『色』作者:とうや / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
江戸時代みたいだけど、江戸時代じゃない!だけど(あくまで)江戸がベース、万屋『色』の語り話。笑い(?)あり、涙あり、ちょこっと恋愛も?(9割がた嘘)それ行け色!(どこへ)負けるな色!(なにに)
全角6196文字
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原稿用紙約15.49枚
 見紛うことぞなき、朱色の雀。

 
  第一色 「明るき黎と朱き雀」

 ・一・


 ふうっと、紫煙を吐く。
 雀は、甘味処にいた。『依頼』と書かれた紙を見て、そうして溜息をつく。
 内容は、ある町の領主を懲らしめてほしい、と言うようなものだった。
 どうやら、その領主は町人から集めた金でごにょごにょと良からぬことをしたり、身寄りのない子供たちを無理に働かせたりしているらしい。そのせいで死んでしまう子供も少なくないようだ。
 目を細めながら、茶を啜った。
 はっきり言うと、どうでもいい。
 仕事ではあるから、この町に来たものの、見たところ怪しい様子はないし、領主が何をしていようと自分には関係がないのだ。
「あ、あの……」
「……は」
 思考が一気に醒め、声のした方向に顔を向ける。
 そこには、かわいらしい顔をした女が、顔を赤くして立っていた。こいつ、熱でもあるのではないだろうか。
「お、お茶のお代わりはっ、ど、どうでしょうか!」
 少々停止する。
 ……。
 …………。
 ………………ああ。
「頼む。すまないな、ありがとう」
 口元が和む。
 しかし、急須を持つ女の手は地揺れでも起きているのかと思うほど震えていた。
 本当に、大丈夫か?
「お――」
「おい、貴様」
 女に声をかけようとしたその時、キシ、と耳元で音がした。
 女の顔が強張り、散る蠅のように店の中へ引っ込んでいってしまった。道を通りすがる人々の顔も、心なしか硬い。
 雀の首元には、刀が添えられていた。
「女人の様だが、その刀は何だ?」
 雀は心中で舌打ちをした。この時代、ずいぶんと不便になった。
 女人は刀を持つな、町人や百姓も所持することは禁ずる。所持を許可するのは、誇り高き武士のみ。
「辜鉄様、こいつ男ですよ」
「ほほう……それにしては、女のような顔つきだな」
 ぐいと顎を掴まれ、脂ぎった顔の男と目が合う。
「どうだ、わしと今夜」
「はッ……下衆が」
 雀は男を嘲る様に笑み、椅子に立てかけてあった刀を手に取った。
「何をっ……ぐお!」
 右足で男の腹をけり飛ばし、男たちと距離をとる。その拍子に、首の皮が少しばかり切れたようだ。
 どうやら役人らしい。下品な奴らだ。少々懲らしめてやろうか。しかし、面倒は苦手であるし…。
 一瞬間ほど考えた後、雀は踵を回らし地を蹴った。
「お、追え! バカ者!」
 その声を合図に、追ってくるような音がした。
 追いつかれる事は無いだろう。しかし万が一のことを考える。
 雀は角を曲がったところで、壁の屋根を掴んだ。そのまま、足を引っ掛けることもせず壁を超える。
 これであいつらも簡単には追ってこれないだろう。追ってきたならば、その時だ。しかし、そこで。
「ひっ……」
 という、短い悲鳴が聞こえた。はっとして見れば、黒い髪をした十五、六歳の子供が吃驚したように――手に持っていたらしいものを床に落としている――こちらを見ていた。
 雀は素早く周りを見回し、子供のもとへ走った。第二の声を上げる前に口を塞ぎ、近くの茂みに走る。
「ん、ん――っ、んーっ」
「静かにしろ、何もせん」
 暴れる子供に向かいそう言った。しかし子供は抵抗することをやめなかった。
 …………ふむ。
「ん゛っ」
 腹を殴った。力は入れていないはずだが、かなり痛かったのだろうか。子供は腹を押さえてぐったりとした。
「声を出すなよ」
 声を低くし、気持脅すように囁くと子供は勢い良く首を縦に振った。
 腹を殴ったお詫びも合わせ、頭をなでながら口から手を外す。知らずに鼻まで塞いでいたのかも知れない。子供は、盛大に呼吸を始めた。
「……大丈夫か」
 自分でやっておいて何だが。
「へ、平気だよ! それよりあんた、勝手にこんなところに忍び込んで、ここは玄沢さ……ま……の……」
 子供が小声で雀を責め立てる、視線が雀の左手に留まったところで言葉が小さくなっていった。顔も徐々に恐怖に包まれていく。
 なんだ、と視線を追い左手を見てああと納得した。刀に怯えているのだ。切るつもりは無い、それが子供なら尚更。それを伝えようとする。
「あ、ああああっ。お侍さま、お許しください! 私はなんという無礼を! どうか、どうか命だけは…お願いいたしますっ」
「っおい!」
 声が一気に大きくなり、子供は雀に平伏した。
 口をふさぐが、周辺が騒がしくなってくる。間に合わなかったようだ。
「莫迦がっ」
 雀は忌々しげにそう呟き、壁際に走り寄った。
 先ほどの雑魚はもういないだろう。て言うか、どっか行ってくれていると嬉しい。
 先ほどと同じように屋根の端を掴み、力を入れながら壁をひらりと越える。町人がびっくりしたような顔をしたが、知るか。
「……責任を取ってもらうからな」
 耳元で言うと、子供は面白いくらいに体を硬直させた。

 ・二・

「一部屋頼む」
「はい、お名前は」
「……朱(アケノ)だ」
 札を渡され、子供を連れて廊下に入る。その間、子供はからくりの様に動いた。
 雀との距離も若干離れている。
「ここ、だ」
 誰に言うでもなく呟くと、札入れに札を差し込み戸をあけた。
 そのまま停止する。
「入らないのか」
 とん、と軽く背中を押しただけなのだが、子供は物凄い勢いで中へすっ飛んで行った。
 まさか宿場が珍しい訳でもあるまい。
 雀はほんの少し訝しみながら、札を引き抜き子供の後に続いた。
 子供は部屋の一隅に縮こまり、揃えた足の前に腕を組んでいた。
 怯えるように雀を見ている。雀はそれを見ながら土間を上がり(子供の靴はきっちりとそろえられていた)、部屋の真ん中に座った。
「…………」
「…………」
 沈黙が続いた。ふと、雀が懐に手を入れると、子供がびくりと震えた。
 別に取って食うわけでもなし。怯えられたところで、どうでもいい。
 キセルを取り出し、箱から葉を取り出し先に入れた。
「煙は平気か」
「……はい」
 雀は子供の答えを聞き、ひとり頷くと箱と共に入っていたマッチを取り出した。シュッと擦り、草に火をつけると振りながら消した。
 炎の勢いが強く、不愉快なので親指で火の加減を抑える。癖のようなもので、抑えた親指をみると少しばかり焦げていた。隠すように親指と人差し指を擦り合わせる。
「そんな場所に座ってないで、普通にしたらどうだ?」
「……いえ」
 まだ、雀のことを恐れているのだろう。しかし、雀としては不愉快だ。よくわからない態度はイライラする。
「……命だ、私の前に座れ」
 命令なぞ支度は無いが、と雀は思う。
 しかし、こうでもしなければまともに話もできないだろう。すべての応答が『はい』『いいえ』で終わる気がする。
 子供は、言葉にほんの少し反応しただけで、その場から動こうとはしなかった。目だけは雀を見ている。雀は仕方なく、畳を音がするくらいに叩く。
 暴力に頼っているような気がするな。自分よ。
 その行為は、効果があったようだ。
 子供は飛び上がる様に反応し、ほんの少し戸惑ったように雀を見たあと、渋々と言ったように雀の前に座った。姿勢も正し、警戒するように雀を見る。
「こんなところまで連れてきて悪かったな」
「いえ」
「その話し方をやめろ。寒気がする」
 ずっと気になっていたことだ。店の者や、本来仕える者に言うのは酷と言うものだが、ただの子供にそんな言葉を使われたくは無い。癖でもあるまいし。
「それは……できませ」
「こら」
 キセルの先で子供の額を突く。
 子供が、物凄く怪訝そうな顔で雀を見つめた。
「は……分かった」
「んで、聞きたいことがあるんだけど」
 素早く、子供の格好を観察する。
 黒い髪は後ろで軽くくくるほど。目が、男にしては少し大きめで睫毛もほんの少し多く見えた。女のような印象を受ける。よく見れば男と気づくだろうが。表情はこわばっている。
 服は、袖なしの甚平の様なものだ。薄く汚れている。よく見れば体全体が汚れ……細い肩からは、切ったような痕が、見えた。
 雀は、それに手を伸ばし、撫ぜる。子供は、驚いたようにそれを見たが、撥ね退ける様なことはしなかった。
 ぬる、と微かな粘りが手に付着した。赤い血だ。
「その前に、これは何だ」
「……血でしょ」
「そんなことを聞いているのではないとわかっているだろ」
「…………玄沢様の、家来どもがやったんだ」
 そう言い捨てて、子供は顔をそらす。
 雀は、指の血をしばらく見ていたが、思い出したように立ち上がり。
「服を脱いでおけ」
 と言い残した。

 ・三・

 『 』は、半ば服を脱ぎかけた状態で固まっていた。これからどうすればいいのか思い悩んだからだ。
 ほんと、どうしよう。料理屋に頼まれてジャガイモ運んでて、あの赤い人がいきなり茂みに現れて、俺を連れ去って、ここに来て、何なんだ。いったい。
 『 』は、人知れず眉をひそめる。
 戻ったら怒られるだろう、腕を切られるかもしれない。殺されるかもしれない。いっそ逃げてしまおうか。しかし見つかった時はどうしよう。今よりもっと重い罰が待っているかもしれない。怖い。そうしてきっと何もできなくなるのだろう。
 ていうか、あの人遅いんだけど。微妙に風邪をひきそうだ。
「おい」
 少し張り上げたような声が聞こえた。どうしたんだろうと耳を伺わせると、再度、そしてさらにイラついた様な声が聞こえた。
「返事位しろ!」
 怒鳴られた。遠距離で。
 『 』は仕方なくという感じで返事をする。
「冷水がいいか、温水がいいか」
「は……」
 また、それは微妙な疑問を投げかけてくる。て言うか何の質問だ。理解できない。
 答えに戸惑うと、いよいよ不機嫌さを隠しもしない足音がして、ここまであの人が戻ってくる。
 『 』は、ひそかな生命の危機に立たされた気分になる。
「もういい、ばか。こっち来い。脱いでないのか、めんどくさいな」
 いっきに色んな事を言われた気がして、頭がいったん停止した。こっちに来いという言葉だけ正確に処理されたので、何とか体を引きずって戸の前まで行く。
 『 』が、戸の前までたどり着くと、彼(彼女?)は、着物の袖を肩ほどまでたくし上げ、大変不機嫌そうな眼をしていた。
 おれは、今から殺されるのだろうか。半裸で……?
 そんな、超絶どうでもいい疑問に苛まれた『 』は、脇の下に差し込まれた手に硬直した。そのまま、彼の視線の位置まで体が持ち上げられる。
 ああ、身長高いな、この人――ってそんな場合じゃねえ! ここからどういうふうに展開するのか訳が分からない。ていうか、逃げたい。一刻、二刻ほど前の自分、何故声を上げた……!
「……傷が多いな?」
 彼は、『 』の胸元を見てそう言った。
「べ、別に、貴方――いや、あんたが気にすることじゃな、いし」
 やばい、噛みまくりだ。殺られる。
 しかし、予想に反して彼は、その傷を見つめたまま動かなかった。
「お前は……下僕なのか」
「……そんな感じだよ」
 これは、戒めに付けられた傷だ。いや、ただのやつあたりだろう。そんなことで付けられた傷に痛みは感じないし、そんなことで屈する人間にもなりたくない。
 彼は、表情を崩さない。『 』は、軽く眉をひそめる。
「……ふうん」
 小さく、しかし低い声で彼が呟く。
 何か不愉快なものを見た、とでも言うような眼だ。実際、今しがた見たのだろうが。
 そのまま肩に担がれるが、何も言うまい。こんなところで死ぬのはごめんだ。生まれて、今日まで十四と半年ほど。ここまで逃げてきたのだ。
 殺されてもいいなんて、たとえ体中切り刻まれても思ってやるものか。
「飯を食っていないだろう、お前」
「……満足に食べれると思ってる? 下僕風情が」
「いいや」
 『 』は、いつのまにか警戒が崩れてきていることに気づく。
 今まで、どんなに威圧的な人を相手にしても、どんなに人懐こい人を相手にしても、なくならなかった心。どこかにあった、こいつもいつか自分に害を成すだろうと言う、疑心。それが、消えかけているのだ。
 無くしかけている。
 ――駄目だ。
 駄目、絶対駄目。疑え、憎め、懼れろ。どれほど近しい関係にあったとしても、それだけは。
 まして、こいつは、玄沢の屋敷に忍び込んだ盗人のようなやつ。玄沢を敬っているわけではないが、人の屋敷に入り込む奴など(しかも追われていたようだ)ろくな者がいない。いるわけない。刀も持っている。所詮、下品な役人共の仲間だろう。
「おい、私について何か良からぬことを考えているだろう」
 不意に、彼が言った。
 『 』は、物凄くビビったが、努めて冷静な口調で応えた。
「な、何でだよ」
「勘だ」
 恐ろしい勘だな!
 あれか、第六感とでも言うやつか!
 彼が止まり、戸をあける音がする。中に入ると、見た感じでは風呂のようだ。
 ……風呂?
「水が沁みるかも知れんが、男だろう。我慢の一つや二つしろよ」
「は?」
 ぱっと、文字通り空中に放り出された『 』は、重力の法則で床に落ちた。そしてその上から、初めから用意していたのであろう水が容赦なく降り注ぐ。服を半分着たままの『 』は、服ごと濡れ鼠になっていた。
 無茶苦茶過ぎて何も言えない。
 彼は至って無表情だ。
 やばい、何も読み取れない。放っておいたら、次は熱湯でもぶっ掛けて来そうな勢いだ。
「な」
 『 』は、わなわなと震えだす。
 服が、濡れた。着換える物だってないのに。しかも、ちょっと傷が痛いし。こいつ、嫌いだ!
「何するんだよ!」
「風呂」
 なんて簡潔な言葉を。しかもこれは、風呂じゃない。水遊びだ。物凄く一方的な。
「ふ、服が」
「だから脱げと言ったろうに」
「部屋のど真ん中で脱げってか!」
 すかさず言い返す。だが、無意味だった。むしろ逆効果。
 『 』は、あっという間に壁まで追い詰められていた。
 これは、奴の成せる技に違いない。だって、ここまでたどり着いた記憶は無い。いや、てか、誰か助けて!
「……なるべく力を込めないように努力する」
 感情の起伏の全く見えない声と、もはや真顔の組み合わせ。あ、案外顔は奇麗だなとか、腕が細いなとか、男女どっちなんだろうとか思ってる場合じゃない。
 どこから持って来たのか、左手には濡れた手拭いを持ち、右手はしっかと『 』の肩を掴んでいる。
 怒りなど、銀河の彼方へ放り込んでしまえ。顔が若干ひきつる。
 
 その後、少年の悲鳴を聞く者は無かった――。

 ・四・

2007-12-23 20:27:42公開 / 作者:とうや
■この作品の著作権はとうやさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
御免なさい。
いや、ちょ、マジ、すんません。
泣きたいです。泣けないけど。
えっと、言いたいことは、

一応は江戸の事をできる範囲で(しかしあまり効果は見られない)書いていますが、
「我こそは、江戸の申し子なり!」や、
「なんなんだい、このボロボロの文章は、ん? ここ、史実と少々違っていないかね」
という、江戸を愛してらっしゃる方は読まないほうがいいかもしれません。もう手遅れかもしれませんが。
あ、でも、そういうときは教えてくださったらうれしいです。
お願いします。
 ではでは。
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