『考えすぎは体に悪い』作者:うぃ / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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「僕って友達がいないんだ!」
「……はぁ、そうですか。
 前から思ってたけどお前って絶対に変だよね。普通、そんな後ろ向きな事をそんなにポジティブに話さないよ」
 彼の辞書に挫けるの文字は無いらしく、俺の一言にも挫ける事無くいつまでも笑い続けていた。


     ■


 それは、長かった修学旅行がようやく終わって家に帰って泥の様に眠ってしまおうと決め込んでいた帰路の話だった。
 沖縄の夜と東京の夜の気温の違いに身を震わせていると、俺は突如として背中に鈍器か何かで殴りつけられたような衝撃を感じた。
 北の国からの敵襲だろうかと身構えつつも振り返ると、目の前には中学校時代の旧友がいた。
 旧友と言うと語弊があるのかもしれない。何しろ俺と彼には大した親交は無く、同じクラスで勉強をしただけという単なるクラスメートだったからだ。
「おーす! 松岡君、そんな大きな荷物を持っていったいどうしたんだい!?
 家族総出で夜逃げでもするのなら今日は止めておいた方が良いと思うよ。今夜は月明かりも強いし、絶対に途中で見つかっちゃうから」
「……夜逃げなんてするならこんな悠長に移動してねーよ。
 たださっきまで俺は沖縄にいて、今からちょろっと家に帰って眠りに入ろうとしていたってだけだ」
「おー! 奇遇だねぇ! 僕もさっき偶然文教堂で本を買いに行ってた所だったんだ!」
「お前は間違いなく偶然の意味を履き違えてるな。一度国語辞書とかを熟読するのをオススメするよ。
 あれって意外と面白いんだぜ? 予想外の言葉が変にエロかったりしてさ、うっかり目に付いちゃうと変に意識しちゃうから不思議なんだよなぁ」
 お互いかみ合わない会話を自覚しつつも歩を進める。
 しばしの沈黙。お互いの漕いでいるチェーンの擦れる音が耳障りになる位の静寂の中、奴は突如天啓でも閃いたみたいに顔を明るくして、振り絞るような叫び声によってその居心地の良い沈黙を切り裂いた。
「僕って友達がいないんだ!」
「……はぁ、そうですか。
 前から思ってたけどお前って絶対に変だよね。普通、そんな後ろ向きな事をそんなにポジティブに話さないよ」
 彼の辞書に挫けるの文字は無いらしく、俺の一言にも挫ける事無くいつまでも笑い続けていた。


     ■


 最初は冗談かと思った。
 俺自身コイツとの交流はそこまで多くも無かった。だから、こういう笑うに笑えないブラックな冗談を言う奴なのかもしれないと思ったのだ。
 だけどその考えはほんの三秒後に思い至った事実によって塗り替えられた。
 そういえば、コイツはクラスに友達なんていただろうか。
「……そいえばお前中学の時からあんまり友達いなかったしな。
 お前が話してる相手って大抵は俺か、もしくは安藤君位だったからな」
「え!? 何でそんな事知ってるの!?」
 一瞬俺の事を小ばかにして遊んでいるのかと思ったけれど、そもそもこんな自分にダメージの来る諸刃の剣みたいな事を言うはずが無い。こいつは本気で驚いているのだと確信して、一体どんな中学時代を送っていたのだろうかと過去を振り返ってみた。
 頭は良いけどバカな奴だった。
 たっぷり十秒程考えた末、出てきた言葉はそれだけだった。
「お前ってさ、勉強はできるけど頭悪い奴だったよな。
 空気が読めないって言うか、人の心が判らないって言うか」
 先程の軽口の応酬の延長の様に扱っていた言葉が、彼の元まで届いた瞬間何故だか唇を閉ざすほどに重たいものへと移り変わっていた。
 彼はまるで時間が止まってしまったかのように先程から笑みを絶やさない。
 それは絶やさないのか、他の表情を知らないだけなのか。
「……僕はさ」
 先程とは性質の違う沈黙が、やっぱり先程と性質の違う叫び声に砕かれた。
 他の誰かが聞いてしまえばきっと呟きに取れたであろうその声は、何故だろうか。俺に対してのみ、まるで助けを欲している嗚咽にもにた叫び声に聞こえた。
「僕はさ、小学校の頃からあんまり友達が居なかったんだよね。
 変に頭が良いから他の人たちと仲良くする気にもなれなかったし――――あー、言ったっけ? 僕って一応子供の頃はIQが百四十は有ったんだけど――――まぁとにかくもろもろの理由があって、どうしても人と接する事に対する経験値が足りてないんだよね。
 人と接する事は大好きなのに経験値が足りないから上手く接する事が出来ない。そして内面は傷つきやすいから下手に他人に触る事も出来ない」
「おー、上手い事自己解析できてるじゃん。
 あと一つ忠告しとくけど、そういうのは自分で言う事じゃないんだぜ? お前がバカにしてる俺達小市民は、そういう奴は大嫌いだ」
「判ってる。判ってるんだけど、どうしても止められないんだ。
 思ってる事を口にせずにはいられない。
 あーもぅ、折角ここまで来たのに、これが治せなきゃ友達ができないよー!」
 口にしている事の深刻さとは裏腹に、彼の言葉は終始和やかだ。
 彼はいつまでも笑い続けている――――違う、笑っているんじゃない。彼は、歪み以外の表情を知らないんだ。
 再び沈黙が流れる。
 自転車が段差から落ちて、まるで石と石をぶつけたみたいなガタンッという音がその沈黙を切り裂こうとした。
 切り裂かれなかった。
 再び沈黙が流れる。
 ――ふと、空を見上げた。
 この押し潰されるような重圧を持つ沈黙からどうにか逃げ出そうとして逸らした視線が捕らえていたのは吸い込まれそうな程に懐の広い、星一つ無い夜空の闇だった。
「僕ってさ、生きてる意味あるのかな?」
「知るか。生きる意味なんて本人が決める事じゃないんだよ」
 沈黙は今度こそ切り裂かれた。
 切り裂いたその言葉はこの空に浮かんでいる夜空の闇よりも深い闇が潜んでいた。
 塗り潰したその言葉はこの空には見えない星の光よりも強い輝きに溢れていた。
「……本人が決める事じゃない?」
 自分が今まで立っていた足場が根こそぎ奪い取られた驚きから彼は目を丸くして呟いた。
 まるで、助けを求めた少年の様な声だった。
「あのさ、お前が自覚してる自分なんて言うのは他の誰かが見てるお前とは全然違うものなのよ。
 例えばお前がありったけの愛情を込めて犬を抱いているとする。だけど、それは見方によってはお前が犬を締め殺そうとしているように見えない訳でもないだろう?
 お前が犬を抱いていたのか、それとも犬を殺そうとしていたのか。
 判断するのはお前じゃない。
 お前を見ていたお前以外の他の誰かだけだ」
「……そっか。社会の中で生きている人間として、確かに自分の立ち居地を定めるのは僕自身じゃなくて観測する他の誰かって言う事か」
 よく判らない云々を呟きながら、思い出したように彼は顔を上げた。
 光の無い瞳だった。
 覗けば脳だって見えてしまいそうな、そこに付け加えられる言葉で如何様にも変化してしまいそうな無色透明な瞳だった。
「じゃぁさ、僕は君にとって生きてる価値のある人間なのかな?」
「それを決めるべきは個人の意思じゃない。
 だけどもしも俺の言葉を基準にお前が生きていくって言うのなら――――」
 言葉を区切った。
 瞳に僅かに灯った色は、確かな青色だった。
「――俺の周りに生きてる意味のない人間なんていない。
 お前は、俺にとっては生きてるだけで価値がある」
 彼は満足気に頷いて、その日初めての穏やかな笑みを浮かべていた。
 沈黙が流れる。
 俺好みの静かな沈黙が、もう使い始めて五年は経つ安っぽい自転車のブレーキ音に砕かれた。
「それじゃぁ、僕の家はこっちだから」
「おぅ、もしもまた会う事があったらよろしく」
 別れ際はあくまであっさりとした物だった。
 ふと思い返せば交わした言葉の数はそう多いものではない。だけど、俺はアイツに生きる意味を与えてやれたのだろうか。
 名残惜しくて一度だけ振り返ってみた。
 マンションの前に止められた自転車。
 それと満足気に笑って、元気に家のドアを開く姿が視界に写っていた。
 再び自転車を漕ぎ出した。
 見上げた空には、うっすらと星が出始めていた。
2007-12-23 23:35:48公開 / 作者:うぃ
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■作者からのメッセージ
以前ここに投稿した際、感想をくださった方ありがとうございました。今回はなるべくあっさりとした感じで書いてみました。
コレを書く前に書いた物が無駄に良い出来だったんですが、タイトルの付け忘れで消されて、おまけにコピーをとってなかったので泣かせていただきました。
そのせいで今一集中力とかその他の色々が切れてあんまりよくない出来に。残念です
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