『無題』作者:K / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 「おい、まだかー」
 「もうきたんか将太!もうちょい待ってー」
 将太は急かすように清を呼んだ。清が遅れるのは毎朝のことである。将太はせっかちな性格だが、清が遅れることに対してはすでに慣れていた。しばらくして清は支度を終えて出てきた。それはいつもと変わらぬ光景だった。

一九四六年十一月二一日。よく晴れた朝。この日は十一月だというのに全国的に夏日だった。ここ大阪の町もその例外ではなかった。終戦を伝える玉音放送から一年と数ヶ月、かつての焼け野原に家が並んでいる。露店がある。大阪人のたくましさを絵に描いているように、復興の色いちじるしかった。なにより一番変わったことは、アメリカ兵の乗った車が街道を我が物顔で往来していることだ。アメリカ兵は車の中に食料や菓子類を載せ、道筋で物乞いする人たちに分け与えていた。終戦直後は違和感のある光景だったが、今となっては日常的なことになっていた。

 将太・清は、ともに金沢の疎開先から帰ってきたばかりで、ちゃんとした小学校に通うのが楽しみでしかたがなかった。しかし、それ以上にほんとの楽しみは放課後にまっていた。
「おい清、学校終わったらいつものとこ行くぞ」
 将太は授業が終わるのを待ちきれずにいるようだった。清はいじわるそうな顔をしながら、手で(OK)サインを返した。
「アホか、アメリカみたいなことすんな」
 将太は思わずカッっとなってしまった。将太はアメリカが心底嫌いだった。それというのも、八つ上の兄がフィリピンでアメリカ兵に殺されたからだ。いつも車に乗るアメリカ兵を見ると石を投げたりして、そのたびに清に止められていた。しかもそのことがばれる度に、両親からこっぴどく叱られてしまう。しかし、将太の怒りと憎しみの感情はそんなことさえもかまわないほどに大きかった。
 そのうち授業は終業のベルとともに終わり、二人は近所の裏山に向かった。そこは二人の秘密の遊び場であり、秘密基地の隠し場所だ。いつも学校帰りは遊びに行っていた。
 うっそうと茂る杉林の間を縫うようにシダや苔が群生している。ひんやりと冷たい風が杉林の匂いを運び、とても心地よい場所である。山自体はかなり低く、頂上の向こう側には小さな沼が広がっている。こどもたちにとってはかっこうの遊び場だ。その山の中腹に将太たちの秘密基地がある。
「今日は沼で釣りしよや」
 将太はそういうと基地の近くに落ちてある、木の棒を拾い上げ、基地の中にしまってある糸に結いつけた。清も同じようにして、糸の先にするめをつけて沼に向かった。
 二人は名前もない小さな沼で糸をたらしながら、なんでもないような話しを楽しそうに延々と続けた。そのうち日が暮れそうになったので二人は基地に戻っていった。
「おれ今日ザリガニ三匹やで!今日はおれの勝ちな」
 将太は勝ち誇ったようにいった。
「しゃあないなぁ、明日は勝つからな」
 そんな会話を交わしながら二人は山を降りていった。帰路につくため大通りに出たときである。前から車のエンジン音が聞こえてきた。
「アメ公がきたんちゃうか」
将太は不愉快そうにいった。その将太とは裏腹に、清は道の横にそそくさと除け、もの欲しそうな顔をしていた。やがて車が近づいてきた。将太はしぶしぶ清のもとへいき、誰にも気づかれないように石を拾い上げた。そのころ清は、車に群がるこどもや浮浪者といっしょになって、ギブミーギブミーとカタコトの英語で物乞いをしていた。将太はそんな光景を見るのが嫌でしかたがなかった。なぜあんなやつらに媚びるんだと感じ、憎しみが頂点に達した刹那、思わず石をなげてしまっていた。石はヘルメットにあたって地面に落ちたが、アメリカ兵にすればこういうことは日常茶飯事である。ちらっと将太のほうを見ると、何事もなかったように食料を配り始めた。清はあわてて群れを抜け出し、将太の腕を掴んで走った。
「あほか!なんで石投げんねんな!いろいろ物くれるし優しい人やんか」
「おまえは、あいつらの本性知らんねや!あいつらは人殺しや!」
 将太は語気を荒げていった。
「そっか、兄ちゃんのことやな。せやかてもう戦争終わったやんか。今は食べもんかてくれるし。ほら、このチョコレートあげるから」
 清が袋に入ったチョコレートを渡した。当時、チョコレートはかなり貴重であり進駐軍の配る食料の中でも一番人気があった。それを清は惜しげも無く差し出した。
「いらん!」
 将太はそういうと、走って家に帰ってしまった。

 翌日、将太は学校を欠席した。清は心配になり学校が終わってすぐに裏山へ走った。清の予想通り、将太は秘密基地に中にいた。
「やっぱりおった」
 清はふてくされて寝ている将太に声をかけた。
「やっぱきのう怒られたんやろ。あんなことするからやんか」
 依然、将太は黙ったままだ。
「ほら、釣りいこ!今日はおれが勝つってゆうたやん」
 そういうと清は将太をむりやり起こした。
「痛い痛い、無理やりすんなよ」
 二人は昨日と同じく竿を持って沼に向かった。
 山の天気は変わりやすいというが、今日はその通りだった。気持ちよく顔を出していた太陽が陰りはじめ、だんだんと雲行きが怪しくなってきていた。沼についた二人は小雨が振り出したのも気づかず、釣りに夢中になっていた。次第に地面が沼特有の湿気と相まってぬかるんできた。「おい、こっちにでっかいのおるぞ」
 すっかり釣りに夢中になっている将太の声がした。
「それもいいけど、雨降ってきたしそろそろ山降りへん」
 清がそういった瞬間、将太の妙な声が聞こえた。
「うわっ!やばい!」
「どないした、将太」
 清が駆けつけてみると、将太は沼に足をとられ、腰の深さまではまってしまっていた。どうやら雨のせいで足を滑らせたらしい。
「やってもたわ!」
「うわ、どうしよ…。将太、ちょっと待っとれよ、大人呼んでくるから」
 そういうと清は、全速力で山を降りていった。

 総じて雨の日は人が少ないといわれるが、この日も例外ではなかった。あたりを見渡しても誰もいない。清はあせった。早くしなければ将太が危ない。そう感じていた。大人を探すのをあきらめて、また山に戻ろうと考えていたとき、前方からきのうと同じエンジン音が聞こえた。アメリカ兵だ。とっさに清は手を大きく振った。きっと将太は怒るだろう。そんなことは目に見えていたが、選り好みをしている場合ではない。気づいたアメリカ兵はカタコトの日本語で清の話しを聞いた。なんと、そのアメリカ兵というのは、きのう将太が石をぶつけたあのアメリカ兵だった。事情を必死に説明するとアメリカ兵は、助手席に清を乗せて山へ向かった。

「将太!大丈夫か」
 清とアメリカ兵は沼をのぞきこんだ。
「きよしー」
「おった、えらい沈んでるやんか!早く助けたって」
 すでにぬかるんだ沼は、将太の首筋まで飲み込もうとしていた。沼一体の湿気が身体にまとわりついて心地悪かった。アメリカ兵は将太に近づき手を差し伸べた。英語でなにか言っている。
「アメ公やんけ!なんでこんなやつ連れてきてん」
将太はあわてて手をひっこめた。
しかし、アメリカ兵は一刻を争う危機的状況を判断し、自ら沼に入りどろどろになりながら無理やり将太を引き上げた。

 「大丈夫か、将太」
 引き上げられて地面に寝そべる将太にむかって心配そうに声をかけた。アメリカ兵はドロドロになった服を手で払いながら将太の顔を覗き込んだ。
「ダイジョウブデスカ?」
将太はアメリカ兵を目の前にしたとき、脳裏に兄の面影がよみがえってきた。
「おまえが兄ちゃん殺したんや!あほ!こっちくんな」
 将太は目に涙をうかべ、仰向けでダダをこねるようなそぶりで泣いた。しばらく沈黙が走った。アメリカ兵は沈痛な面持ちをしながら、やさしく将太に手を差し伸べた。
「ゴメンナサイ…。センソウモウシマセン。ニホントアメリカ、トモダチデス」
 そういってポケットから飴玉を出した。それを静かに将太に差し出した。清はその一部始終を心配そうに見守っていた。また将太のカンシャクが起きたらどうしよう。そういう表情だった。将太はしばらくアメリカ兵の顔を睨みつけたあと、飴玉を奪うようにとった。
「もらっとく…」
 将太は、涙で顔をくしゃくしゃにしながら飴玉をほうばった。
「ほら、兵隊さんにもいい人おるやろ。将太の思ってる人ばっかりと違うで。ちゃんとお礼しーや」
清がいった。
 将太はしばらく黙っていたが、やがて重たい口を開いた。
「…ありがとうな」
「ワタシタチナカヨクナレマスカ」 
「…しゃあないな。ただし、秘密基地のこと誰にもゆったらあかんで!約束できるか」
 清は将太がそういったのを聞いて、安心した。
「OK!トップシークレット」
「よっしゃ、んじゃ仲間に入れたるからついてこい」
 そういうと将太は、われ先にと秘密基地に向かっていった。ちょうどそのときだろうか、どんよりと曇った空から晴れ間が差し込んできた。遠くで将太の声がする。

「おい、まだかー」


2003-11-26 22:38:21公開 / 作者:K
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■作者からのメッセージ
こういうジャンルは少し場違いかな・・・。とりあえず私の処女作です。
少年のわだかまりが溶けていく感じを書きたかったのですが、後半は走っちゃいました・・。
この作品に対する感想 - 昇順
世界の優しさっていうものが、じんわりと伝わってきました。良いお話だと思います★
2003-11-27 15:51:26【★★★★☆】鈴
計:4点
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