『きっと明日は、笑ってる。』作者:木の実 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
とある駅のホーム。彼女は、『夢を記憶する能力』をもっている。彼はその夢の話を聞くのを、毎朝の日課としている。しかし、ある日、草原の中で、郵便やに彼女宛の、しかも彼からの手紙をもらったと言う。そこから、悲運が、二人に襲い掛かる。二人の、明日には、“笑顔”という文字があるのだろうか。
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原稿用紙約16.87枚
春みたいに、暖かい木漏れ日。
草原の風が、彼女の黒い短めの髪を靡かせた。

「郵便です」

誰も居ない筈のこの世界に、人が居るなんて。そう思い、彼女のくりくりとした瞳は、いつの間にか居た、その人物を捕らえた。
漆黒の瞳。 その瞳に反発するかのような、純白の髪。 格好は、完璧な郵便やだ。 きっちりと整えられた作業服に使い古されたような、ベージュの鞄。

「お手紙です」

郵便やは丁寧な言葉で、手紙を受け取るように促した。彼女は躊躇いながら、その手紙を受け取った。
その手紙の封筒には、『由希』と書いてある下に、林檎の絵が描いてあった。
そして、郵便やは、ニッコリ笑って、砂の様に消えて行った。 彼女は全く気にせず、手紙を凝視する。

「……手紙……?」

彼女は、驚きながら、声を漏らす。しかしながら、手紙を開くことはしなかった。
夢は、終わりの淵に居た。
*
「何、その夢。林檎、お前おかしいぞ。」

「知らないよ。ただ、憶えてるだけなんだから。それに、由希に“おかしい”何て言われたくない」

駅のホームで、電車を待ちながら話す男女。
恋人でもない様子は、ホームの椅子に一つ間を空けて座っている事から読み取れた。
由希は、気だるそうに、だらしなく着た制服を誇らしげに着ているが、林檎にとって、正直、逆にかっこ悪かった。
林檎は、クラスに一人は居る、真面目生徒。
格好も、ぜったに校則違反なんてしてません、と言われても納得するほどの、きちんとした服装だった。 白いマフラーが似合う、黒いショートカットの髪も、長く伸ばしたり、全く色を染めていない様子だ。
二人は、世に言う幼馴染だ。保育園から、親が仲良かったから、子供も自然に仲良くなった、というお決まりのパターンだ。

「林檎のさ、その草原の夢、気に入ってる?」

林檎の夢は、昔から一つの場所しか出て来なく、その場所はいつも穏やかな春の陽射しで包まれている草原。
そして、その夢の内容は、現実で起こった事の様に、憶えている。それは由希にしか打ち明けていない事実だった。
由希は林檎の方に顔と人差し指を向け、興味本位で訊いて見た。
何度も訊いた事ある質問だが、あまりきちんとした答えが返って来た事などなかった。

「人に指差しちゃいけないんだよ」

いつもと同じようにはぐらかされた。
由希は何も言わずにため息をつき、立ち上がって、電車が来るかどうか確かめようと、線路を覗いた。
そして、笑顔で、林檎に手を振る。林檎は電車が来たのだと読み取った。 林檎は立ち上がって、線路沿いに立つ。
一分くらいの時間、無言で待っていると、誰も真面目に聞かないアナウンスが流れて、冷たい風を纏わせながら、電車がホームに入ってきた。
機械音と共に、止まって、ドアが開く。 それと共に、二人はドアを挟むように、席の端に座った。
林檎は鞄の中から、本を一冊取り出し、読み出した。一方、由希は眠たそうにあくびをして、眠ろうかと目を瞑ったが、すぐに目を開けて、林檎の方を向いた。

「あっ、明日、降るかな?」

由希はまた、林檎に人差し指を突き出しながら、思い出した様に言った。
林檎は面倒臭そうに、本からゆっくり目を離し、目で「何が」と語っていた。

「雨」

忘れていた単語を言って、林檎を見た。林檎は、外を見てみる。
外は、カラッとした晴れ、とまでは言わなかったが、少し雲が出ている程度の晴れだった。

「私、天気予報士じゃないけど、このままいけば、晴れなんじゃない?」

「そっか」

由希も外を見て、ニッコリ微笑んだ。
林檎は不思議に思いながら、何か明日あるかと考えたが、全く思いつかず、由希に聞いてみた。

「何、降って欲しいの?」

「いや、明日は……」

由希は言葉を詰まらせて、黙り込んでしまった。
林檎は、ため息をついて、本の世界にのめり込んでいく。由希も、小さくため息をついて、目を閉じ、眠りについた。
ガタン ゴトン ガタン ゴトン
電車は音を立てながら、走る。 林檎は切りのいい所で頭を上げると、次の駅で目的の駅だった。

「由希……。由希、起きて」

座ったまま、由希に声を掛けるが、全く起きる様子がない。
朝から何故そんなに寝れるのか不思議に思いながら、林檎は席を立ち、由希を揺するが、全く起きる様子がない。
由希は、いい夢でも見ているか、少しだけ、にやっと笑った。 そのにやけた顔を見ながら、林檎も、少しにやけてしまった。

「あ、駅、着いちゃったよ。由希、起きてよ」

「……ん、あ、林檎? 駅……着いた?」

「あ、起きた。うん、着いたから、早」

“く”を言う前に、人の波に飲み込まれてしまった。
由希は寝ぼけた頭で、林檎を探す。林檎は一生懸命手をあげて、助けを求めた。
そして、やっと、気付いたかと思うと、強引に、林檎の手を勢いよく引っ張り、十分の胸に抱き寄せる格好になってしまった。

「うぷ」

「何、その声」

見上げると由希の瞳が、林檎を見つめていた。顔が近い事が判るまで、多分、十秒位掛かった。
由希はそんな事、全く気にせず、何かを思いついたように、声を弾ませて、言った。

「そうだ! 林檎、一緒に遊びに行こうぜ。高校に上がって、一度も遊んでないし」

「え、遊びに? ……う、うん。いいよ、約束」

「うん! 約束な!!」

由希は林檎に小指を突き出して、綺麗に笑った。
林檎も由希の指に自分の小指を絡ませ、綺麗に笑った。
*
暖かな春。 その草原には、人っ子一人今まで現れなかった。
それなのに、林檎の特等席には、何故か郵便やが座っている。

「また、お会いしましたね」

ニッコリと笑顔で言うと、立ち上がって、パンパンと尻についた草をはらった。
そして、手紙を林檎に差し出す。しかし、 林檎は受け取らずに、怪しい郵便やを見る。
郵便やは、相変わらず、にこにこと爽やかな笑顔だった。

「貴方、誰なんですか?」

林檎は唐突に質問する。
郵便やは、少し驚いたようだったが、すぐにいつもの笑顔に戻って、考え込むように、右手を顎に添えて、何も言わずに肩を竦めた。

「これ以上……私の夢に、土足で入らないで下さい。手紙なんて要らない。ちゃんと、由希は私の隣りに居るから。手紙じゃなくて、言葉で伝えられる」

林檎は凄味のある声で言った。
郵便やは、まだふざけた様な、嘘っぽい笑みを漂わせていたが、その顔が一気に真面目な顔に変わった。
林檎はつい、一歩足を引いてしまった。その足にあわせたのか、郵便やは一歩前に足を出して、先程の笑顔が嘘の様な、恐ろしく、林檎を脅す様な眼つきに変わった。

「言葉で伝えられない人は、どうやって言葉を伝えるんですか?」
*
「えっ、憶えてない!?」

「うん……、草原に居たことは憶えてる。それで……郵便やが……」

駅のホーム。
少し湿気が多い、雨の降った、暗い天気だった。 冬の冷たい風は、昨日よりいっそう冷えて、林檎と由希の間を駆け抜ける。
林檎は頭を抱えながら、必死に思い出そうとする。 頭を抱えても、全く憶えていない。
由希は、ただただ、見つめるばかりだった。
普通の人間では当たり前の事なのに。毎日の夢など、現実で手一杯なのだ。そんな事を一々覚えていられないのだから。
しかし、由希は凄く心配した様子だった。

「そんなに、心配する事?」

「あったりまえだろ! お前いつも現実の事みたいに夢の話するのに、憶えてないなんて、異常だ。おかしい!」

「だから、由希に“おかしい”何て言われたくないってば」

林檎は笑って見せるが、先程から、ずきずきとハンマーで頭をかち割られそうな痛みに襲われていた。
由希はそれには全く気付かずに、いつもの様に電車が来るかどうか見る。
きっと、明日には元通りだ。明日には、由希に夢の話をしながら、笑顔で一緒に遊ぶんだ。林檎はそう信じた。
そして、由希は林檎に手を振った。その笑顔を見て、林檎は痛みを我慢しながら、由希の隣りに立った。

「林檎、明日の約束なんだけどな、明日はお前のたん――」

ふらっと、体のバランスを崩れた。林檎の黒髪がさらりと靡いた。
酷く降る、雨音。急停車する、電車。生々しい、鈍い音。ホームに響く、悲鳴。
……――驚く、林檎の瞳。

「由希!!」

金切り声が、ホームを騒然とさせた。静まり返ったホームに、林檎は叫ぶ。
居ない由希を捜す。居ない由希に縋る。
由希、由希、名前を呼び続ける。

「由希? 由希……。由希……が」

頭が真っ白になった。そして、その白の中に、一つ映像が流れた。走馬灯だろうか。
一瞬、頭が凄く痛くなって、由希の青褪めた顔。一瞬だけ、十メートル先くらいに、電車が見えた。その次の瞬間には、私の居た位置に、由希が居た。
林檎は、腰を抜かした。自分が落ちる筈だった。足元を崩して、線路に飛び込んだ筈だった。それなのに、由希が、吸い込まれる様に、林檎の身代わりの様に、線路に消えて行った。

「……警察、救急車! 駅員さん、男の子がっ!!」

その声で、沈黙が破られ、一気に人々が叫び始めた。
喚く人の声も、吐き気を催した人も、叫び声をあげる人の声さえ、聞こえなかった。
林檎は、泣くこともせずに、ただ呆然と、座り込んでいた。

『言葉で伝えられない人は、どうやって言葉を伝えるんですか?』

その言葉が、真っ白の頭の中で広がってゆく。
エコーが掛かっていて、聴こえにくい筈なのに、しっかりと聴こえる。

『貴方は、彼がずっと傍に居るとでも?』

林檎の核心をつく言葉は、何時だったか、林檎をまっすぐに見て、脅すように言った。怖い様な、別にそうでもない様な。
目の前では、電車の中の人が走って出てきている。そして、救急車のサイレンが聞こえてきて、隊員と思われる人が、線路の中に入っていった。

『彼の最後の望みを、貴方は捨てるんですか?』

望み、ああ、手紙のことなのかな、と何となくだけど、思った。もう、どうでもいい様な、でも、とても大切なモノの気がしていた。
真っ白の頭の中で、郵便やの純白の髪を思い出した。
そうだ、アイツだ。あいつがこの言葉を言ったんだ。もしかして、由希を連れて行ったのは、アイツなのか。林檎は、不意に思った。
でも、このあと手紙をどうでもいい、と言ったのは、林檎自身だった、

『きっと、後悔しますよ。きっと……』

ぼうっ
音を立てて燃えた、白い手紙。由希からの、手紙。
その映像が、頭の中で、流れる。
びりびりのフィルムだが、鮮明に、鮮やかに写っていた。

「いやぁぁぁあぁぁぁああああ!!」

騒いでいる人々は、一気に此方に目を向けた。
林檎は、その目線も気にせずに、涙を流す。泣き叫ぶ。
駅員は、驚き、戸惑いながら、肩を抱いて、立ち上がらせようとした。

『……林檎様、お元気で。もう、二度と合うことは無いでしょうけど』

小さく呟いて、背を向けて、綺麗な黄色の砂になって、消えて行った。
不思議だった。何でそんな事を言うのか、判らなかった。
救急隊員が、何か声をあげて叫んでいる。でも、林檎には聴こえない。何も聴こえない。今、聴こえるのは、郵便やの声だけ。
それでも、その声に反発したくて、林檎は、由希の所に寄ろうとした。

「ちょ、ちょっと、落ち着きなさい! 残念だが、あの少年は……助からないだろう」

駅員の“助からない”という声だけが、自棄にはっきりと聞こえて、身体中の力が抜けて、腰がすとんと落ちた。
その瞬間に、涙がほろりと落ちた。
もう、助からない。隣りで、微笑んでくれない。隣の彼は、もう、居ない。

『あ、最後に一つ良いですか?』

郵便やがくすりと笑いながら、彼女の耳元で、囁くように、尋ねる。
その質問、今なら意味が判る。でも、夢の中では判らなかった。
現実に戻れば、驚きにも、夢の内容をすっかり忘れていた。おかしい、そう思いながら、あまり気にせずに居た。

「警察ですが、あなた、あの男の子の関係者ですか」

目の前には、ごついおじさんが林檎の顔を覗き込んでいた。
いかにも警察って感じの顔で、その印象的な顔と一緒に差し出された警察手帳が似合ってた。
しかし、林檎は首を振った。そして、涙を手の甲で拭いて、すくっと立ち上がった。
そして、何を言わずに、駅のホームの出口に、走って向かった。
警察たちは驚いていたが、追おうと言う気配など、全く無かった。
急いで、ホームから出る。雨脚は、先程より酷くなっていて、身体にあたる雨が痛かった。しかも、濡れたうえに、寒い冬の風はきつかったが、全く気にならなかった。
何かから逃げる様に、全力で走っているからだろう。走ることにしか、神経がいってない。先程から、全身も痛くなって来た。
誰も追って来てないのに、逃げる。何故だろう、何かが追って来る気がした。
きっと、林檎が逃げたから。由希の死から逃げたから。でも、もう、林檎は走って、逃げ続けるしかなかったのだ。

「郵便です」

不意の声が、林檎の足を止めた。
訊いた事のある、懐かしの声。林檎が驚きながら、ゆっくり後ろを向くと、郵便やがすっと、地面より十センチ上に浮かんでいた。
誰も、郵便やの不思議な存在に気付かない。皆、何も無いように、ただ、通り過ぎていく。
郵便やはすーっと此方へ来て、手紙を差し出した。

「えっ、も、燃やしたんじゃ……」

「ああ、前のは、受け取り拒否と見なされたので、処分しました。今回のは、新しく彼が書いた物です」

逃げた私に、書いた、手紙。
もしかしたら、悪口が書いてあるかもしれない。もしかしたら、酷く私を傷付ける言葉が書いてあるかもしれない。
林檎はそう思いながら、手紙に手を伸ばす。その手は震えながら、郵便やの手から、林檎の手へと手紙を移した。
震える手に、涙が一粒が、落ちた。
いつの間にか、郵便やは、林檎の前から居なくなっている。
林檎は座り込んで、冷たいコンクリートの上に、暖かい雫を落としていた。その雫は、冷たいコンクリートの上に落ちて、冷たくなって、乾く。
手紙を強く握っている林檎の手の上に、ひやりと冷たいものが落ちてきた。

「……雪……」

曇った空から、雪が降ってきてた。
それが、由希からの贈り物に見えた。そんなの、ある訳無いって分かってるけど。そう思いたかった。
林檎は空を見上げ、白くなった息とともに、声を漏らす。

「……由希……」

手紙、ありがとう。心の中で、そう言った。
林檎は、手紙封を開けて、手紙を開いた。そして、小さく息を漏らして、大きく目を見開いていた。
手紙は、真っ赤な血で、書かれたものだった。

『おめでとう』

“う”の最後のところが下に引き摺られていた。
血は、まだ乾いていなく、封筒に付いていないのが不思議なほどだった。べたりと血が目立つ手紙を胸に抱き寄せた。その所為で、白いマフラーに血が付いたが、気にしていなかった。
そうだ、今日は、自分の誕生日だ。やっと、気付いた林檎は、手紙を抱き寄せて、涙を流した。顔を歪ませて、思いっきり泣いている。こんなに泣いたのは何時振りか。

『彼の言葉、貴方に届きますか?』

「届く。届いてるっ……。ちゃんと、受け止めてるよ……。ありがとう」

郵便やの声は、響かなくなった。その代わり、ずっと、由希の声が、林檎の中で、響き渡って、沁み込んでいた。
*
一年後。
雪が降っている。
お墓には、小さな雪だるまと、少し赤いシミが付いている白いマフラー。彼女の雪を溶かす様な、暖かい微笑み。
雪は、深々と、一年前と同じように、降っていた。でも、一つだけ違う事。

「ありがとう、由希」

――彼女は、涙を流していないってこと。
2008-03-24 22:05:40公開 / 作者:木の実
■この作品の著作権は木の実さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
は、はじめまして、木の実です。
HNの由来は、線対称だからです。自分でもよく判ってませんが。
初投稿です。初の投稿が、こんなんで良いのかと、今更ながら、後悔します。
一応、頑張って書いた作品なので、けちょんけちょんに貶されるのはツライので、優しく、生暖かい目(!?)で、見守ってください。
あと、読んでくださって、ありがとうございます。
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