『暑さも寒さも彼岸まで 閑話その四の続き〜第七話』作者:月明 光 / RfB/΂ - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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「さて、あいつら遅いし、先に食べとくか」
 秋原も真琴もなかなか来ないので、痺れを切らした藤原は、先に昼食を食べる事にした。
 藤原の普段の昼食は、購買で買ったパンと、水筒に入れて家から持ってきた紅茶だ。
 もちろん、紅茶は明が淹れてくれた物である。
「そういえば、お兄ちゃんて、アカリンにお弁当作って貰ったりしないんだね」
「お前な……誰の所為だと思ってんだ。前に一回だけ作って貰った時に……


「こ、ここここ、これはもしかしてもしかしなくても愛妻弁当っスか!? 朝に弱い娘でさえ、これを作る為なら早起き出来るという伝説のフラグアイテム! 先輩、ハーレム計画は絶好調っスね! で、どっちが作ったんスか?」
「愛妻じゃねえし、そんな計画無いから。明さんが作りたいって言うから……」
「お兄ちゃん! 本妻の前で、よくも堂々とこんな物出せるね!」
「誰が本妻だ。側室ですらないだろうが。精々ペットが関の山だ」
「嫁兼メイドが、朝から真心込めて作った弁当……うむ、実に風情がある。更なる雅を求める為にも、早くシナリオを進め、裸エプロンを着せる作業に戻るのだ」
「それ、着せるというより『脱がす』じゃねえか……」
「流石は明さん。シャッキリポンと舌の上で踊りますよ!」
「なっ……堀!? 何でお前が俺の弁当食ってんだよ!?」
「えーと、ここで手を二秒止めて……手元がアップになるから……」
「人の弁当でグルメ番組の練習をするな! それ以前に、新聞部だろお前は」
「悔しい……でも……食べちゃう……もぐもぐ」
「アリス……本妻のプライドは無いのか?」
「……う、美味い。限りなく……美味いぞぉおおおおおおおおおおおッ!」
「ビームを発射するな! 壊すのは大阪城だけで十分だ! つーか全員食ってるのかよ!? 一つの弁当に集まり過ぎだろ! ちょ、お前ら……俺の弁当だってぇええええええええええええええッ!」


……って感じで、お前らが全部食ったんだろ。あんな事があって、またホイホイ食われる為に持ってくると思ってるのか?」
「あれは、その、ライバルのお手並み拝見を……あははは……」
 藤原の鋭い視線に、アリスは誤魔化す様に笑った。
「そこで! お兄ちゃんへのお詫びも兼ねて、ボクがお弁当を作ってきたよ!」
 そして、それを振り切る様に、アリスは高らかに宣言する。
 その瞬間、藤原の時が止まった。
 身動き一つしない時間が続き、次第に身体が震え出し、嫌な汗が噴出す。
 ――アリスが、手料理を作ってきた。
 今まで藤原が経験した出来事の中で、これ程恐ろしい事は無かった。
 秋原さえ葬り去る『哀の手料理』を製造出来る彼女は、この学校から調理実習を無くしかけた事がある。
「一応訊くけど……何を作ってしまったんだ?」
「えーとね……マムシとか山芋とか生卵とかスッポンとか、精の付く食べ物を、適当に混ぜて味付けしたんだ。名付けて、『媚飯 孕ませたくてパート3』だよ! ボクの愛がた〜っぷり詰まってるから、食べて食べて!」
「愛さえ詰めれば何でも料理になると本気で思っているのかお前は。あと、適当で料理作るなよ。勘でやって良いのは素人卒業してからだろ。しかも、人が食う物に何て名前付けてんだ。陵辱系のAVか。そっちの意味のオカズか。その上第三弾ってどういう事だよ。何度同じ過ちを繰り返したら気が済むんだ」
 ツッコミどころ満載なアリスに、藤原は一つ一つツッコんでいく。
 一言喋る度に三度ツッコむ気負いが必要なので、アリスの相手は楽ではない。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。お母さんに教えて貰って、ちょっとは上手になったんだから」
「お前本気で言ってるのか? あの人から料理下手を受け継いだんだろ?」
「むぅ、お母さんは料理下手じゃないもん! 作りたい物と出来る物が違うだけだもん!」
「それがおかしいんだろ! クッキー焼いたらカレーになったって何だそれ!?」
「カレーじゃないもん! ハッシュドビーフだもん! それに、最近はクッキーに近づいてきて、今はケーキになるくらいだもん!」
「やっと菓子類かよ。どれだけ長い目で見守るつもりだ」
 アリスのボケを、藤原はひたすらツッコミで打ち返していた。
 ここで退けば、アリスの弁当を食べなければならなくなる。
 次の日の新聞の一面は、『毒殺で小学生逮捕 痴情の果てに』で決まりだ。
 お互いの為に、何としても阻止しなければ。
「むぅ、どーして食べてくれないの? ボクはもうとっくに性欲を持て余してるのに」
「結局それかよ。真昼間から何考えてるんだ……」
 アリスの目的に、藤原は呆れるばかりだった。
 確かに、これを食べれば、アリスの目的は果たされるだろう。
 自分は身動き一つ取れなくなり、されるがままになるのだから。
 痺れを切らしたのか、アリスが藤原に抱きつく。
「そっか。お兄ちゃん、まずはボクを食べたいんだね。もう……男のコってせっかちなんだから。でも、そんなところもカワイイかな」
 頬を染め、艶っぽい声で囁くアリス。
 何を勘違いしているのか知らないが、ここで同調すれば、どうやら最悪の事態は避けられるらしい。
 弁当を食べるか否かに拘らず、結末が同じならば、いっそ……。
 ――って、何でアリスを抱く事前提なんだ?
 とんでもない事を考えかけた藤原は、振り払う様に首を横に振った。
 追い詰められたばかりに、つい二者択一で考えてしまったのだ。
 アリスの弁当を食べる事無く、且つ彼女を抱かずに済む方法を、最初から放棄してしまうとは。
「怖がらなくても良いよ、お兄ちゃん。天井の染みを数えているうちに終わるから」
「いつの時代の新婚夫婦だよ。しかもお前の台詞じゃないし。それ以前に、ここ屋上だから。天井無いから」
 とにかく、今はツッコミを入れて持ち堪える事にしよう。
 最大のピンチは、必ずどこかに最高のチャンスを孕んでいるのだから。
 もちろん、その逆も言えるのだが。


「ふっ……流石はアリス嬢。幼馴染の手作り弁当の威力を心得ているとは。生粋の幼馴染は、教わらずとも本能に刻み込まれておるのであろうな」
「確かに、威力は数段上ですよね。そこらの毒物より」
「まさに天にも昇る味っス。絶命的な意味で」
「その上、場所のチョイスにもセンスがある。体育倉庫、保健室、屋上……学園物では定番中の定番だ。放課後の教室が加われば完璧なのだが……おのれ棗め」
「それにしても、望月さんの料理下手って、親譲りだったんスね。きっと、望月さんに似て身長も……私、人妻に手を出すかも知れないっス!」
「ふっ……目先の情欲に囚われるとは、まだまだ青いな。俺ならば、親子で料理を所望する」
「それも良いっスね。どんな混沌が生まれるやら」
「だから青いと言っておるのだ、真琴嬢。……俺は、『親子丼』が好きなのだがな」
「……あ! あぁあああああああああッ! そ、その発想は無かったっス! 私も汁沢で是非!」
「もしかして、ケーキを焼いたらクッキーになるんじゃ……」


「うわーん! 何で何で何で!?」
 両手両足を縛られたアリスは、それでもじたばたと暴れていた。
 結局、このままでは埒が明かないと思った藤原は、たまたま持っていた縄でアリスを縛り上げたのだ。
 出来れば、こんな実力行使はしたくなかった。
 アリスとは言え、保健室で寝ている姿を目撃したばかりなので、流石に躊躇ってしまう。
 しかし、ここまで元気ならば構わないだろう。
 ――後ろ手じゃないだけ、感謝しろ。
 のた打ち回るアリスを余所に、黙々と昼食を食べる藤原。
 もちろん、食べているのは持参のパンで、自殺行為はしていない。
「あっ……そっか。なるほど」
 ふと、アリスが暴れるのを止め、何かに納得する。
 途端に、白洲に引き立てられた下手人の様に座り、熱っぽい視線を向けた。
「お兄ちゃんってば、こんなアブノーマルな趣味があったなんて……。初めてでこーゆー事するのってそうかと思うけど……お兄ちゃんがしたいなら、良いよ。首輪? 目隠し? キャンドル? もしかして放置かな?」
「仮にお前の妄想通りだったとして、その順応性は評価するよ……」
 都合の良い解釈を続けるアリスに、藤原は寧ろ感心さえ抱いていた。
 ――やっぱり、訊いてみるか。
 朝からずっと感じていた、アリスに対する違和感。
 それを解消しなければ、午後も暗雲に飲み込まれるだろう。
 スカートをたくし上げようとしているアリスに、藤原は尋ねた。
「なあ、アリス。何か、今日のお前おかしくないか? 何かあったのか?」
「な!? なななな何を言ってるのかなお兄ちゃん!? ボクは全然何も別に!」
 判り易過ぎるアリスの反応に、藤原は図星だと確信する。
 同時に、思わず溜息が出てしまった。
 アリスが髪を下ろした件と併せて考えれば、否応無しに黒幕が思い当たるからである。
 少なくとも、あの変態二人は間違い無いであろう。
 通りで、妙に偏ったアプローチだと思った。
 いいように焚き付けられるアリスもアリスである。
「アリス……どうせあいつらがけしかけたんだろうけどさ。普段は餓鬼扱いしてるけど、一応お前も十六歳なんだし、やって良い事と悪い事くらい判るだろ? 明さんの様になれとまでは言わないけど、もう少し大人になれよ」
「…………!?」
 いつもの調子で、軽く説教をする藤原。
 しかし、アリスは何故か、信じられないといった表情になる。
 俯く彼女からは、重たい絶望感が漂っていた。
「アリス……?」
「……やっぱり、アカリンが良いんだ?」
 彼女らしからぬ暗い声で呟くアリス。
 明と比べられた事が、そんなに嫌だったのだろうか。
 藤原としては、単に解り易い例として挙げただけなのだが。
「ボクじゃダメなのかな? 確かに、アカリンって美人だもんね。背は高いし、胸も大きいし、優しいし、家事万能だし、胸も大きいし」
「いや、外見の話じゃないから。しかも二回言ってるし」
 内面の話をした筈なのに、いつの間にか脱線していた。
 アリスと言い夕と言い、どれだけコンプレックスを持っているのだろう。
「でも……お兄ちゃんへの思いは、誰にも負けていないんだよ。アッキーやマコちゃんと友達になれたのも、お兄ちゃんのお陰だもん。お兄ちゃんがいなかったら、ボクは今でも一人ぼっちだったかも知れない。だから、お兄ちゃんが一番大切な人なのは、今も変わらないんだよ」
 確かに、アリスの今の交友関係は、藤原がきっかけなのだろう。
 だが、その関係が今も続いているのは、アリス自身の努力の賜物ではないか。
 自分はただ、日の当たらない場所にいたアリスに、日向から手を差し伸べただけだ。
 その手を掴んだのは彼女の手で、日向に踏み込んだのは彼女の足なのだ。
 俯いていた顔を上げると、アリスの目尻には、大粒の涙が浮かんでいた。
 表面張力も限界に達し、零れ落ちた涙が頬を伝っていく。
「なのにどうして!? どうしてボクじゃなくてアカリンなの!? ボクがこんなに頑張っても、お兄ちゃんはボクじゃダメなの!? ボクは、お兄ちゃんの妹のままでいるのはイヤだよ! 誰にもお兄ちゃんを渡したくないよ! ずっと、ずっと思い続けてたボクが、それと比べれば会ったばかりのアカリンに負けるなんて……!」
 アリスの悲痛な声が、屋上に響いた。
 呆然と立ち尽くす藤原。
 何が起きたのか判らないが、嗚咽を漏らすアリスに、藤原は尋ねる。
「アリス……俺には何の事だか全然判らないんだけど」
「とぼけないで! お兄ちゃんはアカリンが好きになっちゃったんでしょ!」
「はぁ!? いつ俺がそんな事を?」
「だって、ボクは聞いたんだもん。昨日、お兄ちゃんが朝ご飯食べてる時の話」
「昨日の……朝ご飯の時……?」
 良く判らないが、昨日の朝食の時の会話を聞いて、アリスはこうなってしまったらしい。
 ――だから、昨日一日俺から逃げてたんだな。
 解決の糸口が掴めそうなので、昨日の朝の事を思い出す事にした。
 アリスがこうなってしまいそうな会話……。
「……ああ! あれか」
 糸口を掴んだ途端、一気に事の次第が見えてきた。
 同時に、誤解を解く気すら失せる程げんなりしてしまう。
「ど、どーゆー事? ボクは確かに……」
「まあ落ち着けって。縄解いてやるから、ちゃんと聞けよ」
 アリスの涙を拭い、縄を解きながら、藤原はその時の事を話し始めた。


 時は遡り、アリスが藤原宅に潜入する少し前。
 この日も、藤原はいつも通りの朝を迎えていた。
 明に起こされ、着替えを済ませ、リビングのドアを開ける。
「おはよう、明さん」
「おはようございます、光様」
 朝食を作っている明に挨拶をし、テーブルに着く。
 程なくして、今日の朝食が運ばれてきた。
 美味しそうな焦げ目の付いたトーストに、添えられたジャム。
 白と黄のコントラストが映える目玉焼きには、軽く塩が振られている。
 飲み物は、最早お馴染みの紅茶だ。
「いただきます」
 手を合わせ、まずは目玉焼きから手をつけた。
 箸で白身を一口大に裂き、口へと運ぶ。
 その様子を、明は向かいの席でじっと見ていた。
「どうしたんだ、明さん? 心配しなくても、良い塩加減だけど」
「あ、いえ、大した事ではないんですけど……」
 視線を感じ、藤原が尋ねると、明はばつが悪い表情を浮かべる。
「その……目玉焼きの食べ方って、人によって全然違うんだな、と」
「ああ、なるほどね」
 少し恥ずかしそうに話す明に、藤原は納得した。
 確かに、自分とは違う食べ方をする人がいると、つい見てしまうものだ。
「でも、そんなに変わってるか? 普通の食べ方だと思うけど」
「塩を振っただけですから、光様が仰れば、他の調味料も用意しようと思っていたのですが」
「そうか? これで充分だと思うけど……明さんは?」
「私は、胡椒を少々振るのが好きです。こればかりは、人それぞれの好みですよね」
「そうだよな。ソースや醤油を掛ける人もいるし」
 明の話に頷きながら、更に白身を口にする。
「もう一つ気になったんですけど、光様、先程から白身しか口にしていませんよね」
「ん? ああ……そうだな。白身を先に食べて、黄身を最後に食べるから」
「そうなんですか。私は、黄身を裂いて、白身を浸けて食べますけど……何か理由があるのですか?」
「理由……理由、か……」
 明に問われ、藤原は言葉を詰まらせてしまった。
 今までずっと、当然の様にしてきた事の理由を訊かれても難しい。
 暫く唸り、藤原が出した答えは、
「黄身が好きだから。……かな」
 少々頼りないものであった。
「そうなんですか。私も、黄身が好きなのでこの食べ方なのですが……。同じ食べ物で、同じ好みでも、食べ方は異なるのですね」
「不思議だよな。単純な食べ物だからこそ、食べ方は多様化した、ってところか」
 考察しながら、藤原はトーストにジャムを塗る。
 紺色に近い藍を持つ、ブルーベリーのジャムだ。
 昨晩、宿題にてこずって、余り眠れていないのを察しての事だろう。
 そんな気遣いを知れる事もなく、明は向かいで微笑んでいるだけである。
「夕の前では、目玉焼きを単純な料理だとは言わない方が良いですよ」
「何でだ? 卵をフライパンで焼くだけだし、流石に俺でも出来るぞ」
 やんわりと忠告する明に、藤原は首を傾げた。
 明は言うまいか少し悩み、やや躊躇いながら話す。
「夕は、卵を割るのが苦手だったんです。何回割っても黄身が潰れてしまって、綺麗な目玉にならない事を気にしていました」
「ああ、そういう事か」
 確かに、それならば『苦手』と言うのも頷ける。
 黄身を潰さずに卵を割るのは慣れが要る上、ある程度運も絡んでくるのだ。
 特に、殻にひびを入れる為の力加減は、大切なのに難しい。
「夕が小学校に入学して、すぐの事でした。私が趣味で料理をしていた時に、自分もやってみたいと言い出したんです。私も、夕くらいの年頃から料理を始めたので、姉という立場も手伝い、教えたくなってしまいまして」
「教えたくなるものなのかな……」
「長兄長姉は、弟妹の成長を親の次に喜ぶものですよ。光様も、思い当たる節があると思いますが……」
「……まあ、あるにはあるな」
 明が言っているのは、近所に住んでいる耳年増な幼女の事だろう。
 藤原も、かつては人を遠ざけていた彼女の為に、色々と気を揉んでいたものだ。
 それを思えば、友達が何人もいる現在は、確かに喜ばしい。
 惜しむらくは、あの頃に彼女の料理の『才能』に気付けなかった事か。
「それで、まずは目玉焼きをと思ってさせてみたのですが……。スクランブルエッグや玉子焼きにしなかったのが、私の失敗でしたね。気付いた時には遅くて、出来るまで止めないと言って聞きませんでした。コツを教えて、やって見せて、ひびを私が入れて……。ようやく綺麗に割れた時には、夕以上に私が喜んでいました。……もっとも、それは十秒と続きませんでしたけど」
「どうして? そんなに嬉しい事なのに」
「それが、その……」
 続きを促す藤原だが、明は言葉を濁らせる。
 ここまで言いたがらないという事は、夕だけの問題ではないのだろう。
 恐らく、明自身にとっても恥ずかしい話なのであろうが……。
「……家中の卵を全て使ってしまった事に、気付いてしまいまして」
「やっとかよ」
 思わずツッコんでしまう藤原。
 やけに気前よく卵を割る事を不思議に思っていたのだが、まさかそんな漫画みたいな事になったとは。
 完璧に見えてどこか抜けている所は、姉妹共々昔から変わらないらしい。
「あの時は、二人一緒に怒られてしまいました。責任を取って、割った卵は全て調理して食べましたよ。夕にも手伝って貰ったので、卵料理がすぐに得意になったんです。割る事以外は」
「失敗は成功の母、か……ちょっと違うけど」
「それでも、黄身を潰さずに割るのには時間が掛かりましたよ。殆ど失敗しなくなるのに、かれこれ二ヶ月は掛かりました」
「なるほど……確かに、夕にとっては大変な事だったんだな。それにしても、明さんは凄いよな。小学生でそこまで料理出来るなんて」
 過去の話を聞いて、藤原は尚更明に尊敬の念を抱いた。
 同じ『小学生』でも、どこぞのツインテールとは月とスッポンである。
「私も、決して初めから出来た訳ではないんですよ。何度も失敗して、時に投げ出しそうになっても、師匠が手取り足取り教えて下さいました。ですから、私も夕に何でも教えてあげたいんです。教える事は学ぶ事よりも難しいですけど、師匠がそうであった様に、私も決して諦めません。私は、両親の次に……世界で三番目に、夕を愛していますから」
 明の言葉は、いつも温かさに包まれている。
 身内を『愛している』とはっきり言える人は、そういないだろう。
 どれ程の愛を受けて育てば、ここまで慈愛に溢れた性格になるのだろうか。
「……なんか、夫婦みたいだな」
 この話を聞いて率直に感じた事を、藤原は述べた。
 明と夕程に愛し合っている仲は、恋人同士でも滅多に無いだろう。
 それによって互いに堕ちていく訳でもなく、更に高め合っているのだから尚更だ。
 もし、二人が異性であれば、少なくとも血縁者でなければ、ほぼ確実に結ばれていただろう。
「えっ!? あ、あの、その言い方は……」
「端から見れば、明らかに仲の良い夫婦だろ」
 顔を真っ赤にする明を、藤原は更に一押しする。
 普段からあれだけ見せ付けておいて、否定されても説得力が無い。
「そ……そうなのかも……知れませんね」
 思いの外あっさり認められるのも、それはそれで困るのだが。
 この家が二人の愛の巣にならない事を祈りつつ、藤原は黄身を口にした。


「そ、そんなぁ……お兄ちゃんが好きなのは『黄身』で、夫婦なのはアカリンとゆーちゃんだったなんて……」
 真相を聞いたアリスは、脱力して項垂れた。
 一方の藤原も、溜息を吐かずにはいられない。
 今日の事の発端が、こんな勘違いからだったとは。
 そして、屋上の出入り口に目をやる。
 恐らくアリスを焚き付けたであろう変態共がいると思われる方を。
 案の定、段ボール箱三つが、足を生やして逃げていった。
 ――今日の部活が楽しみだな……。
 またしても彼らに振り回されたと思うと、再び溜息が漏れる藤原であった。
「じ、じゃあお兄ちゃんは、ボクの事が好きなの?」
「二元論で話せる事じゃないと思うけど……まあ、嫌いとは言わないな」
 潤んだ瞳で見上げるアリスに藤原は渋々答える。
 『好き』とまでは言っていないし、この言葉にも様々な捉え方があるから、嘘にはならないだろう。
 何でもかんでも惚れた腫れたで語らされては、堪ったものではない。
 目を輝かせるアリスを見ると、流石に良心が痛むが。
「良かった……お兄ちゃんがアカリンを選んだと思って……ボク……ボク……!」
 安堵の声を漏らすアリスであったが、次第にそれが嗚咽に変わる。
 藤原が何か言おうとする前に、アリスが胸に飛び込んできた。
 戸惑う藤原の胸に顔を埋めて、すすり泣く声が聞こえる。
「結局泣くのかよ。何がしたいんだお前は」
「だって、ボクは本当に……真剣に……!」
 張り裂けそうな声で答えるアリス。
 少なくとも彼女自身は、至って真剣だったらしい。
 その原因の一端は、故意ではないとは言え藤原にある様だ。
 それに、事を大きくした我が部の変態達の責任を、部長として取らなければならない。
 だから、藤原はアリスの背中に腕を回し、そっと抱きしめた。
 途端に、栓を締めた様にアリスが黙り込んでしまう。
「まあ、勘違いさせて悪かったよ。心配掛けたな。でも、俺はお前に笑って欲しかったから、あの時に面倒見てやったんだぞ。お前は笑ってる方が似合ってるんだから、そろそろ泣き止めよ、な?」
 頭を撫でながら、優しく声を掛ける。
 心なしか、アリスの体温が上がった気がした。
 暫くの間、アリスはそのまま抱きつく。
「お兄ちゃん、ズルいよ。そんな事言われたら、もう泣いてられないでしょ」
 次に顔を上げた時には、その言葉の通りになっていた。
 残った涙が、雨上がりの水溜りの様に輝いていた。


「結局、望月さんの誤解に、僕達は付き合わされていたんですね」
「ふっ……まだまだだな、堀。俺は始めから、アリス嬢がいつ気付くのかと内心ニヤニヤしておったぞ」
「えっ……それってまさか……」
「普段なら断られそうな事も、たくさんして貰ったっスね。私、もうお腹いっぱいっス」
「新谷さんも!? じゃあ、僕達がしてきた事って……」
「しかし、ここまで予想通りのオチがつくとはな。この手のコメディではよくある事だが」
「この際何でも良いっスよ。コスプレと言い寸止めシチュと言い、良い物を見させて貰ったっス!」
「然うですか。其れは良かったですね」
「……あれ? この声は、もしかして……」
「貴方達が矢面に立たない様に、色々と手を回して差し上げたのですが。私が無駄骨を折っている間に、貴方達は年端も行かぬ幼女を弄んでいたと」
「やれやれ、口煩い姑が来おったか」
「いやはや、畏れ入りますよ。……さて、今回の手間賃、其の身を以て払って頂きましょうか」
「先輩! エアガン構えてますよ! 明らかに殺る気ですよ! どうするんですか!?」
「かつて、中国には三十六の兵法があった。その中の最上策を使うとしよう。……散!」
「此のロリコン共め! 待ちなさい! ……ま、私が巻き込まれない為にした事ですし、勘弁してあげましょう。果たして、思い出という詛いで睡る姫を、小さな王子は如何為るのか……ふふ、精々愉しませて下さいな」


「じゃあお兄ちゃん、お弁当食べてね」
 すっかり笑顔を取り戻したアリスは、せっかく忘れかけていた『哀の手料理』を差し出してきた。
 もう少しで綺麗に終われたのに、余程死体を転がしたいらしい。
「勘弁してくれよ……誤解も解けたんだし」
「だからこそ、仲直りに激しく燃え上がりたいんだよ。授業をサボってお兄ちゃんと……想像するだけで興奮しちゃうよ。それとも、またボクを泣かせる気? そんな訳ないよね。ついさっき、あんな事言ったのに」
「ぐぅ……」
 アリスを宥めた言葉を思い出し、深く後悔する藤原。
 口は災いの元とはよく言ったものだが、遅効性とはやってくれる。
「……あ、そっか。ボクとした事が、大事な事を忘れてたよ」
 そう言って愛嬌を振り撒く様に舌を出すと、アリスは弁当箱の蓋を開いた。
 想像を遥かに超える魔界が、弁当箱の中でとぐろを巻いている。
 恐らく、草木の一本も生えなくなる程の威力があるのだろう。
 アリスは、それの一部を箸で摘み上げた。
「こーゆー時は、ボクが食べさせてあげないとね」
 どうやら、バカップルでも気取りたいらしい。
 昼休みの屋上。ロングヘアを風に靡かせる幼馴染み。
 ここまではともかく、食べさせようとしている物が、何もかも台無しにしている。
「ほら、あーんして、あーん」
 阿鼻へと誘う禁断の扉が、目の前に迫る。
 逃げるべきだろうか。否、その場しのぎではジリ貧だ。
 叩き落としてしまおうか。否、嘗ては食材だったそれらに申し訳無い。
 進退窮まった藤原が、土壇場で選んだ道。
「必殺、あーん返し!」
 それは、まさかのカウンターだった。
 アリスの箸をひったくり、彼女の口へと突っ込む。
 始めは驚いていたアリスであったが、もごもごと口を動かし、その細い喉を上下させ、自分の料理を飲み込んだ。
 その瞬間、アリスの顔から血の気が引いていく。
 満足にリアクションをする暇すら、『それ』は与えなかった。
「か、かゆ……う……ま……」
 言葉になっていない何かを発し、アリスはその場に倒れる。
「味見すらしていないのかこいつは……」
 何もかもが空回りしているアリスに、藤原は思わず溜息が出る。
 巨悪の失墜にほっとする一方、自分がこうなる筈だったと思うと、恐怖を禁じ得ない。
 ――流石に、悪い事したかな?
 うなされているアリスを見て、少し良心が痛む藤原。
 自業自得とは言え、多少やり過ぎた気もする。
「うぅ……お兄……ちゃん……」
 アリスが、苦しそうに自分を呼ぶ。
 恐らく、夢の中で助けを求めているのだろう。
 手を握ってやると、少しだけ表情が和らいだ気がする。
 ――笑って欲しいって、言った矢先だもんな。
 自分の水筒とアリスの弁当箱を出入り口付近に置き、藤原はアリスを負ぶった。
「一日で二度も保健室に行くとはな……」
 面倒臭そうに呟くと、藤原は屋上を後にする。
 アリスを背負うその姿は、面倒見の良い兄に似ていたのであった。
「……それにしても、本当にぺったんこだな、こいつ」



閑話その四 完



繋ぎ 哲也秋原のあじきない話

 秋原が次に出した数字は、四だった。
 三連続を免れ、藤原は脱力気味に溜息を吐く。
「さて、もう一度振るか」
「いやいや、僕喋るんですけど」
 サイコロを振り直そうとする秋原を、堀は慌てて制止した。
 水を一口飲み、軽く呼吸を整える堀。
 その間に、藤原は床に転がっている棗を席に戻した。
 一人が気を失っている状態で、堀の話が始まる。
「あの、カラオケに行った時の話なんですけど……」
「ほう、貴様にカラオケに連れて行ける友達がおると言うのか。本当は一人カラオケであろう?」
「違います! この四人で、この前も行ったじゃないですか!」
 冒頭から茶々を入れる秋原に、堀は必死にツッコむ。
 慣れた藤原から見れば、少々の余裕を持てない辺りがまだまだ甘い。
 こんな風に思える程に翻弄され続けてきた事を思うと、大きな声では言えないが。
「話を戻して……。僕、部屋の番号をよく忘れてしまうんですよ。お手洗いに行ったり、ドリンクを入れに行ったりした後に、帰れない事がありまして……」
「この前のカラオケで、やけに長く帰って来んと思っておったが……その様な事情があったとは。貴様はいる事に気付かれんと同時に、おらぬ事にも気付いて貰えん存在なのだ。自愛する気があるのなら、軽率な行動は避ける事だな」
「何となく認めたくないんですけど……言い返す言葉が思い付きません」
 どうやら、『堀』という新しい身分が確立してしまったらしい。
「確かに、部屋の番号を忘れて困る事ってあるよな。携帯に連絡してくれたら、迎えに行くなり、番号教えるなりしてやるけど」
「でも、歌ってる時に携帯鳴ったら気まずくないですか?」
「それもそうか……。まあ、店員が入って来た時よりはマシだろ。俺達は基本的にドリンクバーだから、あんまり縁無いけどな」
「ふっ、青いな。俺ならば店員すらも巻き込んで歌うぞ」
「絶対うざがられてるけどな……」
 以前のカラオケを思い出し、藤原は溜息を吐いた。
 その時はワンドリンク制だったのだが、秋原が入ってきた店員に絡み、そのまま二人で一曲歌い上げたのだ。
 店員もまんざらではなさそうであったが、あれは恥ずかしかった。
「何を言う。共にアニソンを歌えば、人類皆兄弟だ。堀はご免被るが」
 秋原が最後にとんでもない事を言ったが、二人には聞こえなかった様だ。
「そうだ。番号をメモしたら良いんじゃないか? メモ用紙だと無くすから、掌が良いな」
「僕も、それは考えたんですよ。実際やってみたんですけど……。手を洗ったら、綺麗に取れてしまいまして」
「くそっ、そこまでは考えてなかった……」
 ことごとく案に穴が開き、頭を抱える藤原。
 ちゃんと覚えろ、と言うのは簡単だが、それが出来れば苦労しない。
「秋原も、少しは真面目に考えてやれよ。いつも、堀にドリンク入れに行って貰ってるだろ」
「べ、別に良いんですよ先輩。頼まれてもないのに、僕が自分で」
「腕に書けば良いだけだと思うが」
「…………」
 予想を軽く凌駕する呆気無さで秋原が解決していまい、その場が一瞬静まる。
 秋原は時折正論を言う事があるので、油断出来ない。
 お陰で、藤原はすっかり立つ瀬が無くなっていた。
 まるで、自分がただの馬鹿の様に思えてならない。
「ま、まあ、藤原先輩が先に出した案があったからこそ……ですよね、秋原先輩」
「ふっ……そういう事にしたいのであれば、好きにするが良い」
 フォローする堀を、秋原は否定も肯定もしなかった。
「それより、もう一つ訊きたい事があるんですけど……」
 藤原の傷を広げない為に、素早く話題を切り替える堀。
 察しの良い藤原は、尚更落ち込んでしまう。
「あくまで僕の勝手な主観ですよ、主観。主観なんですけど……先輩達、僕が歌う時に限って部屋を出ますよね。藤原先輩はそうでもないみたいですけど、秋原先輩と棗先輩は、僕の曲が始まった途端に出て行きますし」
「ふっ、何を今更当然の事を」
 控えめに尋ねる堀に対して、秋原は堂々と述べる。
 開き直りなどという次元ではない、さもそれが正論かの様な口ぶりだ。
 面食らったのか、堀の反応が少し遅れた。
「そ、そんな無茶苦茶な! しかも本人に言いますかそういう事!?」
「自覚しているとばかり思っていたのだがな。ならば改めて言おう。貴様の歌は、校内行事で喩えるなら、来賓の祝辞と同次元だ」
「校長先生の挨拶以下じゃないですか! まさか、先輩もそんな風に……!?」
 涙目になりつつ、堀は藤原に縋る。
「あいつを他の人と一緒にするな。……正直、保険だよりくらいには思ってたけどな」
「読まない人は読まずに捨てるじゃないですか……」
 落ち込む堀に、藤原は顔向けすら出来なかった。
 アニソンを熱唱する秋原や、アイドルポップスを振り付きで歌わされる棗と比べると、当たり障りが無さ過ぎるのだ。
 かくいう藤原は、親のCDを聴いて育ったので、昭和歌謡ばかりだが。
「まあ待て堀。何も俺は、貴様を貶すつもりで言ったのではない」
 半泣きの堀に、秋原が更に述べる。
「カラオケは、歌ってスッキリする反面、意外と気を遣うものだ。リモコンやリストを独占してはいかんし、他人が歌っている最中に部屋を出るのも良くない。しかし、手洗いや飲み物を入れに行ったりと、部屋を出たくなる時は多い。そんな時に、躊躇い無く出て行ける貴様の歌が、どれ程重要か解るか? ドリンクの注文や、新譜のチェックに集中出来る一時の価値が解るか?」
「そ、それは確かに……そうですね……」
 どうやら、秋原お得意の懐柔が始まったらしい。
 よくもまあ、いけしゃあしゃあとそんな事が言えるものだ。
 ――ついさっき、『いない事にも気付かない』って言っただろうが……。
 またしても秋原の口車に乗せられる堀に、藤原は溜息を吐いた。
 ドライな藤原とは対照的に、秋原は更に熱弁を振るう。
「もし貴様がおらねば、我々は部屋を立つ事も許されず、歌い続けるしかないのだ。その様なカラオケ、苦行以外の何物でもない。いる時には目立たないが、おらぬ時に有り難味が解る……そう、貴様は空気だ。いなくなって初めてその価値が解る、そんな粋な仕事をする漢になれ」
「は……はい、判りました! 僕、頑張って空気になります!」
 堀の洗脳が完了し、秋原はサイコロを振る。



to be continued



閑話その五 ネタ被り小娘

 昔々、ある所に、アリスという名前の幼……少女が居ました。
 十六歳という年齢にも拘らず、ツインテールに低身長という容姿から、小学生に間違えられる事も珍しくありませんでした。
 幼くして両親と死別し、今は継母のアカリと、その連れ子である義姉のユウの三人で暮らしています。
 この二人が大層意地悪で、その上アカリはたゆんたゆんのむちむちでしたので、アリスはいつも肩身の狭い思いをしているのでした。


 その日も、アリスは床の雑巾がけをしていました。
 アカリやユウは、綺麗な服を沢山持っていましたが、アリスはゴスロリ服しか持っていません。
 ですので、当然ゴスロリ服を着て雑巾がけをしていました。
 動き易い服とは言えないので、その作業はぎこちないものです。
「アリス! 一体いつまでかかっているんですか!?」
 いよいよ痺れを切らしたアカリが、アリスを怒鳴りつけました。
 二十歳なのに子持ち設定にされた事で、少し機嫌が悪い様です。
 アカリの声を聞いて、ユウも集まってきました。
 ユウは、アリスが拭いた跡に何かを見つけ、それを拾い上げます。
「ちょっと! 髪の毛が落ちてるじゃない! 遅い上に適当にやってるの!?」
「ご、ごめんなさい……」
 二人に怒鳴られ、アリスは謝る事しか出来ません。
 特にアカリは、外見に反してごろつき二十人を一人で倒した事がある猛者。
 下手に逆らえば、殺されかねません。
「まったく、いつまで経っても家事の一つも覚えられないなんて。どう思う、お母さ」
 アカリに問おうとした刹那、ユウは殺気を感じました。
 思わず身震いをし、息を呑み、言い直します。
「……どう思う、姉さん?」
「そうですね。余り褒められた事ではありませんね」
 ユウの問いに、殺気の主は頷きました。
 どうやらアカリは、十七歳に母親呼ばわりされたくない様です。
 乙女心は難しいですね。
「良いですか? 雑巾がけというのは……」
 そう良いながら、アカリはアリスの雑巾を引っ手繰りました。
 ユウも、新しい雑巾を持ってきます。
 そして、二人揃って雑巾がけを始めました。
 二人ともてきぱきと済ませていき、見る間に綺麗になっていきます。
 特にアカリの手際の良さは凄まじく、明らかに手練れのものでした。
 趣味で着ているメイド服は伊達ではありません。
 こうして、二人は家中をピカピカにしてしまいました。
 床には塵一つ落ちておらず、窓は一点の曇りもありません。
「……こうするんです。解りましたか?」
「う、うん……」
 この状況で、首を横に振れる勇者は居ないでしょう。
「姉さん、汗かいたし、洗いっこしようよ」
「良いですけど、胸を掴むのは止めて下さいね」
 雑巾をバケツに戻すと、二人はお風呂へ向かいました。
 アリスは溜息を吐き、雑巾を洗いに行きます。
「……また全部やって貰っちゃったよ」
 結局アリスは、いつまでも家事を覚えられないのでした。
 ちなみに、二人の入浴シーンは一切ありませんので、期待した方は残念でした。


 ある日の事、お城で舞踏会が開かれることになりました。
 アカリが『武闘会』と間違えた為に一時は大変な事になりましたが、アカリとユウは参加する事になりました。
 アリスだけは、家で一人留守番です。
 二人は煌びやかなドレスを着て――ユウは胸に詰め物をして――いつも以上に美しくなりました。
「良いですか、アリス。貴女は……」
 馬車に乗る前に何か言おうとして、アカリは思い留まりました。
 恐らく、以前アリスに夕食を任せた時の悪夢を思い出したのでしょう。
「……貴女は、何もしないで下さい」
「えっ、う、うん……」
 妙なお願いに、アリスは戸惑いつつも頷きました。
「姉さん、一緒に踊ろうね」
「ええ。練習の成果、皆様に見せて差し上げましょう」
 どうやら、今度はダンス甲子園か何かと勘違いしている様です。
 そして、二人は馬車に乗って、お城へと向かったのでした。
 本当はアリスも行ってみたいのですが、ゴスロリ服しか持っていないので、到底無理な話です。
 まだ見ぬ世界に思いをはせつつ、アリスは先日借りたAVを視聴するのでした。


「AVに、ストーリーなんて要らないと思うんだけどな……」
 アリスが一人愚痴を零しながら、お目当てのシーンまで早送りしている最中でした。
 もう外は暗くなっているというのに、インターホンが鳴ります。
「誰だろう? 皆舞踏会に出かけた筈なのに……」
 不思議に思いつつ、アリスは一時停止ボタンを押しました。
 玄関のドアを開けると、そこには見知らぬ人が立っていました。
 背が高くて全体的に細く、スレンダーという言葉が似合います。
 肩まで伸びた髪は絹糸の様に美しく、瞳は青玉の様に冷たく輝いていました。
 ここまでなら、クールビューティーとでも書いてしまえば済むのですが……。
「田毎の月の曇る夜に、雲を消さんと現れる。儚げな恋の行く末を、明るい未来に変えましょう。恋する乙女の如意宝珠! 魔法少女、マジカル☆なっちゃん参上!」
 その服は主にピンクと赤と白で出来ていて、そこら中に少女趣味なフリフリが付いています。
 スカートは下着が見える直前の短さで、白いオーバーニーソとの間に展開される絶対領域が堪りません。
 頭には白くて柔らかそうな猫耳が付いていて、思わず触ってみたくなります。
 持っている杖の先端には、やはり可愛らしい宝石が付いているのでした。
 背格好と比べて余りにもアンバランスな服を着ているその人に、アリスは声も出ません。
 まして、開口一番で痛々しい口上を述べられては、引くしかありませんでした。
 痛々しいその人も、口上を述べただけで、重たい静寂が二人に圧し掛かります。
 それに耐えられなくなったのか、その人は逃げ出しました。
 しかし、足音はすぐ近くで止み、どこからか話し声が聞こえます。
「秋原さん! 此の空気、如何して下さるんですか!?」
「ふむ。やはり、なっちゃんには黒の方が良いかも知れんな。ヒロインのライバルキャラなら、迷う事無く黒を選んだのだが」
「そんな問題ではなくでですね…………」
「あと、魔法少女と言い張る以上、使い魔が欲しい。日曜の朝に似合う、可愛らしいマスコット的なキャラだ。最近の子供は金持ち故、ぬいぐるみ化すれば、少々ぼったくっても判るまい」
「秋原さん……其れは流石に如何かと……」
「ふっ。流石のなっちゃんも、魔法少女で生々しい話はされたくない、か。何せ、貴様の子供の頃の夢は、『魔法使いになって世界を」
「わ――――――――――!!!」


 少し経って、痛々しい人は一人の男性を引き連れて戻ってきました。
 そして、何事も無かったかの様に話し始めます。
 先ほどの口上とは打って変わって、事務的な口調と声色です。
「先程は失礼しました。魔法少女のナツメと申します。こちらの変態は、私のマネージャー兼首謀者の秋原です」
「変態という名の紳士、秋原だ」
「は、はあ……」
 何だか絡み難そうな人が二人も現れ、アリスは戸惑いを隠せません。
 要りもしない浄水器でも売り付けられたら……と、不安が薄い胸を渦巻きます。
 特にナツメの横に居る秋原は、一人だけ横文字でないという空気の読めなさです。
 信頼する方が、どうかしているでしょう。
「今回此処に来た理由は、他でもない、貴女を舞踏会に連れて行く為です」
「えっ……ほ、ホントに!?」
 思いもよらぬナツメの言葉に、アリスは声が上擦ります。
 しかし、彼らの反応を見る限り、どうやら嘘ではなさそうです。
「でも、馬車も無いのにどうやって……?」
「何の為の魔法少女だと思っておる。なっちゃん、お披露目の時間だ」
「判りました」
 ナツメが答えると、秋原は何やら準備を始めました。
 アリスの家の前に、三角木馬、痛車、そして二千円札が並びます。
 訳の判らない品々に、アリスは首を傾げました。
 一体これで、どうやってお城へ行けというのでしょう。
 縛らない木馬責めなんて興奮しませんし、車の免許も持っていません。
 電車を使おうにも、近所の駅の改札口は二千円札に見対応です。
「さあなっちゃん、恋の呪文を唱えるのだ!」
「少々恥じらいを覚えますが、仕方無いですね」
 ナツメは杖を握り直し、息を整えました。
 ナツメの周りに魔方陣が浮かび上がり、神々しい空気が流れます。
 何かを告げるかの様に荒ぶる風が、スカートを捲り上げました。
 縞の下着が見えている事に気付き、慌ててスカートを押さえながら唱えます。
「メルヘン、クーヘン、安和の変! 我は請う! 彼の者達よ、うら若き乙女の恋を導く架け橋と成れ!」
 話す時の事務的な口調からは想像出来ない程に可愛らしい声が、辺りに響き渡りました。
 すると、三角木馬と痛車と二千円札が、眩い光に包まれます。
 世闇に目が慣れた頃の事なので、アリスは目を開けていられません。
 アリスが次に目を開いた時、彼女はとても驚きました。
 三角木馬は雄々しい馬に、痛車は立派な馬車になっていたのです。
「す、スゴい……これが魔法……!? でも、誰が馬車を運転するの?」
「あ、あの……僭越ながら、僕が……」
 アリスの問いに、少し弱々しい声で誰かが答えました。
 秋原の声でも、ナツメの声でもない声です。
 一体誰なのか、アリスは周囲を見渡しました。
 しかし、それらしい人影は見当りません。
「あの、こ、ここです」
 再び声が聞こえ、アリスは声がする方を向きます。
 そこに、確かに彼は居ました。
 存在感が薄く、目を凝らさなければ気付かないでしょう。
 喩えるなら、欠席している事にすら気付いて貰えなさそうな人です。
「どうも初めまして、ホリと申します。先程の二千円札なんですけど……判りますか?」
 秋原とナツメの方を向き、アリスは言いました。
「ボク、二千円札の方が良いな」
「ふむ、確かに。二千円札は両替すれば済むが、これはそうもいかん」
「では、元に戻して、何か食べに行きますか」
「呼んだのに!?」


 どうにかホリも戻されずに済み、交通手段は整いました。
「さあ、往きなさい」
「ちょ、ちょっと待って」
 ナツメに促されますが、アリスはまだ躊躇います。
「皆余所行きの服なのに、ボクだけゴスロリなんて着て行けないよ。それに……その……ボク、こんなに身体が小さいから……」
 アリスの声が先細りになり、とうとう聞こえなくなりました。
 どうやら、自分の体型や服装を気にしている様です。
 百四十にも満たない身長に、舗装されたかの様に平らな胸。
 その上ゴスロリを着ているとなれば、小学生に間違われても不思議ではないでしょう。
 それを察したナツメは、腕を組んで考えます。
「……では、貴女は如何成りたいのですか?」
「えっと……」
 アリスは少し考え込み家の中へ引っ込みました。
 そして、手に何かを持って戻ってきます。
「このコみたいに、身長伸ばして、たゆんたゆんのむちむちにして欲しいな」
「な!? な、な、なな、なななな何故貴女がそんな物を!?」
 アリスがナツメに見せたのは、先程まで見ていたAVのパッケージでした。
 スタイルの良い女性が、ライトノベルでは描写出来ない状態でジャケットになっています。
 ナツメは狼狽し、赤面した顔を両手で覆いました。
「なっちゃんは思いの外純だからな。職業柄で十八禁ゲームには慣れたが、三次元のエロには耐性が無いのだ」
 秋原が暴露し終えたところで、どうにかナツメは平静を取り戻しました。
 とは言え、まだ頬には熱が残っています。
「と、兎に角、体型を大人にして欲しい、と。如何しますか、秋原さん?」
「ふむ……俺はゴスロリ幼女も大歓迎だが、本人の望みとあれば仕方あるまい。それに、魔法少女モノに、大人への変身は付き物だ。故に許可する」
「判りました」
 秋原に返答を貰うと、ナツメはアリスの方を向きました。
「……だそうです。少々難易度の高い魔法を使うので、先に精神統一をさせて下さい」
「う、うん」
 ついに夢が叶う事になり、アリスは緊張の面持ちで頷きます。
 憧れる事しか出来なかった、小学生に間違われない生活。
 それがいよいよ実現するのですから、期待するのも無理はありません。
 ナツメは杖を握って目を閉じ、精神を整え始めました。
 正確には、AVのパッケージを見せられたショックを拭おうとしているのでしょう。
 秋原は何やら機材の準備をしていますが、それが何なのか窺い知る事は出来ません。
 さっさと馬車の準備に追いやられたホリは、一人空しく馬と戯れているのでした。
「……人参、食べます?」


「では、そろそろ始めましょう」
 数分後に準備が整い、自然と空気が張り詰めました。
 変身する当人であるアリスの緊張感も、最高潮に達します。
 厳かな雰囲気を保ちながら、ナツメが杖をバトンの様に振り回しました。
 先程よりも複雑な形をした魔法陣が、ナツメの周りに浮かび上がります。
 舞い上がる様に風が吹き、またもやスカートが捲れますが、ナツメは気にも留めません。
 この魔法が、それ程までに難しいという事なのでしょう。
 縞模様の下着を惜し気も無く晒しながら、ナツメは高らかに唱えました。
「メルヘン、クーヘン、薬子の変! 我は請う! 彼の乙女が理に逆らう刹那を赦し賜え。彼女の御身に神々の息吹を。其の行く末には女神の祝福を!」
 相変わらずの可愛らしい声で、ナツメは詠唱を終えました。
 すると、今度はアリスの足元に魔法陣が現れます。
 そこから光が放たれ、アリスの身体を包みました。
「うわぁ!? こ、これは……!?」
「御心配無く。痛い思いはしませんよ。其れ程掛かりませんから、身を委ねなさい」
「う、うん……」
 ナツメに言われ、アリスはその通り光に身を委ねました。
 温かい感触が全身を包み、湯船に浮かんでいるかの様です。
 アリスの意識は、湯煎にかけたチョコレートの様にとろけていきました。
 目を開けたまま夢を見ている様な状態で、アリスの変身が始まります。
 真っ先に、一糸纏わぬ姿になるのはお約束。
 何だかんだで大事な部分は見えませんが、それでこそ夢が膨らむというものです。
 背が伸び、胸が膨らみ、肉付きが良くなり、見る見るうちに大人の身体になっていきます。
 そして、アリスを包む光のヴェールが、煌びやかなドレスに変わりました。
 何もかもが終わり、魔方陣が夜闇へと消えていきます。
「ん……う〜ん……」
 夢心地だったアリスの意識が戻る頃には、秋原は既にカメラを仕舞っていました。
 レンズを太陽観測で使いそうなフィルターで覆っているので、さぞかし良いものが撮れたのでしょう。
 白々しいくらいに手際良く、秋原は大きな鏡を用意しました。
 何も知らないアリスは、鏡で自分の姿を確認します。
「うわぁ……! これがボク!?」
 見違えた自分の姿に、アリスは感嘆の声を漏らすばかりでした。
 身長が伸びた所為か、世界を見る目線すら変わった様に感じます。
 ブラすら要らなかった『まな板』の上に出来上がった、やや小振りながらも見事な双丘。
 ほんの少し前までは叶わなかった、美しい曲線を描いた腰のライン。
 鉋をかけた木材の様に、いつまでも触っていたくなる肌。
 そのどれもが、ついさっきまでの幼児体型とはかけ離れていました。
 そして、そんな身体を丁重に包む、雪原の様に真っ白なドレス。
 余所行きなど着た事が無いであろうアリスに配慮してか、スカート丈が膝までしかありません。
 動き易いと同時に、健康的な生足が露出されています。
 ガラスで出来た靴は、歩き易い様に、ヒールを低くしていました。
 その他の箇所も、過多な装飾は施されておらず、機能性重視の様です。
 それは、アリスが元来持つ、無垢で活発なイメージを前面に押し出していました。
「悦んで戴けたなら幸いですが……本当に良かったのですか、秋原さん?」
 嬉しそうに全身を見るアリスに対して、ナツメは複雑な表情を浮かべます。
「慥かに、魔法少女の変身に於いて、大人への変身は定番です。視聴者層である年端も行かない幼女は、大人に成る事を切望していますから。然し、第二の視聴者層である『大きな御友達』の中には、魔法『少女』目当ての人も少なくありません。幼女の成長に、不満を抱く者が現れる可能性も否定出来ませんが……?」
 今現在、全力疾走で魔法少女をしている者からとは思えない質問内容でした。
 そんな問いに、秋原は腕組みをして頷きます。
「貴様の言う事は概ね正しいぞ、なっちゃん。企業側としても、資金に優れる『大きなお友達』の反感は買いたくないであろうしな。だが、ホイホイと『大きなお友達』の意見ばかり聞いている訳にはいくまい。下手をすれば、世の魔法少女が全て、子供が手の出しにくいOVAになってしまう恐れもある。子供の夢を奪う様な輩など、『漢』と言い張る資格も無いわ。我々『大きなお友達』には、公式が叶えられなかった夢を叶える『同人誌』があるしな。ロリやエロや裸や触手が足りなければ、ファンが補えば良いだけの事だ」
「然うですか……ま、貴方が良いのなら構いませんが」
 童話が舞台であるにも関わらず、二人の会話は生々しいものでした。
 この二人に空気を読ませる事は、虎をベジタリアンにするよりも難しいでしょう。
「あ、あの……ちょっと良いかな?」
 魅入る余り何も聞いていなかったアリスが、やや遠慮がちに声を掛けました。
「よくよく見たら……ボクが見せたAVのコ、もっと胸大きかったよね?」
 どうやら、まだ胸の大きさに不満があるようでした。
 先程までバストサイズがAAだったとは、到底思えない内容の不満です。
 下の毛も生えていないのに、心臓には毛が生えているのでしょうか。
 人とは恐ろしい生き物で、その欲望には果てがありません。
「生憎ですが、其れが私の限界です。一応云っておきますが、其れはBカップですよ? 御先真っ暗な貴女のバストのサイズが二つも上がったのですから、充分過ぎると思いますが」
 そんなアリスを、ナツメはバッサリと切り捨てました。
 ここまで言う魔法少女も、ある意味珍しいでしょう。
「ふむ……Bカップか。なかなか良い仕事をしたではないか、なっちゃん。決してある訳ではないが、無い訳ではない。この何とも言えぬ感覚が堪らん。黒でもなく白でもない灰色……オセロで喩えるなら、縦だな。そして、オセロで駒が縦に立つ事など滅多に無い。即ちBカップとは、選ばれし者のみに許される奇跡の賜物なのだ!」
「話の最中に失礼ですが、日本人女性の三割弱はBで、最多だそうですよ」
 秋原が語り出しますが、今回は少々無理があった様です。
 ナツメにツッコミを受けますが、秋原はそんな事を気に留める小さな漢ではありません。
 語らなければ死ぬ。それが漢達のルールなのですから。
「Bカップの胸を真の意味で堪能するには、正面から見るばかりではいかん。側面に回り、緩やかなカーブを描いた身体のラインを吟味するのが通の常識。あらゆる角度から観察し、時として触り、必要に応じて挟ませる。胸とは……芸術とは、己が五感で感じ、魂に刻み込むものなのだ!」
「いっそ、逮捕歴を人生に刻み込んでは如何ですか」
 国家権力に狙われかねない発言さえ躊躇わない秋原を、ナツメはやはりバッサリと切り捨てるのでした。
「兎に角、此れ以上は如何する事も出来ません。未だ文句が有るなら、元のゴスロリ幼女に戻しますよ」
「むぅ、判ったよ……」
 これ以上秋原に暴走されない為に、さっさと話を進める為に、ナツメはさっさと話を進めます。
 アリスはまだ納得出来ていない模様ですが、知った事ではありません。
 馬相手に与太話をしていたホリを蹴り倒し、アリスを馬車に乗せます。
「其の姿で居られるのは、十二時の鐘が鳴る迄です。卑猥なアニメの様に全裸に成る事は有りませんが、元のゴスロリ幼女に戻ってしまうので、直ぐに帰って下さい」
「え〜!? オトナは深夜に燃えるんだよ!? アニメだって深夜がゴールデンだし」
「私の門限は、一昨年まで五時でした。贅沢云うなら、今度は身長縮めますよ」
 いちいち文句をつけてくるアリスに、ナツメは切り札の一言を使います。
 アリスは真っ青になり、それ以降何も言わなくなりました。
「あの……ちょっと良いですか?」
 今度は、ホリが控えめに声を掛けてきます。
 存在感は空気の癖に、空気が読めない奴です。
 カリカリした様子で、ナツメは続きを促しました。
「この馬、ライト付いてないんですけど」
 余りにも世界観ぶち壊しの発言ですが、運転は安全第一です。
 馬車は軽車両扱いなので、夜間の無点灯運転は罰則の対象になります。
 とうとうキレたナツメを宥めつつ、秋原が堀に渡したのは、
「……坑夫ですか僕は」
 ヘッドランプでした。
 ようやく準備が整い、馬車が動き出します。
 蹄の音がリズミカルに鳴り、それに付いて行く様に、馬車が引っ張られていきました。
 やはりまんざらでもないらしく、馬車の中で、アリスは一人胸の柔らかい感触を楽しんでいるのでした。


「……ふむ、これで俺となっちゃんの出番は終わりか」
「散々脱線しましたし、もう充分でしょう。全く、私に無理矢理こんな服を着せて……何処の需要ですか」
「その割には、なかなかノリノリだったと思うが」
「然う思うのなら、ご自由にどうぞ。私は否定しますけど」
「ならば、その服は回収しよう。クリーニングに出して、再利用するからな」
「え!? 呉れないんですか!?」
「ほう……不要ではないのか」
「あっ!? ち、違います! 貴方が想像している様な事は断じて在りません! 私は……えっと……何て言おう……あ、そうだ。……他人が此れを着るのが厭なんです。私が嘗て着ていた服を、何処の誰かも知らない族が着るなんて、想像する丈で虫唾が走ります」
「…………ふっ」
「な、何ですかその眼は!? 違うと云っているのが解りませんか!? 可愛いから時々着てみたいとか、憧れの魔法少女に成りたいとか、一人ファッションショーで使いたいとか、そんな事は一切考えていませんから! ……だからさっきから何なんですか!? 証拠でも在るんですか!? こら、ま、待ちなさい!」


 アリスを乗せた馬車は、何事も無く城に到着しました。
 途中で豆腐屋の車と峠を攻め合ったりもしましたが、童話ではよくある事なので省略します。
 王族の住まう場所だけあって、その外観は、見る者を圧倒します。
 滅多に外を出歩かないアリスですから、尚更でした。
 一人で入るのは不安なので、ホリと一緒に入ろうと思ったのですが、
「実は、お城の駐車場が満車だったので、傍のスーパーの駐車場に留めたんです。レシートがあれば駐車料金がタダになるそうなので、僕は買い物してきますね」
 ホリはスーパーに行ってしまったので、止むを得ず一人で入る事になりました。
 従者の厚遇に緊張しながら足を踏み入れたアリスは、再び驚く事になります。
 煌々と輝くシャンデリアに、敷き詰められた赤い絨毯の海。
 近づく事すら恐れ多い、職人の技と魂を感じるアンティークの数々。
 育ちの良さを感じさせる紳士淑女に、雰囲気に浮かれつつも鋭い眼光を持つ守衛の兵士達。
 何もかもが、贅の限りを尽くしていました。
「うわぁ……スゴい……」
 圧倒されて溜息を漏らしながら、アリスは城内を歩き回ります。
 見る物全てが威光を放ち、アリスの目に焼き付きました。
 その姿は明らかにお上りさんでしたが、そんな事は気にも留めません。
 舞踏会の会場に着いた時には、すっかり夢現に浸っていました。
 そんなアリスを目覚めさせたのは、荘厳且つ流麗なオーケストラ。
 はっと目を見開くと、広大なその部屋では、華々しい男女がひしめき合う様に、それでいてどこか規則的に踊っています。
 この中のどこかにアカリとユウもいるのでしょうが、とても見付けられません。
 暫く虜にされていたアリスですが、我に返り、人々の間を縫う様に歩き始めます。
 来てみたのは良いものの、何をどうすれば良いのか、さっぱり判りません。
 ナツメと秋原によって背と胸が大きくなり、綺麗なドレスを貰ったものの、このお城には綺麗な人がたくさんいます。
 何度か人にぶつかりながら、ひとまず部屋の隅に逃げた時には、もうへとへとになっていました。
「……やっぱり、場違いだったのかな。あはは……」
 その場に座り込み、自嘲気味にアリスは笑います。
 見た目だけ繕っても、振る舞いまでは真似出来なかったのです。
 熱が冷め、次第に自分に向けられた声が聞こえてきました。
 それは、不遜な哀れみや、卑劣な雑言ばかりでした。
 悔しさの余り、アリスは涙が溢れそうになります。
 言い返せない事実だからこそ、尚更でした。
 もう諦めて帰ろうかと、アリスが思ったその時……。
「大丈夫か?」
 一人の男性が、アリスに手を差し伸べました。
 燕尾服を身に纏い、歳は十代後半くらいでしょうか。
「え!? いや、あの、ボク……じゃなかった、私は別に、その」
 突然の事に戸惑いつつも、アリスはその手を掴みました。
「無理に取り繕わなくて良いよ、お上りさん」
「や、やっぱり判るんだ……」
 予想通りすぐに見抜かれてしまい、アリスは落ち込みます。
 やはり、自分は場違いな存在なのでしょうか。
「気にする事は無い。ここにいる奴等だって、初めから勝手を知ってた訳じゃないんだし」
 俯くアリスに、彼は優しく話しかけます。
 そして、立たせたアリスに再び手を差し出しました。
 その意図が読み取れず、アリスは首を傾げます。
 もしかして、手を貸した料金でもせびるのかと勘繰るのですが、
「良かったら、俺と踊らないか? せっかくだから教えてやるよ」
 気持ち良い程に外れてしまい、アリスは申し訳無い気持ちになりました。
 恥ずかしそうに顔を俯かせ、伸べられた手を掴みます。
 こうして、アリスは嬉し恥ずかし舞踏会デビューを果たすのでした。


 アリスは、サポートされながら踊り始めました。
 何分初めてなものですから、その動きはぎこちないものです。
 それでも、煌びやかな舞台で踊れる事は、アリスにとって感動的でした。
 物語のお姫様の様な展開に、アリスはすっかり酔いしれてしまいます。
「おっと、危ない」
 他の人にぶつかりそうな事に気付かないアリスを、彼は引き寄せて避けさせました。
 自然と抱き付くような形になり、アリスは顔を真っ赤に染めます。
「ふぇ!? ……あ、ご、ゴメンね、ボーっとしてて」
「別に良いよ。一夜の夢、存分に楽しんでくれ」
 更にこんな事を言われてしまい、アリスはますます夢現に浸ってしまうのでした。
 やがて、多少のミスは彼がフォローしてくれるので、のびのびと踊る事が出来ると気付きます。
 次第に、アリスの動きが滑らかになっていきました。
「お、飲み込みが早いな。その辺の貴族よりよっぽど上手いぞ」
 アリスの上達を肌で感じた彼が、嬉しそうに言います。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はフジワラ。君は?」
「ぼ、ボクは……」
 フジワラに問われ、アリスは悩みました。
 今、ここで名乗ったとしても、これは言葉通り一夜の夢。
 十二時の鐘が鳴れば、幼女体型に逆戻りです。
 名乗っても、お互いに辛くなるだけでしょう。
「……まあ、名乗りたくないなら、無理には訊かないよ」
「う、うん。ゴメンね。せっかく親切にしてくれたのに……」
「構わないから、そう辛気臭い顔するなって」
 俯くアリスに、フジワラは優しい表情で言います。
 足取りが重くなったアリスの為に、少し踊りの速度を落としました。
 そして、抱き寄せるようにして間隔を詰めます。
「俺は、君に手を差し伸べただけだ。その手を取ったのは君自身だろ? こうして踊れるようになったのは、君自身の努力の賜物。もっと胸張って良いんだぞ。それに、そんな綺麗な顔を隠すなんて、人が悪いが思うけどな」
 フジワラに囁かれ、アリスは尚更俯きました。
 頬が熱を帯びている事に気付いたからです。
 上流階級の格式高い振る舞いとは縁遠いですが、彼の言葉には惹かれるものがあります。
 お上りさんな自分を嘲る事もなく、当然の様に優しく接してくれる彼に、アリスは心奪われてしまったのでした。
「これでも昔は、好きで家臣の子供の面倒を見たりしたし、手の掛かる奴には慣れて……おーい、聞いてるか?」
「……ふぇ!? な、何、お兄ちゃん?」
 夢心地だったアリスは、反射的にこう応えてしまいました。
 そして、自分がした事を遅れて理解し、これ以上無いという程赤くなります。
 寝ぼけて先生をお母さんと呼んでしまった小学生の様な気分です。
 何故、身内に兄のいないアリスが、フジワラをそう呼んでしまったのでしょう。
 アリス自身にも、理由はよく判りませんでした。
 ですが、彼を見ていると、何故だかそう呼びたくなってしまうのです。
 まるで、嘗て彼をそう呼んでいた時期があったかの様です。
「お兄ちゃん、か……。何故か判らないけど、懐かしい響きだな。君がそう望むなら、俺は別に、そう呼んでくれて構わないぜ。寧ろ呼んでくれ」
「う、うん……お兄ちゃん」
 笑って応じるフジワラに、アリスははにかみながら言いました。
 彼をそう呼ぶ度に、胸の奥から、甘ったるい感覚が染み出てきます。
 全身をそれで染め上げたくて、アリスは何度も彼を呼ぶのでした。


 三十六回目の呼び掛けの時、十二時の鐘が鳴り響きます。
 その瞬間、アリスは一気に現実に引き戻されました。
 この鐘が鳴り終わるまでに戻らなければ、本来の背も胸も小さいゴスロリ姿を晒してしまいます。
 アリスは血相を変え、考えるよりも早く駆け出します。
「お、おい!? どこ行くんだ!?」
 フジワラの声を振り切るかの様に、わき目も振らずに走りました。
 丈の短いドレスなので、アリスは軽快にその場を去っていきます。
 たった一つ、落し物をその場に残して。
 城から出たアリスは、買い物を終えたホリと合流し、馬車で一目散に家に帰りました。
 家に着いた途端、アリス自身とそのドレス、馬車とホリが光を放ちます。
「うわぁ!? こ、これは!?」
「魔法が切れるみたいですね。これで、もうお別れです。後片付けはお任せします」
 ホリが告げると同時に、目も開けていられない程の輝きが周囲を包みます。
 アリスが目を開いた時には、何もかもが元通りになっていました。
 何もかもが夢だったのでは、という思いを否定してくれるのは、ホリの買い物袋です。
 祭りの後の侘しさを感じつつ、アリスはホリが買った物や魔法が解けた物等を片付け、自室のベッドに飛び込みました。
 心の中は、フジワラの事でいっぱいです。
 右も左も判らない自分に、とても親切にしてくれたフジワラ。
 彼からは、並々ならぬ何かを感じました。
 もしも、前世や生まれ変わりがあるとすれば、彼と恋人同士だったのかも知れません。
 許されるのなら、もう一度会いたい。
 しかし、普段のアリスには、とてもあの様な場所へ行く事は出来ません。
 一夜限りの夢……アリスはその言葉を噛み締めました。
「……AVの続きでも見ようかな。突然過ぎて、途中だったし」
 誰にでもなく呟き、アリスはDVDレコーダーのリモコンを探します。
 その時、大変な事に気付きました。
「……あ! お、落としてきちゃった……どうしよう……!?」


 次の日、朝から国中が大騒ぎでした。
 舞踏会で落し物が見つかり、城の者が落とし主を一軒一軒探しているのです。
 手がかりは、女性である事と簡単な見た目だけ。
 城内での落し物は、事務所まで取りに行くのが通例なのに、落とし主へ届けに行くのは珍しい事です。
 何よりも驚くべくは、王子がその持ち主とお付き合いしたいと申された事でした。
 様々な令嬢との縁談を、王に反発してまで拒み続けた王子様。
 そんな彼の心を射止めた女性は、どの様な人なのか。
 巨乳、貧乳、お姉さん、幼女、獣耳、巫女、メイド、ナース、委員長、ツンデレ……。
 とにかく、様々な憶測が飛び交います。
 有名人のゴシップで色めき立っている最中に、アリスの家にも城の者が現れるのでした。
「はい、どちら様ですか?」
 アカリとユウが、外に出て応じます。
「どうも。城の従者役を兼ねているホリです。昨晩の舞踏会の際に、落し物をされた方がいまして。落とし主の方とお付き合いしたいと王子様が仰っているので、こうして探しているんです」
「は、はあ……。それで、どの様な物を?」
「これなんですけど……」
 ホリがそれを出した途端、アカリはユウの両目を手で覆いました。
 アカリ自身も、それから目を背けます。
「し、ししし知りません! そんなは、は、破廉恥な物!」
「姉さん、見えないよ。何なの?」
「見てはいけません!」
 アカリは顔を真っ赤にして叫びました。
「そうですか……。ここも違う、と。はあ……いつになったら終わるんでしょうか」
 ホリは、落し物であるAVのパッケージを眺め、溜息を吐きます。
「この近くのレンタルビデオ屋が貸し出してる物みたいなんですけど、借りている人の会員証が嘘っぱちだったみたいで。草の根作戦と人海戦術でいくしかないですね。短期バイトでも雇いましょうか……」
 ホリが会釈をし、次の家に向かおうとした時。
「あ! それ!」
 アリスが家から飛び出し、ホリからAVのパッケージを引っ手繰りました。
「良かったぁ……これが無いと弁償だもん。どうしようかと思ったよ。わざわざありがとね。AV借りれるように会員証偽造したから、探すの苦労したでしょ?」
 心底嬉しそうに、アリスは返ってきたそれに頬擦りをします。
 ナツメに見せた後、そのまま城に持ち込んでしまった上に落としてしまったので、返ってくるとは思ってもいなかったのです。
 ホリも、アカリも、ユウも、しばらく呆気に取られていました。
「そ、そんな……アリスも舞踏会に来てたの!?」
「火の元と戸締りは大丈夫だったのでしょうか……」
「驚くところ、そこじゃないと思いますよ」
 ホリが、思わずアカリとユウにツッコみます。
 ちなみに、火の元や戸締りは、秋原とナツメがあの後やってくれました。
「でも変ですね……僕が聞いた話ですと、もう少し背が高くて、胸もあって……。少なくとも、こんな小学生みたいな人じゃない筈なんですけど」
「むぅ、小学生じゃないもん!」
 アリスが頬を膨らませた時、どこからか声がしました。
「もう良いよ、ホリ。その娘で間違い無い」
「あ! お、王子!?」
 ホリが驚いて道を空けます。
 そこに現れたのは、フジワラでした。
 昨日と違い、威厳を漂わせる豪勢な服装をしています。
 が、彼にとっては、どうやら堅苦しいものでしかない様でした。
 フジワラが、アリスの目の前に立ちます。
「王子!? お、お兄ちゃん……キミは一体……?」
「俺をそう呼ぶのは、世界でただ一人。やっぱり君だな」
 アリスの問いに答えず、フジワラは微笑みました。
「あ、アリス! 知らないんですか!? その方は……!」
 アカリは血相を変えますが、声が震えて続きが出ません。
 フジワラは片膝を突き、アリスの手を取ります。
「私はフジワラ家第一王子ミツル。一国の王子という、踏ん反り返る事を生業としている者です」
 そう言うと、アリスの手の甲に挨拶代わりのキスをしました。
 展開に付いて行けないアリスは、驚くばかりです。
 AVのパッケージを無くした事をどう弁明するかで、先程まで頭がいっぱいだったのですから。
「身分を隠していた事は、悪かったと思う。俺、あんまり自分の地位が好きじゃなくてさ……対等に付き合える人が欲しかったんだ。でも、皆は俺が王子だからって畏まって、舞踏会の相手すらして貰えない。偶にしてくれる奴は、物欲で目がギラギラしてるしな。そして、君を見付けたって訳さ。知らなかったからとは言え、君は俺に一人の人間として接してくれた。短い時間だったけど、君からは確かに、運命の様なものを感じたんだ。もし、別の世界があるとすれば、俺と君はきっと、幸せを築いているんだろう、って。俺は、自分の代になったら、王政を取り壊し、全ての人が平等な国にしたいと思っている。上の者が抱く孤独も、下の者が感じる卑屈も、俺の代で過去に葬り去りたいんだ。その時に、君に……俺を俺として見てくれた初めての人に、傍にいて欲しい。どうか、せめて、友達からでも始めて貰えないであろうか?」
「ぼ、ボクは……ボクは……」
 いきなり告白までされてしまい、アリスは失神寸前です。
 あらゆる色が混ざり、真っ白になってしまった頭の中で、一つだけ思った事がありました。
 ――この思いに、応えてあげなくちゃ。
 フジワラの真摯な思いに応えないまま、失神する訳にはいきませんでした。
 何とか気を持ち直し、アリスはたどたどしい口調で答えます。
「ぼ、ボクも、その……初めて舞踏会に参加したボクに、お兄ちゃんが優しくしてくれて……スゴく嬉しかったよ。帰ってからも、お兄ちゃんの事を考えると、胸がこう……キューってなっちゃって。もしかして、これって運命……かも、とか考えてたんだ。だ、だから、その……」
 なかなか結論に辿り着けず、自分自身に業を煮やしたアリスは、
「ボクも好きです! 結婚して下さい!」
 かなり思い切った事を叫んだのでした。
 飛びついたアリスを、フジワラはしっかりと抱きとめます。
 フジワラの胸の中で、アリスは幸せの絶頂でした。
 温かくて優しい感触は、どこか懐かしさを感じさせます。
 もしかしたら、ずっとずっと前に、同じ人に抱きついた事があるのかも知れません。
 今はただ、溢れ出す愛しさのままに、力強く抱き付くのでした。
 頬の熱が引いた頃、アリスは顔を上げ、フジワラの顔を見ます。
「でも、ボクなんかで本当に良いの? ボクだって姿を騙してたのに」
「身分を隠した俺と、見た目を偽った君。お似合いだろ? それに、俺は……」
 途端、フジワラの身体が輝き始めました。
 思わず目を閉じながら、アリスはその光に見覚えがある事を思い出します。
 ――確か、ボクが変身した時にも……。
 アリスが目を開けると、そこにフジワラはいませんでした。
 代わりに現れたのは、十台半ばと思われるポニーテールの少女。
「幼い方がイケるクチっスから!」
「え……えぇえええええええええええええええッ!?」
 断末魔にも似た声を上げるアリスを、少女は力強く抱きしめました。
「嗚呼、夢オチ初登場の私が、望月さんと結ばれるなんて、夢にも思わなかったっス。最後の最後まで出番を待った甲斐があったというものっス。ロリコン大勝利っス!」
 少女に抱かれながら、アリスは彼女に対しても感じていました。
 フジワラにも劣らない、次元を超えた縁を。
 もし、前世や生まれ変わりがあるとすれば、彼女は……捕食者だったのでしょう。
「さあ望月さん、私と共に築くっス。平等な……同性や子供との婚姻が可能な国を!」
「だ、誰か助けてぇえええええええええええええええええええええええッ!」
 こうして、アリスと真琴は、いつまでも幸せに暮らしたのでした。
 めでたし、めでたし。
「ちっともめでたくない!」



閑話その五 完



第六話 家のどこかに踊る影

「では、留守をお願いしますね」
 とある休日の午後。
 明は、買い物の為に藤原宅を後にした。
 残されたのは、藤原と夕の二人。
 この日も、二人はごく普通に過ごしていた。
 二人とも各々の部屋で、藤原は詰め将棋をし、夕は難しい論文を読みふける。
 何も変わらない一時、の筈であった。
 夕が、喉を潤そうと台所を訪れる。
「何か無いかなーっと。……ん?」
 ふと、夕は台所に何かが存在する事に気付いた。
 フローリングの床に、明らかにそれの色とは似つかない何か。
 落し物か何かだろうか。
 夕はその場にしゃがみ、目を凝らしてみる。


「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 夕の断末魔にすら似た悲鳴を聞き、藤原が台所に現れた。
「一体どうしたんだ……また麦茶とコーヒーを間違えて飲ん」
 尋ねる間も無く、夕が体当たりの様に飛び込んでくる。
 アリス程に軽くはないので、藤原は思わず一歩下がった。
「み、みみみみ光! あ、あ、あああ、あああああそこに! あの、ああああアレが……!」
「やる気の無いRPGの勇者か」
 やたら『あ』を連呼する夕に溜息を吐きつつ、藤原は指された方を見る。
 そこは、台所の床の上。
 目を凝らすと、黒い何かがそこにあった。
 心なしか、油でも塗ったかの様にてかてかしている。
 更に目を凝らしてみると……。
「さて、詰め将棋の続き、と……」
「待って! 私を置いて行かないで! 見捨てないで!」
 部屋から逃げ出そうとする藤原を、夕は必死に引き止めた。
「夕が見付けたんだし、お前が何とかするのが筋だろ」
「無理無理無理無理無理無理! 絶対無理!」
 首をブンブンと左右に振る夕。
 その目は、早くも半泣きであった。
「ほら、珍しいカブト虫の雌だと思えば」
「思える訳無いでしょ! あんなカサカサ動くカブト虫見た事無いよ!」
「でも、俺は詰め将棋の続きが……」
「先にあっちの王を詰めて! 台所の魔王を詰めて! 将棋部部長でしょ!」
「それを言ったら、お前は将棋部顧問だろう」
「わ、私は無理だもん! 将棋とチェスをごっちゃにしていて、まともに指す事すら出来ないんだから!」
「開き直って言う事かよ……。だったら、キングを詰めたら良いだろ。得意なんだろ?」
「あんなのキングじゃないもん! クイーンだもん! それとも何!? ポーン一個でクイーン取れって言うの!?」
「だったら、歩一枚で竜王取るのも無理だな」
「うぅ……うううううぅ……」
 論破された夕は、今にも泣き出しそうな顔で俯く。
 逃げ出したい一心の藤原も、流石に良心の呵責に苛まれた。
 それに、たとえ今逃げても、この家の現在の主として、無干渉でいられる訳が無い。
 ――第一、この事を明さんに知られたら……。
「大丈夫ですよ、光様。たとえ、貴方が夕を見捨てる様な蚤以下のゴミだとしても、私は貴方のメイドですから」
「!?」
 とんでもない想像をしてしまい、藤原は背筋が凍り付いた。
 彼女の逆鱗にだけは、絶対に触れてはならない。本能がそう告げている。
「……判ったよ。俺も手伝ってやるから泣くな」
 止む無く、藤原は魔王討伐軍に加わったのであった。


「……で、どうするんだ?」
「ち、ちょっと待ってね。今考えるから……」
 台所の前で、逃げ腰の二人が策を練り始める。
 こちらには、天下の天才貧乳教師がいるのだ。
 虫一匹如き、簡単に蹴散らしてくれる。
 藤原は、そう信じていた。
「とりあえず、アレの呼び方決めない?」
「駄目だこいつ……早く何とかしないと」
 どうやら、完全に平静を失っている様だ。
 もちろん、自分も人の事を言えた義理ではないが。
「もう『妖精』とかで良いだろ」
「止めて! 童話とか読めなくなっちゃう! 色んな所から苦情が来ちゃう!」
 投げ遣りな藤原の言葉を、夕は耳を塞いで拒んだ。
「じゃあ何か良いんだよ?」
「うーん……『台所の黒い悪魔』は?」
「どこの魔砲使いだ。しかも長いし」
 すっかり秋原に染められてしまった夕に、藤原は溜息を吐く。
 これ以上を悪化するなら、将棋部顧問を止めさせた方が良いかも知れない。
 すでに手遅れの真琴や、元から秋原と違う意味で変態だったアリスは、もう諦めているが。
「だったら、『黒い彗星』は?」
「三倍なのか三連星なのかはっきりしろ」
 律儀にツッコむ藤原。
 この手のネタに的確にツッコめる様になってしまったのは、果たして成長なのだろうか。
「我侭ばっかり……もう光が考えてよ」
「いや、俺は別にアレ呼ばわりで構わないと思うけど」
「思春期の娘にアレ扱いされるお父さんみたいで可哀相でしょ」
「どんだけ想像力豊かなんだよ。てか、情があるのか無いのかはっきりしろよ」
 話が明々後日の方向へ跳んでいき始めた頃。
 まるで、それを戒めるかの様に、黒いそれは数センチ動く。
「きゃあああああああああああッ!」
「うわぁああああああああああッ!」
 どんなに話に熱中していても、それの動きには敏感であった。
 さながら雪山で遭難したかの様に、二人は震える身体で抱きしめ合っていた。
「……判り易く『魔王』で良いだろ、な?」
「う、うん。これっぽっちも全く意義無し!」


「という訳で、名前は『魔王』に決まったんだけど……」
 どうにか落ち着いた夕が、恐る恐る魔王の動向を見守る。
 こちらを警戒しているのか、或いは挑発しているのか、再び動く気配は無い。
 少なくとも確かなのは、風林火山の旗の如く、動かぬ魔王が威圧感を放ち続けている事である。
 山の様に動かぬ彼は、林の様に静かに居座り、風の様に疾く動き、辺りを火の海にするのだ。
「良い? 絶対刺激しちゃダメだからね」
「何か、飼い主みたいだなお前……」
 あくまで真面目に混乱している夕に、藤原は呆れながらツッコむ。
 呼び方を考えたり安静にさせたりと、夕はどうしたいのだろう。
「このままじゃ埒が明かないぞ。さっさと何とかしよう」
「判ってるってば。だから案を考えてるんだけど……」
 藤原に煽られ、夕は頭を抱えた。
 十七歳の貧乳教師は、次にどんな『名案』を思い付くのだろうか。
「そうだ! 誰か助けを呼べば良いんだ!」
「他力本願かよ……」
「別に良いでしょ。『三振すればもんじゃ焼き』って言うし」
「何でバッターに余計なプレッシャーかけるんだよ」
 恐らく、『三人寄れば文殊の知恵』と言いたいのだろう。
 こんな事を言い出す辺り、相当参っているのだろう。
 魔王が台所にさえいなければ、紅茶でも飲ませてやれるのだが。
「姉さんなら……姉さんなら何とかしてくれる!」
 ポケットから携帯電話を取り出し、震える手でボタンを押す夕。
 確かに、明ならば充分戦力になるだろう。
 メイドという、家事のエキスパートなのだから。
 しかし、明にこの事を知られれば……。
「お兄ちゃんって、魔王も倒せない根性無しだったんだ……ボク、失望したよ」
「先輩、嘘ですよね!? 将棋部部長が、そんな醜態を晒す訳無いですよね!?」
「魔王に屈する玉無しに、正義と幼女は任せられないっスね。次の校内新聞、楽しみにしておくっス」
「まさか貴様が、魔王一匹始末出来ぬとは……今日から渾名は決まったな」
「夕が困っているのに、虫一匹どうにも出来ないのですね。……失礼ですが、光様は、何の為に生きているのですか?」
「う……うわぁああああああああああ!?」
 再び恐ろしい幻聴が、それも袋叩きで襲い掛かり、藤原は慌てて夕の携帯電話を取り上げた。
「ちょ!? 何するの光!?」
「落ち着いて考えろ、夕! 十七歳が二人も揃って、魔王一匹にこの様だぞ! これ以上関係者を増やして、余計な所にこの事が漏れたらどうなる!? 俺達は町中の笑いものだぞ!」
 夕の両肩を掴み、前後に揺らしながら叫ぶ藤原。
 落ち着けと言いつつ、その様は到底落ち着いているとは言えない。
 しかし、混乱している夕を説得するには、これで充分の様だ。
「あっ……そ、そうだよね。私は教師だもん。こんな事、もし生徒達に知られたら……!」
「……俺、一応生徒なんだけど」
 何とか最悪の事態を回避出来、藤原は胸を撫で下ろすのだった。


 それから暫くの間、二人と一匹の膠着状態は続いた。
 魔王は動く事無く、藤原と夕は動ける筈も無く。
 まさに、冷戦状態であった。
 そして、その緊張感は、確実に二人の気力と体力を削いでいく。
「わ、私……もう……」
 夕の限界が近いらしく、その場に座り込んだ。
 わざわざ気遣える程の余裕は、藤原にも残されていなかった。
 どうやら、もう貧乳の策には期待出来そうにない。
 とにかく、魔王をどうにかしない事には、安息は訪れない。
 しかし、魔王に立ち向かう勇者は、ここにはいない。
 無力な村人が、二人いるだけだ。
 その上、勇者がこの村に来る事は無い。
 明をそれに当てはめても良いのだが、藤原としては、彼女に知られる前に始末したい。
 この極限の状態を、打破する手段はあるのだろうか。
 ――いや、違うな。
 すっかり弱りきっていた自分自身を、藤原は奮い立たせた。
 手段があるか否かなど、大した問題ではない。
 現実には、正義の勇者などいなければ、伝説の剣も存在しないのだ。
 ならば、村人が戦う他あるまい。
 追い詰められてからこそが本番。
 将棋という勝負の世界に身を置く藤原は、それを身を以て知っていた。
 たとえ王一枚しか残っていなくても、入玉すれば……敵陣に飛び込めば、まだ粘れる。
 援軍の望めない篭城に、未来は無い。守れないのならば、突貫あるのみだ。
「……新聞紙取ってくる」
「み、光……それって……!」
 未だ闘志を失わない藤原を、夕は驚きながら見上げる。
 藤原は何も答えず、リビングから出て行こうとした。
「ま、ままま待って!」
 が、脚を夕に縋り付かれる。
「な、何だよ!? 階段の下のクロゼットに、古新聞を取りに行くだけだぞ!?」
「その間、この部屋に私一人って事だよね?」
「まあ、三十秒かかるかどうかだけど」
「嫌! 嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌! 絶対嫌! 魔王と二人きりなんて、一秒も耐えられない!」
 今にも泣き出しそうな顔を、夕は左右に振り回した。
 ――人がせっかくやる気になったのに……。
 藤原は溜息を吐くが、夕の気持ちも解らなくはないので、責める事は出来ない。
 せめて、もう少し夕に余裕がある内に動いていれば良かった。
 ヒステリックになってしまって、到底説得出来そうにない。
「じゃあどうするんだ? スリッパは使いたくないだろ?」
「そこの新聞使ったら良いでしょ!」
 そう言って夕が指したのは、リビングのテーブルに置いてある新聞だった。
「ちょっと待てよ……あれ今日のだぞ。俺まだ読んでないんだけど」
「新聞くらい後で買うから! 私がコンビニで買ってくるから!」
 乗り気ではなかったが、夕に押され、やむを得ず今日の新聞を手に取った。
 丸めて棒状にすると、ちゃんばらで遊んだ幼い頃を思い出す。
 力で勝てないからと、アリスが金的ばかりしていた事も。
 しかし、今回ばかりはごっこ遊びではない。
 真剣ではないが、『真剣』だ。
 息を殺し、唾を飲み、狙いを定め、腕を振り上げたその時。
「うわ!? 動いた!? 動いた! うわぁああああああああッ!」
「こ、来ないでッ! 嫌! 嫌ぁああああああああああああッ!」
 再び魔王が動き出し、二人は悲鳴を上げながら後退する。
 魔王は冷蔵庫を登り、真ん中辺りで止まった。
 二人は腰が抜けてしまい、怯えた目でそれを見る事しか出来ない。
「ど、どうする夕? このままだと、下手すると逃げられるぞ」
「えぇ!? そ、そんなの嫌だよ! どこに魔王がいるかも判らない家なんて!」
 最悪の事態を想定する藤原に、夕は青ざめる。
 人の家に上がりこんでおいて言うか、と藤原は思ったが、面倒なのでスルーする事にした。
「まあ、家中でバルサン焚いてやるって手もあるけど」
「そんなんじゃダメなの! 今、目の前にいる魔王を倒せるとは限らないでしょ! どうせやるなら、せめて土地もろとも三日三晩焼き払うくらいしないと」
「出来るか!」
 滅茶苦茶な事を言い出す夕に、藤原は思わず叫ぶ。
 これで『せめて』ならば、理想は町一つ吹き飛ばすくらいだろうか。
 結局、今ここで何とかする以外になさそうだ。
 藤原は立ち上がり、再び新聞紙を手に取る。
 明に軽蔑される訳にも、夕に家を燃やされる訳にもいかない。
 魔王を見据える藤原。誘っているかの様に動かない魔王。
 暫しの間、両者の睨み合いが続いた。
「……なあ、夕」
 やがて、藤原が夕に声をかける。
「な、何? 死亡フラグでも立てるの?」
「この新聞紙、二人で持たないか? ウエディングケーキ入刀みたいに」
「え……えぇえええええええッ!?」
 共闘の申し込みに、夕は明らかに否定的だった。
 無論、こうなる事は、藤原も承知している。
「夕……お前、初めて会った日に言ったよな。明さんを支えてあげたいって。だったら、今は戦う時じゃないのか? 大好きな姉さんの為なら、魔王くらい踏み越えて行けるよな?」
「ね、姉さんの為なら……私は……!」
 怯えていた夕の瞳に、闘志の炎が芽生えた。
 藤原の隣に立ち、藤原と同じ新聞紙を手にする。
「頑張ろう、光! 魔王に入刀してやるんだから!」
 こうして、藤原は言葉巧みに道連れを手に入れたのであった。


 手と手を取り合う様に、藤原と夕は一本の筒状の新聞紙を持っていた。
 四つの目の先には、冷蔵庫に止まっている魔王。
 二人の村人が、いよいよ勇者に成り代わる時が来たのだ。
 手と手を取り合う様に、藤原と夕は一本の筒状の新聞紙を持っていた。
 四つの目の先には、冷蔵庫に止まっている魔王。
 二人の村人が、いよいよ勇者に成り代わる時が来たのだ。
「……こうしてると、本当にケーキ入刀みたいだね」
「出来れば、次はケーキ相手にしたいけどな」
「知ってる? ウエディングケーキって、ああ見えて食べられる所は少ないんだって」
「そうなのか。アリスが一回独り占めしたいって金貯めてるけど……面白そうだし黙っとくか」
「あ、でも、最近は本物のケーキを使う人も増えてるんだって。だから、大丈夫だと思うよ」
「一応訊くけど……情報源は?」
「梅田先生と今宮先生。元同級生や後輩の結婚式に参列してるんだって。本人も適齢期なんだし、自分でも挙式すれば良いのにね。……あ、相手がいないんだっけ」
「それ、絶対に他所では言うなよ……」
 話が明後日の方向へ向かおうとしているので、藤原は魔王へ向けて新聞紙を構えた。
 それに合わせて、夕も逃げ腰ながらも構える。
 魔王と村人の睨み合い。
 魔王は、受けて立つと言わんばかりにそこから動かない。
 緊張感が高まり、二人の新聞紙を握る力が強くなる。
 密着しているので、夕の心臓の高鳴りが伝わってきた。
 恐らく、こちらの高鳴りも伝わっているのだろう。
 やがて、二人の心拍のリズムが重なり……。
「どりゃぁああああああああああああッ!」
「はぁああああああああああああああッ!」
 腹の底から叫びながら、新聞紙を振り上げる。
 勢いのついた二人の勇気が、鉄槌を下さんと魔王に迫った。
「いっけぇえええええええええええええええええッ!」
 新聞紙が、快音を上げて冷蔵庫に叩き付けられる。
「や、やった……やったよ光……!」
「……ちょっと待て」
 すっかり力が抜けている夕に対して、藤原の顔は険しいままであった。
 新聞紙を退けると、そこには汚れ一つとしてなく、新聞紙も同様である。
 一度は緩んだ夕の表情が、再び青ざめていく。
「そ、そんな!? どこに逃げたの!?」
 思わず手を新聞紙から離し、後退る夕。
「見つけられる場所にいれば良いんだけ……ど……!?」
 周囲を見回した藤原が、夕を見たまま凍りついた。
「光? どうしたの急に黙って」
「あ……あ……あ……!?」
 夕の問いに、藤原は答える事が出来なかった。
 自分の目に映る光景が、到底信じられるものではなかったから。
 同時に、とても言葉に出来るものではなかったから。
 それでもどうにか夕に告げようと試みつつ、気付いて欲しいと心の底から祈った。
 そして、その祈りは通じる事になる。
 夕が、自分自身で気付いてくれたのだ。
 その長いサイドポニーの先に留まる、黒い影に。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
 絶叫マシンでも聞けない程の悲鳴が、一帯に響き渡った。
 あらゆる思考から切り離された彼女は、無我夢中で髪を振り回す。
「夕、落ち着け! そんな事して、変なとこに飛ばしたら……!」
 藤原が何とか宥めようとするが、最早誰の声も夕には届かない。
 よく解らない言葉を発しながら、魔王の魔手から逃れたい一心の様だ。
 流石は魔王。遣り口に微塵の情けも感じられない。
 振り解く事に成功したのか、魔王が夕の髪から飛び立つ。
 次に魔王が着地した場所は、
「……ちょ、な、なん……え?」
 藤原のズボンの裾だった。
 自分でも驚く程に、夕の様な悲鳴が口から出る事はなかった。
 どうやら自分は、驚くと言葉が出なくなる部類らしい。
 そんな事を考えていると、魔王が上へと登り始める。
 藤原は、それを見ている事しか出来なかった。
 頭の中が、ひっくり返した玩具箱の様に滅茶苦茶になる。
 取り留めのない頭は、刻々と顔へと迫ってくる魔王だけは明瞭に認識していた。
 ズボンからシャツへと移った辺りで、夕が我に返ったらしい。
 藤原に迫る惨状を知ると同時に、その場に座り込んでしまったが。
 胸に差し掛かった辺りから、走馬灯らしきものが見え始め……。
 真っ白に染まってゆく視界が、飛び立つ黒い羽だけを映した。


「私とした事が、財布を忘れてしまうなんて……」
 忘れ物に気付いた明は、予定よりもずっと早く帰ってきた。
「ね……ね、ね、姉さぁああああああああん!」
 玄関を開けた途端、夕が明に突っ込む。
 突然の事に戸惑う明は、それを受け止める事しか出来なかった。
 明の胸に顔を埋め、しゃくり上げる夕。
 誰もが凝視し、煩悩を持て余す胸を持つ明だが、その谷間を拠所に出来るのは、妹の特権である。
「夕!? 一体何が起きたんですか!? またコーラとコーヒーを飲み間違えたんですか!?」
「ま、まま、魔王が……魔王が飛んで……私の髪と光の服に……!」
「はい?」
 震える声で話す夕に、明は首を傾げた。
 夕からはまともな情報が得られないと判断し、明はリビングに入る。
 すると今度は、台所の入り口で、藤原が倒れていた。
「み、光様!?」
 いよいよ血相を変え、明は藤原に駆け寄り、上体を起こす。
「しっかりして下さい! 一体何が起きたんですか!?」
 身体を揺さぶり、声を掛ける明。
 それに応えたのか、藤原がうっすらと目を開けた。
「無理です駄目です無理でした本当すみません出来る限り頑張ったんですけど俺なんて所詮俺なんて……」
「光様! お気を確かに!」
 うわ言の様に呟き続ける藤原。
 顔は青ざめており、目は焦点が合っていない。
 ただならぬ事態だと判断した明は、あらゆる感覚を研ぎ澄ました。
 有事であれば、命に代えてでもこの二人を守らなければ。
 そして、明は台所の方から気配を察知する。
 息を殺し、気配の元へと向かった明は、
「…………」
 その正体――黒い体を不気味に光らせており、『魔王』も言い得て妙である――を見て、しばらく固まった。
 やがて、脱力とも安堵ともとれる溜息を吐く。
 廊下から、ドアを少し開けて覗いていた夕に、明は指示を出した。
「掃除機を持ってきて下さい」


 明の介抱によって、藤原は意識を取り戻した。
「あ、明さん……俺……」
「話は後です。先にするべき事がありますから」
 やがて、夕が掃除機を持って現れる。
 明はそれを受け取ると、床に掛ける為の先端部位を外し、管のみにした。
 普段なら、部屋の隅の掃除に使うであろうが……。
「これで吸い込んでしまいましょう」
 てきぱきとコンセントを差し込む明。
 情けないと思いつつも、藤原は明を頼りにしていた。
 掃除機を持つ様は、さながら剣を携える勇者である。
「では、お願いしますね、光様。夕、貴方もですよ」
「……え?」
 明に掃除機を手渡され、藤原は訳も解らぬまま受け取った。
「あ、明さん……これは……?」
「私がいない時に、為す術が無いのは困ると思いますよ。私が付いていますから、練習だと思って下さい」
「マジかよ……」
 逃げ出そうとした夕も明に捕まえられ、二人で掃除機を持つ。
 藤原も出来る事なら逃げ出したかったが、これ以上長引くと、夕が壊れてしまいかねない。
 夕が逃げないように、片手は夕の手を押さえ、もう片方の手で掃除機の電源を点ける。
 ここで夕を庇う事が出来れば格好も付くのであろうが、道連れが欲しいのが人の性である。
 唸りを上げる掃除機を、それにも劣らない程の悲鳴を上げる夕と共に、魔王に向けて振るう。
 流石の魔王も、文明の利器には敵わず、奈落の底へと封じられていった。
 掃除機の電源を切ると共に、夕はその場に崩れ落ちる。
 藤原も、緊張が解けて力が入らず、倒れそうになるのを明に支えられた。
「す……吸い込んだ時……手応えが……手に変な手応えが……! うわぁあああああああああああああ! 夢に出る! 絶対夢に出る! 夢の中で報復されるよぉ!」
 戦いが終わって尚、夕は戦慄いていた。
「大丈夫ですよ、夕。今日は一緒に寝ましょうね。夢の中でも傍にいますから」
 そんな夕を優しく抱きしめ、そっと囁く明。
 そして、そのまま藤原の方を向く。
 ――もう、何とでも言ってくれ。
 藤原は、最早あらゆる罵倒を覚悟していた。
 自分が不甲斐無いばかりに、夕にこんな思いをさせてしまったのだ。
 豚野郎とでも無個性とでも、好きな様に罵るが良い。
「……済みませんでした」
「え?」
 意外な言葉を投げかけられ、藤原は肩透かしを食らってしまった。
 いつの間にか出来上がっていたサディズムな明像が、みるみる壊れていく。
「私の衛生管理が行き届かないばかりに、こんな事になってしまいました。家事を任された者として、今回の責任の所在は私にあります」
「い、いや、別に、明さんが謝る事じゃ……」
 ここまで縮こまられると、却って困ってしまう。
「明さんの指示のお陰で魔王を倒せたんだから、責任はちゃんと果たしただろ? 今回は明さんが頼りになった様に、雷の時は明さんが俺達を頼る訳だし。持ちつ持たれつって事で良いんじゃないか。俺達は『家族』なんだろ?」
「……こんな私でも、ですか?」
「もちろん。だろ、夕?」
 卑屈になってしまった明の為に、夕に同意を求める。
 夕の言葉なら、明も納得するだろう。
 明の妹にこの問いなのだから、かなり力技だが。
 震えが収まってきた夕が、たどたどしく言う。
「姉さん……何でさっきから震えてるの?」
「え……えぇえええええええええええッ!?」
 しかし、それは藤原が求めているものとは違った。
 夕の問いに、明は珍しくうろたえ、思わず夕から離れる。
 このリアクションからして、図星なのは間違いない。
「ち、違います! 決して本当は怖かったなんて事は……!」
 その上わざわざ自爆してくれるのだから、分かり易い事この上ない。
 いい歳なのに、どこまで嘘を吐くのが下手なのだろう。
 その辺りが、明が好かれる所以なのも確かだが。
 ともあれ、今の藤原と夕が抱く思いは、ただ一つ。
「まさか明さん、自分も怖いからって俺達に押し付けたんじゃ……」
「はぅ!? い、いえ、私は……その……まさかの時に逃げ……ち、違……備えて……」
 喋っても喋らなくても、意に反して本心を撒き散らしてしまう明。
 そんな彼女に、夕が最後の罰を下す。
「姉さん……私がこんな思いをしたのに、離れて見てただけなんて……卑怯だよ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
 最愛の妹に、涙目でこんな事を言われては、明も言葉が出ない。
「わ、私! 買い物がまだ! い、行ってきます!」
 とうとう、明は逃げ出してしまった。
 一旦帰ってきた目的を果たしていないが、明を含め誰も知る由が無い。
「やれやれ、俺も含めて全員これかよ」
 藤原は、一連の騒動を、溜息で締めくくった。
「み、光……」
 倒れたまま、夕が呼びかけてくる。
「大丈夫か、夕? 立てるか?」
「もうちょっと休ませて。……光、今日はありがとうね。私一人じゃ、姉さんが帰ってくるまで持たなかったと思う」
「礼を言う事じゃないだろ。自分の家の事だからな。それに、夕が散々騒いだから、逆に俺は少しは落ち着けたんだと思うし」
 明さんに怒られたくないしな、と続けようとしたが、藤原はその言葉を飲み込んだ。
 掃除機のコードを片付け、それを運ぼうと持ち上げる。
「私、姉さんを支えてあげたい筈なのに……情けないよね。魔王一匹何とかするのも、光に頼ったり姉さんに任せようとしたり……」
 どうやら、かなり落ち込んでいるらしい。
 藤原は軽くため息を吐き、掃除機を一旦下ろした。
「明さんは、夕が来てくれるだけでも充分支えられてるんじゃないか?」
「そう……かな?」
「じゃあ、夕は、明さんが支えになってないのか?」
「そんな事ないよ。姉さんに会いに行くのが楽しみだから、一層仕事に力が……あ!」
「要するに、そういう事だ。……ところで、夕」
 納得した様なので、さっき思い出した事を、ついでに尋ねてみる事にした。
「髪、そのままで良いのか?」
 藤原の言葉に、夕はしばらく首を傾げた。
 しかし、数秒でその言葉の意味を理解する。
 顔を真っ青に染め、全速力で浴室へと這って行った。
「俺も、着替えとかないとな……」


「藤原、貴様は実に残念だ。ここは、頼もしい一面を見せてフラグを立てるべきであろうに。今回は丸く収まったから良いものの、次回もこれでは顰蹙を買うやも知れぬ。主人公たるもの、何時如何なる時であろうと、フラグを立てる為の努力を怠っては」
「有難い話の最中で悪いけど、何でお前が俺の家で起きた事を知っているんだ?」
 着替えを済ませると同時に、秋原から電話が掛かってきた。
 開口一番でこれなのだから、盗撮を疑わざるを得ないだろう。
 もっとも、結局は迷宮入りになる事は明白だから、諦めているが。
「しかし、解り易く怯える夕嬢に、気丈に振舞いつつも震えを抑えられぬ明さん……実に良い姉妹だ。次は、肝試し編に期待したいものだな。恋人以上に甘い画になるに違いあるまい。問題は、作者の肝試しに対する知識であろうな……お化け屋敷で、目も耳も塞いでいたとは情けない」
「急に楽屋ネタするな。人の小学生時代を勝手に暴くな」
 電話越しでも好き勝手話す秋原に、藤原はやはり電話越しにツッコむのであった。
「時に藤原。こんな話を知っているか?」
「何だよ?」
「魔王を一匹見つけたら、その家には四十匹いる」
 その瞬間、藤原から血の気が引く。
 何か言おうとしたが、その時には電話が切れていた。
 つくづく、勝手な男である。
「ま、まさか、な……」
 藤原は、頭の中で秋原の言葉を必死に否定した。
 あれだけ苦労して、ようやく魔王を倒す事が出来たのだ。
 そんな魔王が、四十匹もいる訳がない。
 もしもそれが実現すれば、まるで少年漫画のパワーインフレではないか。
 自分で自分に説得を続けるが、
「……あ、あれ!?」
 体は正直だった様だ。
 いつの間にか、先程の戦場まで足を運んでいる。
 一見、何の変哲も無い台所。
 ここが嘗て魔王の降り立った場所だとは、誰も信じないだろう。
「一応、一応、な。絶対いないと思うけど、一応確認だけ……」
 誰にでもなく弁解しつつ、藤原の視線は冷蔵庫の裏側に向く。
 冷蔵庫と壁の間の、ほんの僅かな隙間。
 魔王が潜んでいるとすれば、恐らくこの辺り。
 藤原は息を飲み、冷蔵庫の側面からそこを覗き込む。
「何してるの?」
「うわぁあああああああああああああああああああッ!?」
 背後からの不意打ちに、藤原は思い切り叫んでしまった。
「ご、ごめん。驚かせちゃって……」
 振り向くと、そこにいたのは夕だった。
 何度も髪を洗ったのか、いつも以上に爽やかな匂いがする。
 だからという訳ではないが、藤原はすっかり力が抜けてしまった。
「で、何でタオル一枚なんだ?」
「髪洗う事に夢中だったから、着替え忘れちゃって。あんな事の後だから、さっきの服も着たくないし」
 はしたない姿を見て呆れる藤原に、夕は誤魔化す様に笑った。
 ――まあ、体型男と大差ないし、何とも思わないけど。
 かなり失礼な事を考えたが、もちろん口にはしない。
「それで、何してるの?」
「いや、もしかして魔王がまだ隠れてるかな、って思って。まあ、流石にもう」
 夕に説明しながら、藤原はふと彼女の足元に目を落とした。
 白くて細い足の先に、黒光りする何かが一つ。
 それは、



第六話 完


繋ぎ 哲也秋原のあじきない話

 秋原が次に出した数字は、三だった。
 しかし、棗は気を失っており、とても話が出来そうにない。
 というより、藤原としては、棗はさっさと帰してあげたいのだが。
「どうするんだ?」
 藤原が尋ねると、秋原は腕を組んで考え込む。
「仕方あるまい。代わりに俺が話すとしよう」
 一見、殊勝な顔で決断する秋原。
 だが、それなりに付き合いのある藤原には判る。
 その裏に潜む、悪魔的な笑みの存在が。
「この前、野暮用で隣の市まで出掛けてな。とある公園の傍を通ったのだが。ふれあい動物園と言えば良いか……兎やら鶏やら山羊やらが来ておったのだ」
「へぇ……そういうのって、幼稚園とかに来そうなイメージだけどな」
「わざわざ遠出しなくて済みますし、子連れの方には受けるんでしょうね」
 秋原の話に相槌を打ちながら、藤原はオチを予想していた。
 普段の言動からして、これが棗の為ではない事は、容易に想像出来る。
「動物好きな美少女のフラグを立てるべく、俺も公園に入った……。するとそこに、黄色い声を上げながら無邪気に動物を戯れる」
「うわぁあああああああああああああああああああああああああッ!」
 秋原の話を遮る様に、棗が悲鳴と共に目覚めた。
「ふっ、目覚めたか。もう少し寝ておれば良いものを」
「あああああ秋原さん! 何故、何故貴方が其を!?」
 切羽詰った様子で詰め寄る棗に対して、秋原は至って平静だった。
 何もかもを把握し、藤原は溜息を吐く。
 人の弱みを自在に弄ぶ辺りは、ある意味秋原らしいと言える。
 棗も棗で、彼が好みそうな表現を使うのなら、『雉も鳴かずば打たれまい』といったところか。
 ここで秋原を押し止めたとしても、これではバレバレだ。
 人を罵るのが趣味なのに反して、存外打たれ弱いのだから救いようがない。
 こうなっては、棗は秋原に散々遊ばれるだけだろう。
「まあ慌てるな。誰も貴様の事だとは言っておらぬ。別人の話である可能性もあろう。それとも、貴様はこれが貴様の話であると断言出来るのか? それは何故だ?」
「ぐっ……そ、其は……」
 嫌らしい秋原の問いに、棗は言葉を詰まらせる。
 これ以上食って掛かるのは、これが自分の事であると証明するのと同じ。
 流石に、棗もそれくらいは承知しているのだろう。
 寝起きの悲鳴で何もかも知れ渡っているとまで判断出来ないのが、何とも哀れであるが。
 反論出来ない棗を尻目に、秋原は話を続ける。
「するとそこに、黄色い声を上げながら無邪気に動物と戯れる……」
 秋原は遮られた部分から話を始め、真っ青になる棗を横目に見る。
「……美少女がいたのだ」
 敢えて一瞬間を置いたのは、棗に少しでも長く絶望感を与える為だろう。
 名指しを免れ、棗は荒い深呼吸をする。
「恐らく我々と同年代と思われるが、実に楽しそうに遊んでおった。兎を抱きしめ、鶏と睨めっこをし、山羊を餌で連れ回し……」
「ま、まあ、普段其の様な動物と触れ合える機会は少ないでしょうし。態々隣の市から趣く人が居ても、不思議ではないと思いますが」
 棗が他人事の様に反応するが、声が明らかに不自然である。
 そもそも、『彼女』が隣の市から来ている事を知っている時点で、もう誤魔化し様がない。
 自爆し続ける棗を密かに嘲笑いつつ、秋原は話を続ける。
「やがて、勝手に動物に名前を付け始めてな。兎に『ピョン太』と名付けておった」
「そのまんま過ぎる名前だな……」
 思わずツッコむ藤原。
 シンプルイズベストとは言うが、流石に限度がある。
 物書きとして、もう少しセンスを感じる名前を考えるべきではなかっただろうか。
「わ、私は良いと思いますが。その……か、可愛いですし」
 棗が反論するが、その目は誰にも合わせていない。
「彼女は気付かなかった様だが……あの兎は、雌だったのだがな」
「え!? 然うなんですか!?」
 驚きの余り、棗は素が剥き出しになる。
 ――自分がされた事をするなよ……。
 藤原にとって、棗広美という男性への見方が変わる出来事であった。
「彼女が帰った後に、俺が調べたのだ。大して難しくもないのだぞ。成熟した兎であれば、後ろ脚の間の性器を確認すれば一発だ」
「なっ……!? 貴方、幼気な雌兎にそんな破廉恥な……!」
 当然の様に話す秋原に、棗は顔を真っ赤に染める。
 高校生が、兎の性器如きでどこまで恥ずかしがるつもりなのだろうか。
 そもそも、その幼気な雌兎に雄の名前を付けたのは誰なのだ。
「案ずる事はない。同人誌をバイブルに生きてきた俺であれば、無修正を目前に無我の境地に達する事も出来る」
「自慢げに言う事かよ……」
 棗とは悪い意味で正反対な秋原に、藤原は溜息を吐いた。
 初心も手練も、度を越せば考え物である。
「第一、相手は動物……衣類の類を纏っておらぬ。裸体は普段見る事が出来ぬからこそ価値があるのだ。それとも、仮に今ここで初対面の美少女が全裸で現れたとしたら、貴様等は興奮すると言うのか? ゲームで喩えるなら、電源を入れた瞬間にエンディングと同義なのだぞ。それでも良いのか? 無論、俺は興奮する」
「そこは『しない』って言えよ」
 最早兎とは何の関係もなくなってきた秋原に、藤原は素早くツッコむ。
 一連の発言を、たった一言でひっくり返す秋原に付いていけるのは、藤原くらいであろう。
「ともかく、彼女は実に面白……もとい、萌える言動を残したのだ。俺一人の記憶に残すだけでは勿体無いと思い、俺は……」
 話の途中で、急に動きを止める秋原。
「……最近は肖像権やら何やらで面倒でな。この辺りにしておこう」
「何をしたのですか!? 撮ったのですか!? 録ったのですか!? 幾らで消去して戴けますか!?」
 棗の涙目の追求を気にも留めず、秋原はサイコロを振った。



to be continued



第七話 夜にはじめて参りたるころ

 自室で宿題を終えた藤原は、達成感と共に大きく伸びをした。
 時刻は、金曜日から土曜日に変わったばかり。
 これで、月曜日までの二日間、自分を縛る物は何も無い。
 別段予定がある訳でもないが、休日を迎える前に、すべき事はやっておくに越した事はない。
 今日は夕は家におらず、明も寝ている頃だろう。
 ――する事無いし、もう寝るかな。
 少し早い気もしたが、藤原は電灯のリモコンに手を伸ばす。
 その時、窓の方からノックの様な音がし、藤原は驚いて振り向いた。
 この部屋は二階で、ベランダも無いのだ。
 頭の良い猫か、行儀の良い泥棒か、それとも――。
 藤原が恐る恐るカーテンを開けると、窓の向こうにいたのは、ツインテールの少女。
 ワイシャツ一枚を身に纏い、箒に乗って宙に浮いている。
「お兄ちゃん、夜這いに来たよー」
 放課後に遊びに来た小学生の様なノリで、アリスは笑顔で手を振った。
 藤原はしばらくその場で固まり、やがて、何事も無かったかの様にカーテンを閉じる。
「えぇ!? 何で何で何で――!?」


 結局、藤原はアリスを自室に入れた。
 こんな深夜に外で騒がれては、堪ったものではない。
「まったく……こんな事に魔法を使うなよ」
「だって、こんな時間にインターホン鳴らせないもん」
 軽率なアリスに、藤原は溜息を吐く。
 深夜とは言え、誰かに目撃される可能性を考慮しなかったのだろうか。
 とりあえず、今は事情を聞く事にしよう。
「一体、こんな時間に何しに来たんだ? 子供はもう寝る時間だぞ。本気で夜這いに来たって言うなら、警察を呼ぶつもりだけど」
「そ、それは……その……」
 アリスは言い淀むが、藤原が携帯電話を手に取ると同時に、少しずつ話し始めた。
「今日……もう昨日だけど、怖い特番やってたよね」
「……ああ、あれか」
 藤原は、ゴールデンタイムに放送されていたホラー番組を思い出した。
 『本当にあった』などと仰々しい煽り文句が、新聞のテレビ欄に載っていた事を覚えている。
 明が見るからに嫌そうな顔をするので、五秒しか見ていないが。
「で、それを見たんだよね。お母さんも、キャアキャア言いながらお父さんに抱きついたりして」
「お前の家の夫婦仲はどうでも良い」
 明らかに無駄な情報に、藤原は軽くツッコむ。
 妙齢の娘がいるというのに、新婚の様な夫婦である。
「それで……えっと……何て言ったら良いのかな……」
「怖くて眠れないから、一緒に寝て欲しいんだろ?」
「うぅ、子供みたいって思ったでしょ」
「当たり前だ」
 小学生の様な事を言い出すアリスに、藤原は再び溜息を吐いた。
 眠れなくなる程怖いのなら、見なければ良いものを。
 それでも見てしまうのが、怖いもの見たさというものなのだろうか。
「親と寝たら良いんじゃないか?」
「金曜日の夜だし、多分ボクとは違う意味で『眠れない』夜を楽しんでいるよ」
「誰が上手い事言えと言った」
 いっそ張り倒したくなってくるが、夫婦円満である事には文句も言えない。
「別に、一晩くらい寝なくても大丈夫だろ。自分の部屋で本でも読んでろよ」
「全然解ってない! 静かな部屋に一人でいるのが、どれだけ怖いと思ってるの!?」
「だったら、テレビでも付けたら良いだろ」
「見てる隙に、後ろから襲われるかも……」
「背中を壁にくっつけたら良いんじゃないか」
「テレビから、突然人が這い出てくるかも知れないでしょ。第一、放送終了後はどうするの?」
 代案を繰り出すものの、悉く拒否されてしまった。
 恐怖心に支配された人は、何もかもが疑わしくなるものだが……。
 ――それでも、俺だけは信じてくれているんだな。
 ここまで頑なにされると、気持ちも揺らいでしまうものだ。
 雷が苦手な女性とは一緒に寝たのだし、幽霊が苦手な少女に同じ事をするのも悪くはない。
「ったく……今晩だけだからな」
 アリスが涙目になり始めたので、やむを得ず藤原は要求を呑む事にした。


「じゃあ、お前のその格好は、寝る時の姿だと解釈して良いんだな?」
「そうだよ。どう、興奮するでしょ? Yシャツ一枚だよ。パンツ穿いてるかは、見てのお楽しみ♪」
「誰が見るかよ」
 途端に元気になったアリスを、藤原は軽くあしらっていた。
 真琴じゃあるまいし、こんな子供体型相手に興奮も何もあったものではない。
 それにしても、自分が着古したシャツをあげたと明が言うから、何に使われているのかと思ったが……。
「これを着て寝ると、お兄ちゃんの匂いがするんだよ。目を閉じると、段々体が熱くなって、エッチな気分になって、それで……」
「続きの内容如何では、この場で剥ぎ取ってやる」
 幽霊が怖くて眠れない子供が、下ネタ連発とは滑稽な話だ。
 いつまでも相手していられないので、藤原は押入れを開けた。
 ここには、明が避難してきた際に使用する寝具が仕舞われている。
 眠れない程苦手なものがある者同士、同じ物を使って貰おう。
 自分のベッドの隣に敷く為に、布団を抱えて振り向くと、
「お兄ちゃん、こっちこっちー」
 既にアリスがベッドに潜り込んでいた。
 ご丁寧に、もう一人寝転がる事が出来る程度に寄っている。
「……お前、何しに来たんだっけ?」
「夜に見た番組が怖くて眠れないから、一緒に寝て欲しくて」
「この後、お前は何をするつもりなんだ?」
「初めてだから……優しくして欲しいな……」
「良く出来ました。これでも食らえ」
 アリスに被せる様に、藤原は布団を放り投げた。
 子供には持ち上げるのも一苦労であろう重量が、アリスに圧し掛かる。
「うわーん! 暗いよー! 重いよー!」
「世の中には、もっと暗くて重い物抱えてる奴もいるんだぞ」
 ――こんな時間に、俺は何やってんだ……。
 アリスに振り回されている自分自身に、自嘲を込めて溜息を吐いた。
 静かにして欲しいから中に入れたのが、完全に裏目に出てしまった様だ。
「……そうだ。寝る前に、ちょっと用足ししてくる」
「え!?」
 藤原の一言を聞き、アリスが這い出てきた。
 部屋を出ようとする藤原を、縋り付いて引き止める。
「心配しなくても、すぐ戻るって」
「イヤ! 部屋に一人きりなんて、一秒も耐えられない!」
 ――何か、最近似たような台詞を聞いたな……。
 既視感を覚えつつも、藤原はこの場を切り抜ける方法を考えていた。
 アリスを連れて行くくらいなら、鳴物を抱えた方がまだ静かだ。
 万が一明と鉢合わせしたら、説明するのも面倒である。
 それだけは、何としても避けなければ。
 色々と考えた末、藤原はアリスと向き合い、姿勢を低くして目線を合わせ、頭を撫でた。
「俺が、お前を放っておく訳無いだろ。それとも、俺が信じられないのか?」
「う、うん……」
 心なしかアリスの体温が上がり、目がとろんと夢現になる。
 その隙に、藤原は部屋を後にした。
 一度開いたドアが閉まって数秒後、アリスはその場に座り込み、撫でられた頭に両手で触れる。
「お兄ちゃん……ナデナデはズルいよ」


 藤原が部屋に戻ると、アリスが本棚を眺めていた。
「何探してるんだ? 将棋の本だと答えたら、うちの公認マネージャーにしてやるけど」
「お兄ちゃんが、どこにエッチな本隠してるかなーって思って」
「……お前、もうしばらくは『自称マネージャー』な」
 無意味に正直なアリスに、藤原は頭を抱えた。
 こんな時くらい、嘘の一つでも吐けないものか。
「ベッドの下も、机の中も、本棚の裏も探したけど見付からないんだよ」
「まだまだ探す気なら、一人で踊って貰うからな」
 アリスの頭には、プライバシーも何も無いらしい。
 付いて来させる訳にもいかないし、残しても行けないとは……。
 これ以上我侭を言われては堪らないので、藤原はさっさと寝る事にした。
 アリスを押し潰した布団を除け、ベッドに横たわる。
「ほら、もう寝るぞ」
「え!? い、良いの!?」
 毛布を捲ってアリスを招くと、真っ赤になって声を上擦らせる。
「これ以上好き勝手されて堪るか。さっさと寝ろ」
「はわわわわわわ……」
 湯気でも出てきそうな顔を、両手で覆うアリス。
 そのまま数秒固まり、次にアリスが発した言葉は、
「で、電気は点いてる方が良いかな!?」
「いや、消せよ」
 藤原にとってちぐはぐであった。
 電気を消し、アリスがそろそろとベッドに潜り込んでくる。
 さっきまであれだけ姦しかった癖に、借りてきた猫の様になってしまった。
「……言っとくけど、お前が期待している展開は無いからな」
「だよね」
 落胆より、安堵の方が大きいリアクションが返ってきた。
 こちらから攻めると逃げてくれるのが、アリスを扱う上での唯一の救いだ。
「あ、忘れるところだった」
 ふと思い出したアリスが、上体を起こし、ツインテールを解く。
 ダークブラウンの髪がさらさらと流れ、いつぞやに見たロングヘアになった。
「お兄ちゃん、この前髪解いた時に気に入ってくれてたよね。えへへ……お兄ちゃんにカワイイって思われるのは、女のコとしてスゴく嬉しいよ」
「そうだな。お前が姪だったら、可愛いって思ってやれたかもな」
「い、妹どころか子供扱い……」
 青菜に塩を掛けた様に、しゅんとなるアリス。
 喜んだり落ち込んだりと、忙しい奴である。
「あと、これもね」
 そう言って、アリスは片目のカラーコンタクトを外す。
 久しぶりに見る、アリスの碧眼。
 あどけない幼女で通っている彼女が、魔術師の一面を覗かせる瞬間である。
 胸ポケットから小さな容器を取り出し、コンタクトを仕舞った。
「除菌とか出来ないけど、良いのか?」
「これはハードだから、そんなに繊細じゃないよ。運動する時だけ、使い捨てのソフトにするんだ。どっちみち、起きたらすぐに帰るし……アカリンとドロドロの三角関係がしたいなら、話が変わってくるかな」
「その三角、点だけで辺が無いと思うけど」
 一言余計なアリスに、藤原は呟く様にツッコむ。
「にしても、意外と気を回してるんだな。目の色を変えるだけなのに」
「髪や爪や肌みたいに、気軽に色塗ったり出来ないからね。多分、コンタクトとはお兄ちゃんと同じ位長い付き合いになるから、ちゃんと工夫しないと」
 やはり一言多いアリス。
 しかも、コンタクトと同列に扱われた気がする。
 このまま黙っているのも面白くないので、
「俺、あと三日くらいで絶縁したいんだけど」
「え!?」
「お、目の色が変わった」
 少し洒落た返しを浴びせる事にした。
 肝心のアリスには意味が伝わらなかったらしく、首を傾げているが。


「……ねえ、お兄ちゃん」
 掛け合いも一段落つき、藤原も少しうとうとし始めた頃。
 隣で横になっているアリスが、腕に縋りながら呼び掛けてきた。
「どうした?」
「ボク、今日眠れるかな?」
 今日聞いた中で、最も不安げな声。
 暗い所で横になっていると、自然と後ろ向きな発想ばかりしてしまうものだ。
 死後の事だとか、世界破滅の予言だとか、どうしようもない事も、夜闇は囁き不安を煽る。
 かつて自分がそうだった様に、アリスも今そうなのだろう。
 昼には見えない星の様に、夜にこそ辿り着く答えもある。
 それを理解するには、アリスはまだ幼いだろうか。
 このまま先に眠ってしまえば、アリスは夜に一人きり。
 同室に寝ている人がいる状況下で眠れない苦痛は、一人きりのそれを遥かに凌駕する。
 ――まだまだ、俺がいないと駄目って事か。
 親離れ出来ない子供を抱えた気分で、藤原は軽く溜息を吐く。
 そして、首から上だけをアリスの方に向けた。
「怖い夢見たら、俺の夢に逃げ込んで来いよ。甘い物用意して待っといてやるから」
 そう言って少し後、自分はかなり恥ずかしい事を言ったのではと思う藤原。
 この事が世に広まらない事を、願うばかりである。
 一方アリスは、豆球だけでも判るくらいに頬を染め、ふいと背中を向けた。
「ますます眠れなくなっちゃったよ……」
 何か呟いてから、再びこちらの方に身体ごと向ける。
「そうだ! お兄ちゃん、腕枕してよ」
「寝言は寝て言え。同じベッドで眠れるからって調子に乗るな」
 パラサイトシングルが住み着いた様な思いで、アリスの願いを一蹴する藤原。
 流石に、少し甘やかし過ぎたのであろうか。
 明ならば、謙虚さ故に増長する事はないのだろうが……。
「むぅ。新婚初夜に倦怠期に突入した気分だよ」
 更に勝手な事を言い出すアリス。
 我が子をあやすつもりでした事なのに、とんだ物言いである。
「お兄ちゃん、知ってる? セックスレスって離婚事由になっちゃうんだよ。不貞行為も疑われちゃうし」
「あーもう五月蝿い! 腕一本如きでグダグダ言いやがって……」
 同じくグダグダ言いながら、藤原は腕をアリスの枕元に置いた。
 アリスが、嬉しそうに頭をその上に置く。
 一体、自分はどこまで脛を齧られるのだろうか。
 部屋に入る事を許可し、同じ部屋で寝る事を許可し、同じベッドで寝る事を許可し、腕枕を許可し……。
 どこかで見切りを付けなければ、齧らせる脛すらなくなりそうだ。
「……お兄ちゃん」
「駄目だ」
「むぅ、まだ何も言ってないのに」
 フライング気味の拒絶に、アリスは頬を膨らませる。
「じゃあ何なんだ? もう齧らせる脛は残って……」
「ありがとう、お兄ちゃん」
 軽くあしらおうとした藤原は、アリスの思いもよらぬ言葉に驚かされた。
 アリスにしては珍しく、従順な瞳でこちらを見ている。
「ボクが突然押し掛けたのに、こんなに良くしてくれて……。嫌がる素振りをしても、結局ボクの言う事は殆ど聞いてくれるんだね」
「聞かなかったら愚図るからだ」
「時々本当に拒む事もあるけど……それは、全部ボクの為だし。あの時の言葉、今でも覚えてるよ」
「あの時って、どの時だ?」
「え!? 覚えてないの!?」
 どうやら、相当ショックな様だ。
「ほら、八年前の……覚えてるでしょ?」
「……ああ、あの時の」
 八年前の、アリスがここを離れる少し前の事らしい。
 ――出来れば、忘れたままでいたかった。
 そして、思い出してしまった事を後悔する藤原。
 子供の時の話だけあって、今思い返すと相当恥ずかしい。
「あの時のお兄ちゃん、カッコ良かったなー。皆にも自慢したいくらいだよ」
「頼むから勘弁してくれ」
 アリスの中では、相当美化されている様だ。
 それとも、思い出を美しく感じない自分が荒んでいるのだろうか。
「だからボクは、いつだってお兄ちゃんを信じてるよ。信じているからこそ、ずっと遠距離恋愛出来たんだし」
「記憶を改ざんするな。恋愛を撤回しろ」
 美化どころか、勝手に偽造されていた。
 信じるのは勝手だが、目の届かない所で勝手な感情を抱くのは止めて欲しい。
 枕にされた腕では抵抗出来ない事を良い事に、抱き付いてくるアリス。
「これで服着てなかったら、正真正銘の事後なのになぁ」
「心配するな。まだ煙草が残ってる」
 どこからでも下ネタを放ってくるアリスに、もうツッコむ気力さえ失せてしまいそうだ。
 その気になれば、首を絞めることも可能なのだが。
「お兄ちゃんてば、素直じゃないんだから。契りで結ばれた仲なのに」
「……何言ってんだ、お前?」
 さも当然の如く話すアリスに、藤原は呆然として尋ねた。
「ふぇ? だって、あの時の事を思い出したんじゃ……」
「いや、契りなんて覚えてないぞ。連れ戻したのは覚えてるけど」
 しばしの間、信じられないといった表情でアリスが固まる。
 沸々と何かが湧き上がり、一気に爆発した。
「お兄ちゃん! 一番肝心なところを覚えてないってどーゆー……」
 途中まで言いかけたが、突然失速し、迫力も失ってしまった。
 代わりに割り込んだのは、大きな欠伸である。
「ほら、もう眠いんだろ?」
「眠くなんてないもん。お兄ちゃんにはしなくちゃいけない話がいっぱい……ふわぁ……」
 反論すらも欠伸で締めてしまった。
「どうやら、体の方は正直みたいだな」
「むぅ、もっとやらしい雰囲気で言って欲しかったよ」
 この期に及んで、まだ下ネタが尽きないらしい。
 とは言え、目は虚ろで、瞼が重たくなっている事が見て取れる。
 抱き付く力も、段々緩くなってきた。
「絶対思い出して……貰うんだから……ボクとの……やく……そ……」
 最後の方は蚊の鳴く様な声で、よく聞き取れない。
 声が聞こえなくなったと思った時には、既に寝息を立てていた。
 ――結局、寝そびれたのは俺の方か。
 眠れないと泣きついてきたのが、随分と呆気無いものだ。
 散々騒いでいたのに、眠る姿はさながら人形である。
 騒がしかったこの部屋も、アリスの寝息と、時を刻む音だけになってしまった。
 枕役を免れた方の腕で、そっとアリスの頭を撫でる。
 怖い夢に苛まれないようにと願いながら。
「我侭な姫に侍らされるのは楽じゃないな……」
 誰にでもなく呟く藤原。
 その表情は、子と添い寝する親のそれに心なしか似ていた。
 やがて、藤原も意識が遠のいていく。


 ふと気付くと、アリスは昼の住宅街の最中にいた。
「あ、あれ!? ここは一体……!?」
 突然の事に、驚きを隠せないアリス。
 ついさっきまで、確かに藤原と蜜月の一夜を過ごしていた筈なのに。
 辺りを見渡したところ、どうやら家の傍の様だ。
 一体いつの間に昼になり、藤原の部屋から移動したのだろうか。
 まさか、この歳で認知症になったとでもいうのか。
 アリスが戸惑っていると、近くの家から、ドアが乱暴に開け放たれる音がした。
 その家から、一人の子供が飛び出してくる。
「ぼ……ボク!? 何で!?」
 子供の容姿は、間違いなくアリス自身であった。
 身長こそ一回り小さいが、ダークブラウンのツインテールも、付けているリボンのデザインも、自分自身のそれだ。
 何より、出てきた家が、自分の家なのだ。
 驚いているうちに、その子供が自分に向かって突っ込んでくる。
 わき目も振らずに走っている所為か、こちらには気付いていないらしい。
「ぶつかる!」
 アリスは思わず目を閉じるが、
「……あれ?」
 いつの間にか、自分に似た子供は背後を走り去っていた。
 足の速さも、自分そっくりである。
 それにしても、これは一体どういう事なのだろう。
 ここは紛れもなく明草町の自宅周辺で、彼女は昔の自分なのだ。
 あの大きさで、ここに住んでいるという事は、まさか――。
「アリスちゃん!」
 次に家から出てきたのは、血相を変えた、百四十を少し超えた程度の身長の女性。
「お母さん!?」
 その姿は、間違いなく母親であった。
 しかも、あの子供はアリスというらしい。
 到底信じられる話ではないが、最早信じる他にない。
 ――ボク、過去の世界に来ちゃったんだ……。
 走馬灯も疑ったが、ならば自分まで他人として登場する筈がない。
 何より、この若さで死ぬのは、藤原に抱かれた末の腹上死以外認めたくない。
 問題は、これがいつの世界であるか。
 まず確かなのは、過去の自分の幼さからして、一度明草町を離れる前……八年以上前である事だ。
 しかし、それ程昔の事となると、記憶に残っている事も多くはないが……。
 アリスが考えているうちに、アリスの母は深く溜息を吐き、重い足取りで家へと戻った。
 ここで、アリスは新たな事実に気付く。
 今、自分は、この世界の人には見る事も触れる事も出来ない存在である、と。
 母の視界に入ったのに、全く声を掛けられなかった事が決め手だ。
 過去のアリスが出て行った事が原因で慌てていたなら、傍にいた自分に、子供の行方を尋ねるくらいする筈だ。
 それに、過去のアリスとの衝突未遂も説明が付く。
 あれは、どちらかが避けたのではない。彼女が自分をすり抜けたのだ。
 それを証明するべく、アリスは自宅のドアに向かって走る。
 本来ならドアノブに手を伸ばすべき距離になっても構わずに、思い切って飛び込んだ。
 案の定、自分の身体はドアをすり抜け、見慣れた土間に着地する。
 これで、自分はこの世界に何一つ干渉出来ない事が判った。
「きっと、ボクがこの時代の人じゃないから……歴史を変えない為に……」
 考えを巡らせながら家に上がると、母が電話を掛けていた。
 その表情は暗く、救いを求めようと必死である。
 娘とAVの話で盛り上がれる程にオープンな性格の母が、こんな重い空気を放っているのは珍しい。
 ……否。それは今だからこそであり、この頃は――。
「――もしもし、光君? マリアだよー。元気してるかな? 主に男の子として。……もう、そんな畏まらなくっても『マリアちゃん』で良いってば。マリアは未来の姑なんだから」
「お、お兄ちゃん!?」
 電話の相手は、藤原らしい。
 このやり取りも、今まで何度も聞いてきた。
 今は『マリアさん』と呼ぶ事で落ち着いている。
「いつもアリスちゃんと遊んでくれてありがとね。あの娘、光君と会うまではネクラだったのに、すっかり明るくなっちゃって。マリアとしては、光君がアリスちゃんのお婿さんに来てくれると嬉しいな」
 藤原に対して明るく振舞うマリア。
 先ほどの深い溜息や重い足取りが嘘の様だ。
 もちろん、これが虚勢である事は、ずっとマリアを見てきたアリスには手に取る様に判る。
「……それでね。そんな光君に、マリアからお願いがあるんだ。その前に、ちょっと大事な話があるんだけど、聞いてくれる?」
 思った通り、マリアの声に影が差し始める。
「実はね、マリア達、遠い所に引っ越す事になっちゃったんだ。……うん。ダーリンの仕事の都合で。ダーリン一人で行かせる訳にも、アリスちゃんだけ置いていく訳にもいかないし」
「!?」
 この話で、アリスはこの世界がいつの事なのかを把握した。
 ――よりによって、この日だなんて……。
「それで、その事をアリスちゃんに話したんだけど……受け入れてくれなかったの。『お兄ちゃんと離れるのは絶対イヤ!』って言って、飛び出して行っちゃった。……はは、マリア達とは離れ離れになっても構わないんだろうね」
 マリアの自嘲気味な切ない声が、アリスの心にグサリと刺さる。
 確かに、あの時自分はそう言った。
 吐き捨ててすぐ家を飛び出したので、マリアの心中までは知らなかったが。
 あの時の自分は、両親を恨んでさえいた。
 魔術師の血を繋ぐ為に生まれるくらいなら、生まれない方が良かった、と。
 こんな思いをするくらいなら、いっそ殺して欲しかった、と。
 だから、当時の親子仲は、決して良くなかった。
 藤原のお陰で、多少緩和されてはいたが。
 そして、藤原を失った時、あらゆる恨みを纏めてマリアにぶつけた。
 八歳の子供が思い付く限りの罵声を浴びせた。
 大好きな人と離れ離れにさせられる怒りに任せて、微塵の後ろめたさもなく。
 もちろん、今ではその事を後悔している。
 「生まなければ良かった」が子供を大きく傷付けるなら、その逆も自明の理だ。
 しかし、こうして自分のした事を結果を見せ付けられると、それは尚更大きくなった。
「それで、光君に、アリスちゃんを説得して連れ戻して欲しいの。あの娘には、もう……マリア達の声は届かない。嫌いな人の話なんて、聞きたくないでしょ。マリアはお母さん失格だから、もう光君だけが頼りなんだよ。光君なら、アリスちゃんもきっと……」
 泣き出しそうな声で、藤原に頼むマリア。
 母親として何も出来ない事が、余程ショックなのだろう。
 この言葉を最後に、電話は切れた様だ。
 受話器を戻すと、マリアはその場に座り込む。
「……ゴメンね、アリスちゃん。マリアなんかの子供にしちゃって。マリアも、アリスちゃんと同じ思いに苦しんだのに、アリスちゃんまで……。マリアなんかが、ダーリンと結ばれなければ良かった。お母さんにならなければ良かった。でも、アリスちゃんが産まれた時、マリア達は本当に嬉しかった。心から幸せだった。絶対この娘を幸せにしてあげようって……特殊な生い立ちでも幸せになれる事を教えてあげようって誓ったのに。なのにマリアは、アリスちゃんに辛い思いばかりさせて……マリアだって……ダーリンと離れ離れにさせられたら……!」
 呟きながら、マリアはぼろぼろと涙を零し続けた。
 アリスも、いつしか貰い泣きしていた。
 あの時、自分が辛いと思っていた裏で、こんなにもマリアは傷付いていたのだ。
 誰よりも自分を愛してくれた人を、誰よりも惨たらしく傷付けていたのだ。
 そして、そんな愚かな自分を、それでもマリアは愛し続けてくれたのだ。
 罪悪感と感謝が心の中で混ざり合い、胸を満たしていく。
 アリスは、マリアの傍で両膝を突き、ギュッと抱きついた。
 腕はマリアの身体をすり抜けたが、そんな事は関係無かった。
 マリアの思いを知った今、何もしないという事だけは出来なかったのだ。
「ゴメンね、お母さん。ボクだけが辛かった訳じゃないのに、ヒドい事言って。もうボクは、死にたいなんて思ってないから。生まれて良かったって思ってるから。だから……産んでくれてありがとう、お母さん。身勝手な娘だけど、これからもよろしくね」
 長い時を超えて、ようやく綴られた謝罪と感謝の言葉。
 当然、この世界のマリアには伝わる事などない。
 ――元の世界に戻ったら、ちゃんと言わなくちゃ。
 そう決意すると、アリスは立ち上がった。
 改めて、もう一度見ておきたいのだ。
 この時の自分が、もう一人の恩人……藤原に、本当に恋する瞬間を。
 『今日』は、八年前の、マリアから引っ越す事を告げられた日。
 ベッドの中で藤原と話した、絶対に忘れられない約束を交わした日だ。


 アリスが向かった場所は、近所の公園だった。
 ここは、アリスが初めて藤原と出会った場所。
 藤原に支えられながら友達を作った場所。
 そして、もう一つの大切な思い出が、これから生まれる場所でもある。
 過去のアリスは、いつぞやの様に、公園の隅にいた。
 他に誰もいない公園の隅で、踞って泣いている。
 ――そんな所で泣いてても、何も変わらないよ。
 今の自分なら、そう言えるだろう。
 しかし、この時の自分にとって、藤原は自分の全てであった。
 何度躓いても立ち上がる為の、拠り所としての『全て』ではない。
 失えば何もかもが崩れ去る、危うい均衡を保つ為の柱としての『全て』である。
 やがて、公園に二つ目の小さな影が近づいてきた。
「お兄ちゃん……こんなにちっちゃかったんだ……」
 現れた過去の藤原を見て、アリスはまず驚いた。
 あの頃は見上げていた藤原が、今の自分よりも小さいのだ。
 八年の時が、どれ程人を変えるのかを思い知る一幕である。
「アリス!」
 過去のアリスを見つけた藤原が、彼女へ走り寄っていく。
 アリスは、少し距離を置いて、二人を見守る事にした。
「お兄……ちゃん……」
 涙でグシャグシャになった顔を上げ、過去のアリスが藤原を見つめる。
 その顔は救いを求める……否、既に救われた者のそれであった。
 当時のアリスは、藤原なら必ず自分の味方になってくれると信じていたのだ。
 それは、友情や愛情によるそれを通り越し、狂信者の域に達していた。
「アリス……もう帰ろう。マリアさんも心配してるぞ」
 だからこそ、藤原のこの一言が信じられなかった。
 信じていた唯一の存在に、裏切られたとすら思った。
 あと一息のところでどん底へと突き落とされたかの様な絶望感に見舞われた。
「う、嘘……だよね。お兄ちゃんが……お兄ちゃんが、ボクのイヤな事する訳無いもん。お兄ちゃんはボクの味方だもん。ボクに反対しないもん……お兄ちゃんは……!」
「俺は、いつでもアリスの味方だ。味方だからこそ、帰って欲しいと思っているんだ」
「でも! このまま帰ったら、ボクとお兄ちゃんは離れ離れになっちゃうんだよ!? そんなのイヤだもん! ……そうだ! お母さんとお父さんだけ引っ越しちゃえば良いんだ。ボクはお兄ちゃんの家の子になって、本当の妹になっちゃえば良いんだ。どう、お兄ちゃん?」
 過去のアリスの言葉の節々から、如何に当時のアリスが両親を嫌っていたかが伺える。
 その分、異常とも言える程に藤原に心酔している事も。
「……それは、困る」
 少し言い難そうに答える藤原。
 過去のアリスは、いよいよ血相を変えて詰め寄った。
「どうして!? ボクと暮らすのがどうしてイヤなの!?」
「本当に困るのは俺じゃない。……お前だよ」
「ボクが!? 全然解んない! ボクはちっとも困らないもん! お兄ちゃんと一緒だし、お母さんやお父さんから離れられるし」
「だから困るって言ってるんだよ。お前のとこの親は、お前を本当に思ってくれているんだ。いつまでもそれに気付かずに嫌っていたら、いつか絶対後悔する。その為にも、一度向き合って」
「五月蝿い五月蝿い! お母さんもお父さんも、ボクの事なんてどうでも良いんだ! どうして解ってくれないの!? ボクは、普通の女のコになりたいだけなのに!」
 藤原の言葉を遮って、ヒステリックな声を上げる過去のアリス。
 そして、そのまま藤原の胸倉を両手で掴む。
 縋る様な瞳から一転、攻撃的な目で睨み付けた。
「キミ、お兄ちゃんじゃないよね!? 一体誰なの!?」
「誰って……俺は」
「嘘吐いたって判るもん! お兄ちゃんはボクのイヤな事なんてしない! ボクのイヤな事なんて絶対言わない! だから、キミなんかお兄ちゃんじゃない! お兄ちゃんのフリなんかしてどうする気!?」
 返答すら聞かずに叫ぶと、今度は藤原を突き放した。
 予想外の力で押し出され、藤原は驚いた事だろう。
 未熟故に魔力のコントロールが感情に左右され、細い腕からは想像もつかない力が込められていた筈だ。
 空気が震え、周囲の若草が波打つ様に揺れる。
 魔力の暴走が本格化し始めた証拠だ。
 ――正直、今でも見るのは辛いな……。
 痛々しい姿を晒す過去の自分に、アリスは胸が痛んだ。
 これは、怒りと絶望に打ち拉がれ、周囲を見失ったが故の過ちの記憶。
 こうなる事は承知の上で見に来た筈なのに、目を背けたくなる。
 だが、恐らく二度と無いであろう機会に、目に焼き付けなければ。
 何故、今の自分が在るかを忘れない為に。
「帰って! ボクは、一生お兄ちゃんの傍にいるんだ! これ以上、ボクの幸せを奪わないでよ! 帰ってってば!」
 過去のアリスが声を振り絞ると同時に、凄まじい突風が藤原を襲った。
 子供とは言え、人の体重を吹き飛ばす程の強風だ。
 地面に叩き付けられた藤原は、砂埃から身を守るだけで精一杯だった。
 同じ時系列に存在しないからか、アリスは一切被害を被る事はなかった。
 風と砂埃が収まり、肩で呼吸をする過去のアリスの姿が見える。
 そよ風の囁く声が聞こえる程に、二人の間に長い沈黙が走った。
 やがて、呼吸が落ち着いた過去のアリスから、血の気が引いていく。
「しまった……ボク……ボク……!」
「アリス……これが、お前の『秘密』なのか?」
「ち、違う! ボクは……ボクはこんなの……!」
 藤原の問いを否定するが、最早誤魔化す術など無かった。
 何もかも終わったと思った。一番大切な人に嫌われたと思った。
 ショックにショックが重なり、頭の中が真っ白になり、ただ声を上げて泣く事しか出来なかった。
 カラーコンタクトが吹き飛んだ事にも気付かず、マリアをどれ程傷つけたなど知る由も無く。
 藤原は痛みを堪えて立ち上がり、砂埃を払い落とすと、過去のアリスに歩み寄る。
 そして、それにすら気付かず泣き続ける彼女を、そっと抱きしめた。
 藤原の思わぬ行動に、過去のアリスの涙が止まる。
「俺が、こんな事でアリスを遠ざける訳無いだろ。俺は、二年もお前と一緒にいたんだ。お前が普通の女の子だって事は、ちゃんと判ってる」
「でもっ……普通の女のコは魔術なんて……!」
「確かにそうだな。でも、他の人には出来ない事が出来るっていうのは、凄い事なんだぞ。皆が喉から手が出る程欲しがる物を持っているんだ。誇っても良いくらいだぞ」
 頭を撫でながら、優しく説く藤原。
 この時のアリスには、藤原の言葉の意味が良く解らなかった。
 肯定されている事だけは、何となく理解していたが。
 今、改めて聞くと、心にじんわりと染み入ってくる。
 何だかんだ言っても、藤原も内心では驚いていたに違いない。
 それでも、それを押し留めて、自分を落ち着かせる事に終始してくれた。
 その優しさが、何よりも嬉しい。
 八年の時を超えて、もう一度口説かれてしまいそうだ。
「そんな事より、もう帰ろう。このまま逃げる事だけは、許す訳にはいかない」
「お兄ちゃん……本当に意味解ってて言ってるの!? ボク、引っ越さなくちゃいけないんだよ!? お兄ちゃんと離れ離れになっちゃうんだよ!?」
「判ってるよ。……でも、親と離れ離れになるよりはマシだ」
「どうして!? ボクとお兄ちゃんを引き離そうとする人なんかと、どうして一緒にいなくちゃいけないの!?」
 魔術は受け入れた藤原も、マリアから逃げる事だけは許してくれなかった。
 藤原だけが全てであった過去のアリスは、それが信じられないといった形相だ。
「俺は、マリアさんに頼まれてお前を探しに来たんだ。マリアさん、お前を本当に心配してた。気付いてないだろうけど、お前の両親は、誰よりもお前を大切に思っているんだ。俺なんて、足元にも及ばないくらいにな」
 藤原は過去のアリスの両肩に手を置き、真っ直ぐ目を合わせた。
「お前は、親に愛されているんだ。世の中には、親に愛されずに育つ奴だっているのに。それに気付かないまま、向き合う事から逃げて恨み続けるなんて、絶対に許さない。俺だって、お前と離れたい訳じゃない。けど、お前には幸せになって欲しいって願っている。そして、その為には、俺から離れる事になっても、親と向き合うべきだと思った。だから、たとえ引っ張ってでもお前を連れて帰る。その所為で恨まれても、嫌われても構わない。これが、一番大切なお前を幸せにする一番の方法だって、信じているから」
 藤原の言葉が、思いが、過去のアリスに確かにとどいた。
 それは今も、アリスの胸の奥に大切に仕舞われている。
 世界中を敵に回してでも、と己の愛を形容する人ならば、どこにでもいるだろう。
 しかし、愛する相手を、恨まれてでも幸せにしたいと言う人は、そうはいない。
「……お兄ちゃんが、ボクを本当に思ってくれている事は解ったよ。でも、どうしてもお母さんやお父さんと仲良くなれなかったら、ボクは誰を頼れば良いの?」
「そうだな。まずそんな事はないと思うけど……」
 少し考えてから、藤原は過去のアリスの頭に手を添える。
「頼れる人がいないなら、頼ってくれる人を作るんだ」
「…………? どーゆー事?」
「頼ってくれる人がいる人は、頼れる人がいる人と同じくらい強くなれる。喩えるなら、中身のある器と、器のある中身ってところかな」
「それって、一緒なんじゃないの?」
「そうだ。それさえ解ってくれたなら、俺も安心だな」
 頭を撫でながら、藤原は優しく笑った。
 この言葉もまた、当時は余り理解出来ていなかった。
 藤原の様に、誰かに頼られる人にならなければ、真意は解らないのかも知れない。
 ――お兄ちゃんって、昔から大人っぽかったんだなぁ。
 当時の事を思い出しながら、ふと、アリスはそんな事を思った。
 言葉の一つ一つが、九歳のそれとは思えない。
 彼の家庭環境を考えれば、早く『大人』にならねばならなかったとしても不思議ではないが。
 そんな彼だからこそ、こんな言葉が言えるのだろう。
「お兄ちゃん、ゴメンね。ボクの所為で、痛い思いしちゃって」
「別に良いよ、これくらい。それより、他に謝るべき人がいるだろ?」
 別段責める事もなく藤原は問い、過去のアリスは小さく頷いた。
 こうして、過去のアリスの小さな家出は終わりを告げる。
 安心して帰ろうとする藤原を、過去のアリスが手を引いて止めた。
「……お兄ちゃん。帰る前に、一つだけ約束してくれないかな? この前やってたテレビの話なんだけど、瀕死から奇跡の生還を果たした人は、何か約束してた人が多いんだって。三途の川からだって帰って来れるんだから、ここで約束すれば、ボクもきっと……」
 過去のアリスが、不思議そうに振り返った藤原を見上げて懇願する。
 藤原が頷くと、過去のアリスは小指だけを立てた手を出した。
 藤原も同じ様に手を出し、小指を絡ませる。
 アリスは、それをドキドキしながら見ていた。
「もし、ボクとお兄ちゃんがまた会えたら、ボクをお兄ちゃんの――」


「……うわぁ!?」
 身体に強烈な衝撃が走り、アリスは目を覚ました。
 数秒の間、目の前が真っ黒に、頭の中は真っ白になる。
 ぐるぐると回る視界が定まるにつれて、記憶が少しずつ戻ってきた。
 それでも、自分が自分でない様な、頭と体が別々になった様な感覚は消えない。
「ボクは望月アリス。年は十六歳。左利き。趣味はAV鑑賞とお兄ちゃんと遊ぶ事で……」
 何か洩れていないか確かめるべく、覚えている事を片っ端から述べるアリス。
 学校で習った公式や英単語、最近見たAVのタイトル等を口にしているうちに、体と頭が一つになった。
 どうやら、ベッドから落ちてしまったらしい。
 ――せっかくの腕枕が……勿体無いなぁ。
 毛布を纏いながら落ちたので、痛みはそれ程無い。
 目も夜闇に慣れ、起き上がると、藤原がベッドの上で寝ていた。
 枕元の時計は、六時前を指している。
「……えへへ」
 時計の音と小鳥のさえずりしか聞こえない部屋で、アリスは一人にやけていた。
 藤原と一夜を共にした――そう思っているのはアリスだけであろうが――事を思うと、とても冷静ではいられない。
 他の誰にも言えないからこそ、二人だけの秘密に酔いしれていた。
 ――今から、どうしよっかな。
 もう少しだけ二人きりの時間を楽しみたいが、二度寝するには中途半端な時間である。
 第一、先程の衝撃で、すっかり目が覚めてしまった。
 かといって、このまま何もしないのは流石に暇だ。
 特別早い時間でもないし、藤原にも起きて貰うべきだろうか。
 せっかく一緒に寝たのだから、朝の甘い一時も味わいたい。
 そう思うや否や、アリスはベッドに飛び乗り、藤原の上に馬乗りになる。
 アリスの体重が軽い所為か、藤原はまだ夢の中だ。
 揺さぶり起こして、朝の情事と洒落込もうと思ったアリスであったが……。
「起こしちゃうのも悪いよね、うん」
 藤原の寝顔を見ているうちに、アリスは思い直した。
 休日に早起きさせられれば、誰でも不機嫌になる。
 この場合、藤原が自然に目覚めるまで寝顔を見ておく方が、後々有利に進められるだろう。
 それに、こうして藤原を眺めていると、先程の夢を思い出してしまう。
 過去の世界へ飛ばされた様な、思い出を思い返すのとは少し違う夢を。
 普通、夢の記憶はちょっとした事で吹き飛んでしまうものだ。
 ベッドから落ちても忘れていないのだから、余程記憶に刻まれたのだろう。
 それにしても、不思議な夢であった。
 昔の夢を見るのならば、過去の自分の視点になる筈である。
 過去の自分を他人として見る事が出来、過去の世界を自由に移動する事が出来……。
 ――本当にタイムスリップしたみたいだったなぁ。
 不思議な点は多々あるが、考えても仕方のない事だろう。
 一端の魔術師が、超常現象を疑うのも滑稽な話だ。
 あの夢は、全て実際に起きた事だと思って間違いない。
 藤原だけが全てであった自分の幼さも、マリアの思いも、藤原の優しさも。
 マリアの事まで夢に見る筈が無い事は、この際置いておくとして。
 少なくとも、自分と藤原のやり取りは、事実であったと自分自身が証明出来る。
 幼い頃の、かけがえの無い約束を、忘れる筈がない。
 夢は指切りの途中で覚めてしまったが、胸の奥には確かに残っている。
 今、藤原がそれを思い出したとしたら、子供の約束だと笑い飛ばしてしまうだろうか。
 それでも、この約束が二人の再会を実現してくれたと信じている。
 約束自体の実現は、いつになるのか見当もつかないが。
「そうだ。どうせすぐには叶わないんだったら……」
 ふと思い付き、アリスは自分のリボンを手に取った。
 その両端を、自分と藤原の左薬指にそれぞれ結び付ける。
 長さが足りなかったので、二本のリボンを一本に繋いで事なきを得た。
「今のところは、これで勘弁しといてあげるよ」
 ワイシャツのウェディングドレスに、パジャマのモーニングコート。
 即席のエンゲージリングで藤原と繋がり、アリスは満足げに笑った。
 いつかは、見えない糸で繋がる事を祈りながら。


「……もうちょっとくらい、欲張っても良いよね」
 誰かの声と何かが圧し掛かる様な感覚で、藤原は目を覚ました。
 夢から引きずり出されてすぐの頭では、何が起きているのか把握する事も出来ない。
 取り合えず、目を閉じたまま意識がはっきりするのを待つ。
 やがて、昨晩アリスを泊めた事を思い出した。
 身体に乗っているこの重さは、恐らくアリスのもの。
 彼女の事だから、何かはた迷惑な事を考えているに違いない。
 ――朝っぱらからこいつは……。
 呆れつつも、少し驚かせてやろうという悪戯心も少し働き、藤原はパッと目を開く。
 しかし、驚いたのは藤原の方であった。
 目に映ったのは、暗がりの中、覆い被さる様に上体を倒してくるアリス。
 傍から見れば、押し倒されている様にしか見えないだろう。
 藤原が声を上げる間もなく、アリスの顔は藤原の視界の上へ向かい……。
「大好きだよ、お兄ちゃん」
 しっとりと柔らかく、それでいて熱っぽい感触を、額に感じた。
 事態の整理が出来ず、出掛かった声も詰まってしまう。
「光様、ベッドから落ちた様な音がしましたけど、大丈」
 扉の方から光が差し、明の声が聞こえてくる。
 そして、それは中途半端なところで途切れてしまった。
 頭の中が真っ白になり、ようやく藤原が理解出来たただ一つの事。
 ――終わった。



第七話 完



繋ぎ 哲也秋原のあじきない話

「バンドを組みたい」
 サイコロが一の目を出すのを待たずに、秋原は告げた。
 突然過ぎる発言に、沈黙する一同。
「……はあ?」
 数秒後、藤原は信じられないといった感情を込めて聞き返した。
「アニメか何かの影響でしょう。全く、子供では有るまいし」
 棗も、軽蔑の目線を向ける。
 堀だけは、目を輝かせて秋原を見ていた。
「まあ待て。俺の知り合いが、上物の楽器を安価で譲ってくれるらしくてな。青春にバンドは付き物であろう。ギャルゲーにとっての発売延期の様な物だ」
「肝心の喩えが意味不明なんだけど」
「本編で販促すればCDの売り上げも伸びる故、水着回並の美味さもあるしな」
「生々し過ぎる話をするな」
 どこかずれる説得を続ける秋原に、藤原はことごとくツッコむ。
 こんなノリでバンドを組まれて、挙句巻き込まれるのは御免だ。
「……時に棗。貴様、何か楽器は出来ぬか?」
「完全無視かよ」
 青春だ何だと言いつつ、結局強引な通常運行で進めるらしい。
 こうなると手が付けられない事を知っているからか、棗はツッコむのを諦める様だ。
「幼い頃に、嗜む程度ですが。フルートや提琴も経験しましたが、洋琴が主でしたね」
 真っ先に『お嬢様』をイメージしたが、彼の前では禁句である。
「ならば、キーボードは任せよう。一先ず二人だな」
「ま、貴方が切に望むならば善処しましょう」
 嬉しそうに言う秋原に、素っ気無く振舞う棗。
 しかし、棗が内心楽しみにしている事は、挙動の一つ一つから容易に読み取れる。
 秋原が最初に声を掛けたのも、こうなる事を予測しての事だろう。
「あ、あの、先輩」
 堀が、怖ず怖ずと手を挙げる。
「僕も参加したいです。未経験ですけど、頑張りますから」
「トライアングルで良ければな」
「空気な上にバンドじゃ明らかに浮くじゃないですか……」
 遠回しに拒否される堀であった。
「で、お前は経験者なんだろうな?」
 好き放題する秋原をたしなめるべく、尋ねる藤原。
 棗はともかく、秋原は三代揃って向こうの世界の住人だ。
 ペンを持つ手で、更に楽器まで弾ける程器用な人はそういないだろう。
 しかし、藤原の予想に反して、秋原は余裕の笑みを浮かべる。
「ふっ、馬鹿にするでない。伊達や酔狂で言い出してはおらぬわ。ギターはやり込んでおってな。一応、全国ランキングにも名を連ねているのだ」
「マジかよ……」
 秋原の意外なスキルに、藤原は素直に驚いていた。
 絵が上手い上に、楽器の嗜みまであったとは。
 人格に難があるが、芸術肌を体現した様な漢である。
「秋原さんの六弦琴の腕は、私も此の眼で見ましたよ。但し、ゲームセンターで、ですけど」
「がっかりした様な、安心した様な……」
 棗の言葉で、その幻想は早くも崩れてしまった。
 スポーツ漫画を読んで、上手くなった気でいる様なものだ。
「ふっ……何を言っておるか。今の世の中、スポーツすらゲームで体感出来るのだぞ。体感型ゲームを侮る輩に、体感型ギャルゲーを夢見る権利などないわ」
「別に夢見てねえよ」
 体感型ゲームと同程度にしか音楽を見ていないバンドに、果たして未来はあるのだろうか。
「ともかく、残るはベースとドラムだ。どうする、藤原?」
「俺は確定なのかよ……」
 いつの間にかメンバーに加入する事が前提になっており、藤原は頭を抱える。
 自ら望んで泥舟に乗る人が、果たしているだろうか。
 しかも、楽器が二択しか残されていない。
「そういえば、管弦楽団のシンバル担当は、他の楽器担当と同じ給与を頂くそうですよ」
「ほう。一、二回鳴らせば良い楽器で、それ程の給与が……」
 脈絡の無い棗の豆知識に、秋原は驚きと興味が入り混じった様子で食いついた。
「拘束時間は同じですし、人数が少ない分、上手下手が如実に現れますから。ま、音楽の知識が無い方には、指揮者と同じく必要性を疑われるかも知れませんね」
 更に豆知識を披露する棗。
 要するに、遠回しに秋原の無知を嘲っているのだろう。
 バイト感覚で仕事にしそうな秋原に、釘を刺す意味もあったのかも知れない。
「よし、ドラムは堀に一任しよう」
「シンバルだからですか!? シンバルだからですか!?」
 嫌なタイミングで押し付けられ、堀は思わず二回繰り返した。
 全て秋原の一存で決まっている辺りが納得出来ないが、堀であれば仕方がない。
「では、藤原は余りのベースか……ふっ、福がありそうで良いではないか」
「いつか覚えとけよ……」
 わざわざ神経を逆撫でする言い方をする秋原に、藤原は報復を誓う。
 バンド自体嫌がっていた事は、藤原自身も忘れてしまった様だ。
 こうしてそれぞれの担当楽器が決まり、新しいバンドが芽吹いた。
「結成記念に、バンド名も決めてしまうとしよう。発足させた俺自身のイニシャルを使い、『特攻バンドAチーム』はどうだ?」
「まずはベトナムで合宿か?」
 幸先の悪すぎる秋原の提案に、藤原はまともな名前を半ば諦めた。
 高校生のバンドが、何故に中年受けを狙わねばならないのだろうか。
 そして、何故全員が元ネタを理解しているのだろうか。
「御言葉ですが、秋原さん。大事な事を忘れていませんか?」
「何……だと……!?」
 棗の指摘に、秋原は無駄に仰々しいリアクションをする。
「点呼を取れば、其が何か直ぐに解りますよ」
「良かろう。『俺のような天才ギタリストでなけりゃ、変態紳士共のリーダーは務まらん!』」
「どんな点呼だよ……。『ハリセン担いで、パロディから下ネタまで何でもツッコんでみせるぜ!』」
「此の私が、天使の名を戴くとは。『情報収集はネットと顔の広さで御手の物』」
「『地味? 空気? だから何?』……あれ?」
 堀が口上を終えると共に、全員が棗の言葉の意味に気付いた。
「……一人足りんな」
「今更気付きましたか」
「やむを得まい。職業繋がりで真琴嬢を棗のポジションにし、棗には生徒会長をぶん殴って貰おう」
「学歴と操に係るので断ります」
 秋原の提案は、ひとまず頓挫する事になった。
 生徒会長に『美少女』として襲われかけた事があるので、棗が断固断るのも無理はないだろう。
 そもそも、バンド名に軍の部隊名を使うという発想自体間違っているが。
「他の案を考えねばならんか……。四人組ならば、『四』の付く四文字熟語はどうだ?」
 第一希望を潰されたからか、次は幾分まともな提案をする秋原。
「僕は『四角関係』が良いと思います」
「誤解されるから止めろ」
「でしたら、『四苦八苦』はどうですか?」
「縁起悪いな、おい」
 しかし、頓珍漢は一人ではなかった。
 藤原一人では、到底真っ当な方向へ進ませる事は出来ないだろう。
「じゃあ……『四海兄弟』は?」
「堀さんには無縁の話ですね」
「『四面楚歌』!?」
「ふっ、解っておるではないか」
 挙句、秋原や棗までもが悪乗りする始末だ。
「正直、このメンバーじゃ意見が一致しないだろ。バンドの体さえ成さないぞ」
「案ずるな。最終手段にとして、『音楽の方向性の不一致により解散』を残してある」
「解散しようにも、名前すら決まってないっての」
 リーダーの奥の手がこれでは、このバンドも高が知れている。
 秋原の言う通り、結成して五分で解散か……と藤原が思った時。
「……『四色問題』」
 棗に電流が走った。
 その独特且つどこか心地良い言葉の響きに、全員の注目が棗に集まる。
「棗よ、その言葉は何だ?」
「総ての地図は、四色有れば同色が隣接する事無く塗り分ける事が出来る、という定理です。ま、紙と四色のペン丈で出来ますから、後で各々慥かめて下さいな。本来は『四色定理』なのですが、証明されるのに百年も掛かったので、定式化前の『四色問題』でも通るそうです」
「で、何故にその名が出たのだ?」
「私達四人が、互いの色に染まる事は無いでしょうから。一枚岩ではない事を表した名前ですよ。とは云え、私達は若輩者。今の色の儘では居られないでしょう。其の不安定感を出す為に、『定理』ではなく『問題』にしました」
「流石は棗。伊達に物書きはしておらんな。俺はこれで良いと思うが、貴様等はどうだ?」
 内心誰よりもやる気であろう棗の案だけあって、秋原は絶賛する。
 成り行きで巻き込まれた藤原と堀にも、反対する理由は無かった。
 ――そのセンスを、兎にも発揮してやれば良かったのに。
 藤原は先程の話を思い出したが、争いの火種しか生まない気がしたので、胸の奥に押し留めておく事にした。
「では、ここに四色問題の結成を宣言する! まずは、文化祭で『四分三十三秒』のカバーを披露するとしよう」
「……俺、やっぱ降りるわ」
 藤原の苦悩を余所に、秋原はサイコロを振った。



to be continued
2009-06-23 18:33:24公開 / 作者:月明 光
■この作品の著作権は月明 光さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
色々とちょうど良いので、次からは新しい記事に移動します。

閑話その四
2008年1月までのログから引き継いできました。
とことんマニアックな話が書けたり、久しぶりに棗がまともに登場したりと、作者としてはそれなりに満足。
アリスの汎用性が高い余り、かなり長い話になってしまいました。

繋ぎ
2008年1月までのログに載っているスピンオフ『哲也秋原のあじきない話』の続き。
別にスレ立てようかとも思いましたが、やはり『暑さも寒さも彼岸まで』系列なので。
堀は案外使い勝手が良い。地味だけど。

閑話その五
本編と閑話の垣根が低くなってきたので迷ったのですが、これは絶対本編じゃないだろうという事で。
シンデレラをうちのキャラでキャスティングしてみたら、案外配役が簡単に決まったのがきっかけ。
本家にはいないキャラも数名いますけどね。

第六話
もう本編で良いや、って事で本編に数えました。
プププランド並に平和な明草町(の藤原宅)に、黒い影現る!
……と書けば波乱の予感っぽいですが、相変わらず平和な明草町でしたとさ。終わってどうする。
今回は久しぶりに夕がメインです。それもプライベートスタイルで。
教師も姉も無い夕なんて、ただの貧乳じゃん! ……と思った人は、膨らむまで彼女の胸を揉んできなさい。

繋ぎ
棗を起こす方法がなかなか思い付かなかったのですが……流石は秋原。
かくいう私も、四月一日に妹の「小沢が辞任!」で飛び起きました。

第七話
前半は「幼女と添い寝ってロマンだよね」、後半は「ヤンデレな幼女って良いよね」と思いながら書き上げました。
連載を始めた頃から考えていた話を消化出来たので、ひとまず安心です。
これを書かないと書けない話も少なくないので。

繋ぎ
まさかのバンド結成となりましたが、バンド話があるかは未定。
この四人を『四色問題』で括れるようになった事の方が、私としては大きいですね。
『あじきない話』の息が長いので、この四人組には自然と愛着が湧きます。
この作品に対する感想 - 昇順
こんにちは!読ませて頂きました♪
ボキャブラリーの少ない私なので、これはシュールな感じなのかなと書いてしまうのですが、エピソード事態は、よくある日常なのに、なんか違うみたいな雰囲気なのかと思ったりしました。卵割ったりとかは本当に昔、練習したなとか思い出したり。今回のアリスの行動など面白いなとは思いつつ、やっぱり笑いのツボって人それぞれだから難しいなぁと思ったりしました。文章は読み易くて良かったと思います。
では続きも期待しています♪
2009-01-01 13:42:06【☆☆☆☆☆】羽堕
はじめまして。ゆうらといいます。
これしか読んでいないので、ストーリーや登場人物はよくわからないのですが、面白いと思いました。話の運びや、丁寧な心の描写なんかが。閑話ということは、サイドストーリーのようなものでしょうか。なんというか、気に入りました^^ 頑張って更新してください。では。
2009-01-02 21:57:18【☆☆☆☆☆】ゆうら 佑
>羽堕さん
感想ありがとうございます。
シュールと評されたのは初めてなので、新年早々新鮮な気分です。
あるあるネタとマニアックネタを混ぜた漫才orコント小説なので、日常とそうでない何かの間を漂う小説、とでもお考え下さい。
卵は私も苦労しました。肝心な時(ケーキとか)に限って黄身が割れてしまったり……。
文面からして、ツボを外してしまったのでしょうか。自らの未熟さを思い知りました。

>ゆうら 佑さん
感想ありがとうございます。
無理に前回を読まなくても楽しめる連載を心がけているので、こういう意見は嬉しいです。
最近は本編と閑話の境目があやふやになってきているので、夢オチ系以外は本編にしようかな、と思っています。その程度のものだとお考え下さい。
2009-01-03 05:39:41【☆☆☆☆☆】月明 光
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
カラオケのネタは、確かにあるなぁーなんて思いながら、ちょっと笑えました。シンデレラのネタは結構、いろいろなメディアでパロディを見たことがあるのでネタかぶりな部分もあったりしましたが、それでも楽しく読めまたと思います。
では続きも期待しています♪
2009-01-08 17:40:36【☆☆☆☆☆】羽堕
初めまして、葉羽音色です。昔のログからも漁って、貴方の作品、時間を忘れていくつも読み耽ってしまいました。
所々にちりばめられたネタにニヤニヤしつつ、声をあげて笑ったところもあります。
たいしたこと書けなくて申し訳ないですが、最後に。
いいセンスだ(ネタです。気を悪くしたならごめんなさい)
2009-01-08 18:02:34【☆☆☆☆☆】葉羽音色
>羽堕さん
感想ありがとうございます。
カラオケの話は、大体私の実体験だったりします。部屋が判らなくなったり歌ってる最中に一人になったり……。
シンデレラの話は、サブタイトル通り散々踏襲されてますね。私自身は、そういうのあんまり気にしない性質なので。

>葉羽音色さん
オセロット! オセロットじゃないか! ……ネタに反応したところで。
感想ありがとうございます。
わざわざログまで読んで下さって、ご苦労様でした。
私は、二年以上前のは黒歴史過ぎて読めないですからね。作者なのに。
2009-01-14 00:57:11【☆☆☆☆☆】月明 光
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
ガラスの靴の変わりが、あんなモノだとは!という事と、それを絡めての展開に笑ってしまいましたw良かったです。
では続きも期待しています♪
2009-01-26 17:04:39【☆☆☆☆☆】羽堕
羽堕さん、感想ありがとうございます。
アリスの個性を最も顕著に表そうと思うと、落し物はあれ以外浮かびませんでした。
問題は、何故それを持ち込んでいたのかを書き損ねた事ですね。
次の更新の時に、併せて直しておきます。
2009-01-31 01:30:12【☆☆☆☆☆】月明 光
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
私も魔王は大っ嫌いなので、すごく分かるって感じで笑えてしまいました。今回は藤原のツッコミも冴えてるように感じて「珍しいカブト虫の雌」って所で一番笑ってしまいました。最後の入刀形式で退治って絶対に嫌だなって思います。今回はハマった感じで面白かったです。
では続きも期待しています♪
2009-03-03 16:51:46【★★★★☆】羽堕
羽堕さん、感想と点数ありがとうございます。
世の中に、魔王が好きな人はどれ程いるのでしょうね。数えるほどしかいないと私は思います。
私も魔王と遭遇して膠着状態に陥った事があるので、ある程度実話が混じっているような、そうでもないような……。
2009-03-05 17:17:42【☆☆☆☆☆】月明 光
こんにちは!続き読ませて頂きました♪
もし自分の服なんか駆け上がってこられたと思うと、今回は鳥肌が立ちそうなぐらいでした。でもどうにか無事電子ジャーじゃなくて掃除機の中に封印できて良かったです。目のつかない所で、ひっそりとしてくれてれば40匹いようと……良くないけど諦められるかなとか思いました。楽しかったです。
では続きも期待しています♪
2009-03-13 10:10:06【☆☆☆☆☆】羽堕
羽堕さん、感想ありがとうございます。
掃除機に封印出来たのは良いのですが、その掃除機をどうするかで困ってしまいますね。開くのに勇気が要りそうです。もしかして、口の方から這い出てきたりとか……もう止めときます。
例え目に付かなくても、住んでいる家のどこかにいるというのは、結構気味悪いと私は思います。知らないうちに、間接的に触れていたりして……。
2009-03-15 21:11:02【☆☆☆☆☆】月明 光
こんにちは! 続き読ませて頂きました♪
 秋原みたいな奴と、いじられている棗、きっと友達が目の前で、こんなやり取りしていたら面白いんだろうなって思いました。
 友達や知り合いの意外な一面を見つけたからと言って、証拠を残すとか秋原コワーとか、ちょっと思ってしまいました。楽しかったです。
では続きも期待しています♪
2009-04-04 13:24:55【☆☆☆☆☆】羽堕
羽堕さん、感想ありがとうございます。
秋原は、特に棗に対しては果てしなくサドです。多分愛です。
そしてその為なら、どこからともなく個人情報を掴みます。リアルにいたら引きます。
2009-04-07 01:54:41【☆☆☆☆☆】月明 光
こんにちは! 続き読ませて頂きました♪
 アリスの怖い番組の後で一人でいたくないという気持ちは分かるなぁって感じました。
 藤原の「世の中には、もっと暗くて重い物抱えてる」このツッコミが、なんだか凄い決まってる気がして、いつか私も使ってみたいです。
 アリスと藤原に8年前に何があったのかな? でも藤原もちゃんと覚えてるみたいだし、後半がその話になるのかな、楽しみです。
では続きも期待しています♪
2009-04-20 18:00:47【☆☆☆☆☆】羽堕
羽堕さん、感想ありがとうございます。
私も、最近になってやっとテレビをつけずに眠れるようになったくらいなので、アリスの気持ちはかなり解ります。
藤原のあのツッコミは、まず相手に暗くて重い物を抱えさせないといけませんからね……平均的な体格の人なら、三十五歳無職童貞とか。
この話の前半は、後半の過去語りを円滑に進める為の、いわば前振りです。今は、これ以上の説明を避けます。
2009-04-21 00:06:59【☆☆☆☆☆】月明 光
こんにちは! 羽堕です♪
 過去へ本当にタイムトリップしてしまったのか、それとも夢なのかは分からないけど、今のアリスは産まれて良かったと思えているのだから良かったなと思いました。
 光は昔から確かに大人っぽいなって思いつつ、アリスからの一方的な約束なのかも知れないけど、ずっと先の話だろうけど、光はどうするんだろうって思っちゃいます。まぁ明に見られちゃ終わりですねw
であ続きを楽しみにしています♪
2009-06-15 13:50:47【☆☆☆☆☆】羽堕
羽堕さん、感想ありがとうございます。
アリスのこれは、この後も続く予定です。どういった形でかは、まだ伏せておきますが。
藤原がアリスをどう思っているかは、いずれ語られると思います。
彼なりの考えはありますが、果たして広く受け入れられるかどうか……。
ちなみに、この後明の誤解は解けた……ら良いのにな。
2009-06-23 03:43:35【☆☆☆☆☆】月明 光
こんにちは! 羽堕です♪
 バンド始めようって、とっかかりの部分から、その感覚分かるななぁ……分かっちゃうのが嫌だなぁって感じで良かったです。棗の豆知識って「へぇー」と「昔、そう思ってたぁー」という気持ちになりましたw
 四色問題の結成、おめでとうございます♪ 秋原のネーミングセンスは酷くて、どうなるかと思いましたが、棗がいい仕事してくれたなって感じですね。元ネタの分からない部分もあったりはしたのですが、楽しかったですw
であ続きを楽しみにしています♪
2009-06-23 17:41:50【☆☆☆☆☆】羽堕
羽堕さん、感想ありがとうございます。そして、返信が遅くなりすぎてすみません。
学生がバンドを組む理由の多くは「モテたいから」だと思っているのは、私の偏見なのでしょうかね。四色問題は、かなり変則的な理由で結成されましたけど。
ちなみに、「特攻バンドAチーム」の元ネタは、アメリカのアクションドラマが元ネタです。日本語吹き替え版のオープニングでの名乗りが人気……かもしれません。
2009-07-19 03:21:55【☆☆☆☆☆】月明 光
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。