『who is in her eye ?』作者:塾講師 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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キーンコーンカーンコーン。
「よし、じゃあ、はじめようか。昨日の宿題はちゃんとできた?」
 今日の生徒は中学一年の男の子。授業は英語。
「apple=りんこでおわるのはもったいないよ。辞書――」
 この説明をするたびに、あのときのことを思い出す。
 自己紹介がおくれてしまいましたね。

はじめまして。僕には今好きな人がいます。 僕は大学一年で、塾講師のバイトをしています。講義型の塾と言うよりはどちらかと言うと家庭教師のようで、個別指導型です。

今年の春季講習の時、初めて教えた生徒、高二の女の子を好きになってしまいました。初めて会ったときはなんか妹みたいだなあと思って接していたのですが、今は完全に好きになってしまいました。

その子は定期の授業にはお金の関係上で入れなくて、講習だけ受けてくれています。 今年の夏季講習の時
「講習は全部先生のを受けるよ」
と言ってくれました。 次会えるのは冬季講習です。

歳の差は2つ。相手は高校生で生徒で未成年。
今年、彼女と接点を持ってしまったら塾を辞めようと思っています。なぜかと言うと、生徒との塾以外での接触は禁じられているからです。

しかし、帰り道での安全のためにお見送りをすることがあって、私はそのときになんどか一緒に帰ったことがあるのです。誰かに見られてないか心配でしょうがなかったですが。

僕が大学生だという事は、これも塾でのルールでむやみに伝えてはならなく、この子も気付いていなかったようですが、この間の自分の大学の文化祭で会ってしまいばれちゃいました。近所の大学なので、ひまつぶしに来たみたいです。
急にうしろから、
「せんせ!」
と呼ばれた時は、気が気でなかったと思います。
その時、私は売り子をしていたのですが、私の売り子のパートナーが
「あの子、お前のこと好きなんちゃう? それかあれは高校生から見た大学生への尊敬の目かな?」
などと言ってきました。 彼としては、冗談のつもりだったのでしょう。そう、誰も先生が生徒に恋をするなんて、現実にはないと思っているのでしょうから。でも、僕のこの気持ちはきっと真実だと信じてる。

ていうか彼女は僕の事好きなんじゃないか? と思ってしまうこともあります。都合のいい勘違い、自惚れかもしれませんが…… ただ、年齢が近いということを意識することで、すこし見られ方が変わるのかも知れないとは思うのです。

一緒に帰ったとき、年の差は二つ、手を伸ばせば届く距離、これほどまでに近いのに、僕という人は、女の子とうまく話すことをしらない。ましてや、先生と生徒という関係でありながら、恋心を抱いてしまっては。話題は基本的に、むこうからふってくれました。そこは、さすが女子高生、ずっとしゃべりつづけてくれるので、この時間は純粋に楽しい。その中で、ケータイの話になって、
「アドレス交換せーへん?」
って一言がでればよかったのか。いや、塾の先生と言う立場の私からはそんな事言えるはずもありません。これまた塾のルールで…… こーやってルールや世間の目を気にして枯れていった恋がこの世界にはいくつあるのだろう。そう考えると、この恋はなんとしてでも咲かせたい。そんな気持ちにさえなるほど、僕はこの子に恋してる。むこうから言ってくれないかなと、それこそ子どもみたいにわがままに、待ってはみたんですが、僕の気持ちを知ってか知らずか、彼女はショートの黒髪をなびかせて、つぶらなまるい瞳を輝かせて頬笑むだけでした。

「ばいばい」
と言って僕らは背を向け合う。僕は、すぐに振り返って彼女の姿を追う。彼女は、まっすぐに歩き続ける。闇にとける白い肌 はきよらかにうるわしくこの街を照らしていた。もう一度踵を返し、歩き出す僕の目に映る夜空から、あの子の声が聞こえた気がした。

僕は彼女の高校での生活風景はほとんど知りません。彼氏がいるかどうかも分かりません。ただ、この間、
「この前、3年生の男子からアドレス聞かれたあ」
とか言ってましたから、結構人気があるみたいです。

この恋を実らせるために、僕にできること。僕にできないこと。数え上げて、どっちが多いかな。どれほどの時間が過ぎたろう。どれほどの時間を一緒に過ごせるのだろう。ねえ? いつも見ているその横顔を僕は好きだけど、ひとつお願い。
「こっちを向いて」


「こんにちは」
「こんにちは」
今日も明るく元気に出勤します。タイムカードを打つ、名札をつける、そんな当たり前の一連の動作の間にも、次に会えるのはいつだろう…… そんなことばかり考えてしまいます。今日の授業は、一対二。小学生の男の子の算数と、中学生の女の子の英語。なんともありえない組み合わせです。
「apple=りんごでおわるのはもったいないよ。辞書ひいてみ、素敵な使い方がみつかるから」
指導報告書を書きながら、そう指示しました。すると、小学生の子が、机から顔をのりだして急な質問をしたのです。
「先生は大きくなったら、何になりたかったの?」
このとき、僕の頭の中は、指導報告書があと一行うまらないこととか、分数のわり算はなぜ、逆数のかけ算にするのかと質問されたらめんどいなとか、そういう先生らしからぬ考えに支配されていました。
「僕は、…ごめん。わからない」
「ふーん」
その子は眉間にしわを寄せ、計算ドリルに戻りました。分数のわり算もなんなくこなした、その子がすこし経ってから僕を見上げて、無垢な笑顔をなげかけて、
「ぼく、先生になるんだ」
「先生か… うん。なれるよ、きっと。がんばろうね」

かくいう僕も今、週3で先生です。でも、今の僕には先に生きている、それ以上の意味はないように思います。小学生〜社会人の時代の感性のうずまく、さながら世界の縮図のような、この場所で、学生でありながら先生であり、子どもでありながら大人なのが、この場での僕です。生徒とは部活や青い恋愛の話をするし、上の人といっしょに飲みに行くとやはり性欲的恋愛についても話す。どちらもにもそれなりの楽しみ方があります。僕は過去と未来の間で、行ったり来たりサーフィンをしているのです。まるで迷子のように。

「きりーつ!」
授業のおわりのあいさつ。
「ありがとうございました」
「はい、今日もよくがんばりました」

小学生の子には保護者のお迎えがあって、
「さよなら!」
と、無垢な笑顔を放って手を引かれていきました。

中学生の子のがどうやら、まだ帰る気がないらしく、
「さっきのアップルの話やけど〜 先生はなんでそんなこと知ってるの?」
「そういえばなんでやろうね」
「もしかして、これ使ったことある?」
目を輝かせて質問する、その表情はとても子どもっぽく思えました。
「使ってみたい人がいるかもね」
というと、興奮さめやらぬ様子で狂喜乱舞したので、
「もう寝なさい」
といってたしなめました。
「えー」
とブーイング。
「ほら、十時まわったし、保護者さんも心配してるよ」
「はあい。じゃ、先生 またね」

もう寝なさいか…… これって、修学旅行のときに自分達が言われたのと同じセリフ。見回りの体育教師が行ってしまうと、またどこからともなくヒソヒソ話が聞こえてくる。夜中なのにエネルギーがあり余って、それをアウトプットする場所を見つけられなくて、いつまでも話し続けてる…… そういう感覚。当時は寂しさなんて言葉は使わなかった。すっかり忘れていた。

 好きになる相手と、好きになられる相手は、まるで違う人種だった。やりたい事と、やらなきゃいけない事の間には、天の川ほどの差があった。今でも、それらの差が縮まったかは定かではない。ただ、僕は彼らよりも先にそういった痛みに強くなった、あるいは鈍くなったのだろう。

帰路に着いたのは指導報告のあとのこと。うつむく日のおちた街 僕を照らすのは青白い月 冷たい風が目の前を通り過ぎていった。凍えそうな空を眺めながら 指折り数えたのは会えるとき ふたり歩いたこの道をひとり立ちつくした。息を吹きかけた秋の空、あの子の満面の笑みが映っていた。

そして、ぼくらがまた出会ったのは冬期講習のときのことでした。めずらしく一対一の授業でした。久しぶりの、本当の声、本当の笑顔はあきれるくらい明るく素敵で僕の心を高揚させてしまいます。しずまりかえった教室や、彼女の髪がゆれる息づかいに僕はもう、壊れてしまいそうでした。

望まなければ失わない、だけど、求めずにはいられない。たとえ、どんな未来がこの先にまっているとしても。触れたらこぼれるような僕の思いがとどくよう祈りながら。

ねえ? 感じてほしい もろく儚い夢を、伝えきれないほどの想いを。さいごにきみをみたあの日から、ずっと眠れぬ夜に描いていた。今はまだ、答をだせずにいる。だけど、君を哀しませたくない。ねえ? きみはいま、何を思うの……

「せんせ! ここ教えて」
それは、空気を一変させる一言でした。ここは塾で、今は授業中で、そしてなにより、僕はこの子にとって先生であるということをつきつけられたから。
「ていうか、ほんま国語苦手やねんな、言うで? 一問も合ってない」
「ウッソー! 先生、私がんばったんやでえ」
「結果をだせこのやろう。なんやこの起度愛落て」
「え? ちがうん?」
 こっちを向いて、目をパチクリして聞き返す生徒
「意味がわからんやろ、なんて意味やねん」
「うーん、起きる度に愛に落ちる みたいな」
「やっぱり意味がわからんわ 、んでな、母の金を盗んで悪さをするってそんな慣用句あるか」
「え? なんでえ、これ悪いやん。じゃあ何、心?」
「ルパンの見すぎ。で、なんやあと、ことわざか 腐ってもだいじょうぶって、そんなバカな。」
「いや一週間くらいは」
「賞味期限の話やろ、それは。くさったらあかん」
ひとしきり、指摘しおわると生徒はこう言った。
「私、ほめてもらえるよう、勉強がんばる」

当たり前だけど、ぼくらはどこまでも、先生と生徒でした。
―教えて―この一言が、どんなときも僕を先生にしてくれました。せめて、この関係がいつまでも続くようにと願うのかもしれません。そうすることで、こうして二人たのしく過ごしていけるのなら。けど、だからこそ、迷いは消えない。自分の気持ちにウソをついて手に入れる喜びは、幸せと呼ぶには幼すぎるから。

忙しい日々がつづきます。冬期講習、僕はめまぐるしく毎日の授業をこなしていきました。想いはささいな衝撃でつぶれてしまう風船のようにたえることなくふくらみつづけ、いまにもパンクしてしまいそうでした。そんな中の、ある日のことです。例の英語を受け持っている中学生の女の子が、授業中、どこか様子がおかしく感じられたのです。
「どうしたん?」
「なんでもない」
僕はとりあえず、授業をつづけました。そして、無事に終わったあと、今日はすんなり帰宅するらしく、僕はお見送りに少し一緒に歩きました。
「今日、なんかあったん?」
僕は念を押す。
「先生、あのね これ読んで欲しいねん」
 といってさしだれた手紙を受け取るのとどっちが先か、彼女は逃げるようにして、その場を去りました。僕は、どうすればいいのか分からなかった。さんざん迷ったすえその手紙をよむことにしたのです。手紙には
「You are the apple of my eye 」
とありました。とても大切な人。愛しい人。僕が教えた言葉。それは、好きという気持ちを果実にたくす素敵な表現でした。

 手紙には、彼女のメールアドレスも書いてありました。もちろん、返事をするべきです。しかし、どんな言葉を選べばよいのか、僕には見当がつかない。たどたどしく慎重に打つ文字が何故か滲んで見えました。
「ありがとう。とてもとても嬉しい手紙でした。でも、ごめん。だめなんだ。僕は先生で、君は生徒だから。納得いかないかもしれないね。勇気を出して伝えてくれた想いだから。しっかりうけとめた、きみのきもち。だけど、僕と君は付き合えない、先生と生徒は付き合えない。ありがとう。ごめん。」
 彼女からの返事はありませんでした。

 それはあまりにも突然でした。それはまるで舞い降りる粉雪のように、触れた手のぬくもりの中で消えていきました。

気付いてあげられなかった、気付いて触れたら、傷つけてしまった。正解がないのに、不正解はあった。ねえ? 恋も勉強のように、答がひとつならよかったのにね、たしかな形があればよかったのにね ぼくらが夢見る恋はどうして、こんなにも人を弱くするんだろう。初めて知った気持ちに戸惑いながら、自分を見失いはしないように、目をとじた。ねえ? 目をとじて、最初に浮かぶ、そんな僕に僕はなれるかなあ。

―先生と生徒は付き合えない―
―自分の気持ちに素直になる勇気―

 言葉にすれば壊れそうなこの想いを、僕はどうして伝えたらいいのでしょうか。こんなに好きなんです。もう戻れないんです。

 まっすぐに伸びるアスファルト。その先に吹いた風のにおいは分からない。ただ、立ち止まった足下に咲いた花は移ろふ時間の中で強く生きていました。

 冬期講習はそう長いものではありません。僕はもう答を出さなければなりませんでした。

「僕が君の友達なら服を着せてあげてもいいの? それは、服を選ぶのを手伝ったりとかさ。君が一人で出来ないっていうんじゃないよ。だって、恋をしていればそういうことだってあるでしょ。僕が君のたったひとりの友達なら、君が誰かに傷つけられたとき、まっすぐに飛び込んでくるの。その誰かが僕かもしれないけれど。意識がとびそうになるんだ。  
ふたりきりなら、どんなに楽しいか。想像して。僕が君の恋人なら、髪を洗わせてくれたり、ときには朝食をつくらせてくれたりするの? ただ出歩いて、映画を見て二人して泣いたりもできるのかなあ」

 言の葉が舞う。それはひらひらと、風の中に溶けて、君に届く前に消え行くように。はきだした想い。今、舞い降りた天使。意味なく流れ続けた時間。一緒にいたいと思うのはいつも君だから。

「びっくりしました。こんなふうになるなんて考えたことなかったから。私には好きとかが何か分からない。まだ、そんなことしたことなくて。いま頭ん中まっしろになっちゃって。だから少し待ってほしいの。うれしいの。ありがとう。でも、いろいろ考えちゃう。ねえ? 本当にいいの? 返事は必ずするから。いつか、そのまっすぐな気持ちにこたえられる日が来ると思うから。」

 気持ちだけが先走って空回りした。あたりまえだけど、すぐに返事はもらえなくて。混乱させちゃって、もしかしたら哀しませた? 傷つけた? 僕のやったことが正解だなんて言い切ることはできないけれど。わかっていたことのはずなのに。ほしいものを手に入れたいから、走った。感情のままにうごいて手にはいる幸せがあるとしたら、それはもう目の前にある。そして、僕は彼女に呼び出された。とうとう終止符が打たれようとしている。

「先生、ごめんなさい。わたし、先生とはつきあえない」
 その一言は、僕のすべてを否定し、奈落のそこへと突き落とす一言。呼び出されたとき、僕は本当にうれしかった。初恋の女の子に体育館倉庫に呼び出された男の子のように。
 けれど、彼女は僕を選ばない。その事実だけが胸に残る。
「……だから――」
 言わないで。その一言が言えない。全身が石に変えられたかのように、僕の体は言うことをきかない。
「わたし、やめる」
「……え?」
何を、と訊く前に、彼女は続きを言った。
「わたし、塾をやめる。そうすれば――」
 
そうすれば、先生と生徒じゃなくなるでしょ?

 意味がわからない、と、目をぱちくりとさせる僕の腕に、彼女の腕がまわされる。今度は僕の頭の中が真っ白になる。

 僕らは恋人同士になった。歩き出す僕ら。もう、この子は生徒じゃない。ねえ? 何を話せばいい。どうしよう。手を繋げばいいんだろうか。だめ、緊張してる。

口から吐く息は、もうもうと白く濃く、霧を造っている。それは僕の心臓が早く鼓動してるからで、わざわざ律儀に呼吸の方もそんな心臓に合わせている。僕の隣で歩くこの瞬間まで僕の好きだった人が、僕の好きな人から恋人に、昇格したから。

 昨日までは、体育倉庫でどんな事をするかまで妄想がエスカレートしていたのに、こういう時に手すら握れぬ軟弱者。彼女の口から出る白い息も僕のそれと同じように濃く白い。漫画の噴き出しみたいだ。
 
一つ、道を右に曲がる。すると、この道が終わるところに別れる交差点が見えた。どうしよう。もうすぐだ。こんな示し合わせたかのように上手く、周りに誰もいない。このチャンスを逃して、この先どんなチャンスが得られるでしょう。
 
この際、手を握りたい。

手袋をはめた右手の人差し指がすこし動いただけ。
 
ふと足を彼女の足に転じる。白い素足。学校指定の紺の靴下女子って偉いねえ、とふと思う。もう季節は移り寒いのに足をさらして、スカートで学校に来るんだから。
見てるだけで寒い。だからつい

「寒くない?」
 ぽろっと口から言葉が漏れた。
  
「どうして?」
 女の子って寒いのに、よくスカートで来れるよねと言うと彼女は微笑んで、
「寒い! いいな男子は。ズボンに詰襟なんて、あったかい格好してるのに。先生なんて手袋にマフラーに完全防備や」

「ご、ごめん。なんか貸そか?」僕はあわてて言った。
 そういえば、彼女は学校指定のコートを着ているとはいえ、マフラーも手袋も何もしていない。僕が手袋を貸そうとすると、

「いいよ、それは。それより、コッチ」
 彼女が手を伸ばして、 

「兼用」
なんて言った。
 
 肩がぶつかって、顔から火が出そう。この寒さだというのに。相変わらず、僕も彼女も、冬の空の下に、二人して蒸気機関車をやっている。

マフラーで繋がれてるなんて。正直言うと、手を繋ぐより、もっと恥ずかしい。
 
 見上げた夜空に映ったのは、二人の笑顔、聞こえた二人の明るい声。でも映さなくていい。聞こえなくていい。これから二人、恋人同士。ずっと、君に触れていられるから。
2007-10-03 11:08:50公開 / 作者:塾講師
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■作者からのメッセージ
この作品に対する感想 - 昇順
[簡易感想]おもしろかったです。
2007-10-04 17:23:53【☆☆☆☆☆】中村ケイタロウ
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