『消えたアルバム』作者:アンバラ / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
今日は、少し変わったことがありました。私がいつも通り図書委員としての仕事をしていると、昔の卒業アルバムを探す加賀さんと知り合うことになりました。私は加賀さんと共に卒業アルバムを探すことになったのですが図書室内をくまなく探しても見つけることは出来ませんでした。そんな時、図書室に入ってきたのは……あっ、晩御飯ができたみたいなので続きはまた後で、匂いから察するに今日はおでんのようです。
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秋も深まり風が肌寒くなってきた頃。授業の終了を告げるチャイムが流れ部活におもむく生徒達に紛れ、私は学生カバンを携え、自らの役目を果たすべく馴染みの場所を目指します。一度、職員室によって部屋を空けるための鍵を受け取ると、二階に並ぶ教室の列に隠れるように配置された扉の前で足を止めます。教室などとは違い落ち着いた雰囲気を感じさせる私にとって特別な場所。先ほど受け取った鍵を扉に差し込む前に、視線を上げて念のため部屋を間違えていないか確認します。他の教室と同じように扉の上にせり出た白いプラスティック版に図書室と黒く掘られたそれに、どこか年代を感じてしまうのは私の錯覚かもしれません。
 扉はカチリと小さな音をたて、滑らかに開くと私は後ろ手でゆっくり閉め、右手に配置されている受付に入り馴染のパイプ椅子に腰掛けます。座り心地がいいとは言えませんが親しみのあるパイプ椅子に腰を落ち着かせるとどこかホッとした気分になります。そんな心地よい感覚をしばらく味わいながら私は図書委員としての責務を果たすべく受付に設置された無人貸出機、もとい貸し出しカードの確認を始めました。
 図書委員と言ってもやることは数えるほどしかありません。現在作業中の貸し出しカードの確認、返却期日を過ぎてる人への通知、図書室の開閉、これが通常業務です。あとは定期的な本の整理と室内の掃除、定期的とはいってもそこは私のさじ加減しだいですから極端に言えばやらなくても問題ありません。当然、私はやる人ですから図書室は汚れの目立たない程度にはきれいに維持されてます。きっと少し埃っぽいぐらいが落ち着ける空間を作ってくれる重要な要素のハズです。ちなみに、本を借りるときは本から貸し出しカードを取り出し無人貸出機(ただの仕切られた箱)に収め、返却するときに貸し出しカードを本に戻して元あった場所に返すだけの他力本願システムとなっています。
 私は貸し出しカードの確認を終えると学生カバンから読みかけの本を取り出し視線を集中させます。窓の外から聞こえる部活の喧騒をよそに読書を続けていると、いつの間に入ってきたのか本棚の隙間から小柄な生徒がオロオロとした仕草で姿を覗かせていました。図書室ですから他の生徒が利用するのは当たり前ですがよほど見つけるのが困難な本でも探しているのでしょうか。小柄な生徒は本棚の間を行ったり来たりしてなかなか目当ての物に辿りつけないようです。普通の教室よりも少し広めの室内には手前に長机が二つ並びその奥に本棚が列を連ねていますが、受付から充分見渡せる程度の広さです。私は本を読むふりをしながら横目で行動を観察しました。現在、図書室には私と小柄な生徒の二人だけ、向こうがこちらに気づかなければこのまま日記にすることも可能なはずです。
 それからどれくらいたったでしょうか。時間にすれば十分程度、いまだ本の捜索は難航しているようです。さすがにここまで来るとなにを探しているのか私も気になってしまいます。何より私は図書委員ですから、本を探している人を見過ごすわけにはいきません。そんな取って付けたような理由を胸に、受付から席を立ちゆっくり本棚へと向かいました。受付からではよくわかりませんでしたが、小柄な生徒は本当に小柄でした。小学生に間違われそうな背丈に短い栗色の髪、容姿にも幼さが残り小動物に似たかわいらしさを自然と演出しています。よほど集中しているのか間近にまで迫った私に気づく気配もありません。できれば程よく近づいたあたりで向こうから話しかけてくれるとありがたかったのですが、仕方ないので私の方から話しかけました。最初の一言はいつもドキドキものです。
「なにか探し物ですか?」
 意を決して口にした言葉は目の前の少女には衝撃が強すぎたらしく、体をビクッと震わせると慌ててこちらを振り向き返事をしてくれました。
「あっ、いえ!……私、一年の加賀美香って言います!」
 そこまで言うと加賀さんは黙り込んでしまいました。どうやら先ほどの衝撃の性で私の言葉を聞いてなかったようです。私はもう一度ゆっくり質問を繰り返しました。
「私は三年の新見加奈子っていいます。先ほどから何を探してるんですか?」
 せっかく向こうが自己紹介してくれたのにただ質問を繰り返すだけでは脳がないので、私は先輩としての落ち着きと貫禄をほのめかしました。加賀さんは私のことを頼れる先輩、と思ってくれた、かはわかりませんが相談しようかどうかをかわいらしく悩んでいます。
「私……二十六年前の卒業アルバムを探してるんです。他の年代の物はあるんですけど二十六年前の物だけが見つからなくて……」
「卒業アルバムなら学校の資料と一緒にすべて奥の本棚に置いてあるはずですけど、そこにないとなると最後に見た人が戻す時に違う本棚に間違えて戻したのかも知れませんね」
 加賀さんは見てわかるほどに落ち込んだ表情で黙り込んでしまいました。たまにあることですが、読んだ本はちゃんと元の場所に戻して欲しいです。でないと加賀さんのような人達に迷惑がかかってしまいます。私は心の中で見知らぬ誰かにふつふつと怒りを沸き上がらせながらも気になることがありました。加賀さんの探している卒業アルバムは学校の資料として図書室からの持ち出しが禁止されている物なのです。元々需要のあるようなものでもありませんし、面白半分で誰かが勝手に持っていった可能性もあります。そんなことに考えを巡らせたりもしたのですが、目の前で一生懸命探している加賀さんにそれを言うのは最後の手段だと思います。今、私のすべき行動は図書委員として加賀さんの手助けをすることです。
「加賀さん、図書室の中でまだ探してない場所ってありますか?」
「え〜と、いちおう全部探したんですけど……見逃したんだと思って、もう一度奥から探していたところです」
「それじゃあ、私は手前から探しますから加賀さんはこのまま奥から順に探してください」
 加賀さんは思い出しながら説明してくれましたが、説明を進めていくにつれて落ち込んだ表情はますます沈んでいきます。私はすかさず救助の手を差し出すと加賀さんは先ほどまでの落ち込みを振り払うように両手をあたふたさせています。
「えっ、そんな悪いです! 手伝ってもらうなんて」
「気にしないでください。私は図書委員ですから。それに、室内の本の配置はだいたい覚えてますし、邪魔にはならないと思いますよ」
「そんな! 邪魔だなんて、つもりじゃなくて……」
少し自慢するように胸を張ると加賀さんは両手をあたふたさせながら首を大袈裟に振って反対なのか賛成なのかよくわからないことになっています。そんな姿が微笑ましくて、ずっと眺めていたい気持ちを押し留めると室内が薄暗くなっていることに気づきました。
「じゃあ、帰りが遅くなる前に二人でさくっと見つけましょう」
「……よろしくおねがいします」
 加賀さんはかしこまってペコリとお辞儀をすると早速、本棚に目線を戻してアルバムを探し始めました。私もアルバムを探すため、薄暗くなった図書室の入り口に向かい蛍光灯をつけると手前の本棚から注意深く見て周りました。
三十分ほどたったでしょうか。本棚をすべて確認し終えた私は加賀さんに状況を聞こうと近づきましたが、話しかけるまでもなく、加賀さんの顔にはあきらかなあきらめの色が浮かんでいます。きっと傍から見ると私も同じように見えたことでしょう。私達は無言で入り口近くの長机に向かい合って座りました。どちらからも話を切り出すことが出来ず、室内には気まずい空気が広がっていきます。やはり先輩である私からやんわりと話を振るべきだとは思うのですが生まれつき内気な性格なため話そうとしても口ごもってしまい言葉にすることができません。私がもっと陽気な性格だったならこの窮地を右から左に受け流せたと思います。そんな軽い現実逃避と自己嫌悪にさいなまれている私の後ろでは受付に備え付けられている時計の秒針が静まり返った室内に響いています。なんの罪もない秒針が私の苛立ちを手助けすることはあっても気まずさを和らげる手助けをするには至りません。
 そんな時でした。図書室の扉が音を立て開き、そこから中に入ってきたのはキッチリとスーツを身に着けた数学の谷崎先生でした。私はちょうど扉を背にするように座っていたため驚きが体を駆け抜けました。表情に出ていないことを密かに願いながら振り向くと谷崎先生は両手を腰にあて少し不機嫌そうにしています。
「お前ら、部活でもないのにこんな時間まで残ってなにしてるんだ」
「すみません。私、その……」
「卒業アルバムを探してたんです。二十六年前の……」
 先生の注意を受け萎縮してしまった加賀さんの代わりに私が簡潔に述べると谷崎先生は頭に疑問符を浮かべました。
「卒業アルバム? ここにないなら誰かが勝手に持ち出したんじゃないのか?」
 谷崎先生はこちらの気持ちを察することなく、私の最終手段をあっさりと言いのけると急に何かを思い出したのか眉間にしわをよせ指でつつき始めました。予想通りわかりやすく落ち込んでいる加賀さんはひとまず置いといて私は谷崎先生の仕草が気になり次の言葉を待ちました。
「そういえば……校長がアルバムを見ていたような……」
「先生、それっていますぐ確認することはできませんか?」
 意外なところからもたらされた有力情報に私は即座に言葉を返すと谷崎先生は少し困った表情をしました。
「それはかまわんが、もしかしたら俺の気のせいかもしれんからな。期待はするなよ」
 そんなことを聞いて期待するなと言うほうが無理だとは思いましたが、もちろんそれを口には出さず頷くと先生を先頭にして加賀さん私と続き校長室を目指しました。あてが外れてもすぐに下校できるように図書室の戸締りも終え、準備万端で校長室に辿り着くと谷崎先生は扉を数回ノックして「失礼します」と言って扉をゆっくり開けて室内へと入っていきました。私達も谷崎先生に習って室内に入ると、一目で高級品だとわかる机の向こうで黒革の椅子に腰掛けた老人が年相応な落ち着いた振舞いで出迎えてくれました。
「校長先生。こっちの二人が卒業アルバムを探しているそうなんですが、ご存知ありませんか?」
「卒業アルバム……ですか? そうですね、たしかそっちの棚に……」
 谷崎先生が単刀直入に尋ねると黒革の椅子に腰掛けている校長先生は記憶を辿るようにゆっくりした足取りで近くの棚から一冊の本を取り出し、表紙を確かめるとやんわりした微笑を浮かべ谷崎先生に差し出しました。
「すいませんね。つい懐かしくて図書室から持ってきてしまって。これであってますかな?」
 谷崎先生は軽く礼をして渡されたアルバムの表紙を確認すると、そのまま私に手渡してくれました。私はアルバムを両手で受け取るとズッシリとした重みが両手に広がります。周囲の視線もあり胸の鼓動が早くなるのを感じながら、深い朱色に染められた表紙に目をやると銀色の文字で卒業した年度と『卒業アルバム』と書かれています。それは間違いなく加賀さんが探し求めていた二十六年前の卒業アルバムでした。
 最後に加賀さんへアルバムを手渡すと、加賀さんも同じように表紙を確認するとチラチラと周囲に視線を向け、中を見ていいか迷っています。それに気づいた校長先生が無言で頷くと加賀さんは慎重にアルバムを開き、何かを探すように真剣な面持ちでページをめくっていきます。アルバムを最後までめくり、もう一度確認するように最初に戻ってページを進める。そんなことを何度か繰り返す加賀さんを私は無言で見守りました。
 しばらくそうしていると加賀さんの表情が変わっていくのがわかりました。唇をかすかに震わせ、目からは時折涙が頬を伝っています。私は突然のことに驚いてしまいその場に立ち尽くすことしかできませんでした。加賀さんは静かに嗚咽を漏らしながらその場に泣き崩れると両手に持っていた卒業アルバムが音もなく床に広がりました。そこには大勢の生徒が楽しそうに笑っている写真が何枚も貼られていました。
 すぐさま心配した表情で谷崎先生が駆け寄り言葉をかけます。私はその場から動くことができず、呆然としているとかぼそい声で「お母さん……」と聞こえてきました。聞き間違えかとも思いましたがそれは確かに加賀さんの声でした。加賀さんは谷崎先生に連れられ校長室を後にすると、取り残された私はもれなく蛇に睨まれた蛙を体現することとなりました。校長先生はこちらにゆっくりと近づいてくると先ほど加賀さんの居た場所にかがみアルバムを持ち上げると懐かしそうに眺め始めました。
「これはね、私がこの学校に来て初めて受け持った学年のものなんだよ……そのせいか色々と思いでも多くてね。いや、本当にすまなかった。私の都合で持ち出してしまって。これは私が責任を持って図書室に返しておくから今日はもう帰りなさい」
 私は言われるがままに校長先生にお辞儀をして校長室から出ると職員室に図書室の鍵を戻して生徒玄関に向かいました。加賀さんの最後に残した言葉が気になりましたが、こういう場合は向こうの気持ちが整理できるまで待つべきだと思います。歯がゆい気持ちと後味の悪さを感じながらも私は学校を後にしました。
 それから数日後のことです。私はいつも通り夕焼けに染まる図書室の中で図書委員としての業務(おもに読書)をしていると入り口の扉がかすかな音を立てゆっくり開き、加賀さんが中に入ってきて卒業アルバムについて説明をしてくれました。加賀さんの話では二十六年前の卒業アルバムには加賀さんのお母さんの写真が載っていたそうです。加賀さんのお母さんは生まれてすぐに亡くなってしまい、残っていた写真も小さい頃に家が火事にあいすべて燃えて無くなってしまったそうです。そして、高校に入ったとき、加賀さんはお父さんからお母さんと同じ高校であることを聞かされ、学校に保管されている卒業アルバムならお母さんの写真が残っていると思い、春先から悩んでようやく決意を固めて探していたところに私が声をかけたということでした。加賀さんは説明を終えると赤みの残る瞳で深々と頭を下げると部活で賑わう廊下へと姿を消しました。私は人気の無い図書室で溜息をつくと窓から差し込む夕日の眩しさに目を奪われました。地平に沈む夕日は潤んだ瞳のようにユラユラと揺れ、まるで泣いているように感じました。

2008-03-22 17:48:09公開 / 作者:アンバラ
■この作品の著作権はアンバラさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
思いついたことを試したくなり衝動的に作ってしまいました。
いたらない点などあればご指摘をいただけるとありがたいです。
この作品に対する感想 - 昇順
このような、几帳面に誠実にコツコツと形象された塑像のような文章世界が、私はとても好きです。作者様と、きっちり空気感を共有できたように思えるからです。几帳面が過ぎて時に独特のユーモアが感じられるのは、明らかなユーモア表現と同様に、意図的なものなのでしょうか。だとしたら、なかなかのセンスとお見受けしました。
僅かに誤変換や文法の乱れが見られますが、もう一度推敲されたら当然気づかれるであろう程度のものですので、逐一の指摘はいたしません。
思いついて試したくなったこと、というのが、ストーリー的な趣向なのか文章的な趣向なのかちょっと気にかかりつつ、いずれにせよ心地よい掌編を読ませていただき、ありがとうございました。
2008-03-22 01:42:20【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ
バニラダヌキさん
コメントありがとうございます。文章も所々修正を加えました。
まさかそこまでの言葉を頂けるとは思いもしなかったので素直にうれしいです。
それと、思いついたことを試したくなり、っと書いておきながらなんですが。
自分がどういうことを試したのか書いてしまうと読まれる方に自分の考えを押し付けるようなことになるのではないかと、余計な気を使ってしまいました。その結果、逆に疑問を残すような形になってしまい申し訳ないです。
ちなみに、試したことというのはできるだけ登場人物の気持ちになって書こうと思ったことです。そのため、文章も新見加奈子の性格が読まれる方に伝わるよう意識して書いてみました。
2008-03-22 18:16:12【☆☆☆☆☆】アンバラ
バニラダヌキさんと同じく、かしこまった語り口調に面白さを感じました。無為に書かれてこのような文体になったのか、そういう効果をねらって書いたのかは興味があるところです。
ストーリは平凡で期待を裏切るものではなかった。主人公の瑞々しい視点が印象に残りました。こんな図書係がいる図書室へ行ってみたいですね。
2008-03-24 10:41:30【☆☆☆☆☆】プラクライマ
プラクライマさま
コメントありがとうございます。返すのが遅くなって申し訳ないです。
文体に関してはどうような効果があるのか自分でもよくわかっていないのでなんとも言えないのですが、このような文体のほうが登場する人物の人間性を伝えやすいと思い使ってみました。
2008-04-03 02:40:40【☆☆☆☆☆】アンバラ
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