『          今は亡き私は』作者: / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
 幽霊の私と、まだ生きている『私』。同じ『私』なのに、考え方も、全てが違う。同一人物だけれど、違う『私』のすれ違いを書かせていただきました。
全角2601文字
容量5202 bytes
原稿用紙約6.5枚


――――――今は亡き私は







日差しが、眩しい。

もうすぐ秋だというのに、まだ気温は30度を超えている。じっとしていても額に汗が浮かびタオルはまだまだ、必需品だ。
人口密度の高いこの町に、立ち止まっている人なんかいない。皆、何か目的があり、いそいそと足を動かしている。
そう。私以外は。

歩道の真ん中で。横断歩道の中心で。もしくは道路の白線の上で、私は立ち止まっている。
誰も私に目を向けない。それは恐らく、私がもうこの世に存在していないからだろう。
けれども私はいる。ほうら、向こう側から友達と笑いながら歩いてくる『私』が。
勿論、あっち側の『私』には此処に立っている私が見えない。見えるはずが無い。
この頃の私は、まだまだ幸せだ。もう少し経てば、私は、私の周りの人達は、哀しみの底に叩き落されるのに。
何も知らない無垢な笑顔。それを見て、此処に居るはずの無い私は少し悔しく思った。

今から未来を変えるなんて出来ない。私は、只傍観する事しか出来ない。自分の最期を、哀れみの眼差しで。
声も聞こえない。何も触れない。誰も私に気が付かない。こんな状況で、一体どうやって運命を変える?
否、運命は変えてはいけない。何せ、もう過ぎてしまった事柄なのだから。

ああ、確かこの後私はそのまま友達と一緒に、最近できた喫茶店へ行く。洒落た雰囲気のおちついた喫茶店だ。
『私』は友達と一緒に奥の窓側の席に行く。そして当たり障りの無い会話をして笑う。
今となってはその時、何が楽しかったのかすら分からない。会話を聞いても笑えない。
それはきっと、『私』に向けられた言葉であって今は亡き『私』に向けられた言葉ではないから。
全くと言っていいほど面白くない会話をして、『私』は家に帰る。そして、その後はテレビでも見るのだろう。
此処に居るはずの無い私が二度目に見るテレビは、全く面白く感じなかった。展開が読めている。
どうしてこの頃の『私』が笑っていたのか、不思議なくらいだ。

『私』が眠りに着くと、暗くなった部屋で私はうろうろと歩き回る。暗くてよく見えないが物にぶつかる事は無い。
何故なら、何にも触れられないから。自分の寝顔を見ながら、なんだかよく分からない感覚に襲われる。
それは苛立ちであったり、悔しさであったり。それでも眺める事しか出来ない自分に、余計腹が立つ。

今の私には、全ての欲求が無い。睡眠欲も、食欲も無い。そして何か、抜け落ちた感覚がある。
それに対し、淋しいのか、どうでもいいのかもわからない。今の身体は、不便だ。
欲求がなくとも、暇なものは暇。なので余り気は乗らなかったが私は、外に出た。ひんやりとした夜の風も感じない。
歩いても、どんな距離を走っても、誰にもぶつかる事は無ければ、疲れることも無い。
疲れないのはとても便利だが、何にも気付かれないのは完全なる私の存在の否定で、少し、淋しく思った。

私は、あの時の服装のままで、靴だけを履いていなかった。それに、ある筈の血痕が無い。
薄いピンクのカーディガンにも、色褪せたジーンズの短パンにも中の白いキャミソールにも。
只、あの時あったことが本当だ、と言うのを証明しているのは履いているはずの靴だった。あの時の衝撃で脱げてしまった靴。
白い靴下も、汚れこそないものの擦れて破れていた。

気付かぬうちに、朝日は昇っていた。

―――――ああ、今日だ。私が一番に思った言葉はこれだった。

『今日、だ』

声に出しても返事など返ってこない。おそらく叫んでも同じだろう。
今日が、私の、『私』の――――――――命日だ。

『私』の何も知らない無垢な笑顔が失われる日。黒い猫が傍らで『にゃぁ』と嘲る様に鳴く日。
母親が声を出して泣く日。父親が肩を震わせて泣く日。友達が絶望的な顔をして泣く日。
私の、意識がぷつりと切れる日。闇に飲み込まれていくような、それでいて手応えの無い、変な感覚に陥る瞬間。

『私』は笑っていた。
 私 は哂っていた。

いつもの様に一日が始まる。けれども今日の終わりは、『私』の終わりだ。
この後何が起こるかも知らずに、些細な事で笑っている『私』を少しだけ睨んだ。

そして夜になる。『私』が消える瞬間。黒猫なんかに気を取られている『私』はそこから一歩も動けずに死す。
私はそれを、止めてみようと思った。してはいけない事かもしれないが、変えてみようと思った。

あの黒猫は、私が見えていた。黄色い瞳に、確かに私を映していた。『私』ではなく黒猫は私を見た。
そして私についてきた。『私』はと言うと黒猫の存在に気付かず家に入る。

『私』は生き延びた。

車は確かに来た。本来ならば『私』が撥ねられるのだろう。けれどもそこに立っているのは私。
物に触れる事すらも許されない私が立っている。案の定、車は私を突き抜けた。
その感覚は、何とも言い難い奇妙で不愉快なものだった。

『私』は生き延びた。
 私 は消える事となった。

今は亡き私は最期に呟く。

『      』

傍らで黒猫が嘲る様に『にゃぁ』と鳴いた。


+++


目覚ましの音で私は目が覚める。うーんと伸びをして眠い目をこする。何だか今日は頭がぼうっとした。

夢を、見た。

夢に出てくるのは紛れも無い『私』で、黒猫と共に車に轢かれた。しかし、『私』はその場に立っていた。
血など一滴も流れておらず、車をつき抜けたみたいに見えた。
『私』の口がゆっくり動いた。

『      』

けれども私には何と言っているのか聞こえなかった。只、隣の黒猫が『にゃぁ』と可愛らしく鳴いていたのだけが聞こえた。
その後『私』は消えていった。

『私』を生かせば 私 が死す。
 私 を生かせば『私』が死す。

『私』の最期に言った言葉。
『私』に最期に言った言葉。

『感謝してよ』

だって私のおかげで、『私』は生きているんだから。

                       ―――――――――了


2007-10-28 11:06:18公開 / 作者:狂
■この作品の著作権は狂さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初めまして、狂と申す者です。
短すぎ、というのは重々承知です、申し訳ありません。
この作品は、別の掲示板にも投稿させて頂いたことがあるのですが、その時はまあ、はっきりとしたアドバイスもなく、終わってしまったので、僕の至らない所など、はっきり指摘して欲しいです。
では。
スペース、お借りしました。
いつかは、長編でも書いてみようかな、と思います。
この作品に対する感想 - 昇順
こんにちははじめまして。

 小さい小さいアドバイスですが、
 「この頃」と漢字で書いてしまうと、「このごろ」と読まれてしまうかもしれないので、平仮名で「このころ」と書いてごらんになってはいかがでしょうか?
 ほかにも、漢字を平仮名にしたほうが読みやすい部分がいくつもあったように思います。

 ほんとに小さなアドバイスですみません。失礼しました。
2007-10-28 11:50:44【☆☆☆☆☆】中村ケイタロウ
拝読いたしました。やりたい事はすごく伝わってきます。内容よりはギミック的な部分でのおもしろさを重視して
いらっしゃるのかなあ、といったところですが。最近、これは村瀬的な考え方なんだけれど、短編、あるいは、それよりも
さらに短い小説では人の生き死にを語ることはできないのかなあ、と思ってしまいます。
この物語でも、その思いはやはり湧いてきてしまいます。いかに「私」という存在にとっての「死」が唐突なものであったとしても
そこには「私」という存在がほとんど投影されていません。投影されないまま、「私」は何やら助かります。『私』のおかげ
らしいですが、ここでも、人称として登場する人物についての背景がありません。背景のない人物の生き死にというのは
結局のところ記号のやりとりでしかありません。そこには感動なんか生まれない。ただ、通り過ぎていくだけ。
そんな短くて通り過ぎていくだけの物語の中で「生き死に」を扱うのだとしたら……もっともっとギミックに凝った、
それを「記号」だと思わせないだけのアグレッシブな展開が必要になってくるでしょう。


2007-10-28 22:02:15【☆☆☆☆☆】村瀬悠人
●中村ケイタロウ サン
 こちらこそ、初めまして。
小さい小さい、アドバイスでも構いません、寧ろ嬉しいです^^
ご指摘、有難う御座います。確かに読みにくいかもしれませんね^^;
今度はそういった所を注意してみたいです。

●村瀬悠人 サン
 初めまして、僕はどちらかと言うと上手く文を纏められないみたいなので、そういう部分で凝るしかないようですが、まだ、それも甘いみたいですね・・・・・・;
『短編、あるいは、それよりもさらに短い小説では人の生き死にを語ることはできない』、ですか。確かにそうかもしれないですねえ、と妙に納得している自分がいます(笑
 だけど、まあ、いつかはそんな短い小説で村瀬サンを驚かせられたらな、とかもぼんやり考えています。努力、してみます。
 たくさんのご指摘、有難う御座います。正直、ここまで率直に、上手にアドバイスをくださる方がなかなか居なかったので、とても勉強になります。

本当に、有難う御座いました。
2007-10-29 18:18:43【☆☆☆☆☆】狂
僕自身もまだまだ勉強中。にも関わらず、過ぎた事を申したかもしれません。
短い小説で驚かせていただくその日を、楽しみにしております。
短い小説は、短いからこそ無駄の無い筆致が最重要になると村瀬は考えます。
空気感が親密に周囲を包みこみ、読者を没頭させる。思いを心に根付かせる、
そんな短編を期待しています。それでは、また、何処かでお目にかかりましょう。
2007-10-29 21:59:21【☆☆☆☆☆】村瀬 悠人
計:0点
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