るよりも遙か太古から、付近を旅する舟人たちは、その星雲を『ミルキー・ウェイ』と呼んでおりました。
 もちろん、たまたま言語的ニュアンスが一致するだけで、ちみっこ時代のたかちゃんやくにこちゃんやゆうこちゃんが、毎年七夕の夜になると、笹の葉に短冊をぶら下げてかわゆくお願いごとをしたりしていた、あの『天の川』ではございませんよ、念のため。
 とゆーことは、当然、良い子のみなさんが日々飽きもせずちまちまと無意味に右往左往していらっしゃる、このセコい『天の川銀河』でもございません。
 ミルキー・ウェイ――。
 未だ平和とは程遠い大宇宙は、そこを旅する舟人たちにとって、ある意味、場末の安宿のコーヒーのようなものです。
 淹れ方しだいでは芳香漂う憩いの海となるはずなのに、多くの宙域は、無愛想な深夜バイトがローストし過ぎたコーヒー豆を際限なく煮出したかのごとく、暗黒の苦汁に充ち満ちております。といって、泊まれる宿がそこしかない貧乏人は、そこで毎晩クソまずいコーヒーを啜っているしか、旅を続ける道がございません。
 そんなままならぬ宇宙の一角、奇跡のように清らかに、限りなく雅やかにたゆたう白銀色の渦状星雲は、あたかも大宇宙の限りない苦さ黒さを愁いた神々が、そっと流しこんだ癒しの乳――。
 そんなふうに、太古の旅人たちは一種宗教的な感慨を伴って、ヤハゥエ星雲を眺めていたわけです。
 ですから、いつしかそこに文明が興り、その中核を成す惑星マンディリオンが、やがてノア教の主星として汎宇宙的な影響力を持ちはじめても、表立って異を唱える星間国家はありませでした。創造主がもたらした全宇宙の森羅万象はすべて等価値のもの――神秘の永遠人《とわびと》・ノアの説くそんな穏健な教義は、星雲自体の穏やかな美しさに、いかにもふさわしいものだったからです。また、その一神教文明の外交姿勢が、数億年間いささかの迷いもなく、あくまで中立的・平和的だったからでもあります。
 そうして今現在、ノア教は、汎宇宙文明の隅々まで、あまねく信徒を増やし続けております。
 ノア教が流布する以前、平和主義者たちの聖地であったM78星雲文明=伝説の古代ウルティメット文明――それを滅ぼして後釜に納まった、あの好戦的なヴァルガルム文明でさえ、惑星マンディリオンに集中する膨大な帰依には対抗しきれず、対等外交を余儀なくされております。精神的な帰依ばかりでなく物理的な帰依、早い話がオゼゼの桁も、ハンパではないのですね。単なる神頼みだけで、数億年の中立と平和は保てません。そうした一神教ならではの強靱さが、ヤハゥエ文明を、ウルティメット文明のような衰亡から護っているのでしょう。ちなみに古代ウルティメット文明は、一定の宗教や国家主義に依存せず、理論的社会主義を理想的な形で実現してしまったからこそ、対外的に弱体化し、滅亡したとも伝えられております。
 といって、けして惑星マンディリオンでは、どこぞの聖地や総本山のように愚民ウケを狙った荘厳な神殿が軒を連ねたり、コテコテの教会建築があっちこっちでつんつんと天を突っついたりはしておりません。むしろ地表の大半が、鄙びた農村、原始的な放牧地、生態系を乱さない程度に手を加えられた山河と海洋、そんな、程の良い自給自足的風景に覆われております。
 それこそが、神の加護による美しき天然の世界。
 などと、良い子のみなさんのように頭のあったかい方々は、たちまち自分もノア教の洗礼を受けようと決心なさったりしがちなのですが――わたくし陸上自衛隊出身、特殊戦闘訓練百戦錬磨、陸自自主退職後は某国外人部隊に身を投じ、世界各地で実戦バリバリの二代目おんなせんせいに言わせていただけるなら、必ずしもそれが未来世界における真の平和的様相であるとは思えません。
 たとえば、たかちゃんやくにこちゃんやゆうこちゃんがとたぱたと駆けまわっていた平成の世でさえ、日本の田舎でのんびりと晴耕雨読の自給自足ライフを楽しんだり、アメリカあたりで広大な牧場を個人所有して好きなときにお馬さんにまたがって駆けまわれるような方々というのは、ズバリ、ほぼ例外なく、そんな生活に至る以前、なんらかの手段でまとまった資産、ぶっちゃけオゼゼを稼いだ方々、あるいは始めっからまとまった土地のある家に生まれた方々なのですね。
 もっとも、己ひとりでヤハゥエ文明を興した言われる教主ノアが、いかなる出自であるのか――始めっからお金持ちのクソクソ羨ましいぜコンチクショーなお坊ちゃま野郎であったのか――あるいは自称しているように、航宙ナビにも載らないような僻星で、貧しい田舎娘の突然変異的処女懐胎によって産み落とされ、物心つく以前から神の声を聴き善男善女の信仰を集め、やがてその星が天体寿命を終えた後も、信徒たちを率いて全宇宙を流浪しながら教えを広め、艱難辛苦の末に、約束の地・ヤハゥエ銀河にたどり着いたのか――そこいらの真実に関しましては、神ならぬ身のわたくしせんせい、今んとこ知る由もございません。
 なにせここんとこ、次回分の台本さえ事前に渡されず、随時メールで届く細切れの台本、それもテニオハさえアヤしい打ちっぱなしの台本を、自力で修正しながら口演するありさまです。お話づくりのぶよんとしてしまりのない方が、マジにビンボやアルツで再起不能に陥る前に、しっかり『ゆうこちゃんと星ねこさん 作・バニラダヌキ&二代目せんせい&初代せんせい』とでも明記していただかなければ、あの初代スベタ娘ともども最低賃金に毛の生えたようなギャラでは、とうてい割に合わない状態です。
 閑話休題《あだしごとはさておき》。
 なにはともあれ、出自不明のその教主が、自己クローニング胎生とやらの裏技で数億年の生を保ちながら、営々と築き上げてきた汎宇宙一大宗教ネットワーク。その主星マンディリオンが、単なる田舎志向の、自給自足惑星であるはずはございません。
 その証拠に、のどかに暮れなずむ落陽の麦畑、もとい、ちょっと麦っぽい穀物畑、ミレー描くところの『晩鐘』のごとく、一日の仕事を終えた農民夫婦が敬虔に合掌し神に祈りを捧げる、そんな牧歌的風景の、遙か地中では――。

     ★          ★

 純白の鍾乳石によって形成された、天然の大伽藍――。
 ひと口に表現すれば、そんな感じでしょうか。
 その空間の、どこまでが天井でどこまでが床面なのか、またその大伽藍の果てはいったいどれほどの彼方に存在するのか――もしかしたらマンディリオンの地中全体が、ひとつの大伽藍なのかもしれません。
 もっともその内部は、やはり純白の鍾乳石に似た無数の細枝が四方八方網状に絡みあっており、あたかも巨大化した珊瑚礁の内部、いえ、それよりはずっと目が込んでおりますので、むしろ精密な人体模型に織り込まれた毛細血管図、あるいは生い茂る樹木の群葉の葉脈のみを群葉のままに3D映像化したような、一種の生命感を宿しております。
 広大すぎて一度に視認することはできないものの、その無慮数の白い葉脈は無慮数の枝に収束され、さらにその枝々は幾本かの巨大な幹に収束され、大伽藍の天井だか床だか判然としない四方の壁へと、あちこちで根付いているようです。
 他に類を見ないそんな光景を、良い子のみなさんの記憶にありそうな事物に照らしますと、そう、たとえば屋久島の縄文杉の、あのうねうねとした根元――良い子のみなさんが十人がかりで取り巻いても手を繋ぎきれないほど巨大な根元を想像していただければ、それに近いでしょうか。しかし、すべてが純白で、構造物自体が光を発しているかのように影というものがいっさい存在しないので、屋久島の森の、仄暗く湿気に満ちた原初的神秘性とは、むしろ対極的な尖鋭的神秘性に充ち満ちております。
 伽藍内の壁面に点在する根元の数、きっちり一ダース――。
 そのひとつの根元に、白衣を纏った痩身の人影が、幹に片手を寄せて、静謐にたたずんでおります。
 白く長い惣髪の後ろ姿は、遠目には老人のようにも窺えますが、近づいて、軽く目を閉じてうつむいているその横顔を検めれば、青年とも少女ともつかぬ、年若いヒューマノイドのようです。
『ペテロ――』
 どこからともなく響いた微かな呼び声に、その名からして青年と思われるヒューマノイドは、ぴくりと身を震わせます。
 白い幹にそっと触れていると見えた指先を、さらに幹の内側に深々と融合させ、たった今、遙か葉脈群の中央に位置する『御座《みくら》』から届いた声を、より明確にとらえようと耳を澄ませ――もとい、意識を研ぎ澄ませます。
『お勤めのところ、申し訳ありませんね、ペテロ』
「とんでもございません、ノア様」
 恐縮しながら、ペテロは訝しみます。
 夕べの祈りのためにノア様が御座に戻られて、まだ間もない気がするが、今日の祈りはもう終わったのだろうか。それとも、朝方ナーラ銀河のカージから伝えられたという『奇跡』に関して、なにか由々しい【御声《ビジョン》】でも、主から賜ったのだろうか――。
『ヴァルガルム軍の動きに、何か変化は見られますか?』
「例の、エウローペ銀河外周部での騒動でしょうか」
『はい』
 ペテロは、幹の内部に融合した指先を微妙に蠢かせ、軍事関係端末にアクセスします。つまり、伽藍内に繁茂する白い葉脈群あるいは血管構造は、煎じつめればひとつの巨大なバイオ・コンピュータなのですね。
 といって、良い子のみなさんが日々やくたいもないお仕事やお勉強や、ろくでもないゲームやいけない秘密行為に使用していらっしゃる、二十一世紀初頭の古代ガイアにおける原始的ノイマン型コンピュータでは、無論ございません。それを凌ぐために現在模索されている種々の非ノイマン型コンピュータ理論の中から、あえて似た概念のものを挙げるとすれば、脳細胞を模したニューロ・コンピュータあたりでしょうか。もっとも信号伝達に使用されるのは、電磁波等のノイズを拾いがちな電気信号ではなく、葉脈内を流れる白乳にも似た液体に含まれる特殊細胞と各種酵素の化学的連鎖反応ですから、いわゆるDNAコンピュータに近いと言えないこともありません。
 いずれにせよ、限りなく無限に近い記憶容量と超並列演算処理によって、その伽藍では、ノア教の活動範囲のみならず、能う限りの汎宇宙情報が自動的に収集蓄積分析されております。ただしそれらの情報は、あくまで入力においてのみの汎宇宙規模であり、出力方向でのアクセスを許されているのは、今のところ教主ノアに認められた十二人の――いえ、非ヒューマノイドの方も含まれますので、正確には十二体の『使徒』のみです。現在密命を帯びて出張中のカージも、立派に十三人めの使徒なのですが、正式に任命されて間がないため、まだ壁面のアクセスポイントが根付ききっておりません。
「――いまだ膠着状態が続いております」
 ペテロが、自らの指の細胞を介して情報を出力します。
「あの荒ぶる若者たちの中に、ヴァルガルム国防総省長官の次男が含まれております。彼が現在の、いわゆる『ヘッド』のようです。他にも、要人や貴族の血筋の若者が十数人ほど」
『カータ夫妻が便乗したトラックは?』
「目立った損傷は見られません。その後集結した百数十の僚機に、周囲を護られております。あれら雲助どもの義侠心、なかなかに侮りがたいものですね」
『ヴァルガルムの軍勢は?』
「現在空母三、戦艦六、巡宙艦六十三、艦載機総計二千強」
『――最大のケルビムを一翼、戦場仕様で待機させてください。そして直近の外宇宙に、エウローペ直結のマイクロホール生成を』
「は!?」
 ペテロが驚愕します。
 ケルビムと呼ばれる人造天使体――一種の乗用有翼機は、教主ノアの固有脳波による直接操縦でしか駆動しません。
「ノア様自ら翔ばれると!?」
『このところ引き籠もり気味でしたからね』
「そのようなお戯れでは、仮にも第一使徒たるこのペテロ、到底動けません」
 戦場仕様のケルビムと言っても、あらゆる暴力行為を放棄した教義上、バリヤー等の防御こそ強固ですが、能動的破壊兵器はいっさい搭載されておりません。たとえ永遠人《とわびと》でも生身は生身、ケルビムごと破壊されればそれまでです。
「一触即発の渦中に自らお出ましなど、あまりの軽挙。どうか真意をお聞かせください」
『あなたも若いに似合わずお堅いことですねえ』
「これでも百年生きておりますゆえ。――もしや【天啓《ビジョン》】が?」
『ご明察』
「あのウルティメットの末裔どもは、それほどの……」
『夫妻の命もさることながら、むしろ眼目は、そのお子たちのような』
 そうか、とペテロはうなずきます。
 やはり、カージの見出した『奇跡』か――。
『ともあれ、なにがあっても即刻そこに跳べとの、主の【御声《ビジョン》】』
「御意」
 もとより教主の意思や、天主の声に逆らえる立場ではありません。先だってのやりとりも、教主への恭順そのものに対する自らの矜持を表しただけです。
 また、この伽藍を満たす知的葉脈群も、その容量や処理能力がいかに桁外れであろうと、単なる集積回路にすぎません。以前にも述べましたが、この時代、いわゆる人工知能は禁忌とされており、ノア教における最終的な意思決定は、あくまで『御座《みくら》』の心ひとつです。そしてその『御座《みくら》』は、ノアによる『神意《ビジョン》』へのアクセスポイントに他なりませんので、いっさいのノイズを避けるためにあえて葉脈群には直結されておらず、必要に応じ、使徒たちの待機する根幹のみに通じます。
 ペテロは即座に指先の動きを変え、マイクロホールやケルビムを司る他の使徒たちへとリンクします。
『なんと』
『ノア様が直々に』
『戦場仕様とな』
 驚きの声に混じり、
『それはもしや、件《くだん》の【Fates】に関わる――』
「お控えを」
 ペテロが小声で、しかし断固として遮ります。
「黙示録に繋がる言葉を、ノア様以外の者が軽々しく口にしてはなりません」


     6

「♪ うぃ〜お〜り〜ぶぃんな いぇ〜ろさぶまり〜ん いぇ〜ろさぶまり〜ん いぇ〜ろさぶまり〜ん あ、ちょいと ♪」
 おいおい、この話の作者は、せめて十分以上シリアスでいられんのかよ――そんな良い子のみなさんの脱力感など、もーきれいさっぱり念頭からすっとばして、
「♪ な〜みに〜もぐれば〜 ふしぎぃな〜たびさ〜〜 ♪」
 三浦邸の三階のはずれ、窓から多摩丘陵を見晴るかす、どでかいロココ調浴室。
 温水プールとも見紛う広大な湯船を、タカが、例のおもちゃの潜望鏡を駆使しながら、ゴキゲンで回遊しております。
 それを湯船の端からにこにこと見守る優子ちゃんは、いつもの豊かな亜麻色の髪を、今はアップしてジバンシーの白いバスハットにおさめ、耳のあたりからくるくるの後れ毛を、桜色に染まったほっぺたへとちょっぴり張りつかせたりして、目覚めてからのおネグやドレス姿とはまた違った、ちょっぴりおしゃまな小悪魔っぽい風情なども醸し出しております。
 そして湯船の外で豪快に胡座をかいてがしがしと洗髪しているクーニは、ご想像のとおり、せめてもうちょっと行儀がよければ申し分のないナイスバディーなのに、これではまるで和田アキコさんの昭和銭湯姿だわなあ、といったありさまです。
 先ほど三人そろって川でびしょ濡れになってしまったため、風邪を引かないよう、ほかほかお風呂タイムに移行したのですね。
 なお、このシーンに限っては、近頃筆力のめっきり衰えたお話づくりのろりのおたく野郎も、なぜか数枚に及ぶ長大な細密描写を送りつけてよこしたのですが、わたくしせんせい――さきほどまで語っていらした硬派の大先輩であらせられるゴリラ女に代わり、よりソフィスティケートされた初代イロモノ担当せんせいの独断により、きれいさっぱり割愛させていただきます。
 まあ当節の自称『先進社会』、クーニのヘアヌードだけでしたらギリギリOKかもしれませんが、U15の優子ちゃんに関しましては大いに問題がありますし、なんでだか、タカの無邪気なすっぽんぽん姿さえ削除対象になったりする、ミソクソいっしょの嘆かわしい『色情先進社会』ですものね。
「ちゃぷちゃぷちゃぷ」
 タカは優子ちゃんの前にバタ足で泳ぎ寄って、
「えへへー」
 お姫様のご機嫌状態を確認したのち、
「ぶくぶくぶく」
 おもむろにその場で沈潜していきます。
 しばしの静寂ののち、ぽこぽこと小泡の鎮まった水面に、タカのべそぎみのおなかぽんぽんがぽっこりと浮き上がり、次いで、まだ水面下の頭部あたりから、ぴゅうううう、とみごとな潮が噴出し、うららかな陽ざしの中に、ちっこい虹がかかります。
「――しろながすくじら」
 そんな小泡混じりの声が、水中から聞こえたりもします。
 優子ちゃんは、ぱちぱちと拍手してあげます。
「えへへへへー」
 得意げな泡声とともに、おなかぽんぽんが沈んでいきます。
 で、ふたたびしばしの沈黙を経て、再浮上したぽんぽんの横には、今度はずいぶん元気のない、潮というよりちっこいお湯の盛り上がり、そんなのが、ゆるゆるとあいまいな波紋を描いたのち、
「――たれながすくじら」
 優子ちゃんは、ぷ、と吹いて、でべそぎみのおなかを、優しくぽんぽんしてあげます。
 一発芸が無事にウケたので、タカはちょんちょん頭のごきげん顔を突きだし、
「えへへへへー」
 ちゃっぷん、と、雄々しく海に還っていきます。
「……なにやってんだかなあ」
 クーニの呆れ声を聞きながら、優子ちゃんは、心の底からくつろいでおります。
 そう、たとえば――あれは、小学校に上がってまもなくの頃。
 たかちゃんやくにこちゃんと三人そろっての帰り道、ふと、たかちゃんの姿が見えなくなってしまい、くにこちゃんといっしょにあたりを探し回りますと、たかちゃんは、いつのまにかずーっと先の道端にしゃがみこんで、なんじゃやら大きな石の上を、一所懸命つんつん突っついているのでした。
「なにやってんだ、たかこ」
 覗きこもうとするくにこちゃんを、たかちゃんは、ちょとまて、と後ろ手で制したのち、なおも一心不乱に、石の上を突っついております。
 よく見ればその手元からは、ぶ〜ん、またぶ〜んと、かすかな羽音をたてながら、ちっこい羽虫さんのようなものが、次々と脱出してくるのでした。
 やがて、後ろ姿でしゃがんだまんま、
「みてみて!」
 たかちゃんが、ふたりをさしまねきます。
 またなんかひょうきんな芸を開発したのかな――ゆうこちゃんとくにこちゃんが、期待とともにちょっぴり脱力の覚悟もしながら、たかちゃんの肩越しに、石の上を覗きこみますと――そこでは一匹のテントウムシさんが、さかさまになってちろちろと蠢いております。
「てんとーむし《転倒虫》!」
 たかちゃんのお声は、さも誇らしげに弾んでおります。
 それはそうですね。
 一般に、テントウムシさんにはカラフルなお羽がありますから、そう簡単にはさかさまになってくれません。また、あんまし突っつきすぎると、いやあな臭いを発しながらこちんこちんにかたまり、転んでいるというより、しかばね状態になってしまいます。よって、天道虫を転倒虫にするためには――ふと思いついたつまんねーシャレを立派な一発芸として完成させるためには、余人の想像を絶する刻苦研鑽が必要となります。
「……おまいは、ただそれをゆーだけのために、さっきから、ここにこーして、ずーっとしゃがんでたのか?」
「こっくし!」
 ――とまあ、そんな懐かしい日々の追憶が、タカの回遊姿に彷彿と重なって、今の優子ちゃんの複雑微妙な乙女心を、ゆるゆると和ませてくれるのですね。
 すいすいと泳ぎまわる潜望鏡の先を、優子ちゃんが見守り続けておりますと、
「ちゃっぽん」
 タカは、みたび深々と潜水していきます。
 次は何鯨になるつもりなのだろうと、優子ちゃんとクーニは、なまあたたかい目で見守ります。
 しかし、こんどは、いつまで待っても浮いてきません。
 水面の小泡ぷくぷくも起こりません。
「お、おい」
 クーニが頭を泡立てたまんま、あわてて湯船を覗きこみます。
「は、はい」
 優子ちゃんも、あわてて湯船の底を探ります。
 と、ちっこいお手々が、目の前に、ゆらり。
 ――ちょとまて。
 こんどの芸も、ずいぶん仕込みに時間がかかるのですね。
 やがて、赤黒く茹であがったタカが、ぐったりと水面に浮かんでまいります。
 うつぶせのまんま、クラゲのようにゆらゆらと漂いながら、
「……どざえもん」
 幼児生命を賭した芸だったのですね。
「あほ」
 クーニが、タカのおつむを、ぺん、とはたきます。
「シャレになってねえぞ」
「……こく。……しぬかもしんない」
「だいたい、そりゃ土左衛門じゃねえ。ゆでダコだ。冷やせ冷やせ」
 そーか、手法としては正しかったが、演目を誤っていたのか――朦朧とするおつむでぐんにゃりと反省しているタカを、クーニが回収します。
 優子ちゃんも心配して、後を追おうと腰を浮かせ――。
 は?
 優子ちゃんのお目々が、まん丸に見開かれます。
 クーニにおなかを抱えられ、目の前にぷらぷらとたれているタカの、つきたての丸餅のようなお尻の奥に、たいへんな物件を認めてしまったのですね。
 ――どなたですか? そこでなんじゃやらアヤしげな期待に目を輝かせていらっしゃる、肥大化した豚のアブラミのような良い子の方は。
 いけません。
 そーゆー想像をしては、いけません。
 そーゆー汚らわしい悪い良い子の方は、せんせい、あのぶよんとしてしまりのないお話づくりのろり野郎ともども、食肉加工工場の巨大ミンチマシンにねじこんで、犬の餌にしてしまいますよ。
 優子ちゃんが発見してしまったのは、あくまでタカのお尻の内側にある、でっかいホクロにすぎません。しかし単なるホクロといっても、優子ちゃんにとって、それはとてつもなく重大な物件なのです。
 そう、あなたがた狂牛病で脳味噌が海綿化してしまったような良い子の方は、とうてい覚えていらっしゃらないでしょうが、今を去ること五十数億年前、第一部第三章『お見舞いはお静かに』において語られた、あの貴ちゃんのホクロ――。
 おやおや、ここまで親切にネタバレしても、まだ思い出していただけない?
 よござんす。
 本来なら、そんな頭の悪い良い子の方は、ひとり残らず犬缶にしてさしあげたいところですが、それをやってしまうと今後のわたくしども、まだまだ数百枚はありそうな話の続きを、だあれもいない教室で、空気相手に語らなければならないとゆー可能性が生じてまいります。ですからここは涙を飲んで、やるせない鉄拳のわななきをあえてこらえつつ、あの名シーンを再演してさしあげましょうね。
 そう、早老症による心臓発作で生死の境をさまよった優子ちゃんが、ようやく気力をとりもどし、貴ちゃんや邦子ちゃんと再会する、あの感動の名シーンです。もっとも貴ちゃん自身の芸歴においては、『優子ちゃんロボ疑惑コント』として、むしろハズシ芸に分類されているようですが。
 それでは、こほん――『今すぐ抱きつきたいのだが』――。

――――――――――――――――――――――――――――――

 今すぐ抱きつきたいのだが――いやいや、念には念を入れて――貴ちゃんは、なにやら厳粛な面持ちで、最後の審判に臨みます。
「……貴ちゃんのお尻のでっかいホクロは、お尻の穴の右? 左?」
 優子ちゃんは、すでにときめくどころではなく、懸命に爆笑をこらえております。今の優子ちゃんにとって、不用意な大爆笑は、文字通り生命に関わりかねません。
 貴ちゃんのホクロ。
 それは、まだ幼稚園に入って間もない頃――ウンチの後でお尻がきれいに拭けているか、お互い確認し合っていた頃の、ふたりだけの秘密です。邦子ちゃんさえ知りません。当時の邦子ちゃんは、ウンチの後のお尻など、男らしく気にも止めなかったからです。
「……え……えと、えと……右」
「ぎく!」
 すざざ、と後ずさる貴ちゃんに、
「あ、ごめんね。お尻の方から見ると、左」
 ついに貴ちゃんは、納得します。
「……本物だあ!」
 ひし、と優子ちゃんに抱きつき、
「……本物だ……本物の優子ちゃんだあ……」

――――――――――――――――――――――――――――――

 ――と、ゆーよーなわけで、優子ちゃんは、目の前のタカのお尻を思わずはっしと捕獲し、その内側をしっかと検めてしまいます。
 どう見ても、それはたかちゃんのアレと位置もサイズも形状も寸分たがわぬ、あたかも持ち主の個性をアイコン表示したかのような、脳天気なひまわり型ワンポイントです。偶然の一致とか、血縁による瓜二つとか、そんなレベルの相似ではありません。
 ちなみにホクロというものは、その形成過程の大半において、遺伝情報の管轄外です。したがって完璧なクローン人間同士でさえ、ホクロの発生位置は相違します。コテコテの図書館少女であり、自らも早老症というゲノム性疾患に苦しんだ優子ちゃんは、遺伝学に関して、ほとんど看護婦さん級の知識があるのですね。
 いきなしバックをとられ、あまつさえ己の敏感な部分になんじゃやら熱い視線を感じてしまったタカは、ぽ、と頬を染めながら、
「……やさしく、してね」
 とくに深い意味はありません。なんとなく、言ってみただけです。
「しょうがねえなあ。ケツの穴でも汚れてたか?」
「ぶー。ちゃんと、あらったよう」
 湯船に入るのは、あっちやこっちをよっくと洗ってから――そうした衛生教育は、きちんと受けて育ったタカです。
 そんな会話が耳にはいっているやらいないやら、優子ちゃんはタカのお尻をかかえたまんま、こんどはクーニのすっぽんぽん姿を、まじまじと見つめてしまいます。
 あっぱれなバストから、きゅっとくびれたウェストへ。それから、あんまし詳しく描写するとタカのような幼児に輪をかけてとってもアブないあたりを経て、筋肉と皮下脂肪がほどよく調和している長い脚を太腿から爪先までじっくり検分したのち、今度は遡って、再びたわわな胸へ――。
 その思いつめたまなざしに、クーニは、おう、と思いあたり、
「……あー、その、なんだ。まあ、確かにある意味、乳は女の武器かもしんないが、そー気にするこたぁないぞ。おまいはまだまだ成長期なんだからな。ちょっとくらい乳よりアバラが目立ったって、それもひとつの味ってもんだ。まあ世の中、でかい乳より微乳や貧乳のほうがいいって男も、けっこういるしな。ホルスタインに知性は感じないってな。んでもまあ、どーしてもってんなら、毎日牛乳でもたらふく飲んでりゃ、たぶんそのうち、おまいの乳だって」
 そーゆー問題ではありません。
 優子ちゃんは、ついこの前の初夏、修学旅行でいっしょにお風呂に入ったときの邦子ちゃんと、クーニの成熟したアマゾネスのような肢体を脳内で重ね合わせ、ひとつの推測、いえ、ほとんど結論に達していたのです。
 成長差分に惑わされず、その基本骨格や細部の微妙なバランスをつきつめれば、やはり同一人物の肉体に他ならないのではないか――。
「……クーニさん、もう一度、あのお船を見せていただけますか?」
 思いつめた表情の優子ちゃんに、クーニはちょっと途惑いながら、
「お、おう。どっかドライブでもするか?」
「わーい、どらいぶ、どらいぶ!」

     ★          ★

 ほんのり湯上がり桜色で、玉のお肌も初々しいお姫様と、濡れ髪姿がいつになく色っぽい『鉄の乙女《アイアン・メイデン》』と、まだほかほか湯気が立っている革ジャン姿のちっこい茹でダコが、化け猫や機械娘たちを従え、ぞろぞろとMF号に向かってゆくので、
「なんだなんだなんだ」
 前庭で新活動の準備に残っていた荒くれたちは、自機の整備の手を休め、そちらに注目します。
 イベント班のヒッポスも、愛妻ケイの乗った艀が母船イルマタルからこの遊星のゲートに到着し、間もなく軽車両で三浦邸に到着すると聞かされ、他階層のロケハンを抜けて、いったん前庭に戻っております。
「これはこれは、ユウ様」
 ほとんど浪花の番頭さんのようにもみ手をしながら近寄っても、優子ちゃんは気もそぞろに軽い会釈で受け流してしまうので、ヒッポスは、星猫さんに水を向けます。
「えーと、にゃーおちゃん」
「二度とその名で呼んでみろ。桜鍋にするぞ」
 正確には『かばうま鍋』でしょうか。
「これは失礼、にゃーお様」
「安物のコンビーフに混ぜられたいか」
 たとえ百円均一でも、馬肉はともかく河馬肉が入っていたら、なんだかいやですね。
「勇猛なるガーディアンにして深遠なる哲学者でもあらせられる不滅の星猫様」
「うむ」
「皆様そろって、どちらかにお出ましで?」
「いや、初めはそうかと思ったのだが、どうも、優子が何か思いついたらしいのだな」
 星猫さんも、何を思いついたのかはまだ判らず、白百合隊の皆様ともども、興味津々でトリオの挙動を見守っております。ちなみに盟友パディントンは、星猫さんの救命ボート代わりになって芯までぐしょぐしょになってしまったため、館の屋上で、ぷらぷらと日向ぼっこ中です。
「おお、ユウ様が」
 いよいよ古代の魔法でも披露してくれるのだろうか――浪漫派のヒッポスは、大いに胸をはずませます。
 それら外野の思惑はちょっとこっちに置いといて、優子ちゃんはMF号の横に立ち止まり、車高数メートルいっぱいに描かれた例の不動明王を見上げ、つかのま逡巡したのち、
「……あのう、クーニさん」
「おうよ」
「変に思われるかもしれませんけど……これから私が唱える呪文を、クーニさんも、そのまんま繰り返していただけますか?」
「おう、呪文か。そりゃいいなあ」
 なにせ伝説のお姫様が言うのですから、根の単純なクーニは、喜び勇んで従います。
 まあそれなりに世間ズレしている運ちゃんのこと、必ずしも剣と魔法の世界などは信じていないわけですが、そう、たとえば年末ジャンボ宝くじ、あのほとんどやくたいもない七億枚の紙屑だって、とりあえず買わなきゃ絶対当たりませんものね。
 いっぽう、斜め下からおいしそうな湯気をたてている茹で小ダコ、もといタカは、たとえ無一文の家なき娘《ホームレス》だって、星に祈ればあら不思議、たちまちシンデレラに変身して王子様とらぶらぶ、そんな六歳児なりの観念世界に生きておりますので、
「つんつん! つんつん!」
 あたしもあたしもと、ふたりの袖をひっぱりまくります。
「それから呪文といっしょに、指を、あの、こんな感じで――」
 優子ちゃんは、邦子ちゃんとの長いつきあいの内に、いつしか自分も丸暗記してしまった例の手つきを、ゆっくりと再現します。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」
 そう、九字の印ですね。
 クーニより先に、タカがわたわたとお手々を振り回します。
「りんじゃーとーとーぜんざいとーとーとー!」
 当人はきっちり真似ているつもりのようなので、それもちょっとこっちに置いといて、
「こうだな」
 並外れた動体視力と直観的記憶力に恵まれたクーニは、なんなく優子ちゃんの手つきと呪文を再現します。
「リン、ピョウ、トウ、ジャ、カイ、ジン、レツ、ザイ、ゼン」
「はい。それから――」
「ほいほい。えーと――ノウマクサンマンダー、バーザラダンセンダンマーカー――」
 クーニとしては、まだ予行練習のつもりで、優子ちゃんの言葉をオウム返しにぶつぶつ唱えているだけなのですが、
「――ウンタラターカンマン、不動明王〜〜ときたね」
 などと軽くつぶやき終わったとたん、
「呼んだか?」
 ぬぼ。
 いきなしMF号のペイント不動様が、芝生に一歩踏み出します。
 アニメ合成でも3DCGでもなく、完璧ナマ不動様状態で、
「♪ 呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ〜ん――なんつってな」
 獰猛な土佐犬がプッツンしたようなお顔に似合わず、あいかわらずの軽いノリ――紛う方なき、あの不動様ですね。ちょっぴり後ろが透けて見えるような気がするのは、さすがに五十数億年のインターバル、仏様でも歳をとったのでしょうか。
 それとも、
「うひゃあ」
 呼んだ当人が、おまぬけ顔でとっちらかっているからでしょうか。






                    〜ゆうこちゃんと星ねこさん 第三巻〜 了

                         〈続きは第四巻(現行ログ)、第三部第三章【仏恥義理だよ全員集合】へ〉





◎【おはようございますのお花屋さん】において、佐々詩生氏・作詞『東京の花売り娘』の一部を、引用させていただきました。
◎【大宇宙番外地 嵐呼ぶデコトラ仁義】において、枯野迅一郎氏・作詞『おひまなら来てね』の一部を、引用させていただきました。
◎【Fates 運命の三女神】において、松本隆氏・訳詞『イエローサブマリン音頭』(原詞・Lennon/McCartney)の一部を、引用させていただきました。
 
2012-10-24 01:50:26公開 / 作者:バニラダヌキ
■この作品の著作権はバニラダヌキさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
2009年1月18日、過去ログにある『第二巻』のシッポのほうから、追加分を含め『第三巻』として引っ越してきました。本来、ゆうこちゃんのお目覚めが完全に済んでから第三部に入ろうと思っていたのですが、例によって初期構想より長引いてしまいそうなので。
かつてあちらにいただいたありがたいご感想もきれいさっぱり消失し、近頃はもう2〜3名の方にしか続きを読んでもらえなかったらしいというサミしい事実もついでにきれいさっぱり消失し(おい)、心機一転、いえ、三年越しの野望を保ってしぶとく完結させる所存です。

2009年1月22日、若干修正いたしました。
3月21日、『おはようございますのお花屋さん』を終了、続く『宇宙崩壊の序曲』を開始しました。ふた月ぶりの更新なのに2シーンばかりの追加で恐縮ですが、次のひとまとまりがちょっと長くなりそうなので……。
うわ、なんで感想のボタンなんかポチッとしてるんだ私は。
3月22日、若干の加筆と……なんでタイトルの巻数まちがえてたんだ私は。
5月25日、『宇宙崩壊の序曲』を『Fates 運命の三女神』に改題の上、更新しました。前回更新のとき、『次のひとまとまりがちょっと長くなりそうなので』などと記しましたが、なんと予定の半まとまりで50枚を越えてしまいました。とりあえず更新させていただきます。
6月1日、夢幻花彩様のご感想を参考に、一部補填いたしました。
9月4日、なんかもーいろいろあって、ようやく再開にこぎつけました。またまた構成がちょっと変わって、【Fates 運命の三女神】の前に、いつのまにか【大宇宙番外地 嵐呼ぶデコトラ仁義】などという話が増えておりますが、前回更新分はその【5】までで、今回は【大宇宙番外地 嵐呼ぶデコトラ仁義】の【6】から【Fates 運命の三女神】の【4】まで、そんなストーリー展開となっております。次回更新あたりで物語全体に明確な区切りがつき、最終局面に繋がってゆく予定です。
9月7日、若干修正いたしました。
9月9日、誤字修正。
12月6日、例によってちょこちょこ構成や細部をいじったのち、【Fates 運命の三女神】が完結――といっても、連続ドラマなので次回に続いてしまう上、前回予告した『明確な区切り』も次回に持ち越しというていたらく。
年内には区切りをつけたいなあ……でも短編も打ち始めたりしてるんだよなあ……そろそろバニラデンデンムシとかに改名するべきかなあ……ぶつぶつぶつ。
2012年10月23日、細部修正。
この作品に対する感想 - 昇順
こんにちは!読ませて頂きました♪
このシリーズの第一巻から読ませて(参加させて)頂き、こちらにまとめて感想を書かせて頂きました。長く意味不明な部分もあると思いますが、お許しください。

第一部プロローグでは、ゆうこちゃん可愛い!!くにこちゃんのおバカな天真爛漫さが性格的には一番好きかも、そして、たかちゃんの私生活に突撃密着取材したい!で、ねこさん良かったーーー!!ゆうこちゃん可愛いという感じでした。
第一話は、優子ちゃーん!!いかないでーでも可愛いよ、なんとなく極悪さが増量した邦子ちゃんでもやっぱり純真でおバカぽい所がいいなぁ、貴ちゃんの昭和テイストのある芸や、なぜか親しみの持てるキャラが好きです。これからどうなるんだろう。
第二話は、前半での良い意味で面白おかしく言い包められる感じで、途中の優子ちゃんの病状などは、どんどん不安にさせられて、謎のメッセージ!もうどうなってしまうんですか!
第三話は、友子ちゃんの既に人を扱う才能みたいのとと舵武くんのハッキングまでしてしまう天才ぶり、可愛らしいのに、どこか凄いというの伝わってきました。そしてやっぱり邦子ちゃんと貴ちゃんは二人とも良い子だよ!もちろん優子ちゃんが健気で、これは何とかしてください。お願いします!
第四話では、貴ちゃんの行動は当然だと思うので応援してしまいましたが、貴ちゃんママ芳恵さんの言葉も分かるという辛いです。みんなが協力してくれるのが嬉しいです!バニラダヌキさんたちまで登場してしまって、みんなの活躍に釘付けってとこです。
第五話では、キャンプってやっぱ楽しいよなとか考えていたら、なんやかんやで、にゃーおちゃんがついに登場してくれて、その影には野性的な賢さをみせる邦子ちゃん、なんか分かるとか思ってしまいました。にゃーおちゃんの「やわらかい」というのも分かるなぁw食習慣ってやっぱり慣れなんだなぁとか呑気に思っていたら、そんな場合でもなくなってきて、新たなメッセージも気になるけど、優子ちゃん、どうなってしまうんだぁ。
第六話では、ついに優子ちゃんが、でもこれでよかったのかもなと実際に、にゃーおちゃんの中の物を使って、どうなるか優子ちゃんがどう思うか分からなかったのだから、まだまだ希望はあるのだからと私も思いたい。河原での貴ちゃんと邦子ちゃんのやり取りは、グッと来ました。

第二部第一話では、クーニとタカの出会いと緩い感じなのに、しっかりとした未来の世界と第一部との混ざり具合が、すごくよかったです。ヒッポス夫婦や、タカは、あれが軽く討てちゃったり。これからクーニたちの旅がどうなるか楽しみになりました。
第二話では、タカの反応がイチイチ可愛い!いいなぁ。刑部老の優しいそうな感じが好きですね田舎を思い出します(黒い部分も許される感じがいいな)。それにしてもヴァルガルム人たちは、どんな悪さをしてるんだ!と怒りつつ、カージの登場でなんか立場は変わっても関係は微妙に変わらないといった所がいです。それにやっぱりタカとクーニの縁は切っても切れないって感じれたし、ユウの柩!!まってました、ユウとの縁だって切れやしないはずです!
第三話では、クーニの豪快な日記に感心しながら、あれなら私でも毎日かけるかもと思いつつ、ひよこ12兄弟の物語なんか壮大なようで、そうでもなさそうとか考えてクーニとタカの朝の風景に入り込みたいとか思ってしまいました。(自分の寝床がやっぱ一番!)カージとタカのやり取り良かったです。なんだかポッ?ホッ?ボっ?ってどれかになります。またまたトモ、コウと改に登場してくれて嬉しいです。
第四話では、クーニとトモ姉妹の激しい仲の良さがよかったです。船かけてなくてもスキンシップでしちゃいそうとか思ったり。パラパラ漫画は分かりやすかったなと単純な自分の脳を再確認しつつ、ついに守護者《ガーディアン》のにゃーお様も出てきたし、そして「?」マークが出てしまう宮小路さんたちの登場で本当にどうなってしまうんだろう。ドキドキ。
第五話では、クーニとタカがばらばらになってしまい、どうなってしまうのかと思いつつ、タカの「ここはどこ?」には優子ちゃん狙いの私は、まんまとやられてしまったりします。タカちゃんお触り大会に参加したら捕まるなぁとか思いつつ、アンドロイドとはいえ、全面対決?などと不安になったりしました。
第六話では、まさかの着ぐるみバイオ・スーツとは!過去のその後、オトメンジャーや優子ちゃんがこの星にいるかなど読めて良かったです。清丘さんの嫉妬心とかは、なかなか理解されないのかもですが、クーニとの決着というか勝負したことで少しでもスッキリしてくれればと思います。そして、つ・い・になんですかね、もう待ちに待ったという感じです。待たずに読めてしまってる幸せ者なんですが。眠っても可愛いなぁーもう。

第三部第一話では、タカはキャベツ畑で生まれたのかぁと素直に思ってみたり。ちっすは、もう少し後がいいからカージ分かってるよね?と心の中で叫びつつ、読み進めると、クーニの何気ない優しさがきいてて良かったです。それにしても寝起きから優子ちゃんは可愛いし、それに可愛いし、やっぱり可愛いし、進んでしまった時間は、どうしようもないとしても、これからたっぷりと幸せな時間を過ごして欲しいです!

ここまで、とても面白かったですw優子ちゃんの目覚めまで一気に読めてしまったので、やっぱりラッキーです。ここから、どう展開していくのか楽しみです。
では続きも期待しています♪
2009-01-18 09:53:15【★★★★★】羽堕
「おうおう、なんと、この期に及んで巻頭から参加してくださる、御奇特な方がいらっしゃいますねえ。せんせい、なんか、感動のあまり錯乱してしまい、思わずこれこのように、羽堕様に感謝のラリアットをかましたのち、力いっぱい羽交い締めにして――はっ! な、なんとゆーことでしょう! 読者様という当節この板では貴重な絶滅危惧生物を、自らの手でまたひとり――」
「つんつん……おう、死んでいる」
「ぷるぷるぷる」
「いんや、貴子、優子、だいじょぶだ。これは恐怖のあまり、一時的に狸寝入りしているだけだ。きっとこの羽堕って奴も、作者と同じ狸の仲間なのだなあ。どれどれ、この邦子様が、得意の蘇生術をカマしてやろう。……せいっ!」
「あ、起きた」
「狸さん……かわいい」
「んむ。起きたとたんに、やっぱり狸の正体を現したな。……んでもって、なかなかいい肉付きをしている……じゅるり」
「ぎく」
「ひっ」
「――冗談だ。なんぼ俺でも、読者は食わない。特に狸や狐や猫は、シメると祟るからなあ」
「はいはい邦子ちゃん、たとえ祟らなくとも、大切な絶滅危惧読者様を食べてしまってはいけません、いけません。せっかく今回餌付けに成功したのですから、次回からも安心して近づいてきてくださるよう、皆さん、これこのようにせんせいの真似をして、優しく愛撫してさしあげましょうね。……なでなでなで」
「なでなでなで……おう、やーらか」
「なでなでなで……ぽ」
「んむ。なでなでなで……んでも、ゆっとくが、せんせい。初めにシメたのは、おまいだかんな」
2009-01-22 01:51:10【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
……優子ちゃん、よかったね。
つい先日、身内に不幸があったので、それともシンクロしちゃってなんかものすごい泣きました。今感想らしい感想言えないんですけど、ほんとに良かったね、優子ちゃん。はやく貴ちゃんたちにも会えるといいね。でもほんとに、ほんとに良かったね。
このお話が、今までのシリーズと同じく、どうかハッピーエンドになりますように。みんな幸せでいてくれますように。
2009-01-22 19:49:51【★★★★★】夢幻花 彩
「……うっす、邦子だ。……そうか、彩のねーちゃん、大事な人が、三途の川を渡っていってしまったのか。んでも、大丈夫だ。俺が、あとでありがたいお経を唱えてやる。俺がいっとー信用してる、あのお師匠様直伝のりっぱなお経だから、その人も、きっとあの世で立派な仏様になって、これからもずーっと、彩のねーちゃんを見守ってくれるのだ。んでもって、いつかはわからんが、いずれ彩のねーちゃんも、俺も、貴子や優子も、みーんな三途の川を渡って、その人や、俺のばーちゃんやじーちゃんや、みーんな一緒に、仲良く仏様をやって暮らすのだ。……んむ、どーも、こーゆーときの俺の話は、どーしても抹香くさくなっていけない。おい貴子、こんな時こそ、おまいの脳天気な芸で、泣いている彩のねーちゃんを、元気に笑わせてやるのだ」
「……ふるふる。……泣いている人を無理に笑わせるのは、ほんとうの芸じゃないの。それは、嘘んこの芸なの。笑ってる人を、無理に泣かせるのとおんなしくらい、嘘んこの芸なの。……ほんとうの芸は……笑うのも泣くのも、お客さんといっしょになれる、そんなのが……ほんとうの芸なの」
「んむ……馬鹿だ馬鹿だと思っていた貴子も、さすがにマジに吉本を目ざすだけあって、ちっとはモノを考えているのだなあ。いかんいかん。俺のほうが、諭されてしまった。ぽりぽり。……んじゃ、優子。目が覚めたばっかしでかったりーかもしれんが、昔から、おまいのことをずーっと心配してくれてた彩ねーちゃんに、きちんと挨拶するのだ」
「………ぐす………ぐすぐす」
「ええい、おまいまでめそめそ泣いてちゃ、挨拶にならん。なんでもいいから、なんか、ゆえ」
「……えと……あの……彩のお姉様……。あの、あの、優子のおばあちゃまが、寝ていたおふとんに、ときどき、あの、毎年お盆に、おじいちゃまのおうちに行って、おばあちゃまが、いつも寝ていたおふとんに……」
「おい、おまいのばーちゃんって、確か小学校んとき――」
「……こくこく。……それで、あの、彩のお姉様。……おばあちゃまが、おじいちゃまと結婚したとき、とってもきれいな、まっ白いドレスで……ウエディングドレスで……で……優子も、いつか、お嫁さんになるとき、その……きれいな、まっ白いドレスで、お嫁さんになってねって……おばあちゃまが…………」
「うああああ! や、やめてくれい。俺は、そーゆー話はいっとー苦手で――うああああ!」
「――びええええええ!」
「……ぐす……ふええええええん」
2009-01-24 00:19:04【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
2009-03-21 09:13:08【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
 優子ちゃん一筋なのですがタカも可愛いかも……きっと寝顔とか堪らないなんだろうな。おっと、ちょっと危ない発言でした。もちろんクーニだって、か、可愛い! とにかく過去、現在ともにメインの三人は大好きです。
 さて鉱石男さん、カッコイイですよ。自分自身の想いなんかもあるのだろうけど、男だなって感じました。ぜひともミッションコンプリートさせて欲しい! 取りあえずの小穴を目指すという、私にも分かる目的があると、すごく一緒にドキドキできます。それに所々でクスッと出来るのがいい「趣味の悪い」とか二回も言われてるし。三角野郎ってのも良い表現で、追いかけっこの様子とかが頭の中で色々と、交わしたり当たちゃったりして楽しかったです。タカパパママを連れての宇宙船チェイスがどうなるかワクワクします。
では続きも期待しています♪
2009-03-21 13:38:45【☆☆☆☆☆】羽堕
「わーい、はねなんとかのおにーちゃん、タカちゃんにらぶらぶ? ねがおに、ちっす?」
「こらこらタカ、アブない奴にやたらと愛想ふりまくんじゃあない。……んでも、どうやら俺様の大人の魅力も、しっかりわかっとるらしいな。それほどアブなくない、ただの正直者なのかもしれん。よし、それじゃあ、このクーニ様が、いっぺんじっくりつきあってやろう。気心を知るには、なんといってもガチンコの組み手がいちばんだ。寝技でもシメ業でも、俺を負かしたら結婚してやってもいいぞ。さあ羽堕、きなさい!」
「……えーと、今回やっと名前のついた鉱石男のロックヘッドなんだけども、おい、羽堕さんとやら、男仲間として忠告させてもらうが、くれぐれもクーニにだけは……うわあ、もう遅かったか。なまんだぶなまんだぶ」
2009-03-22 07:52:15【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
貴ちゃん、邦子ちゃん、優子ちゃん、前回はありがとう。みんな大好きよ!!

感想です。優子ちゃんはなんだか違う形の生き物さんにとっても美しいお姫様なんですね。流石です。そして優子ちゃんがちょっとおねむの間になんだかいろいろ動き出してるみたいですね。タカちゃんのご両親も見つかったし、多分すんなりは逢えないんだろうけどひとまず安心です。
やっぱり気になるのは、数十億年眠っていたってことを知らされて、優子ちゃんがどう思うのか、受け入れられるのか、えー受け入れられないよねぇ、っていうことでしょうか。そもそも、「ことのは」のみなさんはなんとかっていう科学技術でこの時代にいることができたのに、貴ちゃんと邦子ちゃんがそうしなかった理由、ってなんだろう。邦子ちゃんはともかく、貴ちゃんは是非ともってなりそうだけど……。それとも未来からそういうなにかメッセージがあったからなのかなぁ。
今後の展開はますますデリケートになっていきそうですれど、続きも楽しみにお待ちしていきたいと思います。

(科学系のなんやかんやには全然ついてこれなくてごめんなさい……あの、感心しながらふんふんと読んではいるんですけれど…………)


2009-03-23 16:20:09【★★★★☆】夢幻花 彩
「……ぽ。……彩のお姉様、ご無沙汰いたしております。優子ですの。……あの、あの、わたくし、すごく口べたなもので、狸さんにも先生にも、なかなかほんとうの気持ちをお伝えできないのですけれど、狸さんも先生も、見かけによらず、いえ、す、すみませんすみません、お見かけしたとおりの優しい方々なので、きっと次の回では、優子の気持ちをしっかりわかってくだすって、優しく語ってくださると思いますの」
「おう! おひめさま、しゃべった! ぱちぱちぱちぱち!」
「んむ。これでもう、今後の展開は万全だな。あとの活躍は主役のユウにまかせて、俺は適当に荷物ひっぱって、夜は酒場で飲んだくれてるだけでいいのだな」
「え? え? あ、あの、あの……」
「わはははは、冗談だ。なんか狸や先生が言うには、もー彩っぺの疑問に答えることそのものが、次回からの展開や、先の大騒動のテーマそのものになるんじゃないか、とかなんとか、そーゆー感じらしいんだな。んでもって、俺もタカも、その邦子や貴子とかいう奴らと、なんかしこたま腐れ縁になってくっつーんだが、ま、その先は、神のみぞ知る、じゃねーや、狸の腹鼓しだいって奴だな。あと、なんじゃやらわけのわかんねー横文字やもっともらしいアレは、もーまったく気にしなくていいそうだ。狸もあっちこっちネットや図書館を回って感心しながらふんふん孫引きしてきただけで、実はなーんもわかっとらんのだからな」
「わーい! おひまさまおひめさまおひめさま。つんつん。なでなで。うんしょうんしょ」
「こらこらタカ。なでまわすのはいいが、お姫様の頂上を征服しちゃあいかん。首の骨が折れてしまうぞ」
「……ぼきっ」
「あうあう」
「うわあ! い、言わんこっちゃない。な、なんとゆーことだ。お姫様の首が、ななめはすかいに!」
「――ぴょこん。冗談です」
「おう」
「……おまい、ほんとにお姫様なのか?」
「ぽ」
2009-03-25 01:34:00【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
こんにちは! 続き読ませて頂きました♪
 奇跡! 三人の再会は、もうあれですね! 貴ちゃん、邦子ちゃん、優子ちゃん三人とも私にとっても女神です♪ とちょっと興奮気味に勘違い気味の感想だったら恥ずかしいなと思いながらも書いてしまいました。
 ノアって誰だろう? うーん、楽しみにしときます。カージと星猫さんのやり取りも、意外にチクチクする感じが好きでした。
 それにしても優子ちゃんのお目覚めしての、優しさがいいなぁ。クーニに命の危険にさらされるだけの価値はあるもん。……私じゃ、危険で止まらないかぁ。
 「八時だよ! 全員集合!」という事は、いっぱい来ちゃうのかなw あっ! 今八時だ。
では続きも期待しています♪
2009-05-25 19:58:26【☆☆☆☆☆】羽堕
「えーと、前回に引き続き爆走中のロックヘッドなんだけども、いやあ、羽堕の旦那、お見それいたしやした。前回クーニにあんだけ組み手でかわいがられて、まだ息があるとは。ひょっとして、旦那も不死身の体ですかい? ところで、『♪お暇な〜ら〜来てよネ〜〜♪』、そういえばドリフもネタにしてましたっけ。でも今回は、元歌の歌手にして永遠の熟女・五月みどり、そんな感じの色っぺー年増芸者とか小料理屋のおかみあたりの声なんじゃあないかと。なんせ、ほら、欲しい人手は気骨のある猛者だし。ドリフ声で呼んだら、小学生とかのガキばっか来そうだし。なにはともあれ次回の俺の活躍も、きっちり見守っておくんなさいよ」
2009-05-27 22:24:06【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
にゃーときてこんばんわ。拝読しました。帰ってきた水芭蕉猫です。にゃあ。しばし(二次元の)殿方や、(二次)創作やら方面に家出していましたが……恥ずかしながら帰ってまいりました。ニャア。すっかり二部からのお話を途中まですっぱり忘れておりましたので、もう一度読み返してみましたが、面白かった……。えぇ、五百枚くらい何でもないくらい面白かったのでございます。二部からの怒涛のSF展開、わかりやすく且つ、久しぶりに出会えた三人組に密やかにうるうるしながらニャアニャアやってました。そして白百合天女隊の清丘さんに言い知れぬ感情を抱きつつ、あぁ面白い面白いと噛み締めるばかりでありました。うぅぅ、非常に短い感想で申し訳ありませんが、今後の展開がマジで楽しみになってしまいましたよ。タカちゃんは無事パパとママに出会えるのかとか、優子ちゃんの今後とか、クーニに関してはもう何も心配してませんが(おい)とても楽しかったです。
2009-05-31 22:59:49【★★★★★】水芭蕉猫
 えぇぇぇ。ゆ、優子ちゃん。き、機械の身体を見ただけで「ずいぶんお待たせした」って判るのか……。ちょっとびっくりしました。幼少のみぎりから貴ちゃんと邦子ちゃんの2人と行動を共にしてるだけあって、若干発想が飛んでるような……でも、ある程度の年月は覚悟の上のことでもあったし。それでこその優子ちゃんなのかしら。
 貴ちゃんとタカちゃん、邦子ちゃんとクーニのつながりがそろそろ本題みたいでドキドキです。優子ちゃんが目覚めたとは言え、クーニやタカちゃんとのまともな絡みもまだだし、どうなるのか。何十億年前、亡くなったであろう優子ちゃんのパパとママのこともうんと気がかりだったりします。「ことのは」のみなさんやにゃーおちゃんばっかり優子ちゃんにべったりでずるい、なんて、よく判らないヤキモチも焼いたりしてます。ほんとは、パパママ、恵子さん、かばうまさん、そして誰より貴ちゃんや邦子ちゃんの方がずっと優子ちゃんの支えになってあげられる筈なのに(「ことのは」のみなさん、にゃーおちゃん、ごめんなさい)。
 なんて、毎度毎度我侭な感想(にもなってない)で申し訳ないのですけど、お話の登場人物に、こんなに大好きで絶対しあわせになって欲しい子たちができたのって、貴ちゃんたちだけかもしれません。自分の子にだってこんな愛情注いだことないし(注ごうよ) そんな重たい愛情ゆえの気持ちですので、お許しいただけると嬉しいです。
五木みどりさんの歌声を脳裏に響かせつつ(大人の色香というか、艶っぽいんですよねぇ)、続きものんびりお待ちしてます。
2009-06-01 02:52:36【☆☆☆☆☆】夢幻花 彩
猫「にゃあ」
タカ「おう、かーいー猫。なでなで。星猫さんの、おしりあい?」
クーニ「お? なんだなんだ、化け猫野郎。そんな活きのいい雌猫を連れて。チョンガー暮らしに耐えかねて、どっかから攫ってきたのか?」
星猫「誰が化け猫だ。人聞きの悪いことを言うな。これは、昔なじみの猫仲間だ。名前は水芭蕉猫、種類は腐女猫とゆーな。しばらく故郷の腐女村に帰ってたんだが、久々に、この登竜村に遊びに来てくれたらしい」
猫「にゃあにゃあ」
クーニ「……見たとこ、普通の雌猫みたいだが、なんで名前に『腐』がつくんだ?」
タカ「くんくん。においも、ふつー。くさってない」
猫「にゃあにゃあ」
星猫「んむ。『腐』と言っても、いわゆる『腐敗』の『腐』とは、ちょっと違うのだ。『豆腐』とか『腐乳』とかな。そもそも『腐敗』と『発酵』に、厳密な境界はない。また『貴腐葡萄』からは『貴腐ワイン』なんて上物ができるな。この腐女猫も、修行を積むと『貴腐猫』になったりする」
猫「にゃあ」
クーニ「とくに、なーんも考えとらんように見えるがなあ」
猫「……ニヤリ」

     ★          ★

「いつもいつも、ようこそのお運びを、夢幻花彩様。わたくし、旧・優子様親衛隊隊長、旧『ことのは』副部長、そして現在は白百合天女隊隊長を勤めさせていただいております、宮小路綾でございます。鼈甲眼鏡キラリの、小姑鬼千匹の、あの宮小路でございます。今回は同じ『あや仲間』として、あえて貴女をカツアゲに、じゃねーや、サシでナシをつけ、だから違うってば、もとい余人を交えずに親交を深めようと、こうして単身、参上いたしました。覚悟はよござんすか? って、だからタイマン張りに来たわけじゃないってば。
 さて、わたくしが恥ずかしながら柔肌に秘めた驚異のメカトロニクスを披露したときの、優子様のリアクション――これは確かに、彩様のような第一部からの同調をしっかりと保っていただいている愛読者様には、ちょっとばかし違和感があったかもしれません。たぶん彩様は、第二部からのSFおたく寄り設定には元来なじみの薄い、とっても『少女の友』や『女学生の友』あるいは『少女クラブ』、そんな乙女チックな感性をお持ちなのではないでしょうか。ああ、わたくしも、昔はそうでございました。あの平成の世に残された昭和レトロ地帯・青梅。あの田園の風の中で、まるで大正浪漫のように清らかな優子様を見守りながら、いつまでも共に暮らしてゆけたなら。しかし、なんの因果か運命の悪戯か、生まれ変わった機械の体!! ――この『機械体シチュエーション』に萌えてくださるSFおたく嗜好をお持ちの方々は、たぶんあのときの優子様の一段落省略っぽいリアクションにも、すんなり同調してくだすったのではないでしょうか。とはいえ、あそこで本来あってしかるべき心理描写を省いてしまったのは、明らかに、お話作りのぶよんとしてしまりのない狸さんの、おたく寄りの『甘え』でございます。彩様のご指摘を受け、たった今天女隊一同でちょっとばかしシメてやりましたので、その後なんぼか補填された心理描写に免じ、なぜか半死半生の狸さんを許してやってくださいましね。
 そして、わたくしどもに焼いていただいたヤキモチに関しましては、もー天女隊一同「おーっほっほっほ! ざまーみろ! これが生命体としての成仏を捨てて機械化の道を選んだ修羅の女の本望よ! おーっほっほっほ!」なのでございますが、ふと今後の運命などちらと想いまするに、はて、必ずしもこの道は羨まれるべき道なのか、愛する者を『支える』とは、その愛する者が真に生きていくためには果たしてどのような行為であるのか、などと、まあなんかいろいろ根が婆ぁなもので深読みしてしまうこともあるのでございますが、まあ、そのあたりは、のんびりやの狸さんが、おいおい語ってくれるものと思われます。
 ともあれ、彩様の無慮数千トンはあろうかと思われる重い愛、しっかと狸さんの背中に今こうしてくくりつけて、二度と投げ出せないようぐるぐる巻きにふんじばったりしておりますので、何年先になるやら定かではございませんが、真の大団円を迎える日を気長にお待ちいただきたく――」
「あのう、蕩々と語っていらっしゃるところ不調法でございますが、宮小路様」
「あら、なんですの? 八千草様」
「狸さんが愛の重さに負けてぺしゃんこに。おろおろおろ」
「……狸寝入りでございます」
2009-06-01 19:45:32【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
こんにちは! 羽堕です♪
 キー坊なかなかやるなぁ、面白い! まさにお小遣い巻き上げられ放題に、なっている私ですw でも、なんとかなりそうな雰囲気が出てきて良かった。
 星猫さんの、なかなかキツイ一言に笑いつつ、優子ちゃんが登場してくれてクーニとの何気ない会話がよくて、でも何でかちょっと切なく感じたり。
 タカのああいうダダのこねかたって、可愛いなって思います。ギュッって抱きしめる前にどこかに吹っ飛んじゃうだろうけどw なんだか「もちつけ」が懐かしくて好きです。
 貴ちゃんや邦子ちゃんの気持ちが、本当の意味では分かってないのかもだけど分かる気がします。でも優子ちゃんは、それをしっかりと分かって受け止めれるんだろうなって、もうジンときちゃいました。
 タカも天女隊の皆様も、必至だから面白くて、ちょっと笑えてしまうんだろうな。「ずうっと、いっしょ……」には、涙腺弱ってるとか関係なくウルウルしちゃいます。
であ続きを楽しみにしています♪
2009-09-05 12:18:26【★★★★☆】羽堕
 はーい! 実にまあお久しぶりの、紙芝居屋さんの到来を告げる拍子木の音に、毎度毎度お小遣いを握りしめて駆けつけていただき、羽堕様には感謝至極のわたくし、せんせいでございます。
 今後はなるべく、ぶよんとしてしまりのない病み上がりの紙芝居作者さんをビシビシと鞭打って、死なない程度にせっせと続きを描かせますので、羽堕様も、くれぐれも駄菓子屋さんで無駄遣いなどせず、せっせとわたくしにお小遣いを巻き上げられ続け――もとい、おフケツなソースせんべいや、ご自分の鼻水まじりの水飴などをおいしくいただきながら、続きのお話をお楽しみくださいね。
 さて、目覚めれば超人ハルクと化していた『どすこい優子』に果たして幸せな明日は訪れるのでしょうか! そして盲愛のあまりその胸にひっついて生物学的に融合し人面瘡と化してしまった幼女タカの運命は!? 続きは明日のお楽しみ!! ……ウソですけど。
2009-09-07 19:25:44【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃー。面白かったです。キー坊良いね。なんかバリバリなヤンキー(死語)という感じが表れてますね。犬系統獣人(?)は好きなので、わーワンコロがいっぱいいるよーと感情的モフモフを味合わせていただきました。ありがとうございます。それから、何はともあれこの危機的状況を脱出できる希望がわいてきましたね!!
優子ちゃんサイドを読んでて、なんだかストンと、あ、今も昔もこれからも三人一緒なんだと思いました。時代や時間を変えども生きる時間は一緒なのねーと。いや、なんとなくですけどね。うん。
そして同じ猫仲間として星猫さんを応援せざるを得ない。頑張れ星猫さん!
2009-09-18 22:19:38【★★★★☆】水芭蕉猫
キー坊「ヘイ、かわいい子猫ちゃん。いけねえいけねえ。そんなにオイラをモフモフしちゃいけねえぜ。しょせん流れ流れのしがねえ渡り狼、残されて泣きを見るのはいつも子猫ちゃんなんだぜ」
クーニ「おう、キー坊、久しぶりだなあ。白鹿亭以来じゃねえか」
キー坊「お、クーニの姐御、ようやく修羅場におでましですかい?」
クーニ「いやまあ、マジにゴロまくのは次回の予定なんだが、ちょうど良かった。さっき、環八の桃井交差点んとこのワームホールで、ばったりお前のかみさんと会ってなあ、ことづて頼まれたんだよ。仕事終わったら荻窪の西友に寄って、特売の木綿豆腐、2丁買って帰れってな」
キー坊「…………豆腐?」
クーニ「おうよ。んでもおまいら、夫婦そろって肉食じゃなかったのか?」
キー坊「いやあ、ほら、ステーキより湯豆腐のほうが体にいいし」
クーニ「安いしな」
キー坊「…………うん」
クーニ「ところでおまい、道端の若い牝猫と、何しゃべくってたんだ?」
キー坊「あ、そのいや、ちょっと、時候のあいさつかなんか……」
猫「……ニヤリ」
2009-09-21 23:49:21【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
 たいへん遅くなってしまいました。ほ、星猫さんかわいい……。でもって綾ちゃん怖いよう。結構前から宮小路さんと先生が頭の中で被ってたりします。でも正直、友達になるなら優子ちゃんでも邦子ちゃんでもなく、宮小路さんだろうなー。


うーん、そっか……。確かにそれだと一緒に生きることはできないし、貴ちゃんと邦子ちゃんが言の葉の皆さんと同じ道を選ばなかったのも、優子ちゃんが二人にそんな道を望まないのも、理屈としては解るんだけど、でも感覚として、やっぱりわからないなぁ、というのが正直なところでしょうか。だって会いたいもん。ちゃんと考えれば、そういう風に思えるのかもしれないけど、多分優子ちゃんに逢いたくて頭がいっぱいになっちゃう。結果的に優子ちゃんを傷つける、ということにも気付け無いような気がします。でもその時点であたしの三倍ぐらいの年齢なわけだから……どうなんだろう。
貴ちゃんたちはともかく、いくら優子ちゃんといえども優子ちゃんはまだ中学生だし、しつこいようだけど、「貴ちゃんたちはともかく、お母さんたちはそれでもいいから会いたい(サイボーグでなくとも、優子ちゃんに施したのと同じ技術はあるはず)って思うんじゃ、もう誰がなんと言おうと聞こえないんじゃないかな(前半にでてきたお母さんは、きっと聡明なのでしょうが、優子ちゃんのことに関してだけは、必ずしもそうとは言えないような印象を受けました)」とか、周りの人が配慮できたにしても、わたしが優子ちゃんだったらきっと、どう少なく見積もっても一週間ぐらいはショックで誰の言葉も耳に届かないだろうな、なんて思いました。ほんとに、優子ちゃんが一番強い。プリンセスって呼ばれちゃうだけありますね。
とはいえ、やっぱりまだ実感湧かないのもあるんじゃないかなぁ。今後、じわじわ苦しくなりそうで、ちょっと心配です。


毎度毎度、偏った感想でごめんなさい。でもほんとに物凄くそのことが気になっちゃって。あたしがもう少し大人になれば、あるいはもう少し押さなければたぶん、こんなには気にならなかったのでしょうけど。

次回も楽しみにしてますね。


修正部分も読ませていただきました。前回は大変失礼なことを申してしまいまして、ごめんなさい。でも、あぁ、これなら納得。流石です。
2009-10-06 19:39:25【★★★★☆】夢幻花 彩
おばんでございます、彩のお姉様……うふ、うふふ、ふふふふふふふ……などと、謎の含み笑いとともに毎度毎度参上いたしました、わたくし、宮小路でございます。けして女王様おーっほっほ笑いの女先生などではございませんよ、念のため。自衛隊あがりの年増先生でもございません。彩のお姉様よりもずうっと頑是ない小娘、大宇宙の続く限り花の女子中学生にして永遠の処女、宮小路綾でございます。まあ、いっときはシワシワの婆あだったりもしたのですけれど。
さて、今回、わたくしや清丘さんの展開した婆あ視点ですが、まあそれはあくまで現時点でのわたくしどもの意見でございまして、優子様や貴子様や邦子様の、太古からのなかよしパワーが今後どのような展開を見せてくれるのか、そればかりは神ならぬわたくしども、知る由もございません。でも、なんか、今わたくしの背後の物陰からこっそりこちらを覗いているぶよんとしてしまりのない方は、「……あと推定200枚ばかり先の、トンデモ展開をお待ちください。また、最終的な三人娘の真実は、推定500枚先のクライマックスまでお待ちください。でも、そのための伏線は、すでに第一部から、こっそり蒔いてあったり」などと、ぶつぶつ呟いているよーです。
ただ、優子様のご家族に関しましては、やはり今後も優子様の清らかなお胸を、寂しさに疼かせてしまうだけなのかもしれません。古い日本の諺にもありますように、『親子は一世、夫婦は二世、主従は三世で、間男《まおとこ》は四世《よせ》』――こほん。し、失礼、ちょっと落語ネタが混じっておりますわね。正しくは、四世を省略して『世間は五世』でございます。『血は水よりも濃し』とは言いながら、いえ、そうであればこそ、最愛の長男と共に生き続ける夫婦の人生において、寝たきりの不憫な娘に対する情愛は、どう結実していったのか――残念ながら今回の物語において、その心理的変遷は、これからもあえて語られないのかもしれません。愛の重さと愛の形は、人様々でございますものね。
なにはともあれ今しばらくは、新生優子様の活躍や、わたくしども白百合天女隊の敬虔な姿や、タカちゃん&クーニ様の凸凹漫才や、推定半額処分のにゃーお様を、よろしくご贔屓くださいませね。
2009-10-07 03:34:26【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
こんにちは! 羽堕です♪
 ノア教ですか、確かにウルティメットのような考え方だと、少なからず破綻してしまう時がくるのかもって思います。だからノア教のように、ある程度は公然とオゼゼを集めて、こんな素晴らしい事(ほんの一部を)に使ってますという方が、いいのかもなって。うちにもよく「手をかざしただけで病気を治す力についての話が」何て言う方が来ます。真偽は分かりませんが丁重にインターフォン越しに帰って頂いています。と話はズレましたが、やっぱり元手は大事ですね。それと自己クローニング、今だから怖いと思うのかな、もす少ししたら、そういう事が出来たら良いなと思うのだろうか、まだ分からないです。
 地下に広がる空間は、凄く淡く白くて綺麗な世界が目の中に浮かびました。屋久杉は残念ながら見た事がないのですが、それでもイメージは凄く湧いてきて、莫大な情報の中から大事な情報を間違いなく選べる事って神様の力な気がしました。『御座』は本当に実在するのかと、ちょっと思いましたが、今回はノア様自らが動くようでし、何やら気になる件の【Fates】と、知らない所でどんどんと巻き込まれて行っているようでワクワクとする展開でした。
 わーい入浴、入浴とハシャイでしまいます。小悪魔な優子ちゃんもいいなぁ! そんな事しないだろうけど騙されてもイイ! 割愛は残念ですが、仕方ないのですね……。それにしても優子ちゃんがふと思い出したテントウ虫の話は好きです。すごく、ふと思い出したんだろうなって分かって。テントウ虫って冬場は固まっているから見つけると、結構気持ち悪いんですよね。普通に鳥肌を立てたのも、思い出してしまいました♪ それとクジラも微笑ましいですが、命がけのどざえもんは笑ってしまいまた。
 犬缶にはなりたくないなと思いつつも、色々と妄想を……してません、してませんよ! とにかくホクロや骨格、ずっと一緒にいた優子ちゃんだからこそ気づくもの何だろうな。それにしてもクーニ凄いじゃないか! というか……と言う事なのか、いやいや、まだまだ分からないから、これは続きを首を長くして待つしかないのですね。あぅ。
であ続きを楽しみにしています♪
2009-12-06 13:54:40【☆☆☆☆☆】羽堕
拝読しました。水芭蕉猫です。にゃあ。
相変わらず今回もおもしろやー。ノア教の部分をバックミュージックにボーイズクワイアなんぞを聞きつつ読んでいたせいか不覚にも心がきゅーんとなってしまったぜ。確かに、なんか色々やるにあたってオカネは大切。オカネがなくても出来ることは世の中たくさんありますが、オカネがなかったら出来ないことも山の如し。というわけで、宗教でお金を集めるのは致し方ないのですね。うっかりノア教に帰依しそうになりましたが、先生の言葉に引き戻されました。さすが先生。先生という名の戦士ですね。自己クローニングというのも、何だかとっても心惹かれます。この世にいつまでも居るのは結構大変だと思うのですが、自己クローニングしてでも周囲と共にあろうとするノア様って意外と良い人? と思ったり思わなかったり(おい
そして三人娘パートは、不覚にもニヤニヤしてしまったり。たかちゃんのまんまるお腹ぽんぽんかわいいようだったり、クーニがかっこいいよーだったり、優子ちゃんが可愛いようだったり、それから昔を思い出したりするところがなんだかとっても温かいきもちになったりしました。
そしてお不動様!! 待ってましたお不動様! さすが仏様! 五億年たってもご健在でいらっしゃるとは流石です! どっかでまだ信仰されているのかしら? と思いつつ、今回もとても面白かったですにゃ。これから色々、それぞれの思惑とかが交錯するんじゃないかと思うと、次回がとても楽しみです。
2009-12-06 21:07:51【★★★★☆】水芭蕉猫
は〜い、今回まずは初代せんせいにしてもと女王様のわたくしが、ボンデージファッションも艶やかに、優しく羽堕様のお相手をいたしましょうね。オ〜ッホッホッホ! 女王様とお呼び〜〜! ピシッピシッ!! ……失礼いたしました。いきなしこのような大サービスを展開してしまったのは、あくまで二代目ゴリラに先を越されて汚らわしい妄想野郎が、いえ失礼、汚れなき読者様が物言わぬ犬缶にされてしまってはかわいそう、そんな慈悲心の発露ですので、羽堕様におかれましては十二分にこの愛の鞭を味わっていただき、次回更新の際にも、泡食って真っ先に駆けつけてくださいね。羽堕様の深読みは果たして的中するのでしょうか! 当たれば年末ジャンボときっちり同じく3億円! ……まあ、気持ちはそーゆーことである、とまあ、そーゆーとこで。

……度の過ぎた下品な扇情物件をお目にかけてしまい、わたくし清く正しく力は機関車よりも強い二代目せんせい、心よりお詫び申し上げます。
猫様が聴いていらしたボーイズクワイアとは、いずこの少年合唱団の歌声でございましょうか。昭和レトロの響きも懐かしいウィーン少年合唱団――あるいはクリスマスのミサに備えて練習に励むドレスデン少年合唱団の可憐な歌声――じゅるり。
……失礼いたしました。しかし、思い起こせばもうひと昔も前、内戦に荒廃したルーマニアはコソボ自治区で地雷撤去作業に従事していたわたくし、ふと、崩れかけた教会の聖堂から響いてきた清らかな歌声に惹かれて歩みよりますと、変声期以前のいたいけな美ショタたちがてんこもりになって聖歌をさらっており、わたくし、思わず背後から忍び寄って――以下自主規制。
ともあれ、おおむね猫様の予想にたがわず、あっちこっち錯綜しまくるであろう今後の展開、そしてお姫様&凸凹コンビの颯爽とした、でもやっぱし脱力しがちな大活躍、気長におつきあいくださいませね。
2009-12-08 02:37:26【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
綾ちゃんが年下なんて認めない。……認めたくない。



お、おしりのほくろ!!
もしかして……でもそんな、まさか。どきどきどき。あの時、正直「優子ちゃんらしくないエピソードだなぁ」と思った夢幻花ですが、まさかこの付箋になっていたとは全然思いませんでした。お不動様のことも、「あの人ならなんかいろいろわかりそうだなぁ」「呼べないかなぁ」「呼べるわけ無いよなぁ」なんて考えてたりしましたが……優子ちゃんもよくそんな裏技思いつくな、とか。ほんとに聡い子なのね。
 気にしすぎるほど気にしていたことの回答、もうそろそろ頂けそうでどきどきです。いいかげんしつこいけど、みんなのハッピーエンド希望。もちろん、タカちゃんやクーニも。


2009-12-18 17:45:30【★★★★☆】夢幻花 彩
「やっほー! 彩のおねーちゃん、おひさしぶりの、たかちゃんだよ! タカちゃんじゃないよ! ほんとはね、ちっとも、でばん、なかったの。でも、かいそーシーンで、とくべつしゅつえんなの! くりすますきねん、さいまつとくべつばんぐみなの! きゃはははははは!」(あんまし久しぶりなので、ハイが極まっているらしい)
「こらこらたかこ、うかれてるバヤイじゃないぞ。このまんまだと、おれら花のしょーがくせートリオは、もういっしょー、このシリーズにでられないぞ。でるのは、ふどーばっかしだぞ。……いんや、まだ手はあるな。かばうまそっくしのさくしゃをシメまくって、このつづき、ぜーんぶ、かいそーシーンにさせてやればいーのだ。うん、そうしようそうしよう。ぽきぽきぽき」(どうやら本気で指をならしているらしい)
「……ぽ。あの、あの、彩のおねーさま、ゆーこですの。あの、あの、ようちえんのころ、うんちのあとで、たかちゃんと……んでもって、おしりのほくろ……ぽ」(今になって例の一件がすっげー恥ずかしくなったらしい)
「はいはい、小学生モードのトリオ一同様、突然の出番に少々とっちらかっておりますね。でも、ちっとも心配はございませんよ。彩様のご想像よりはちょっと先になるかもしれませんが、またハッピーであるかどうかも最後の最後までハラハラドキドキかもしれませんが、どのみちあのぶよんとしてしまりのないろり野郎のこと、ろり関係の不幸だけは『いっさい認めない』、そんな脳内世界に逃げ切っておりますから、きっと全世代まとめて、アマアマな砂糖水に漬け込んでくださることでしょう。彩様も、今のうちから、ご飯にお砂糖ぶっかけておなかがパンパンになるまでかっくらう覚悟で、続きをお待ちくださいね」
2009-12-19 04:16:10【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
ついに、この「ゆうねこ」を全部通して読ませていただきました。
実は以前、第一部だけは読んでいたんですが、やっぱり元のたかちゃんシリーズを読んでたほうが面白いだろうという部分もあったので、今回は再度頭から読み直して、最新更新部分まで読ませていただきました。
うーん、それにしてもこの第一部の感動的なこと、電車の中で読んでても、何度も涙ぐみそうになって困りました。優子ちゃんの真の病名を知った邦子ちゃんの手の中でティーカップが砕けるくだりや、貴ちゃんが再び反魂丹を盗み出そうとする場面など、忘れられませんね。

第二部からは、いきなりカラーが変わって懐かしのスペースオペラ風になってるわけですが、これも面白い! 何と言っても、優子ちゃんが目ざめるところへ持っていくために、これだけの壮大な展開で引っ張っていくというのはすごいですね。しかし、SFをあまり読んでない人だとついて行くのが結構大変かなとは思いました。数十億年後の宇宙に、現代の青梅の町がそっくり再現されているという設定がなんだかものすごいですね。それが全て、優子ちゃん一人のためだけというのが泣かせます。

「おお、不動明王が」と盛り上がったところで終わってるのが何とも残念ですが、続きを気長に待たせていただくことにします。
「ジャスミンハイツ」のように、商品としても成立するんじゃないかと思える完成度の小説とはまた違った方向の作品で、バニラダヌキさんも恐らく心の赴くまま、思い切り趣味に走って書かれておられるのかなと思うのですが、それがこれだけ面白いというのは……。僕の場合、プロの小説でも本当に面白いと思う物になかなか出会えないということを考えると、こうしてバニラダヌキさんの作品群を読めるというのは非常に嬉しいことです。
 これをただで読めてしまうと言うのが申し訳ない気もしますが、本になった暁には、ちゃんと書店で購入させていただく所存です。その時を楽しみにしております。
2011-06-04 21:51:36【★★★★★】天野橋立
ああっ、見ないで! 一年半も放置しっぱなしの恥ずかしい未完長編なんて、ぜんぶ終わるまで見ないで!
……などと恥ずかしがるくらいなら、ちっとは先を続けろよ狸。
とはいえ、その間に某長編などもなんとか打ち終えましたので、ご勘弁ください。

お説のとおり、ほとんど個人的趣味嗜好で走り続けている『たかちゃんワールド』ですが、読み続けてくださる方々への感謝の念だけは、エンターテインメントの骨法という形で、常に表させていただいているつもりの狸です。

第一部でとことんイレコんだ、ろり達の未完の青春友情物語が、第二部以降の一見異質なスペオペによって、どう結実していくのか――。本当は狸の人生を捨てても即刻語り続けたいところなのですが、今はなかなかアレな生活を送っておりますので、どうか、気長に待ってやってください。
2011-06-05 04:24:40【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
計:44点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。