『終の住処[ついのすみか]』作者:なおと / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
若干の血表現注意。
全角1149文字
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原稿用紙約2.87枚

 終の住処[ついのすみか]:
 終生住んでいるべきところ。また、最後に住むところ。


 死にかけた老人がいました。
 老人は白いシーツのベッドに横たわり、か細い息を繰り返していました。
 老人を蝕んでいるのは老衰という病気です。時間が、老人をじくじくと殺していきます。
 老人の横には、一人の女がいました。柔らかな色のブラウスとカーディガン、それにロングスカートを着た女でした。女の横に濡らしたタオルや食べかけのおかゆがあるのを見ると、女は老人の介護役なのでしょう。
 女は死にかけの老人を、優しい微笑を浮かべながら見つめています。それは慈愛に満ちた天使の笑顔のようでした。しかし先ほどから天使の笑顔を全く崩さずじっと動かずにいる姿は、どこか人形のようでした。
 ふいに、老人の瞳が開きました。皺の一つと見間違いそうなそれは、ゆっくりと動いて女を見ました。
「頼む……」
 老人の乾いた唇からこぼれたのは、死にかけた人間が出す、今にも消えそうな声です。
「連れていってほしい所があるんだ」
「はい。どこでしょう?」
 女は笑みを深めてたずねます。しかしやはりその姿は、一定の返事しか返さない人形を思わせました。
「昔、妻と共に過ごした場所だ。湖のほとりの綺麗な家だ。とても素敵な所だ……」
 老人の瞳から涙がこぼれ、それは乾燥した皺を伝ってシーツにこぼれます。
「頼む。連れていってくれ……。あそこで最後のときを迎えたい。あそこで死にたい。あの素敵な場所を、私の終の住処にしたいんだ……!」
 必死に訴える老人に、女は頷きました。そしてどこからともなく現れた包丁を、その可憐な手に握ります。
 そして花を摘むような優しい仕草で、包丁を老人の体に突き刺しました。
 老人は驚きを孕んだくぐもったうめき声を上げましたが、女は構わず何度も包丁を突き刺します。何度も何度も何度も突き刺します。
 枯れた老人のどこにこれほどの量があるのかと思うぐらいの血が噴き出し、女はそれをたくさん浴びます。たくさんたくさん浴びます。
 やがて壊れたかのように包丁を振り下ろしていた女は、やはり壊れたかのようにぴたりと動きを止めました。
 それから老人が絶命していることを確認すると、満足したようににっこりと笑います。
 そして女は老人の遺体をシーツにくるむと、老人の言っていた湖のほとりの家にそれを運び、その庭に老人を埋葬して墓を作りました。
 女は墓を満足そうに眺めると、体中血まみれのまま、自分がいるべき場所へ帰っていきました。


 終の住処[ついのすみか]:
 終生住んでいるべきところ。また、最後に住むところ。
 或いは、死後に落ち着く所。
2008-01-20 09:41:50公開 / 作者:なおと
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■作者からのメッセージ
「終の住処」という言葉を友達に教えてもらった際に書いたものです。
こういう勘違い系(?)の話が好きです。
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イメージが湧く良い文章です。

「じくじく」というのは「水分を多く含んでいて、それが少しずつにじみ出るさま」を表す副詞 (サ変)。「化膿した傷口がじくじくする」という使い方をします。

「柔らかな色のブラウスとカーディガン」柔らかな色というのは議論の分かれるところ。読み手のセンスに委ねたいということなのでしょうが、もし作者が頭に思い浮かべたイメージがあるなら、色名を書くのも一考。色見本表を見て正確な色名を使う。

老人がかつて妻と過ごした場所に行きたい──と言うところまでは良いと思います。後半の内容は満足できるものではありません。おそらく作者もそれを分かっているのだと思いますがあえて書きます。終の棲家というテーマについて徹底的に追求する必要があると思います。昔からモチーフとされてきたものです。例えば、奥の細道の序文には次のように書かれています。

 月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして、旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、去年の秋江上の破屋に蜘の古巣をはらひて、やゝ年も暮、春立る霞の空に、白川の関こえんと、そヾろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて取もの手につかず、もゝ引の破をつヾり、笠の緒付かえて、三里に灸すゆるより、松島の月先心にかゝりて、住る方は人に譲り、杉風が別墅に移るに、
 
草の戸も住替る代ぞひなの家

旅を終の棲家とした人の文章です。
2008-01-21 11:54:16【☆☆☆☆☆】プラクライマ
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