『オーバーラップ』作者:ダミー / t@^W[ - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
平凡な生活(?)を送っていた少年・和人は、ある日、世界の異変に気づく。無かったはずの物が「ある」。あったはずのものが「ない」。そして、「あるはずの無い」記憶、不可解な殺人事件、観測者、輪廻……これら全てが「オーバーラップ」するとき、彼の新たな日常が始まる。
全角10626文字
容量21252 bytes
原稿用紙約26.57枚
第一話 ローカルクオリティ



蒼き刃を
撫でて一陣
セミはやて


「うあ、間違えた」
 オレは大きな過ちを犯した。「夏はやて」とするつもりであったところを、「セミはやて」としてしまった。生涯最大のミスだ。これじゃあわけがわからん。せっかくの名句が台無しだ。いや、あえて名句とは言うまい。この句が美しいかどうかは、一般的には後の批評家が決めること。詠み手が決めることではないのだ。だがね、オレは思うんだ。名句かどうかを決めるのは批評家でも無いのだと。たとえどんなに批評家にボロクソ言われようとも、一人でも心動かされる読み手がいるのなら、それはきっと名句なんだ。つまり名句かどうかを決めるのは批評家でも詠み手でもなく、読み手なんだ。ん? 今のはいいな。「詠み手」ではなく「読み手」とは……なんていうか、言い得て妙だ。うん、言い得て妙か……なんていうか、こういう一見どうでもいいようなモノローグにすら知性の高さが見え隠れしているあたり、流石だよオレ。オレって言ってもあれだぜ、牛乳って意味のオレじゃない。ちなみにあれは確か、正確に発音すると「アウレイッ」に近い発音になるはずだ。だってさっきのコンビニで見たからね。スペルがそんなカンジになってた。そう、たったの十分前のことだ。いや、「たったの」とは言ったけれど、十分とはけっこう長いものだ。なにせ、その十分の間にオレの水色のTシャツは、すっかり汗で変色してブルーになってしまっている。そう、オレの今の気分と同じだね。
 
 なんでブルーかって? 暑すぎるんだよ! 特に今年はさ! この地域は割と涼しいはずなのに。どんなに暑くても、三十度を超えることなんてそうそう無かったのに。今日の予想最高気温知ってる? 三十五度だってよ。三十五度なんて、一肌弱じゃないか。ありえない。完全に未知の領域だ。これはアレか、気流の上昇・下降の際に生ずる温度差によって起こる、フェーン現象というやつか。いや、フェーン現象なら、起こる地域は毎年のように起こるはず。今までは起こらなかったのに、今年だけって起こるってことはないだろう。きっとフェーン以外の現象が起こっているに違いない。んー……ははあ、さてはエルニーニョ現象、もしくはラニーニャ現象か? ちなみにエルニーニョは男の子、ラニーニャは女の子という意味だ。これらの現象は確か、気流やら海流やらが、何か複雑に影響を及ぼしあって、結果的に暑くなってしまうという、なんとも神秘的な現象だ。自然って凄い。ホント凄いよね……ところで、こういった偉大な自然の現象を、なんでもかんでも理屈で説明してしまうというのはどうなんだろう? もちろん必要なことだってのはわかる。けどそうやってなんでも説明できるようになったから、自然に対する畏敬の念が失われてしまったんじゃないか? その結果として環境破壊が進み、温暖化も起こってしまった……アレ? これ凄くないか? エルニーニョ現象とラニーニャ現象のちゃんとした説明が出来ないことの言い訳をしていただけなのに、勢いそのまま、科学、いや人類の在り方を批判してしまった。凄い、凄過ぎるよオレ。

 さて、なんだかんだ言って、コンビニを出てから十五分めに突入した。暑い。靴の中が一番あつい。そしてたぶん臭い。せっかく買ったアイス、ゴリゴリ君(八本入り)も、最早ただの袋入りソーダになってしまっているだろう。許せ友よ。オレは君の期待に応えることができなかった。だがわかってくれ。すべてはこの眩し過ぎる太陽と、人類の愚かさと、田舎ならではの不便さのせいなんだ。最寄りの店屋まで徒歩二十分て、絶対間違ってる。ローカルクオリティとでも言うべきか。一時間おきにしかこない電車……通勤・通学の時間帯でさえ三十分おきって、いったいなんなんだ。一本逃がしたら確実に遅刻じゃないか。イッツ・ローカルクオリティ。全国版ではどうでも良すぎるようなことを、さもビッグニュースであるかのように放送する。夏の高校選抜野球で、全然関係のない他県の高校が優勝した際の「県民の反応」とかホントにどうでもいいだろ! 自分らのとこと当たりもしなかったのに。頼むからそんなワケのわからないインタビューを、公共の電波にのせてくれるな! どんだけニュース無いんだ! イッツ・ローカルクオリティ。
 
 暑さが増してきた。ガラにもなく興奮してしまったせいだろう。そんなオレの横を、一台の軽トラが通り過ぎて行った。でもおかしいぞ。走行音、エンジン音が全く聞こえなかった……恐らくセミがうるさ過ぎるせいだろう。鼓膜だけでなく、全身を震わせるほどの驚異的な音圧。せ、生命のエナジーを感じる……このエナジー、ニートどもにも分けてやれないものだろうか。でも待てよ。もしこのセミたちの声を訳すとしたら、絶対「Hしてぇー!」か、「オレとヤろうぜー!」だよな……ダメだ。ニートに性欲だけ与えても、余計にどうしようもないじゃないか。
 いや、それにしても凄い。そんなにメスに興味があるのか。合体したいのか。思春期全開じゃないか。中二だよ、中二。なーんだ、オレとセミはタメだったのか。フフッ、なんだか急に親近感が湧いてきやがった。ようし、ならオレも叫んでやろうじゃあないか。いくぞッ! せーのッ!
「オレとヤりてぇー!」
 
 ん?
 
 何か違ったような……まぁいっか。こんなに大きな声で、こんなことを叫んでみても、ぜぇーんぜん恥ずかしくない。だぁーれもいないから。そう。これもまた、いわゆる一つのローカルクオリティ。






第二話 ノーベルプライズ


 
 希望ってなんだ? それはきっと、人が生きていく上で空気の次に必要なもの。
 うん、我ながら綺麗な答えだ。空気よりは下ってあたり、奥ゆかしさがある。オレのセンスを感じる。
 さて、今のオレにとっての希望とはなんだろう? それはきっと、数十メートル先に見えている、あの古くてデカイ平屋だろう。見えているといっても、生け垣と背の高い木に囲まれているそれは、黒光りする瓦屋根しか確認できない。卜口〈うらぐち〉家のお屋敷だ。決して、マグロの脂肪分の多いあの部位ではないのだ。白くて可愛いあのネコでもない。
 このお屋敷には、インターホンというものが無い。由緒ある日本家屋なので、当然っちゃあ当然だ。昔は、訪ねてきた人は「ごめんくださいましー」なんて声を張り上げていたに違いない。でもオレってば現代っ子。なんかそういうのやだ。というわけで、戸をノックしてみる。木製の引き戸はガコガコッという音を立てる。なんとも叩き心地が悪い。
「いよぉ、和人」
 間延びした声とともに、オレの頭より頭一個分高い所に、茶色い長髪がヌッと現れた。
「よう」
 長髪はオレの持っているコンビニの袋を見て笑う。
「おっ、ちゃんと買ってきてくれたんだな。あんがとさん」
「でも全部溶けちゃってると思うよ」
「まぁ、上がれ」
 長髪はオレを招き入れた。ちなみにコイツの名は、〈卜口ハジメ〉という。全部カタカナに見えるのは、きっと気のせいだ。長身、長髪、茶髪。この辺りの名家、卜口家の一人息子。オレの同級生、幼馴染。こんな田舎育ちの割には垢抜けていて、顔も性格も良く、モテる。頭は悪いが、身体能力は化け物並……と、言及すべきはこの辺までかな? ああ、そんなことよりなんて涼しいんだ。冷房効きまくり。ていうか冷房つけるんなら、インターホンくらいつけろや。
 ハジメちゃんは普段は大雑把な割に、部屋はいつ来てもキレイに片付いている。ベッド、机、本棚(エロ本のみ)、テレビ、ゲーム機、ゲームソフト多数(ほとんどオレが貸したやつ)、テーブル、CDラック(中身なし)、大型オーディオ機器(だから意味なし)、熱帯魚たち(様々な種類がいるようが、本人は全てグッピーだと思っている)の水槽、イノシシのはく製(生涯で一番の強敵だったとのこと(素手で倒したらしい))と、結構色んなものが置いてある。
「掃除とかマメにやってんの?」
「まぁな。女の子も頻繁に来るからな」
 ハジメちゃんは、部屋に来るであろう女の子たちには決してみせないような、R−34レベルのいやらしい笑みを浮かべた。
「水野さんとか?」
 水野さんはオレやハジメちゃんと同じクラスで、学級委員長をやっている。面倒見の良い仕切り屋さん。ハジメちゃん曰く、ツンドラ(ツンデレのことだろう)らしい。夏休み前には、二人が付き合っているという噂をヘドがでるほど聞いた。水野さんはカワイイからな。それだけ男子たちの間に走った衝撃は激しかったのだろう。絶望した顔の同級生に日に五回も泣きつかれるのはなんとも迷惑だった。
「いや、あいつとは別れたよ。今は部活の後輩と付き合ってる」
「贅沢な」
 オレは視線にありったけの呪いを込めて睨んだ。
「女子は少ないんだから、あんまりとっかえひっかえするなよ」
「男子と同数だろうが」
「つまり、少ないだろ?」
「違いねぇ」
 少子化という悲しい現実を笑い飛ばすオレたちは、はたして不謹慎だろうか、それとも前向きだろうか。

「それよりさ、ゴリゴリくん食おうぜ」
 畳にドカッと腰をおろしながら、ハジメちゃんはゴリゴリくんの箱を開ける。
「だから溶けちゃってるってば。ゴリゴリしないよ、きっと」
 ハジメちゃんは眉根を寄せるオレの顔を見つめ、ヌウッフッフと気味の悪い笑い声を洩らした。
「天才とは、一パーセントの才能と、九十九パーセントの努力である」
 白い歯が光る。
「?」
「かの有名な、アインシュタインの言葉だ」
「違うと思うぞ」
「『たかだか一パーセントの差のために、お前ら凡人は天才にひれ伏すのだ、さぁ悔しがるがいい!』っていう意味だよな」
「違うと思うぞ」
「まぁ聞け]
 そう言ってハジメちゃんは、箱から一袋取り出した。透明な袋は水色の液体で満たされ、プカプカ浮かぶ木の棒が酷く空しく見えた。
「やっぱり溶けちゃってるよ」
「そう、それだ。溶けてるんだ。和人、オレはな、本当は良く冷えたソーダが飲みたかったんだ」
「……」
 ハジメちゃんの言わんとしていることが、読めた。
「ところがだ。だからと言ってお前にソーダを買ってきてもらうと、そいつはどうしたって、ここに来るまでに温くなっちまう。そうだろ?」
「そうだね」
 こういうときのハジメちゃんの邪魔はしない方がいい。
「そこでこのゴリゴリくんを買ってきてもらうのだ。ゴリゴリくんは外の熱気で溶け、その結果ちょうどいいくらいに冷えたソーダとなるのだッ!」
 バカなくせにムダに打算的なのは、彼のいいところなのだ。
「和人、お前は運がいい。何故なら……偉大なる実験の成功を見届けることができるのだからッ!」
 ハジメちゃんは足を肩幅に開き、腰に手を当て、ばっちりポーズをとってからオレにほほ笑んだ。
「ノーベル賞はオレのモンだ!」
 ハジメちゃんが例の鮮やかな水色の液体を飲み干すのに、一秒もかからなかった。何やら渋い顔をしているが……オレは一応尋ねてやる。
「どうよ?」
「……ぬるい」
「そりゃ残念だねぇ」
「おまけに炭酸が無い」

 ハジメちゃんはがっくりと肩を落とす。うつむいて「オレのノーベル賞」がどうのと呟いている。本気で落ち込めるあたり、彼は真性のバカだ。改めてそのことを実感した。ドンマイの一言でもかけてやりたいところだけど……彼のこの実験が失敗したことによってさっきのオレの苦行が丸々無駄になったワケだ。ハジメちゃんを慰めてやる気にもなれないし、笑えないし、泣けもしないぞ。ただ空しさだけが残った。空しいってのは、空っぽってことだよな。その「空っぽな感じ」が「残る」ってのはな……なんだか奇妙だけど、空虚な感覚それ自体は「存在しうる」ということか。心から「何かしらの感覚が抜け落ちる」ということじゃなく、「何もないスポットができる」と。そういうことなのかな。

 いやいや、この際そんなことはどうでもいい。
 

 とりあえず……ドンマイ、オレ。


「くそ……オレのノーベル賞……だがまぁ、この経験を次に生かすとするか。『失敗は成功の母』というしな。かの有名な、ウィトゲンシュタインの言葉だ」
「違うと思うぞ」


 てか誰だよ。ウィトゲンシュタインて。





第三話 シケイダアンドパーシモン



 オレには姉がいる。否、オレには姉しかいない。あ、家族構成のハナシね。

 
 オレの父親と母親はもうこの世にはいない。オレの家族は姉ちゃんしかいない。
 姉ちゃんは今年で二十六になる。実の弟として見ても客観的に見ても相当な美人で、村のアイドルと言っても過言ではない。
 姉ちゃんは美しいだけの女性ではない。姉ちゃんは芯の強い女性だ。両親が死んだときだって泣かなかった。みんなの前ではだけど。通夜も葬儀も納骨も終わって、家で一人で泣いているのをオレは見たんだ。そのときオレは、弟として悲しみを分かち合うべきか、慰めてやるべきかとても悩んだ。でもきっと姉は、オレにも泣いてる所を見せたくなかったのだろう。幼いながらも察したオレは、そんな姉ちゃんを思って一人で泣いたものだった。

 姉ちゃんは穏やかで心優しい人だ。そしてオレに対して凄く甘い。オレがもの凄く甘ったれな性格なのは、そのせいもあるのだろう。未だに朝一人で起きられないとは情けない。
「カズくん、おはよう」
 オレの朝はこの一言無しには始まらないのだ。
 そう、オレは村一番の甘い声で目を覚ます。瞼を開ければ村一番の笑顔がそこに。そして村一番の朝食で鋭気を養うのだ。オレは村一番の幸せ者だ。どこか空しく聞こえるのはきっと気のせいだ。

「いただきます」
 オレの朝の幸せを壊せるものなんているのか? いや、いる。かなり身近にな。アブラゼミ共の声は、オレの幸せな気分をブチ壊して余りあるほどだった。

 窓の外からはやつらの声が聞こえてくる。締め切っててもだ。それにしても暑苦しい声。こいつらが全ていなくなれば、夏の暑さが二十パーセントは減るんじゃないかとさえ思う。
 春の朝はウグイスの声がオレの朝を爽やかに飾ってくれると言うのに。なんで夏になるとこいつらなんだ? ずっとウグイスがいてくれればいいのに。うるさいったらないよホント。音圧で窓が割れるんじゃないか? テレビから流れているはずの大塚さんの声もロクに聞こえやしない。
「カズくん、寝ぐせついてるよ」
 今日のオレの髪は虫の居所が悪いのか、気づいたらあり得ないくらいひねくれていた。
『今日未明、M県S市の公園で、女性の変死体が発見されました』
「これ、直んないんだよね」
「凄いねぇ。そんな寝ぐせ初めて見たよ」
 朝食を摂りながら姉ちゃんとする会話も、オレの朝の栄養源だったりする。いや、心の栄養剤とでも言った方がいいのかな。だってたった一人の家族なんだから。いや、別に女の子と話す機会がないからとかそういうんじゃなくてね。
「なんていうか、ある意味得した気分だよ」
『警察の発表によると、目立った外傷はなく、全身が水に濡れていたとのことで』
「そんな寝ぐせが物理的にあり得るんだね」
「相対性理論だよね」
「うん、しかも一般相対性理論だよね」
『身元を特定できるものは盗まれた可能性があるとのことです』
「『特殊』より一般の方が『難解』だなんて、奇妙な理論だよね」
「ねぇ、アインシュタインが生まれて初めて何て喋ったか知ってる?」
『警察ではこの女性の身元を調べると共に、物取りの犯行として捜査を進めており』
「いや、知らない。何て喋ったの?」
 いきなりでなんだけど、オレは女性との会話において、聞き手にまわるのが苦手だ。得てして女性の話にはオチがない。聞き終わった後に、「で?」と言ってしまいそうになる。女性の話というのは相手を楽しませようとするのではなく、共感してほしくて話すためだ。
『ただいま入ったニュースです。先ほどお伝えした女性の死因は、司法解剖の結果、ショック死であることが分りました』
「アインシュタインはね、五歳になるまで喋らなかったんだって。ところがある日、夕食を取っているときに始めて喋ったの。『このスープは熱すぎる』って」
「へぇ」
「それでね、父親が『何で今まで喋らなかったのか』って訊いたら、何て言ったと思う?」
「何て言ったの?」
「『今までは特に不満がなかったから』だって。やっぱり小さい時から頭いいっていうか、個性的だよねぇ」
「なるほどねー」

 しかしセミうるせぇな。ニュースが全然聞こえない。
 オレは庭先に目をやる。我が家ながらちょっとした庭ではある。梅、楓、松、椿、無花果、柿、柚の木がある。柿以外の木はそれぞれ一本。柿の木は甘柿と渋柿が一本ずつある。幼いころは、木に残ったセミの抜け殻を集めては喜んでいたものだった。
 居間の窓からは少し首を回せば全ての木を眺めることができる。ああ、あの七本の木のどこかには、クソったれのセミがいるんだろうなぁ。

 待て。
 
 七本だ?
 
 八本のはずだ。


 甘柿の木が無い。


「姉ちゃん」
「なぁに?」
「甘柿の木がないんだけど」
「え?」
「渋柿の隣にあったはずだよね?」
 姉ちゃんも庭先に目をやる。一本しか無い柿の木を数秒見つめ、それからオレをきょとんとした顔で見つめこう言った。


「カズくん、じゃあうちには甘柿の木はあったんだね?」

 
 ん? なんだ? 今の妙な言い回しは?
 
「ごめんね、変なこと言っちゃったね。でもね、なんだか、『あった』記憶もあるし、『無かった』記憶もあって……ううん、なんだかそんな気がして、どっちだか分んなくなっちゃってたの」

「……ん?」
 どう解釈・反応すればいいのか分らなかったせいか、喉からはそんな音しか出てこなかった。

「『どうしてうちには渋い柿しか無いのかなぁ』って不満に思ってた覚えもあるんだけど、家でとれた甘柿を食べてた記憶もあってね。カズくんは種ごと食べちゃってたなぁって。でもカズくんが「あった」って言うんだったら、きっとあったんだね。ホントどこ行っちゃったんだろうねぇ」

 なんだろう。結局、姉ちゃんの勘違いってことか? いやそうじゃない。肝心なのはそこじゃない。甘柿の木が無いのだ。姉ちゃんの意味ありげな言動に惑わされて、危うく論点がずれるところだった。
 さては柿泥棒か? いや待て。まだ実がなっていないのにか。それも根っこからか。ありえないな流石に。うん、考えてもわからん。だから考えないようにしておこう。オレは再び庭に目をやった。
 
 ま、一本くらい無くなったって別に何か不便なことがあるわけでもないしな。六本もありゃ十分だよな。

 待て。

 六本だと?

 オレの声は震えているかもしれない。
「姉ちゃん」
「なぁに?」
「柚の木はどこにいったのかな?」
「……じゃあ、うちには柚の木があったんだね?」
 
 姉ちゃんは、自分で言ってて驚いているようだった。 


 セミがうるさい。

 
 真夏だというのに、なぜかオレの腕には鳥肌が立っていた。



『ただいま更に新しいニュースが入りました。先ほどお伝えしたニュースにあったものと同様の変死体が、S市内で新たに三体発見されました』





第四話 ジャメヴ



 デジャヴって知ってる?
本当は一度も体験したことがないのに、「アレ? こんな体験あったような気がするぞ?」ってやつだよね。オレは今、このデジャヴに関して一つの疑問を持っている。「デジャヴの対義語ってなんだろう?」という疑問さ。いや、正確には「デジャヴと逆の現象は何ていうんだろう?」といったところか。
 なぜ今こんな疑問を抱くかって? いやね、「そういう状態にある」からさ。今のオレは。つまり、「見慣れたはずのものが未知のものに感じられる」んだよ。何故かね。

 まず一つ目は、今朝の庭のこと。夏休みが明けてからまだ一週間経ってないっていうのに、むだに盛り上げてくれたもんだ、神様も。

 そして二つ目。通学路にて。
 オレの家の目の前は田んぼで、オレはいつも田んぼを右側に見ながら歩くんだ。ちなみに左側は山だったりする。つまりオレん家のすぐ後ろは山なのさ。まぁこの辺は山に囲まれているから、突き詰めれば四方が山なんだけどさ。山にあるものといえば、春には桜、秋には紅葉。そして夏はセミが……あぁうるさい。都会の人はこういうのを羨ましがるのだろうか。田舎暮らしにあこがれる人がいるくらいだしな。ま、それはおいといて。
 道なりに五分くらい歩いていると、左手に、オレの胸くらいの高さの立て看板が見える。そしてそこには、赤いペンキで「イノシシに注意」と書かれている。そう、この辺はイノシシが出るから危ないんですよ。注意して歩いたところでどうにかなるモンだとは思えないけれども。
看板の横にある小道は、学校への近道になっている。その代わりと言っちゃあなんだけど、ちょっとした山道だから、普段通っていない人にとっては、けっこう足腰にくる。でもけもの道とかって程ではないんだよ。曲がりなりにも舗装されているし。ただし夏場は伸びきった草が道の上までしゃしゃり出ていて、チクチクと腕を刺すので痛い。この道を歩いて行くと、右手にとある石碑を見ることになる。「五頭塚」だ。
 五頭塚は、村の伝承にある「豪猪六傑衆」という屈強なイノシシ達の霊を祀り、その魂を鎮めるために造られたもの。六傑衆なのにどうして?五頭?塚なのかというと、そこに眠っているのが五頭分の霊だから。伝承によれば、六傑衆最後の一頭は「空白の座」とも呼ばれ、六傑衆の象徴的存在であって、実在しないものらしい。この伝承は数百年に渡って伝えられているんだけど、五頭目が倒されたのは、実はつい三年前のことなんだ。
 そいつの名は、誰が呼んだか「アイアンロード」。いや、ホントに誰だよこんな名前つけたやつ。空白の座を除いた五頭の中では、最後にして最強のイノシシ。その身に数百の弾丸を撃ち込まれながらも生き続けた、まさに「鋼鉄卿」。やつを仕留めたのは、何を隠そう、当時十一歳だったハジメちゃん。三時間に及ぶ激闘だったらしい。その戦いでハジメちゃんは全治二カ月の怪我を負った。村にとって最大の脅威を取り除いたとして、当時はそりゃあもうヒーロー扱いだったよ。オレが町の病院までお見舞いに行くと、いつも病室には十数人の村人がいて、彼の話す武勇伝に聞き入っていた。オレもよく聞かされたものだ。確か、「アイツの一番恐ろしいところは、銃弾すら貫通できないその毛皮の硬度だぜ」とかなんとか言っていたな。ホントにイノシシだったのか「それ」は?
 とまぁ大して重要でもない説明をつらつらとしてしまったのだけども、オレが言いたいのはね、その五頭塚がおかしいってことなんだよ。石碑にはしっかり「五頭塚」と彫ってあるはずなんだ。さらには、六傑衆のうちの「五頭分の」名前・現れた年号・倒した人の名前までしっかり彫られている「はず」なんだよ。そう、「はず」ということは、現実にはそうでないってことなんだよね。そして現実にはどうなっているかというと……。

 ウィンチェルカイザー 一六九二年 卜口伍助
 ミッドナイトマスカレード 一七○一年 大崎源左衛門是正
 ドロシー 一八四八年 佐倉弥曽吉
 グラップルスター 一九七八年 卜口重蔵
 アイアンロード 二○○五年 卜口一

 「名前おかしい」とか「卜口家強ぇ」とかそういうことはひとまず置いといてね。ここからが重要だから。

 ムーンライトファイナル 二○○七年 晴春和人

 そう、六頭目の名が刻んであるんだよ。
 当然、「五頭塚」という名称は「六頭塚」に更新されている。しかも去年だと? アイアンロードが出たときは、一時間もしないうちにそのニュースが村中の人の耳に入っていた。仕留められるまで、いや、仕留めた後も一年半に渡って、村はその話題で持ちきりだったんだ。オレは聞いてないぞ、六頭目が出たなんて話。ひょっとして誰かが悪戯でやったのか? いや、この塚には年末年始・村祭りの日を除いては毎週火曜日の夕方に、村長が花を添えにやってくる。今日は水曜日。昨日村長が気づかなかったのなら、悪戯の犯人は一晩で新しい石を持ってきて、こいつを彫ったことになる。「六個目」を追加するだけならともかく、既に「五」と彫られているところを「六」となおすのは不可能なわけで、なおそうと思ったら石自体を替えなくちゃならないからな。ていうかそもそも一晩で彫れるものなのか? いやぁ、無理だろう。村で唯一の彫り師、「五代目・尚雲」のジジィは御歳九十八歳。手がプルプル震えちゃってもう彫れないらしい。一応弟子は三人いたんだけど、二人が根を上げて逃亡、もう一人は「根性だけはある」人で、今や唯一の弟子になったワケだけど、技術はからきしだそうだ。尚雲はジジィで終わりだと言われている。
 つまりこいつは、「この世に存在しないはず」の石碑なワケだ。

 
 ちなみに「晴春和人〈はるばるかずと〉」ってのはオレの名前ね。どうだい、最高に和やかな名前だろうが。

 
 倒したはずのオレ自身が知らないなんて、ありえないよねぇ?








2007-12-20 23:58:40公開 / 作者:ダミー
■この作品の著作権はダミーさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
実は、かつて一度投稿したことのある作品です。そのときはわずか二話程度で、不慮の事故で削除してしまったため、今一度投稿させていただきました。
初めて書いた作品です。
ご感想・ご指南よろしくお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
読ませていただきました。導入が面白いです。モノローグ云々のところで心をつかまれました。このあほっぽい語り(もちろん良い意味で)は続きすぎるとうるさくなりますが、まだまだ序盤も序盤のことですし、この先の手腕に期待しております。
2007-12-02 00:06:23【☆☆☆☆☆】メイルマン
作品を読ませていただきました。コメディタッチで進む展開は読みやすくて楽しいです。まだ導入部で物語がどのような展開を迎えるのは分かりませんが、導入部としてはとっつきやすくてよかったと思います。では、次回更新を期待しています。
2007-12-02 11:13:31【☆☆☆☆☆】甘木
[簡易感想]読み易く、そして飽きなくてよかったです。
2007-12-05 17:46:13【☆☆☆☆☆】さく
計:0点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。